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落書き帳アーカイブズ 2005年2月28日に佐野市・田沼町・葛生町が合併して新たに佐野市となることにより、田沼・葛生両町によりなる「安蘇郡」が地図上からは姿を消すことになります。安蘇郡に関する記事をアーカイブ化することにより、地名・安蘇を保存したいと思います。同時に自治体名ではなくなる田沼町や葛生町に関するネタも集めています。

「安蘇郡」ストーリーズ



★推奨します★(元祖いいね) YSK みやこ♂ でるでる
編集:YSK

記事数=11件 更新日:04年07月25日
記事#記事日付
記事タイトル
発言者
[1067]2002年3月9日
足尾のこと Issie
[24624]2004年2月8日
みけけけ山、そしてアソ みやこ♂
[24699]2004年2月10日
安蘇,あっそ〜 みやこ♂
[25680]2004年3月3日
昭和10年当時の栃木県市町村別人口(1) BerryBlossom
[25710]2004年3月4日
大昔の安蘇郡 みやこ♂
[29501]2004年6月21日
安蘇の未来 YSK
[29512]2004年6月21日
〜青巒匂う唐嶽の北 洋々流るる蘇水の辺り♪〜 でるでる
[29539]2004年6月21日
安蘇,阿蘇 みやこ♂
[29595]2004年6月23日
葛生原人像―訂正 むじながいり
[29600]2004年6月23日
取り急ぎコソッと原人レス みやこ♂
[31010]2004年7月25日
健闘!葛生 白桃



[1067] 2002 年 3 月 9 日 (土) 18:56:45 Issie さん
 足尾のこと
ARC 栃木県足尾町はなぜ栃木県に属しているのか? ARC 「安蘇郡」ストーリーズ

いくつかの点を確認してきました。
で,前言をいくらか修正。

現在は(上)都賀郡に属する足尾地区ですが,明治の初めまでは「安蘇郡」に属していたようです。
古くは細尾峠(日足トンネル)ルートではなく,粕尾峠を越えて粟野町方面へぬけるルートの方がメインだったのだと思われます(ところで,粟野町は上都賀郡の所属です。したがって,粟野町の一部または全部も安蘇郡に所属していたと思われます)。

郡が違っても,足尾は中世以来日光山(二荒山神社)の神領とされました。
これが足尾と日光の結びつきの初めでしょう。
江戸時代,銅山は幕府の直轄領でしたが,他の区域は引き続き日光山領。幕府の機構としては寺社奉行支配となるのでしょうが,いずれにせよ幕府の解体によってともに「日光県」管内となりました。

銅山の開発とともに,幕府は渡良瀬川沿いに銅を運び出すための陸路を整備しています。大間々からは渡良瀬川の水運を利用して江戸へ運び出す。
佐渡の金を運び出すために整備された北国街道や三国街道ほどではないにしても,それなりに賑わったようです。
足尾銅山は江戸時代半ば以降いったん衰微するのですが,明治の初めに古河市兵衛の買収するところとなり,新式の技術が導入されて大鉱山に発展しました。
“フル規格”鉄道としての足尾線が開通するのは1912年のことですが,それに先立ち馬車鉄道が渡良瀬川沿いに敷設されています。
つまり,大間々ルートと日光ルートの2本立てだったわけですが,古河グループ自体としてはアイスホッケーチームがそうであったように日光との結びつきが強そうですね。

[24624] 2004 年 2 月 8 日 (日) 10:44:09 みやこ♂[みやこ] さん
 みけけけ山、そしてアソ
ARC 「安蘇郡」ストーリーズ

[24620] G さん
なるほど,鴨の字があるからって「越名沼の鴨」説は俗説なのですね。「毛皮由来説」は聞いたことがあります。今でこそシカやカモシカは山ン中の獣ですが,元々草原の動物だということですからね,なるほど。
「栃木の地名」といえば,なんで「安蘇郡」っていうんでしょうね。安蘇郡は安蘇沼から来た,と言われているようですが,佐野市の大川議員のHPによれば,
http://www.sunfield.ne.jp/~keigo/sakuhin/sanozyo/sanozyo.html
[24607] 両毛人 さんから無断レンタル)
「越名沼は阿曽沼とも呼ばれ・・・」とありまして,この二つをあわせれば,「越名沼が安蘇郡の名の起こり」とも解釈できる書き方をしています。(あれ?アソ沼は今の佐野女子高校そばの浅沼町にあった「安蘇沼(浅沼に転じた)」が由来,と聞いたんだけど.ははぁ,大川HPによれば,市役所付近まで低湿地が延びていたというからそれかな?越名沼が浅沼だったとは!)
そもそもアソと言えば全国的には阿蘇山のことを言うわけで,あれは火山に由来する名前だったはずです。なんで両毛にアソが?
ここで「みやこの俗説」。大化改新で敗れた蘇我氏が落ちのびて拠点とし,「安んずる蘇我」と命名したから。←こうやって俗説は繁殖してゆくのでしょうね。
本当は自分で調べて開陳すべきなんでしょうが,安直にうかがっちゃいました。

[24699] 2004 年 2 月 10 日 (火) 08:03:05 みやこ♂[みやこ] さん
 安蘇,あっそ〜
ARC 「安蘇郡」ストーリーズ

[24624] 自己レスです。いくら話題を振るといっても,地元安蘇郡のことを足利のGさんにうかがうとは失礼なことをしました。
調べました。国史大辞典によれば,安蘇とは麻緒(あさお)の略で,「麻を産するところ」なのだそうです。そう言われてみれば田沼町は,麻の特産地でした。また,郡名の初見は782年の続日本紀で,「下野国安蘇郡・・・」とあるそうです。
「アソ沼→アソの沼→アソ郡」説を刷り込まれた私にとっては,なかなか合点がいきませんが,もしそうであるならば,郡名が先でないとおかしなことになります。

調べる過程で,興味深い記事も見つけました。とある大学の万葉集研究のHPなんですが,これによれば,安蘇郡が上野国だった!(ことがある)というショッキングな,かつ何とも興味深い説が紹介されています。
*なぜ栃木県の地名が上野国歌として詠まれているのか?
 ・もと両国(上野と下野)に跨って安蘇の名があったのであらう。〈万葉集注釈〉
 ・安蘇郡はもともと上野、下野の両国にまたがって呼ばれたか、上野と下野と接する足利、安蘇の二郡のあたりに渡良瀬川の流水変遷に伴ってその所属に異動があったかのいずれかであろう。〈万葉集全注〉
 ・安蘇は昔上野の内に属せしことありにしや 〈国邑志稿〉
などなど。
初見の情報です。地理屋さんや歴史屋さん関係では全く聞きませんから,文学屋さんの珍説ということなんでしょうか。

[25680] 2004 年 3 月 3 日 (水) 18:59:01 BerryBlossom さん
 昭和10年当時の栃木県市町村別人口(1)
ARC 「安蘇郡」ストーリーズ

どうもお久しぶりです。なんだか雪が降るとか降らないとか。県境近くに住んでいると、結構隣接県の予報の方が当たったりするんですよね(苦笑)

先日、大学の図書館の書庫から随分と古い本(確かタイトルが「大日本市町村総覧」のような感じだったと思うのですが…)があったので借りてきてみました。広辞苑並の大きさだったので結構大変でしたよ。もう今は期限が来てしまったので返却してしまったのですが…。時間があまり無く、全国の市と栃木県内の市町村しかデータを写せませんでした。
それで、昭和10年の各市町村の人口が載っていたので、取りあえず地元・栃木の一部のデータを載せて見たいと思います。今回は市と安蘇郡、今は無き足利郡を載せてみます。

◆市部2市
宇都宮市87,129
足利市48,875

◆足利郡2町14村
吾妻村3,371
小俣町5,559
北郷村7,010
久野村2,912
毛野村8,009
筑波村3,929
富田村4,300
名草村3,108
葉鹿村3,945
菱村4,213
三重村5,383
御厨町5,241
三和村6,595
梁田村2,414
山辺村10,275
山前村5,557

◆安蘇郡5町10村
赤見村7,749
犬伏町5,945
植野村9,403
葛生町7,072
界村3,199
佐野町18,170
新合村4,156
田沼町12,854
常盤村3,683
野上村2,468
旗川村3,430
飛駒村3,292
氷室村2,391
堀米町3,429
三好村2,996

と、長々とすみませんでした。もしご迷惑なようでしたらば削除していただいても結構です。

[25669]小太郎さん
岩瀬町・真壁町・大和村合併協議会は新市の名称を「桜川市(さくらがわし)」と決めました。

私は毎日のように水戸線を使って通学していますので、この辺は茨城の中でも身近に感じる地域です。定期を使って、一回くらい途中下車をして岩瀬の町を歩いてみたいとも思っています。桜川市とは、なかなかいい名前ですね。きちんと根拠ある名前ですからね。とこぞの「さくら市」とは…。

ふと思ったんですけど、栃木県内で「思川市」なんて付けようという所は無いんですかね?なかなか味のある名前なんじゃないかと思うんですけど。でも、現状の枠組みだと無理みたいですね。

[25710] 2004 年 3 月 4 日 (木) 08:25:54【1】 みやこ♂[みやこ] さん
 大昔の安蘇郡
ARC 「安蘇郡」ストーリーズ

誠に恐れ多いことながら,「地理雑学の巨匠」のめちゃくちゃ古い記事にツッコミです。え〜い,突撃ィ!
ええと,アーカイブスを何気にめくっていたところ,[1067] Issie さん「足尾のこと」という記事を発見。
現在は(上)都賀郡に属する足尾地区ですが,明治の初めまでは「安蘇郡」に属していたようです。・・・(中略)・・・(ところで,粟野町は上都賀郡の所属です。したがって,粟野町の一部または全部も安蘇郡に所属していたと思われます)。
まさに慧眼!!
私,「栃木県の市町村合併パラパラマンガ」を作るべく,昔のことを色々調べ始めたのですが,その結果,以下のことが判明したところだったのです。
●粕尾村及び永野村の変遷(現・粟野町)
上粕尾村 江戸期 安蘇郡 明治9年都賀郡,同11年上都賀郡 同22年賀蘇尾村
中粕尾村 江戸期 安蘇郡 明治9年都賀郡,同11年上都賀郡 同22年賀蘇尾村
下粕尾村 江戸期 安蘇郡 明治9年都賀郡,同11年上都賀郡 同22年賀蘇尾村
○明治27年に賀蘇尾村は粕尾村と改称。
上永野村 江戸期 安蘇郡 明治9年都賀郡,同11年上都賀郡 同22年永野村
下永野村 江戸期 安蘇郡 明治9年都賀郡,同11年上都賀郡 同22年永野村
(※ 永野は南北朝期には長野と表記)
○昭和30年に至って粕尾,永野の両村は,上都賀郡の粟野町及び清洲村と合併,粟野町の一部となる。粟野町は古くも都賀郡だったようなので,現・粟野町の山の方は,明治9年までは安蘇郡であったというワケです。
●ちなみに足尾町
足尾町 戦国期〜明治22年 安蘇郡(14ヶ村) 明治22年足尾町となり上都賀郡へ
(※ ということは,足尾町は明治9年から22年まで安蘇郡の飛び地だった,ということになりますネ.)

ところでこの粟野町(アワノ,です.クリノではありません.),実はあの“伝説の男”の出身地なんです・・・。

蛇足の補足 拙稿[25581]
但し,旧堀米町は「全部」が佐野市堀米町○○番地として表記されるので,
「全部」を「大部分」に訂正させていただきます。旧堀米町は,大字堀米と大字奈良渕の2本立て,でした。また,旧堀米町内の城北小は昭和27年まで堀米小といいました。どマイナーネタですみません。

[29501] 2004 年 6 月 21 日 (月) 00:15:30【2】 YSK[両毛人] さん
 安蘇の未来
ARC 「安蘇郡」ストーリーズ

[29049]みやこさん
(安蘇郡消滅が迫り)一抹の寂しさがあります。
[29487]の書き込みのとおり、「安蘇郡」はすべて新生「佐野市」となることが事実上決定しています。
#両毛地域では、邑楽郡の板倉町・明和町を除く郡部はすべて法定合併協議会を構成しておりまして、新田郡や山田郡も消滅の危機を迎えています。

佐野市及び安蘇郡の地域では、現在でも広域的な地域呼称として「安蘇」の名はよく使用されています。栃木県庁安蘇庁舎や安蘇郡市医師会などの公的な呼称のほか、いくつかの民間の事業所でも「安蘇」を名乗るケースが認められます。安蘇と佐野ということで、「安佐(あんさ)」という呼び名も耳にしますね(JA安佐など)。

インターネットタウンページで「安蘇」を含む店舗・事業所名を単純に検索をかけてみたところ、佐野市で31件、田沼町で9件、葛生町で3件ありました。重複が多いので実数としてはこれより少なくなりますが、けっこうポピュラーな地名として息づいているな、という実感です。

栃木県安蘇庁舎などは、新・佐野市発足後は「佐野庁舎」に改称される可能性が高いと思われます。住所表記から姿を消す「安蘇」の存在感が次第になくなっていくことは、私もたいへん危惧をしているところです。何らかの取り組みを望みたいですね。

それはそうと、この間佐野市内の国道293号線を移動していましたところ、同国道が旗川を渡河する地点の北側に橋げたが完成しているのが見えました。北関東自動車道のものでしょうか。佐野市付近に設置予定のインターチェンジの位置は田沼町域だったと思います。仮称も「田沼佐野IC」ではなかったでしょうか。でも、「佐野IC」として開業することとなるのでしょうね・・・。

[29512] 2004 年 6 月 21 日 (月) 02:02:56 でるでる さん
 〜青巒匂う唐嶽の北 洋々流るる蘇水の辺り♪〜
ARC 「安蘇郡」ストーリーズ

[29396]G さん
来年4月から「青藍泰斗」だそうですね。地名が消えるのは淋しいような気が…。

うーん・・・一瞬何と読むのか悩んでしまいました(苦笑)。青藍泰斗(せいらんたいと)高校ですか。ちなみに、タイトルにもしてみましたが、校歌の出だしのフレーズは「青巒(せいらん)〜」だったりします。現校名は一見すると私立高っぽくない名称ですので、よく公立高と勘違いされたものです。近年の生徒数の減少と(私の在校当時は約1700人→現在は約8〜900人)、来年の新・佐野市の誕生に合わせて、一気にイメージを一新しようとする狙いがあるようですね。

[29501]両毛人 さん
「安蘇郡」はすべて新生「佐野市」となることが事実上決定しています

合併に伴なって現町名が(自治体名として)無くなってしまっても、我が母校の名にその名は残るさ!と思っていただけに、何だか2重の淋しさを感じてしまいました。・・・んっ、ちょっと待てよ。まだ「葛生原人」があるじゃないか!でも、これも・・・

[10694]KMKZ さん
”2001年7 月11日(水曜)朝日新聞 「葛生原人、室町の人でした」”

トホホ。。。

#実は、Gさんの書込みを見て初めて校名変更を知った私・・・(^^;

[29539] 2004 年 6 月 21 日 (月) 23:30:53【1】 みやこ♂[みやこ] さん
 安蘇,阿蘇
ARC 「安蘇郡」ストーリーズ

[29501] 両毛人 さん
久々の両毛地域話で嬉しいです。
全国各地でなかなか合併が進まない中,昭和の大合併の優等生と言われた栃木県は,平成の大合併でも優等生を目指すべく,どんどん合併を進めつつあります。無論,本県内でも「みかも市」や茂木町,高根沢町など,すんなり行かない市町村は多いのですが,安蘇郡を包括する「新・佐野市」は,極めて順調です。
田沼町の奥,旧飛駒村などは昔から足利市との結びつきが強く,そっちに分離合併しちゃうかな,と思っていたのですが,現田沼町という事実が強いのか,一緒にお仲間入りできるようで,何よりでした。

【旧飛駒村を含む彦間川流域は,中世のころは足利荘でした。旗川の西が足利荘,東が佐野荘だそうです。今でも,名草(足利市)と下彦間(田沼町)を結ぶ須花トンネルが,明治・大正・昭和の3代とも残っていますし(たしか),トンネルの両側にはともに,「須花」という集落があるくらいです。】
※ 6/22 1:30 【 】内一部訂正しました。

田沼や葛生の友人に「どうなの,佐野と一緒で本当にいいの?」と聞いたことがありますが,「何で?当然だんべな」という答えばかりで実はビックリしました。足利と栃木に挟まれた中途半端な位置づけが,私を多少卑屈にさせていたのかもしれません。とちぎナンバーのところでもちょっと書きましたが。
今回の合併は対等合併でもあることだし,いっそのこと新市名で“安蘇市”とする案の検討も見てみたかったような気もします。とはいえ,佐野市という名称が存続するとは,名前の件でもめているヨソに比べると,幸運なことです。栃木県芳賀郡など私の目には,中心都市は真岡市以外にはあり得ないと見えるのですが,あちらでは既存の名称はダメだそうで・・・。

栃木県安蘇庁舎などは、新・佐野市発足後は「佐野庁舎」に改称される可能性が高いと思われます。([29501] 両毛人 さん)
栃木県庁安蘇庁舎には,現在,佐野県税事務所・佐野林務事務所・佐野土木事務所・安足農業振興事務所・安足教育事務所が入っています(余談ですが,県庁職員でも安蘇庁舎のことを県央訛りで“あそうちょうしゃ”などと発音する者がいて,「全くこれだから宇都宮人は!」と思ったものです.)。
現在「安蘇」を冠する事務所はなく,足利と併せた「安足(あんそく)」が2つ,残りの3つが「佐野」です。このうち「佐野県税事務所」と「佐野土木事務所」は新・佐野市の1市2町を管轄していますが,「佐野林務事務所」は足利市の他,旧安蘇郡域および旧下都賀郡域の14市町を管轄しています。
本来「安蘇」を名乗ってもよさそうな「県税事務所」と「土木事務所」が既に「佐野」を名乗っており,今さら「安蘇」を冠することは考えられず,また「安蘇」の“安”が残っている2つの「安足○○事務所」も,新・佐野市が誕生すれば,当然名称変更になることでしょう(新しい名前は何かな,足佐,佐足,みかも,渡良瀬,それとも両毛?こうしてみると足利,佐野を一口で言えた「安足」って,便利だったかも.厳密を期するために安足佐とした団体名もあったような?)。両毛人さんのご指摘のとおり,益々「安蘇」は風前の灯です。

国道293号で両毛人さんがご覧になった橋脚は,北関東道のもので間違いありません。その東方,秋山川の橋脚工事も既に完了しています。東北自動車道からの分岐工事も間もなく始まるようで,沿線の県道では迂回路の工事が進行しています。岩舟町の小野寺(ここも準両毛地域)で東北道から分岐した北関東道は,唐沢山県立自然公園をトンネルで抜けて,秋山川,旗川を渡り,足利市から太田市へと抜けてゆくのですね。

新しいインターチェンジの場所は,ちょうど佐野市に田沼町が食い込んできているあたりで,両市町域にまたがっています。なので「田沼佐野IC」と仮称されており,その一帯は,ゆくゆくは新・佐野市の中心部になるとも,一部住民には目されています。もしかしたら,新しい市役所がその辺に作られるかもしれません。現在の佐野駅前や佐野新都市では,市域の南に偏りすぎていますから(とはいえ既に20年以上も前,警察署や消防署,郵便局も現市域の東南部,新都市側に引っ越しているわけですが)。そう言う意味では,「佐野IC」として発足するのは至極当然のことと言えると思います。

ただ,どうなんでしょう。現市民の私とすれば,「佐野IC」は江戸期の旧五街道にも比定できる大動脈,東北自動車道の「佐野藤岡IC」にこそ,冠したいと思っています(確か,東北道の開通直後は「佐野IC」と呼んでいたような気がするなぁ・・・)。北関東道は,言うなれば脇街道ですものね。とはいえ,由緒ある旧例幣使街道に比定できると思えば,まぁいいか。
新市域の東の隅をかすめるだけの東北道に,ほぼ真ん中を東西に抜ける北関東道。比較してみれば,やっぱりそうなるンでしょうけれどもねぇ。

どうでしょう,東北道を「佐野IC」に,北関東道を「安蘇IC」にするというのは!「安蘇の河原」秋山川も近いですし。そうすれば安蘇の名は残ります。かくなるうえは「佐野IC」を確たるものとするために「みかも市」の西半分をもらうしかあるまい!(また出た!三毳山囲い込み思想!)

長々と失礼しました。

[29595] 2004 年 6 月 23 日 (水) 07:51:16 むじながいり さん
 葛生原人像―訂正
ARC 「安蘇郡」ストーリーズ

[29594] 足利人@伊勢原市民 さん
ページが準備中でした(笑)

失礼しました。
ジオでは画像ファイルに直接リンクできないのかな?
キャッシュで表示されていたらしく気づきませんでした。
htmlファイルに貼りましたのでご覧ください。
http://www.geocities.jp/mujinagari/kuzuugenjin.html

[29600] 2004 年 6 月 23 日 (水) 09:18:17 みやこ♂[みやこ] さん
 取り急ぎコソッと原人レス
ARC 「安蘇郡」ストーリーズ

葛生原人まだ立ってますよ〜。先週見ました。あれは「永久保存」でしょう!

[31010] 2004 年 7 月 25 日 (日) 15:01:25 白桃 さん
 健闘!葛生
ARC 「安蘇郡」ストーリーズ

でるでるさんへ
全国的にも郡部では最強の一つに数えていた、葛生高校、まことに惜しかったですね。来年は「葛生」という町も高校もなくなりますが本当に残念です。



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