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落書き帳


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[73499] 2009 年 12 月 31 日 (木) 22:16:26 スカンデルベクの鷲[大龍エクスプレス] さん
 来年も良いお年を!

[73393]ニジェガロージェッツさん
[73395]桜通り十文字さん
[73396]Issieさん
[73400]ヌオさん
[73401]播磨坂さん
[73403]k-aceさん
みなさん、たくさんのレスありがとうございました。
やはり、No.1の座に輝いたのは、
須磨海浜公園(神戸線)
上越国際スキー場前(上越線)
の2駅(64画)で決定でしょう。
他にも興味深いのが、[73395]桜通り十文字さん
みの駅(予讃線)
画数が少ないのは、平仮名駅だとは思っていたのですが、3画は驚きです。ここまでくると、
平仮名駅で一番画数が多い駅
というのも気になってしまいます。どなたか余裕のある方は調査してみてはいかがでしょうか?

それでは、落書き帳メンバーのみなさん、来年も良いお年を!

[73498] 2009 年 12 月 31 日 (木) 22:14:50 山野[山野] さん
 修正願い

[73492]にて、最後とか書いて置きながら1つ。

でるでるさんへ
本埜村長選の日付ですが、2月2日は告示日であって投票日は2月7日です。
本埜村HPより。

[73497] 2009 年 12 月 31 日 (木) 21:59:28【1】 88 さん
 市区町村変遷情報 苦悩日記 No.16 市制町村制施行時等における飛地・入会地等の表記方法について 2

[73447] oki さん
市制町村制施行時・明治の大合併時の、飛地の取扱いについてのご意見、どうもありがとうございます。
少なくとも明治合併期に関しては、本村部分、飛地部分の両方について同じように「○○村の一部」とする現在の表現方法は、改めた方が良いと思います。各村がどのように合併したのかが非常に分りにくくなる場合があるからです。
ご懸念はごもっともです。私自身、この点は問題があると思っていますので、基本的には全面的に同意します。しかし、その手法を採るには、大きく分けて2つの点で問題があり、方針として踏み切れなかったのです。これさえクリアできれば、対応したいのが本音です。
言い訳っぽくなってしまいますが、以下に述べます。

●1 「本体」「一部」「飛地」の判断基準及び表現方法について
[73436]でご紹介した兵庫県の例で具体的に書きます。M22.2.22兵庫県令第24号自体が「深江村」「深江村飛地」、「魚崎村」「魚崎村飛錯地」と表現していますので、本体云々については判断することはありません(仮にクレームがあっても「県令の表現どおり」と開き直ることができます)。
もっとも、この場合でも、
(1)「本体」と記載するか否か(ex. 深江村 or 深江村(本体) or その他)。
(2)「飛地」「飛錯地」の違いは何か。他の例で、これ以外の表現はないか。
(3)飛地ではないが他村に組み込まれる場合は「一部」でよいか。また、この場合、飛地か、飛地ではないか、はどのような方法で確認するのか。
同じく、和歌山県の例で述べます。M22.2.22付け和歌山県令第15号では「松嶋村ノ内○○」が西和佐村に、「松嶋村但○○ヲ除ク」が四箇郷村に、であるので、「松嶋村但○○ヲ除ク」の方が面積も広いと推察し、松嶋村本体であると「判断する」ことになります。
(4)本当に「本体」は四箇郷村となったのでよいのか(判断の確認)。仮に、今回の松嶋村の例はともかく、面積が大きくても表現しやすいので「△△村ノ内□□」という例があるのではないか。
(5)「本体」と表現するか否か(ex. 松嶋村 or 松嶋村(本体) or その他)。
(6)「松嶋村ノ内○○」は「松嶋村の一部」と表現するのでよいか。また、これは飛地なのか、飛び地でないのか。これをどのような方法で確認するのか。

兵庫県・和歌山県の例はほんの一部ですので、他府県の検証を含めて、表現方法の統一化などの検討が必要です。

●2 市制町村制施行時・明治の大合併時より後の市区町村変遷情報との整合について
上記1をクリアしたとして、方針が2つ考えられます。
例えば、H18.3.1付けで山梨県西八代郡上九一色村が、北部(梯,古関)は甲府市へ、南部(富士ヶ嶺,本栖,精進)は南都留郡富士河口湖町へと分かれて編入して消滅した件についての表現を、どうするか、です。
(a)市制町村制施行時も、それ以外も統一する。
・何らかの基準(人口、面積、旧町役場の位置、等)により、北部または南部どちらかが「本体」と判断する
→2分割は昭和の大合併では多数あり、3分割や4分割もある。同様に行おうとすると、現実には判断することが困難である。
(b)市制町村制施行時と、それ以外を別の方針とする。
←市制町村制施行は、それ以前の町村の状況が江戸時代の所有形態や村落状況などが複雑なままで特別な状況であることも背景にある。それ以降の合併と同一視することは適当ではない。
・本例ではそのままとする
実は、現在では「上九一色村(北部)」「上九一色村(南部)」と表記されています。実は、これは、グリグリさん or でるでるさんが市区町村変遷情報の黎明期に編集を行ったものであり、「一部」という表現は、私が編集作業に参加してから私が独自に使用を開始したような気もします。

(b)の方が現実的であるとは思います。しかし、将来の市区町村変遷情報の検索等のプログラム化・データベースとしての機能の活用を考えたときに、ダブルスタンダードというのを避けたい気持ちもあります。


この件につきましては、okiさんをはじめ、皆様のご意見をさらにいただければ幸いです。引き続き検討したいと思います。

[73496] 2009 年 12 月 31 日 (木) 21:56:04 futsunoおじ さん
 Re:あたふた・・・

[73483] 白桃 さん
[73491] でるでる さん

某地名コレクションは証拠が残らぬように訂正を行いました。

それにしても、逃げられた花嫁は美人に見える!

[73495] 2009 年 12 月 31 日 (木) 21:44:26 88 さん
 市区町村変遷情報 小レス 市制町村制施行時(福岡県)について 1' 及び熊本県昭和の大合併について

[73444] かぱぷう さん
■M22.4.1付け市制町村制施行時 福岡市 となる旧町村名の一部について 福岡区 西小性町, 東小性町 or 福岡区 西小姓町, 東小姓町
「幕末以降総覧」・・・西小性村, 東小性村
新旧対照市町村一覧」・・・西小性町, 東小性町
大日本市町村名鑑」・・・西小姓町, 東小姓町
全国各府県市町村新旧対照一覧」・・・西小姓町, 東小姓町
地方行政区画便覧」・・・(福岡)西小性町, (福岡)東小性町
よく文字を読み取ってみると、上記のように、「性」「姓」両方ありました。

ご紹介いただいた参考ページの中の、大名紺屋町商店会の地図を拝見すると、現在の福岡市中央区大名一丁目のこのあたりから東西へ伸びる通りを、旧町名にならい、西小姓町通り・東小姓町通り と名づけたようですね。
「小姓」は「小性」と書かれることもあるようですが、やはり「姓」と書くほうが自然でしょう。現在の正式な町名ではありませんが、元の町名の復活ということですので、間違いはないでしょう。よって、西小姓町, 東小姓町 と修正しました
情報をいただきありがとうございました。

参考までに。現在、津山市小性町という町名があるようです。M22.6.1の市制町村制施行で西北条郡津山町となる以前には、津山藩の城下町にやはり「小性町」があったようです(参考:M22.4.29付け岡山県令第26号)。由来が、福岡市と同様の「小姓」かどうかはわかりませんが。

――――――――――――――――
[73489] YT さん
■S29.4.1付け八代市に編入される従前の村名の一部について  八代郡 八代把村 or 八代郡 八千把村
「総理府告示」・・S29.3.27付け総理府告示第260号「八千把村」
「総覧」・・・八代郡 八代把村
「幕末以降総覧」・・・八代郡 八千把村
「便覧」・・・八代郡 八千把村
「辞典」・・・八代郡 八千把村
一次資料として「総覧」を使用しているため、その誤字をそのまま編集してしまいました。また、M22.4.1付け市制町村制施行が、そもそも、八代郡 八千把村で編集していました。よって、八代郡 八千把村 と修正しました

■S30.3.1付け下益城郡 城南町 となる従前の町名の一部について 下益城郡 隅庄町 or 下益城郡 隈庄町
「総理府告示」・・S30.2.28付け総理府告示第266号「隈庄町」
「総覧」・・・下益城郡 隈庄町
「幕末以降総覧」・・・下益城郡 隈庄町
「便覧」・・・下益城郡 隈庄町
「辞典」・・・下益城郡 隈庄町
単なる入力ミスです。また、M22.4.1付け市制町村制施行が、そもそも、下益城郡 隈庄町で編集していました。よって、下益城郡 隈庄町 と修正しました

ご指摘をありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

[73494] 2009 年 12 月 31 日 (木) 21:18:12 笠津前浜 さん
 今年もお世話になりました。

雪の大晦日となりました。今年も落書き帳から様々な刺激を受けることができました。皆様、よいお年をお迎えください。

[73493] 2009 年 12 月 31 日 (木) 20:46:38 伊豆之国 さん
 お城からのではなかったのですね。

[73490]EMMさん
前から気になっていた「卯辰山」の由来、じっくり読ませていただき、さすが「超地元民」だけに説得力のあるお話、感服です。
結局、次のようなことだったのですね。実によくわかりました‥。
1.金沢城から見た方角ではなく、それ以前の中世の地域中心地から見た方角だという説が有力ということ(異説もあり)。
2.建物の「うだつ」とは、やはり無関係だろうということ。(こっちが以前勝手に連想しただけ。失礼しました)
ただ、「卯辰」以外に15度ずれた方角の地名(というより言葉自体)がまず見当たらない、ということだけが「謎」ですが‥。

ついでですが、15度刻みの方角は「易」では次のように「十干」で表現するようです。
 寅〜卯 :甲  卯〜辰 :乙  巳〜午 :丙  午〜未 :丁
 申〜酉 :庚  酉〜戌 :辛  亥〜子 :壬  子〜丑 :癸
「卯辰」は「乙」というわけです。「戊」と「己」が抜けていますが、2つ余るので十二支の字に似ているこの2字を外したのでしょうか。
来年の「恵方」は、この「庚」の方角だそうです。

♯今年は「停車場シリーズ」を初め、よくここまで書き込んだものと我ながら‥。年始はまたも駅伝に釘付けになりそうです‥。

[73492] 2009 年 12 月 31 日 (木) 20:34:09【2】 山野[山野] さん
 公式HP

2009年度最後の書き込み。

でるでるさんへ
糸島市のHPはこちらになるようです。→ http://www.city.itoshima.lg.jp/
更新時、同時にお願いします。

それでは良いお年を。

[73491] 2009 年 12 月 31 日 (木) 20:29:54 でるでる さん
 あたふた・・・

こんばんは。でるでるです。

今から変遷情報の更新作業をいたします。
落書き帳&メールも1か月分まとめてチェックしますので、更新までしばしお待ちください。

ああ、年越しまであと3時間余り・・・あたふたあたふた(汗)

[73483]白桃さん
[73487]グリグリさん
愛媛県 鬼北町(北宇和郡 松野町,鬼北町)

おっと、あぶないところでした。一緒に修正しておきます。

[73490] 2009 年 12 月 31 日 (木) 16:59:45【2】 EMM さん
 超地元民的には「方角以外ありえない」

この年末は仕事の方がやたらと気ぜわしい状態でした。
仕事納めは28日でしたが、29日にも職場に行かなければ行けないはめに(30分ほどで済む用事だったんですけど)。
その他いろいろ重なって、例年この時期に行っている東京でのイベント参加を断念して、昨日一昨日も家にいました(寝台特急北陸のラスト乗車のはずだったのに)。
今ちょっと時間が取れたので…

[73342] 伊豆之国さん
うだつが上がらぬ話ですが‥
[73463] オーナー グリグリ様
この件、まだご当地ふぉろ〜がないようですね。過去に議論があったはずなので探してみました。
小学校時代の徒歩遠足の行き先と言えば9割方卯辰山、自身のHP名も卯辰山由来の超ご当地人です。
すぐ反応すれば良かったのですが、今市時間が無かった…のもさりながら、あまりにご当地過ぎるために「建物の卯建(「うだつが上がらない」の「うだつ」の漢字表記の1つ。一文字で表す字もあるが、JIS第2水準外)と結びつけるなんて、余りにもありえねぇ」と憤慨してしまったため、頭を冷やす時間が必要だった、と言うのもあります。
要は、「卯辰山の名前が卯建に由来している」と言う発想をしてる人が、私の身の回り(人だけでなく、各種書籍・史料含む)で見たことが無いのです。
更に言うと、「金沢には卯建のある建物はあるようだが、基本的にそれを意識されることがほとんど無い」。
角川の地名大辞典で「卯辰山」を紐解くとこう書いてあります。
金沢市街地の東にある丘陵性の山。標高141.2m。通称向山(むかいやま)のほか、東山・臥竜山・夢香(むこう)山・茶臼山など多くの別名を持つ。山中には観音山・摩利支天山・春日山・油木山・愛宕山・鳶ヶ峰などの小峰があり、総称して卯辰山と呼ぶ(稿本金沢市史)。山名の由来は、河北郡小坂(おさか)荘の中心部から卯辰(東南東)の方角に位置するためであり、中世には宇多須山とも称した。宇多須山の表記は、応安2年12月付の得江季員軍忠状に、9月12日足利義詮に敵対する桃井直和が「取陣宇多須山」とあるのが初見で唯一のもの(得江文書)。能登守護吉見氏頼に従う得江氏は、加賀の冨樫氏に加勢し、平岡野(金沢市広岡付近)に陣取り、9月15日宇多須山の桃井勢を攻略し、越中に撃退した。(以下略)
ここで出てくる「河北郡小坂荘」、地名辞典では鎌倉期には北は疋田町付近、西は浅野本町付近、東は清水町付近、南は橋場町付近に広がっていた、とあります。
そうなると「じゃあ小坂荘の中心部、ってどこだ?」と言うのが焦点になる訳ですね。
私の身の回りでは小坂神社あるいはそれに付随していたとされる神宮寺(神宮寺町付近にあった)、二条師基の屋敷があったとされる御所町付近、さらには古墳時代に加賀に勢力を持っていた豪族・道君(みちのきみ)の本拠地(金沢市北部という説がある)と言うことを言う人がいましたが、いずれにしても今度は北過ぎる。
じゃあどこなんだ、と思ったら、地名辞典の別の項に具体的な記述がありました。以下引用です。
うたつ 卯辰<金沢市>
「宇多津」、「宇多須」とも書き、「うだつ」ともいう。卯辰山の西斜面から山麓にかけての地区で、浅野川右岸に位置する。地名の由来は、戦国期の金沢御堂、近世の金沢城から卯辰の方角にあたることによるとする説(三州奇談)もあるが誤りで、中世のこの地区の中心であった山崎窪市(やまざきくぼいち)から卯辰(東南東)の方向にあたることによる。
この「山崎窪市」は鎌倉時代から戦国時代にかけてあった地名で、現在の橋場町付近にあったとされます。
市を中心に形成された村で、後に金沢御堂の門前町・金沢城の城下町として金沢の町が形作られていく際の基礎となったところと言われています。
(金沢城は南側の石川門ではなく、北側の河北門−尾坂門とも言われた−が大手門なのですが、これも窪市が中心性が高かった事の表れかもしれません)
現在地名としては残っていません(江戸時代にはその名残の「山崎町」があったそうです)が、久保市乙剣宮と言う神社の名として伝わっています。
この久保市乙剣宮、中世にはもうちょっと浅野川大橋寄りに建っていたとのことでして、浅野川大橋から卯辰山のてっぺん付近を見るとおおむね東南東なんですね。
中世の歴史や方角的なことを考えるとこの「山崎窪市から見て東南東」というのがかなり説得力が高いと思います。
ただし、地名辞典ではこの件について引用文献等が示されていませんし、旺文社の地名大系では名前の由来的な記載自体が無かったので、あくまで「有力な説」とするのがよいのかもしれません。
以上のように「どこから」というのは諸説ありますが、「どこかから見た方角が由来」というのが金沢で一般に言われている説であります。
方角以外の説としては、卯辰山の麓にある宇多須神社の発祥が「近隣の山から卯と辰の文様の古鏡が出土した事から卯辰神を祀った(参考)」とされており、神社名由来の可能性もあるかもしれません。
(宇多須神社は江戸時代初期までは卯辰社、江戸時代末期までは卯辰八幡宮(この時は前田利家が主神)と呼ばれており、明治になり前田利家が尾山神社に祀られるようになってから現在の「宇多須」表記になったとのこと)

と言うことではっきりと「これが由来!」と言い切りにくいところはあるのですが、いずれにしても南北朝時代にはすでに「うたつ」「うたす」と言う呼び名があったのは間違いなさそうです。
wikipediaでうだつを見るともともと「うだち」と呼ばれていたものが室町期以降「うだつ」と訛ったとあり、それが本当だとすれば卯辰山とうだつを結びつけるには時期的に若干微妙かな、と思ったりもするところです。

※追記。
北陸での南北朝の争乱の歴史を紐解くと、南朝方として越中の桃井直和の他にもう一人「とある地名が名字の豪族」が出てくるのですが…そっち関連の話は越年だなぁ…

[73489] 2009 年 12 月 31 日 (木) 16:58:54 YT さん
 熊本県の市区町村変遷情報について 漢字の間違い

今年最後の書き込みとなります。

[73437] 88 さん

熊本県の市区町村変遷情報について、漢字の間違いと思われるものが二か所ありました。

74 八代郡 八代把村 → 八代郡 八千把村
110 下益城郡 隅庄町 → 下益城郡 隈庄町

隅と隈は訓読みが同じですが、音読みが違うので、一応違う漢字として扱われると思います。
ただ地名の異字として許容されるのかも知れませんが。

以上の検討をお願いします。

それでは良いお年を

[73488] 2009 年 12 月 31 日 (木) 16:42:42 小松原ラガー さん
 やはり今年も今日で終わりなんだ・・・

小松原ラガーです。
なんとなく皆さんの書き込みを眺めていると、やはり今年ももう数時間なのだと実感してきました。個人的には、今年はよいことよりも悪いことのほうが多かったので、早く去ってくれという気も多少していますが・・・。

さて、

[73402] 小松原ラガー の問題ですが、解説を。

あれは11月のオフ会の後でした。今年は喪中だったので、もたもたしながらも喪中はがきを書いていたら、徳島にいる知人から先に喪中はがきが。話は途中大幅にはしょりますが、とにかく徳島に行きたくなってしまいました。(って、別にその知人に会ったわけではないのですが。)
で、そのタイミングを決めかねていたところ、なんとこのコーナーに徳島の話題がわんさと書き込まれ始めたではありませんか。正直、なんか変な暗示のようなものを感じてしまいました。因みに、知人に関して、つい先日のこの場で出てきたキーワード的な地名や路線名を挙げると、徳島は元より、鍛冶屋原線、脇町、鳴門、阿南、冨岡など。これらのキーワードが書き込まれるたびに、自分の気持ちが高まるわ高まるわ・・・。^^;

ということですが、自宅を出たのが午前10時50分頃。神戸淡路鳴門道を利用するわけですが、神戸淡路鳴門道まで、普通なら混雑を避けて阪神高速・第二神明なんて使わないのに、なんとなく勘で「今日は混んでへんやろぅ。」なんて勝手に決めて、ややオーソドックスに阪神高速、第二神明、神戸淡路鳴門道と通って鳴門へ。そこからは国道11号線で徳島市内に向かったのですが、徳島駅前の中心街にたどり着いたのが結構早かったので、眉山ロープウェイを左(一時正面)に見ながら徳島ラーメンを食べにいのたにまで行きました。駐車場に車を止めて時計を見たら、なんと午後0時20分過ぎ。おいおい、何キロでぶっ飛ばして来たんや。(汗)  因みに、やはり徳島ラーメンは豚バラ肉に玉子ですが、いのたにの肉は少し硬かったような・・・。

で、流石にすぐ麓まで辿り着くと、寄る予定がない、というか寄らずにおこうと思っていた眉山に寄りたくなり、いのたにから西へ向かい、徳島大学(医学部・病院)、蔵本球場辺りから山道へ。こちらの道はメインではないのか、途中でガードレールはないは、落ち葉で道が覆われているは、でやや危なかったですが、無事頂上駐車場に到着。頂上は風が強く寒かったですが、本当に眉山の上から見る市街地の景色と大鳴門橋はものすごくアイデンティティを感じさせられます。ふと、西のほうを見ると、なんと剣山のほうの山の頂きに数日前に降った雪がかすかに残っているではありませんか。こんなところで今シーズン初めての冠雪を見るとは思いませんでした。景色を堪能した後、一路南へ。眉山から南に降りる道は「眉山パークウェイ」と立派に名前が付いている。道もセンターラインがあり、西側からの道よりはるかに整備されていました。

市街地に降りてきて、城南高校の横を抜け、チョロチョロと走ると国道55号線に。よくよく考えると、国道11号線と国道55号線ってつながっているのですよね。後者の番号が前者の番号で割り切れるというのもなんですが、2桁の数で11の倍数、すなわち「ぞろ目」国道なんですよね。ということで、他にぞろ目国道を調べてみると22号線、33号線、44号線とお仲間が3つ。かつ、11、33、55と奇数のぞろ目国道は全て四国にあるというのも面白いですね。

小松島市に入って、市街地というか小松島高校/南小松島駅方面へ。この小松島高校、マピオンとかでみると周囲をほぼ一周学校沿いに道が走っているように見えたので、ぐるりと回ろうとして大失敗。地図では確かに道があり、実際にも道がありましたが、車一台通れるかどうかの細い道。しかも途中でカーブというか曲がっており、案の定車の左前と右後ろからガリガリと異音が・・・。あ〜ぁ。(涙)
そういえば、今年の秋の高校野球徳島県大会で優勝したのが小松島高校なのですね。そのあと、県道を進んでいったのですが、道なりに進んだのに、いつの間にか国道55号線に戻っていました。というか、単にある交差点で55号線が旧道(東土佐街道)と新道(バイパス)に分かれており、そこに合流しただけなのでしたが。

ほどなくして、今回の目的地の阿南市へ。もっと言うと、阿南市富岡地区へ。合併を繰り返して今の阿南市になっていますが、やはり冨岡が中心街か。市街地をグルグル回った後に、今回の目的地のここに到着。決して健康ランドというほどのたいそうなものではありません。知人にも電話で話をした時に事前に聞いてみたのですが、「普通のお風呂よ。地元の人が行く銭湯みたいなもの。」との返答。確かに、シャンプーも石鹸もなく、タオルは有料だったし、「なるほど、銭湯や。」とは思いましたが、人間おかしなもので広い湯船につかるとやはり気持がよい。スッキリ!・・・でした。因みに、現在はリンク先とは料金が異なっており、大人360円、ロイヤル(露天風呂とかがある)630円、貸しタオル80円でした。風呂からあがって、くつろいでいると、「ご自由にお持ち帰りください。但し、袋はありません。」という張り紙。徳島なのにスダチならぬゆずが箱に無造作に積まれていました。(冬至のの前だったからかもしれませんが。)ちゃっかり5つほど手づかみで頂いて帰りましたが・・・。

さて、この大和の郷、冨岡の市街地のはずれ、ちょっとした丘の上にあり、冨岡の静かな街並みを多少なりとも眺めることができました。丁度、午後4時ごろだったこともあり、西からさすこの季節の弱い陽の光に照らされた冨岡の町並みは、これまた風情がありました。因みに、このお風呂、隣にホテルがあり、そちらの宿泊プランに大和の郷がセットになったものもあるようです。

この時点で、その日のお題は完了。あとは帰るのみ。私にしては珍しく、ほぼ来た道を帰ってまいりました。途中、小松島市辺りからは夜の眉山(眉山からの風景ではありません)が大変きれいでした。眉山に登るパークウェイの灯りが山肌に点々として、かつ山頂にはNHKと四国放送のテレビ塔が煌々とライトアップされていて・・・。国道55号線と国道11号線の接続点辺りで多少渋滞していたものの、2時間半くらいで阿南市から帰ってまいりました。

ということですが、以下、問題の解答です。

【問題】
(1)問題文中にある市【1】〜【4】について、
  a)人口の多い順に並べよ。(解答例:【1】>【2】>【3】>【4】)
  b)面積の多い順に並べよ。(同上)
  c)これらの4つの市より面積の大きい市がこの県にあるか?ある場合にはその数を挙げよ。

【1】=徳島市、【2】=鳴門市、【3】=小松島市、【4】=阿南市となりますので、
a)【1】>【4】>【2】>【3】
b)【4】>【1】>【2】>【3】
c)2市(美馬市、三好市>阿南市)
となります。

(2)問題文中にある国道【A】、【B】について、
   文中のもう一つの共通項に該当するあと3つの国道について、いずれか一つの起点、もしくは終点の市を挙げよ。
   尚、回答はできるだけ他の人の回答を避けることが好ましいが、既にSoldOutの場合は同じ回答を答えても良しとする。

名古屋市、岐阜市(以上国道22号)、高知市、松山市(以上国道33号)、釧路市、根室市(以上国道44号)から答えて頂ければ正解です。

(3)問題文中にある山【イ】、施設【ロ】、テレビ塔【ハ】について、
  a)山【イ】の頂上にあるテレビ塔【ハ】は二つあり、一つはNHKのテレビ塔。
    ではもう一つは?その放送局の問題文中の県庁所在地の市【1】でのテレビのチャンネル番号を述べよ。
  b)映画にもなったこの山【イ】、その映画の監督はだれか?名前を挙げよ。
  c)施設【ロ】の名称には漢字で旧国名が含まれるが、その旧国名を含む市はいくつあるか挙げよ。

a)これは問題が悪すぎました。いまどき、地デジだのケーブルだのがある中で解答が色々と解釈できますが、ここは四国放送の1chとしたかったです。
b)映画「眉山」の監督ということで、「犬童一心」となります。
c)これこそマニアックすぎました。お風呂の「大和の郷」ということで、旧国名は「大和」。大和高田市、大和郡山市、それに、大和市と東大和市の4市となります。
#えっ?ただお風呂に入りに車飛ばして阿南まで行ったの?というつっこみは無し無し。(笑)

以上ですが、だらだらと、また、ややマニアックな紀行文にお付き合い頂き、誠にありがとうございました。

因みに、今回の徳島電撃日帰りトリップで私の今年の経験値はこのようになります。ふ〜っ、67点か。生涯経験値から考えると「よく動いた」一年でした。

最後に、今年一年、オフ会も含め、グリグリさんのみならず、この場では皆さまに大変お世話になり、誠にありがとうございました。感謝申し上げます。皆さんよいお年をお迎えください。

P.S.年明け早々、東京ついでに山梨かも。あらま。

[73487] 2009 年 12 月 31 日 (木) 16:37:25 オーナー グリグリ
 Re:オーナーお待ちくだされ!

[73483] 2009 年 12 月 31 日 (木) 14:41:55 白桃 さん
□編入 愛媛県 鬼北町(北宇和郡 松野町,鬼北町)
この縁組の話は中断しており、明日(元日)の結婚式はありませんよ。
おっと、これは大変だ。変遷情報を元に作業していたのですが、確認せずに進めてしまいました。データは修正しました。[73480]の書き込みも訂正しました。変遷情報の修正はでるでるさんにお任せしたいと思っています。よろしくお願いします。>でるでるさん

[73478] 2009 年 12 月 31 日 (木) 12:14:48 白桃 さん
リンク先に湯瀬の写真が・・・
こちらもありがとうございました。記事[73474]は訂正済みです。

[73486] 2009 年 12 月 31 日 (木) 16:29:36 千本桜 さん
 宇多津、日和佐、富士川

[73420] 蒼の狼 さん
閉まってる店が多いのはわかってましたし、遊ぶんだったら宇多津まで行きましたからね。
それも商店街が寂れる一つの要因かと思いますが、いかがでしょう。
私が坂出の商店街を見たのは40年も前のことです。でも、白桃さんが書かれた「坂出:この商店街のシャッターはいつ開くのだろう・・・」という坂出の現状は想像できます。また、私が見た宇多津町は昔からの市街地で、蒼の狼さんが闊歩されたのは宇多津町の新しい市街地でしょう。新しい宇多津町は凄いらしいですね。市に至らない町としては、沖縄県北谷町などと共に超スーパータウンの部類に入ることでしょう。東北のスーパータウンo町は間違いなく宇多津より地味です。平成16年調査の香川県商圏調査報告書をネットで見ることができますのでリンクします。買回商圏における宇多津町の凄さが見えてきますね。丸亀商圏が西に向かって及ぶ範囲は三豊市までなのに、宇多津商圏はそれを乗り越えて観音寺市まで延びているのですから驚きです。

[73445] oki さん
美波町のHPではウミガメ博物館の住所が「日和佐字浦370-4」となっていましたが、「日和佐字浦」という住所はなく、近世村の名称をそのまま残す「日和佐浦」です。
とあるHPには、うみがめ博物館の住所が「〒779-2304 海部郡美波町大浜海岸」と書いてあります。大浜海岸に面した観光施設ですし、天然記念物に指定された名称も「大浜海岸のウミガメ及びその産卵地」ですから、「日和佐浦」より「大浜海岸」の方が場所の特定も安易になり効果的なのでしょう。しかし、「住所」と銘打打ち、郵便番号まで記載しているのですから、ちゃんとした住所地名で「〒779-2304 美波町日和佐浦」と書いて欲しかったと思うのは私だけなのだろうか。大浜海岸に位置することを伝えるためなら、もっと別の表現方法があるはずですね。さて、本題に入ります。美波町役場の住所は大字+小字の形式で「美波町奥河内字元村18番地」と表しますが、日和佐郵便局の住所は小字なしで「美波町日和佐浦119番地」と表します。明治22年以来、奥河内も日和佐浦も同一自治体として一緒に歩いてきたわけですが、奥河内は小字を地番区域とし、日和佐浦は大字を地番区域とするように別々の道をとったのは、いつ頃からなのでしょう。

[73473] inakanomozart さん
もっと遠く離れた県の町だったら抵抗がなかったかもしれませんが・・・
静岡県民ではありませんが、静岡県富士川町がなくなって山梨県富士川町ができることに戸惑いを感じています。なにしろ、静岡県への第一歩が岩渕駅でしたから。

今年もきょうが最後。それでは皆様、佳いお年をお迎えください。

[73485] 2009 年 12 月 31 日 (木) 16:23:19 オーナー グリグリ
 【第二十六回】 2010年新春企画 全国の市十番勝負(直前予告)

今年もあと7時間あまりとなりました。今年も多くの皆さんにお世話になりありがとうございました。機能強化など思うように進捗せず管理人としては不本意な一年でしたが、オフ会開催など楽しいイベントもあり、それなりに充実したとも言えます。来年も同じようなペースで進むと思いますが、少しでも積み残し案件を片付けられればと思っています。今年一年に感謝です。

さて、明日、元日の夜9時開始予定の十番勝負を前にしていくつかふぉろ〜を行います。最初の採点は、2日の早朝を予定しています。2日は一日中外出予定があり、2日夜の採点は深夜になると思いますのであらかじめご了承ください。

[72800] 2009 年 11 月 9 日 (月) 17:59:51 まつもとしろくま さん
[72256]の解答をもって、初参加の時から十番勝負の目標としていた「47連続解答での47都道府県完答」を達成しました。分かりづらいですが要するに、最小解答数で未解答の県をゼロにしたということです。苦労する割に、達成感のあまりない記録です…。
これ、地味ですが凄い記録ですね。そもそも最初の解答から狙っていたのだとすると、長期展望の超人さもさることながら、もの凄い忍耐強さがいると思います。感動しました。

[73210] 2009 年 12 月 5 日 (土) 21:44:59【2】 ヌオ さん
私はいつも誤答なしで完答することを目標にしていますが、密かに1回目の参加の、第十四回大会の問十で上越市を誤答して([55930])以来現在で85問連続正答をしていることになりました。次の次の十番勝負で100連続正答を達成したいです。
こちらも凄い記録ですね。ぜひ100連続正答を達成してください。出題者としては何とか阻止してやろうという気持ちに傾きそうですけどね。^^;

[73476]で十番勝負の各種記録をまとめましたが、皆さんからもいろいろ面白い分析をいただいています。

[72811] 2009 年 11 月 10 日 (火) 23:37:12【2】 油天神山 さん(悪魔の如き企画の誤答率分析)
[73199] 2009 年 12 月 4 日 (金) 22:25:49【1】 おがちゃん さん(問題分類)
[73201] 2009 年 12 月 5 日 (土) 01:38:43 あきすて さん(問題分析)
[73204] 2009 年 12 月 5 日 (土) 16:24:43【6】 おがちゃん さん(メダル獲得率ランキング)

悪魔企画やメダル獲得率分析は解答者の特徴が分析されていて面白いですね。なお、これらの記事は、十番勝負トップページからたどれる「全国の市・十番勝負を語る」に収録しました。

[73175] 2009 年 12 月 3 日 (木) 00:28:27 らるふ さん
私としては、いつもの十番勝負も想定解数の少ない問題が1〜2問でも含まれている方が、完答の喜怒哀楽があっておもしろいようにも思います。
私にとってはありがたい感想です。明日からの十番勝負でも若干想定解数の少ない問題が入ってくると思います(まだ準備中)。

[73176] 2009 年 12 月 3 日 (木) 00:47:26 MasAka さん
某高速道路を山に向かって走っていると左にビール工場が見える市(ちなみに右に見えるのは競馬場……って私が生まれる前くらいに流行った歌ですね)が入っていたので、
生まれる前でしたか。^^;
今川焼さんが[73179]で書かれているように、ビール工場と言えば中央フリーウェイ、って言うくらい私の世代では印象的なフレーズでした。この問題、何のためらいもなく真っ先に府中市(東京)を問題市にしました。

[73203] 2009 年 12 月 5 日 (土) 16:22:28 伊豆之国 さん
ところで、想定解の数、スタート時から1市増えて21市に。
問一(JRの○○温泉駅がある市)の想定解数の件、[73068]で単なる数え間違いと言っていますが、白状しますと、下記の想定解一覧表において、当初は大館市を大崎市と見誤っていたためでした。お恥ずかしい。

1青森県青森市浅虫温泉東:東北本線
2宮城県大崎市中山平温泉東:陸羽東線
宮城県大崎市鳴子温泉東:陸羽東線
宮城県大崎市川渡温泉東:陸羽東線
3秋田県大館市大滝温泉東:花輪線
4秋田県鹿角市湯瀬温泉東:花輪線
5山形県鶴岡市あつみ温泉東:羽越本線
6山形県上山市かみのやま温泉東:奥羽本線
7群馬県渋川市小野上温泉東:吾妻線
8石川県七尾市和倉温泉西:七尾線
9石川県加賀市加賀温泉西:北陸本線
10福井県あわら市芦原温泉西:北陸本線
11山梨県笛吹市石和温泉東:中央本線
12長野県飯山市戸狩野沢温泉東:飯山線
13愛知県新城市湯谷温泉海:飯田線
14滋賀県大津市おごと温泉西:湖西線
15兵庫県豊岡市城崎温泉西:山陰本線
16島根県松江市玉造温泉西:山陰本線
17山口県下関市川棚温泉西:山陰本線
18山口県山口市湯田温泉西:山口線
19佐賀県武雄市武雄温泉九:佐世保線
20宮崎県えびの市京町温泉九:吉都線
21鹿児島県霧島市霧島温泉九:肥薩線

[73456] 2009 年 12 月 30 日 (水) 18:21:20【1】 いっちゃん さん
23区にある市名
(中略)
なんだか十番勝負向きの数となってしまいました。(笑)←実はこれが言いたかった。
第二十六回用の問題作成が難航しているのですが、渡りに船とはこのことですね。活用させていただきます。ありがとうございました。(謎

[73466] 2009 年 12 月 30 日 (水) 23:17:42 リトル さん
「全国の市十番勝負【第二十四回】「傾向と対策」」
[72861]を加えて頂けないでしょうか。
申し訳ありません。大変失礼しました。追加しましたのでご確認ください。

[73484] 2009 年 12 月 31 日 (木) 14:42:27【1】 ニジェガロージェッツ さん
 Re:見やすい表示

[73481] inakanomozart さん
神戸市や茨木市の住居表示の街区表示板(街区符号を記載した縦型のもの)が街区の建物の壁や塀ではなく、電柱や外灯などの柱につけてあるものが多いのが目に付きました。

こちらも思いつきの反応にて失礼いたします。
住居表示の街区表示板については私も興味のあるところですが,その設置場所についてはあまり気に留めていませんでした。
面白い視点のご紹介ありがとうございます。
ただ,神戸のどの辺りでお見かけになったのか分かりませんが,震災の影響があるかも知れません。
建物そのものがなくなっている(なくなっていた)とか,復興過程で仮設などを頻繁に建て替えたとかの事情を抱えた街区が非常に多く,その場合は電柱くらいしか恒久的な設置場所がないように推察します。
いずれにせよ,私の考察ではなく,被災と復興過程の実感からくる単なる思いつきですが。

またウォーキングのときには設置場所を注視して歩くようにします。

[73483] 2009 年 12 月 31 日 (木) 14:41:55 白桃 さん
 オーナーお待ちくだされ!

[73480]オーナー グリグリ
以下の合併に関連して、市区町村のデータ、公式HP、ランキング、雑学などを更新しました。
□編入 愛媛県 鬼北町(北宇和郡 松野町,鬼北町)
この縁組の話は中断しており、明日(元日)の結婚式はありませんよ。

[73482] 2009 年 12 月 31 日 (木) 14:21:03 アルバトロス さん
 良いお年を

こんにちは、アルバトロスです。
今年も、あと10時間を切りました。当落書き帳で拙い文を書き込みをして1年が経ってしまいました。元旦から十番勝負が始まるそうですが、どうも苦手で、頭が回りません(年寄りなので)、いつものようにスルーします。皆様、良いお年を御迎えください。そして、来年もよろしくお願い致します。

[73481] 2009 年 12 月 31 日 (木) 14:19:42 inakanomozart さん
 見やすい表示

[73479] 2009 年 12 月 31 日 (木) 13:28:08  ニジェガロージェッツさん
岡山市内の交差点の地名標識が小さくて分かりにくかったですね。

交差点の標識とは直接関係なく、関連の思いつきで失礼します。
以前、関西へ行ったおり気が付いたことですが、神戸市や茨木市の住居表示の街区表示板(街区符号を記載した縦型のもの)が街区の建物の壁や塀ではなく、電柱や外灯などの柱につけてあるものが多いのが目に付きました。

通常、歩道のある道路では電柱等は車道との境にある場合が多く、車道側にに向けて電柱等に街区表示板が設置してあると、歩道を歩く歩行者には設置してあることさえ気が付かず、何のための表示板なのかと思ったものです。
(広い幹線道路などでは、向かい側のものも見えない。)

なぜ、こんなことを書きこむかと言いますと、最近静岡市でも神戸市に見習って(?)同様な設置方のものが非常に増えているからです。
たしかに、建物の壁等に設置する場合、多くの対象者を相手に了解を得なければならず、事務的に煩雑になることは理解できるのですが、やはり見やすさを優先すべきでしょう。

[73480] 2009 年 12 月 31 日 (木) 14:08:29【1】 オーナー グリグリ
 ちょっとフライングですが明日の合併情報を更新しました

以下の合併に関連して、市区町村のデータ、公式HP、ランキング、雑学などを更新しました。

□編入 岩手県 宮古市(宮古市, 下閉伊郡 川井村)
□編入 長野県 長野市(長野市, 上水内郡 信州新町,中条村)
□編入 滋賀県 長浜市(長浜市, 東浅井郡 虎姫町,湖北町,伊香郡 高月町,木之本町,余呉町,西浅井町)
□新設 福岡県 糸島市(前原市, 糸島郡 二丈町,志摩町)

市区町村雑学のページにも多くの影響がありました(mikiさん、更新情報をいつもありがとう)。

■前原市消滅
 → 東京市ってあったの? 消滅した市
■糸島市誕生
 → 尾花沢市って何が特別? 祝日に市制施行した市
■滋賀県木之本町消滅(「之」の付く町消滅)
 → 大湊田名部市って今は何市かな? ひらがな・カタカナの市町村
■岩手県川井村消滅(秋田県井川町とのペア解消)
 → 武雄市をひっくり返すとどうなる? 逆さまペアの市区町村
■福岡県二丈町消滅(「二」の付く町消滅)
 → 四万十市は最大の市? 数字の入った市区町村
■滋賀県虎姫町消滅
 → 三重県って動物王国? 動物名の入った市区町村
■滋賀県湖北町、西浅井町消滅
 → 東北市ってあったっけ? 東西南北の入った市区町村
■長野県中条村消滅
 → 下川村ってあったっけ? 大中小上下の入った村

雑学ページの更新漏れなどありましたらお知らせください。
#祝日市制施行の一覧に本宮市が抜けていたのを今回発見

[73479] 2009 年 12 月 31 日 (木) 13:28:08【3】 ニジェガロージェッツ さん
 大晦日の落書き

いよいよ今年も残すところ半日を切りました。石島・岡山オフ会をはじめ,今年も落書き帳の皆様には大変お世話になりました。
有難うございます。

昨年の平成二十年はウォーキングと山歩きで18kgの減量を記録しましたが,今年はそれほどではなく,一方で落書き帳の書き込みにも貢献できず,自分のホームページさえも稀に更新する程度と,何とも無気力な一年でした。
ウォーキングでは,今年の4月30日から札幌ウォーキングに参加しています。最初は札幌市内を巡り,次に北海道1周を終えて,米大陸に飛ばされました。246日目の今日現在はソルトレイクシティー辺りをうろついています。
メタボが気になる皆様,チャレンジされてはいかがですか?結構楽しめますよ。

とはいえ,無理な山歩きや早朝のジョギングが祟り,年末になって足首を痛めてしまい,昨年4月8日から続いた連続1万歩越えの記録が629日で途絶えてしまいました。札幌ウォーキングの月間ランキングでは20位以内につけていましたが,一気に50位ぐらいまで落ちています。来年は一から仕切り直しです。

さて,レスを少々。

[73321] hmt さん
ニジェガロージェッツさん ゆかりの ニジニノヴゴロド[8116] 生まれの作家 マクシム・ゴーリキーも ペンネームで、1932年から1990年までの間、ゴーリキー市が存在しました。

懐かしの第二の故郷へのご言及,ついつい反応させていただきます。
現地ニジニ・ノヴゴロドでの「ゴーリキー」名称は結構残っています。確かにゴーリキー州ゴーリキー市は改称されましたが,鉄道ターミナル駅はゴーリキー・モスコフスキー駅のままで,市のシンボル企業“GAZ”ことゴーリキー自動車工場ゴーリキー鉄道などなど。もちろん,市内にはマクシム・ゴーリキー通りマクシム・ゴーリキー広場も健在です。

なお,ロシアにおける現存するペンネーム由来の都市名としては,
キーロフ州キーロフ市(セルゲイ・ミロノヴィチ・キーロフ=本名コストリコフ/政治家,革命家),人口464,069人
ヴォルゴグラード州セラフィモヴィチ市(アレクサンドル・セラフィモヴィチ・セラフィモヴィチ=本名ポポフ/小説家),人口9,471人
があります。
(名前は名・父称・姓の順。本名は姓のみを記した。人口は2009年1月1日現在)

[73367] ペーロケ さん
せっかくなんで児島湖締め切り堤防周辺にニジェさんを案内したいと思い、岡南飛行場経由で向かいました。
その折はお世話になりました。
途中通過した岡山市浦安の地図上の印象が,千葉県の浦安と似ていたので,地名由来で何か共通点でもあるのかと話題になりましたね。
それにしても,岡山市内の交差点の地名標識が小さくて分かりにくかったですね。「地元の人間だけに分かれば良い」と言わんばかりで,(岡山の人には悪いけど)まだまだ一地方都市だなと感じました。

余談ですが,標識としては91年に新潟市内でよく見かけた新潟の「潟」の字を「さんずいに写」で書かれたものが多く新鮮に感じました。「潟」の字は書き難いですからね。地元では自然と略してしまうのでしょうか。
ただし,中国語での「さんずいに写」は全く別の字「瀉」を表し,その意味するところが決して好印象を与えないので,中国との関わりが深くなった今日では「さんずいに写」を書かないようにしていると聞きます。

[73478] 2009 年 12 月 31 日 (木) 12:14:48 白桃 さん
 レス

[73472]inakanomozart さん
なぜなら、郵便番号を正確に書く代わりに、自治体名(区名を含む)を省略して書くのが常ですから・・・
郵便番号をちゃんと書けば、住所を省略して大字ぐらいからで良い、ということは知っておりましたが、郡名・区名は省略しても、市町村名は省略しない主義でして。(笑)

[73475]稲生 さん
自県の合併事案でありながら、昨年の合併を今年と勘違いしていまして、まったく地図ヲタク失格であります。
ま、よくある話で・・・。私もつい最近まで、自分が住んでいたところが、香川県大川郡「オオウチチョウ」だと思っていましたから・・・。余計なつっこみをして、すみませんでした。

[73474]グリグリさん
さきほど、第6回落書き帳公式オフ会記録ページにおいて参加者コメントのページを公開しました。
リンク先に湯瀬の写真が・・・

[73477] 2009 年 12 月 31 日 (木) 11:31:04 オーナー グリグリ
 内水面(湖面)隣接問題

琵琶湖の内水面の境界が確定したことから自治体間の隣接定義についてgeoさんからの問題提起です。

[73198] 2009 年 12 月 4 日 (金) 22:16:18【2】 geo さん
○まず内水面で境界が確定していること。
○架橋などで隣接していなくても,たとえば山に隔てられていて道が1本もなくても陸なので隣接している,それと同じ扱いだろう(琵琶湖は陸水部なので)。
以前にも議論になりましたが、基本的には上記の考え方が正しいと思います。

具体的な市同士の隣接例として、

・高島市と長浜市、高島市と彦根市、高島市と近江八幡市
・大津市と近江八幡市、大津市と野洲市、大津市と守山市
・長浜市と彦根市

上記の7例が陸上隣接がない内水面隣接となります。ただ、こういう地図を見たときに、上記の市が隣接しているという感覚は持ち難いのも事実だと思います。十番勝負の隣接問題でもこのあたりの条件判断はいつも悩ましいところです。実際に、成田市と本埜村の印旛沼を介しての隣接の有無(隣接していない)が話題になったりしました(第二十三回・問九)。
#来年3月に印西市、印旛村、本埜村が合併すればこの紛れも解消します。

実際の感覚にあわせ、内水面での隣接は除外することも考えられるのですが、そうなると同じ内水面でも川を挟んでの隣接は除外しなくてよいのかなど、厳密に考えると悩ましさが増してしまいます。十番勝負でも、霞ヶ浦の境界が確定していないときに、内水面での隣接を曖昧にしていた問題があったと思いますし(第二十一回・問九)、川だけで隣接している例として、高浜市と東浦町の隣接などがあります(第二十五回・問八)。加えて架橋隣接などもあり、隣接問題は条件によって揺らぎがあるのでなかなか難しいです。

ただ、内水面の境界が確定していない大物は、浜名湖(来年3月確定予定)と風蓮湖だけであり、どちらも内水面でのみ隣接する自治体はあり得ないので、今後は内水面での隣接を厳密に判断するようにしてもよいかもしれません。

[73476] 2009 年 12 月 31 日 (木) 11:24:37 オーナー グリグリ
 全国の市十番勝負の記録データ(第二十五回終了時点)

[73172] 2009 年 12 月 2 日 (水) 22:42:09 オーナー グリグリ
今回の十番勝負は開催期間が、3日と15時間8分30秒と過去最短となりました。これまでは2週間から長い時は1ヶ月を掛けていましたので驚異的な記録です。全問想定解終了も初めてです(初期の想定解数を明示していない時でも全想定解がなくなったことはないはずです)。他にも、正答率が.931とやはり過去最高など面白い記録がいくつか生まれています。いずれまとめて報告しようと思います。
と書きましたように、[63512]で第十八回までの記録データをまとめていますが、今回これを更新しておきます。

第二十五回で面白い現象がありましたので報告しておきます。
「銅メダル獲得者が10人」
つまり、銅メダルが10人に1個ずつばらけたということです。これは初めてのことです。ちなみに金メダルと銀メダルが10人にばらけたことは過去1回ずつあります(下表参照)。

以下、十番勝負のこれまでの記録を並べてみました。
#メダル獲得者数の右端数字はユニーク数です。

記録名記録記録記録参考:第二十五回参考:延べ/平均
■参加者数2265名861名12,2355名30名1,126名
■正答者数2264名860名2355名30名1,091名
■完答者数1936名2235名2432名4名392名
■解答数22597件23563件19529件145件9,213件
■正答数22509件23439件24423135件7,421件
■誤答数12140件23124件11117件10件1,792件
■正答率(高順)25.9311.92321.899.931.805
■正答率(低順)12.6833.72811.732.786.805
■メダル獲得者数1719名12,1518名14名87名
■金メダル獲得者数1510名8名7名54名
■銀メダル獲得者数810名9名7名60名
■銅メダル獲得者数2510名13,219名10名60名

[73475] 2009 年 12 月 31 日 (木) 11:21:55 稲生 さん
 富士川町の編入年月日、本年の郵便局めぐり活動

稲生です、こんにちは。

私・稲生の[73429]の間違った認識による静岡県富士川町の編入年月日に対し、直後の[73430]白桃さんのご指摘ありがとうございました。
自分が書き込んだ後、こちらにお邪魔するのが24hを過ぎてしまっていましたので、訂正ができず、このまま恥をさらすことになりました。
自県の合併事案でありながら、昨年の合併を今年と勘違いしていまして、まったく地図ヲタク失格であります。

これだけではなんですので、趣味にしている郵便局めぐりのお話を少々。
本年の活動が、延べ60日、1546局を廻ったことを、まずご報告いたします。これは、週に1回以上、平均25局以上を廻ったことになり、自分にとって歴史的な1年を過ごしたことになります。
昨年までに静岡・山梨・愛知・岐阜・福井・滋賀の6県を完訪していて、本年はとうとう長野・神奈川の両県の完訪に至り、自県の静岡のお隣県をようやく制覇いたしました。
来年は、残り15局の三重県、残り69局の奈良県、そして石川県(まだ3分の1程度の訪局)の完訪と、大阪府堺市、福島県いわき市の訪問をメインに活動していく予定です。

今年の経県値は 80点 
生涯経県値は 前年より5点アップの 133点

[73474] 2009 年 12 月 31 日 (木) 09:39:59【1】 オーナー グリグリ
 第6回落書き帳公式オフ会参加者コメント

さきほど、第6回落書き帳公式オフ会記録ページにおいて参加者コメントのページを公開しました。遅くなりましたがどうぞご覧ください。参加された皆さんがオフ会を楽しまれた様子が体感できます。なお、写真についてもたくさんあるのですが、整理が追い付かず、こちらは年越しになりました。申し訳ありませんが今しばらくお待ちください。

[73473] 2009 年 12 月 31 日 (木) 06:00:00【1】 inakanomozart さん
 FUJIKAWA-CHO

[73470] 2009年12月30日(水) 23:54:43   オーナーグリグリさん
地名の由来としては富士川町の方が両者に近似性というか必然性がありますね。なお、[73430]で白桃さんが指摘されていますが、富士川町の富士市への編入は本年ではなく昨年です。したがって、空白期間は約1年と4ヶ月ってことになります。

この日(08年11月1日)は、同じ庵原郡下の由比町が静岡市清水区に編入となり、庵原郡が消滅した日でもあるので比較的よく記憶しております。(稲生さんから訂正が入ると思っていましたので静観していました。)

稲生さんも指摘されていますが、静岡県民の一人としてはすっきりしないものを感じております。
これが隣県でなく、もっと遠く離れた県の町だったら抵抗がなかったかもしれませんが・・・

全くの余談ながら、最近よくニュースで流れる渋滞予想で「富士川サービスエリア」を、
アナウンサー氏がしばしば「FUJIGAWA」と読んでいます。
そのたびに「FUJIGAWA」でなく「FUJIKAWA」だと叫びたくなります。
どうしても「FUJIGAWA」と読みたければ、東京の荒川も「ARAGAWA」と読めと言いたくなってしまうのです。(笑)

[73472] 2009 年 12 月 31 日 (木) 05:33:28 inakanomozart さん
 年賀状のあて名

[73471]  白桃さん
歳をとるにつけ、だんだん年賀状を書くのがおっくうになって、出す枚数も少なくなってきました。
それに加え、最近、区名まで書かないといけない宛先が増え、もう、イヤになっちゃう。

私も齢(よわい)を重ねるにつれて、非常におっくうに感じています。
ただ、私の場合は区名が増えても一向に関係ありません。
なぜなら、郵便番号を正確に書く代わりに、自治体名(区名を含む)を省略して書くのが常ですから・・・

[73471] 2009 年 12 月 31 日 (木) 02:32:53 白桃 さん
 岡山市への年賀状

さきほど、やっと年賀状を書き終えました。といっても、まだ何も書いていない年賀状の枚数が多いです。(汗)
歳をとるにつけ、だんだん年賀状を書くのがおっくうになって、出す枚数も少なくなってきました。
それに加え、最近、区名まで書かないといけない宛先が増え、もう、イヤになっちゃう。岡山市には出すところ結構あったんだけど、面倒くさくて今年は書いてないな。

[73470] 2009 年 12 月 30 日 (水) 23:54:43 オーナー グリグリ
 同一名称市町村変遷表

[73429] 2009 年 12 月 29 日 (火) 04:18:05 稲生 さん
富士川町といえば、富士川下流のJR富士川駅付近を連想してしまいがちですが、静岡県の富士川町は本年11月1日付けで、すでに消滅してしまい、4ケ月ほどの空白を経て、山梨県の峡南地域に富士川町が誕生します。
なるほど、守山市や八幡市(読みは違うが)の町版ですね。まぁ、地名の由来としては富士川町の方が両者に近似性というか必然性がありますね。なお、[73430]で白桃さんが指摘されていますが、富士川町の富士市への編入は本年ではなく昨年です。したがって、空白期間は約1年と4ヶ月ってことになります。

名称だけの一致による同一名称の自治体の変遷を一覧してみるのも面白いでしょうね。市であれば雑学府中市ってどこにあるの?に一応網羅してあります。若松市、府中市、伊達市が同時期存在例、八幡市、守山市が別時期存在例となります。町村だとかなりの事例が出てくるのは間違いありません。とは言え、変遷情報にデータがほぼ揃っていますので、プログラムで自動抽出して一覧をつくれるようにしてみたいです。これは非常に興味があります。

[73469] 2009 年 12 月 30 日 (水) 23:54:08 YT さん
 古代・中世都市の人口

[73446] oki さん

「奥州平泉黄金の世紀」(荒木伸介 角田文衛 他著)新潮社 1987年5月25日刊に、「今日、平泉町の人口は約一万人である。しかし八百年前には十数万人と推定されている。」という記述があるようです。
実際に書籍を見たわけではないので断言できませんが、人口算定の根拠を記してあるか、もしくは基礎となる資料を明記してある可能性があります。佐貫利雄氏の著作より出版年が早いので、参考になるかもしれません(区立レベルの図書館にもあるようです)。

ご指摘ありがとうございます。本書にはまだ目を通しておりませんので、年が明けたら読んでみます。せめて元文献だけでも挙げていればよいのですが。

最近は世界遺産申請関連で予算がついたのか、平泉関連の発掘や論文がかなり出ているようですが、どれも最盛期の人口を推定しておりません。最盛期の平泉の人口を5万人と評価している"Four Thousand Years of Urban Growth" (Tertius Chandler, 1987)では

Ruled 15 of Japan's 66 provinces

「日本66国の内15国を支配」?という訳のわからない解説でもって、根拠が示されておりますが、おそらく京都(10万人)との人口比から算出したのでしょうか。文献はGeorge Sansonの"A History of Japan", 328頁となっておりますが、こちらの本もまだ読んでいません。

Chandlerの推定する京都の人口は、大部分がPonsonby-Faneの"Kyoto"からの引用となっています。こちらは現物を読みましたが、人口に関する部分は大正4年に『京都坊目誌』を完成させた碓井小三郎から個人的に聞き出した推定値を掲載しているようでした。また鎌倉の人口(20万人)についてはT. Terryの"Guide to the Japanese Empire" (1930年)とありますがこちらは現物をチェックしていません。ただ日本人の研究者で鎌倉の人口を20万人などと推定した人はいないでしょう。いずれにせよ世界的に引用されるTertius Chandlerの推定人口は余り信用できないといえます。

[73468] 2009 年 12 月 30 日 (水) 23:36:13 なると金時 さん
 暮れの元気なご挨拶

明日例によって徳島(PCなし)に帰るので、年内最後の書き込みです。
最後の最後に今更ですが、落書き帳10周年おめでとうございます。
十番勝負がほとんどの書き込みで、あまり落書き帳に知的貢献は出来ていない気がしますが、御寛恕ください。
来年も皆様にとって良い一年になりますように。

[73467] 2009 年 12 月 30 日 (水) 23:32:59 リトル さん
 ■レス+御挨拶

連投すみません。

▲「亀ノ瀬トンネル」
[73335]hmtさん
2本を、明治と大正上りと推定するは不自然です。
私も、そこが引っ掛かった点なんですが…。
自分で(現地踏査を行っていないので〜)と書いた通り、初代と2代目の分岐の関係もはっきり断言できませんので、調査は保留・継続とさせて下さい…。

▲広告
[73414]オーナー グリグリさん。
>サイトの一部のページに広告を掲載しています。
→以前から「サーバー使用料」などが大変なのでは?と考えていましたが…、私は負担出来ないので、少しでも運営の足しになるなら良いと思います。

▲岡山イヤー
[73465] hiroroじゃけぇさん
>今年は〜オフ会に参加できないなど消化不良な都市になりました。
→その代わりと言う訳ではありませんが、私は倉敷・岡山市を堪能し、充実した街歩きを体験できました。
オフ会でお逢いして、お世話になった御礼を言う事はかないませんでしたが…ありがとうございました。

▲何とか年内に、溜まっている「オフ会の報告」「地名コレクションへの報告」「書き溜めていたネタ」等の記事をまとめようとしましたが…、もう無理です。
来年、ゆっくり書く事にします。
よって、これで今年最後の書き込みになると思います。

皆様、今年も、拙い書き込みにお付き合い頂き、ありがとうございました。
重ねて、オフ会でお会いした方々はお世話になりました。
良いお年を…。

リトル

[73466] 2009 年 12 月 30 日 (水) 23:17:42 リトル さん
 ■十番勝負関係

大変遅くなりましたが…。

▲落書き帳10周年記念第二十五回 全国の市十番勝負感想
・この回は、短距離走+土曜日朝からのスタートで、週明けにやっと覗いたら…予想通り、もう終わりそうでした。
・せめて一歩でも足跡を残したいと慌てて検討し、唯一判った問六(ビール工場)を岡山市で回答。
・問九(県外の市とのみ隣接)、八戸市で誤答。
については、想定解残り1市でおがちゃんさんが回答後でしたが、駄目元で投球するも、やはり玉砕…「それ程甘くない」と思いつつ、思い付いたら、つい解答を投げ込んでしまいます…。
・結局、1問回答で足跡を残しただけで終わってしまいましたが、ランキングでは自己最高タイの27位?まあ自分らしい所でしょう。

▲「第24回」
>オーナー グリグリさん(いっちゃんさん?)
「全国の市十番勝負【第二十四回】「傾向と対策」」
[72861]を加えて頂けないでしょうか。

▲「第26回」
スタートが元旦ですね。
私が開始時に年賀状を配っているのは仕方がない事なので、1/4あたりからマイペースで参戦して頑張ってみます。

今年も、郵便配達をしているので、年末年始は通常の仕事も加えると16日連続勤務中です…。
リトル

※私は、滋賀県で配達しているのですが、不足分を他地区の局から借りてくる配達用原付バイク。昨年は北陸地区、今年は大阪府南部の市から来ています、意外に遠くから借りてくるのですね。

[73465] 2009 年 12 月 30 日 (水) 23:10:48 hiroroじゃけぇ さん
 岡山の都市から相模原の都市へ

今年は「岡山」イヤーであったにもかかわらず、オフ会に参加できないなど消化不良な都市になりました。来年は、「岡山」から「相模原」にバトンがわたります。「相模原」周辺の方々は大いに盛り上がる都市かもしれませんね。おっと、北関東初の民間空港も開業しますね。それに、新青森延伸もあります。ということは、来年は東がにぎわう年でしょうかね。他にも、羽田新滑走路に成田スカイアクセスなどなど沢山ありそうです。

さて、自分は大晦日から元日にかけて夜勤となっております。その為、これが本年の書き込みの最後となります。ということで、

本年もありがとうございました。
また、2010年もいい「都市」であるよう、心から願っております。来年も宜しくお願いします。

[73464] 2009 年 12 月 30 日 (水) 22:41:17 futsunoおじ さん
 宮崎、熊本の県境が画定の見通し

宮崎県椎葉村と熊本県水上村の間で未画定であった県境が、11月に両村で合意となった様子で、今後2010年3月両村議会で議決、6月にも総務省の告示で画定になる見通しです。
なお境界の一部変更があるとのことで両側自治体の面積が若干変わるようです。 共同通信記事

[73463] 2009 年 12 月 30 日 (水) 22:12:46【2】 オーナー グリグリ
 石川県へのセブン-イレブン進出と卯辰山は方角由来?

[73196] 2009 年 12 月 4 日 (金) 21:30:44 黒髪 さん
ついでにグリグリさんの出身地、石川県へセブン-イレブン初出店おめでとうございます。
(中略)
※なぜ北陸3県で最大マーケットと思われる石川県が最後に取り残されていたのか疑問です。
11月に実家に帰ったときに兄から説明を聞きました。セブンイレブンが北陸3県への進出を計画し、まず、富山県は新潟県の配送拠点から、福井県は愛知県の配送拠点からという既存の拠点からのルートを確保した上で、両県への進出を今年の1月に果たし北陸への第一歩としました。残る石川県については、配送拠点を白山市に新たに確保し今年12月に悲願の出店を果たした次第。白山市の配送拠点は富山福井両県への配送拠点にもなるということです。石川県が最後になったのはなるべくしてなったということです。

[73342] 2009 年 12 月 17 日 (木) 23:12:27 伊豆之国 さん
「うだつ」で連想したのが、金沢市の「卯辰山」。金沢城から見て「卯」と「辰」の間の方角(東南東)にあるからそうなのだろう、とずっと思っていたのですが、実際の地図を見るとそうではなくて、むしろ東北東、「寅」の方角に近いようなのです。ひょっとしたら「うたつ山」と「うだつ」は関係があるかも、と思ったのですが、やはりこの地域の話はご当地のメンバーの方に任せるのが一番‥。
この件、まだご当地ふぉろ〜がないようですね。過去に議論があったはずなので探してみました。
卯辰山は方角由来?
ご参考までどうぞ。

[73462] 2009 年 12 月 30 日 (水) 22:11:33 オーナー グリグリ
 不揮発性公式

[73361] 2009 年 12 月 20 日 (日) 17:06:39 なると金時 さん
ところで、元旦は元日の朝のことなので、「元旦の夜9時」という表現はおかしいんじゃないでしょうか。
なるほど、以前にも同じ指摘を受けたような記憶もあるようなないような。ご指摘ありがとうございました。頭を修正するよう努力します。書き込みは今更なので放置することとします。

記憶が始まった頃、年賀状に「元旦」と書くことを覚え、その後、元旦の代わりに「元日」「1月1日」でも構わないよと教えられ、結果、「元旦=元日=1月1日」の公式が私の頭の中に出来上がりました。以来、間違いを指摘される機会がなく(前述したように一度ならず何回もあったかもしれませんが)、たとえ一度や二度の指摘を受けても、幼少に刷り込まれた公式は簡単には直りません。^^;

そう言うことってありませんか。皆さん。^^

inakanomozartさん、[73376]のふぉろ〜をありがとうございました。

[73461] 2009 年 12 月 30 日 (水) 22:09:28 オーナー グリグリ
 Re:事務所と自治区

右左府さん、返信ありがとうございます。久しぶりにねちっこく議論に参加しています。^^;
#十番勝負の準備は大丈夫なの?

[73452] 2009 年 12 月 30 日 (水) 11:32:34【1】 右左府 さん
この問題って実は、自治体の“事務所”と“組織機構”という 別次元の問題 を同じ土俵に持ち込んでおり、それが混乱の原因となっているのではないでしょうか。
結果的そうなっているように見えますが、私の議論は最初から“事務所”に焦点を絞っていたつもりでした。住民側から見た場合の「役場機能の分散形態と名称について」です。
一方、「地域自治区」それ自体は自治体組織の一部であり、「区役所」も「自治区の事務所」ですから「市町村の事務所」である役場本庁・分庁やその支所とは別種のものとみなすべきだと思います。
そうなんですが、能代市の二ツ井地域局がサービス機能を持っていることを(3)の分類としています。もっと分かりやすく言えば、住民窓口を行う場所の機関と名称を分類したかっただけです。

[73453] 2009 年 12 月 30 日 (水) 14:44:43 右左府 さん
ただ、どこも「○○市役所」を併用しており、「○○市庁」のみの所となると私は見たことがないような……。
ずいぶん以前に書きましたが、三沢市に一年近く滞在していたときに聞いた話として、八戸市は弘前や青森への対抗意識として、市役所とは名乗らず市庁と呼称していると聞きました。市役所とは言わない、言わせないという感じです。参考までに過去の議論です。

[73460] 2009 年 12 月 30 日 (水) 22:06:05【2】 オーナー グリグリ
 k-aceさんの話題3件

[73381] 2009 年 12 月 23 日 (水) 13:25:45【1】 k-ace さん
複数の同一名称の自治体と隣接する自治体
十番勝負ネタにもなりそうな調査をありがとうございました。面白いですね。
私も同一読み(異字)の自治体について調べてみました。現状では次の一例だけでした。
・松本市、塩尻市(木曽町と木祖村に隣接)

[73427] 2009 年 12 月 28 日 (月) 23:03:30 k-ace さん
外国からのテロリスト達?
蝶の分布でも西日本から東日本に広がってきている種類が増えていますが、九州沖縄には台湾方面からの迷蝶が定着しつつあるようです。首都圏で最近特に目立つのが従来西日本でしか見られなかったツマグロヒョウモンです。雄が地味で雌が派手という普通と逆の比較的大型の美しいヒョウモンチョウです。この夏は我が家の庭にも頻繁に飛来しました。外国からのテロリストで思い出しましたが、もうずいぶん昔になりますが、セイタカアワダチソウが大繁殖して日本のススキなどを駆逐すると大騒ぎしていた頃があったと思います。ところが最近旅行していてもセイタカアワダチソウを見かけることはほとんどなくなったように感じます。ススキは盛況です。どうなっているんでしょうね。自然の力はやはり侮れないのでしょうか。

[73428] 2009 年 12 月 29 日 (火) 00:22:31【2】 k-ace さん
東関東道の千葉・茨城県境ですが、利根川でも常陸利根川でもないところにあったのが驚き(地図)。このあたりの県境ってどうしてこんな線になってるんでしょう?
これは過去にも話題になっていたと思いますが、アーカイブズ利根川東遷−利根川の流路の変遷について−のIssieさんの記事に詳しいです。それとも、k-aceさんは地図で示されている外浪逆浦に面している狭い地域のことを言われているのでしょうか。もしそうだとしたら、外浪逆浦の埋め立て地だと思われますので、埋め立ての事業計画の中で茨城県に帰属することになったのではないかと推測します。

[73459] 2009 年 12 月 30 日 (水) 21:00:17 Issie さん
 暖冬

で,実は月曜日から2泊で東北に行ってきました。
“中日”のルートは 盛岡→角館→鷹ノ巣→秋田 というもの。何だか,今回の旅行のメインは秋田内陸線乗車ということになったような感じ。
ちょっと所用があって 東能代 で一旦下車したのですが,駅の周辺,見事に何もないですね。本当は五能線に乗って能代市街まで行きたかったのですが,時間の関係で行かれなくて残念。

[73425] じゃごたろ さん
酒田市と鶴岡市の積雪量の違いはこのような地形的な違いがある

通過したのは今日でしたが,酒田と鶴岡とでは風景が全く違っていました。たぶん,今晩から同じ雪景色にはなるでしょうが。
これからの年末・年始寒波でどれほどの雪が降るかわかりませんが,少なくとも今日までの様子を見ると,やはり今シーズンは「暖冬」なんでしょうね。本当に積雪がありません。あるべき所もとても少ない。
実は雪を見に行ったのだが,ちょうど“寒波の谷間”で。いったん積もった雪が溶けてしまったのでしょう。

何か,明日の午後,うちの辺りで雪が降る,なんて予報をやっています。

[73458] 2009 年 12 月 30 日 (水) 20:16:13【1】 Issie さん
 武蔵国本牧領横浜村

[73426] 桜トンネル さん
はじめに、市役所の北側を1キロくらい行ったところとは「みなとみらい」のことでした。

そうでしょうね。
で,そこまで行く前に,「高低差」に関して何か気付きませんでしたか,というお話。でも,市役所の方から歩いて行ったわけではないようですね。
一口に「関内」とまとめて呼んでいますが,実は市役所(←横浜市は「市庁」と呼びたがっているみたいですが)と県庁とでは足元の地形が違うのですよ。
県庁が乗っかっているのは元からあった砂州の上であるのに対して,市役所の辺りは元は内海であったところを埋め立てた場所。その違いがそのまま高低差に現れていて,県庁のある砂州の方が市役所付近の埋立地より数十センチほど高いのです(差は1メートルに満たないので,地形図などでは確認できない)。あの番組でタモリ一行は 日本大通り で実測していましたが,もう2本桜木町側,市役所の西側から神奈川県警本部の方に向かう 関内仲通り だと道が狭い分,もっとはっきりと“坂道”がわかります。
砂州の上にあるのは海側から 元浜町,北仲通,本町,南仲通,弁天通。これが開港当時,現在の県庁の位置にあった幕府の運上所(現在の横浜税関の前身)を境に西側を“日本人居留地”とした場所に最初に成立した「最初の横浜五町」です。ちなみに東側は外国人居留地で,明治になってから「山下」と呼ばれるようになりました。
弁天通 から南に,太田町,住吉町,常磐町,尾上町,そして市役所のある 真砂町,港町 とつづく町々は埋立地の上に後から追加して成立した町で,つまり 弁天通 と 太田町 の間あたりに“例の坂道”があるのですね。
さらに現在は首都高が底を通っている元の運河をはさんで南側の 伊勢佐木町 などがある区域は,江戸時代後期に大岡川河口のデルタや干潟やらを埋め立てて開かれた元の新田(太田新田)で,関内とはまた由来を異にします。ここも順次,市街化するにつれて「横浜」に編入されて行きました。

地下鉄の駅がとても深いところにある

MM線は,確かにとても深いところを走っていますね。ほかの施設との関連があるのでしょうが,地上からホームまでのアクセスがとても長くて,横浜駅での乗り換えでもつい利用を躊躇してしまいます。
それに対して,市役所の近くを走る市営地下鉄(ブルーライン)は,MM線よりは浅いところを通っていますよ(地下3階相当が浅いか深いかは微妙なものがありますが)。

[73457] 2009 年 12 月 30 日 (水) 18:43:50 Issie さん
 藤野神社

[73423] hmt さん
1943年当時の津久井郡小淵村に設けられたこの駅の名を「藤野」とした理由がよくわかりません。

[73446] oki さん
藤野駅のそばに「藤野」という小字レベルの地名がありますが

相模原市公式HPにある 小・中学校の通学区域 というページで ここ(pdfファイル) を開いて「藤野町小渕」の項を見ると,部分的に小字名が記載されています(ここ に通常の htmlページ がありますが,データが古いです。ここにある「小渕小学校」は現在は「藤野小学校」に統合されています)。ここを見ると「藤野」という小字は確認できないのですが「沢井藤野」という小字が確認できます。地番から判断すると藤野駅の周辺であるようですが。「沢井」とはトンネルの向こう側,北隣の大字名(旧沢井村)なのですが,なぜにトンネル南側の大字小渕の小字に「沢井」がついているのか不明。

もう1つ。
oki さんがリンクを張られている地図にも記号がありますが,藤野駅のすぐ裏にある山に「藤野神社」という神社があります。これがどれくらい古い神社なのかわからないのですが,「藤野」という地名と関係がありそうな気もします。神社名と小字名と,どちらが先かわかりませんが。
なお,リンクしたページは 神奈川県神社庁 の検索ページなのですが,小渕(旧小淵村)にはもう1つ,「三柱神社」という神社もあるそうで,これは小渕西半部の集落の神社であるようです。

中央線の「藤野駅」の駅名は,これらによるものなのかもしれませんね。
ところで私は藤野駅は“信号場”から昇格したもの,と思い込んでいたのですが,1943年の設置当初から“駅”なのですね。現在はポイント(転轍機)のない“停留場”なのですが,単線時代は交換(行き違い)のできる駅だったのでしょうか。

[73456] 2009 年 12 月 30 日 (水) 18:21:20【1】 いっちゃん さん
 23区にある市名

明日から3日まで出勤で4日と5日は連休なので帰省します。隙を見て十番勝負には参戦しようと思っているのですが、今回も「参加することに意義がある」となるようです。せめて完答だけはしたいと思うのですが。
さて、その盆も正月もGWも無い仕事の話なのですが、仕事上覚えなければならないものの一つに東京23区内の地名(住所)があります。単に名前を覚えるだけでなくそれがどこにあるのかを含めてです。まだまだ全てを覚えていませんし、果たして覚えきれるかどうかも分かりません。千代田区、中央区、新宿区なんかは大変です。
そんな中、23区内の住所にある市名をピックアップしてみました。市の中にある市名については過去記事にもあります。23区についても検索した限りでは[46964]でケン(地理好き)さんがリストアップされたものがありますが、更に見つけたので書き込ませていただきます。
地名は例として一つだけ挙げております。漏れがあるかも知れません。なお、読みは考えておりません。
 市 例 市 例 市 例
千歳市墨田区千歳深川市江東区深川栗原市足立区栗原
大崎市品川区上大崎白河市江東区白河桜川市板橋区桜川
佐野市足立区佐野小山市品川区小山富岡市江東区富岡
八潮市品川区八潮富士見市千代田区富士見船橋市世田谷区船橋
成田市杉並区成田東東金市葛飾区東金町旭市練馬区旭丘
立川市墨田区立川調布市大田区田園調布多摩市大田区多摩川
平塚市品川区平塚鎌倉市葛飾区鎌倉大和市中野区大和町
綾瀬市足立区綾瀬富山市千代田区神田富山町小松市江戸川区小松川
加賀市足立区加賀白山市文京区白山中央市江戸川区中央
松本市江戸川区松本飯田市千代田区飯田橋中野市中野区中野
佐久市千代田区神田佐久間町関市文京区関口浜松市港区浜松町
富士市千代田区富士見菊川市墨田区菊川西尾市荒川区西尾久
東海市大田区東海津市文京区根津熊野市板橋区熊野町
高島市板橋区高島平八幡市世田谷区八幡山松原市世田谷区松原
和泉市杉並区和泉明石市中央区明石町相生市板橋区相生町
高砂市葛飾区高砂三田市港区三田淡路市千代田区神田淡路町
橋本市中央区日本橋本町松江市江戸川区松江浜田市杉並区浜田山
岡山市目黒区大岡山三原市練馬区三原台光市練馬区光が丘
三好市江東区三好高松市豊島区高松田川市渋谷区宇田川町
大川市足立区千住大川町春日市文京区春日佐賀市江東区佐賀
長崎市豊島区長崎日向市文京区小日向
なんだか十番勝負向きの数となってしまいました。(笑)←実はこれが言いたかった。

おそらくこれが今年最後の書き込みとなると思います。グリグリさんをはじめメンバーの皆様には落書き帳上およびオフ会等で大変お世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。

[73455] 2009 年 12 月 30 日 (水) 18:05:58 inakanomozart さん
 現実には分庁方式

静岡市の場合は、条例で事務所の位置を旧静岡市の市役所の位置である「葵区追手町5番1号」としています。
しかし、実際には一部の市長部局と教育委員会などは、旧清水市役所である「清水区旭町6番8号」にある庁舎にあります。

また、それぞれの庁舎の名称を「静岡市役所静岡庁舎」「静岡市役所清水庁舎」としていますので、現実には分庁方式を採用していると言えるでしょう。
(それぞれに区役所が同居している。)

条例等で明文化していなくとも、現実にはこのような体制になっている例も多いのではないでしょうか?

[73453] 2009 年 12 月 30 日 (水) 14:44:43 右左府 さん
 市役所と市庁

[73439] グリグリさん
八戸市、横浜市の他にも市役所を正式呼称としていない市はありますか?
アーカイブ「市役所?市庁?どっちが正しいの?」にメンバーの方々の「市庁」目撃情報がまとめられていますが、「正式」というポイントや条例での呼称などはあまり掘り下げられていませんね。
要は「市役所」「市庁」いずれも“市の事務所”であって、呼称は両者ともただの慣例によっているだけでだと思っていましたが……庁舎の名称を規定する明確な根拠があるのか等々、実際私も気になります。

たいがいの市では「◯○市役所の位置」と条例で規定しています。
本当だ、今まで気づきませんでした。地元や都内をあちこち調べてみたものの、能代市弘前市青梅市国立市東村山市が「市役所」の語を用いていない少数派でした。他はどこも「市役所の位置」。

また、私のささやかな趣味(?)の役場巡りを今年は頻繁に行ったのですが、たまに「○○市庁」の文字を見かけた記憶があります。ただ、どこも「○○市役所」を併用しており、「○○市庁」のみの所となると私は見たことがないような……。

ちなみに、埼玉県菖蒲町役場は正面玄関の役場名標(←何と呼べばいいのか分かりません(^^;))に「菖蒲町庁舎」とあったはずです。こちらも別の所で「菖蒲町役場」の字を見かけましたが。
それとあまり関係ないですが、東京都瑞穂町は「瑞穂町役場」のほかに横文字表記で「Mizuho "City" Hall」を掲げていました。

*********************************

上で触れた役場巡り等々のお陰で、やっと生涯経県値が100を超えました。去年までが確か65だったはずで、今年一年だけで既にそれを超えてます。
東西南北端も、北端:小樽は変わってないですが、東端:岩手・宮古、西端&南端:沖縄・多良間と、一気に拡大。
以上、近況報告でした。

[73452] 2009 年 12 月 30 日 (水) 11:32:34【1】 右左府 さん
 事務所と自治区

[73448] グリグリ さん

拙稿およびグリグリさんの書き込みを読んでいて思ったのですが、この問題って実は、自治体の“事務所”と“組織機構”という 別次元の問題 を同じ土俵に持ち込んでおり、それが混乱の原因となっているのではないでしょうか。

「本庁舎」「分庁舎」などは自治体の事務所建築物についていっているものであり、またこれらは「支所」でない限りは位置に関わらず“役場本体”であるといっていい気がします。
一方、「地域自治区」それ自体は自治体組織の一部であり、「区役所」も「自治区の事務所」ですから「市町村の事務所」である役場本庁・分庁やその支所とは別種のものとみなすべきだと思います。
(事務所の位置を定める条例では判断しきれないのではないでしょうか。能代市の場合も当該条例には本庁舎の位置しか定められておらず、第2〜5庁舎・二ツ井庁舎ともに触れられていません。あの条例の趣旨は「事務所の位置」をピンポイント(?)に定めることで、他の庁舎に言及する必要は必ずしもないようです。)

能代市役所二ツ井“庁舎”はあくまで「分庁」であり、市役所本体を構成するものであるという点でやはり第2〜5庁舎と同質のものだと考えます。(能代市庁舎管理規則別表の表現もそのような印象。)その市役所本体の中に地域自治区の事務所も置かれている、ということだと思われます。(現に、二ツ井“庁舎”には二ツ井地域局以外の部署も置かれています。能代市HPの部署一覧参照。)
二ツ井地域局については、「能代市二ツ井地域局事務分掌規則」で能代市役所の組織としても独立した課(総務企画課、市民福祉課、環境産業課、建設課)の設置を規定しており、分庁舎機能に近い感覚です。
この「二ツ井地域局」も自治区事務所(≒組織)の名称であり、挙げられた課はこの地域局の下に置かれた部署、ということになるでしょう。

住民サービス機能については、旧二ツ井町地域のうち旧富根村一円については富根出張所が、その他旧二ツ井町地域に付いては二ツ井地域局がカバーしていると思いますが、行政組織(?)としては旧富根村地域を含め二ツ井地域局が分担しています。
「住民サービス機能」については地域ごとに分担しているというよりは、単にその窓口を各地域に設けているというだけだと思います。(戸籍は現在二ツ井と能代で別々に原本が管理されていますが。)
また、富根出張所は他の出張所(地域センター)とは異なり、二ツ井地域局総務企画課の所属機関です。(能代市二ツ井地域局事務分掌規則第2条第2項) ですから、
二ツ井地域局は旧富根村一円を除く旧二ツ井町地域の支所機能(地域センター)も持っている
というよりは、二ツ井地域局は二ツ井町全域を所管区域としており(実質的な支所)、富根出張所はさらにその下部組織として「支所の支所」の機能を有している、という言い方もできるのではないでしょうか。

香取市の場合も、旧3町に「香取市○○区事務所」という名の「(総合)支所」が置かれており、それとは別に旧市町ごとに「○○」区という自治区が設置され、その事務所としての「香取市○○区事務所」も各地域の庁舎に置かれている、ということのようです。

「本庁方式」「分庁方式」「総合支所方式」をどう捉えるかは、多分に恣意的な要素も多いと思われます。
(「分庁方式」に関しては上記の通りある程度明確に区別可能とも思いますが、)全体として私もそのように感じています。

※以下、ふと思いついたことです。
支所vs総合支所ですが、ひょっとしたら自治体の組織機構の中のどの部分に置かれているかによってある程度区別・定義できるのでは?と思いました。
例えば能代市の支所(地域センター・出張所)はいずれかの部署の下部組織となっていますが、香取市の総合支所(区事務所)は本庁の各部署からはある程度独立しているように見て取れます。根本的には「どれだけ事務分掌しているか」ということなのでしょうが、それが結果的にこのような違いに現れているのでは……と、ふと思いつきました。

うまくまとまってない長文で失礼しました……。

[73451] 2009 年 12 月 30 日 (水) 10:32:55 桜トンネル さん
 2009年最後&厚木市

最初にレスです。

[73439] オーナーグリグリさん

先ほどグリグリさんの書き込みを見たばかりで、まだ詳しくは調べていないのですが、グリグリさんのお膝元である金沢市が「市庁」を使っている可能性があるようです。2年前に金沢市役所を訪れたとき、市役所前にある石で出来てプレートには「金沢市庁」と書いてあるのを写真で撮ってあり、さっき確認しました。ひとまず、一通り金沢市の例規集には目を通しましたが、そのような記述はどこにもありませんでした。(ただ、急いで見たので、見逃している可能性があります。)しかし、金沢市のホームページでは「市役所へのアクセス」やホームページの下のほうでも「市役所」と使っていますし、ホームページ内検索でも「市役所」と「市庁」では圧倒的に「市役所」のほうが多かったので、正式に「市庁」とは使っていないように思います。
投げやりな感じになっていまいますが、地元の方やそちらの方面に詳しい方々はたくさんいらっしゃると思うので、どなたか検証をして頂きますようによろしくお願いします。

さて、それではおそらくこの書き込みが今年最後の書き込みとなってしまうので、今年の経県値などをまとめておきたいと思います。カッコの中は経県値での点数を表しています。(2008年:[67768]、2007年:[62975]、2006年:[55574]

2009年1月:兵庫県(5)、大阪府(1)、京都府(1)、滋賀県(2)、岐阜県(2)、愛知県(4)
2009年2月:徳島県(1)、香川県(3)
2009年3月:大阪府(1→3)、東京都(2)、千葉県(3)
2009年5月:福井県(2)、石川県(2)、富山県(4)、新潟県(3)、長野県(3)
2009年8月:京都府(1→3)、三重県(2)
2009年9月:岡山県(1)、広島県(4)、静岡県(1)、埼玉県(1)、茨城県(3)、神奈川県(4)
2009年11月:滋賀県(2→3)、岐阜県(2→3)

となっており、合計60点となりました。MAPで表すと2009年の経県値となります。去年の予測通り、おそらく1年間の経県値としては今年が最多ではないのかと思っています。そのため、50点越えどころか、60点越えは初めてだと思います。そのためか、茨城県の+3点、埼玉県の+1点、千葉県の+3点、東京都の+2点、神奈川県の+4点、新潟県の+3点、富山県の+4点、静岡県の+1点で、合計+21点の増加によって、大台である100点を超え、合計110点となりました。(その他の+1点は大阪府での宿泊経験があることが判明したことによるものです。)また、2年連続の広島県訪問、2年ぶりの福井県&石川県の通過以上、約12年ぶりとなる関東地方上陸、1年に千葉県&東京都の通過以上となりました。(ちなみに、前回の関東地方上陸は幼稚園のときのことで、まったく記憶に残っていません。しかも宿泊したのは嬬恋村で、通過以上をしたのも嬬恋村だけとなっています。)
ちなみに都道府県所在地のほうは今年のスタートが2008年までの都道府県庁所在地で59点となっていましたが、今年の分を加えてみると2009年までの都道府県庁所在地で74点と15点もアップしました。詳しく見てみると千葉市の+1点、東京都23区での+2点、横浜市での+4点、富山市での+4点、長野市ので+3点、静岡市での+1点となっています。それにしても東海地方は名古屋市以外すべてが通過とは・・・。

#また、この落書き帳には詳しくは書いていなくて、[68774][69169]にて本当にチラッとだけ触れていますが、3月は海外へと研修旅行に行っていました。それで、初東京都&千葉県突入だったのです。そして、そこに「行き先は問題にする」と書いてありましたが、問題にはしづらい上に書き込むタイミングを完璧に失ってしまったので(あれからもう10ヶ月が経とうとしています^^;)、問題にはせずに普通に発表したいと思います。行き先はカナダでした。西岸海洋性気候である都市でホームステイを行ったのですが、びっくりするほどの寒さで雪が降って、積もっていました。ガイドさんも「雪が積もるのは初めて見た」とびっくりされておられました。

##今年も「googleのストリートビュー地域拡大」、「岡山市の政令指定都市への移行」、「昨年に続く宿泊型オフ会開催」、「落書き帳10周年」、「政権交代」などいろいろありました。この中で僕の一番印象に残った出来事と言えば、「政権交代」はもちろんのことなんですが、「岡山市の政令指定都市への移行」だと思います。18番目の政令指定都市ですが、平成以降でなったところで、唯一訪問したことがある都市であり、最近縁が深くなりました。僕にとっても大きい出来事でした。また、それを記念してのオフ会や十番勝負が開催されるなど、落書き帳にとっても大きい出来事であったことは間違いないと思います。

###個人的に言えば、十番勝負での安定した成績の獲得でしょう。今年行われた5大会中4大会でメダル獲得と完答をして、メダルは金2銀10銅5と去年には及ばないものの計17個のメダルを獲得することが出来ました。おまけに完答1番乗りの称号を頂くことが出来たり、「四天王」や「妖怪」、「化物」と呼ばれる方々と争うことが出来たりしたのは非常にサスペンスあるものでした。来年はどうなってしまうのか(おそらくは悪くなってしまうのでしょうが。)、まったく想像もつかないですが、自分なりに満足の出来た成績を収めることが出来ればいいなと思っています。また、[73204]おがちゃんさんがおっしゃっているメダル獲得率3割の維持を目標に頑張っていけたらなと思っています。

####また、今年の書き込み数は105書き込みと去年より10書き込み増えましたが、それは十番勝負の回数などが違う関係でそうなっているものなので、実質は減っているのではないかと思います。今年の書き込みを見てみるとやはり十番勝負関係がほとんどになってしまっています。また、2月、6月、9月は書き込みをまったくしていないということになっています。ただ、来年は今年以上に忙しくなる予定なので、たぶん前みたいにいろいろと書き込んだりすることは難しくなると思います。

それでは、これが今年最後の書き込みとなります。ふと気付けば1年なんてあっという間に過ぎていくという感じがしないでもないですが、皆さん、よいお年をお迎えください。何事もなければ、来年も同じように書き込みを続けていくつもりですので、よろしくお願いします。

[73450] 2009 年 12 月 30 日 (水) 09:53:35 オーナー グリグリ
 Re:「立科のくびれ」の原因に関する私見

[73286] 2009 年 12 月 13 日 (日) 18:00:36 oki さん
「立科のくびれ」の原因に関する私見
素晴らしいですね。私見と言われていますが、立派な見識だと思います。非常に読み応えもあり、地名の関連性についての距離感に対する知識を深めることができました。なかなか奥が深いですね。ありがとうございました。

そう言えば、この話題のそもそもの発端が「美上下」でしたね。hmtさんの考察[72008]も素晴らしかったです。「美」の付く地名はたくさんあると思いますが、郡山市に「美名美(みなみ)」という地名がありました。これも気になりますね。「南」を美しい漢字に置き換えただけかもしれませんが。

それと、市区町村変遷情報へのとても有益な提言をありがとうございます。88さんに任せっきりで私は何も役に立てていないのですが、来年は少しでも時間を確保して、変遷情報のページ構成やプログラム改善などできるようにしたいと思います。まずは、明治の市町村制が始まって移行の情報のベースがほぼできつつありますので、その情報を生かした見せ方を工夫して行きたいと考えています。

[73449] 2009 年 12 月 30 日 (水) 09:46:08【1】 オーナー グリグリ
 まかいのさんへ & 次回オフ会開催地

[73250] 2009 年 12 月 10 日 (木) 00:11:34 まかいの さん
落書き帳10年で一番人生が大きく変わられたのグリグリさんなのではないでしょうか。
今後も自治体の都道府県市区町村はどんどん変化し、この都道府県市区町村HPも進化し続けていくことでしょうが、
落書き帳メンバーの皆様とはこの先10年、20年と変わらぬお付き合いができればいいなと思っています。
人生が変わったかどうかは定かではありませんが、都道府県市区町村が活性化し始めた頃から、生活の中心軸が変化したのは間違いないでしょう。とは言え、必ずしも当サイト一辺倒という訳ではありません。好奇心が強いというか、多趣味のためか、主軸は流動的です。最近はまたこちらに主軸が移りつつあるというか、移りたいという気持ちになっています。流動的とは言え、私も落書き帳メンバーとは長くお付き合いしたいと考えています。長く続けるためにも、あまり焦らずにじっくり取り組んで行きたいとも思っています。嬉しいメッセージをありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

[72850] 2009 年 11 月 15 日 (日) 21:28:58 まかいの さん
もうすでに来年のオフ会のことを話すのは早すぎかもしれませんが、来年は静岡あたりはどうでしょう?
便数がなくならないうちに富士山静岡空港を利用してもらいたいから、なんつって。
来年開港の茨城空港は利用機会すらなさそうですからねぇ。
今年のオフ会の中でも次回開催地についてはちらほらご意見がありました。富士山静岡空港も魅力ですし来年3月11日開港の茨城空港も気になりますね。こちらの茨城空港のHPを見ると、活性化施策がいろいろ考えられて盛り上がっているようですが、やはり空港へのアクセスを考えると利用客は限定されてしまいますね。

岡山オフで私は岡山県宿泊初体験により経県値を1点プラスしました。来年も同じ狙いから行くと茨城オフが私にはちょっと魅力です。東日本でかつ首都圏からもアクセスのよいところという条件も満たしていますし。まぁ、これからゆっくり考えたいと思います。

[73448] 2009 年 12 月 30 日 (水) 08:46:44 オーナー グリグリ
 Re:市町村の事務所

さっそくの書き込みをありがとうございます。
ますます混乱してきたのですが、とりあえず議論を進めてみます。

[73443] 2009 年 12 月 30 日 (水) 00:01:01 右左府 さん
とりあえず、「分庁方式」については、「全部が役場扱いなんだ」と単純に捉えています。つまり、能代市役所の本庁舎と第2〜5庁舎(本庁舎近辺に並ぶ別棟の建物群)の関係と同一だと。
「全部が役場」という捉え方は正しいと思いますが、重要なのは位置だと考えています。ほとんどの(全市を確認していませんが)自治体の例規集の最初の方で「○○市(町村)の事務所の位置を定める条例」が規定されています。私が「分庁方式」であるかどうかの判断ポイントは、この条例の有無にあると考えました。

ところが、右左府さんが例示された能代市の例規集を見てみると、地方自治法第155条に基づく支所や出張所の規定(6地域センターと富根出張所)に加え、市町村の合併の特例に関する法律第5条の5第1項に基づく地域自治区として二ツ井地域局が設置されています。6地域センターと富根出張所(旧二ツ井町富根村地域)は市役所の出先機関という位置付けですが、二ツ井地域局については、「能代市二ツ井地域局事務分掌規則」で能代市役所の組織としても独立した課(総務企画課、市民福祉課、環境産業課、建設課)の設置を規定しており、分庁舎機能に近い感覚です。

旧二ツ井町にある、富根出張所と二ツ井地域局は、住民サービス機能については、旧二ツ井町地域のうち旧富根村一円については富根出張所が、その他旧二ツ井町地域に付いては二ツ井地域局がカバーしていると思いますが、行政組織(?)としては旧富根村地域を含め二ツ井地域局が分担しています。「能代市二ツ井地域局事務分掌規則」には富根出張所の分掌事務を細かく規定しています。ちょっと強引な言い方をすると、二ツ井地域局は旧富根村一円を除く旧二ツ井町地域の支所機能(地域センター)も持っているということです。

「総合支所方式」と「支所方式」の違いはいまいちピンときません。前者を通常の支所と異なるものとする法的根拠はないんでしょうか。
総合支所に法的根拠はないと思います。香取市など確認したいくつかの例規集では、地方自治法第155条に基づく支所や出張所の規定引用で、いきなり総合支所と言ったりしていますので、総合支所はより多くの機能を持つ場合の法的にあいまいな言葉ではないかと推測します。

グリグリさんが参照されたPDFファイルは「合併特例区」または「地域自治区(一般制度)」の一覧ではないでしょうか。
南相馬市の例規集の読みが甘かったです。南相馬市の地域自治区は確かに、市町村の合併の特例に関する法律第5条の5に基づいていますね。その第2項が地方自治法第202条の4を引用規定している所だけを見て判断してしまいました。南相馬市の例は確かに特殊ではないでしょう。

以上を考えると、

(1) 事務所の位置
地方自治法第4条(事務所の位置)に基づき条例で定める必要あり。
→ 事務所の位置を定める条例で、庁舎を分けて規定している場合を「分庁方式」と呼ぶ?

(2) 支所、出張所
[73433]の通り。

(3) 地域自治区
[73443]右左府さんの説明にある制度で規定設置される。

結局、法的には、行政組織の定義や住民サービスを行う事務所の定義に一貫性はなく、上記の法的根拠を自治体が各々判断して使い分けているということでしょう。西東京市の田無庁舎と保谷庁舎は(1)で規定(他に(2)に基づく柳橋出張所とひばりヶ丘駅前出張所もある)していますし、香取市のように(2)と(3)を重ね合わせて規定しているケースや、能代市のように(2)と(3)を絡め合わせて規定しているケースなどです。

このような状況に置いて「本庁方式」「分庁方式」「総合支所方式」をどう捉えるかは、多分に恣意的な要素も多いと思われます。分庁方式についても(1)だけに限定するのは無理があるかもしれません。二ツ井地域局など分庁と言えなくもないし、総合支所と捉えることもできなくないでしょう。まだまだ悩ましいです。

[73447] 2009 年 12 月 30 日 (水) 07:43:10 oki さん
 昔の飛地と来年の勝負

三回連続投稿で申し訳ないのですが、見過ごせない書き込みがあったもので。

[73436] 88 さん 市制町村制施行時等における飛地・入会地等の表記方法について

88さま。市区町村変遷情報の入力、誠に、誠にご苦労様です。
私も、徳島などで天保郷帳〜明治合併期の町村変遷について整理をはじめたことがあるので、この作業にどれだけの時間と労力が必要かは分ります。あれだけのデータを入力・整理されていることには、ただただ感謝、との思いだけです。
その上で、あえて言わせていただくのですが(この点については前々から考えていたのです)、少なくとも明治合併期に関しては、本村部分、飛地部分の両方について同じように「○○村の一部」とする現在の表現方法は、改めた方が良いと思います。各村がどのように合併したのかが非常に分りにくくなる場合があるからです。
実例を挙げます。私が現在住んでいる東京都江戸川区(当時は南葛飾郡)における3村の事例です。

小松川村:
西小松川村の一部, 逆井村, 東小松川村の一部
松江村:
西一ノ江村の一部, 東小松川村の一部, 西小松川村の一部
船堀村:
西船堀村, 東船堀村, 西宇喜田村の一部, 桑川村の一部, 西一ノ江村の一部, 東小松川村の一部, 西小松川村の一部

以上挙げた3村のいずれにも、「西小松川村の一部」、「東小松川村の一部」が出現しており、「西一ノ江村の一部」は2村にあります。
落書き帳のメンバーの皆さんであれば、小松川村は西小松川村と逆井村の合併村、松江村は西一ノ江村と東小松川村、船堀村は東西船堀村で、ほかはすべて狭小な飛地だろうと見当がつくと思います。しかし、市区町村変遷情報を閲覧しているのは常連メンバーだけではないはずで、この種の情報にあまり詳しくない人が見た場合、以上のような表記法だと、東小松川村や西小松川村がどのように合併したのか、混乱を来す畏れが強いのではないでしょうか。
そのような事態を回避するには、例えば次のような表記が求められるのではないかと思います(あくまで例です。実際の表記法はさらに工夫する必要があります)。

小松川村:
西小松川村(本体), 逆井村, 東小松川村(飛地)
松江村:
西一ノ江村(本体), 東小松川村(本体), 西小松川村(飛地)
船堀村:
西船堀村, 東船堀村, (以下すべて飛地 西宇喜田村, 桑川村, 西一ノ江村, 東小松川村, 西小松川村)

あるいは、変遷情報の表にはあえて飛地の村を表示せず、「本体」の表記も省略して、これらを「詳細」部分だけに記述してもいいのかもしれません。いずれにせよ、現在の表記法は改善した方が良い、と考えます。
なお、ここには例がありませんが「どちらが本体か、という判断を迫られる」微妙な場合は、その場合に限って「○○村(一部)」などの表現を使えばいいと思います。
また、関連して言うと、変遷情報の参考文献としては「幕末以降総覧」などの刊本しかあげられていませんが、少なくとも明治合併時のデータについては、府県令でのチェックを行なっているのですから、その旨を明記するとともに、デジタルライブラリーの該当府県令へのリンクを張っておいた方が良いのではないでしょうか。「飛地」が現在のどの地域に該当するのか気になる人には、元データである府県令を見てもらうことにしても良いですし。

もちろん、これ以上88さんの負担を増やすのは本意ではないので、ご自身がもっともやりやすい手法をとっていただければと思いますが、以上の点も考慮してもらえれば有り難いです。

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本日、ネット環境のない実家に帰省しますので、今年の書き込みはこれが最後です。いろいろと楽しませていただいて有難うございました。来年もよろしくお願いいたします。
前回の十番勝負は見送りましたが、今回は参加したいと思っています。帰京してからの参戦なので、完答できれば御の字でしょうが。

では、皆様良いお年を。

[73446] 2009 年 12 月 30 日 (水) 06:31:45 oki さん
 さまざまなレス

手短に、と言いながら長くなってしまい、連続投稿です。

[73423] hmt さん
由来が一番わからないのが「藤野」です。
1955年に命名された「藤野町」は、中央本線藤野駅に由来するとして、1943年当時の津久井郡小淵村に設けられたこの駅の名を「藤野」とした理由がよくわかりません。
[62419] スピカさん には、次のように記してあります。
「藤野」の名は駅所在地である小原(小渕の誤記)の小字で、合併時の新町名に町の中心地にある駅の名前を採ったものです。
「藤野 = 小字」説は検証していませんが、この駅の立地は 甲州街道の関野宿(小淵村)と吉野宿(吉野町)との中間であり、駅名とするのに適した著名な集落があったとは思われません。

木村礎氏の「日本村落史」によると、江戸時代の津久井郡小淵村に「藤野」という小名(≒小字)があったとのことです。藤野駅のそばに「藤野」という小字レベルの地名がありますが、これが小名藤野の名残と考えて良いのでは。したがって、スピカさんが仰るように、小字藤野が鉄道駅の名称に採用され、さらに藤野町の自治体名まで成り上がったのは間違いないだろうと思います。
なお、元史料は「新編相模国風土記稿」ということなので、念のために、大きめの図書館で小淵村の項を確認しておいた方が良いとは思います(「新編武蔵風土記稿」と違って、近代デジタルライブラリーには収録されていないのです)。

[73420] 蒼の狼 さん
脇町出身の友人に尋ねてみたのですが、
見事に「わきまち」って答えてくれました。
ちなみに、その人いわく脇町地区だから「わきまち」で
岩倉地区だったら「わきちょう」って答えるかもと言ってましたが…どうでしょう??
わざわざ調べていただいて有難うございます。
これは、町民には町名が「わきちょう」であることが周知されているため、旧岩倉や旧江原の出身者なら「わきちょう」と答えるものの、ご友人は旧脇町(脇町、猪尻、北庄)の出身であるため、プライドにかけても「わきまち」と呼ぶ、と理解して良いのでしょうか。ますます、分らなくなる気もしますが。

[73314] なると金時さん
前からずっと思っているのですが、鳴「戸」と誤記される例が恐ろしく多い気がします。
上の名望家はそう書いてました(笑)
約100年前くらいのですが、その時も「鳴門」だった筈なんですがね…。

もともとは鳴「戸」や鳴「渡」の表記が行なわれており、近世後期以降に鳴「門」が優勢になってきたようです。大相撲の年寄名跡である「鳴戸」や「大鳴戸」は、江戸時代中期頃の表記の名残ではないかと。
明治以降の自治体名等にはもっぱら鳴「門」が使われていますが、100年前なら表記は十分に揺れていたはずで、その名望家には「鳴戸」が正しいと意識されていたのかもしれません。

[73424] YT さん
いつも貴重な人口データをご提供いただき、有難うございます。
あれらのデータを地図上に分りやすく表示してみたいと思っているのですが、なかなか実現できません。

平安末期の平泉の人口を10万人以上と推定した書物について御存じの方がおりましたら教えてください。
次のようなサイトを見つけました。
「奥州平泉黄金の世紀」(荒木伸介 角田文衛 他著)新潮社 1987年5月25日刊に、「今日、平泉町の人口は約一万人である。しかし八百年前には十数万人と推定されている。」という記述があるようです。
実際に書籍を見たわけではないので断言できませんが、人口算定の根拠を記してあるか、もしくは基礎となる資料を明記してある可能性があります。佐貫利雄氏の著作より出版年が早いので、参考になるかもしれません(区立レベルの図書館にもあるようです)。

[73445] 2009 年 12 月 30 日 (水) 06:08:18 oki さん
 美波町「日和佐」奥河内
白桃 不思議のクニの名邑(マチはラビリンス)

今年分の仕事は何とかやっつけました。帰省前なので、あれこれ手短にレスを。

[73411] hmtさん  なぜ「日和佐」という地名を使わないのか?

「日和佐」の地名があまり使われていない(ように見える)理由として、2つの要因があると思います。
一つは、一般に「日和佐」と認識されている場所に比べ、「日和佐」の住所を名乗る地域が非常に狭いこと。二つめは合併して美波町になった由岐町への配慮だろうと思います。
まず第一の要因について。[73385]で「日和佐は薬王寺の門前町兼漁師町」と書きましたが、これが日和佐に関する一般的な認識で、要するにJR日和佐駅の周辺、日和佐川の河口部に開けた小都邑です。
もともとは日和佐川左岸(北岸)に位置する「日和佐浦」が中心だったと思われますが、ここは面積狭小な漁師町のため、江戸時代から隣接する奥河内に市街地が広がり(奥河内字本村と呼ばれる地域です)、一体的な町場になっていたようです。薬王寺やその門前集落は川の右岸にありますが(奥河内字寺前)、こちらも左岸の集落と一体的な存在だったはずです。さらに明治以降は、薬王寺の南側に牟岐線の日和佐駅が開設され、その周辺にも市街地が広がりました(奥河内字弁財天)。これらの地域を含んだ町場が「日和佐」です。千本桜さん流に言えば、「日和佐へ行く」と言った場合に対象として意識される地理範囲、ということになります(旧赤河内村は「日和佐」ではない)。
「富来」と地頭町、領家町との関係と同じく、日和佐浦と奥河内を併せた一体的市街地が「日和佐」なのですが、富来との大きな違いは、面積で見て奥河内が圧倒的に大きく、駅、町役場、各級の学校など主要施設の大半が奥河内にあることで、日和佐浦に位置するのは大浜海岸とうみがめ博物館(カレッタ)くらいです。それでも、今回の合併前はずっと日和佐町(村)奥河内だったので問題はなかったのですが、合併後は美波町奥河内になってしまったため、駅も役場も日和佐を名乗る地域にはなく、「日和佐」という地名が使われていない、という印象を与える結果になっているのだと思います。
この事態を避けるためには、富来と同様に美波町「日和佐」奥河内のような冠称を着ければ良かったのかもしれませんが、片方が「日和佐」日和佐浦になってしまうので、そうもいかなかったのでしょう。奥河内だけに日和佐を冠称するのも妙な話ですしね。

明治合併以後だけでも 100年以上も使い、売り込んできた地名を捨て去るのは、もったいないことであると思います

私もそう思うのですが、以上の状況からいかんともしがたい、というのが実態だったと思います。ただ、「日和佐」の名は鉄道や道路に残っているだけでなく、人々の意識に深く染み込んでいるので、「美波」が取って代わるまでには1世代以上の時間が必要だと思います。少なくとも、私たちの世代の人間があの町を「美波」などと呼ぶことは、絶対にないでしょう。
なお、美波町のHPではウミガメ博物館の住所が「日和佐字浦370−4」となっていましたが、「日和佐字浦」という住所はなく、近世村の名称をそのまま残す「日和佐浦」です。なぜ町のHPが間違っているかは謎です。

もう一つ、由岐町への配慮という点は私の推測です。前にも書いたように、気恥ずかしいので「ウエルかめ」はあまり見ていないのですが、横目で眺めているところでは、主な舞台は日和佐と徳島市内で、美波町に合流した由岐町はまったく出てこないようです。この状況で、ドラマに関連して「日和佐」を強調した場合、旧由岐町民の日和佐側を見る目が非常に微妙になり、合併町内での旧町民同士の融和に大きな齟齬が生じる畏れがあります。
実際にそういう動きがあるかどうかは分りませんが、昭和合併時に、誰がどう考えても日和佐町による赤河内村の吸収合併であるにもかかわらず、町制施行した赤河内村が(旧)日和佐町を編入した上で(新)日和佐町に改称するという3段階の変更を行なって赤河内に花を持たせた(それ以外に理由はない)日和佐町ですから、今回も由岐側に気を遣ってわざと「日和佐」を目立たせず、「美波」を強調している、としても不思議ではないと思います。あくまで推測ですけどね。

[73413] hmt さん
注目すべきは、藩政村についての6回シリーズを上梓された okiさん が、[71198]以降は「近世村」を使うようになり、既に5つもの記事があることです。
「近世村」の用語は意識して使っています。理由はお察しの通り。私自身は、江戸時代を通じて全県が徳島藩領だった地域の出身ですので「藩政村」でも別に構わないのですが、違和感を感じるという方がいらっしゃる以上、特にこだわるほどのものでもありません。「近世村」なら、藩領、幕領、旗本領、寺社領、公家領、皇室領など、すべてが含まれますからね。

[73444] 2009 年 12 月 30 日 (水) 00:31:41 かぱぷう さん
 88さんへ 微修正依頼

[73437]88さん
市区町村変遷情報 小レス 市制町村制施行時(福岡県)について 1

■福岡市 となる旧町村名の一部について
(1) 福岡区 西小性村, 東小性村, 大円寺村, 古小路村 or 福岡区 西小性町, 東小性町, 大円寺町, 古小路町
このうち西小性村・東小性村については西小姓村・東小姓村が正当ではないかと思います。
( 参考 復活通り名紹介のうち文頭の「鉄砲町通り」の次の記述を参照ください)
私が思っている中央区大名の小姓町とは違うところに西小性村・東小性村が存在していたとすれば「あな恥ずかしや」ですが(^^A

[73443] 2009 年 12 月 30 日 (水) 00:01:01 右左府 さん
 市町村の事務所
hmt 平成の大合併2 地域自治区と合併特例区

[73433] グリグリ さん
役場(市役所)機能の分散形態と名称について
私も[73214]を書きながら、「分庁方式」「総合支所方式」などの法的根拠の曖昧さに疑問を感じていました。
とりあえず、「分庁方式」については、「全部が役場扱いなんだ」と単純に捉えています。つまり、能代市役所の本庁舎と第2〜5庁舎(本庁舎近辺に並ぶ別棟の建物群)の関係と同一だと。
「総合支所方式」と「支所方式」の違いはいまいちピンときません。前者を通常の支所と異なるものとする法的根拠はないんでしょうか。


一方「地域自治区」の「区役所」はこれらとは切り離して考えた方がよさそうです。
「地域自治区」にも地方自治法に基づくものと合併特例法・新法に基づくものがあり、またこれとは別に「合併特例区」の制度もあります。これに「地域審議会」を加えた四つの制度がグリグリさんご紹介のページに並んでいますが、とりあえず私が調べた範囲でこれらの制度を概観します。(間違ってたらごめんなさい)

参考法規:地方自治法合併特例法合併新法

【通常の地域自治区】
根拠:地方自治法第二百二条の四〜同条の九
○地域自治区に協議会を置く
○市町村の区域を分けてそれぞれに設置

【合併特例法・合併新法に基づく特例措置の地域自治区(「合併に係る地域自治区」)】
根拠:合併特例法第五条の五、合併新法第二十三条
○期間限定
○地域自治区の事務所の長に代えて区長を“置くことができる”
○住所には地域自治区の名称を冠する
○必要な地域のみの設置も可能(複数の旧市町村域をもって一つの区を置くことも可能)

【合併特例区】
根拠:合併特例法第五条の八、合併新法第二十六条
○期間限定
○合併特例区は特別地方公共団体
○区長を“置かなければならない”
○住所には地域自治区の名称を冠する
○合併特例区協議会を置く

【地域審議会】
根拠:合併特例法第五条の四、合併新法第二十二条
○旧市町村単位で設置(期間限定)
○諮問機関

南相馬市は合併に係る地域自治区を設置しており、「○○区役所」は地域自治区の事務所の名称です。。(相馬郡小高町、同郡鹿島町及び原町市の廃置分合に伴う地域自治区の設置等に関する協議書参照)グリグリさんが参照されたPDFファイルは「合併特例区」または「地域自治区(一般制度)」の一覧ではないでしょうか。
私は南相馬市が別段特殊な例とも感じませんが……。事務分掌の形なども、ご紹介の総務省ページのリンク先PDFに挙げられた自治体の多くで似たようなものになっているのではと思います。ちゃんと調べてはいませんが……(^^;)


ちょうど年賀状の宛先に「奥州市水沢区」など地域自治区の名称を見たことをきっかけに、この問題をあれこれ調べたりしていたところだったので、つい反応しちゃいました。
自分でもあまり整理し切れていないので、間違い等ご指摘願いますm(_ _)m

[73442] 2009 年 12 月 29 日 (火) 23:40:28 YT さん
 明治31年以降の大分県の人口の変遷のまとめ

[73432] 白桃さん

間違いの指摘有難うございます。早速修正しました。
また大分県の情報を追加しました。

以下のサイトより、lha形式に圧縮されたエクセルファイル05Pref01.xls (Excel 97-2003形式)をダウンロードできます。

http://touch.moehome.jp/up_xssize/download/1262096410.lzh

明治31年調の『日本帝国人口統計』によると、速見郡湯平村の人口1506人が、大分郡湯平村として計上されていますが、市区町村変遷履歴情報に従い速見郡湯平村として計上しました。

[73441] 2009 年 12 月 29 日 (火) 23:02:37 オーナー グリグリ
 合併と改称

[72893] 2009 年 11 月 20 日 (金) 11:12:47【2】 Issie さん
この話題,確かここのずっと初期の頃にも盛り上がった記憶があります。
複数の自治体が合体して上での市制施行の場合は,“今まで存在していなかった新しい自治体”に“全く新しい名前”を与えることになるので脇に置いておいて,この場合問題になるのは,既存の自治体が単独で市制施行をするにあたって,新しい名前となるケースであろうと思われます。
そこで,改めて“町が改称して単独で即日市になった例”を探してみました(見落としがあるかもしれません)。
落書き帳初期の話題として大いに盛り上がりました。その頃の話題が元になり市区町村雑学が誕生するきっかけとなりました。懐かしい話題であり興味が尽きない話題です。Issieさんに市制施行時の改称例をきれいに分類していただきました。単独市制施行に範囲を限らず、新設合併後の改称と編入後の改称にも範囲を広げて整理していただきました。

[72905]で88さんが天竜市や豊後高田市などについて追加コメントされていますが、雑学の南大阪市ってどこにあるの?(短命の市)には一応情報が入っているのですが、合併と改称のパターンを整理し直して雑学ページを更新できたらいいですね。また、確認のためにも変遷情報のデータから自動抽出して一覧表示するような仕掛けも作りたいです。それにしても、常陸大宮市の特殊性(編入→改称→単独市制施行)が目立っています。

[73440] 2009 年 12 月 29 日 (火) 22:50:55 オーナー グリグリ
 あらためて御礼申し上げます

落書き帳10周年へたくさんのお祝いメッセージをいただきました。あらためて御礼申し上げます。ありがとうございました。以下、メッセージをいただいた皆さんです。万一、記載漏れがありましたら誠に申し訳ありません。

[72903](おがちゃんさん)[72908](桜トンネルさん)[72909](桜通り十文字さん)[72916](伊豆之国さん)[72928](k-aceさん:記念分析企画をありがとうございました)[72930](むっくんさん)[72931](suikoteiさん)[72932](ハムちゃんさん)[72933](N-Hさん)[72936](神在月さん)[72940](鳴子こけしさん)[72990][73206](ヌオさん)[72993](ぺとぺとさん)[73184](アルバトロスさん)[73196](黒髪さん)[73198](geoさん)[73250](まかいのさん)[73264](だいてんさん)[73283](okiさん)

やりたいこと、やらなければいけないことがいっぱいあります。焦ってもしょうがないと開き直っていますが、来年は少しずつ時間を取ってでもHPの充実を図って行きたいと考えていますので、皆さんよろしくお願いいたします。

[73439] 2009 年 12 月 29 日 (火) 22:37:05 オーナー グリグリ
 八戸市庁について

八戸市は市役所ではなく「八戸市庁」と名乗っています。[73433]を調べている際についでに、市役所ではなく市庁と名乗るための規定があるかどうか例規集を調べてみましたが、市庁という定義はどこにもなさそうです。地方自治法第4条(事務所の位置)に基づく「八戸市の事務所の位置を変更する条例」では「八戸市の事務所の位置」と規定しているだけです。たいがいの市では「◯○市役所の位置」と条例で規定しています。

八戸市役所と名乗っていた時期もあるようですが、八戸市支所に関する条例にその証拠を見つけました。
1 この条例は、昭和36年1月1日から施行する。
2 八戸市国民健康保険税条例(昭和30年八戸市条例第28号)の一部を次のように改正する。
第1条中「八戸市役所」を「八戸市」に改める。
3 八戸市国民健康保険条例(昭和34年八戸市条例第5号)の一部を次のように改正する。
附則第2項中「八戸市役所」を「八戸市」に改める。
とありますので、昭和35年までは八戸市役所と呼称していたと思われます。「八戸市庁」ではなく「八戸市」に改めたところからすると、八戸市庁は、正式な八戸市の事務所名ではないのかもしれません。このあたりよく分かりません。八戸市庁の登記簿(?)を調べれば分かるのかもしれませんが。

市役所を名乗らない自治体としてもう一つ横浜市があります。例規集には市役所の定義はなさそうです。HPでも「横浜市」となっていますし(八戸市のHPは八戸市庁)、建物については「横浜市庁舎」と掲示しています。日本郵政の「横浜市役所内郵便局」はありますが、横浜市の機関として「横浜市役所○○局」などのように名乗っているところはなさそうです(情報サイトなどでは市役所名称を使っていますが正式名称ではなさそうです)。横浜市も八戸市と同様に横浜市役所は正式呼称としていないと思われます。ただ一般的には、「市庁」と「市長」が紛らわしいので、市役所という呼称は使われていると思うのですが、八戸市民や横浜市民の方、いかがでしょうか。

ところで、八戸市、横浜市の他にも市役所を正式呼称としていない市はありますか?

[73438] 2009 年 12 月 29 日 (火) 22:15:47【1】 88 さん
 市区町村変遷情報 小レス 市制町村制施行時(福岡県)について 2

[73437]の続きです。
■山本郡 善導寺村 となる旧町村名について 山本郡 常持村, 蜷川村, 合楽村 or 山本郡 木塚村, 与田村, 飯田村
「幕末以降総覧」「辞典」・・・山本郡 木塚村, 与田村, 飯田村
単なる入力ミスのようです。修正しました

■山本郡 大橋村 となる旧町村名について 山本郡 木塚村, 与田村, 飯田村 or 山本郡 常持村, 蜷川村, 合楽村
「幕末以降総覧」「辞典」・・・山本郡 常持村, 蜷川村, 合楽村
単なる入力ミスのようです。修正しました

■山門郡 沖端村 となる旧町村名の一部について 山門郡 稲荷村 or 山門郡 稲荷町
「幕末以降総覧」「辞典」・・・山門郡 稲荷村
確たるものはないのですが、「迷った場合は根拠に戻る」ということで、ご紹介のM22.3.13付け福岡県令第42号(『福岡県市町村合併史(編・発行:福岡県、1962)』27-28頁)により、山門郡 稲荷村 と判断し、修正しました

■山門郡 江曲村, 藤吉村, 今古賀村, 下百丁村, 蒲船津村, 正行村, 高畑村 によりM22.4.1に発足する村名について 山門郡 宮内村 or 山門郡 宮ノ内村
■山門郡 三橋村 となる旧町村名の一部について 山門郡 宮内村 or 山門郡 宮ノ内村
「総覧」・・・・・・山門郡 宮内村
「幕末以降総覧」・・・山門郡 宮内村(フリガナは「ミヤノウチ」) 
「便覧」・・・山門郡 宮ノ内村
「辞典」・・・山門郡 宮ノ内村
新旧対照市町村一覧大日本市町村名鑑 大日本全国各府県市町村新旧対照一覧はすべて、山門郡 宮ノ内村 です。
もちろん、M22.3.13付け福岡県令第42号(『福岡県市町村合併史(編・発行:福岡県、1962)』27-28頁)も、山門郡 宮ノ内村 ということですね。
現在の大字名を調べてみたのですが、M22に誕生した宮内(宮ノ内)の名は残っておらず、それ以前の村名が次のように現在の大字名の一部になっており(参考:柳川市・大和町・三橋町合併協議会大字一覧(pdfファイル))、確認できません。
M22.3.31まで現在(H17.3.21以降)
山門郡 江曲村柳川市三橋町江曲
山門郡 藤吉村柳川市三橋町藤吉
山門郡 今古賀村柳川市三橋町今古賀
山門郡 下百丁村柳川市三橋町下百丁
山門郡 蒲船津村柳川市三橋町蒲船津
山門郡 正行村柳川市三橋町正行
山門郡 高畑村柳川市三橋町高畑
宮内(宮ノ内)の名称がついた学校や郵便局なども見当たりません。
「ノ」の有無も、表記の揺れだと思われ、確たるものはないのですが、「迷った場合は根拠に戻る」ということで、ご紹介のM22.3.13付け福岡県令第42号(『福岡県市町村合併史(編・発行:福岡県、1962)』27-28頁)などにより、山門郡 宮ノ内村 と判断し、修正しました(M22.4.1付け山門郡 宮ノ内村、M40.3.20付け 山門郡 三橋町)。

■山門郡 高柳村, 東津留村, 浜田村, 泰仙寺村, 河内村 によりM22.4.1に発足する村名について 山門郡 川沿村 or 山門郡 河沿村
■山門郡 瀬高町 となる旧町村名の一部について 山門郡 川沿村 or 山門郡 河沿村
「総覧」・・・山門郡 川沿村
「幕末以降総覧」・・・山門郡 河沿村
「便覧」・・・山門郡 川沿村
「辞典」・・・山門郡 川沿村
新旧対照市町村一覧大日本市町村名鑑 大日本全国各府県市町村新旧対照一覧はすべて、山門郡 河沿村 です。
もちろん、M22.3.13付け福岡県令第42号(『福岡県市町村合併史(編・発行:福岡県、1962)』27-28頁)も、山門郡 河沿村 ということですね。
現在の大字名を調べてみたのですが、M22に誕生した川沿(河沿)の名は残っておらず、それ以前の村名が次のように現在の町名・大字名の一部になっており(参考:瀬高町・山川町・高田町合併協議会 第4回協議会(H17.11.25)「町名・字名の取扱い」(pdfファイル,2/3))、確認できません。
M22.3.31まで現在(H19.1.29以降)
山門郡 高柳村みやま市瀬高町高柳
山門郡 東津留村みやま市瀬高町東津留
山門郡 浜田村みやま市瀬高町浜田
山門郡 泰仙寺村みやま市瀬高町泰仙寺
山門郡 河内村みやま市瀬高町河内
川沿(河沿)の名称がついた学校や郵便局なども見当たりません。
「川」「河」の相違も、一種の表記の揺れだと思われ、確たるものはないのですが、「迷った場合は根拠に戻る」ということで、ご紹介のM22.3.13付け福岡県令第42号(『福岡県市町村合併史(編・発行:福岡県、1962)』27-28頁)などにより、山門郡 河沿村 と判断し、修正しました(M22.4.1付け山門郡 河沿村、M40.1.1付け 山門郡 瀬高町)。

■山門郡 竹海村 となる旧町村名の一部について 山門郡 竹飯村 or 山門郡 竹飯村の一部
「幕末以降総覧」・・・山門郡 竹飯村
「辞典」・・・山門郡 竹飯村の一部
三池郡 岩田村となる旧町村名の一部が 山門郡 竹飯村の一部 であることは間違いがありません。よって、山門郡 竹海村 となる旧町村名の一部についても、山門郡 竹飯村の一部 と修正しました

■上妻郡 上広川村 となる旧町村名の一部について 上妻郡 水原村 or 上妻郡 水原村の一部
「幕末以降総覧」「辞典」・・・上妻郡 水原村
上妻郡 横山村となる旧町村名の一部が 上妻郡 水原村の一部 であることは間違いがありません。よって、上妻郡 上広川村 となる旧町村名の一部についても、上妻郡 水原村の一部 と修正しました

■上妻郡 矢部村 となる旧町村名の一部について 上妻郡 上矢部村 or 上妻郡 北矢部村
「幕末以降総覧」「辞典」・・・上妻郡 北矢部村
単なる入力ミスのようです。上妻郡 北矢部村 と修正しました

■早良郡 内野村 となる旧町村名の一部の所属郡について 早良郡 飯場村 or 怡土郡 飯場村
「幕末以降総覧」・・・早良郡 飯場村 (ただし、欄外にいずれかの町村が怡土郡でああることをうかがわせる記号はあるが、記載ミスで特定できず)
「辞典」・・・早良郡 飯場村
新旧対照市町村一覧大日本市町村名鑑 大日本全国各府県市町村新旧対照一覧地方行政区画便覧(資料がM19のため、所属郡のみを確認)はすべて、怡土郡 飯場村 です。もちろん、M22.3.13付け福岡県令第42号(『福岡県市町村合併史(編・発行:福岡県、1962)』27-28頁)も、怡土郡 飯場村 ということですね。
よって、怡土郡 飯場村 と判断し、修正しました

■糟屋郡 仲原村, 原町村, 阿恵村, 柚須村, 酒殿村 によりM22.4.1に発足する村名について 糟屋郡 沖原村 or 糟屋郡 仲原村 
「幕末以降総覧」「辞典」・・・糟屋郡 仲原村 
単なる入力ミスのようです。糟屋郡 仲原村 と修正しました

■仲津郡 今元村 となる旧町村名について
 仲津郡 皆見村, 下原村, 有久村, 徳政村, 徳永村, 綾野村, 草場村, 田中村, 袋迫村, 国作村, 惣社村
 or
 仲津郡 金屋村, 今井村, 真菰村, 津留村, 沓尾村, 元永村の一部
「幕末以降総覧」・・・仲津郡 金屋村, 今井村, 真菰村, 津留村, 沓尾村, 元永村
「辞典」・・・仲津郡 金屋村, 今井村, 真菰村, 津留村, 沓尾村, 元永村の一部
単なる入力ミスのようです。仲津郡 金屋村, 今井村, 真菰村, 津留村, 沓尾村, 元永村の一部 と修正しました

■仲津郡 祓郷村となる旧町村名について
 仲津郡 金屋村, 今井村, 真菰村, 津留村, 沓尾村, 元永村の一部
 or
 仲津郡 皆見村, 下原村, 有久村, 徳政村, 徳永村, 綾野村, 草場村, 田中村, 袋迫村, 国作村, 惣社村
「幕末以降総覧」「辞典」・・・仲津郡祓郷村:仲津郡 皆見村, 下原村, 有久村, 徳政村, 徳永村, 綾野村, 草場村, 田中村, 袋迫村, 国作村, 惣社村
単なる入力ミスのようです。仲津郡祓郷村:仲津郡 皆見村, 下原村, 有久村, 徳政村, 徳永村, 綾野村, 草場村, 田中村, 袋迫村, 国作村, 惣社村 と修正しました

■仲津郡 泉村 となる旧町村名の一部について 仲津郡 福富村, 福原村 or 仲津郡 福富村の一部, 福原村の一部
「幕末以降総覧」・・・仲津郡 福富村, 福原村
「辞典」・・・仲津郡 福富村の一部, 福原村の一部
仲津郡 今川村となる旧町村名の一部が 仲津郡 福富村の一部, 福原村の一部 であることは間違いがありません。よって、仲津郡 泉村 となる旧町村名の一部についても、仲津郡 福富村の一部, 福原村の一部 と修正しました

■田川郡 上野村 となる旧町村名の一部について 田川郡 市場村 or 田川郡 市場村の一部
「幕末以降総覧」「辞典」・・・田川郡 市場村
鞍手郡 福地村となる旧町村名の一部が 田川郡 市場村の一部 であることは間違いがありません。よって、田川郡 上野村 となる旧町村名の一部についても、田川郡 市場村の一部 と修正しました

■夜須郡 三根村 となる旧町村名の一部について 夜須郡 三ヶ山村 or 夜須郡 三箇山村
「幕末以降総覧」・・・夜須郡 三ヶ山村
「辞典」・・・夜須郡 三箇山村
新旧対照市町村一覧大日本市町村名鑑 大日本全国各府県市町村新旧対照一覧はすべて、夜須郡 三箇山村 です。地方行政区画便覧は 夜須郡 三ヶ山村 ですが。
もちろん、M22.3.13付け福岡県令第42号(『福岡県市町村合併史(編・発行:福岡県、1962)』27-28頁)も、夜須郡 三箇山村 ということですね。
「ヶ」「箇」は表記の揺れだとは思いますが、これだけ一致しており、県令に従い、また、現在の朝倉郡筑前町三箇山のようですので、夜須郡 三箇山村 と判断し、修正しました

■夜須郡 上秋月村 となる旧町村名の一部の所属郡について 夜須郡 山見村, 田代村 or 下座郡 山見村, 田代村
「幕末以降総覧」「辞典」・・・夜須郡 山見村, 田代村
新旧対照市町村一覧大日本市町村名鑑 大日本全国各府県市町村新旧対照一覧地方行政区画便覧(資料がM19のため、所属郡のみを確認)すべてが、下座郡 山見村, 田代村 です。もちろん、M22.3.13付け福岡県令第42号(『福岡県市町村合併史(編・発行:福岡県、1962)』27-28頁)も、下座郡 山見村, 田代村 ということですね。
よって、下座郡 山見村, 田代村 と判断し、修正しました

―――――――――――――――――――――――――
今回も、たくさんのご指摘、詳細な調査をどうもありがとうございました。本当に助かります。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

[73437] 2009 年 12 月 29 日 (火) 22:15:47 88 さん
 市区町村変遷情報 小レス 市制町村制施行時(福岡県)について 1

[72857][72858] むっくん さん 市区町村変遷情報(市制町村制施行時)(福岡県)について
いつもご指摘、詳細な調査をありがとうございます。

■福岡市 となる旧町村名の一部について
(1) 福岡区 西小性村, 東小性村, 大円寺村, 古小路村 or 福岡区 西小性町, 東小性町, 大円寺町, 古小路町
(2) 福岡区 博多中島町 or 福岡区 中島町
(3) 福岡区 春吉村の一部, 犬飼村の一部, 堅粕村の一部, 鳥飼村の一部 or 那珂郡 春吉村の一部, 犬飼村の一部, 堅粕村の一部, 早良郡 鳥飼村の一部
「幕末以降総覧」・・・西小性村, 東小性村, 大円寺村, 「博多」中島町, 古小路「村」, (以下郡名の記載なし)春吉村の一部, 犬飼村の一部, 堅粕村の一部, 鳥飼村の一部
「辞典」・・・福岡区の一部(西町の一部を除く), 那珂郡 犬飼村の一部, 堅粕村の一部, 早良郡 鳥飼村の一部, 春吉村の一部
(1)については、ご紹介のM22.3.13付け福岡県令第42号及びその他の資料により、ご指摘のとおり、福岡区 西小性町, 東小性町, 大円寺町, 古小路町 と判断します。
(2)については、実質的には「博多中島町」であることは疑義はありませんが、ご紹介のように中島町以下の各町の総称である「博多」をたまたま最初に記載された中島町に冠しただけ(「博多○○町」は中島町以降の町も同様)、という解釈を私も同意します。よって、中島町 と、そのままとしました。
(3)については、ご紹介のM22.3.13付け福岡県令第42号及びその他の資料により、ご指摘のとおり、那珂郡 春吉村の一部, 犬飼村の一部, 堅粕村の一部, 早良郡 鳥飼村の一部 と判断します。
これらを踏まえ、修正しました

■鞍手郡 吉川村 となる旧町村名の一部について 鞍手郡 緑山畑村 or 鞍手郡 縁山畑村
「幕末以降総覧」・・・鞍手郡 緑山畑村 (ただし、フリガナは「ヘリヤマハタ」)
「辞典」・・・鞍手郡 縁山畑村
フリガナから見ても、また、ご紹介のように現在の宮若市縁山畑から見ても、「幕末以降総覧」の漢字の誤植のようです。ご紹介のM22.3.13付け福岡県令第42号及びその他の資料により、鞍手郡 縁山畑村 と修正しました

■鞍手郡 西川村 となる旧町村名の一部について 鞍手郡 永谷村 or 鞍手郡 永ヶ谷村
「幕末以降総覧」・・・鞍手郡 永谷村
「辞典」・・・鞍手郡 長谷村(長谷村が2村ある)
当該地は、現在の鞍手郡鞍手町永谷(nagatani)のようです。また、「ながたに」と読む際に、「永ヶ谷」の「ヶ」は重複して記載した誤りか、表記の揺れであろうと思われます。
「辞典」の「長谷村」は、単なる誤りか、あるいは同音異字による表記の揺れかもしれません。この場合、2つの「長谷村」があり、「ながたに村」(現鞍手郡鞍手町永谷(ながたに))と「はせ村」(現鞍手郡鞍手町長谷(はせ))が並存していた可能性もあります。
悩ましいのですが、 鞍手郡 永谷村 であったと判断し、そのままとしました

■遠賀郡 上津役村 となる旧町村名の一部について 遠賀郡 小嶺村 or 遠賀郡 小峯村
「幕末以降総覧」・・・遠賀郡 小嶺村
「辞典」・・・遠賀郡 小嶺村
「嶺」「峯」「峰」は、表記の揺れでしょう。現在の北九州市八幡西区小嶺,小嶺一丁目〜三丁目,小嶺台一丁目〜四丁目のようです。このため、遠賀郡 小嶺村 と判断し、そのままとしました

■京都郡行橋町 となる旧町村の所属郡について 京都郡 行事村, 宮市村, 仲津郡 大橋村 or 京都郡 行事村,仲津郡 宮市村, 大橋村
「幕末以降総覧」・・・京都郡 行事村, 宮市村, 仲津郡 大橋村
「辞典」・・・京都郡 行事村, 宮市村, 大橋村
現在の行橋市で、行事村:行事一丁目など、宮市村:西宮市一丁目など、大橋:大橋一丁目などとなりそうです(地図)。長峡川を挟んで、大橋・宮市が南側、行事が北側にあります。想像するに、この長峡川が京都郡と仲津郡の境でもあったと考えるのが自然ではないでしょうか。
新旧対照市町村一覧大日本市町村名鑑 大日本全国各府県市町村新旧対照一覧地方行政区画便覧のすべてが、このとおりの記載です。
よって、京都郡 行事村, 仲津郡 宮市村, 大橋村 と修正しました

■京都郡 椿市村 となる旧町村名の一部について 企救郡 矢山村 or 企救郡 矢山村の一部
「幕末以降総覧」・・・企救郡 矢山村
「辞典」・・・企救郡 矢山村の一部
ご指摘のように、企救郡 東谷村となる旧町村名の一部が 企救郡 矢山村の一部 であることは間違いがありません。
よって、京都郡 椿市村 となるとなる旧町村名の一部についても、企救郡 矢山村の一部 と修正しました

■御井郡 金島村 となる旧町村名の一部について 御井郡 中川村 or 御井郡 中川村の一部
「幕末以降総覧」・・・御井郡 中川村
「辞典」・・・御井郡 中川村の一部
御井郡 大堰村となる旧町村名の一部が 御井郡 中川村の一部 であることは間違いがありません。
よって、御井郡 金島村 となるとなる旧町村名の一部についても、御井郡 中川村の一部 と修正しました

■御井郡合川村 となる旧町村名の一部について 御井郡 合川村 or 御井郡 合川村の一部
「幕末以降総覧」・・・御井郡 合川村
「辞典」・・・御井郡 合川村の一部
御井郡 櫛原村となる旧町村名の一部が 御井郡 合川村の一部 であることは間違いがありません。よって、御井郡 合川村 となるとなる旧町村名の一部についても、御井郡 合川村の一部 と修正しました

■御井郡 大堰村 となる旧町村名の一部の所属郡について 竹野郡 中川村の一部 or 御井郡 中川村の一部
「幕末以降総覧」「辞典」・・・御井郡 中川村の一部
単なる入力ミスのようです。御井郡 中川村の一部 と修正しました

■御井郡 大城村 となる旧町村名の一部について 御井郡 山須村 あり or 御井郡 山須村 なし
「幕末以降総覧」・・・山須村 なし(M9に御井郡 赤司村 が 山須村 を編入)
「辞典」・・・山須村 なし
単なる入力ミスのようです。M9に御井郡 赤司村 が 山須村 を編入した件の反映を失念したものです。よって、修正しました

■御原郡 小郡村 となる旧町村名の一部について  御原郡 福童村, 大板井村 or 御原郡 福童村の一部, 大板井村の一部
「幕末以降総覧」・・・御原郡 福童村, 大板井村
「辞典」・・・御原郡 福童村の一部, 大板井村の一部
御井郡 味坂村となる旧町村名の一部が 御井郡 福童村の一部 であり、御井郡 立石村となる旧町村名の一部が 御井郡 大板井村の一部 であることは間違いがありません。よって、御原郡 小郡村 となるとなる旧町村名の一部についても、御原郡 福童村の一部, 大板井村の一部 と修正しました

■三池郡 玉川村 となる旧町村名の一部について  三池郡 東米生村 or 三池郡 東米生村の一部
「幕末以降総覧」・・・三池郡 東米生村
「辞典」・・・三池郡 東米生村の一部
三池郡 駛馬村となる旧町村名の一部が 三池郡 東米生村の一部 であることは間違いがありません。よって、三池郡 玉川村 となるとなる旧町村名の一部についても、三池郡 東米生村の一部 と修正しました

■三池郡 三川村 となる旧町村名の一部について 三池郡 川尻村 or 三池郡 川尻村の一部
「幕末以降総覧」・・・三池郡 川尻村
「辞典」・・・三池郡 川尻村
三池郡 駛馬村となる旧町村名の一部が 三池郡 川尻村の一部 であることは間違いがありません。よって、三池郡 三川村 となるとなる旧町村名の一部についても、三池郡 川尻村の一部 と修正しました

■三潴郡 青木村 となる旧町村名の一部について 三潴郡 下青木村, 西青木村, or 三潴郡 下青木村の一部, 西青木村の一部
「幕末以降総覧」・・・三潴郡 下青木村, 西青木村
「辞典」・・・三潴郡 下青木村の一部, 西青木村の一部
三潴郡 三又村となる旧町村名の一部が 三潴郡 下青木村の一部, 西青木村の一部 であることは間違いがありません。よって、三潴郡 青木村 となるとなる旧町村名の一部についても、三潴郡 下青木村の一部, 西青木村の一部 と修正しました

■三潴郡 鳥飼村 となる旧町村名の一部の所属郡について 御井郡 「白口村の一部」 or 三潴郡 白口村の一部
「幕末以降総覧」・・・三潴郡 津福村, 津福今村, 御井郡 大石村, 白山村, 梅満村, 長門石村, 白口村の一部
「辞典」・・・三潴郡 津福村, 津福今村, 大石村, 白山村, 梅満村, 長門石村, 白口村の一部 (すべて三潴郡)
新旧対照市町村一覧
三潴郡 津福村, 津福今村, 御井郡 大石村, 白山村, 梅満村, 長門石村, 白口村の一部
大日本市町村名鑑
三潴郡 津福村, 津福今村, 白口村の一部, 御井郡 大石村, 白山村の一部, 梅満村, 長門石村, 白口村の一部
大日本全国各府県市町村新旧対照一覧
三潴郡 津福村, 津福今, 白口村の一部, 御井郡 大石, 白山の一部, 梅満村, 長門石村, 白口村の一部
地方行政区画便覧
三潴郡 津福村, 津福今村, 白口村*, 御井郡 大石村, 白山村*, 梅満村, 長門石村(資料がM19のため、*は所属郡のみを確認)
文献によっては、白口村が三潴郡と御井郡の両郡にあるかのような記述になっていますが、御井郡白口村が存在した場合、三潴郡鳥飼村となった以外の白口村の残余が不明です。記載内容から考えると、御井郡白口村はそもそも存在せず、三潴郡白口村(字野田の一部)が誤って御井郡白口村の一部として記載されてしまった誤りであると考えます。
このため、三潴郡 鳥飼村 となるのは、三潴郡 津福村, 津福今村, 白口村の一部, 御井郡 大石村, 白山村, 梅満村, 長門石村 と判断し、修正しました

■三潴郡木室村 となる旧町村名の一部について 三潴郡 牟田口村 or 三潴郡 下牟田口村
「幕末以降総覧」「辞典」・・・三潴郡 下牟田口村
単なる入力ミスのようです。三潴郡 下牟田口村 と修正しました

続きます。

[73436] 2009 年 12 月 29 日 (火) 22:15:46 88 さん
 市区町村変遷情報 苦悩日記 No.15 市制町村制施行時等における飛地・入会地等の表記方法について

市区町村変遷情報の編集作業における、全体的な話について少し述べます。

最近、私自身の作業において、市制町村制施行に関する一連の作業が、そのほとんどを占めています。
私は市制町村制施行・明治の大合併における町村の名称や、町村の全部か一部か等については、主として「幕末以降総覧」を一次資料としております(略称は[55681]冒頭)。今では市制町村制施行の根拠となる各府県令をご紹介いただいていますので、「幕末以降総覧」の記載を基に、府県令を見て修正作業を行っています(作業の効率上の都合)。この市制町村制施行時における独特の事例について2点紹介いたします。

★その1 従前の村のほんの一部を事実上分割する場合
市制町村制施行時前は、町村(特に村)の区域は、かなり錯綜していたようです。従前の村落の形態がかなり複雑であったためでしょう。「幕末以降総覧」では、市制町村制施行時に、A村が、A村(本体)と、A村のほんの一部(B村の中にある小さな飛地であるなど、小字単位にもならないくらいの小さいもの。田数枚程度の規模のことも)に分かれる場合、「A村」「A村飛地」というという表現になっていたり、そもそも「一部」の存在を省いたりしています。
この根拠となる府県令では、「幕末以降総覧」と同様に「A村」「A村飛地」と表現していたり、「一部」の字名や面積を詳細に記したりしています。
●例1・・・兵庫県(M22.2.22兵庫県令第24号)
「幕末以降総覧」「兵庫県令」とも
菟原郡精道村:深江村飛地
菟原郡本庄村:深江村
菟原郡本山村:深江村飛地
菟原郡魚崎村:魚崎村
菟原郡住吉村:魚崎村飛錯地
(注:町村名は抜粋(以下も同様))
このように、深江村、魚崎村の本体(大半)は本庄村、魚崎村となりましたが、他の村に組み入れられた区域があります。しかし、本来の根拠である兵庫県令や「幕末以降総覧」では、表現を簡略化しています。
●例2:和歌山県:(M22.2.22付け和歌山県令第15号)
「幕末以降総覧」
名草郡西和佐村:(名草郡松嶋村 なし)
名草郡四箇郷村:名草郡松嶋村
「和歌山県令」
名草郡西和佐村:名草郡松嶋村ノ内字上新田反別拾弐町弐反三畝拾八歩
名草郡四箇郷村:名草郡松嶋村但字上新田反別拾弐町弐反三畝拾八歩ヲ除ク
和歌山県令では、詳細に記述されています。しかし、「幕末以降総覧」では、この記述を省いており、松嶋村はすべて四箇郷村になったかのように見えます。

この例1・例2の両方とも、いわゆる「本村部分」についても、市区町村変遷情報においては「○○村の一部」と表現するようにしております。藩政村・大字単位の分割ではないので、編集対象から省くという考え方もあるのですが、境界変更とは異なり、新設時の根拠規定そのものに記載されているという観点から、「○○村の一部」という表現で対応しております。
なお、いわゆる「本体」とみなしている部分があることが府県令から読み取れる場合もあるのですが、どちらが「本体」か、という判断を迫られる例もありそうですので、敢えて、本体・飛地等と思われるもの双方ともに「○○村の一部」という表現に統一しています。この考え方は、市制町村制施行時以降の新設合併・編入合併の例でも同様です。
なお、試行品が日の目を見たときには、あくまで概要を示す「わかりやすさ」を重視し、この飛地等の「○○村の一部」は省いて表記しようかと思っています。正確な情報については、現在編集作業を行っている個別の情報に委ねる、と、役割分担をしたほうがよいかと考えています。

★その2 「入会地」の場合
「入会地」については、「幕末以降」「県令」ともに、「A村B村入会地」と丁寧に記しています。この入会地は、A村でもB村でもありませんので、そのままきちんと記載するか、割り切って割愛するかのどちらかになります。
入会地は、薪炭用などの山林や、カヤなどを植えた草刈場ですから、面積は町村本体に比すると小さいでしょう。(明治22年という時代背景をも窺うことができます。)
●例3:富山県(M22.3.19富山県令第37号)
「幕末以降総覧」「富山県令」とも
上新川郡下タ村:蘆生村, 今生津村, 布尻村, 町長村, 吉野村, 吉野村外四ヶ村入会地, 蘆生村今生津村入会地, 布尻村町長村入会地
(注:現時点では、まだ富山県の市制町村制施行時の情報は編集(入力)作業を行っておりません。)

――――――――――――――――
これらは、現時点で私が考える編集方針であり、皆様のご意見をいただければ幸いです。

[73435] 2009 年 12 月 29 日 (火) 22:15:46 88 さん
 「市町村」「市町」

[73234] 稲生 さん に始まる、市町・市町村の議論の皆様へ。
約40年前に村が消滅し、「市町」である期間が長くなった当地:香川県では、私の周囲限定かもしれませんが、次のように呼び分けている例が多いです。
漢字読み(慣行)イントネーション
市町しいちょう ̄___
市長しちょう― ̄_
市町長しちょうちょう― ̄___
「市町村」という言葉を耳にすることは、まずありません。財団法人香川県市町村振興協会は存在しても、その寄附行為(pdfファイル)目的等を見ると、その中身は「市町」で統一されています。
なお、香川県においては、自治体である「町」の読み方は、現在の9町・平成の大合併前の38町、ともにすべて「ちょう」です。

・・・もっとも、[73308] oki さん に始まる、わきまち・わきちょうの議論の皆様へ。
市区町村変遷情報編集担当者としては、物申したいことがたくさんありますが、まだ整理がついていませんので、また別途といたします。
導入部として少し触れておくと、私としては、「まち」「ちょう」を規定する「根拠」が、どこにあるのか不明です。もう一つ言うと、例えば「美馬郡脇町」の「脇」の字を、自治体名として「わき」と読む根拠はどこにあるのか、なぜ音読みの「キョウ」(漢音)や「コウ」(呉音)ではないと言い切れるのか、も疑問です(読み方は「新版 漢字源」(1999年4月1日改訂新版第6刷、学習研究社)による)。合併後、新自治体名の根拠となる総務省告示等で自治体の読み仮名を明記した例は少ないからです。

以上、現美馬市に隣接した高松市民からでした。

[73434] 2009 年 12 月 29 日 (火) 21:57:24【1】 k-ace さん
 岡山市の鳥、「タンチョウ」に決まる

こんばんは、k-aceです。
岡山市によると、岡山市の市の鳥が昨日「タンチョウ」に決まったとのこと。タンチョウといえば、北海道・釧路のイメージですが、後楽園に飼育されているんですね。また、お隣の総社市のきびじつるの里でも飼育されているとのこと。
ということで、「タンチョウ」が「自治体の鳥」の自治体は以下の通り(漏れがあるかもしれませんが)。
道の鳥…北海道
市の鳥…岡山市、総社市
町の鳥…青森県鶴田町
村の鳥…北海道鶴居村

釧路市は市の鳥を制定していないようです。

おそらくこれが私の今年最後の書き込みとなり、次の書き込みはおそらく来年1月の十番勝負の解答になると思いますので(明日、明後日のうちに書き込んだら、その時はすみません)。
本年もお世話になりました。来年も引き続きよろしくお願いします。
では皆様よいお年を。

[73433] 2009 年 12 月 29 日 (火) 21:31:30 オーナー グリグリ
 役場(市役所)機能の分散形態と名称について

[73214] 2009 年 12 月 6 日 (日) 01:31:16 右左府 さん
美郷町も合併の際分庁方式を採用したものの、今回の再編で千畑庁舎に一本化し、他2地域についてはそれぞれ他の公共施設内に出張所を設けそこへ役場機能を移転・縮小します。庁舎の建物は公的団体への貸付などを予定しており、役場としての役目は終えるようです。
本題とは違うのですが、分庁方式に対する本庁方式、支所や出張所の存在、さらには、総合支所方式など役場(市役所)機能の分散形態によっていろいろ呼び方があるのですが、法的根拠と呼び名の関係など、どうもすっきりしていませんでした。アーカイブズの支所と総合支所ってどこが違うの?やその後のいくつかの記事でもこのあたりの話題がありますが、明確に定義解釈している記事がなかったように思います。そこでいくつかの市役所の例規集をあたってみました。またその過程で地域自治区に基づく事務所もあることが分かり、過去の記事なども確認しながら([51204]など)、以下のようにまとめてみたのですが間違っているでしょうか。

(1) 本庁方式に対する分庁方式
役所機能を分割・分散する分庁方式について地方自治法には明確な規定はありませんが、地方自治法第4条(事務所の位置)を根拠に条例で規定しています。要するに複数箇所に事務所を置くことを規定することにより、分庁を定義しています。名称については「◯○庁舎」とすることが多いと思われます(他の名称は未確認)。

(2) 支所、出張所
地方自治法第155条(支所又は出張所の設置)を根拠としています。ただし、名称は条例で規定しており、「総合支所」「支所」「出張所」「総合事務所」など多様です([48751]今川焼さん記事参照)。総合支所については、機能的には本庁に匹敵する場合を想定しているようですが法的な定義はありません。

(3) 地域自治区(区役所)
地方自治法第202条の4第2項に基づく地域自治区として「区役所」を設置する例を確認しました。南相馬市の例です。一方、香取市のように、地域自治区としての「区」の規定とは別に、地方自治法第155条を根拠に総合支所(名称は区事務所)を設置している例もあります。この場合は(2)に分類されるでしょう。

地域自治区を規定しているすべての自治体の例規集を確認していませんが、(3)の南相馬市の例はおそらくかなり特殊な例ではないかと思います。香取市のように、行政サービス機能については、地方自治法第155条で別途定めているのが普通ではないかと思います。南相馬市の場合は、地域自治区の設置を規定する協議書の中に「区役所の役割について」という項目があり、「区役所は、地域自治区の区域内の振興に向けた施策の展開及び住民の身近なところで住民の意見を反映して行う地域住民に対する行政サービスを担任する。」として地域自治区の事務所である区役所が行政サービスを担任するとしています。

香取市の例を少し詳しく説明します。地方自治法第202条の4第2項により次の4つの区を規定していますが、地方自治法第155条による総合支所(名称は区事務所)の設置は○を付けた3区です。条例の上では、小見川区、山田区、栗源区の「区事務所」は、地域自治区の事務所の名称でもあり総合支所の名称でもあります。

佐原区香取市佐原区事務所
小見川区香取市小見川区事務所
山田区香取市山田区事務所
栗源区香取市栗源区事務所

ところで、総務省のこちらのページから参照するPDF資料の中に、南相馬市の記載がありません。すでに更新していないページのようなのですが、単なる記載漏れなのかなぁ。

もう少し調査してからとも思ったのですが、取り急ぎ皆さんのご意見や情報をいただければと思います。

[73432] 2009 年 12 月 29 日 (火) 10:17:24 白桃 さん
 YT さん へ

[73422]YT さん
統計の方は自由に使っていただいて構いませんが、間違いがあっても責任は取れません。また、間違いに気付いた場合は指摘を御願します。
大変ありがたく使用させていただいております。
一点、気がつきましたのでご報告です。
宮崎県東臼杵郡に富島町の項が立っておらず、1940年〜1950年まで「富高町」の項に人口が記載されております。

今日は、朝から細かいことばかり書いているな・・・

[73431] 2009 年 12 月 29 日 (火) 09:50:45 JOUTOU さん
 水郷有料道路

[73428]k-aceさん
「かしま号」も通る水郷有料道路(潮来市〜神栖市)は明日12月30日正午に無料開放されるとのこと。
そうですかようやく無料化されるんですね。

紹介文にもあるようにわたしはJリーグ発足以前からの鹿島フリーク(厳密に言えばZICOファンであったことがきっかけですが) でして、当然茨城県立鹿島サッカースタジアムにも年に何度も足を運びます。その折に東関東自動車道の潮来ICを降りた後のルートが水郷道路→神栖市経由の裏ルート(渋滞があまりないのですが有料なので殆どの利用者は国道51号を利用します)を常時利用しています。
問題はこの水郷道路の料金所が無人の投げ込み式の徴収方式(通行料150円)を採っいること。最初のうちは何も意識していなかったのですが、意識すると手元が狂い投げ損なうことも。後続車もあり、拾うのをあきらめいくらかは余分に払ってます(苦笑)。そんな不安も今後は必要がなくなるとふと思ったのでした。

さて、今年もあと3日を切りました。わたしの書き込みもこれが今年最後になると思います。今年もオフ会メンバーのみなさま、さらに落書き帳のみなさま、大変楽しく、為になる数多くの書き込みや話題をありがとうございました。

それでは、みなさま良いお年をお迎えください。

[73430] 2009 年 12 月 29 日 (火) 09:10:01 白桃 さん
 稲生さんへ

[73429]稲生さん
静岡県の富士川町は本年11月1日付けで、すでに消滅してしまい、
???
訂正お願いします。

[73429] 2009 年 12 月 29 日 (火) 04:18:05 稲生 さん
 富士川町駅前通1丁目

稲生です、こんばんは。

富士川町駅前通1丁目と聞いて、皆さんはどこを連想するでしょうか?

正解は、 こちら

現在は鰍沢町ですが、来年3月8日から富士川町になります。
富士川町といえば、富士川下流のJR富士川駅付近を連想してしまいがちですが、静岡県の富士川町は本年11月1日付けで、すでに消滅してしまい、4ケ月ほどの空白を経て、山梨県の峡南地域に富士川町が誕生します。なんだか昭和の静岡県民としては、「南アルプス」に続いて「富士川」まで山梨県に捕られてしまった気分です。

[73428] 2009 年 12 月 29 日 (火) 00:22:31【2】 k-ace さん
 今年の経県値&東播磨南北道路

連投すみません。
今年も残り3日弱となりました。
ということで私の今年の経県値等を。
7月の佐賀県(佐賀市、江北町)、長崎県(長崎市、佐世保市)訪問、12月の茨城県(鹿嶋市)訪問により生涯経県値は昨年末の131点から138点と7点アップ。昨年末時点で通過だった佐賀、茨城両県の訪問により、埼玉県が唯一の通過県になってしまいました。
今年の経県値は47点でした。
都道府県庁所在地の経県値は113点となりました(東京都は23区で)。新宿区に限定すると宿泊から訪問になり1点減点になります(大田区に宿泊)。
今年でいうと、千葉市通過、鳥取市、徳島市、佐賀市、長崎市訪問により11点アップ。
その中で通過は東京、神奈川を除く関東5県のみという結果になりました。いやこれほど関東地方の県庁所在地を素通りしているとは。

なお、拙稿[73403]
高速のカントリーサインが桜の花びらの市
とは鹿嶋市訪問の際に乗った高速バス「かしま号」の東関東道で見た佐倉市のカントリーサインです。
“あの御方”とはグリグリオーナーのことです。
おかげで、旅客鉄道のない市である、かすみ市(私もあのニュース、ABC(テレ朝系)の9時前ので見ましたが)ではなく、神栖市(貨物線はありますが)や富里市も通過できました。
東関東道の千葉・茨城県境ですが、利根川でも常陸利根川でもないところにあったのが驚き(地図)。このあたりの県境ってどうしてこんな線になってるんでしょう?
「かしま号」も通る水郷有料道路(潮来市〜神栖市)は明日12月30日正午に無料開放されるとのこと。茨城県道路公社
また西明石発の「のぞみ」も利用しました。この西明石発の「のぞみ」、来年3月からN700系での運転となり、8時53分と8時台に東京駅に到着するようです(現在は9時0分到着)。

「かしま号」は、鉄道空白地帯の神栖市(鹿島セントラルホテル)にも止まりますし、JR利用よりも値段が安い。おかげで今では10〜20分に1便という便利さになって、利用しやすいようになっています。それにより鹿島線は…。


話かわりまして。
小野市と加古川市を結ぶ高速道路?が計画されているのが知っていましたが。
兵庫県によると、加古川市の加古川バイパスと小野市の国道175号を結ぶ地域高規格道路「東播磨南北道路」の一部(神野ランプ〜県立加古川医療センターランプ)が今年10月、部分開通したとのこと。「西」が入れば「東西南北」すべて入った道路名だったのですが。
神野ランプを見た時、「何この道路?」というのが正直な感想でしたが。
この道路名、そのまんまといえばそのまんまですが、どう呼べば(どう略せば)いいのかなぁ。

[73427] 2009 年 12 月 28 日 (月) 23:03:30 k-ace さん
 外国からのテロリスト達?

こんばんは、k-aceです。

同じネタなので、タイトルは[43724] 2005 年 7 月 29 日 (金) 17:32:51 星野彼方 さんのものを拝借しましたが。
本日の産経新聞ニュースにこんな記事がありました。
農作物被害もネズミ算式に増加…50超す自治体がヌートリア対策
ヌートリアは、イネや野菜をエサに季節を問わず繁殖。特に兵庫県は全国の被害額の3分の1を占め、捕獲費用の半額補助制度を設けるなど対応に躍起になっているが、“ネズミ算式”の増加に頭を痛めている。
(中略)
 農水省によると、農産物被害額は平成13年度は7100万円だったが、20年度は1億2400万円に増加し、最も被害が大きい兵庫県では約4300万円を占めている。ここ数年の被害は、兵庫をはじめ岐阜や大阪、鳥取など10府県に及んでいるという。
 兵庫県によると、県内の被害額は13年度は約2600万円だったが、この7年間で約1.7倍に急増。生態を調査している兵庫県森林動物研究センター(丹波市)によると、河川流域に生息するヌートリアは、県南部の加古川流域からこの10年間ほどで一挙に北部まで広がり、「ほぼすべての河川流域で確認されている」という。固いものでも強い咀嚼(そしゃく)力で食べるため、キャベツやニンジンなど野菜の被害が相次いでいる。
 国は、ヌートリアなど外来種防除のため平成17年に外来生物法を制定。同法に基づく防除計画では、都道府県の許可を受けなくても捕獲や防除ができることなどから、農産物被害に悩む自治体が相次いで計画を策定。環境省によると、防除計画は、12月中旬までに大阪府と岡山県、さらに7県の52市町が策定し、特に兵庫県では41市町のうち24市町に上っている。
少々引用が長くなってしまいましたが。
私が中学生の時、我が中学校のプールでヌートリアが泳いでいたというのが話題になっていたので、ヌートリアという動物がいるのは知っていましたが、兵庫県を中心にこんな被害になっているとは(しかも年々被害が増加しているようで)。それにしても兵庫県が一番被害がひどいって…。ため池多いからかな?
ヌートリア(加西市HP)

鳥獣による農業被害調査(ヌートリア)(兵庫県森林動物研究センター)に分布拡大過程というのがありますが、ほとんど占領されてる。
他にもアライグマやハクビシンにも占領されていってるようで。え、アライグマって加西市にもいるの?

あと、アルゼンチンアリですが、大竹市岩国市によると、呉市、宇部市、光市、大阪市、各務原市、横浜市でも生息が確認されているようです。でも何故海に面していない各務原市が?
(田原市は[43820]星野彼方さんで言及済み)

あと、セアカゴケグモの分布というものも見つけましたがこちらも徐々に生息域が拡大中のようで。

[73426] 2009 年 12 月 28 日 (月) 18:31:46【1】 桜トンネル さん
 解答発表&横浜市

それでは、クリスマス企画として題したクイズの解答を発表したいと思います。

[73389] おがちゃんさん
[73390] Issieさん
[73392] 千本桜さん
[73394] なおさん
[73404] 伊豆之国さん
[73418] 星野彼方さん
[73420] 蒼の狼さん

皆さん、解答&反応ありがとうございました。おがちゃんさんは完全休業宣言をして以来で11日ぶりの復活、なおさんも約3年半ぶりの復活、蒼の狼さんも約8ヶ月ぶりの復活ということで、復活組の方々からの解答が多かったですね。
また、なおさんと僕は年齢も1つ違いのようですし、なおさんの前の書き込みが2006年3月22日で、僕の初書き込みがそれから6日後の2006年3月28日となっていて、ちょうどすれ違いになったみたいですね。というわけで、「はじめまして」ということになります。これからもよろしくお願いします。
それでは以下が解答となります。ほぼ皆さんの解答は合っているように思いますが、違う解答をしていらっしゃった方もいらっしゃるような気がします。

問一:竹原市(D市)
問二
A駅:新神戸駅
交通手段B:新幹線
C市:福山市
D市:竹原市
E市:呉市
F市:広島市
G市:庄原市
交通手段H:新幹線
J市:つくば市
K市:川崎市
L市:横浜市

[73389] おがちゃんさん

わざわざ受験勉強の最中、解答していただきありがとうございます。
解答していただいた問一なんですが、今回上京するにあたって、利用したのは高速バスと新幹線でして、高速バスでは東名高速道路を使っていますので、中央道は使っていないことになりまして、上野原市は通過もしていないことになります。この問題はカンも重要になってくると思うので、気になさらないで下さい。それでも、この問題の答えが問題に出ている竹原市だとは僕も思ってもみませんでした。しかもD市のところで、人口のことついても言及していますし・・・。
ちなみに福山市の解答時のレグザには驚きました。何と言っても、僕の家のテレビがレグザなんですから(笑)。

[73390] Issieさん

>市役所の北側を1キロくらい行くとまた、街の雰囲気が大きくガラッと変わりました。

先週,NHKの某番組でタモリが「ある発見」をしてはしゃいでいましたが(高低差!),気がつきました?

はじめに、市役所の北側を1キロくらい行ったところとは「みなとみらい」のことでした。
また、僕は赤レンガ倉庫から横浜海上保安部のあたりを通って、みなとみらい地区へと出ましたが、気付いたことと言えば「高いビルが急に出現したこと」でしょうか。市役所・県庁があるほうはせいぜい高くても10階ほどのビルが多かったのですが、みなとみらい地区はそれを簡単に越えるビルが多くあることに驚きました。あとは地下鉄の駅がとても深いところにあることでした。あんなにエスカレーターを使って上ったのは初めてでした。

[73392] 千本桜さん

ご指摘ありがとうございます。ただ、J市以降はJ市=吹田市、K市=堺市、L市=大阪市となってしまうようにしたひっかけ問題でした。結局は最後のL市のところでどちらかが分かるようになっているのですが、この「人口も2000人以上増加している」というのもひっかけとして用意したものでした。しかし、この表現は少し不適切でしたね。人口増加数に大きく差があるのにも関わらず、問題文に書くのはダメでしたね。

[73418] 星野彼方さん

ご指摘ありがとうございます。確かに広島市にあるのはドームでは球場でした。これからはこういう出題ミスがないようにしなければいけません。
それにしても、交通手段AとHが一緒だったり、I市がなかったりとミスもあり、もう少し見直してから書き込まなければならないということを意識しました。ただ、実はI市は甲賀市を出題しようとしていたのですが、関東地方へと行ったことが分かってしまうと思い、出題をやめてしまった次第です。それで、文字をひとつずらすのを忘れてしまったことから出来たミスでした。

というわけでして、このクイズのために更新をしていなかったのですが、経県値を更新しようと思います。

訂正【1】:文章を追加しました。

[73425] 2009 年 12 月 28 日 (月) 17:28:21 じゃごたろ さん
 とりあえず

こんばんは、じゃごたろです。
年末年始は大荒れとなりそうな北日本へと明日旅立つ予定です。

[73354]について。案の定回答はいただけませんでしたが一応その答えを。
Q. 酒田市と鶴岡市の積雪量の"違い"を与える地形的影響を答えよ。

酒田市と鶴岡市というと面積が大きくなってしまい漠然とした感じになってしまいましたが、おもに市役所のある古くからある市街地というピンポイントでもあてはまることで、「積雪量の"違い"を与える地形的影響」として後背地の地形というのが最も大きいです(そういう説の引用があるわけではないのですが)。

酒田市の後背地は大きく広がる田園。つまり平地です。一方旧櫛引町ほどではありませんが、西高東低の気圧配置による北西の風が鶴岡市街を通過すると、そこには朝日山系がせまっています。つまり、酒田市は風がそのまま吹き抜けるのだが、鶴岡市は朝日山系にぶつかって雪雲をつくり雪を降らせる。酒田市と鶴岡市の積雪量の違いはこのような地形的な違いがあることは、庄内地方に住んでいれば経験的に感じることになります。

新潟県で例えるならば、新潟市と長岡市の違いといったところでしょうか。高速道路で新潟県内を通過すると、長岡市周辺では雪が見えるのに新潟市内では雪が無いということが、ままありますすが、これも地形的な違いでしょう。まあ新潟市については、佐渡島というワンクッションの効果も大きいのでしょうが。


ということで、もしかしたらこれが今年最後の書き込みかもしれませんので、皆様良いお年をお迎えくださいませ。

[73424] 2009 年 12 月 28 日 (月) 16:07:09 YT さん
 近代以前の日本の都市人口統計と平泉の推定人口

[73422]のかわりと言ってはなんですが、ここ数ヶ月の間wikipediaの方で近代以前の日本の都市人口統計の項目を増やし、江戸時代に1万人前後以上の人口を有した都市ほぼ全てについて人別帳などの数字を何らかの形で網羅しました。今のところ人口1万人前後の主要都市で町方人口が調査できていないのは、琉球の諸都市(首里、那覇など)、大都市の近郊の都市(天王寺、難波、千住、大森など)、長崎県の諸都市(平戸、福江など)、宇和島、柳川、宮崎辺りでしょうか。

ただ江戸時代以前の諸都市については、特に学者も推定人口をまとめて出してくれません。例えば歴史人口学で有名な速水融氏は『近世日本における地方都市の人口と経済』という題目で科研費をとっていますが、その結果をまとめた「前工業化期日本の都市人口分布」の中で、地方史書の中身が往々にして恣意的なために人口の推定を断念したと述べていますし、研究成果報告書の方にも調査結果をほとんど記載していません。

江戸時代より前の都市人口となりますと、本当にいい加減な推定人口が世間に流布しているようです。現在悩んでいるのは、「平泉の人口が10万人以上」と言い出したのは誰かという点です。佐貫利雄著『都市の盛衰ランキング』という本の中で、平泉は京都(16万人〜30万人)に次ぐ人口(10万人〜15万人)を有していたと書かれておりますが、本書は参考文献を全く挙げていないし、鬼頭宏氏の日本の推定人口をいい加減な形で採用しているので信用できません。また平泉に関して沢山著書を残している斉藤利男氏も「よく平泉は人口10万人以上の平安京のような碁盤目状の計画都市であったように言われているが、実際はそうではない中世都市の走りの一つだった」みたいな書き出しが多いのですが、肝心の人口については推定を出していません。

おそらく「人口10万人以上」の根拠は「平泉古図」と称される古地図を元に算出されたものなのでしょうが、この「平泉古図」がはるかに後世に作成されたものであることが判り、少なくとも現在ではこのような計画都市像を支持している人は専門家にはいないようです。『吾妻鏡』によると奥州合戦での平泉軍は17万騎, 鎌倉方28万4000騎とありますが、頼朝が残した手紙によると鎌倉方の軍勢は『吾妻鏡』記載の数字の1/15の2万騎なので、平泉方もせいぜい1万騎と思われます。鬼頭宏氏の推定人口を信じるのなら、1150年頃の陸奥の人口は全域で33万人です。ここから推定すると全盛期の平泉の人口は5万人でも多過ぎる位かもしれません。

平安末期の平泉の人口を10万人以上と推定した書物について御存じの方がおりましたら教えてください。

[73423] 2009 年 12 月 28 日 (月) 15:50:56 hmt さん
 住所の表示から消える津久井・城山・相模湖・藤野

[73416] Issie さん
旧津久井郡4町については地域自治区名として引き続き使用されていた旧町名(城山町,津久井町,相模湖町,藤野町)は省かれることになります。

「日和佐」という地名が、平成合併の結果、住所の表示から事実上消えた[73411]ことについて記したばかりですが、hmtの出身地・津久井にも、2010年4月から同じ運命が訪れることになるのですね。

4つの住所地名の挽歌を記しておきます。

「津久井」は三浦半島の津久井庄(現・横須賀市)に由来し、人名を経て相模国北部に「津久井領」が生まれ、元禄4年(1691)に「津久井県」と命名されたことは[41805]で記しました。
「郡よりも格が低い」という意味が込められた「近世唯一の県」であったことは、特筆に値します。

明治3年2月27日の太政官布告で 「津久井郡」に昇格? しましたが、2006年と2007年に所属する4町村がすべて相模原市に編入され、自然消滅しました。
この間、1955年の昭和大合併では「津久井町」の名にも使われました。この地域に「津久井」の名をもたらした鎌倉武士の古城の所在地があるので、妥当な命名と言えるでしょう。

自治体時代の読み方は「つくいまち」でした。
これが 2006年の合併 で 相模原市の一部になったわけですが、合併協議第19号[48391]によると、“字の区域は、原則として現行のとおり”となっています。これだけなら、「津久井郡津久井町青山」であった住所は「相模原市青山」になりそうです。
しかし、実際には「相模原市津久井町青山」という表記になりました。

その仕組みを解説してくれたのが、[48804] suikotei さんの記事です。それによると、2004/10/26総務省からの通知により住民基本台帳の記載要領が改正され、「合併に係る地域自治区」の名を住所に記すことになったのだそうです。
旧津久井町の区域には上記の合併協議に基づき「合併に係る地域自治区」である「津久井町(つくいちょう)」が設けられたので、読みは変りながらも、上記のように「津久井」が住所に残ったのでした。
2010年4月からは、もちろん「指定都市の区」である「緑区」がこれに代って住所表記に使われることになります。

「城山,相模湖,藤野」は自治体名としては昭和の大合併で創作された“新地名”

1955年に作られた3つの“新地名”の前身を探ります。
「城山」は、もちろん 中世に三浦氏の一族・津久井為行が山城(津久井城)を築いた宝ヶ峰のことで、古くから使われた呼び名と思われます。
山体の大部分が津久井町に属する城山ですが、その姿がよく見えるという理由で「城山町」の名に選ばれたのでしょう。神奈川県が城山ダム建設を決定したのは、城山町発足5年後の1960年です。

「相模湖」は 1947年命名のダム湖[43001]由来で、自然地名?としても戦後生まれです。
相模ダムは 戦前に着工した日本最初の本格的な多目的ダムでした。戦争の影響で工事は遅れましたが、完工式には昭和天皇が臨席されたくらいで、日本復興のシンボルとして祝福されました。「ダムはムダ」という昨今の風潮とは大違いです。

昭和合併は相模湖誕生の8年後ですが、「相模湖町」という自治体名も自然の成り行きと思われます。中央線の駅も、追随して「与瀬」から改称。2万5千分の1地形図の図幅名は、現在も原則通りの居住地名「与瀬」を続けています。

由来が一番わからないのが「藤野」です。
1955年に命名された「藤野町」は、中央本線藤野駅に由来するとして、1943年当時の津久井郡小淵村に設けられたこの駅の名を「藤野」とした理由がよくわかりません。

[62419] スピカさん には、次のように記してあります。
「藤野」の名は駅所在地である小原の小字で、合併時の新町名に町の中心地にある駅の名前を採ったものです。

「藤野 = 小字」説は検証していませんが、この駅の立地は 甲州街道の関野宿(小淵村)と吉野宿(吉野町)との中間であり、駅名とするのに適した著名な集落があったとは思われません。

「藤野駅」は、小淵村の「淵」と隣接する吉野町の「野」とを組み合わせた「ふちの」に由来する可能性があるように思われますが、どうでしょうか。

市としては,今後も公共施設名などに残すから我慢してね,という意味のアナウンスをしていますが,実際,これらの旧町名に対する思い入れはそれほどないのでしょうかね。

自然地名の 相模湖・城山 や、駅名の 藤野 は問題ないとして、「津久井」の将来が気になります。
でも、相模原市緑区の中で、西の方にある山地の総称として、「津久井」は便利な言葉です。
旧・城山町の平地部分は文字通り「相模原」の一部として同化し、「津久井」は、山地部分だけを意味する地名として残るような気がします。

[73422] 2009 年 12 月 28 日 (月) 15:26:24 YT さん
 明治31年以降の宮崎県、鹿児島県、沖縄県の人口の変遷のまとめ

久々の投稿です。

前回[71677]で、明治31年以降の北海道の市町村別人口の変遷をまとめましたが、それから4ヶ月が過ぎたというのに、他県の市町村別人口についてはほとんど作業が進んでおりません。九州分を一気に仕上げようと、8月23日の段階で沖縄県、鹿児島県、宮崎県まで完成していたのですが、その後長期に忙しい状態が続きました。大分県の分はあと数年分を残してほぼ完成しているものの、今年中に終わる目途が立たないので、とりあえずこれまで打ち込んだ明治31年以降の北海道、宮崎県、鹿児島県、沖縄県の人口調査の結果を1個のエクセルファイルにまとめました。

以下のサイトより、lha形式に圧縮されたエクセルファイル04Pref01.xls (Excel 97-2003形式)をダウンロードできます。

http://touch.moehome.jp/up_xssize/download/1261981394.lzh

参考資料は以下の通りで、27回分の人口調査、戸口調査をまとめました。

明治31年明治36年明治41年大正2年大正7年調の『日本帝国人口静態統計』 (明治31年は『日本帝国人口統計』):『国勢調査以前日本人口統計集成』(東林書林) (近代デジタルライブラリーにも収録)
・大正9年、大正14年、昭和5年、昭和10年、昭和15年の国勢調査:『戦前期国勢調査報告集』(クレス出版)
・昭和19年人口調査、昭和20年人口調査、昭和21年の人口調査:『人口調査集計結果摘要』(総理府統計局)
・昭和22年臨時国勢調査:『昭和22年臨時國勢調査結果報告』(総理廳統計局編)
・昭和23年常住人口調査:『常住人口調査報告』(総理府統計局)
・昭和25年以降の国勢調査:各回の国勢調査報告の現物(総理府統計局)

昭和19年の統計に関しては、都道府県別人口と市町村別人口の合計が一致しないのがデフォのようです。明治30年以前の内務省時代の統計については、『法令全書』記載の「官報掲載の現住人口」と『日本帝国民籍戸口表』記載の「現住人口」の違いを補正する統計を引き続き調査中です([68614][68619][68620][68621]参照)。

支庁・郡や市・区・町・村の変遷に関しては、本サイトの市区町村変遷履歴情報
と、Issieさんのサイトの市町村の変遷を参考にさせて頂きました。非常に感謝します。

統計の方は自由に使っていただいて構いませんが、間違いがあっても責任は取れません。また、間違いに気付いた場合は指摘を御願します。

[73421] 2009 年 12 月 28 日 (月) 01:00:26【1】 Issie さん
 さがみこちょう

[73416] のつづき。

「脇町:わきまち/わきちょう」の話関連というわけではないのですが,
津久井4町の語尾,ご案内のように“単独の自治体”であった時代には「相模湖町:さがみこまち」と読んでいたのですが,相模原市に編入されて“町名の一部”として残された際に,しかし「さがみこちょう」と読むように変更されました。
これもご案内のように,神奈川県では「自治体としての“町”」はことごとく「まち」と読むことになっています。一方,横浜市が周辺町村を編入した際に旧町村の大字の末尾に「町」をつけて「○○ちょう」(鶴見町生麦→鶴見区生麦町)としたように,「市内の区分としての“町”」については「ちょう」と読ませる場合が多いようです(なお,横浜市では住居表示による新町名を編成する際には「町」を落としています。たとえば,鶴見区生麦町→生麦1〜5丁目・岸谷1〜4丁目。逆にいえば,「本町」や「桜木町」のようにいまだ「○○ちょう」と名乗っている町は,多くの場合まだ住居表示が行われていないことを意味します)。
※ちなみに,習志野市では住居表示前の「津田沼町」や「谷津町」「鷺沼町」などは,全部「まち」と読んでいたと記憶しています。こちらも住居表示の際に「町」を落としました。

編入した途端に「相模湖町」の読みを「まち」からわざわざ「ちょう」へ変えさせたのは,「もう独立の町ではなく相模原市の一部なんだよ」ということを言いたかったのかもしれません。私はそんな必要ないのに,と思ったものですが。でも,今回の区制実施でその「相模湖町」自体が消えてしまうのです。
私,最近は津久井地域とのつながりが大変に薄くなったので地元でどのように受け入れられているのかわからないのですが,先行合併した 津久井・相模湖両町 でもわずか4年で「ちょう」の時代が終わるわけです。果たして,「さがみこちょう」という呼称はどれだけ定着したのでしょうか。

[73420] 2009 年 12 月 27 日 (日) 23:26:08 蒼の狼 さん
 生存報告

お久しぶりです。
実は平成一桁生まれで来年成人式の蒼の狼です。
[73287]のおがちゃんさんとは7か8つぐらい離れてる筈なんですが…。

で、最近はずっと演習の準備に追われてました。
とはいっても全部日本史なんですが…。

◎中世→藤原頼通の高野参詣で日根野(阪南市)あたりを調べる。
◎近世→地域の名望家の日記で須磨、網干あたりの地名を調べる。
◎近代→西園寺公望の秘書の日記で興津を調べる。

…と毎日地名辞典(角川)と睨めっこしてました。日本史なのに。


以降はレスです。
[73308] okiさん 他多数
脇町
脇町出身の友人に尋ねてみたのですが、
見事に「わきまち」って答えてくれました。
ちなみに、その人いわく脇町地区だから「わきまち」で
岩倉地区だったら「わきちょう」って答えるかもと言ってましたが…どうでしょう??

[73314] なると金時さん
前からずっと思っているのですが、鳴「戸」と誤記される例が恐ろしく多い気がします。
上の名望家はそう書いてました(笑)
約100年前くらいのですが、その時も「鳴門」だった筈なんですがね…。

[73357] 千本桜さん
坂出=商店街安っぽい。
[73358] 白桃さん
坂出:この商店街のシャッターはいつ開くのだろう・・・
僕は高校3年間坂出に通ってましたが、
商店街は1度も行ったことがないです。

閉まってる店が多いのはわかってましたし、
遊ぶんだったら宇多津まで行きましたからね。

それも商店街が寂れる一つの要因かと思いますが、いかがでしょう。

[73388] 桜トンネルさん
クイズに反応します。
A駅…僕は帰省のときはここを利用せずに新快速を使います。
交通手段B…僕はいつも姫路から岡山まで乗ります。
C市…坂本竜馬さんとポニョの共通点は…(笑)
D市…ここって重伝建あったんだ…ていうところ。
E市…太平洋戦争のイメージ。中国にこんな国ありましたね。読み方は別として。
F市…地元にもこんな地名ありますよ。

…まったく答えになってない(汗)

[73395] 桜通り十文字さん
ちなみに、逆にJRで1番少ない画数の駅は3画の、みの駅(予讃線)と思われます。
余談ですが、近くの道の駅の喫茶店で、
貼られてあった写真の横のコメント
「みのもんたがみの駅でガッツポーズ」がいまだに忘れられません。
もう10年以上前のはずなのに。


…長くなりました(汗)
また気になることがあったら書きます。

[73419] 2009 年 12 月 27 日 (日) 22:29:10 BANDALGOM さん
 本埜村、幡豆郡

今日行われた千葉県本埜村長の解職投票の結果です。

投票率61%
解職に賛成:3,645票
解職に反対:448票

これにより現村長は失職、50日以内の選挙を経て新村長が誕生しますが、予定通り合併が実現すれば、超短期間の村長ということになります。

また、愛知県西尾市と一色・吉良・幡豆町の法定合併協議会の設立調印式が25日行われ、協議会が発足しました。

でるでるさん、よろしくお願いします。

[73418] 2009 年 12 月 27 日 (日) 22:17:45 星野彼方 さん
 よいお年を

オフ会前から仕事が忙しく、反応したい話題もいくつかあったのですが、十番勝負以外に書き込みをしていなかったら、もう27日。明日から来年1月3日まで書き込みできなくなるので挨拶しておきます。えと、ゲリラ的にインターネットカフェ等で書き込みをするかもしれませんが、とりあえず。

本年は、十番勝負にオフ会、などなど、大変お世話になりました。特に石島/井島では本当にありがとうございました。また、3日、十番勝負からまたお世話になります。よろしくお願いいたします。

あ、そうそう誰も突っ込まないのでわたしが間違っているのかもしれませんが、桜トンネルさんの[73388]のF市、ドーム球場ではないですよね。今年新しいのが出来ましたけど、違いましたっけ?

では、皆様よいお年を

[73417] 2009 年 12 月 27 日 (日) 19:06:07 白桃 さん
 なおさん、お久しぶり

[73394]なおさん
約三年半ぶりに書きこみます、なおです。
前の書き込みは、確か、中学生でしたよね。
白桃ぐらいのトシになると、三年半というのは大したもんじゃないですけど、若い頃の三年半というのは凄いですね。(何がスゴいって、うまく説明できないけど)
今後とも宜しくお願いします。

本日はまだ勤務先です。久しぶりの休日出勤です。
来る時の車内に、
「当銀行のATM利用者が150万件に達しました。約150万人といえば、次のうちどこの人口でしょう?(ちょっと文章は違いますが)
A.山口県
B.神戸市
C.京都市
どれも、正解」だそうです。

では、このいいかげんなクイズに便乗して
今日、珍しく私が休日出勤をした理由は
A.遊びすぎ、飲みすぎから、仕事がたまってしまったから
B.有馬記念があたりそうな予感がして馬券を買いに来た
C.家にいたくないから
ハイ、どれも正解です。
(蛇足:買った馬が途中で競争を中止してしまったので、元気ありません。もう帰ります。)

[73416] 2009 年 12 月 27 日 (日) 19:02:24 Issie さん
 相模湖が消える

そう言えば [73369] で アルバトロス さんがご案内のように,12月の相模原市議会で区の名称と区域が決定され,相模原市の政令指定都市移行とともに来年の4月1日から区制が実施されることになりました。その結果,住居表示には新たに「緑区」「中央区」「南区」という区名が挿入されることになるわけですが,旧津久井郡4町については地域自治区名として引き続き使用されていた旧町名(城山町,津久井町,相模湖町,藤野町)は省かれることになります。たとえば,

 城山町若葉台4丁目 → 緑区若葉台4丁目
 津久井町青山 → 緑区青山
 相模湖町与瀬 → 緑区与瀬
 藤野町牧野 → 緑区牧野

というように。
郡名を流用した「津久井町」を除いて,「城山,相模湖,藤野」は自治体名としては昭和の大合併で創作された“新地名”ですが,ここで住居表示用の地名としては消滅するわけです。
長岡市の「山古志」のように敢えて残すことを選んだところもある一方で,津久井4町の場合,残すかどうか議論にはなったのですが割とあっさり省くことに決まったようです。市としては,今後も公共施設名などに残すから我慢してね,という意味のアナウンスをしていますが,実際,これらの旧町名に対する思い入れはそれほどないのでしょうかね。
ともあれ,これからは「相模湖」は“町名”ではなくダム湖の,あるいはJRの駅名として残ることになります。

[73415] 2009 年 12 月 27 日 (日) 12:59:13 オーナー グリグリ
 推計人口と素数(白桃さんへ)

[72870] 2009 年 11 月 18 日 (水) 17:29:17 白桃 さん
本日、大分県と岡山県で10月1日の推計人口が発表されました。後ほど全国の市区町村人口をまとめてご連絡いたします。
ご連絡が遅くなりましたが、確かに受領しています。当サイトへの反映は今しばらくお待ちください。データ提供をありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

[72867] 2009 年 11 月 18 日 (水) 07:35:48 白桃 さん
この前の日曜、NHKで「リーマン予想」の話をしていました。
NHKスペシャル「素数の魔力にとらわれた人々」ですね。私も見ました。素数についてはちょっと思い入れがありまして、まだパソコンなんてない高校生の時に、2日間掛けて5万までの素数を計算したことがあります。大学に入ってからも大型計算センターでのコンピュータ実習で、桁数の多い素数や、二重双子素数のリストアップ、また、番組でも紹介していた素数の空白地帯(素数がない長い区間)を探していました。その頃の出力結果やノートがどこかにあるはずなんですが。という訳で、とても懐かしく、興味深く番組を視聴しました。しっかりDVDに焼きましたよ。

■二重双子素数とは
「11,13,17,19」というように、一の位1,3,7,9がすべて素数であるセットを二重双子素数と言います。2と5以外の素数は必ず一の位が1,3,7,9になります。「11,13,17,19」の次の二重双子素数は何になるか興味のある方はお探しください。なお、双子素数についてはこちらをご覧ください。

[73414] 2009 年 12 月 27 日 (日) 12:54:38 オーナー グリグリ
 「家族の記念日」と広告掲載について

地理ネタでなくてすみません。[72842]にも書いたように、当サイト以外にもいくつかのサイトを管理しているのですが、その一つ、私の誕生日の切手家族の記念日というページを新たに作りました。生まれてから100歳になるまでの家族の記念日を日付順に一覧表にすることができます。記念日には、10歳ごとの誕生日や還暦、古希、米寿などの誕生日、さらに、生涯記念日として、生まれた日から数えて1000日目ごとの記念日などがあります。ぜひご覧いただき、ご家族の記念日一覧を表示印刷してみてください。

実は、先日の天皇誕生日(12月23日)が私の生誕20000日でした。生まれた日を1日目としてちょうど2万日です。だからどうだと言う気もしますが、誕生日とは違った感慨が湧きました。家族にも伝え誕生日ケーキならぬ2万日ケーキでお祝いをしてもらいました。

ところで、お気づきの方もいらっしゃると思いますが、当サイトの一部のページに広告を掲載しています。これまではほとんど広告掲載は行っていなかったのですが、それなりのアクセスもあるサイトということで、掲載効果を試してみたくなりました。トップページや経県サイトなど一部のサイトから少しずつ試しています。まぁ、それなりの収入源にするには、それこそ全ページにベタベタと目立つ広告を掲載する必要があると思いますが(それでも大したことないかもしれません)、そこまではやりたくないですし。ということで、それなりの収入が上がればご協力いただいている皆さんへの還元(オフ会などでの)なども考えたいと思いますが、当面は期待できないでしょう。ということで、お目障りかもしれませんがご理解とご協力のほどよろしくお願いいたします。

[73413] 2009 年 12 月 27 日 (日) 12:43:14【1】 hmt さん
 用語論・「藩政村」「近世村」

[73410] Issie さん
どうも私は「藩の支配域」との縁が薄いようです。
という所に住んでいると,「藩政村」という表現がしっくり来ないのです。(中略)だって,「藩」の支配なんか受けたことないもん!
だから私は少しは「中立」に聞こえる「近世村」という語を使うことにしますね。

実は、私も「藩政村」という用語について、[55523]で次のように記していました。
青山村のような「天領」の民の子孫としては、いささか引っ掛かるものがあります。

もっとも、藩政村は「幕藩政治体制下の村」の省略形ともとれるので、近代を含めて使われる「令制国」に比べたら、こちらの方がずっと「まし」という趣旨の発言をしたこともあります[59173]

直前の[73411]
平成合併の結果「美波町」になり、町内の住所の表示が町村制施行より前の村の名に戻った
と書いたのも、“藩政村の名に戻った”とするに抵抗があったためです。
美波町の場合は、徳島藩支配下の「藩政村」でも不都合はなかったのだろうとは思いますが…

【追記】
[55501]で88さんが使った「藩政村」という用語に対して述べた上記の意見[55523]に対しては、次のレスをいただいています。

[55568] 88 さん
「藩政村」の表現は、こちらやこちらでも使用されています。だからといって絶対正しいものでもなく、「天領村」(造語です)があったのも事実でしょうし。江戸期の「町村」にあたる一般名詞で、いい表現があればそれを使いたいのですが。
「幕末以降市町村名変遷系統図総覧 改訂版(1)」の「序」では、『江戸時代の幕藩体制下の町村』という表現があり、『藩政村』なる表現は出てきません。また、「町」については(中略)。私の頭の中 & 私の手持ち整理データでは、現在のところでは「城下町」と「藩政村」という2種類の区分に便宜上しております。

[73410] Issieさん が提示された用語「近世村」の、この落書き帳の中におけるの使用事例を調べてみました。
「近世村落」を除くと、やはり Issieさん が最初ですが、[68741]ですから 今年のことです。
注目すべきは、藩政村についての6回シリーズを上梓された okiさん が、[71198]以降は「近世村」を使うようになり、既に5つもの記事があることです。
平凡社の日本歴史地名大系でも「近世村」が使われているようで、[72222] EMMさん にその引用があります。

「藩政村」や「枝村」の 実体論 については、前記 okiさん のシリーズ以前から、88さん・むっくんさん・矢作川太郎さん などによる記事がありますが、今回は 用語論 に限定して書いてみました。

[73412] 2009 年 12 月 27 日 (日) 12:33:34 ペーロケ さん
 ゴジラ

職場からです。考える時間があまり無いんで、とりあえず1問だけ。

[73402]小松原ラガーさん
確か先月、某所でこの山から眺める写真を拝見したような。。。(謎)

(2)松山市
仲間が2本と惜しいのが1本あります。あ、ということは
いずれか一つの
に該当しないということになるんでしょうか(^^;;

[73411] 2009 年 12 月 27 日 (日) 11:49:19 hmt さん
 なぜ「日和佐」という地名を使わないのか?
白桃 不思議のクニの名邑(マチはラビリンス)

[73385] oki さん
日和佐も牟岐も良い町です。日和佐は薬王寺(地元民は「おやくっさん」と呼びます)の門前町兼漁師町で、活気のある町でした(過去形です。残念ながら)。
「ウエルかめ」…これで徳島の南方を多くの人が知って、訪れる人が増えればいいなとは思っています。

先月の旅[73150]で NHKが 「ドラマチック!四国」 を宣伝していることを知りました。
四国を舞台にした3つのドラマの一つ、連続テレビ小説「ウエルかめ」を見て不思議に思うのは、専ら「美波町」と呼んでおり、「日和佐」という地名の使用を避けているように思われることです。

2006年合併の新しい町名を全国に認識してもらうために「美波町」を使いたい。それはよいのです。
しかし、その美波町が 「日和佐」の名で知られていた町であることにつき、全く言及していないことに 違和感 があるのです。
これでは、これまで何十年もかけて全国に売り込んできた「日和佐」の知名度を全く生かしていません。

天然記念物「大浜海岸のウミガメおよびその産卵地」の 日和佐うみがめ博物館カレッタ をモデルとした「ウミガメ館」もドラマに登場しますが、「日和佐」の名はここでも使われていません。

HPによると博物館所在地は「海部郡美波町大浜海岸」。そして、HP右肩の役場所在地は「美波町奥河内字本村18-1」と記されています。オヤオヤ、いずれの住所も「日和佐」ではないのか?

更に調べると、博物館の正式な住所は「美波町日和佐字浦」であるらしく、ようやく「日和佐」が出てきました。
しかし、mapionを見ると日和佐浦は海岸に近い比較的狭い範囲であり、役場や日和佐駅の住所は奥河内であるようです。

[51277] 88さん によると、1956年9月30日に、赤河内村が赤河内町になり、これが(旧)日和佐町を編入し、更に赤河内町を(新)日和佐町に改称するという 3段階の変更 が行なわれて、2006年の 新設合併 まで存続した日和佐町になったとのこと。

余談ですが、上記の日付は昭和大合併の最終日で、全国では 335件の合併が行なわれました[55364]

役場や日和佐駅の所在する奥河内は、「おやくっさん」の門前町【四国第二十三番医王山薬王寺の住所は美波町奥河内寺前】で、漁師町である旧日和佐町と隣接するが 別の自治体 である 旧赤河内村だったのでしょうか。

実は、推測によって上記のように書いた後で、1889変遷情報 を調べました。
赤河内村は予想通り赤松村プラス3つの○河内村からの合成地名でしたが、奥河内村は これとは別の組で、いかにも海岸という地名の日和佐浦村・恵比須浜村と合併しており、旧日和佐村→1907年日和佐町になっていました。

67年後の昭和合併の際には、面積では山側の旧赤河内村が圧勝(9:1)しながらも、人口と知名度は海岸部の旧日和佐町が勝る状態でした。その結果、次のようになったのでしょう。
「名」を旧日和佐町が、「実」を旧赤河内村が取っています。

このような経過を見ると、薬王寺門前町である奥河内の人々も、明治合併以来の100年以上「日和佐」という地名を使い、慣れ親しんできたことがわかります。

平成合併の結果「美波町」になり、町内の住所の表示が町村制施行より前の村の名に戻った結果、大部分の地域の住所からは「日和佐」の文字が消えました。
現住所重視の姿勢([41773] miki さん)を貫くと、「日和佐」という地名は使われないという結果になるのでしょう。

しかし、明治合併以後だけでも 100年以上も使い、売り込んできた地名を捨て去るのは、もったいないことであると思います。
ほとんどの住所から消えた「日和佐」の名を惜しんで、一筆記した次第です。
幸い、訪れる人の多くが利用する鉄道や道路では、「日和佐」の名は健在であり、地名として消滅することはないでしょう。

年末でお忙しい okiさん の邪魔をするようで申し訳ありません。レスをくださるとしたら、時間ができてからで結構です。

[73410] 2009 年 12 月 27 日 (日) 11:21:42 Issie さん
 久々田市

初めに話の筋からは外れるのですが

1:下総国千葉郡久々田村(地先埋立地)
2:下総国千葉郡谷津村
3:下総国葛飾郡須和田村
4:下総国葛飾郡市川村
5:武蔵国多摩郡小野路村
6:武蔵国多摩郡落合村
7:相模国高座郡淵野辺村
8:信濃国水内郡妻科村
9:信濃国筑摩郡蟻ヶ崎村

以上,私のこれまでの住所の江戸時代末期における表現です(順不同)。この中で単独の“藩”の支配を受けていたのは 松代藩領 であった8と 松本藩領 であった9だけ。通った学校の所在地や職場を加えてみても,相模国高座郡大島村 が,しかし“国外”の 下野烏山藩領 であっただけです。
何が言いたいかと言うと,どうも私は「藩の支配域」との縁が薄いようです。そもそも江戸の周辺域である南関東は,もともと幕府直轄領であったり旗本領であったりで「藩(大名)」の支配は受けていない。あるいは 高座郡 の村の多くがそうであるように,藩の支配を受けていても,それが単独なのではなくて他藩や幕府・旗本との「相給」であるのが普通であって(江戸時代の後期になるほど),前述の 大島村 のような烏山藩単独支配の村など例外中の例外。
という所に住んでいると,「藩政村」という表現がしっくり来ないのです。いや,これが“専門家”の間で使われている用語であることは十分承知していながら,でもやっぱり違和感がある。だって,「藩」の支配なんか受けたことないもん! …とボヤいてみた上で,だから私は少しは「中立」に聞こえる「近世村」という語を使うことにしますね(別にほかの方が「藩政村」を使うのに異議を唱えるつもりはありませんが)。

ここから本題。

[73406] 千本桜 さん
新しい自治体名を名乗ってはみたものの馴染めず、むしろ藩政村名(ただし、都市機能を備えた町場集落のある藩政村)の方が通用しやすかったのではないかと思われます。

横浜周辺でもう1例加えると,旧都筑郡の「川和町」の例があります。1889年の町村制施行の際に,川和村,池辺(いこのべ)村ほか6村ほかが合併して「都田(つだ)村」が発足。「都田:つだ」という村名もやや変則的ですが,これは郡名にちなむ「都筑村」という名前を同郡内の別の新村グループと奪い合い,相手方が丘陵地帯にあるので「都岡(つおか)村」,こちらは田園地帯にあるので「都田村」となったのだとか。“都:つ”とは,「都筑」の“都”なのですね。
都田村の中で最も大きかったのは 旧川和村。郡区町村編制法による 都筑郡役所 も置かれて郡内の行政中心となっていましたが,新村域の西端にあたるせいか,新村の役場は 池辺 に置かれました。これが1934年に単独で“町”になる際には「川和町」という名前に戻りました。ただし,役場は池辺においたまま。
1937年に横浜市に編入されて 港北区 の一部となりますが,旧都筑郡の中心であったためか,港北区役所の出張所(のち支所)が 川和 に置かれました。横浜市が1969年に行った区の再編で港北区の西部が分離して「緑区」が設置されたとき,それは元の 川和支所 の管轄区域であり,緑区役所も引き続き 川和 に置かれました。しかし,1972年に区役所が 中山 に移転して 川和 の地位は低下していきました。1994年の区再編で設置された「都筑区」は1889年当時にめざした「都筑村」の再現と言えなくもないのですが,これは港北ニュータウンを中心とする区域であり,もはや 川和 はその周辺域でしかありません。

逆(中心的集落がないと新設自治体名が定着する)の例。
「合成地名」の例としてしばしば話題に上がる千葉県の「津田沼」。
東京湾岸の 谷津・久々田・鷺沼 の3旧村から1字ずつとって「津・田・沼」とは“その手のマニア”にはよく知られた話ですが,考えてみればこれも「生見尾」や「ひらなみ」レベルのヒドい名前です。よくよく反芻してみると奇妙な響き。でも何となくはまってしまったのか,いつの間にか定着してしまい,津田沼町が「習志野市」になったときに,中心集落の「久々田」という地名を奪って「津田沼町」となりました。陸軍の町・習志野の玄関口としての「津田沼駅」(駅前商店街は二宮町→船橋市の領域なのだが),あるいは「津田沼の鉄道聯隊」の存在もあずかったのでしょうか。今や「久々田」という地名は地元でもあまり見られないようです。
なお,旧津田沼町の行政中心は 久々田(→津田沼) なわけですが(市役所はわずかに移転して現在は 鷺沼地籍),警察や郵便局,電話局など国・県レベルの施設は“陸軍城下町”で町内最繁華の集落であった 大久保 やその隣の 藤崎 にありました。ここが行政上の「習志野」の中心。確かに演習場である“原っぱ”は 二宮町(→船橋市) や 大和田町(→八千代市) の領域に広がっていて,だから「習志野」の地名を船橋市に持って行かれたのですが,習志野の行政中心はこちらなのだから,旧津田沼町が「習志野市」を名乗って悪いことは何もない,なんて強弁したりもできるのですね。

[73409] 2009 年 12 月 27 日 (日) 11:04:49 オーナー グリグリ
 監修=EMM(supervised by EMM)

ご報告が大変遅くなって申し訳ありません。EMMさんが[72901]でちらっと触れられていますし、岡山オフ会ではご紹介した件です。旅行のクチコミサイトフォートラベルのムック本編集部から、EMMさんの砂丘コレクションの情報提供依頼がありました。EMMさんに対応をお願いし、編集担当者と何回もやり取りしてもらった結果、カドカワムック 4travel vol3 の砂漠特集の記事になりました。具体的には「実はこんなにたくさんあった!? 日本の砂丘一覧」と題した1ページの記事となりました。日本地図に砂丘コレクションの情報がプロットされ、説明が周囲に一覧記載されています。タイトル下には、表題にあるように、
監修=EMM(「砂丘コレクション」 http://uub.jp/nam/sakyu.html)supervised by EMM
と記載されています。この本、アマゾンでも購入できますので興味のある方は以下からどうぞ。

カドカワムック Travel Community Magazine 4travel vol.3 (カドカワムック 319) (ムック)

なお、書籍への情報提供や自治体や大学などからの調査研究目的でのテータ利用許可依頼は時々あります。最近では以下のような許可依頼がありました。

■行政書士事務所 リーガルアシスト横浜(2009年9月18日)
「自分でつくる家系図」へのサイトリンク掲載(「地名の探し方」を説明する章に情報サイトとして紹介)。なお、この本は3000部限定とのことで一般書店やアマゾンでも入手は難しそうです(一部もらいました)。

■(独)森林総合研究所(2009年9月22日)
木造建築物に関する調査研究活動に必要な地価の高低(=人口密度の大小)の参考データとして、当サイトの人口密度ランキングの利用。

[73408] 2009 年 12 月 27 日 (日) 10:59:20 オーナー グリグリ
 北海道の支庁と振興局について

ずいぶん前の議論ですが、私の[72849]への発言に対してhmtさんから[72863]にて貴重なご意見をいただきました。大変遅くなりましたが、少し議論を続けてみます。

[72863] 2009 年 11 月 17 日 (火) 17:14:12 hmt さん
この発言は、「都道府県市区町村」サイト内における「振興局等の位置付け」、例えば北海道の プロフィール や 変遷情報 に、支庁から変った「石狩振興局」などを含めるべきであるか否か を問うものであると理解されます。
はい、その通りです。
では、行政単位でないことでは同列の北海道 14支庁を、なぜ「行政区画」であると考えるのか?
単純に言えば、北海道HP にあるように、行政単位である 北海道自身が 広大な管内を支庁という名の「14の地域に区画し」、支庁に権限を移譲して行政を行なっているからです。
当サイトの北海道の「支庁」をあたかも「行政区画」のように位置付けて集計単位として使っている理由は、まったくhmtさんの見解通りです。ただ、でるでるさんの[71480]にもありますように、大島支庁などの扱いとの区別において悩ましい状況であることは否めません。

今回の振興局への名称変更により、ますますその曖昧感が強くなるというのが私の懸念です。この際、すっきりと「支庁」という括りを廃止してもよいのではないかと考えた次第です。[72866]で、でるでるさんも述べていらっしゃいますが、私の考えも全く同じであり、これまでの北海道の「支庁」という区画情報については記録として確実に保持し、支庁から振興局への変更の変遷情報への記載方法については、皆さんのご意見を伺いながら整合性を高めて行きたいと考えています。

なお、「郡」については行政区画という視点からは北海道の支庁以上に存在意義が薄いのですが、
それほど無視された存在の「郡」。
郡の役目は既に終ったという印象を受けるのですが、二海郡(2005)と日高郡(2006)の新設がありました。
戸籍事務で使われ、それ故に正式の住所の一部となって郵便物の宛先として使われる。
これが、北海道の郡にとり 唯一?の出番 になっているのでしょうか。
ということもあり、住所表示として一般認知も高い「郡」は、統一されている区画情報としてまだまだ存在価値があると考えています。北海道の「郡」についても以前も議論しましたが、住所表示としては「支庁」よりも有意(優位)な存在であると認識していますが、いかがでしょうか。

[72873] 2009 年 11 月 18 日 (水) 19:55:39 hmt さん
天塩郡は現在でも留萌支庁と宗谷支庁との境界により分断されていますが、今回の変更で、雨竜郡も空知・上川の2つの総合振興局管内に分断されることになります。
区画としての支庁の扱いが難しいのは、支庁と郡に従属性がないことも一因だと考えています。
本州以南では郡に従って付与されている町村の全国地方公共団体コード。北海道では支庁に従って付与されるルールでした。
加えて、北海道の市に関しては、支庁区画にとらわれることなく他の都府県と同じく町村よりも若いコードが付与されています。これに従い、当サイトの市区町村プロフィールの北海道ページでは、コード順にすべての市を一覧したあと、町村を支庁区画にまとめて一覧表示しています。ところが、データベース検索の検索結果を「都道府県順」で並べると、市も含めて支庁区画ごとに並ぶため、北海道では市の表示がばらけてしまいます。例えば、このように。これは前から気になっていて直したいと思っています。

[73407] 2009 年 12 月 27 日 (日) 10:22:23 伊豆之国 さん
 市電

今月23日、環状運転を目指して工事が行われていた富山地方鉄道市内線(路面電車)の新線、西町−丸の内間が開業。昭和48年3月にこの区間に当たる部分が廃止されて以来、約37年ぶりの環状運転復活です。この区間は単線の一方通行になっているため、丸の内電停から荒町(戸籍上の分岐点・西町にはホームがないため‥鶴見線大川支線の武蔵白石と同様?)方向への、時計とは逆回りの一周運転で、ダイヤによると日中10分間隔となっているようです。→富山地鉄HP北陸の私鉄

一方、「引越しセンター」で有名な市では市長が交代し、構想があった市内「LRT」計画が白紙に戻されるようです。阪堺電車の存廃を含めた動向にも影響を与える恐れが出ています。先発の「ライトレール」も好調の富山とは明暗がくっきり‥。宇都宮は、どうなるのでしょうかねぇ‥>桜通り十文字さん。

[73405]ぺとぺとさん
「あいの里」の件、やっぱり予想通りNG、ということで了解いたしました。

[73406] 2009 年 12 月 27 日 (日) 09:04:18 千本桜 さん
 自治体の改称。DIDと都市地域。

[73387] Issie さん
生見尾村は,1921年に単独で町になりました。その際に改称して「鶴見町」。
やはり、同様の例は全国的にあるようですね。
鹿児島県では、明治22年に枕崎村など4村が合併して「東南方村」を名乗りましたが、大正12年に単独で町制に移る際に「枕崎町」に改称しています。
宮崎県では、明治22年に妻町など9村が合併して「下穂北村」を名乗りましたが、大正13年に単独で町制に移行して「下穂北町」になるやいなや、数ヶ月後には「妻町」に改称しています。
大分県では、明治22年に香々地村と見目村が合併して「岬村」を名乗りましたが、大正8年に単独で町制に移る際に「香々地町」に改称しています。
こうしてみると、新しい自治体名を名乗ってはみたものの馴染めず、むしろ藩政村名(ただし、都市機能を備えた町場集落のある藩政村)の方が通用しやすかったのではないかと思われます。宮城県でこのような例に当てはまるのは下記の町村です。
明治22年、長町村と郡山村が合併して茂ヶ崎村になる。大正4年、茂ヶ崎村は単独で町になり長町に改称。
明治22年、閖上浜など5村が合併して東多賀村になる。昭和3年、東多賀村は単独で町になり閖上町に改称。
明治22年、雄勝浜など12村が合併して十五浜村になる。昭和16年、十五浜村は単独で町になり雄勝町に改称。
明治22年、矢本村など3村が合併して鷹来村になる。昭和15年、鷹来村は単独で町になり矢本町に改称。
明治22年、志津川村など3村が合併して本吉村になる。明治28年、本吉村は単独で町になり志津川町に改称。
明治22年、柳津村と黄牛村が合併して麻崎村になる。明治39年、麻崎村は単独で町になり柳津町に改称。
明治22年、津谷村など3村が合併して御嶽村になる。昭和16年、御嶽村は単独で町になり津谷町に改称。
以上は町制に移行する際に改称したケースですが、下記の一件は、村制を継続するのに、それでも改称しています。
明治22年、根白石村など6村が合併して泉嶽村になる。明治30年、泉嶽村は根白石村に改称。

[73398] rigst さん
仙台ホテルで初めてフランス料理を食べた時の感激よりも、初めてDID人口を見たときの感激が何十倍も大きかった。わなわなと震える感じと言いましょうか。でも、仕方ないことですが、DIDをもって都市地域とするには矛盾もつきまといますね。たとえば、代表的な例をあげると登米市迫町佐沼。たぶん平成17年時点でもそうだと思うのですが、市役所や商業施設が立地する新市街はDIDの区域外。DID区域は都市施設が抜け出してしまった旧市街。時代にそぐわなくなって来ているのでしょうね。

[73405] 2009 年 12 月 26 日 (土) 23:29:48 ぺとぺと さん
 あいの里

[73404]伊豆之国さん
札幌市北区あいの里の由来に関する情報提供ありがとうございます。
私は、平成9年4月から平成13年3月まで札幌市に居住しておりましたが、その頃から「あいの里」の由来は気になっておりました。

確かに、あいの里の「あい」は昭和初期までこの地域で藍が盛んに栽培されていたことにちなむようですね。今でも、町内会名に「興産社」という名前が残っているようです。
ただ、「藍」という農産物そのものの名前だけに、企業由来町名コレクションへの採用は見送らせていただきたいと思います。

[73404] 2009 年 12 月 26 日 (土) 22:26:23 伊豆之国 さん
 愛ちゃんではなくて、藍ちゃんです。

まず、クイズに反応。

[73388]桜トンネルさん
A駅‥「時刻表上の市代表駅」からは一本で行けません‥
‥途中は「今市」自信がないのでパス。
J市‥みかんも獲れます。
K市‥初詣で上位の常連、名物は○○餅。
L市‥この市と都県境で接しているのは、ひょっとしてうちの市?

[73402]小松原ラガーさん
ご当地のメンバーの方がいらっしゃるようで、しかも近頃大繁盛しているというのでやりづらいです‥。ここは、1つだけ。
(3)−c)‥4市(その1つはうちのお隣さん)、ですか?
問題ではないですが、
市【3】は・・・っと、昔は港までの<国鉄>の支線があったのですが
この「港」駅には営業キロがなく、臨時駅扱いになっていました。
市【4】、ローマ字表記すると・・・女性雑誌?
以前、この市と同じ苗字のプロ野球の監督がいらっしゃいましたね。やはりユニフォームの背中を見ると、私も‥

ところで、桜トンネルさんのクイズには
「I」は無いのでしょうか(笑)?
[73389]おがちゃんさん)
というわけではないのですが、気になる地名の由来の話。
それは、札幌市北区「あいの里」。この「あい」を、私はずっと「愛」と「逢」を引っ掛けたもの、ぐらいにしか思っていなかったのですが、[73383]hmtさんの書き込みの中でリンクされていた資料によると、その7ページ目にこれに関する経緯が詳細に記されており、
現在の札幌市北区篠路町の「あいの里」は、興産社の藍を地名のゆかりとしている
と、地名の由来が書かれています。‥となると、「企業由来地名」の中の「製品・商品やブランドに由来する地名」に入る可能性が‥(でも「藍」は普通名詞なのでNGでしょうか?)
>ぺとぺとさん、とりあえず採否のご検討だけはお願いいたします。

[73403] 2009 年 12 月 26 日 (土) 21:30:50 k-ace さん
 長い駅名&小松原ラガーさんクイズ

こんばんは、k-aceです。

[73391]大龍エクスプレスさん
問題:jrの駅名で、一番総画数が多い駅はどこでしょう?
JRじゃなかったら
愛・地球博記念公園(愛知高速交通東部丘陵線)
陶磁資料館南(愛知高速交通東部丘陵線)
もいい線いってるんだけどなぁ。
でも[73401]播磨坂さんの長者ヶ浜潮騒はまなす公園前(100画)がそれ以上ですね。

JRだと、[73393]ニジェガロージェッツさんの須磨海浜公園、上越国際スキー場前(64画)より上が見つからない。

[73402]小松原ラガーさん
とりあえず一問だけ。
(2)根室市
5つ中3つがその島ですもんねぇ。

【4】の市ですが、その市出身の落書き帳メンバーがおられます。って最近もちらっと【4】の市は話題になったけど。それどころか小松原ラガーさん訪問の県はここでは最近よく話題に。
また【4】の市のローマ字表記を逆にして読むと、高速のカントリーサインが桜の花びらの市に居住の落書き帳メンバーにもなります。ってこれ(雑誌の件と落書き帳メンバーの件も)2年10ヵ月前に白桃さんが書かれていますが。なお、その高速のカントリーサインが桜の花びらの市は、市の木がサクラ(市の花はハナショウブのようです)で、あの御方も居住されています。そういや市名も…。

[73402] 2009 年 12 月 26 日 (土) 19:11:43 小松原ラガー さん
 今シーズン初めて冠雪を見たのは信州でも東北・北海道でもなかった。

小松原ラガーです。

もたもたしているうちに桜トンネルさんがクイズ形式の問題/紀行文を先に書き込んじゃったので、似たようなクイズ形式の問題が続くとどうかとも思いましたが、ま、目をつむってください。但し、記事は目をつむらないでしっかり読んでください。^^;

カンパ、いや寒波もややおさまったようですが、先日、またまたフラッと出かけてきました。(カンパならどんどんやってきてほしいものですが・・・)

【問題文】

車での移動だったのですが、自宅を出てしばらくして、ある有料道路に入りました。そういえば、この道路をこの方面に走るのは久しぶりだなぁ・・・。

ETCであの特有の「料金は○○円です。」という音声案内を何回か聞き、辿り着いたのはとある県の県庁所在地の市【1】。午前中には出発していたのですが、もっと時間がかかると思っていたら、ちょうどお昼ご飯時。しめしめ、この市【1】(というかこの県)にはご当地ラーメンなるものがあって、全国的にそこそこ有名なお店が街中にある。「よっしゃ。ちょっと寄ってみるか。」といそいそと行っていました。途中にはロープウェイの乗り場なんかも見えましたが、見過ごしてすぐにお店に到着。
流石に全国的に有名になったお店という感じで、街中にもかかわらずそこそこの台数分の駐車場がありました。ただ、お店の作り自体は高級というよりはどこにでもあるような構え。中に入って券売機でチケットを買う仕組みになっていました。出てきたラーメンを食しましたが、やはり「うまい!」スープと麺と肉と生玉子のコンビネーションは流石ご当地ラーメン、かつ、その中でもかなり有名なお店だけのことはありました。(あれ?でも、この店の駐車場にあった看板やのぼりは全て「中華そば」だった。)ただ、個人的には肉が少し硬かったかも。えっ?なんでチャーシューじゃないのって?いやいや、それがご当地ラーメンなのですよ。

さて、当初より早めについた関係で、予定していなかったのですが、この市の中心街の背後にそびえる山【イ】に登ることにしました。あれ?この山【イ】、映画のタイトルにも・・・。先ほど触れた、ロープウェイでも上れますが、車で登ることに。そういえば、この山【イ】、登るのは3機会(4回)目なのですが、いずれも車で登っていますね。4回のうち3回が乗車していたのが運転手の私一人と言うのが情けない・・・。山【イ】に車で登ろうと思えば、市街地というか中心駅からまっすぐには登ることができず、市街地の北西側か南側から登ることになります。(南側の方が「○○パークウェイ」とか名前が付いていて有名なようですが。)今回は(というか今回も)北西側から登ったのですが、そうなると、登り口に行くまでの途中に大学病院(医学部)や野球のグランドなどが見え、その辺りの交差点を左折して、いざ山道へ。南側ルートに比べて道幅も狭く、落ち葉だらけで、ところどころガードレールもなく、
「夜にきたら一歩間違えば谷底やんね。」なんて思いながら、しばらくして頂上の駐車場に到着。頂上の展望台は風が強くて寒かったのですが、風が強かった分、景色はバッチリ。市街地から港のほう(この市でも埋め立てによる港の整備が行われてます。)や、その先の対岸の陸地までうっすらと見えるし。それよりも、ここからはこの市【1】に隣接していない同じ県のある市【2】からかかる大きな橋も見えました。あらま、よく考えると大きな橋だけあって、橋の名前にも「大」と「橋」が付いているではありませんか。(「小」と「橋」のパターンもあるのですが、こちらは流石に今回の展望台からは見えず。)市街地の景色としては、この県庁所在地を流れる大きな川も当然見えました。「大きな川」ですが、通称では人の名前のように呼ぶ場合もありますね。三男坊かな?一方、振り返って、反対側の景色を見ると、おやおや、あらまぁの世界。遠く続く山々の頂に、ほんのわずかですが雪が残っているではありませんか?こんなところで冠雪、しかも今年初めての冠雪を見るなんて。と、思ったら私がいた展望エリアの建物の影で2〜3日前に降ったであろう雪が、溶けずに氷となって残っていました。う〜〜寒ぅ。

さて、展望台からは、今度は南側ルートを使って降りてまいりました。街中まで降りてくると、すぐに県立高校がありました。この県というか、この県庁所在地の市【1】にはどうやら「城+方角」の名称の高校が東西南北揃っているようで、山の上の展望台から降りてきたところの近くには「城南」高校がありました。別に、この高校が目的地であったわけではなく、車は一路南へ。途中から国道に入りましたが・・・。あれ?ちょっと面白いぞ。私が有料道路を下りたところからはしばらく国道を走っていましたが、その国道の番号【A】と、ラーメンと山頂展望で寄り道してから再び南下のために使った国道【B】、

(後の国道の番号【B】)/(先の国道の番号【A】)= (ある整数)

となります。すなわちあとの国道の番号【B】が先の国道の番号【A】で割り切れる、言い換えれば、後の国道の番号【B】は先の国道の番号【A】の倍数ということになります。また、これとは別に、この2つの国道にはもう一つ共通項があります。番号【A】、番号【B】ともにこういう数字はある特殊な呼び方をすることができ、恐らく日本の国道としてはあと3つお仲間がいることになります。

ま、それはよしとして、車はほどなく県庁所在地の隣の市【3】へ。国道を外れて市の中心街の方向へと進んでいったのですが、この市【3】は・・・っと、昔は港までの<国鉄>の支線があったのですが、今は・・・。ということで、この市【3】の中心街は市名に「南」が付く駅の周辺でしょうか?今回、この「南」が付く駅の近くの高校、その高校の名前はこの市【3】の名前を冠しているのですが、の周りをぐるりと車で一周したのですが、地図でもどうか?という細い道が高校の外周にあり、一部の道路が車一台すれすれの細い道で、案の定車の左前と右後ろをガリガリとこすってしまいました。グスン。。。

で、この市【3】も車から降りずにさらに南下。隣の市【4】へと歩みを進めました。先ほどの国道【B】から外れたはずだったのに、かつ、車は直進というか、道なりに歩みを進めていたのに、いつの間にか国道【B】に戻っていました。隣の市【4】は、県庁所在地の市【1】は別としても県内ではこの地方で大きなウェイトを占める市ではないでしょうか?ここ数年の間に市【3】との間にあった自治体とも合併し、ますます市域が大きくなっています。まぁ、市【4】は名前が名前というか、名前に旧国名の一部が使われているし、県内でこの地方を特定する場合はやはり「○○地方」(○○の部分には市【4】の市名が入ります。)というのかな?でも少し笑えるのが、この市【4】、ローマ字表記すると・・・女性雑誌?さて、この市【4】は過去から振り返ってみると、いくつかの町村が合併/編入を繰り返し、今の姿になったのかと思いますが、確かに市街地らしきものが点在しています。(市街地が点在というのは妙な表現ですが・・・)あれ?この市【4】の中心的な市街地、仮に「○○地区」とすると、○○市というものが県外に存在しますね。

さて、目的地はこの市のある施設【ロ】。市街地をうろうろした後、施設【ロ】に到着。施設【ロ】に入るには最低360円かかりますが、私は630円+80円払ってかれこれ1時間程度いました。この手の施設としては、大したことないというか、これといった特徴もなく、地元の方々が利用するようなところでしたが、私としては、まぁスッキリしました。すぐ隣にホテルがあり、ホテルの宿泊プランとしてこの施設【ロ】がセットになったものもあるようです。さて、スッキリしたところで、外もだんだん日が西に傾きだしました。

ということで、帰路に付いたのですが、帰路も概ね往路と同じ。違ったのはラーメン屋と山【イ】に寄り道しなかっただけ。ということで、国道【B】と国道【A】との接続点も通過しました。ちょっと夕方の渋滞に巻き込まれましたが・・・。そうそう、往路に寄り道した県庁所在地の山【イ】ですが、帰りは山に登る道や山頂のテレビ塔【ハ】の灯りが大変きれいでした。(私の心の中では地元の六甲山よりも美しくて切ないです。)もちろん、有料道路にかかる橋のライトアップもこれまたきれいでしたが。

【問題】
(1)問題文中にある市【1】〜【4】について、
  a)人口の多い順に並べよ。(解答例:【1】>【2】>【3】>【4】)
  b)面積の多い順に並べよ。(同上)
  c)これらの4つの市より面積の大きい市がこの県にあるか?ある場合にはその数を挙げよ。

(2)問題文中にある国道【A】、【B】について、
   文中のもう一つの共通項に該当するあと3つの国道について、いずれか一つの起点、もしくは終点の市を挙げよ。
   尚、回答はできるだけ他の人の回答を避けることが好ましいが、既にSoldOutの場合は同じ回答を答えても良しとする。

(3)問題文中にある山【イ】、施設【ロ】、テレビ塔【ハ】について、
  a)山【イ】の頂上にあるテレビ塔【ハ】は二つあり、一つはNHKのテレビ塔。
    ではもう一つは?その放送局の問題文中の県庁所在地の市【1】でのテレビのチャンネル番号を述べよ。
  b)映画にもなったこの山【イ】、その映画の監督はだれか?名前を挙げよ。
  c)施設【ロ】の名称には漢字で旧国名が含まれるが、その旧国名を含む市はいくつあるか挙げよ。

以上、何回作ってもへたくそな紀行文並びにへたくそな設問で申し訳ありませんが、興味のある方はお楽しみください。

[73401] 2009 年 12 月 26 日 (土) 18:01:29 播磨坂 さん
 長い駅名

[73391]大龍エクスプレス さん
問題:jrの駅名で、一番総画数が多い駅はどこでしょう?

私鉄なら物凄いのがけっこうありますよね。

長者ヶ浜潮騒はまなす公園前駅(鹿島臨海鉄道大洗鹿島線)
阿蘇下田城ふれあい温泉駅(南阿蘇鉄道高森線)
南阿蘇水の生まれる里白水高原駅(同)

何画なんだろ?数える気もしません(笑)

[73400] 2009 年 12 月 26 日 (土) 15:40:04【1】 ヌオ さん
 三河塩津

[73391]大龍エクスプレスさん
問題:jrの駅名で、一番総画数が多い駅はどこでしょう?

東海道本線の、蒲郡の次の駅はたしか・・・
蒲郡競艇場前(77画)!!!

違うか・・・

JRだと意外に少ないですね。


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