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落書き帳


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[77099] 2010 年 12 月 25 日 (土) 07:33:48 オーナー グリグリ
 60年ぶりの再編入

[77079] 2010 年 12 月 21 日 (火) 19:37:21 山野 さん
[77080] 2010 年 12 月 21 日 (火) 22:59:22 BANDALGOM さん

いつも情報をありがとうございます。山野さん、お体は如何でしょうか。お気遣いください。
川口市と鳩ヶ谷市の合併に関する2件の情報を追加しました。これで合併は確定しましたね。来年の10月11日、鳩ヶ谷市が60年ぶりに川口市に復帰(編入)します。参考までに過去の経緯です(市の変遷・埼玉県より)。

対象市変更年月日変更種別変更対象自治体名/変更内容
川口市1933.4.1新設/市制北足立郡 川口町, 横曾根村, 青木村, 南平柳村
川口市1940.4.1編入川口市, 北足立郡 鳩ヶ谷町, 新郷村, 神根村, 芝村
鳩ヶ谷町1950.11.1分立川口市の一部
鳩ヶ谷市1967.3.1市制北足立郡 鳩ヶ谷町
川口市2011.10.11編入川口市, 鳩ヶ谷市(予定)

[77098] 2010 年 12 月 24 日 (金) 21:19:03【1】 白桃 さん
 2010年国勢調査速報

夜、金曜日の夜、揖保の夜、舞浜駅での降車数は、通常の10倍ぐらいでした。
私はというと、シャンペンとかワインを飲むでもなし、妻と二人でささやかに食事を済ませて淋しいイヴの夜でした。
でも、二人で六合(村)呑んだから、「ささやか」では無かったかもしれません。
ところで、私の知る限り今日までに、青森、山形、山梨、鳥取、島根、香川、高知の先進県?7県で国勢調査人口が発表(もちろん、速報)されております。
あくまでも、「速報」ですので、「確定」ではありませんが、3万3千人台の市の人口が大幅に狂うとは思いません。
注目都市の速報人口については、明日?乞う、ご期待!?

[77097] 2010 年 12 月 24 日 (金) 11:39:58 般若堂そんぴん さん
 米沢と置賜

[77092] YTさん

慶応2年でいきなり人口1万5000人分人口が増えていますが、これは屋代郷3万石が加増されたからで、維新後は再び置賜郡オンリーの、表高14万7248石、内高28万4748石、現高6万3269石、総人口12万9753人に減らされます。
「屋代郷」は現在の東置賜郡高畠町の一部ですね.上杉領になったり天領になったり,しばしば所属が変わったところです.慶応2年以前の変遷は引用された表には反映されていないように見えますね.

直江兼続は家臣を帰農させることなくすべて奉公人として雇い続けたというのが美談とされていますが、米沢藩の歴史をひも解くと、むしろこのことが江戸時代を通じて米沢藩の人口停滞の原因となる重荷になったように思えます。
実際には下級武士の中には原方衆として半士半農となった人たちも多いようですね.ウコギの生け垣が見事な芳泉町の「武家屋敷」もそうした集落の一つです.
いずれにしても,置賜在来の農民にとっては重い負担だったでしょうね.

置賜地方の言葉をみると,伊達氏以前からの「本来の」置賜言葉と,上杉氏によってもたらされた越後由来の言葉が区別されるように思います(上村良作氏著「米沢方言辞典」(桜楓社,1977)ではそのような考察はなされていませんが).それぞれの言葉の話し手の間には,様々な交流とともに何らかの断絶もあったのではないか,と想像します.
しばらく前の市の広報に,米沢言葉ではない置賜言葉で書かれた大見出しがあり強い違和感を覚えたのですが,昭和の大合併で加わった新市域の方々からみれば,おそらくそちらこそが正当な置賜語なのですね.

[77096] 2010 年 12 月 23 日 (木) 21:54:58 星野彼方 さん
 自転車で淡路島に行ってきました

先週末は18切符であちこちに行っていてパソコンを立ち上げていなかったら練習問題に参加し損ねてしまった。とりあえず皆さん、書き込む前に「更新」ですよ。

それはともかく、k-aceさんの記事[76748]で明石〜岩屋間のジェノバラインは自転車で利用できるということだったので本日行ってきました。自転車でジェノバラインの明石港に行き、まず料金表を確認。自転車200円なり(大人一人450円)。よし。でも、誰もいないぞ、どうしたことだ、と思ったら、窓の外でまさに船が出発していた。がーん。このとき11時02分。出港は11時ちょうど。ダイヤくらい確認してから来いよ、まったく。次は11時40分。昼飯は道の駅あわじだな。それはともかく、仕方がないのでたこフェリー乗り場跡へ向かう。乗り場にあった土産屋兼食堂が営業していた。ごめんよ、俺は客じゃないんだ。たこフェリーグッズ、まだ売ってたけど、今回は購入せず。でも、とても来年3月に復活するようには見えなかった。少なくとも新しい船のめどくらいないともう間に合わないと思うんだけど、そんな話聞かないし。

たこの話はともかく、今回はジェノバラインの高速船。さて、自転車はどこに乗せるのかな、と思っていたら、一般客と別の乗船口に誘導されて船尾のオープンデッキ(?)へ。ひもで柱にくくりつけて、私は通常の客室へ。ま、こんなもんか。淡路島では、道の駅で昼食後、震災記念館まで行くつもりだったのだが、島の西側に出たとたん強烈な向かい風で、結局「緑の道しるべ大川公園」というところであきらめて引き返した。帰りはめちゃくちゃ楽だった。逆だったら危なかったかも。

なにはともあれ、往復1300円で疲れただけだった。明石港からの帰りがまた向かい風だったし。でも、もう一回くらいやってもいいかも。

[77095] 2010 年 12 月 23 日 (木) 21:22:15【1】 YT さん
 文禄2年旧暦11月27日(1594年1月18日)の蒲生氏郷領の人口

[76316][76317][76318]でまとめた明治初年の府藩県別族籍別人口は、『統計集誌』という雑誌から持ってきたものです。この雑誌のバックナンバーを読んだところ、非常に興味深い統計を見つけました。それは1883年の16号の73-75頁に掲載された『文禄二年十一月蒲生領人別調』です。文禄2年は大体西暦1593年に当たりますが、文禄2年旧暦11月27日はグレゴリオ暦で1594年1月18日に相当します。投稿者の名前は「蒲生俊」とあります。表は以下の通りです。

郡名士(男)農(男)工(男)商(男)浪人(男)身上不慥(男)穢多(男)合計(男)士(女)農(女)工(女)商(女)浪人(女)身上不慥(女)穢多(女)合計(女)合計(男女)
刈田2208,3241312577189,4071878,0351511016258,97318,380
伊達1,60824,7583030491,1002727,8361,42124,939282959502527,65855,494
信夫72815,52911235101,21117,72469215,6581622921,03117,62835,352
安積507,355797621457,734427,236562320877,56315,297
安達1,92520,455303621818222,9721,90819,53833337113921,95644,928
岩瀬2808,2192352142659,2852558,10813232328,91918,204
会津33,12824,256882,0275831359,87033,07224,542511,96826305459,968119,838
耶麻1,97215,7181719150018,2271,72515,235122042917,42135,648
河沼2188,89852521159,2632018,924823299,18518,448
大沼3857,68271232088,2972927,2545181927,76116,058
田村1,29218,350920930119,9811,12818,4411123222319,82839,809
糠部19,11811,680616722871832,27716,00814,80872669562732,18964,466
江刺5159,027219785187810,2644928,95715824376910,05220,316
胆沢57210,905201621162112,29148210,95419168269212,31724,608
磐井1,78225,82037219181,93229,8081,71825,2783222561,62528,88458,692
閉伊1,42020,67020176752522,8181,20820,5851914361822,57345,391
九戸58010,40511200954811,75340110,37715197229711,28923,042
置賜20,52813,548799783061835,78119,52914,48968962770035,75571,536
鹿角1802,6901792102823,2711672,46012862532,9786,249
越後小河ノ庄2,58225,928921,928426182531,2152,31826,471971,89755122831,32862,543
総計89,083290,2175778,10228711,668140400,07483,246292,2895347,8376210,124133394,225794,299

本表の解説は以下の通りです。漢字はフォントの都合もあり、大部分新字体に替えています。
本表中糠部郡トアルハ今ノ三戸郡ナリ又越後小河ノ庄ハ何レノ郡中ニアルヲ知ルヲ得ズ又石川郡ハ遺書ナキヲ以テ之ヲ欠ク
     備考
右調ハ今ヲ距ルコト殆ンド三百余年前即チ文禄二年十一月二十七日我十一世ノ祖氏郷カ其封土(百二十七万八千五百石)ニ施行シタルモノニシテ今日ヨリ見ルトキハ甚ダ疑フヘキモノ多シ然リト雖今存スル所ノ遺書ニ拠リ其ノ施行シタル目的ノ原理ヲ抜粋シテ此調ノ確実ナルヲ証ス
此人員調ノ起原ハ文禄元年征韓ノトキ氏郷其将タランコトヲ羽柴氏ニ請ヒシニ許サズ故ニ自ヲ奮テ征ント欲シ兵ヲ徴集スルニ方リテ遍ク我領内ノ民ヲ調査セシトキ左ノ条目ヲ布キタリ
     領内人員取調ノ条々
一文禄二年十一月二十七日領内ニ罷在実住人之事
一領内之住人者十一月二十六日限遠旅差止候事
一万一此条々相反候者ハ可処厳罰之候事
 文禄二年三月十一日
右調査ニ費シタル米金ハ左ノ如シ
 紙筆炭         千二百五十八判
 炭薪          八十二判
 品物買揚        百○二判
 賞典          五百○六判
 小買物         十八判
 賞米          百八十五石
 救助扶持米       二千三百六十二石八斗三合
  但シ救助扶持米ハ遠旅ヲ差止メタルカ為メ生活シ能ハザルモノハ文禄二年九月二日ヨリ翌年六月マデ与ヘタルモノナリ
実ニ今日ヨリ之ヲ見ル片ハ斯クカ夥多ノ米金ヲ費ヤシ漸ク盛ンニ軍備ヲナシタルノ事石田氏ノ耳孕ニ達シ遂ニ羽柴氏ニ讒スルニ至ル嗚呼憂国愛君ノ真情ヨリ発シタルヲ知ラズ雌雄ヲ干戈ニ訴フル能ハズシテ之ヲ毒殺スルニ至リ終ニ其大志ヲシテ達セシムコト能ハズ空シク一朝ノ露ト化セシメシハ予ガ今日ニ至ルマデ慨歎スル所ナリ諸君幸ニ予心ヲ諒シテ電覧ノ労ヲ惜ム勿レ
 但表中士ノ男百二十人、農ノ男七千人、身分不慥ノ男二十五人ハ僧。士ノ女十九人、農ノ女十八人、身分不慥ノ女二十人は尼。又士ノ男四万六千二百二十八人ハ家主(原字ノ儘又其内八千三百五十九人ハ諸士ノ卒ナリ)。一万七千百五十九人ハ十五歳以上ニシテ兵役ニ服スルニ足ルモノ。百九十一人ハ十五才異常ニシテ兵役ニ服ス能ハザルモノ(原書ハ御用相勤兼候者トアリ)。五百二十六人ハ七十歳以上ノモノニシテ隠居料ヲ受クルモノ、農工商等ハ遺書ナキニヨリ知ルヲ得ズ

子孫の嘆きが正統なものかどうかはさて置いて、蒲生氏郷の所領では127万8500石の所領に対して79万4299人が暮らしていたことになり、1石0.62人に相当します。92万石として計算すると1石0.86人となり、1600年頃としては1石で養える人口がかなり多めとなります。[72094]でまとめた、1600年の人口を1200万人とする鬼頭・速水説に従うと、陸奥73万4400人、出羽33万8500人なので、蒲生領79万4299人は推定値よりも明らかに多いことになります。もっとも鬼頭・速水説は、1750年の幕府掌握人口×1.2÷3で計算されたもので、1600年の人口を1750年の人口の半分とする1500万人説を用いると、陸奥110万1700人、出羽50万7800人となります。それでも蒲生領は東北の総人口の半分近くということになり、やはりこの数字が正しいかどうか疑問が残ります。「士農工商」という身分区分も安土桃山時代にどの程度採用されていたかどうか怪しいです。何よりも原史料が現在どこの所蔵となっているのかが分かりません。蒲生氏郷11世子孫の蒲生俊がいかなる人物かにも興味がありますが、現時点ではよくわかりません。

まあとりあえず、この情報が正しいとするなら、江戸時代を通じて東北地方の人口は3倍どころか、2倍増もぎりぎりだったということが言えます。

【旧暦→新暦の年月日修正】

[77094] 2010 年 12 月 23 日 (木) 21:15:59 オーナー グリグリ
 3県境探訪ルート図

[77068]で紹介した「3県境探訪ルート図」を更新し、一行の歩いたルートを、メインルートと一部の人が歩いた追加ルートとに分けて示すようにしました。また、ルート図上の9枚の写真に加え、28枚の写真を追加し、ルート図から拡大表示できるようにしました。どうぞご覧ください。

[77093] 2010 年 12 月 23 日 (木) 19:21:14 千本桜 さん
 引綱から唐琴へ、平から金ヶ瀬へ

[76203] hiroroじゃけぇ さん
落ち着いて書き込みする時間がとれず、ご返事が遅くなって申し訳ありませんでした。
唐琴は明治22年まで存在した引網村のことではないかと推察します。もし、地理範囲に変わりがないなら、今も引綱と呼ばれて良いはずなのに、どうして唐琴に改称したのでしょうか。
という私の問い掛けに
人口が集中する「唐琴」を採用したのではと推測しています。
との回答を頂きましてありがとうございました。私も人口や居住空間(集落)が少なからず作用しているだろうと感じています。そこで、私なりに藩政期の引綱村が現在の倉敷市児島唐琴町に変化する過程を追ってみました。
明治22年、引綱村と田ノ口村が合併して町村制下の田ノ口村が発足。引綱村の区域は田ノ口村大字引綱となる。
明治40年、田ノ口村と鴻村が合併して琴浦村が発足。田ノ口村大字引綱の区域は琴浦村大字引綱となる。
大正4年、琴浦村が町制施行。琴浦村大字引綱の区域は琴浦町大字引綱となる。
昭和31年、琴浦町と児島市が合併して(新)児島市が発足。琴浦町大字引綱の区域は児島市唐琴町となる。
昭和42年、児島市と倉敷市、玉島市が合併して(新)倉敷市が発足。児島市唐琴町の区域は倉敷市児島唐琴町となる。
昭和46年、倉敷市児島唐琴町に住居表示が実施されて倉敷市児島唐琴1〜4丁目となる。住居表示が未実施の区域は倉敷市児島唐琴町のまま残留。
昭和31年に大字引網を唐琴町に改称したようですね。ここまでは調べることができたのですが、なぜ引綱ではダメだったのかについては分からずじまいです。実は、宮城県でも昭和31年に大字平(藩政期の平村)が金ヶ瀬という地名に改められています。あまり参考にならないかとは思いますが、平が金ヶ瀬に変化して行く経緯を紹介します。
【第1段階】
寛永14年(1637)、6月23日朝より大雨。24日雨止まず。25日雨止まず。26日洪水。この洪水で刈田郡宮村(現・蔵王町)の金ヶ瀬宿は流出して河原と化した。同じ場所での再建は方策がたたず、領主の片倉重長は伊達藩主に請願して柴田郡平村(現・大河原町)の畑地を拝領し、そこに屋敷割りを実施して、侍1、町足軽27、百姓修験1、百姓16、計45軒を移転させることにしました。
【第2段階】
寛永19年(1642)、金ヶ瀬宿が平村の南西部に移転して宿駅業務を再開する。この時に形成された町並みは、後に増設される金ヶ瀬新町に対して金ヶ瀬本町と呼ばれます。
【第3段階】
享保6年(1721)、金ヶ瀬宿の貨客増加に伴い、平村の村落部に住む農民90軒を強制移住させて金ヶ瀬宿を拡張する。この時に増設された町並みは金ヶ瀬新町と呼ばれます。金ヶ瀬本町と金ヶ瀬新町は途切れのない一連の町並みになっていて、安永風土記には、本町 長サ三丁拾弍間 家数四十五軒。新町 長サ八丁 家数九十三軒と書いてあります。この時点で平村の村落部に住む住民と金ヶ瀬町場に住む住民の比率が完全逆転しましたから、平とは金ヶ瀬のことという感覚が生まれ始めてもおかしくないと思います。対外的な知名度は、地籍上の村名「平」よりも町場名「金ヶ瀬」の方が勝ってしまったのではないかと想像します。
【第4段階】
明治22年(1889)、平村、堤村新寺村が合併。平村の町場名をもって金ヶ瀬村になりました。旧3村は、平村が金ヶ瀬村大字平、堤村が金ヶ瀬村大字堤、新寺村が金ヶ瀬村大字新寺となりました。
【第5段階】
昭和31年(1956)、金ヶ瀬村は大河原町に合併。村内の旧3大字は、大字平が大河原町金ヶ瀬、大字堤が大河原町堤、大字新寺が大河原町新寺となりました。この段階で大字平(藩政期の平村)は金ヶ瀬という名に置き換えられて消滅しました。
こうしてみると、平は金ヶ瀬に庇を貸して母屋を取られた格好ですが、私としてはあまり抵抗感がないんですよね。リアルタイムのできごとではなく、昔のできごとだからというのも少しはあります。しかし、何よりも大きいのは、へんちくりんな大字のエリア変更がなかったこと。過去の歴史が見えなくなるような大字の領域変更がなかったこと。天保郷帳や安永風土記などの古い書物に書かれている「平村」をそっくりそのまま「金ヶ瀬」に置き換えれば意味が通じる状態に保たれたこと。それが一番の理由です。大字の変更で私が一番恐れるのは、無感心なるが故に安易な領域変更に走る行政による歴史破壊です。これがリアルタイムで目の前で行われたなら、たまったもんじゃありません。

[77092] 2010 年 12 月 23 日 (木) 18:24:49 YT さん
 米沢藩の人口

[77088] oki さん

「天保郷帳」にしろ「旧高旧領取調帳」にしろ、名称や石高が実態とずれている場合は少なくありません。特に天保郷帳は諸藩が幕府に提出した資料がもとになっており、外様大藩の場合は幕府向けと藩内用との二重帳簿を作成している事例がよくあります。

『天保郷帳』記載の内高21万6161石2斗2升0合2勺4才(天保5年(1834年)現在)から『旧高旧領取調帳』記載の内高33万6645石5斗7升2合9勺4才(一応、明治元年(1868年)現在)へ、わずか34年間の間に内高が12万石、56%増加したということ自体、幕府へ報告した内高と、藩内で把握していた内高の間にかなりの差があることを示しているといえるでしょう。

ただ、米沢藩に関しては人口についても異常な点があります。米沢図書館所蔵の『秘庫文書 八』に、米沢藩時代の人別の集計が元禄5年(1692年)〜慶応3年(1867年)までの176年間分が途切れることなく伝わっています。これだけ長期間の間の人口変遷が残っているのは、他には例がありません。高知土佐藩の場合、天和元年(1681年)から寛政10年(1798年)までの118年分が『土佐史料』の「楠目氏覚書」に記載されていましが、原史料は二次大戦の空襲で焼失してしまっています。南部盛岡藩もかなりの記録が残っていますが、途中から数字に手心が加わり、飢饉による人口減少を隠蔽したと考えられています(詳しい解説は速水融「近世日本の人口構造と変動」日本学士院紀要, 2007年, 62巻(3号), 285-309頁参照)。

『秘庫文書』記載の米沢藩の人口変遷については、吉田義信『置賜郡民衆生活史』(1973年)から引用しますと、以下の通りです。

元号西暦総人口元号西暦総人口元号西暦総人口元号西暦総人口
元禄5年1692年133,259元文元年1736年114,307安永9年1780年103,628文政7年1824年110,183
元禄6年1693年132,199元文2年1737年113,983天明元年1781年103,789文政8年1825年110,341
元禄7年1694年131,966元文3年1738年113,314天明2年1782年103,569文政9年1826年110,859
元禄8年1695年132,187元文4年1739年112,315天明3年1783年103,991文政10年1827年111,710
元禄9年1696年131,973元文5年1740年112,378天明4年1784年103,281文政11年1828年112,854
元禄10年1697年130,568寛保元年1741年111,578天明5年1785年100,946文政12年1829年113,619
元禄11年1698年130,102寛保2年1742年111,458天明6年1786年100,381天保元年1830年113,860
元禄12年1699年129,734寛保3年1743年111,283天明7年1787年99,985天保2年1831年113,651
元禄13年1700年128,696延享元年1744年111,118天明8年1788年99,508天保3年1832年114,373
元禄14年1701年128,407延享2年1745年110,178寛政元年1789年99,123天保4年1833年114,999
元禄15年1702年128,031延享3年1746年110,064寛政2年1790年99,296天保5年1834年115,300
元禄16年1703年127,062延享4年1747年110,232寛政3年1791年99,119天保6年1835年114,109
宝永元年1704年126,513寛延元年1748年109,882寛政4年1792年99,085天保7年1836年115,085
宝永2年1705年125,954寛延2年1749年108,885寛政5年1793年99,785天保8年1837年114,983
宝永3年1706年124,893寛延3年1750年108,859寛政6年1794年101,124天保9年1838年113,404
宝永4年1707年124,540宝暦元年1751年108,623寛政7年1795年102,236天保10年1839年113,113
宝永5年1708年123,852宝暦2年1752年108,858寛政8年1796年101,507天保11年1840年112,968
宝永6年1709年123,403宝暦3年1753年109,068寛政9年1797年103,721天保12年1841年113,973
宝永7年1710年122,245宝暦4年1754年107,996寛政10年1798年104,395天保13年1842年114,974
正徳元年1711年122,385宝暦5年1755年107,317寛政11年1799年105,047天保14年1843年115,010
正徳2年1712年122,110宝暦6年1756年106,390寛政12年1800年106,213弘化元年1844年115,695
正徳3年1713年120,705宝暦7年1757年102,628享和元年1801年107,110弘化2年1845年116,598
正徳4年1714年120,711宝暦8年1758年100,900享和2年1802年106,965弘化3年1846年117,689
正徳5年1715年121,194宝暦9年1759年100,007享和3年1803年106,121弘化4年1847年118,799
享保元年1716年120,606宝暦10年1760年99,369文化元年1804年105,888嘉永元年1848年119,995
享保2年1717年120,650宝暦11年1761年99,552文化2年1805年106,760嘉永2年1849年119,804
享保3年1718年120,609宝暦12年1762年100,024文化3年1806年107,547嘉永3年1850年120,638
享保4年1719年120,099宝暦13年1763年100,560文化4年1807年107,192嘉永4年1851年121,856
享保5年1720年118,615明和元年1764年101,489文化5年1808年107,052嘉永5年1852年122,361
享保6年1721年118,537明和2年1765年101,845文化6年1809年107,453嘉永6年1853年123,355
享保7年1722年118,209明和3年1766年102,434文化7年1810年108,313安政元年1854年124,128
享保8年1723年117,881明和4年1767年102,485文化8年1811年108,949安政2年1855年124,709
享保9年1724年117,134明和5年1768年102,020文化9年1812年108,998安政3年1856年125,130
享保10年1725年116,702明和6年1769年102,434文化10年1813年108,985安政4年1857年125,685
享保11年1726年115,660明和7年1770年102,905文化11年1814年109,126安政5年1858年126,207
享保12年1727年115,096明和8年1771年103,818文化12年1815年109,773安政6年1859年127,080
享保13年1728年115,015安永元年1772年104,042文化13年1816年100,511万延元年1860年127,860
享保14年1729年114,207安永2年1773年103,961文化14年1817年110,947文久元年1861年128,313
享保15年1730年114,429安永3年1774年103,901文政元年1818年111,107文久2年1862年129,003
享保16年1731年114,051安永4年1775年104,154文政2年1819年110,998文久3年1863年127,773
享保17年1732年113,711安永5年1776年104,498文政3年1820年109,602元治元年1864年127,588
享保18年1733年113,975安永6年1777年103,625文政4年1821年109,603慶応元年1865年128,103
享保19年1734年113,772安永7年1778年103,702文政5年1822年109,557慶応2年1866年143,126
享保20年1735年113,762安永8年1779年103,605文政6年1823年109,726慶応3年1867年144,153

慶応2年でいきなり人口1万5000人分人口が増えていますが、これは屋代郷3万石が加増されたからで、維新後は再び置賜郡オンリーの、表高14万7248石、内高28万4748石、現高6万3269石、総人口12万9753人に減らされます。

ここで特徴的なのは、石高と人口の比です。28万〜30万石もの内高がありながら、13万人の人口しか養えていないのです。速水融氏は1人1石という定説を覆し、1石0.28〜0.55人に修正しておりますが、これも江戸時代初期の小倉藩の話で、明治維新当時の人口/内高比は平均1石0.96人です。東京府、大坂府のような都市、その他小藩でみられる異常に高い人口/内高比を除けば、広島藩の1石1.89人が目に着きますが、おそらく広島藩では実際の石高と内高の解離が激しかったのでしょう。

これに対し米沢藩は1人0.45石であり、一部の小藩を除けばほぼ全国最低レベルです。この原因として考えられるのが、異常な武家人口です。幾つか米沢藩の身分別人口をピックアップすると:

元号西暦総人口諸奉公人又者共ニ御城下町人弐百弐拾六ヶ村出家修験座頭武家の割合(%)
元禄5年1692年133,25931,17312,12988,52585037520723.39
元禄14年1701年128,40729,96011,48185,47093537818323.33
安永5年1776年121,73024,06116,09980,4886353499819.77
天保11年1840年112,96825,6086,66779,8464993014722.67
弘化3年1846年117,68926,9646,77383,0835083154622.91
文久2年1862年129,00332,0366,94389,1285173235624.83

直江兼続は家臣を帰農させることなくすべて奉公人として雇い続けたというのが美談とされていますが、米沢藩の歴史をひも解くと、むしろこのことが江戸時代を通じて米沢藩の人口停滞の原因となる重荷になったように思えます。

もちろん宝暦・天明・天保の大飢饉の際、他の東北諸藩に比べて人口減少率が低いというのは、米沢藩の藩政として大麦を推奨したとか、米の備蓄などを行った結果でしょうし、米沢藩の人口が少ないというのは、米沢藩が貧しいということを即意味するのではなく、家族制度の変化(家を継ぐ長男のみが結婚、晩婚化など)が原因の一つでしょう。米沢藩に見られる比較的緩やかな人口/石高比は、ある程度ゆとりある生活のために家族制度が変化し、家族計画による人口抑制策が働いたことによるものでしょう。

[77091] 2010 年 12 月 23 日 (木) 18:20:16【2】 hmt さん
 利根川と国境・県境との関係(10)権現堂川
hmt 利根川と国境・県境との関係

総武国境を流れる川と言うと、下総国は千葉県で武蔵国は東京都・埼玉県だから、この境界を流れるのは江戸川というのが最初に出る答えです。

しかし、下総国は茨城県西部に及んでいますから、総武国境の北部は茨城・埼玉県境です。
[77081]では、主としてこちらについて記し、総武国境の最北部で古河市が旧北川辺町と隣接している渡良瀬川に触れました。
今昔地図 の最後から明らかなように、現状では、栗橋から先の総武国境には川が流れていませんが、ここは、利根川の歴史を語る上で欠かせない「権現堂川」の流路跡です。

権現堂川(栗橋・権現堂堤・関宿間)のことは、Issieさんを始めとする2003年の記事が アーカイブズ に収録されており、私も[57264][65910]など何回も言及しましたが、「帰らざる河」になってしまったこの川のことをレビューしておきたいと思います。

ウオッちずで権現堂川を検索すると、現在も1件ヒットします。しかし、その姿は 南北に細長い池で、権現堂調節池(行幸湖)という注記も見えます。南端でつながっている川を東に進んだ幸手工業団地付近も かつての権現堂川ですが、Mapionには「中川」と書いてあります。
つまり、「川としての権現堂川」は完全に失われ、西側は調節池として、南側は中川の一部として再利用されているわけです。

[11293] でるでる さん
私の周りでは、権現堂川という名称の方が、馴染んでいるような気がしますが、たいてい中川と呼んでも通じますね。
現在の権現堂川(中川)の姿からでは、かつては利根川の本流であったというのは、驚きです。

権現堂川の西側の流路は、古河から南下してきた渡良瀬川の続きで、権現堂付近から南へ大きく蛇行した河跡が地形図上で読み取れ、杉戸付近で古利根川に流入していたとされます(小出博:日本の河川研究 1972)。
権現堂から東に分派する流れもありました。天正4年(1576)権現堂堤で南への流れを断って以降は東流が主となり、庄内古川経由金杉以南は江戸川筋を南下したと考えられます。

この権現堂川の流れは、渡良瀬川だけでなく、利根川の主流路にもなりました。
利根川の派川・合の川が3県境地点で渡良瀬川に合流しただけでなく、もう一つの利根川主流である浅間川の水も島川経由で権現堂川に流れ込んでいました。寛永年代になると浅間川から古利根川方面への流れは 高柳地点で締め切られ、全量が栗橋経由で権現堂川に入ることになりました。
この時期、栗橋・関宿間の赤堀川拡幅工事が進行中ですが、こちらから東に流れる利根川の水はまだ少量と思われます。

利根川水系における権現堂川の地位を語るにあたっては、赤堀川[65909][65910]の状況認識を欠くことができません。
元和7年(1621)にスタートした赤堀川開削。最初は僅か7間幅で着工。拡幅だけでなく深さも掘り下げてようやく平水時の通水を達成したのが33年後の承応3年(1654)【[57264]の寛永18年は誤記】。この工事の主目的は、仙台から物資を輸送する船を江戸に導くことであったと思われます。

江戸に行くならば栗橋など回らずに、関宿から直接江戸川に入ればよいと思われます。事実 天正年代には 僅かながら逆川ルート【自然か人工か不明】が舟運に利用されていたようです。
しかし、江戸川の水位は利根川(常陸川)よりも低く、うかつに関宿での水路を繋げると、長井戸沼などから供給されていた水が流出してしまい、利根川を大きな船が遡行する水位を保てなくなるのが問題なのでした。
このような理由で、赤堀川を通じて利根川に十分な水量が供給される前には、逆川を堤防で締切る(寛永18年=1641)ことにより、水の流失を防いでいたのでした。

逆川が締め切られれば、江戸への航路は栗橋を廻らざるを得ません。こうして物流拠点となった権現堂川筋には、一時的な繁栄がもたらされました。

しかし、寛文5年(1665)には逆川の堤防が撤去され、仙台からの物資輸送船は、利根川から江戸川に直通することができるようになりました。承応3年の赤堀川通水から11年後ですから、この間に一層の水量増加対策が取られたものと思われます。
赤堀川の規模については、元禄11年(1698)に幅27間、深さ29尺(土木学会企画展)と記され、元禄15年の国絵図にも川幅32間とあります。文化6年(1809)には40間。

元禄国絵図に記された川幅[65910]からすると、権現堂川筋の川幅は関宿の江戸川流頭で 65間あり、赤堀川 32間に比べて倍あります。もちろん江戸川への流出もありますが、利根川は栗橋で2手に分れ、関宿で合流という2本立ての姿を見せており、これは天保国絵図でも殆んど同じです。

江戸時代の「利根川の本流」がどこだったのか。私にはよくわかりません。
ごく初期の会の川、古利根川などは別として、利根川本流は浅間川から新川通へと移り、そして栗橋から下流の候補としては、権現堂川→江戸川、権現堂川→常陸川、赤堀川→常陸川が挙げられます。

明治の迅速測図 になっても、まだ権現堂川から江戸川と逆川とに分れ、赤堀川を含め3本立ての流路です。
赤堀川は概ね幅広になっているが、川妻村にボトルネックががあり、洪水時の処理能力には まだまだ不安あり。
青線で加筆された現在の江戸川流頭は、当時の逆川と逆向きです。

内陸水運の物流拠点が、権現堂河岸 から 関宿 へと移ってから200年以上、明治23年(1890)に利根川と江戸川とをショートカットする利根運河(ムルデル[67436]設計)が開削され、関宿も拠点の地位を失いました。蒸気船の時代になっていますが、追いかけて明治29年(1896)日本鉄道土浦線[61225](現・常磐線)開通というわけで、運河の最盛期は短期間で終りました。

権現堂川は江戸時代を通じて大河でしたが、もともと南下していた流路を東に向けただけに、権現堂堤はずっと破堤・水害の危険をはらんでいました[11541]。「行幸湖」[36976]の名も、明治9年に明治天皇が前年に築かれた堤防を視察されたことを記念しています。

河川政策が水運から水害防止に移ると、赤堀川の役目も、舟運用の水路確保から、洪水時の排水機能が重視されるようになりました。明治の大水害(1910)経験後の近代改修事業(〜昭和5年)と、カスリーン台風(1947)後の戦後改修で、赤堀川は一段と拡幅されました。現在は約700m(400間)。
20世紀初頭の工事については、洪水時に足尾鉱毒が東京に氾濫することを防止する役割も狙ったものであるという指摘もあります。

水運路の確保から洪水対策へと目的は変りましたが、17世紀から20世紀へと長期間をかけての整備が進められた結果、赤堀川の比重が次第に高まってゆき、遂に昭和に入って 権現堂川は 完全に廃川になりました。
結果として、「利根川東遷」は、ここに完成したものと思われます。

拡幅を続けた赤堀川と対照的に、権現堂川の運命は、明治以降の近代改修で縮小廃止への道を歩みます。
大正14年(1925)に流頭締切、昭和2年(1927)に流末締切。そして廃川。
農業用水の水源(溜井)になっていた上流側が再整備されて行幸湖になり、下流側が中川の一部に変身していることは、既に記しました。

利根川東遷完成と言いながら、利根川の水は、江戸川・見沼代用水路・武蔵水路など多くの人工的な水路により導かれています。
また、1947年のカスリーン台風では、利根川の洪水が東京に襲来しています。
利根川と東京との関係は、東遷によって、縁が切れたということでは、決してありません。

[77090] 2010 年 12 月 23 日 (木) 15:27:51【1】 伊豆之国 さん
 思い出には、二人が歩いた足跡を残して‥

「新趣向・十番勝負」、練習問題は何とかクリアですが‥

ところで今更ですが、前回・第29回十番勝負の問十・「孤独な終着駅」。該当する33市について、それぞれ「該当する市」になった期日を調べてみることにしました。該当することになった期日が新しい順に並べると、次のようになります。

市名終着駅路線該当市となった日理由備考期日の新しい順
島原島原外港島原鉄道H20.4.1島原外港-加津佐間廃止1
合志御代志熊本電鉄H18.2.27市制2
志布志志布志日南線H18.1.1市制市制以前に旧国鉄2線廃止で孤独化3
大野九頭竜湖越美北線H17.11.7和泉村を編入4
那須烏山烏山烏山線H17.10.1市制5
つくばつくばつくばEXPH17.8.24つくばEXP開業6
常陸太田常陸太田水郡線(支線)H17.4.1日立電鉄廃止[76764]MasAkaさん7
南砺城端城端線H16.11.1市制8
志摩賢島近鉄志摩線H16.10.1市制9
東温横河原伊予鉄道横河原線H16.9.21市制10
伊豆修善寺伊豆箱根鉄道駿豆線H16.4.1市制11
碧南碧南名鉄三河線H16.4.1碧南-吉良吉田間廃止関連記事11
郡上北濃長良川鉄道H16.3.1市制13
田原三河田原豊橋鉄道渥美線H15.8.20市制14
むつ大湊大湊線H13.4.1下北交通大畑線廃止大畑町はH17にむつ市に編入15
黒石黒石弘南鉄道弘南線H10.4.1黒石線廃止16
宿毛宿毛土佐くろしお鉄道中村線H9.10.1中村線延伸17
あきる野武蔵五日市五日市線H7.9.1秋川市と五日市町が新設合併18
稚内稚内宗谷本線H1.5.1天北線廃止19
枕崎枕崎指宿枕崎線S59.3.18鹿児島交通南薩線廃止20
勝山勝山えちぜん鉄道勝山永平寺線S49.8.13勝山-京福大野間廃止当時は京福電鉄越前本線21
玉野宇野宇野線S47.4.1玉野市営電鉄廃止[60960]22
南足柄大雄山伊豆箱根鉄道大雄山線S47.4.1市制22
下田伊豆急下田伊豆急行S46.1.1市制24
加西北条町北条鉄道S42.4.1市制当時は国鉄北条線25
三浦三崎口京急久里浜線S41.7.7京急久里浜線が三浦海岸まで延伸現在の終着駅・三崎口へはS50.4.26開業26
根室根室根室本線S34.6.20根室拓殖鉄道廃止27
箕面箕面阪急箕面線S31.12.1市制28
十和田十和田市十和田観光電鉄S31.10.10市名改称S30.2.1に「三本木市」として市制29
境港境港境線S31.4.1市制30
常滑中部国際空港名鉄空港線S29.4.1市制当時は常滑線・常滑駅が終着駅。空港線は実質的には常滑線と一体([76794]星野彼方さん)31
男鹿男鹿男鹿線S29.3.31市制32
氷見氷見氷見線S27.8.1市制33

したがって、「新形式・十番勝負」で出題した場合、新しい順に答えるとすると

 問n:島原市、合志市、志布志市、大野市、那須烏山市(想定解数:33市)

となり、金メダルはつくば市が獲得、以下常陸太田市、南砺市の順で、最後が氷見市ということになります。

一方、逆に「該当することになった期日が早い順」で並べようとすると、一つ扱いが微妙な市が出てきます。それは、十和田市の扱い。「十和田市」の市名が誕生したのは、昭和31(1956)年10月10日ですが、市制は前年の2月1日に「三本木市」として施行されており、「市制施行日」もこの「三本木市」の発足日と規定されているようです。これに従うと

 問n:氷見市、男鹿市、常滑市、十和田市、境港市(想定解数:33市)

となりますが、「市名の誕生日」で並べるとすると

 問n:氷見市、男鹿市、常滑市、境港市、十和田市(想定解数:33市)

という順になります。このいずれの場合でも、「金」は箕面市となり以後の回答順位も変わりは無いのですが、このあたりの取り扱いをどうするのか、物議を醸す恐れも出てきそうです。

[77089] 2010 年 12 月 23 日 (木) 11:41:07 白桃 さん
 白桃選「明治の名邑」に19世紀枠34を追加
白桃 名邑談義

[76584]
白桃選「明治の名邑」とは、明治末における市町(村)であって、以下の3つの条件すべてをクリアする。
1.「市街名邑及町村二百戸以上戸口表」(M.21年「内務省総務局」)の第一表(市街及ヒ市街ノ体裁ヲナシタル名邑)に記載されている都邑を含む
2.1の戸口表に記載された1個の都邑・町村の現住人員が三千人以上である
3.明治期に町制または市制施行
勝手に定義しておりますが、その数は537ですから現在の市数より、ずっと少ないのですね。
そういうこともありまして、新たに19世紀枠を設定し、運悪く名邑の条件をクリアできなかったけれども、なんら遜色のない34市町村を追加することになりました。
なお、選考にあたっては、私情をはさまず厳正な審査が行われたことを申し添えます。
で、その34市町村(明治末)とは
余市町、釧路町、岩内町、石狩町、室蘭町、増毛町、厚岸町(以上、北海道)、横手町、花輪町(以上、秋田)、磯浜町(茨城)、足尾町(栃木)、沼田町(群馬)、忍町(埼玉)、鎌倉町(神奈川)、鳴海町、常滑町、大浜町、瀬戸町(以上、愛知)、天王寺村、吹田町(以上、大阪)、門司市(福岡)、福江村、富江村、茂木村(以上、長崎)佐土原町(宮崎)、東南方村、指宿村、鹿屋村、垂水村、志布志村、加世田村、阿久根村、加治木町(以上、鹿児島)、糸満町(沖縄)
以上です。

[77082]千本桜 さん
そのバス停は大内バスストップのことだと推察しますが、そこで下車した人の数が気になりました。
バスはほぼ満席だったと思いますが、下車したのは私ともう一人、どっかのオバちゃんの二人きりだった、なんて、とても恥ずかしくて言えません。ちなみに、手前の引田は誰も降りませんでした。大内バスストップから三本松まで歩くとかなりありますので、車の送迎がないと困ります。
そんなことはともかく、何故、通過するようになったのですかね?
お金の問題でもなさそうだし・・・
長距離バスの問題とは殆ど関係ありませんが、宮城と香川の白桃選「明治の名邑」です。
アレ?どっかの町が入ってない!!!
1仙台市---1高松市
2石巻町2丸亀市
3涌谷町3観音寺町
4古川町4琴平町
5佐沼町5多度津町
6若柳町6坂出町
7登米町7志度町
8白石町8津田町
9気仙沼町9引田町
10岩沼町10三本松町
11角田町
12塩竃町
13岩出山町
14志津川町

[77088] 2010 年 12 月 23 日 (木) 11:33:31【1】 oki さん
 置賜郡の町

[77083] 千本桜 さん
ところで、旧高旧領取調帳では羽前国置賜郡292村2町となっていますが、その2町がどこなのか、御存知でしたなら教えて頂けないでしょうか。

[77086] YT さん
『天保郷帳』では『旧高旧領取調帳』の「小国村」と「小阪村」を併せて「小国小阪町村」と称しているようです。もしかしたら「小阪村」は本当は「小阪町」で、『旧高旧領取調帳』では「関町」と「小阪町」の二つを町と判定していたのかも知れません。

旧高旧領取調帳における「町」は、「関町」だけであり、置賜郡292村「2町」という記載は誤りだと思います。
関町は関村の一部に当たる地域で、現在の米沢市関町です。関村の北端を会津街道(県道234号線)が通っており、街道沿いに成立した宿場が関町です。ただし、米沢藩から公式に認められた町ではなかったようで、天保郷帳には関村しか記載されていません。地方行政区画便覧にも関村しか載っておらず、関町を独立した存在として扱っているのは旧高旧領取調帳だけのようです。
一方、旧高旧領取調帳の「小国村」は天保郷帳の「小国町内」、「小阪村」が「小国小阪町村」で、これらは西置賜郡小国町の中心市街地に当たります。
郷帳の「小国町内」は、本来「小国町村」と表示すべき場所で、「小阪町村」と並び、米沢藩領小国郷の中心地です。小国町村、小坂町村が一体となって小都市を形成していたようで、小国町が商業地、小坂町は士族の住む陣屋町で、両者を一括して「小国町」と呼ぶこともあったようです。「○○町村」となっているのは、米沢藩が公式には町と認めていなかったからで、実態としては町であり、地域の人たちも「まち」と呼称していたと考えられます(このような例は全国至る所にあります)。
ただし、そこが実態として町か村かを判断するのは難しいので、旧高旧領取調帳では、単純に「○○町」となっている場所だけを「町」と見なしているはずです。その意味で、旧高旧領取調帳における置賜郡の町は「関町」だけであり、置賜郡292村「2町」という記載は誤記だと見なすべきです。もちろん実態としては、「関町」より「小国村」・「小阪村」の方がより都市的な場であったことは間違いありません。

「天保郷帳」にしろ「旧高旧領取調帳」にしろ、名称や石高が実態とずれている場合は少なくありません。特に天保郷帳は諸藩が幕府に提出した資料がもとになっており、外様大藩の場合は幕府向けと藩内用との二重帳簿を作成している事例がよくあります。したがって、郷帳等の記載に疑問が生じた場合には、その村の位置を特定し、現在の姿を確認するとともに、各種の資料から歴史上の実態を解明する必要があります(7万を超える郷帳記載のすべての村にそんなことをしていては、とても身が持たないのは事実ですが)。

【最後の記述を若干訂正。】

[77087] 2010 年 12 月 23 日 (木) 08:53:39 88 さん
 市区町村変遷情報(市制町村制施行時(静岡県))について

[77083] 千本桜 さん
いつもご贔屓にしていただき、ありがとうございます。
近日中に、福井県・石川県・富山県の市制町村制施行時の情報を上梓予定ですので、引き続きご活用いいただければ、と思います。
市制町村制施行時の情報の静岡県ですが、「市制町村制施行前の町村名等」を記載する欄に「施行後の町村名」が掲載されているようです。
ほとんどの府県においては、市制町村制施行と同時にいわゆる明治の大合併を行っています。もっとも、新潟県岐阜県愛知県のように、市制町村制施行後の明治30年代に大合併をしたところもありますが。
各府県の市制町村制施行及び町村の廃置分合の根拠並びにこれらの施行年月日につきましては、[76874] むっくん さん が一覧形式にしてまとめていただいています。

静岡県の町村の廃置分合の施行年月日につきましては、[70710] むっくん さんでもご紹介があったところです。以下に整理します。
静岡市についてはM22.2.26付け(静岡)県令第18号により、M22.4.1付けで従来の町村の廃置分合がなされています。
他の町村については、M22.2.26付け(静岡)県令第17号により郡変更が、またM22.2.26付け(静岡)県令第19号により町村の廃置分合が、ともにM22.3.1付けで実施されています。
県令第拾九号
町村ノ内区域、名称、戸長所轄区域名称及役場位置別表之通改定シ他町村内ニ孕在セル飛地ハ一戸長所轄区域内各町村間ノ分ヲ除クノ外悉皆其所在町村ノ地籍ニ組ミ入レ明治二十二年三月一日ヨリ施行ス
(後略)
(旧字体は新字体に置換え、以下同じ)
市制町村制の施行年月日につきましては、静岡市、他の町村とも、M22.2.27付け(静岡)県令第12号により、M22.4.1付けです(前述の各県令を鑑みると「県令第22号」が正当とも思えますが)。
県令第拾弐号
明治二十二年四月一日ヨリ静岡市ヘ市制其他町村ヘ町村制ヲ施行ス
(後略)
つまり、例えば、
年月日変更後変更前摘要
M22.3.1賀茂郡浜崎村賀茂郡柿崎村,須崎村,白浜村郡区町村編制法下における廃置分合
M22.4.1賀茂郡浜崎村賀茂郡浜崎村そのまま単独で市制町村制施行
と、一箇月おいて2段階の手続きを踏んでいます。このため、市制町村制施行時の情報(静岡県)の町村においては、いずれも、各町村が単独(つまり新旧とも同じ町村名が並ぶ)で市制町村制施行を実施した、と表現せざるを得ませんでした。
将来、市区町村変遷情報がさらに時代を遡るようになった際には、市制町村制施行「以前」の情報としてM22.3.1付けの廃置分合の情報を追加するようになるでしょう(手持ちのexcelデータは作成済みです)。結果として、現在のところはこの廃置分合を反映できていません。これも将来構想、ということで。

――――――――――
ところで話は変わりますが、筑波オフ会ではお会いできず残念でした。
千本桜さんから私への伝言を、白桃さんが預かってきていたはずなのですが、白桃さんが酔っ払っていたのか、私が酔っ払っていたのか、「大字が・・・」くらいしか内容が不明で要領を得ませんでした。

改めて申すまでもなく、市区町村変遷情報における私の意図の一つには、現在の地名の根幹を形作る「大字(≒近世村)」を掘り起こすことにあります。市制町村制直前の村名は、大半が近世村であり、何百年も続いてきた村名そのものです。
このあたりに関しては、私は千本桜さんと認識が似通っている点が多いと思っています。

筑波オフ会時に、グリグリさんと市区町村変遷情報の打ち合わせを少しですが行いました。オフ会当日(11/20(土))夕方にロビー受付付近で30分ほど、翌朝6時半頃(朝風呂のあと)には浴場前ロビーにて30分ほど(このときには音無鈴鹿さんとHiro_as_Fillerさんも参加)、です。この時にも、私は近世村を主眼においた上で、市制町村制施行以前へさらに情報を遡る「野望」を主張したところです。

[77086] 2010 年 12 月 23 日 (木) 06:09:38【1】 YT さん
 置賜郡の石高(2)

村名旧高旧領天保郷帳村名旧高旧領天保郷帳
樽口村211136.2390020139.88400鍋田村1231,137.60100254520.24200
足野水村214188.0330020260.67000爼柳村108671.18200255338.58800
増岡村231784.41500203288.50100津久茂村104779.80900256352.61400
玉川村218387.73900204133.40300大橋村105656.89971257246.45500
小玉川村210596.72100205199.76000法師柳村81484.27200258238.84600
玉川中里村220150.1890020665.36100石岡村103790.55500259167.45500
片貝村219213.1850020758.50000宮崎村1261,056.90800260217.92500
百子沢村215156.7800020845.97300関町8320.02300
小倉村209127.1490020942.06500板谷村11118.09200
種沢村205397.52900210189.14000大沢村12246.17400
杉沢村206364.59000211187.35700大小屋村13233.78000
尻無沢村238375.12700212150.67700大平村14160.17700
黒沢村201323.45900213169.49600東藤泉村371,038.90200
大滝村208341.05600214173.44100西藤泉村381,051.64600
町原村202631.16100215285.12200山崎村75495.26300
舟渡村236889.00300216380.38300中大塚村883,085.02600
岩井沢村1981,056.64200217416.81300西大塚村893,557.16200
折戸村248180.8600021832.99000東大塚村901,657.83600
長沢村243412.39200219150.07100大石村91979.36800
小国町内220184.52400中伊佐沢村92618.89000
梓山村171,339.61000221812.35000上伊佐沢村931,381.16200
桑山村15572.90300222334.39600下伊佐沢村94695.62900
堂森村16363.60400223224.94000芦沢村95715.69900
福沢村743,082.601002241,968.63000和田村101725.43800
夏苅村761,092.04600225574.07900竹原村1021,104.77400
川沼村284638.79100226373.19400金沢村118270.42000
宮内村1323,420.371002272,122.64600松沢村119136.81200
蒲生田村861,226.01100228839.14800沖田村125364.32200
坂井村77328.21300229140.97500露橋村128548.53800
中目村(中ノ目村)85852.09800230348.22200砂塚村1291,695.75400
若狭郷屋村83434.99000231221.33600下荻村135370.31700
郡山村82948.77900232453.25500太郎村136499.17800
島貫村84324.93200233157.73600高峰村1391,475.46700
西落合村78325.50400234169.64200森村157676.05800
高梨村124673.36400235436.67900萩野中山村1791,358.77200
漆山村1301,877.293002361,136.21000小白子沢村19286.21300
椚塚村106890.12200237491.09800森残村19342.02700
二色根村122437.98000238197.86600小国村196481.70200
荻村134908.59900239678.90000小阪村197338.55300
赤湯村1171,274.51600240837.77400松岡村203222.55000
長瀞村80321.31500241174.88200新原村207139.80300
羽付村99575.98100242313.23300泉岡村221167.40300
中落合村79490.79500243232.53700中田山崎村22291.56100
萩生田村87779.68520244322.85600新屋敷村234260.22900
小岩沢村291494.46600245270.33800上新田村2591,200.11100
三間通村1211,300.80400246482.43700下新田村260980.21412
川樋村2921,577.110002471,006.64500上和田村上組263884.56095
長岡村107685.01400248334.05800上和田村下組264879.22837
池黒村1311,233.28900249858.04000川樋新田村293411.58200
小滝村137944.18000250468.69000
金山村1331,463.63100251709.65900小計(計算値)336,868.11754216,161.22024
掛入石中山村1202,293.204232521,670.10700小計(解説篇)216,161.22020
関根村127686.77000253517.43400小計(文献値)336,645.57294216,161.22023

『天保郷帳』では再計算した小計(21万6161石2斗2升0合2勺4才)と、原本の小計の数字(21万6161石2斗2升0合2勺3才)との間で1才のズレがあります・・・が無視できる値です。一方、近世繪圖地圖資料研究会編『天保郷帳 : 天保五年甲午十二月石高帳』解読篇(2009年〜2010年)の再計算されたという値([76916][76917][76918][76919][76920][76921]参照)は、21万6161石2斗2升0合2勺であり、説明なく小数点以下第5位を四捨五入してしまっており、かえって原本・計算値からズレてしまっています。もっとも1〜4才のズレなんて誤差範囲ですけど。

[77083]千本桜 さん
『天保郷帳』では『旧高旧領取調帳』の「小国村」と「小阪村」を併せて「小国小阪町村」と称しているようです。もしかしたら「小阪村」は本当は「小阪町」で、『旧高旧領取調帳』では「関町」と「小阪町」の二つを町と判定していたのかも知れません。

[77085] 2010 年 12 月 23 日 (木) 05:56:45 YT さん
 置賜郡の石高(1)

参考までに『旧高旧領取調帳』と『天保郷帳』における置賜郡の石高の比較表をまとめておきます。「旧」「天」は、それぞれ『旧高旧領取調帳』と『天保郷帳』における村の記載順です。石高(単位:石)は全て小数点以下第5位(才)まで示します。また『旧高旧領取調帳』の石高は、旧高旧領取調帳データベースの値ではなく、原則として木村礎校訂本の数値を用います。村名は『旧高旧領取調帳』のものを使用しますが、『天保郷帳』の村名の漢字等が明白に異なる場合は括弧内に『天保郷帳』記載の村名を示します。

村名旧高旧領天保郷帳村名旧高旧領天保郷帳
高畠村2722,582.7183412,582.71834九野本村1515,322.695001013,138.53300
金谷村254205.178672205.17867時庭村1472,938.909001021,680.93700
本和田村(木和田村)255387.914003387.91400泉村1461,335.40200103761.86600
竹井村2941,417.5970041,417.59700横越村1631,700.666001041,114.10100
河井村97816.5710051,994.81867山口村1652,948.419001051,543.46200
新田村62,178.41112浅立村1751,336.91500106667.26800
浅川村258779.767167759.76716梨郷村1001,493.338001072,857.32800
長手村2571,425.5036581,425.50365歌丸村983,214.204001081,932.29300
佐沢村2611,299.2166791,299.21667川井村2561,994.81867109462.62900
馬頭村262608.8613310608.86133今泉村961,917.004001101,106.60500
露藤村2681,214.91067111,214.91067草岡村1552,860.789001111,596.45500
入生田村2691,459.25734121,459.25734勧進代村1592,747.219001121,534.48500
亀岡村2712,169.16334132,169.16334寺泉村1535,428.729001133,182.84600
塩森村274847.6756714847.67567河原沢村1541,629.51400114896.98500
泉岡村273382.7780015382.77800平山村1502,890.271001151,321.65500
船橋村270531.1315916531.13199白兎村1601,681.56800116955.71100
中里村280191.2233317191.22333高玉村1643,036.832001171,741.70700
柏木目村282245.9916718245.99167田尻村1621,646.51700118961.58500
一本柳村2832,563.23067192,563.23067宮村1492,158.290001191,251.76700
深沼村2862,095.15232202,095.15232小出村1482,396.803001201,447.40600
竹森村2872,078.71500212,078.71500成田村1562,924.202001212,036.49400
時沢村289446.8750022446.87500五十川村1583,090.432001221,769.36000
根岸村288317.6006623317.60066伊佐沢村1232,457.25500
三条目村285287.6230024287.62300馬場村1721,732.87600124966.48700
相森村281478.0816725478.08167畔藤村1733,183.909001252,291.78000
北和田村265622.2199826619.11899十王村1762,091.610001261,152.74000
上和田村271,763.73532鮎貝村1612,836.256001271,532.28800
中和田村2661,413.67401281,413.67401石那田村1711,104.86800128751.52100
下和田村2671,282.01565291,282.01565広野村174945.90700129480.06800
高安村275403.2950030403.29500中山村2901,101.09977130691.07100
金原村277441.3383431440.29834大瀬村183520.40000131233.58500
小郡山村276109.0076632109.00766萩野村1781,642.536001321,065.04600
安久津村278931.3430033931.02300佐野原村182290.90600133107.62200
二井宿村2792,210.78333342,210.78333下山村181384.67600134170.88700
遠山村221,433.54500351,223.20400滝野村1771,125.77500135733.91400
古志田村(古志駄村)31,655.45000361,048.24700高岡村1691,021.24900136599.16300
笹野村43,306.06700371,962.78500深山村166860.63600137461.95000
李山村52,976.78500382,005.09000黒鴨村167509.35500138320.03700
山上村106,538.88000394,497.89100栃窪村168416.22800139147.11700
屋地村23318.4910040204.21600菖蒲村180431.86800140196.60800
福田村11,718.22000411,281.62000箕和田村170363.54800141187.16900
外之内村(外内村)18221.2970042250.16400大塚村1424,028.38000
花沢村22,205.30900431,148.74200上屋地村59132.1130014365.46000
中田村421,839.65000441,366.98700上原村61393.15200144218.70000
宮井村441,149.4600045853.03700小坂村66272.02400145139.16400
塩野村415,758.99600464,592.66100市野々村190440.43300146253.29800
小瀬村431,261.5680047928.91500沼沢村195653.86100147289.74000
窪田村693,525.69000482,759.67700綱木箱口村194187.6040014885.33400
矢野目村451,963.58300491,479.79500大石沢村188596.51900149412.07200
糠野目村732,403.49500501,882.42000河原角村186192.96500150148.50800
東江股村39775.5720051517.26400新股村(新俣村)187249.12500151221.60400
小其塚村721,038.0430052632.11900高造路村57144.8400015285.13200
蛇口村71527.5688053322.92400河内戸村58123.2660015367.67000
下平柳村1101,009.5290054778.76500小屋村67413.21100154199.31200
上平柳村701,152.5320055766.48700叶水村189882.77100155584.41900
洲島村1164,200.88000563,080.68600遅谷村62303.09700156174.64100
尾長島村1092,728.52600571,924.24700数馬村64296.05100157214.13200
堀金村1113,417.02890582,641.18200広河原村68230.40100158126.46000
莅村113961.9120059722.07300宇津沢村63225.77300159161.82600
時田村1123,529.53800602,610.13900白川村55235.50700160175.63400
長橋村32855.4580061637.06500西滝村185331.90900161153.78000
桐原村33986.7750062740.62800東滝村184361.41700162263.41300
轟村35652.7620063490.04900岩倉村56561.56900163391.93700
西江股村40798.6400064591.62200須郷村65380.46700164201.96400
藤泉村651,356.57600下屋地村60232.83300165123.68300
小山田村291,536.03500661,128.71700白子沢村191439.06900166301.20800
一漆村341,111.9070067825.23700越中里村242484.13700167202.76500
下小菅村361,328.67900681,169.98800湯花村225144.0420016851.97800
上小菅村312,173.19800691,613.52000田沢頭村226395.01500169145.69800
成島村301,503.53400701,038.74900石滝村253384.88900170145.98300
吹屋敷村20643.3750071452.67000大宮村230219.6390017178.67000
館山村19800.4500072455.52700網代瀬村237100.5250017235.28100
赤芝村21313.2180073215.18400若山村235595.53200173227.32400
簗沢村272,123.79800741,771.67700越戸村1745.94300
小野川村28962.6770075687.15600小渡村232625.37400175310.46900
立石村6238.2300076162.93900荒沢村246154.3110017620.46700
関村7829.8800077837.90900栃倉村24192.9820017723.26700
綱木村90.0000078257.44700中島村244100.2890017824.89600
入田沢村26564.1140079597.63500焼山村24785.6500017910.39000
神原村(上原村)25476.1690080325.84500樋野沢村24553.7070018019.57000
口田沢村241,860.60300811,311.96100北村224380.11700181152.04900
大舟村521,577.83500821,154.64400西村223256.29200182103.94700
奥田村532,783.46100832,090.36000針生村233285.68400183244.17900
玉庭村513,393.48150842,402.34300貝少村229195.2100018445.73300
朴沢村541,393.40900851,086.06700太鼓沢村25086.5810018529.14700
手ノ子村1381,296.74800861,878.27600驚村24994.6350018625.97500
松原村140649.0990087413.25700市野沢村216133.9040018724.42700
吉田村1145,291.98100883,053.65300小国小阪町村188154.97500
高豆蒄村491,307.6130089869.30700小股村251301.50200189120.58600
高山村1154,127.25360902,408.03700松崎村24066.0320019025.71100
黒川村481,408.5030091818.51900伊佐領村199425.71000191180.06400
上小松村464,966.67600923,598.90600芹出村20425.4300019210.11200
中小松村474,614.15900932,616.39500朝篠村200264.47400193135.46800
小白川村1411,862.11600941,200.77800今市村239282.5180019489.86500
下小松村502,687.89400951,507.68700五味沢村252690.67400195328.25500
添川村1454,174.74700962,020.23700古田村228359.46200196203.79500
椿村1422,795.10400971,609.33000金目村22794.8820019733.88100
黒沢村1433,680.33700982,065.23100足水中里村217188.5080019869.64000
萩生村1443,903.79200992,129.60000滝倉村21234.4520019912.67000
中村1523,235.597001001,627.60000菅沼村21340.9200020014.52200

[77084] 2010 年 12 月 23 日 (木) 03:52:53 YT さん
 『旧高旧領取調帳』原本の誤り

[77083]千本桜 さん
ところで、旧高旧領取調帳では羽前国置賜郡292村2町となっていますが、その2町がどこなのか、御存知でしたなら教えて頂けないでしょうか。

木村礎校訂の『旧高旧領取調帳』を読み返してみましたが・・・確かに置賜郡には294の項目があるようですが、「関町」以外は全て「〜村」という項目になっており、どうみても293村1町ですね。ただ、木村礎校訂本では置賜郡に関して
小計 2ヶ町   小計 336,645.57294
  292ヶ村
との記載があり、これは『旧高旧取調帳』の原本に実際に書かれている内容をそのまま引用していることを意味します。[76817][76818][76819][76820][76821][76822]に記載した数値は木村礎校訂本の巻末にまとめられているものを引用してきたものですが、解説によると
3 『旧高旧領取調帳』は国ごとの村数・石高の合計が出ていないのが原則なので、これについては校訂者が計算した。
4 『旧高旧領取調帳』には郡ごとの合計が記されていない場合、あるいは記されていても大きく間違っている場合がある。これらについては校訂者が計算した。但し、郡ごとの合計が記されており、しかも大過ないと思われる場合は計算し直さなかった。
つまり木村礎氏は293村1町と292村2町を「大過ない」と判断し、原本通りの値を記載したのでしょう。

ついでに改めて置賜郡の旧石小計を木村礎校訂本の数値を使って再計算したところ([76838]で示したように旧高旧領取調帳データベースの数字は下5桁以下がおかしいので、旧高旧領取調帳データベースの数字を下4桁目(勺)で四捨五入し、一部下4桁目(勺)、5桁目(才)の数字があるものについては手入力で修正)、原本の小計と数値が異なりました。原本の置賜郡の旧高小計は33万6645石5斗7升2合9勺4才とありますが、私が再計算した限りでは33万6868石1斗1升7合5勺4才でした。どうやら木村礎氏は、置賜郡に関して原本の旧高小計と実際の旧高小計の違いに気付かなかったようです。

[77083] 2010 年 12 月 22 日 (水) 19:38:07 千本桜 さん
 市区町村変遷情報および『旧高旧領取調帳』と『天保郷帳』

[76590]88 さん
静岡県(336件)、長野県(391件)の計1,257件(いずれも町村のみ)の一括登録をしていただきました。
いつも感謝しながら市区町村変遷情報を利用させていただいております。ところで、市制町村制施行時の情報の静岡県ですが、「市制町村制施行前の町村名等」を記載する欄に「施行後の町村名」が掲載されているようです。88さんが間違う筈はないという前提で見ていますから、もしかして私の方が見方を誤っているのかな?と少々頭が混乱していますが、念のため御確認おねがいします。

[76822]YT さん
『旧高旧領取調帳』と『天保郷帳』 東北編
天保郷帳では陸前国栗原郡92村ですが、旧高旧領取調帳では1つ増えて93村になっています。どうしてかなと調べたところ、明治4年(1871)に真坂村から北沢村が分村したことによる増加のようですね。北沢村は江戸期の昔より独立した1個の自治村だと思い込んでいましたが、YTさんの『旧高旧領取調帳』と『天保郷帳』の村数比較を見て、勘違いしていたことに気がつきました。ありがとうございました。ところで、旧高旧領取調帳では羽前国置賜郡292村2町となっていますが、その2町がどこなのか、御存知でしたなら教えて頂けないでしょうか。

[77082] 2010 年 12 月 22 日 (水) 19:26:40 千本桜 さん
 鈍感都市

[76095] 白桃 さん
その市の郊外?にあるバス停に到着
そのバス停は大内バスストップのことだと推察しますが、そこで下車した人の数が気になりました。そして仮に、利用客が少ないことを理由にバス会社が大内バスストップへの停車をやめると通告してきたなら、東かがわ市の行政や住民はどんな行動に出るのだろうと考えてしまいました。A・バス会社に停車継続を働きかける。B・行政も住民も無関心のままやりすごす。さあ、東かがわ市はA・Bどちらをとるでしょう。
こんなことを書きますのも、昨年2月から岩沼、大河原、白石に東京行き夜行バスが停車しなくなり、宮城県南部は長距離バスの空白地帯になってしまったからです。私は訳あって大河原、白石両バス停の乗客数を時折チェックしていましたが、乗車する人が非常に少なく、バス会社が停留所を廃止したくなるのも分からないわけではありませんでした。しかし、地域には地域の側の論理があって当然で、東京行きのバスは地域にとって必要、交通機関は都市戦略に欠かせないアイテム、だから通過措置は回避して欲しいと、ダメもと承知で行政が声をあげるのを期待していましたが、その声も聞かれないまま実質バス停廃止に至りました。こうして大河原は東京と直結する交通手段を失ったのですが、それでも平然としていられるのは都市として鈍感すぎ。なにしろ、18万人圏域の中心地としての役目を背負っているのですから、もっと敏感にならなくちゃと思うのです。
そこで、国の出先機関配置から見た東北地方の拠点都市を書き出します。対象となる役所は「地方裁判所またはその支部」、「法務局またはその支局」、「国税局の税務署」の3つに絞ります。東北地方の都市で3機関がすべて設置されているのは青森、五所川原、弘前、十和田、八戸、盛岡、二戸、宮古、花巻、水沢、一関、仙台、気仙沼、石巻、古川、大河原、秋田、大館、能代、本荘、大曲、横手、山形、酒田、鶴岡、新庄、米沢、福島、会津若松、郡山、白河、相馬、いわきの32市1町です。平成の大合併後の自治体にまだ馴染めないので、合併前の自治体を念頭に置いて書きました。このそうそうたるメンバーの中に名を連ねながら、東京との直結交通手段もなければホテルもない大河原町って、やっぱり異色ですね。

[77081] 2010 年 12 月 21 日 (火) 23:40:44【1】 hmt さん
 利根川と国境・県境との関係(9)上武・両毛・総武・常総国境
hmt 利根川と国境・県境との関係

北関東3県と南関東との境界線は、大筋で利根川の流路沿いというのが常識です。
このシリーズは、一見この大原則?に逆らっているように見える 埼玉県北川辺町【当時】や 茨城県五霞町の所属が、渡良瀬川を境界とした武蔵国と下総国との関係を引き継いだものであるという「いきさつ」からスタートしました。

利根川のような大きな河川は、かつては内陸水運の動脈としての機能もありました。
しかし、架橋技術が発達していない時代の大河は、地域間の交流を分断する存在でした。
そのようなわけで、関東の平野部では、国境やそれを引き継いだ県境が、利根川水系の流路に関わる場合が多く、それをテーマとして、このシリーズを始めました。

武蔵国と上野国との国境は、烏川合流点から下流は、ほぼ利根川に沿っています。その中で、「合の川」の跡[77030]だけが 現在の利根川よりも北に外れ、それ故に 旧北川辺町が 埼玉県の対岸飛び地の観を呈していました。
しかし、現在の国境が確定したと思われる近世初頭には、合の川は利根川の有力な派川でした。
特に川俣での「会の川締切り」(1594)以後、「新川通開削」(1621)までの間、「合の川」【注】は浅間川と共に利根川の主流格の存在であったと思われます。これが上武国境となり、ひいては群馬埼玉県境に引き継がれた理由でしょう。
【注】 発音が同じで紛らわしいが、「合の川」は「会の川」とは別の川で、「間の川」とも書きます。
3県境探訪ルート図 の6→7が合の川跡です。

栃木・群馬・埼玉3県境地点から先は、渡良瀬川【旧流路】と合流した武蔵・下野国境(ルート図の7→8)で、茨城・栃木・埼玉3県境(古河付近)を経て、渡良瀬川の現流路として武蔵・下総国境を流れます。
遡ると、桐生付近から下流の渡良瀬川は 両毛(上下毛野)国境になっています。但し 国境は 現・矢場川経由の旧河道であり[4618]、現在の栃木・群馬県境は 境界変更 のために 更に少しずれている部分があります[46981]
また、渡良瀬遊水地のために、旧河道跡の国境と遊水地内の新河道(藤岡放水路)も別ルートです[77005]

現在の茨城・埼玉県境(=総武国境)は、渡良瀬川が利根川と合流した先の栗橋で、川から外れます。
しかし、ここ総武国境の南半分も、かつては利根川の主流であった 権現堂川でした。
3県境近辺の今昔 の後の2枚を比較してください。

更に古い時代に遡れば、武蔵国と下総国との国境をなしていた川は、埼玉郡【加須市旧大利根町】と葛飾郡【久喜市旧栗橋町】との間を流れて古利根川筋を経由して「両国」に至っていたものと思われます。
しかし、近世初期、現在の国境が確定した時点では、国境は古利根川より少し東の庄内古川に移動していたと推察します。

寛永12〜18年(1635-1641)になると、下総台地を切り開いた 新利根川(江戸川)が開削され、利根川の主流は、権現堂川経由で、こちらから江戸湾へ流れることになりました。

近世初頭の流路に基き総武国境として定められた庄内古川筋。人工的な河川改修により流れが失われてから二百数十年後、江戸川西岸が埼玉県になった1875年[36159]以降も、総武国境でした。
しかし、郡制施行を契機とした 1896年の「埼玉県下国界変更及び郡廃置法律」で国界も江戸川に移りました。

結城付近から下流の常総(常陸・下総)国境は、かつて鬼怒川と小貝川とが合流して龍ヶ崎の南で常陸川に出ていた流路です[65861]
現在の鬼怒川が常総国境になっているのは結城付近だけで、後は主として下総国結城郡内を南下し、大木丘陵を開削したルート(寛永6年)を通り、守谷で利根川に合流しています。一方、小貝川の流路は下妻付近から龍ヶ崎付近まで常総国境をトレースしています。

印旛沼と接続する安食付近(栄町)から下流の常総国境は、明治8年以来の茨城・千葉県境で、現在は与田浦周辺を除き 大部分は利根川本流とも一致しています。
しかし、明治32年までの 国境 = 県境 は、利根川よりも北にありました。1899年の法律による境界変更で、利根川より北の村々は「千葉県から茨城県へ」と所属が変ったわけです[65807]
横利根川よりも下流側の与田浦周辺の水郷地帯[65806]の 国境 = 県境 は、依然として霞ヶ浦(西浦)と外浪逆浦とをつなぐ北利根川【注】にあります。

【注】
北利根川は常陸利根川の一部です。川の名前による混乱を防ぐために[76914]でリンクした 河川図 を再録しておきます。

常総国境 = 茨城・千葉県境 が利根川本流を外れている部分は、横利根川・北利根川・外浪逆浦西側・常陸川の一部(西側)です。
外浪逆浦でなく、その西側の陸地に境界がある点については、[73428] k-ace さんが東関東道を通過した際に発見して疑問を呈し、これに対して、[73602]で答えています。

[77080] 2010 年 12 月 21 日 (火) 22:59:22 BANDALGOM さん
 合意

[77079]山野さん、どうかお大事に・・・。
官報告示は年明けになるでしょうし、議会も年内はもうなく、他にこれといった動きもないので、ゆっくり休んで充電して下さい。

川口市と鳩ケ谷市ですが、今日開かれた第2回法定協議会で、予想した通り、全ての合併協定項目について合意しました。

次回(第3回)の法定協議会は1月13日とのことですが、ここで調印式が行われるかもしれません。

[77079] 2010 年 12 月 21 日 (火) 19:37:21 山野[山野] さん
 鳩ヶ谷市の今後の方針

グリグリさん、お願いします。

胃腸風邪に罹り、体調が非常に悪いので合併情報等は他の方に御願いしたかった訳ですが
見てみると、まだ誰の書き込みもないので失礼します。

昨日開かれた鳩ヶ谷市議会定例会最終日にて、議会に2つの案件が請願されていた件の結果です。
採択されたのは賛成派が提出した「合併を完結させる」で
反対派が提出した「吸収合併の是非を問う住民投票の早期実施」は不採択となりました。
また、議決の際「7-7」で同数となりましたので、議長採決で決定したとの事でした。参照記事

[77078] 2010 年 12 月 21 日 (火) 07:14:21 白桃 さん
 葦辺行く加茂の羽甲斐に市も降りて寒き邑へは大和市思ほゆ

冬の澄みきった朝、新浦安を出発した京葉線の右の車窓からスカイツリー、ちょっと左に目を転ずればディズニー越しに冠雪の富士が美しく見えます。
朝のちょっとしたゼイタクです。
夜は、まともに帰って来ること、他に望むことはありません。

でも、相模大野の手前で気がついても、仰天することもありません。前に、新松田(新松戸ではありません)あたりで目が覚めた時は、ビックリしましたが・・・
そこは、田園都市線で簡単に行けるのですが、今回は、小田急を乗り継いで行きました。翌朝、相鉄に乗りました。

[77077] 2010 年 12 月 21 日 (火) 00:28:17【1】 Issie さん
 元は自動車関連工場

[77073] 白桃 さん
その市の市役所の隣には、大きなイオン(ジャスコ)があって、その隣にはよりによってイトーヨーカドーがあるのです。

ぺとぺと さんの推理([77074])のとおりであるなら,実はお隣の「なんちゃって政令指定都市」に先行事例があります。
もう20年ほど前,近くを走るJR線上に新しい駅が設置されるのに合わせた開発事業に関連して国道脇の企業グランド跡地に大規模ショッピングセンターが作られ,そこにジャスコとイトーヨーカドーが出店してきました。こちらは,どちらかというとジャスコの方がメジャーで,ヨーカドーの方はマイナーな印象を受けますが。
十数年の時を隔てて工場跡地に開設されたお題の所では,両者対等のような感じを受けますね。もっとも,私はイトーヨーカドーの方にしか行ったことがなく,その先にジャスコが出店しているなんて知りませんでした。

だからね,両方の大型スーパーが隣り合っていても,私は別にビックリしないよ,というお話でした…。

※スカイツリーの足元や,大手町の辺りから乗り換えなしで来れる市ではありますね。

[77076] 2010 年 12 月 21 日 (火) 00:04:27 笠津前浜 さん
 歳末です

松江市が県庁所在地における人口最少の座を返上、というニュースを見て久々に書き込みます。いつの間にか20万人に届こうか、という市域を持つようになっていたんですね。景色が綺麗な、良い町です。

さて、本年は家族が増えたり仕事が変わったり家がかわったりと、あっという間に過ぎた一年でした。年内に次の書き込みができるかどうかあやしい・・・のでかなり気が早いですが、皆さま良いお年をお迎えくださいませ。

[77074] 2010 年 12 月 20 日 (月) 22:42:37 ぺとぺと さん
 大変でしたね

[77073]白桃さん
とりあえず思いついたのは「魂」とか「撫子」につながりの深い人口20万人台の県央の市ですが、どうやってそんなところに辿り着かれたのか、そちらの方が気になります(笑)

[77073] 2010 年 12 月 20 日 (月) 22:24:41 白桃 さん
 ここはどこ?

[77034]を書き込んだのは、もう今年中に新たな「経県」はしないだろうと思ったからでしたが、そうは問屋がおろさなかった。
先週の金曜日の夜、心ならずもトンデモナイ所に行ってしまいました。
幸い、ある所に無料で宿泊することが出来て、翌朝も車で最寄駅まで送ってもらいましたが、その途中、ビックリすることがありました。
その市の市役所の隣には、大きなイオン(ジャスコ)があって、その隣にはよりによってイトーヨーカドーがあるのです。
さてさて、このとんでもない市はどこでしょうか???

ついで:[77034]の答え
A群:ノン・アルコール市
B群:アルコール補給市

[77072] 2010 年 12 月 20 日 (月) 22:18:06 ぺとぺと さん
 十番勝負の新趣向問題について

こんばんは。例によって湘南色の列車内からです。

[77067] オーナー グリグリさん
以上、ご意見等頂ければ幸いです。
今回の新趣向形式の一部導入は、[76757]でご説明いただいたとおり、このところ十番勝負への参加者が減少傾向にあることを踏まえ、マンネリ化を打破するのが最大の目的だと受けとめています。 実験問題による検証で明らかになったようなテクニカルな課題はいくつかあるのでしょうが、解答者にとっても、解答の並び順という新たなヒントの増加、別解の発生可能性の減少、まぐれ当たりでメダルを持って行かれるケースの極小化と言ったメリットがあると思います。
さて、導入趣旨やそれらのメリットを踏まえたうえで、1点だけ提案というか要望があります。それは、新趣向形式の出題に際しては、解答にかかる手間も考慮していただきたいというものです。 たとえば、「各都道府県で一番最近合併した市(47市)を合併日付の新しい順に並べる」という問題の場合、まず47市すべてを確認すると共にそれぞれの合併日付を書き出し、さらにそれらを並べ替えるという工程が必要になります。
つまり、共通項が複雑になると、従来方式に比べて解答を導くための労力が圧倒的に増加するものと思われます。「十番勝負のためにはそのくらいの手間は厭わない」という方も多くいらっしゃるとは思いますが、多忙ゆえ手間がかかりそうな問題の回答をあきらめてしまう方がいては、新趣向形式を導入した意味も半減してしまうように思います。
大変難しい要望かもしれませんが、個人的には、順序に関してはデータベース検索や一般に公開されている統計情報等を駆使すれば、あまり手間をかけずに確認ができる、という内容にしていただけると嬉しいです。

これまでのやり方を変えることは、おそらく出題者であるグリグリさんにとっても、かなりの負荷がかかることだと思いますが、意を汲んで新趣向形式を楽しめればと思います。もっとも、「うっかり八兵衛」の私にとっては、誤答リスクが高まるという面もあるので、そう鷹揚にも構えていられないのですが(笑)

[77071] 2010 年 12 月 20 日 (月) 22:00:00 白桃 さん
 新・十番勝負についての「杞憂」

昔、新吾十番勝負というのがありました。
さて、十番勝負の新企画について、若干の質問をさせていただきます。いや、ゲームとして非常に面白そうなので、質問というよりは、まぎらわしい出題の例を出して、オーナーを「牽制」させていただきます。

その前に、ご参考までに以下を(全く88さんのテリトリーですが・・・)

札所番号寺院名所在自治体---札所番号寺院名所在自治体
88大窪寺さぬき市---77道隆寺多度津町
87長尾寺さぬき市---76金倉寺善通寺市
86志度寺さぬき市---75善通寺善通寺市
85八栗寺高松市---74甲山寺善通寺市
84屋島寺高松市---73出釈迦寺善通寺市
83一宮寺高松市---72曼荼羅寺善通寺市
82根香寺高松市---71弥谷寺三豊市
81白峯寺坂出市---70本山寺三豊市
80國分寺高松市---69観音寺観音寺市
79天皇寺坂出市---68神恵院観音寺市
78郷照寺宇多津町---67大興寺三豊市

以上は、四国八十八か所を逆回りに巡った「順番」です。
普通なら、
問題:さぬき市、高松市、坂出市、善通寺市、三豊市
とお題の5市が並び、この場合の「金メダル」は観音寺のある観音寺市になります。

でも、
問題:さぬき市、高松市、坂出市、高松市、坂出市(重複を許す順番)
と出題された場合の「金メダル」は金倉寺のある善通寺市になります。

でも、でも、
問題:さぬき市、さぬき市、さぬき市、高松市、高松市(一寺ごとの順番)
と出題された場合の「金メダル」は一宮寺のある高松市になります。
で、この場合の「銀メダル」も根香寺のある高松市になりますが、回答者は「高松市」としか答えませんので、「金」メダル獲得者出現後10分以内に「高松市」と答えた人は、参考記録になるのか、「銀メダル」獲得になるのか、判定するのが難しい、というより不可能です。
ま、こんな紛れのある問題をオーナーが出題されるはずもありませんが・・・

[77070] 2010 年 12 月 20 日 (月) 21:36:18【1】 ソーナンス さん
 五島の経緯

ということで新形式で初、そして現時点で唯一の誤答をやらかしたソーナンスです。

さて、それではそんなヤラカした経緯でも…

[77069] EMM さん
ソーナンスさんは問三の解を「市名全部のアイウエオ順の一覧」から探したのでは無いかと推定しています
とりあえず問二ですよね?という指摘はどうでもいいとして、
僕はデータベース検索の前方一致&後方一致検索で杵築市の次を「き」から順に探して行きました。
すると「し」の項目でヒットする市が。

これを見ると上に「白石市」、下に「志布志市」があります。市町村コード順に並んでいるのだからそうなるのですが、
何を思ったか“あいうえお順”だと早合点。

最初から面白データベース検索の頭尾同一読みの市を使っていればこんなことにはならなかったのです…(泣

[77069] 2010 年 12 月 20 日 (月) 02:07:20 EMM さん
 [77060] の詳細

[77067] オーナー グリグリ様


[77060]で書いた「思ったところ」ですが、「ソーナンスさんの白石市が順番違いの誤答で、私が共通項に気づいた時点で次答えるべき市が白石市だったため、解答するかどうか心の葛藤が生じた」…と言う事でした。
正直なところ答えづらかったですが、一方で「誰かが答えないと次が続かない」というのもあったので、練習という事もあり、えいやっと投入したのでありました。
実際に対面すると結構悩ましいものでした。

一方で、自分が「順番間違い」をする可能性も当然ある訳です。
[77067]では「曖昧な市」について言及されていますが、設問次第では明確な正答の市でも「うっかり飛ばしてしまう」場合が有り得るでしょう。
ソーナンスさんは問三の解を「市名全部のアイウエオ順の一覧」から探したのでは無いかと推定しています(ちなみに、私もそうしました)が、もしそのような「一覧の中に飛び飛びに分布する該当市を拾っていく必要がある」ような設問があった場合には「うっかり飛ばし」が出て来やすそうです。
いかに拾い損ねをなくすか、が重要かも。
そもそも、この出題形式だとルール上「基本的にその時点で解答できる市は1市」なんですよね。
むろん、同一順位の市が複数ありうる問題だとその限りではない(実際、問三は出題時に選択できる市が8市あった)のではありますが、いずれにしても従来形式の問題よりもさらに慎重に取り組む必要がありそうだ…と感じた次第であります。

あと、問二でちょっと悩ましいと思った市は津市でした。

[77068] 2010 年 12 月 20 日 (月) 00:14:14 オーナー グリグリ
 3県境探訪ルート図

オフ会での3県境探訪ツアーのルート図を第7回公式オフ会記録ページに公開しました。

第7回落書き帳公式オフ会「3県境探訪ルート図」

ツアーに参加したメンバーが、道の駅きたかわべから3県境を目指して行くルート図です。道中の様子を写真でも見ることができますので、どうぞ皆さんご覧ください。

[77067] 2010 年 12 月 19 日 (日) 22:35:05【1】 オーナー グリグリ
 新趣向形式の十番勝負練習問題(共通項発表と課題分析)

まず、[77061]以降の解答の採点です。全員正解です。

■問一
◯砂川市  [77062] 伊豆之国さん
◯熊野市  [77063] 大龍エクスプレスさん
◯宮津市  [77064] k-aceさん
◯津久見市 [77066] suikoteiさん
※想定解終了です。

■問二
◯竹田市  [77062] 伊豆之国さん
◯津市   [77063] 大龍エクスプレスさん
◯富里市  [77064] k-aceさん
◯松山市  [77065] ソーナンスさん
◯瑞浪市  [77066] suikoteiさん
※想定解終了です。

■問三
◯富士宮市 [77062] 伊豆之国さん
◯印西市  [77063] 大龍エクスプレスさん
◯湖西市  [77064] k-aceさん
◯宮崎市  [77066] suikoteiさん

共通項は以下の通りです(リンクは参考ページです)。
□問一:人口1万人台の市(人口の少ない順)
□問二:読みの最初と最後が同じ市(読みの五十音順)
□問三:合併(新設および編入)を行った市(最近順)

問一と問二には同一順位の市は出てきませんが、問三は同一順位の市が多く出てきます。

今回の検証によりいくつか課題も見えてきました。

(1) 正答か誤答かあいまいな市が飛ばされた場合の対応問題
共通項の境界が曖昧で微妙なA市がある場合、その市が答えられずに次のB市が解答されると、次の解答者は微妙なA市を答えるべきか、B市の次のC市を答えるべきか迷ってしまう。さらにその次の解答者もA市を答えるべきかD市を答えるべきかと迷いの連鎖が起こってしまう。仮にC市、D市と連鎖が続いた後、A市が正答であるとの判断でB市、C市、D市がすべて誤答となってしまうと、解答者に困惑を与えることになりかねない。なお、A市が飛ばされずに答えられた場合には、A市が正答であれ誤答であれ混乱は起きない。

対策としては、あいまいな市をできるだけ排除するよう努力するしかないが、解答状況によっては柔軟な判断が求められるかもしれない(A市を誤答と強引に位置付けてしまうなど)。

(2) 同じ市が何度でも正答となる可能性がある
今回の問三は、正答数が延びて行くと、2010.3.23の編入合併で答えられた熊本市が、2008年10月6日の編入合併で再び該当することになる。同じ市が正答として繰り返されることを許容するかどうか決めていなかったが、解答に味が出るので許容することとしたい(既存正答として判断されないように採点システムの強化が必要)。

(3) 新趣向形式と従来形式の混在出題について
一部の方から混乱を招くのではというアドバイスがありましたが、新趣向についてはまだまだ課題がありそうなこともあり、当初は一部の問題からスタートしたいと考えます。いずれにしても、問一から問五は従来形式、問六から問十は新趣向形式、というように問題を分離するようにします。多少の混乱は招くかもしれませんが、それはそれで味付けの一つとして容認していただければ幸いです。

以上、ご意見等頂ければ幸いです。
なお、救済処置による過去の12件の誤答の参考記録化は、採点システム強化時に合わせて行います。

[77066] 2010 年 12 月 19 日 (日) 22:18:32 suikotei さん
 練習問題

ご無沙汰しています。

問一:津久見市
問二:瑞浪市
問三:宮崎市

[77065] 2010 年 12 月 19 日 (日) 21:13:49 ソーナンス さん
 れんしゅーもんだい

問二:松山市


うぅ…見間違えてた(泣
はじめからあっちでなくそっちを使ってれば…

[77064] 2010 年 12 月 19 日 (日) 19:08:29 k-ace さん
 十番勝負・練習問題と立川・八王子と摩耶

こんばんは、k-aceです。
まずは十番勝負・練習問題の解答をば。

問一:宮津市
問二:富里市
問三:湖西市

なお、仕事と加西市への帰省により記念すべき第三十回・十番勝負への参加が大幅に遅れることが確実です。4日にようやく参戦といったところでしょうか。来月の十番勝負の目標を参加賞に変更します。
これはグリグリさんに対する一個人の要望(というか希望)なのですが、来月の十番勝負、帰省者の十問完答を可能にするため、想定解数が少ない問題が無いよう、よろしくお願いします。


本日、新宿区、武蔵野市(吉祥寺)、立川市、八王子市(八王子駅)と用事も兼ねウロウロしてきました(これのため、練習問題への参加が遅れました。外出先から練習問題が出題されたのは把握していたのですが)。
立川駅北には2015年を目処に?、IKEAができるようです。八王子駅南口再開発地域もうろついてきましたが、それでも立川には劣りそう。

神戸市灘区の六甲道と灘の間の東灘信号所付近に2016年春「まや(摩耶)駅」(仮称)が開業する予定です。

[77063] 2010 年 12 月 19 日 (日) 18:38:57 スカンデルベクの鷲[大龍エクスプレス] さん
 練習問題

問一:熊野市
問二:津市
問三:印西市

で、どうでしょう?

[77062] 2010 年 12 月 19 日 (日) 17:57:35 伊豆之国 さん
 練習問題

問一:砂川市
問二:竹田市
問三:富士宮市

[77061] 2010 年 12 月 19 日 (日) 17:24:19【1】 オーナー グリグリ
 新趣向形式の十番勝負練習問題(中間採点)

■問一
◯珠洲市  [77047]88さん
◯芦別市  [77050] ソーナンスさん
◯西之表市 [77051] EMMさん
△芦別市  [77052] 桜トンネルさん(△:10分以内の既解答のため参考記録扱い)
◯垂水市  [77054] 桜トンネルさん
◯安芸市  [77055] おがちゃんさん
◯尾花沢市 [77059] 桜通り十文字さん

■問二
◯杵築市  [77048] おがちゃんさん
×白石市  [77050] ソーナンスさん
◯志布志市 [77052] 桜トンネルさん
◯白石市  [77057] EMMさん

■問三
◯加須市  [77049] EMMさん
◯小林市  [77052] 桜トンネルさん
◯久喜市  [77053] ソーナンスさん
◯熊本市  [77055] おがちゃんさん

追記:
[77060]EMMさんの「思ったところ」は私も何となく分ります。「悩ましい市」ははっきり分ります。後者については、今回の出題がまずいですね。該当しない市を明示するか想定解数を明示する必要がありました。ということで、問二の想定解数は13市です。いずれにしても共通項のあいまいさをこれまで以上に排除することが必要なようです。

[77060] 2010 年 12 月 19 日 (日) 17:16:04 EMM さん
 Re:[77058]

[77058] オーナー グリグリ様

思ったところの詳細は終了後に申し述べます。
とりあえずは採点を待ちます。

ところで、問二はこの先にもちょっと悩ましい市が待っているような気がしないでもない…過去問と照らし合わせた上でどう判断するか、かなぁ…

[77059] 2010 年 12 月 19 日 (日) 17:10:27 桜通り十文字 さん
 練習問題

問一 尾花沢市

[77058] 2010 年 12 月 19 日 (日) 17:09:01 オーナー グリグリ
 大丈夫です

[77056] EMMさん
問二、非常に困った事になっているような気がしないでもないのですが、後に続くものはどうすればよろしいのでしょうか?
共通項がしっかり分っていれば、[77050][77052]の採点がどうなるか分るはずですから、次にどう対応(解答)すれば良いか分ると思います。

敢えて、練習、訓練、検証のため、採点は終了時(今晩)に一括で行いたいと思います。いや、途中で一度採点してみるのも検証のため必要ですね。今回の指摘を含め、いくつか課題というか明確化が必要な事項が出てきました。いきなり本番ではなく、練習問題をやってよかった。

[77057] 2010 年 12 月 19 日 (日) 17:07:26 EMM さん
 新趣向形式の十番勝負練習問題の解答

[77046]に書かれたルールを自分なりにかみ砕いた上で、練習だという事を頭に置き、問題提起との意味でもこういう解答を投入してみます。
この解答、非常に悩んだ挙げ句でありますが…

問二:白石市

[77056] 2010 年 12 月 19 日 (日) 17:00:20 EMM さん
 練習問題のブレイク

[77044][77046] オーナー グリグリ様

問二、非常に困った事になっているような気がしないでもないのですが、後に続くものはどうすればよろしいのでしょうか?

[77055] 2010 年 12 月 19 日 (日) 16:55:31 おがちゃん さん
 練習問題解答

問一:安芸市
問三:熊本市

確かに両方の型の問題が混ざるのは混乱するかも。

[77054] 2010 年 12 月 19 日 (日) 16:48:51 桜トンネル さん
 練習問題解答&坂戸市

新傾向での初めての重複解答となってしまいました(笑)

問一:垂水市

こういう場合はいつも通り再答可能ですよね?

[77053] 2010 年 12 月 19 日 (日) 16:45:44 ソーナンス さん
 練習問題 解答

問三:久喜市

これで完答一番乗り!…か?

[77052] 2010 年 12 月 19 日 (日) 16:44:06 桜トンネル さん
 練習問題解答&越谷市

こういう答え方は初めてですから、これからのことも考えて参加しておきます。

問一:芦別市
問二:志布志市
問三:小林市

この問題の出し方だとまぐれ当たりは減りそうですし、狙った都道府県を解答するのも難しいですね。

[77051] 2010 年 12 月 19 日 (日) 16:40:28 EMM さん
 新趣向形式の十番勝負練習問題の解答

問一:西之表市

芦別を書こうとしたところでした。危うし危うし。

[77050] 2010 年 12 月 19 日 (日) 16:38:27 ソーナンス さん
 練習問題 解答

一瞬、十番勝負が始まってるのかと思いました(汗


問一:芦別市
問二:白石市


こういう形式も面白いですね。
ただ複数の形式が同時開催されるのは混乱するかも。
奇数回は今まで通り、偶数回は新形式に分けるなどした方が
個人的にはすっきりするかと。

[77049] 2010 年 12 月 19 日 (日) 16:37:26 EMM さん
 新趣向形式の十番勝負練習問題の解答

問三:加須市

外出中に大まかなところは気づいたものの、携帯からでは調べきれず、帰宅してすぐ慌ててパソコン立ち上げました(^^;;;

とはいえ、いきなりかいね…(謎)

[77048] 2010 年 12 月 19 日 (日) 15:48:20 おがちゃん さん
 練習問題解答

おがちゃんです。

問二:杵築市

次回の十番勝負は面白くなりそうですね。
しかし、開始の瞬間には赤城神社にいるのですが・・・。
課題を早く進めなければ。

[77047] 2010 年 12 月 19 日 (日) 15:44:19 88 さん
 新趣向形式の十番勝負練習問題 解答

問一:珠洲市

 初金メダル!!

[77046] 2010 年 12 月 19 日 (日) 15:25:11【3】 オーナー グリグリ
 新趣向形式の十番勝負練習問題

練習問題です。本日中に終わらせる予定です。

【問題】
以下の各問に列挙した市にはある共通する特徴があり、かつ、ある順序で並んでいます。同じ特徴を持つ市で次の順位に来る市を、一市だけお答えください。先に答えられた方の市が正答だと判断された場合は、その市に続く順位の市をお答えください(ただし、同一順位の市がすべて答えられるまで次の順位の市は答えられません)。なお、同じ順位の市については任意の順で答えて構いません。問題市の中の同じ順位の市についても並べ方は不定です。

問一:三笠市、夕張市、赤平市、室戸市、土佐清水市(想定解数:15市)
問二:印西市、貝塚市、笠岡市、亀岡市、北茨城市(想定解数:13市)
問三:長岡市、松本市、佐世保市、栃木市、姶良市(該当しない市:岩出市)(想定解数:?市)

※問三を追加
追記:問二の想定解数を明示

[77045] 2010 年 12 月 19 日 (日) 14:28:53 オーナー グリグリ
 十番勝負新趣向による救済処置について

[77044]
タッチの差で誤答(既正答による)になる可能性が高くなりますが、これについては救済処置を検討します
この件について説明します。

救済方法をいろいろ検討しましたが、結局のところ、解答済みかどうかの確認時間として、どれくらいの猶予を持たせるのが妥当かということになると思います。常識的には、解答直前に落書き帳をリロード(再表示)して同じ解答が出ていないかどうかを確認する時間は、解答ラッシュが起きている場合も勘案すると10分程度が妥当な線であろうと考えます。以上のことから、救済処置を次の通りとします。

「正答市が答えられてから10分以内に同じ市を誤って解答した場合は誤答としない。」

上記ルールについては、過去の十番勝負にも適用したいと思います。そこで、過去の既正答市の解答例で1時間以内のものを時間順にリストアップしてみました(漏れがあればご指摘ください)。

#間隔(分:秒)回数問題正答者記事#既解答者記事#解答市
------------------------------------------------
100:05217EMM[68062]suikotei[68063]小矢部市
200:19123suikotei[52253]いっちゃん[52254]平川市
300:25188MasAka[63239]suikotei[63240]平戸市
400:4186深夜特急[43381]かぱぷう[43382]荒尾市
500:58196蒼の狼[64285]KK[64286]瀬戸内市
601:26810BEAN[43463]JOUTOU[43464]武蔵野市
701:31152KK[57552]デスクトップ鉄[57553]熊本市
801:3887かぱぷう[43662]でるでる[43663]小城市
904:11291大龍エクスプレス[76665]桜通り十文字[76666]熱海市
1006:08152ぺとぺと[57531]油天神山[57536]宇部市
1106:10162suikotei[59898]スピカ[59899]武蔵村山市
1208:2082千本桜[43316]BEAN[43318]秋田市
------------------------------------------------
1319:16276伊豆之国[74570]EMM[74579]尾花沢市
1419:5896運び屋A[46018]SaYo[46021]津市
1520:56178スピカ[62077]みかちゅう[62080]府中市(東京)
1620:56179スピカ[62077]みかちゅう[62080]藤沢市
1733:02169かぱぷう[59912]ペーロケ[59921]雲仙市
1834:59122KK[52213]なると金時[52225]淡路市
1937:21177小松原ラガー[62113]敷守ほむら[62119]結城市
2040:049988[45968]小松原ラガー[45974]中間市
2148:0661KK[39784]牛山牛太郎[39794]東広島市
2259:14202かぱぷう[66193]蒼の狼[66199]長崎市

一番間隔の短いのが、第二十一回問七で小矢部市を答えたEMMさんとsuikoteiさんで、たったの5秒差でした。その後、19秒差、25秒差、41秒差、58秒差と続きます。ここまでが1分以内で5件。1分台も3件あり、その後、4分台、6分台(2件)、8分台と続き、10分以内は過去に合計12件ありました。この12件については、遡って誤答とはしないことにします。採点はしますが誤答数および解答数としてカウントはしないという扱いにします(参考記録扱い)。初期の十番勝負で何回も正答を答えられた場合の二回目以降を参考記録扱いとしているケースと同じです。

余談ですが、上記表の15,16番目は、解答者がともに複数解答を行い、そのうちの2問がいずれも同一正答者の既解答だったという珍しいケースです。

この後、練習問題を出してみようと思います。

[77044] 2010 年 12 月 19 日 (日) 13:43:14 オーナー グリグリ
 第三十回全国の市十番勝負について(重要なお知らせ)

さて、30回の節目となる次回の十番勝負についてご案内です。

■開始日時
1月1日午前0時開始とします。
いろいろ悩みましたが、私の予定などとの関係もあり、30回記念ということもあり、久しぶりの新年カウントダウンスタートとします。皆さんいろいろお忙しいかと思いますが、焦らずじっくり参加していただければと思います。

■出題形式の新趣向(解答方法に一部変更があります)
市の並び順を意識した出題を行います。問題市の並び順が意味を持ちます。また、解答もその並び順を意識して解答していただきます。具体例で説明します。

例題1(問題市):高山市、浜松市、日光市、北見市、静岡市

共通項は「面積の大きな市(面積順)」です(参考ページ)。問題市は面積の大きな市から順に並んでいます。この問題に対する解答は、静岡市の次に面積の多い「釧路市」が最初の正答になります。以下、鶴岡市、宮古市、庄原市、富山市と続きます。常に最新の解答(正答)を確認しておく必要があります。このため、タッチの差で誤答(既正答による)になる可能性が高くなりますが、これについては救済処置を検討します(詳細は別記事で)。

もう一つ例題です。

例題2(問題市):浜松市、静岡市、札幌市、広島市、京都市

共通項は「政令指定都市(面積の大きい順)」です(参考ページ)。正答は、岡山市、仙台市、新潟市、神戸市と続き、面積の最も小さい川崎市が最後の正答となります。お分かりのように、例題1では想定解数は787市(全市)となりますが、例題2では政令指定都市のみが対象となり19市が想定解数となります。例題2のように限定された範囲での並び順が共通項となる問題もあります。

さらに例題です。

例題3(問題市):篠山市、西東京市、さいたま市、さぬき市、宗像市

共通項は「平成の大合併以降、新設合併した市(合併日付順)」です。編入合併や単独市制は対象外です。共通項に該当する市を新設合併日付順に並べてみましょう。
1999.4.1篠山市
2001.1.21西東京市
2001.5.1さいたま市
2002.4.1さぬき市
2003.4.1南アルプス市、山県市、静岡市、東かがわ市、宗像市
2003.4.21周南市
2003.5.1瑞穂市
2003.9.1千曲市
2003.12.1いなべ市
2004.2.1飛騨市、本巣市
となります。並び順が同順位の場合はどれを答えても構いません(同順位の問題市の並べ順も不定とします)。したがって、この問題の場合、最初の正答は「南アルプス市、山県市、静岡市、東かがわ市」のどれでも構いません。この4市がすべて解答されると、次の正答は周南市になります。以降、瑞穂市、千曲市、いなべ市、(飛騨市、本巣市)と続きます。飛騨市と本巣市はどちらを先に答えても構いません。

以上が、十番勝負新趣向になります。なお、次回は10問すべてをこの新趣向にせず、半分の5問を新趣向、残り5問は従来通りの出題形式とする予定です。いずれにしても、どちらの設定であるかは区別して出題します。この後、救済処置の説明と練習問題を出題してみたいと思います。

[77043] 2010 年 12 月 19 日 (日) 10:12:41 白桃 さん
 ご報告

[76989]白桃で
2005年国勢調査人口と2010年国勢調査人口の市町村順位が全く同じである都道府県があるのか、どうか、確認してみることにしました。-(中略)-正式発表はもちろんまだですが、多分、愛媛県が該当するだけでしょう。
これは、以下の通りです。2010年の数字は愛媛県推計の2010年10月1日現在人口です。
市町2005年2010年
松山市514,937516,457
今治市173,983167,285
新居浜市123,952122,326
西条市113,371111,623
四国中央市92,85490,169
宇和島市89,44483,590
大洲市50,78647,395
西予市44,94841,797
八幡浜市41,26438,375
伊予市39,49338,103
東温市35,27835,311
松前町30,56430,463
愛南町26,63623,931
砥部町22,42422,036
内子町19,62017,983
鬼北町12,43211,595
伊方町12,09510,754
久万高原町10,9469,587
上島町8,0987,367
松野町4,6904,282
やや微妙なのが、八幡浜と伊予の順位です。
また、
今までの国勢調査史上、前回と順位変動がなかったケースが有ったか無かったか、ということを確認しようと思ったのですが、「安奈」を聴いているうちに眠くなってしまいました。
につきましては、47都道府県調査の結果、過去にはありませんでした。

[77042] 2010 年 12 月 19 日 (日) 09:59:16【1】 オーナー グリグリ
 変遷情報更新について

[77032] BANDALGOMさん
栃木県議会は14日、栃木市・西方町の廃置分合議案を可決しました。
これを受け、栃木県知事は15日、両市町の廃置分合を決定し、総務大臣に届出を行いました。
(中略)
一方、愛知県議会は今日16日、西尾市と一色町・吉良町・幡豆町の廃置分合議案を可決しました。
[77037] BANDALGOMさん
島根県議会は11月定例会最終日の今日、松江市・東出雲町、出雲市・斐川町の廃置分合議案を可決しました。
上記3件(合併情報は4件)の変遷情報を更新しました。情報提供をありがとうございました。

[77036] 山野さん
<今回は一先ず、関東地方のみ。>
公式サイトがリンク切れの合併(不成立)情報一覧です。(かなり古いものばかり)
(中略)
「詳細」を開き上記のリンクを押すと見事に「リンク切れ」でした。
見ていますと、協議が破綻して不成立情報一覧へ移動した情報は、リンク切れが発生しても放置される傾向がありますので、
害のあるサイトへの誘導防止の為にも、一旦全てをチェックして削除する様にお願いします。
ご指摘をありがとうございます。群馬県、栃木県の情報の一部を修正しましたが、おっしゃる通り、不成立になった情報を中心に変遷情報全体のリンク確認(※)が必要なため、改めて時間を確保した上で更新作業を行いたいと思います。しかしながら、放置期間が長期に渡っているため、更新作業には時間が掛かりそうです。リンク情報の維持自体に膨大な労力が必要であり、今後の情報の維持方法について再検討が必要な時期に来ていると考えています。

※追記:
・関係のないサイトにリンクされているもの(例:太田市・大泉町任意合併協議会)
・URLが変更になっているもの(例:栃木地区合併協議会)
・新たに検索すると別リンクが見つかるもの(例:宇都宮市・高根沢町合併協議会)

[77041] 2010 年 12 月 18 日 (土) 21:21:04 ぐりゅん さん
 北陸新幹線

[77039] Issie さん
私は北陸新幹線にはぜひ「白山」の復活を,と願っています。
在来線特急時代と同じく、長野止まりの「あさま」とのペアでいい感じですね。
新幹線はひらがな名称のようですから、「はくさん」でしょうか。

将来、大阪までつながった時に直通で走る列車には、「はくたか」か「はくちょう」を持ってきてほしいと思います。
難点は、東京口では「はやて」「はやぶさ」に続いて「は」で始まる列車ばかりになってしまうこと…
「あさひ」「あさま」問題の再燃になるかも知れません。

[77040] 2010 年 12 月 18 日 (土) 14:30:54 山野[山野] さん
 合併効果?

今回のは「季節物」。

今年3月に印西市へ合併した旧本埜村の水田に渡り鳥である「白鳥」を見に見物客が増えた事で家族連れで賑っている模様。
「コハクチョウ+オオハクチョウ+アメリカコハクチョウ」等の混合で計360羽程だという。
要因:「市の広報で取り上げられたから」だそうで。

[77039] 2010 年 12 月 18 日 (土) 09:42:10 Issie さん
 サンダーバード

[77038] 大龍エクスプレス さん
新鳥栖と久留米のどちらか一方にも停車

他線との接続の件だけでなく,何より筑後地方の中心都市を通過するというのはあり得ないし,佐賀県にも停まるという実績を残しておきたい,という事情を両立させなくてはならない点もあるのでしょう。
駅間6キロ足らずなら両駅を統合できなかったのか,とも思うのですが,やっぱ無理だったんでしょうね。なぜ停まるのか今一つ理解できない 筑後船小屋 とは違って,鳥栖 も 久留米 も停車させるべき駅ではあります。

ところで,同じ3月の改正で北陸線の「雷鳥」で国鉄以来使用していた特急電車が引退し,これを機会に列車名を「サンダーバード」に統一するというニュースもありました。ううう〜ん,こちらに統一しちゃうのか…。
某ポータルサイトのコメント欄には,北陸新幹線に「雷鳥」を,なんて書き込みがあるのですが,「雷鳥」は対京阪神の看板列車ですよね。私は北陸新幹線にはぜひ「白山」の復活を,と願っています。

※某所で見かけた,わが国の外相とロシア大統領のツーショットがサンダーバッドそっくり,という話,笑っちゃいました。

[77038] 2010 年 12 月 17 日 (金) 21:43:49 スカンデルベクの鷲[大龍エクスプレス] さん
 九州新幹線

鉄ネタ。
新大阪―鹿児島中央4時間10分 「さくら」停車駅決定
したそうです。記事によると停車駅は、新神戸、岡山、福山、広島、小倉、博多、熊本、川内にはかならず停車。新鳥栖と久留米のどちらか一方にも停車。姫路、徳山、新山口、新下関、新大牟田、新八代にも時間帯によって停車するそうです。
そこで、個人的に非常に気になったところは、
新鳥栖と久留米のどちらか一方にも停車。
という所です。どちらにも停まればいいのに、と思う所ですが、記事にも載っている通り、新鳥栖駅と久留米駅はなんと5.8kmしか離れていないのです。この2駅、個人的にはとても優劣つけがたい存在です。新鳥栖駅は、長崎本線と接続し、将来は長崎ルートとの分岐点ともなる駅でもあります。長崎ルートが開通するまでの間は新鳥栖駅から特急に乗り継ぐのが長崎への主要なルートともなり得ます。対する久留米駅は鹿児島本線と久大本線と接続します。鹿児島本線との接続は九州新幹線が全通するためあまり影響しないと思うのですが、久大本線にはあの超有名な温泉地湯布院を目的とする特急も走っています。新幹線全通後は新大阪からなら博多よりも久留米で乗り換えた方が時間短縮になると思います。都市規模では30万人を擁する久留米駅が優勢です。他にも、今回の開通では筑後船小屋、新大牟田、新玉名などの駅が停車駅争い(???)を起こしそうな気がします。(新鳥栖vs久留米よりは穏やかだと思いますが…。)

[77037] 2010 年 12 月 17 日 (金) 17:25:35【1】 BANDALGOM さん
 県議会ほか

島根県議会は11月定例会最終日の今日、松江市・東出雲町、出雲市・斐川町の廃置分合議案を可決しました。
グリグリさん、でるでるさん、更新よろしくお願いします。

なお、一関市と藤沢町の合併申請は21日に行われる予定なので(一関市HPより)、岩手県議会での審議は年明けになります。

川口市と鳩ケ谷市は、21日に第2回の法定協議会が開かれますが、任意協議会でほとんど合意しているため、今度の会議で協議終了になるのではないかと予想しています。

まぁ、これをもって、現在ある合併の動きは一段落というところでしょう。

#官報告示の情報を得てきた総務省のメルマガは、「平成の大合併」最後の官報告示(中之条町・六合村)の後、登録を解除していましたが、これからしばらく動きがあるので、再登録しようかと考え中です。

[77036] 2010 年 12 月 17 日 (金) 00:46:36 山野[山野] さん
 リンク切れによる、アドレス撤去について

グリグリさんへ
1年か半年置きに同件を書いていますが反映されていない事がありますので、代理更新お願いします。

<今回は一先ず、関東地方のみ。>
公式サイトがリンク切れの合併(不成立)情報一覧です。(かなり古いものばかり)
☆下仁田町・南牧村合併協議会(休止中)
☆下仁田町・南牧村任意合併協議会
☆太田市・大泉町任意合併協議会(任意)(2009/5/1解散)*既に関係の無い広告のHPとなっています。
☆群馬郡4町村任意合併協議会(2004/3/31解散)(榛名町ホームページ)
☆宇都宮市・高根沢町合併協議会(2005/6/30解散)
☆栃木地区合併協議会(2010/3/28解散)*アドレス変更。
☆大平町:市町村合併について
☆芳賀地区合併協議会(2004/8/31解散)
☆二宮町:市町村合併に関する取り組み状況に関する資料について
☆阿見町・美浦村合併協議会(2005/3/30解散)
☆美浦村:合併検討の経緯
☆八潮市:市町村合併
☆朝霞市・志木市・和光市・新座市合併協議会(2003/6/30解散)
☆久喜市・幸手市・鷲宮町合併協議会(2004/11/30解散)
☆鷲宮町:市町村合併について
☆菖蒲町:市町村合併
☆蓮田市・白岡町合併協議会(2009/6/30解散)
☆蓮田市:市町村合併
☆坂戸市:市町村合併についてどのように考えますか?
☆鶴ヶ島市:一緒に考えてみませんか市町村合併
☆毛呂山町:市町村合併
☆吉川市・松伏町合併協議会(2004/9/30解散)
☆皆野町・長瀞町合併協議会(2005/3/31解散)
☆長瀞町:市町村合併
☆嵐山町:市町村合併の取り組みについて
☆滑川町:市町村合併
☆熊谷市・大里町・江南町・妻沼町合併協議会(2004/5/31解散)
☆千葉市:協議会の廃止について
☆銚子市・東庄町合併協議会(2005/3/25解散)
☆一宮町:合併問題について
☆本埜村:市町村合併への取組み
☆印西市・白井市・印旛村・本埜村合併協議会(2004/8/31解散)
☆東金市:市町村合併情報
☆茅ヶ崎市:市町村合併
☆西さがみ連邦共和国(小田原市・足柄下郡4市町)
☆真鶴町湯河原町合併協議会(2004/9/25解散)

「詳細」を開き上記のリンクを押すと見事に「リンク切れ」でした。
見ていますと、協議が破綻して不成立情報一覧へ移動した情報は、リンク切れが発生しても放置される傾向がありますので、
害のあるサイトへの誘導防止の為にも、一旦全てをチェックして削除する様にお願いします。

[77035] 2010 年 12 月 17 日 (金) 00:12:44【1】 油天神山 さん
 自治体越え町名コレクション情報提供

こんばんは、油天神山です。

拙稿[75524]で自治体越え町名コレクションへの情報提供の最後に、
この他に政令指定都市の区境を越えた地名も十数件拾い出しているんですが、書く根気が続かなくなってきたので(やっぱり夏バテだ)、また改めます。十番勝負後になってしまうかもしれませんが。
と書きましたが、十番勝負が終わっても放ったらかしたまますっかり忘れてました。その間に十番勝負が更にもう一回とオフ会が開催され、気が付いたら半年近く経っていました(汗)。
という訳で、改めて自治体越え町名コレクションへの追加情報、政令指定都市の区境越え町名篇です。

あさひがおか:仙台市青葉区旭ケ丘/泉区旭丘堤

こなかだい:千葉市稲毛区小仲台・小中台町/花見川区西小中台

さくらがおか:名古屋市千種区桜が丘/名東区桜が丘
へいわがおか:名古屋市名東区平和が丘一〜五丁目/千種区平和が丘三丁目
桜が丘はビル一棟分1000平米ほどが名東区に、逆に平和が丘は住宅三棟分のやはり1000平米ほどが千種区にはみ出しています。
これくらいなら町の境界に合わせて区境を定めることも、逆に区境に合わせて町名を変更することもそう難しくなさそうに思えますが・・・。[76608] ペーロケさんが、
名古屋市は本当に自治体越え地名の宝庫です。
と仰っていましたが、なるほど、こういう例を見るとよくわかります。

はなてん:大阪市城東区放出西/鶴見区放出東
大阪人には「あなた、クルマ、買う?」のCMでおなじみのハナテンです。関西以外の人には全然説明になってませんが。

うえしお:大阪市中央区上汐一〜二丁目/天王寺区上汐三〜六丁目
「姉は上町の上汐町の上田屋宇右衛門という紙屋の上の女中をしております」というセリフが上方落語「米揚げ笊」にありました。

てんのうじ:大阪市阿倍野区天王寺町北・南/天王寺区四天王寺(非隣接)
「阿倍野区天王寺町北が天王寺区に隣接」と言った方が適切かしら。

たなべ:大阪市東住吉区田辺・北田辺・南田辺・東田辺/阿倍野区西田辺町(非隣接)
田辺駅は地下鉄谷町線、北田辺駅は近鉄南大阪線、南田辺駅はJR阪和線、西田辺駅は地下鉄御堂筋線(東田辺駅はなし)と、見事に散らばっていいるのもなかなか面白いです。

みくにがおか:堺市堺区南三国ヶ丘町/北区東三国ヶ丘町(非隣接)
隣接しているかどうか非常に微妙。Mapionを拡大するとわずかに接していないように描かれています。
三国ヶ丘のつく町名は他にも北・中三国ヶ丘町、三国ヶ丘御幸通とありますが、阪和線で隔てられた東三国ヶ丘町以外はみな堺区になりました。

もず:堺市堺区百舌鳥夕雲町/北区百舌鳥本町・百舌鳥赤畑町
ここも三国ヶ丘と同様で、阪和線で隔てられていた夕雲町だけが堺区となり、その他の百舌鳥○○町と東百舌鳥町はすべて北区です。

しののめ:堺市堺区東雲西町/北区東雲東町
これも阪和線による分断。
この東雲東町は回文コレクションには・・・「町」が余計かぁ。

たけしろだい:堺市南区竹城台一〜四丁/中区竹城台一丁
みはらだい:堺市南区三原台一〜四丁/中区三原台二〜四丁
中区竹城台の中区側はほぼ泉北高速の線路と自動車専用道のみ、三原台の中区側は泉北ニュータウンの緑地帯でしょうか。どうも町の線引きと区の線引きを敢えて違える意図が今ひとつよくわかりません。

それから収録データ中の「吹田市南正雀…/摂津市正雀本町…, 阪急正雀」の地図リンクが別の場所になっています。正しい場所はこちら

以上十数件。グリグリさん、お手すきのときにでも載っけて下さいませ。

[77034] 2010 年 12 月 16 日 (木) 23:08:59 白桃 さん
 今年もあと二週間

連投失礼します。
今日は寒かったので、永年、野宿で鍛えた白桃も、さすがにコートを着用してしまいました。
というわけで、どうでも良い「寒中お見舞いスペシャルクイズ」です。

以下の市は、今年、白桃が1時間以上滞在した市でありますが、A群とB群の市の違いはなんでしょう???

A群:栃木市、足利市、加須市
B群:仙台市、山形市、水戸市、つくば市、桜川市、潮来市、越谷市、秩父市、千葉市、浦安市、大和市、大阪市、豊中市、岡山市、東かがわ市、宮崎市、日南市

[77033] 2010 年 12 月 16 日 (木) 22:48:29 白桃 さん
 高知県が発表した国勢調査速報について

[77031]がっくん さん
本日、わが高知県の国勢調査人口速報が発表されたとのことです。
土佐の海の引退は知っていましたが、県から発表されたとは・・・。
県の速報と国の速報の数字が違ってたことが過去にあったような気もしますが、いずれにしろ、今後発表される「確定値」とさほどかけ離れたものにはならないでしょう。
高知県は5年前より県からの人口推計が発表されなくなっていたので、白桃の推計値とどれほどの差が生じるか注目していたところです。
NHK高知のニュースによると、県人口は764,281人だそうですが、白桃が算出した763,088(9月推計)とは、かなりの差がありますね。「香南市のみ人口増」は推計通りでしたが、速報→0.88%増に対し、白桃の推計→0.75%増でした。高知県は白桃の見込みよりは健闘?したようです。

[77032] 2010 年 12 月 16 日 (木) 18:59:46 BANDALGOM さん
 県議会

栃木県議会は14日、栃木市・西方町の廃置分合議案を可決しました。
これを受け、栃木県知事は15日、両市町の廃置分合を決定し、総務大臣に届出を行いました。
合併協サイト

最終日の14日に審議されるというのを忘れていて、Yahoo! カレンダーにも予定を入れてなかったため、昨日から合併協議会や各全国紙の栃木版、下野新聞、地元テレビ局をチェックしましたが情報がなく、今日になって合併協サイトが更新されていました。

一方、愛知県議会は今日16日、西尾市と一色町・吉良町・幡豆町の廃置分合議案を可決しました。
県議会サイト

こちらはカレンダーに予定を入れていたにもかかわらず、中継を聞き忘れましたが、県議会サイトが午後に更新されていました。

ということで、グリグリさん、でるでるさん、更新よろしくお願いします。

[77031] 2010 年 12 月 16 日 (木) 17:19:50【1】 がっくん さん
 そろそろ公表時期でしょうか

本日、わが高知県の国勢調査人口速報が発表されたとのことです。
それによりますと、県の人口は前回調査から4%超の減少となったそうです。
大川村が20%超の減少となったのをはじめ、8の市町村で2ケタ減。
県都高知市も人口減少となっております。
まあ、推計人口の推移を見て予想はしていましたが・・・。

人口増の市町村は無いだろう・・・と思っていましたが意外にもありました。

香南市(0.88%増)
前回調査時は香美郡赤岡町・香我美町・野市町・夜須町・吉川村だったわけですけど。

旧野市町の伸びがもとからあったことと、自衛隊がらみでの人口増のようです。


以上速報の速報でした。
(現状では県のホームページへの掲載はまだ無いようです。読売県内ニュースより)



※訂正
二桁減の市町村数を勝手に水増ししてました。
13→8に訂正。

[77030] 2010 年 12 月 15 日 (水) 18:13:52【1】 hmt さん
 利根川と国境・県境との関係(8)利根川流路変遷図
hmt 渡良瀬遊水地−4県が集まる境界地域 hmt 利根川と国境・県境との関係

「利根川と国境・県境との関係」に関する hmtの記事を、シリーズ開始前の2件を含め、下流からの順 で示しておきます。

これから書き続けようとする地域は、河川の流路が 自然的にも、人工的にも 複雑な様相を呈している所です。

[1639] Issie さん
関東平野の中で一番低くなっているのは栗橋のあたりで…,そこを荒川・利根川・渡良瀬川の3大河川が寄ってたかって埋めている最中です。
そのせいで特に埼玉県北部から群馬県南東部にかけては3つの河川の大乱流地帯となっていて,昔から流路が安定していない地域でした。

この地域の利根川流路図については、URBAN KUBOTA No.19掲載 大熊論文の図3 (PDFの4/4)を前報でリンクしました。

同じ論文には 図4 として、もっと広範囲な地域についての 近世初頭の利根川と河川改修図 が提示されているので、これもリンクしておきます。
河川改修項目や その年代、地形との関係といった 複雑な内容を示す、大きな図になっており、上記の過去記事に記した事項の参照図として、極めて有用です。

国土交通省の利根川関係河川事務所や、地方自治体のHPには、それぞれのテーマに応じた地図があり、過去記事でも しばしば参照していたのですが、残念ながら リンク切れになったり、別ページに更新されたりしているものが多数あります。
例えば 埼玉県HPにおける 江戸時代の利根川・荒川流路変遷図について言うと、[11323]KMKZ さん の リンク(着色図)は切れていますが、現在は 類似の 単色図 が開示されています。

個人ページでは、利根川東遷概史 の図(「古代で遊ぼ」の中)が 綺麗にできており、年代別の図が附属しています。同じ作者による隅田川図もあり、[39431]でリンクしています。

[77005]の最後に記した「合の川」を、これらの図で比較してみます。

大熊論文の図4を見ると、赤の11番で合の川呑口締切り・天保9年(1838)とあり、図3の注記と同じです。

最後に挙げた利根川東遷図では、次のようになっています。
緑色で示された江戸以前の利根川は、川俣(羽生の北西)で南に流れる会の川を分けて2筋になり、東への利根川は、更にに分流。3筋(1621以前)のうち南に行く浅間川が本流格で、会の川と再び合流して古利根川筋を流下します。東への細い緑色は、北川辺村内の蛇行流路で、図4にも示されていました。そして北東に向かう細い水色が合の川で、北西からの渡良瀬川と合流します。
年代別図を見ると、利根川から合の川への流れは、1594頃には存在しているが、1621年以降には地図から消失しています。

埼玉県HPには合の川の流路は描かれていますが、川の名は記されていません。

板倉町と水辺 15/36には、合の川の歴史的河道形成という節があります。これによると、元禄の国絵図では利根川との間は水路で繋がっておらず、「此所より田畑国境」と耕作地になっており、洪水時のみ流れていたと推定しています。

要するに、新川通開削(1621)後には、かつての有力な派川の名残である大きな流路が残されている合の川も、利根川の水が殆んど流れ込まなくない状態になっていたのでしょう。
天保年間の堤防により締切は、洪水対策であったと思われます。

3県境探訪記 の中でも、殆んど語られることのなかった 武蔵上野国境の 合の川跡 ですが、少々コメントしてみました。

[77029] 2010 年 12 月 14 日 (火) 23:35:37【1】 k-ace さん
 忠臣蔵

こんばんは、k-aceです。
[77021]伊豆之国さん
赤穂市と「新・西尾市」は改めて「手打ち」を行うのでしょうか?
忠臣蔵サミット(吉良町)によると
松の廊下の元禄事件以降、交流のなかった吉良町と赤穂市ですが、平成2年に東京都墨田区長の仲介により「復縁」ができました。平成5年からは、吉良町もサミットに加盟し、義士親善友好都市交流会議(忠臣蔵サミット)を開催しています。
とのことなんですね。
私は元禄赤穂事件に関して、「浅野藩三がく寺」(泉岳寺(東京都港区)・花岳寺(赤穂市)・久学寺(加西市))が出てきますが。
現在忠臣蔵サミットには、
【北海道】滝川市、砂川市
【岩手県】一関市
【山形県】米沢市
【茨城県】笠間市、桜川市
【栃木県】大田原市
【群馬県】藤岡市、安中市
【東京都】千代田区、中央区、港区、新宿区、墨田区、豊島区
【新潟県】新発田市
【長野県】諏訪市
【愛知県】南知多町、吉良町(→西尾市)、幡豆町(→西尾市)
【滋賀県】大津市、野洲市
【兵庫県】明石市、相生市、豊岡市、赤穂市、加西市、篠山市、加東市
【岡山県】高梁市
【広島県】三次市
【長崎県】平戸市
【熊本県】山鹿市
の33市区町が参加しています。東京都、愛知県、兵庫県が多いのは分かるが、北海道から熊本県まで参加自治体があるのが意外。

[77028] 2010 年 12 月 14 日 (火) 15:25:56【2】 hmt さん
 「長すぎる」のは 蛇だけではない

「へび談義」[77026]の最後にアナコンダに触れました。
大蛇として有名なアナコンダは、南米大陸北部やトリニダード島の湿地や川に生息するようですが、この名を付けた Anaconda Copper社は、米国モンタナ州 ビュートに本拠地があり、南米の チリにも進出していました。

アナコンダ社に触れた機会に、「へび談義」からは外れてしまいますが、世界の銅鉱山について記しておきます。

ビュートという言葉は、地理の世界では、地名よりも、侵食によって形成された地形用語として知られています。
硬い岩に覆われてテーブル状に残された台地がメサで、更に浸食が進んで孤立した岩山になったものをビュートと呼びます。
世界的に有名なのはモニュメント・バレーで、西部劇でお馴染みの乾燥地帯の風景。
日本では屋島と飯野山。リンク先 を少し進めると、図解があります。

話変って 19世紀初頭。
米国のジェファーソン大統領は、ミシシッピ川河口の物流拠点であるニューオリンズの領有を希望していました。
当時 この地を領有していたのは フランスで、ここから北西にかけての 広大なフランス領は、ルイジアナと呼ばれていました。
ニューオリンズ買収を 提案されたナポレオンは、敵対していたイギリスに カナダから攻め込まれた場合、新大陸の防衛は 困難と考え、ルイジアナ全体を 米国に売却することに 同意しました(1803)。210万km2以上の領土の代金は、なんと 1500万ドル。
後にロシアから買ったアラスカ(1867年、720万ドル)と並ぶ破格の買い物でした。

モンタナ州 ビュートは、この「ルイジアナ」の北西部、ロッキー山脈中にあります。
もともと フランス領だったから、「小さい丘」を意味するフランス語が地名になっていたのでした。

1848年 カリフォルニアでの金鉱脈発見に端を発し、北米大陸の西部に 人々を集めた ゴールドラッシュ。
ビュートの鉱山も 最初は金銀を狙ったものの成功せず。
しかし、電力の普及に伴い銅の需要が増えると、銅の大生産地として「最も豊かな丘」と呼ばれるようになり、生産量は 20世紀の前半にピークを迎えました。
三菱の尾去沢鉱山[67407]、藤田の小坂鉱山[67466]、久原の日立鉱山[76480]、古河の足尾銅山[43138]、住友の別子銅山と、日本でも銅の生産に拍車がかかった時代でした。

鉱物資源は限りあるのが宿命です。20世紀後半以降は、南米のチリが銅生産の主役になります。
そして、チリの銅鉱山というと 頭に浮かぶのが、今年の8月に 落盤事故があり、10月に 33人が救出された アタカマ州コピアポ近郊の鉱山です。

2005年チリ銅鉱業レビュー というPDF資料によると、チリは 1981年以降、世界最大の銅生産国だそうです。
事故のあった鉱山は 記されておらず、小さい鉱山と思われます。

同じく アタカマ州のチュキカマタ鉱山は、1990年以前には チリ全生産量の約半分を占める(PDF資料の図1)大規模鉱山で、Anaconda Copper社は ここを経営していました。1971年に 完全国有化されています。
Chuquicamata などの位置を示した地図(資料の8/18)には、「長すぎる」国の全体が描かれていないので、改めて チリの地方行政区分 をリンクしておきます。

チリに次ぐ銅の生産地はアフリカ中央部です。
ザイール(旧ベルギー領コンゴ、現在の国名はコンゴ民主共和国)の カタンガ州から ザンビア(旧北ローデシア)にかけて、「カッパーベルト」と呼ばれる 銅鉱床密集地帯があります。

銅ビジネスの歴史(金属資源情報センター) という詳細な資料があったので、参考までにリンクしておきます。

[77027] 2010 年 12 月 13 日 (月) 20:02:35 白桃 さん
 三大難読旧自治体(町)の最高人口

私、国勢調査の人口のことを頻繁に書き込んでおりますが、1人単位まで頭の中で記憶しているのは、1985年座間市の100,000人チョッキリ!以外ありません。
ですから、クイズで出された場合、5%までの相違だったら許してちゃぶだい。~l~)
で、一方、何度か書いておりますが、将来人口予測もなるだけ控えようとしております。ところが、今日、新浦安の駅で年賀状(ディズニーキャラクターが切手?の位置に描かれております)を買った途端、「これに、宛先の自治体の2010年国勢調査予想人口を書いて出そうか!」と思いつきました。でも、よくよく考えてみたら、喪中の方が多い(実は自分とこも半喪中)し、ほとんど政令指定都市の区民が多いので、その企画は八女にすることにしました。
ま、それでも10万人未満の市町村にお住まいの方で、白桃の人口予想をおききになりたい方は手をあげていただければ・・・。お年玉(当選番号)はあたらないけど、ひょっとしたら、人口がズバリ当たる加茂市れません。(笑)

さて、前置きが長くなりましたが、
相生(あう)町 1913/1/1-1939/4/1(後の相生-あいおい-町→相生市)
の国勢調査最高人口は1920年の15,408人

飫肥(おび)町 1900/1/1-1950/1/1(現:日南市)
の国勢調査最高人口は1947年の11,558人

頴娃(えい)町 1950/8/1-2007/12/1(現:南九州市)
の国勢調査最高人口は1950年の39,483人
です。
で、こんな事を知っててどうすんの?って言われても・・・あ、奥様にワンカップを飲まれてしまう・・・

[77026] 2010 年 12 月 13 日 (月) 19:24:44 hmt さん
 へび談義

蛇だけあって意外に長く続く へび談義

最初の記事で“エデンの園以来嫌われ者”と書き、「蛇窪」という地名を変えようとする 1932年の建議書には、“我国民性ノ蛇ヲ嫌忌スル感情”とありました。

しかし、[77024] Issie さん の問いかけにあるように、
本当に蛇は嫌われているのでしょうか。

たしかに、毒蛇や「うわばみ」として恐れの対象になっている一面もありますが、プラスのイメージもあります。

一橋大学の校章 に使われているように、蛇は叡智の象徴です。
聡明で、周囲の動きを敏感に察知して行動する蛇の姿は、ビジネスマンのお手本とされています。
商業や交通の象徴として使われる、2匹の蛇が巻きついた翼のある杖は、ヘルメスの杖(ケリュケイオン)。

もう一つ、蛇と杖との組合せは、医療や医学の象徴として使われるアスクレピオスの杖です。
こちらの杖には、蛇が1匹だけ巻きついています。使用例:世界保健機関WHO
アスクレピオスというのは、ギリシャ神話に登場する名医で、死後天に昇り「へびつかい座」[77021]になりました。
この場合の蛇は、脱皮を繰り返す不滅の生命力の象徴なのでしょう。蛇毒を治療に利用?

賢くて、しばしば毒を持つ蛇は、悪の化身との疑いもかけられています。
もしかしたら「アダムとイブ」の説話を持つキリスト教の価値観の影響

でも、キリストは、羊を狼の中に送るような状況をふまえ、弟子たちに「汝らへびの如くさとく 鳩のように素直なれ」と注意し(マタイ10:16)、蛇の能力を評価していたのでした。

インドにしてもエジプトにしても、蛇の代表格はコブラ。やはりこれは強烈。
しかし、日本では、蛇に対する畏怖の代表は「ヤマタノオロチ」でした。これは毒蛇ではなく、川のモンスター。

もちろん、蛇嫌いの人もいたでしょうが、“我国民性”は、“蛇ヲ嫌忌スル感情”だけではなかったようです。
岩国の白蛇 [8832] のように天然記念物として保護されている例もありますが、それに限らず、青大将のような蛇は、ネズミ退治してくれる家の守り神として、日本の農村で親しまれた動物でした。

その「青大将」。
蛇窪信号場経由で方向転換をしていた特急「つばめ」「はと」のあだ名になった時代がありました。
最後尾に一等展望車を連結し、その前に5両の特別二等車【現在のグリーン車】と食堂車。
三等車も一方向きの固定クロスシートで、手荷物室もあり。
このように編成内容も「特別の急行列車」だった「つばめ」と「はと」は、東海道本線全線電化(1956)で、蒸気機関車の煤煙から解放されたことを示すように、電気機関車を含めてグリーン塗装になりました。
東京大阪間7時間半へのスピードアップもこの時です。
この青大将編成は、1960年の電車化まで使用。

蛇と民俗で検索してみると、南方熊楠の十二支考 が出てきました。さすが該博な知識に感嘆。

東京大学総合研究博物館ニュースの題名がウルボロス です。
これは、 自分の尾を噛んで環を作る蛇。
元・ケミストとしては、ケクレが夢の中でこのような姿を見て、ベンゼンの環状構造を着想したという逸話を思い出します。

蛇にかかわる雑多な話の最後に、かつて世界最大の銅会社だった Anaconda Copper社のことを、ふと思い出しました。
調べてみると、起源は米国モンタナ州ビュートの近くのアナコンダ銀鉱とありましたが、大蛇の出た地名ではなさそうですね。
この会社は、1970年代以降、すっかり様変わりしていました。

[77025] 2010 年 12 月 12 日 (日) 23:10:08 ぺとぺと さん
 ローカルな話題ですが

[77012] Issieさん
中原御殿があったのは現在の平塚市で,この街道がその御殿の方まで続いているので「中原街道」となった次第。
川崎市のこちらの地名は,1889年の明治の大合併で 小杉村 その他が合併して新しい村を編成するに当たり,ここを中原街道が通ることから「中原村」という呼称が採用されたことによるもの。だから,「中原区」は“交通由来地名”なのでした。
川崎市中原区、平塚市双方に居住経験のある私にとって、非常に身近に感じられる話題ですね。

平塚宿が、隣の大磯宿からわずか3kmしか離れていないにもかかわらず、東海道の宿駅として成立した理由について、「中原御殿の存在があったからではないか」とする説もあるようです。
さて、その中原御殿は現在の御殿2丁目、中原小学校付近にありました。
現在の御殿1〜3丁目という町名は、もちろん中原御殿があったことに因んで付けられたものですが、平成48年の住居表示に伴う町名変更以前は、このあたりの大字は「中原上宿」「中原下宿」でした。
当時の資料「平塚市町界町名変更概要住居表示実施(昭和49年1月平塚市都市開発部開発課)」によると、町名変更に際して審議会の出した案は、
・現在の御殿1丁目:徳川家ゆかりの地に因んで「葵町」
・現在の御殿2丁目:中原御殿跡地および従来からの通称名を採って「御殿町」
・現在の御殿3丁目:中原御殿の別称「雲雀野御殿」から「ひばり野」
とするものでしたが、地元住民より「葵は当用漢字になく、また徳川家そのものを表す」「ひばり野は団地のイメージが沸く」といった反対意見があり、現在の町名に落ち着いたという経緯があるようです。

ローカルな話題ついでに、
[70909] くるりさん
[70913] みかちゅうさん
で話題になった、平塚市立相模小学校ですが、平成22年度の平塚市総合計画に「隣接校解消のための移転整備事業」が掲げられており、数年内に大神・吉際地区に移転する可能性があるようです。

最後に、“蛇”地名に関連して地元より。
秦野市の国道246号線に「蛇塚(じゃづか)」という交差点があります。通るたびに気になっていたのですが、由来についてはよくわかっていません。

[77024] 2010 年 12 月 12 日 (日) 18:17:10【1】 Issie さん
 蛇は嫌われているのか?

[77020] oki さん
東京からは「蛇」のつく地名は消えてしまいましたが

町丁字レベルの行政地名としては消えてしまったかもしれませんが,もっと小さなレベルの地名では決して少なくないのでは? たとえば,谷中には「へび道」と呼ばれる街路がありますね。昔の川の跡で,蛇のようにノタくっているから。[77021](伊豆之国 さん)にも出てくる 「へび坂」なんていうのも,割とよく聞くように思います。
ただ,大字以上の地名となっているのは少ないので,「ウォッちず」のような地名検索には引っかかりにくい。

ところで,どうも「蛇は嫌われ者」という前提で話が進んでいるような気がしますが,本当に蛇は嫌われているのでしょうか。
確か,“白い蛇”はおめでたいものとして珍重する風習があったし,全国の神社の中には蛇を信仰の対象とするところが多くありますよね。「お金が貯まる」なんて言って,蛇の抜け殻を財布に入れたりしませんでした?
まあ,積極的に好かれてはいないかもしれませんが,必ずしも忌み嫌われているわけではないのでは…(「蛇蝎のように」という表現がありますが,これは漢文由来ですね)。信仰の対象として崇めつつ,「敬して遠ざけ」ているのかもしれませんが。ヤマタノオロチも,恐れられてはいても敬いの対象であり,嫌われているのではないと思います。

日本の農耕社会では蛇は少なくとも身近な存在ではあり,日常生活に非常に身近なレベルでの小地名でも「蛇」は意外に身近にあるような気がします。
「由来我国民性ノ蛇ヲ嫌忌スル感情」というのは本当なのか。むしろ,そのあとに続く「都市文化ノ中心タル地名ニ蛇窪ナル名称ハ恰モ山村辺輙ノ地名ノ如ク到底不適当タルヲ免レス」という表現に現れているような,農耕を離れた都会の,もしかしたら「アダムとイブ」の説話を持つキリスト教の価値観の影響を(少なからず)受けた人々の勝手な思い込みなんじゃないかな,という気がします。

※NHKの「ブラタモリ」。少し以前に放送された「住宅」の回で,空襲にも耐えた深川の鉄筋コンクリートのアパートで毎年 田中邦衛…,もとい,アオダイショウの抜け殻を集めているおじさんが登場してきました。「ええっ,東京の真ん中の深川で?」と思ったのですが,アパートの裏側は清澄庭園なのですね。後ろに見えていた高い木(ケヤキ?)は庭園の木だったのか。

[77019] 白桃 さん
水戸黄門の主題歌

「あゝ人生に涙あり」というタイトルだそうです。
木下忠司お得意のマーチ調。現在放送中のシリーズでは 東幹久(助さん)・的場浩司(格さん) の2人が歌っています。今回,善光寺宿をあっさり通過してしまって,ちょっぴり不満。

[77023] 2010 年 12 月 12 日 (日) 16:59:31【1】 hmt さん
 Re:「長すぎる」地名

[77020] oki さん
示したのは全部で29ヶ所。小字レベルまで含めると100ヶ所以上になるのですが、表示が長たらしくなるので、大字レベルの地名に絞ってあります。分布としては、東北、関東、中部に多いようで

たしかに、小字レベルでは、私の居住する富士見市にも、蛇木という地名が現存しています。参考

[77021] 伊豆之国 さん
‥こちらでは「ヤマタノオロチ」以来の嫌われ者「蛇」。その「蛇」が付く駅名、現存しているのは次の3駅。
「蛇」の付く自然地名はいくつか残っていました。

上信電鉄の南蛇井駅は、おもしろ駅名として、過去記事でも取り上げられています。[47382][58430][61111]

タイトルの「長すぎる」。
悪魔の辞典を離れて、文字通りの「長すぎる地名」を、落書き帳過去記事の中から探してみます。

まず、アーカイブズ には、“いささか反則に近いですが”と断りながらも、当時の千葉県香取郡小見川町にあった、漢字で12文字の町名「木内虫幡上小堀入会地大平」が挙げられています[15581]。3大字入会地の地名は、そのまま香取市に引き継がれているようです。
末尾の「大平」は3大字入会地の後に付けられた小字レベルの地名と思われるので、レベルの異なる2地名を複合して一つの町字名としている点にも、いささか疑問があります。

町名とは性格が異なりますが、京都の住所表記には13文字(かなを含む)があります[15646]

日本一長い住所として、愛知県海部郡飛島村大字飛島新田字竹ノ郷ヨタレ南ノ割979が紹介されています。[65077][65080] 桜通り十文字 さん
「字竹ノ郷ヨタレ南ノ割」は10文字で、久兵衛市右衛門請新田[15585]と同じで、上記の12文字町名?には負けますが、これに大字の6文字その他の積み上げがあり、番地の前までの合計が 25文字。

長い学校名[42300]長い駅名、長い山名[30619]などの話題もありました。

ウェールズのLlanfairpwllgwyngyllgogerychwyrndrobwllllantysiliogogogoch[15585]の読み方は、[19115]で紹介されています。

[77022] 2010 年 12 月 12 日 (日) 14:57:04 inakanomozart さん
 蛇がつく地名

[77020] 2010 年 12 月 12 日 (日) 11:52:07   okiさん
東京からは「蛇」のつく地名は消えてしまいましたが、全国を見渡すとまだたくさんあります。

静岡市清水区の町名に「蛇塚(へびづか)」があります。

[77021] 2010 年 12 月 12 日 (日) 14:06:29 伊豆之国 さん
 Snake Valley

[77004][77015]hmtさん
[77010][77020]okiさん
蛇窪
エデンの園以来嫌われ者の「蛇」
‥こちらでは「ヤマタノオロチ」以来の嫌われ者「蛇」。その「蛇」が付く駅名、現存しているのは次の3駅。

駅名路線所在地
大蛇(おおじゃ)JR八戸線青森県階上町
蛇田(へびた)JR仙石線宮城県石巻市[77020]
南蛇井(なんじゃい)上信電鉄群馬県富岡市[77020]

東京からは「蛇」のつく地名は消えてしまいましたが
「蛇」の付く自然地名はいくつか残っていました。

蛇崩(じゃくずれ)川」(目黒区〜世田谷区)。世田谷に住んでいた頃にはなじみの川でしたが、当時はまさに「どぶ川」でした。現在はほとんど暗渠になっているようです。目黒区上目黒の交差点にも「蛇崩」が残っています。
横関英一氏著「江戸の坂 東京の坂」([71910])には、「蛇」の付く坂が2ヶ所出ています。その一つは、三田4丁目の「蛇坂」。HPによると、「付近の藪から蛇が出ることがあったためと想像されている」とあります。また、同じく三田3丁目にある「安全(寺)坂」にも、「蛇坂」という別名があったようです。「江戸の坂‥」によると、「蛇坂」と「安全坂」から「安珍清姫」の物語に取り違えられて「安珍坂」に訛ってしまった、ということが書かれています。

さて、三田から泉岳寺は程近く。来る14日は赤穂浪士討ち入りの日。昨日のTV番組の最後に出ていたクイズより。
赤穂市と吉良町に共通する「ある人気の場所」とは何でしょうか?

‥赤穂市と「新・西尾市」は改めて「手打ち」を行うのでしょうか?

おしまいに、「蛇足」。
[77019]白桃さん
茨城県各市の市歌
水戸 水戸黄門の主題歌(以下略)
こりゃ、南蛇井?!

ところで、この私。「さそり座」生まれということになっているのですが、本当はどうやら「蛇遣い座」らしいのです。太陽の見かけの通り道「黄道」で、「さそり座」と「いて座」の間に「蛇遣い座」が割り込んでいるのです。

[77020] 2010 年 12 月 12 日 (日) 11:52:07 oki さん
 「長すぎる」地名

[77004] hmt さん
エデンの園以来嫌われ者の「蛇」が使われた地名は、行政が使う公式の町名からは消されてしまいました。

確かに、東京からは「蛇」のつく地名は消えてしまいましたが、全国を見渡すとまだたくさんあります。地名コレクションにあるかなと思ったのですが、蛇はまだないようなので、調べた地名を以下に記しておきます。

所属自治体地名読み
下北郡風間浦村蛇浦へびうら
三戸郡三戸町蛇沼じゃぬま
九戸郡軽米町蛇口へびぐち
石巻市蛇田へびた
横手市蛇の崎町じゃのさきまち
由利本荘市下蛇田しもへびた
由利本荘市上蛇田かみへびた
東置賜郡高畠町蛇口じゃぐち
田村郡三春町蛇石へびいし
田村郡三春町蛇沢へびさわ
常総市上蛇町じょうじゃまち
猿島郡境町蛇池じゃいけ
富岡市南蛇井なんじゃい
佐倉市大蛇町おおじゃまち
旭市蛇園へびその
岩船郡関川村蛇喰じゃばみ
魚津市蛇田へびた
下新川郡入善町蛇沢へびさわ
南砺市蛇喰じゃばみ
下伊那郡天龍村大蛇だいじゃ
海津市蛇池じゃいけ
養老郡養老町蛇持じゃもち
下呂市蛇之尾へびのお
賀茂郡南伊豆町蛇石じゃいし
東近江市蛇溝町へびみぞちょう
福知山市蛇ヶ端へびがはな
御所市蛇穴さらぎ
八代市蛇篭町じゃかごまち
菊池市班蛇口はんじゃく

示したのは全部で29ヶ所。小字レベルまで含めると100ヶ所以上になるのですが、表示が長たらしくなるので、大字レベルの地名に絞ってあります。分布としては、東北、関東、中部に多いようで、中国、四国にはまったくありません(小字レベルの地名はあります)。
地名コレクションでは、「狸・狢」が119件、「狼」89件で、それらと同じような数です。ただし、100ヶ所というのは居住地名だけで、自然地名も100以上あるので、合計すると「狸・狢」は確実に上回り、「猫」に匹敵するだろうと思います。

hmt さんが引用されたサイトでは、蛇窪を改称すべき理由として
「由来我国民性ノ蛇ヲ嫌忌スル感情ヨリスルモ亦此ノ都市文化ノ中心タル地名ニ蛇窪ナル名称ハ恰モ山村辺輙ノ地名ノ如ク到底不適当タルヲ免レス」
とありますが、これだけ蛇を名乗る地名があるのですから、「蛇ヲ嫌忌スル国民性」とは必ずしも言えないだろうと思います。また、「恰モ山村辺輙ノ地名ノ如ク」という表現は、戦前の1932年(昭和7)だから許されたので、いまこのような文章を公表すれば、世論から袋だたきにあうでしょう。このサイトでは、「結果的に合理的だったことや長年使用される間に愛着が出てきたということになるだろう」と、「蛇窪」から現在の「豊町」、「二葉]への改称を肯定していますが、「蛇」地名の残存状況を考えれば、「蛇窪」を残しても特に問題なかったのではないかと思えます。

上記地名での「蛇」の読みは多くが「へび」または「じゃ」ですが、御所市蛇穴(さらぎ)は難読です。この地名については、こちらのサイトで柳田国男を引用しながら起源を説明してあります(確か、谷川健一氏も同じようなことを書いていたと思います)。

[77015] hmt さん
上記のように書いてから更に調べたら、蛇窪付近の地形地図 がありました。(中略)
oki さんが指摘された「谷戸」は、こちらだったことがわかりました。

私が指摘したかった谷戸はそこですが、かなり浅い谷で、分かりにくいのは事実。現在の地形図では痕跡すら見分けられません。一方、「今昔マップ」には50mのDEMから作成した彩色段彩図が付属しているので、明治42年の2万分の1地形図を見ると、立会川の谷から北側に向けて谷戸が伸びているのを確認できます。

[77019] 2010 年 12 月 12 日 (日) 11:29:45 白桃 さん
 茨城県各市の市歌

茨城県32市の中には市の歌を制定しているところが多いようです。
以下に列記します。

市歌歌手
水戸水戸黄門の主題歌杉良太郎・横内正 他
つくば筑波山麓(男声)合唱団デューク・エイセス
日立いい旅、日立ち山口百恵
鹿嶋これでおしまい鹿嶋市娘かしまし娘
守谷僕は泣いちっち守屋浩
坂東燃えよドラゴンズ板東英二
那珂ナカないで和田弘とマヒナスターズ
結城結城あるもの吉永小百合
稲敷いな四季の歌芹洋子
桜川桜川Dirty Old Men
下妻君は心の下妻だから鶴岡雅義と東京ロマンティカ
行方行方さんよ三波春夫
潮来潮来笠橋幸夫

[77018] 2010 年 12 月 11 日 (土) 21:53:24【1】 k-ace さん
 都道府県名・都道府県庁所在地の文字が入っている自治体

第七回・十番勝負問六の共通項は
都道府県庁所在地の文字が入っている市
でしたが、それを拡大して2010年の今「都道府県名・都道府県庁所在地の文字が入っている自治体」を調べてみました。
該当自治体が[77017]と重なっているところがあります。
なお、都道府県名・県庁所在地名と完全一致の場合は除外しています。部分一致の北秋田市のようなケースはOKとします。
なお、該当自治体がない都道府県は一覧から割愛。

【北海道】北見市、北広島市、北斗市、北竜町。別海町
【札幌】中札内村。南幌町、幌加内町、羽幌町、幌延町、美幌町、士幌町、上士幌町、浦幌町
【岩手】岩泉町
【宮城】多賀城市
【仙台】気仙沼市
【秋田】北秋田市
【山形】上山市、村山市、山辺町、中山町、金山町。舟形町
【福島】三島町、中島村
【茨城】結城市、北茨城市、城里町
【栃木】茂木町、野木町
【千葉】八千代市
【東京】台東区、江東区、東村山市、東大和市、東久留米市、西東京市。文京区
【新宿】新島村
【神奈川】川崎市、寒川町、愛川町、清川村
【横浜】横須賀市
【新潟】新発田市
【富山】立山町
【石川】川北町
【福井】坂井市
【山梨】山中湖村、丹波山村
【甲府】甲斐市、甲州市
【長野】長和町。中野市、茅野市、安曇野市、辰野町、野沢温泉村
【岐阜】土岐市、岐南町
【愛知】愛西市。知多市、知立市、南知多町
【名古屋】北名古屋市
【滋賀】甲賀市、多賀町
【大津】草津市
【京都】長岡京市、京田辺市、京丹後市、京丹波町
【大阪】泉大津市、大東市、東大阪市、大阪狭山市。阪南市、千早赤阪村
【神戸】神河町
【和歌山】九度山町、北山村
【島根】西ノ島町、隠岐の島町
【松江】江津市
【岡山】笠岡市。津山市
【広島】東広島市、江田島市、北広島町、大崎上島町
【山口】山陽小野田市
【徳島】小松島市、北島町
【香川】綾川町
【愛媛】愛南町
【松山】松前町、松野町
【高知】日高村。越知町
【福岡】福津市、福智町。岡垣町
【長崎】長与町
【大分】豊後大野市
【鹿児島】鹿屋市。霧島市、三島村、十島村、長島町、屋久島町、徳之島町
【那覇】与那原町、与那国町

[77017] 2010 年 12 月 11 日 (土) 21:52:49 k-ace さん
 都道府県名・県庁所在地名と同じ音で読みが始まる/終わる自治体

こんばんは、k-aceです。
第六回・十番勝負の問一の共通項は
都道府県名と同じ音で読みがはじまる市
でしたが、更に拡大して2010年の今「都道府県名・県庁所在地名と同じ音で読みが始まる/終わる自治体」を調べてみました。
なお、都道府県名・県庁所在地名と完全一致の場合は除外しています。部分一致の北秋田市のようなケースはOKとします。
なお、該当自治体がない都道府県は一覧から割愛。

・都道府県名・県庁所在地名と同じ音で読みが始まる自治体
【北海道】北斗市、北竜町、幌加内町、幌延町、本別町
【札幌】猿払村、佐呂間町、様似町、更別村
【青森】鰺ヶ沢町
【岩手】一関市、岩泉町、一戸町
【宮城】美里町、南三陸町
【山形】山辺町
【福島】古殿町、双葉町
【茨城】石岡市、潮来市、稲敷市
【水戸】美浦村
【埼玉(さいたま)】狭山市、坂戸市、幸手市
【千葉】銚子市、長生村、長南町
【東京】豊島区、利島村
【新宿】品川区、渋谷区
【神奈川】川崎市、鎌倉市、開成町
【横浜】横須賀市
【富山】砺波市
【金沢】加賀市、かほく市、川北町
【山梨】山中湖村
【甲府】甲州市、小菅村
【長野】中野市、長和町、中川村、南木曽町
【岐阜】岐南町
【静岡】島田市、下田市、清水町
【愛知】安城市、愛西市、あま市、阿久比町
【名古屋】長久手町
【三重】南伊勢町、御浜町
【大津】近江八幡市
【京都】京田辺市、京丹後市、木津川市、京丹波町
【大阪】大阪狭山市
【兵庫】姫路市
【松江】益田市
【広島】東広島市
【山口】柳井市
【香川】観音寺市
【高松】多度津町
【松山】松前町、松野町
【高知】香南市
【福岡】福津市、福智町
【長崎】長与町
【熊本】球磨村
【宮崎】都城市、三股町、美郷町
【鹿児島】鹿屋市
【沖縄】大宜味村、恩納村
【那覇】名護市、南城市、今帰仁村、中城村

・都道府県名・県庁所在地名と同じ音で読みが終わる自治体
【北海道】雨竜町、北竜町
(【北海】だと留萌市、苫小牧市、稚内市、美唄市、歌志内市、木古内町、黒松内町、岩内町、神恵内村、美瑛町、幌加内町、白老町、鹿追町、中札内村、鶴居村、別海町)
【札幌】釧路市、帯広市、名寄市、根室市、南幌町、羽幌町、美幌町、士幌町、上士幌町、芽室町、豊頃町、足寄町、浦幌町、釧路町、蘂取村
【青森】中泊町、東通村
【秋田】北秋田市、八郎潟町、大潟村
【山形】酒田市、舟形町、高畠町
【福島】郡山市、相馬市、南相馬市、大玉村、三島町、金山町、中島村、大熊町
【茨城】結城市、龍ケ崎市、北茨城市、稲敷市
【水戸】城里町
【栃木】茂木町、野木町
【宇都宮】塩谷町
【群馬】高山村、東吾妻町
【前橋】館林市
【埼玉(さいたま)】東松山市、狭山市、入間市、鶴ヶ島市、毛呂山町、川島町、鳩山町
【東京】中央区、文京区、台東区、江東区、府中市、西東京市、八丈町
【神奈川】藤沢市、寒川町、愛川町、清川村
【横浜】座間市、葉山町
【新潟】新発田市
【富山】立山町
【石川】金沢市
【福井】坂井市、おおい町
【山梨】道志村
【長野】中野市、茅野市、安曇野市、辰野町、信濃町
【愛知】大口町
【名古屋】一宮市、刈谷市、北名古屋市
【三重】川越町
【滋賀】多賀町
【大津】草津市
【大阪】豊中市、貝塚市、東大阪市、忠岡町、千早赤阪村
【兵庫】高砂市、朝来市
【奈良】橿原市
【和歌山】九度山町、美浜町、白浜町、北山村
【岡山】津山市、早島町
【広島】福山市、東広島市、江田島市、北広島町、大崎上島町
【徳島】小松島市、美馬市、神山町、北島町
【香川】東かがわ市、綾川町
【高松】多度津町
【松山】宇和島市、八幡浜市、新居浜市、上島町
【高知】越知町
【福岡】飯塚市、宮若市、赤村
【長崎】壱岐市
【熊本】宇土市、美里町、山都町
【大分】日田市、竹田市
【鹿児島】霧島市、南さつま市、三島村、十島村、さつま町、長島町、屋久島町、徳之島町

始まり/終わりとも一致は
【北海道】北竜町(【北海】だと幌加内町)
【茨城】稲敷市
【埼玉(さいたま)】狭山市
【長野】中野市
【広島】東広島市
【高松】多度津町
でした。

[77016] 2010 年 12 月 11 日 (土) 16:43:26 YASU さん
 スケールの大きな話、ほか

首都高で「AH1」とある標識を見つけ??状態でしたが、某SNSの小ネタにより疑問が解決しました。
http://www.mlit.go.jp/road/sign/sign/asian_highway/index.htm
アジアハイウェイの標識とのことでした。
ちなみにアジアハイウェイ1号線は、東京からトルコとブルガリアの国境までを結ぶ路線とのことです。
起点は日本橋の道路元標というあたりが、泣かせるじゃないですか。
福岡と釜山はフェリー連絡とのことですが、南北朝鮮の軍事境界線の横断は曲者ですね。
線路も含めたライン系マニアとしては、全通の暁には走破してみたいものです(笑)
地元の東名高速を走るたびに、「トルコまで続いているんだ・・・」とロマンを感じることとします。

[76971] スナフキん さん
まにあイベントに出撃したら、現地でYASUさんに会いました。
その節はお疲れ様でした。
私の場合このようなイベントで(約束なしに)知人に会う確率は2割くらいです。先日も木曽の王滝村のイベントで近所に住む知人と出会い「何でここにいるの?」状態でした。
福岡で落書き帳メンバーとお会いした時は、「予告済み」でした。

[76969] 伊豆之国 さん
この「金原」という苗字、静岡県西部では「きん"ぱ(pa)"ら」と読むのが普通のようです。
友人、恩師、会社の先輩と周りに多くの方がいたので、それ以外の読み方があるとは最近まで思っていませんでした。
この友人、上京して自己紹介のたびに周りの反応が「??」だったため、あえて「きんば(ba)ら」と言うようにしているとのことです。

[77015] 2010 年 12 月 11 日 (土) 14:57:49【1】 hmt さん
 「蛇窪」という地名(2)

[77010] oki さん
蛇窪が位置していたのは、目黒川ではなく立会川の谷だと思います。

鉄道の旧蛇窪信号場を念頭に、目黒川水系と書いてしまいましたが、信号場の位置は下蛇窪と戸越の境界付近であり、本来の下蛇窪という地名は、南側にある立会川の谷だったのですね。ご指摘ありがとうございます。

で、どこが目黒川と立会川の分水界(…というほど大袈裟なものではありませんが)かと、重ね地図[56611]で幕末の絵図を見ると、現在の下神明駅の東から南西に走る道の位置に品川用水【注:玉川上水の分水】とあり、これが尾根線らしい。
その北西には伊予松山・松平隠岐守の下屋敷。現在の戸越公園です。
屋敷からの流れは、まさに鉄道が三重立体交差している地点を通過し、南品川で目黒川に入る。

現在の戸越公園駅の近辺には、「谷戸」という小字があります。

重ね地図の明治で、戸越公園の南に「大字下蛇窪字中谷戸」を確認。
でも、竹薮の中を品川用水が貫流しています。「窪」の由来となった谷戸地形ではないようです。

【追記】
上記のように書いてから更に調べたら、蛇窪付近の地形地図 がありました。
右上が下神明駅。左上に戸越公園駅。両者を結ぶ大井町線と品川用水(水色の線)。
下部の青線は立会川。それに斜交する横須賀線の西大井駅。ここから図の中央を北北西に向かう谷戸地形があり、説明文中に「立会川上蛇窪谷戸支流」とありました。重ね地図の明治で確認すると、「大字上蛇窪字谷戸耕地」。

oki さんが指摘された「谷戸」は、こちらだったことがわかりました。【追記終り】


「今昔マップ」

初めて知りました。有用なツールを紹介していただき、ありがとうございます。

[77014] 2010 年 12 月 11 日 (土) 14:11:47 オーナー グリグリ
 変遷情報更新

[77008] 山野さん
東浦町でも市制移行についてアンケート調査が実施される予定です。
[77011] BANDALGOMさん
さて、一関市議会と藤沢町議会ですが、10日の本会議で合併関連議案を可決しました。
[77013] 山野さん
一昨日、西方町と栃木市は県へ合併申請を行いました。
県議会の方へは定例会最終日である14日に議案が提出されるそうです。
上記3件の情報を変遷情報に追加しました。情報提供をありがとうございました。
過去の書き込みに基づき変遷情報の更新作業をでるでるさんに代わって行っていますが、5日に[76972]で追加した情報に加え、6日には以下の6件の情報追加を行っています。

☆岩手県滝沢村の市制移行についての動き([76937]ぺとぺとさん)
☆宮城県富谷町の市制移行についての動き
☆群馬県高崎市の中核市指定への動き
☆埼玉県所沢市の中核市への移行検討の動き([76936]いっちゃんさん)
☆埼玉県越谷市の中核市への移行の動き([76936]いっちゃんさん)
☆愛知県長久手町の市制移行についての動き

過去の書き込みで変遷情報への情報追加が行われていない、あるいは、更新が不十分なものがありましたら、古い情報でも構いませんのでお知らせください。更新作業に反映させたいと思います。

[77008] 山野さん
「市制移行」…国勢調査の結果で5万人を超えていればの話ですが。
野々市、長久手、那珂川、白岡、大網白里…共々。
合併より「単独市制」、国調の結果の方が気になる。
滝沢村もいよいよ単独市制施行に動き始めましたが、思えば変遷情報のルーツは、篠山市、西東京市、潮来市、白井市、さいたま市、栗東市など、新設合併や単独市制の情報が増えてきたことから始まった企画でした([958][1943][72842]参照)。合併が一段落した今、再び単独市制施行が注目されますね。国勢調査結果速報が待たれます。

[77013] 2010 年 12 月 11 日 (土) 12:33:31 山野[山野] さん
 出遅れ

[77011]BANDALGOM さん
あとは山野さんに任せた!!ってことで・・・。
しかし、今朝も山野さんの書き込みがないので
いつも、優先で書いているので偶には良いのでは?
昨日の時点で、どこにも情報が無いので明日なら出るだろうと泳がせていたら先を越されてました…。

代わりといっては何ですが。
一昨日、西方町と栃木市は県へ合併申請を行いました。
県議会の方へは定例会最終日である14日に議案が提出されるそうです。
下野新聞(西方/9日付)

[77012] 2010 年 12 月 11 日 (土) 11:30:06【1】 Issie さん
 地上39階の眺め

新幹線ネタ,つづき。
考えてみれば,新幹線は既に 八戸 段階で青森県,そして“青森領南部”には到達しているのですね。今回の 新青森 延伸は,ようやく津軽(の東端) に到達した,ということ。ならば,津軽に偏っていても,まあいいのかな,と思い直してみました。

以下,こちらが本題。
昨日は,県内高校の地理教員の勉強会で野外巡検に行ってきました。対象地は武蔵小杉。
朝,東横線の新丸子駅に集合して,午前中は中原街道を歩いて“昔の小杉”を探索。ここは,今話題の「武蔵小杉」とは違って,もちろん多くの建物がビルに変わっているのだけど,結構古い建物が残っています。「本来の小杉」と「武蔵小杉」は別物なのですね。

ちなみに,このあたり「中原区」といいますが,この「中原」という地名は元からここにあったものではありません。「中原街道」という名は“川崎市の中原”を通るからそう呼ばれるようになったのではなく,徳川将軍の宿舎である「中原御殿」に由来します。で,小杉にもその「御殿」があったのですが,名前は「小杉御殿」。中原御殿があったのは現在の平塚市で,この街道がその御殿の方まで続いているので「中原街道」となった次第。
川崎市のこちらの地名は,1889年の明治の大合併で 小杉村 その他が合併して新しい村を編成するに当たり,ここを中原街道が通ることから「中原村」という呼称が採用されたことによるもの。だから,「中原区」は“交通由来地名”なのでした。

午後は“今の武蔵小杉”に行って再開発地区の中のNECの新オフィスビルを見学をしました。で,先方の御厚意で37階建てビルの屋上ヘリポートに上がらせてもらいました。屋上に出てからさらに階段を上がるので39階相当。
天気がよく,風も弱かったのでよかった。実に見事な眺望でした。ここまで上がると見る角度が変わって,距離感が地上とは全く違うものになってしまうのですね。そこで撮った写真のうちの1枚をうちのHPの表紙に貼っておきました。ただし,サイズを縮小したので,ややわかりにくくなってしまいましたが。

[77010] oki さん
今日、阪奈県境の地峡部で大和川の流れを観察していたところでは、確かに水深は非常に浅く、とても舟で下れそうにないということを改めて確認しました。

水運が主であった時代と,洪水の際にできるだけ早く水を吐くことを主題とする現代とでは川の管理のしかたが根本的に違うそうですね。同じ水量でも,かつては船を通すために一定の水深が確保されるように流れをコントロールしていたけど,今はそうではないので“普通の川”では舟下りができない,ということなのだろうと思います。

[77011] 2010 年 12 月 11 日 (土) 10:37:24 BANDALGOM さん
 一関市・藤沢町

ご無沙汰しております。
筑波山オフ会から早くも3週間が経ちましたが、その節は皆様にはお世話になりました。

オフ会のことも書かなければというところですが、文案は考えてもなかなか書けない状況です。
週末にでも書ければとは思いますが・・・。

さて、一関市議会と藤沢町議会ですが、10日の本会議で合併関連議案を可決しました。

一関市議会はライブ中継があったので、昨日午前10時の開会からずっと聴いていたのですが、請願や条例案の審議が優先され、午後になっても合併関連議案が審議される様子がなかったため、聴くのをやめました。
あとは山野さんに任せた!!ってことで・・・。

しかし、今朝も山野さんの書き込みがないので、岩手日報と岩手日日新聞をチェックしましたが掲載なし、河北新報を見たら載っていた、という次第です。

グリグリさん、でるでるさん、よろしくお願いします。

[77010] 2010 年 12 月 11 日 (土) 03:17:09 oki さん
 よしなしごと

今日(もはや昨日ですが)、奈良県まで出張に行ったのですが、途中、新幹線で多摩川を渡っているときに、「考えたら大きな川をたくさん越えるな」と思い、渡った大河を順に書き連ねると次のようになりました。
荒川、隅田川(渡ったのではなく、くぐったのですが)、多摩川、相模川、酒匂川、富士川、安倍川、大井川、天竜川、浜名湖(番外)、矢作川、木曽川、長良川、揖斐川、瀬田川、桂川、淀川、大和川、木津川。そのほか、中小河川、水路等は数知れず。
ま、だからどうだと言うことは別になく、川がたくさんあって、そのそばに街ができているのを再確認しただけですが。

川に注意しながら窓外を眺めていると、琵琶湖の東側で次のような看板を目にしました。
「愛荘町 ここはどこの県?」
いったい何のことかいな、と思っったのですが、しばらくして「愛知中学校」、「愛知高校」の大きな看板と、それぞれに添えられた「えち」という読仮名を見て納得しました。看板の「愛荘町」はもともと「愛知川町」だったのでしょう。確かに、滋賀県民(とここの常連)以外で、愛知高校を「えちこうこう」と読んでくれる人はほとんどいないでしょうからね(古いグーグルマップを見ていると、「愛知川図書館」に「Aichigawa Library」という英語の読みが当てられていました)。

渡った川を見れば分かるように、新幹線で新大阪まで行き、大和路快速で奈良県に入ったのですが、大阪(梅田の方がしっくりくるが)から乗ったので環状線の海側を半周して天王寺から関西本線を経由しています。途中、西九条の駅に停車したとき、反対側の車線に極彩色の電車が停まっていて、「なんじゃこれは」と思っていると、桜島線(いまは「ゆめ咲線」と呼ぶようです)を走るUSJ行きの電車でした。ディズニーリゾート線の、いかにも「リゾートムード盛り上げ」という列車はあまり好きではないのですが、USJ電車の派手というよりケバさには「ついていけんな」という感覚を持ちました。
で、西九条を出てしばらく進むと、大阪市立の「咲くやこの花中学・高校」という看板が。発想は分かるのですが、東京都が「いざ言問わん高校」をつくるかというと、大江戸線を命名した「あの」都知事でもそこまではやらないでしょう。
私はもともと、文化的には関西の影響下で育った人間で、いわゆる大阪的な発想や言動にはあまり違和感を感じないのですが、上の2件には「ついていけんな」という感想です。東京生活が長くなって、知らず知らずのうちに感性が染められているのかしらん。

しばらく前に、朝日放送の人気番組である「探偵ナイトスクープ」を東京MXで見ていたときに、奈良県に住んでいて堺市に通っている人が、電車を使うより大和川を舟で下るほうが早いのではないかと考え、実行してみたというネタがありました。確かゴムボートを使って川下りに挑んだと思いますが、川の水深が浅すぎて至るところで座礁し、容易に前進できず、結局職場に着いたのは夕方だった、とうオチだった思います。今日、阪奈県境の地峡部で大和川の流れを観察していたところでは、確かに水深は非常に浅く、とても舟で下れそうにないということを改めて確認しました。

ということで、東京から奈良県王寺に着くまで、まったく退屈することなく過ごすことができました。こういうとき、地理好きというのは得ですね(単なる暇人という声もあろうが)。


川の話のついでに。
[77004] hmt さん
おそらく目黒川水系の蛇行する窪地に由来する「蛇窪」の地名は
蛇窪が位置していたのは、目黒川ではなく立会川の谷だと思います。立会川は、かつての碑文谷村当たりに源流があり、上下蛇窪村の南を東流、現在の大井町駅のあたりで流路を南に転じて現在のように立会川駅の東側で海に注いでいたようです。
また、「窪」の地名は平地にできた窪地ではなく、両側の尾根から見て低くなっているところ、つまり谷地を意味するのではないかと思います。明治42年側図の2万分の一地形図を見ると、上蛇窪と下蛇窪の間には、立会川から北に伸びる谷地があり、その最奥部に当たる現在の戸越公園駅の近辺には、「谷戸」という小字があります。おそらく、蛇「窪」とはこの谷戸地形を表す地名だろうと思います。

ところで、この種の調べ物をするのに格好のツールに「今昔マップ」があります。その名の通り、首都圏、中京圏、関西圏の3地域について、明治(または大正)時代から現在までの地形図を閲覧できるようにした優れものです。簡易GIS「MANDARA」を開発した埼玉大学の谷謙二氏の作品で、こちらからDLできます。地図イメージの多くはネット上からDLするようになっているので、データを揃えるまでに少し時間がかかりますが、すべて完備すると非常に使いでがあります。
もしご存じでなければ、試してみてください。

[77009] 2010 年 12 月 11 日 (土) 01:55:09 白桃 さん
 永遠(とわ)の愛 −東と西―

うっかりしておったんですが、今になってご報告申し上げます。

ウチんとこの職場に、滋賀県(旧)愛東町出身のヒトがいました。・・・過去完了形。
そのかわり、愛知県愛西市出身のヒトがおります。・・・現在進行形

ついでですが、三本松の十和(と〜わ)デパート、十年もったのかしら???

[77008] 2010 年 12 月 10 日 (金) 23:26:04 山野[山野] さん
 東浦町

東浦町でも市制移行についてアンケート調査が実施される予定です。
東浦町HP
<調査期間>
平成23年1月1日(土)〜1月22日(土)
<調査内容>
「市への移行について」及び「市の名称について」等。

「市制移行」…国勢調査の結果で5万人を超えていればの話ですが。
野々市、長久手、那珂川、白岡、大網白里…共々。
合併より「単独市制」、国調の結果の方が気になる。

[77007] 2010 年 12 月 10 日 (金) 19:33:13 Issie さん
 青森県東半の南部

[77006] k-ace さん
三浦さんと泉谷さんはCMで名乗っているので分かるんですが。

そうなんですか。私はテレビでは未見で,毎朝乗ってる京浜東北線電車の扉上のディスプレイに映る“無声CM”で見てるんですよ。で,あのCMにはもう1人,“若い車両整備士”もキャラクターでいるみたいなんですが,あれは誰なんでしょうね。

※CMソングも聞いていないので,私の中では八戸開業時の井上陽水(秋田開業時だっけ?)がBGMに聞こえてきます。井上さん,九州ですね。

でも、津軽に偏ってるような…。

よその地方では,「青森県=津軽」ってイメージが強いんじゃないでしょうか。
この話題,ずっと以前にもやった記憶があるのですが…,
「南部」というと,今では岩手県と反射的につながるのだけど,江戸時代の初めに 盛岡 に本拠地を移すまでは 八戸 や 三戸 が南部氏の本拠だったんですよね。さらに「津軽藩」は,その「南部」から“独立”して成立したわけで。
なのに,「青森県の“南部”」は「津軽」と「岩手県の“南部”」の間に落ち込んでしまって,何か影が薄いですね。あるいは,「南部」の一部である「下北」や「恐山」のキャラが立ちすぎているのかも。

[77006] 2010 年 12 月 10 日 (金) 18:21:57【1】 k-ace さん
 青森市(浪岡町)/藤崎町(常盤村)&新青森CM

こんばんは、k-aceです。今ホットな青森県に関しての書き込み。
まずはグリグリさんの「自治体越えの地名」コレクションと太白さんの「自治体の飛び地」コレクションに関してのEMMさんの記事の補足。
[77002]EMMさん
青森市浪岡大字増館/南津軽郡藤崎町増館
青森市浪岡大字郷山前/南津軽郡藤崎町郷山前
青森市浪岡大字吉野田/藤崎町吉野田
[77003]EMMさん
青森市?
これらに関しては2007年9月1日の「青森市と藤崎町の境界変更」により誕生した、自治体越えの地名と飛び地ですね。
参考まで落書き帳の過去記事(「青森市と藤崎町の境界変更」)です。
[60567]矢作川太郎さん(2007年8月12日)の記事には
以下のように字名変更される様です。
青森市浪岡(大字)郷山前→南津軽郡藤崎町大字郷山前
青森市浪岡(大字)増館→南津軽郡藤崎町大字増館
青森市浪岡(大字)吉野田→南津軽郡藤崎町大字吉野田
確か、それぞれ大字の一部が編入されるので境界の両側に浪岡付きと無しの両方が存在する様になるらしいです。
と既に「自治体越え」になることが書かれています。グリグリさん、参考までに。


[76996]Issieさん
今JR東日本がやっているキャンペーンは,どうも津軽に偏っているような気がして。だって,メインキャラクター,“助役”の 吉幾三 はもちろん,“駅長”の 泉谷しげる も青森市生まれだそうで(もう1人の“若い駅員”は誰?)。
新青森から津軽へ,JR線には乗ってもらえるけど,青い森鉄道方面は,だめじゃん
一番のメインキャラクターはその“若い駅員”である俳優の三浦春馬さん(茨城県土浦市出身)なんですが。まぁCMのコンセプト「関東(東京)から青森へ」からすると、関東(三浦さん)、青森(泉谷さん、吉さん)というこの人選は妥当でしょう(なお、CMソングは高槻市出身の方ですが…)。
一応、PRCMでは大間町、八戸市(蕪島)、風間浦村もとりあげていますね。後投稿による青森各地(津軽・三八上北・下北)の観光情報も。でも、津軽に偏ってるような…。
#吉さん(五所川原市金木町出身)出てたんですね。後、泉谷さんの青森(市)出身も、Issieさんの書き込み見て知りました(恥ずかしながら)。三浦さんと泉谷さんはCMで名乗っているので分かるんですが。

[77005] 2010 年 12 月 10 日 (金) 16:03:19 hmt さん
 利根川と国境・県境との関係(7)渡良瀬遊水地
hmt 渡良瀬遊水地−4県が集まる境界地域 hmt 利根川と国境・県境との関係

栃木群馬埼玉 「3県境近辺の今昔」 に添付した明治17年迅速測図の上部欄外には、渡良瀬川の河道について、次のように書き加えました。
現河道はずっと北から貯水池の東に回り込む

渡良瀬川河川事務所HPの 渡良瀬川の歴史 には、次のように記されています。
渡良瀬川は、かつて太日川(ふといかわ)と呼ばれ、1000年前は、現在のルートとは違うところを流れていました。太日川は、足利市の対岸から矢場川を通り、古河市の西部で合ノ川という川に連なり、現在の江戸川の川筋を通って、東京湾に直接注いでいたのです。

[4618] G[わたらせG]さんも、下野国と上野国との境界をなす矢場川が、渡良瀬川の旧流路であったことを記しています。

上記HPには、足利・太田付近の図はありませんが、渡良瀬遊水地付近については、2番目の図(昭和初年)で説明されています。
赤く着色されているのが 藤岡放水路で、栃木県下都賀郡藤岡町の台地(図の上部橙色)を横切る開削工事(1910〜1926年)によって作られました。[76925] 88 さん

(藤岡放水路)によって、渡良瀬川は、直接、赤麻沼に落ちることになったのです
というHPの記述から、昭和前期の渡良瀬遊水地において、北部にある赤麻沼が果した役割を理解することができます。

MLの [off7:00086] における、いっちゃんさんの下記発言も、渡良瀬遊水地を、その中の天然貯水池=赤麻沼で代表させたものだったのでしょう。
実は小学生の頃、地元民は赤麻遊水池と社会科で習ったのですよ

「遊水」目的の「土地」の周囲を土手で囲み、「池」にする工事の着工は 1963年でした。渡良瀬川(藤岡放水路)南西側の第1調節池は 1970年、北東側・巴波川と思川との間の第2調節池は 1972年、巴波川右岸の第3調節池は1997年に ほぼ でき上がりました。

第1調節池内は、更に掘削して貯水容量を増加し、水道水確保にも役立てることになりました。
鉱毒と完全に遮断するために 池の底までコンクリート張りにした ハート形の 渡良瀬貯水池(4.5km2) が 1990年に完成し、「谷中湖」と名付けられています。

振興財団HP[43138]遊水地の生い立ち には、3つの調節池からなる渡良瀬遊水地の航空写真と明治17年迅速図とが対比されており、赤麻沼との位置関係もよくわかります。鳥瞰写真

昭和という年号と共に流れが藤岡放水路に移る前は、蛇行する渡良瀬川がほぼ栃木県境でした。
“ほぼ”と言ったのは、県境が東武日光線と交わるあたりでは、明治の河道も少し県境から外れているからです。この付近、川が台地の先端を横断する形になっており、更に古い流路変遷の存在を思わせます。

それはさておき、その南東約4kmの3県境。迅速測図を見るとわかるように、この地点は 川の合流点でした。
同じく迅速測図に基く資料ですが、近世初頭の利根川改修を扱った論文の図3(URBAN KUBOTA PDF版 No.19 の4/4)「明治10年代…利根川流路と流路跡」をご覧ください。
地形図から読み取れる流路跡が記入されており、江戸時代の流路がよくわかります。

問題の 3県境は 図3の上部で、タイトル文字「利根川流路」の真下です。
蛇行しながら北西から南東へと流れるのが、栃木県境になっている渡良瀬川の旧流路であることは明らかですが、西から来て大きく蛇行してから渡良瀬川に合流する川の正体は何でしょうか?

谷田川と記された西からの流れに、南から大きな旧河道が合流しており、県境線は明示されていませんが、群馬埼玉県境はこちらです。
この河道を辿ると「合の川跡」と加筆されており、利根川接続部の堤防に、「天保9年締切」の注記があります。締切年代については、[76938] まかいの さんがリンクしてくれた 板倉町と水辺 16/36 記載のように 天保12年説もありますが、この河道が上野国と武蔵国との国境になっているということは、かつては利根川の本流と言ってもよいほどの大きな流れであったを語っています。

実は、この付近の利根川水系には、網の目のように多数の流路があり、時代により、また平水時と洪水時により流路は移り変わっていたので、どれが本流であるかということは、簡単に言えません。

3県境探訪からこの複雑地域に言及することになった以上、長らく中断していた 「利根川と国境・県境との関係」 シリーズを再発進しましょう。

[77004] 2010 年 12 月 10 日 (金) 13:42:10 hmt さん
 「蛇窪」という地名

昨夜のテレビ東京「空から日本を見てみよう」は、東急大井町線でしたが、大井町を出て次の駅の「下神明駅」で紹介されていたのが、別々の鉄道会社による三重立体交差でした。

三重立体交差は、地上が JR東日本。その上を高架線で直交するのが 東京急行の大井町線。更に上が JR東海の東海道新幹線。
大井町を地下駅で出た「りんかい線」は、少し手前で北に曲がっているので、地下を含めても 4社四重 にはなっていません。

この話を持ち出したのは、「トライアングル」に関して、この地が 落書き帳で 取り上げられたことがあるからです。

[49640] オーナー グリグリさん
こちらは ひねり の入った三角。
[49652] デスクトップ鉄 さん
最後尾に展望車を連結していた、客車列車時代の特急「つばめ」と「はと」が方向転換していた場所です。
東急大井町線の下神明駅近くの、現在の横須賀線と湘南新宿ラインが分岐しているところが旧蛇窪信号場
[49796] hmt
「ひねりの入った三角」[49640]として例示された目黒川・蛇窪・大崎デルタ線 [49652]も、現在は横須賀線(1980)と湘南新宿ライン(2001)の旅客線になっていますが、元々は1929年にできた品鶴貨物線に大崎支線が加わり(1934)、変形トライアングルになった貨物線です。

「空から…」ではよく見えない1層目の JR在来線ですが、3本の貨物複線【現在は旅客線化】が、すべて平面分岐によって トライアングルを形成している、珍しい場所です。

その一角をなす「旧蛇窪信号場」。
東京府荏原郡上蛇窪村と下蛇窪村とは、1889年の町村制で 中延村・戸越村・小山村などと合併して 平塚村になり、これが荏原町を経て 1932年に 東京市に編入されました。

おそらく目黒川水系の蛇行する窪地に由来する「蛇窪」の地名は、郡部時代は大字として残っていましたが、東京市編入を機会に改称され、東京市荏原区上神明町と下神明町とになりました。

エデンの園以来嫌われ者の「蛇」が使われた地名は、行政が使う公式の町名からは消されてしまいました。

省線の品鶴貨物線に、大崎支線が作られた1934年はその直後ですが、分岐点の信号場には「蛇窪」の名が使われました(計画段階から決まっていた?)。おかげで、私のような鉄道路線ファンの記憶に残る地名として生き延びた次第です。
なお、1927年の目黒蒲田電鉄大井町線開業時には、大字名由来の蛇窪駅がありました。行政地名から消された後の1936年に戸越公園駅に改称。

「蛇窪」という地名が消滅する過程で、地名の保存とは何かを考える

「蛇」から離れれば、荻窪・柳窪・恋ヶ窪など「窪」の付く地名は、東京近郊にも多数あります。
大久保のように異字を用いたものは更に多数。

[77003] 2010 年 12 月 10 日 (金) 01:14:07【1】 EMM さん
 「自治体の飛び地」コレクション情報提供

>太白さん

[77002]の自治体越え地名を探していた際に新手の飛び地を見つけたのでご案内します。
上山市狸森
青森市?
下北郡東通村?
青森の2件は地名の表記が無いので、所属自治体は推定になります。

※追記。
青森県内でさらに発見。
下北郡佐井村?

[77002] 2010 年 12 月 10 日 (金) 00:58:25 EMM さん
 「自治体越えの地名」コレクション追っかけ情報提供

[76997] まかいのさん
三沢市大浦/東北町大浦

実はオフ会直前に見つけていて投稿し損ねたままになっていた場所でした。
で、その時にもういくつか見つけてあったという…それらを投稿します。

青森市浪岡大字増館/南津軽郡藤崎町増館
藤崎町側は5か所に分かれてます。
青森市浪岡大字郷山前/南津軽郡藤崎町郷山前
すぐ横にある青森市浪岡大字吉野田と藤崎町吉野田は近接系。ただしこのあたり、カーソルで指し示される地名(左上に出るもの)と地図中の表記がかなり違ってる。謎…
弘前市八幡舘/南津軽郡大鰐町八幡舘
ここも地図中の表記とカーソルで指し示される地名が違う。何なんだろう。
三沢市三川目1丁目〜4丁目/上北郡おいらせ町一川目・二川目1丁目〜4丁目
これは他とはちょっと違う感じ。
新庄市昭和/最上郡鮭川村昭和
山形県に飛びます。これまた鮭川村側の地図中の表記とカーソルで指し示される地名が違う。
鶴岡市西沼/東田川郡三川町東沼
ちょっと微妙?
山形市向新田/東村山郡中山町向新田
山形市側はちっこいですがカーソルで指し示される地名も合致。
東置賜郡高畠町上平柳/東置賜郡川西町下平柳
下平柳の表示場所が今ひとつなので見つからなかったのかな?

[77001] 2010 年 12 月 9 日 (木) 22:41:55 hmt さん
 Re:飛び地と思いきや

[76997] まかいの さん
三沢の米軍敷地姉沼通信所

三沢飛行場隣接地に1965年に建設された巨大な円筒形のアンテナ。通称「象の檻」がある施設です。
ウオッちず でも「まんまる」が見えます。

かつては沖縄の読谷村など、世界各地に同様のものがありましたが、技術の進歩により陳腐化した存在になり、大部分は撤去されたようです。三沢についても、解体計画が報じられています。しんぶん赤旗2008.11.17

母衣平出生(ほろだいはぶ)

なにやら、いわれのありそうな地名。漢字5文字で読み密度1.2。

[77000] 2010 年 12 月 9 日 (木) 22:33:32 スカンデルベクの鷲[大龍エクスプレス] さん
 こっちはどうでしょうか。

続きです。まずは、新規の分。(今回はmapionを使用しました。)

京都府京都市中京区姉猪熊町(あねいのくまちょう)

読みがな等

姉大東町 あねだいとうまち 町 京都府京都市中京区
の読み、正しくは「あねだいとうちょう」だと思います。

姉西洞院町 あねにしどういんちょう 町 京都府京都市中京区
の読み、正しくは「あねにしのとういんちょう」だと思います。

姉西堀川町 あねにしほりがわちょう 町 京都府京都市中京区
の読み、正しくは「あねにしほりかわちょう」だと思います。

姉東堀川町 あねひがしほりがわちょう 町 京都府京都市中京区
の読み、正しくは「あねひがしほりかわちょう」だと思います。

東姉小路町 ひがしあねこじちょう 町 京都府京都市東山区
の読み、正しくは「ひがしあねこうじちょう」だと思います。

これで終わりです。修正よろしくです。


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