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落書き帳アーカイブズ 国後島、択捉島、色丹島及び歯舞諸島からなる「北方領土」は、「日本固有の領土」とする日本の立場の一方で、ロシアとの関連などから複雑な状況下にあるように感じられます。そこで、さまざまな視点から見た北方領土に関するメッセージを集め、このことについて、見つめてみたいと思います。

さまざまな視点から見つめる「北方領土」 



★推奨します★(元祖いいね) k-ace 雪の字 北神
編集:YSK

記事数=9件 更新日:03年05月08日
記事#記事日付
記事タイトル
発言者
[9178]2003年2月14日
樺太・千島・北方四島を含む サハリン州 ニジェガロージェッツ
[13984]2003年4月25日
二重国境線の内側 ニジェガロージェッツ
[14083]2003年4月26日
ニジニ・レス No.241 ニジェガロージェッツ
[14149]2003年4月27日
千島列島とはクリル諸島に非ず ニジェガロージェッツ
[14153]2003年4月28日
おっと、新規書込ボタンはここか ken
[14715]2003年5月5日
北方領土、from根室 三丁目
[14899]2003年5月8日
北方領土・アメリカの視点 太白
[14901]2003年5月8日
ニジニ・レス No.255 ニジェガロージェッツ
[14902]2003年5月8日
ダブルカウント(北方領土の面積) 太白



[9178] 2003 年 2 月 14 日 (金) 01:14:38【1】 ニジェガロージェッツ さん
 樺太・千島・北方四島を含む サハリン州
ARC ロシア極東地方ATLAS ARC さまざまな視点から見つめる「北方領土」 

ロシア極東地方についてのデータ、第5稿目の今回はサハリン州について書き込みます。
サハリン州については過去の拙稿[2593][2714][2739]で、日本領土樺太時代からの経緯も含めて寄稿したこともあり、データとしては既出の物も多いのですが、敢えてもう一度まとめてみたく存じます。

また、サハリン州といえば、わが国の地図帳では「二重国境線」が引かれている地域です。
一本目の国境線は、北海道と樺太の間の宗谷海峡と、択捉島と得撫島の間の択捉海峡に引かれているもので、ここまでが「日本の領土」という見解に基づくものです。
二本目の国境線は、樺太の北緯50度線と、占守島とカムチャツカ半島ロパトカ岬の間の占守海峡に引かれているもので、これ以北は「ロシアの領土」と認めている線です。
で、一本目と二本目の国境線の間に位置する南樺太と中・北千島は1945年にソ連に占領され、日本が1951年9月8日調印のサンフランシスコ講和条約で放棄した地域ですが、この条約に当時のソ連は調印しなかったために、戦勝国側調印国48か国の「預かりの地」となり、ソ連そして後にロシアの実効支配を黙認しながらも「所属未定地」として解釈している地域です。
但し、実際にはソ連解体後に、この地域に日本国外務省の在外公館「在ユジノ・サハリンスク総領事館」の開設に象徴されるように、現実としてロシア領土と認めています。

サハリン州では、近年の急激な人口の流出が深刻な社会問題となりつつあります。

【サハリン州のデータ】
名称サハリン州 Сахалинская область
創設1932年9月20日
中心都市ユジノ=サハリンスク(豊原)市
総面積87,100平方キロ (南樺太、千島列島、北海道北方四島を含む)
総人口598,000(2000.1.1)、590,600(2001.1.1)
都市人口518,400(2000.1.1)、513,000(2001.1.1)
地理状況 極東ロシア南部、オホーツク海と間宮海峡に挟まれたサハリン(樺太)島、
及び太平洋に面する千島列島、北海道北方四島からなる。ロシアで唯一の「島だけの州」。
サハリン島では北サハリン北部一帯に広がる北サハリン低地以外は山がちで、中部のトゥイミ川と
ポロナイ川(幌内川)以東に東サハリン山脈(東北山脈・最高点1609m)が連なり、両河川以西
より島南端クリリオン(西能登呂)岬へ西サハリン山脈(西樺太山脈・最高点1330m)が聳える。
また南部のユジノサハリンスクを挟み西サハリン山脈と平行してススヤ山脈(鈴谷山脈・最高点
1047m)がある。
一方、千島列島は火山列島であり、北端のアトラソフ(阿頼度)島アライド(阿頼度)岳2339mは
州の最高峰(かつては北海道最高峰)を為す。
サハリンの主河川は北部オホーツク海側にトゥイミ川、テルペニア(多来加)湾側にポロナイ川、
ユジノサハリンスク一帯の南部中央凹地を北へ大タコイ(多古恵)川が、南のアニワ湾(亜庭湾)
へはススヤ(鈴谷)川が流れる。
サハリンのオホーツク海側平野部の海岸には、砂州で海洋と隔てられた潟湖(ラグーン)が発達。
気候 モンスーン気候。夏季は季節風と海流の影響で湿度が高く、霧の発生が多い。
冬期は一様に寒冷ながらも、対馬暖流の影響を受ける南西沿岸はやや温和。
1月の平均気温は南部で−6度、北部では−24度。
7月の平均気温は南部で+19度、北部では+10度。
年間降水量は平地では約600mm、山岳部で1200mm。
資源サハリン北東部一帯は世界有数の油田地帯。サハリン西岸および南部一帯は石炭の産地。
千島列島に温泉。
主要産業石油、石炭鉱業、船舶修理、木材・パルプ生産、漁業、食品加工。
主要島嶼サハリン島(樺太)、モネロン(海馬)島、チュレニー(海豹)島
千島列島(占守、幌筵、松輪、新知、得撫など 拙稿[2627]参照)
北方四島(択捉、国後、色丹、歯舞諸島)・・・不法占拠
主要港湾コルサコフ(大泊)、ホルムスク(真岡)、ネヴェリスク(本斗)、
ウグレゴルスク(恵須取)、ポロナイスク(敷香)、アレクサンドロフ=サハリンスキー、
モスカリヴォ
鉄道コルサコフからノグリキに至る東部縦貫鉄道の他にシネゴルスク、ブイコフの両支線。
日本海側をシェブニノからイリインスキーまで西部縦貫線とイリインスキー地峡の北部横断線。
(拙稿[3180]に記述)
都市・集落 18市、30町、243村。
市近郊の町村の一部は市に付随するものあり。それ以外の地域は17地区に属する。
地図サハリン島地勢図 http://sakhalin.al.ru/atlas.html
ユジノサハリンスク市街図 http://map.sakh.com/
サハリン州の18市、17地区、30町の人口データ、一挙公開です。
人口は2000年1月1日現在の推計人口。「町」は正式には都市型集落поселок
городского типа
△印を冠した市は[8956]でいう「地区」に属した市を示す。
市・町名市制施行年人口[地名現地発音]旧日本地名
【市 город(ゴーラト)】18市
ユジノ=サハリンスク市1946年179,200[ゴーラト ユジナサハリーンスク]豊原市豊原
 シネゴルスク町2,700[パショーラク シニゴールスク]川上村川上炭山
ホルムスク市1946年39,900[ゴーラト ホールムスク]真岡町
コルサコフ市1946年37,000[ゴーラト コールサカフ]大泊町
オハ市1938年28,200[ゴーラト アハー]
ポロナイスク市1946年21,800[ゴーラト パラナーイスク]敷香町敷香
ネヴェリスク市1946年20,600[ゴーラト ニェーヴィリスク]本斗町本斗
アレクサンドロフスク=サハリンスキー市1917年15,800[ゴーラト アリクサーンドラフスクサハリーンスキー](亜港)
ウグレゴルスク市1946年15,700[ゴーラト ウグリゴールスク]恵須取町恵須取
ドリンスク市1946年14,000[ゴーラド ドーリンスク]落合町落合
シャフチョルスク市△1947年11,600[ゴーラト シャフチョールスク]塔路町
マカロフ市△1946年8,900[ゴーラト マカーラフ]知取町知取
アニワ市△1946年8,600[ゴーラト アニーヴァ]留多加町留多加
ゴルノザヴォーツク市△1947年7,300[ゴーラド ガルナザヴォーツク]内幌町
トマリ市△1946年6,700[ゴーラト タマリー]泊居町泊居
チェーホフ市△1947年6,700[ゴーラト チェーハフ]野田町野田
クラスノゴルスク市△1947年4,600[ゴーラト クラスナゴールスク]珍内町珍内
セヴェロ=クリリスク市△1946年3,700[ゴーラト セヴェラクリーリスク]占守郡柏原
クリリスク市△1947年2,100[ゴーラト クリーリスク]紗那村紗那
【地区 район(ラヨン)】17地区*印の都市は地区に含まない
地区・町名中心集落
オハ地区オハ市 *9,400[アヒーンスキー ラヨン]
 コレンド町1,300[パショーラク コレンド]
 ヴォストーチヌイ町1,500[パショーラク ヴァストーチヌイ]
 トゥンゴル町2,100[パショーラク トゥンゴール]
 エハビ町900[パショーラク エハービ]
ノグリキ地区ノグリキ町14,600[ノーグリクスキー ラヨン]
 ノグリキ町11,200[パショーラク ノーグリキ]
 カタングリ町1,200[パショーラク カターングリ]
アレクサンドロフスク=サハリンスキー地区アレクサンドロフスク=サハリンスキー市 *6,000[アリクサーンドロフスクサハリーンスキー ラヨン]
 ムガチ町2,700[パショーラク ムガーチ]
 ドゥエ町400[パショーラク ドゥーエ]
トゥイモフスコエ地区トゥイモフスコエ町21,500[トゥイーマフスキー ラヨン]
 トゥイモフスコエ町9,300[パショーラク トゥイーマフスコエ]
スミルヌィフ地区スミルヌィフ町17,000[スミルヌィッホフスキー ラヨン]
 スミルヌィフ町7,700[パショーラク スミルヌィッフ]敷香町気屯
ウグレゴルスク地区ウグレゴルスク市 *20,600[ウグリゴールスキー ラヨン]
 ボシニャコヴォ町2,600[パショーラク バシニャコーヴァ]西柵丹村西柵丹
 テリノフスキー町500[パショーラク チリノーフスキー]名好町北小沢
 ウダールヌイ町1,000[パショーラク ウダールヌイ]恵須取町太平
ポロナイスク地区ポロナイスク市 *14,000[パラナーイスキー ラヨン]
 レオニドヴォ町2,300[パショーラク リアニーダヴァ]敷香町上敷香
 ガスチェロ町1,400[パショーラク ガスチェーラ]内路村内路
 チフメネヴォ町1,100[パショーラク チフミェーニヴァ]内路村内川
 ヴァフルシェフ町3,500[パショーラク ヴァーフルシェフ]泊岸村演習林
 ヴォストーク町3,400[パショーラク ヴァストーク]泊岸村楠山
マカロフ地区マカロフ市11,600[マカーラフスキー ラヨン]
トマリ地区トマリ市14,300[タマリーンスキー ラヨン]
(クラスノゴルスク市を含む)
 イリインスキー町1,100[パショーラク イリーンスキー]久春内村
ドリンスク地区ドリンスク市 *18,700[ドーリンスキー ラヨン]
 ヴズモーリエ町900[パショーラク ヴズモーリエ]白縫村白浦
 ブイコフ町5,900[パショーラク ブイカフ]落合町内淵
 ウグレザヴォーツク町1,700[パショーラク ウグリザヴォーツク]落合町川北
 ソコル町5,000[パショーラク ソーカル]落合町大谷
ホルムスク地区ホルムスク市 *17,000[ホールムスキー ラヨン]
(チェーホフ市を含む)
 ヤブロチヌイ町2,500[パショーラク ヤーブラチヌイ]蘭泊村
 プラヴダ町2,800[パショーラク プラーヴダ]広地村
ネヴェリスク地区ネヴェリスク市 *10,200[ニェーヴィリスキー ラヨン]
(ゴルノザヴォーツク市を含む)
 シェブニノ町2,000[パショーラク シブーニナ]好仁村南名好
アニワ地区アニワ市15,600[アニーフスキー ラヨン]
コルサコフ地区コルサコフ市 *9,400[カルサーカフスキー ラヨン]
 オジョルスキー町2,200[パショーラク アジョールスキー]長浜村長浜
 ノヴィコヴォ町1,300[パショーラク ノヴィコーヴァ]知床村弥満
北クリル地区セヴェロ=クリリスク市3,800[セヴィラクリーリスキー ラヨン]
クリル地区クリリスク市8,000[クリーリスキー ラヨン]
南クリル地区ユジノ=クリリスク町6,300[ユジナクリーリスキー ラヨン]
 ユジノ=クリリスク町3,800[パショーラク ユジナクリーリスク]泊村古釜布

1990年代中頃までウグレゴルスク地区にレソゴルスク市(旧・名好町北名好、1947年市制。1992年人口1,400人)が存在していましたが、現在は「レソゴルスコエ村」に格下げされています。
また地図上では、ユジノサハリンスク市の北にルゴヴォエ町(旧・豊北村草野)、ノヴォアレクサンドロフスク町(旧・豊北村小沼)が、ネヴェリスク市の北にヤスノモルスキー町(旧・本斗町阿幸)の3町が確認できますが、州の公表する30町には見当たらず人口データもないため、それぞれ両市域の一部に含まれると推測します。

[13984] 2003 年 4 月 25 日 (金) 01:41:09 ニジェガロージェッツ さん
 二重国境線の内側
ARC さまざまな視点から見つめる「北方領土」 

[13980]TACO さん
今現在サハリン南部と千島列島は正式にロシア連邦の領土となっているんですか?

申し訳ありませんが、ご質問の意味がよく分かりません。
というのは、まずご指摘の「千島列島」範囲の問題と、「正式」の意味において、日本の見解とロシアの見解が大きく違うからです。

ロシア側から見れば、もちろん今現在サハリン南部と千島列島は正式にロシア連邦の領土となっています。

では、日本側から見れば(ロシアの実効支配の現実はさておき)
二重国境線の内側、つまり北緯50度以南の南樺太と、得撫(ウルップ)島より北、占守(シュムシュ)島以南の千島列島は、所属未定地です。
二重国境線と所属未定地については、拙稿[9178]をご参照下さい。

[14083] 2003 年 4 月 26 日 (土) 23:40:08 ニジェガロージェッツ さん
 ニジニ・レス No.241
ARC さまざまな視点から見つめる「北方領土」 

[14021]Issie さん
南スラブ圏とギリシャの歴史的関係から見た、キリル文字成立の過程についての丁寧なご解説、興味深く拝読させて頂きました。

第2次大戦後,当時のユーゴスラビア,チトー政権の下で正書法の確立が行われたマケドニア語のアルファベットで z を表す З とは別に dz という子音を表す文字として S が“復活”しています。
これは興味深いですね。というのは、ロシア語で日本語の「ザ行」をあらわす場合には、z を表す З ではなく、dz を表す ДЗ を用いますね。鈴鹿 Судзука は、富士 Фудзи は、といった具合に。(雑魚さんは、Зако-сан では Дзако-сан )
注意して日本語の「サ行(シを除く)」と「ザ行」の舌の位置を比べると、明らかに後者は舌が上の歯の裏辺りまできて、dの音も発生していますね。
もし、ロシア語にも dz という子音を表す文字として S があれば、日本人には便利だなと痛感します。


[14050]太白 さん
冒頭に「連邦」がつくかどうかで形容詞まで変化するんですか! これはもうお手上げです…。
それなんですよ、ロシア語は。
初の樺太旅行に感動して13年前の4月に、NHKテレビの「ロシア語会話」でロシア語を始めようと決心したものの、格変化が出てきた5月半ばには放棄。(あのNHKのテキスト、4月号と翌3月号の発行部数の差はどれぐらいなのか、気になります。)
しかし、格変化があるから逆に、それさえしっかりしておけば、語順は比較的自由で、思いつきでしゃべれるし、和訳の際にも文章中の役割がはっきりと判るから、間違えが少ないという、易しい一面もあります。(といいつつ、小生には今でも難解ですが・・・)
それはそうと、今日、「連邦」が打ち上げられましたね。
宇宙船 「Союз」 [サユース] (日本では「ソユーズ」)のことです。


[14066]TACO さん
国後・択捉・歯舞・色丹の北方領土もロシア側からみれば自国の正式な領土となっているわけですか?
そのとおりです。ロシア側から見て、
「当該諸島を含む南サハリンとクリル諸島は、1946年2月2日に“正式に”ソビエト連邦に編入されました。」
だからこそ、いくら日本から領土返還を要求しても、ロシア国内的にも説明が付かず、そのことが、現在に至るまで(おそらく、将来的にも)返還が実現していないことの一因です。
因みに、サハリン州の行政区画では、国後・歯舞・色丹の3島は「南クリル地区」とし、択捉島は、それ以北の得撫島から新知島までの「クリル地区」に属し、「4島」の概念はありません。


[14073]KMKZ さん
[14076]TACO さん
日本では高松市南部に隕石の落下跡が発見されています。
やはり、日本にもありましたか。いや、恐ろしい。
KMKZさんがリンクを貼って下さった「日本の衝突孔M(KT)における衝突編成石英の研究」なる難しい専門レポートを見ました。かなり地学に精通していないと理解できないですね。(涙)
しかし、何やらすごい衝突があったという雰囲気は伝わってきました。
ありがとう御座いました。

[14149] 2003 年 4 月 27 日 (日) 23:16:59 ニジェガロージェッツ さん
 千島列島とはクリル諸島に非ず
ARC さまざまな視点から見つめる「北方領土」 

[14116]TACO さん
新知島からシュムシュ島までの間は何地区となってるんですか?

新知(シムシル)島は択捉島と同じ「クリル地区」の範囲ですので、ご質問の範囲は正確には、
「計吐夷(ケトイ)島から、占守(シュムシュ)島まで」ですね。

TACOさんにサハリン州の地区別に色分けした地図を見せたく思い、ロシアの検索サイトで捜したのですが、残念ながら、いい地図が見つかりませんでした。

勿論ここで、「それは○○地区です」とお答えするのは簡単ですが、折角ですから、ここは一つTACOさんの推測力を働かせて頂きたく、(ごく簡単ですが)問題とします。
拙稿[9178]などをご参照の上、お考え下さい。
YSKアーカイブ編集長が「樺太(サハリン)・千島列島ATLAS」として関連記事を纏めて下さっておりますので、こちらもご参考に。(答えまで載っています)

ところでクリル諸島とは千島列島のことですよね?

そのとおり、と言いたいところですが、少し違います。
拙稿[14083]では、貴質問[14066]にお答えする形で、ロシア側から見た「北方領土」の見解を述べさせて頂きましたので、敢えてロシア側の呼称にこだわってお答えしました。
日本側からみた「千島列島」とは(地理的には兎も角、政治的には)、得撫(ウルップ)島以北、占守(シュムシュ)島までの範囲です。
一方、ロシア側の言う「クリル諸島 Курильские острова」は、歯舞諸島や色丹島(これをロシアでは小クリル列島 Малая Курильская гряда」と呼びますが)さえ含む、国後島から占守島までの一連の島々を言います。

[14153] 2003 年 4 月 28 日 (月) 00:02:05 ken さん
 おっと、新規書込ボタンはここか
ARC さまざまな視点から見つめる「北方領土」 

[14116]TACO さん
北方領土の問題が今日に至っても解決しない理由が分かったような気がいたします。
この問題は、私も語れば熱くなるテーマですが、政治色が強いので、ここには馴染まないと思い、私の見解はさておき、
検索エンジンなどで、「サンフランシスコ講和条約 北方領土」とやってみていただいて、ヒットしたサイトを、概観いただくと、色々な立場の主張がわかって、面白いというか興味深いですよ。

A.日本は「千島列島」を放棄している。
B.国後・択捉は「千島列島」ではない、というのが、まあ、乱暴に短縮すると、日本の立場でしょうか。
歯舞・色丹については、北海道の属島である、という点は、歴史的な各種の文書や、2島返還にはソヴィエトも了解する方向だった経緯からして、食い違いがないところまで来ているように思いますが。

戦争などで略取したのではない、日本固有の領土、と言っても、沖縄は島津軍に武力併合されていないかなど、これもどこまでを言うのか、難しいんですが。

単純化すると、北方4島と日本は「連合国」占領され、ドイツや朝鮮半島と同様、北方4島とそれ以外の日本に分割占領された、状態になった、というのが日本の政治的立場でしょうか?

で、また、そのサンフランシスコ講和条約には、ソヴィエトが調印していないという点も問題をややこしくしているわけですが。

政治などというものは、パワーポリティクスですので。
何が正しい、というのは、今次イラク戦争を見てもお解かりのように、難しい問題です。

[14715] 2003 年 5 月 5 日 (月) 17:15:17【2】 三丁目 さん
 北方領土、from根室
白桃 日はまた昇ってほしい ARC さまざまな視点から見つめる「北方領土」 

[14066]TACOさん
[14083][14149]ニジェガロージェッツさん
[14153]kenさん
[14279]TACOさん
としばらく北方領土関係が続きましたが、遅ればせながら、私は、根室市の立場から。というか、自分自身では、このことについて、特段の意見を持ってはいないのです。だから、市のHPからは統計的なデータをほとんど得られなかったため、別件も併せて根室市役所にお問い合わせしたときに、下記資料を送って下さったので、そのご好意に感謝する原稿とします。
頂いたものは
(1)根室(2003市勢要覧)
(2)根室市統計書(平成14年度)

それで、長くなりますが、根室市の歩みを2/3くらいに端折って、以下「」内に引用します。

「1882年(明治15年)に北海道三県の一つとして根室県庁が設置され、根室の開発が進みました。カニ、コンブ、サケなどの北方領土近海の豊かな資源に恵まれ、水産業を中心に発展し、1900年(明治33年)には人口14,000人余りを数え、道東一の活況をみせました。

1945年(昭和20年)の戦災によりマチの大半を消失し、さらに北方領土をソ連邦に不法占拠されたため人口は減少し、産業、経済の復興も一時は危ぶまれましたが、北洋漁業を中心とした水産業で立ち直り、我が国有数の水産都市として発展してきました。

1977年(昭和52年)の経済専管水域200カイリ施行、さらに1992年(平成4年)からは公海でのサケ・マス沖獲り禁止などにより、漁獲高が減少し厳しい状況におかれています。

新しい海洋時代に対応するため、沿岸漁業資源の増養殖をはじめ、水産資源の高次加工などの振興策を積極的に取り組んでいます。また、北方領土返還要求運動原点の地として、さらに国民世論を高め、北方領土返還実現による日ロ両国の平和条約が、早期に締結されるよう全国民の先頭に立って変換運動を展開しています。」とあります。

また、市史とは別に、北方領土返還運動の歩みも載っていました。これは一部の紹介にとどめますが、
「日本固有の領土である国後島、択捉島および色丹島、歯舞群島は、父祖伝来の地であり、これをふたたび我々の手にもどそうとの目的のもとに、この根室の地から叫ばれたのは、終戦直後である昭和20年の秋ごろからである。(中略)

昭和20年9月5日までに北部、中部千島、択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島の占領を終えたソ連は、9月19日、クリル諸島(千島列島)と南樺太の領土宣言を行った。(中略)

根室と国後、択捉などの島との関係は地理的にも歴史的にも、経済的にも切り離して考えることのできない深い間柄にあった。島の人々は根室の人たちを「本家の人」と呼び、根室の人々は「島の人」と呼んで、たがいに行き来し、また、親戚関係の人もかなりあって、両者の間における親密の度合いは想像以上のものがあった。(以下省略)」

ちなみに、北方領土に係る組織(課以上という意味で)が道内の自治体の中であるのは、下記のとおりです。
北海道庁総務部北方領土対策本部
根室支庁地域政策部北方領土対策室
根室市役所総務部北方領土対策室

なお、根室支庁管内の4町(別海町、中標津町、標津町、羅臼町)では、それぞれ「係」として事務局を設けていますが、支庁管内で横で連携して何かを行う、というよりは、縦組織として道庁〜支庁〜市町とつながっているそうです。だから何ってわけでもありませんが、個人的興味で確認してしまいました。

根室市統計書には、根室市役所内だけで作成されたものばかりではなく、民間事業者を含め、いろいろなところから集められたデータが載っており、私には興味深かったのです。たとえば、根室市内では、鉄道駅でよりも、バス路線での乗降客の減少のほうが大きかったのは、意外でした。データをどのように紹介したものか、難しかったものですから、今回はご紹介しませんでしたが、載せたほうが良かったですか?

もともとは、北海道に県が置かれたときに、なぜ釧路県でなくて根室県なのだろうという興味だったのです。根室、釧路ともネモロ、クスリとアイヌ語に由来する古い地名で、ともに沿岸部で初期から開拓はされているのです。根室市のあゆみには「道東一の活況」とありますし、根室県が設置の1882年(明治15年)当時は、釧路よりは根室の方が、中心的な存在だったのだろう、と推測しました。あるいは、北方警備の要衝の地として考えられていたからでしょうか?

よくわからなかったながら勝手に述べますが、土地に執着する傾向が強い、日本人の心情を考えると、たとえ釧路集落の方が大きかったとしても、根室の名前を前面に出すことで、根室地元民の、北方警備へのプライドを高めたのかしら、とも思いましたが。これは、完全に私の推測です。

[14899] 2003 年 5 月 8 日 (木) 00:09:45 太白 さん
 北方領土・アメリカの視点
ARC さまざまな視点から見つめる「北方領土」 

[14715] 三丁目 さん
私は、根室市の立場から。
では、私はアメリカの立場から。
CIAのホームページを見ると、北方領土は日本ではなく、ロシア領として表現されています。ただし注釈があり、「ソビエト連邦により1945年占領。ロシアによる実効支配。日本による領有権主張」とされています。

 同じページの「日本の面積」を見ると、374,744平方kmとなっており、これは当HPの面積データより3129平方km小さくなっています。ただ、この面積は北方4島全域でなく、ほぼ択捉島の面積に相当します。どうしてこういう数字になっているのかは謎です…。
(参考HP)
http://www.cia.gov/cia/publications/factbook/geos/ja.html

 手元にある地図も見てみました。
 壁に貼るような大きな世界地図では、北方領土はロシア領(の色)になっていて、特に注釈はありません。

 他方、大き目の地図帳(Concise Atlas of the World)では、根室〜北方四島間と択捉島〜ウルップ島間の両方に、未確定の国境を示す破線が引かれています。日本の面積は377,800平方キロとなっており、北方領土が含まれています。一方で、おそらくロシアの面積にも北方領土の面積が入っていると推測されます。というのも、アジア全体の地図をみると、4島はロシアと同じ色に塗られていますので。

[14901] 2003 年 5 月 8 日 (木) 00:32:27【1】 ニジェガロージェッツ さん
 ニジニ・レス No.255
ARC さまざまな視点から見つめる「北方領土」 

[14875]YSK さん
ニジェ方式で、太田市の旧村地図を作りました。

興味深い「文字地図」、つい「マップル全日本1:200000道路地図」を見入ってしまいました。
ありがとうございました。

[14899]太白 さん
日本の面積は377,800平方キロとなっており、北方領土が含まれています。一方で、おそらくロシアの面積にも北方領土の面積が入っていると推測されます。というのも、アジア全体の地図をみると、4島はロシアと同じ色に塗られていますので。

ロシアの面積データの数値はどうなっていましたか?
以前にこんなことを書きました。ご参考まで。
拙稿[2933]「日本とロシアの国土面積について」


10年位前に北京に商用で行った友人が中国語の世界地図帳を土産に買ってきたのですが、そこでは北方四島は日本の色に塗られていました。但し「ロシア占拠」(原文では「俄占」)と表記されていました。

[14902] 2003 年 5 月 8 日 (木) 01:00:26 太白 さん
 ダブルカウント(北方領土の面積)
ARC さまざまな視点から見つめる「北方領土」 

[14901] ニジェガロージェッツ さん
ロシアの面積データの数値はどうなっていましたか?
手元の米国製地図では、ロシアの面積は17,075,400平方kmとなっており、これは[2933]の、
日本国外務省のHPにある「世界の国一覧」のNIS諸国ロシア連邦の欄には17,075千ku
と一致します。北方領土は日本だけでなく、ロシア側の面積にもカウントされているようですね。

…日本側も領有権を主張するなら、こういう細かいところにも気遣いが必要なような…



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