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落書き帳


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[45599] 2005 年 10 月 12 日 (水) 13:39:40【1】 YUTA さん
 占冠といえば

 私が札幌市内の小学生だった頃、社会科に「わたしたちの札幌」という副教材がありました。その中で、札幌市以外の自治体もいくつか取り上げられており、その中に占冠村もありました。
 そのため、『新冠』という漢字を見て「しむかっぷ!」と読む小学生が少なくなかったとか。
 当時、石勝線が開通して間もなく、アルファリゾートトマムも開業していなかったので、占冠は「過疎村の代表例」のような位置付けでの紹介でした(おっと年齢がばれそう)。
 その後、占冠はトマムと「特急しか止まらない駅」で一躍有名になりましたね。
 「わたしたちの札幌」自体は今でもあるそうですが、最近の内容はどうなっているのか、気になるところです。

 ちなみに、私が占冠で印象に深いのは、占冠村から穂別町に向かう未舗装路から見た赤岩青巌峡です。
 GW頃で森もあまり茂っていなかった為もあり、文字通り赤い岩の断崖や、切り立った渓谷の底を流れる鵡川の清流が見渡せ、深い自然に感動しました。
 聞くところによりますと、秋の紅葉がまた見事だとか。そういえば、そろそろ紅葉の見ごろかもしれません。

 ところが、地図を見ますと、この近辺を高速道路が貫通することになっているではありませんか。
 あの景勝が損なわれるようなことがなければ良いのですが…。

[45598] 2005 年 10 月 12 日 (水) 11:17:29 N-H さん
 Re:地下歩き地図

[45580]がめらさん
東京駅、新宿駅の近くでも地下ルートは非常に発達していますが、ビル地下店舗も含めた、詳しい地図が見当たりません。
さすがに店舗名まで含めた地図はなかなかないかもしれませんね。
こういうのは「東京ウォーカー」などといった雑誌の特集に出てくる地図、あるいは「るるぶ」などの観光ガイドブックかなあ。
ただ、東京ぐらいになるとそういう地下街を集めた地図はありそうな気もします。

東京駅から京葉線のコンコースを経て東京国際フォーラムを抜けて地下鉄有楽町駅へ抜けるルート
これ、東京国際フォーラムの敷地内の地下を通るのですよね。
こういうルートはなかなか地下街を網羅した地図でも出てこないかもしれません。
東京都心では、この手のビル内地下を通るルートとして結構知られているのは、地下鉄大手町駅の東西線から丸の内線へ抜けるルート。
野村ビルもしくはみずほ銀行のあるビルの地下を抜けます。

東京駅から地下鉄二重橋駅まで地下だけで行けるらしい
地下だけで行けるルートは2つあります。
1つめは公開されているもので、東京駅丸の内側地下口から東西線大手町駅まで北上(最近は丸の内オアゾというビルの地下を抜けるルートもあります)し、西へ向かって三田線の大手町駅まで来たら南下してそのまま二重橋駅へ行くというもの。
これは距離ばかり長くなり、実用的ではありません。
もう1つは丸の内地下駐車場を経由するもので、どうやら駐車場そのものを通過するらしいので、本来歩行者が通るような道ではないとのことです。

[45597] 2005 年 10 月 12 日 (水) 10:15:00 YASU さん
 お礼、ほか

[45578] 白桃 さん
お返事ありがとうございました。
交通の要衝として栄えていたであろう遠軽が、1920年当時は村だったんですね。
後志支庁の支庁所在地が唯一の市である小樽ではないことが、小学生の頃から不思議(都道府県パズルの影響)でした。(過去ログから見ると、妥協の産物のようですが・・。北海道のキャンベラ?)

[45579] スナフキん さん
余市町と岩内町。前者はなるほどなあと思われるでしょうが、岩内の意外な大きさには自分自身も訪れてみてびっくりした経験があります。
私は岩内線が健在だったころ、訪れました。通常のローカル線は起点の方が大きな町の場合が多いのですが、ここは逆で、山間の小駅である函館線の小沢が起点でした。普通はだんだんと風景がひなびていくのですが、ここは谷が広がり都会に向かっていくような雰囲気でした。
美幌町、浦河町、厚岸町
標津線乗車時に訪れた中標津も立派な町でした。白桃さんの要件は満たさないのですが、チェーンストアもあるし、空港もあるし、YUSUの要件には適合?します。(ちなみにこのチェーンストア、同規模都市の名寄からは撤退しちゃったんですね)

[45582] Hokkaidian さん
はじめまして、YASUと申します。石勝線は何回か乗車しているのですが、占冠には降りたことがありません。富内線の日高町へは、帯広から石勝峠越えのバスで行ってしまいました。
占冠は前々から気になっているのですが・・。

[45596] 2005 年 10 月 12 日 (水) 09:53:17 スナフキん さん
 岩内のこと

やはりレスがつきましたか(笑)
[45581]白桃さん
現在の推計人口では倶知安のほうが上位になっております。
やはりですか…。私は最新版(平成16年版)市町村要覧の人口で判断して書き込んだのですが、その差が600程度だったこと、今年実際に岩内を訪ねてみて、凋落傾向に歯止めがかからない現実を目の当たりにしたことから追い抜かれたかも、とは思っていたのです。

岩内の人口激減は気になります。
岩内市街にある、オムライスがおいしいことでちょっと名の通った洋食屋(道新地方版にも掲載されたことがあるようです)を紹介してもらっていろいろ話を聞くことができました(ちょっと宣伝モード)。半そでに短パンという、およそ旅行者とは思えない格好で入店したのですが、雰囲気ですぐオーナーには旅行者と分かられてしまったようです。紹介してもらったユースホステルの名前を告げると、超多忙にもかかわらず愛想良く話をしてくれ、サービスで海洋深層水で作ったコーヒーゼリーまで頂いてしまいました。隣には地元の常連さんもおり、3人で話をしたところ、どうも「フェリーが来なくなったのが大打撃」だそうです。

人口推移との相関関係まで調べていませんが、国鉄岩内線がまず切り離され、フェリールートも岩内を通らなくなることで、交通結節地としての利便性がことごとく失われてしまったのがここ10〜20年の岩内がたどった道のりのようです。鉄道業にせよ海運業にせよ、多少性格は異なれどどちらも巨大な装置産業です。その産業自体を動かすのに必要な人手もさることながら、それらを支える関連産業における人口分布もそれなりにあったはずですが、それらすべてが根こそぎなくなったのですから人口がそのまま推移するはずがありません。鉄道を引き継いだバスは鉄道と同じ陸運業ですが、鉄道に比べると従事人口ははるかに少ないものです。一番人手のかかる「保線」なる業務が基本的にありませんし、駅管理業務も鉄道に比べれば微々たるものですね。地元の方がフェリーが失われたことを物凄く悔やんでいた口調が、とても印象に残っています。

などと岩内をずいぶんと落とす発言ですが、やはり市街の大きさは町域人口を如実に反映しているなあと思える広がりがありました。ただ勢いが衰えているのは明白で、たとえ地元の話が聞けなかったとしても、中心商店街の閉店ぶり(全国的な傾向ですが、ここはそれを上回る寂れ方でした)からそれは読み取れただろうと思います。倶知安の人口規模が今後も伸び続けるとは考えにくいですが、逆に岩内の衰退傾向が続くのはほぼ確実で、倶知安と岩内の差は、ここで逆転して以降もしばらくは離れ続けていくのだろうと思われます。

余市は、もともと歴史的にニシン漁に代表されるように海産物集散地としての人口立地があったと推測されますが、それに輪をかけたのは多分、大日本果汁(いわゆる「ニッカウヰスキー」)の立地だったのでしょう。人口動態と直接の関係はありませんが、現在では宇宙飛行士・毛利衛さんの出身地として賑わいを見せており、町自体に勢いが感じられました。

以前も書いたように、後志支庁には他にも「人工微増」が続くといわれるニセコ町の存在や、地名好きさんも挙げておられる、かつては鉄道も延びていてそれなりの地域核的性格を持っていたと推測できる寿都町もあり、なかなか面白いエリアではないかと思います。

[45595] 2005 年 10 月 12 日 (水) 07:17:06 白桃 さん
 寿都

[45594]地名好きさん
余市町、岩内町、倶知安町の他では、寿都が気になってしまっています。
人口(的)にはどのように推移しているのでしょう?
寿都だけでは「スッツない?」ので古平、美国(現:積丹町)も併せて
1920年1950年1955年2000年2005年
寿都5,2685,57310,7944,1143,699
美国4,5924,5934,5403,1492,867
古平7,8779,26210,0734,3183,991
注1:美国の2000年および2005年は積丹町人口
注2:2005年は9月1日推計人口
同じ後志でも余市、岩内、倶知安と比べると可愛らしい数ですが、1920年人口は当時の「町」として恥ずかしくない人口です。寿都は1955年には合併により倍増しておりますが、その後ズズズ〜と減少しております。また、美国も積丹町になって初めての国勢調査(1960)では8,070人ですが、その後は寿都同様の減少ぶりです。

[45594] 2005 年 10 月 12 日 (水) 03:52:48 地名好き さん
 白桃さんに人口ネタで勝負を挑む(笑)

[45581]白桃さん
岩内が倶知安の人口を上回っておりますが
余市町、岩内町、倶知安町の他では、寿都が気になってしまっています。
人口(的)にはどのように推移しているのでしょう?
昔は寿都支庁があったくらいですからねぇ・・・
栄えていたのでしょう。


88さん、白桃さん
ミニオフ会が気になる地名好きです(笑)

[45593] 2005 年 10 月 12 日 (水) 02:16:53 みやこ♂ さん
 地名コレクションの編集について

[45439] EMM さん
わたくしが注視しておりますのは,「尾根」「山の別名」「仏教用語山名」の3つと,「峠」です。
ただ,「峠」は,とうてい集めきれないと思いますので「乗越(のっこし)」などでどうかなぁ〜〜と。

そんな感じです。
もっとも,最近の仕事のペースからすると,もしOKをいただいたとしても,やたらと時間がかかりそうなのはお墨付きですネ。

[45592] 2005 年 10 月 12 日 (水) 01:53:12 motorcat さん
 世界の都市の人口ランキング調査しました

はじめまして、motorcatと申します。
このたび、世界の都市の人口ランキングを調査しましたので、何かの参考にどうぞ。
まだ調査中でありますので、これから徐々に更新していきます。
http://motorcat.hp.infoseek.co.jp/population.cityofworld.htm

[45591] 2005 年 10 月 12 日 (水) 01:52:46 みやこ♂ さん
 百川渓谷ってどう読むのかな,のお話

[45449] かすみ さん,[45433] 今川焼 さん。
「百川渓谷」の読みの話なんですが,結局のところ,「どっちでもいい」または「両方使われている」ということなのかもしれません。よくわかりませんでした。
粟野町在住の人に「“ひゃくかわ”け,それとも“ひゃくがわ”な〜ん?」と聞きますと「う〜ん,そんな風に聞かれっとなぁ〜,よくわかんねぇなぁ」という塩梅・・・。


そんなことを気にしているあいだに,わずか一週間のうちに,畑のヒガンバナはすっかり色あせ,その紅と競うように咲いていた真っ白なソバの花も,もうすっかりと落ちてしまっているのでありました。まもなく収穫の時期を迎えるのでしょう。

そうそう,葛生(現佐野市)の仙波ソバにはじまって,出流ソバ,永野ソバ,とあの辺はソバが有名ですね。ですから,かすみさんがお示しになったお店に限らず,どこのソバ屋もおいしいと思いますよ(みやこ♂は,永野の店に数件行ったことがありますが,ここかどうかは忘れてしまいました・・・トホホ)。

学生の頃,街場で食べたおソバはまるでゴムひものよう。しばらく遠ざかっていましたが,一度職場の先輩におごってもらったら,これがうまかった。「あぁ,おソバってごちそうにもなるのか」と感じ入ったものです。


結局,何もわからず,“みやこ♂”が引っかき回しただけだった,というオチのようです・・・。どうもすみません・・・。

[45590] 2005 年 10 月 12 日 (水) 01:43:40【1】 ぐりゅん さん
 占冠、汽車

[45582] Hokkaidian さん
占冠といえば、通ってる「汽車」が特急だけということで、一部の方面では有名ですね。
昔乗り鉄してた頃に、駅に降りたことはあります。

けっこう立派な駅でしたが、スキーシーズンだったのに、ありていに言えば閑散…
という印象でした。(ごめんなさい)
当時すでに、クルマで行く人の方が多かったのかもしれませんね。
まだニセコ等ほどメジャーではなかったとも思いますが。

私?、もちろん、当時健在だった富内線に乗るため、日高町行きバスに乗り換えました。(笑)


[45588] 般若堂そんぴん さん
北海道で電車が走っているのは、JRの
青函トンネルから函館まで、室蘭から千歳空港・札幌を経て旭川まで、札幌から小樽まで
と、函館市内、札幌市内の路面電車や地下鉄です。
占冠に行くのは最新鋭の特急もありますが、全てディーゼル車です。

それはともかく、
北海道では電車も含めて鉄道を汽車とよぶ
件について、
私が北海道に滞在(住んだことはありません、旅行のみですが)した中では
(大ざっぱに「いいひと。」の頃、およびそれ以前になりますが)、
確かに現地の人と話した時はそうだったように思います。
ただYHなどでは、「内地」からの客に合わせてか、「ディーゼルも含めて電車と呼ぶ」派も
少なくなかったと思います。

[45589] 2005 年 10 月 12 日 (水) 00:52:03 今川焼 さん
 津和野と「案山子」
ARC 「木綿のハンカチーフ」旅立ちの地はどこか(YUTA さん提案)

[45556] かめこく さん
[45583] 打吹 さん
何のことはない、検索すれば津和野と「案山子」の関わりがちゃんと出てくるのですね。
なぜそうすればよいか思いつかなかったかといえば、私が津和野へ行ったのは[45510]にも書いたとおり1979〜80年と、[45586] 稲生 さんとほぼ同じ頃なのですが、現地に合計5泊して役場その他で観光に関するいろいろな話を聞いたのに、稲生さん同様まったく「案山子」の話は出なかったからです。「案山子」津和野説が出てきたのは、もっと後になってからなのかもしれませんね。

[45583] 打吹 さん
ちなみに関連して調べるとさださんと島根(石見)との関連も分かってくるので興味のある方は。
「案山子」で津和野を連想したのもそのことがあったからでもあるのですが。ちなみにさだ氏の「空蝉」に出てくる急行列車の通過する駅は石見地方の山陰本線の駅だと聞きました。また、「きみのふるさと」の海沿いの国道は島根県内の国道9号線だと、これは密かに睨んでいたりします。

いろいろ思い出のある津和野ですが、かれこれ25年も訪れていないわけです。今は美術館や温泉までできているようで、久しぶりに行ってみたくなりました。行ってみれば懐かしさに感激するのか、こんなところだったかとがっかりすることになるのか、さて。

[45588] 2005 年 10 月 12 日 (水) 00:38:39 般若堂そんぴん さん
 汽車,など

[45582]Hokkaidianさん,初めまして,Yonezawan の般若堂そんぴんと申します.
汽車も通ってるし
高橋しん氏のコミック「いいひと。」で,北海道では電車も含めて鉄道を汽車とよぶ,という話題がありました.占冠を走るのは電車ですか,電気機関車にひかれた列車ですか,あるいは気動車(ディーゼル車)ですか?(すみません,「地下鉄」以外の「鉄」には疎いものですから……)
私の住む米沢市を走る米坂線から汽車(蒸気機関車)が引退したのは1970年頃,私が中学生の頃でした.奥羽本線(山形線)はそれ以前に電化.でも,呼び慣れた「汽車」という響きが体の奥深くに染みついていたりします.
これからくる冬は−30℃を超す、なんまら体中しばれる土地ですが、
うわあ,私は東北の冬生まれにもかかわらず寒さに弱い……
とても自然が豊かでいいとこです!
住んでいらっしゃる方がそう思えるということは,とても素敵ですね! ああ,私も貧乏神との縁さえ切れれば!

[45587] 2005 年 10 月 12 日 (水) 00:36:27 紅葉橋律乃介 さん
 内からだと分からない

[45490] 10月 7日(金)23:18:46 YUTAさん
検索結果の中には、岩見沢市についての記事も少なくありませんでした。「岩見沢市についてのメッセージ集」の方が面白いアーカイブズになるかもしれませんが、こちらは専門家の方にお任せいたしましょう。

 意外と岩見沢市、人気ですねえ(笑)。

 冗談はさておき、地元と言うのはなかなか分かりにくいものです。
 まあ「札幌市」にも口を出してますから“地元”と言えなくもないですが、「岩見沢以外を知らない人間のメッセージ」が多いんでしょうね。

 ここには全国津々浦々から色んな方がいらっしゃってますが、岩見沢市ってどのくらい知られているんでしょうか。気になる今日この頃。

[45586] 2005 年 10 月 12 日 (水) 00:00:16 稲生 さん
 続「案山子」&続「夜のピクニック」

[45556]かめこくさん
[45583]打吹さん
「案山子」にまつわる、津和野情報をありがとうございました。

私が津和野を訪れたのは、かれこれ20数年前、当時国内の観光旅行のお世話をするセクションにいたときに、添乗員としてお客さんのお供をしたことがあり、萩・津和野・湯田温泉の2泊3日の旅行の際に、津和野の町並みを散策したことがあります。防長交通のバスガイドさんが、町はずれの山頂を指して、津和野城址の位置と歴史の説明をしてくださったのを覚えておりますが、件の「案山子」の話はされなかったようです。「案山子」の発表が1977年で、私の津和野入りは1980前後だったのですが、バスガイドさんの興味の対象外だったのでしょうか?
さだまさしをネットで調べてみると、佐田家はもともと島根県の出身のようで、父親の復員後、長崎に住み着いたようですね。

元記事[45464]eiji_tさん
[45563]右左府さん
水戸一高OBの雑魚さんから、またまた拙HPのBBSに、紹介の依頼がありましたので、お伝えいたします。
拙稿 [5776] で自身の体験を詳述していますので、
御笑覧下さい。

私と雑魚さんの間柄は、不思議なことに当落書き帳では出会っておりません。すなわち、私・稲生のデビューは[21723]2003年11月4日(火)なのですが、雑魚さんの実質的な最後の投稿は[21370]2003年10月22日(水)のようでして、入れ替わりのようです。
今では、すっかり拙HPに常駐してくださり、ホットな話題を提供していただいております。
雑魚さんと、このサイトと、どのようなトラブルがあったのか詳しくは知りませんが、是非とも落書き帳へ復帰していただきたいものです。

[45585] 2005 年 10 月 11 日 (火) 23:16:42 KK さん
 レス2つ

このところ公私共にバタバタしていて、
落書き帳も読むのがやっと、という状態です。
少し落ち着いたので、遅くなりましたがレスをいくつか。

[44775] eiji_t さん
東海村亀下について、こちらのお願いに応えた形で途中経過を書き込んでいただきありがとうございました。亀下の辺りを地図で見ると、たしかに亀の形に見えますね。ちなみに、東海村に生まれ育った知人に亀下について聞いてみたところ、場所は知っているが由来については考えたこともない、とのことでした。。

[45392] 笠津前浜 さん
浦安市の鉄鋼通りを候補欄に入れていただき、ありがとうございます。ちなみに、浦安市のHPによると、
第1期海面埋立事業で昭和43年6月24日誕生。
字名(地区名)「鉄鋼通り」は、この地域に東京の鉄鋼材販売業者によって造成された「鉄鋼団地」があることから名づけられました。
ということだそうです。

[45584] 2005 年 10 月 11 日 (火) 22:54:30 eiji_t さん
 小泊村
ARC 「木綿のハンカチーフ」旅立ちの地はどこか(YUTA さん提案)

[45455]いっちゃん さんの「木綿のハンカチーフ」に始まる70年代の歌のレスの数々。
で振り返ってみると70年代自分は青春していたということ(当時は「青春なんて」とおもってましたが)。

その中で思い出したのは、三上寛の「夢は夜ひらく」※
"生れ故郷の小泊"は"現金書留きたといい走る妹"(出稼ぎで老人と子どもばかりの寒村)を"行くというのならこの包丁で母さんを刺してから行け"と言う親を振り切って都会へ出ても、やることは"四畳半のアパートで""飛び散ったカルピスふくことよ""ひらく夢などあるじゃなし"という都会の現実……という歌。

小泊村(現・北津軽郡中泊町小泊地区)はこの歌といつか見たモノクロ写真の荒んだ漁村の風景で、私のイメージは固定してしまっています。実際の小泊村はどうなんでしょうか?

※「夢は夜ひらく」は歌詞の異なる曲が32種。有名なのは園まり、藤圭子など。

[45583] 2005 年 10 月 11 日 (火) 22:28:54 打吹 さん
 津和野か……一度行ってみたいな……
ARC 「木綿のハンカチーフ」旅立ちの地はどこか(YUTA さん提案)

さだまさしの『案山子』についてですが、ぱっと検索すると[45556]かめこくさんのおっしゃる通り津和野が正式なようですね。
津和野町観光協会のサイトにもそれっぽいことがちょこっとだけ津和野城跡の欄に書いてあります。

ちなみに関連して調べるとさださんと島根(石見)との関連も分かってくるので興味のある方は。

[45582] 2005 年 10 月 11 日 (火) 21:54:10 Hokkaidian さん
 勝手ながらちょっと村紹介

ほんとに勝手ながら村民としてピーアールします。お許しください。
人の数よりヒグマの数のほうが多い村、そう、北海道は占冠村!
さて、占冠を読めない方も大勢いるでしょう。正解は「しむかっぷ」です。
どことなく暖かいひびきでしょ笑 人口は約1100人で汽車も通ってるしスキー場もある!
あの有名な富良野市をひたすら南に行くとあります。
これからくる冬は−30℃を超す、なんまら体中しばれる土地ですが、
とても自然が豊かでいいとこです!
どうぞ遊びに来てくださ〜い
※日高の新冠町(にいかっぷ)と間違えないでね!

[45581] 2005 年 10 月 11 日 (火) 20:14:21【2】 白桃 さん
 ♪今は何も岩内で〜

[45579]スナフキんさん
白桃さんの挙げた倶知安以外の2町は、倶知安の人口を上回っているのですねぇ。後志支庁所在地をさしおいて、さらに人口規模としてはそれを上回る町が存在するのです。(中略)余市町と岩内町。前者はなるほどなあと思われるでしょうが、岩内の意外な大きさには自分自身も訪れてみてびっくりした経験があります。
スナフキんさん、お仕事の邪魔をしてすみません。
後志の名3町の人口比較です。
1920年1950年1955年2000年
余市16,80926,39628,59123,685
岩内11,63023,31925,44416,726
倶知安15,82215,97517,77916,184
で、2000年国勢調査時点では岩内が倶知安の人口を上回っておりますが、現在の推計人口では倶知安のほうが上位になっております。岩内の人口激減は気になります。倶知安は2万を超えたことがないのですが、比較的安定しております。これは支庁所在地である、ということも影響しているかもしれません。私は、余市の街は歩きましたが、倶知安は駅前しか知りません。で、なんか倶知安って以外に都会だな、って印象が強かったのです。岩内は訪問したことはもちろん、通過したこともありません。岩内大火は有名ですが、当時は大きな市街地を形成していたのでしょう…。
※途中であやまって書き込み決定を押してしまいました。

[45580] 2005 年 10 月 11 日 (火) 19:46:07 がめら さん
 地下歩き地図

 この連休中に東京へ出かけました。池袋のサンシャイン近くへ行ったところ、途中のビルから地下へ向かうルートがあったのですが、市販の地図では詳しく書いてなくて、雨の中を歩いて行って、帰りに初めて発見したわけです。地元の人には当たり前でも地方から来たものには、よく分かりません。
 東京駅、新宿駅の近くでも地下ルートは非常に発達していますが、ビル地下店舗も含めた、詳しい地図が見当たりません。
 たとえば、東京駅から京葉線のコンコースを経て東京国際フォーラムを抜けて地下鉄有楽町駅へ抜けるルートはどの地図をみても分かりませんし、東京駅から地下鉄二重橋駅まで地下だけで行けるらしいと聞いたんですが、やはり、どの地図をみても分かりません。
 このあたりの詳しい地図または解説本はないのでしょうか。

[45579] 2005 年 10 月 11 日 (火) 19:13:30 スナフキん さん
 私もちょいと口出しを…

[45511]白桃さん
白桃の名町16撰
なかなか面白そうなので、ちょいと口出しを。

北海道からは倶知安町が出ていますね。3つの条件をすべて満たす町を北海道から選び出すとそのほとんどが道南に固まってしまいますが、うち3町が市の乏しい後志支庁管内に分布するのが何とも面白いです。しかも、白桃さんの挙げた倶知安以外の2町は、倶知安の人口を上回っているのですねぇ。後志支庁所在地をさしおいて、さらに人口規模としてはそれを上回る町が存在するのです。どちらも倶知安に負けず劣らず町歩きが面白そうです、余市町と岩内町。前者はなるほどなあと思われるでしょうが、岩内の意外な大きさには自分自身も訪れてみてびっくりした経験があります。

道内から「クッ」とくるものを個人的にピックアップしてみると、道北・道東での健闘が光る美幌町、現人口では抜かれていてもやっぱり日高の中心浦河町あたりでしょうか。人口要件を満たさず残念ではありますが、歴史的観点からもぜひ「次点」をあげたいのは厚岸町、といったところです。

他の都府県をやっていると仕事に差し支えるので、この辺で(汗)。

[45578] 2005 年 10 月 11 日 (火) 18:46:29 白桃 さん
 ♪知らない名町を歩いてみたい

[45577]YASU さん
私の遊びにお付き合いいただき、ありがとうございます。
合併して大きくなってしまいましたが、(鉄)な私からは遠軽をお奨めしますが、いかがでしょうか。
残念ながら、遠軽は1920年国勢調査時に17,492人もの人口を擁していながら、「村」だったので[45511]で書いた条件2をクリアしておりません。正直申し上げて、当時の北海道は相当立派な町ではなかったかと思われるところが「村」だった、という事例が多くて条件2はあんまり関係ないのでは、と思うのですが。
選からは漏れていますが、湯浅(和歌山)、王寺(奈良)はいかがでしょうか。
王寺も条件2をクリアしておりません。湯浅は現在1万5千人を割り込んでいて条件1をクリアしておりません。でも、じっくり歩いてみたい町のひとつです。ちょっと醤油くさそうですが…
私が挙げた16町プラス1の中には、「かすったこともない」町もあります。そういう意味では無責任きわまりないものですが、地図や統計を眺めながらの空想の世界ですので何卒お許しを願います。

[45577] 2005 年 10 月 11 日 (火) 17:43:12 YASU さん
 名町のこと

[45511] 白桃 さん
「白桃の名町16撰」といたしました。
なかなか乙な町をお選びですね。
倶知安:函館線(山線)がローカル線に転落してからはお邪魔していませんが、こじんまりとした都市(決して町ではない)だったような記憶があります。
合併して大きくなってしまいましたが、(鉄)な私からは遠軽をお奨めしますが、いかがでしょうか。
ちなみに両町とも商工会ではなく、商工会議所なんですね。
野辺地:〇年前、大学後輩の親戚宅に転がり込み、町を案内してもらいました。特急が停車するだけのことはあります。青森県内では五戸、七戸もなかなかの町だと感じます。
森:遠州の小京都です。親戚が住んでいたこともあり、よく遊びに行きました。磐田と掛川に挟まれ、いまひとつ印象が薄い袋井市にならなくて本当によかったです。
鉄稼業の場合、駅前は知っていても意外と街中を歩いていません。駅前はしょぼくても由緒ある町が多いようなので、今後は渋めねらいとしたいです。
選からは漏れていますが、湯浅(和歌山)、王寺(奈良)はいかがでしょうか。王寺など駅前の景観は5〜10万都市のようです(大都市近郊だからダメかな)。

[45556] かめこく さん
「木綿のハンカチーフ」については、
個人的にはアメリカをイメージしたのではないかと思います。
するどいですね。確かに舞台がアメリカなら、歌詞がしっくりきます。ただ1970年代は旅客鉄道が斜陽化しており、年代的なイメージは1950年代後半から60年代かなあ。

[45567] inakanomozart さん
やっと市外局番が統一されるのですね。

[45576] 2005 年 10 月 11 日 (火) 12:53:26【1】 EMM さん
 Re:いろいろ

[45575] 愛比売命さん
1週間ほど前に重要なメールをお送りしましたが、届いていないでしょうか?

もしかしてメールの宛先は私の個人アドレス宛でしたでしょうか?
実は積極的に告知しなかったのですが、8月下旬にスパム対策のためメールアドレスを変更しています。
そのため、もし前のアドレス宛に出していると不着になってしまった可能性が高いです。
大変申し訳ありませんが、宛先の確認をお願いできないでしょうか。

[45575] 2005 年 10 月 11 日 (火) 12:38:52【1】 ペーロケ[愛比売命] さん
 いろいろ

お久しぶりです。
子育て&小さいテロリスト(?)との戦いと、実に多忙な日々を送っております。
実は落書き帳をみるのも久しぶりです。

[45479]らるふさん
島原半島の合併に関して(なぜか)淡路島と比較してみました。
 こういったネタ、ツボにはまりました(笑)。ほんまに予想も付かなかったところに共通項がありますね。
 合併とは関係ありませんが、ともに今世紀中の実現が困難と思われる長大架橋構想があったり、東海岸には対岸の大都市(熊本が大都市と言えるかどうかは別として)から来たフェリーの玄関口があったりと、言われてみれば結構共通点があるもんですな。

[45543]いっちゃんさん、ちょっと変えちゃいましたが、「ともだ市の輪」なんていかがでしょうか。

EMMさんへ
1週間ほど前に重要なメールをお送りしましたが、届いていないでしょうか?

[45574] 2005 年 10 月 11 日 (火) 09:39:51 miki さん
 過疎地域情報・10/11

<過疎地域>
長野県筑北村、三重県紀北町
<過疎地域とみなされる区域>
北海道釧路市、京都府京丹波町、福岡県上毛町、長崎県雲仙市
...それにしても釧路は意外でした。

[45573] 2005 年 10 月 11 日 (火) 07:49:35 88 さん
 白桃さんへ

[45570] 白桃 さん
ミニオフ会についてのコメント、拝読しました。メールも受領しました。ありがとうございました。
詳しくは、改めてメールをお送りいたします。よろしくお願いいたします。

取り急ぎ、御礼まで。

[45572] 2005 年 10 月 11 日 (火) 03:14:21 烏川碧碧 さん
 思いのほか時間がかかってしまった……

[45286] オーナー グリグリ さん
 市の輪

[45317] 白桃 さん
西海-海南-南国-国立-立川-川越-越前-前原-原町-町田-田川-川西
というのはルール違反なのかナ。(「西」の循環の中に「川」の循環が入り込んでいるから、駄目でしょうか?という意味です)

[45319] ゆう さん
これは形が美しいですね。「∞の市」なんていかがでしょう。

+津+津山-山鹿-鹿沼-沼津+

個人的にはこれはN=5として認めたくないのですが。

[45348] オーナー グリグリ さん
上記については何も考えていませんでした。綺麗な解を求めるのであれば、入れ子の循環や一文字市は排除した方がよいのかも知れませんが、まぁ、お好きなようにお考えください。


この 白桃 さん が提示されたようなパターン、私も非常に面白いと思いました。

複数の独立の(構成市がすべて異なる)市の環が、過不足なく一体化したもので、より正確な表現を求めるとすれば、(環の親子関係は認められないため)「入れ子」というよりも、融合型・複合型・合成型・結合型とでも言うべきパターンでしょうか(ゆう さん も「∞の市」と表現されていますが)。

白桃 さん のパターンの場合、+西海−海南−南国−国立−立川−川西+ という環(N=6)と、+川越−越前−前原−原町−町田−田川+ という環(N=6)が、「川」の字を介して結合していることになります。一文字市が含まれる N≧2 のパターンも、すべて一文字市(N=1 の環)との結合パターンということになります。

さて、[45387] いっちゃん さん、[45388] たもっち さん によってNの最大値が24であることが示されていますが、この「白桃型」(そう呼ばせていただいてよいでしょうか?)も含めると、Nの最大値は、34となります。

+江別−別府−府中−中津−津−津山−山鹿−鹿沼−沼津−津島−島田−田川−川西−西海−海南−南国−国立−立川−川越−越前−前橋−橋本−本庄−庄原−原町−町田−田村−村上−上天草−草加−加須−須坂−坂東−東近江+

と、もう一つ、「津」を「沼津」と「津島」の間に置くパターンで、東京と広島の「府中」を区別すれば、全部で4パターンとなります。

これは、

A…(N=1)+津+
B…(N=4)+津山−山鹿−鹿沼−沼津+
C…(N=6)+川西−西海−海南−南国−国立−立川+
D…(N=9)+田川−川越−越前−前橋−橋本−本庄−庄原−原町−町田+
E…(N=14)+江別−別府−府中−中津−津島−島田−田村−村上−上天草−草加−加須−須坂−坂東−東近江+

の、5つの環から構成される「市りとりング」です。

また、結合数が最大のものとしては、7つの環から構成されるリングが78パターン(N=23、25、28)あります。

ついでながら、「白桃型」は全21739パターン(!!!) 。純粋型の586パターン(たもっち さん の数字も検証済み)と合わせると、22325パターンの「市の輪」がある計算になります。

構成リング・順序の組み合わせがあるために、パターン数が増えてしまうのですね。


※本日(10/11)の市町村合併は考慮していません。

[45571] 2005 年 10 月 11 日 (火) 02:55:32 BEAN さん
 オフ会前後の旅 レポート(後編)

前編は[45161]です。

午前2時過ぎにオフ会から離脱、少し歩いて見つけたカプセルホテルに宿泊。それまでの疲れもあったので少しは眠りたかった。
翌朝8時に出発、天橋立に向かう。しかし三ノ宮8:23発の新快速に乗り遅れ、京都9:25発の特急に間に合わず予定が1時間遅れになる。(持っていた切符の都合により、福知山線経由と言うわけには行かなかった)結局天橋立駅到着は12:22だった。前の2日間と違ってこの日は暑かった。それでも30分(休憩時間を除く)ほどかかって砂洲を渡りきり、対岸に到着。リフトに乗って傘松公園まで登り、天橋立を一望する。股のぞきをやってみたものの、怖くて一瞬で終了。ケーブルカーで山を降り(リフトとケーブルカーは同料金)、帰りは船で駅の方に戻る。しかし「天橋立行き船乗り場」と書いてあったのはいかがなものか。(駅周辺の地名は文殊)天橋立駅からは各駅停車の「快速」で西舞鶴へ。特急用車両なので各駅停車でも他の列車と区別しなければいけないのだろう。
西舞鶴、東舞鶴で乗り換えて小浜線に。小浜線の電車は意外に混んでいた。電化しても速くなっただけで増発はしなかったらしい。敦賀からは特急で次回オフ会開催のうわさがある金沢へ。と思ったが北陸本線のダイヤが乱れていて、実際は福井までは普通列車乗車だった。
金沢で泊まったホテルは六枚町交差点の近くだったので、ホテルを出るときに「旧」の字が埋められた六枚町の碑を探して写真を撮った。付近には古い建物が残っていて、こんなところだから町名復活の声が出たのだろうとうなづく。そこからバスで兼六園へ。そこでこの旅で初めて小雨に逢う。幸い小雨は長く続かなかった。兼六園は広いだけでなく起伏があり、歩き回るのはやや面倒だった。しかし湿気のおかげでいい雰囲気になってかえってよかったかもしれない。その後金沢城に行ったが、そこで初めて兼六園との共通入場券があることを知る。ちょっと損した。城からさらに歩いて、近江町市場を通る。休日だったので開いている店は少なかったが、それでも人は結構多かった。武蔵が辻からバスで金沢駅に向かう。が、バスを待つ間に何台も目の前を通過して行く・・・実はあまりに多くのバス路線が通っていて、停留所が分かれていたのだ。しかも乗ったバスは駅の西口に着いた。東口なら100円だったのに、西口に行ってしまったために200円払わされる。
金沢からまっすぐ東京に帰ってもよかったのだが、まだ時間があったので高岡で降り、万葉線に乗ってみる。来た電車は新型車両だったが、途中で車両交換のため旧型の乗り換えさせられ、そのギャップに驚く。(旧型は両替機が手動だ!)車両もひどいが線路も相当なもので、ここに新型も走るのが信じられなかった。終点の越ノ潟からは船が出ているが、今回はそれには乗らずに高岡に戻る。特急券を買おうとすると指定席は満席で、自由席に乗ることに。自由席は富山でかなりの立ち客が出た。それでも新幹線では(新潟からの乗客もいるのに)みんな座れたようで、輸送力の差を実感した。

ここまで4日間使い続けた「東京都区内→東京都区内 経由:新幹線・京都・山陰・福知山・北近畿鉄・西舞鶴・舞鶴・小浜線・北陸・信越・新幹線」(小浜線より後は手書き)の切符と分かれるのは惜しかったので、無効印を押してもらい持ち帰ることにしました。

[45570] 2005 年 10 月 11 日 (火) 00:38:52 白桃 さん
 ミニオフ会のハシゴ

さきほど、広島から帰ってきました。もう少し早く帰る予定だったのですが、滑走路に落石物がある、とかで飛行機の着陸が大幅に遅れました。しかし、白桃家行き(正確には白桃家がある団地のとなりにあるホテル行き)のリムジンバスに乗車できたので、空港からは早かったです。

[45566]東西南北の文字 さん
それが「北本宿町」が市制を敷くときに「宿」がとれて「北本市」になったの。
少し違うようです。1959年10月31日に北本宿村が北本村となり、同年11月3日に北本町になりました。ですから、「宿」がとれたのは、市制施行時ではなく、町制施行時ではないでしょうか。

10月9日に行われた高校野球香川大会(秋季)3位決定戦で、わが母校は「やっとこさ」坂出商業を破り、4年連続の四国大会出場を決めました。これは嬉しいニュースですが、一方で、東かがわ市にあるもう一つの高校、大川東高校が統廃合により来年、廃校になるという暗いニュースを耳にしました。もともと、三本松高校の分校だったときもあるので、元にもどった、といえばそれまでですが…。
というわけで、(また、出てしまった白桃得意の「というわけで」)
[45538]88 さん
ミニオフ会
是非、参加いたします。実は翌週の金曜日も、超大物歌手とのジョイントコンサートが予定されており、白桃忙しい、というかヒマというか、もう和気がわからないのですが、元香川賢人として、絶対14日はミニオフ会日和なんです!

[45569] 2005 年 10 月 10 日 (月) 23:20:03【1】 オーナー グリグリ
 「きほくちょう」ってどこにある?

タイトルは改題した雑学のテーマです。いままでは『「みさきちょう」ってどこにある?』でした。

10月11日の合併情報、釧路市、鉾田市、筑北村、牧之原市、紀北町、京丹波町、観音寺市、上毛町、雲仙市、いちき串木野市の合併に関連して、市区町村のデータ、変更情報、公式HP、ランキング、雑学ページなどを更新しました。

今回のトピックは、以下の通り。

(1) 紀北町の誕生による三種類の同音異字の町が復活。紀北町,鬼北町,輝北町の三種類。県名・郡名が言えますか?
(2) 同じく紀北町の誕生により「紀伊長島町及び海山町入会地」の所属未定地が解消した。
(3) 長崎県南高来郡千々石町が消滅し、変則「2000」の数字の町が消えた。
(4) 「かすみがうら市」と並ぶ六文字の市「いちき串木野市」誕生。次は「つくばみらい市」。

[45568] 2005 年 10 月 10 日 (月) 22:26:10 futsunoおじ さん
 Re:10月11日と木綿のハンカチーフ

[45462] 白桃 さん
10月11日に10の新設市町が誕生します。10月1日、1月1日、4月1日が多いのはわかりますが、10月11日にこれだけ集中したのは名瀬なんでしょう?

 新潟市は伝統的?に3連休の3日目とかが多いようです。
 これには合併行事が通常業務に影響を及ぼさないように、などの理由があるのでしょうが、何より休日であることから
『♪酒が飲める、飲めるぞ− 酒が飲めるぞ−− 』 ではないでしょうか。

 このような日に何回も合併を繰り返す自治体は、怪しいと思わなければ ・ ・ 。
 明日合併する自治体は、すべて健全です。 (笑)



[45556] かめこく さん
個人的にはアメリカをイメージしたのではないかと思います。

 そう言われると、この詞はアメリカ的な香りを感じます。
 「なごり雪」では、詞の奥行のあるところが日本的と言えますね。

[45567] 2005 年 10 月 10 日 (月) 21:19:38【1】 inakanomozart さん
 静岡市の市外局番統一
ARC 市外局番の変遷についての考察 ARC 政令指定都市・静岡市に寄せて

[45504] 2005年 10月 8日(土) 10:57:42  88さん
MAの変更に伴い、当該地域の所属する電話局が変わるためです。というのは、NTTは規模が大きくなるほど、基本料金を高く設定しており、1級局(加入者5万人未満)、2級局(同5万人以上40万人未満)、3級局(同40万人以上)の3段階に分けており、例えば、住宅用プッシュ回線では、1級局が月額1600円、3級局が同1700円となっていることによります。
[45564] 2005年 10月 10日(月) 17:04:26  逆太郎さん
一連の平成の大合併でMAの変更が実現したのは、現在のところ以下の2例だけですね。
・新潟県佐渡市(平成17年6月1日に旧両津MAと旧佐和田MAを統合)
・茨城県日立市のうち旧十王町(平成18年2月1日に高萩MAから常陸太田MAに移行=電話番号の変更を伴う)

旧静岡市(054)と旧清水市(0543)の市外局番は、統一すると加入件数が40万件を超え基本料金が高くなるということで、関係する市町の足並みがそろわず、実現していませんでした。
ところが、静岡市の広報紙静岡気分9月15日号によると、NTTの制度の運用が変更になったことに伴い、統一されても基本料金が据え置かれることとなったため、2007年の前半を目指して市外局番の統一に向け関係機関と協議を進めていることを告げています。(NTTの運用変更の詳細については不明です。)
これが実現すると現蒲原町から大井川町までの地域が「054」に統一され、相互に市外局番なしで通話できることになります。

[45566] 2005 年 10 月 10 日 (月) 19:28:28 東西南北の文字 さん
 北・本宿

東西南北の文字が入った市で紹介されている埼玉県北本市。元々は「本宿」で、2箇所あった「本宿」を区別するために「北・本宿」となったの。それが「北本宿町」が市制を敷くときに「宿」がとれて「北本市」になったの。
東西南北の文字が入った地名でこのような例は「北本市」くらいなのかしら?

[45565] 2005 年 10 月 10 日 (月) 18:33:43 テんポろ さん
 和歌山県那賀郡の消滅

和歌山県の那賀郡は2006年4月に消滅してしまいます。
和歌山県那賀郡打田町、粉川町、桃山町、貴志川町、那賀町⇒紀の川市
和歌山県那賀郡岩出町⇒○○市
これで、那賀郡消滅です。

[45564] 2005 年 10 月 10 日 (月) 17:04:26 逆太郎 さん
 re:市町村が合併すれば電話番号の市外局番は変わるのか?
ARC 市外局番の変遷についての考察

[45504] 88 さん

一連の平成の大合併でMAの変更が実現したのは、現在のところ以下の2例だけですね。
 ・新潟県佐渡市(平成17年6月1日に旧両津MAと旧佐和田MAを統合)
 ・茨城県日立市のうち旧十王町(平成18年2月1日に高萩MAから常陸太田MAに移行=電話番号の変更を伴う)
参考= http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/top/tel_number/new_number_h17.html

個人的には、平成の大合併以前からごく狭い面積なのに複数のMAに真っ二つに分断されている自治体
 (例)大阪府門真市(面積12.87km2、大阪MAと寝屋川MA)
    兵庫県播磨町(面積9.09km2、加古川MAと神戸MA)
が何とかならないものかと思いますが、地元もずっと慣れ親しんでいるので今さら・・・という認識なのかも。

[45563] 2005 年 10 月 10 日 (月) 16:10:32 右左府 さん
 市町境を徒歩で越えたのに自転車では越えた事が無い……

[45532] eiji_t さん
 「軍事色漂う名前」が「十五里強行軍」だったことが分かりました。……あ、十六里じゃありませんでしたね、訂正します。

水戸一高より歴史は古いんですね。
 現在の「十里強歩」と終戦前の「十五里強行軍」を同じと見るか別扱いにするかに依りますかね。ただ、終戦前後の一時期は中断されていたという事も今思い出しました。恐らくこの前後で名称も変わったと思われるので、「十里強歩」の始まりも戦後と見るべきでしょう。
 それぞれが何年に行われていたのか、手許にある学校の年表で調べてみたのですが、
昭和十三年
10・12 十五里強行軍発足
これ以外の記述は見られませんでした。他にも色々調べてみましたが、分かったのは昭和32年に女子生徒が職員室で「女子の参加も」と懇願したという事のみ。(それ以前は女子不参加だったようです。又、その女子生徒らは男子と同じ距離を歩いた様子。)
 水戸一高とどちらが古いのかは分からずじまい。今度学校で詳しく調べてみようかな。

 その水戸一高「歩く会」の記事を先程YAHOO!ニュースで発見。こちらです。写真付き記事で、雨の中奮闘している様子が窺えます。やはり「夜のピクニック」効果もあってか、全国ニュースにまでなっちゃってますね。
 ちなみに、私の学校の「十里強歩」の場合、台風が来ても決行していたそうです。過去に中止となったのは一回のみとの事。

読む本には「時期」があると思います。
 あの本はやっぱり時間を見つけて読んでみようかなと思います。地理活動停滞の危険性がある訳ですが……(笑)。

[45562] 2005 年 10 月 10 日 (月) 15:56:57 北の住人 さん
 北広島
ARC 地名・北広島と市名・北広島の関係

[44907] 北広島調査の続き
広島町で出している資料をいくつか調べた所、’84年広島町勢要覧に
 『国鉄の駅や道営団地などの名称として用いられている「北広島」は、広島町の俗称として使われており、本来は広島県と北海道の広島町を区別する意味から、そう呼ばれ始まったものです』
との記述を見つけました。ただ、広島村時代のを含め、他の年度の要覧を5、6冊見ましたが、このように記載されているのはこの年度だけでした。’84年は昭和59年であり、北海道大百科事典(昭和56年)の影響を受けているかもしれません。

「広島町を北広島市とする事についての申請書」(市制施行の前年度に作成されたと思われます)に、市名選定の理由が次のように載ってます。
『「広島」という名称は、明治26年12月月寒村から分離独立するに当たり、村の中心である東部地区へ入植し、開拓に功労のあった和田郁次郎ら団体移住者の出身地である広島県の名を採り、新村名として「広島村」と名付けられたことによります。その後、昭和43年の町制施行により、「広島町」として継承されてきました。
 このように「広島」の名称は、歴史的にも極めて意義深いものがあります。このことから、まず「広島」を選定することにしました。
 次に、他市の名称との混乱を避けるため、北海道の「北」を「広島」の上に冠し、「北広島」としました。
 現在のJR駅は、大正15年8月に北海道旅客鉄道株式会社が札幌−沼の端を開通させるに当たり、広島県の「広島駅」と区別するため「北広島駅」とした経緯があり、又、北海道立高校の校名や各企業、事業所の本支店名に「北広島」という名称が広く使用され定着していると言えます。』

この文の冒頭にあるように、村の中心(字広島)は「東部地区」と呼ばれています。広島村は南北で分けるのではなく、東西で分けるのがいくつかの資料を読んだ上での印象です。この点からも、入植地の北部を北広島と呼んだのかが疑問となるわけです。
「北広島」の地名、おそらく、道立北広島団地ができ流入する人口が増え、特に広島町以外の人との会話の中で一般化されたのではないでしょうか。
他にも資料文献ありましたので、多分、調査はまだ続きます。余談ですが、現在の「北広島インター」は、開設当時は「大曲インター」と呼ばれていました。

[45561] 2005 年 10 月 10 日 (月) 15:38:25 miki さん
 HP完成情報

長野県筑北村
http://www.vill.chikuhoku.nagano.jp/

[45560] 2005 年 10 月 10 日 (月) 11:57:50 Issie さん
 Re:公報と官報
ARC 編入?新設?市町村合併の種類などについて ARC 埼玉県“忍市”をめぐって 〜市制施行に係る行政手続の考察〜 ARC 市制施行日に名前を変えた市とは?

[45541] 紅葉橋律乃介 さん
旧憲法時代には町村の異動は告示がなく、すなわち市への編入も告示事項ではなかった模様。

[27855] は結構前かと思ったら,去年でしたね。
旧憲法体制下でありますが,直接の根拠は法律としての「市制」に求めた方がいいように思います。そして,現行憲法の施行された1947年5月3日からは「地方自治法」。

(前にも書いた覚えがありますが,
「市制」という言葉には,漠然と“「市」という制度”を意味する場合と,狭い意味で1888年に公布,翌年に施行され,1911年に全面改正された“「市制」という名前の法律”を指す場合とがあります[「町村制」も同じ]。
だから厳密には“法律を「施行」する”という意味で「市制施行」と言った場合,施行すべき法律「市制」は60年近くも前に廃止されていますから,おかしな表現ということになります。けれども,実際には“「市」という制度”という意味で自治体自体も含めて広く使用されていますから,それはそれでいいのでしょう。
ただし,1947年5月2日までは「市制施行」とは,単に“「市」になる”という意味だけではなくて,“「市制」という法律がその地域に施行される”という意味であった,ということは留意しておいた方がいいように思います。もっとも,「どう違うの?」と聞かれても,その答えはよくわかりませんが。
一方で,「町制」「村制」「区制」などという法律はありませんから,こちらは単純に“「町」(村・区)という制度”という意味でもっぱら使われるのでしょう。)

話を戻して,
前発言の通り,町村が既存の市に“編入”される場合は内務省の告示事項ではなかったようですが,既存の市が他の市に“編入”される場合には,その「市」を“廃止”することになりますからそれについての告示が内務省から出されています。京都府伏見市がその実例です(以下の日付は施行日ではなく告示公布の日付)。

 ・京都府伏見市 →京都市へ編入:昭和6年内務省告示第56号(1931年3月23日)

「市制」下で消滅した他の3市のうち,

 ・京都府東舞鶴市 →舞鶴市と合体して「舞鶴市」を新設:昭和18年内務省告示第341号(1943年5月19日)
 ・兵庫県飾磨市 →姫路市ほかと合体して「姫路市」を新設:昭和21年内務省告示第21号(1946年2月27日)

この2つは,“合体”により“改めて新設”された「兵庫県尼崎市」(昭和11年内務省告示第117号:1936年3月21日),「大阪府岸和田市」(昭和17年内務省告示第157号:1942年3月20日)と同じ手続きです。
もう1つの「東京府東京市」の場合は,法律である「東京都制」(昭和18年法律第89号:1943年6月1日)によって廃止されていて,これは内務省の告示事項ではありませんでした。

[45537] グリグリ さん
忍市

最近は便利な世の中になって,多くの自治体が「例規集」をネット上で公開していますね。で,そのうちの多くがその冒頭に当該自治体の成り立ちについての根拠法令を収録しています。
ただ,どこにその“ルーツ”を求めるかは必ずしも統一されているわけではなくて,“国レベル”(内務省→総理庁→総理府→自治省→総務省)の告示をそれとしているものもあれば,(都道)府県告示を収録してるところもあります。何も収録せずに,いきなり「市役所の位置を定める条例」を冒頭に置く自治体も少なくないのですが。

行田市の場合は 埼玉県告示 に根拠を求めているようで,

----------------------------------------------------------------------------
○忍町を忍市とする告示
昭和24年3月29日
埼玉県告示第129号
地方自治法第8条の規定により、昭和24年5月3日から、北埼玉郡忍町を忍市とする。

○忍市を行田市とする名称変更を許可した告示
昭和24年3月29日
埼玉県告示第130号
地方自治法第3条により忍市を行田市とする。市の名称変更の条例を許可した。
----------------------------------------------------------------------------

…という告示を前提にした

----------------------------------------------------------------------------
○忍町を忍市とされた場合における新市の名称変更に関する条例
昭和24年3月3日
公布
忍市を行田市に変更する。
附 則
この条例は、忍町を忍市とされた日からこれを施行する。
-----------------------------------------------------------------------------

という忍町の条例で「行田市」が誕生したことを跡付けることができます。

国レベルでの告示は4月23日付の「総理庁告示第28号」ですが,ここでは「忍町」が直接「行田市」になるように記載されています。上の経緯を経た途中経過を省略しているのですね。
「行田市」の場合は 5月3日 の発足に先立って“告示”が行われているのですが,1948年から1951年の間に発足した「市」の多くは発足よりも告示の方が遅い“事後報告”となっています。
占領下,内務省が解体された下でのできごとですが,このあたりの手続きは“独立”後とは違っていたのかもしれませんね。

市の例規集からもう1つ,
ちょうど“旧憲法/市制”体制から“現行憲法/地方自治法”体制への切り替えの隙間にはまって国レベル(内務省)の告示では確認することのできない 鳴南市→鳴門市 の改称(1947年5月15日実施)について,鳴門市が公開している例規集に

----------------------------------------------------------------------
○市名変更条例
昭和二十二年五月十日
条例第三号
鳴南市を鳴門市と変更する。
附 則
本条例は、徳島県知事の許可を得て昭和二十二年五月十五日から施行する。
-----------------------------------------------------------------------

というのがあって,とりあえず「鳴南市条例」に根拠を求めることができそうです。

もう1つ,赤間関市→下関市 というのが確認できていないのですが,下関市の例規集にはその“ルーツ”が収録されていませんでした。

[45559] 2005 年 10 月 10 日 (月) 10:23:11 オーナー グリグリ
 新潟市合併

少し遅れましたが本日の新潟市の合併(巻町編入)に関連する情報更新を行いました。明日はさらに10件の合併が予定されています。こちらは本日夜の更新を予定しています。2003.9.1からの市町村数の変移をまとめてみます。詳細はランキングデータをご覧ください。過去のデータベースを整備したらグラフ化してみたいですね。

市数町数村数町村数市町村数
2003.9.1678195155225033181
2004.9.1696185952923883084
2005.9.1743126632115872330
2005.10.10750117428814622212

[45558] 2005 年 10 月 10 日 (月) 09:06:07【1】 オーナー グリグリ
 市名遊び

[45543] 2005 年 10 月 9 日 (日) 23:18:04 いっちゃん さん
おっしゃられるほど簡単でもなかったりして・・・。
一目でパズルだと分かるものだけではなく、文章で分析しているものもあったりしますからね。
でもやってみました(仮)市名をつなげて遊んでみよう!
市名をつなげたもののうち、「市角形」「市りとり」を除いたここ最近のパズル系のものをまとめました。
いっちゃんさん、素早い反応をありがとうございました。で、さっそく「パズルとクイズ」メニューに追加しました。メニュータイトルは「市名遊び(記事集)」とし、ページタイトルはご提案通り「市名をつなげて遊んでみよう!」を採用。ほら、簡単にメニュー追加できたでしょ(笑
#記事の追加変更があれば対応します。タイトル変更も。編集ツールを作るほどでもないかな。

[45557] 2005 年 10 月 10 日 (月) 08:58:42 ぐりゅん さん
 わかりました

[45548] 般若堂そんぴん さん
さっそくていねいなご返答ありがとうございます。

「日本は増大させようとする人口を支えるだけの力を持っていたか」
あるいは「日本が増大させようとした人口規模は日本が支えることのできるものであったか」
という問いに対しては,「否」と考えます(ぐりゅんさんの仰る「歴史観」とはさほど関連がないと思います).
私は、「曲がりなりにも」と表現しましたように、その時の力は十分ではなかったかもしれませんが、「持っていた」と考えます。
国に脅威が迫っていても、力がある規模に届いてなければ「その一歩」すら踏み出せないから、一方で、
「選択できる」と言える程の水準であったとは思えない
と明言できるのは、結果を見てしまったからではないか、と思うからです。

結局、「歴史観」を排除するつもりであっても、
過去の話題を語る時に、歴史に対する見方の違いを切り離すことはできないのですね。
私の浅はかな試みに、長々とおつきあいいただきありがとうございました。

また、オーナー様へ、オフトピでお騒がせして、申し訳ありませんでした。

[45556] 2005 年 10 月 10 日 (月) 08:56:57 かめこく さん
 津和野がビンゴ
ARC 「木綿のハンカチーフ」旅立ちの地はどこか(YUTA さん提案)

はじめまして。かめこくといいます。
[45500] 稲生 さん,[45510] 今川 さん ほか

人づてに聞いた話なのですが、
「案山子の光景はどこか」ということについて、それは津和野であると
あるラジオ番組の中で、さだまさしさんが明言していたそうです。
作詞家の、かぜ耕士さんから聞いた話がもとになったらしいです。

「木綿のハンカチーフ」については、
個人的にはアメリカをイメージしたのではないかと思います。
西部の田舎町から東海岸の都会へと出て行くというような。
「草にねころぶ」といったくだりもアメリカっぽくはないでしょうか?

[45555] 2005 年 10 月 10 日 (月) 08:28:23 EMM さん
 北陸と言えば演歌しかないのか?

[45554] 千本桜さん
皆さんも一つ、演歌をやってみたら?
歌詞検索サイトでタイトルに次の単語を含む曲を捜したら演歌か民謡しか出てこない。

金沢、加賀、能登、越前、越後、佐渡

そうか、北陸ってそう言うイメージなのね…



[45496] 白桃さん
「こんなん」を拝見いたしました。ウ〜ン私にぴったり、と言いたいところですが、金沢を意識して作られた曲のようで、私の倉敷ぶりよりホンのチョットですが上品川ですね。
まぁ、NHKの番組中(BS2:[おーい、ニッポン 今日はとことん○○県])で作られた歌ですからね。
47都道府県全部あります。
千本桜さん宛のレスと関連してきますが、石川県の歌はまだ良い方で、福井県の歌はド演歌。
どうしてもそう言うイメージの土地柄なのか??
ちなみに香川県の歌はこんなん

なお、この「おーい、ニッポン」という番組、現在2周目に入っています。
(2周目は「私の・好きな・○○県と言うタイトルだそうで。)




#職場の飲み会の2次会で「ああ新選組」と「武田節」を歌って「おまえいくつだ」という顔をされたことのあるEMMでした。
石川のご当地ソングだと「加賀の女」と「香林坊節」なら歌えます。
次回以降のオフ会で4次会以降までつきあえそうなら一発やりましょうか?
あ、でも「香林坊節」は入っているカラオケが限定される…

[45554] 2005 年 10 月 10 日 (月) 07:55:47 千本桜 さん
 歌詞解釈法「♪達者でナ」編
ARC 「木綿のハンカチーフ」旅立ちの地はどこか(YUTA さん提案)

♪「木綿のハンカチーフ」は僅かに年代差があるので唄ったことがない。たとえ唄ったとしても、うなり、こぶし、が入った演歌調「木綿のハンカチーフ」になるだろう。そのような訳で、私は三橋美智也さんの♪「達者でナ」の方が良い。

♪わらにまみれてヨー 育てた栗毛 今日は買われてヨー 町へゆく オーラ オーラ 達者でナ
たぶん、その町は東京。買われていくのは中学新卒者。
♪オーラ オーラ 風邪引くな あゝ風邪引くな 離す手綱が ふるえ ふるえるぜ
列車に乗せられ、東京へ買われていく我が子を手放す親ごころ。涙なくして唄えません。

[44134]で白桃さんが特定した歌の舞台は
達者でナ(岩手県軽米町)、リンゴ村から(青森県甲地村)、古城(福島県会津若松市)、星屑の町(宮城県大河原町)
だそうです。「達者でナ」が岩手県軽米町だとすると、手綱を放す場所は金田一駅か北福岡駅になるのでしょう。こんなことを思いながら唄うと味が出るかも。皆さんも一つ、演歌をやってみたら?

[45553] 2005 年 10 月 10 日 (月) 07:30:08 りゅうたい さん
 三山

甲東三山
瀬淵山554m、高指山911m、甲東不老山839m
お勧めコース
中央線上野原駅(バス)→甲東小学校前下車⇒瀬淵山⇒和見峠⇒高指山⇒不老山⇒不老下バス停→上野原駅
歩行時間:4時間

[45552] 2005 年 10 月 10 日 (月) 07:12:46 G さん
 足利 対 新田 (両毛の「対抗戦」)

[45470] 2005 年 10 月 7 日 (金) 12:55:58 烏川碧碧 さん
[45550] 2005 年 10 月 10 日 (月) 05:57:39 稚拙 さん
定期戦のフラッグ隊を思い出しました。

私の言う「定期戦」というのは、もちろん(?)「高前定期戦」のことで、これすなわち上州を代表する2校――タカタカこと高崎高校とマエタカこと前橋学校――との間で毎年戦われる定期戦のことです

両毛では、県境を越えて「対抗戦」が行われておるようです。タタカこと群馬県立太田高等学校とアシタカこと栃木県立足利高等学校との間で戦われる対抗戦のことです。こちらは、まだ歴史が浅く、1985年からのようです。なので、足利学校卒業の私は、経験がありませんでしたが(^^;

[45551] 2005 年 10 月 10 日 (月) 06:00:38 稚拙 さん
 Re: 木綿のハンカチーフ

[45474] 2005 年 10 月 7 日 (金) 15:33:00 いっちゃん さん
木綿のハンカチーフ
(中略)
夜汽車ネタついでに、私は一度だけ「寝台特急 富士」で東京〜西鹿児島間を完乗したことがあります。
24時間以上の汽車旅、夕食は東京駅弁、朝食は柳井駅弁、昼食は食堂車、好きですねぇ。

はやぶさに西鹿児島から東京まで乗った時は、昼は西鹿児島の駅弁「田の神弁当」、夕食抜き、朝食カロリーメイト、昼食は荻窪でラーメンを食べました。
トワイライトエクスプレスにも乗ったのですが、きっぷを取ったのが前の日なので、敦賀駅のコンビニで弁当を買って夕食にしました。昔はコンビニやカロリーメイトがないから食堂車が必要だったんじゃないかと思います。

[45550] 2005 年 10 月 10 日 (月) 05:57:39 稚拙 さん
 Re: 西毛の虎、県央の竜

[45470] 2005 年 10 月 7 日 (金) 12:55:58 烏川碧碧 さん
西毛の虎、県央の竜

定期戦のフラッグ隊を思い出しました。

私の言う「定期戦」というのは、もちろん(?)「高前定期戦」のことで、これすなわち上州を代表する2校――タカタカこと高崎高校とマエタカこと前橋学校――との間で毎年戦われる定期戦のことです(「定期戦」のキーワードで過去ログを検索してもヒットしないのは意外。70年頃には、深夜ラジオで全国的にブームを巻き起こしたと聞いていますが……)。

利根川をはさんでの石の投げ合いから始まった――という俗説はさておき、前高が戦場の年に、決戦前夜、高高を発し、それぞれ幟(フラッグ)を持つなどして前高までの16キロほどの道程を歩いて士気高揚を図る有志がフラッグ隊であります。由来等はよくわかりませんが。

ところで、私は「高前定期戦」と書きましたが、前高側では「前高定期戦」と称しているようです。通常は、それぞれの用語を使っていても何ら不都合がないのですが、これが問題となったのが、共同で作った50回記念誌のタイトル。結局、前高出身の高高教員の提案で、利根川の西の高崎を左に、東の前橋を右に、両方を「並べて」(前後順を付けずに)表記することで落ち着きました(前橋の方が先輩格だから、という理由では譲れないのです)。

定期戦については、まだ楽しい(?)話が出てくるのですが、ちょっと地理からも脱線するので、これくらいに。

あえてここで付け加えるとしたら、↑の深夜ラジオによるブームの時期には、修学旅行先でも随分と注目されていたらしいということくらいでしょうか。

すいません、1年の時はまじめに応援していたんですが、2年の時はフラフラ高高の外に出て、「うちらが昼休みにお菓子を買う店があるように、高高にもそういう店があるはずだ」と思って探したらやっぱりあって、同じようにフラフラしてたやつらと一緒にお菓子を食べたりしていました。
3年の時はどこかの部活の部室で麻雀してました。

もうほとんど行くこともない下沖校舎です。片貝駅のそばにコンビニができたそうで、今の高校生は恵まれているのかなあと思います。
烏川碧碧さんの頃は天川原校舎の方かな。ぼくはそっちには行ったことがありません。

[45549] 2005 年 10 月 10 日 (月) 03:26:09【1】 BEAN さん
 淡路と島原

[45479]らるふさん
1)まず、島原半島合計156,361人、淡路島合計154,101人、と人口が近い。
2)1市と複数町(村はない)だったが平成の合併で3市になる。
3)合併の組み合わせの中に「1市1町」のペアがひとつずつあり、各々合併後の市名は既存の市名を引き継ぐ。
4)それぞれ半島・島の名前を冠した市、さらにそれに「南」を付けた名前の市(一方はかなですが)ができる(できた)。
5)合併後の各3市の人口はいずれも「約5万人」で、どちらも「南」が付く市においてやや多い。
6)さらに!雲仙市と洲本市は「日本のパナマ」になる予定。(参照:[24153] 愛比売命さん)

もう一つの共通点として「全体で一つの市になる構想があった」というのもあります。
違いはというと、名前以外にも本質的なところにあります。

2000年国勢調査による、各市町に通勤・通学する人の数を見てみましょう。

淡路島島原半島
 
洲本市7,958島原市6,447
五色町996有明町1,450
 
津名町3,629小浜町1,905
一宮町1,321愛野町1,465
淡路町1,000国見町1,335
北淡町979瑞穂町1,077
東浦町905吾妻町648
千々石町404
南串山町292
 
三原町4,040口之津町1,358
南淡町1,877有家町1,105
緑町1,850南有馬町1,026
西淡町1,335深江町951
西有家町897
加津佐町508
布津町497
北有馬町321

淡路島のほうは、新たに市となった地域にも確立した中心地があり、それに対して島原半島にはそれがないことがわかります。
雲仙市、南島原市は「市らしくない市(中心地部門)」の優勝候補となってしまうわけです。
島原市をもっと広げて、残りは4つ程度の町になるべきだと勝手に考えています。

クイズ
さて、今日までの間、南高来郡は日本一町の多い郡(参照[36058])であったわけですが、それでは郡内に同時に存在した町の数が史上最多だったのはどこでしょうか?

[45548] 2005 年 10 月 10 日 (月) 03:18:13 般若堂そんぴん さん
 Re: [45546]

[45546]ぐりゅんさん
私は初めから(この手の話題でフレームの原因となる「歴史観の差」を排除したい目的もあって)
「最後の選択は最悪なものになったが、そうだとしても
『その選択をする(できる)ために、そこまで貯えてきた地力は評価すべき』ではないか。」
という意味の発言を続けておりましたが、これに対する回答はいただけておりません。
私は初めから「日本は増大させようとする人口を支えるだけの力を持っていたか」あるいは「日本が増大させようとした人口規模は日本が支えることのできるものであったか」について書いてきたつもりです.
私がぐりゅんさんの書込[45454]から読み取った(誤読かも知れませんが)のは
曲がりなりにも実行できるだけの国力が、当時の日本にはあったと考える方が自然です。
ということ.
そして,それを開始したものの,継続する力を持たなかった,という事実があります.これを「曲がりなりにも実行」したと考えることも出来ましょうが,「日本は増大させようとする人口を支えるだけの力を持っていたか」あるいは「日本が増大させようとした人口規模は日本が支えることのできるものであったか」という問いに対しては,「否」と考えます(ぐりゅんさんの仰る「歴史観」とはさほど関連がないと思います).
『その選択をする(できる)ために、そこまで貯えてきた地力は評価すべき』
「選択できる」と言える程の水準であったとは思えない,ということです.
「地力を蓄えようと努めてきたことを評価しない」のではありません.

[45547] 2005 年 10 月 10 日 (月) 00:35:23【1】 作々 さん
 いちき串木野市誕生を前に、グダグダ…

お疲れ様です。

10月11日に串木野市と市来町が合併していちき串木野市が誕生します。
一部では短命に終わってしまうのではないかと言われていますが、どうなるでしょうかね。私個人としては、この漢字かな混じりの名称は何とかしてほしいと思っているのですが。
いちき串木野市のHPはこちらになるらしいです。今はまだ表示されないようですが、恐らく間違いないでしょう。
そういえば、10月11日から11月6日までの期間限定ながら、日置郡は1郡1町になるのですね。

[45546] 2005 年 10 月 10 日 (月) 00:29:43 ぐりゅん さん
 スタンス

[45527] 般若堂そんぴん さん
先の私の発言で、一部、攻撃的な表現になってしまっていたことについては、おわびします。

部分を否定しただけで「それまでの連綿と続く歴史を全て否定する」と判断されてしまうのですね(絶望).
この話題の発端は「生めよ殖やせよ」のフレーズでした。
それが使われていた頃に限定すれば、日本はすでに国際的に孤立した状態になっていましたから、
裏付けとなる経済力は、「無理」をして取り繕ったものでしかないし、実際ほどなく破綻しました。(というか敗戦したのですが)

でも、日本は開国以来、キャッチフレーズこそいろいろありましたが、
欧州列強に潰されないために、ずっと勢力拡大(人口増を含む)路線をひた走ってきたはずです。

そこで、(何度もくり返しになりますが)
私は初めから(この手の話題でフレームの原因となる「歴史観の差」を排除したい目的もあって)
「最後の選択は最悪なものになったが、そうだとしても
『その選択をする(できる)ために、そこまで貯えてきた地力は評価すべき』ではないか。」
という意味の発言を続けておりましたが、これに対する回答はいただけておりません。

引用レスであっても、インターネット掲示板では一般的に回答の義務はありませんから、
触れたくない話題には、対応していただく必要はありません。
しかし対応されない以上は、私が把握しうる情報と印象で判断せざるを得ませんので、
その点についてはあしからずご了承いただきたいと思います。

[45545] 2005 年 10 月 10 日 (月) 00:27:25 作々 さん
 さよなら市町村 34〜串木野市〜

串木野市(46205)

串木野市は、1950(昭和25)年10月1日、串木野町が市制を施行して成立しました。
市名の由来には、(1)冠岳神社の祭神「櫛御気野命(くしみけのみこと)」、(2)葦の生い茂る場所という意味のアイヌ語、
(3)宗社猪田神社の神を奥州胆沢郷から招請した際に、大きな伏木が行く手を塞いだが、翌朝目覚めると木は跡形もなく「伏木(不思議)」と漏らした、の3説があります。

大正から昭和中期にかけて日本一の産出量を誇っていた金山の街。かつてはテーマパーク「ゴールドパーク串木野」もありましたが、現在は閉鎖し、焼酎製造蔵や温浴施設のテーマパーク「薩摩金山蔵」として生まれ変わっています。
毎年4月中旬に照島海岸で行われる浜競馬と毎年7月下旬に行われる「串木野さのさ祭り」は市の名物行事です。
さつま揚げ(つき揚げ)発祥の地であるという説があるように、さつま揚げやかまぼこなどの練り物の生産が盛んです。
また、近年は「まぐろのまち」としてまぐろラーメンを売り出しています。

2005年10月11日からはいちき串木野市となり、これまでの串木野市○×はいちき串木野市○×となります。

市の花:パンジー、サルビア、市の木: ハマヒサカキ
2005年9月1日現在の人口:25,670人

いちき串木野市の章 (了)

[45544] 2005 年 10 月 9 日 (日) 23:46:13 YSK さん
 アーカイブズ編集手帳

[45490]YUTAさん
アーカイブズのご提案ありがとうございます。早速、札幌市についてのメッセージ集として編集させて頂きました。まとめレスや雑学的な意味合いが相対的に薄いと判断した記事として一部採用していない書き込みもあります。ご理解のほどお願い申し上げます。

みなさんの積極的なご提案、お待ちしています!
アーカイブズ提案募集要項は、こちらです。

[45543] 2005 年 10 月 9 日 (日) 23:18:04 いっちゃん さん
 他力本願で行こう!とも思ったのですが

[45535]グリグリさん
そこで一つ提案です。新規アーカイブ提案と同じようにタイトル付き記事検索としてまとめていただければ、とりあえずそのリンクだけの見出しをパズルと企画のページに並べようと思います。いかがでしょうか。これなら簡単。
おっしゃられるほど簡単でもなかったりして・・・。
一目でパズルだと分かるものだけではなく、文章で分析しているものもあったりしますからね。

でもやってみました(仮)市名をつなげて遊んでみよう!

市名をつなげたもののうち、「市角形」「市りとり」を除いたここ最近のパズル系のものをまとめました。

出題、回答、分析をされた方々へ
一度ご覧いただき、漏れがないかチェックしていただければ助かります。
それからセンスのないタイトルはあくまで(仮)ですので、名案があればこちらもよろしくお願いします。

[45542] 2005 年 10 月 9 日 (日) 23:01:10【1】 miki さん
 長崎県雲仙市HPのURL

長崎県雲仙市HPのURLはこちらです。
http://www.city.unzen.nagasaki.jp/
「10月11日に公開します」のメッセージが表示されます。

[45541] 2005 年 10 月 9 日 (日) 21:21:19 紅葉橋律乃介 さん
 公報と官報
ARC 編入?新設?市町村合併の種類などについて

[45537] 2005年10月 9日(日)12:13:44 グリグリオーナー
新設合併と編入合併の行政手続きが明確に定義されたのはいつか

 検索してみると、[27855]でIssieさんが次のように書かれています。

旧憲法および市制・町村制下では,「市」の異動(新設・合体)については内務省から告示がなされ,それが官報で公開されるという手順がとられていますが,町村の廃置分合については内務省が告示する事項ではなかったようで,官報や法令全書には掲載がないようです。町村の既存の「市」への編入も,告示はされていません。
既存の「市」の,他の既存の「市」への“編入”については,実例がないので不明です。
また,赤間関市 →下関市 の“改称”に関わる告示を見つけ出すこともできませんでした。

 旧憲法時代には町村の異動は告示がなく、すなわち市への編入も告示事項ではなかった模様。
 逆に、告示がある場合は編入ではなく、いったん既存の市を廃して改めて設置、つまり新設合併と言うことができます。


忍市の件などを考えると、国と県の行政手続きの定義なども整理する必要があるのか

 町村の告示がなかった時代の異動は、都道府県の公報で見られると思われます。また、現憲法下になっても、昭和20年代はまだ省略して掲載されていたようで、「忍町→行田市」のように、別々の手続きがまとめて載せられていますね。
 とは言え、今の法律の下では確実に手続きが別のはずです。やはり公報で逐一調査するしかないのではないでしょうか?

[45539] 2005 年 10 月 9 日 (日) 19:56:53【2】 EMM さん
 EMMの地名コレクション編集メモ・第56号−2
ARC EMMの地名コレクション編集メモ

[45535] オーナー グリグリ様
地名コレクション案の整理をありがとうございました。
本当は希少地名コレの中の独立可能そうなもの、並びに希少地名コレを捜している間に見つけた候補の提示を行ってから一覧を提示しようかな、と考えていたのですが、そうなるといつになるかわからなかったのでとりあえずこれまで投稿記事中にあったもの(1記事内に多量に例示されたものを除く)のみ追加しました。


実は、希少コレ調査中に見つけた候補は「牛首」以外にも面白そうなのがいくつかあるのです。
とりあえず3例ほど提示してしまいます。

・賽の河原
「さいのかわら」。
もしご存じない方がいたら念のため、日本で言い伝えられているあの世の言い伝え中にでてくる、三途の川の河原のことです。
親より早死にした子供はここで決まった数の石を積み上げないと三途の川を渡らせてもらえないが、積み上がる寸前に鬼が石の塔を崩してしまうので永遠に完成しない…と言う言い伝えがあります。
この風景を彷彿とさせる岩場にこの名が付けられているようです。
海岸と山に見られます。
漢字のバリエーションが色々あり、「西の河原」「賽の川原」などがあります。
希少コレ中には現在「かわら」が「磧」になっているものだけ含めています。

・澗
ATOKに登録されている読みは「カン」ですが、地名としては「ま」。
日本海側に散見されます。
入江、瀬、岩礁などに見られる地名です。
希少地名コレ中に何件か登録してあるのですが、これも思ったより出てきたので途中で追加を打ち切っています。

・浴
さらに地域限定で、島根県〜山口県限定です。
この地方には「○○浴」と言う名の谷・沢が散見されます。
見つけた時は希少地名コレに入れようとしたのですが、調べてみたら数がそれなりにあるのでやめました。
あ、ちなみに読みは「えき」。

ほかにもいくつかあるのですが、それはまた追い追い提示していきましょう。



#ちなみに、私が今後自分で取り組んでみたいと考えているネタは今のところ私の腹の中に置いたままです(^^;
予約的に登録しておいた方が良いのかもしれませんが、1件2件では無いしなぁ。

##「鬼」コレですが、私が編集長を拝命した時点ですでに「赤鼻」などとともにグリグリさん名でサービスイン前状態で登録されてました。
何なら一度消去しますか?

[45538] 2005 年 10 月 9 日 (日) 12:47:23 88 さん
 ミニオフ会

私信で恐縮ですが・・。
今週14日(金)、東京に滞在予定です。つきましては、当日の夜、「私を含んで非公式ミニオフ会をしてもいい」、ということはありますでしょうか。
問題点は、
・私は新参者で第1回・第2回公式オフ会には不参加である
・メンバーのどなたも、私は面識がなく、顔を存じ上げていない(当然、皆様も私の顔をご存じない)
・「第九回全国の市・十番勝負」が、翌朝午前6時からである
といったことでしょうか。場所は、都内付近ならどこへでも参ります。

本落書き帳の書き込み、または、(今週限定で)メンバー紹介欄に私のアドレスを晒しておきますので、よろしくお願いいたします。


まあ、皆様の都合もあるでしょうし・・。それにしても、完全な私信の書き込みですが、いいのでしょうか?

[45537] 2005 年 10 月 9 日 (日) 12:13:44 オーナー グリグリ
 市制施行日の編入
ARC 埼玉県“忍市”をめぐって 〜市制施行に係る行政手続の考察〜

[44880] 2005 年 9 月 13 日 (火) 23:56:22 オーナー グリグリ
「合併経験がない」という概念を考えた場合に、鹿嶋市や潮来市のように、市制施行日当日に町が町を編入したあと市制施行するのは、実質的には新設合併と同じで市制施行時に合併していると考えられると思います。このようなケースは「合併経験がない市」とは言いたくないと言うのがポリシーです。鹿嶋市、潮来市などと同じケースが宇土市にもあったことを発見し、......(以下略)
「合併経験がない市」を考える過程で、市制施行日当日の編入は実質的に新設合併と同じと述べていますが、上記にある宇土市、鹿嶋市、潮来市の編入は以下の経緯です。

市制施行日市名市制施行日の編入等
1958.10.1宇土市網田村 編入
1995.9.1鹿嶋市大野村 編入(同時に鹿島町から鹿嶋町に改称)
2001.4.1潮来市牛堀町 編入

他にも調べてみると昭和29年以前には編入と同時の市制施行が多いようです。茨城県に多く、結城市、龍ヶ崎市、下妻市、水海道市、常陸太田市、それに消滅した、下館市、那珂湊市、勝田市が該当しそうです。他には、栃木県の日光市、今市市、群馬県の富岡市、埼玉県の鴻巣市、千葉県の東金市、などが見つかります。関東地方だけ市町村要覧によって調べたのですが、おそらく、昭和29年以前の市制施行の例にも編入と同時の市制施行の例が埋もれているのではないかと思います。関東地方ではありませんが、小松市のHPの歴史には「昭和15年には小松町と近隣の安宅町のほか周辺の牧村、板津村、白江村、苗代村、御幸村、粟津村の6か村が合併し、全国176番目の市制を敷きました。」との記述があり、これが新設合併なのか編入合併なのかはよくわかりません。むじながいりさんのつかんぼやとによると新設合併のようですが。

そこで、新たな疑問です。新設合併と編入合併という手続きが明確に定義されたのはいつからなのでしょうか。アーカイブ「編入?新設?市町村合併の種類などについて」を確認しましたが記述が無さそうですねぇ。そう言えば「忍市」の件も実は引っかかっています。忍市も市制施行日のみに存在した市とすべきではないかと。

ちょっと脱線しましたが、整理すると以下のようなところでしょうか。

(1) 新設合併と編入合併の行政手続きが明確に定義されたのはいつか
(2) 忍市の件などを考えると、国と県の行政手続きの定義なども整理する必要があるのか

#勘違いがあったらご指摘ください

[45536] 2005 年 10 月 9 日 (日) 10:54:38 オーナー グリグリ
 「取り残された地名」

[45508] 2005 年 10 月 8 日 (土) 14:48:26 88 さん
そして、地名としては、今治村の他地区とは異なり都市化が進むこともなく、町名設定の必要もなく現在に至ったと推測されます。
今治市今治村に関連して、今治市の成り立ちの詳細をありがとうございました。88さんの推測を整理すると、以下の通りと言うことですね。
(1) 現在の今治村(島嶼部)は、現在の今治市役所がある区域も含む旧今治市大字今治村の一部であった
(2) 現在の今治村(島嶼部)以外の旧今治村の区域はすべて別の町名に設定されてしまった
(3) 結果として、現在の今治村だけが今治村として取り残された

(1) が確認できれば間違いないところですが、状況から見て間違いなさそうですね。なるほどねぇ、面白い経緯です。同じような経緯を辿った「取り残された地名」が他にもあるような気がしますが。どうでしょうか、皆さん。
#過去にも似たような事例が議論されていたような気もします

[45535] 2005 年 10 月 9 日 (日) 10:53:16 オーナー グリグリ
 パズルとクイズの記事集リンク(提案)他 ふぉろ〜

[45387] 2005 年 10 月 4 日 (火) 01:43:52 いっちゃん さん
[45388] 2005 年 10 月 4 日 (火) 01:58:51 たもっち さん
お二人ともご苦労様です。さすがですねぇ。私にはもうそこまでの体力、気力、持久力がありません。パズルとクイズの企画として整理したいところですが、なかなか手が回らないでしょう。そこで一つ提案です。新規アーカイブ提案と同じようにタイトル付き記事検索としてまとめていただければ、とりあえずそのリンクだけの見出しをパズルと企画のページに並べようと思います。いかがでしょうか。これなら簡単。

[45408] 2005 年 10 月 4 日 (火) 19:39:33【1】 EMM さん
地名コレクション案の整理をありがとうございました。「はさま」「みさき」をさっさとサービスインしなければと思いつつ、はや三年?かな。ところで「鬼」は提案はしましたが編集者に手を挙げたんでしたっけ?

[45488] 2005 年 10 月 7 日 (金) 21:57:20 佐賀県 さん
[45517] 2005 年 10 月 8 日 (土) 22:07:45【1】 太白 さん
下関市、函館市の中核市への移行に伴う特例市廃止に関してご指摘ありがとうございました。以前も同じようなミスをしていたのですが、今回また繰り返してしまいました。お恥ずかしい。修正しました。特例市は現在39市です。

[45534] 2005 年 10 月 9 日 (日) 10:50:23【1】 オーナー グリグリ
 生月島

金曜日に所用で佐世保に行き夜は地球人さんといっぱいやりました。ついでに翌日(昨日)、平戸島・生月島に行ってきました。生月町はこの10月1日に平戸市・田平町と合併して平戸市になったばかりですね。「平戸市立生月病院」とか「平戸市」の表示が目立っていました。

ところで、生月大橋は素晴らしい橋ですね。一級の観光資源だと思います。とくに、生月島側にある道の駅「生月大橋」から眺める橋の景観は、平戸側の橋の取付部分が何とも言えずダイナミックで、全長960mの橋(トラス型)を雄大にかつ華麗に見せてくれます。昼間の眺望だったのですが、これが朝夕であればさらに素晴らしい景観だったと思います。島に宿泊してゆっくりと楽しみたいなと思いました。その道の駅でもらったスタンプラリーのチラシに従い島巡りをしました。島の北端にある大バエ灯台からの360度の景観、塩俵の断崖の柱状節理、島の西側のサンセットウェイなど見どころが沢山ありました。展望所を含む公園や道路も整備されており心が癒されること請け合いです。とは言え、三連休の初日ながら観光客はまばらでやはり都会からのアクセスの問題かと思いました。平戸島も見どころが多い島ですから滞在型のリゾート地として可能性を秘めているのではと思います。スタンプラリーの記念品と1000円以上の食事でプレゼントされた500円の商品券でおみやげを買って楽しい旅を締めくくりました。地球人さん、大変お世話になりありがとうございました。

#そうそう、経県値が+1で175点のはず。長崎県(3→4)により。

[45533] 2005 年 10 月 9 日 (日) 09:57:02 eiji_t さん
 故郷と東京の歌レス

[45500]稲生 さん
歌声広場というHPに出会ったのですが、40代以降の中年に、心地よい曲が満載です。
参考までに「歌声広場」より多数の曲を集めているサイトです。
ふくちゃんの音楽室

[45529]Issie さん
マイペースの「東京」
「最終“電車”」なんですね。
「電車」だと,“上野駅”ではなくて“東京駅”のイメージかな。
重要なキーワード「電車」見落としていました。有難うございます。
自分で検索してみたら1974年の曲ですね。これもヒントになりますかね。

「なごり雪」
東京での“なごり雪”だから,「故郷」に雪が降らないとは限らないとも思います。
はい、私もそのつもりで、
雪の降らない南国以外
と書いたのですが、書き方が悪くて誤解をさせたようですね。すみません。
郷里での結婚が決まって、郷里に戻る女性を見送る曲(だから「今春が来て君はきれいになった」)深読みしすぎですかね?

参考:早稲田大学の社会学の先生の講義記録
「東京ソング」
音楽メディアにおける「東京の物語」すなわち「東京」をめぐる戦後の流行歌に着目し、そこで歌われている「東京」イメージの変容について

[45532] 2005 年 10 月 9 日 (日) 08:33:30 eiji_t さん
 「夜のピクニック」レス

[45514]右左府 さん
この行事の始まりは、私の学校の場合戦前・戦中のどちらかだったはずです。「十里強歩」という名前も当時は軍事色漂うものでした。
それでは水戸一高より歴史は古いんですね。水戸一高も前身は戦中の「鍛錬行軍」だった様ですが、戦後「歩く会」が始まったのは1949年ですから。
『夜のピクニック』は読んでいないのでお奨めする訳ではないのですが、読む本には「時期」があると思います。自分も十代の頃読みそびれて、いまだに読んでいない『ライ麦畑でつかまえて』(村上春樹の新訳では『キャッチャー・イン・ザ・ライ』)があります。もし今読んでも十代の頃と読後感が全く違うと思います。
読み出したら一気だと思いますよ。

[45523]稲生 さん
水戸一高の「夜のピクニック」は、今頃仮眠をとりはじめる頃でしょうね。水戸一高OBの雑魚さんが拙HP掲示板でも、教えてくれました。
「歩く会」雨で大変でしょうね。それも「想い出」になるでかな。
「雑魚さん」とは、私が落書き帳に登場する前に常連だった方ですか?お元気ですか?
稲生さんのHP覗いてみます。

[45531] 2005 年 10 月 9 日 (日) 05:25:18 じゃごたろ さん
 第三者

議論(というより討論という性格が強いけど)そのものに容喙はしませんが・・・。

このようなテーマは、ある程度自分の考えの方が正しいとい思っていて発言するものだと思います。その内容が正しいか正しくないかは議論の余地はありますが、相手が正しいと思って発言していることそのものを難詰するのは、ちょっとフェアなやり方ではないのではないでしょうか。なぜならその本人も自分が正しいと思っているわけで、それは自分をも否定することになると思うので。

ああ、レスはいりません。

[45530] 2005 年 10 月 9 日 (日) 02:54:37 般若堂そんぴん さん
 高畠!

[45511]白桃さん
高畠 山形 6,735 26,181 - 名町の宝庫山形、その代表格
おお,嬉しい!
歴史的に,高畠町は米沢市に対して好感情を抱いていないのは承知しているのですが……それでも,福島県の三春町と並んで「名町」に入っているのを見ると思わず「ニッコリ」します(「ニヤリ」ではありませんよ!).
伊達氏も,置賜地方での本拠を元々は高畠(屋代郷?)の地に置いていたのでしたね.
安久津八幡宮,亀岡文殊(年始参りの参詣者数は置賜一!),犬の宮,猫の宮はよく知られているのでは?

亀岡文殊の境内では,山形市在住の植物研究家によりいくつかの特筆すべき植物が採集されています.私も採集に行ったのですが,見つけられませんでした(明らかに眼力の差です……滂沱).

【おまけ】
「木綿のハンカチーフ」(おお,懐かしい!)の太田裕美さん,作曲家 John ZORN の曲に参加したり,彼のレーベルからCDが発売されたりしているのですね.

【言い訳】
翌日の午前中は閑,というこの二晩,焼酎を飲みつつ書込みが増えております.御容赦を.

[45529] 2005 年 10 月 9 日 (日) 02:18:06【1】 Issie さん
 Re^2:「案山子」の風景
ARC 「木綿のハンカチーフ」旅立ちの地はどこか(YUTA さん提案)

「木綿のハンカチーフ」で検索をかけてみたら,どこでもこの話題で盛り上がるようですね。「この歌は大嫌い」という意見もありましたが,それはそれでなるほどと思いました。

[45500] 稲生 さん,ほか
私は、さだまさしの「案山子」の歌詞の中の光景がどこであるか、皆さんに尋ねてみたいです。

長野の城山(じょうやま)から信越線を見下ろしてもいいのですが(…見えたかな?),中世の城跡ではなくてやっぱり近世のお城なんでしょうね。

“雪”がキーワードの1つかなと思うのですが,たぶん高田や長岡のような豪雪地帯ではなく(長岡に“城跡”などない),秋田や津軽(弘前)のような“厳しい冬”でもなさそうです。
また,仙台とか盛岡,金沢のような大きな城下町ではなくて,中小藩の小ぢんまりした城下町がシックリ来そうな気がします。
津和野もいいのですが,福島,あるいは 三春 なんかどうですか?

※実は「がんばれ元気」は,描かれる列車が幹線の客車列車らしく,内陸っぽい風景で,雪の描写があまりなくて,で,東京から一晩だと…
福島 あたりかな,と目星をつけていたのでした。

[45502] eiji_t さん
マイペースの「東京」

前にも話題になったのですが,「最終“電車”」なんですね。
「電車」だと,“上野駅”ではなくて“東京駅”のイメージかな。
だから,東海道・山陽方面(決して,電化されていなかった紀勢線や山陰線方面ではない)??
…とは言え,「鉄」ではない“普通の人々”の間では「汽車」が廃れて,「電車」と「列車」の混同がだいぶ進んでいるので,“狭義の「電車」”にこだわることもないのですが。

「なごり雪」

東京での“なごり雪”だから,「故郷」に雪が降らないとは限らないとも思います。

[45492] いっちゃん さん
でも、夜汽車は客車であって欲しい・・・かな。

それも,決して“ブルートレイン”ではなくて,旧型客車。
「木綿のハンカチーフ」は,電気機関車牽引でもいいかな。

ちなみに,1975年当時の夜行「アルプス」は電車(少し前はジーゼルカー)でしたが,新宿−松本−長野間の夜行普通列車(昼行も)は,その頃まで客車列車でした。

[45528] 2005 年 10 月 9 日 (日) 02:05:30 般若堂そんぴん さん
 舞鶴城

[45505]白桃さんの記事を読んで,ふと思いつき,「舞鶴城」を検索してみました.ヒットしたページがあまりにも多いのでほんの一部しか見ていないのですが,各地に「舞鶴城」という名称あるいは異称のある城がある(または,あった)のですね.
舞鶴市も,本来は「田辺」であったのが城の異称から舞鶴と呼ばれるようになったとか.
動物の分布には疎いのですが,日本人の鶴に対する親しみがうかがえるようですね.

米沢城もまた「舞鶴城」と呼ばれたことは[15248][20349]に記したとおりです(Google検索しても上位には出てこないようですが).

[45527] 2005 年 10 月 9 日 (日) 01:36:07【3】 般若堂そんぴん さん
 人口 res 二題 (pro e contra)

[45521]ぐりゅんさん
「そういう思想」の方なんだろうなとは思っておりました。
それで、歴史観の絡む議論はしないと釘を刺したのです。
「そういう思想」とも異なる場所からの発想ですなのですが.
で、「何を買ったかはともかく、そのためのお金があったのかどうか」という面にしぼりたい、
私は基本的に「人口」のことを考えておりました.その「人口」を,無理なく支えることが出来るか?
あるいは,ぐりゅんさんに言葉をあわせようとするならば,「無理なく人口を支えるための買い物をできるだけのお金があったのかどうか」でしょうか.
それを一歩間違えただけで、それまでの連綿と続く歴史を全て否定するのですね。
部分を否定しただけで「それまでの連綿と続く歴史を全て否定する」と判断されてしまうのですね(絶望).
【追記削除しました.そこで触れた現役自衛官を含む方々にも「そういう思想」というレッテルを貼られるのを避けるためです】

[45524]BEANさん
第二次世界大戦で傷ついた列強は植民地を手放すことになり、帝国主義の時代は終わりましたが、今でもスケールメリットが有効と考えられている例として、EU統合の動きがあります。
EU統合は「人口 + 面積 + 多様性」ですね.単に人口のみを増大させるわけではありませんし,周囲との敵対状況を生み出そうとしているわけではありませんので,仰るとおり,「有効」な例だと思います.

[45526] 2005 年 10 月 9 日 (日) 01:26:31【1】 かぱぷう さん
 うたレス
ARC 「木綿のハンカチーフ」旅立ちの地はどこか(YUTA さん提案)

帰宅し、落書き帳を立ち上げたら興味津々レスが続々。昨日の深酒、今日の仕事の疲労、明日明後日への体力温存で早く寝ないといけないのですが、少し参加させてください。

海援隊のふるさとを唄う歌を聞くと、武田鉄矢の出身地である西鉄電車・雑餉隈駅周辺の風景しか思い浮かびません。『思えば遠くへ来たもんだ』で“十四の頃の僕”が“貨物列車が走り去る”のを見たり“冷たいレールに耳を当て”ていたのはこのあたりと考えて間違いないと勝手に考察しています。
チューリップもそうです。『心の旅』の“にぎやかだった街”は天神で、“明日の今頃は汽車の中”は寝台特急あさかぜのハネ以外にはないのでは(もしかしたら急行玄海・雲仙・桜島あたりかも)。チューリップには、福岡発・東京行きの心情やふるさと福岡を描いた歌がたくさんあります。福岡人が聞いたら、「ここは○○の交差点で」「この橋は△△橋」と特定できる歌詞が数多くあります。私の思い込み?いやいや、地元の人間がいうことですからあながち外してないと。

その点、『木綿のハンカチチーフ』は難しいですね。この話題が出てきて検索して知ったのですが、太田裕美さんは東京の出身なんですね。う〜ん、難問。なんとなくなんですが、私も「瀬戸内説」を支持します。山陽線の本郷〜三原間、尾道〜東尾道間あたりの、丘の上から瀬戸内海が見えるか見えないかという風景がしっくりくるのではないかと。ただ、全くもって根拠はありません。

もっと難しいのはさだまさし。彼の出身地は言うまでもなく、長崎をテーマにした歌も数多くあるのですが、この人の経県値・認市度はいったい何ポイントあるのかと『さだまさし研究会』に諮問したくなるほど全国津々浦々の情景を唄ってますね。コアなところでは、岐阜県谷汲村のテーマソングがあるほど。[45500] 稲生 さん、「案山子」の歌詞の中の光景は…難しいですね。私はなんとなく但馬地方を想像していたのですが、[45510] 今川焼 さん 、津和野はイメージぴったりですね。

追伸
[45507] いっちゃん さん
[45500] 稲生 さん  他、フォークソングを愛するみなさん

ほんとうにこの時代の歌は心地よいものが多いですね。カラオケでこの時代の歌を熱唱したり、チューリップのコンサートや南こうせつ・さだまさしの野外ライブに足を運んだりするもんだから、「お前、歳ごまかしとる」とよく友人にいわれます。んなこと言ったって、いいものはいいんですから。初公表になりますが、私28歳(笑)

[45525] 2005 年 10 月 9 日 (日) 01:01:10 作々 さん
 さよなら市町村 33〜日置郡市来町〜
ARC シリーズ・地域の地理雑学−鹿児島県編− ARC 消滅する懐かしい市町村名

さよなら市町村・第10弾は、10月11日に1市1町が合併して誕生するいちき串木野市編です。

日置郡市来町(46361)

市来町は、1930(昭和5)年4月1日に西市来村が町制を施行、同時に改称して成立しました。
町名は、町名は古代以来の市来院に由来します。

町の中央部に位置する「観音ヶ池町民の森」ではツツジやアジサイ、花ショウブなどの花々のほか、キャンプ施設もあり一年を通して楽しめます。中でも春は千本桜が咲き誇り、昼夜花見客で賑わっています。
役場近くの「市来ふれあい温泉センター」は、大浴場のほか、家族湯、露天風呂、岩風呂などさまざまな温泉があり、人気を集めています。
町の名産には、ポンカンやミカン、ちりめんなどがあります。

2005年10月11日からはいちき串木野市となり、これまでの日置郡市来町○×はいちき串木野市○×となります。

町の花:ツツジ、町の木:クロガネモチ
2005年9月1日現在の人口:6,992 人

[45524] 2005 年 10 月 9 日 (日) 00:52:54 BEAN さん
 なぜ少子化は起こったか、または国家の適正規模とは

この話題は膨らませるほど地理から離れていきそうですが、私も参加します。

まず、少子化は世界的な傾向です。
ヨーロッパでは、すでに人口減に転じている国がいくつもあります。将来はアジアも(中国やインドも)高齢化、そして人口減少の時代を迎えるでしょう。
その理由は、子供を育てるための負担が大きくなったことです。社会の発展・複雑化に伴い、一人前になるために学ぶべきことが多くなりました。すなわち、教育が極めて重要になります。(現代の「教育問題」の原因は、これです。)
もはや、家族にとっても、国家にとっても、頭数が多いほど稼げるという社会ではないのです。そんな時代において、少子化は必然と言えるでしょう。

以上は21世紀の話です。しかし、20世紀前半はそうではありませんでした。
[45463]般若堂そんぴんさん
人口はさほど多くなくとも暮らしやすい国,人口は多いけれども多くの問題を抱えた国,様々ですね.
21世紀の世界には、小さいけれど(小さいから)栄えていると考えられる国がいくつかあります。しかし、そんな国のほとんどは、小さいがゆえに第二次世界大戦の荒波に飲まれることになりました。そして、当時の日本に「人口小国に戻る」という選択肢はありえません。足りない資源を得るための貿易も、世界恐慌のために困難になりました。
第二次世界大戦で傷ついた列強は植民地を手放すことになり、帝国主義の時代は終わりましたが、今でもスケールメリットが有効と考えられている例として、EU統合の動きがあります。「頭数」は、消費者としては今も重要なのです。
EUが今後もうまくいくがどうかわかりませんが、そのゆくえは国家の適正規模を考えるためのよい材料となるでしょう。このテーマは自治体の合併の話題にも似ていると思います。私は残念ながら、これに確立した主張を持つことができていません。

[45523] 2005 年 10 月 9 日 (日) 00:23:20 稲生 さん
 Re:「案山子」の風景 などなど

[45510]今川焼さん
「案山子」の風景に対するコメントをありがとうございました。
津和野がピッタリですか?すごく納得するコメントです。

実は、言いだしっぺの私・稲生は、その答えは知る由もなく、北国の歴史ある田舎町、[45511]で白桃さんが取り上げられた中で言えば、倶知安から下諏訪あたりの雪の積もる地域あたりだと、漠然と考えていました。(注:城下町であるかどうかは確認してませんが・・・)
倶知安から中之条までは、経県値不足で訪問したことがないのですが、津和野と下諏訪は訪問暦がありますので、今後は、そのイメージを頭にいだきながら、「案山子」を聴いてみることにします。

[45464]eiji_tさん
茨城県立水戸第一高等学校(水戸一校)には伝統行事「歩く会」があります。毎年10月に実施され、夜通し歩きます。今年で57回目です。今年は8,9日に大子町〜同校まで65km歩くそうです。
[45514]右左府さんも、
水戸一高の「夜のピクニック」は、今頃仮眠をとりはじめる頃でしょうね。水戸一高OBの雑魚さんが拙HP掲示板でも、教えてくれました。

[45522] 2005 年 10 月 9 日 (日) 00:15:17 白桃 さん
 名町16撰ウラ話

[45516]いっちゃんさん
益子町なんかイイ線いっていると思いますけど・・・。
白桃基準では何撰だったら入ってくるのでしょうか?
なんか私の作業を後ろでご覧になってたみたいですね。(笑)
30撰には入ってました。
山田(岩手)境(茨城)益子(栃木)菖蒲(埼玉)多古(千葉)上市(富山)志賀(石川)美浜(愛知)斑鳩(奈良)串本(和歌山)
矢掛(岡山)熊野(広島)石井(徳島)芦屋(福岡)が惜しくも16撰にもれたところですが、その中でも益子は最後の椅子を中之条と争いました。
[45515]千本桜さん
たぶん白桃さんも、市の市街地は無条件でピンク、その他の市街地は町村という理由だけでスミまたはネズで印刷された地図を嫌いでしょう。
アハハ、そういう地図は嫌いですね。でも、自分の町だけ市同様のピンクにして欲しい、という勝手な思いもありました。

[45521] 2005 年 10 月 9 日 (日) 00:04:39 ぐりゅん さん
 一気に、脱力してしまいました。

[45495] 般若堂そんぴん さん
要するに、ご自分で「軍事力を背景とした勢力の拡大は、拡大とは認めない」と結論づけただけですね。

私は、始めに般若堂そんぴんさんが、進出の文字をかぎかっこ付で書かれていたのを見た時から
「そういう思想」の方なんだろうなとは思っておりました。
それで、歴史観の絡む議論はしないと釘を刺したのです。
特に近代日本の採った政策の功罪については諸説あるので、そこを言い合っても結論が出るとは思えない、
で、「何を買ったかはともかく、そのためのお金があったのかどうか」という面にしぼりたい、
とずっと主張していたつもりですが、
「オレ定義で言えばアウトだから」で片付けられるとは、正直、予想できない結末でした。


開国以降、列強の砲艦外交に翻弄され、不利な内容の和親条約や貿易契約を結ばされつつも
決してその軍門に下ることなく、国際協調路線を堅持(そうしないと滅ぼされていたでしょうが)して
着実に国力を高めていった、明治前半の努力は無視ですか。

次のステップを踏み出す時に軍拡路線(?)を選択したことが悪と思うなら、それはそれでかまいません。
しかしその時、さらなる協調路線を採ることも、選択肢としてあったのかもしれません。
つまり、少なくともこの時点においては、
対外侵攻に頼らずとも、国が進む方向を自力で選択できるだけの国力を得ていたわけです。

それを一歩間違えただけで、それまでの連綿と続く歴史を全て否定するのですね。

<チラシの裏>
いや、経済協調が最重要なのは当たり前じゃないか、
いくらそれまでの行いがよくても、一瞬でも武力に頼る選択をした時点で台無しだよ
などと「現在の価値観」できれいごとを並べる御仁は、きっと
昔も今も、「戦争」も外交戦略の一つである、とか
「当時は」武力侵攻による植民地政策は列強のトレンドだった(日本の開国もこれが原因ですね)、とかの
正論を言っても受け付けてはくれないのでしょうね。
</チラシの裏>

[45520] 2005 年 10 月 8 日 (土) 23:32:05 EMM さん
 メンバー紹介文に関するお願い

今日は携帯から。

>太白さん

私のメンバー紹介文の後半の方に浮いた「地名」と言う単語がポツッと有ると思うのですが、確認していただけないでしょうか(^-^;

[45519] 2005 年 10 月 8 日 (土) 22:50:38 はやいち@大内裏 さん
 香美市 香南市 廃置分合可決

10/7高知県議会が閉会し29議案が可決されました

予算案1 条例その他議案案27
予算案1(追加)

[45518] 2005 年 10 月 8 日 (土) 22:40:12 佐賀県 さん
 そうでした。

[45517] 2005 年 10 月 8 日 (土) 22:07:45【1】 太白 さん
函館市も重複していますね。
 あ、そうでした。函館市と下関市はこの10月1日に同時に特例市から中核市になったんでしたね。しかし、なぜ下関市のことしか頭になかったんだろう?やはり近いからかな?

[45517] 2005 年 10 月 8 日 (土) 22:07:45【1】 太白 さん
 あずさ2号で信濃路へ

「木綿のハンカチーフ」と言われても分からないのですが、それより少し後の「あずさ2号」は(リアルタイムではなく)知っています。題名しか知らなかった頃は、上京を歌った曲だと思っていたのですが、いざ歌詞をみると…
♪明日私は 旅に出ます あなたの知らない 人と二人で
いつかあなたと 行くはずだった 春まだ浅い 信濃路へ
(中略)
8時ちょうどの あずさ2号で
私は私はあなたから 旅立ちます
あずさ2号は新宿行きだろ! と思っていましたが、昔は正しかったんですね。(関連:[5697]

[45478] hmt さん (富士見市勝瀬の飛び地)
地元のことなので、少しはその責任を感じて(?)、 http://blogs.yahoo.co.jp/hmttak/12792716.html に、旧大井町HPと共に消滅した上記の地図を復活させておきました。
ありがとうございます。大阪空港周辺の地図のファイルは、万一のために(?)自分のPCに取り込んだのですが、こちらはうっかりしていました。コレクションのページからリンクさせていただきます。

[45488] 佐賀県 さん
 ということでグリグリさん、「政令指定都市・中核市・特例市 一覧」のページの特例市の一覧表から、下関市の削除をお願いします。
函館市も重複していますね。
現時点において、47都道府県のうち、政令指定都市も中核市も特例市も存在しないのは、5つでしょうか。うち1つは、やや意外でしたが。

[45498] たもっち さん
メンバー中唯一の京都府内在住
という部分を直していただかないとなぁ・・・、
ご指摘ありがとうございます。早々に対応します。他にも、今は違うぞとか、アピールポイントとして追加してほしい点とか、もっと気の利いた紹介文にしろとか(笑)、ご要望があればお寄せください。

[45516] 2005 年 10 月 8 日 (土) 20:38:46 いっちゃん さん
 陳情

壬生が準優勝に終わったからカラむ訳でもないのですが。

[45511]白桃さん
名町16撰プラス1
益子町なんかイイ線いっていると思いますけど・・・。
白桃基準では何撰だったら入ってくるのでしょうか?

[45515] 2005 年 10 月 8 日 (土) 20:18:10 千本桜 さん
 Re:名町16撰プラス1

[45511]白桃 さん
1万5千から3万人ぐらいの街(しかも、ある程度歴史のある町)に非常に関心をもっております。
これは優しさと反骨精神を併せ持つ人だけが辿り着く究極の地理ですね。たぶん白桃さんも、市の市街地は無条件でピンク、その他の市街地は町村という理由だけでスミまたはネズで印刷された地図を嫌いでしょう。

[45514] 2005 年 10 月 8 日 (土) 18:01:26 右左府 さん
 夜のピクニック

10月7日、北海道勇払郡安平町章が決定しました。(苫小牧民報

[45464] eiji_t さん
『夜のピクニック』
 本屋に行ってこの本が置かれているのを見る度に、読みたい気持ちがただただ募るばかり。買う金はあるのですが、読む時間が取れそうになく断念しております。
 作者の出身校がモデルになっていたんですか。初めて知りました。

皆さんの地元の高校でも「歩く会」に似た行事があるでしょうか?
 こちらでは「強歩」などの名前で、同じような行事が行われている高校が幾つかあります。昔は多くの高校で行われていたそうですが、今ではだいぶ減ってしまったとの事。ちなみに、「強歩」とはいうものの、実際はマラソンのようなものです。タイムも測られ、上位者は地元紙に掲載。ただ、走るか歩くかは本人の自由。一般参加も可。時期は9月頃。……ここら辺まではどの学校も同じですね。
 学校によって変わる点も幾つかあります。
 例えば、私の学校は夜中の零時に男子が学校をスタート、十里のループ状のコースを行き、ゴールも学校。女子はこのコースの途中までバスで行き、男子の上位者が通過した少し後にスタート。又、部活の大会を控えた人を除き全員参加、一般参加も可能です。
 ある高校では真昼間にスタートし、距離も確か20km前後。コースは折り返し型。男女の区別はちょっと分かりません……。


 私も高校入学以来、既に2回体験しました。二つのコースを毎年交互に使用するので、去年と今年で違う景色を堪能。(最初のうちは真っ暗なのが難点。それ以前に「風景を堪能」なんて人間は私一人ですが(笑)。)十里もある訳ですからコースは市町境を跨ぎます。そんな所をじっくり歩ける機会なんてなかなか無いですからね、じっくり楽しませてもらう訳です。
 それに、天気が良ければ朝日も拝めます。ただ、今年はずっと雲が空を覆っており、日の出は拝めず。あ、「朝日を見る=トロトロやっている後発部隊」という点もお忘れなく(笑)。

 記録狙いの猛者達は颯爽と夜の道を駆けて行き、他の人はマイペースで友達との談笑を楽しみながら、この一大行事の思い出を作り上げていきます。コースの途中には「関門」が何箇所も設けられており、そこでは美味しい果物や飲み物、饂飩におにぎり等が、保護者の方々などから振舞われます。(食べ過ぎてリタイアする人がたまに居たり……。)男子には例年リタイアする人が数名出るのですが、基本的に皆完歩(「完走」ではない)を目指し頑張ります。
 大抵の人は、やる前は面倒がり、終わった後は数日筋肉痛に悩まされるのですが(代休が用意されているのが嬉しい)、何だかんだ言って結局は「良い思い出」になっていますよ。
 そういう事もあり、「夜のピクニック」を私は読みたくなったという訳であります。


 この行事の始まりは、私の学校の場合戦前・戦中のどちらかだったはずです。「十里強歩」という名前も当時は軍事色漂うものでした。(何という名かは失念。)距離は十六里。そして何と、当時は完歩者に商品が!それは何かと言うと……「東雲羊羹」※。当時羊羹の価値がどれくらいだったかは分かりませんが、皆これを目指し頑張っていたのでしょうかね。


 拙い文章をダラダラとすみませんでした。どうぞご参考までに……。


※「東雲羊羹」……能代市で羊羹と言ったらコレ!東雲地区の特産品です。そう言えば最近食べてないなあ。

[45513] 2005 年 10 月 8 日 (土) 15:50:36 YASU さん
 なだらかな山並み

[45492] いっちゃん さん
実を言うと、私が[45474]を書き込んだときにイメージしたのは笠岡でした。
笠岡には10年ほど前に行ったことがあるのですが、旧井笠鉄道沿いのイメージを思い浮かべました。
先日松永にある某大学に行ったのですが、なだらかな丘が続き、草原で寝転べそうです。
このあたりは意外にも瀬戸内らしからぬ景観なので、この歌の雰囲気にも合いそうだなあ。

[45482] いっちゃん さん
今は乗ることができない夜汽車(ハネ限定)の乗車記録
なかなかの記録で恐れ入りました。ビンボーだったので、寝台車にはほとんど乗ったことがありません(周遊券で乗れる座席車には数え切れないほど乗車)でした(そのため最近廃止のうわさを聞くと、あわてて乗りにいってます)。

[45484] スナフキん さん
夜汽車には違いありませんが、あの歌にツートンカラーの電車急行は…イメージが合致するような、しないような。
ボックスシートなので良しとしましょう。当時はもう中央線に客車列車は走っていなかったんですね。
それなら浜松から大垣夜行(ムーンライトながらの前身)で上京もOKかな。

[45512] 2005 年 10 月 8 日 (土) 15:40:05 右左府 さん
 職業由来町名余談

 一昨日の晩は居間で連続ドラマの最終回を見終えた後、太田裕美さんがテレビ画面に登場。この世代の家族を残し私は部屋へ退散しました(笑)。(私が彼女を初めて知ったのは、3年前のNHK連続テレビ小説に出演されていた時です。)
 

[45393] 笠津前浜 さん
 能代市の卸町の場合、卸売団地のあるエリアを大まかに指したものですので、厳密な境界線がないのが面倒。とりあえず正式名称にすると、「臥竜山」が一番多くを占め、他にも「不老岱」や「仙遊長根」、等々……。一つの町名・字名の通称、という訳ではないので曲者ですね。
 で、何故こんな町名が誕生したのかというと、この団地の「能代卸売センター」という協同組合が、どういう訳か「卸町」という名称を使い出し、そのまま広まってしまったとか。それもただ普通に使い始めたのではなく、ナントカ登録にこの町名で届け出たとか。(不確かな情報でスミマセン、ここら辺の事には詳しくないので……。)


 [44760]では能代市にも嘗て「馬喰町」があったと書きましたが、正しくは「馬口労町(ばくろうまち)」でした。(ただ、昔は「馬喰町」という表記も用いられていたようです。)それと、檜山地区にもこちらと同時期に消滅した「馬苦労町(ばくろうまち)」があった事が判明。それぞれ現在は「能代市日吉町」「能代市檜山字檜山町」となっています。

 平凡社「秋田県の地名」では、旧市内の「馬口労町」の項に次のような記述が。
文化年間の能代奉行支配※役支配之覚(県立秋田図書館蔵)によると、「馬市※米宿駄賃付」の町である。
「※」には「并」を小書きにした文字が入ります。……ああ、何の事やらサッパリ。

 又、檜山地区の方ですが、ここは昔檜山城の城下町として栄えており、「馬苦労町」の他にも「愛宕町」「大町」等の町名が存在していました。現在はいずれも消滅し、上記の「檜山町」や等に統合されています。
 「◎◎字●●町」という表記にもの寂しさのようなものを感じるのは私だけですかね。


 もう一つ、これまた消滅した町名ですが一応。「能代市鍛冶町」、こちらも馬口労町と共に消滅し、現在は能代市西通町・大手町となっています。
 「消滅」とは言え、現在でもよく目にする事があります。(私なんか昨日まで現存すると思ってましたから(笑)。)まず、町内会の名称として「鍛冶町」が。そしてもう一つ、能代市の市街地では、8月の頭に「能代七夕」が行われます。それには「当番町」の仕組みがあるのですが、その当番町の中に「鍛冶町」もあるのです。
 これは「通称」とまではいかないものなので地名コレにはまず不採用ですが、オマケ情報という事で。

[45511] 2005 年 10 月 8 日 (土) 15:30:57【1】 白桃 さん
 名町16撰プラス1

[7544]白桃
1万5千から3万人ぐらいの街(しかも、ある程度歴史のある町)に非常に関心をもっております。
と書き込んだことがありますが、改めて以下の条件を満たす町から白桃好みの16町を選抜し、「白桃の名町16撰」といたしました。
1.直近の推計人口が1万5千以上3万未満(ただし、いわゆる平成の合併によって人口が基準に達したものを除く)
2.1920年国勢調査当時にすでに町制施行
3.当面、他市町村との合併を予定していない
厳正な選考のすえ、つぎの16の町を選出いたしました。
町名道県1920年人口2005年9月推計-コメント
倶知安北海道15,82215,978-自然とアクティブに共生する町
野辺地青森10,24015,396-古くから、みちのくの交通の要衝
羽後秋田4,67118,343-幻想的な西馬音内盆踊りは絶品
高畠山形6,73526,181-名町の宝庫山形、その代表格
三春福島7,78719,194-三春駒と滝桜の城下町
中之条群馬5,40417,723-吾妻郡の政治経済文化の中心
下諏訪長野15,60822,959-中山道随一の温泉宿場町
笠松岐阜6,72822,605-オグリキャップの笠松競馬場
静岡6,63220,365-ご存知、森の石松
日野滋賀6,33823,100-近江日野商人のふるさと
多度津香川7,44423,765-こんぴら参り港町で少林寺拳法本山
いの高知7,64427,396-土佐和紙の里
大津熊本5,14929,068-九州有数の内陸型工業集積地
日出大分4,16827,410-城下かれいと麦焼酎
高鍋宮崎7,68422,105-歴史と文教と高校野球
加治木鹿児島14,28222,908-姶良の政経中心地はこちら
注1:野辺地と笠松は2005年8月推計人口
注2:羽後町といの町の1920年はそれぞれ、「西馬音内町」「伊野町」の人口
「白桃さん、肝心なところをお忘れじゃないでしょうか?」という声が聞こえてきそう…。
もちろん別格扱いで
町名県名1920年人口2005年8月推計-コメント
大河原宮城6,11323,265-白石川土手の一目千本桜、仙南のパリ

[45510] 2005 年 10 月 8 日 (土) 15:30:14【1】 今川焼 さん
 「案山子」の風景
ARC 「木綿のハンカチーフ」旅立ちの地はどこか(YUTA さん提案)

[45500] 稲生 さん
私は、さだまさしの「案山子」の歌詞の中の光景がどこであるか、皆さんに尋ねてみたいです。
「案山子」は昭和52年発表の曲ですね。あのころは、さだまさしの深夜放送を毎週聞いていたのでこの曲もよく覚えていますよ。
「案山子」に出てくる街は、もうそのころからここしかないと思っていました。それは島根県津和野町。その年にたまたま津和野を訪れ、山の上にある津和野城趾から街を見下ろせば、津和野川の細い流れ、造り酒屋(煉瓦煙突がどうかは?ですが)と、もう歌詞通りの風景でした。ただし、唯一足らなかったのが蒸気機関車がひく列車でした。しかしこれも2年後の昭和54年8月、SLやまぐち号として走り始めましたのでこれで完璧です。その年の夏休みにはSL目当てに津和野YHに2泊、翌々年には大学のサークルの夏合宿で民宿に3泊と、ずいぶん津和野には慣れ親しんだものです。
でも改めて歌詞をよく読むと、一応日本海側でそこそこ雪がふる程度の津和野よりも、もっと北の雪国の情景なような気もしますね。

以下追加
上記のラジオ番組だったか何かで、さだ氏がコンサートで東北地方かどこか北日本地方を訪れた際、地元の人に「百姓は稲刈りが終わったあと案山子を田んぼに置き去りにしたりしないよ」と言われたと話していたのを思い出しました。

[45509] 2005 年 10 月 8 日 (土) 14:55:00 miki さん
 今アクセスすると...。

京丹波町HPのURLはどうもこちらのようです。
http://www.town.kyotamba.kyoto.jp/
今アクセスすると、丹波町のHPが...。

[45508] 2005 年 10 月 8 日 (土) 14:48:26 88 さん
 今治市今治村
ARC 稚内市にある「村」 −字名としての「〜村」−

[45404] 拙稿でふれた、[45240] オーナー グリグリ さん「今治市今治村」のレスです。「小レス」と書いたものの、書き始めると長文になってしまいました。
参考資料は、「角川日本地名大辞典 38愛媛県」です。
(やはり、この辞典は読みごたえがある・・近々、徳島県と高知県も買おうかと・・)


関ヶ原の戦で徳川軍に加わった藤堂高虎は、慶長5年伊予で12万石を加増され20万石となり、越智郡唐子山東麓の国分城(地図)に入城しましたが、地勢が悪いため、慶長7年、越智郡「蔵敷村」の一部とその北隣の「今治村」の一部に築城し始め、慶長8年、今治城の城下町として「今治町」が形成されました。
この結果、城下町の「今治町」と、今治藩領の一部としての「今治村」が同時に存在しました。

明治4年7月14日、廃藩置県に伴って「今治県」が設置され、県庁はこの今治に置かれましたが、同年11月15日、今治県は松山・小松・西条の3県と伊予国内の旧倉敷県の一部と併合され、新「松山県」となり、県庁は松山になりました。明治5年2月9日、松山県は「石鉄県」と改称され、明治6年2月20日、神山県(宇和島県を改称)と合併して「愛媛県」が設置されました。その後、明治9年8月21日、香川県と合併して新「愛媛県」、明治21年12月3日に香川県が分離して、今の愛媛県になりました。

今治村には明治6年に郡会所(明治11年からは郡役所)が置かれ、越智郡8町108箇村の郡政の中心となりました。

明治22年、今治町と今治村は合併して新「今治町」となりました。旧今治町には大字として片原町1〜3丁目、中浜町1〜4丁目、新町1〜3丁目、風早町1〜4丁目、北新町・米屋町1〜4丁目、室屋町1〜4丁目、本町1〜4丁目が設置されました。旧今治村は「今治町大字今治村」となりました。町役場は当初は「今治町大字本町」に置かれましたが、明治43年、「今治町大字今治村」に移転しました。
大正9年2月11日、今治町は日吉村(明治22年、日吉村、別宮村、蔵敷村が合併して設置)と合併して市制施行して「今治市」となりました。このとき、「今治町大字今治村」は「今治市大字今治村」としてそのまま存続し、旧今治町役場が今治市役所となりました。

大字今治村の地域についてですが、越智郡役所は明治27年に日吉村大字蔵敷へ移転しましたが、明治28年には町立今治尋常小学校、明治32年には今治高等女学校が設置され、また、大正2年今治警察署が米屋町から移転、昭和12年には風早町から郵便局が移転するなど、市街化が進み、地内は神明町・明治町・常盤町1〜9丁目などの通称で呼ばれていました。
正式には、次のとおり町名を設定していきます。(本当は「〜丁目」もあるのが正答だが割愛)
昭和43年旭町,北宝来町,共栄町,栄町,末広町,大正町,通町,常盤町,松本町,南大門町,南宝来町,美保町,
別宮町,中浜町,米屋町,本町,片原町,風早町
昭和48年北浜町,共栄町,大正町,片原町,別宮町,中浜町,本町,室屋町
昭和53年大新田町
町名を羅列しましたが、もともとの今治村が、軒並み設定されていることを地図でご確認いただけばと思います。(地図
現今治市役所の所在地は、「今治市別宮町一丁目4番地1」です。

一方、今治市は、次々と周辺の町村と合併を重ねます。
昭和8年2月11日近見村と合併
昭和15年1月1日立花村と合併
昭和30年2月1日富田村,桜井町,清水村,日高村,乃万村,波止浜町と合併
昭和30年8月1日吉海町の一部(馬島)と合併
昭和35年8月1日波方町の一部と合併
(参考)
平成17年1月16日朝倉村,玉川町,波方町,大西町,菊間町,吉海町,宮窪町,伯方町,上浦町,大三島町,関前村と合併

さて、[44563]オーナー グリグリ さん
「今治市今治村」というのも見つけました。比岐島、小比岐島、平市島、小平市島などの島嶼部になります。
これら島嶼部は、距離的には昭和30年に今治市と合併した旧桜井町に近いのですが(比岐島へは桜井漁港から北東へ約6.5キロ、平市島へは約4キロ(地図))、航路の関係で、古くから桜井町(桜井村)ではなく今治村に属したのではないでしょうか。また、平市島には、戦国期には来島城の出城があったとの記載があり(「大洲旧記」)、古来より桜井よりは今治と交流が深かったのかもしれません。そして、地名としては、今治村の他地区とは異なり都市化が進むこともなく、町名設定の必要もなく現在に至ったと推測されます。
島名読み方面積周囲海抜人口
比岐島ひぎしま0.24平方km57.5m62人(S35)
小比岐島こひぎしま7ha1km60m0人
平市島へいちじま29ha3km95.9m0人
小平市島こへいちじま7ha1km52m0人

[45507] 2005 年 10 月 8 日 (土) 14:40:42 いっちゃん さん
 それが成立する

先ほどまで娘の運動会に行っていました。
競技の中に「親子三代リレー」なるものがあるのですが、よくよく考えてみるとこの競技が成立する(存在する)かどうかで地域の特徴が窺い知れますね。

娘の幼稚園の場合、67名の年長組園児のうち、この競技に参加したのは38名。
祖父母と同居(あるいは近くに居住)しながら参加しなかった人もいるでしょうから、我が家の周辺の地元民と移住民の比率はおおよそ2:1かな?

[45500]稲生さん
40代以降の中年
この理論が成立するとなると、私は立派な中年なんですね。
つい最近まで「新人類」って呼ばれていたような気がするのですが・・・。
でも、確かに「心地よい曲」が満載ですね(笑)。

[45506] 2005 年 10 月 8 日 (土) 14:16:53 右左府 さん
 やっと……

9月13日、福岡県京都郡みやこ町章が決定しました。(合併協HP
9月15日、香川県三豊市章が選定されました。(合併協HP
9月22日、福岡県吉田郡(新)永平寺町章が決定しました。(合併協HP
9月27日、三重県多気郡(新)大台町章が決定しました。(合併協HP<PDF>
9月29日、福岡県朝倉市章が決定しました。(合併協HP
9月29日、宮崎県(新)小林市章が決定しました。(合併協HP
10月5日、福島県南相馬市章が決定しました。(MSNニュース
10月7日、秋田県北秋田市章が発表されました。(秋田魁新報

 北秋田市章、やっと発表されました。北秋田市の誕生記念式典がこの日開かれ、その中で発表されたとの事。作者はまたも神戸市の杜多さん親子。この方々はスゴイですね、もうかなりの市町村で採用されてます。
 よく北秋田市域を訪れていた一能代市民は、北秋田市にピッタリな市章だなという感想を持ちました。

 昨日は能代市二ツ井町合併協議会が開催され、先日行われた市章選考委員会で絞られた候補5点が報告。([45337]ではこの日決定予定と書きましたが、候補報告と選考方法の協議のみでした。)地元紙北羽新報にはその図案と趣旨が載っていましたが、どれも何だか……。しかも、「奥羽山脈」や「白神山地」をデザインしたというものが!能代にそんなモンありましたっけ?やっぱり秋田市の業者に一次選考を委託したのが間違いだったような。
 同日、北海道の安平町章が決定したはずですが、今現在は情報を得られておらず。

[45404] 88 さん
 このネタに反応して下さるとは。有難う御座います。
 香川県では、他にも4月28日に(新)観音寺市章が決定していますが、私はこれにちょっと驚かされました。というのも、ここの場合市章は公募せず、最初から県デザイン協会に委託して30作品が提出され、その中から選考したとの事。なんでまたこんな方法を選んでしょうかね。

[45505] 2005 年 10 月 8 日 (土) 12:55:46 白桃 さん
 ♪岸壁の母

私が「名町16撰」の選抜作業をしておりましたら、
♪この岸壁に今日も来た〜と、ハナ歌を唄っていた妻が突然、
「このガンペキって、どこなの?」
白桃「マイヅル」
妻「マイヅルってどこ?静岡?」
白桃「?・・・」
妻「ほら、釣りで有名なアノ…」
白桃「それはマナツル。それにマナツルは神奈川」

まさか、引揚船が真鶴には着かないでしょう。それにしても、妻はやっぱり地理雑学に関して、「岸壁いや完璧な母」では無かったようで…。

[45504] 2005 年 10 月 8 日 (土) 10:57:42 88 さん
 市町村が合併すれば電話番号の市外局番は変わるのか?
ARC 市外局番の変遷についての考察

総務省の、市町村合併に伴う電話番号の市外局番・MAの変更をめぐる動きです。時事通信社の記事を、ほとんどそのまま転記したうえで、一部抜粋・補足しました。

総務省は、市町村合併に伴い、合併後の自治体から域内の市外局番の統一を求める要望が相次いでいることを受け、市外局番を定めている「番号区画(MA、Message Area、単位料金区域)」の変更を認める場合の判断基準を自治体に公表し、改めて周知を図ります。
基準として、
(1)住民の総意として変更を希望していること
(2)自治体が市外局番の変更を周知徹底すること
(3)電気通信事業者が対応可能なこと
の3要件を定めているそうです。

MAの変更に伴い、市外局番が合併後の自治体内で統一されてNTTが手続きを取れば、市内通話料金で話せるようになります。その半面、
・これまで市内通話料金で話せていた旧MAとは市外通話料金となる
・毎月の基本料金が50〜250円値上げされる場合がある
・事業者は電話番号が載った包装紙や看板などを替える必要がある
といったデメリットもあります。
このため、「住民の総意」として番号の変更を望んでいるかどうかを要件としていますが、利用者全員の同意書までは求めておらず、変更地域の自治会長や商工会議所・商工会などの同意書を想定しています(商工関係団体の同意を求めるのは、事業者の負担が重いことに配慮したものです)。自治体による周知・広報を求めたのは、これまでNTT側の回線逼迫(ひっぱく)対策などのため、市外局番を変更するときには2―3年間の周知期間を置いていましたが、合併した自治体からはもっと短期間での変更を求める声が強く、その場合は住民への周知徹底が必要なためです。

同一の市外局番でもMAが異なると市外通話料金が適用されています。東西NTTとも、MAは市町村の区域と一致するのが望ましいとの姿勢ですが、MAの区画変更を認める基準として、
・行政区域に合わせる変更であること
・行政区域の主たる地域が所属するMAへの変更であること
・当該地域の契約者全員が要望し、電話番号の変更、料金負担の変動について、了解していること
の3点を定めています。基本料金が高くなるケースがあるのは、MAの変更に伴い、当該地域の所属する電話局が変わるためです。というのは、NTTは規模が大きくなるほど、基本料金を高く設定しており、1級局(加入者5万人未満)、2級局(同5万人以上40万人未満)、3級局(同40万人以上)の3段階に分けており、例えば、住宅用プッシュ回線では、1級局が月額1600円、3級局が同1700円となっていることによります。

アーカイブス市外局番の変遷についての考察も、ご参考にどうぞ。

[45503] 2005 年 10 月 8 日 (土) 10:38:06 白桃 さん
 フランスの大河原

[45499]千本桜さん
「仙南のパリ」
白石川のほとりを歩きながら、「このシティはどこか似ている飯炊きオンナ」と感じていたのですが、そうパリだったんだ!
パリには10回ぐらい行ってます(ときどき、ウソつきになる白桃ですがコレ本当のハナシ)が、冬場の訪問が多く、「オー!シャンゼリゼ〜」という気分になったことはありません。酔っ払ってモンマルトルに登り「パリの灯」を見たときも、どうだったかな、印象に残ってないな〜。やはり、「ハナの宮古」パリもベストシーズンに行かなくちゃナ〜…。その点、「仙南のパリ」にはこれ以上望めないという時期に訪れることができてトッテも幸せでした。
「フランスの大河原」のデンでいくと、「西海岸の岡山」がロス、「広島」がサンフラン、「神戸」がシアトルといった感じです。その点、三本松に匹敵するような街が外国に見られないのが非常に残念です。しいてあげれば、花蓮港かモンテカルロぐらいかな。

[45502] 2005 年 10 月 8 日 (土) 10:04:08【2】 eiji_t さん
 遅ればせながら、故郷と東京

故郷と東京を歌ったもの、過去ログ検索から
[6265] Issie さん
“西から上京してきた歌”太田裕美の「木綿のハンカチーフ」と海援隊の「思えば遠くへ来たもんだ」「故郷いまだ忘れがたく」あたりかな。少し性格が違うけど,村田英雄の「王将」もそうかしら。
[23171]白桃 さん
昭和30年頃から始まる東京への人口一極集中化を歌ったものに、「僕は泣いちっち」、「リンゴ村から」、「南国土佐を後にして」などなど。これは「大阪で生まれた女」?を経由して1975年頃の「木綿のハンカチーフ」あたりまで続きますね。
「木綿のハンカチーフ」は、過去にも登場していますね。

私の思い付いたものでは
マイペースの「東京」
"君の住む""花の都""もう何度も行きましたね"とありますから遠距離恋愛物?
これは昭和何年?交通の便が良くなった?歌詞からは故郷の東西不明。
東京を離れて故郷へ戻る歌は「なごり雪」
"東京で見る雪はこれで最後ね"ですから雪の降らない南国以外やはり故郷の東西不明。

やはり東京は特別なんでしょうか。かく言う私も東京に十年間住んだことがあり、故郷以外では最長です。

※2ヶ所訂正

[45501] 2005 年 10 月 8 日 (土) 10:02:11 役チャン さん
 島原半島と淡路島の市町合併の謎

[45479] らるふさん
なぜか、とても似ているのです。

本当ですね。偶然の一致にしては見事なものだと感心しています。

私はどちらにもまだ行ってはいませんが、いずれ行ったときにはこんなことも調べてみたいと思います。
1) 両地区の実質的な経済/文化/政治の中心はどこか
  例えば運転免許証の更新、パスポートの取得にはどこに行くのか
  地銀の支店、家電量販店の分布、高校の通学状況
  路線バスの実質的なターミナルなど

2) これらに関し本土とも言える諫早と明石の影響がどの程度あるのか
  

[45500] 2005 年 10 月 8 日 (土) 08:47:22 稲生 さん
 案山子
ARC 「木綿のハンカチーフ」旅立ちの地はどこか(YUTA さん提案)

[45492]いっちゃんさん
「♪木綿のハンカチーフ」ネタが予想(期待?)していた以上に広がり、寝たふりいやネタ振り係としては嬉しい限り。
ホント、盛り上がってますね。

[45459] Issieさん
「故郷いまだ忘れがたく」
いい歌ですね。どこに移ろいの人生を送ろうとも、我が故郷は心のなかにあり。

私は、さだまさしの「案山子」の歌詞の中の光景がどこであるか、皆さんに尋ねてみたいです。
こちらのページ:演奏付きです。)
(↑偶然、この歌声広場というHPに出会ったのですが、40代以降の中年に、心地よい曲が満載です。)

「案山子」は、故郷を離れて暮らす息子の身を気遣う、親の気持ちを綴ったものですが、今2人の子供がちょうど学生として離れて暮らしており、この歌の心境に近いものがあります。


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