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落書き帳から選び抜いた珠玉の記事集

越境(越県)合併への方途

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記事数=41件/更新日:2005年5月9日/編集者:YSK

越境合併(自都道府県以外の都道府県の自治体との合併)は、所属する都道府県議会両方の同意など、その実現へは高いハードルが存在します。生活圏の多様化により、県境を越えた交流も少なくない現在、この種の合併をどうとらえるべきなのでしょうか?

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記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[588]2001年12月19日
ケン
[616]2001年12月25日
YSK
[810]2002年2月4日
いわ
[1285]2002年4月18日
いわ
[2617]2002年8月17日
ただの地理好き
[2649]2002年8月19日
でるでる
[2878]2002年9月2日
YSK
[2884]2002年9月2日
夜鳴き寿司屋
[2892]2002年9月3日
でるでる
[2904]2002年9月4日
ケン
[3433]2002年9月30日
でるでる
[3795]2002年10月11日
桃象
[3802]2002年10月11日
でるでる
[4049]2002年10月21日
TN
[5123]2002年11月20日
special-week
[5128]2002年11月20日
YSK
[5409]2002年11月26日
NSK
[6532]2002年12月16日
ken
[9710]2003年2月24日
夜鳴き寿司屋
[9717]2003年2月24日
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[9751]2003年2月24日
でるでる
[12685]2003年4月8日
三鈴
[12693]2003年4月8日
ken
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G
[14616]2003年5月3日
YSK
[14618]2003年5月3日
YSK
[15099]2003年5月12日
まがみ
[15305]2003年5月16日
まがみ
[15332]2003年5月16日
桃象
[15345]2003年5月16日
桃象
[15388]2003年5月17日
ごろごろ
[15926]2003年5月26日
ペーロケ
[16118]2003年5月29日
琉球の風
[17138]2003年6月21日
YSK
[17594]2003年6月30日
YSK
[18280]2003年7月13日
ありがたき
[25620]2004年3月2日
恵那山
[25925]2004年3月8日
恵那山
[34924]2004年11月7日
地球人
[37980]2005年2月21日
hmt
[40429]2005年4月30日
がめら

[588] 2001年 12月 19日(水)17:35:25ケン さん
越県合併
尼崎市や川崎市もそうですが、町田市も同じようです。どちらかと言えば町田市は東京都より神奈川県と結びつきが強いようです。
過去に越県合併はありました。
埼玉県元狭山村の一部・・・東京都瑞穂町
福井県石徹白村・・・・・・岐阜県白鳥町
栃木県菱村・・・・・・・・群馬県桐生市
長野県神坂村の一部・・・・岐阜県中津川市
京都府樫田村・・・・・・・大阪府高槻市
岡山県福河村の一部・・・・兵庫県赤穂市です。
[616] 2001年 12月 25日(火)01:22:08【1】YSK さん
越境合併について
みなさんのさまざまな発言を拝見して、いつも勉強になります。

私は群馬県太田市に住んでいますが、この太田市に一番多くの労働力を
輩出しているのは、お隣の栃木県足利市です。太田と足利は、古くから
密接なつながりのある地域ですが、県が違うために、行政的に一体の計
画などを立てることはないようです。太田市では、周辺の6町(新田町、
尾島町、薮塚本町、大泉町、邑楽町、千代田町)との合併問題がありま
すが、足利市ともう少し連携した取り組みもできるのではないかと考え
ています。
ちなみに、かつて群馬県山田郡矢場川村という自治体がありましたが、
太田市と足利市に越境分村して、現在に至っています。
[810] 2002年 2月 4日(月)22:38:33いわ さん
県境にとらわれない合併
私の知りうる限り、県境にとらわれない合併がありそうなのは
「長野県木曽郡山口村」です。
山口村は本来、先日初会合の行われた「郡内11町村の合併問題を考える郡合併討議会」のメンバーですが、村民アンケートで岐阜県中津川市との合併に約7割が賛成する結果が出たため「最終的な判断がつき次第、討議会からは外れる(山口村:加藤村長)」とのことです。

となると中津川市プラス山口村なのかというとそうではなく、

中津川市プラス恵那郡北部6町村(坂下町、川上村、加子母村、付知町、福岡町、蛭川村)プラス長野県木曽郡山口村

恵那市プラス恵那郡南部5町村(岩村町、明智町、串原村、上矢作町)
を足した2市12町村の合併を目指すそうです。

もっとも「この組合せを検討したい」という申し入れがあった段階であり、法定合併協議会の設置もこれからですので、どう転ぶかはまだわかりませんが。
[1285] 2002年 4月 18日(木)00:30:18いわ さん
続・県境にとらわれない合併
[810]で以前触れた長野県木曽郡山口村と岐阜県中津川市の合併が一歩進んだこともあって、私が勝手に県境を越えた合併を考えている五霞町のことに触れたいと思います。
(山口村は中津川市と先行合併し、その後恵那市、恵那郡との合併へ向かう模様です)

五霞町は茨城県の他町村(猿島郡総和町、猿島郡境町)とは利根川を隔てて接しています。もちろん歴史的背景があって茨城県なのではありますが、実際の生活は・・・。

1、最寄駅
五霞町へ行く最寄駅と言えば、東武日光線幸手駅(埼玉県幸手市)または同線と東北本線(宇都宮線)栗橋駅(埼玉県北葛飾郡栗橋町)であり、買い物は茨城県内よりも埼玉県幸手市へ向かう方が便利です。

2、道路事情
1981年に新利根川橋が開通するまで、総和町、境町側へは遠回りを余儀なくされていましたし、その新利根川橋でさえ無料になったのは2001年4月です。(以前の通行料は200円)

3、進学事情
今年4月の高校進学者の90%弱は茨城県以外の高校への進学しており、年々県内の高校への入学希望者は減る一方です。

4、県の対応
一部報道によると県を越えての合併について「県はダメとは言っていない」そうです。

5、町民の意見
一部報道によると町企画課へは「県境を越えて合併はできないのか」という質問が多く寄せられるそうです。

こういった背景にありがなら検討している様子がないことに疑問を持っています。
現実的には色々な障害があるのでしょうが、例えば幸手市との合併を研究するということはあってもよいと思います。

みなさんはどう思われますか?

ちなみにその他の地区で県境にとらわれない合併がありそうなところに、
島根県益田市、山口県阿武郡田万川町、山口県阿武郡須佐町の組合せがあります。
[2617] 2002年 8月 17日(土)22:48:00ただの地理好き さん
市町村合併案は・・・
 今、日本各地で数多くの市町村合併案が出ているようです。いったいどのくらいの案があるのでしょうか。何でも長野県山口村と岐阜県中津川市が県境を超えて合併するそうで。市町村名の変更・村から町もしくは町から市への変化などもあれば詳しく知りたいと思います。
[2649] 2002年 8月 19日(月)01:26:09でるでる さん
越県合併
[2617]ただの地理好きさんへ

[2621]で、たけもとさんが紹介して下さっている様に、山のようにあります。
出来る限り最新の情報を更新する様にしていますので、たまに覗いて頂けると、嬉しいです。

岐阜県中津川市と長野県木曽郡山口村のように、他にも越県合併を検討または住民レベルでの動きのあるところでは、

青森県西津軽郡岩崎村と秋田県能代市周辺
岩手県一関市周辺と宮城県栗原郡栗駒町,金成町
群馬県佐波郡境町島村地区南部と埼玉県本庄市
神奈川県津久井郡藤野町と山梨県南都留郡秋山村、北都留郡上野原町
島根県益田市と山口県川上郡阿武町田万川町
徳島県海部郡南部3町と高知県安芸郡東洋町

などがありますね(変更情報のページにもありますので、是非参照を)。
ただいずれも住民レベル若しくは事務レベルでの動きや声なので、具体的に進展はしていないようです。

変わったところで、群馬県利根郡川場村では、村内にある東京都世田谷区民健康村を通じて交流のある世田谷区との越県合併も検討してはという住民の声があり、村側も一つの案として検討中とのことですが、さすがに実現性となると難しいかなと思います。
[2878] 2002年 9月 2日(月)18:38:53YSK さん
菱村と矢場川村の越境合併
[2875][2876]

mikiさんのご指摘どおり、「群馬県菱村」ではなく、「栃木県菱村」ですね。
1959.4.1に、群馬県桐生市が菱村を編入しています。現在は桐生市菱町となっています。

また、1960.7.1には、群馬県矢場川村(当時)が、栃木県足利市と群馬県太田市に分かれて編入されるという、いわゆる「越境分村」がありました。
同様な事例は、埼玉県元狭山村(当時)が、東京都瑞穂町と、埼玉県入間市に越境分村した例があります。
ただし、細かく言えば、

1958.10.14 境界変更により、元狭山村の一部が入間市となる。
1958.10.15 瑞穂町、元狭山村を編入する。

という過程を経ています。

話を元に戻します。
足利市、桐生市、太田市周辺(「両毛地域」といいます)は、県は違いますが、同じ生活圏を共有しています。この特殊な生活圏構造が、相次いで県境を越えた合併を実現させたと言えるのではないでしょうか。また、菱村、矢場川村ともに、県全体からすればわずかな人口であったことも、県議会や国の同意を得やすい要因だったといえます。

このHPの市町村変更情報にもありますように、この地域における合併に向けた公式の組織は、太田市外5町による任意合併協議会があります。この合併協議会発足後間もない頃だったと思いますが、足利市長が記者会見で、「足利市は太田市と合併し、“両毛市”を目指すべきだ。同じ県ならとっくに合併している」と発言しました。実は小学生さんがおっしゃっているのは、この報道のことではないでしょうか?

足利市は、人口では栃木県で第2の都市ですが、近年は人口も停滞し、合併を模索したいところなのです。しかし、栃木県の西端に位置し、適当な合併相手がないのが実情です。そこで、県境をまたいで密接なつながりのある太田市との合併が望ましいのではないか。足利市長の発言の真意はこういったところなのではないかと思われます。

ただ、菱村や矢場川村と違い、足利市は人口約16万の栃木県第二の都市です。越県合併は現実的にはほぼ不可能に近いといえます。したがって、足利市長の発言の後も、越県合併についての目立った動きはありません。
[2884] 2002年 9月 2日(月)22:51:00夜鳴き寿司屋 さん
越県合併
 越県合併といえば、以前愛媛県越智郡4町村(魚島村、弓削町、生名村、岩城村)と
広島県因島市の越県合併構想もありました。これら4町村は愛媛県本土よりも同じ
瀬戸内海に浮かぶ因島を介して広島県との結びつきが強い事が理由でした。

 魚島を除く3町村は因島とはすぐ近くにあり、連絡船も多く運行されており
経済的な結びつきが強いそうです。しかし4町村が広島県に合併したら周囲の
海域も広島県の管轄になるので、愛媛県の同意を取るのは難しいだろうといわれています。
そのため4町村だけで2004年10月の合体合併になったそうです。

 また因島市も唯一の合併相手だった瀬戸田町(生口島で境を接している)が三原市との
合併を表明しているので、現在のところ合併相手がいないそうです。
[2892] 2002年 9月 3日(火)02:13:14でるでる さん
越県(越境)合併
[2874]Gさん>越県合併について
[2886]で夜鳴き寿司屋さんがご説明して下さっている通り、「編入合併」の場合は通常の手続きに加えて、
両都道府県議会の承認が必要となります。
また、「新設(対等)合併」の場合(関係自治体を一旦廃し、新たな自治体を発足させる方式)は、両都道府県議会の承認の他、国会の議決、両都道府県にて住民投票を実施し過半数の同意が必要と、やたらと手続きが複雑になります。
おそらく過去の越県合併では「新設合併」が採用されたことは無いのではと思われますが、ご存知の方がおられましたら、ご教授頂けると嬉しいです。

両毛地区については、[2878]のYSKさんのご意見にもありますが、仮に足利市と太田市が合併に合意した場合でも、合併方式が「新設」「編入」いずれにせよ、足利市が群馬県側になるか太田市が栃木県側になるかになりますので、おそらく両県が同意する事は無いでしょうから、実質不可能に近いでしょうね。
[2904] 2002年 9月 4日(水)21:18:38ケン さん
越県合併
山口県田万川町は萩市などの協議会から離脱し、島根県益田市と越県合併の可能性が大きくなったようです。
[3433] 2002年 9月 30日(月)16:50:04でるでる さん
いなべ市
三重県「員弁地区町合併協議会」(員弁郡北勢町、員弁町、大安町、藤原町)の新市名が「いなべ市」に正式に決定しました。(8月12日第4回協議会・・・いつの間にか、仮称から正式決定に)
これで、ひらがな市名がまた一つ誕生ですね。(やはりブームなのかな・・・)

また、「桑名市・多度町・長島町・木曽岬町・東員町任意合併協議会」に参加していた員弁郡東員町は、任意協議会の脱退を表明しました。(木曽岬町も単独町制か愛知県海部郡弥富町との越県合併を模索し脱退を表明しました)

東員町内には員弁郡内での合併を望む声が多くある事から、今後、「いなべ市」誕生後(2004年3月予定)にも、二段階合併する可能性もあるかも知れません。
[3795] 2002年 10月 11日(金)16:57:40桃象[桃象@国仲涼子ファン] さん
越境合併及び飛び地
YSKさん,雑魚さん,小生の拙い書き込みにレスを下さりありがとうございます。

小生は本職の他に関わっている活動の関係上,市町村合併には大きな関心を寄せいているのですが,特に五霞町の合併問題を興味深く拝見しております。皆さんもご存じのように,五霞町は利根川の河川改修の結果,利根川の河川飛び地になっています。しかも交通行政の不手際の影響もあり,五霞町の生活圏はほぼ完全に埼玉県圏に属しています。ですから,個人的には五霞町が隣接する埼玉県幸手市との越境合併を選んでもそれは仕方がないこととも考えています。

一方,五霞町の北西に目をやりますと,五霞町と同じように,埼玉県北川辺町が利根川の河川飛び地になっています。地図の上では北川辺町は茨城県古河市に接しており,生活圏は古河市圏に属しているのかなと考えましたが,北川辺町では,古河市との越境合併の話は全く出て来ないようですし,温度差を感じます。五霞町が幸手市と合併する代わりに,北川辺町が古河市と合併する手もありかな(笑)と思うのですが,北川辺町の生活圏について,どなたかご存じないでしょうか。やはり,北川辺町の住民にとっては,茨城県や群馬県よりも埼玉県の方が都会的に感じるのでしょうか(苦笑)。それにしても,北川辺町は茨城県,栃木県,群馬県の3県と接しています。将来関東州ができたときは,州議会はここに置くも1つの名案だと思うのですが。

また,利根川流域は河川改修の結果,数多くの河川飛び地が存在しています。茨城県と千葉県の県境に目をやると,取手市の河川飛び地が我孫子市にあります。一方,千葉県野田市の河川飛び地が守谷市及び水海道市の辺りにあります。この両地域を交換することはできないのかなと思うのですが,いかがでしょう。

小生は個人的には飛び地に何となく愛着を感じているのですが,このサイトに飛び地関係のページがあればいいなとも思っています。市町村合併が進めば,市町村レベルの飛び地がかなり減ってくる可能性がありますね。新南陽市も合併で分割状態に終止符が打たれる予定ですし,弘前市もそれほど遠くない内に飛び地がなくなるのではと思っています。また和歌山県の北山村には具体的な合併の話はまた出ていないようですが,一体どうなるのだろうかと興味を持っています。

==
[3802] 2002年 10月 11日(金)22:14:22でるでる さん
北川辺町
[3795]桃象@国仲涼子ファン さんへ
>北川辺町の生活圏について,どなたかご存じないでしょうか

比較的近くに住んでいる私(久喜市)にも謎ですね(苦笑)。
北川辺町が埼玉県に属することになった経緯は詳しくは存じないのですが、利根川を挟んで北側に立地し、電話番号も「0280」で栃木県野木町や茨城県古河市と同じですね。(五霞町も同じです)
北川辺と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、「北川辺産コシヒカリ」でしょうか。埼玉県内ではブランド米として結構知られた存在になっております。また北川辺産コシヒカリを使用した日本酒などもあり、北川辺産の農産物類はブランド的なイメージがありますね。(多分埼玉県内だけかな)

交通体系の視点からみると、東武日光線が町内を通っており、また、渡良瀬川に架かる三国橋を渡って、JR宇都宮線(東北線)の古河駅の利用も容易なことから、近年東京や埼玉県内のベットタウンとして人口が増加傾向にあります。
高校の通学先としては、町内の北川辺高校を除けば、久喜市内の高校(久喜、久喜工、久喜北陽)への通学率が7.1%と最も多くなっておりますね。

一方で道路交通からの視点では、既述した通り渡良瀬川に架かる三国橋や新三国橋によって、古河市との行き来が容易であることから、日用品の買物などの日常的な生活圏としては、古河市との繋がりが強いのではないかと思われます。埼玉県内では主要道古河加須線が、利根川を渡り大利根町や加須市と結んでおり、加須市と大利根町の境界付近の加須・大利根工業団地への通勤需要が多少はあるのかも知れませんが、距離的にも古河市に比べて離れている為、然程の影響はないものと思われます。

面白いところで、北川辺町と栃木県野木町、茨城県古河市、総和町の4市町で「三国サミット会議」が構成されております。この4市町は元々古河藩に属しており、生活行政圏での繋がりも深かったことから、現在でも古河市を中心に行政間の交流も盛んの様ですね。

最近の市町村合併の視点からでは、北川辺町は当初、栗橋町と大利根町の3町で今年の4月に任意協議会を設置する予定で3町長とも合意していたのですが、枠組み決定は時期尚早として議会に否決されました。(任意協議会の設置や参加には議会の承認は必要ないのですが、設置・参加の為の分担金の予算案が否決された為、参加出来ませんでした。)
北川辺町には、栗橋町と大利根町の2町からの他、加須市と騎西町が大利根町を含めた4市町での協議会設置を呼掛けておりますし、古河市との越県合併の声もある様で、まだ具体的な枠組みの決定には至っておりません。勿論、このまま単独町制の可能性もあります。

[3800]のYSKさんのご意見と、似た様な書込みになってしまいましたね(^^;
[4049] 2002年 10月 21日(月)14:02:33TN さん
入間郡元狭山村分村事件
埼玉県でも過去に分村・越境合併の事例がありましたので、ご紹介したいと思います。時代背景は1953年10月に3年間の時限立法として制定された「町村合併促進法」の頃です。もちろん、私は生まれておりませんので、参考文献に頼ってしまう事をご容赦願いたいと思います。
以下は、4年前に埼玉県から発行された「地方分権時代における自治体の規模と広域行政について」という出版物から原文のまま引用致します。

※ 県入間郡武蔵町と東京都西多摩郡瑞穂町への編入紛争
武蔵町:人的、物的交流があり、県に留まり農業発展を期待
埼玉県:純農村であり、産業構造からも、今後の繁栄を図るために、武蔵町と合併して農業県としての本県に留まることが、村民の福祉向上に望ましい。
瑞穂町:横田基地拡張の条件として武蔵町合併実現を要求 内閣総理大臣に答申、政府は告示で分離合併へ(境界変更)

隣接する東京都西多摩郡瑞穂町との合併を希望していた入間郡元狭山村は、両町村の合併を決議し、昭和30年5月、内閣総理大臣にあてた合併申請書を埼玉県に提出したが、県及び県議会は、東京都編入を不適当とした。その後県は元狭山村に再三にわたって県にとどまるように要請したが、元狭山村はこれを受け入れなかった。一方東京都側は編入を認め、合併の受け入れ方につき内閣総理大臣あてに意見書を提出するにおよび、ここに、埼玉県と東京都は政府をはさんで共に綱引きをするという三つどもえの様相となったが、昭和33年新市町村建設促進中央審議会が、元狭山村の東京編入を承認したため、4か年におよんだ紛争はようやく決着した。

これを見る限り、当時の元狭山村民のことはそっちのけで行われた埼玉県・政府・東京都の3者の駆け引きが見て取れます。特に横田基地の拡張という米国の思惑までもが介在する部分は、私には興味深く感じられます。
「二本木」「駒形富士山」「高根」という地名が入間市、瑞穂町に並存する訳が、改めて市町村合併の難しさを物語っているような気が致しました。

追記:なお、過去ログ検索の結果元狭山村の合併経緯は[2878]でYSKさんがすでに述べられておりますが、私なりに再度掘り起こしてみようと取り上げさせて頂きました。
[5123] 2002年 11月 20日(水)19:51:24special-week[ヒロオ] さん
越県合併を考える
 調べれば、意外なものが分かりますね。
 本日、合併特例法のお勉強をしておりました。

 越県合併については「編入合併」は法律上認められているものの、「新設合併」は法律がないため認められていないとのこと。
 ということは、まず間違いなく「町田市」と「相模原市」の合併は破談になりますね。総務省の解釈によると「通例ではないであろうが、新設の越県合併」に関しては、そういった事案が具体化されてから協議する方針だとか。ということは、今のところ、町田市・相模原市の合併は机上の空論ってこと?編入合併では、編入される市が納得いかないだろうしなあ。
 どうなることやら・・・?

[5106]
黒髪様
 間違いを指摘していただきありがとうございます。確かに川崎市にも国立大学はありませんでした。それと北九州市の国立大学もありがとうございます。ただ九州工業大学のことですが、この大学は既に遠山プランの対象になっており、遅かれ早かれ九州大学との合併を迫られることになるでしょう。


 筑波大学と図書館情報大学、山梨大学と山梨医科大学が合併することが決まりましたが、私としては茨城県に筑波大学と茨城大学の2つの国立大学が必要なのか謎です。
 現在、4年制国公私立大学の総数は全国の市の数と同等と言われており、一時期「1市1大学構想」なるものまであったらしいです。東京一極集中の現況を考えると「地方にも大学を」という声は分かるのですが、「諏訪東京理科大」を代表とする学生にとってはがっかりするような大学名は避けるべきでは?と私は思いますけどね。。
[5128] 2002年 11月 20日(水)20:59:05YSK さん
越県合併、“一応”新設合併も可能
[5123] ヒロオさん
<「新設合併」は法律がないため認められていないとのこと。

一応は新設合併も可能なようです。
ただ、両都道府県議会の承認→国会の議決→両都道府県にて住民投票を実施し過半数の同意というステップが必要なため、今まで一例もなかったのではないでしょうか。

[2892]でるでるさんの解説をご参照ください。
[5409] 2002年 11月 26日(火)00:06:20NSK さん
郵便番号と過去の越境合併
※郵便番号

[5270]関西人さん
[5292]Firoさん
[5300]あんどれさん

みなさんがおっしゃるとおり、郵便番号は集配局単位で決められてるのですね。
このことを踏まえた上で、私の推測を書きます。

(ここから私の推測です)
郵便番号が登場した1968年当時の集配局を基準に、普通集配局に3ケタ、特定集配局5ケタを割り当てたのではないでしょうか。
その後、都市部周辺の市制施行等の理由で、特定集配局が普通集配局になり、普通集配局の5ケタが登場したのでしょう。
東京都の場合は特別に、そのまま5ケタとするのではなく、空いていた上2ケタが「20」の番号に変更したのではないでしょうか?
となると、わざわざ「20」を空けていた理由が謎なのですが・・・
もっとも、関西人さんやFiroさんが書かれているように、将来の集配局変更を読んでいたのかもしれないですが。
私の住んでいる近くのつくば市の「305」も、わざわざ空けていたみたいです。
(以上が私の推測です。間違ってたら訂正して下さい)

あと、市内集配局がないのは、私の知る限り、羽曳野市(藤井寺局)、長岡京市(向日町局)などがありますね。
集配局の範囲と市境が異なる例は、全国各地にありそうですね。


※過去の越境合併

[5301]ニジェガロージェッツさん

備前福河は、越境編入の証拠となる端的な例ですね。
今長野県山口村が、岐阜県中津川市への編入を目指していますが、私の知る限り、次のような例があります。

大阪府高槻市樫田地区(元京都府)
岐阜県白鳥町石徹白地区(元福井県)
岐阜県中津川市神坂地区(元長野県)
群馬県桐生市菱町地区(元栃木県)

あと、ロシアの郵便番号の話、興味深く読ませていただきました。
首都から方向別に付けるという方法もあるのですね。
どの国でも、番号の基準は首都なんですね。
[6532] 2002年 12月 16日(月)17:45:46ken さん
五霞町越県合併
[6512] いわ さん
> 五霞町の住民アンケートで8割が埼玉県側との合併を選択しました。

平成の大合併は、「行政(国)主導、住民不在」、「まず合併ありき」という感じもありましたが、
今回の五霞町の住民意識調査の結果を見ると、
http://www.town.goka.ibaraki.jp/news/gappei/houkokusyo.pdf
「合併した方が良い」が67.4%

さらにその中で「埼玉県の市町村との合併がよい」が、いなさんご指摘のように、81.2%、
「茨城県の市町村との合併がよい」が17.1%。

この種のアンケート自体、関心の低い人は回答してこないケースが多いとは思いますが、それにしても、意外に住民意識がアグレッシブだなあ。という印象をもちました。

この意識調査結果に対する、五霞町行政側の対応というか回答は、以下。
http://www.town.goka.ibaraki.jp/news/gappei/gappeihousin.pdf
[9710] 2003年 2月 24日(月)08:56:52夜鳴き寿司屋 さん
日本最大の飛び地は存続するそうでして
奈良県と三重県の堺にある和歌山県最大の飛び地の北山村ですが、住民投票により三重県との越県合併ではなく和歌山県新宮市との合併が多数を占め、和歌山県の飛び地は存続することになりました。
歴史的伝統が優先された結果のようせすが、外部からみれば非効率に見えますが住民にとっては最良の選択だったと思います。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030224-00000055-mai-soci
[9717] 2003年 2月 24日(月)11:31:56まがみ さん
北山村&吉井町
昨日の夜に原稿を準備して、いざ書き込もうとしたらCGIのトラブルだったようで、書き込めませんでした。結局、[9710]夜鳴き寿司屋 さんが書かれている内容とほとんど一緒で申し訳ないですが…


和歌山県/東牟婁郡 北山村では昨日、新宮市・熊野川町との合併か、熊野市との越県合併かを選ぶ「意向確認調査」という事実上の住民投票を行ないました。その結果、新宮市側が7割以上を占めました。新宮市・熊野川町の法定合併協議会への参加に向けて手続きをする方針です。
有効投票460、新宮市334、熊野市123、投票率91.63%。

北山村といえば、全国唯一の飛び地の村ですね。新宮市とは距離にして約30km離れているにもかかわらず、やはり越県合併というのには抵抗があるのでしょうか(どちらも紀伊国ですが)。市町村合併で飛び地は減少しそうに思いますが、周南市のように飛び地が解消されるところもあれば、北山村のように新たに飛び地になる可能性があるところも。

昨日はもう1件、住民投票がありました。


長崎県/北松浦郡 吉井町では昨日、佐々町・小佐々町との合併か、佐世保市との合併かを選ぶ住民投票を実施しました。佐々町・小佐々町側が僅差で上回ったのですが、町議会は佐世保市志向、町長は佐々町・小佐々町志向ということで、対立もありそうです。
有効投票3436、佐々町・小佐々町1708、佐世保市1681、投票率70.32%。
[9751] 2003年 2月 24日(月)22:12:29でるでる さん
幸手市・五霞町法定合併協議会
さきほど、埼玉県の幸手市と茨城県の五霞町の2市町での法定協議会設置案(住民発議)が可決されたそうです。(テレビ埼玉のニュースより)これにより、岐阜県の中津川市と長野県の山口村との法定協議会に次いで、2ヶ所目の越県合併を目指す法定協議会の設置となります。

その幸手市では、久喜市と鷲宮町との法定協議会設置を求める住民発議が行われたり、幸手市議会も久喜市・鷲宮町・栗橋町・茨城県五霞町と2市3町での合併を求める決議をしている他、先日幸手市長は今回の住民発議を基に、五霞町と共に、久喜市・鷲宮町との合併協議に前向きの発言をしており、五霞町も同様の姿勢を示しているようです。なお、久喜市と鷲宮町は、2市町で法定協議会を設置する予定で、栗橋町は大利根町と2町での合併・市制施行を目指す意向です。

また、久喜市の隣の菖蒲町の合併の枠組みを問う住民投票の結果次第(久喜市と鷲宮町、蓮田市と白岡町)では、菖蒲町の参加の可能性もあり、場合によっては合併の枠組みが久喜市・幸手市・菖蒲町・鷲宮町・茨城県五霞町の2市3町に広がる可能性が出てきました。

さて、もしこの2市3町で合併するとなった時、5市町での新設合併となると、五霞町の越県問題で手続きが大変複雑になることから、手続き上、幸手市が五霞町を一旦編入合併した後に、久喜市・(新)幸手市・鷲宮町・(菖蒲町)が新設合併することになるものと思われます。

朝霞4市と東入間2市2町の場合と同様に、こちらの枠組みでの新市名もかなり難しそうですね。うーん・・・もし新市名公募が住民対象であれば、「田園市(でんえんし)」あたりが有力候補なのかも知れません。
それにしても、まさか地元が越県合併の舞台(まだ決まってはおりませんが)になるとは、思わなかったなぁ。

#そういえば、最近 いわさん の姿を見掛けませんね・・・
[12685] 2003年 4月 8日(火)10:50:45三鈴 さん
都道府県の枠組みの変更と道州制
[12668]Firoさん
現行の都道府県の枠組みを越えた形での合併を志向しているケースがあります。
岐阜県中津川市と長野県山口村のケースや、埼玉県幸手市と茨城県五霞町のケースでは、法定合併協議会もできていますね。

越県合併の場合、双方の属する県の議会の議決を経なければなりませんので、県土が縮小されることになる側の抵抗も予想され、やはり難しい面もあるわけですよね。現在検討されている越県合併のケースは、いずれも編入合併ですので、編入される町村の属する県が、編入する市の属する県に、自ずから変更されるということになるわけですが、これが新設合併となると、都道府県の境界変更に関する地方自治法第6条第1項が適用されて、特別法の制定が必要になりますので、現実には極めて困難です。実際、1947年に地方自治法が日本国憲法と同時に施行されて以降、昭和の大合併の時期も含めて、越県の新設合併は1件もありません。まぁ、そこで、その間の県境がそもそもなければよかったのに‥ということで、両側の県の合併(=道州制?)なんて云うことも、考えられたりするのでしょうね。

さて、その県の合併ということはひとまずおくとして、市町村の越県合併による都道府県の枠組みの一部変更については、私も、その市町村が望んでいるのであれば、別段構わないと思っていますし、県の意向よりも、地元市町村の意向が尊重されるべきだとも思っています。そうした意味で、国も、合併推進の旗を振るのであれば、越県合併に関する障害(例えば新設の場合の特別法など)を除去する方向での制度改正を、真剣に考えるべきなのではないかとも思っています。

そうした意見をもっておりますので
一部の枠組みの変更に関しては否定するものでなかった
のですが、そのようには受けとめられなかったのであれば、それは私の説明の足りなさによるものかと思いますので、こちらこそ、説明不足をお詫び申し上げます。

さて、以上を踏まえた上で、もう少し自説を展開したいと思います。
kenさんが[12676]で、
少なくとも機構としては、都道府県は無視しないと、道州は導入する意味がないと思います。
廃県置州ですから。
とおっしゃっている点に関してです。

このご意見は、極めてラディカルな意見なのではないかなぁと、思うのです。
もちろん感覚的には、静岡県の遠州は東海地方と、駿豆は関東地方と、それぞれ結びつきが強いとか、伊賀は東海ではなく関西だとかいうのは、発想として大変よくわかるのです。

ただ、機構を無視することは難しいと、私が申し上げたのは、それぞれの都道府県の職員の身分の問題等をどう考えるかといった視点も要るのではなかろうかということを感じたからです。明治新政府による廃藩置県や、占領軍による戦後改革などとは異なり、今日、道州制を導入しようという場合、革命的な手法が正当性を持ち得るとは思えません。

小さな町村の所属が、越県合併で他県に移ることになっても、県の職員の異動は、基本的には生じないはずです(それでも、選挙区の再編を迫られかねない県議の反発などは予想されます)。でも、従来の都道府県という機構を無視してこれを廃止して、まったくマッサラなところから新しい機構(道州庁?)を考えるとなると、全国何十万人もの都道府県職員の方々は、一体どうなってしまうのでしょう?

『大きな「五霞町」』というようなアナロジーでは片付けられない問題だと思うのです。彼らが路頭に迷う心配を抱くことなく安心して暮らせるような改革でなければ、当然大きな社会不安を招いてしまいますので、政策として支持されることは難しく、実現可能性は極めて低いのではないかと思うのです。
#ちなみに私は、都道府県職員でも都道府県の関係する外郭団体等の職員でもありませんよ!

そうした観点から、道州制の導入ということを考える場合、現実的には
原則として、都道府県の合併とその合併後の都道府県への国の出先機関の権限の移譲・統合といった形にならざるをえないのではないか
と申し上げた次第です(拙稿[12504])。

もっとも、誤解のないように申し上げておきますが、「お遊び」としては、
九州を2つに割る場合、南北2州ではなく、東西2州、すなわち、福岡県を東西に割って、鹿児島本 線沿い、日豊本線沿いの2州に
といった発想は、好きなんですよ。人それぞれの、地理的な空間の捉え方が表れて面白いですし‥。ただそれは、私から見ると、「名古屋ナンバーを分割するとすれば」という「お遊び」と本質的な違いを見出しにくいなぁと感じるのですけれどもね!

甚だ長文になってしまいまして、申し訳ありません。
[12693] 2003年 4月 8日(火)13:04:09ken さん
re:越県合併
[12685] 三鈴 さん
越県合併に関する障害(例えば新設の場合の特別法など)を除去する方向での制度改正を、真剣に考えるべきなのではないかとも思っています。
あ、これは大賛成。
町田市と相模原市の合併も進むかも。
[14592] 2003年 5月 3日(土)13:12:44G[わたらせG] さん
両毛
[14588]Issieさん YSKさん
広報の市長のコラムに合併関連の話題があったのでかいつまんで

 昭和22年(1947),栃木県足利郡には、この狭い地域に17の市町村がありました。足利市、毛野村、山辺町、三重村、山前村、北郷村、名草村、富田村、御厨町、筑波村、梁田村、久野村、三和村、小俣町、葉鹿町、吾妻村、菱村です。
 昭和30年(1955)に、吾妻村が佐野市へ、昭和34年(1959)に菱村が桐生市へそれぞれ合併し、昭和26年(1951)から37年(1962)までに全部の町村が足利市に合併され、足利郡がなくなったわけです。
 この間、菱村が群馬県に編入するにあたり、群馬県からは矢場川村が編入されるわけでありましたが、村で議論があり、分村という形で全部が編入されませんでした。その代案として、現在の太田市高瀬地区を足利市へとの考え方があったようですが、それも結論に至らず、現状のままとなっています。現在でも高瀬地区の子供たちは、足利の山辺小学校と、山辺中学校へ市(県)を越えて通学しているのです。
 昭和34年(1959)に菱村が桐生市に合併の際は、1140世帯、5700人の人口移動がありました。しかし、矢場川は分村の結果、540世帯、3019人の足利市への流入ということで、合併による単純比較で申しますと、面積は約18k㎡、人口2681人、600世帯のそれぞれ減とらります。
 今頃になって群馬県の栃木県への対応を不満として議論することはできませんが、過去合併の歴史として私たちは認識しておく必要があると思い記述したのであります。

とありました。矢場川村の合併に関しては、他書籍によると、最終的には当時の自治庁による現地調査、調整斡旋が行われるほどの騒動が展開されたそうです。明治期の廃藩置県後の一時期、館林県が栃木県に所属していた時もあり、生活、文化などさまざまな面において、名目上の群馬県、栃木県という括りだけでは済まされない地域が「両毛」なのだと思います。


[14616] 2003年 5月 3日(土)21:01:16YSK さん
矢場川村(やばがわむら)について
[14588]Issieさん
旧矢場川村の半分が栃木県足利市へ編入されていたということ。
私も過去ログ[616][2878]で、この「越境分村」について書いております。

現在の住所表記でいいますと、

足利市:南大町(足利市街地に「大町(だいちょう)」がすでに存在していたので、もとの字名「大町」に「南」を冠しました)、 里矢場町、新宿町(あらじゅくちょう)、藤本町、荒金町

太田市:矢場町、植木野町、東新町の一部

が「旧矢場川村」の村域でした。旧村名にもなっている矢場川の流路が旧県境です。

県道足利千代田線(39号線)が同川を渡河する橋の名前は「両毛橋」。現在は足利市堀込町と同市藤本町との間にかかる橋となっていますが、地域の歴史がその橋の名に刻まれています。

Issieさんもご推察の通り、旧矢場川村の足利市に編入された地域は、隣接する足利市山辺地区と市街地が連担しており、また現在の県境となっている地域には水田が広がって市街地は一応途切れているので、旧県境よりもむしろ現県境のほうが、より地域の実態にあっているように感じられますね。

(旧矢場川村域における、20万分の1地勢図の旧国界と現県境との)ズレは地勢図には反映していませんね。
この点は、私も気づいておりました。旧菱村や旧飛駒村の一部にかかわる、旧国境と現県境とのずれは明確に記載されているのに、どういうことなのかな、と。地域住民として、国土地理院に確認を求めてみようかな?

矢場川村にあった小学校は、足利市に市立矢場川小学校として存続していますが、1つの中学校を維持する規模ではなかったため、「矢場川中学校」は廃止となりました。同小学校の児童は、卒業後隣接地区の山辺中学校へ通学することとなります。

太田市に編入された地域は、やはり独立した小中学校を設置するほどの規模ではなく、隣接する韮川地区の小中学校の学校区に編入されました。中学校は、太田市街地北東に接する現北中学校。かなりの距離の通学を強いられたことになりますね。現在は、韮川地区東部に「城東中学校」が開校しています。

行政地区でも、「矢場川」は「韮川地区」に編入されています。
[14618] 2003年 5月 3日(土)21:30:10【2】YSK さん
太田市高瀬町の越境通学
[14592]わたらせGさん
菱村が群馬県に編入するにあたり、群馬県からは矢場川村が編入されるわけでありましたが、村で議論があり、分村という形で全部が編入されませんでした。その代案として、現在の太田市高瀬地区を足利市へとの考え方があったようですが、それも結論に至らず、現状のままとなっています。
高瀬(たかぜ)地区は、旧村では市場村の一部地域(後、旧毛里田村の一部)でして、長らく大字市場の一部を構成していましたが、先に説明しました町名設定によって、「高瀬町」が発足しました。[9883]で紹介しました、5度も県境を越える県道が、この地区を通過します。

矢場川村の合併問題の打開策の1つとして、高瀬地区の足利市への編入が取りざたされていたとは初耳でしたね。

そもそも、群馬県の示した合併の枠組みの試案では、矢場川村は旧毛里田村と旧休泊村(それぞれ、現在は太田市の一部)とともに、「下山田町」として合併することが望ましいとされており(桐生市や大間々町の一体を「上山田地域」、太田市東半分の山田郡域を「下山田地域」とする呼称がありました)、この合併話は順調に進んでいました。しかし、旧休泊村がその後太田市への編入を希望したため、「下山田町構想」は頓挫し、旧毛里田村と旧矢場川村は、他自治体への編入(実質的には太田市への編入)を求められる事態になりました。3村で1つの町なら、と足利市への憧憬を抑えて「下山田町」への合併話を進めていた矢場川村にとっては、この頓挫は深刻な問題となっていきます。

そして、菱村の越境合併を受け、矢場川村では足利市への編入論が湧き上がったのですが、一方において太田市に近い地区から反論が上がり、相当に紛糾したと聞いております。最終的には、わたらせGさんご指摘のとおり、国の調停などを経て、現在の形におさまったものと思います。

現在でも高瀬地区の子供たちは、足利の山辺小学校と、山辺中学校へ市(県)を越えて通学しているのです。
これは、かなり伝統的に行われてきた特例で、太田市はこの越境通学のために、必要な経費を足利市に支出しています。本来の学校区は毛里田小、毛里田中なのですが、幾度か是正を試みたものの、調整がつかず、現在まで続いていると聞いたことがあります。

なお、高瀬町と隣接する市場町(旧大字市場の範囲)は、市外局番も「0284」、つまり足利局の管轄となっています。

以上のような事例、わが国では珍しい越境合併や越境分村がここでは3例も行われているという実情、これらを考え合わせますと、「両毛」という地域の特質がこういった部分に現れてきているのかもしれませんね。
[15099] 2003年 5月 12日(月)12:01:32まがみ さん
越県合併の法的手続
いわゆる越県合併について、突っ込んで調べてみました。実際に越県合併をしようとする場合の手続は、[2886] [2892] [5123] [5128] [12685]にあるとおり、

●通常の編入・合体●越県の編入●越県の合体●地方自治法
市町村議会の議決市町村議会の議決市町村議会の議決7条1項
都道府県議会の議決都道府県議会の議決都道府県議会の議決7条1項
知事が編入・合体処分を行う7条1項
知事から総務大臣に届出7条1項
知事から総務大臣に申請知事から総務大臣に申請7条3項
都道府県の境界変更の法律を制定6条1項
上記法律の住民投票憲法95条
総務大臣が編入処分を行う総務大臣が合体処分を行う7条3項
自動的に都道府県の境界変更6条2項
官報に告示官報に告示官報に告示7条6項
という順序になります。

ところで、
[586]あま さん
まるごと大阪府内に転入して大阪府尼崎市となったり、尼崎市を解体して大阪市・・・区、・・・区となることは、法的に可能なのでしょうか。
という問いに対して、拙稿[590]では
1.尼崎市全域を大阪市に編入する場合
2.尼崎市、大阪市をともに廃し、あらたに市を設置する場合(合体の場合)
3.兵庫県尼崎市全域を大阪府尼崎市とし、合体や編入を伴わない場合
の3類型を考えました。これを前提に、それぞれについてどのような手続が必要なのか具体的に考えてみると、1.は、長野県山口村のように「越県の編入」に当たり、2.は「越県の合体」に当たりますので、上述のような手続で編入・合体が可能です。

3.の場合ですが、この場合は所属する都道府県だけを変更するということなので、6条1項の都道府県の境界変更と見なして、
都道府県の境界変更の法律を制定6条1項
上記法律の住民投票憲法95条
官報に告示7条6項
が必要になると思います。この場合、都道府県の境界変更は法律で定めれば可能ですので、地方自治法によれば市町村や都道府県議会の議決は特に要件とされていません(法律は条例より優位するという原理に基づくから?)。なお255条で、6条1項に関する事項は政令で定めるとしていますが、該当政令が見つかりませんでした。

ただ、市町村の数も減らないような3.のケースで、実際に立法が行われるかどうかについては疑問が残ります。
[15305] 2003年 5月 16日(金)01:06:45まがみ さん
西も東も越県合併
TNさん、はやいち@大内裏さんのご活躍により、私はめっきり合併情報から遠ざかっていますが、

[15238]でるでる さん
和歌山県に接する野迫川村では、生活圏として関わりの深い和歌山県の高野町との越県合併との声も
野迫川村中心部からだと、高野町のほうが近いですし、数少ないバス路線も高野町に向かう路線しかありません。大塔・西吉野の各村に比べて五條市との結びつきは弱いように思えますが、どうなんでしょうね。実際上、越県合併は難しいという面もあろうかと思いますが…

と思ったら、
[15241]はやいち@大内裏 さん
(山梨県)道志村と横浜市
少し前にも、[918][2649]あたりで、群馬県川場村と世田谷区の合併が話題になりましたが。。。
平成の大合併の目的の1つに、財政難を切り抜けるため、というのがありますが(それが実効的かどうかは別として)、世田谷区あるいは横浜市などのような大都市との合併ができれば、将来、少なくとも財政的には安定するだろうという見通しがあってのことかも知れません。
[15332] 2003年 5月 16日(金)09:43:04桃象 さん
越県合併
[15305]

茨城県の結城市で合併に関する住民アンケートが行われた結果,合併を希望する人たちの中では,「栃木県小山市との合併」を希望するケースがトップになりました。既に茨城県の県西地域が小山経済圏に組み込まれている状況から考えれば,このようなアンケート脚気は至極当たり前の結果でもあります。問題は茨城県議会が結城市の越県合併を認めるかどうかですね。結城市長は越県合併に消極的な発言をしていますし,筑西広域行政組合に加わっている他の市町村がどのような反応を見せるかも気になるところです。

==
[15345] 2003年 5月 16日(金)16:20:03桃象 さん
栃木県小山市と茨城県結城市
[15344] 雑魚 さん
結城から見た小山は市街が半ば連続している雰囲気ですし、鬼怒川を隔てた下館市よりも身近な存在ですね。

確かに言われてみればそうですね。GWの折は,家族で群馬県沼田市で春スキーを楽しんだのですが,行き帰りとも国道50号を利用したときは,小山市と結城市は市街地がかなり一体化しているとの印象を受けましたね。これなら,越県合併もやむを得ないのかなと一抹の寂しさを覚えましたが,仕方がないですね。

==
[15388] 2003年 5月 17日(土)14:28:08ごろごろ さん
高速道路 越県合併
[15383]くはさん
●現在ICが無い市
岐阜市・奈良市・鳥取市・松江市・佐賀市
岐阜市や佐賀市は市境にICがありますし、奈良市は有料道路が通っていますが、鳥取市に至っては高速道路がかすれてもいません。都道府県所在地の中で、高速道路が通っていないのは鳥取市だけです。高速道路は都道府県所在地を優先的に結ぶ傾向がありますが、なぜ米子道を先行開通させて鳥取道は優先されなかったのでしょうか。
合併により市町村名が変わっても、IC名は昔のまま残る(つくば市の谷田部ICや静岡市の清水ICなど)場合が多いのですが、基本的にそれで良いと思います。
市町村合併で高速道路のICに矛盾が起きてしまうので、できればIC名も改称して欲しいと思いますが、慣れ親しんだICを変更してしまうと、かえって混乱してしまうかもしれませんし、IC看板の変更などで経費がかかるので、IC名はそのままでも良いと思います。

[15344]雑魚さん
結城から見た小山は市街が半ば連続している雰囲気ですし、
結城市から見ると茨城県よりもと栃木県との結びつきが強いようですね。同じく古河市なども他県への結びつきが強いのではないかと思われます。
断続的な渋滞が慢性化している 50号線も、バイパスの開通で少しずつ状況は改善されていますが、
国道50号の渋滞を改善するためにも、北関東道の整備が望ましいと考えますが、北関東道の計画では、小山市や結城市、下館市は計画路線から外れています。私としては栃木市辺りからそのまま直線で小山市、結城市、下館市を繋げて欲しいと思うのですが、本来北関東道は前橋市、宇都宮市、水戸市の北関東の主要都市3都市を短時間で結ぶ為に計画された路線なので、小山市、結城市、下館市は計画路線から外れています。北関東道も国道50号にほぼ平行して造れば整備効果も高いと思います。

[15241]はやいち@大内裏さん
「道志村と横浜市」37・8%
財政だけの合併は少し賛成できません。横浜市と道志村は隣接しているわけでもないですし、数十キロも離れています。実現はしないと思いますが、横浜市の飛び地になり区も設置されそうですね。越県合併は他県同士でも結びつきが大きく隣接している地域に限って欲しいと思います。
[15926] 2003年 5月 26日(月)02:11:18ペーロケ[utt] さん
地理的シュミレーション。。。岩国を広島県へ。
 [15911]ほか、両毛人さんの、2県にわたる一体化地域、10万都市が分散化して互いに影響しながら存在する地域、渡良瀬川という大きな川が市街地の真中を走り、人口規模の割に橋が多い足利市、両毛地域のことは興味深いなあと常々思っていましたが、「ん?待てよ?」なんだか、これらの特徴が、我が在住の市の特徴と余りにも似ているなあ、と思ってしまいました!

 ただ、岩国市と大竹市は文化的にも位置的にも近いのに、両市を繋げた言い方って、実は無いのです。実は仲が悪いのか、例えば県境を流れる川の名前、岩国、和木では「小瀬川」、大竹では「木野川」と言います。信濃川と千曲川のように、同じ川でも県が違えば呼び方が違う例もいくつかアーカイブズで紹介されていますが、信濃川の例では上流と下流の違いがあるので区別できます。しかし小瀬川の例では上下流の区別はなく、同じ川の正に同じ流れを右岸と左岸で「小瀬川」と「木野川」と別の名前で名づけられているのです。まるでネパールでは「エベレスト」と呼ばれている山が、中国では「チョモランマ」と呼ばれているような感じです。
(参考アーカイブズ、途中で名前が変わる川や街道の由来とは?)http://uub.jp/arc/arc9.html

 さて、大竹市は岩国市との越県合併を望んでいるようですが、岩国市は玖珂郡との合併を進めようとしています。しかし、間に挟まれた和木町は岩国周辺の合併協議会を抜け、大竹市との合併を水面下で模索しているようです。さて、どうなることやら。このように、各市町村の意思がバラバラなので、両毛地域ほど県境を挟んで一体化はしていない地域なのかもしれません。

 でも、実現は不可能とは思いますが、仮に大竹市と岩国市が合併するとしましょう。大竹が岩国に吸収されるという吸収合併の形なら、間違いなく山口県と決められてしまうのでしょうが、新設合併でしたら、新自治体の所属は[15099]まがみさんの記事より、まず市町村議会の議決で決められそうです。新自治体、仮に「大岩市」としておきましょう。大岩市は広島県と山口県、所属はどちらになるのでしょうか?住民感情ではおそらく広島県でしょうが、「住民が多数いるほうの所属」では山口県になってしまいます。さて、どうしたらいいものか??

 私は個人的には広島県の所属の方が、大岩市、広島県、山口県の3者にとって幸せな選択ではないかと思うのです。なぜなら、今の岩国市は山口県内では第6位の人口ですが、広島県内に所属が変われば、第5位と一つ順位を上げることができます。おまけに大竹市を加えたら東広島市を抜いて第4位に躍進(!)することができます。まあコレはもちろん冗談ですが(笑)、山口県内であれば、県の端に位置しているため、今のように冷遇されたままでしょうし、広島県になれば、県都に近くなって扱いは多少マシになるでしょう。広島県としても、広島市の近くに衛星都市が一つでき、広島都市圏の強化を図れますし、山口県としても、山が険しい玖珂と岩国の間にお金をかけないで済み、その分、県内の他の都市を充実するほうに回せますからね。まあ保守的な県議会では、領地を取られることに対して簡単に「ウン」とは言わないでしょうけど。。。

 それと、小瀬川(木野川)は、「県際河川」には該当しなくなって、「2級河川」に格下げし、逆に錦川が2県にまたがる流域の河川ということになり、「1級河川」に格上げし、国の直轄管理になる可能性も。。。

 岩国は広島の文化圏ということで、かなり強引に広島県所属になる方法を考えて見ました。しかし、岩国高校などの野球の応援で、広島の高校みたいに「しゃもじ」を叩いているのだろうか??
[16118] 2003年 5月 29日(木)19:38:43琉球の風[てつ(沖縄の)] さん
越県合併
最近、越県合併が行われようとしています。そこで私は、鹿児島県与論町を沖縄県側に編入することを提案します。奄美諸島はもともと琉球文化圏ですし、沖縄県との繋がりも強く、進学では沖縄本島に来る学生も少なくなく、特に与論島からは船で沖縄本島へ家電製品の買出しに来たりする人もいるそうです(出所不明な話ですが・・・・)。そういう面でも、距離的な面でも沖縄本島側、特に「名護市+本部町+今帰仁村+伊江村+伊平屋村+伊是名村」+「与論町」という形での越県合併を実現させてほしいと思っています。本部港~与論港の航路の所要時間も、2時間程度と、便利です。
[17138] 2003年 6月 21日(土)20:34:32YSK[両毛人] さん
道志村、横浜市に合併の申し入れへ
山梨県道志村が住民の発議を受けて、23日に、横浜市に合併協議会の設置を申し入れることになったそうです。

道志村と横浜市とは、県も異なり、周知のとおり隣接しておらず、しかも30キロメートル以上離れているのですが、道志村は横浜市の水源地で、村民アンケートでも合併を求める意見が4割近くあるのだそうです。

「水の縁」を超えた都会との結びつきを求める村側のラブコールに、横浜市側も驚いているとのこと。

群馬県川場村の世田谷区との合併構想(こちらは最近話を聞きませんね)に引き続き、山村の大都市への越境合併話が、話題となりそうです。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030620-00000415-yom-soci
[17594] 2003年 6月 30日(月)20:56:50YSK[両毛人] さん
どうする?道志村??
先程の首都圏ニュース845(NHK首都圏ローカル)で、横浜市の中田市長が、道志村からの合併協議会設置に関する申し入れに対し、「慎重に検討する」と発言したというニュースを報じていました。
[18280] 2003年 7月 13日(日)17:53:05ありがたき さん
横浜市道志区?
最近だと[17138][17594]両毛人さんのコメントおよびそのレスで取り上げられました、山梨県道志村が横浜市に合併ラブコールのお話の続き、というか関連、というか感想ですがw

昨日・今日と山中湖へキャンプに行ってたんですが、帰り道に道志みち(国道413号線)を経由し、途中で「道の駅 どうし」に寄ってきました。山に囲まれた自然たっぷりの場所でした。道の駅には、道志村をかたどり、水源地をアピールするための石のモニュメントがありまして、ポリタンク持参で水を汲んでいる方々を何組か見かけました。そこの説明には、横浜の水源地という説明もありましたが、中でも「横浜の水は赤道を越えても腐らないと評判」のお話がありまして、貿易船などが給水する場所の中でも横浜は世界で指折りの良い水を組めると人気が高いのですが、その水は道志村の水だったんですねぇ。

合併の賛否や実務的な難しさはこの際置いておきまして、個人的な意見を。横浜市側が受け入れできるというのなら是非実現させてもらいたいものです。確かに横浜市とは隣接していませんし越県合併になるんですが、離れているといっても50kmちょいで横浜市内に入れるんですよね。その水源地の話もそうですし、豊富な環境資源を観光資源として活かせそうですし、横浜市としてもメリットは大きくありそうです。反面大変な部分の多々あるんでしょうが、ネガティブな話はこの際持ち出さないことにして。もし合併したら横浜市立の学校の林間学校は道志が定番でしょうかw

仮に合併したら、区はどうなるんでしょうか?独立した区になるのか、既存の区に編入するのか。独立だったら文句なしに「道志区」でしょうか。

いずれにしても、今後の動向が気になるところです。また今度バイクで行ってみようかな~
[25620] 2004年 3月 2日(火)00:29:22恵那山 さん
越県合併は延期
はじめまして、楽しく読ませていただいてます。

私の住んでいる岐阜県中津川市と長野県山口村の合併ですが、長野/岐阜両県への
手続きに時間がかかる等の理由から、2004.10.1から2005.2.13へ延期になる見通しです。
なお、併せて予定されている恵那郡北部との合併も同じく2005.2.13に延期予定です。

そんな中で、中津川市は4月に市長選を予定してます。
なんて効率の悪い…

ついでに、富士山絡みの話。
中津川市と長野県との境にある富士見台ですが、ここから富士山は見えません。
どうやら「富士見たい」から「富士見台」という名前になったようです。
紛らわしいですけど、面白いですね。
[25925] 2004年 3月 8日(月)22:09:13恵那山 さん
越県合併に思ふ
いよいよ岐阜県中津川市と長野県山口村の合併調印式が完了しました。
地元の気持ちとしては、越県合併云々よりも、「これでやっと旧神坂村がひとつに戻る」
といういうのが大きいです。

皆さんご存知のように、中津川市は昭和の大合併で旧神坂村の一部を合併していますが、
なぜ「一部」なのか。

詳しい話は「神坂村」で検索すれば当時の経緯がよくわかりますが、要は長野県が
『信州の島崎藤村が岐阜県人になってしまう』というふざけた理由で神坂村(主に馬籠)
の合併に反対したのです。
こうして両派入り乱れての激しい運動がはじまり、親兄弟や親戚どうしが対立し、
その関係がズタズタにされるほどその争いは激化しました。
そして最終的には政府の裁定により、馬籠を長野県に残す分村合併という結果になりました。
住民のしこりを残して。

なので今回の合併では「同じ過ちを繰り返したくない」という気持ちが非常に強く、
そのおかげでようやく50年近くにわたる分村にピリオドが打たれるわけです。
私はもちろん当時のことは経験してないですが、親から話を聞いていたので、やはり
非常に感慨深いものがあります。

ところで、長野県から岐阜県に変わるということはいろいろな区分けで東日本から西日本に
管轄が変わるわけで、官公庁よりも民間企業の対応が気になりますね。
わかり易いところでいえばコカコーラボトリングの管轄がが北陸から中京になって
自販機のジュースの種類が変わるかも(笑)
[34924] 2004年 11月 7日(日)23:30:03地球人 さん
長野県山口村の越県合併
こんばんは、地球人です。各県議会では、12月議会が11月から始まる様子ですが、長野県の山口村の合併議案が提出されるのか、注目しています。
 山口村と岐阜県中津川市との合併に関して、これまでの経緯は次のとおりです。

日付事項
15年1月6日法定合併協議会設置
15年1月24日両県知事により「市町村合併重点支援地域」に指定
15年10月3日長野県議会での知事答弁「きちんと情報を公開した上で、選択肢を示した形の住民投票を行って決めるべきだ」
16年2月22日山口村で合併の賛否を問う、投票方式の住民意向調査を行う。62.7%が賛成。投票率は91%。
16年3月8日合併協定書締結
16年3月19日山口村議会 合併議案可決
16年3月23日中津川市議会 合併議案可決
16年4月2日長野県知事へ合併申請書を提出
16年4月6日岐阜県知事へ合併申請書を提出
16年9月15日長野県が9月県議会へ合併議案を提出しないことを表明。
知事の発言「山口村の馬籠や島崎藤村は善光寺と並ぶ信州のアイデンティティ。県民や県議会による十分な議論を経ていくことが重要」
16年9月28日長野県が県議会に、山口村合併に関する県民意向調査費用の予算案を追加提案。
知事は、同調査の実施が合併関連議案を十二月県会に提出する条件になるとの認識を示した。
16年10月1日長野県議会が合併議案の提出を求める決議案を採択
16年10月6日知事が合併反対を県議会で表明
16年10月7日岐阜県議会が合併議案を可決
16年10月8日県議会が県民意向調査予算分を削除
16年10月29日県世論調査協会の行った県民意識調査によると、
山口村と岐阜県中津川市との越県合併について、「どこの判断が最も尊重されるべきか」との質問に対し、78.1%が「山口村・村民」と回答した。田中康夫知事が県民意向調査を関連議案の県議会12月定例会提出の条件としたことに対しては、「よい」37%、「よくない」39.2%と評価が分かれた。この調査に関しての知事の発言「県民一人ひとりの意思を問う形になっていない」

 私個人的には、長野県に田中知事が誕生したことはとても喜ばしいことだと思っています。しかし、この山口村の問題については、田中知事の手法は非難されて当然だと思っています。

 一体、田中知事は、公人としての県知事という職務をどのように考えているのでしょうか。
知事として、「市町村合併重点支援地域」に指定し、住民投票を示唆し、その手続きを踏んだ上で、山口村が合併申請書を提出したにもかかわらず、5ヶ月間、何もせずに、いきなり県民意向調査が必要、それが議案提出の前提と言い出す。しかも、自ら反対を表明しました。
 県民意向調査の必要性の中で、越県合併は県全体の問題であり、議案提出に時に知事としての意見を付す必要があり、県民の意向を調査する必要がある・・とのことでした。
 県民の意向は、県議会において諮ることが代表民主主義ではないでしょうか。
 知事は、山口村に住民投票をさせることによって翻意させようとし、その結果が自分の思いとは違うものであった。このままでは、県議会で議決されてしまうので、議案提出権を人質に、県民意向調査によって、自分の意思に沿った結果が出ることを期待しているものと思われます。

 合併については、県知事が総務大臣に申請する権限があり、県議会の同意が必要ですので、県議会への議案提出も当然に知事の責務です。決して「権利」ではないと思います。

  もし、真に「長野県が壊れる」と考え、越県合併を阻止したいのであれば、総務大臣への申請を行わないことを明言すべきです。そして、長野県民がその行動をいけないことだと判断すれば、リコールすることが正しい形ではないかと思います。

 この問題について、怒っているのは、私だけかもしれませんが、村長と同格であるはずの県知事が手続き上、行うこととなっていることを自分の望む方向にしようと利用していることに怒りを覚えます。このような力は、相手が強い場合にのみ使うべきであって、今回の場合には使うべきではないと思うのです。

 長文、失礼しました。
[37980] 2005年 2月 21日(月)19:45:50hmt さん
越境がらみの分村合併
大作 市町村変遷パラパラ地図・埼玉県版の作成にあたり、むじながいりさんが最も苦労されたのは、地図上で範囲がつかめない「一部編入」だったとのことです。

分村しなければならない事情に注目して、フォローしてみました。

やはり、最初に挙げたいのは、有名な埼玉県入間郡元狭山村から東京都西多摩郡瑞穂町への分村越県合併です。その経緯については、[4049]TNさんの記事に尽されていると思いますが、なぜ分村に至ったかの視点で、少しだけ補足しておきます。

もしも、元狭山村と瑞穂町の間に県境がなかったら、この合併は、分村など伴なわずに、村の申請通りにすんなり実行されたことでしょう。埼玉県が領土を失うのに反対しているうちに、村内の一部に合併反対運動が起こり、結局、二本木の一部を埼玉県に残す分村の形で決着したようです。

埼玉県側の記述によると、次のような書き方になっていますが、合併を推進した側の記録には、当然ニュアンスが異なるものがあるでしょう。
しかし、村内の一部の住民の間に自覚が逐次たかまるにつれ、この合併に反対する動きが抬頭し、その運動が次第に活発となって、賛否の対立も時とともに激しさを加えた。

歴史を遡ると、1891年に、埼玉県新座郡新倉村の一部が分村して、榑橋(くれはし)村と共に越境合併し、東京府北豊島郡大泉村を作っています。この頃は県境の壁が低かったのでしょう。
分村とは無関係の事例すが、舎人町(1875年)や保谷村(1907年)も県境を越えています。[36159]

それが近年になると、唯一の成功例である元狭山村を除いて、埼玉県からの脱出は不成功に終っています。
曰く、北葛飾郡東和村(現 三郷市、埼玉県南東端)、北足立郡片山村(現 新座市、埼玉県南端)、児玉郡渡瀬村(現 神川町)。

その児玉郡渡瀬村。これは1949年に若泉村を分村して、阿久原村と共に誕生した村です。たまたま 戦時合併の解体による町村分離[37842]と同じ時期ですが、少し違います。

ここは、埼玉県の中でもちょっと変った地域で、神流川沿岸の盆地になっています。盆地の中心は神流川対岸の群馬県多野郡鬼石町。

若泉村は、1889年の明治合併で、鬼石の対岸下流の渡瀬と上流の阿久原とが合併してできた村ですから60年間も若泉村として同居していました。しかし、山は神流川沿岸まで迫り、昔は両地区を結ぶ道路もないという状態でした。埼玉県若泉村の役場は、交通の中心になる群馬県鬼石町に置かれていたそうです。
こんな離れ離れの地域は、戦後の六三制に伴なう中学校建設問題に端を発して紛糾を重ね、遂に分村に至ったとのことです。

昭和合併の1954年、渡瀬村は鬼石町中心の大同合併を主張しましたが、上流の阿久原村・矢納村が大同合併に同調しなかった(→合併して神泉村)ので、単独で鬼石に合併申し入れ。しかし、前記のように県境の障壁は高く、越境合併の試みは不成功に終りました。
合併から取り残された渡瀬村は、その後不本意ながら神泉村に合併を申し入れたが、若泉村当時からの感情的しこりが残り役場位置で対立。結局、下流の神川村に編入してもらうことになりました。
[40429] 2005年 4月 30日(土)19:20:13がめら さん
越県合併
三重県の木曽岬町の町長選挙が終わり、愛知県弥富町との越県合併を模索するとの記事がありました。電話番号などは以前から弥富局ですし、地理的にも、同じ桑名郡(いまは桑名市になりましたが)の長島町との間に広い木曽川が横たわっているため、弥富町の方が繋がりが強いようです。
しかし、昭和の大合併の際も三重県議会の反対で合併できなかったことや、その後の木曽岬干拓地の県境問題で両県の意見が合わず、干拓地の利用がされないまま(野鳥の楽園になっている。)広大な空き地となっていることも考え合わせると、この合併は実現不可能かな。

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