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落書き帳


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[79799] 2011 年 12 月 31 日 (土) 09:56:37 オーナー グリグリ
 今年もお世話になりました

今年は未曾有の大震災で、皆さん落ち着かない日々を過ごされたことと思います。国際情勢に加え、日本の政情や経済も見通しが立たない状況が続いていますが、来年は少しでも明るい年になればと思っています。一人ひとりができることは限られているかもしれませんが、楽しく明るく過ごしていきたいと思います。

12月に入って慌ただしい中、落書き帳オフ会を会津若松で開催し、多くの皆さんに集まっていただき、楽しい想い出を作ることができました。本当にありがたいことです。来年も皆さんとお会いできるのを楽しみにしています。

当サイトの更新作業や改善作業は細々と続けていますが、来年はもう少し頑張って、丁寧に着実に更新して行ければと考えています。引き続き皆さんのご協力を頂ければ幸いです。

本年は本当にお世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。

[79798] 2011 年 12 月 31 日 (土) 04:58:38 いっちゃん さん
 年末のご挨拶

大晦日だと言うのに今日もこれから出勤です・・・。

さて、今年は十番勝負以外は大した書き込みもできず、オフ会も手配はしたものの無念の参加断念。と言うことで、来年は少しは書き込みを増やして、オフ会にも参加したいと思っております。
それでは皆様良いお年を。

[79797] 2011 年 12 月 30 日 (金) 23:57:59 白桃 さん
 赤い辰年

私の干支は辰なので、明後日から1年間はとしおとこなんです。
辰と関係する龍ヶ崎市とたつの市なんですが、辰年を目前にしながら両市とも12月1日現在の推計人口が8万人をきってしまいました。

[79796] 2011 年 12 月 30 日 (金) 23:32:07 88 さん
 市区町村変遷情報 小レス

[79760][79772][79782] 中島悟 さん
たくさんのご指摘をありがとうございます。
([79775][79792] hmt さん からも、関連するコメントをいただきました。)
#他の方からのコメントも、私に関連したものが続出しており、うれしい悲鳴を上げております。逐次対応してまいりますので、しばらくお待ちいただければ幸いです。

正直言って、市区町村変遷情報のうち、市制町村制施行時の情報は、まだまだ修正箇所が多くあるだろうと思っていますが(まだご指摘に対応ができていないものもあるのは事実)、それ以降のもの(都道府県別日付順)は、皆様のご指摘を受けてかなり修正してきましたので、誤りがあったとしても微々たるものではないか、との思い込み(根拠なし)がありました。
ところが、今回の中島悟さんのご指摘や、最近とある読者の方からメールでのご指摘があったこともあり、まだまだ、単純ミスや不整合が残っていることを実感しています。
個々のデータの修正作業のみで比較的容易に完結するものは、取り急ぎ、以下のとおり対応しましたので、ご報告いたします。
他方、再確認・再調査に念を入れて対応したいもの(時間を要するもの)、市区町村変遷情報の全体の構成に関するもの、表記方法の方針に関わるもの、将来構想(データベース化、試行品などの検討中の課題)に関するもの、などは、レス・対応を後日とさせていただくものがあります。それらにつきましては、少々お待ちいただければありがたいです。

[79782] 中島悟 さん の
私の[79760][79772]は、
市町村合併情報の施行時から現在までの町村数を各郡別に集計して、食い違いが出た所を調べたものです。
とのお言葉はからは、中島悟 さん が、市区町村変遷情報をデータ面からきっちりと、合理的に調査・確認されたことが窺え、心強く感じているとともに、感謝いたします。

――――――――――
[79760] 中島悟 さん
■S40(1965).5.1付けで 福島県 郡山市 となる従前の町村名の一部について 安積郡 三穂田町 or 安積郡 三穂田村
S39.12.28付け自治省告示第157号により確認しました。安積郡 三穂田村 と修正しました

■T15(1926).10.1付けで 東京府 北豊島郡 岩淵町 となる従前の町名について 北豊島郡 岩淵町 or 北豊島郡 岩淵村
単なる入力誤りでした。M22.5.1の市制町村制施行時において既に北豊島郡 岩淵町でした。北豊島郡 岩淵町 と修正しました

■S29(1954).7.1付けで 山梨県 山梨市 となる従前の町村名の一部について 東山梨郡 山梨町 or 東山梨郡 山梨村
S29.7.1付け総理府告示第590号を確認しました。東山梨郡 山梨村 と修正しました

■S28(1953).5.1付けで 因島市 となる従前の町村名の一部について 豊田郡 東生口町 or 豊田郡 東生口村
M22(1889).4.1付け 広島県市制町村制施行時の村名について 豊田郡 南井口村, 東井口村, 北井口村 or 豊田郡 南生口村,東生口村,北井口村
まず、因島市発足時の件については、S28.3.27付け総理府告示第56号を確認しました。豊田郡 東生口村 と修正しました
また、広島県市制町村制施行時の件は、M22.3.8付け(広島)県令甲第22号6コマ目及び7コマ目を確認しました。これらはもちろん生口島のことでもあり、単なる入力ミスでした。いずれも修正しました(豊田郡 南生口村豊田郡 東生口村豊田郡 北生口村)。

■S32(1957).2.11付けで 高知県 幡多郡 大月町 となる従前の町村名の一部について 幡多郡 月灘町 or 幡多郡 月灘村
大変失礼しました。[78777]拙稿での修正漏れです。幡多郡 月灘村 と修正しました

■T14(1925).2.1付けで 広島県 安芸郡 江田島村 に編入される 津久茂村 の所属郡について 安芸郡 or 佐伯郡
津久茂村はM22.4.1付けでの広島県市制町村制施行時の時点から佐伯郡 津久茂村であり、その後の郡変更もありません。ご指摘のとおり、佐伯郡 津久茂村 と修正しました

■変更種別について 新設 or 新設/町制
以下の変遷については、すべて総理府告示により、従前・変更後の町村名や、合併形式から、いずれも村から町となったことを確認し、新設/町制と修正しました。
合併年月日合併後自治体名告示年月日告示番号
S30(1955).3.15千葉県安房郡丸山町 S30.3.15総理府告示第351号
S30(1955).3.31千葉県安房郡長狭町 S30.3.30総理府告示第730号
S30(1955).1.1滋賀県神崎郡五個荘町 S29.12.28総理府告示第1206号
S30(1955).3.1福岡県京都郡豊津町 S30.3.1総理府告示第314号
S30(1955).3.1福岡県京都郡勝山町 S30.3.1総理府告示第315号
S30(1955).4.1福岡県八女郡広川町 S30.3.28総理府告示第518号
S30(1955).4.1長崎県西彼杵郡野母崎町 S30.3.29総理府告示第667号
S26(1951).4.1宮崎県西臼杵郡日の影町 S26.4.11総理府告示第67号
S29(1954).12.1鹿児島県薩摩郡薩摩町 S29.12.1総理府告示第1042号
なお、千葉県 安房郡 丸山町、滋賀県 神崎郡 五個荘町 の件は、それぞれ、従前の 安房郡 千倉町の一部、蒲生郡 安土町の一部を含むもものの、村同士の合併に町の一部が参加した形であり、町を引き継いだとは言えないため、やはり「町制」である、と判断しています。

■S28(1953).11.3付けで 茨城県 筑波郡 上郷町 となる変更種別について
S28.10.27付け総理府告示第207号を確認しました。町制 と修正しました

■M24(1891).9.15付けで 栃木県 下都賀郡 石橋町 となる変更種別について
ご指摘のとおり、下都賀郡 姿村の一部 が分立して 石橋町 となるので、分立/町制 と修正しました

■T14(1925).4.1付けで 和歌山県 東牟婁郡 下里町 となる変更種別について
ご指摘のとおり、町制 と修正しました

■T9(1920).1.1付けで 広島県 豊田郡 木ノ江町 となる変更種別について
ご指摘のとおり、豊田郡 東野村の一部, 中野村の一部 が分立して 木ノ江町 となるので、分立/町制 と修正しました

■S16(1941).1.1付けで 鹿児島県 肝属郡 根占町 となる変更種別について
ご指摘のとおり、町制/改称 と修正しました
なお、現在のところ、「町制」と「改称」を全く同時に行う場合、「町制/改称」に統一しております。
もっとも、「町制」の後に「改称」を行う場合も「町制/改称」、「改称」の後に「町制」を行う場合は「改称/町制」としております。これらの場合分けは、将来構想としています([70815]拙稿参照)。

■S24(1949).12.1付けで 埼玉県 児玉郡 若泉村 から 児玉郡 渡瀬村, 阿久原村 が発足する変更種別について
ご指摘のとおり、従前の 児玉郡 若泉村 は廃されていますので、分割 と修正しました(児玉郡 渡瀬村児玉郡 阿久原村)。

■S23(1948).7.1付けで 長野県 下伊那郡 豊村 から 下伊那郡 売木村, 和合村 が発足する変更種別について
S23(1948).6.2付け総理庁告示第115号を確認しました。
長野県下伊那郡豊村を廃し、大字売木の区域を以て売木村を、大字和合の区域を以て和合村を置く
ですので、分割 と修正しました(下伊那郡 売木村下伊那郡 和合村)。

■栃木県 上都賀郡 板来村 を分割して 上都賀郡 板荷村, 小来川村 が発足する年月日について
この件は、[74516] むっくん さん でご指摘をいただき、[77619]で修正したのですが、その際の入力誤りです。
[74516] むっくん さん ご紹介の、M26(1893).3.18付け(栃木県)告示第42号により、M26.3.18付け分割です。上都賀郡 小来川村 を M26.3.18 分割 と修正しました

■S29(1954).11.3付けで 新潟県 佐渡郡 金井村 が発足する従前の町村名について
S29.11.2付け総理府告示第943号を確認しました。従前は 佐渡郡 金沢村, 吉井村の一部 と修正しました

■市制町村制施行時の 岐阜県 恵那郡 三濃村 のその後について
この関連レスは、[79772][79782] 中島悟 さん、[79775][79792] hmt さん と続いております。
この、分立に関する諸事例等に来ましては、後日、改めてレスします。

■市制町村制施行時の 静岡県 富士郡 白糸村 のその後について
・S32.11.2付け総理府告示第482号により、S33.4.1付けで 富士郡 北山村, 上野村 が富士宮市へ編入
・S33.4.1付け総理府告示第115号により、S33.4.1付けで 富士郡 上井出村, 白糸村 が富士宮市へ編入
この 白糸村 の編入が遺漏していました。修正しました

■市制町村制施行時の 新潟県 雑太郡 相川町(村)について
変更種別は正しく「新設/町制」としていたのですが、自治体名が誤っていました。雑太郡 相川町 と修正しました
新潟県の町村数の件につきましては、後日といたします。

■町村制施行時の 奈良県 吉野郡 上市町(村) について
[78774]で修正済みのつもりだったのですが、投稿だけを対応して、市区町村変遷情報の入力も、手元のexcelデータの修正作業も、従前の誤った「吉野郡 上市村」のままでした。失礼しました。
吉野郡 上市町 と修正しました

■愛知県の市制町村制施行時の市町村数
■広島県の市制町村制施行時の市町村数
■長崎県対馬国の島嶼町村制施行時の町村数
■北海道室蘭区の区制施行時の件
■小笠原諸島の件
これらは、後日といたします。

――――――――――
[79772] 中島悟 さん
市制町村制施行時の情報(茨城県)の北相馬郡4町21村の郡名誤りについて
単なる入力ミスでした。北相馬郡と修正しました。

■S18(1943).9.8付け 埼玉県 大里郡 寄居町 に編入される 従前の 白鳥村 の所属郡について
ご指摘のように、町村制施行時から秩父郡 白鳥村であることからも、秩父郡 白鳥村と修正しました

■S30(1955).2.11付けで 三重県 志摩郡 磯部町 となる従前の 神原村 の所属郡について
S30.2.11付け総理府告示第181号を確認しました。度会郡 神原村 ほかを廃し、神原村大字檜山、大字栗木広及び大字山原 の区域を 志摩郡 磯部村 に編入する(神原村 の残余は 度会郡 南勢町 に、また、S30.2.11付け総理府告示第182号により 志摩郡 磯部村 及び 的矢村 を廃し 磯部町 に)を確認しました。M22.4.1付けの市制町村制施行時でも度会郡 神原村です。よって、度会郡 神原村と修正しました

■S33(1958).10.20付けで 島根県 那賀郡 旭村 に編入される従前の 市木村 の所属郡について
S33.10.18付け総理府告示第357号を確認しました。邑智郡 市木村 を廃し、邑智郡 瑞穂町 と 那賀郡 旭村 に分裂して編入されるものです。M22.4.1付けの市制町村制施行時でも邑智郡 市木村です。よって 邑智郡 市木村 と修正しました

■北海道上川郡・中川郡の件
後日といたします。

――――――――――
[79782] 中島悟 さん
冒頭にも述べましたが、再掲し、別の観点から。
私の[79760][79772]は、
市町村合併情報の施行時から現在までの町村数を各郡別に集計して、食い違いが出た所を調べたものです。
以前から述べているように、私はいわゆる「近世村」に着眼しています。近世村は一千年以上の歴史を持つものが多くあり、また、明治以降の三次にわたる大合併も、この近世村同士の合併(さらには再合併・再々合併)と考え、また、現在の町・大字はこの近世村であることが多いからです。
逆に、現在から遡ってみれば、[79692]拙稿でも述べたように、近世村単位に「因数分解」することができる、ということです。
市の数が増え、範囲が大きく広がることによって郡の数がかなり減少しています。また、以前は30や40を超える町村を抱えた郡も多かったのと対照的に、現在では数町村であったり、1町だけしか存在しない郡も多々あることを鑑みれば、郡における町村の推移に着目することは有意義であると考えています。

長崎県西彼杵郡淵村などの件は、後日コメントいたします。

[79795] 2011 年 12 月 30 日 (金) 22:54:27 オーナー グリグリ
 2012年新年企画 第三十三回全国の市十番勝負

新年とともに開始予定の十番勝負の準備を継続中です。7割程度の進捗状況ですが、問題作成の関係で、今回は新趣向の出題を控える予定です。第三十回以降、10問中5問を解答順に制約を付けた新趣向の出題としていましたが、今回は10問すべて従来の方式で提示する予定です。あらかじめご承知おきください。

[79794] 2011 年 12 月 30 日 (金) 22:14:43【1】 中島悟 さん
 まるで間違いの見本のような

[79792]hmtさん
長崎市への編入、小榊村としての分立、浦上山里村への編入の3件が記録されています。
(中略)淵村も消滅しているのではないでしょうか?
ああっ、もうひとつ下にっ・・・!
すみません。次の行できちんと消していたのに、それを見落としてしまいました。

元記事が訂正できなくて残念!
こう書くべきでした。
新潟県189824分立中蒲原郡三箇村中蒲原郡 松島村の一部
新潟県189824分立中蒲原郡新松島村中蒲原郡 松島村の一部
新潟県189824編入中蒲原郡沼垂町中蒲原郡 松島村の一部
長崎県1898101編入長崎市西彼杵郡 淵村の一部
長崎県1898101分立西彼杵郡小榊村西彼杵郡 淵村の一部
長崎県1898101編入西彼杵郡浦上山里村西彼杵郡 淵村の一部
淵村は編入が2つで消滅
松島村は編入1つですがこれも消滅

[79793] 2011 年 12 月 30 日 (金) 19:15:04 なると金時 さん
 暮れのご挨拶

明日早くから2日頃まで徳島に帰省しますので、十番勝負もいつもどおり遅れて参加となります。
今年は、年明け早々母の他界、3月は震災、4月は異動と公私共にいろいろあった一年でした。
来年は平穏な年になってほしいと祈るばかりです。
落書き帳の皆さんにもよい新年が訪れますようにm(_ _)m

[79792] 2011 年 12 月 30 日 (金) 13:43:58【1】 hmt さん
 長崎県西彼杵郡淵村

[79782] 中島悟 さん
ここで手間を食ったのが(中略)分村した場合の消滅の確認でした。

分村の事例をご紹介いただき、ありがとうございます。

淵村は残存、松島村は消滅

変遷情報長崎県 のNo.3、4、5には、
長崎市に隣接した長崎県西彼杵郡淵村は、1898(M31).10.1に、長崎市への編入、小榊村としての分立、浦上山里村への編入の3件が記録されています。

小榊村詳細データ には、「西彼杵郡…淵村を廃する」と明記されているので、淵村も消滅しているのではないでしょうか?

この詳細データによると、淵村14郷の大部分は長崎市に編入され、浦上山里村に編入されたのが1郷。
村の大部分が編入された「淵村」の一部が「独立の自治体として残存した」ことは事実ですが、その区域は「西彼杵郡淵村のうち小瀬戸郷、神ノ島郷及び木鉢郷の一部を分け、その区域をもって小榊村を置く」という「分立扱い」で処理されているので、これを「淵村の残存」と解釈するのは無理があります。

手続きが「分立」であり「改称」でないということから、実務的には小榊村分立処理が先に実施され、一時的に「残存した淵村」の大部分(浦上山里村編入の寺野郷を除く)は、同日付で長崎市に編入され、淵村が消滅した という解釈ができると思います。

長崎市地球温暖化対策実行計画 の参考資料3/45に「行政区画の変遷」という図があり、市制施行当時の長崎市の西隣に「渕村」が描かれています。その南には「小榊村」があります。小榊村誕生と淵村消滅が同日であるという上記詳細データの情報とは矛盾しますが、地理的関係を知るには役立つので、ご紹介しておきます。

[79791] 2011 年 12 月 30 日 (金) 11:29:15【1】 デスクトップ鉄 さん
 ここはどこ?

別解も許されるなら、
解答5
は、いかがでしょう。

すみません、撤回します。字が違っていました。

[79790] 2011 年 12 月 30 日 (金) 09:47:26 オーナー グリグリ
 Re:ここはどこ?

ただいま十番勝負の問題作成中(難航中^^;)。

[79786] Issieさん
解答1
はい、正解です。ふふ、一族から離れられない...

[79787] むじながいりさん
解答5
これはテクニカル賞もんですね。私にはおしゃれです。正解。

[79788] 千本桜さん
解答3
これはユーモア賞でしょうか。正解。

[79789] 2011 年 12 月 30 日 (金) 07:34:58【1】 白桃 さん
 あさはか見附、東京ブギウギ

問題3は千本桜さんの回答を見るまで、てっきりここかと思ってました。

昨日NHKの紅白歌合戦特集を見るとはなしに見ていたら、歴代の出場歌手の中で香川県出身者はたった一人のようでした。その方とは、東かがわ市出身なんでスグに分かりましたが、皆様はなかなかわからないと思います。(芸名の苗字は、京都府で人口が一番少ない町です。)

[79788] 2011 年 12 月 29 日 (木) 23:35:42 千本桜 さん
 ここはどこ?解答

問題3(半島名を答えてください)

解答3

[79787] 2011 年 12 月 29 日 (木) 22:50:06【1】 むじながいり さん
 ここはどこ?解答

[79778]グリグリさん

クイズを見ると時々無性に答えたくなるものです。
解答5

[79786] 2011 年 12 月 29 日 (木) 20:26:24【1】 Issie さん
 北国の春

[79785] グリグリ さん
おっと、ひねってきましたね。正解です。

なるほど。ルールを理解しました。
そこで,別解。

解答1

御夫君はこの御一族だそうです。
ちなみに現在の長野電鉄の創業者もこの一族。同電鉄が開発した(後から西武に乗っ取られた)「志賀高原」の名前も一説には一族の本拠地である 北佐久郡志賀村(現佐久市) に由来するのだとか(別説もありますが)。
さらに蛇足ながら,北佐久郡ではこの一族が名族であるのに対して,南佐久郡では「井出姓」が有名です。
関連項目:三木内閣の官房長官,北国の春,北風小僧の寒太郎。

※蛇足の追加。
それにしても,牧場のソフトクリームは美味しいですね。
最近は,秋葉原デパート(旧称)1階のマザー牧場の出店に必ず立ち寄っています。

[79785] 2011 年 12 月 29 日 (木) 18:20:14【1】 オーナー グリグリ
 Re:ここはどこ?

[79779] Issieさん
解答2
おっと、ひねってきましたね。正解です。

[79780] 今川焼さん
解答3
この解答だと採点できません。書き込み訂正の際にURLを更新し忘れたのではないかと推測。

[79783] 中島悟さん
解答4
はい、正解です。これはストレートな模範解答かな?

[79784] 千本桜さん
解答1
あははは、ここまでひねりましたか。正解ですね。この解答は見てもすぐには判らないかも。

と言うことでお付き合いくださいありがとうございました。
解答者のリンクをご覧になっていない方は同じ問題の解答をされても構いません。
#思わずニッコリしてしまうおしゃれな解答に期待♪

[79784] 2011 年 12 月 29 日 (木) 17:36:48 千本桜 さん
 ここはどこ?解答

問題1(島名を答えてください)

解答1

こんなふうに答えればよいのでしょうか。

[79783] 2011 年 12 月 29 日 (木) 15:45:07 中島悟 さん
 ここはどこ?解答

毎年入国しております
解答4

[79782] 2011 年 12 月 29 日 (木) 15:38:31 中島悟 さん
 人生いろいろ、自治体の変遷もいろいろ

私の[79760][79772]は、
市町村合併情報の施行時から現在までの町村数を各郡別に集計して、食い違いが出た所を調べたものです。
ほとんど自動抽出自動集計で行っているのですが、ここで手間を食ったのが
[79775]でhmtさんが仰っているように、分村した場合の消滅の確認でした。

"(本)"または"(微)"と書かれていればどちらが主体か迷うことはありません。これが88件
"の一部"でも、これが1つしか無ければ、元の町村は当然残っていると判ります。759件(←しかし、これで三濃村は間違えた)
同じ町村名で複数回出た場合、「分立」「境界変更」だけなら元の町村は残存。16組(児玉郡若泉村,下伊那郡豊村は後に除外)
「分割」なら消滅(58組)。「編入」「新設」(351組)もとりあえず消滅したことにして集計しましたが、実際それで合っているようです。
このように変更種別が使い分けられていて、しかも複数の項は連番かできるだけ近い番号で配列されているので
目視でもほとんどの場合はそれほど問題ないと思われるのです。が、

以下のケースはこれらが混じっていおり、記載からは消滅したかどうか区別できません。
新潟県189824分立中蒲原郡三箇村中蒲原郡 松島村の一部
新潟県189824分立中蒲原郡新松島村中蒲原郡 松島村の一部
新潟県189824編入中蒲原郡沼垂町中蒲原郡 松島村の一部
長崎県1898101編入長崎市西彼杵郡 淵村の一部
長崎県1898101分立西彼杵郡小榊村西彼杵郡 淵村の一部
淵村は残存、松島村は消滅

岡山県195331新設/町制赤磐郡山陽町赤磐郡 高月村の一部
岡山県195331境界変更岡山市赤磐郡 高月村の一部
島根県1954101新設那賀郡旭村邑智郡 桜江村の一部
島根県1954101境界変更江津市邑智郡 桜江村の一部
桜江村は残存、高月村は消滅

そして、三濃村など越境事例。変更元の府県に記載がないので
恵那郡のほか香取郡、足利郡、新座郡、北足立郡、入間郡、福井県大野郡、木曽郡、南桑田郡、岡山県吉野郡でも
いつのまにか村が減少しています。
越境を含む項は三多摩を含めても29件しかないので、双方に記載しても良いのでは、とは思います。


ところで、改めて確認したところ、"の一部"が1つしかなくても同日に本体も改称や編入で
名前が消えているケースが45件あったのですが、
その中で気になるものが
大阪府189741編入大阪市西成郡 川南村の一部
大阪府189741改称西成郡津守村西成郡 川南村
角川地名辞典によると、川南村24大字のうち、村役場を含む23大字が大阪市へ編入し、
残る大字津守新田が津守村になったようです。仮にこれが継承団体だとしても鹿児島県三島村のケースに近く、
"の一部"を付けるのは上ではなくて下のほうではないでしょうか。

[79781] 2011 年 12 月 29 日 (木) 13:35:38 k-ace さん
 首長ツイッター情報(宜野湾市)

たこフェリーの再開神鉄粟生線の存廃は結論先送りのようで。

首長ツイッターにも収録されている宜野湾市の安里猛市長
こちらによると病気療養のため辞意を固め、副市長を介し辞職願を提出したとのこと。
地方自治法で辞職願提出の翌日から20日以内に議会承認がなければ失職する。同市議会によると、市長の辞職に関する臨時議会は予定されておらず、辞職の正式な日付は来年1月17日となる見通し。
とのことです。

[79780] 2011 年 12 月 29 日 (木) 11:28:38【1】 今川焼 さん
 ここはどこ?解答

[79778] オーナー グリグリさん
とりあえず地名コレクション担当者として、これだけは解答しておきます。
厳密には解答というより7年前の“過去問[35381]問題2”の画像なんですが。
今回の問題3の解答です。
解答3

すみません“答え方”が間違っていましたので訂正しました。

[79779] 2011 年 12 月 29 日 (木) 11:20:19 Issie さん
 お寺が答えじゃないよ

[79778] グリグリ さん
ここはどこ?

たとえば,こういうことですか?

問題2(湖名を答えてください)

解答2

[79778] 2011 年 12 月 29 日 (木) 10:27:07 オーナー グリグリ
 ここはどこ?

今日から年末年始休暇に入りました。十番勝負の準備や溜まっている作業を片付けようと思っています。まぁ、家庭内の雑用も多々ありますけども。で、その前に[79748]にも書きましたが、航空写真を使ったクイズは楽しく展開できそうです。十番勝負というよりもオフ会企画向きですが、例えばこんな問題は如何ですか。ちょっとした骨休みにどうぞ。

問題1(島名を答えてください)
問題2(湖名を答えてください)
問題3(半島名を答えてください)
問題4(施設名を答えてください)
問題5(インターチェンジ名を答えてください)

答えてみたい方は、以下のようにお答えください。
問題0(岬名を答えてください)

解答0
つまり、他の方に直接解答が判らないように、解答がすぐ判るページをリンクしてください。

[79777] 2011 年 12 月 29 日 (木) 08:02:02 白桃 さん
 女川町の推計人口

昨日、宮城県から女川町の10月1日現在の推計人口が公表されました。
8,343人という数字は、2010年国勢調査確定人口からの減少率が16.99%となり、岩手県大槌町と並んで最高を示しております。
なお、南三陸町に関しては、「住民基本台帳ネットワークシステムへの再開後、公表」されるということです。

[79776] 2011 年 12 月 26 日 (月) 21:02:54【1】 Hiro_as_Filler さん
 第8回落書き帳公式オフ会「ミニ十番勝負」解説 勝手に補足

お久しぶりです。Hiro_as_Fillerです。
オフ会の感想も書かぬまま別の話題ですみません(^-^;
(オフ会の感想といっても、クイズにまったく答えられなかったことと、前後のアホな行程しか書けないのですが。。。(汗))

さて、オフ会で出題された88さんプロデュースの「ミニ十番勝負」の問一ですが、解説の表の中で、市役所の位置を定める(変更する)条例について、日立市・金沢市・門真市が(条例見当たらず)という記載になっています。
オフ会当日には、地方自治法第4条により定めなくてはいけない条例がなぜないんでしょうね、なんて近くの方と話していたのですが、帰ってから1つ思い当たる節があって、独自に調査していました。

というのは、地方自治法施行規程第1条に「地方公共団体の事務所の現に在る位置は、地方自治法第四条の条例で定めたものとみなす。」というものがありまして、もしかして当該市は、地方自治法施行前から市役所の位置が変わっていないため、条例が制定されなかったのではないかと推測し、各市に問い合わせを行いました。

その結果、各市とも、地方自治法制定前から市役所の位置は変更していないため、地方自治法施行規程第1条を根拠として、当該条例を制定していない旨の回答が得られました。また、3市とも地方自治法制定前から法人格が継続している(日立市S14〜、金沢市M22〜、門真市S14〜)ため、新たに制定される機会もありませんでした。

したがって、(条例見当たらず)は、そもそも条例がないということになります。もしご存知でしたら申し訳ありません。

<参考>
地方自治法(昭和二十二年四月十七日法律第六十七号)
第四条  地方公共団体は、その事務所の位置を定め又はこれを変更しようとするときは、条例でこれを定めなければならない。

地方自治法施行規程(昭和二十二年五月三日政令第十九号)
第一条  地方公共団体の事務所の現に在る位置は、地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第四条の条例で定めたものとみなす。

[79775] 2011 年 12 月 26 日 (月) 14:51:49 hmt さん
 市区町村変遷情報という舞台からの「退場」情報
hmt 明治村・大正村・昭和村

中島悟 さんの 今回の記事[79760][79772]に関連して。
直接には記されていませんが、これを深読みすると、その底流には 次の指摘があるように思われます。
すなわち、市区町村変遷情報という舞台に「登場」する情報が整備されている一方で、その舞台から「退場」した市区町村の情報が不十分なのではないかということです。

もちろん、変遷情報の大部分については、新たな市区町村の「登場」に関連して記される「変更対象自治体名/変更内容」欄を見れば、それに伴い「退場」した市区町村がわかります。
従って、「退場情報のすべて」を記録する必要は全くないと思われるのですが、一部については配慮が必要と考えます。

記録する必要があると思われる「退場情報」の一例として、分村を伴う消滅があります。
例えば、[79772]で挙げられた埼玉県秩父郡白鳥村。変遷情報埼玉県 の No.78,79,80の3件に「白鳥村の一部」と記され、分村編入があったことはわかります。しかし、これだけでは白鳥村が消滅したのか、一部が残ったのか不明です。

もちろん、一手間をかければ、「白鳥村がその後の変遷情報に登場せず、かつ現存していない。」という事実から、その消滅を推認することはできます。
しかし、変遷情報の趣旨からすると、「白鳥村は3分村により消滅した」[56491]事実を、直接に記しておくことが望まれるのではないでしょうか。

同様の県内分村事例をもう一つ挙げておくと、変遷情報愛知県 のNo.399,400,401 に記された 碧海郡明治村の3分村による消滅です。落書き帳では、[55569]で言及しています。
昭和30年3月31日総理府告示第1009号 には、次のような形で「明治村退場情報」が明記されています。【切れていたリンクを復活し、原文を引用。】
地方自治法第7条第1項の規定により、愛知県碧海郡明治村を廃し、その区域のうち大字西端の区域を碧南市に編入し、大字東端、根崎、榎前、和泉、城ケ入及び石井の区域を安城市に編入し、大字米津及び南中根の区域を西尾市に編入する旨愛知県知事から届出があつた。
右の廃置分合は、昭和30年4月1日からその効力を生ずるものとする。

これが越県分村となると、[79772] 中島悟 さんが岐阜県恵那郡三濃村の事例につき
分割編入の片方が県境越えしていたため見落としていました。すいません。
と書いているように、変遷情報からの退場情報を記録しておく価値が一層高まるものと思われます。

余談ですが、町村制施行時 から 昭和大合併まで存在した三濃村という村名は、三河国と美濃国からの合成地名であると考えられます。>yamadaさん

旧3村のうち、横通だけが岐阜県に残留して 明智町に編入 されました。
浅谷と野原とは 愛知県旭村 へと越県境界変更しました。[79523]のリスト No.5です。落書き帳記事は[55569]

越境分村による消滅事例は三濃村と矢場川村だけかもしれませんが、越県事例については、分村でなくても退場情報を記録するに値すると思われます。
例えば京都府樫田村の場合、廃置分合情報は編入先の大阪府高槻市に記録されています。
京都府に樫田村の退場情報を記録しておくことは、都道府県別の変遷情報を首尾一貫させるために有用なことと考えます。

最後に、市区町村でない「郡」についても、退場情報入力の対象として加えることを提案しておきたいと思います。

[79774] 2011 年 12 月 26 日 (月) 07:34:03 白桃 さん
 都市の瀬

「インカンのインってどんな字だっけ?」
「インザイのインだよ!」
印西市の方に年賀状を書いている妻の質問に対する私の回答ですが、この会話、質問の仕方も答え方も変です。
PCの普及で漢字力が落ちている、と言われて久しいですが、逆に、我が家のPCも変換力?が落ちています。
「トヨタ」はすんなり「豊田」に変換できるのに、「トヨハシ」はいつも「斗世橋」になってきます。これでは、豊橋市に失礼です。

[79773] 2011 年 12 月 25 日 (日) 23:30:10 hmt さん
 戦前小笠原5村の廃止 事実上は戦時引揚(1944)によるものだが、形式的には 1952年

[79760] 中島悟 さん
小笠原諸島の(中略)これらの5村が消滅していることを書き加えたほうが良いと思います。

この件については、[79266] hmtでも ほぼ同意見を述べています。
戦前の小笠原5村が正式に廃止されたのは、米国による暫定統治権を認めた 日本国との平和条約(サンフランシスコ条約) 第3条が発効した昭和27年4月28日でした。
この出来事は、変遷情報に記録しておく必要があるのではないでしょうか? >88さん

小笠原村沿革 の昭和27年にも“小笠原支庁及び各村役場が廃止”と記されています。

[79772] 2011 年 12 月 25 日 (日) 16:13:37【1】 中島悟 さん
 88さんへ(市町村変遷情報)

[79760]の続きでもう少し出てきたので、宜しくお願いします。


町村制施行時の茨城県北相馬郡4町21村がすべて猿島郡になっています。


埼玉県 1943 9 8 編入 大里郡 寄居町 大里郡 寄居町, 白鳥村の一部
三重県 1955 2 11 編入/新設/町制 志摩郡 磯部町 志摩郡 磯部村, 神原村の一部, 的矢村
島根県 1958 10 20 編入 那賀郡 旭村 那賀郡 旭村, 市木村の一部
白鳥村は秩父郡ではないでしょうか。
神原村は度会郡 〃
市木村は邑智郡 〃


あと、北海道の上川郡・中川郡は石狩国・天塩国・十勝国の区別を付けてほしいです。


PS.[79760]で行方不明と思った岐阜県恵那郡三濃村ですが、
分割編入の片方が県境越えしていたため見落としていました。すいません。

[79771] 2011 年 12 月 25 日 (日) 07:05:46 オーナー グリグリ
 Re:ツイッター情報

[79759] 大龍エクスプレスさん
岩泉町の公式アカウントを発見しました。
また、[79674]で取り上げた橋下徹新大阪市長のツイッターについても更新をお願いします。
いつも情報をありがとうございます。遅くなりましたが情報を更新しました。大阪市長の更新は12月1日に更新すると言っておきながら忘れていました。申し訳ありません。熊谷千葉市長のプロフィールも更新しておきました。

あらためて公式ツイッターの状況を確認してみると、市町村レベルでの新規追加が多数あるようです。時間を見つけて情報更新を行いたいと思います。そろそろ掲載基準を明確にする必要が出てきそうです。自治体内の部署レベルのツイッターをすべて拾い出して行くのはかなりの努力が必要です。公式ホームページのように、自治体を代表する公式のアカウントを一つに絞りきれればよいのですが、自治体側でもまだそのような対応ができているとも限らない状況であり、もう少し混沌とした状態が続くと思われます。今のところは、できる限り拾い出して行こうと考えています。

[79770] 2011 年 12 月 25 日 (日) 00:27:40 般若堂そんぴん さん
 あっあーい

[79768] Issieさん
おお,米沢において1960年代まで使用されていた挨拶語,「あっあーい」([77735]参照;さらに古くは「はっあーい」)は "A'aai" と表記できそうですね!(長音符付きの "a" はここでは使用できないので "aa" で代用)

【おまけのいいわけ】
先日のオフ会は会津若松開催とのことで,初参加できるか,と思ったのですが,アレルギー性の慢性気管支炎(おそらくCOPDも併発)がひどくなる季節とあって,断念せざるを得ませんでした……
気づいてみたら,今年は米沢市から一歩も出ておりません(滂沱).

[79769] 2011 年 12 月 24 日 (土) 22:13:37 いろずー さん
 話題から脱線する急行の話

[79763]Issie さん
赤い急行 緑の急行
自分赤急行は小田急
緑急行は京王だと思っていました…
何して馴染み深い路線ですから。

ふと疑問に思いました
赤は特別扱いされそうな種別の色ですが
自分はオレンジが最上級の種別(京王ユーザーのため)だと思う今日この頃…
皆さんが思う最上級種別の色は何色でしょうか?
自分
快速(赤、データイムだけ)南武線
京王・特急はあまり見かけず、データイムは特急=特に急がない的存在
快急(オレンジ)小田急
◯◯特快(青又は緑、緑は1時間に1本)中(ry

[79768] 2011 年 12 月 24 日 (土) 21:10:30 Issie さん
 メナム川

[79765] [79766] N-H さん
同感なのですが、京急の特急、金沢文庫より北はそれなりに俊足ですし通過駅も多いですよ。
それに昨今快特のほうが停車駅がどんどん増えてきて、特急との差異が少なくなるというあまりうれしくない状況です。

私は時折帰宅時に京急を利用するのですが,その時間帯には(エアポート)急行の運転がなく,利用駅の京急鶴見,仲木戸の双方に特急も快特も停まらないので全然嬉しくありません。生麦と神奈川新町で2度も追い越し待ちをさせられるからです。

第一「ガッ」をどうアルファベティカルに記載するのだろうか。

一応,ローマ字表記には「訓令」の想定外ですが語末の促音をアポストロフィで表記する慣例があるようです。音声学上の習慣でグロッタルな(喉に詰めるような)音をしばしばアポストロフィで(本当は逆向きのアポストロフィ)で表記することによるのでしょうか。したがって,この場合は Mt. Ga'。
とは言っても,こんなものを普通の人が期待通りに読んでもらえるはずもないから(「小さい“っ”」という音の捉え方自体,日本語独自のものですから),ここはやはり“っ”を大きくして Mt. Gatsu とするのが妥当な落としどころではないかと思います。Gas-san と発音するのは,-san という語尾に接続する際の音韻変化と理解しちゃえばいいですから。
でも結局のところ,日本語であっても「月(がつ)」だけ取り出してもそれでは何の意味も持たない。「月山(がっさん)」という形にして初めて山の名前としての意味を持つわけで,「月」と「山」を切り分けることはできない。つまり,「月山」は不分離の名前であって,ローマ字でも Gassan としなければ無意味。だから,“山”であることをあえて明記しようとすれば,冗語的表現ではあるけれども Mt.Gassan とするべきだろうと,私は考えます。
つまりは,「メナム川」(もっとも,最近は「チャオプラヤ川」と呼ぶのが一般的です),「モンブラン山」方式。大事なことは,それぞれの言語においてそれが山や川の名前であることを知らせることにあるのですから。「そもそも,その言語ではね…」というウンチク話は一般の人には無関係。

だから,これも以前に表明していることですが,たとえば「荒川」は「荒(あら)」だけ取り出しても“独立した単語”として意味をなさないのであるから Ara River であるよりは,冗語的な Arakawa River の方が適当である,というのが私の意見です。
ただ,その線引きは結構難しいのですが(たとえば,「江の川/可愛川」はどうしましょうか。「江の川」は現在は“ごう”の川と読みますが,元は“え”の川だったと思われます。「可愛(えの)川」はその異表記でしょうね)。

[79767] 2011 年 12 月 24 日 (土) 20:32:39【3】 オーナー グリグリ
 オフ会間隙一番勝負(共通項と解説)『都道府県における、現在の市数−過去最大の市数』

[79764] 伊豆之国さん
♯「オフ会間隙一番勝負」([79712])、「今市」意味がわからぬままです‥。
失礼しました。すっかりふぉろ〜を失念していました。

[79751] k-aceさん
島根県:-1
[79752] 白桃さん
新潟県:-3
[79753] ぺとぺとさん
静岡県:-1
皆さん正解です。

さて、共通項ですが、第8回落書き帳公式オフ会「○×クイズ」の福島県関連のNo.5〜No.8の問題にヒントがありました。すなわち、『都道府県における、現在の市数−過去最大の市数』が共通項です。ほとんどの都道府県が「現在の市数=最大の市数」なので"0"になるのですが、13都県でマイナスになります。すべてをリストアップしましょう。

都県最大現在 最大期間最大時からの増減(上段消滅・下段増加)最大年月日
-4埼玉県 43391996.4.1〜2001.5.1浦和市 大宮市 与野市 岩槻市 上福岡市 鳩ヶ谷市5年1ヶ月
さいたま市 ふじみ野市
-3新潟県 23202004.11.1〜2005.3.21新津市 白根市 豊栄市 新井市 栃尾市4か月20日
妙高市 胎内市
-2愛媛県 13112004.9.21〜2004.11.1東予市 北条市1か月10日
-1岩手県 14132005.9.1〜2006.2.20水沢市 江刺市5か月19日
奥州市
-1福島県 14131958.10.1〜1966.10.1平市 常磐市 磐城市 内郷市 勿来市 原町市8年
いわき市 田村市 南相馬市 伊達市 本宮市
-1栃木県 15142006.1.10〜2006.3.20今市市2か月10日
-1東京都 27261991.11.1〜2001.1.21秋川市 田無市 保谷市9年2か月20日
あきる野市 西東京市
-1静岡県 24232005.4.1〜2005.7.1天竜市 浜北市3か月
牧之原市
-1三重県 15142004.10.1〜2006.1.1久居市1年3か月
-1島根県 982004.11.1〜2005.3.22平田市4か月21日
-1広島県 15142004.11.1〜2006.1.10因島市1年2ヶ月9日
-1山口県 14131970.11.1〜2003.4.21徳山市 新南陽市 小野田市32年5ヶ月20日
周南市 山陽小野田市
-1熊本県 15142006.2.27〜2006.3.27本渡市 牛深市1か月
天草市

埼玉県が減数4で最大、新潟県が減数3、愛媛県が減数2、残りはすべて減数1です。平成の大合併で新しい市が急増したことから、ほとんどの都道府県で市の数が増加し続けていると考えがちですが、増加した後、いったん減少に転じた都道府県が意外と多いことも判ります。

表の「最大期間」は、最大数になった日から減少した日までです。埼玉県を例にとると、吉川市の誕生(1996.4.1)からさいたま市の新設合併(2001.5.1)までです。「最大時からの増減」は、最大期間のあとから現在までに、消滅した市名(上段)と新たに追加された市名(下段)を記載しました。福島県は、いわき市の新設合併で一挙に4市減少したのですが、その後の追加で-1まで回復しています。北九州市の新設合併で同じく4市減少した福岡県は、その後の大幅増加でプラスに転じています(20市→16市→28市)。

右端の「最大年月日」は、最大市数だった日数(年月日)です。熊本県は最大15市だったのは、わずか1か月です。愛媛県も1か月と10日。逆に山口県は、32年5ヶ月と20日、最大14市が続いていました。

[79766] 2011 年 12 月 24 日 (土) 17:07:14 N-H さん
 京浜急行の特急

[79764]伊豆之国 さん
京急の「特急」の余りの停車駅の多さから、私は以前から「快速特急」だけが「"本当の"特急」で、「特急」は「急行」に、「急行」は「準急」に格下げしたほうがよいのではないか、とずっと思っていました。
同感なのですが、京急の特急、金沢文庫より北はそれなりに俊足ですし通過駅も多いですよ。
それに昨今快特のほうが停車駅がどんどん増えてきて、特急との差異が少なくなるというあまりうれしくない状況です。

[79765] 2011 年 12 月 24 日 (土) 17:04:29 N-H さん
 地名の欧文表記

[79761]オーナー グリグリさん
23区自体は、「区」を表す英語は「city」で統一している
こういう認識はありました。それにしても未だにward表記が23区内に残っているとは知りませんでした。

一番私たちにも分りやすいのは『ku』です。
私は自分の名刺の勤務先欧文表記や海外で欧文で住所を記入する際には"Shi"や"Ku"を使っています。周りの人もみなそのように表記していますね。海外からの雑誌も上記のような表記で自宅に届いています。

"Fuji san"よりは "Mt. Fuji"の方が分りやすいだろうし、荒川なんてどうしていいか迷ってしまいますから。
以前ここで、「マウント・ガッ」の書き込みをした記憶があるなあ。「アラ・リバー」以上のインパクトがあると思いませんか? 第一「ガッ」をどうアルファベティカルに記載するのだろうか。

[79764] 2011 年 12 月 24 日 (土) 15:00:47 伊豆之国 さん
 「久」しぶりに「伊豆」の話題ですが‥

[79754]hmtさん
熱海市泉地区
伊豆湯河原温泉
私から見ると、むしろ湯河原町のほうが丸ごと静岡県にあるほうが自然な感覚だとずっと思っていたのですが(実際にそう思う人も多そうな気がしますし、「"静岡県湯河原町"で手紙が届く」ということも見た記憶があります)‥。観光ガイドブックなどでも、湯河原は同じ足柄下郡の「箱根」よりも「伊豆」とセットにしているほうが一般的ではないかと思われますが‥。ちなみに、JTBの地域別の「旅館案内」などのパンフレットを見ると、熱海市に属する「伊豆湯河原温泉」を含めて一括して「湯河原温泉」として神奈川県の部に入れており、欄外に「旅館によっては静岡県にあるものもあります」と注記があったように記憶しています(同様の注記は「十和田湖」などにもありました)。
泉越トンネル
湯河原駅を発車して熱海に向かう列車が、県境の川を渡ってすぐに入るのがこの「泉越トンネル」。私の少年時代、伊豆急下田行きの急行(準急?)列車に乗っていると、湯河原駅を出るとすぐに「まもなく長いトンネルに入ります。このトンネル内は大変風が強いので必ず窓を閉めてください」といつもアナウンスがあったことを覚えています。親父の実家を初め、伊豆方面には夏休みに行くことが多かったのですが、当時の「湘南電車」の「二等車」には冷房などはなく、いつも窓を開けっ放しで走っていて、そしてその窓から入ってくる風の涼しさに心地よさを覚えていたのですが、湯河原駅を出る度に聞くこのアナウンス、そしてトンネルを抜け、再び乗客たちが一斉に窓を開けると、左手に広がる伊豆の海。「いよいよ伊豆に来たんだ」という感慨があったものでした。
後になって、この「泉越トンネル」でいつも強風が吹く、というのは、このトンネルが「単線トンネルの並列」になっているという構造が影響しているらしい、ということを知ったのでした‥。単線の長いトンネルの中での強風、といえば、私がオフ会参加メンバーに先駆けて行った会津への旅([79328])で
吹きさらしのトロッコ車両に座り、吹き抜ける風の涼しさに暑さを忘れたのですが、長いトンネルの中に入ると嵐のようなものすごい強風が肌を刺し、涼しさどころかもう「寒い!」と震えるくらいなのには参りました
と書いたのですが、「泉越トンネル」の中も窓を開けたらこんな感じで、荷物も吹っ飛ばされるといった光景が見られたのでしょう。
♯会津鉄道のトロッコ列車は、オフ会が開催された期間は冬期運休中だったようでした。
「湘南電車とトンネル」といえば、根府川と真鶴の間(この辺り)にかつて「海の見えるトンネル」があったのを覚えています。「赤沢トンネル」といい、海側に眼鏡のような穴がいくつも並んで開けられていて、そこから相模湾が見えたのでしたが、土砂崩れの危険が大きいことから昭和46年頃に山側に現在の「真鶴トンネル」が造られ、旧線は廃線となっています。現在でも、廃墟となったトンネルや旧線の跡は断片的に残っているようです(航空写真)。

[79763]Issieさん
京浜急行の「特急」と「快特」
京急の「特急」の余りの停車駅の多さから、私は以前から「快速特急」だけが「"本当の"特急」で、「特急」は「急行」に、「急行」は「準急」に格下げしたほうがよいのではないか、とずっと思っていました。そして「(ただの)特急」を「鈍行特急」とか「遅い特急」というように呼んでいました‥。
橋下前知事・新市長の「大阪都」構想
今朝のTVで、京阪電車で宇治から京都市内への途中下車旅をやっていて、私は地図を広げながら追っていったのですが、祇園界隈まで来たところでこの辺りの地図を見ると、ふとニヤリ!

♯「オフ会間隙一番勝負」([79712])、「今市」意味がわからぬままです‥。

[79763] 2011 年 12 月 24 日 (土) 12:18:01 Issie さん
 赤い急行 緑の急行

[79761] グリグリ さん
ところで、新聞記事には上智大学の英国出身の教授の言葉が引用されています。
>一番私たちにも分りやすいのは『ku』です。制度が違うのに英語に当てはめようとすることに無理があると思います。

確かに東京で暮らしていて,Metropolitan Tokyo の中に ku という区画があることを知っている人には無理して訳し分ける必要はないかもしれませんね。結局,ward であるか city であるかというのは,実は外国人向けではなく自治体側の“国内に対する”政治的なアピールですから。
けれども,たとえば私たちが外国の地方区分について,いきなりカタカナで「カウンティー」とか「デパルトマン」とか「オブラスチ」と言われてもそれがどれくらいの大きさの単位か,全く見当がつきません。同じように,外国人がいきなり ku なんて言葉に出会っても,それがどんな区画であるかわからないだろうから,やはり何らかの訳語は必要でしょう。
とは言っても,英語に訳そうとしても,たとえばイギリスとアメリカで,さらに同じアメリカでも州によって地方制度が違うわけで,1対1に対応するような訳語を見つけようと言うのはナンセンス。
そもそも同じ漢字由来の区画を用いている日・中・韓(朝)・越であっても,同じ語(たとえば県)の重み,あるいは大小がかなり違うのですから。

これはだいぶ以前に紹介した話かもしれませんが,横須賀の米軍関係者の間では地元を走る京浜急行の「特急」と「快特」をそれぞれ Red Experss, Green Express と呼んで区別しているという話を聞いたことがあります。
国鉄(JR)にならって「特急」を Limited Express と訳すとして,次に「快特」をどう訳すか困惑してしまうでしょう。
むしろ,そのような無意味な訳し分けをせずに,一律 Express(急行)として,駅の時刻表や発車案内で用いられているカラーで呼び分ける方が遥かに合理的です。
もっとも,それは以前の話で,今の京急のダイヤでは日中は「快特= Green Express」しか走っていませんから,呼び分けの必要もないのですが。

※蛇足
橋下前知事・新市長の「大阪都」構想がらみで,なぜか某経済系全国紙から府県の変遷に関して取材を受けてしまいました。こんなド素人でいいんでしょうかねえ…,と言いながら質問に答えましたが。大阪支社の方なので,きっと大阪ローカル面にでも載るのでしょう。東京版には載らないだろうし,そもそも我が家では購読していない新聞だから,まあ身近な範囲にバレることはないでしょう。

[79762] 2011 年 12 月 24 日 (土) 11:13:42 88 さん
 Re2:和徳町と和徳村

[79755] すまーとぼーい さん
はじめまして。
市区町村変遷情報の編集作業を担当しております88と申します。

さて、弘前市(和徳町と和徳村)の件です。
既に[79756] 播磨坂 さん からもレスがあり、[79757]ですまーとぼーい さん からもすでに回答されているところです。

私の見解も、お二人と同様です。

一部補足します。(根拠規定等は[76874] むっくん さん によります。)
M22.4.1市制町村制施行時の、弘前市の廃置分合の根拠はM22.2.12付け(青森県)告示第13号です。弘前市となる従前の旧町名の中に、中津軽郡和徳町があります(9行目の2段目)。また、M22.2.20付け(青森)県令第14号にも、弘前市を含む県内市町村の廃置分合の内容が記されています(ただしこの県令は、M28年青森県告示第37号などそれ以降の改正が反映されていることに注意)。
M22.4.1付けで発足した中津軽郡 和徳村の廃置分合の根拠は、前掲の、M22.2.20付け(青森)県令第14号の111コマ目、左ページ上段左端です。

[79756] 播磨坂 さん が述べられているように、この時すでに、弘前市となった旧中津軽郡和徳町と、中津軽郡和徳村(旧中津軽郡和徳村ほかから成立)とが存在していることがわかります。

なお、S30.3.1付けで中津軽郡和徳村が弘前市に編入されたのは、官報情報検索サービスで改めて確認したところ、次のとおりです。中津軽郡和徳村はS30.3.1付けで編入されるまで存続したことは間違いありません。
● 総理府告示 第二百七十六号
市村の廃置分合
 地方自治法第七条第一項の規定により、青森県中津軽郡清水村、和徳村、豊田村、堀越村、千年村、東目屋村、藤代村、新和村、船沢村、高杉村及び裾野村を廃し、その区域を弘前市に編入する旨、青森県知事から届出があつた。
 右の廃置分合は、昭和三十年三月一日からその効力を生ずるものとする。
 昭和三十年三月一日
内閣総理大臣 鳩山 一郎

今回、気になったのは、ご紹介のあった、S11年に弘前市が「弘前駅を含む和徳村大字和徳、高崎、堅田(一部)を編入」とのウィキペディアの記述です。現在までのところ、市区町村変遷履歴情報(青森県)では、このS11の和徳村大字和徳ほかの弘前市への境界変更を無いものとしていました。
各種文献によると、事実関係は次のとおりです(正式な文献名は[55681]の冒頭にあります)。
・「総覧」「幕末以降」「便覧」・・・記載なし
・「辞典」・・・S11.1.1付けで中津軽郡和徳村大字和徳,大字高崎,大字堅田の一部を弘前市へ境界変更
「辞典」にも記載のあるこの境界変更が事実であれば、S30.3.1付けでの中津軽郡和徳村の弘前市への編入(消滅)時には、「大字和徳, 大字高崎, 大字堅田の一部」は対象外ということになります。
また、近世村(≒大字単位)は対象とする、という市区町村変遷情報の編集方針から、S11.1.1付けの情報が事実であれば、追加する必要があります。

私自身は弘前市に関する資料をこれ以上持ち合わせていないこともあり、どなたか、詳しい情報をお持ちでしたら、お教えいただければ幸いです。

#私の経験からの感覚的なもの(根拠はまったくありません)では、このS11.1.1付けの境界変更は事実だろう、という気がします。

[79761] 2011 年 12 月 24 日 (土) 08:49:24 オーナー グリグリ
 区の英訳

久しぶりの東京新聞ネタです。昨日の朝刊に、道路標識における東京23区の英訳がバラバラであることを指摘した記事がありました。結論を先に言うと、単に表記の古い標識が残っているだけで、23区自体は、「区」を表す英語は「city」で統一しているとのこと。

記事には写真付きで、山手通りを豊島区から新宿区、中野区、渋谷区を走ると、"Toshima City", "Shinjuku City", "Nakano Ward", "Shibuya Ward" という標識があるとし、さらに、本社近くでは "Minato ku" の表記の標識を見かけたと報告しています。表記のばらつきがある原因として、都道を管理する都安全施設課によると、1987年に"ku"から"ward"へ表記を変更し、1995年に"city"に統一したが、過去に設置した標識が数多く残っているためとのこと。

そこで、公式HPはどうなっているかと確認すると、ドメインも表記もすべて"city"で統一されていました。千代田区のドメインは、http://www.city.chiyoda.lg.jp/ です。HPの形式は23区各々バラバラではありますが、"Minato City"のように表記は統一されています。

一方、政令市の区はどうなっているかというと、"ward"が使われているケースが多いようです。横浜市、川崎市、さいたま市、千葉市、名古屋市、京都市、大阪市、堺市、神戸市、福岡市では、HP内の表記に"ward"が使われています。神戸市はドメインにも使われています。例えば、東灘区は、http://www.city.kobe.lg.jp/ward/kuyakusho/higashinada/ です。その他の政令市についても、HP内の記述を丹念に調べれば見つかると思いますが、"ward"での統一はできているように思います。

ところで、新聞記事には上智大学の英国出身の教授の言葉が引用されています。
一番私たちにも分りやすいのは『ku』です。制度が違うのに英語に当てはめようとすることに無理があると思います。
区という機関についての見解なので大いに共感しますが、落書き帳でもよく話題になる道路標識の山や川、あるいは通り名などの英語表記では、必ずしも日本語読み通りの表記が良いかというと微妙ですね。"Fuji san"よりは "Mt. Fuji"の方が分りやすいだろうし、荒川なんてどうしていいか迷ってしまいますから。

[79760] 2011 年 12 月 23 日 (金) 00:07:04 中島悟 さん
 88さんへ(市町村変遷情報)

確認お願いします。

福島県 1965 5 1 新設 郡山市 郡山市, 安積郡 安積町, 日和田町, 富久山町, 熱海町, 三穂田町, 逢瀬村, 片平村, 喜久田村, 湖南村, 田村郡 田村町
三穂田町は三穂田村ではないでしょうか。
東京府 1926 10 1 境界変更 北豊島郡 岩淵町 北豊島郡 岩淵村, 埼玉県 北足立郡 横曽根村の一部
岩淵村は岩淵町ではないでしょうか。
山梨県 1954 7 1 新設/市制 山梨市 東山梨郡 山梨町, 八幡村, 岩手村, 日下部町, 後屋敷村, 加納岩町, 日川村
山梨町は 山梨村ではないでしょうか。
広島県 1953 5 1 新設/市制 因島市 御調郡 重井村, 大浜村, 中庄村, 三庄町, 土生町, 田熊町, 豊田郡 東生口町
東生口町は 東生口村ではないでしょうか。そして町村制施行時のリストの
広島県 203 豊田郡 西生口村
広島県 204 豊田郡 南井口村
広島県 205 豊田郡 東井口村
広島県 206 豊田郡 北井口村
これらは下3つも「生口」ではないでしょうか。
高知県 1957 2 11 新設 幡多郡 大月町 幡多郡 大内町, 月灘町
月灘町は月灘村ではないでしょうか。([78777]で直っていない?)
広島県 1925 2 1 編入 安芸郡 江田島村 安芸郡 江田島村, 津久茂村
津久茂村は安芸郡ではなく佐伯郡ではないでしょうか。


千葉県 1955 3 15 新設 安房郡 丸山町 安房郡 豊田村, 丸村, 千倉町の一部
千葉県 1955 3 31 新設 安房郡 長狭町 安房郡 大山村, 吉尾村, 主基村
滋賀県 1955 1 1 新設 神崎郡 五個荘町 神崎郡 旭村, 南五個荘村, 北五個荘村, 蒲生郡 安土町の一部
福岡県 1955 3 1 新設 京都郡 豊津町 京都郡 豊津村, 祓郷村の一部
福岡県 1955 3 1 新設 京都郡 勝山町 京都郡 諌山村, 久保村, 黒田村
福岡県 1955 4 1 新設 八女郡 広川町 八女郡 上広川村, 中広川村
長崎県 1955 4 1 新設 西彼杵郡 野母崎町 西彼杵郡 野母村, 脇岬村, 樺島村, 高浜村の一部
宮崎県 1951 1 1 新設 西臼杵郡 日の影町 西臼杵郡 七折村, 岩井川村
鹿児島県 1954 12 1 新設 薩摩郡 薩摩町 薩摩郡 求名村, 中津川村, 永野村
鹿児島県 1955 4 1 新設 薩摩郡 祁答院町 薩摩郡 黒木村, 大村, 藺牟田村
鹿児島県 1955 4 1 新設 日置郡 日吉町 日置郡 日置村, 吉利村
鹿児島県 1956 4 1 新設 囎唹郡 輝北町 囎唹郡 市成村, 肝属郡 百引村
鹿児島県 1956 9 30 新設 日置郡 金峰町 日置郡 阿多村, 田布施村
これらは変更前が村なので変更種別は「新設」ではなく「新設/町制」ではないでしょうか。
茨城県 1953 11 3 新設 筑波郡 上郷町 筑波郡 上郷村
栃木県 1891 9 15 分立 下都賀郡 石橋町 下都賀郡 姿村の一部
和歌山県 1925 4 1 新設 東牟婁郡 下里町 東牟婁郡 下里村
広島県 1920 1 1 分立 豊田郡 木ノ江町 豊田郡 東野村の一部, 中野村の一部
鹿児島県 1941 1 1 改称 肝属郡 根占町 肝属郡 小根占村
同じく、「新設」「分立」「改称」ではなく「町制」「分立/町制」「改称/町制」or「町制/改称」ではないでしょうか。
埼玉県 1949 12 1 分立 児玉郡 渡瀬村 児玉郡 若泉村の一部
埼玉県 1949 12 1 分立 児玉郡 阿久原村 児玉郡 若泉村の一部
長野県 1948 7 1 分立 下伊那郡 売木村 下伊那郡 豊村の一部
長野県 1948 7 1 分立 下伊那郡 和合村 下伊那郡 豊村の一部
これらは元の村が消滅しているので変更種別は「分立」ではなく「分割」ではないでしょうか。
栃木県 1893 3 18 分割 上都賀郡 板荷村 上都賀郡 板来村の一部
栃木県 1893 6 18 分割 上都賀郡 小来川村 上都賀郡 板来村の一部
これは分割だから同じ日ではないでしょうか。


新潟県 1954 11 3 新設 佐渡郡 金井村 佐渡郡 金井村, 吉井村の一部, 金沢村
ここにある金井村は町村制施行時のリストから落ちています。
また、逆に
岐阜県 904 恵那郡 三濃村
静岡県 100 富士郡 白糸村
こちらは変遷情報から落ちています。そして
新潟県 761 雑太郡 相川村
奈良県 162 吉野郡 上市村
これらは各々、相川町、上市町ではないでしょうか。
そしてこれにより新潟県の市制町村制施行時の市町村数は1町増えて
1市48町768村となります。
(奈良県の市町村数は[78774]で修正してもらっています)


愛知県の市制町村制施行時は1市21町626村ではなく、1市23町624村ではないでしょうか。
3 愛知郡 熱田町
4 愛知郡 鳴海町
51 東春日井郡 小牧町
92 西春日井郡 西枇杷島町
93 西春日井郡 枇杷島町
94 西春日井郡 清水町
95 西春日井郡 清洲町
130 丹羽郡 犬山町
181 中島郡 稲沢町
182 中島郡 一宮町
239 海東郡 津島町
240 海東郡 蟹江町
295 知多郡 半田町
296 知多郡 亀崎町
297 知多郡 横須賀町
298 知多郡 大野町
359 碧海郡 知立町
360 碧海郡 刈谷町
361 碧海郡 大浜町
418 幡豆郡 西尾町
454 額田郡 岡崎町
542 南設楽郡 新城町
598 渥美郡 豊橋町
広島県の市制町村制施行時は1市12町452村ではなく、 1市13町451村ではないでしょうか。
11 安芸郡 海田市町
54 佐伯郡 廿日市町
65 佐伯郡 厳島町
96 高宮郡 可部町
166 賀茂郡 竹原町
202 豊田郡 瀬戸田町
215 豊田郡 忠海町
223 豊田郡 御手洗町
231 御調郡 尾道町
247 御調郡 三原町
278 深津郡 福山町
304 沼隈郡 鞆町
436 三次郡 三次町
対馬国の島嶼町村制施行時は13村ではなく、1町12村ではないでしょうか。
1 下県郡 厳原町


北海道 1918 2 1 新設/区制 室蘭区 室蘭郡 室蘭町, 輪西村, 千舞鼈村, 元室蘭村
ここに挙がっている3村は旧村なので削ったほうが良いと思います。


小笠原諸島の
2 大村
3 扇村袋沢村
4 北村
5 硫黄島村
6 沖村
これらの5村が消滅していることを書き加えたほうが良いと思います。

[79759] 2011 年 12 月 22 日 (木) 22:23:19【1】 スカンデルベクの鷲[大龍エクスプレス] さん
 ツイッター情報

グリグリさん
公式ツイッター情報です。
岩泉町の公式アカウントを発見しました。
また、[79674]で取り上げた橋下徹新大阪市長のツイッターについても更新をお願いします。
お忙しい時期だとは思いますが、よろしくお願いします。

【1】追記
首長ツイッターの欄を眺めていたら発見。熊谷千葉市長は全国最年少ではなかったはず、と思いアカウントを確認してみたら案の定変更されていました。プロフィールが全体的に変更されていたため、修正をお願いします。

[79758] 2011 年 12 月 22 日 (木) 13:15:46 白桃 さん
 オーナーへの事務連絡 他

大阪府から10月1日現在の推計人口が発表されましたので、さきほど2011年10月1日現在の推計人口を送付いたしました。
例によって北海道を除き、各都道府県から発表されている推計人口を送付いたしましたが、
1.宮城県南三陸町と女川町は震災の関係で公表されておりませんので、人口はブランクとなっています。
2.県によっては、2010年国勢調査速報値を基準とした数値で公表されておりますが、白桃の方で確報値を基準としたものに直しております。(後日、確報値を基準として県から正式に発表となったのものと食い違っておりましたら修正してお送りいたします。)
3.あくまでも10月1日現在のものですので、川口と鳩ヶ谷の合併、野々市の市制施行は反映されておりませんが、どうかご自由にご対応いただければと思います。

[79742]hmt さん
2つの「若松市」
ヒマ人へお付き合いいただき、どうも有難うございます。
[79754]hmt さん
(8)実現しなかった県境変更 熱海市泉地区
もう大分前のことなので、自分で書いていたことをすっかり忘れておりました。これに関連する白桃の[38276]を読んで、自分で笑ってしまいました。

閑話休題(菅は及第???)
今、なにかと話題を集めている大阪市ですが、娘なんかは、大阪市と大阪府の違いがよくわかっていないようで・・・。それはともかく、大阪市より100万人以上人口の多い横浜市ですが、これから動きはあるのでしょうか???。(人口が多いからって、その市が立派だとか、そこの市長さんが偉いとかではないですよネ、東かがわ市長さん!)

[79757] 2011 年 12 月 22 日 (木) 00:29:59 すまーとぼーい さん
 Re:和徳町と和徳村

[79756]播磨坂 さん

ご回答ありがとうございます。

私の推測と近いです。

やはりWikipediaの記事が間違っていますよね。

江戸時代の途中までは同じ村だったのですが、明治期に市町村制が敷かれた時点では
「町」の方は弘前市の一部だったので、中津軽郡和徳村成立は関係ないですし、表町
や駅前など(これは弘前駅ができた時点では和徳村だった)が分かれたという記述も
和徳村からの編入部が名称変更しただけで「弘前市和徳町」から分離したのではない
筈です。

[79756] 2011 年 12 月 21 日 (水) 23:53:22 播磨坂 さん
 和徳町と和徳村

お久しぶりです。

[79755]すまーとぼーい さん
当該地域に特に詳しいわけではありませんが、ネットで集めた情報を基に推測してみます。

まず、明治22年の市制並びに町村制の施行時点(いわゆる明治の大合併)の状況ですが、市区町村変遷情報を見るかぎりは、和徳町等数十町の合併により弘前市が、和徳村等9村の合併により和徳村が成立していることが分かります。
つまり、市制町村制以前において、既に「和徳」を冠する地が2つに分かれて存在していたことが分かります。

ここで、すまーとぼーいさんの言及されている、弘前市HPから引用します。
元禄9年(1696年)の家臣の城外移転に伴い、和徳村の一部が転移して作られました。江戸時代末期には和徳桝形も設けられ、青森に至る街道筋であったため、商家の屋並みも形成されてにぎわいを見せました。
つまり、元来「和徳村」であった地域の一部が武家町の移転を契機に町場化したことが分かります。この結果、「城下の和徳町」と「農村の和徳村」の2つに分かれたと考えるのが妥当でしょう。
この2つが郡区町村編制法施行時に、「中津軽郡和徳町」「中津軽郡和徳村」として規定され、以後別個の歴史を歩んだものと思われます。

以下、和徳の歴史をざっとまとめてみますと、

江戸時代1696年の家臣団の移住を契機に、和徳村の一部が町場化し、和徳町と呼称されるようになる
187?年郡区町村編制法施行に伴い、城下と城外でそれぞれ「和徳町(1)」と「和徳村(2)」が成立
1889年市制並びに町村制の施行に伴い、和徳町(1)等数十町が弘前市に、和徳村(2)等9村が和徳村(3)になる
1955年和徳村(3)等11村が弘前市に編入

和徳と呼ばれていた場所が3つあったことが分かります。
wikipediaの一部記事に不可解な点があるのも、これらの「和徳」を混同しているためでしょう。

私の地元である兵庫県宍粟市でも、明治の大合併時に、城下の山崎町と城外の山崎村が一緒になっていますが、このような例は全国に多々見られるのではないかと考えます。

[79755] 2011 年 12 月 21 日 (水) 22:25:13 すまーとぼーい さん
 弘前市和徳町と和徳村の関係

はじめまして。

弘前市和徳町と和徳村の関係について調べていたらこちらのページに辿り着きました。

こちらのページの市町村変遷履歴情報の「明治22年(1889年) 4月1日 青森県 市制町村制施行」を見るかぎりでは弘前市が設立された当時から「和徳町」という町名がある様ですが、Wikipediaの「和徳町」の記事を見ると中津軽郡和徳村がその前身であるように書かれています。

市の公式ページ等にも元禄年間に和徳村の一部を弘前に移転して和徳町としたと書いてありますし、Wikipediaの記述が間違っているということでしょうか?


この疑問と関連する情報を下記のブログにも書かせていただきました。

http://d.hatena.ne.jp/endeavor/20111221/p1

詳しい方がいらっしゃればご教授お願いします。
よろしくお願いします。

[79754] 2011 年 12 月 21 日 (水) 16:13:35 hmt さん
 県境の変更 (8)実現しなかった県境変更 熱海市泉地区
hmt 「県境」の変更

88さん[79523][79666]による「県の境界にわたる境界変更告示リスト」(合計42件)と、下関市の 参考資料 に記された「越境合併一覧」(11件)とを主な材料にして、戦前の事例などにも言及しながら 「県境変更」 について記してきました。

今回は少し材料を変えて、昭和大合併の 1955年に行なわれた越県合併騒動について記しておきます。
その舞台は熱海市泉地区で、名前の示すように温泉地ですが、「熱海温泉」ではなく「湯河原温泉」なのです。

[38323] 白桃 さん
今、湯河原から帰って来ました。で、私も昨晩泊った旅館は、てっきり神奈川県足柄下郡湯河原町なんだと思ってたのですが、なんと、静岡県熱海市だったのです。

千歳川の谷沿いに続く温泉街。実態としては両岸が一体になった湯河原温泉ですが、行政的には県境の千歳川右岸(南西側)は静岡県であり、「伊豆湯河原温泉」という名もあるようです。

この県境ができたのは、直接には足柄県[24127]が解体されて、相模国が神奈川県・伊豆国が静岡県へと分れた明治9年(1876)のことです。
しかし、そのまた原因を探れば、次の疑問になります。

相模国と伊豆国の国境は、何故熱海との間にある岩戸山【注】でなく、山麓の集落の間を流れる さほど大きくもない千歳川なのか?
【注】
湯河原と熱海の間にある岩戸山は、箱根外輪山の一つです。熱海さんぽの峠 に、山頂から「泉越」(放電峠)などの峠に通じる尾根を示した図があります。この尾根の下を貫く「泉越トンネル」2457mは、丹那トンネルに次ぐ東海道本線第2位の長さの山岳トンネルです。熱海側山麓には伊豆山神社があります。

伊豆と相模の国境を決めたのは、結局のところ伊豆山権現の勢力だったと思われます。秀吉の小田原攻めに敗れたため、泉地区が一時的に相模国になったこともあるようですが(保善院朱印状)、結局は元禄の境界争いで千歳川以南(泉地区)を確保。

天保国絵図 伊豆国を見ても、千歳川に「此川中央国境」と記されています。そして、伊豆国内に「和泉」など4集落が描かれていますが、何故か「相模国宮上村之内」という文字を冠しています。地理上は千歳川を境界とする伊豆国の側にあるが、村の実体は相模国宮上村の一部として機能していたという両属的な性格だったのでしょうか。

明治になって足柄県が分割された時は、この千歳川に存在した国境が、新しい県境位置になった筈です。

熱海市泉地区の県境騒動 の記載は次のようです。
泉は、明治11年に制定された「郡区町村編制法」に基づき、神奈川県足柄下郡宮上村飛地字泉を静岡県賀茂郡泉村とし、明治22年に熱海、伊豆山などと合併し、熱海村となっている。
しかし、明治13年の『郡区町村一覧』 を見ても、静岡県伊豆国賀茂郡には「泉村」の記載がありません。
もちろん28コマ(神奈川県足柄下郡)にも記載なし。
尾根の北側の神社領「泉」は、おそらく尾根南側を占める「伊豆山村」の一部になったと推察します。

昔の話が長くなりましたが、静岡県熱海市の泉は、神奈川県の湯河原と県境で分れたまま戦後を迎えます。

昭和28年(1953)に 町村合併促進法 が公布・施行。同年末翌年末 の改正で、「都道府県の境界にわたる市町村の境界変更」に関する規定が設けられました。

実質的に「お上主導」の特別法や 河川改修に伴う県境手直しに限られていた県境変更。
ところが、今度の法律は 時限立法とは言え「住民主導」の「越県合併」に道を開いたものではないか。
熱海市の本体と「山」で隔てられた泉地区では、この機会に分離し、実質的に同じ町である湯河原町との合併を推進したいという動きが出ました。

前記 「熱海市泉地区の県境騒動」 によると、推進派は 住民の8割の署名を集めたそうです。
反対派は これに驚いて、熱海市と静岡県とに働きかけ、強力な反対運動を展開。
両者の争いは調停に持ち込まれました。
その結果、調停案 が出され、1955年10月20日に 言わば 水入り とも言える形で小休止。
そして、6年後の最終的な内閣総理大臣裁定では、「現状どおり」。
結果的には、当初は劣勢だった反対派が挽回して、県境変更は実現せずに終りました。

[79753] 2011 年 12 月 20 日 (火) 00:48:56 ぺとぺと さん
 オフ会間隙一番勝負

[79749]オーナーグリグリさん
静岡県:-1
ではいかがでしょうか。

[79752] 2011 年 12 月 18 日 (日) 17:51:52 白桃 さん
 オフ会感激一発勝負回答

新潟県:-3
ややこしい、と思われる県で指を数えてみました。

[79751] 2011 年 12 月 18 日 (日) 16:32:31【1】 k-ace さん
 長野県飯田OIDE長姫高等学校

k-aceです。

では、解答します。
[79749]オーナーグリグリさん
島根県:-1

さて、タイトルの長野県飯田市の件、今月14日のニュースですが、まだ触れられていないので。
飯田の統合高校名 「飯田OIDE長姫」に(信濃毎日新聞)
2013年度統合される長野県飯田長姫高等学校と長野県飯田工業高等学校。
その統合後の校名が「長野県飯田OIDE長姫高等学校」に決めたとのこと。
長野県議会で関連条例改正案が可決されれば正式に決まるとのこと。
「OIDE」は飯田工業の建学の精神「独創(オリジナリティー)、想像(イマジネーション)、工夫(デバイス)、努力(エフォート)」を表す英語の頭文字を取った。
また、Yahoo!ニュース(毎日新聞)には
「オイデ」とも読め、飯田工の近くにあった、手招きするような枝ぶりの老松「おいで松」にも重ねた。「学校に国際的な視点を」と飯田工校長。「グローバルな人材よ、おいで」と期待する。

公立高校でアルファベットが入るのは、初。
私立だと4校あるとのこと。AICJ高等学校(広島県広島市安佐南区)、ECC学園高等学校(滋賀県高島市:通信制)、PL学園高等学校(大阪府富田林市)、YMCA学院高等学校(大阪府大阪市天王寺区:通信制)の4校かな?

#横浜DeNAベイスターズと似てるような感じ。こちらもプロ野球の球団名にアルファベットが入るのは初?

[79750] 2011 年 12 月 18 日 (日) 15:21:38 小松原ラガー さん
 第8回オフ会感想

小松原ラガーです。お久しぶりです。
久々の書き込みで緊張していますが(<−ほんまかいな?)、オフ会の感想を。

まずはオーナーのグリグリさん、ならびに参加できなかったにもかかわらず、ホテルの手配などご尽力頂いたいっちゃんさん、更にはオフ会でお会いした皆さん、お世話になりました。この場を借りまして感謝申し上げます。有難うございました。
さて、私、小松原ラガーですが、芦ノ牧温泉に決まった後、どうやって行こうかと考えておりましたが、金銭的にもちょっと苦しかったので東京までは極力安く行こうと飛行機のマイレッジで羽田まで行くことを考えました。結果的にはマイレッジで座席が確保できず、それをクーポンに変えて5000円台で神戸−羽田を往復することとなりましたが。7:20の神戸便に乗るために5時起床。朝の苦手な私にとっては、実はこの5時起床が一番危なかったりしました。
羽田に着いてからは京急〜都営直通で浅草へ。事前に時刻を調べたところではモノレールと都営を乗り継いだ方が早くつきそうだったのですが、荷物もあったし京急に乗車。浅草で東武に乗り換えました。ほぼ一日中雨だったオフ会当日ですが、私が雨にさらされたのは都営浅草から東武浅草までの徒歩の間くらいでした。
東武浅草を10:00に発車の特急で一路鬼怒川温泉へ。途中、WiFiとPCでゴソゴソしていたのですが、利根川を渡った辺りから電波状態が一気に悪くなりました。関東平野でもそんなものなのかなぁ、って思った次第です。
鬼怒川温泉駅で駅弁を買って乗り換え、ここでYASUさんと合流。その後、二人とも社内で弁当食って寝てしまった模様。^^;更に会津田島で乗り換え。ここでスナフキんさんと薩摩の守白桃さん(謎)と合流。いよいよ芦ノ牧温泉が近づいてきたのですが、車窓から温泉街が見えてから駅に列車が止まるまでの遠いこと、遠いこと。。。4人で「どこまで通り過ぎるねん。」とか「ここで降ろしてくれぇ。」などと言いながらも芦ノ牧温泉駅に到着。びっくりしたのが駅前のコカ・コーラの自動販売機でEdyが使えたことです。駅に到着したものの、お迎えのバスがいない。しばしたたずんだ後に白桃さんがホテルに電話して頂いて、ようやくバスに収監。ホテルに到着となりました。

宴会の前に大浴場を済ませ、レイソルの初優勝をテレビで見た後、いざ宴会場へ。一番に座席のくじを引いたら金屏風の前のバカ殿様の位置で、ちょっと落ち着かず。それにしてもホテルの料理、めちゃボリュームがありました。ああいうところでは残らず食べることを信条としている小松原ラガーですが、ちょっと苦しい目でした。^^;宴会の後は二次会。しこたまクイズを楽しんだ後、お開きに。この二次会中に翌日の9:07分の列車の運行がないとの話になり、「しゃーない。朝はゆっくりしよう。」と。

翌朝、早めに朝食会場に行き、その後ゆっくりお風呂に浸かって戻ってくると、実は9:07の列車が運行されていて、それに乗車する人は8:40にロビー集合との話。時計を見た時には既に8:42。アウト!
というわけで、適宜バラバラとホテルから帰宅の途に着く方々を見送りながらロビーでたたずんでおりましたが、futsunoおじさんに途中まで車で送って頂くことになり、会津若松駅まで運んで頂きました。おじさん、有難うございました。
会津若松駅でどうしようか悩みました。「鶴ヶ城もよいが、出遅れたし、じゃ、他の市内観光?・・・どうもなぁ・・・。よし、時間があるので喜多方まで行ってラーメン食って帰ってこよう。」と思って列車の時間を調べようとしたら・・・強風の影響でダイヤがガタガタ。駅員からも行っても帰りの列車に乗れるとは限らない、とまで言われて断念。待合室でネットつないでまたゴソゴソしておりました。横には新潟方面行の列車がいつ動くかわからずに足止め状態のEMMさんと星野彼方さん。
さて、私の乗車は13時前のAIZUマウントエクスプレス。同じ列車にスナフキんさんもおられました。会津田島で2両から1両に編成が「半分」になり。車内は一時超満員。鬼怒川温泉駅で待ち時間ほとんどなしのスナフキんさんと別れて、私は駅前の足湯を堪能。気持ちよかったです。15:44発の浅草行きの特急に乗車しましたが、途中栃木駅あたりだったか、夕日に富士山が奇麗に見えました。浅草に着いたら既に日も暮れており、行きと同様に都営〜京急で羽田へ。鬼怒川温泉駅で買った鶏飯弁当をラウンジで食べ、空路神戸に帰りました。
帰りの飛行機ですが、思わぬ初体験がありました。多分C滑走路からの離陸で東京湾の奥をグルっと回って横浜から内陸に入っていくと思っていたのですが、D滑走路からの離陸でした。私自身、初体験のD滑走路でした。
どのあたりを飛んでいるのだろうかと窓から外を見てみると、丁度京都市辺り。淀の辺りから順に大阪平野や六甲アイランド、はるか遠くには泉州方面もきれいに見えました。やはりあの風景は神戸便の醍醐味です。
神戸に到着して車で帰宅。前日の朝6時前に自宅を出てから40時間ほどの本当によい時間でした。

以上ですが、来年は私にとっては比較的近場。是非来年も参加させて頂きたいと思いますので、皆さんよろしくお願いいたします。

[79749] 2011 年 12 月 18 日 (日) 14:22:46 オーナー グリグリ
 オフ会間隙一番勝負(再掲)

[79712]で出題した一題ですが、どなたからも反応がありません。くどいですがもう一度掲載してみます。ちょっと面白いネタだったのでクイズ形式にしました。オフ会参加者はちょっと有利かもしれません(オフ会記録の企画ページにヒントが埋もれています)。

 福島県:-1 埼玉県:-4 石川県:0 広島県:-1 愛媛県:-2

任意の都道府県と該当する数字でお答えください。

[79748] 2011 年 12 月 18 日 (日) 14:12:36 オーナー グリグリ
 第三十三回全国の市・十番勝負開催について

さて、[79194]で、
次回開催は、年4回頻度にはなりませんが、少し間を空けたいと思いますので、恒例のお正月開催としたいと思います。
と書きましたように、お正月開催の予定です。

まだ何も準備はできていませんが、2012年(平成24年)1月1日午前零時をスタートとしたいと考えます。

十番勝負のマンネリ打開策については、例えば過去に提案しているクイ図の一部導入など、実施するすると言いながら、いつまでたっても実現できていません。本当に申し訳ありません。また、今回のオフ会で提示した航空写真を使った「ここはどこの市?」企画がかなり好評でしたが、地図を使ったクイズはやはり面白いのかなと再認識しました。今回はおそらく間に合わなくて従来形式になると思いますが、いつかは地図がらみの出題を実現したいと思います。

[79747] 2011 年 12 月 18 日 (日) 11:17:19 オーナー グリグリ
 Re:第8回落書き帳公式オフ会「ミニ十番勝負」

[79734] むっくん さん、[79736] 千本桜 さん、オフ会記録ページに関連するコメントをありがとうございます。88さんがすでに返信されていますが、オフ会での企画がこのような形で発展議論となると嬉しいですね。

88さん
両件とも、追って修正版を用意しますので、暫くお待ちいただければ幸いです(>グリグリさん、皆様 )
なお、忘年会シーズンにつき、時間は長めでお願い致します。
了解です。その際には、エクセルファイルも直接参照できるようにします。

私もシーズンにつき、オフ会記録ページの最後の仕上げ(写真集整理)がまだできそうもありません。
しばらくお待ちください。>皆さん

[79738] 白桃さん
ついでで申し訳ありませんが、先だってのオフ会で行いましたダジャレクイズの「解説書」を1か所訂正いたします。
問五の解説で、鳥取県若桜町の1920年国勢調査人口が県内4位としておりましたが、宇倍野村(後の国府町、現:鳥取市)を抜かしておりました。正確には5位です。
・・・
(グリグリさん、ついでのときに直していただくと幸いです。)
修正しておきましたのでご確認ください。

[79746] 2011 年 12 月 18 日 (日) 10:40:38 オーナー グリグリ
 変遷情報更新 & 事実上破綻している変遷情報の扱いについて

[79689][79719][79744]およびメールで山野さんからいただいた情報に基づき以下の変遷情報を更新しました。

★新規 かすみがうら市長の土浦市長への合併を視野に入れた広域行政研究会の件(不成立)
☆更新 滝沢村の市制施行関連(第2回住民アンケート速報)
☆更新 白岡町の市制施行案議決関連(2012/10/1白岡市へ)
☆更新 津久見市長3選(事実上破綻している臼杵市・津久見市任意合併協議会関連)

[79689]のかすみがうら市長が土浦市長に申し入れた広域行政研究会の立ち上げについては、山野さんからメールでも追加情報をもらいましたが、土浦市長からは「勉強会は考えていない」と否定されています。この情報については、新規変遷情報として追加しましたが、成立していないことから「成立しなかった合併情報 都道府県別一覧」へのいきなりの追加としました。

同じく、予定情報の時期未定リストの中の事実上破綻している案件やまったく動きのない案件については、「不成立」に移動してはどうかという提案が山野さんからありました。

私の考えは、当該自治体からのなんらかの不成立宣言や客観的事実が必要かなと思っています。例えば、協議会の解散、首長による宣言などです。第三者として状況から不成立と断定してしまうのは基準があいまいで恣意的になるので避けたいと考えます。したがって現状では、予定情報の時期未定に分類しておきたいと考えます。ただし、客観的にみて事実上破綻している案件をいつまでも予定情報に入れておくのも気持ちが悪いので、事実上不成立という表現や整理ができるような編集にできればと考えています。それまでは、詳細情報の中でできるだけそのような状況や情報を入れるようにしていきます。皆さんのご意見もお待ちしています。

[79745] 2011 年 12 月 17 日 (土) 20:20:53【1】 伊豆之国 さん
 野々市市誕生記念・ミニクイズ【検証編その2】

前回[79739]では問一についての考察でしたが、今回は問二の共通項「市名と同名駅がお互いに離れた場所にある」例について考察を行うことにします。

お題として取り上げた下記の3市は、いずれも市名と同名のJRと私鉄の駅が、約2km以上離れて存在しています。これをまとめたのが下の表になります。

市名=駅名線名1駅名誕生日線名2駅名誕生日両駅の間隔(km)備考
野々市北陸本線1968.3.25新駅開業北陸鉄道石川線1925.10.1改称(1916.12.1「上野々市」として開業)2.12現「西金沢」駅が1912.8.1の開業時から1925.10.1に現駅名に改称されるまで「野々市」駅を名乗っていた。北鉄「新西金沢」も開業時は「新野々市」だった
春日井中央本線1946.5.1改称(1927.12.16「鳥居松」として開業)名鉄小牧線1931.2.11新規開業4.51名鉄春日井駅の所在地は「春日井市春日井町」
尼崎東海道本線1949.1.1改称(1874.6.1「神崎」として開業)阪神本線1905.4.12新規開業1.98阪神のほうが本来の中心に近い

「野々市」駅を巡っての詳しい経緯は、やはりご当地の方にお話を伺うべきでしょうか。「尼崎」についてもやはり同様でしょう。
この3駅とも、私鉄のほうが開業が先で、「国鉄」が後から「強引に割り込んできた」というのが共通しているといえるでしょうか。
この問の共通項を検証するに当たって、両尼崎駅間の距離が「小数点1桁に四捨五入で2km」だったことに気付き、「境界線」を大慌てで「1マイル(約1.6km)超過」に切り替えたのは、[79698]に書き込んだ通りでした。

[79698]で「距離不足」としてNGとした西宮のように「該当する市」ほどには遠くはないものの、市名駅同士が離れた場所(およそ500m以上)に存在している市には次のようなところでしょうか。

市名=駅名線名1駅名誕生日線名2駅名誕生日両駅の間隔(km)備考
西宮東海道本線2007.3.18改称(1874.5.11「西ノ宮」として開業)阪神本線1905.4.12新規開業1.00
伊丹福知山線1891.9.6新規開業阪急伊丹線1920.7.18新規開業0.74[79667]星野彼方さん
芦屋東海道本線1913.8.1新駅開業阪神本線1905.4.12新規開業0.79[79686]桜トンネルさん
宇治奈良線1896.1.25新規開業京阪宇治線1913.6.1新規開業0.73
吹田東海道本線1876.8.9新駅開業阪急千里線1943.10.1改称(1921.4.1「東吹田」として開業)0.63


関西に集中しているのは、やはり「私鉄王国」を誇ったことからでしょうか。
「区」では、平野(大阪市平野区、JR大和路線と市営地下鉄谷町線:約1.12km)があります(「長田」(神戸市長田区、神戸電鉄と市営地下鉄:約1.50km‥地下鉄の駅の「カッコつき」の「長田(長田神社前)」は正式駅名の一部か?‥は微妙?)。
やはりNGとした相模原のように、社名をつけて区別している駅で両者の間隔が離れているものには、次のようなところがあります。

市名=駅名線名社名+市名駅線名両駅の間隔(km)備考
相模原横浜線小田急相模原小田急小田原線8.76[79374]Issieさん
立川中央本線西武立川西武拝島線5.08
佐倉総武本線京成佐倉京成本線1.77京成佐倉駅の駅名標示板には社名を付けず「佐倉」とのみ表記。車内のアナウンスも社名抜きの「佐倉」(他の「京成」の付く駅(京成津田沼を除く)も同様)。
四日市関西本線近鉄四日市近鉄名古屋線1.15
八尾大和路線近鉄八尾近鉄大阪線1.52

‥問一の共通項「市役所の最寄り駅が市外」ですが、[77632]ソーナンスさんの書き込み「駅から遠い市役所」の中に、私が見つけた以外に「該当する市」がいくつかありました(第25回十番勝負「落書き帳10周年・特別バージョン」クラスの想定解数に‥)。

[79744] 2011 年 12 月 16 日 (金) 20:17:34【1】 山野[山野] さん
 県条例改正を要望(滝沢村)

グリグリさんへ
2014年1月を目処に市制移行を検討している滝沢村。
今年5月頃から市制への賛否を問うアンケートを始めたがその集計結果を公表した。
賛成70,43%
反対14,47%
分からない15,10%

人口の面では5万人以上あるので条件は満たすが、「地方事務所などの官公署が五つ以上」の要件が揃わないとして、
早くて来年の県議会6月定例会での条例改正を県や県議会に要望する事にしている。
(参照記事:岩手日報(8日付)

*リンク修正。

[79743] 2011 年 12 月 16 日 (金) 18:53:53【1】 白桃 さん
 大洲の魔法使い

まだオフ会気分が抜けきっていなくて恐縮です。
そういえば、オフ会の二次会で、「濁音で始まり濁音で終わる市は御殿場しかない」と大ウソを言っておりましたら、会場から善通寺も・・・と、大恥をかいた白桃でしたが、考えてみれば自分で
[75448]2010 年 7 月 6 日 (火) 23:13:53
濁音で始まり濁音で終わる市人口決定戦
というバカバカしいものをやっているから始末が悪い。
どういう脈絡か自分でもわかりませんが、これで思い出したのが[41102]むじながいり さんの同名市町村の隣接。
過去の合併を調べていると佐賀県、長崎県で多く存在しているようです。すべて町と村で唐津、武雄、鹿島、有田、諫早、大村、島原、平戸の8件見つかりました。
大洲、宇治なんかは、町より村の方が人口が多かったりして・・・。
(訂正箇所:淀村は淀町より人口が少ないので削除)

[79742] 2011 年 12 月 16 日 (金) 16:36:01 hmt さん
 2つの「若松市」

[79340] 白桃 さん
1914年から約40年間、福島県と福岡県に「若松市」が並存しておりましたが、簡単に表記するとき、どのように区別していたのか少し気になっております。
これもどうでもよいことですね。ヒマすぎるのかな・・・

ヒマ人のお付き合いをして、昔の事例を調べてみました。

最初は、「2つの若松市」が誕生した大正3年(1914)4月1日の大阪毎日新聞記事。

維新前まで若き松も多く 白砂相連り 戸数四百 人口千数百人 船舶百数十隻を有するに過ぎざりし 筑前の一寒村若松町は その後町制を実施され 更に4月1日より市制を施行さるることになれり。初めて市制施行を申請したるは 明治41年人口2万6千に達したる際なりしが 却下となり(中略)遅きに失するの観あるに至れり。…稀有の人口増加率…

どちらの市を意味しているかは、文意からして自明です。
明治32年(1899)に、会津の若松市が発足していたことについては、全く触れていません。

次の事例は、大正12年(1923)5月31日 東京朝日新聞夕刊。

30日勅令で 都市計画法第2条による市指定の件を公布(来る7月1日施行)したが、その指定市 左のごとくである。
札幌市、小樽市、函館市、堺市、尼崎市、長崎市、新潟市、豊橋市、静岡市、浜松市、岐阜市、仙台市、金沢市、岡山市、広島市、呉市、下関市、福岡市、門司市、小倉市、若松市(福岡県)、大牟田市、八幡市、熊本市、鹿児島市

大正7年(1918)に「東京市区改正条例」が、京都・大阪・神戸・名古屋・横浜に準用されました[53893]
この条例は翌年「都市計画法(旧法)」に代り、最初は六大都市に適用され、続いて上記 25市が指定されました。
25市の配列は、概ね戦前の46府県の順番[34038]を踏襲(但し北海道が頭に来るのはやや異例)。
問題の若松市は括弧内に県の名を付して区別しています。

3例目が、帝国書院『中学校社会科地図帳』昭和25年[25914]の附録「日本各都市の人口(1947総理庁)」。

札幌259,602、…福島86,763、若松59,024、…福岡328,548、若松78,694、…鹿屋62,497

区別せずに、「若松」が2回出てきます。
北海道から鹿児島県へと沖縄返還前の都道府県順であることは明らかなので、区別せずともわかると判断したものでしょう。

要するに、必要と思われる場合は県名を付記して区別する。
これは、府中市伊達市 について、現在でも行なわれているやり方と思われます。

同名の市を避ける方針 は 1970年の自治省通達によるものとのことです。
2つの府中市登場(1954)から十数年も過ぎた当時、果たしてそのような行政指導をする必要性があったのでしょうか?

福島県の若松市が 会津若松市に改称 した動機は、もちろん愛着のある「会津」を使いたかったためであり、同名回避ではなかったと思われます。

[79741] 2011 年 12 月 16 日 (金) 12:17:09 N-H さん
 三鷹駅北口付近で極めて特徴的なこと

さて、三鷹駅北口に位置する武蔵野市中町周辺ですが、非常に特徴的なことがひとつあるのです。
外食産業大手の以下の各企業の本社所在地を見てみると……

すかいらーく:東京都武蔵野市西久保1-25-8
モンテローザ:東京都武蔵野市中町1-17-3
松屋フーズ:東京都武蔵野市中町1-14-5
大戸屋:東京都武蔵野市中町1-20-8

なんと、いずれも三鷹駅北口に位置するのです。それもすかいらーく以外の3社の本社は極めて近い位置、武蔵野市中町一丁目にあります。これら4社はいずれもグループ企業などではありません。
ちなみにすかいらーく傘下の会社であるジョナサンの本社もすかいらーく本社の至近にあります。
元々すかいらーくの本社はここにありました。そこへ居酒屋チェーン白木屋や笑笑などを展開するモンテローザの本社が1996年に高円寺から三鷹駅北口へ移転してきました。
まあ、この時点ではどうってことなかったのですが、それから10年後の2006年になって、モンテローザが三鷹駅前で展開する白木屋のビル隣にあったビジネスホテルを壊して松屋がどーんと本社ビルを建てたのです。
これはもう、明らかにすかいらーくやモンテローザを意識してのことだと思われます。
この時点で「外食産業のメッカ武蔵野市」が誕生したわけです。
そして、昨年になって大戸屋の本社がここへやってきたのです。

しかしながら、これはいったいどうしてこんなことになったのでしょうね。都心でもないのに。同業他社が近くに集まることは珍しいことではないのかもしれないけれど、何か外食産業の本社をここに置くことの地理的メリットってあるんでしょうか?

ちなみに当然のことながら三鷹や吉祥寺近辺はこれらの店舗がひしめいており、外食にはことかきません。また、モンテローザや松屋の本社近辺の営業店舗には、他地区には見られないユニークな業態やメニューがあったりしてなかなかおもしろいですよ。

[79740] 2011 年 12 月 16 日 (金) 10:35:34 N-H さん
 武蔵野市の駅について

[79739]伊豆之国 さん
野々市市クイズの問一の出題に含まれた武蔵野市の駅についてです。
結果には全く影響がないし、出題も正しいのですが、ちょっと1点コメントします(実はこの書込み、武蔵野市役所から数百メートルの地点で書いていることはナイショです)。
市内で市役所からもっとも近い駅は吉祥寺、とのことですが、この場合3番目に市役所から近い三鷹駅の所在地がちと問題です。
地図をご覧になってもわかるように、三鷹駅の北東側、駅舎のほぼ半分は武蔵野市域に属しているからです。ホームも3割くらいは武蔵野市にあると思われます。
JR東日本による正式な駅所在地は三鷹市なのだと思いますが、「三鷹駅が武蔵野市にはない」と判定してしまうのは非常に微妙かと思います。

ところでその三鷹市のほうですが、こちらの市役所がまた非常に微妙な位置にあるんですな、これが。

[79739] 2011 年 12 月 15 日 (木) 23:36:30【2】 伊豆之国 さん
 野々市市誕生記念・ミニクイズ【検証編】

[79664]で出題した「野々市市誕生記念・ミニクイズ」の共通項に「該当する市」について、ようやく調べる時間が取れたので遅ればせながらここで書き込むことにします。
問一:野々市市、武蔵野市、大野城市(該当する町:杉戸町)
■その市内にあるどの駅よりも、市役所までの距離が最も近い駅が市外にある
お題の市と他に見つけた「共通項に該当する市」について、市役所に最も近い駅と、市内にある駅の中で最も近い駅(Mapionの「キョリ測」で市役所の◎印と駅の「電車マーク」間の直線距離、10m単位まで)を、次の表にまとめてみました。

市名市役所最寄り駅線名距離(km)所在地市内の最短距離駅線名距離(km)備考
野々市額住宅前北陸鉄道石川線0.81金沢市野々市工大前1.82JR野々市からは2.70km([77638])
武蔵野東伏見西武新宿線1.25西東京市吉祥寺中央本線2.044位まで市外([77638])
大野城春日原西鉄天神大牟田線0.55春日市白木原0.93[77638]
尾花沢大石田奥羽本線2.68大石田町芦沢7.25[67775]
大田原西那須野東北本線2.95那須塩原市野崎5.94[67727]いっちゃんさん、[67775]
志木志木東武東上線1.67新座市柳瀬川1.74志木駅は志木市になくて新座市([67713][68317]makiさん)
清瀬東所沢武蔵野線1.48所沢市清瀬西武池袋線1.63
みよし米野木名鉄豊田線3.87日進市黒笹4.48

このうち、尾花沢と大田原は、いずれも現在の「最寄り駅」となっている市外の駅を起点とする私鉄が通っていて、市名と同名の駅が市の中心部にあったのですが、廃線となって以降は市域の外れにあって市の玄関にもなっていない小駅が市内唯一の駅になっているものです([68366])。一方、志木は非常に微妙です。市名と同名ながらわずかの差で隣の市にある志木駅と、市内唯一の駅である柳瀬川駅からとでは、市役所までの直線距離の差はわずかに70mぐらい、100m単位で四捨五入すると同じになってしまいます。ただ、志木駅からは市役所方面に通じるバス道路があるのに対し、柳瀬川駅からはそのような広い道がなく遠回りになりそうなので、やはり実質的な志木市役所の最寄り駅は志木駅ということになりそうです。

区(東京特別区、政令指定都市の区)・町村では、とりあえず次のようなところを見つけました。

区・町村名役所・役場最寄り駅線名距離(km)所在地区・町村内の最短距離駅線名距離(km)備考
東京都江戸川区新小岩総武本線1.46葛飾区平井2.37[79686]桜トンネルさん
川崎市幸区矢向南武線0.81横浜市鶴見区鹿島田1.38
浜松市南区浜松東海道本線4.34浜松市中区高塚6.91[79667]星野彼方さん
埼玉県杉戸町東武動物公園東武伊勢崎線0.91宮代町杉戸高野台東武日光線3.48東武動物公園駅は昭和56年まで杉戸駅
静岡県函南町大場伊豆箱根鉄道駿豆線1.31三島市伊豆仁田1.55JR函南駅までは2.77km
広島県府中町天神川山陽本線0.76広島市南区向洋1.81天神川駅開業(平成16年)前もやはり広島市内の矢賀駅(芸備線)が最短(0.97km)

♯該当する町村に静岡県函南町を追加。
[77638]で取り上げた墨田区については、隅田川の存在など特殊な状況があるため「番外」扱いとしました。
問二については、後ほど書き込むことにします。

[79738] 2011 年 12 月 14 日 (水) 17:08:10 白桃 さん
 高知県の「推計人口」が復活&訂正

[57002] 2007 年 2 月 24 日 (土) 白桃
高知県は、2006年3月1日まで他都府県と同じように県が推計人口を発表しておりましたが、2006年3月31日より住基ネット情報による住民基本台帳人口移動に変更になりました。理由は予算が切れた、とか。(そんな馬鹿な!)
それが、このたび復活いたしました。私もひと手間かける必要がなくなったので嬉しいです。

ついでで申し訳ありませんが、先だってのオフ会で行いましたダジャレクイズの「解説書」を1か所訂正いたします。
問五の解説で、鳥取県若桜町の1920年国勢調査人口が県内4位としておりましたが、宇倍野村(後の国府町、現:鳥取市)を抜かしておりました。正確には5位です。人類の99.999%が、そんなことどうでもいいじゃん・・・と思っていると推量いたしますが、気になりましたので訂正させていただきます。(グリグリさん、ついでのときに直していただくと幸いです。)

[79737] 2011 年 12 月 14 日 (水) 12:56:00 88 さん
 第8回落書き帳公式オフ会「ミニ十番勝負」

取り急ぎ。
[79734] むっくん さん
M22以前の廃置分合については、「幕末以降」をそのまま転用したものです。これらについては、出題には直接関係がなく、あくまで「参考」のつもりであったので、精査をしておりません。

[79736] 千本桜 さん
住居表示の「○」欄の表示の疑問点については、単なる「×」の誤記です。個々の市の条例を全て確認し、さらにマピオンの地図で住居表示実施の有無を読み取り、「1番1号」か「1番地1」かを判断し、記載しています。
当該問題は、元々は落書き帳投稿用のものを転用したものであり、一連の「住所とは何か」の投稿の導入のつもりでした。根拠条例へのリンクも手元にはまとめておりますので、追って修正版をお示しします。

両件とも、追って修正版を用意しますので、暫くお待ちいただければ幸いです(>グリグリさん、皆様 )
なお、忘年会シーズンにつき、時間は長めでお願い致します。

[79736] 2011 年 12 月 14 日 (水) 08:59:43 千本桜 さん
 地番と住居表示

地番を住所にしている区域は「1番地1」と表し、住居表示実施区域は「1番1号」と表すものと思っていました。でも、住居表示を実施しても「1番地1」と表す場合もあるのでしょうか?
と申しますのは、[79728]でグリグリさんがご紹介されている第8回落書き帳公式オフ会記録・ミニ十番勝負・問1の解説を読むと、日光、銚子、茂原、市原、流山、武蔵村山、藤沢、笠岡、日南各市の市役所住所が「1番地」「1番地1」または「1番地の1」になっているのに住居表示に○が付いています。変だなと思いました。ちなみに、wikipediaの流山市には
流山市では住居表示は行っていないが、土地区画整理事業に合わせて地番整理を行っている。
と書いてあり、藤沢市の住居表示実施区域を見ると、市役所がある藤沢駅北側が住居表示されていない区域になっています。確認したのは2市だけですが、このことから推測すると、ほかの市の市役所所在場所も住居表示されていない可能性があると思います。

[79735] 2011 年 12 月 13 日 (火) 18:26:14【1】 hmt さん
 その名は「万世」、しかし短命に終った橋や駅もあった
hmt 市街地乗り入れに成功した鉄道

[79717] 伊豆之国 さん 幻の銀座線「萬世橋駅」
[79721] Issie さん 省線万世橋駅

子供の頃に住んでいたのが 牛込区納戸町[41218]でした。
現在、都営地下鉄大江戸線が走る大久保通りですが、当時は飯田橋まで同じルートの路面を走っていた「東京市電」13番系統の上り方面行先が「万世橋」でした。
下り方面の行先は 「角筈」 で、こちらは大久保車庫専用軌道区間手前の抜弁天までが大江戸線ルートになっています。

戦後の「都電」時代も 13番でしたが、行先は少し先の秋葉原東口で、更に水天宮[10805]まで延長されました(1958)。1970年に廃止された時の終点は岩本町だったようです。

多少の変遷はありますが、万世橋近辺は 神田川の水運、馬車鉄道→路面電車、高架鉄道、都市計画道路、地下鉄道と、時代に応じた路線が集中する都内交通の要地でした。
以下、現代の地図 を見ながら、神田川の両岸に亘る交通結節点につき、少し語ります。

鉄道の駅としては、日本鉄道時代の明治23年(1890)に設置された「秋葉原貨物停車場」[34120][67094]が最初ですが、現在の高架線電車駅はずっと後の 1925年です。
路面の軌道としては、1882年開業の東京馬車鉄道→1903年東京電車鉄道の万世橋停留場がありますが、1903年に 東京市街鉄道が 神田川の南に作った停留場が、電車唱歌[33135]に ♪乗りかえしげき須田町や♪ と歌われている 一大ジャンクションでした。

「万世橋」という名は、解体された「筋違御門」の石垣に使われていた石材を利用して明治6年(1873)に作られた2連アーチ橋として登場します。当時の東京府知事・大久保一翁の命名は「万世(よろずよ)橋」で[51807]、従来の見附門付属の木橋と違う永久橋であることを誇示したものでしょう。

これが音読みされるようになったのは、似たような意味の「永代橋」(隅田川)が音読みされていた為かもしれませんが、何故か「バンセイ」でなく「マンセイ」なのですね。新潟の 萬代橋【2004年重要文化財指定】は、「よろずよばし」から「バンダイばし」に転訛したようです。

場所は 現在よりも少し上流 昌平橋との間ですが、広幅の幹線道路ではなく、西洋式の架橋技術のテストという意味合いが大きかったのではないかと推察します。常磐橋(1877)[33433]や日本橋(1911)[63949]に先立つ存在です。

幹線道路の昌平橋が洪水で流出した後、現在の万世橋付近に代替の木橋が架けられ、これが明治36年に鉄橋に変った時に 「万世橋」を名乗った とあります。そして「元万世橋」になった石橋(めがね橋)は、明治39年に解体されたとか。

万世橋駅は、明治45年(1912)4月1日に、中央線【1906年甲武鉄道国有化[61304]】の始発駅として開業しました。
これは、神田川の南岸、リンクした地図の中心マークです。南側の駅前広場に面して、ルネッサンス式の立派な赤煉瓦造の駅舎がありました。幻の万世橋停車場へ行く に掲載されている写真で見ることができます。東京駅を思わせる姿であるのも道理、後に東京駅を手掛ける辰野金吾の設計で、お手本はアムステルダム中央駅とのこと。

けれども、万世橋駅の栄光の時代は、ほんの僅かでした。万世橋駅衰退の原因として、1914年に東京駅が開業し、東京駅への電車線開通(1919)により中間駅になったことが挙げられている資料もありますが、そうとは言えないでしょう。上野駅も 1925年の都心高架線全通で中間駅になりましたが、その後も北に行く列車の始発駅の地位を長く保ったからです。

大正14年4月『汽車時間表』【JTB時刻表第1号】によると、中央本線列車の始発駅は飯田町で、万世橋は主として東京−中野(一部は吉祥寺、国分寺)間を運行する電車の中間駅になっています。
このように、万世橋駅が列車始発駅の地位を失った決定的な原因は、大正12年(1923)の関東大震災による 豪華な駅舎の焼失であったと思われます。

昭和初期の震災復興にあたっては、万世橋駅付近の道路も変りました。神田駅から直進して万世橋駅前を通り昌平橋に向っていた電車道は、現在のように神田駅を出ると少し東側に振れて、万世橋から御成道へとつながる現在の中央通りになりました。小川町から万世橋駅前の広瀬中佐銅像のある(旧)須田町交叉点に向かっていた電車道も、少し南に振れて現在の靖国通りになりました。これにより電車道の交わる須田町交叉点は、少し南東の現在位置に移動しました。要するに、万世橋駅は関東大震災により駅舎を失っただけでなく、市内電車の一大ジャンクションに面するという道路立地からも少し外れてしまったわけです。

国有鉄道の市内高架線は、神田川を渡る区間の工事中に関東大震災が起り、予定よりも少し遅れたものの、1925年には完成し、東京駅と上野駅の間が省線【注1】電車で結ばれました。秋葉原駅も旅客扱いをするようになり【注2】、立地が近接する万世橋駅の存在意義は、ますます小さくなりました。
【注1】1920年に鉄道院が鉄道省になり、国有鉄道線は「省線」と呼ばれるようになりました。
【注2】秋葉ヶ原の停車場に「あきはばら」の駅名標が出現。鉄道省の役人には田舎漢多しと見えたり。[34120]

1927年開業の浅草−上野間から南に線路を伸ばしてきた東京地下鉄道が、神田川の下に開削工法のトンネルを作り、一時的に北岸の万世橋仮駅が使われたのは、1930〜1931年のこと[79717]
万世橋も、この時に鉄筋コンクリートと石材とを併用した現在の橋に架け替えられました。

最初は地上線だった貨物の秋葉原駅も 1932年迄にはすべて高架線に移り、同時に総武線の両国−御茶ノ水間が延長され、3層立体構造の駅になりました。
昭和通り側の入口から総武線プラットフォームに通じるエスカレーターは、少し前の時代の鉄道駅では珍しい施設でした。

震災によりターミナル駅としての役目を終えた万世橋駅は、東京駅の神田寄り高架下にあり震災被害を受けた鉄道博物館の再建に利用されることになり、1936年に博物館用の新館も作られ、移転開業。
万世橋駅廃止は、戦時中の1943年11月1日でした。同日付で鉄道省→運輸通信省。入場無料だった鉄道博物館が有料になったのも、同じ頃と思います。
戦後は日本交通公社を経て交通文化振興財団の運営になり、自動車や飛行機(アンリ・ファルマン機[57213])の展示もある「交通博物館」として親しまれていましたが、大宮に鉄道博物館が開業する前年(2006)に閉館されたことは、記憶に新しいことです。

言うまでもなく、今回話題にした地域の元々の地名は「神田」です。
「須田町」や「万世橋」が神田を代表する地名となった時代もあり、神保町など独自の分野で知られる地域もありますが、現代の世界に通用する地名は、何と言っても「AKIHABARA」です。
つくばエクスプレスのターミナルになったこの地名こそ、交通路を通じて発達してきたこの地域を語るにふさわしいものになりそうです。

[79734] 2011 年 12 月 13 日 (火) 17:55:14 むっくん さん
 第8回落書き帳公式オフ会「ミニ十番勝負」

[79728]グリグリさん
第8回落書き帳公式オフ会記録を拝見しました。

第8回落書き帳公式オフ会「ミニ十番勝負」の問二の解説での
※ 例えば、番号91・92・93は隣接していることから、(略)

※ 例えば、番号89・90・91は隣接していることから、(略)
の誤りではないでしょうか。

次に
*4 番号131 中+野木村(M7に野木村を分割して上野木村・中野木村・下野木村になった。)
との解説は誤りなのではないでしょうか。

まず、天保郷帳(若狭国)23コマでの記載では上野木村と下野木村の2村が書かれています。
次に、明治2年頃の旧高旧領取調帳では上野木村と中野木村と下野木村の3村となっています。天保郷帳(若狭国)との石高の比較より、中野木村の大部分は元が下野木村で、一部が元が上野木村であることが推定できます。
また、若狭遠敷郡誌(編:遠敷郡教育会、出版:帝国地方行政学会、T11.12.5)によりますと、明治6年の段階で敦賀県第七大区第二小区に中野木村があることになっています。第四大区の箇所を見てみますと、明治7年に行われた小浜の各町の合併がなされる以前の町名が記載されており、明治6年の敦賀県の大区小区町村名の記述としては信憑性に特段問題がなさそうです。
#後年に書かれた郡誌は信憑性を若干落として評価するのが妥当なことが多いのですが、本件についてはあてはまらないようです。

以上を踏まえて、この件については、
*4 番号131 中+野木村(幕末〜M4の頃に上野木村の一部と下野木村の一部が分割されて中野木村になったことと想像される。)
とでも書いたほうが良いものと考えます。

[79733] 2011 年 12 月 12 日 (月) 23:59:23 白桃 さん
 オフ会旅行に思う

「旅行というものは、いろいろ計画したりなんかして行く前がワクワクするもんで、旅行中は案外感動しないもんだ。」と日頃思っているですが、オフ会の旅行だけは別ですね。出発までワクワクするし、旅行中も楽しい。ただ、毎日が日曜日になると、旅行前の計画なんてほとんど考えようとしないから不思議です。芦ノ牧は三度目になるのか・・・。田島でもちょっと覗いてみましょうか・・・。アシの向くままアシのマキ。梶光夫と高田美和は♪アキとマキ。
てなワケで早めに家を出て新浦安駅へ。ちょっと失敗したのがSuicaを購入してしまったこと。野岩鉄道って使えたっけ???武蔵野線の新松戸で乗り換え、北千住まで戻る。まさに「戻る」感覚。案の定、東武に乗り換える際に、くぐる改札が無い。
生憎の雨で車窓の眺めは★×▼★。こうなると、乗っている時間が長〜い。下今市での車両切り離し時間にようやくスナフキんさんを発見。この方とは湯瀬のオフ会のときも碇ヶ関駅で想定外接触したし、縁がある。もっとも、二人ともオフ会皆勤賞だから何ら不思議ではないのである。(笑)
会津田島に着きました。雨が結構降ってます。町歩きの前に、昼食でも。ということで、スナフキんさんと一緒に駅前のソバ屋さんに。とりあえずビール!ってことで。で、次は地酒を頼むことに。幸か不幸か、ソバ屋のオッさんが4年半前まで千葉県で「公務員」をやっていて、浦安にも赴任していたらしくチョロッと話が弾んでお酒をもう一杯。結局、ソバも頼まず、町歩きもせず。(スナフキんさんは、ソバを注文されました。念のため)
少しいい気分になって電車に乗り込むと、ラガーさんとYASUさんがいらっしゃいました。乗っているとだんだん晴れ間も見えてきて、一層良い気分に。
芦ノ牧温泉駅から迎車でお宿に。もう25年くらい前になるのか・・・全く記憶が無い。
オフ会の前にオフ呂に入り、いよいよ。乾杯の大役を仰せつかっておりましたので、緊張。何か大きいもんが出てきたな、と思ったら大盃。私は白桃であって、優勝した白鵬ではありませんヨ。ある程度出来上がっていたのか、二次会のダジャレクイズのことが気になっていたのか、トシのせいか、美味しい料理を残してしまった。残念。
二次会では、担当したクイズ終了後、ホッとしてグリグリさんのクイズに誤答濫発。
翌日。空しい。寂しい。朝食ごはん3杯+おかゆ1杯でも、やはり、ボーとして、さびしい。早く来年のオフ会来ないかな。
帰路は同じルート。田島の町を少し散策。精算もあって北千住まで。にまんさんも書いてましたが、南栗橋で何かイベントがあったようで、線路付近を人がいっぱい歩いてました。そういえば、会津田島駅でも「体験運転」をするため何人かの方がいましたね。
とにかく、早く来い来いお正月と来年のオフ会。

[79732] 2011 年 12 月 12 日 (月) 22:17:48 オーナー グリグリ
 オフ会記録ページ追加

オフ会記録ページにスナフキんさんの企画 鉄道クイズを追加しました。どうぞご覧頂き、クイズをお楽しみください。[79728]で紹介した他の企画・クイズはもうご覧いただけたでしょうか。感想などいただければ幸いです。ここはどこの市?(航空写真編)には、出題風景の写真も追加しました。

[79712]で出題した一番勝負は反応がありませんが、いかがでしょうか。オフ会参加者は有利かもしれません。

[79731] 2011 年 12 月 12 日 (月) 20:14:42 桜トンネル さん
 クイズ終了&笠間市

予告どおり採点を行い、終了とさせていただきます。ただ、レポート提出など予定がつまっていたこともあり、採点がかなり遅くなってしまいました。

問題:[79696] 採点第一回:[79706] 採点第二回:[79708]

問一 愛媛県:0 [79709] k-aceさん
問一 静岡県:2 [79713] 伊豆之国さん
問一 兵庫県:2 [79716] 星野彼方さん

問二 北海道:7 [79709] k-aceさん
問二 東京都:5 [79713] 伊豆之国さん
問二 兵庫県:2 [79716] 星野彼方さん

問三 茨城県:18 [79709] k-aceさん
問三 山口県:6 [79713] 伊豆之国さん

今回は4名の方々にお答えいただきましてありがとうございました。予定よりかなり遅くなってしまいましたが、これにて終了させていただきます。

それでは共通項発表です。

―共通項―

問一:単独市制をした市の数(のちの編入・新設合併は除く、市制施行時の名称変更は含む)
問二:ナンバープレートの数(ご当地含める)
問三:都道府県名の漢字の画数(「都道府県」は除く)

問一に関しては市制施行時の単独市制は全部含めるという共通項を考えていたのですが、あまりにも数が多くなってしまい、数えるのがめんどくさいということが判明したので、単独市制をしてからの合併経験は除くことにしました。野々市市の単独市制に関連した問題でした。新しい順に単独市制したところをお題として出しており、名称変更・村から市制も含むということも含んでいますが、意外とありそうな首都圏から0だった群馬県を出題しています。
問二に関しては前から温めていた問題であり、比較的数えやすいことから問題への採用は早かったです。山梨県や長崎県という「ナンバープレートが2つもあるんや」という個人的に意外に思ったところから選びました。長崎県は「長崎」と「佐世保」で、山梨県は「山梨」と「富士山」ですね。
問三はこれも去年同様あたためていた問題からではなく、即興で作った問題だったのですが、漢字の画数という点では十番勝負でも確か出題されてはいない新しいタイプの問題にしてみました。この点で一番どうするか悩ましかったのは「都道府県」の文字の扱いで特に北海道はどう扱うかが焦点でした。とはいえやはり、都道府県を除いて考えたほうが考えやすいのではないかと考えたので、都道府県を抜いて考えることにしました。紛れを防ぐ北海道をお題に出し、意外と15画もある岐阜県の出題と、それぞれ画数の多い感じの組み合わせである愛媛県と鹿児島県の出題を決めました。ラストは山口県でもいいかなとは思ったのですが、それでは見た目ですぐにわかってしまうので、次に少ない7画の大分県にすることにしました。

というわけで今回もありがとうございました。今回は福島県の会津地方でのオフ会ということで西日本からはかなりの遠征地で旅費がかかることや、ちょうど受験シーズンでバイトが大量に入っている期間でもあったため、参加は見送りとしました。

というわけで今回もありがとうございました。

[79730] 2011 年 12 月 12 日 (月) 10:36:47 N-H さん
 オフ会感想

だいぶ経ってしまいましたが、オフ会の感想を記させていただきます。

私の参加は、金沢、福岡、岡山についで4回目。宿泊型になってからは2度目です。
いや〜、日本型宴会、最近はあまりほかでは経験しないもので、いいですねえ。

さて、今回はルートとしてはJR-東武直通特急に乗ってみようというのがまず頭にありました。
そこで、新宿〜(栗橋)〜鬼怒川〜芦ノ牧温泉〜会津若松〜郡山〜東京というぐるっとまわるルートでの旅程を立てたのですが……
つまづきは新宿駅で。早朝に宇都宮線で事故があったことは油天神山さんからのメールで認識はしていたのですが、何分早朝のことでたいした事故でもなさそうだったので意識から飛んでました。山手線内のディスプレイで「湘南新宿ラインの宇都宮線ルートは午前中運休」というアナウンスが流れるのですが、宇都宮線そのものは動いてるようで、ともかく新宿駅へ。
あれこれあって、結局乗る予定の特急は大幅遅延もしくは運休とのことで、あわてて都心をバタバタと移動し浅草駅へ。
東武の特急券を滑り込みで確保して大過なく予定通りどしゃぶりの中鬼怒川公園駅裏の市営の温泉につかってから会津へのルートへとはいります。ここ、露天風呂は雰囲気よいのですが、温泉自体が無味無臭無色の単純温泉のうえ循環式消毒ありということで、あまり温泉のありがたみが感じられませんでした。
途中会津田島からのお話は[79722]MasAkaさん記載のとおりです。

さて、オフ会本番。普段十番勝負ではとんと書込みしない私ですが、今回は年甲斐もなくクイズにかなり燃えてしまいました。それも酒がまわった2次会で。
ダジャレクイズ○×クイズ写真クイズなど大いに楽しむことができました。どうも私が(みなさんに比して)それほど地理に弱いというわけでもなく、十番勝負形式が苦手なんだな、と再認識した次第。
[79722]MasAkaさん
この時出した問題が「野岩鉄道で一番長いトンネルの長さは5kmを超える」でした(正解は書き込みの最後に)。解答は○と×に見事に分かれ、無事に決着がつきました。
はい、この問題には感謝しております(笑)。野岩鉄道への乗車は3回目で、今回は図書館で借りたガイドブックについていた地図と首っ引きで乗車していたものですから、だいたい見当はついておりました。

大いに飲み食いし、大いに温泉につかり、大いにマニアの世界にひたってあっという間に次の日の朝。芦ノ牧温泉発の予定していた列車が出るだの出ないだのという一幕があった後、結局予定通りローカル線風情たっぷりの駅を猫駅長に見送られながら出発。
ところがこの先がまたいけません。会津若松駅についてみると、磐越西線は強風のため運休やら大幅遅延やらが相次いでおり、急ぐ人は高速バスを使え、とのこと。
別にそれほど急いでいるわけじゃあなかったのですが、行きで失敗していることもあり、おとなしく駅の指示に従うことにして、次の次の新宿駅行きのバス([79710]にてhmtさんが往路の利用を紹介されている「夢街道会津号」です)に乗ることに。
久しぶりの長距離バスは新鮮ではありましたが、やはり列車のほうがいいなあ。

というわけで、結局用意した鉄道切符は、行きの栗橋〜芦ノ牧温泉〜西若松の乗車券以外はすべて払い戻しということに相成ってしまいました。
来年もオフ会はぜひ参加させて頂きたいところですが、疫病神の私と一緒の旅程は避けて頂いたほうが無難かもしれませんので、念のため。
最後になりますが、毎度ながらこちらはただ参加させて頂くばかりで、色々企画して頂いた皆さんには本当に感謝するばかりです。

[79729] 2011 年 12 月 12 日 (月) 02:11:20 白桃 さん
 「平成の大合併」と旧市町村単位での人口推移
白桃 「平成の合併」と人口減少

[79650]で予告したように、「平成の大合併」は旧市町村単位での人口推移にはたして影響を及ぼしたのかどうか調べてみました。

1.対象(旧)自治体:旧2829市町村
除外したのは、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、愛知県、大阪府、札幌市、仙台市、京都市(+京北町)、神戸市、広島市(+湯来町)、北九州市、福岡市、西宮市、尼崎市、明石市、宝塚市、伊丹市、川西市、三田市、芦屋市、猪名川町です。(対象から除外した理由は省略)
2.4つの類型化
単独系:平成の合併を行わなかった市町村
併A系:合併に参加した他の市町村のいずれをも、2000年※国勢調査時点での人口で2倍以上上回っている旧市町村
併B系:合併した旧市町村で、併A、併C以外の旧市町村
併C系:2000年※国勢調査時点での人口において、参加中トップ人口市町村の人口の半分に満たない旧市町村
[79650]では1990年国勢調査人口としておりました。
3.調査項目
1)2000年〜2010年の人口減少率
2)1990年〜2000年と2000年〜2010年の人口減少率の比較※
[79650]では、単純に減少率の差を求める方法を考えておりましたが、それでは不十分だと気がつき以下のように致しました。
(2010年人口×1990年人口)÷(2000年人口×2000年人口)×100・・・「健闘値」と仮称
4.結果の概要
1)人口減少率(%)
全体3万未満1万未満5千未満1千未満
単独系-2.24-6.62-10.50-13.52-15.98
合併系-3.09-7.77-12.00-16.00-29.49
併A系-1.29-7.49-12.44-22.31
併B系-4.95-6.76-10.99-15.80
併C系-7.62-8.43-12.36-16.00-29.49
2)健闘値
全体3万未満1万未満5千未満1千未満
単独系95.6895.7896.4296.1287.77
合併系96.1894.7794.7893.9181.87
併A系96.7195.1496.2693.87
併B系95.1894.6895.5094.61
併C系94.9594.7394.4793.7981.87
5.(全般的)結論
・合併前の市町村単位でみると、合併しなかった市町村は、合併した市町村に比べて人口減少率が低く、健闘値も高い。
・人口規模も小さくなるにつれ、また、合併自治体の中において相対的に人口の少ない旧市町村ほど、人口減少率が高く、健闘値は低くなっている。

以上、稚拙な統計手法でもって粗い分析ではありますが、一応ご報告いたします。

[79728] 2011 年 12 月 12 日 (月) 00:49:43 オーナー グリグリ
 第8回落書き帳公式オフ会記録

オフ会記録ページに情報を追加しました。すでに紹介したページも含めあらためて紹介します。オフ会に参加された方はもちろん、参加されなかった方もお楽しみいただけると思います。なお、写真集など引き続き追加作業を行います。

◆第8回落書き帳公式オフ会・オフ会記録
 飯豊山の登山道写真紹介
 地図出版の裏話【参加メンバー限定メニュー】
 小谷千(おやぢ)のダジャレクイズ
 ミニ十番勝負
 福島県・会津若松市 ○×クイズ
 ここはどこの市?(航空写真編)
 参加者感想?記事集

[79727] 2011 年 12 月 11 日 (日) 12:57:47【1】 伊豆之国 さん
 夜空の向こうには‥

‥歌では「未来が見える」と歌っていますが、本当に見えるのは「遥か遠い過去」の姿なのだそうです‥。

[79724]オーナー グリグリさん
それにしても星がよく見えます。オリオンがきれい
[79725]hmtさん
赤くなった月の下方に見える赤色超巨星・ベテルギウス
この「ベテルギウス」を、「平家星」と呼ぶ地域が岐阜県にあるそうです。真っ赤に輝く様子を「平家の赤旗」にたとえたもので、これに対し同じオリオン座の「三つ星」を挟んで右下の角に輝く真っ白な星「リゲル」を「源氏の白旗」にたとえて「源氏星」と呼び、この二つの星の色の対比に注目した面白い表現です。
一方、真ん中の「三つ星」は、実は「家紋」にも広く使われています。こちらのHPによると
平安時代に、三つの円形を「品」字形に配した文様が用いられていた。いわゆる水玉模様の一種だが、この文様がのちに「三つ星紋」となった。また三つ星は、オリオン座の中央に列する三つの星を大将軍星・左将軍星・右将軍星として、三武・将軍星などとよばれ、むかしから武神として信仰された
とされ、武家などで「三つ星」を家紋に用いることが広まりました。例えば毛利氏の家紋は、この「三つ星」の上に「一」の字を配した「一文字三つ星」紋。「一」が「三つ星」の下にある「三つ星一文字」(多くは更にその外側を「○」で囲んだもの)は、渡辺氏の代表的家紋。水軍として繁栄した松浦氏は「三つ星」だけの紋を用いてきました。

オリオン座の辺りは、中国の「二十八宿」の「参(しん)宿」。高松塚古墳の天井にある絵に、この「参宿」が色鮮やかに描かれていたのは、発見当時の新聞記事にも出ていたのを今もはっきり覚えています。
オリオン座の真下に見えるのは、もう残り3週間足らずになった今年の干支、「うさぎ座」。オリオンが狩猟で得た野兎でしょうか。傲慢になったそのオリオンを刺したのが、私の星座(本当は違うらしいのですが‥[77021])「さそり座」。

[79726] 2011 年 12 月 11 日 (日) 01:02:44 futsunoおじ さん
 ♪星も見えない空〜 ♪新潟は今日も雨だった

昼間は晴れる時間もありましたが、夜は雨です。月食は(見えたとしても)テレビで見る方がわかりやすいものですよね。

昨日(9日)は東京や西日本などで初雪があったようですが、新潟市はまだないと思って調べたら11月21日夜に降ったようです。
でも自分はまだ雪を見てない。

[79725] 2011 年 12 月 10 日 (土) 23:57:59【1】 hmt さん
 赤い月 と 赤い星

[79724] オーナー グリグリ さん
それにしても星がよく見えます。オリオンがきれい。

赤くなった月の下方に見える赤色超巨星・ベテルギウス。
このオリオン座アルファ星が、超新星爆発を起こしそうだと伝えられています。サイエンスZERO
幸い、自転軸が地球の方角を向いていないので、地球がガンマ線バーストを浴びる心配はなさそうですが。

[79724] 2011 年 12 月 10 日 (土) 23:16:59 オーナー グリグリ
 Re:皆既月食

今夜の皆既月食は、始まりから終わりまでの全過程が見られる最高条件の皆既月食です。
始まりました。
久しぶりにじっくり観測しています。それにしても星がよく見えます。オリオンがきれい。

[79723] 2011 年 12 月 10 日 (土) 21:48:12 hmt さん
 皆既月食

今夜の皆既月食は、始まりから終わりまでの全過程が見られる最高条件の皆既月食です。
始まりました。

[79722] 2011 年 12 月 10 日 (土) 19:29:15 MasAka さん
 第八回落書き帳オフ会感想

第八回の公式オフ会から早くも1週間が経ちました。前回のオフ会の後も風邪をひいたのですが([76863]参照)、今回もちょっと風邪気味です。といっても今回はオフ会ではなく、その後さらに寒い地方に出張に行ったのが原因でしょう。

今回の会場入りは東武鉄道が出しているゆったり会津・東武フリーパスという企画乗車券(おトクきっぷ)を使うことだけは会場が芦ノ牧温泉に決まった時点で決めていましたが、後は特に何も考えていませんでした。というかいろいろ忙しくて考える余裕がなかったというほうが正しいかも知れません。開催4日前くらいにグリグリさんからメーリングリストを通じて参加者アンケートに回答するよう依頼が出た時点でようやく具体的な行程を検討しはじめ、そこで北千住〜鬼怒川温泉間は特急スペーシアを使うことに決定。特急はネットで予約ができ、チケットレスサービスを使えば携帯電話の画面がそのまま特急券代わりになるので当日は特段あわてる必要もありませんでした。

さて、当日は会津鉄道線会津田島駅で気動車に乗り換えた際にN-Hさん、かすみさんと合流。さらに途中、塔のへつり駅で88さんが乗り込んできました。16:09に芦ノ牧温泉駅に到着するはずのメンバーは上記参加者アンケート結果によればこれに白桃さんを含めて5人だったはずですが、白桃さんはおそらく先に行かれたのだろうということで、4人で宿の送迎バスに乗って会場入り。

今回の宿は一昨年の会場、岡山・苫田温泉「乃利武」を彷彿とさせるような広さと複雑さでした。温泉大浴場で体を温めた後、宴会開始時間が近づいてきたので会場に行きましたが、まだ数人しか来ていません。恒例のくじ引きで席順が決まりますが、私より先に来ていた小松原ラガーさんが金屏風をバックにした真ん中の席にたった1人で座っていて、まるで殿様のような雰囲気を漂わせていたのが印象に残っています(笑)。

1次会はfutsunoおじさんによる飯豊山登山道の解説も興味深かったですが(前回、前々回は県境ツアーがありましたが、さすがに今回はここの三県境に行こうという人はいませんでしたね)、スナフキんさんが持ってきた1972年の鉄道時刻表はトークのネタになりそうなものがたくさんあって面白かったです。あと、スナフキんさん提供の鉄道クイズは超南海……いや難解でした。後でオフ会記録のページに問題と解説が公開されると思いますが、鉄道関係の仕事でメシを食ってる私が1問たりともわからなかったくらいなので、その難しさは推して知るべきでしょう(笑)。

2次会最初の企画は白桃さんの小谷千(おやじ)ダジャレクイズ。開始前に予め問題文が書かれた紙が渡されており、その時点でわかったのは問七と問八を除いた8問。これはわからない問題が多いほうが幸せなのかも……、と思いつつ、最後の問十を正解して「『小』を取っても市・町名になる自治体」の解説書をいただきました。次に88さんがミニ十番勝負(2問だけなので二番勝負?)のクイズを出題していましたが、これもスナフキんさんのクイズ同様の難問でまったくわかりませんでした。

2次会も盛り上がってきたところで、グリグリさんによる恒例の○×クイズ。1回目はスナフキんさんが優勝、その次の2回目はhmtさんとN-Hさんの2人で決勝戦となった時点でグリグリさんが用意した問題を全て使い果たすというハプニングが発生。そこで私から「即興で問題を出してもいいですか?」と提案。今回、野岩鉄道経由で芦ノ牧温泉に来たこともあり、野岩鉄道建設当時の工事紹介パンフレット(1983年発行)を持ってきていたので、そこに書かれている内容からクイズを出そうと考えたわけです。それが[79718]でhmtさんが
このあたり、車窓の景色を MasAkaさん持参の野岩鉄道資料【注】と見比べながら進行。
【注】二次会(トンネルの長さ)で使われたもの。オフ会記録ページに掲載していただければ有難い。
と書かれているものです(当該パンフレットは建設現場見学者等に配布した公開可能なものですので、後でオフ会記録ページ用に提供いたします)。この時出した問題が「野岩鉄道で一番長いトンネルの長さは5kmを超える」でした(正解は書き込みの最後に)。解答は○と×に見事に分かれ、無事に決着がつきました。

最後の企画はここはどこの市?〜航空写真編。私は袖ケ浦市と宮古島市を当てました。前者はグリグリさんが「この辺がヒント」と写真左下隅にある橋を指したので、東京湾アクアラインのことだとわかりました。後者は海水の色がサンゴで水色っぽくなっていたのと「どこの島でしょう」というヒントでひらめきました。

翌朝、グリグリさんから参加費1500円の返金。皆さんあまり飲み食いしなかったんですね。おつまみ類もだいぶ余ったようで、グリグリさんから未開封のものをいくつか引き取りました。今回は差し入れ等を何も持ってきてなかったので、少々恐縮ではありますが、そのまま余らせておくのももったいないので有り難くいただきました。

2日目の行動ですが、JOUTOUさんの車に乗せてもらい、会津田島駅まで送ってもらいました(考えたら前回のオフ会ではつくば駅から宿まで乗せてもらったような)。会津田島には松茸二段弁当が売られているとおっしゃっていたので、この話に乗っかろうというわけです。もともとは芦ノ牧温泉9:07発の列車に乗って帰るつもりでいたのですが、前日、宿の人の話では運休と言っていたので急遽予定を変更しました。しかし、実際にはダイヤ通りに運行されていたようですね。で、会津田島駅に売られていた松茸弁当は3個。そして希望者は4名。その場で弁当争奪ジャンケン大会が行われましたが、結局言い出しっぺのJOUTOUさんが食べられないという皮肉な結果に終わりました(笑)。

会津田島から先はグリグリさん、JOUTOUさんと別れ、[79718]hmtさんの記事にもありますが、hmtさん、油天神山さん、かすみさんとともに会津鉄道〜野岩鉄道を南下しました。上三依塩原温泉口駅を過ぎたあたりで窓の外を見ると、並走する国道からこっちに向かって手を振るグリグリさんとJOUTOUさんの姿が見えました(かすみさんからの情報で、ツイッターに「新藤原行きと並行して走ってます」と書き込みがあったそうです)。そして、特急乗り換えとなる鬼怒川温泉駅への到着はJOUTOUさんの車のほうが早く、なんと駅のホームでお出迎えを受けてしまいました(笑)。鬼怒川温泉駅では油天神山さんはそのまま区間快速に乗車、かすみさんとは別々の席なのでここから単独行動で横浜へと帰宅しました(hmtさんは途中で龍王峡へ)。

というわけで、今回も参加者の皆さんと楽しい時間を過ごせて良かったです。本当にありがとうございました。

(追伸)
○×クイズの解答:×(4250mの葛老山トンネル(川治湯元〜湯西川温泉間)が最長なので5km以下)

[79721] 2011 年 12 月 10 日 (土) 13:05:52【1】 Issie さん
 万世すき焼きおいしいよ、みんなそろっていらっしゃい,万世〜

[79717] 伊豆之国 さん
♯やはり同様に廃駅となった国鉄の萬世橋駅、こちらも森田氏の番組で以前にやっていたはずですが、最近中央線に乗って見ると、ホームの跡は残っていたものの、面影を残していた交通博物館の建物は既に取り壊されて跡形もなくなっていました‥。

交通博物館閉館前の特別公開で省線万世橋駅を見てきました。ホームへの階段の途中まで上がれるのですね。ホーム上の階段出口に蓋をしている上屋とホームの隙間から中央線電車が見えました。
関東大震災で焼失した後に簡素化されて再建された駅舎も敷地を鉄道博物館に明け渡した後,戦争中に廃止されるまで高架下の部分で営業をしていたそうですが,こちらは高架橋の構造物そのものと一体ですから交通博物館の建物が撤去されてもきれいに残っているようです。

それにしても,ある部分のコンセプトがカブるせいで,どうも今は亡き12チャンネルの“あの番組”と内容や映像が頭の中で錯綜しています。
上野の地下鉄車庫の踏切から本線へのトンネルに入るあの場面,こちらの番組では「初めて」と言っていたけど見た記憶がある。タモリよりも前に「くもじい」が乗ったんじゃなかったかなあ。
少し前の上野動物園内の藤堂家のお墓も,あちらの方が早かったような。出てきたお坊さんも同じ人じゃなかったかな。
もちろん,その逆もいっぱいあって…。
お互い意識していたのかどうか,結果的に両方の番組で内容のキャッチボールをしていたようですね。

今回,エンドタイトルロールの中に出ていた「協力 肉の万世」の文字。
ああ,あの場面は万世の建物から撮影したのかな。

[79720] 2011 年 12 月 9 日 (金) 21:28:37 にまん さん
 南栗橋

[79718] hmt さん
本来は栗橋乗換でよかったのですが、切符を買ってしまったので引き続き春日部まで区間快速に乗車していたら、南栗橋駅で大勢乗車してきたのでビックリしました。10両編成半蔵門線直通列車の始発駅ということで、利用客の多い駅になりつつあるのでしょう。

おそらく地元はそうあってほしいと思っているでしょうが、現実は、南栗橋車両工場で開催された「東武鉄道ファンフェスタ」に来たお客さんだと思います。

[79719] 2011 年 12 月 9 日 (金) 19:39:27【1】 山野[山野] さん
 「白岡市」誕生へ

夕飯の時間なので手短に。(グリグリさんへ)
昨日、白岡町議会にて市制施行議案が全会一致で議決されました。東京新聞より。
県議会の議決は来年の6月になる予定。←此処の部分は県会議員さんのblogより。

(追記:県議会議決予定日の出典先。)

[79718] 2011 年 12 月 9 日 (金) 14:32:55【2】 hmt さん
 第8回落書き帳公式オフ会(会津オフ会2011)(3)野岩鉄道など

オフ会帰路の hmtは、かすみさん・MasAkaさんと共に JOUTOUさん & グリグリさんに「会津田島駅」に送っていただきました。
DCで到着した油天神山さんを加えた4人が 乗り込んだ 10:20発の電車は、浅草直通 [79711]ではなく、新藤原止りでした。
しばらくは阿賀川水系の最上流部、戦後間もなく国鉄会津線として開通した区間を走ります。1990年になってから、東武鉄道・野岩鉄道と直通運転するために、電化工事が行なわれました。開業後の第三セクター鉄道では唯一の事例でしょうか。

「会津高原尾瀬口駅」で赤い車体の AIZUマウントエクスプレスと行き違い。スナフキんさんのクイズに出た名鉄北アルプス号の後継車ですね。この駅は 1953年に国鉄会津線「会津滝ノ原駅」として開業。
2006年、駅名に「尾瀬口」という言葉が加えられましたが、尾瀬とは数十kmも離れています。

せっかく名が出たので、この記事を書きながら、地図上だけでも尾瀬への道をたどってみました。
会津高原の西も 南会津町 ですが、2006年合併前の舘岩村・伊南村等は阿賀川水系の田島町と違い 只見川水系になります。
地図 の「沼田街道」という字が目についたので、たどってみました。越後街道と分岐する会津坂下町から 只見町へと只見川を遡り、只見から伊南川沿いに檜枝岐村へと進みます。その先は、尾瀬沼を境に群馬県に入り、片品村を南下して 沼田に至る街道とわかりました。

檜枝岐へは、オフ会直前に かすみさんが訪問 されたとのこと。バス時刻を調べたら、会津高原尾瀬口駅からの所要時間 1時間半以上。それでも1日に4便あることがわかり、この秘境も、これまで思ったより近く感じました。
# 落書き帳記事数は「檜枝岐」が35件、「桧枝岐」が12件。意外な人気にびっくり。私の記事は[28571]

空想の脇道から戻って、電車は いよいよ野岩(やがん)鉄道の区間に乗り入れます。
すぐに県境のトンネルで、福島県側(岩代国)の登り勾配から 栃木県側(下野国)の降り勾配になります。
このあたり、車窓の景色を MasAkaさん持参の野岩鉄道資料【注】と見比べながら進行。
【注】二次会(トンネルの長さ)で使われたもの。オフ会記録ページに掲載していただければ有難い。

駅前に謎の緊急用ヘリポートがあるだけで人の気配が全くないという 「男鹿高原駅」 の次は「上三依塩原温泉口駅」。
塩原温泉は三依山の向うの那珂川水系ですが、1988年に尾頭トンネル開通で結ばれました。
「上三依塩原温泉口駅」「中三依温泉駅」「湯西川温泉駅」と3駅連続の温泉駅とトンネルとが続きますが、ちょっとだけ五十里(いかり)湖の湖面を渡ります。

五十里ダムのある男鹿(おじか)川と、川治ダムのある鬼怒川とは、「川治湯元駅」付近で合流します。「川治温泉駅」を経由して、「龍王峡駅」に到着。1両目はトンネル内、2両目は明かり区間に停車。ここで皆さんと別れて、途中下車しました。

龍王峡 は、年代の異なる火山岩を鬼怒川が侵食してできた景観です。繰り返された侵蝕の中でも、第一次五十里湖の決壊で生じ、川治温泉発見につながった享保8年(1723)の洪水[78104]は、今日でも語り伝えられています。

時間と体力があり、本格的に探勝すれば、いろいろと楽しむことができそうです。しかし、私の場合は 最も手近な 虹見の滝近くの虹見橋まで 降りる階段も 途中まで。滝や渓谷を見下ろせた地点で、最も安直に自己満足して、探勝を済ませてしまいました。

次の電車に乗り、新藤原で野岩鉄道の完乗を果しました。前方に増結された空車に席替え。


今回のオフ会旅行における鉄道路線のポイントになった野岩鉄道の沿革をまとめておきます。

『野岩鉄道の旅〜おかげさまで開業25周年〜』 によると、南会津と東京の間を結ぶ鉄道は「父祖三代の夢」でした。
明治24年7月福島県南会津郡長らによる会津〜首都圏短絡路線の建設運動までさかのぼることができます。

構想としては、明治29年(1896)に仮免許を得た 「野岩羽」鉄道もあり、これは羽前国の米沢までを結ぶ路線でした(参考)。
しかし、これは現在の路線誕生と直接の関係はなさそうです。

その後 明治43年(1910)に 軽便鉄道法 が制定されました。本来この法律は 私鉄簡易路線用の制度なのですが、政府はこれを拡大解釈し、国が鉄道敷設法[61108]によらない小路線を作る根拠にしました。国有鉄道軽便線の数は、1918年に開業線・予定線合計 35線に達し、軽便鉄道法廃止後も実質的にこの制度を維持した結果、遂に 60線以上になったとのことです。

さすがに このやり方には 批判があったようで、大正11年(1922)になると鉄道敷設法が全部改正され、150もの路線が別表に記されました(更に追加あり)。
この別表中に、田島から野岩鉄道への区間【及び762mm軌間の軽便鉄道で開業済の鬼怒川線区間】が記されています。
33 栃木県今市より高徳を経て福島県田島に至る鉄道及高徳より分岐して矢板に至る鉄道

この別表には、会津若松−田島間が記されていません。
それは、既にこの区間が【拡大解釈した軽便鉄道法により】国鉄線として建設されるお墨付きを得ていたからです。会津若松−上三寄(現・芦ノ牧温泉)間は 1926〜27年に、田島までは 1934年に開業しています。

現在の野岩鉄道は 1922年の改正鉄道敷設法に基く路線で、1966年に 日本鉄道建設公団が着工し、1969年に山王トンネルを開通させながらも、国鉄再建法により 1980年に工事凍結になってしまった「野岩線」が、第三セクター鉄道として復活し、1986年に電化線として開業したものでした。
明治24年から数えれば、まさに 95年後に現実になった「父祖三代の夢」でした。


新藤原から東武鉄道区間になります。鬼怒川線の「鬼怒川温泉駅」は「芦ノ牧温泉駅」から数えて8つ目の温泉駅[73239]
新高徳で鬼怒川と別れ、下今市の手前にあるのが「大谷向駅」。
今市宿の本体から見て大谷川の向う側にある地名だから「大谷向(だいやむこう)」です。そう言えば、昨年探訪した三県境の下流にも「向古河」という地名がありました[76929]。「向島」の読みのいろいろ[29974]もあるし、地名コレクションのタネになるか?

長い栃木県区間を走り抜け、「鶴舞う形の群馬県」 の頭の先をかすめれば埼玉県。柳生駅付近では、昨年の三県境探訪で見た風景を少し離れて再見。“車窓必見スポット?”[79541]と自分で書いておきながら 見落したのが、かつては茨城県だった伊賀袋。

本来は栗橋乗換でよかったのですが、切符を買ってしまったので引き続き春日部まで区間快速に乗車していたら、南栗橋駅で大勢乗車してきたのでビックリしました。
10両編成半蔵門線直通列車の始発駅ということで、利用客の多い駅になりつつあるのでしょう。
【追記】[79720]によると、イベント帰りの臨時客とのことでした。

こんな具合に観察したり想像を巡らせたりしながら、ボックス席の帰路も、退屈せずに過ごせました。

[79717] 2011 年 12 月 8 日 (木) 23:12:04 伊豆之国 さん
 AKB1931〜幻の銀座線「萬世橋駅」

[79690]に続いて、「森田一義氏」の番組から。

今日の特集は、地下鉄「銀座線」。
上野車庫の踏切、浅草駅の開業当時から残る出入り口と開業当時の「自動改札」、新橋駅の「幻のホーム」と、盛りだくさん。
タイトルの「萬世橋駅」。上野から新橋方面への延長工事を進めるに当たって、神田川の下を潜る工事の難航が予想されたため、昭和5年1月に単線の「仮の駅」として神田川の北側、秋葉原寄りに造られたのですが、翌年11月に神田川を越えて南の神田駅まで開通したのに伴い、わずか2年足らずで廃駅となります。番組では歩道の排気口を開けて地下に降り、当時の階段やホームの跡が残っている様子が映し出されていました。
参考HP

♯やはり同様に廃駅となった国鉄の萬世橋駅、こちらも森田氏の番組で以前にやっていたはずですが、最近中央線に乗って見ると、ホームの跡は残っていたものの、面影を残していた交通博物館の建物は既に取り壊されて跡形もなくなっていました‥。

[79716] 2011 年 12 月 8 日 (木) 23:01:04 星野彼方 さん
 Re: 桜トンネルさんクイズ

[79696] 桜トンネルさんのクイズがまだやっているようなので答えます。

問一:兵庫県 2
問二:兵庫県 2

[79715] 2011 年 12 月 7 日 (水) 21:46:48【1】 オーナー グリグリ
 Re:だじゃれを言ったのはだれじゃ & うどん県ツイッター

[79714] 白桃さん
グリグリさんへ:問九と問十の解説が逆になっております。
また、問五の解説の中で訂正があります。「(旧)名栗村関係」→「(旧)池田村関係」(原稿が間違っておりました。申し訳ございません。)
おっと、失礼しました。問九と問十を差替えました。また、問五の解説も訂正しておきました。ご指摘ありがとうございました。

88さんから頂いていた情報ですが、うどん県(香川県)の公式ツイッターが、12月1日から開始しました。
香川県 報道発表資料「香川県県政情報のツイッターを始めます。」

うどん県の公式ツイッターはこちらです。公式ツイッターに情報追加しました。

[79714] 2011 年 12 月 7 日 (水) 07:46:00【1】 白桃 さん
 だじゃれを言ったのはだれじゃ

おふざけで作ったものでもあのような形にしていただくと、嬉しいやら、はずかしいやら。
問題はスグできたのですが、解説?の方は作成するのに結構時間がかかったことをお伝えしておきます。

グリグリさんへ:問九と問十の解説が逆になっております。
また、問五の解説の中で訂正があります。「(旧)名栗村関係」→「(旧)池田村関係」(原稿が間違っておりました。申し訳ございません。)※♪若狭(原発立地)ゆえ悩み・・・とありますが、「若狭町内に立地している」という意味ではありません。
ついでです。2011年10月1日現在の推計人口は、大阪府のみまだ公表されておりません。公表され次第お送りしたいと思います。

[79713] 2011 年 12 月 7 日 (水) 00:21:58 伊豆之国 さん
 桜トンネルさんのクイズ&小千谷市

まず、[79696]の桜トンネルさんのクイズから。

問一:静岡県 2
問二:東京都 5
問三:山口県 6

続いて
第8回落書き帳公式オフ会「小谷千(おやぢ)のダジャレクイズ」by 白桃
一発でわかったものは‥
問一
写真1「鉄道の忘れ物屋」
写真2「地下鉄車庫の通路」
この2枚の写真には、私が少年時代に怖い思いをした、今ではほとんど見かけなくなった「音の出るもの」が写っていますが、6-7年前に撮られたらしいので、現在も残っているかは不明です。
問三「市名と同じ高校がその市にはなくて隣の市にある」
問四「市街地のスイッチバック」
問五「レトロムードで売り出す第三セクター」。もう一方は「鯖街道」

‥私が出した「野々市市ミニクイズ」([79664])ですが、依然として同じ共通項を持つ市区町村を調べ上げることができないでいます([79698])。皆さんからの反応を待ちたいですが、おそらく週末になってからになりそうです‥。

[79712] 2011 年 12 月 6 日 (火) 21:29:17【1】 オーナー グリグリ
 オフ会記録情報追加 & オフ会間隙一番勝負

第8回オフ会記録に情報を少し追加しました。
花笠カセ鳥さん企画「武者披露」と白桃さん企画「小谷千(おやぢ)のダジャレクイズ」の情報です。花笠カセ鳥さんの前年に続く晴れ姿をご覧ください。また、白桃さんの軽妙なクイズも併せてお楽しみください。正解市町の詳細人口データ解説書が付いています。

ところで、オフ会間隙企画がしぶとく続けられていますね。十番勝負モドキの企画はほどほどにとお願いしているのですが。まぁ、したたかさに敬意を評さざるを得ないというところでしょう。あまり派手にならないようにお願いします。と言いながら、敬意を評して私からも一問提供しましょう。

 福島県:-1 埼玉県:-4 石川県:0 広島県:-1 愛媛県:-2

[79711] 2011 年 12 月 6 日 (火) 16:36:52【1】 hmt さん
 第8回落書き帳公式オフ会(会津オフ会2011)(2)オフ会本番 そして翌日は田島へ

オフ会は恒例通りのくじ引きによる席決め。写真撮影やグリグリさんのご挨拶に次いで 白桃さんによる乾杯。
いずれ 写真がupされるでしょうが、大盃を手にした姿は お似合い。
昨年に続いて武者姿の方も登場。

近況報告で、「hmtは 80歳になってもオフ会に元気で出席したい」 という短期目標を宣言。

スナフキん さん の鉄道クイズ。第1問は東武鉄道の車両「11634」(いい武蔵)の所属基地を問うものでした。
もちろん 東京スカイツリーの高さ634m がらみの語呂合わせです。
ふじみ野に住んでいるので、東武の 10030系電車は おなじみの存在。
11634-10030=1604という計算から 6両の第04編成(604)の1号車であることがわかります。
もちろんこれだけでは所属は不明。かえって 10両(支線は4両)編成の東上線では 単独で使えない 6両編成電車と知れるのですが、実際には 東上線でも 6+4両の編成 はかなり見掛けます。
そこで、「森林公園」と解答。ヤマが当って 2012年東武鉄道カレンダーをいただきました。
このカレンダーを開いてみたら、10月は「16635」を先頭とする 新栃木行き列車の写真。撮影地点は 日光線 藤岡−静和間。
つまり「634」編成でなく「635」編成ならば誤答になるところで、まぐれのヒットだったことが判明しました。

futsunoおじ さん による 飯豊山の登山道写真紹介。
鶴の嘴[76876]ならぬ「へその緒」のような形の県境です。
写真がオフ会記録に掲載されたら、ぜひ関連記事[69172]と合せて御覧ください。
「へその緒」の南西側である東蒲原郡(現在は阿賀町に統合)は 福島県の管轄でした。
これが明治19年5月12日の勅令で新潟県に移ることになり、飯豊山の領有問題が発生したのです。
以後 20年以上の争いにピリオドが打たれ、「へその緒」のような県境が確定したのは 明治40年と伝えられます。

翌朝、窓の結露を拭って、ようやく 渓谷側の客室からの グレードアップされた景観を堪能。
一応写真を撮ったものの、結露のせいか いささか不鮮明。

会津鉄道の運休騒ぎなどもあり、帰路は JOUTOUさんの車に 会津田島駅まで同乗させていただきました。
会津田島は 1963年以来 48年ぶり。
その時は 栃木県から路線バスで 山王峠を越えて来て、田島から 蒸気機関車の引く列車で湯野上温泉に向いました。
今回は 逆に田島から南に向かう鉄道に乗ります。しかも浅草行きの電車。確かに時代は変りました。

田島は南会津郡の中心都市で、明治18年(1885) 会津三方道路完成直後に新築された旧南会津郡役所が現存します。
ソレ本郡既に大道開通シ人智随テ開ケ、郡治上ノ面目モ一変スベキ時機至レリ
1970年、福島県田島合同庁舎建設のために曳家により移築復元。現在は改修工事のために 休館中

お騒がせ会津鉄道のディーゼル列車は 結局運行されたようで、会津田島駅で列車到着の油天神山さんと合流。
松茸弁当を手に入れた かすみさん、MasAkaさんと4人共々 2両編成の電車に乗り込みます。

[79710] 2011 年 12 月 6 日 (火) 16:15:16 hmt さん
 第8回落書き帳公式オフ会(会津オフ会2011)(1)路線バスで芦ノ牧へ

昨年の 筑波山[76913][76914] に続いて、今年のオフ会への参加報告。

開催地と日程が決まったのが9月18日[79352]でした。
芦ノ牧温泉は未経験。そこで まず 落書き帳の過去記事で 予備知識を仕入れます[79357]
[5561] 般若堂そんぴん さんは、温泉旅館が阿賀川(大川)の渓谷にへばりついているような風景と記しています。

地図 を見ると、大戸山から西方へ張り出した尾根によりねじ曲げられた阿賀川の右岸に、丸峰観光ホテルがありました。
南の下郷町から会津若松市に向う国道121号・118号は、尾根の先端をトンネルで抜けたた後、芦ノ牧橋を渡って左岸を3kmほど北上してから右岸に戻ります。会津鉄道「芦ノ牧温泉駅」は更に1km先。
この付近は中学などのある 旧大戸村 の中心集落「上三寄」で、1987年改称までの駅名でもありました。

会津鉄道は温泉街の1kmほど東を通りますが、そこは舟子峠の下を抜けるトンネルの中。その後 右岸を北上。
鉄道の線路からは さほど遠くないのに、最寄駅は4kmも離れている。これは地形上の制約によるものと理解できました。

首都圏からの標準的なルートは、東武鉄道・野岩鉄道・会津鉄道で 旅館の送迎バス利用。東武フリーパスを使えば割安ということもMLでわかりました。さて、そこで自分はどうするか。

25年前に開通してから未だに乗車していない野岩鉄道には、この機会にぜひ乗りたい。しかし、片道でよかろう。
東武の区間快速に途中駅から乗車となると座席が不安だから、私鉄ルートは帰路とする。
…というわけで、往路は夢街道会津号という高速バスの早売により、2425円で座席を確保。出発地は代々木駅東口。
会津バスの半額割引があるので、これを利用すれば鉄道より安く、送迎バスに頼らずにホテルまで直行可能。

12月3日。あいにくの雨でしたが、ちょっとだけ会津若松観光。
戊辰戦争の攻撃目標にされた若松城(鶴ヶ城)。損傷しながらも残った天守は 明治7年に解体され、現在の天守は 1960年の外観復興。解体前の赤瓦になったのが最近のことで、市内めぐりのバス車窓から遠望。
飯盛山にある六角三層の「円通三匝堂」(さざえ堂)にも興味があったが、結局は 御薬園 に行きました。

第8回落書き帳公式オフ会トップページ
会津若松方面から路線バスを利用しての参加者もいらっしゃいました。

会津若松駅前を15:50に出発した「芦の牧温泉」行きの路線バス。乗客は私1人だけ。
どうなることかと思ったが、市内区間では乗降客あり。一路南下して上三寄の少し手前までは相客あり。
そして、現国道が阿賀川を渡る手前で、バスは 旧国道と思われる脇道に入り、右岸を鉄道と共に南下。
小集落が点在する道を走るとやがて現国道と直交。その先のバス終点「芦の牧車庫」は、丸峰観光ホテルの はす向かい でした。

会津若松市「大戸町大字芦牧」の 公式な住所表記には 送り仮名が使われていないようですが、ホテルのHP に「福島県会津若松市大戸町大字芦ノ牧字下夕平1128」とあるように、地元における事実上の標準表記は「芦ノ牧」「芦ノ牧温泉」であるようです。会津バスは、「芦の牧」と「ひらがな」を使用。

この地名、「芦名の牧」つまり芦名氏の軍馬放牧場が由来という説が一般的なようです。
行基発見伝説のある温泉。文献では1809年の『新編会津風土記』にあるとのこと。しかし、大内宿で知られるように西側の尾根筋を会津西街道が通っていた江戸時代には、芦ノ牧温泉は 地元のみが知るひっそりとした湯治場だったと思われます。

明治15年山形県令から福島県令へと転任した元薩摩藩士の三島通庸【大久保利通直系の官僚ですね】により進められた会津三方道路。三方道路とは 西の新潟、北の米沢、南の日光に通じる道路のことです。
会津から南に通じる街道は、大内宿経由の尾根筋から、この事業によって芦ノ牧経由の谷筋へと変更されたのでした。

会津6郡の住民に毎月1日ずつ2年間の夫役を課した「鬼県令」の強圧的なやり方は、福島事件の一因にもなったのですが、袋小路から一躍 街道筋になった芦ノ牧温泉にとっては、将来の発展を約束された転機だったのかもしれません。
前記の旧国道は、温泉街を通ってから阿賀川沿いに進んでいたと思われますが、現在は大川ダム上流部が水没し、若郷湖【右岸の会津若松市と左岸の下郷町からの合成地名】になっています。

[79709] 2011 年 12 月 6 日 (火) 06:21:36 k-ace さん
 オフ会前祝いクイズ

オフ会も終了した、今ごろになっての解答ですが。
[79696]桜トンネルさん
問一 愛媛県:0
問二 北海道:7
問三 茨城県:18

今年、新たに泊った都道府県から(愛媛県松山市、北海道室蘭市、茨城県鹿嶋市。北海道は道内夜行バス特例で既に宿泊でしたが、今年ホテルに宿泊)。

[79708] 2011 年 12 月 6 日 (火) 04:03:04 桜トンネル さん
 答え合わせ第二回&小美玉市

解答がありましたので、採点を行います。次回採点は解答の出にもよりますが、明日か明後日のどちらかに行います。また、次回採点で終了させていただきます。

問題:[79696] 採点第一回:[79706]

問一 滋賀県:2 金 [79707] 大龍エクスプレスさん

問三 埼玉県:16 銀 [79707] 大龍エクスプレスさん


解答ありがとうございました!
まぁ問一は個人的にもどこまでを範囲にするのかは悩みましたね。実は最初考えていたほうはもっと数が大きくなる数え方かつ、数えるのがめんどくさかったという理由で絞ってみました。
それではアナグラムの答えともう1つアナグラムヒントを出します。アナグラムを解くと共通項に関するあるキーワードが現れます。

問一:ののいちしのたんじょう
問二:くるまかんけい
問三:とどうふけんぬき

問一:井戸、洗濯し(いどせんたくし)
問二:黒のしまうま獲る(くろのしまうまえる)
問三:数字の間隔(すうじのかんかく)

まだまだ続ける予定なので、皆様の解答をお待ちしております。

[79707] 2011 年 12 月 5 日 (月) 19:15:56 スカンデルベクの鷲[大龍エクスプレス] さん
 オフ会前祝いクイズ

[79706]桜トンネルさん

問一 滋賀県:2
問三 埼玉県:16

問一は近いところまできていたんですが絞りこむのに苦労しました。

[79706] 2011 年 12 月 4 日 (日) 23:49:53【1】 桜トンネル さん
 答え合わせ第一回&牛久市

採点をしたいと思います。次回採点は解答の出にもよりますが、月曜日にはしたいと思います。

問題:[79696]

問二 千葉県:6 金 [79697] 大龍エクスプレスさん

問三 石川県:8 金 [79703] 星野彼方さん


皆さん、解答ありがとうございました!
まだ全問解答者も出ていませんので、まだ解答されていらっしゃらない方でも、もし分かった問題があれば解答して頂けるとうれしいです。
解答は問二と問三だけが出ましたが、まさか問一の解答がないとは意外でした(^^;)。
確かに問三は星野彼方さんのおっしゃっているように北海道は除いて考えたほうがいいですね。ヒントは「鹿児島県を除いて考えてください」ということではないんですけどね。

それでは解答もあまり出てこなかったので、ヒントを出したいと思います。アナグラムヒントで、並び替えると答えにつながるキーワードが現れます。

問一:上司の地の単位(じょうしのちのたんい)
問二:意見書く丸(いけんかくまる)
問三:うどん、絹と老け(うどんきぬとふけ)

[79705] 2011 年 12 月 4 日 (日) 22:41:37 オーナー グリグリ
 オフ会記録ページオープン(第8回落書き帳公式オフ会)

取り急ぎ、オフ会記録ページをオープンしました。オフ会で行われた企画の詳細説明ページや、参加者感想?記事集、オフ会写真集(公開版)、参加者限定写真集については、順次追加して行く予定です。まずは、トップページの集合写真をご覧ください。

 第8回落書き帳公式オフ会・オフ会記録

[79704] 2011 年 12 月 4 日 (日) 22:20:17 BANDALGOM さん
 直前の不参加

[79695][79702]グリグリさんの記事にありますように、体調を崩し直前の参加断念となった大工の熊五郎です。

[79353]で書きましたように、会津若松には高校2年の夏休み、弟が使った残りの「青春18きっぷ」を初めて使って小一時間だけ「接地」しましたが、母親がJ○Bに18きっぷを買いに行った時、担当者が「途中下車できない」というアホな説明をしたのを鵜呑みにし、駅構内で1時間ウロチョロした後引き返しました(弟もこの時初めて18きっぷを使って九州まで行きましたが、やはり「途中下車できない」という説明を鵜呑みにし、銭湯にも行かず駅寝していました。結果、帰宅した時、物凄く臭かったです)。

そのリベンジということもありますし、また会津鉄道や野岩鉄道、東武鬼怒川線には乗ったことがなく、東武日光線も栃木以北は小学校の修学旅行以来乗っていないので、このルートでの会津への旅を楽しみにしていました。さらには野岩鉄道の秘境駅「男鹿高原」と、会津鉄道の秘境駅「大川ダム公園」に下車する計画も立てました。

ところが、ちょうどオフ会の10日前、11月23日の夜に喉が痛くなりました。うがいしても治らず、やがて熱が出て、それが収まってから咳が長く続くという、いつもの悪い風邪のパターンです。

喉の痛みは24日から27日まで続き、この間に一時37度台の熱が出て、28日から本格的に咳が出始めました。近くの内科医院に行って薬を処方してもらいましたが、この薬がなかなか効かず、夜は寝つけないほど咳が続きました。

29日も相変わらずでしたが、30日は実家からもらった薬(母親が内科医院に長く勤めたため、薬の知識がある)を飲み始めたこともあってか、午後には幾分良くなりました。これで翌日もっと良くなれば、オフ会に行けると思いました。

しかし、30日夜もまた、薬を飲んで寝たにもかかわらず、寝つけないほどの激しい咳が続きました。
1日は、起きている間は多少咳が出るものの、前日以上に落ち着き、この体調を24時間持続できるのならオフ会に参加できるという状態でしたが、前夜にはやはり寝つけないほどの咳が出たわけで、これがオフ会当日までに収まる保証もなく、これでは同室の方にも迷惑を掛けることになるということで、泣く泣く参加断念と相成りました。

何とか、直前まで一縷の望みをかけてきましたが、結局会津への旅を断念することになり、そして第3回金沢オフ以降の皆勤も途絶えてしまいました。

風邪を引いた時点ですぐに医者に行かなかったということを、mixiつながりの(落書き帳メンバーではない)ある人には責められました。しかし、家に薬もあったことですし、喉が痛いだけでは行かないというのがいつものパターンでした。

しかし、その時点で医者に行けば、オフ会に参加できたのか・・・。

あるいは、10月から通っているフィットネスジムを、37度台の熱が出た24日は大事をとって休みましたが、25日から(一時37度になったものの、体はピンピンしていたので)3日連続で行ったのがまずかったのか。ジムをずっと休めば、オフ会に参加できたのか・・・。

結局はそれ以前に、風邪を予防する対策を怠っていたのがいけなかった気もします。
23日夜に喉が痛くなった時点で、こうなる運命にあったわけで、一寸先に何があるか分からないというのは、こういうことかもしれません。

24日には37度2分の熱でジムを休んだのが「残念無念」でしたが、1週間後にはその数倍以上の「残念無念」が待ち受けていたとは・・・。

昨日、今日の両日は、不運を嘆きながら、一人寂しく飲んだ次第です。

ところで、[79702]グリグリさんの記事にありますように、被災地支援も兼ねて、岩手県宮古市の「カリー亭」のレトルトカレーを会場に送りました。ビーフ、チキン、キーマが1つずつで、チキンは骨付き、ビーフも大きめです。受け取られた方におかれましては、被災地復興と、来年のオフ会に私が参加できることを願って、召し上がっていただければ幸いです。

来年のオフ会には、体調管理に万全を期して、参加したいと思います。

[79703] 2011 年 12 月 4 日 (日) 21:13:09 星野彼方 さん
 長岡市なう

思ったよりも記事が伸びてなくて驚いている星野彼方です。オフ会予定より遅れて到着したり、朝の出発がばたばたしたりで宿の印象がちょっと薄いのですが、料理も良くて、結香さんも良くて(?)、二次会も楽しくて、とても良かったです。グリグリさん、いっちゃんさん、本当にありがとうございました。来年もぜひ参加させてください。

それはともかく今晩は長岡市泊です。メーリングリストに入っている方、というかオフ会参加者はご存知かとは思いますが、本日磐越西線、強風でダイヤがばたばたでした。新津到着は約2時間遅れ。宿を長岡にしておいてよかった。昨日は乗っていた電車で急病人が発生したため会津鉄道に乗り遅れているので明日も心配です。


[79696] 桜トンネルさん
問三 石川県:8

なぜかこれだけひらめいた。鹿児島県よりも北海道を抜いた方がわかりやすいかも。

[79702] 2011 年 12 月 4 日 (日) 16:08:36 オーナー グリグリ
 オフ会無事終わりました。

第8回落書き帳公式オフ会を終え、先ほど自宅に帰りました。
今回もとても楽しく充実したオフ会となりました。
参加された皆さん、まだ帰宅途中の方も多いかと思いますが、本当にありがとうございました。
お楽しみいただけたでしょうか。来年もまたお会いしましょう。
また、さらに多くの皆さんにお会いできると嬉しいです。
できるだけ早く、今回のオフ会記録をアップして行きたいと思っています。

追伸:
日程上参加できないにも関わらず、宿との事前交渉を今回も担って頂いたいっちゃんさんに深く感謝いたします。お陰さまで本当に良いオフ会ができました。会場の丸峰観光ホテルは大きくてゆったりとして雰囲気もよく素晴らしいホテルでした。また、リトルさんと、直前で参加を断念された熊さんことBANDALGOMさん、ホテルにお土産品を届けて頂きありがとうございました。景品として皆さんにお配りしました。来年は必ずお会いしましょう。

[79701] 2011 年 12 月 4 日 (日) 15:04:20 JOUTOU さん
 帰還報告

みなさんこんにちは。JOUTOUです。

一足先に自宅に着いてくつろいでいます。出席者の皆さん。幹事役のグリグリさん。そして何よりも当日“ヤンゴトナキ”理由で来れなかったにも拘わらず、全面サポートしていただいたいっちゃんさんありがとうございました。

笑いあり!考えさせられることあり!悲劇あり!喜劇あり!お預けあり!追走劇あり!そして最後に調子に乗りすぎてお目玉あり(苦笑)と千差万別のサプライズで楽しませてもらいました。来年もまた皆さんと元気で再会できればと思います。

そうそう、来年のOFF会は10月初旬頃、東海地方で有名な「○が○が○の○か○」を見るのが第一候補?だそうなので、今回来れなかった皆さん。また、参加したことのない皆さんも今から予定を調整しておきましょう・・・。(笑)

[79700] 2011 年 12 月 4 日 (日) 00:43:59 EMM さん
 夜も更けて参りました

第八回落書き帳公式オフ会の二次会もそろそろお開きでーす。

落書き帳書き込み係EMM


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