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落書き帳


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[64199] 2008 年 4 月 2 日 (水) 13:20:14 般若堂そんぴん さん
 散漫なレース(res),二題(白系ロシア人,エイプリル・フール)

[64194] hmtさん
まぎらわしい言葉に「白系ロシア人」があります。
こんなことがありました.
1996年6月21日付け朝日新聞12版26頁(第2山形面),《この街この人》欄(鶴岡通信局のK藤記者による無署名記事)
金髪。青い目。白い肌。典型的な白系ロシア人である。
(中略)
モスクワ生まれのモスクワ育ち。モスクワ国立大付属東洋語大学で、日本語を完ぺきに身につけた。
わはは.
本人によれば「白人のロシア人という意味で白系ロシア人という言葉を使った」との一点張り.山形支局にさんざん資料などを送って,訂正記事が出たのは1996年7月6日でした.他にも,植物の和名を学名と記し,「私は学名という言葉を標準和名の意味で使ったのだ」と言い張っていましたっけ.朝日新聞のネガティヴ面を代表するような話ですが,良い記事も書いていたんですよ.鶴岡市にわずかに残る丸型ポストの話題など,面白かったなあ……

[64181] は,[64185] 白桃さん御指摘の通り,嘘です.
完全な準備不足で,3分ほどででっち上げたもの.実のところ,普段からの願望・妄想(京成高砂から羽田空港までを浅草線とする;等々)のごく一部を記したものです.
では,皆様御機嫌よう.

[64198] 2008 年 4 月 2 日 (水) 01:53:11【1】 EMM さん
 本州の端から端までは市り幅跳び&ウオッちずリニューアル

[64193] 敷守ほむらさん
今回の合併で、かなり北の方までつながりましたね。
[64196] k-aceさん
青森県(の何市になるのかがよく分からないのですが)ということになるんでしょうか。

敷守ほむらさんがリンクされている拙稿[51366]の補足を[51386]で書いているのですが、その中で
柴田市に加えて加美市が成立していれば、あるいは村上市と岩船郡の大合併が成立していれば、何と下関市〜五所川原市の飛び地部分までが市域で連続してしまうと言う凄い事になっていたのでした。
その場合、市役所間ベースで最も距離が長いのは下関市−十和田市間になるようです。
と言うことを書いておりました。
これがまさに現実のものとなった訳です。

−−−−−
全く関係ない話ですが、4月1日付でウオッちずがリニューアルを始めたようですね。
(昨日のうちに書こうかと思ったのですが、エイプリルフール用記事と紛らわしくなるので日付が変わるまで待っておりました)
全国つながった形のスクロール地図になりました。
おまけに、拡大縮小機能までついちゃった…これは良いような悪いような…。
旧来のシステムのものはまだ残っています(ただしデータ更新は終了)が、今後もそのまま残されるのか、そのうちなくなっちゃうのかは不明。
地名コレクションなどからの地図リンクはとりあえずきちんと表示されましたが、旧システムの地図が表示される場合と新システムの地図が表示される場合があったような気がしました。
この辺はまだ切り替え途中、と言うことなのかな?

[64197] 2008 年 4 月 2 日 (水) 01:08:14【3】 EMM さん
 明けて4月2日であります…ネタばらし編

まぁ、3年続けてしでかしてますし、唐突な記事を3つ間髪入れずに投稿しているのを見て「EMMまたやってるな」と思った方も多いかと思いますが…はい、今年も行かせていただきました。
「エイプリルフール用記事と、書き方は怪しげだが本当のことを書いた記事を続けて投入する」「妙な区切り方をしてある段落の頭文字をつなげるとキーワードになる」と言う、おととしと同じパターンでした。
で、エイプリルフール用記事だったのは[64183]
石川県に伝わる昔話「白山のわらじ」について研究されている先生の講演を聴いたと言う点、並びにその講演の内容に関する部分が嘘でした。
ただし、立山や富士山の方の昔話については、原稿を書く直前に見つけたこのサイトこのサイトを参考にしています。
また、
考えてみれば、富士山の方でも立山の方でも、背くらべの相手はいずれも白山なんですよね。
(中略)
それを考えると、「勢いのある白山信仰集団」と「東国や北国の在来の信仰集団」との間に起きた何らかの出来事が、それぞれの昔話の共通の由来なのかもしれません。
と書いた部分と、それぞれの昔話の中での白山と立山・富士山との高さの関係が興味深いという点については、3つの昔話の内容を見比べて自分が抱いた感想と言うことになります。
(3つの昔話とも「一方の当事者が白山」「山頂に樋を渡し、水を流して高さをくらべる」「樋の下にわらじを挟む」という点が共通しているのが非常に興味深いです)
「白山のわらじ」を元に記事を作ろうというのはだいぶ前(それこそ昨年のエイプリルフールの直後ぐらい)から構想を温めていたのですが、直前になって上記2サイトの話を加味したため、ちょっと練り足りない文章になった様な気がします。
なお、妙な区切り方の各段落の頭文字を下からつなげると「本めい」…本命となるのでした。

あとの2つはカムフラージュ用記事。
[64182]は「一部とぼけているところがあるが、本当」。
実際に先週見かけたとある掲示版のうわさ話的な書き込みで知ったのですが、きちんとセブンイレブンのHPで内容を確認した上で書いています。
具体的なところはこちら(注・pdfファイルです)をご参照ください。
[64184]は「一部記憶が怪しくなっている所はあるが、本当」。
旧根上町役場の方の話は実際に聞いたものです。
また、新聞記事の方は、3〜4年前ぐらいに確か北陸中日新聞(ちょっと記憶が怪しいが…)に掲載された記事の記憶を元に書いたものです。
新聞記事が「それ本当の話?」と思ってしまう中身だったため何回か落書き帳にその内容を投稿しようと思ったことがあったのですが、毎回タイミングを逸していました。
で、[64148]hmtさんと[64167]熊虎さんの書き込みを見たときにまたまた思い出し、すぐ投稿しようと思ったのですが、ふと「これカムフラージュ記事に使えるかも」と思い立ち、書き込みを1日半遅らせたのです。
某市が実際に何市なのかは…やっぱりオフ会の時にこっそり教えると言うことで(爆)、と言うかその先にその記事をもう一回探す方が先かも…その新聞保存しておけば良かった。
なお、各記事の不自然な段落の頭文字をつなげると、[64182]は「ぶらふ」、[64184]は「だうと」となっていました。

本当なら数日前から準備をするつもりだったのに、用事が重なって時間がとれず、結局31日の夜9時頃から書き始めることになったので、練り込む時間が余り無かったのがちょっと心残り。
多分、来年も何か投入するに違いないが、もっと練り込んで考えてみたい…でも年度末なので、結局バタバタっと書くことになっちゃいそう。

[64196] 2008 年 4 月 2 日 (水) 00:32:19【1】 k-ace さん
 今市な二番煎じ

k-aceです。
拙稿[64191]が私としては初の4月1日の(一部)ガセ記事となったのですが(もっとも、4月1日以外にも、意図せずに、ガセ記事を書いていたなんてこともありますが。しかも、今回の記事と比較してみると、はるかに巧妙にガセ記事を垂れ流しているなんてことも…。)。
さて、今年は、どれくらいガセ記事があったのでしょうか?

[64195] ペーロケ さん
昨年も同じことを言って金を取っていった方がおられましたので、もう騙されませんよ(笑)
今年の場合、十番勝負開始日が5日であるので、昨年の、金箔盗された方のように出し抜く(騙す)という要素もない上に、その方の二番煎じで、エイプリル・フール用の記事の出来としては今市市だったと思います(巧妙なガセ記事を書くのは難しい…。)。本当のことと嘘のことを混ぜることはしましたが…。
問題は、今度の十番勝負で、果たして金メダルが取れるかどうか…。今のところ、予想問題も用意していないし、金メダルはたぶん無理でしょう。メダルの色にはこだわらず、メダル1個でもありつけたらいいや。


[64193] 敷守ほむら さん
今回の合併で、かなり北の方までつながりましたね。
青森県(の何市になるのかがよく分からないのですが)ということになるんでしょうか。

[64195] 2008 年 4 月 1 日 (火) 23:59:55 ペーロケ さん
 龍谷大平安、残念

今日付けの記事は間違い探しですな。なかなか面白いです。

[64175]hiroroじゃけぇさん
 無難というか、恐れていた結果になりましたね。しかし、「中区」はアリなのが疑問??だって名古屋市や広島市の「中区」は実質「中央区」ですし。

[64187]mikiさん
今日から平安高校が「龍谷大学付属平安高校」と名称変更します。
[64191]k-aceさん
残念ながら、名称変更初日で敗退してしまいましたね…。
 平安の「川口投手」つながりで準優勝かと思っていたのに、残念。いえいえ、それよりも、電光掲示板が「平安」のままだったのが残念(いや、当然と言えば当然でしょうが。。。)

この責任をとるため、今月5日から始まる「第十九回 全国の市十番勝負」の参加を辞退したいと思います。
 昨年も同じことを言って金を取っていった方がおられましたので、もう騙されませんよ(笑)

[64194] 2008 年 4 月 1 日 (火) 23:44:00 hmt さん
 白い国・黒い国・赤い国

[64186] 千本桜 さん
ところで、白ロシアの「白」って何なんでしょうか。

「西」を表すという説もあるようですが諸説あり、有力なのはモンゴル・タタールからの「自由」を意味すると考える説ようです。参考
「白ロシア」という翻訳語は日本で長く使われてきましたが、ソ連崩壊後は「ベラルーシ」という国名で呼ばれるようになったようです。そういえば、「象牙海岸」も最近は「コートジボワール」になっています。

まぎらわしい言葉に「白系ロシア人」があります。
これは、1917年の革命後にソビエト政権を受け入れずに祖国を去ったり、赤軍と対抗した白軍の敗北後、ドイツ・フランスなど国外に亡命した総数200万人ほどの旧ロシア帝国出身の人たちです。
少数ながら日本にもいました。お菓子のモロゾフや野球のスタルヒンは有名。愛日小学校にも3人の子供が通っていました。

それはさておき
「白ロシア」の呼称は13世紀、リトアニア大公国の領域になった頃からの呼び名ともされますが、それよりも少し前、12〜13世紀に東西トルキスタンを支配した「カラ・キタイ」と呼ばれた国がありました。
翻訳すれば「黒契丹」ですが、契丹つまり中国の「遼」王朝が滅亡した後、西に走った王族が建国した国なので「西遼」という国号が付けられています。
「黒」は「野蛮な」というようなニュアンスで、他国が呼んだ名前でしょう。

黒契丹と同時代の日本では、赤旗の平清盛が政権を掌握したが、間もなく白旗の源氏による鎌倉幕府へと移り、赤い国から白い国へと転換しました。

[64193] 2008 年 4 月 1 日 (火) 23:27:42 敷守ほむら さん
 ふと、「市と筆書き」「は市り幅跳び」の話題を思い出しました

こんばんは。

村上市が合併して、「市と筆書き」「は市り幅跳び」の話題をふと思い出しました。
それで、「市と筆書き」「は市り幅跳び」の過去ログを少し見ていったのですが、

[51366]EMMさん
なんと、日本海ルートでは下関市−胎内市、太平洋ルートでは下関市−角田市の間が市境で接続しています。
と、日本海ルートが胎内市で止まっている、って話題がありました。
今回の合併で、かなり北の方までつながりましたね。

[64192] 2008 年 4 月 1 日 (火) 22:10:02 Issie さん
 寒川

[64186] 千本桜 さん
相模一の宮寒川神社が位置するのは旧宮山村ですが、その南隣の村が一之宮村と呼ばれているのは何故でしょう。

今のところ,私は「正解」を持ち合わせていません。
なので,私も実際に歩いてみた印象をもとに考えてみますが,

1つ。
寒川神社が 相模一宮 であることを前提に,しかし,地名としては「一宮」そのものをピンポイント的に指し示すのとは別に,実際にはもっと漠然とした地域を指し示しているのではないか。そして,その「一宮地域」の中に戦国末期から江戸時代所期にかけての検地を通じて“編制”された村が「一之宮村」を称したのではないか。
蛇足ながら,幕末期の 一之宮村 は旗本領,宮山村 は旗本領および寒川神社領でありました(…どこの藩の領地でもないこれらの村々を「藩政村」と呼ぶのが適当なのかどうか,私は個人的に疑問に思っています)。

2つ。
現在,寒川神社は南を正面としていて,南の寒川駅方面(一之宮4丁目方面)へ並木道がのびていますが,この並木道は 1909(明治42)年縮図 の仮製版5万図「藤沢」 にもそのまま並木道として記載されています。実際,「長い参道」があったのではないか。
神社自体が 宮山村域 にあっても,「長い参道」の末端,…というより“取り付き”があったのは 一之宮村 の位置であって,やっぱり 一之宮村 こそが寒川神社の門前町(鳥居前町)であったのではないか。

以上2つ,たとえば,「国分寺」というお寺そのものを指し示すピンポイントな表示とは少しずれた次元で「国分」または「国分寺」という“地名”は,もっと大雑把な区域ないし地域を指し示していることが多いように感じます。
また,“遥か長い参道”をたどってようやく境内に到達する神社やお寺は,そう珍しくないとも感じます。位置的に神社自体が属する“村”と,その神社の“入口”として発展した村との間に距離があるというのも,それほど奇異なことではないのかな,と思います。
寒川神社の場合,神社が正面を向いているのは神社のある 宮山村 ではなくて,参道の先の 一之宮村 ですよね。

想像以上に大規模工場が多かった

元の海軍工廠が敗戦後に民間工場に転用されたものです。
かつて関東地区では「最も最終列車の早い駅」として知られていた 相模線支線 の「西寒川駅」がこの工場地区の入口にありました。もっと昔には支線がさらに南の「四之宮駅」までのびていましたが,この「四之宮」は本来は相模川対岸の 中郡(旧大住郡,現平塚市) の 前鳥(さきとり)神社 のこと。昔々の蛇行が激しかった頃の流路を反映した郡界が相模川を越えて左岸のこちら側まで張り出していたのですね。

ところで,寒川神社は地形的には相模原台地(相模野台地)の末端が相模川の氾濫原に沈み込もうとする場所にあり,要は 相模平野のまん真ん中 にあります。これは対岸の自然堤防上にある「四之宮」前鳥神社も同じこと。
水源にそびえる富士山が一暴れすればすぐに荒れ川となる相模川のすぐそばの平野のまん真ん中という決して条件のよろしくないこのような場所に,なぜに“大昔から”の神様たちが鎮座ましますのか,考えて見れば興味深いことであります。

[64191] 2008 年 4 月 1 日 (火) 21:23:27【3】 k-ace さん
 岡山市など

こんばんは、k-aceです。

[64187] miki さん
今日から平安高校が「龍谷大学付属平安高校」と名称変更します。
(中略)
ですが、今年のセンバツ出場の際に限って旧校名をそのまま使うそうなので...有終の美を飾ってほしいですよね。
残念ながら、名称変更初日で敗退してしまいましたね…。その他にも、今日は「流山おおたかの森高校」と、拙稿[60325]でも紹介した「咲くやこの花高校」などの開校の日でもあります。

さて、本題。
[64180] みかちゅう さん
普通の記事でスミマセン。
「普通の記事」と書かれていても、今日は4月1日ですので、ついつい穿った見方をしてしまいます(汗)。
穿った見方を排除して、飯能して美馬す。
全国公募&落書き帳での盛り上がりも空しく5000人ですか。おそらく延べ人数だと思うので実数としてはもっと減るのでしょう。
拙稿[64178]でも紹介した岡山市HPによりますと、応募者数:4912人で、応募数:5587件(有効数:5287件、無効数:300件)のようです。偽名の使用や他人の名前を勝手に拝借していない限り、実数でしょう。
岡山市HPには
氏名、住所の記載がない応募については除外した。
と、書かれてありますので。

半分いたずらとしか思えない組織票が集まらなかったのがせめてもの救いですね。
もしかすると、方角区名と中区が組織票だったりして(笑)。でも結構…(伊香自粛)。

(4月2日追加部分)
以上、本当の書き込みはこれで終わりです。
#伊香の書き込みはエイプリル・フール用のウソ、もとい、嘘の書き込みです。真に受けないようお願いします(伊香の書き込みの行為は行っておりませんし、十番勝負参加辞退も、現時点で行う予定はありません。)。
(4月2日追加部分終わり)

しかし、実名応募とは別に、架空の住所(といってもその場所に住宅、企業等がないだけですが)と架空の名前で応募した人物もいます。何をかくそう、この私です。なので、岡山市の発表は厳密には実数ではありません(ほぼ実数でしょうが)。
この責任をとるため、今月5日から始まる「第十九回 全国の市十番勝負」の参加を辞退したいと思います。

[64190] 2008 年 4 月 1 日 (火) 18:53:14 桜トンネル さん
 高校生&いなべ市

今日から新年度となりました。まず、はじめにメンバー紹介欄に
兵庫県神戸市在住の現役中学生。
というふうに書かれてありますが、今日から、兵庫県神戸市在住の新・高校1年生となりました。更新よろしくお願いします。

#フラワーロードと山手幹線が日本一短い国道の国道174号線になったようです。リンクしているYahoo!地図は2008/3/31に最終更新をしたようなので、まだ地図に反映されていませんが、起点がこことなり、加納町3丁目交差点から山手幹線沿いに進んでいき、終点がここになったみたいです。これにより、日本一短い国道は国道130号線になってしまったようです。神戸市から日本一がひとつ、消えてしまいました・・・。

##そういえば、階段国道で有名な国道339号線ですが、階段部分を今年10月1日から国道から町道にするらしいですね。と言うわけで、階段国道は事実上消滅することになったようです。とても残念です。

[64189] 2008 年 4 月 1 日 (火) 14:00:57【1】 山野[揖斐の山] さん
 合併協HP

昨日、河内長野市・千早赤阪村合併協議会の公式HPが開設されていました。
合併予定一覧表の方は、まだ未リンクのようでしたので、お知らせしておきます。
追加(16:22)
熊野市との合併を検討している御浜町にて住民投票の実施日が6/1となりました。

[64188] 2008 年 4 月 1 日 (火) 12:52:12【1】 かすみ さん
 堺区築港八幡町→?

年度末の多忙により、少し書き込みが空いてしまいました。
多忙のうち、プライベート(お出かけ)話については後ほどご紹介することにしたいと思います。

どなたもまだ触れられていないようですので。
以前にわたしも含め話題にしていましたシャープ堺工場建設による町名(堺区築港八幡町)変更の件、堺市が今日から4月22日まで新町名を公募しています。詳細はこちら(堺市区画整理課)に掲載されています。注意事項の中には下記の但し書きがあるので企業由来名はたぶん誕生しないと思いますが、カタカナ地名が誕生する可能性はありますね。(笑)
・すでに市内に存在する「町名」やよく似た紛らわしいもの、特定の企業名や商品名を使ったものは無効となります。
・堺第2区未利用地全体の愛称である「堺浜」や「堺浜町」は無効となります。

もう応募された方いらっしゃいます?差し支えなかったらどんな地名で応募したか教えて下さいね。
そういう自分はまだ考えるところまで至っていません。(汗)

[64187] 2008 年 4 月 1 日 (火) 10:26:00【1】 miki さん
 過疎地域・平安高校

村上市全域が過疎地域とみなされましたね...。
また、島田市は川根町だけが過疎地域とみなされました。

今日から平安高校が「龍谷大学付属平安高校」と名称変更します。
http://www.ryukoku.ac.jp/heian/index.html
ですが、今年のセンバツ出場の際に限って旧校名をそのまま使うそうなので...有終の美を飾ってほしいですよね。

[64186] 2008 年 4 月 1 日 (火) 08:10:29 千本桜 さん
 仙南3町合併、船岡城址公園と一目千本桜、う暗いなクイズ、寒川

[63924]揖斐の山さん
宮城県の仙南3町地区に於いて合併協設置に向け住民有志が申請書を知事宛に提出しました。
署名集めがスタートし、周りが俄然あわただしくなってきました。

[64020]千本桜
館山は360度のパノラマを楽しめる自然が造った展望山です。ところが、柴田町は柴田町側だけが見えるように見晴らし整備し、反対側は見えなくても良いだろうと言わんばかりに藪で覆って目隠ししています。
ついに、その藪の一部が切り払われ、館山(船岡城址公園)からの素晴らしい眺望が戻ってきました。頂上に上り詰めると、残雪の白い蔵王連峰がドーンと目に飛び込んできます。眼下には船岡市街に加えて大河原市街も見渡せるようになり、それまで藪に覆われて見ることができなかった大河原側の一目千本桜も見落とせるようになりました。柴田町に感謝します。でも、やっぱり自治体意識が見晴らし整備を邪魔している点はまだまだあります。眺望に優れた館山に真価を発揮させるには、三町合併して行政の垣根を取り払うしかなさそうです。頂上から景色を眺めていたオジサンに「見晴らしが良くなりましたね」と話しかけました。オジサンは「遅まきながらやっと・・・」と言いました。同感!同感!。遅まきながら、以前より眺望度をアップした今年の館山(船岡城址公園)に、皆さん、どうぞ花見に来てください。

[64129]いっちゃんさん
・大河原〜船岡にかけて車窓に見えた白石川のほとりに立ち並ぶ桜の木々・・・参りました。蕾が膨らむタイミングを計っているといった感じでしたが、これらが咲きほころんだときにはものすごいのでしょうね。
そうですよ、本当にものすごいのです。私がこの桜並木をすごいと思うようになるには、一つのきっかけがありました。あれは四十年近くも前の春のこと。桜が満開の朝でした。いつものように友達と駄弁りながら仙台行きの電車に揺られていました。普段なら、主な駅の到着時刻を知らせて終わる車内アナウンスですが、あの日の車掌は違っていました。突然、窓から見える桜並木の説明を始めたのです。車内は一瞬静まり、やがて微かな笑いとどよめきに変わりました。私と友達も顔を見合わせ、はぁ?と驚いて笑いあいました。通勤通学客にとって、この桜並木は特筆するほどのものではない日常のもの。この程度の桜並木は日本全国どこにでもあるだろうと思っていたものですから、車掌のアナウンスが突拍子もなく感じられておかしかったのです。その日を境に、一目千本桜に寄せる私の思いが変わりました。桜並木を美しいと感じる心を抑えられずにアナウンスしてしまった車掌の感性に、私の心も揺り動かされたようです。

[64142]白桃さん
町村名を抹消して「人格」なき郡で止めるなど何事ぞ、と、文句を言っても仕方ありませんが、ともかく♪私はガマンできな〜い〜。
私もガマンできな〜い!。それが伊具郡丸森町のように一郡一町の場合であれば尚更です。
1.私の職場のエライ様は海外出張中で、当然、部屋の電気は消えております。どこの国に行ってるのでしょう?
(ヒント)部屋に入った私、思わず「うっ、暗いな・・・」
和寒(わっ、さむ・・・)。ハイレベルなクイズにハリコフってしまいました。ウクライナ。
2.首都にはホテルが少なく「民宿」が多い国は?
(ノーヒント)
その国の首都と姉妹都市関係にある仙台市民が訪れた際、確かに「みんすく」に泊まったそうです。ところで、白ロシアの「白」って何なんでしょうか。

[64144]Issieさん
現在「高座郡」に唯一残る 寒川町 は,どちらの類型に属するのでしょうか。
Issieさんのことですから、既にご自身の答えをお持ちの上で書かれているのでしょうが、敢えて反応いたします。と申しますのは、かれこれ十数年前に寒川町域全般を徒歩で見て回った事があるからです。その時の印象を基にすれば、藤沢、茅ヶ崎型ではなく、やはり相模原・大和・綾瀬・座間・海老名型に分類すべきだろうと思います。歴史的には旧一之宮村に小規模な町場らしきものがあったのでしょうが、都市というには力不足ではなかったでしょうか。それに、旧一之宮村が肥大化して現在の寒川町があるようには思えないのです。寒川駅から町役場、そして寒川神社へと歩きながら、私は軽いストレスを感じていました。どうも、民家、空地、商店、農地、工場などが混在する空間にストレスを感じてしまう性分のようです。どーんと一本、明確な商店街とかビジネス街があってほしいと思うのですが、寒川にはそれがなかった。寒川で記憶に残ったことは、想像以上に大規模工場が多かったこと、農業用ビニールハウスが随分目に付いたことです。ところで、相模一の宮寒川神社が位置するのは旧宮山村ですが、その南隣の村が一之宮村と呼ばれているのは何故でしょう。一之宮が門前町だとすると、神社と門前町の間隔が離れすぎているように見えるのですが・・・。倉見にも行きましたが、どのような順路で歩いたか思い出せなくなってしまいました。

[64185] 2008 年 4 月 1 日 (火) 02:24:42 白桃 さん
 先手必勝

[64181]般若堂そんぴんさん
押上線部分を浅草線の一部として取り扱うそです.
この歳になると、ヒトが言ったことをマルマル信用することを躊躇いたします。特に今日は(笑)。最後が「うそです。」になっていますし・・・。
冗談はともかく、岡山大学環境理工学部の教授をやっていた友人が、徳島大学に移籍となり、なんとま、不肖、この白桃がその後任として「政令指定都市に向けての岡山市を考える諮問委員会」の委員にならないかと打診を受けました。
今週末の十番勝負を控えていることもあり、公私にわたり多忙なので一旦はおことわりしましたが、以下の条件をノんでくれる、そして特別な便宜を図っていただけるということでシブシブ委員就任を承諾いたしました。
その条件、便宜とは・・・
1.政令市になることを諦めることも含め、根本的に見直す(白桃が出した条件)
2.政令市になった場合、A区の区名は「白桃区」とする。(暗黙の了解!、地獄の黙示録?)
3.委員会終了後に、成田家で「ヒヤ酒1杯」御馳走になれる。(究極の便宜供用)

なんか、あまりにもウソっぽいですね。(^j^)
一部、本当のことを書いておりますが・・・・・・

[64184] 2008 年 4 月 1 日 (火) 02:16:28【5】 EMM さん
 「連たん戸数」で思い出したこと

とっとと書いておかないとそのまま書くタイミングを逸しそうなので、ほんのちょっと遅れ気味レスですが眠いのを押してもう1件。
[64167]熊虎さん
担当者の話によると、「幹線道路でつながっていて、間に工場や公共施設などがあったりすれば、連たんしていると見なされる」ということだそうです。
要は「とにかく建物が連続して建っていると見なせればよい」と言うことのようですが、市街地がとぎれていると見なされると他の条件がどれだけきっちり整っていようが国の方からきっちりダメだしされてしまっていた…というのもあるようです。
平成の大合併で石川県能美市ができるしばらく前、旧根上町役場の方と合併についての話をする機会があり(本来の用事は合併とはあまり関係ない話でした)、私が「もし能美郡4町で合併できていれば人口はほぼ5万人なので、人口的には市の条件を容易に満たすのでは?」というような話を振ったんです。
すると、「確かに人口はクリアできただろうが、このあたり で根上と寺井の市街地が分断されており、連たん戸数が満たせないため単に能美郡内で合併しただけでは市にはなれなかっただろう」と言う答えが返ってきました。
(寺井と辰口はかろうじて連たんしていると見なせるっぽい)
当事者からこういう話が出てくる事を考えると、平成の大合併の際の合併特例法で連たん戸数の要件が緩和されていたのはかなり重要だったようです。
ところが、昭和の大合併時に誕生した全国あまたの市のなかで、本当なら連たん戸数がクリアできていなかったのに、ムリヤリ連たんしている事にして市制施行にこぎ着けた市がある、と言う話があるようです。
何年か前にとある新聞(何新聞だったか忘れてしまいました…)に昭和の事件・出来事を振り返るシリーズ記事が連載されていまして、「昭和の大合併を振り返る」と言ったテーマでその市が合併し市制施行した際の裏話が紹介されていました。
その記事中にそこの県の担当者の方のインタビューが載っていたのですが、その市の合併話は県がお膳立てしたもので、話はそれなりに進んだものの、一部の町村から「市になれるのであれば合併に参加する」という条件が出されたようで、合併を破綻させたくなかった県サイドとしては何が何でも市制施行にこぎ着ける必要があったそうです。
ところが、合併する町村の中の中心的な2つの町の市街地は分断されており、連たん戸数がクリアできなかった。近くの丘陵に登って2つの市街地がつながっているしているように見える写真を撮影し、それを連たん戸数がクリアしていることを示す資料として国に提出したんだそうです。
で、それで市制施行のための条件がすべて整っていると押し通して、何とか町村合併による某市の誕生にこぎ着けた…とありました。

裏技と言うにもあまりな方法ですが、それよりも「それで国の方を納得させた」というのがちょっと不思議な気がします。
もし現地調査なんて話になったら一発でしょうし。
新聞記事に出ていない「さらに一歩踏み込んだ裏事情」が隠れているような気がしますが、そこら辺は分かりません。
いずれにしても某市はかなり無理をして市になった訳で、そのせいか市制施行後の人口の推移はあまりぱっとしてません。
それを考えると、「無理矢理な裏技」は果たして良かったのか悪かったのか…
あ、「某市」がどこの市なのかは、その市の名誉のために敢えて追求しないでください。
おにーさんと約束だ?

#だいぶ前に読んだ新聞記事の話なので、何新聞の記事だったかという記憶がどうにも曖昧です。
その記事、とっておけば良かった…何とか記憶をサルベージして、記事を再確認したいと思っています。
ちなみに、「某市」がどこなのかどうしても知りたい方は、オフ会の時にでもそーっと聞いてくれればこっそりお教えします(汗)

追記:
[64197]の後半部分に本記事の補足を書いています。

[64183] 2008 年 4 月 1 日 (火) 02:16:20【1】 EMM さん
 昔話の影には

以前、拙稿[34785]にて「白山のわらじ」という石川に伝わる昔話について触れました。
「白山と富士山の高さをくらべるためにそれぞれの頂上の間に樋を渡し、そこに水を入れて流れる方向で優劣を決めようとしたところ、樋に入れた水が白山の方に流れてきたので樋の下にわらじを挟んだところ水がぴたりと止まり、双方同じ高さと言うことになった。以降、白山に登山した者は必ず頂上にわらじをおいていく習わしとなった」というお話です。
最近、この昔話について研究されている先生の講演を聴く機会がありました。
何でも、富士山側にも似たような「樋を使った背くらべ」の話があるそうです。
しかし、あちらの方では「白山の方がわらじを挟んだのを審判が見逃さず、富士山の勝ちとなった」というストーリーだとか。
それから、立山にもやはり似たような伝説があるそうです。
こちらも背くらべの相手は白山なのですが、
「樋に水を入れると白山側に流れていったので、白山側では樋の下にわらじを3枚挟んだ。そうすると今度は立山側に水が流れ出したので、立山側で樋の下に小石を1個挟んだら水の流れがぴたりと止まり、双方同じ高さと言うことになった」というストーリー。

目につく点と言えば「山頂に樋を渡して、水を流して背の高さをくらべていること」、そして「白山がわらじを樋の下に挟んでいること」ですね。
わらじに関しては、白山の信仰集団がわらじを信仰のシンボルとしており、それが昔話がに影響したものと考えられる、とのことでした。
では、樋については?ですが、これについては明確な答えはまだ見つかっていないそうです。
ただ、その先生の調査では白山麓のいくつかの旧家や神社などに「白山本宮に大量の竹を奉納した」という記録が残っていたそうで、これが樋を使った背くらべの話と何らかの関係がある可能性がある、この点を中心にさらに調査、研究を続けている…とのことでした。
考えてみれば、富士山の方でも立山の方でも、背くらべの相手はいずれも白山なんですよね。
以前、拙稿[46241]にて
中世、白山を信仰する集団は加賀馬場・越前馬場・美濃馬場の3つの勢力があり、それぞれが北国・西国・東国に勢力を拡げていきました。
ということを書きました。
北国に向かえば立山、東国に向かえば富士山の信仰集団の勢力地域に行き当たる訳です。
そして、白山の信仰集団は比叡山の傘下にあったため、かなりの勢いがあったはず。
それを考えると、「勢いのある白山信仰集団」と「東国や北国の在来の信仰集団」との間に起きた何らかの出来事が、それぞれの昔話の共通の由来なのかもしれません。

「本当は怖い昔話」みたいな事になる可能性もありそうですが、それはそれとして、それぞれの地方に伝わっている昔話は、荒唐無稽な話でも何らかの事実を元にして成立しているのかもしれない、というのは興味深いところです。
(それぞれの昔話が成立した頃には白山と富士山・立山との高さの関係が分かっていたのでは無かろうか?と言う点も気になるところですが、これについては関連しそうな資料は見つかっていない、とのことでした)

−−−−−
4月2日追記:
本記事はエイプリルフール用の記事でした。
拙稿[64197]でネタばらししていますが、
最近、この昔話について研究されている先生の講演を聴く機会がありました。
以降の部分に一部嘘が含まれています。

[64182] 2008 年 4 月 1 日 (火) 02:16:12【1】 EMM さん
 良い気分?

ふと思い出した話。
最近噂で聞いたのですが、セブンイレブンが北陸地方への出店計画を立てているとか、いないとか。
セブンイレブンと言えば高密度多店舗方式、これまで北陸は他の地方の物流拠点から遠いと言うことで出店されてきませんでした。
では新たに物流拠点を作るのか?と言うと、最終的にはそうなるようです。
しかし、先に拠点を作ってから店舗を増やしていくのはリスク有り、と考えたのか、まずは他地方の物流拠点から近い富山県・福井県に先行して出店し、その間に石川県に新たな工場と物流拠点を建てて北陸3県への出店を進めていくとのこと。

来年あたり?には、石川で実際にセブンイレブンにお目にかかることになりそうですが、石川にコンビニが出現してからかなりたっており、他のコンビニチェーンもかなり店舗数を稼いでいますから、出店ペースが目標通りになるのかどうかが気になるところですね。
石川で本格展開したのが一番最近なポプラはそんなに店舗数が増えてる気がしませんし、どうなる事やら。
でもセブンイレブンは知名度の点ではピカイチですから、ポプラの時とは違い既存のサークルKサンクス・ローソン・ファミリーマートと熾烈な争いが繰り広げられるのかも…

#物流拠点がどの辺にできるかもちょっと気になるなぁ。
工業団地でまだ土地があいているところが幾つもあるから、その辺が候補地になってくるかも。

追記:
[64197]の後半部分に本記事の補足を書いています。

[64181] 2008 年 4 月 1 日 (火) 00:32:27【1】 般若堂そんぴん さん
 都営浅草線延伸?

東京都交通局は,北総線・京成押上線・浅草線にまたがって乗車する際の料金を低減するため,押上線への乗り入れ区間を第2種鉄道として運営することを検討するとのこと.
北総線から現在の浅草線への直通,および押上線から現在の浅草線への直通に限り,押上線部分を浅草線の一部として取り扱うそです.

【訂正】
(誤)北総線から現在の浅草線への直通,および押上線から現在の浅草線への直通に限り
(正)北総線と現在の浅草線との直通,および押上線と現在の浅草線との直通に限り

[64180] 2008 年 4 月 1 日 (火) 00:20:37 みかちゅう さん
 岡山の区名公募結果から

私の母は「公募で選ぶというのは名ばかりで、区名はすでに決定しているのでは?」と言いながらも、賞品がないことから自分で考えた抽象名詞で応募していたようです。「賞品狙いなら方角が無難に決まっとるが」とのことでした。

[54175]hiroroじゃけぇさん ほか
「北」「中」「東」「南」が各区名で1位だとは・・・。
ありゃま、単純に方角ばかりとなってしまいましたか。中心部から東西南北に区切ったような感じには思えなかったので方角はないと思っていたのですが。無難な結果となったようなのでそのまま決定するかもしれませんね。ただ、「中央」がダメで「中」はOKというのは理解できません…。

応募者数が約5千人
全国公募&落書き帳での盛り上がりも空しく5000人ですか。おそらく延べ人数だと思うので実数としてはもっと減るのでしょう。半分いたずらとしか思えない組織票が集まらなかったのがせめてもの救いですね。

[64177]熊虎さん
ということは、「犬区」と「雉区」もある程度集まったのでしょう
「桃」は普通に思い浮かぶと思うけれど、「猿」は桃太郎とセットでなければ出てこないはず。「犬・猿・雉・桃」のセットで応募した人は(落書き帳にヒントを得て?)それなりにいそうですが、順不同だったことで票がばらけたのではないでしょうか。犬や猿は動物としてはかわいいかもしれませんが、必ずしもいいイメージと結びつかないので抽象地名にはふさわしくないかと。


新年度最初なのに普通の記事でスミマセン。みなさんの楽しい書き込みをお待ちしています。

[64179] 2008 年 3 月 31 日 (月) 22:58:52 桜トンネル さん
 &伊勢市

すっかり忘れておりました^^;が、3月28日に落書き帳デビューから2年経ちました。ピッタリの書き込みなどはぜんぜんできませんでしたが・・・。ちなみに、[62257]にて
半年おきに達成しているので、この調子で書き続ければ、2008年3月〜4月頃に400回達成と思われます。
と書いていましたが、今月(または来月中)に到達することはできませんでした(できないでしょう)。このペースで書き続けていくと、おそらく7〜8月あたりに達成すると思われます。僕の書きこみは十番勝負によって左右されることが多いので、十番勝負次第です。ちなみに、第十九回十番勝負開催時は家にいますが、用事が多いので、考える時間はそう多くはありません。いや、その前に、朝起きれるかどうかが問題だ(笑)。

[64143] スピカさん

大学合格おめでとうございます。これからのキャンパスライフを頑張ってください。

[64169] 蒼の狼さん

大阪へ行くのに3種類の会社の鉄道がある思いもしませんでしたが。

3種類の会社がありますが、大阪(梅田)に出るまでの運賃が違うので、僕はよーく見極めています。(実は大阪(梅田)に行くことはそうあまり無いのですが・・・。)他にも阪急で三宮から京都に行くのと、JRで三ノ宮から京都に行くのでは、運賃が違ったりするところを発見したりするのもおもしろいです。
ちなみに、僕の使用頻度は阪急、阪神、JRの順です。

[64175] hiroroじゃけぇさん

「北」「中」「東」「南」が各区名で1位だとは・・・。

1区くらいは方角区名ではないだろうと思っていたのですが・・・。見事にすべて、方角地名なようで・・・。「旭東区」や「城東区」あたりは上位に食い込んでくるのではないかと思っていたのですが、B−1区とB−2区に分かれてしまい、あまり伸びなかったようで・・・。そのほかにも意外と「備南区」も伸びていませんねぇ・・・。
B−2区には西大寺と関係ある「会陽区」や「観音区」があがっていますね。

#ちなみに、2008年の経県値はこのようになっています。今後は停滞気味になると思います。そういえば、2008年の経県値はまだ、フォルダー(?)の中に登録されていないようですね。>グリグリさん

##今日、湾岸署が開署したようですね。 東京湾岸警察署ホームページ

明日からは新年度ですね。そして・・・(伊香自粛)。

[64178] 2008 年 3 月 31 日 (月) 20:41:31【1】 k-ace さん
 Re:岡山市の区名応募数とその結果 など

こんばんは、k-aceです。

[64175] hiroroじゃけぇ さん
岡山市HPには
(注)旧市町村名(西大寺、吉備等)及び「中央」は除外した。
 表記が異なるもの、同じ表記でふりがなが異なるものは、別件として扱った。
 氏名、住所の記載がない応募については除外した。
ということで、西大寺、吉備など旧市町村名は除くが、中学校名、町字名は、除外されてないのですね。
「西大寺」区、「吉備」区はやっぱり除外されたか…。残念。
B−1区、B−2区両方に「旭東」区、「城東」区が分散していることが興味深いところ。
「北」、「中」、「東」、「南」。これらが断トツの応募ということで、方角区名と中区が、あの応募条件下では、一番無難ということなんでしょうか…。3区時代も「北」、「東」、「南」の予定だったことでしょうし…。でも、方角区名と中区以外に決まって欲しいですね…。C区の「児島」区は、紛らわしいので、避けて欲しいですが…。B−2区は「会陽」区が上位10案入りですか。私が応募したものも上位10案入りしているものがありますね。

#岡山市といえば、
でるでる さん、市区町村変遷予定情報 都道府県別一覧の岡山市のところが変になっていますよ。

#大阪、東京、横浜で新線が開業しましたが、もうすぐ、島原鉄道の一部と三木鉄道が廃止になりますね…。三木鉄道の廃止は寂しい限りです…(92年間お疲れ様でした)。

[64177] 2008 年 3 月 31 日 (月) 18:47:41 BANDALGOM[熊虎] さん
 Re:岡山市の区名応募数とその結果

[64175]hiroroじゃけぇさん
しかしながら、「北」「中」「東」「南」が各区名で1位だとは・・・。まだ決定したわけではないけれども、ちょっと寂しい結果です。
あの条件の厳しさゆえ、仕方がないでしょうねぇ・・・。
また、近年政令市になった所で、さいたま市、新潟市、浜松市、堺市が軒並みこうした区名を採用したことも影響を与えたかもしれませんね。

予想されたことではありますが、「桃区」と「猿区」が上位10位以内に入っていますね。
ということは、「犬区」と「雉区」もある程度集まったのでしょうけど、何位ぐらいか気になりますね。

[64176] 2008 年 3 月 31 日 (月) 17:49:10 桜トンネル さん
 金銀早押しランキング&伊賀市

今頃で悪いのですが・・・。

[63092] KAZ-Dさん

問五は惜敗記録更新?

気になったので、ざっと調べてみました。ただし、金メダル→銀メダルの間が短い時間で決定したものだけを調べています。ランキング形式は、[63651]にてJOUTOUさんがされていらっしゃるランキング形式が一番分かりやすいだろうと思ったので、使用させていただきました。ありがとうございました。
間違いがあれば、ご指摘お願いします。

ランク時間開催回:問題金メダル銀メダル金番号→銀番号
 1位 9秒第八回:問五yamadaさん烏川碧碧さん[43215][43216]
 2位10秒第十八回:問五星野彼方さんKAZ-Dさん[63050][63051]
 3位14秒第十五回:問二白桃さん桜トンネル[57528][57529]
 3位14秒第十五回:問六がっくんさんKKさん[57541][57543]

というわけで、1位は9秒と1桁台に突入していました。僕も第十八回:問五が1位だと思っていたので、驚きです。
3位タイの第十五回:問六は間に1つの書きこみがあるというこのランキングの中ではとても珍しいケースです。しかも、[57542](EMMさん)と[57543](KKさん)は同じ時間に書きこまれています。このようなことは以前あったでしょうか?

[64175] 2008 年 3 月 31 日 (月) 16:12:54 hiroroじゃけぇ さん
 岡山市の区名応募数とその結果

今日、岡山市で応募された区名とその結果が公表されました。山陽新聞でご確認を。しかしながら、「北」「中」「東」「南」が各区名で1位だとは・・・。まだ決定したわけではないけれども、ちょっと寂しい結果です。B−1区の「さくら」「桜」は、旭川の「桜並木」からでしょう。C区の「児島」には?が付いてしまいます。大部分が「児島」から外れているのになぁ。A区の「桃太郎」はさすがに住所としては勇気がいる?感じ。岡山の知り合いから「桃太郎区」で手紙などがきたら、ふざけているのかと言われそう(笑)一番まとまりがあるのはB−2区でしょうか。しかし、応募者数が約5千人とは・・・。新聞と同じ感想になってしまうけど、「正直少ない」約半分は落書き帳のメンバーでしょうか?まぁ、とりあえず、方角名などは回避してもらいたいと思いますね。半恒久的に続く住所なんだから、わかりやすく親しみやすいものが選ばれることを願うばかりです。

[64174] 2008 年 3 月 31 日 (月) 14:52:39【1】 hmt さん
 Re:盛岡仁王村について

[64173] oki さん
詳細に解説していただき、有難うございます。

2年前に「都市名を冠した町名」という記事 [51090] の末尾で言及した頃から、盛岡市街地を形成する区域であることは想像していました。
しかし、他の都市に比べて数が異常に少ないことと、町でなく村を名乗っていることに疑問を抱いていました。
今回のご教示により、 廃藩翌年の明治4年に旧城下町の解体・再編制が行なわれた結果であることを知り、納得できました。

“村だけで市になった事例 の第1号”というのは、もちろん形式的な話であり、近代産業国家の中で発展した「町村制下の村」が市になったケースと同一視することができないのは当然です。

市内の正式地名は盛岡市大字仁王字内丸

ここは「城下町」ではなく、お城そのものなのでしょうね。
新旧対照市町村一覧 では、盛岡市の旧領域の筆頭に(村も町もつかない)「内丸」が記され、役所役場のマークがついています。
廃城になり住民のいない土地は、明治4年の城下町再編制の際にも「村」を作る必要がなかったのかとも思われますが、地方行政区画便覧による県庁所在地は「盛岡仁王村」となっていますから、やはり(便宜上?)仁王村に属していたのでしょう。

ところで、「盛岡仁王村」か「仁王村」か
地方行政区画便覧 では関係する9村([64173]で列挙された8村+新庄村)に「盛岡」の冠称があります。
しかし、郡区町村一覧 や新旧対照市町村一覧には冠称がなく、単なる「仁王村」と記されています。

『静岡県安倍郡静岡○○町○丁目○○番地』という本籍表示や、“明治5年〜22年は静岡を冠称”という角川地名大辞典の記載から、 “静岡県静岡静岡宿” 、更には “正式には「岩槻岩槻町」なのでしょう” と発言したことがあります。
ところが後者については、“あくまでも正式な行政組織名としては「岩槻町」”というご指摘を受けました。
関係記事

府県により扱いが異なる?

[64173] 2008 年 3 月 31 日 (月) 04:36:19 oki さん
 盛岡仁王村について

[64165] hmt さん
これらの村の多くは、近くの「○○町」と共に津・宇都宮・大津・岐阜・青森・山口・宮崎の市街を形成していますが、盛岡城下町だけは市街地の名称に「仁王村」など「村」だけが用いられており、「町」という名は使われていません。
従って、明治22年の市制にあたり、「仁王村」などいくつかの「村」から直接に「盛岡市」が誕生したことになります。
これが 村だけで市になった事例 の第1号と思ったのですが、念のため 新旧対照市町村一覧 を開いてみたら、仁王村・志家村に続いて“仙北町の内”と書いてあります。地方行政区画便覧では「仙北町村」だったのですが、疑問が残ります。

hmt さんがあげられたうち盛岡仁王村(等)は、ほかの村から市になったものとは性格が違うと思うので、以前に調べた結果を記しておきます。

盛岡は南部藩20万石の城下町であり、幕末明治初期、東北のみならず全国でも有数の都市に数えられ、市制施行時の最初の市の一つであったことはご存じの通りです。
通常であれば盛岡レベルの城下町は、郡区町村編制法の下で、区にはならないものの、旧城下町を構成した町々が単独の自治体として郡に直属するのが通例です(多くの場合、各町には城下名が冠称されます)。その中で盛岡のみ、旧城下が解体されて仁王村、志家村、東中野村、加賀野村、山岸村、三ツ割村、上田村、仙北町村の「村」になっています(これらの村には盛岡が冠称されています)。
その理由はよく分かりませんが、はっきりしているのは、盛岡城下が村に分解されたのは1878(明治11)年の郡区町村編制法の施行時ではなく、明治4(1871)年だということです。
南部藩は戊辰戦争の結果いったん改易され、改めて白石13万石に転封されることになりましたが、償金70万両を納めることを条件に盛岡13万石への復帰が許されました。しかし、敗戦、転封、所領の10郡から4郡への縮小などのため、最終的に藩財政が破綻、明治3(1870)年、他藩に1年先がけて廃藩し、盛岡県となっています。
盛岡城下町の各丁、小路が、城下形成以前の旧村に属せられ、城下が(形の上で)消滅するのが翌明治4(1871)年です。廃藩と旧城下町の消滅に何らかの関係があると見るのが妥当でしょうが、理由は不明です。考えられるのは、明治新政府の南部藩に対する懲罰、あるいは南部藩から明治政府に対する恭順の意の表明、というところです。ただ、明治政府にとってのA級戦犯である若松や仙台、長岡でも、旧城下町はそのままの形で維持され、盛岡のように村になってはいませんから、明治政府側の意向とは考えにくい面があります(長岡藩も盛岡と同様、明治3年に財政破綻によって廃藩しています)。南部藩内部には、明治政府への恭順派と反政府派との対立があったようで、盛岡城下の解体にはそれが影響している可能性がありますが、詳しいことは分かりません。

いずれにせよ、盛岡は他の大規模城下町とは異なる形で「村」とされたわけですが、それによって住民が四散したわけではありません。明治5年以降の記録である第1回共武政表で盛岡の人口が25,457人、1880(明治13)年の第2回共武政表で32,735人、1886(明治19)年の地方行政区画便覧で盛岡仁王村をはじめとする6ヶ村の人口が30,069人(盛岡仙北町村、山岸村、新庄村3ヶ村の人口が含まれていません)、1889(明治22)年の合併時点で31,581人等々の状況で、旧城下の人口がそのまま維持され、おそらくは増加傾向を示していたと考えられます。
盛岡が市町村制施行時に最初の市の一つになったのも、市となるに十分な人口と、「都会輻輳ノ地」と呼ぶに相応しい市街地を備えていたからでしょう。その意味で、盛岡仁王村などを「村だけで市になった事例の第1号」と呼ぶのは誤解を招きかねない表現だと思います。行政区画として「村」であったことは事実ですが、そもそも盛岡城下を「村」にしたこと自体が例外的、変則的な事態で、実際には他の城下と同じく、南岩手郡に直属する町の集合体であり、人口集積の面でも、「村」と呼ばれるべき実態はなかったからです。
なお、盛岡市は、仁王村、志家村の全域と、東中野村、加賀野村、山岸村、三ツ割村、上田村、仙北町村の各一部(旧城下町部分)が合併して成立しますが、9村の村名は大字として維持され、その下に58の小字が設定されています。この小字が、本来の盛岡の町名に当たるものでしょう。ただ、大字が維持されたために、市内の正式地名は盛岡市大字仁王字内丸などといった表記になったようです。実際には、岩手県の公式文書でも「大字仁王字」の部分が表記されず、盛岡市内丸などとされたようですが。

新旧対照市町村一覧で「仙北町の内」とあるのはよく分かりません。1886(明治19)年の地方行政区画便覧で仙北町村なので、1889(明治22)年の合併時までに仙北町に改称していることは考えにくいのですが、この間の文書が入手できないので、確言はできません。
仙北町(ちょう)は北上川西岸に位置しますが、東岸中心に形成された盛岡城下の一部でした。仙北町村(まちむら)は、城下の一部である仙北町に、北上川西岸の周辺農村を併せて成立した村であったかと思われます。

[64172] 2008 年 3 月 31 日 (月) 03:14:47 EMM さん
 国道関係自己レス(になってるようななってないような)&「崎・埼・碕」コレ関係レス

この日曜日は近所に用事があったついで?で、小矢部市で昼食を食べてきました。
用事があったところの近所で食べても良かったんですが、ちょっと時間があったのでついフラフラと小矢部まで行ってしまったのでした。
ようやく2008年の経県値が増えた…

ちなみに、小矢部に行くときは旧来の国道159号線〜8号線、金沢に戻るときは新・国道8号線津幡北バイパスを通りました。
旧来の国道159号線〜8号線の標識類はすでに4月1日に変更される内容のものにおおむね取り替えられているようでした。

そう言えば、[64056]で触れていた
そして森本交差点以南は、重複していた国道304号線が表に出てくる…のかと思ったらそうではなく、何故か国道359号線になってしまいます。
359号線は元々森本交差点止まりだったので、南に向けて延長される訳です。
一方、元々その区間に重複していた304号線はと言うと、何故か金沢森本IC口交差点で打ち切りになってしまうようです。
なぜ「元々そこを通っていた」304号線ではなく、「新たに延長した」359号線になるのでしょう?
と言う点に関して、「国道304号線は金沢森本ICから国道159号線山側環状と重複し、本来の起点まで行くことになる」と言う話を耳にしました。
なるほどそうか…と思ったのですが、ならそうすると国道359号だって国道304号と重複してたのに?等々、まだ疑問点が残ります。
とりあえず、深く考えないことにしよう…

−−−−−
[64158] むっくんさん
松ヶ崎のほうはリンクしていただいた明治時代の地図中に記載がありますので、これはそのまま採用したいと思います。
伊崎の方は地図に記載された事例が見つけられなかったのですが、「岬の名である」としたサイトを幾つか見つけましたので、こちらも採用の方向で考えてます。
(参考になるサイトをもう少し探してみます)
なお、作業は鹿児島県の調査と併せて行いたいと思いますのでご了承ください。

[64171] 2008 年 3 月 31 日 (月) 02:32:07 EMM さん
 EMMの地名コレクション編集メモ・第151号−3

[64117] 右左府さん
地名コレクション案に「日和山」を追加しておきました。
[64083]今川焼さんご紹介の「日本の地名」を見ても良いのでしょうが、ネット上で探し倒すのがおもしろいと思います。

#試しに石川県内の「日和山」をネット上で探してみたところ、ウオッちずで確認できる能登町の1件のほかに、場所がおおむね特定できるもの5件(輪島市、旧門前町、旧富来町、七尾市、金沢市)、場所が特定できないもの2件(珠洲市、金沢市)を見つけました。
まだあるかも。

このほか、[64124]で触れていた「コレクション案の提案を頂いていながら同時期に何か色々重なったために対応を忘れていたもの」も追加しました。
[58138]でみかちゅうさんからご提案いただいたものでした。
ちょうど新規コレクションやコレクション案のご提案が重なった所に自分の身の回りもバタバタしていたために対応遅れを連発していた時期でした。
みかちゅうさんのご投稿の前半部分に対してはレスしていましたが、コレクション案のご提案については他の方のご提案と共に作業しようと思っていたのにそのまま忘れてしまっていたようです。
みかちゅうさん、大変失礼いたしました。

[64170] 2008 年 3 月 31 日 (月) 01:31:45 futsunoおじ さん
 Re: 最近神戸にやってきた大学生の疑問

[64169] 蒼の狼 さん

昔、東京に来たときも、戸惑うことは多かったですが、目的地への最安経路を考えるのを結構楽しんだものでした。

地下鉄なのに高架の上を通ってたり(西神山手線名谷〜西神中央間)
東京の渋谷駅では(旧)国鉄や私鉄のホームが何層にもなっていて一番上に地下鉄のホームがあるというのが興味深い話でしたが、近年この駅では地下方向にもさらに階層化が進められているようです。 他には「四ツ谷駅」のJRホームの頭上に地下鉄のホームが見えますね。

地下鉄よりも地下鉄らしい列車があったり(神戸高速線)
「東京臨海高速鉄道」というのは地下鉄を越えて海下鉄とも言える印象です。
「地下鉄」は地下を走行する頻度が高い鉄道という意味に加えて(例外を除いて)“公営”の意味を持っていますね。

[64169] 2008 年 3 月 30 日 (日) 20:44:10 蒼の狼 さん
 最近神戸にやってきた大学生の疑問

神戸にやってきて1週間たちました。
その間いろいろな疑問がありました。
地下鉄なのに高架の上を通ってたり(西神山手線名谷〜西神中央間)
地下鉄よりも地下鉄らしい列車があったり(神戸高速線)
ダイヤ改正で新しい駅が誕生したり(須磨海浜公園駅)
はじめてみたときはかなりびっくりしました。
まあ香川に住んでたときは大阪へ行くのに3種類の会社の鉄道がある思いもしませんでしたが。

[64168] 2008 年 3 月 30 日 (日) 18:48:03 Issie さん
 をがさはら

[64161] k-ace さん
これをもって、小笠原の一次細分区域の設定ということになるのでしょうか?

3月19日付で「気象庁予報警報規程」の一部を改正する気象庁告示が出されていたのですね。
一応毎日「官報」の目次を確認しているのですが,見落としていました。
小笠原村の細分区域への“編入”と一緒に,ここ最近の市町村合併にかかわる改訂もあります(特に川根町関係で)。
少し複雑なので後でゆっくりコピーを,と思っていたのですが,ある目的のために横浜線の中山,大井町線,日暮里とハシゴをしていたら,図書館の閉館時間を過ぎてしまったので…

明日,職場でコピーすることにします。

[64167] 2008 年 3 月 30 日 (日) 17:24:09 BANDALGOM[熊虎] さん
 Re:中心市街地

[64148]hmtさん
いずれにしても、“中心市街地”は“古くからの歴史のある核”である必要はなく、新興住宅地で人口を稼いでもよいのでしょう。
印西市が市制施行する前のことです。
ここの古くからの中心は、かつて利根川の水運で栄え、JRの駅がある木下地区と、市役所がある、昭和の大合併までは別の町だった大森地区ですが、昭和60年の国調では2万3000人だった人口が、5年後に4万2000人、さらにその5年後に5万7000人にまで増え、市制施行に至ったのは、言うまでもなく千葉ニュータウンの新住民が流入したからです。

木下・大森地区とニュータウン地区の間はかなり離れており、しかもその間は田畑や雑木林が連なっています。
私は当時、「中心市街地=役所の所在地」と解釈していましたが、全戸数の6割を占めるのは明らかにニュータウンの方ですし、これではいくら人口が増えても市にはなれない、と思いました。

それで、行きました。印西町役場の市制準備室に。
担当者の話によると、「幹線道路でつながっていて、間に工場や公共施設などがあったりすれば、連たんしていると見なされる」ということだそうです。

一方、滝沢村が市になれないのはこの「連たん戸数」の問題だという話を聞きました。
大学時代、近くに住んでいた友人の地元が滝沢村の鵜飼地区(滝沢ニュータウン)なのですが、話によれば近くに役場があり、このあたりが中心地とのこと。
ニュータウンもあることですし、鵜飼地区で全戸数の6割行くかと思ったものですが、地図を見た感じでは、大きな市街地が形成されている様子ではないですね。

ニュータウンも思ったより大きくないですし、市街地が分散して、印西ともかなり違った様相ですね。

[64166] 2008 年 3 月 30 日 (日) 15:18:10 般若堂そんぴん さん
 Metro's Happy Birthday 3月30日

横浜市営グリーンライン:中山〜日吉!(2008年3月30日開業)
横浜市営地下鉄4号線がグリーンラインとして開業!
本当に横浜環状鉄道は本当に実現するのでしょうか?

なお,1号線・3号線に対してしばらく前からブルーラインという愛称は使われていましたが,正式に使用されるのはグリーンライン開業時というアナウンスがあったはず……

【おまけ】
不調続きで,明後日に向けてのナニも未だ準備できず……

[64165] 2008 年 3 月 30 日 (日) 15:04:37 hmt さん
 町にならずに市になった村
hmt 町と村の違い

前回[64164] のタイトルに用いた「町から村になるには」の裏には、「村」よりも「町」の方が上位にあるという社会通念があるようです。最近でこそ、希少価値の生じてきた「村」という名称を大事にしようという風潮も一般化し、滝沢村 のように有名になった村もあります。

2002年4月1日に沖縄県島尻郡豊見城村が豊見城市になりました。
地方自治法の上では、「村」から「町」になっても権限の拡大はないが、「市」ともなれば話が違うというわけです。
この豊見城が、60年以上に及ぶ地方自治法の歴史の中で、町を経由せずに「村から市」への処分が行なわれた唯一の例であるということは、実質的な価値がなくても「町」という名が欲しかった村が如何に多かったかということを実証しています。

町にならずに市になった村は過去にもありましたが、佐世保・宇部・岡谷・芦屋は「市制」という法律だった戦前のこと。沖縄県の4市は米軍統治下の時代。アーカイブズ参照。

例により、お古い話になりますが…
“郡区町村編制法、町村制、それぞれの当時の町、村の違いは何なのでしょうか?”という質問がありました [63737] 伊那谷さん。
[63912] oki さんの記事がその回答と思われるので、その一部を再録します。

要するに、町と村は「人民生計ノ情態」を異にするものの、「都会輻輳ノ地」と対比した場合町村間の相違は小さく、「施政ノ大体」では異同が認められないので、町村制という同一の制度を適用する(一方、都会輻輳ノ地である市には市制という別の制度を適用する)、ということです。

今日でこそ基礎的地方公共団体の種類は市と特別区以外には「町と村」しかありませんが、郡区町村編制法時代には、もっといろいろな名が町村レベルに存在しました。
明治13年の郡区町村一覧[62815] 例言 には、
宿 駅 里 郷 荘 組 通 小路 新田 出作 受所 島 浦 浜 等と称する類は其名に拘らず其実に従ふ
と記されています(文字間の空白を適宜挿入しました)。興野(こうや)[7786] など、他にも例があるのでしょう。

町村制の時代(明治22年)になっても、甲州街道の宿場だった「与瀬村」にわざわざ「与瀬駅」が作られ、大正2年に「与瀬町」に改められるまで続きました。関連記事
# 中央線の八王子起点ルート[61108]が決定した明治26年よりも前のことですから、「駅」は鉄道由来でなく宿場由来です。

時代は戻りますが、表を見ていると「○○村の内△△町」というような表記にも出会います。
例えば明治8年共武政表[62939]では東京府豊島郡「柏木村の内成子町」とあります。現在の西新宿。青梅街道沿いに市街地ができているが、その「成子町」は「柏木村」の一部なのでしょう。

同様の例は 明治19年1月現在の 地方行政区画便覧 に見ることもできます。
三重県安濃郡「塔世村の内茶屋町」や「下部田村の内餘慶町」というように「村の内に町」があります。

この下部田村と塔世村は、三重県の県庁所在地として記されている村ですが、この他にも、栃木県河内郡塙田村、滋賀県滋賀郡別所村、岐阜県厚見郡今泉村、岩手県南岩手郡盛岡仁王村、青森県東津軽郡大野村、山口県吉敷郡上宇野令村、宮崎県宮崎郡上別府村と、多数の「県庁所在地たる村」が存在します。

これらの村の多くは、近くの「○○町」と共に津・宇都宮・大津・岐阜・青森・山口・宮崎の市街を形成していますが、盛岡城下町だけは市街地の名称に「仁王村」など「村」だけが用いられており、「町」という名は使われていません。
従って、明治22年の市制にあたり、「仁王村」などいくつかの「村」から直接に「盛岡市」が誕生したことになります。

これが 村だけで市になった事例 の第1号と思ったのですが、念のため 新旧対照市町村一覧 を開いてみたら、仁王村・志家村に続いて“仙北町の内”と書いてあります。地方行政区画便覧では「仙北町村」だったのですが、疑問が残ります。

[64164] 2008 年 3 月 30 日 (日) 14:54:07 hmt さん
 村から町になるには
hmt 町と村の違い

中心市街地に関連して「市となるべき要件」について触れたので[64148]、ついでに「町となるべき要件」につき記しておきます。

この件は、落書き帳の初期の頃から話題になっています。昔の記事

「町となるべき要件」を、昭和23年3月23日埼玉県条例第14号 で示します。
町となるべき普通公共団体は、左に掲げる要件を具えていなければならない。但し…(新設合併の例外)
1 人口(官報で公示された最近の…人口、以下同じ)五千以上を有すること。
2 当該普通公共団体の中心の市街地を形成している区域内に在る戸数が全戸数の五割以上であること。
3 商工業その他の都市的業態に従事する者及びその者と同一世帯に属する者の数が、全人口の五割以上であること。
4 官署又は県の公署が設けられていること。
5 商工業その他都市的業態又は都市的業態に従事する者及びその者と同一世帯に属する者の数が逐次増加の傾向にあること。
6 病院又は診療所が設けられていること。
7 当該普通地方公共団体の総合的かつ計画的な行政の運営を図るため定められた基本構想において、将来の都市的発展が見込まれていること。

制定当初と比較すると、7項が付加された他に、文言の修正が見られます。
連たん区域内→市街地を形成している区域内、非農村的業態→都市的業態
また、当初の6項は“病院、診療所、劇場、映画館等の施設”となっていました。

# それにしても、劇場、映画館等が「設けられて」いないとダメなんですかね…? [3513]
という時代背景を受けた修正でしょう。[2985]参照
過去記事を見ると、熊本県[3513]まがみさん、宮城県[4861]蘭丸さんの条例があり、埼玉県条例の4項、7項を欠く他は実質的に同じです。

人口要件・連たん戸数要件・業態要件・都市的業態従事者の逐次増加・医療施設など「市」の場合と共通の項目がありますが、全体の項目数は少なく、量的要件も「市」の場合よりも緩和されています。
人口要件は「5000人以上」の都道府県が最も多いが、3000人以上(富山県など)から1万5000人以上の 栃木県 までと幅があります。
# 例えば1994年に町になった上都賀郡西方村の人口は7000人以下と思われるが、なぜ町になれた?

この「町となるべき要件」が問題になった興味ある(?)事例を、[4861] 蘭丸さん が紹介しています。町+町+町=村?
宮城県加美郡の3町合併。中新田町の連たん戸数割合は6割前後でしたが、合併で総戸数が増えると、宮城県条例で定められた「5割以上」に達しないというのです。

結果的には 宮城県条例 に附則の特例が設けられ、目出度く 加美町 が発足しました。

[64163] 2008 年 3 月 30 日 (日) 08:34:20 オーナー グリグリ
 ちょっと早いですが

4月1日の、村上市の新設合併、島田市の編入合併、盛岡市、柏市、西宮市および久留米市の中核市指定、春日部市の特例市指定に関連して、市区町村のデータ、公式HP、ランキング、雑学などを更新しました。盛岡市と久留米市は特例市から中核市への移行になります。雑学としては、朝日村の消滅により「あさひ」がまた一つなくなりました。また、山北町(さんぽくまち)の消滅により「半濁音(ぱぴぷぺぽ)の入った市区町村」も一つ減少しました。

[64161] 2008 年 3 月 30 日 (日) 01:11:53【1】 k-ace さん
オーナー グリグリ さん
新着情報のところの2008年2月と2008年3月が逆になっています。修正お願いします。
ご指摘どうもありがとうございます。みっともないミスでしたね。さっそく修正しました。

[64162] 2008 年 3 月 30 日 (日) 02:57:17【2】 ペーロケ さん
 えらいこっちゃ

 センバツ開幕中かつ年度末の多忙ゆえに、書き込みはおろか、ROMすらままならなかった落書き帳、久々に来てみてビックリ!!被告人(私)不在のまま、様々な陪審員によって[64085]の行為が有罪か無罪か、といった裁判が行われているじゃありませんか。判決は、

・もし、ICOCAを使って大町〜広島〜呉〜三原〜安芸中野で降りていれば、大町〜安芸中野間の運賃400円で済む。

・もしICOCAを持っていない場合に同じ区間を乗ろうとすると、実際に乗った距離分の運賃を払わなければならない。

・ただし、ICOCAを使用したとしても、区間の重複は認められない。
  すなわち、被告人有罪 罰金230円(安芸中野〜広島間の運賃)

ということで宜しいでしょうか??>[64128]hmt裁判長

 自分の無知と勘違いゆえに、知らず知らずのうちに犯罪を犯してしまった訳ではありますが(汗)、情状酌量の余地を認めて頂くために言い訳させていただきます。山手線1周はおよそ1時間で、暇つぶしに何周もした、といった話を聞いていましたので、「区間の重複」は認められているものだと思っていました。まあ、実際問題として山手線では取り締まりは不可能に近いものの、郊外の武蔵野線などの大きな環状線を想定して約款に記載しているのでしょうか。

 逆に、この約款があるからこそ、パズル的要素が大きい「大回り区間」を考える楽しみがあるんでしょうね。

 最後に、すべての記事に個別にレスはできませんが、反応して頂いた方、ありがとうございます。

[64085]、今度の火曜日に書けば良かったかな。。。

【1】誤字訂正、#追加
【2】罰金追加等

[64161] 2008 年 3 月 30 日 (日) 01:11:53【1】 k-ace さん
 新着情報、小笠原村、岡山市

こんばんは、k-aceです。

オーナー グリグリ さん
新着情報のところの2008年2月と2008年3月が逆になっています。修正お願いします。


拙稿[63934]でも書きましたが、今月26日から小笠原諸島:小笠原村(父島・母島)の予報警報業務が拡充されました。
これをもって、小笠原の一次細分区域の設定ということになるのでしょうか?>Issie さん
(貴HPで、これに関する更新がないので、気になっております。)


本日(日付上は、もう昨日か)、岡山に行ってきました。
先日の岡山駅での突き落とし事件の被害者のご冥福をお祈り申し上げます。恐ろしい事件が岡山駅で起こってしまったことは、ショックです。
番線が変更されてから初めて降り立った新幹線ホーム、山陽本線ホームですが、新番線番号にもそれほど違和感もなく、なじめそうな気がしました。岡山駅の風景は少しずつ変化し、東西通路がドーンと貫かれて新鮮でした。先日開業した西川原・就実駅にも岡山地区初使用となるICOCAで足を運んでみました。南側には就実大学がドーンと広がっていて、その近さに少し驚いてしまいました。
それにしても、岡山駅前の“例の”桃太郎像の周りの岡山県旧市町村名一覧だけは変化しませんねぇ…。

[64160] 2008 年 3 月 29 日 (土) 23:37:38【1】 geo さん
 たかつき,かわけ,とらひめ・・・やましな,きょうと,たかつき

 こんばんは。
 タイトルは新快速の停車駅ですが,ひらがなで書くと,あれ?ってなりますね。それにしても僕の田舎の駅に新快速が停まるようになるとは思ってもいなかった・・・。

[64154]稚拙 さん
1本の列車が、同じ読み方の別の駅に2回停車するっていうのは高槻と高月だけですよね。
 恐らくココだけと思われます。というか,そう言われればそうですね。
 2006年10月の長浜−敦賀間直流化に伴う新快速電車運転区間延長により発生した現象なのですが,ウィキペディアによれば,
新快速の運転区間が長いため、車内放送や駅自動放送にて一回で全ての停車駅を連呼することはない(大阪駅や京都駅などで一区切りする)ことや、長浜駅以北に乗り入れる列車は北陸本線内の停車駅案内を簡略化(各駅に停車するため)したりするため、さほど大きな問題にはなっていない。
だそうです。
 ちなみに高月は僕の田舎に近く,親戚も多く住んでいるのですが,「高月」から「高槻」に向かうことは滅多にないことですので,確かに,特に困ったという話は聞きません。逆の場合はわかりませんが。
 でもこの現象,やはり紛らわしいですよね。そうなると,例えば『夜間の新快速近江塩津(米原経由敦賀)行きに乗車した「高槻」の住民がついうっかり寝てしまって,ふと目を覚ましたらアナウンスで「たかつき」と言ってたので降りたらそこは滋賀の「高月」だった』という話が出てきそう(もうやらかした人がいるかも・・・)

北陸本線の「高月」駅が「近江高月」になるかと思ったら、そのままでしたね。変更するいいチャンスなんですけどね。
 同じ滋賀県内で,JR湖西線の「西大津」「雄琴」両駅がそれぞれ「大津京」「おごと温泉」に改称されたのに・・・。
 そもそも直流化の際に改称されそうだったのに,結局は莫大な改称費用の問題で撤回されましたから,残念ながらしばらくはこの話が具体化することはなさそうです・・・。次のチャンスは湖北6町の長浜編入の際?(いつになるんだ?そもそも成立するのか??)
 僕としては高月もそうですが,隣駅の「木ノ本」も町名に合わせて「木之本」に改称してもらいたいものです。そうすれば「木ノ本町」という誤記が無くなると思うので。あと「JR琵琶湖線」の愛称の近江塩津,または敦賀延長。あ,敦賀だと琵琶湖どころか日本海になるか(笑)

[64159] 2008 年 3 月 29 日 (土) 21:09:48 油天神山 さん
 修正しました

[64152]hmtさん
沖縄県ラサ島(沖大東島)に関する記事([21501] 夜鳴き寿司屋 さん)へのリンクに番号誤記があるのを発見しました。
早期の訂正が望ましいと思い、とりあえずご一報まで。

ありがとうございます。先程修正しました。助かりました。

[64158] 2008 年 3 月 29 日 (土) 20:14:03 むっくん さん
 「崎・埼・碕」コレクション&「湿原」コレクション

>EMMさん

「崎・埼・碕」コレクションに次のものはいかがでしょうか。
伊崎(いさき)(滋賀県近江八幡市)
この地は、毎年8月に伊崎寺の伊崎の竿飛びが行われることで有名です。

松ヶ崎(まつがさき)(滋賀県近江八幡市)
長命寺の門前にある名勝とされてきた岬です。
元来は琵琶湖中の島の岬として一目瞭然であったはずなのですが、第二次世界大戦後に大規模に干拓事業がなされたことで相当分かりにくくなってしまいました。もはやここが島にあるとは認識されなくなってしまいましたし。。。

これら2点の参考として、滋賀県管内蒲生郡志(編:村田巧、明治16年)中より明治時代の地図を紹介しておきます。


>みやこ♂さん

「湿原」コレクションに次のものはいかがでしょうか。
丸山湿原(兵庫県宝塚市)
以前[63978]今川焼さんで紹介された武庫川散歩(PDF)の55コマ目に登場する湿原です。

参考:ルートマップ

[64157] 2008 年 3 月 29 日 (土) 19:21:57 EMM さん
 希少地名コレ関係レス

[64156]noriさん

残念ながら矢櫃峠は希少地名コレ宛としては完全に却下です。
コレクションの説明文、並びに収録されている中身をきちんと見ていただいていますか?

[64156] 2008 年 3 月 29 日 (土) 18:41:46 nori さん
 付け足します。

希少地名 一般

矢櫃峠 やびつとうげ 峠 神奈川県秦野市 相模の北条氏と甲斐の武田氏が度々繰り返された。

[64155] 2008 年 3 月 29 日 (土) 18:30:07 ケン(地理好き) さん
 高座郡北部の旧来の市街地

高座郡北部の旧来の市街地は
相模原市・・・上溝
大和市・・・鶴間宿
座間市・・・座間
海老名市・・・国分宿
綾瀬市・・・なしです。

[64154] 2008 年 3 月 29 日 (土) 18:06:18 稚拙 さん
 だれも困らないんですか?

[64012] geo さん
 明日はダイヤ改正ですね。駅で改正後の小さな時刻表をもらったのですが,今までとかなり時刻が変わっていて驚きました。
 全国的には,大阪で『ほぼ全ての駅名に“JR”付き』おおさか東線の開業の他,多くの新駅が開業しますし,かなり大きな改正だと思います。

北陸本線の「高月」駅が「近江高月」になるかと思ったら、そのままでしたね。変更するいいチャンスなんですけどね。
1本の列車が、同じ読み方の別の駅に2回停車するっていうのは高槻と高月だけですよね。

北斗星やカシオペアが、宮城県の白石と、札幌の近くの白石を通過しますが、停車しませんし。

大阪や滋賀の人は、誰も困らないんでしょうか?

[64153] 2008 年 3 月 29 日 (土) 17:34:18 Issie さん
 市になれなかった軍都
hmt 戦時合併 と その解体

[64148] hmt さん
「市」には「中心市街地」が存在することを当然の前提としているようです。

「地方自治法」以前の「市制」の時代ですが,1941年に上溝町・座間町ほか6村が合併してできた新自治体は,まさしくこれを理由として内務省から「待った」がかかって“市”となることができず,「高座郡相模原町」として発足した,ということが『相模原市史』には記されています。
上溝だけでは「市」を称するには足りなかったのですね。
敗戦後に座間が分離して,ようやく「相模原市」になったのは「地方自治法」下で 昭和の大合併 が進行中の1954年11月。相模原の市制施行は 昭和の大合併 の成果ではなく(発足当時,「全国で最も面積の広い“町”」と言われたほどの大規模合併を達成していますから),この間に市街地が成長した結果なのでしょうね。
大和町がその少し前に 渋谷村(旧渋谷町の北半分) と合併して市になったのが1959年,海老名町と座間町が同時に市になったのが1971年11月1日,綾瀬町はちょうどその7年後の1978年11月1日に市になっています。この時期のズレが,それぞれの“町”に新興住宅地化が波及して市街地が形成された時期の違い,ということになるのでしょう。
もちろん,実際にはこのような“社会的”な条件が整うだけでなく,“町”自体が“市”になる意思表示をしなければならないという“政治的”な条件も必要ですけれど。

[64152] 2008 年 3 月 29 日 (土) 17:01:40 hmt さん
 リンクした記事番号にミスあり

[64151]油天神山さん
@nifty…による外来語由来町名コレクションの紹介 おめでとうございます。
沖縄県ラサ島(沖大東島)に関する記事([21501] 夜鳴き寿司屋 さん)へのリンクに番号誤記があるのを発見しました。
早期の訂正が望ましいと思い、とりあえずご一報まで。

[64151] 2008 年 3 月 29 日 (土) 15:26:11 油天神山 さん
 げげっ!

[64149]グリグリさん
 @nifty デイリーポータルZ に外来語由来町名コレクションが紹介されています

ひぇぇぇぇ、エライこっちゃぁぁぁ。どうしよどうしよ、こわいよー。
・・・すみません、根が小心者なもので、つい取り乱してしまいました(汗)。

冗談は措いても、「地名コレクションは担当編集者個人のものではない」ということを思い知らされました。いい加減な編集態度は許されないのだなあ、ということも改めて認識した次第です。

[64150] 2008 年 3 月 29 日 (土) 14:19:20 オーナー グリグリ
 サーバ過負荷による「503 Service Temporarily Unavailable」エラーの多発について

[64144] 2008 年 3 月 28 日 (金) 11:14:44 Issie さん
※最近サーバの調子が悪いのでしょうか。昨日1日,新期の書き込みが極めて少なかったのはそのせい?
おそらくその通りでしょう。私が気付いたのは昨日(3月28日)の早朝ですが、cgiがまったく動作しない状態でした。契約先のレンタルサーバ運営会社に問い合わせしたところ、過負荷による制限が掛かっていたようです。依頼して制限を一旦は解除してもらいましたが、また制限される可能性があると警告を受けております。過負荷の原因はcgiの多用によるものとのことであり、当サイトではかなりのcgiを動かしていることは間違いありません。cgiにもアクセスカウンタを表示する負荷の軽いものから、記事検索のようなやや負荷の重いものまで多種多様でありますが、重さと動作回数の積算で過負荷の条件になっているようです。

cgiの見直しを行うことにより過負荷の原因を取り除いていく必要があります。アクセス記録の方式を見直す、落書き帳アーカイブズやランキングデータをcgiによる動的生成ページから事前作成による静的ページに変更する、等々、見直しはかなり大変な作業になると思われます。何らかの対策を打つようにはしたいとは考えておりますが、対応にはかなり時間が掛かると思います。皆様にはご迷惑をお掛けして誠に申し訳ありませんがよろしくご理解をお願いいたします。

[64149] 2008 年 3 月 29 日 (土) 13:52:30 オーナー グリグリ
 @nifty デイリーポータルZ に外来語由来町名コレクションが紹介されています

表題の通り、現在「外来語由来町名コレクション」が紹介されています。

■舞浜はマイアミビーチから「外来語由来町名コレクション」

@nifty デイリーポータルZのトップページには、本日の午前11時〜明日午前11時まで掲載される予定です。またその後もバックナンバーのページに掲載されます。どうぞご覧ください。

[64148] 2008 年 3 月 29 日 (土) 13:16:00 hmt さん
 中心市街地
hmt 市と町の違い

[64144] Issie さん
域内に中心が存在せず,隣接する市に多くを依存する
古く(戦前以前)からの歴史のある核を持たずに「市」となり,いつの間にか人口を増やした

地方自治法 では、「市となるべき要件」(8条1項)の2号に
中心の市街地を形成している区域内に在る戸数が、全戸数の六割以上
と記し、「市」には「中心市街地」が存在することを当然の前提としているようです。

地方自治法の“中心市街地”の意味は、DID のような定義された人口集中地区と関連しているのでしょうか? DIDは統計局の使う専門用語だから直接の関係はないのかな。
いずれにしても、“中心市街地”は“古くからの歴史のある核”である必要はなく、新興住宅地で人口を稼いでもよいのでしょう。
商工業その他の都市的業態要件(3号)もありますが、商店街が分散していてもOKで、もちろん歴史は不要。

人口要件(1号)・連たん要件(2号)・業態要件(3号)に続いて、都道府県の条例で定める都市的施設要件(4号)。
都道府県による違いは少しはあるようですが、お手本があるようで、過去記事 を見ると大同小異です。
なお、要件の全項目を満たしている必要がありますが、項目内はいずれかがあればOKです[3545]

都道府県の条例で定める施設要件いずれの項目も、“中心市街地”や“歴史のある核”を求めていません。

今更言うのもナンですが、以上の要件はもちろん「市となるべき要件」であって、「市であり続ける要件」ではありません。
「体力の限界!」 で引退する横綱、恒久的保存義務を守ることができなければ登録抹消される世界遺産[59505]とはわけが違い、現状では都市的要件を具備しない「市」をそのまま許容しているのが、現行地方制度による「市」です。

振り返ってみると、明治21年法律1号に付属する 「市制町村制理由」 には、
…今此市制を施行せんとするものは三府其の他人口凡二万五千以上の市街地に在りとす…
とあり、市制の対象は 「市街地」 そのものだったようです。

全部改正された明治44年の市制第1条でも“市は従来の区域に依る”とされ、昭和22年の地方自治法でも“普通地方公共団体の区域は、従来の区域による”(第5条)と変らないはずです。
しかし、現実には周辺の村々の合併によって、いつか「市街地」でない区域が入り込んだ「市」が普通の存在になっていました。
そこで地方自治法では、新たな市を作る場合は「連たん要件」を満たすことを求めるようになったのでしょう。

もっとも、合併特例法では“連たん要件等の人口以外の要件を不要とする”としていたし、2005年4月からの合併新法でも“地方自治法第八条第一項各号の規定にかかわらず”となっているので、近年の合併では「中心市街地が存在しない市」を公認しているのかもしれません。

[64146] 2008 年 3 月 28 日 (金) 18:26:52【1】 有明つばめ さん
 市町村合併情報(星野村)

[64098]の続報になりますが、八女郡星野村長は26日、合併協議会からの離脱の方針を撤回し、今後も協議を進めることを表明しました。西日本新聞筑後版

わずか5日での方針転換、いったい何があったんだろうか。

*訂正1:タイトルを変更

[64145] 2008 年 3 月 28 日 (金) 15:50:08【2】 山野[揖斐の山] さん
 補足/三重県再び

湖西市・新居町の任意協は4月に発足予定ですが、法定協の設置は7月頃を予定しているとの事で
合併方式は湖西市への編入とし、21年度中を目標に協議へ入る予定です。

三重県御浜町で昨日開かれた臨時議会に於いて、「単独行政を継続するか、熊野市との合併を推進するか」という話が出て
10年3月の合併新法期限内の合併を目標に、投票時期については出来れば6月初旬に実施したい考えがあるようです。

[64144] 2008 年 3 月 28 日 (金) 11:14:44 Issie さん
 綾瀬川

今日は所用で年休を取っていて,この時間に自宅からのアクセスです(職場からは「足がつく」のが怖くて,とても書き込みはできません)。

[64143] スピカ さん
綾瀬市と言っても北の外れの方で生活はほとんど海老名市に依存する

域内に中心が存在せず,隣接する市に多くを依存するというのは,相模原市と同じ構造ですね。それでも縁辺部を鉄道が通る相模原市以上に,鉄道のない(通過するだけの東海道本線(新幹線)は無視)綾瀬市の場合はより不利でしょう。

考えてみれば,古く(戦前以前)からの歴史のある核を持たずに「市」となり,いつの間にか人口を増やしたという点で,旧高座郡中・北部の5市(相模原・大和・綾瀬・座間・海老名)には共通する性格があるように思います。
大和市の中心市街は,鉄道の交差点に米軍基地の「門前」という立地を背景に戦後急速に形成されたものですね。海老名駅前の中心市街地は,永らく鉄道の交点(それも旧相模鉄道=現JR相模線は統合しきれなかった中途半端な総合駅)だけしかなかった田んぼの真ん中に最近ようやく作り上げられた極めて“人工的”な街。
座間市はいまだに中心がなく,相模線相武台下駅に近い段丘崖下の“本来の座間”と,小田急と相鉄にはさまれた台地上の新興住宅地との間に著しい乖離が見られる気がします(端から見ていると)。
相模原市域には 上溝 という江戸後期以来の高座郡北部の中心地があるけれども,現在の相模原市(旧市域)は上溝の古い中心とは別次元で発展したものであって,決して「上溝町」が発展したものではありません。
東海道の宿場から発展し,現在も中心である旧高座郡南部の藤沢市や茅ヶ崎市とは構造が違うのですね。
現在「高座郡」に唯一残る 寒川町 は,どちらの類型に属するのでしょうか。

「綾瀬」は市内のどこでもない新地名

ここのページ には「綾瀬村勢要覧によれば」として,市内を流れる蓼川の別名が「綾瀬川」で,それに由来するという説を紹介しています。たった120年まえの明治の大合併の時に“それなりの意識をして決めた”はずの村名なのですが,もう由来があやふやになってしまっているのですね。
「綾瀬川に由来する新地名」という点では,神奈川県の綾瀬よりも恐らくは著名な「足立区の綾瀬」も,そしてこちらは町名としては消えてしまったけれども「葛飾区の(南)綾瀬」も同じです。もともとそこに固有の地名ではなかったのだから「綾瀬」は足立区の占有物ではなく,葛飾区に「綾瀬中学校」があっても何の問題もないのですね。
さらに綾瀬川の上流にある埼玉県の 蓮田市 の最初の名前は「南埼玉郡綾瀬村」でした。由来はやっぱり綾瀬川。
つまり,明治の大合併の時(1889年)に
 ・埼玉県南埼玉郡 綾瀬村
 ・東京府南足立郡 綾瀬村
 ・東京府南葛飾郡 南綾瀬村
 ・神奈川県高座郡 綾瀬村
ができて,そのいずれもがそこに固有の地名ではなく「綾瀬川」に由来する新地名,という点で奇妙に符合するのでした。

※最近サーバの調子が悪いのでしょうか。昨日1日,新期の書き込みが極めて少なかったのはそのせい?

[64143] 2008 年 3 月 28 日 (金) 01:02:01 スピカ さん
 綾瀬

お久しぶりです。
[63891]
2つ補欠合格
と書きましたが、何とか正式に合格して春から大学生になります。
#某氏の後輩です。

2週間ほど前に綾瀬市に引っ越しました。綾瀬市と言っても北の外れの方で生活はほとんど海老名市に依存する形になっています。「綾瀬」は市内のどこでもない新地名で、「綾瀬市に住んでる」は違和感があります。 鉄道が通っていないので、北部は相鉄線のさがみ野・かしわ台(海老名市)の各駅、西部は海老名駅、東部は小田急の長後・湘南台(藤沢市)の各駅に出ることになり、中心性も見出せません。市役所のあたりに中規模の商業施設がありますが、わざわざ行きたいとは…。
最寄りのかしわ台駅は、海老名・綾瀬・座間の3市のコミュニティバスが乗り入れています。こう言う例は他にないのでは?ただ本数が少ないので見かけたことがないのですが…。
県央の他の市でも図書館の利用カードを作れるのはありがたいことです。僕は綾瀬市のはないですが、早速海老名市と相模原市のカードを作りました。


○小田急
[64061] 3月18日 アルバトロスさん
常磐線沿線の方々は箱根に行かれるのに便利になりましたが
土休日ダイヤの下りは北千住9:13で、少し遅い感じがします。箱根湯本11:14、乗り換えて強羅12:04とお昼になってしまいます。逆に本厚木6:44の上りに乗ると、北千住での乗り換え時間は10分と際どいですが、鬼怒川温泉に11:00、東武日光に10:51(下今市乗り換え) と意外と便利です。

[64075] 3月20日 アルバトロスさん
[64079] 3月20日 小松原ラガーさん
風祭駅は極端にホームが短いですが、他に開成・栢山・富水・螢田の各駅も6両編成しか停まれないので、今改正で新宿直通の急行はほぼ完全に通過となりました。大野から江ノ島線に入る快速急行にタッチする6両急行は停車します。
分割・併合が減ってスッキリしたので、毎日の様にダイヤが乱れて顰蹙を買っていたのが、何とかなれば。

[64111] 3月23日 ぺとぺとさん
現行平日日中の新宿〜小田原間で
特急「さがみ」64分
特急「はこね」68〜72分
快速急行85分
快速急行(藤沢行き)〜急行90分
急行92、3分
ですからあんまり速くなると、特急から速達性を奪ってしまいそうです。無論速さだけがウリな訳ではないのですが。
本厚木〜新松田間は厚木・伊勢原・秦野・松田といい感じに都市が並んでいますよね。


○ダイヤ改正
関東私鉄各社のダイヤ改正のニュースリリースを張っておきます。
3月28日
東京メトロ
東急電車
→ラッシュ時増発、大井町線急行
6月14日
東京メトロ
→副都心線開業、有楽町線準急
東武電車
→副都心線関連と「TJライナー」
西武線
→副都心線関連と「拝島快速」
同日、東急目黒線武蔵小杉〜日吉間開通か(未発表)。


○雑記
今日(もう昨日)、厚木市北部に局めぐに行きました。国道246号線で新相模大橋を越えると、丹沢が青い山並みから木々が見えるように変わるのに感動しました。天気にもよると思いますが、相模川左岸ではいつでも青い山並みにしか見えません。
圏央道の工事は着々と進んでいて、こんな所に準備工事がしてありました。

今日(もう昨日)、横浜市港北区にトレッサ横浜がオープンしました。トレッサとはフランス語で、「喜びでわくわくする」という意味だとのこと。郵便局が開局したので、早く訪れたいところ。

[64142] 2008 年 3 月 28 日 (金) 00:41:22 白桃 さん
 こだわり

昨日は書き込み1件ですか・・・。

仕事がらみになりますが、ちょっとした冊子を毎年作っておりまして、その冊子には巻末に観光関係の学部・学科がある大学等のリストを掲載しております。
ほとんどの学校は23区内や市部にその所在があるのですが、3校が郡部にあります。
所在地を詳述するスペースもないので、私は昨年まで郡を省略して○○県○○町としておりました。ところが、今年、若い女性にチェックをお願いしたところ、
群馬県板倉町→群馬県邑楽郡
大阪府熊取町→大阪府泉南郡
沖縄県西原町→沖縄県中頭郡
とご丁寧?に変更されておりました。
町村名を抹消して「人格」なき郡で止めるなど何事ぞ、と、文句を言っても仕方ありませんが、ともかく♪私はガマンできな〜い〜。

ついで:旧ソ連邦から独立した国家に関するナゾナゾ
1.私の職場のエライ様は海外出張中で、当然、部屋の電気は消えております。どこの国に行ってるのでしょう?
(ヒント)部屋に入った私、思わず「うっ、暗いな・・・」

2.首都にはホテルが少なく「民宿」が多い国は?
(ノーヒント)

グローバル?なダジャレで失礼いたしました。

[64141] 2008 年 3 月 27 日 (木) 16:14:53【1】 はやいち@大内裏 さん
 村上の春

4/1に発足する新・村上市のサイトです。 http://www.city.murakami.lg.jp

静岡県湖西市と新居町は3/28付けで任意協を設置します。

[64140] 2008 年 3 月 26 日 (水) 20:32:50【1】 hmt さん
 ICカード乗車券

[64139] hiroroじゃけぇ さん
Suica・ICOCA・TOICAのJR3社のICカード乗車券

2008年3月29日から、JR東海のTOICA 名古屋静岡エリア について、SuicaやICOCAとの相互利用が始まるのですね。
【追記】
各エリアをまたがってのご利用はできません と断るまでもなく、会社境界のある熱海−函南間と関ヶ原−米原間とは、ICカードの利用エリアから外されています。

[64135] にまん さん
よく調べてみると、SUICAの約款には
乗車経路が環状線1周とならないときは、当該取扱区間内に限りいずれの経路も乗車することができます。
とあるので、「環状」は駄目なのでしょう。
でも、ICOCAの約款には同様の規定がないので、反対解釈すれば、ICOCAでは環状の乗車も認められているのでしょうか?

発駅に戻ってくるループ乗車は、“駅相互間の片道乗車”(約款8条1項)に該当せず、別途現金支払いによる発駅情報の消去手続が定められています(同26条1項)。

大町⇒広島⇒呉⇒三原⇒海田市という「6」の字ルート[64085]を ICOCAで乗車した場合は、既に大町→海田市の乗車を果たした上での海田市⇒呉⇒三原⇒西条⇒海田市というループ乗車になりますから、「2回目の乗車」に該当し、「片道1回」ルール(約款20条1項)に違反することになると思われます。

結局のところ、 Suica取扱規則(29条1項2号)と同じように、ループ乗車は許されていないのだと思います。

ご指摘のように、Suica取扱規則とICOCA約款とは表現上の相違があるので、[64128]の記載には修正を加えました。

[64139] 2008 年 3 月 26 日 (水) 18:46:33 hiroroじゃけぇ さん
 ICカード乗車券と・・・

[64128]hmt さん ほか多数の皆さん
ICカード乗車券と普通の切符での運賃清算のルールが違うというのは、納得のいかないところも多々生じてしまいますね。Suica・ICOCA・TOICAのJR3社のICカード乗車券を保持できる方々(今後北海道や九州にも拡大されますが)とJR四国内やICカード乗車券エリア外の方々と運賃が違うなんておかしいと感じてしまいます。確かに、それらのエリアのためだけにICカードを保持するということも考えられますが、非日常的なものをどれだけの人が選択するのでしょうか?もし、同じ運賃にしたいのであれば「近郊区間」を設定することが、JRとしての義務というか本来のお客様本位のサービスになるのではと疑問に感じてしまいました。

昨日の岡山駅での事件。ほぼ毎日利用する自分(1・2番ホームも利用します)にとって、かなり衝撃的な事件でした。今後、岡山駅を利用する度に事件のことを思い出すのだろうかと考えてしまいます。毎朝あのホームで列車を待っていると「いい日旅立ち」(2番線は「汽車」)のメロディーが流れ、切ない気持ちにさせられるのですが、明日からはまた感じ方が変化してしまいそうです。

[64138] 2008 年 3 月 26 日 (水) 18:43:58 山野[揖斐の山] さん
 阿東町

なかなか、回答が出てこないなぁと思いつつ・・1年程経って出ました。
昨年1月に山口市へ合併の申し入れを行っていた阿東町に対し協議の場を設けたいとする動きがありました。

[64137] 2008 年 3 月 26 日 (水) 11:20:18 はやいち@大内裏 さん
 春の議会編(完)

清須市・春日町はそれぞれ3/24に法定協設置議案を可決しました。4/1付けで発足します。

[64136] 2008 年 3 月 26 日 (水) 09:11:47 蒼の狼 さん
 津

出身地について最近気づいてびっくりしたことを書きます。
皆さんもお知りの通り、香川県の郡名は昔の郡の合成であることが多いです。
よく考えると、宇多津と多度津の地名はそこからきていたのでした。
「津」は港かあるいはそれに近い意味を持ちます。
よって、宇多津→鵜足(郡)+津
    多度津→多度(郡)+津となります。
そこで思ったのは、なぜ鵜足郡と多度郡にあって間の那珂郡にはないのかと。
そしたら…ありました。実家の近所に。
丸亀市中津町(那珂+津)が!
しかも意外と由緒正しい港だったのです。
明治時代に天皇陛下が香川県を訪問される際に、もともとは多度津港に入港する予定でした。
しかし、大雨になるという予測があり、もしかすると中津の港に入るかもしれないということになりました。
住民たちはそのことに驚き、急遽金倉川に橋を渡しました。
天皇陛下の行幸ということで「幸橋」と名づけられました。
結局雨は降らず、天皇陛下は予定通り多度津港に到着しましたが、幸橋は今でも県道21号線にかかっています。 

[64135] 2008 年 3 月 26 日 (水) 01:23:55 にまん さん
 やはり無理がありましたか

[64126]ぐりゅん さん
ICカード乗車券取扱約款に「最も低廉となる経路」での運賃とあるので、
普通の切符の方が安くなることはないと思います。
連絡運輸の関係ですが、田端から西日暮里乗換えで金町までなどは切符のほうが安くなります。参考
確認はできていませんが、新横浜−小田原間もカードでは新幹線との選択乗車ができないので、切符の方が安くなるようです。

これを認めていると取れる条項がわからないのですが。
もしそういう条項がなければ、ICカード用の約款に特別の定めがない事柄については、
通常の乗車券に準じると考える方が自然ですので、区間の重複は認められないと考えるべきです。
「区間の重複」については、私自身もかなり無理はあるとは思っていますが、読みようによっては余地はあるのかなと。。。

旅客営業規則の「片道乗車」の定義では
普通旅客運賃計算経路の連続した区間を片道1回乗車船(以下「片道乗車」という。)
となっていて条件は「連続」と「1回」だけ、環状や重複の場合に運賃計算を打ち切って乗車券を発売するというのは、定義の外の但し書きや別の条文の部分なんですよね。
要は「片道」を「入場」した場所と「出場」した場所のみを基準として、途中を考えない考え方もあるのかなと思います。

ただ、よく調べてみると、SUICAの約款には
乗車経路が環状線1周とならないときは、当該取扱区間内に限りいずれの経路も乗車することができます。
とあるので、「環状」は駄目なのでしょう。
でも、ICOCAの約款には同様の規定がないので、反対解釈すれば、ICOCAでは環状の乗車も認められているのでしょうか?

考えれば考えるほど分からなくなってきました。

[64134] 2008 年 3 月 26 日 (水) 01:21:21 牛山牛太郎 さん
 折れたタバコの吸殻で〜。

みなさま、おばんです。

[64129] 2008 年 3 月 25 日 (火) 21:52:53 いっちゃん さん。
・白石蔵王駅と白石駅の微妙な位置関係?

何ゆえ東北本線との交点に駅を作らなかったのか、ちょっと(いや、大いに)疑問。
あの交点は、もともと東北本線が単線時代の信号場の跡地なのです。
ですから全く、用地買収の点においては、ほとんど困らないはずでした。
市街地に近づけようとして現在地の設置したそうですが、そのせいで利用客数が少なく、
停車する新幹線も少ないという悪循環に陥っているようです。


・大河原〜船岡にかけて車窓に見えた白石川のほとりに立ち並ぶ桜の木々・・・参りました。蕾が膨らむタイミングを計っているといった感じでしたが、これらが咲きほころんだときにはものすごいのでしょうね。
去年は、船岡城址公園の方は「ウソ」に蕾を食べられてしまい、悲惨な状況になってしまいました。
今年は、今のところは大丈夫なようですが、まだまだ油断は出来ません。
「ウソ」の被害は数年続くとも言われております。心配だ・・・。

[64133] 2008 年 3 月 26 日 (水) 00:16:32 蒼の狼 さん
 ありがとうございました。

灘について色々調べて書き込んで下さった皆さん本当にありがとうございます。
かなり参考になりました。
兵庫県初心者なのでまだ右も左もわからないです。
また宜しくお願いします。
今日香川県から戻ってきました。

[64132] 2008 年 3 月 26 日 (水) 00:08:53【2】 Issie さん
 高校も病院も水道も市営交通もない政令指定都市(候補)

[64131] 白桃 さん
私立高校の無い人口最多市

1文字違いですが,これを「市立高校」とすると,それがない人口最多の市は 相模原市 であるようです。
私立であれば「相模原高等学校」(光明学園,1951年よりこの呼称。「県立相模原高等学校」は 光明相模原 より後の1963年に“ようやく”設置された新しめの学校です)を始め,いくつもの学校があるのですが,「相模原市立」の高等学校は現在まで存在していないのですね。
同じく相模原市には,「市立病院」も「市営水道」も「市営交通」もありません。

相模原エリアで(上)水道事業を行っているのは 県企業庁 で「県営」(下水道は市営。ただし,旧津久井町最奥部の 青根地区 の簡易水道は旧町から市が引き継いで運営)。市営交通に関しては,編入直前の 藤野町 が神奈中グループの撤退したバス路線を已む無く町が引き受けて運行していましたが,編入の際に相模原市は神奈中グループの 津久井神奈交バス に運行を委託してしまったので,現在のところ市営の交通機関はありません。
病院に至っては,「県立病院」さえ相模原市内にはありません。

「政令指定都市」はもちろん,それをめざすほどの“大都市”ともなれば,高校と病院と交通機関のうち2つ以上は市が運営していそうなものですが,相模原市にはそのどれもがないのです。
「市立高校」なら,岡山市にも熊本市にも船橋市にもありますよね。

もちろん,今の時代,市内交通が公営(市営)であることが適当なのかという議論もあるし,神奈川県では県立病院の独立法人化を考えているようで,これも必ずしも公立である必要はないという流れにはあります。反対に,現在議論が進められている 道州制 の下では高校段階以下の初等・中等教育は基礎自治体が担うべきであるという意見が聞かれて,実際そのようになれば(あるいは現実に道州制が導入されるよりも早く)県立高校は「相模原市立」に移管されるのかもしれません。

それはそれとして,そのどれもがない相模原市が政令指定都市だなんて,ずいぶん“格”が落ちるんじゃないの,…なんて悪口も言えてしまうのでした。

[64131] 2008 年 3 月 25 日 (火) 22:56:03 白桃 さん
 私立高校の無い人口最多市

[64130]いっちゃんさん
私立高校の無い市で人口最多の市ってドコなんでしょう?
は多分、川口市だと思います。
いっちゃんさん、川口に白桃私立キューポラ高校かいっちゃん学園でも作りましょうか。(^I^)

さきほど、富山から戻ってきました。
市内から見えた残雪の立山連峰が美しかったです。松川のサクラのつぼみも膨らんでいました。

[64130] 2008 年 3 月 25 日 (火) 22:19:55【1】 いっちゃん さん
 高校

続いて別ネタで。

[64114]okiさん
何と言っても特筆されるのが、普通科の男子校である栃木高、女子校の栃木女子、実業科の栃木農業、栃木工業、栃木商業と、市名(ですよねこの場合)を冠した県立高が5校揃い踏みしていること。高校再編の進んだ現在、市名のついた県立の男女農工商高校が全部揃った都市などというのは、北関東や東北の県庁所在地レベルの都市でもなければ、滅多に見られないのでは([64054] 右左府さん によれば、能代市も以前はすべて揃っていたそうですが)。さすが元県庁所在地。人口10万人以下都市の「実質的な」高校力チャンピオンは栃木市で決定、というところですね。
補足と言うか、参考までにと言うか、自治体単位では栃木市ではないのですが、実質的に栃木駅利用の高校に含まれる場所にある高校があります。たまたま栃木市に立地をしなかっただけで、括りとしては栃木市にあると言っても過言ではないような高校です。
これを番外編で含めますと、栃木の高校力は更にパワーアップします。何せ、男子高(県立=ワタクシの母校)、女子高(県立)、普通科共学高(県立)、農業高(県立)、工業高(県立)、商業高(県立)、単位制(定時制)高(県立)、私立高が揃うのですから。

で、この延長にあるのかないのかは別にして、私立高校の無い市で人口最多の市ってドコなんでしょう?たぶん三大都市圏のどこかなんでしょうけど。ただ、そういう市を除くと私の自称出身地である小山市も結構上位になるんじゃないかと思うのですが・・・。 

[64129] 2008 年 3 月 25 日 (火) 21:52:53 いっちゃん さん
 一目千本桜には早かったのですが

今日は日帰り出張で福島&仙台に行ってきました。
福島での商談が11:30に終わり、次は仙台での商談。このアポが14:30。優秀なビジネスマンであれば新幹線を利用し、時間を有効に活用して出張先でも別の仕事をするのでしょうが、私はそうではないので、在来線でのんびりと仙台へ向かうことを選択したのでした。
理由は・・・もう、お分かりと思いますが「日中の大河原やら船岡やらをこの目で見たい!」ただこれだけです。落書き帳メンバーとしては当然の選択です。
実は過去にもこの区間をDaytimeに通ったことはあるのですが、ただ単に通っただけでした。何の記憶もありません。北斗星でも通っていますが酔っ払っている時間ですし・・・(笑)。で、今日は初めて同然で乗車したのでした。
で、感想ですが
・県境を前にグングンと登って行く様は堪らない。高架を除いて鉄道で平野や盆地をしばし見下ろせるポイントってあるようであまりないような?
・白石蔵王駅と白石駅の微妙な位置関係? これは千本桜さん、牛山牛太郎さんの書き込みでも触れられています(どれを引用したらいいのか困ってしまった)が、何ゆえ東北本線との交点に駅を作らなかったのか、ちょっと(いや、大いに)疑問。
・大河原〜船岡にかけて車窓に見えた白石川のほとりに立ち並ぶ桜の木々・・・参りました。蕾が膨らむタイミングを計っているといった感じでしたが、これらが咲きほころんだときにはものすごいのでしょうね。
図らずも安心しきったのか、槻木で阿武隈急行の合流を確認したあとうたた寝をしてしまい、気づいたら長町でした。
仙台で2件ほど商談を済ませ、またもや時間に余裕ができたので、地下鉄の完乗も果たすことができました。

[64128] 2008 年 3 月 25 日 (火) 15:17:15【1】 hmt さん
 運賃計算 ICカード乗車券の場合

[64085] ペーロケ さん
昨夏、岡山、広島地域にICOCAが導入されました。当然ながら、既にICOCAが導入されている関西地区と同様に、ICOCAの範囲内であれば経路は問わず入口と出口の最短経路で運賃が計算されると思っていました。

[64101]では、 ICカード乗車券を使用した場合に触れていなかったので、続編を記します。
詳しくは知りませんが、Suica乗車券もICOCA乗車券も、実質的には ほぼ同じ扱いだろうと思います。
具体例の示されている 「岡山・広島エリア」 を参考までにリンクしておきます。

ICカード乗車券の場合、“個別の運送契約の成立時期は、旅客が駅において乗車の際に自動改札機による改札を受けたとき”になります。その時点での行先は、普通の乗車券のようには特定されておらず、経路と行先とを入場後に選択することができます。
但しICカード乗車券の効力は入場した駅と同じ利用エリア内に限定されており、そのエリア内で「環状線一周にならない片道乗車1回に限り有効」ですから、これが経路・行先の制約になります。
例えば大町→呉→三原→広島のように環状線一周になり、かつ連続乗車となるケースに使用するのは問題があると思われます。

出場駅において自動改札機によりSF残額から運賃が減算されることにより、個別の運送契約が完結します。
運賃の計算額は、JR西日本ICカード乗車券取扱約款 では、次のようになっています。
第19条2項 …減額する片道普通旅客運賃の運賃計算経路は、利用エリア内において片道普通旅客運賃が最も低廉となる経路とします。
JR東日本ICカード乗車券取扱規則 27条も、ほぼ同じ趣旨。[64088] まつもとしろくま さん 参照。

というわけで、[64100] hiroroじゃけぇさん が指摘された岡山〜総社間では、倉敷経由26.6kmを乗車しても、地方交通線ながら吉備線経由20.4kmの方が運賃が安いので、こちらが適用されます。
吉備線経由の切符で伯備線を乗車する人
は不正でしたが、ICOCA乗車券ならば、[64125] にまんさん が記した通りに
イコカを使用すると合法的に吉備線経由の安い運賃で(倉敷・伯備線経由に)乗ることができます。

次に、ループ経路内での出場の必要性に関して。
[64118] hiroroじゃけぇ さん
「ICOCA」だとそもそも経路が特定できないので、このような場合は三原で一度タッチする方が無難だと思いますが。

ICOCAによる乗車は、“利用エリア内の駅相互間”(約款8条1項)で、“片道1回の乗車に限り有効”(同20条1項)となっております。
入場のみや入場駅に戻る場合は、“駅相互間の片道乗車”に該当せず、別途現金支払いによる発駅情報の消去手続が定められています(同26条)。

大町⇒広島⇒呉⇒三原⇒海田市という「6」の字ルート片道切符は作れますが([64105] N-Hさん)、これは 途中下車可能を前提とした 普通片道乗車券のルールであり、もともと途中下車が認められていないIC乗車券の世界では、ループを完成させるルートでの乗車は想定外です。

Suica取扱規則の29条1項2号では
乗車経路が環状線1周とならないときは
とあるのに、これに対応するICOCA約款20条3項ではそのような明記がありませんが、既に大町→海田市の乗車を果たした上での海田市⇒呉⇒三原⇒西条⇒海田市というループ乗車は“2回目の乗車”に該当し、「片道1回」ルールに違反することになると思われます。

最初にもちょっと触れたICカード乗車券の効力の主要なポイントを列挙しておきます。Suica 29条、 ICOCA 20条。
(1) 片道乗車1回に限り有効
(2) 同一の取扱区間内(利用エリア内)で(環状線1周とならない)乗車経路は選択自由。
(3) 途中下車不可
(4) 当日限り

旅客営業規則では、環状線1周となる場合その駅で打ち切り計算となる規定のため、片道切符は「環状線1周を越えない」ルートまで可能でした。
ICカード乗車券の条件は「環状線1周とならない」ルートですから、少し違います。
具体的には、大町→広島→呉→三原→西条→海田市の「6」の字ルート片道切符は発券可能(逆回りの「の」の字ルートは不可)であるが、 ICカードによる「片道1回」で乗車できるのは海田市の一駅手前、即ち安芸中野までとなります。

特に三原での下車記録を残したいならともかく、もともと利用エリア内では経路を問わないICOCAにおいては、安芸中野で出場すればよいのではないかと思います。その場合、呉→三原→西条と迂回乗車しても大町→安芸中野の最短距離で運賃計算。(帰路はもちろん再入場して別計算。)

このように、 ICカード乗車券の使用により、大都市近郊区間における大回り選択乗車と類似の機能が、利用エリア内で実現しました。

[64125] にまん さん
約款の読み方が正しいかどうか分かりませんが、カードを使う場合は、切符では認められていない「区間の重複」も認められているようにもとれます。そうであれば、話の発端である[64085]のペーロケさんの移動も、カードであれば問題ないことになります。

最初にも書いたことですが、ペーロケさんの移動ルートにICOCAカードを用いた場合、“片道1回の乗車に限り有効”( 約款pdf 第20条1号)の「片道」に明らかに違反しています。
「片道」ですから、「区間の重複」が認められるはずはありません。[64127] N-H さん指摘済み。

実際には、区間の重複のない「回遊」(一度通った海田市駅に戻ってくる経路)でさえも、環状線1周となるので認められないのは前述の通りです。現実には、発駅に戻る回遊でなければ、発見困難でしょうが。

[64118] hiroroじゃけぇ さん
このような(「大町⇒広島⇒呉⇒三原⇒海田市」という回遊)ルートでの発券も可能なんですね。
(中略)それでも、海田市→広島の切符のみ買い足せばよいということは驚きです。

ICカード乗車券の件からは離れますが、参考までに。
大町⇒海田市と海田市→広島との「連続乗車券」も発券可能です。運賃だけでなく通用期間も合算されます。
サンプル を見ると学割ですね。そう、1枚の学割証で実質2枚分の切符が買えることが、合算で伸びる通用期間と共に連続乗車券のご利益でした。

以上、シロウトがICカード約款をざっと眺めて記した記事です。間違があったらごめんなさい。

[64127] 2008 年 3 月 25 日 (火) 13:13:18 N-H さん
 IC乗車券の運賃計算

[64125] にまん さん
カードを使う場合は、切符では認められていない「区間の重複」も認められているようにもとれます。
[64126] ぐりゅん さん
「最も低廉」をどこまで拡大解釈するか、ってことも考えられますね。

ICカード乗車券取扱約款には、第20条(1)に、
当該乗車区間において、片道1回の乗車に限り有効なものとします
とあります。一方において「片道」という言葉の定義はここではなされていませんが、確か旅客営業規則かなにかで、原則経路の重複しないことが定められていたように記憶していますし、そもそも「片道」という語意からしても著しい重複は片道とはいえないでしょう。
さらに、ICカード乗車券取扱約款の第26条には、
ICOCAで入場した後、任意の駅まで乗車し、出場せずに再び旅行開始駅まで乗車して出場する場合は、実際乗車区間の普通旅客運賃を現金で支払い
とあり、つまり重複乗車して元の駅まで戻ってきたら全区間支払えといっているわけですから、ここから類推してもやはり重複乗車は認められそうにありません。

[64126] 2008 年 3 月 25 日 (火) 03:55:12 ぐりゅん さん
 Re:運賃計算

[64125] にまん さん
逆に、切符を買った方がカード使用時より安くなる場合もあります。
ICカード乗車券取扱約款に「最も低廉となる経路」での運賃とあるので、
普通の切符の方が安くなることはないと思います。

約款の読み方が正しいかどうか分かりませんが、カードを使う場合は、切符では認められていない「区間の重複」も認められているようにもとれます。
これを認めていると取れる条項がわからないのですが。
もしそういう条項がなければ、ICカード用の約款に特別の定めがない事柄については、
通常の乗車券に準じると考える方が自然ですので、区間の重複は認められないと考えるべきです。
とは言え「最も低廉」をどこまで拡大解釈するか、ってことも考えられますね。

極力計算を簡単にしたいということではないでしょうか。
多分そうでしょう。制限が緩んだのは業者側の都合に過ぎないわけですから、
客としては斟酌する必要はないかもしれません。
ただ、現実に乗車経路を検証する方法がないからOKと考えていいなら、
普通乗車券での「大回り」乗車や重複乗車も「あり」ってことになってしまいますから
そういう解釈はすべきじゃないと思います。

[64125] 2008 年 3 月 25 日 (火) 01:07:52 にまん さん
 運賃計算

私もそれほど詳しいわけではないのですが、何か誤解されたまま話が進んでいるようなので、、、

[64088]で、まつもとしろくま さんも言われていますが、
ICカードを利用する場合、大都市近郊区間でなくてもICカード利用可能エリアなら最短ルートでの運賃計算となるようです。

というのも、運賃計算の基本となる旅客営業規則とは別に、ICカード乗車券取扱約款というのが定められているために、細かいところで切符を買う場合とICカードで乗車する場合で運賃の計算方法が異なっています。(参考:JR西日本約款のページ

話題になったところでは、伯備線経由で岡山−総社を移動する場合、切符を買うときは経路どおりの運賃を払う必要がありますが、イコカを使用すると合法的に吉備線経由の安い運賃で乗ることができます。

逆に、切符を買った方がカード使用時より安くなる場合もあります。

約款の読み方が正しいかどうか分かりませんが、カードを使う場合は、切符では認められていない「区間の重複」も認められているようにもとれます。そうであれば、話の発端である[64085]のペーロケさんの移動も、カードであれば問題ないことになります。

カードであれば、いくら長い距離を移動しても、途中下車もできませんし、有効期間も入場した当日のみですので、極力計算を簡単にしたいということではないでしょうか。

[64124] 2008 年 3 月 25 日 (火) 00:52:28 EMM さん
 EMMの地名コレクション編集メモ・第151号−2

[64117] 右左府さん
どなたかが手を挙げて下さることを願って、コレクション案として推薦させていただきます^^;)
それでは「日和山」はコレクション案の方に入れておきます。
結構眠くなってきたので作業は明日以降と言うことでご了承ください<(_ _)>

#別件で昨年の今頃の過去記事を読み返していたら、コレクション案の提案を頂いていながら同時期に何か色々重なったために対応を忘れていたものがあったのを発見してしまいました。
それも忘れずに対応せねば…

[64123] 2008 年 3 月 25 日 (火) 00:44:47 まかいの さん
 行ったけど行けなかった

[64116]スナフキん さん
圏央道ウォークにお出かけ
行かれましたでしょうか?

年度末の仕事をまだまだ抱えてしまい、日曜日も出勤せねばならない状況の中、
ウォーク参加は無理でも物産展は覗いてみようかな、と思って車で川島ICに向かったところ、

・・・絶句、甘かった・・・

ホント絶好のピクニック日和でしたので、行ってみたい気持ちは良くわかりましたが、
老いも若きも一点を目指して集結していく様子は凄い光景でした。
川島ICはまだまだ田んぼの真ん中ですが、あらゆる農道という農道に車がひしめき合い、
近くのショッピングモールは自分の店には入らない客の臨時駐車場と化してました。
それにしても、ICの料金所ブースから本線までのランプが人で埋まり、
ところてんのように押し出されていく様子などそうは見られない光景なので、路上は歩けなかったけどちょっと満足。
イベント全体では何万人の人出だったのでしょうか。
これだけの人が注目してくれるのであれば、圏央道の利用も上々となりそうですね。

ということで、行きと帰りで別ルートを通り、家からの所要時間を計測して終了。
実家に帰るときには毎度利用させてもらうことになりそうです。

坂戸ICの存在感には疑問符がつきますね。

改めて地図をみると、越辺川を挟んで西と東、坂戸−川島間があんなに近距離とは思いませんでした。
私は逆に、坂戸ICの場所を良く知らないので、IC二つももっている鶴ヶ島を横目に、
”坂戸”の名の付いたICを何が何でも欲しかったから、あんなところだけど作ったのかなと勘ぐってしまいました。

そういえば、今回初めて気付いたこと。「かわしま−まち」ではなく、「かわじま−まち」だったのですね(恥)

埼玉のど真ん中の話題をもう1つ。朝日新聞にこんな記事が出ていました。
海はなくても「川幅日本一」埼玉県宣言

場所はこちらの鴻巣市―吉見町間なのですが、確かに壮観で、以前から通り抜けるのが好きな場所でしたが、日本一だったとはビックリ。個人的には、真ん中の旧荒川河跡が好きですね。

と思ったら、さすが落書き帳、過去記事がありました。
[4342]TN さん
前回ご案内しました、埼玉県吉見町とお隣鴻巣市の間を荒川が流れておりますが、御成橋という橋の一帯は、意外と知られていませんが、川幅(堤防と堤防の間)が2.5Kmもあり川幅の最大値としては日本一なんだそうです。

[64122] 2008 年 3 月 25 日 (火) 00:35:08【1】 EMM さん
 清酒産地としての「灘」その1・その範囲の理由

[64113] ニジェガロージェッツさん
「灘五郷」とは、地名というよりはこの地域の地場産業である酒造地の酒蔵を纏めた名称で、江戸期には東から、今津郷、魚崎郷、御影郷、西郷、下灘郷であり、明治時代になると下灘郷が抜けて、代わって西宮郷が入って現在に至っているようです。
wikipediaによると、江戸時代の前期は今津郷・上灘郷・下灘郷で「灘目三郷」(他のサイトでは「灘三郷」とも)と呼ばれており、のちに灘五郷となったようです。
ところが、他のサイトを色々見ていると、魚崎郷・御影郷・西郷を「灘三郷」(サイトによっては「灘目三郷」)としているサイトが多く見られます。(たとえばYSKさんのJapan Regional Explorer中の記事
一方、伊丹市史の中に今津郷・上灘郷・下灘郷を灘三郷とした記述もあるようで、どっちが正解なんだか分からなくなってきました。
そこで、さらに情報がないか探してみたところ、神戸市文書館HP中の「近世灘の江戸積み酒造業」と言うサイトに行き当たりました。
ここにある記述を追っていくと、清酒産地としての「灘」が地域名としての元々の「灘」(武庫川河口から神戸市の生田川河口までの海岸地区名。【別称】摂津灘。東西20km。)よりも広い範囲に及ぶ理由や、灘○郷が変遷していった理由を考えるためのヒントが見えてきます。

摂津の国は江戸時代以前から日本でも有数の酒産地でありましたが、江戸幕府が酒造業を免許制としたこと、摂津から「大消費地」江戸への酒の輸送が始まったことから池田・伊丹・西宮・尼崎・北在・伝法・今津・兵庫・大坂三郷・上灘・下灘・堺の12の産地(摂泉十二郷と呼ばれる。このうち北在郷は富田・茨木から有馬・三田までの広範囲に点在する小産地の総称なので、単に産地と言うよりも生産出荷組合的なものだと思った方が良いのかもしれません)が発展していきました。
その摂泉十二郷の中でも今津郷・上灘郷・下灘郷が特に「灘目三郷」と呼ばれていたと言うことになりますが、その理由としてまず考えられるのが、1769年に武庫郡今津村から八部郡兵庫津までの34ヶ村が幕府領になったことです。
この幕府領は灘を中心に海岸沿いに広がっている格好なので、「灘の天領にある酒の産地」と言うことで本来灘ではない今津郷や灘からはみ出す部分のある下灘郷までをまとめて呼ばれるようになったのではないか、と言うことです。
しかし、やはり天領内にある西宮や兵庫が入っていないので、これだけでは理由としては成り立ちません。
もう一つ関連してきそうなのが、上灘郷・下灘郷・今津郷が摂泉十二郷の中でも最も新興の産地でありながら、海運と結びついて急成長したことです。
(特に上灘郷はダントツの生産量を誇る)
伊丹などの旧来からの産地は当初酒を馬に積み、陸路で江戸に運んでいました。
一方、船を使うと陸路よりも短時間で江戸に運べるため酒の品質が低下する前に売ってしまうことができ、輸送に時間がかかる陸路の酒よりも評判は良かったようです。
海運はもともと兵庫の船主が始めたのですが、上灘郷なども新興産地ながら海に近いことを活かし海路で江戸に酒を売ることにより短期間で急成長を遂げた様です。
おそらく、「海運と結びついて急成長した、灘の天領にある3つの新興産地」と言った意味合いで「灘目三郷」という呼び名ができたのでしょう。
自ら名乗ったのではなく、他の人(消費地である江戸?競合他産地?)が呼び出したものだと思います。

この「灘目三郷」が「灘五郷」になるきっかけは内輪もめによるケンカ別れでした。
江戸時代後期の文化文政期には上灘郷は摂津の国でも一番の大産地になっており、江戸に輸送される清酒の50%以上が上灘郷のものだったそうです。
ここまで大きくなってしまうと他産地との競争よりも内部での利害対立の方が大きくなってしまい、上灘郷は1828年に東組(のちの魚崎郷)、中組(のちの御影郷)、西組(のちの西郷)の3つに分裂してしまいました。
(イケイケの中組と、その足を引っ張りたい東組・西組という図式)
これにより、「灘目三郷」から「灘五郷」へと姿を変えることになります。
魚崎郷・御影郷・西郷を「灘三郷」と呼ぶようになったのはこの上灘郷分裂以降、おそらくは明治期に「灘五郷」が再編されてからのちのことではないか、と推測します。
元々は「上灘三郷」だったものが、清酒産地としての灘の中心地でもあることから「灘三郷」となり、さらに古くからの「灘目三郷」とごっちゃになって現在に至っている、というところでしょうか。


「近世灘の江戸積み酒造業」を読み進めていくと、下灘郷が衰退し代わりに西宮郷が灘五郷に含まれるようになった理由と思われる事も書かれているのですが、長くなってきたのでそちらに関しては別稿にて触れたいと思います。

[64121] 2008 年 3 月 24 日 (月) 22:18:57 hiroroじゃけぇ さん
 加古川駅もそうでしたね

[64120]みかちゅう さん
中間改札といえば加古川駅でしょうか。加古川駅の場合、加古川線とJR神戸線のホームが完全に分離されているためにできるわけですよね。で、例の海田市駅と三原駅ですが、海田市駅は山陽本線と呉線のホームが完全に分離されているので中間改札は可能でしょう。でも、三原駅は微妙ですね。完全に分離できないと設置できないのが中間改札ですし。といっても、三原駅や海田市駅に中間改札を設けても、それを必要とする人はほとんどいないでしょうね。あっ、そういえば、鶴見駅も中間改札のある駅の一つでしたね。兵庫駅のやつは中間改札って呼べるのかな?

特急券とセットで買うのでなく券売機で運賃表を見ながら買うのであれば安いほうの切符を買う人がそれなりにいるのは十分想像できます。
運賃表を見ながら購入する人は、ほぼ間違いなく混乱している模様です。そして、安い方の切符を購入しているようです。まぁ、文句を言われても清算すれば済むわけですから。で、このての会話は、岡山駅の券売機近くで話を聞いていると、時々聞こえてきますよ。

総社駅に中間改札を導入して中間改札の入場記録がないものを自動改札出場時にはじくという方法も考えられる
総社駅のホーム使用方法だと難しいですね。そもそも、吉備線経由で総社乗り換えをするなんて人はいないですよね。よっぽどの物好きを除いてですが。

もう一つ別の考え方としては、吉備線をJRから分離するつもりであること。以前から話は聞こえているものの、進展があるように感じられないのが「吉備線LRT化構想」。路面電車の環状線構想すらちっとも進まず東中央町電停が新設された程度の変化しかないのだから、吉備線の市内乗り入れなんて先の先でしょうね。
自治会などから要望が提出されていますが、進展はしておりません。JR自体がほとんどその気がなくなっているようですし。LRT化する気があるのなら、中央改札上部のLED発車標に吉備線の枠を確保したりしなかったでしょう。実際、地下改札では津山線と吉備線は1段ずつ分割して使用しています。LRTについては、もう少し別の再考の仕方ができると思っています。この話題は、hiroroじゃけぇのブログでも一度取り上げていますので、興味があればどうぞ。

で、最後に「岡山近郊区間」ですが、実際問題必要のない設定だと自分自身書き込みながら気づきました。児島からだと通過しないんです(笑)それに、総社に行く時も間違いなく伯備線経由で行っちゃいますしね。でも、歴史に「if」はないとよく言いますが、もし井原線がJRとして開業していたらと思ってしまいます。そうしたら、近郊区間を設定せざるを得なかったでしょう。今後、関西圏と広島・岡山圏の「ICOCA」エリアがつながったら、山陽本線と赤穂線でもこのての問題が生じてしまいますね。今、システム改修を懸命にしているように思えないのは、その対応に苦慮しているからだったりして。

[64120] 2008 年 3 月 24 日 (月) 19:18:42 みかちゅう さん
 岡山近郊区間はできないか?

[64118]hiroroじゃけぇさん
「ICOCA」だとそもそも経路が特定できない
経路を特定する方法として路線の乗換駅に中間改札を設けるという方法があります。スイカとパスモの統合時、西船橋駅の地下鉄東西線とJRの間に中間改札が設けられました。東西線経由の定期券を持ちながら朝と夜で地下鉄とJRを使い分けていた通勤客はけっこういたのではないでしょうか。こういったずるがしこい知恵も中間改札の設置で思うようにはいかなくなりました。津田沼発着の地下鉄直通を利用すれば今まで通りの使い分けもできますが、本数が少ないので使いにくいですね。ただし、中間改札があるのは西船橋駅だけなので「中野以西〜船橋以東(地下鉄経由)」の定期券で西船橋駅の中間改札の通過記録がなくても自動改札を出場できると思います。工夫すればこっそり使い分けるということは可能ですが、津田沼直通は本数が少ないので自由度はかなり下がりました。そういう意味では中間改札の設置で取りこぼしの回収に成功したJRの勝利といえるでしょうか。

たとえ話が長くなってしまいましたが、経路の特定をすることは可能です。しかし、呉線は糸崎や広島まで山陽線に直通する構造のため、乗換駅に中間改札を置くという方法は使えません。でも、実際問題として「海田市〜三原間を含む区間で距離が長いのに所要時間が短い」という区間の利用者がどれだけいるかということですね。確かめてないけれどそういう区間はさほどないのではないでしょうか。

一方、吉備線を含む区間の場合。
「ICOCA」導入以前から、伯備線の運賃を支払う人はほぼいなかったのです。
と言い切れるのかは分かりませんが、特急券とセットで買うのでなく券売機で運賃表を見ながら買うのであれば安いほうの切符を買う人がそれなりにいるのは十分想像できます。伯備線で検札が来ても岡山まで乗るかは分かるわけがないし、岡山駅でチェックできるはずもありませんから。やはり岡山近郊区間を設定しないのは「やくも」利用者から倉敷経由の運賃を取るためだと考えられます。総社駅に中間改札を導入して中間改札の入場記録がないものを自動改札出場時にはじくという方法も考えられるのですが、岡山地区の自動改札導入時にやらなかったのが不思議に思います。総社で吉備線の発着を完全に分離できないのがネックとなったのでしょうか。
もう一つ別の考え方としては、吉備線をJRから分離するつもりであること。以前から話は聞こえているものの、進展があるように感じられないのが「吉備線LRT化構想」。路面電車の環状線構想すらちっとも進まず東中央町電停が新設された程度の変化しかないのだから、吉備線の市内乗り入れなんて先の先でしょうね。


そうそう。岡山地区の自動改札導入で減ったといわれる三石〜上郡での検札。長期休暇の時期には込んでいても昔は毎回のように来たものだけど最近は見かけないな、と思っていたら先日夕方の下りで久しぶりに出会いました。豊橋や大阪からといった長距離の大収穫もあったようですが、そういった大口の精算に手間取ったせいで先頭車両の半分も回れずに終了でした。

[64119] 2008 年 3 月 24 日 (月) 18:30:47 桜トンネル さん
 灘&津市

[64099] 蒼の狼さん
[64108] 今川焼さん
[64113] ニジェガロージェッツさん

「東灘区&灘区」と「灘五郷」の矛盾については以前から知っていましたが、地名を名づけるにあたって、矛盾が起きないようにして欲しいです。できれば、「東灘区」ではなく「本灘区」にして欲しかったと思う東灘区民です。ですが、東灘区にもうなれてしまっているんですよねぇ・・・。
実は「灘市」(または「甲南市」)が誕生していたら、どうなっていたのだろうと最近、考えて(悩んでも)います。

余談2

僕も以前、「灘」について間違えたことがあります。私立灘中学校姫路市立灘中学校です。東灘区で「灘中学校」と言われると、どうしても東灘区内にある「私立灘中学校」を思い浮かべてしまいます。まさか、姫路市にもあるとは・・・。今はもう無いようですが、南淡町(現・南あわじ市)にも「灘中学校」があったとは・・・。まぁ、「三原郡灘村」があったのでねぇ・・・。

一般には、東郷は魚崎郷、中郷は御影郷と呼ばれているようです。

[64110]にて、小松原ラガーさんがおっしゃられていますが、「西郷」以外は僕も聞いたことがありません。「東郷」や「中郷」は初耳です。

[64107] 小松原ラガーさん

御影クラッセ

オープンしてから、テレビによく登場していますね。でも、いまだに東灘に阪神百貨店ができた実感がまだありませんが・・・。
実はまだミント神戸に行ったことが無かったり・・・。

[64118] 2008 年 3 月 24 日 (月) 16:57:45【1】 hiroroじゃけぇ さん
 さらに呉線と近郊

[64105]N-H さん
「大町⇒広島⇒呉⇒三原⇒海田市」という乗車券を発行できます(そうでないと場合によっては旅客に不利になってしまいますので)。
このようなルートでの発券も可能なんですね。ただ、このような発券を希望する場合は、基本的に経由地・経由路線を発券時に特定する必要があったはずです。通常の切符では、否応なしに山陽本線経由の運賃となるはずで、必ず駅員さんにその旨を伝える必要がありますよね。これは切符を発券する場合のことで、「ICOCA」だとそもそも経路が特定できないので、このような場合は三原で一度タッチする方が無難だと思いますが。でも、清算窓口でその旨を伝えれば引いてくれるのかな?N-H さん、その辺をお知りでしたらお教えください!

でも、なるほど!という考え方もあるのですね。N-H さんや[64101]での hmtさんのように「環状線」として捉える方法もあるのですね。自分は、大町→海田市と海田市→広島を三原までの切符に含めることを念頭に置きすぎていたということでしょう。岡山人であるが上に「環状線」という概念が乏しいのが、「環状線」に対する運賃規則を知らない原因でしょうか(涙)しかしながら実際は、呉線と山陽本線を合せて「環状線」と考えることは、今でもモヤモヤ感があったりします(笑)全体として長すぎるというのもあるのかも。それでも、海田市→広島の切符のみ買い足せばよいということは驚きです。

[64106]Issie さん
新潟の場合,「普通の人」はわざわざ遠回りで乗車するよりも短いルートを選びそうですが,伯備線の場合は,短い吉備線ルートを「わざわざ選んで」総社で乗り換えるよりも,始めから伯備線の列車に乗って“遠回り”をしそうですね。認めてしまっては,JRが損をしそうです。
そもそも、この区間は伯備線の方が所要時間が短いという利点があります。駅の数も少なく、複線で、かつ電車で運転。「ICOCA」導入以前から、伯備線の運賃を支払う人ほぼいなかったのです。だったら、「近郊区間」の導入も考えてみればいいのにと思ってしまいます。やっぱり、豪渓以遠の運賃収入が減る可能性もあるのがネックなのでしょうか。それでも、「やくも」を含めて、吉備線経由の運賃を適用すれば、利用客にとっては好都合なのにと思うばかりです。

*:誤字の一部と文体を一部訂正しました。

[64117] 2008 年 3 月 24 日 (月) 15:34:15 右左府 さん
 日和山など

[64068] EMM さん
[64070] 小松原ラガー さん
[64073] 房州人 さん
[64078] じゃごたろ さん
[64083] 今川焼 さん

日和山に関する情報有難うございます。
やはり日和山という「山」の性格からか、山名や字名としてはほとんど残っていないのですね。一方で通称などとして生きている地域が皆さんの周りにもあるようで、探せばもっと見つかりそうですね。

地名コレクションとして取り組むのによいテーマかも
是非地名コレとしてまとまったものを見てみたいです……って、自分で調べずに他力本願で図々しい話ですが(笑)
どなたかが手を挙げて下さることを願って、コレクション案として推薦させていただきます^^;)

[64116] 2008 年 3 月 24 日 (月) 13:15:59 スナフキん さん
 圏央道ウォークにお出かけ

ブログにも似た内容を書いたので、読んでくださった方には重複で申し訳ありませんが…
[64069]まかいのさん
23日の日曜日は圏央道ウォークフェスタにでも出かけて、物産展で物色してこようかな。
行かれましたでしょうか? 私は結局、バスアクセスのつもりで若葉駅前まで車で乗り付けたものの、あまりのシャトルバス待ち長蛇列におののき、同行の母を説き伏せて出直し、坂戸ICまで自転車遠征を敢行し、行ってきました…正解でしたね、想像を絶する参加者数で、シャトルバス帰り便もやはり大行列でした。歩くのには程よい距離だったこと、ちょっとした運動には絶好の日和だったことなどが賑わいの要因だったと思われます。物産展は、あまりの人出の多さで物色するなどという悠長な状況ではなくて、「たかべん」の鳥めしをつかんだのが精一杯の悪あがきでした。

地図屋・地理学修了者として「らしい」感想を一言発するなら、「ようやく、圏央道が低地域エリアを走り抜けるところにまで伸張したなぁ」ということでしょうか。今までは圏央道の埼玉・東京区間に関してはとかく丘陵・山地をぬうというイメージが強く、盛り土はあっても広がる景観は圧倒的に畑が主でした。大きな川を渡るところは部分的に低地ではあっても、入間川にせよ多摩川にせよ、すでに中・上流域での横断なので低地幅は狭いのです。それが、今回開通区間は坂戸ICを出て越辺川を渡るあたりはまさに、水田が広大に広がるエリアであって圏央道埼玉区間初の景観をなしています。ちょうど坂戸ICの立地が武蔵丘陵の縁に位置することも、急な展望の広がりを強調するのかもしれませんが…。ただ、車窓としては今回のウォーク区間、必ずしもワイドビューではありませんでした。越辺川河川敷が猛禽類の繁殖地となっており、これを保護するための覆いが橋上に設置されるなど必要な対策が施されているため、川またぎの区間でありながら意外に左右の眺めはよくありません。

どの高速ICへのアクセスにも中途半端な距離を要していた川島町を、今回の開通は激変させる可能性を秘めているはずです。いま、川島町は川越市との合併を模索している最中ですが、経済効果の波及によって財政の建て直しが進めば、やがては川越市に頼らなくとも自立できる道を開くことができるのかもしれません。反面、坂戸ICの存在感には疑問符がつきますね。私もあの場所はずいぶん前から知っていますが、アクセス道路が作られた場所は数時間の大雨や集中豪雨ですぐに水が溜まってしまう低湿地として、近隣にはよく知られているはずの場所。そこを工業用地として造成することが、簡単にできるとはとても思えないです。企業誘致を進めるにあたって果たして適切な場所であったのか、その選定に問題はなかったのか、首を傾げたくなります。作る側も需要の低さは予想しているらしく、川島ICのそれに比べるとトールゲート数が坂戸はぐっと少なく小規模です。この地域を、圏央道はどう変えるのでしょうね…。

[64115] 2008 年 3 月 24 日 (月) 12:21:55 はやいち@大内裏 さん
 議会

[63984] 有明つばめさん
宮崎県日南市・南郷町は廃置分合議案を可決しました。

[64114] 2008 年 3 月 24 日 (月) 03:19:11 oki さん
 高校数検証

[64050] EMM さん
少なくとも、七尾市に関しては何らかの注釈が必要だと思います。
また、ほかにも「移行期間中」の学校がある市がないかどうかの追加調査が必要なのではないでしょうか。

遅くなりましたが、追加調査の結果です(05年時点で高校数が7校以上の市に限定。「−」は不明です。表がちょっと複雑なので、きれいには整形されません)。

  旧市のみ   合併市町村を含む   
 2002年 2002年 2005年 2007年  
市町村高校数生徒数高校数生徒数高校数生徒数高校数生徒数備考
七尾市6185982331920946204109年4月から5校
高梁市5 −7 −814296177610年4月から5校
五所川原市6 −8 −8298582719   
福知山市6 −8 −8427084072   
天草市 − −834738291682638   
本庄市55237765697616975991   
栃木市6604466044760037587905年に1校開校
室蘭市7361973619733707309508年4月から6校

改めて調べて確認したのは、次の点です。
1.少子化に伴う高校の再編整備の行なわれている市があり、それに伴って高校数は減少する。今後減少を予定している市もある。
2.ただし、再編後の高校と閉校予定の高校は移行期間中に併存しており、閉校まで「瞬間風速」で高校数が増加することもあり得る。
3.逆に、平成の大合併の影響で、合併後の市の高校数は増加する。
4.生徒数が数10人程度の分校や定時制高校も1校に数えられており、高校の多さは必ずしも生徒数に連動しない。

以上の市のうち、高校の再編が行なわれているのは七尾市、高梁市、室蘭市で、前2市はすでに最高時より高校数が減少、室蘭市もその予定です(現時点で各市に存在する高校名と近年の再編経緯は、下の方に詳しく記載しています)。
また、七尾市と高梁市は瞬間風速で増加した事例で、七尾市はEMMさんご指摘の通り。高梁市も、高梁工業・成羽・川上農業の3校統合で高梁城南高校が誕生していますが、その開校時点である04年4月から3校閉校の06年3月まで、高校数が一時的に増えています。室蘭市は、室蘭東と室蘭商業が合併した室蘭東翔高が室蘭東の校舎に06年4月開校していますが、08年3月まで室蘭商業も存続し、見かけ上は高校数7校で変わっていません。
次に合併の影響では、上記のうち合併を経験していないのは栃木市と室蘭市のみ。他は合併で高校数が増加(水増し?)しています。天草市は、旧市そのものがないですから、合併による増加とは言えないでしょうが、合併前の最大自治体である本渡市の高校数は3校でした。

また、分校や定時制の高校も1校として数えられていますが、ほとんどの場合、その生徒数は少数です。たとえば、定時制の七尾城北高の生徒数は07年時点で45人、高梁市でも定時制である市立松山高・市立宇治高が2校合わせて55人、五所川原市の金木高校市浦分校(定時制でもある)が52人と言った具合。このような定時制高校・分校を、全日制と同列に置いて高校数を論じるのが妥当かどうか。

以上のような状況で、学校数が多いからといって、必ずしもその市の高校力(適当に作った言葉です)が高いとは限らず、生徒数等も加味して考える必要があると思います。

その中で異彩を放つというか、孤高を誇っているのが栃木市。8万人台の人口で、合併せずに高校が7校。生徒数は5879人で5991人の本庄市を少し下回りますが、本庄の7校のうち2校は旧児玉町所在ですから、旧市レベルでは栃木市の方が多い。しかも、他都市の多くで高校数が減少する中、05年4月の学悠館高校の開校で1校増えています。学悠館は定時制ですが、昼夜開講の単位制を取っており、07年の生徒数が661人と、全日制に引けを取りません。
何と言っても特筆されるのが、普通科の男子校である栃木高、女子校の栃木女子、実業科の栃木農業、栃木工業、栃木商業と、市名(ですよねこの場合)を冠した県立高が5校揃い踏みしていること。高校再編の進んだ現在、市名のついた県立の男女農工商高校が全部揃った都市などというのは、北関東や東北の県庁所在地レベルの都市でもなければ、滅多に見られないのでは([64054] 右左府さん によれば、能代市も以前はすべて揃っていたそうですが)。さすが元県庁所在地。人口10万人以下都市の「実質的な」高校力チャンピオンは栃木市で決定、というところですね。
[64047] いっちゃんさん
県南4市で人口最少となろうとも、栃木県南で揺るぎない「格」を備えているのが栃木市
と仰るとおりです。

ただし、その栃木市でも、02〜07年の生徒数は6044人→5879人と減っています。07年の数字には学悠館の生徒数が加わっていますから、県立5校と國學院栃木の既存校では800人以上減少していることになります。栃木市といえども、少子化による生徒数減少の趨勢には抗し得ないということです。まして、他の市では大きく減っており、分かっている範囲では02〜07年におおむね1割以上の減、天草市では1/4の減少です。学齢期人口は今後も減り続けますから、高校や生徒数も減少は確実。各都市の高校力は今後も衰えていくことが予想されます。寂しいことですが。

以下は、現時点で各市に存在する高校名と近年の再編経緯、および合併との関係。
-----------------------------------------------------
七尾市
公立全日制:七尾高校、七尾東雲高校(七尾工業・七尾商業・七尾農業の3高校を移行し、04年4月新規開校。3校の閉校は06年3月)、田鶴浜高校(旧田鶴浜町)、中島高校(09年3月七尾東雲高と統合して廃校予定。旧中島町)
公立定時制:七尾城北高校
私立高校 :鵬学園高校

高梁市
公立全日制:高梁高校、高梁城南高校高梁校地、高梁城南高校川上校地(高梁工業・成羽・川上農業の3高校が統合されて04年4月に高梁城南高校開校。ただし3校の閉校は06年3月。高梁校地は高梁工業の、川上校地は川上農業の校舎を引き継ぎ。川上校地は10年3月閉校予定。成羽は旧成羽町、川上農業は旧川上町所在)
公立定時制:市立松山高校、市立宇治高校
私立高校 :岡山県高梁日新高校

五所川原市
公立全日制:五所川原高校(定時制併設)、五所川原高校東校舎(分校)、金木高校(旧金木町)、五所川原農林高校、五所川原工業高校
公立定時制:金木高校市浦分校(旧市浦町)
私立高校 :五所川原第一高校、五所川原商業高校

福知山市
公立全日制:福知山高校、府立工業高校、大江高校(旧大江町)
公立定時制:福知山高校三和分校(旧三和町)
私立高校 :京都共栄学園高校、福知山成美高校、福知山女子高校、福知山淑徳高校

天草市
公立全日制:天草高校、苓明高校、天草工業高校(以上3校旧本渡市)、牛深高校(旧牛深市)、天草東高校(旧有明町)、倉岳高校(旧倉岳町)、天草高校西校(旧天草町。01年4月に、独立した天草西高校から天草高校の分校に移行)河浦高校(旧河浦町)
公立定時制:定時制のみの高校はなし
私立高校 :なし(通信制の勇志国際高校が本校を置くが、カウントせず)

本庄市
公立全日制:本庄高校、本庄北高校、児玉高校、児玉白楊高校(以上2校は旧児玉町)
公立定時制:なし
私立高校 :本庄第一高校、本庄東高校、早稲田大学本庄高等学院

栃木市
公立全日制:栃木高校、栃木女子高校、栃木農業高校、栃木工業高校、栃木商業高校
公立定時制:学悠館高校(05年4月開校)
私立高校 :國學院大學栃木高校

室蘭市
公立全日制:室蘭栄高校(定時制併設)、室蘭清水丘高校、室蘭工業高校(定時制併設)、室蘭東翔高校(室蘭東と室蘭商業が合併し、室蘭東の校舎に06年4月開校)、室蘭商業高校(08年3月閉校予定)
公立定時制:定時制のみの高校はなし
私立高校 :室蘭大谷高校、海星学院高校
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[64113] 2008 年 3 月 24 日 (月) 01:49:25 ニジェガロージェッツ さん
 灘目

[64099] 蒼の狼 さん
江戸時代の灘という地名は今のどのあたりにあたるのでしょうか。

今川焼さんより、[64108]にて明確に
武庫川河口から神戸市の生田川河口までの海岸地区名。【別称】摂津灘。東西20km。
とのご説明がありましたが、小生からも説明と言うほどではありませんが少しばかり灘についての雑感を述べてみます。

まず、江戸期の「灘」についてですが、当時は正確には「灘目(なだめ)」と呼ばれていたようです。
これも古代の「灘辺(なだべ)」が転じた呼び名で、灘とは海のことですから、地名は海辺のことを言い、京の都より山陽道(西国街道)を西へ下ってここで初めて海(灘)が見えるところからこのように呼ばれたようです。西宮までの西国街道は現在の国道171号線に相当しますから、やはり「灘辺」は西宮市の海沿いの地域から西側の地域、当時の武庫郡、菟原郡の海岸線一帯の総称のようなものではなかったでしょうか。このあたりの経緯は神戸東灘まちづくり文化のルーツのサイトに詳しく述べられています。

とはいえ、村落名や行政区画名として「灘」を名乗るものはありませんでした。初めて村名として灘が現われるのは、明治28(1895)年に菟原郡都賀野村が西灘村(現在の灘区西部、但し大石は都賀浜村→西郷町の一部)に改称したときでした。

「灘五郷」とは、地名というよりはこの地域の地場産業である酒造地の酒蔵を纏めた名称で、江戸期には東から、今津郷、魚崎郷、御影郷、西郷、下灘郷であり、明治時代になると下灘郷が抜けて、代わって西宮郷が入って現在に至っているようです。
(出典:gallery 灘五郷

しかしながら、これも酒造業の業界でのお話で、「灘の酒」がよく売れるとのことで、元来の「灘」の範囲外にあっても「灘ブランド」を得るために「灘に入った」との見方もあります。
下灘郷は現在の神戸市中央区・兵庫区の一角にあったようですが、江戸期と言えども地名としての灘(或いは灘目)に現在の兵庫区までは含まれていなかったと推察します。

[64112] 2008 年 3 月 24 日 (月) 01:25:46 白桃 さん
 お東讃はお人吉

香川県東部に人吉市があるということではありません。
「お父さんはお人好し」というラジオ番組が50年ぐらい前にあって、聴いていたことをかすかに記憶しております。
花菱アチャコ、浪花チエコが出ていたことは知っているのですが、13人の子供の名が面白い。(以下は、先月初め法事で大阪に向かう新幹線車中で兄から聞いた話です)
上から、京子(京都)、乙子(大津)、米太郎(米原)、清次(清洲)、熱子(熱田)、豊子(豊橋)、浜三(浜松)、静子(静岡)、沼吉(沼津)、横之助(横浜)、品子(品川)、新子(新橋)、留吉。
最後の留吉は、これで打ち止め?ということで、汐留には関係なさそうですが、それ以外は生まれた土地から名づけられたとか・・・。
昔は、ノンキな番組があったようで。
本日、富山市に出張です。

[64111] 2008 年 3 月 23 日 (日) 23:35:06 ぺとぺと さん
 約1ヶ月ぶりにいつものパターンで

[63986] だんなさん
すっかりお返事が遅くなってしまい申し訳ありません。
取手市紫水の情報提供ありがとうございます。遅ればせながらコレクションに追加させていただきました。ところで町名の由来となった藤代紫水高校ですが、どうやら「ハンドボール」の強豪校のようで、元ハンドボーラーとしては何となく親しみを覚えます。

>星野彼方さん
コレクションの掲載趣旨に合うかどうか微妙ですが、交通由来町名の候補を1点紹介いたします。
近江八幡市篠原町
東海道本線篠原駅の南側に造成された住宅地で、昭和50年に安養寺町の一部を分離し成立しています。「篠原」という駅名は元の野洲郡篠原村に由来するものと思われますが、駅舎は元の蒲生郡桐原村に立地しており、また旧篠原村は全域野洲市に取り込まれていることから(現在の野洲市大篠原・小堤・入町・長島・高木・小南)、現在の近江八幡市域にはもともと「篠原」なる地名はなかったのではないかと推察されます。つまり、駅名が地名を隣村から連れてきたような格好になっています。

[64075]アルバトロスさん
改正前は新松田で前6両急行と後4両各駅停車を箱根湯本行にしていた急行の併合分割を廃止して新宿〜小田原間を10両編成で運転して輸送力増強しています。これは効率化と事故などでダイヤの乱れを少なくする狙いもあるのではとおもいます。
新松田〜小田原間をよく利用しますが、同区間の混雑状況からすると輸送力増強の必要性はあまり感じません。ご指摘のとおり併合分割の廃止による効率化が狙いなのでしょうね。個人的には、本厚木〜新松田間の急行の各駅停車扱いを廃止してスピードアップを図ってもらいたい気がしますが、そうすると同区間で鶴巻温泉に次いで乗降人員の少ない新松田は通過駅になってしまう?いやいや、それは困る(笑)

[64110] 2008 年 3 月 23 日 (日) 22:26:43 小松原ラガー さん
 ♪カ・モ・メ〜の水兵さ〜ん♪

小松原ラガーです。

[64108] 今川焼 さん
とありますが、一般には、東郷は魚崎郷、中郷は御影郷と呼ばれているようです。

確かに東郷とか中郷とかという呼び方はあまり聞きませんね。逆に西郷のほうは地名としての西郷だけでなく西郷小学校という学校まであるくらい市民権を得ておりますが。

で、タイトルですが、3月15日に開業したJR西日本の須磨海浜公園駅で列車が到着するときに流れている音楽です。既に何人かの方が書き込まれておられますが、実は私もこの飛び石連休を利用して、というか、間の金曜日に休みを取っておおさか東線などの乗りつぶし日帰りプチ旅行をしてきました。ターゲットは、1)おおさか東線、2)須磨海浜公園駅、3)はりま勝原駅、4)島本駅。

まずは須磨海浜公園駅。平日の朝10時半頃だったので、流石にそう多くの人がいたわけではなかったのですが、やはり小さな子供連れでいかにも「これから水族園に行く!」と思しき人が目立ちました。次は、ここからひたすら西に向かいはりま勝原駅。白鷺が羽根を広げたような駅舎ということだったのですが、どう見たらそう見えるのかな?と思って、駅舎をしげしげと眺めていて、ハタと気がつきました。白鷺が180度真横に羽根を広げているのではなくて、90度から120度の方向に広げていると言ったほうがピッタリかと。それと、新駅ということですが、このはりま勝原駅周辺、両隣の英賀保や網干駅と同等もしくはそれ以上に開けている、というか住宅が建て込んでいました。少なくとも、少し前に開業したひめじ別所駅周辺よりも随分街らしい感じがしました。イオンショッピングモールのためだけでに作られた駅では決してなさそうです。ここで折り返してもよかったのですが、10分ほどで播州赤穂行きが来ることがわかったので、そのまま相生まで更に西進。少し前のダイヤ改正で姫路からの列車は基本的に播州赤穂方面へ行き、上郡方面へは相生で接続する相生発の列車に乗換えが必要になりましたが、かなりの人が乗り換えていました。ということは、JRの赤穂直通戦略は実態から見れば裏目に出ているのでは?それと、はりま勝原もそうですが、相生駅には在来線の改札の中にトイレがありません。そんなに大きな駅ではないといっても、ちょっと不便では?

相生からは新快速で東進。おっと、姫路駅で一本後の新快速に乗り換え。・・・まねき食品の駅そばを食べるためです。久々だったけど、やはりおいしかった。350円に値上がりしていましたが。高槻まで新快速で行き、そこで乗り換えて一駅先の島本まで。ここでも列車到着時に音楽が流れていました。が、題名がわかりません。ウィスキーのコマーシャルで流れていた有名な音楽なのですが・・・。しかし、何故もう一つ先の山崎ではなくて、島本駅なのだろうか。

さて、あとは大阪、京橋と経由して放出からおおさか東線へ。以前、職場が東大阪市の高井田にあったため、放出周辺も通勤で利用したことはあったのですが、当時は駅舎はホームの北側のみ。現在は橋上駅舎となり、南側も再発が進み、「同じ駅かいな?」状態でした。おおさか東線ですが、放出出発時、お昼の3時ごろにしてはガラガラではなく、思ったよりも利用者はいました。が、途中では降りる人が多く、久宝寺ではちょと淋しい状態でした。折り返してもう一度放出まで戻ってきたのですが、やはり放出が近づくに連れて徐々に人が多くなってきました。ということは、やはり東大阪南部や八尾方面は生活圏としては難波を向いているのではなく、梅田を向いているのでしょうか。以前に(といっても学生時代なので20年以上前の話ですが、)近鉄大阪線沿線の八尾在住の女性と話をした時に、「どうせ鶴橋で乗り換えやから、難波に行くよりも梅田に行く機会のほうが多い。」と行っていたのが不思議だったのですが、本当なのかも。尚、おおさか東線のダイヤですが、学研都市線がきっかり15分ヘッドのダイヤであるのに対して、微妙にずれた1時間4本運転となっており、場合によっては放出での乗り継ぎがうまく行かないことがあります。実際に私もこの日、戻りの放出駅でおおさか東線の列車がホームに入ってきてドアが開く直前に停車していた京橋方面行きの学研都市線が出発してしまいました。イマイチです。もっとも、久宝寺側では大和路線が変則10分ヘッドでの運転なので、これまた接続がグチャグチャですが・・・。将来、新大阪までおおさか東線が延長された時には当然のことながら、神戸・尼崎方面から奈良方面への直通列車も考えられるでしょうが、どんなダイヤになるのか、スッキリしてほしいものですが・・・。(それに加えて、どんな車両で運用するのか興味のあるところですが、まちがっても緑色に塗られた201系はやめてほしいと思うのは、私だけでしょうか。)

と、飛び石の真ん中の平日。ポカポカ陽気で花粉も多かったのですが、久々に鉄分目いっぱいな一日となりました。最後に、一首。

飛び石の あいだを埋めて のりつぶし
子供の頃に 心戻らん

お粗末でした。

[64109] 2008 年 3 月 23 日 (日) 20:00:03 じゃごたろ さん
 政治・経済・文化上特に重要な都市

こんばんは、じゃごたろです。

しばらく前のEMMさんの書き込み([64056])で参照されたまくらーれんさんの書き込み([35994]) についてのコメントです。当時は勉強中の身でしたが。。。

国道31号についてまくらーれんさんは、
第五条の二に該当する例としては、R31(海田町〜呉市)が挙げられます。
と書き込みされていました(現行の道路法の条文についてはリンク先を参照して下さい)。

さて、現在の国道は「高速自動車国道」「一般国道」と種類が分けられていますが、道路法の制定当時は「一般国道」に統合される前の「一級国道」「二級国道」と種類が分けられていました。さていわゆる新・道路法の公布当初の条文を引用すると(引用が長いですが)、

(一級国道の意義及びその路線の指定)
第五條 全條第一号の一級国道とは、国土を縦断し、横断し、又は循環して全国的な幹線道路網の枢要部分を構成し、且つ、都道府県庁所在地(北海道にあつては、支庁所在地。以下同じ。)その他政治・経済・文化上特に重要な都市を連絡する道路で、政令でその路線を指定したものをいう。
2 前項の規定による政令においては、路線名、起点、終点、重要な経過地その他路線について必要な事項を明らかにしなければならない。

(二級国道の意義及びその路線の指定)
第六條 第四條第二号の二級国道とは、一級国道とあわせて全国的な幹線道路網を構成し、且つ、左の各号の一に該当する道路で、政令でその線を指定したものをいう。
一 都道府県庁所在地及び人口十万以上の市(以下これらを「重要都市」という。)を相互に連絡する道路
二 重要都市と一級国道とを連絡する道路
三 港湾法(昭和二十五年法律第二百十八号)第四十二條第二項に規定する特定重要港湾、同法附則第五項に規定する港湾又は建設大臣の指定する重要な飛行場若しくは国際観光上重要な地と一級国道とを連絡する道路
四 二以上の市を連絡して一級国道に達する道路
2 前條第二項の規定は、前項の場合について準用する。

となっております。「一級国道」の定義は唯一であり、それが現在の道路法第五条第一項第一号に引き継がれています。第二号から第五号は基本的には「二級国道」の定義が引き継がれ、敷衍されたものです。国道31号は一級国道として指定され、その路線は現在でも変更されておりません。したがって、これは現在の道路法第五条第一項第一号(当時の道路法第五条第一項)によるものであり、「第五条の二(当時の第六条第一項第一項)に該当する例」ではありません。

国道31号は行き止まりの路線ですから、「国土を縦断し、横断し、又は循環」にも「都道府県庁所在地(北海道にあつては、支庁所在地)」にも該当しないと考えられますから、その条文の「その他政治・経済・文化上特に重要な都市」に該当するものと思われます。さて呉市は果たしてそうなのでしょうか。

一級国道は最初、1号から40号まで指定されました。その中で市町村合併等による自治体名の変更を除き、路線の変更が行われたのが三路線あります。当時は、国道16号が横浜市〜横須賀市、国道23号が四日市市〜宇治山田市(現・伊勢市)、国道25号が大阪市〜奈良市となっています。これらをふまえて、一級国道の路線網を形成すると行き止まりの路線が複数存在することが分ります。それらの行き止まりとなる都市は北から順に、

稚内市(国道40号)、網走市(国道39号)、釧路市(国道38号)、函館市(国道5号)、千葉市(国道14号)、横須賀市(国道16号)、宇治山田市(国道23号)、呉市(国道31号)、佐世保市(国道35号)、長崎市(国道34号)

の10市です。この中で「都道府県庁所在地(北海道にあつては、支庁所在地)」を除くと(函館市は青森市と連絡していると考えることもできると思いますが)、

横須賀市、宇治山田市、呉市、佐世保市

の四市が残ります。さてこの中で宇治山田市は伊勢神宮が所在する地であり、そういう意味で「特に重要な都市」と考えることが可能でしょう。では残りの三市はというと、それに共通するのが「鎮守府(軍港)があった都市」です。もう一つの鎮守府のあった舞鶴市は国道27号で通過しており、この路線はそういう意味合いも含まれていたのかもしれません。

つまり呉市含め横須賀市、佐世保市は、宇治山田市と共に「特に重要な都市」と位置づけられたものだということです。

[64108] 2008 年 3 月 23 日 (日) 17:27:17 今川焼 さん
 灘

[64099]蒼の狼さん
その灘五郷のうち実際に灘区、東灘区にあるのは西郷、魚崎郷、御影郷のみっつで、あとは兵庫区と中央区、西宮市にひとつずつあるそうです。
ここで疑問です。江戸時代の灘という地名は今のどのあたりにあたるのでしょうか。
蒼の狼さん、はじめまして。また、兵庫県へようこそ。
灘については、ここには地元の方、詳しい方もいらっしゃると思うのですが、とりあえず分かる範囲で。
コンサイス日本地名辞典によると“灘”は
武庫川河口から神戸市の生田川河口までの海岸地区名。【別称】摂津灘。東西20km。
とあります。
また、灘五郷については
江戸時代以降、現西宮市域の今津郷、西宮郷、神戸市域の本庄・魚崎の東郷(ひがしごう)、住吉・御影・六甲の中郷、新在家・大石・岩屋の西郷(にしごう)に分かれた。 
とありますが、一般には、東郷は魚崎郷、中郷は御影郷と呼ばれているようです。
ということで、灘五郷は現在の行政区で言うと神戸市灘区・東灘区、西宮市ということになります。
でも、“本来の灘”の西端に灘区があって、より中央よりに東灘区があるというのは、ちょっと変かもしれませんね。おそらくこれは、現灘区域の旧西灘村、西郷町、六甲村が神戸市に編入され区が設置されたのが1931年で、そのときは神戸市の中の灘地域からなる区だから灘区がよかろうと名づけられた。時代は下ってその東側の御影町、魚崎町、住吉村が神戸市に編入され区が設置されたのが1950年で、そのときは「灘区の東側だから東灘区がよかろう」とされためでしょう。あくまでも神戸市側からの視点ですね。灘区を西灘区、東灘区を灘区とすれば本来の形なんでしょうけど今さらそれもできませんしね。

余談
[64107]小松原ラガー さん
御影クラッセ
クラッセってなにやら南欧語風の名前ですが、灘五郷の中にあることから“酒蔵”に関係ありそうだと思ったらやっぱりそうなんですね。御影クラッセ 名前の由来

余談2
兵庫県は広いので地域によっては“灘”と言った場合、
けんか祭りで有名な姫路市の「灘地域」や
・水仙の群落で有名な淡路島の洲本市から南あわじ市にかけての「灘地域」
を指す場合がありますので以後お見知りおきを(笑)。

[64107] 2008 年 3 月 23 日 (日) 14:15:22【1】 小松原ラガー さん
 御影クラッセ

小松原ラガーです。

[64079] 小松原ラガー
阪神御影駅の北側に御影クラッセという新しい商業施設がオープンしました。

なんやかんや言いながら、20日の一般オープン初日に御影クラッセ行って参りました。最近オープンした東京の某商業施設とは規模的には雲泥の差ですが、店の雰囲気・込み具合、飲食店の待ち行列、駐車場の待ち具合など、それなりに「すごい」の一言でした。商業施設の一部に阪神百貨店が入っているところなんかは阪神西宮駅の商業施設エビスタのような構成ですが、感覚的なグレードというか、雰囲気はエビスタと三宮のミント神戸の中間といったところでしょうか。自分なりに、「おっ、これは!」と思ったのが、4Fの本屋とカフェです。窓越しに阪神御影駅を見下ろすロケーションで、電車の発着を眺めながらカフェでお茶、なんてこともできます。そういえば、阪神電車の駅で(一般の人が立ち入り可能な)近隣のビルから見下ろすことができる場所って、そうはたくさんなかったかと思います。一瞬、渋谷かどっかに来ている錯覚に陥りかけました。この御影クラッセですが、新聞の地域欄等では今回の御影クラッセのオープンで既存の御影駅周辺の商店がかなり危機感を感じているとのことですが、何とか共存共栄といってほしいものです。尚、敷地の北側では、47階建てになるマンションの建設が行われていましたが、完成すればこれまでJRの住吉方面にやや重心があった人の流れが阪神御影方面に移動するかもしれません。

【訂正】自分に対して「さん」づけしていました。削除!

[64106] 2008 年 3 月 23 日 (日) 10:25:15 Issie さん
 特定区間

[64105] N-H さん
三原以東〜海田市以西を通しで乗車した場合、山陽本線経由として計算する

同様の扱いをする区間に,山陽本線では 岩国以東〜柳井経由〜櫛ヶ浜以西 というのがありますね。ただし,こちらは 岩徳線経由 として計算するもの。
もともと岩徳線が 麻里布(現岩国)〜徳山(実際は櫛ヶ浜)間 の短絡線として建設され,実際に山陽本線の直通列車がこちらを経由していたので,後に柳井経由の旧線(柳井線)が山陽本線に復して,すべての直通列車が柳井経由に戻っても,運賃計算上は短絡線(岩徳線)経由とする措置がそのまま続いているものです。

東京には,東北本線の 日暮里〜王子 間というのがあります。東北線や高崎線の列車の走る 尾久経由 ではなく,国電の走る 田端経由 で計算するというもの。こちらは山陽本線の場合とは逆に,赤羽までの“京浜電車”と上野から北へ向かう列車とを分離するために列車専用線を尾久経由の“遠回りルート”で新設したけれども,運賃計算上は従来通りにより短い 田端経由 で計算することにしているのですね。
で,そもそもは,この区間がこのような「特定区間」の始まりなのだそうです。
最近はこれに加えて,「東北本線」の 赤羽〜大宮 間で 戸田公園経由 である場合であっても 浦和経由 で計算するというのが加わっています。戸田公園経由 とは,いわゆる「埼京線」経由 または新幹線利用の場合ということですね(新幹線はもともと,新幹線自体のキロ数ではなく,並行在来線のキロ数で運賃計算をすることになっています)。
…いずれにせよ,今ここで話題になっている「近郊区間内の大回り」には関係のないことですが。

山陽本線/呉線の 三原〜海田市 間については,以前は呉線を経由する東西直通列車(特に優等列車)が設定されていたことによるものなのでしょう。
たとえば,岡山方面から岩国方面へ“通し”で旅行したい乗客が,別に呉線に用事があって選んだわけでもないのに“たまたま”その列車が「呉線経由」であったために運賃まで遠回りの「呉線経由」で払わされるのは,著しく「旅客に不利」([64105] N-H さん)になりますから。

この「旅客に不利」という観点から,上越新幹線の開業以前に 上野〜金沢 間を走っていた特急「はくたか」のように,もともと信越線(長野)経由で走っていたものを“国鉄の都合”で遠回りの上越線(長岡)経由にしたので,「この列車に限って」運賃計算上は距離の短い 長野経由 とする,という措置がとられることもあります。

ところで,

[64100] hiroroじゃけぇ さん
岡山〜総社間では伯備線経由に比べ吉備線経由の方が安くなっています。当然、吉備線経由の切符で伯備線を乗車する人がほとんどですが

長距離の切符は「当然に」伯備線経由ですよね。たとえば,時刻表に掲載されている「やくも」の運賃早見表には,当然のこととして 伯備線経由 の営業キロ数と運賃・料金が掲載されています。
新潟の場合,「普通の人」はわざわざ遠回りで乗車するよりも短いルートを選びそうですが,伯備線の場合は,短い吉備線ルートを「わざわざ選んで」総社で乗り換えるよりも,始めから伯備線の列車に乗って“遠回り”をしそうですね。認めてしまっては,JRが損をしそうです。

「近郊区間」の運賃計算の扱いは本来的には「煩雑さ」を避けるための措置であって,別に「乗客の利便」が最優先にあることではないのだろうと思います。そもそも,「大回り」などという“酔狂”なことは普通の人はあまりやらないものでしょうしね。

[64105] 2008 年 3 月 23 日 (日) 06:24:13 N-H さん
 Re:呉線の扱い

[64100] hiroroじゃけぇ さん
実は、運賃の計算上、広島〜三原間が重複、つまり往復していることになります。お二人は、時刻表で呉線経由でも、三原以東〜海田市以西を通しで乗車した場合、山陽本線経由として計算するという注意事項を目にしたことはありませんか?ですから、ベーロケさんの乗車方法だと、大町→三原と三原→広島という切符が必要となります。

確かに「三原以東〜海田市以西を通しで乗車した場合、山陽本線経由として計算する」というルールがあるのですが、条件がありまして、それは「その旅客運賃計算経路が当該各号末尾のかつこ内の両線路にまたがる場合を除いて」というもの。
この規則には規則条文にもちいられている「かつこ内」などとあるのでわかりにくくなっているのですが、簡単にいってしまえば、三原〜海田市間で山陽本線も呉線も両方乗車するような場合は、実乗車経路どおりに、たとえば「大町⇒広島⇒呉⇒三原⇒海田市」という乗車券を発行できます(そうでないと場合によっては旅客に不利になってしまいますので)。

それ以外の分については、[64101]での hmt さんの解説につくされております。

[64104] 2008 年 3 月 23 日 (日) 04:00:07 でるでる さん
 真鶴町
ARC 真鶴町は「まなづる」町か、「まなつる」町か?

[64102]YSK さん
真鶴町は「まなづるまち」?

真鶴町と湯河原町が合併を検討していた「湯河原町真鶴町合併協議会」にて、合併協定項目「町名・字名の取扱い」の協議の結果、

(1) 両町の字の区域及び名称は、原則として現行のとおりとする。ただし、大字の真鶴(まなつる)の読み仮名については、新市発足の際、真鶴(まなづる)とする。

と、確認されておりました。

2004年2月10日の第5回協議会の議事録(8〜9ページ)によると、
昭和31年の合併時に大字名を「まなつる」で告示をしておりますので、この合併を機会にもう慣れ親しんでおります「まなづる」に読み方を変更して告示をするものでございます。
と、提案理由が述べられており、2004年4月14日の第6回協議会で正式に確認されております。


真鶴町としては湯河原町との合併の際に「まなつる(真鶴町真鶴)」から「まなづる(湯河原市真鶴町真鶴)」へと読み方(表記)を変更しようとしていたものの(実際、合併協議会にて確認済み)、結果として合併が流れてしまったため、もしかしたら、単独町制継続となった真鶴町が自治体名の読み方変更(訂正)に向けた行動を起こした可能性も十分に考えられそうです。


たとえば、合併断念後の2004年10月10日に開設された複合施設「情報センター真鶴」内のまなづる図書館は”まなづる”と仮名表記(ただし、合併協議中に図書館の名称は決定済)。ちなみに、入居しているもう一方の施設は「真鶴地域情報センター」と、こちらは漢字表記。

さらには、2005年4月1日には真鶴小学校と岩小学校の2校を統合して、仮名書きの「まなづる小学校」が新設されております。この新校名は一般公募の中から選ばれた「三ッ石」「岬」「みなとの丘」「まなづる」の最終候補4案の中から決められたとのこと。

こうしてみると、「真鶴」は「まなづる」と読むんですよ!と、真鶴町があえて強調しているかのようにも思えてきます。

[64103] 2008 年 3 月 23 日 (日) 01:04:08 YSK さん
 全国都道府県市区町村別面積調

[64102]との関連です。

国土地理院・全国都道府県市区町村別面積調の表を見ますと、平成18年10月1日現在の表までは「まなつるまち」ですが、平成19年10月1日現在の表では「まなづるまち」になっています。各表が発表されたのがいつのことなのかなどを含め、興味深い事例と思いましたので、ここにご紹介いたします。

[64102] 2008 年 3 月 23 日 (日) 00:17:19 YSK さん
 真鶴町は「まなづるまち」?
ARC 真鶴町は「まなづる」町か、「まなつる」町か?

[61182]にて一度申し上げたことがあるのですが、神奈川県真鶴町は、自治体としての呼称は現在では「まなづるまち」となっているのでしょうか。

真鶴町が自治体としては「まなつるまち」という読みであったようですが、それが近年「まなづるまち」に変更されたのではないか、という論点で当「落書き帳」でも2006年4月から6月頃にかけて議論がなされておりました。

参考:真鶴町の読み方は変更された?

真鶴町公式ページはURLを「manazuru」としている(これは「まなつるまち」が公的な呼び名であったころからこの表記であったらしいですが)のに加え、[50713]hmtさんご紹介の神奈川県国際課の市区町村一覧表や、気象庁(横浜地方気象台)のトピックス資料など、国や県のサイトでも「まなづるまち」というルビが振られておりまして、こうした状況証拠から、現在では自治体としての読みは「まなづるまち」となっている可能性が高いように思われます。「全国市町村要覧」でも、平成17年版から「まなづるまち」に変更されているそうです([50713]hmtさん記事参照)。

[50713]hmtさんは記事の中で「まなつるまち」から「まなづるまち」への変更があったとした場合、考えられる過程について考察していらっしゃいます。このあたりの真相についてサイトを検索してみたのですが、具体的な言及はウィキペディアの真鶴町の項でしか見つけられませんでした。以下にその内容を引用します。

町名の読み方について
「真鶴」(町名)は「まなづる」と読むのが正しい。町ではもともと「まなづる」と読んでいたが、1956(昭和31)年の岩村との合併の際、合併告示に誤記があり、長らく総務省(旧自治省)では「まなつる」と登録されていた。しかし、2005(平成17)年に真鶴町より総務省に訂正依頼があり、正式に「まなづる」となった。

上記内容が正しいとしますと、「真鶴町より総務省に訂正依頼があり、正式に「まなづる」となった」の部分はどのような行政手続きを経たのかが問題となるような気がいたします。1956年の合併告示を訂正した場合は、その旨告示があるものなのでしょうか?この関連で見識のある皆様のご意見をいただけますと幸いです。

なお、2005年国勢調査の統計表では「Manatsuru-machi」となっていたりします。

とはいえ、国や県のサイトや全国市町村要覧等で「まなづる」の表記が認められることから、当サイト都道府県別市区町村一覧 神奈川県の読み方も、「まなづるまち」に変更したほうが良いのではないかとも思われますが、いかがでしょうか。

[64101] 2008 年 3 月 22 日 (土) 23:57:49【1】 hmt さん
 運賃計算

[64085] ペーロケ さん
東京、大阪、福岡の都市圏には「最短ルートで計算」の但し書きがある

旅客営業規則 の正確な表現では、“大都市近郊区間内相互発着の普通乗車券…を所持する旅客は、…同区間内の他の経路を選択して乗車することができる”と、選択乗車(157条)の一種になっていますが、実質的には「最短ルート計算」と考えてよいでしょう。

この制度 は、東京・大阪・福岡の他に、新潟近郊区間にも設けられました。[33065] みかちゅう さん。
新潟近郊については、“意外なところに設定”、“名古屋近郊区間がないのが不思議”というご意見[33327] 熊虎さん もありましたが、名古屋・仙台・広島などが単純な放射状の路線であるのに対して、新潟近郊のJR路線には2つの網目があるためではないかと思います。

詳しい方
は何人かおられるようなのに、それを差し置いて意見を述べるのは恐縮ですが、ペーロケさん は運賃計算について、根本的なところに理解不足があるように思われたので、あえて筆を取ります。旅客営業規則は、JR東日本JR西日本 も同じです。

先ず原則。旅客運賃・料金は、旅客の実際乗車船する経路及び発着の順序によつて計算する。(67条)
山手線内経由の最短計算(70条)や上記の大都市近郊区間における選択乗車はこの原則の例外ですが、もともと1枚の片道普通乗車券における運賃計算であるという前提があります。
ところが、ペーロケさん が例示されたルートは、もともと1枚の片道切符では不可能だから、最短計算や選択乗車の対象にはなり得ないのです。
広島近郊が大都市近郊になっているか否かということ以前の問題です。

旅客営業規則:実際乗車経路は、同一方向に連続する場合に限り通算(68条1項)。
ペーロケさん のルート:可部線の大町から山陽線・呉線経由三原から山陽線で西条方面へ戻るのも通算。
規則:計算経路が環状線1周となる場合は、環状線1周となる駅の前後の区間の鉄道の営業キロ…を打ち切って計算する(68条4項1号)。【これがポイントです。】
大町からの経路は三原から西条経由で海田市に至ると環状線1周になり、打ち切りになり、海田市−広島間は別計算。[64088]

ペーロケさん の場合。大町〜広島間の乗車券を所持していたわけですから、広島−呉−三原−西条−海田市を乗り越し、無札だった海田市−広島間と共に運賃を支払っていないことになります。

もしかして犯罪?
おそらく刑事犯罪までは成立しないにしても、契約違反による損害をJRに与え、不当利得を得ていることになります。

「乗り越し」に代表される区間変更については、日本では認められていますが、外国では厳しい場合があるようです。日本でも「事前の申出と承諾」が条件になっていますが(249条)、厳しく適用することはなく(内規である取扱基準規程162条)、事後の乗り越しを認めるケースが多いようです。

無札や不正使用については、普通旅客運賃とその2倍に相当する増運賃(合計3倍)とをあわせ収受するという規定(264条)があります。ご覚悟ください(笑)。

呉線分の運賃を「キセル」したことになるのでしょうか??

「キセル」という言葉は、前後の「金物」の区間を「羅宇竹」(ラオス産の斑紋入り竹)でつないだことに由来します。つまり本来は、乗車券が無効とされ回収される不正行為の一態様(167条6号)ですが、広く無賃乗車の意味にも使われるようになりました。
区間の連続していない2枚以上の普通乗車券若しくは普通回数乗車券又は普通乗車券と普通回数乗車券とを使用して、その各券面に表示された区間と区間との間を乗車船したとき。

[64100] 2008 年 3 月 22 日 (土) 23:31:26 hiroroじゃけぇ さん
 本四備讃線児島開業から20年+(呉線の扱い)

3月20日の春分の日。この日、本四備讃線茶屋町〜児島の暫定開業から20年が経ちました。瀬戸大橋部分は、4月10日に開業したので、約20日ほど早めに開業した事になります。考えてみれば、瀬戸大橋と同様に青函トンネルも20年。3月13日に青函トンネルは開業しており、20周年の記念イベントは何かあったのか?と思うのであります。最も青函トンネルは鉄道のみなので、JR北海道やJR東日本の思い次第というのもありますが。さてどうなのでしょうか。ちなみに、児島駅ではこの20日以降、LED発車標に20周年の文字が流れています。ホームのかさ上げ、に続きLED発車標の関西仕様化?、そして列車接近放送も変化しました。接近放送もかさ上げ(8両分しかなされていない)同様中途半端で、「瀬戸の花嫁」にならなかったのは残念でなりません。それでも、この20年間瀬戸大橋がこの地域に溶け込み、愛されているのは何よりです。

[64085]ペーロケ さん
[64088]まつもとしろくま さん
重複しているのは広島〜海田市間のみではありません。実は、運賃の計算上、広島〜三原間が重複、つまり往復していることになります。お二人は、時刻表で呉線経由でも、三原以東〜海田市以西を通しで乗車した場合、山陽本線経由として計算するという注意事項を目にしたことはありませんか?ですから、ベーロケさんの乗車方法だと、大町→三原と三原→広島という切符が必要となります。ここで問題になるのは「大回り乗車」の特例ですね。でも、広島には近郊区間が設定されていないので、これはできないものと解釈するのが当然なのではないでしょうか。一方で、広島・岡山地区では運賃に差額があるものもそのままにされている区間も存在します。例えば、岡山〜総社間では伯備線経由に比べ吉備線経由の方が安くなっています。当然、吉備線経由の切符で伯備線を乗車する人がほとんどですが、ICOCA導入後もそのままになっています。自分は、新潟同様に岡山近郊区間が導入されると考えていましたが、そうではないのでJR西日本は「大回り乗車」を基本的に関西以外で認める気がないとも考えられます。但し、自分はJR西日本の人間ではにので、どのような扱いが正当なのかはわかりませんので、参考程度にお考え下さい。


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