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落書き帳アーカイブズ 西宮市の北部、塩瀬地区と山口地区は、西宮市の自地区以外の地域へ行く際には、隣接自治体の範囲を通過しなければ往来ができない地域となっています。なぜ、この地域は西宮市の市域となったのでしょうか?

西宮市北部、塩瀬地区と山口地区が「西宮市」である経緯



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編集:YSK

記事数=4件 更新日:03年05月16日
記事#記事日付
記事タイトル
発言者
[6215]2002年12月9日
西宮市北部 ケン(地理好き)
[6216]2002年12月9日
Re:西宮市北部 でるでる
[2802]2002年8月27日
Re:懐かしい地元ネタ らるふ
[2807]2002年8月27日
西宮市と合併した山口・塩瀬のいきさつ ニジェガロージェッツ



[6215] 2002 年 12 月 9 日 (月) 22:17:41 ケン(地理好き) さん
 西宮市北部
ARC 西宮市北部、塩瀬地区と山口地区が「西宮市」である経緯

西宮市北部の塩瀬地区と山口地区ですが、ほとんど飛び地状態で、西宮市本体より宝塚市や芦屋市や神戸市と結びつきが強いです。塩瀬地区と山口地区はなぜ西宮市に合併したのですか。

[6216] 2002 年 12 月 9 日 (月) 22:25:00 でるでる さん
 Re:西宮市北部
ARC 西宮市北部、塩瀬地区と山口地区が「西宮市」である経緯

[6215]ケン(地理好き) さん
>塩瀬地区と山口地区はなぜ西宮市に合併したのですか。

こちらの経緯については、地元在住の
[2802]らるふさん
[2807]ニジェガロージェッツ さん
が、とてもわかりやすくご説明されておりますよ。

[2802] 2002 年 8 月 27 日 (火) 10:25:09 らるふ さん
 Re:懐かしい地元ネタ
ARC 西宮市北部、塩瀬地区と山口地区が「西宮市」である経緯

西宮市の北部(西宮名塩駅周辺)は昭和26年に山口村と塩瀬村が西宮市に合併した地域です。
旧山口村は中心部を有馬川が流れ、かつては有馬温泉と三田を結ぶ鉄道(現神戸電鉄とは別モノ)の沿線でした。市外局番も078(神戸と同じ)で、神戸市北区に含まれてもいいところです。
旧塩瀬村は名塩と生瀬を合わせた地名で、一部では宝塚と市街地が続いていて、宝塚寄りの立地です。こちらの市外局番は0797で宝塚と同じです。(西宮は0798)
旧山口・塩瀬村は西宮市の他の地域とは陸続きではありますが、地理的にはそれぞれ、神戸市・宝塚市と合併した方が自然と思えて仕方ありません。どういう経緯で西宮市と合併したのかは知りませんが、平成の合併事情を見ていると、本来の地域のつながり以外の関係の良し悪しが影響している場合もあるようなので、昭和の合併もいろいろあったのかなあ、と思います。

武庫川渓谷に沿って走っていた旧福知山線は、京都の保津峡のようにトロッコ列車で残した方が武田尾温泉とセットでいい観光地になったのかも知れませんが、民営化される前の国鉄時代に路線変更が行なわれたので、保津峡のような発想は無かったようですね。

[2807] 2002 年 8 月 27 日 (火) 19:49:09 ニジェガロージェッツ さん
 西宮市と合併した山口・塩瀬のいきさつ
ARC 西宮市北部、塩瀬地区と山口地区が「西宮市」である経緯

[2802]
>旧山口・塩瀬村は西宮市の他の地域とは陸続きではありますが、地理的にはそれぞれ、神戸市・宝塚市と合併した方が自然に思えて仕方ありません。

現在の西宮市山口町・塩瀬町と市内の他の地域とは急峻な六甲山脈に遮られて事実上ほぼ飛び地の状態になっています。
もともと、この2町の前身である有馬郡山口村・塩瀬村は隣接する有馬町・有野村が神戸市に合併(昭和22年3月1日)したのち、まだ神戸市と合併していなかった大沢村・八多村・道場村とともに神戸市への編入を希望(たしか山口で85%、塩瀬でもかなりの高率で支持)していましたが、この2村は兵庫県の反対にあい断念しました。背景には当時まだ「政令指定都市」制度がなく、神戸を含む五大市(他に大阪、名古屋、横浜、京都)は特例市として県または府から完全に独立するのが時間の問題ともいわれた頃で、神戸市の広大化を県が望まなかったのでは?と思われます。
一方宝塚市はまだ存在せず、武庫郡良元村・川辺郡小浜村(後の宝塚町)・長尾村・西谷村に分かれていて、良元は西宮市から、長尾は伊丹市からそれぞれ合併の誘いがあり、また川辺郡川西町を加えた「摂津市」構想もあり、武庫川を挟んだ良元と小浜の合併そのものが疑問視されていました。そんな中、西宮市は(良元村を南北から挟むように)山口・塩瀬2村に対し合併話を持ちかけ、2村としても神戸市との合併が絶望になったのを受け、西宮市の誘いに乗り、結果、昭和26年4月1日、西宮市と合併してしまいました。皮肉にも3ヶ月後の7月1日、かつては足並みを揃えていた大沢・八多・道場3村が神戸市との合併を果たしました。
武庫郡良元村が西宮市との合併話を蹴り、川辺郡宝塚町と合併し宝塚市が誕生したのは3年も後の昭和29年4月1日のことでした。

[2763]の続きでサハリン州の「市」について調べていますが、新たな発見がありました。
また稿を改めます。



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