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落書き帳


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[80399] 2012 年 3 月 13 日 (火) 12:42:39【2】 白桃 さん
 「歳の差」と「都市の差」の連関を考えてみるヒマな調査

都市規模に関して少しでも関心のある方は、北海道の35市について貴方がイメージする都市規模順(イメージできない場合は、「なじみのある順」でもかまいません)に並べてみてください。その結果は以下の4パターンのうち、どれに一番近いでしょうか?
お急ぎの御用事が無い方は、このヒマな調査に是非ご協力いただきご感想を頂ければ幸いです。

順位AパターンBパターンCパターンDパターン
1位札幌札幌札幌札幌
2位函館旭川旭川旭川
3位旭川函館函館函館
4位小樽釧路釧路釧路
5位釧路帯広苫小牧苫小牧
6位室蘭小樽帯広帯広
7位帯広室蘭小樽小樽
8位苫小牧苫小牧室蘭北見
9位北見北見北見江別
10位岩見沢岩見沢江別室蘭
11位江別江別千歳千歳
12位千歳千歳岩見沢岩見沢
13位稚内稚内登別恵庭
14位登別登別恵庭北広島
15位網走滝川滝川石狩
16位美唄恵庭稚内登別
17位夕張美唄網走北斗
18位滝川網走伊達滝川
19位恵庭根室根室網走
20位留萌芦別北広島稚内
21位根室夕張石狩伊達
22位芦別紋別美唄名寄
23位紋別留萌名寄根室
24位伊達伊達紋別美唄
25位名寄名寄留萌紋別
26位北広島北広島深川留萌
27位石狩石狩芦別富良野
28位深川深川北斗深川
29位士別士別士別士別
30位北斗北斗富良野砂川
31位砂川砂川砂川芦別
32位富良野富良野夕張赤平
33位赤平赤平赤平夕張
34位三笠三笠三笠三笠
35位歌志内歌志内歌志内歌志内

以下ご参考まで(と言っても、あんまり深く考えないでください。)
Aパターン:1920年以降の国勢調査人口をもとに白桃独自のルールにより順位付けをしたもので、赤いちゃんちゃんこ着用をとっくに過ぎた方は、こんな感じかな、ということで作成したものです。きっと、落ち着いた渋みのある弘前市、米沢市タイプ?

Bパターン:1955年以降の国勢調査人口をもとに白桃独自のルールにより順位付けをしたもので、高度経済成長期も経験され、そろそろ定年後の生活を考えている方は、こんな感じかな、と言うことで作成したものです。きっと、相模原市、豊田市にあこがれていることでしょうが、実際は氷見市、笠岡市に親しみを覚えるタイプ?

Cパターン:1975年以降の国勢調査人口をもとに白桃独自のルールにより順位付けをしたもので、安定から混迷への時代の推移の中にありながらも、人生で最も充実した時期を迎えている方は、こんな感じかな、ということで作成したものです。きっと、つくば市、東広島市のように順風満帆でしょうが、ひょっとすると、八街市、多摩市みたいに人生を見つめなおしているのかも?

Dパターン:ただ単に、直近(2010年)の国勢調査人口順に並べたもので、今、学生生活を送られている方なんかは、これに近いかな、ということで作成したものです。あらゆる可能性を秘めており前途洋々、まさか、東かがわ市のように「お先マックラ」なんて方はいないでしょう。(笑)

[80398] 2012 年 3 月 13 日 (火) 02:33:18【1】 k-ace さん
 年号自治体名
hmt 明治村・大正村・昭和村

年号自治体名欄の()付きは市制町村制施行時前の年号自治体
現自治体名(行政区含む)は2012年4月1日現在。

都道府県名郡名年号自治体名現自治体名(変更後の自治体名)
北海道河西郡大正村帯広市中札内村更別村
秋田県雄勝郡明治村横手市(雄物川町)羽後町
秋田県南秋田郡昭和町潟上市
山形県東村山郡明治村山形市
福島県河沼郡正中村西会津町(野沢町)
福島県大沼郡昭和村(現存)
福島県伊達郡明治村福島市(飯野町)
福島県南会津郡明和村只見町(只見村)
茨城県鹿島郡大同村鹿嶋市(大野村)
茨城県真壁郡大宝村下妻市(下妻町)
栃木県河内郡明治村上三川町
群馬県西群馬郡→北群馬郡明治村吉岡町(吉岡村)
群馬県邑楽郡明和村→明和町(現存)
群馬県利根郡昭和村(現存)
埼玉県北埼玉郡元和村加須市(大利根村)
千葉県市原郡(養老村)市原市(高滝村、富山村)
千葉県市原郡養老村市原市(三和町)
千葉県市原郡明治村市原市(牛久町)
千葉県印旛郡永治村印西市(印西町)白井市(白井村)
千葉県周准郡→君津郡貞元村君津市(君津町)
千葉県君津郡昭和町袖ケ浦市(袖ケ浦町)
東京府→東京都北多摩郡昭和村→昭和町昭島市
神奈川県→東京府西多摩郡明治村あきる野市(五日市町)
神奈川県高座郡明治村藤沢市(藤沢町)
神奈川県鎌倉郡大正村横浜市戸塚区
新潟県中頸城郡明治村上越市(頸城村)
新潟県加茂郡→佐渡郡明治村佐渡市(河崎村)
石川県石川郡(久安村)金沢市(三馬村)
山梨県中巨摩郡昭和村→昭和町(現存)
山梨県西八代郡大同村市川三郷町(市川大門町)富士川町(鰍沢町)
長野県下高井郡延徳村中野市
長野県更級郡昭和村長野市(川中島町)
長野県小県郡長和町(現存)
岐阜県多芸郡(明徳村)養老町(養老村)
岐阜県多芸郡→養老郡養老村→養老町(現存)
静岡県豊田郡(延久村)袋井市(今井村)
愛知県愛知郡明徳村名古屋市港区(小碓村)
愛知県愛知郡寛政村名古屋市港区(小碓村)
愛知県海東郡(正治村)名古屋市中川区(赤星村)
愛知県海東郡→海部郡大治村→大治町(現存)
愛知県幡豆郡大宝村西尾市(西尾町、福地村)
愛知県碧海郡明治村碧南市安城市西尾市
愛知県中島郡明治村稲沢市(稲沢町)
愛知県海東郡→海部郡永和村津島市蟹江町弥富市(十四山村)愛西市(佐屋町)
三重県桑名郡(安永村)桑名市(城南村)
三重県多気郡明和町(現存)
滋賀県栗太郡大宝村栗東市(栗東町)
京都府与謝郡養老村宮津市
大阪府西成郡天保町大阪市港区(大阪市西区)
大阪府島下郡(安元村)茨木市(石河村)
大阪府渋川郡(永和村)東大阪市(布施村)
大阪府中河内郡大正村八尾市
大阪府豊能郡昭和村能勢町(西能勢村)
兵庫県印南郡(養老村)加古川市(平荘村)
奈良県添上郡明治村奈良市
奈良県平群郡明治村平群町(平群村)
奈良県南葛城郡大正村御所市
奈良県生駒郡昭和村大和郡山市(郡山町)
鳥取県八上郡→八頭郡明治村鳥取市(西郷村)
鳥取県高草郡→気高郡明治村鳥取市
鳥取県気高郡大正村鳥取市
島根県邇摩郡明治村大田市(馬路村、大国村)
島根県安濃郡長久村大田市
岡山県窪屋郡→都窪郡万寿村倉敷市(倉敷町)
岡山県後月郡明治村井原市(芳井町)
岡山県川上郡(明治村)井原市(日里村)
岡山県吉備郡昭和町総社市
広島県沼隈郡(長和村)福山市(瀬戸村)
広島県芦品郡大正村府中市(協和村)神石高原町(高蓋村)
広島県安芸郡昭和村呉市
広島県安芸郡天応町呉市
香川県綾歌郡昭和村綾川町(綾南町)
愛媛県野間郡(延喜村)今治市(乃万村)
愛媛県東宇和郡(永長村)西予市(上宇和村)
愛媛県北宇和郡明治村松野町(松丸町)
高知県幡多郡(養老村)土佐清水市(清松村)
高知県高岡郡(安和村)須崎市(新荘村)
高知県吾川郡明治村越知町
高知県香美郡明治村香美市(土佐山田町)
高知県幡多郡大正村→大正町四万十町
高知県幡多郡昭和村四万十町(十和村)
福岡県三池郡(永治村)みやま市(開村)
福岡県仲津郡(元永村)行橋市(今元村、仲津村)
福岡県上毛郡(永久村)豊前市(横武村)
福岡県上毛郡(天和村)豊前市(合河村)
長崎県北松浦郡(宝亀村)平戸市(紐差村)
長崎県南高来郡大正村雲仙市(瑞穂村)
熊本県飽田郡(明徳村)熊本市北区(川上村)
熊本県上益城郡(安永村)益城町(広安村)
熊本県八代郡文政村八代市(鏡町)
熊本県八代郡昭和村八代市
熊本県飽託郡天明村→天明町熊本市南区(熊本市)
大分県東国東郡(明治村)国東市(朝来村)
大分県大分郡明治村大分市(鶴崎市)
大分県南海部郡明治村→昭和村佐伯市(弥生村)
大分県大野郡(大化村)豊後大野市(南緒方村)
大分県大野郡養老村豊後大野市(東大野村)
大分県直入郡明治村竹田市(竹田町)
大分県宇佐郡明治村宇佐市(深見村)
宮崎県北諸県郡(安永村)都城市(庄内村)

市原郡養老村は市制町村制施行時前後で別のところに。
鳥取県気高郡明治村と八頭郡明治村は隣接。
鳥取県気高郡明治村と大正村は同時に鳥取市に編入。
大分県南海部郡明治村→昭和村→弥生村と時代名3連続。
愛知県海部郡永和村は津島市、蟹江町、十四山村、佐屋町の4自治体に。

そういえば、大分県に4自治体に跨る「南畑」がありました。
別府市南畑/杵築市山香町大字南畑/宇佐市安心院町南畑/日出町南畑[76603]EMMさん)
こちらもそもそもは南端村でした。これでは1956年4月1日の別府市と日出町の分割編入しか表示されませんが、1955年3月31日に安心院町、1955年8月1日に山香町が南端村の一部を編入しています。ということで4自治体に跨る「南畑」誕生の経緯でした。

[80392]hmtさん
読みの頭文字等の合成もありますね。

[80395]hmtさん
全国の「〇本松」地名に関しては、地名コレクションに「〇本〇」コレクションがあり、その中に「〇本松」というのがあります。

[80397] 2012 年 3 月 13 日 (火) 01:53:59 EMM さん
 さらにアイグロマツ

(注、原稿を書いてみたら生物学的な専門用語をある程度使わざるを得ませんでした。それと、地理っぽい部分はごくわずかですがご容赦下さい。)

[80393][80396]  般若堂そんぴんさん
[80394] YTさん

私もちょっと気になったので、Google Scholarでいろいろと文献を調べておりました。
文献によって「アイグロマツ」「アイノコマツ」「アイマツ」「アカクロマツ」(ごく一部、他の名称と並列して「アイアカマツ」)と名称が入り乱れているので探すのにやや手間取りましたが。
で、YTさんのリンクされている文献以外にも、アイグロマツの種子の稔性、あるいはアイグロマツ種子から得られた実生苗に関する文献がいくつかありました。
まずはそのものズバリのお題のもので、中村健太郎「アイノコマツのミショウナエ」日本林学会誌第37巻第6号と言う文献。
これは、福島県富岡町および茨城県高萩市に自生していたアイグロマツの自然交配種子を入手して圃場に播種し、2年間育成したのちに苗木をアカマツ、アイアカマツ(アカマツに近い雑種)、アイノコマツ(中間的な雑種)、アイグロマツ(クロマツに近い雑種)、クロマツの5種に分類して見たという内容でした。実生苗の分類が目的であるためか、発芽率(まいた種の数に対する、発芽した数の割合)が示されてないのが残念なのですが、ある程度以上が発芽して生育しているのは間違いなさそうです。
それから、橋本英二(他)「アイグロマツ種子の重さのちがいが発芽およびその後の成長に及ぼす影響」(京都大学農学部演習林報告通号28)と言う文献もありました。
こちらの文献は残念ながらネット上で内容が確認できないのですが、表題からするとアイグロマツの種子に発芽能力が無いと成り立たない試験だと考えられます。
石川県内の図書館でこの文献の載っている研究報告が読めるところがあるのを確認していますので、近いうちに読んでくるつもりです。
(今回の話に関して、重要なヒントを含んでいそうなので)
この他に、日本林学会(現・日本森林学会)の72回74回76回77回の大会で、鳥取県林業試験場の福田英比古さんという方が連続で「アイノコマツの実生苗」に関する発表を行っています。
要旨の様式の関係で試験の結果が分からないのですが、自然交配で得られたアイグロマツの種子をまいてちゃんと発芽・生育していると言う事は言えるようです。
(この他に、マツノザイセンチュウ抵抗性品種の育成に関する文献で、育種親としてアイグロマツを使っているらしい文献が散見されましたが、アイグロマツを母親として実生苗を育成した事例があるかかどうかまではちょっと探りきれませんでした)

と言う事で、発芽率に関する話がないのでちょっとスッキリしていないのですが、「自然交配で得られたアイグロマツの種子を発芽させて実生苗を得た」文献はいくつか見受けられました。
YTさんの提示された文献では、アイグロマツの花粉がクロマツの胚珠と交配できる事が示されています。
そして今のところ、アイグロマツの母系の方に交雑不稔性があるとか言うような文献には行き当たっていません。
発芽率はともかく、アイグロマツが母系でも普通に自然交配して普通に発芽する、としか判断できない材料ばかり出てきます。
もし差し支えなければ、般若堂そんぴんさんが「アイグロマツから得られた種子の発芽」を疑う論拠を教えて頂きたいのですが。
もし、般若堂そんぴんさんご自身、あるいは身近な方でアイグロマツの種子を採取して播種して芽が出なかった、と言うのであったとしたら、交雑不稔性以外の原因である可能性があります。
奇跡の一本松の実生苗の育成を担当している住友林業のニュースリリースに、興味深い記述があります。
その部分を引用します。
(2)種子からの実生苗(みしょうなえ)の育成
種子については、樹上に辛うじて残っていたまつぼっくりを収集し、それらから種子を採集し育成することを試みました。
2011.4 ・ 一本松の樹上に残っていたまつぼっくりを収集。
・ 筑波研究所に持ち帰り詳細に観察したところ、大半はすでに飛散しており、通常種子のある部分には種子が全く残っていないことが判明。さらにまつぼっくりの根元部分をよく観察したところ、飛散できずに内部に残っている種子を発見。まつぼっくりを丁寧に解体し、種子を回収する。回収できた種子は全25粒。内3粒を実験的に播種(種をまく)するが、全く発芽は見られなかった。
・ 発芽しなかったのは、種子の中身が充実していないか、冬眠状態から起きていないことが考えられたため4℃の低温処理を実施(約6ヶ月間)。
2011.9 ・ 6ヵ月後冷蔵庫から種子を取り出し、実験的に5粒の種子をシャーレの中で播種し、人工気象室内(植物の育成試験のために、照度・温度・湿度を調節できる施設)で育成。2週間後に発根と発芽を確認できた。
2011.11 ・ 発芽した種子は育苗培土に移植しても、順調に生育し、残った17粒を播種したところ、13粒で発芽を確認。
2011.12 ・ 接ぎ木から3本のクローン苗、種子から18本の実生苗を得ることができ、合計21本の苗木の育成に成功。
ポイントは「小さい種子しか得られなかったらしいこと」と「一冬越した種子を、更にもう一〜二冬越したに等しい期間冷蔵処理して、その上で発芽させていること」だと考えられます。
クロマツやアカマツの種子は休眠性があり、冬場の低温に遭遇することで休眠打破するのだそうですが、これが充実しきっていない種子だと更に長期間低温にあわさないと発芽しない…という文献がありました(勝田柾「クロマツ、アカマツの球果の発達に対する冷・日長処理の効果」(東京大学農学部演習林報告. 第六十七号))。
そして、まだ中身は読めてませんが、アイグロマツについても種子の大きさと発芽や生育に関する論文があるのでありまして。
ここまで調べた文献からは、アイグロマツの種子が発芽しない場合、その原因は交雑不稔性ではなくて種子が生育不足であるか、種子休眠性が強い系統であるかのいずれかを疑った方が良いのではないか?という風に考えております。
「いや、こういう可能性があるのだ」と言う事であれば、ぜひ教えて下さい。

木本類は門外漢なものですからより興味を引かれていろいろ調べてみましたが、調べてみた限りではなかなか興味深い文献にいくつも行き当たった一方で、アイグロマツにはまだまだ未知の部分が多く残されているようです。
(実際、ここまでに示した文献のうちの少なくとも一本と照らし合わせるとでっかい疑問符が頭に浮かんで離れなくなる文献も見つけているのですが、そこまで提示すると話がまとまらなくなるのでそれは別の機会に)
「そんなはずあるかい」と感じられる点は、実は新たな知見への糸口なのかもしれないなぁ、と思った次第でした。

あ、そうそう。
本記事でリンクした文献の紹介ページ、「アイグロマツ種子の重さのちがいが発芽およびその後の成長に及ぼす影響」を除いてリンクしたページから本文のpdfファイルが閲覧できるようになっています。
YTさんにご紹介頂いた「組合せ交配による2,3の日本マツ類における稔性差異」のリンク先も同様。
ご興味ある方は、文献の本文にも目を通してみて下さい。

[80396] 2012 年 3 月 12 日 (月) 21:10:36 般若堂そんぴん さん
 一本松

[80394] YTさん,ありがとうございます.
ご教示下さった論文を読むと,「一本松」から得られた種子が浸透交雑によるものである可能性も否定できないようですね.

[80395] hmtさん,ありがとうございます.
育てることに成功した苗の少なさが,得られた球果の少なさによるのか,あるいは母木がアイグロマツであることによるのか.

いずれにせよ,「捏造」ではないようですね.

[80395] 2012 年 3 月 12 日 (月) 16:07:58【3】 hmt さん
 一本松・二本松・三本松・…・五本松・八本松

[80393] 般若堂そんぴん さん
疑問の生じたニュースが示されていなかったので、補足しておきます。
例えば 岩手日報2011年12月15日記事
東日本大震災の津波に耐え、復興のシンボルとなっていた陸前高田市の「奇跡の一本松」について、住友林業グループは14日、松かさから採取した種子を18本の苗に育てることに成功したと発表、東京都内で苗を公開した。これまで接ぎ木による苗の育成は行われているが、種子を直接苗に育てることに成功したのは初めて。

接ぎ木によるクローン苗は、独立行政法人森林総合研究所の林木育種センター東北育種場(岩手県滝沢村)(朝日新聞2011/6/28他)や、地元の住民団体「高田松原を守る会」の副会長で造園業を営む小山さん東京新聞 が、それよりも前に成功しているようです。

「一本松」からすぐに連想するのは、福島県「二本松市」と、落書き帳の有名地名「三本松」です。
室町時代の初期に畠山氏が居を構えた際に鶴松・亀松という霊木にちなんで命名され、現在まで受け継がれている「二本松」は、「○本松」グループの中で特別な存在でしょう。

変遷情報検索を使ってみると、町村制と同時に誕生した愛媛県南宇和郡「一本松」村が、一本松町を経て 2004年 愛南町になるまで 続いていたことがわかりました。検索結果
消滅日が遅い順に列挙すると、広島県賀茂郡八本松町(1956〜1974)、香川県大内郡三本松村>>大川郡三本松町(町村制前〜1955)、奈良県宇陀郡三本松村(町村制前〜1955)。

町村制施行前の旧村には、兵庫県(2村)と和歌山県の一本松村、静岡県四本松村、青森県・京都府・愛媛県の五本松村。
そして、市制施行地の町名としては、麻布一本松町が東京市、二本松町が京都市、三本松町が久留米市、四本松町が京都市にありました。

[12947] KMKZ さん が 全国の「○本松」地名を挙げていますが、[12974] Issie さん の事例が示すように、まだまだ 未発見の「○本松」があるのでしょう。
【追記】
郵便番号データによる事例集(松以外にも木、柳、杉、榎、楠)。[13001]ゆうさん

「地名」という切り口では、変遷情報検索にも [12947]にも登場できなかったが、民謡で有名なのが「関の五本松」。
関の五本松公園 で紹介されている看板によると、♪あとは切られぬ夫婦松♪ 4本は、昭和8年天然記念物指定。
昭和33年に台風で1本が倒れ、昭和45年の台風と突風で2本が相次いで倒れ、最後の1本も松食虫にやられて 平成9年に全滅。切株展示によると平成12年。

切株が展示されている小屋の前にあるのが、なんと コンクリ−ト松 のモニュメント。
初代五本松の遺伝子を伝える 二代目五本松【もちろん4本】は 昭和46年襲名したが、平成2年〜3年にすべて失われ、三代目が襲名しているとのことです。

現在は東広島市になっている八本松。ここは鉄道好きにとっては「セノハチ」[31105]で知られる場所です。
もちろん急勾配用の補助機関車は、珍品好きのファンを楽しませるためにあるのではなく、鉄道会社としては必要悪です。
100分の1勾配以下で作られた山陽鉄道の中で、瀬野・八本松間だけが 45分の1勾配になったことは [61226]で触れました。

[80394] 2012 年 3 月 12 日 (月) 15:40:14【1】 YT さん
 アイグロマツ

[80393] 般若堂そんぴん さん

私は生物の専門家でも、農林業を営んでいるわけでもありませんが、アイグロマツはアカマツとクロマツの一代交雑種だけではなく、自然の交雑でも生まれ得る中間雑種だそうで、アカマツとクロマツの割合により様々な中間的な形態をとるそうです。

柴田勝 「組合せ交配による2,3の日本マツ類における稔性差異」 日本林學會誌 52巻 (6号), 178-185頁 (1970年)の要旨によると、
マツ類における交雑育種の研究のため, クロマツ×アカマツと, クロマツ×天然アイグロマツの組合せ交配(13×20)を行なった。その結果, 交配稔性(種子生産力)に関して次のことが明らかになった。(1) 母本, 父本間に顕著な稔性の違いがあり, いわゆる, 一般組合せ能力に差異のあることが認められた。(2) 父本の稔性値と雑種性との間には高い相関が認められたので交配稔性の差異は遺伝子構成の異なる2つの組織, すなわち, 胚組織と雌性配偶体組織との親和性, または交互作用によると, 推定された。(3) 雑種性の指数としては, 解剖学上針葉における2層以上の下表皮厚膜細胞数のほうが, 樹脂道指数(R.D.I.)よりはるかに相関が高かった。(4) 交雑親和性遺伝子を有すると推定された特殊個体DEN S_1が, 20の父本の一つに認められた。これは解剖学上アカマツと分類される個体であるが, その高い稔性から, 交雑親和性遺伝子を有する"潜在的雑種アイグロマツ"と定義できると思われた。

まだ遺伝子レベルの解析が行われていない時代の日本語論文ですが、確かにアカマツとクロマツの一代交雑は色々生殖上問題があったりするようです。一方で執筆者は天然アイグロマツ同士の交配も行っており、天然アイグロマツや潜在的雑種アイグロマツと推定されるアカマツは高い稔性(有性生殖の過程に異常がなく、交配により子孫を作り得ること)を有しているということで、種子ができても何ら問題ありません。

[80393] 2012 年 3 月 12 日 (月) 05:07:04 般若堂そんぴん さん
 ある疑問

ある方からいただいたメールに,陸前高田の「奇跡の一本松」についての疑問が記してありました.
あの松は,アカマツとクロマツの種間雑種「アイグロマツ」であり,種子が通常のように発芽するのは疑問である,というのです.

あの松が実はアイグロマツではなくクロマツであったとしたら,何の問題もありません.
しかし,実際にアイグロマツであったとしたら?
他のマツから得た種子を「奇跡の一本松」の種子として,「捏造」したのでしょうか? あるいは,実際にアイグロマツから得た種子から,あのように苗を得たのでしょうか?

もしも「捏造」であったとしたら,たとえ被災地を,被災者を,力づけるためであったとしても,残念なことです.「捏造」された「物語」に頼らざるを得ない,とは,私たちはいかに弱く,情けない民であることか……

あれが「捏造」された「物語」でないことを,切に願います.

[80392] 2012 年 3 月 11 日 (日) 12:33:42【1】 hmt さん
 合成漢字自治体

合成地名コレクション には2000件を越す地名が収録されていますが、その大部分は、コレクション冒頭に記された4つのカテゴリーのうち、「部分合成」に属するものです。

[80382] hmtで紹介した「眞」+「鳥」→「鷆」のような「合成漢字」は、合成地名の中でも「珍品」だと思うのですが、膨大なコレクションの中に埋もれてしまっています。
このまま放置しておくのは勿体ないので、発掘して陽の目を当てましょう。

1954年の昭和大合併期、愛媛県東宇和郡の高知県境に近い黒瀬川流域4村が合併しました。
この黒瀬川村は、5年後に 町になる機会をとらえて 新たに「城川町」という名に改めました[69276]
この新町名は、合併前の4村名に使われた漢字の一部を組み合わせ利用した 独創的なものでした。

すなわち、土居村の「土」と 魚成(うおなし)村の「成」とから「城」という漢字を合成し、これに 遊子川村、高川村の「川」とを組み合わせて「城川町」としたのです。
この事例は、[33210] 漢字のパーツを使った合成地名 という記事で既に紹介し、同様の手法により 旧4村の漢字のパーツから合成した山梨県北巨摩郡「清哲村」の先例[33176]にも言及しました。

市区町村変遷情報が充実し、検索機能も提供された機会に、[33210]の拡大版を作ってみようと、合成地名コレクションの中を探したら、合計10町村の事例が集まり、これらを一覧表にまとめました。
新しい順に、昭和合併が1町、町村制施行の明治22年が5村、明治初期の合併と思われるものが4村です。

「合成漢字自治体」10町村一覧表【これに加えて、城川町と改称する前の黒瀬川村も 便宜上表示する】

合併時期県名郡名町村名合成漢字合成パーツ提供村文字提供村現在記事
昭和34年愛媛県東宇和郡城川町土+成→城土居村 魚成村遊子川村 高川村西予市[33210]
昭和29年愛媛県東宇和郡黒瀬川村
町村制茨城県猿島郡森戸村木+林→森伏木村 若林村百戸村境町
町村制秋田県河辺郡豊岩村山+石→岩小山村 百三段石田坂村豊巻村秋田市
町村制群馬県西群馬郡清里村シ+青→清池端村 青梨子村 上青梨子村野良犬村前橋市[14613]
町村制新潟県中蒲原郡林村木+木→林上木山村 下木山村新潟市
町村制広島芦田郡岩谷村山+石→岩上山村 父石村荒谷村府中市
明治初期山梨県北巨摩郡清哲村水+青→清水上村 青木村韮崎市[33176]
折+口→哲折居村 樋口村
明治初期愛知県額田郡鍛埜村林+土→埜大林村 土村鍛冶屋村岡崎市
明治初期兵庫県多可郡清島村鳥+山→島鳥羽村 山寄上村清水村多可町
明治初期兵庫県赤穂郡鷆和村眞+鳥→鷆眞木村 鳥撫村赤穂市[80382]

明治初期の合併で命名されたと思われる4村については、存在確認のために郡区町村一覧をリンクし、4村名の合成パーツ及び文字提供村とされる 12村の存在は、旧高旧領取調帳データベース で確認しました。

以下、本題の「合成漢字」と離れた地理雑談。
秋田県豊岩村のパーツとして使われた村名の「百三段石田坂村」に注目。

「百三段」という由緒ありげな部分に惹かれて 落書き帳を検索したら、羽後国川辺郡の名邑として「百三段新屋」に言及した記事が2件[68794][69022]ありました。
変遷情報検索では、ピンクの部分に河辺郡の4村があり、百三段石田坂村、百三段新屋村、百三段浜田村に加えて 百三段新屋比内南町がありました。3連称に南まで付いた長〜い町名。

「ももさだ」と読むのですね。秋田市新屋町
100年前の雄物川改修 で河口の位置が変ったが、百三段新屋は土崎湊と共に久保田城下町を支えた港町だったのでした。

[80391] 2012 年 3 月 11 日 (日) 06:38:17 オーナー グリグリ
 一年の節目?

あっという間の一年でした。未だに都心のオフィスであの時感じた大きな揺れと恐怖が体に残っています。ましてや、被災地でもっともっと大変な思いをされた方々の体験を考えると、ただただ安寧の日々が戻って来ることを祈るだけです。私の周りにも被災された方やその関係者が少なからずいらっしゃいます。いろいろな声を聞きます。復興に向けての着実な足音は未だに聴こえてきません。自分に何ができるか、いつもいつもという訳には行きませんでしたが、思い悩む一年間でした。震災発生当初の情報発信、五月の南三陸町訪問、それ以上の支援はほとんどできませんでした。ただ、被災地の実情を少しでも把握するべく、報道されている情報、時々開かれる都心での写真展や支援バザーなどにはできるだけ足を運び、その都度、被災地の苦しみと復興の遅れを実感しています。一年を節目にした報道が目立ちますが、被災地には節目が来ているとは思えません。本当に必要な支援はこれからでしょう。できることを探して、少しでも復興に役立っていきたいと考えています。亡くなられた方々のご冥福をあらためて深くお祈りいたします。

[80390] 2012 年 3 月 10 日 (土) 12:58:47【4】 オーナー グリグリ
 Re:年号(元号)自治体名
hmt 明治村・大正村・昭和村

[80387] むじながいりさん
明治大正昭和の自治体名の変遷は、以前パラパラ地図で作りましたので参考にどうぞ。明治以前の元号も作ろうとずっと思っていたんですけど、調べるのが大変で保留していましたが、この検索機能を使えば気軽にできそうですね。
さっそくのメッセージをありがとうございます。元号自治体パラパラ地図は、k-aceさん編集の年号コレクションからも引用されていましたので認識していたのですが、[80386]で紹介するのを失念してしまいました。申し訳ありません。パラパラ地図にすると視覚的に変遷がよくわかって楽しいですね。明治以前の元号バージョンにも期待しています。検索機能へのコメントもありがとうございました。ご活用ください。

[80388] hmtさん
更に2村 「明治の大合併で消えた明治村」があった ことがわかりました。
(中略)
結局 昭和3年から昭和29年までの間、明治・大正・昭和が 高知県内の4町村に共存していたことになります。
検索機能のフル活用をありがとうございます。このような情報を掘り下げて行く楽しさを皆さんと共有できて嬉しいです。雑学ページにする際には、トピックとしてまとめたいと思います。
「21世紀」の付いた地名は どこかに作られているでしょうか?
地名ではありませんが金沢21世紀美術館があります。この美術館は楽しいですよ。

[80389] k-aceさん
「年号」コレクション編集担当者としては、この話題に反応せずにはいられない。
はい、お待ちしていました。^^
表記完全一致(読み問わず)なら明治、大正、昭和の他に20の年号(元号)あり、計23の年号(元号)が該当となります。
さっそくの全元号調査をありがとうございます。247の元号を検索機能で調べるのは気軽とは言えそれなりに大変だったと思います。検索文字の入力制限が全角20文字だと、区切り文字も含めて同時に8件しか検索できません。

そこで、検索文字制限を外して実験してみました。結果は、247の元号をまとめて検索しても、性能的にはあまり影響ありませんでした。文字制限をいきなり外してしまうことも考えたのですが、不測の影響も考えられるので、「文字制限を緩和する」というオプションを追加しました。無制限ではなく全角換算で1000文字までの制限になっています(制限値は公開しません)。これだと二文字のキーワードの場合、最大400個まで同時に検索できます(区切り文字の半角スペースも含めて)。

この改良を踏まえて、以下に全ての元号の検索結果をリンクしました。元号由来自治体名を一覧表示できます。

■元号自治体名変遷(日付順)
■元号自治体名変遷(都道府県別)

さて、[80388] hmtさん
更に2村 「明治の大合併で消えた明治村」があった ことがわかりました。
この件に触発されて、全ての年号についても調べてみたいと考えました。その場合、「抽出対象として市制町村制施行時前の町村情報も含める」というオプションではなく、「市制町村制施行時前の履歴情報」だけを対象とした検索も欲しくなりました。ということで、検索条件の変遷区分を見直しました。この改良を利用した検索結果です(市制町村制施行時前の履歴情報だけをチェック)。

■市制町村制施行時前の元号自治体名変遷(都道府県別)

この結果から、明治の大合併で消えた元号村が数多くあることが分りますが、新たな元号として、大化、宝亀、延喜、安和、延久、永長、永久、元永、久安、安元、正治、天和、安永の13件が見つかりました。[80389]でk-aceさんが挙げた23件と合わせると合計36件になります。

[80389] 2012 年 3 月 9 日 (金) 22:39:21 k-ace さん
 年号(元号)自治体名
hmt 明治村・大正村・昭和村

「年号」コレクション編集担当者としては、この話題に反応せずにはいられない。
表記完全一致(読み問わず)なら明治、大正、昭和の他に20の年号(元号)あり、計23の年号(元号)が該当となります。
検索条件は[80386]グリグリさんの明治、大正、昭和と同じ。
大宝(701〜704)
養老(717〜724)。現存:岐阜県養老郡養老町。
天応(781〜782)
大同(806〜810)
貞元(976〜978)。読み方:年号「じょうげん」/村名「さだもと」。
長和(1012〜1017)。現存:長野県小県郡長和町。読み方:年号「ちょうわ」/町名「ながわ」。長和町は長門町と和田村の合成地名。
万寿(1024〜1028)。読み方:年号「まんじゅ」/村名「ます」。
長久(1040〜1044)。読み方:年号「ちょうきゅう」/村名「ながひさ」。
大治(1126〜1131)。現存:愛知県海部郡大治町。読み方:年号「だいじ」/町名「おおはる」。
永治(1141〜1142)
正中(1324〜1326)。読み方:年号「しょうちゅう」/村名「まさなか」。
永和(北朝1375〜1379)
明徳(北朝1390〜1392南北朝合一〜1394)
延徳(1489〜1492)。参考:[65523][65530]Issieさん(長野県下高井郡延徳村)。
元和(1615〜1624)。読み方:年号「げんな」/村名「げんわ」。
明和(1764〜1772)。現存:群馬県邑楽郡明和町、三重県多気郡明和町。三重県の明和町は斎明村と三和町の合成地名。
天明(1781〜1789)
寛政(1789〜1801)
文政(1818〜1830)
天保(1830〜1844)

行政区では大阪市大正区、名古屋市昭和区が該当。

[80388]hmtさん
高知県幡多郡の大正村・昭和村は拙稿[79478]で触れてますが、実はむじながいりさんの力作市町村変遷パラパラ地図でだいぶ前から気付いてました。他にもいろいろ発見があり、いつ見ても飽きない(^^)

[80388] 2012 年 3 月 9 日 (金) 15:57:29【1】 hmt さん
 時代を記録した地名
hmt 明治村・大正村・昭和村

[80386] オーナー グリグリさん
変遷情報検索を使って、明治、大正、昭和の名称の町村を抽出してみました。

町村制施行時に生まれた「明治村」は、[80386]第1リストの冒頭に示されているように 21村あります。
この内、千葉県と神奈川県の合計3村は、町村制施行前日の合併です。
21村に明治末年までに誕生した3村(同リスト#22〜24)と、“昭和になってから生まれた”福島県伊達郡明治村(同リスト#39)とを加えると、町村制下での明治村は [80386]でまとめられているように「25村」です。

「抽出対象として市制町村制施行時前の町村情報も含め」「検索対象:変更対象自治体名/変更内容欄」として「明治」を検索すると、更に2村 「明治の大合併で消えた明治村」があった ことがわかりました。
郡区町村一覧[62815]に掲載されていることから わかるように、岡山県川上郡大分県東国東郡 との2つの「明治村」は、郡区町村編制法により編制された最も古い明治村であろうと考えられます。

大正村の誕生は8村中6村が大正2年〜4年と、大正のイメージが新鮮だった初年に集中しています。
昭和は長いし、戦後の昭和大合併もあるので、大正ほどではないが、やはり初年に多くの昭和村(町)が誕生しました。
それ以来、昭和大合併で村数が激減するまでの間、同じ県内に明治・大正・昭和が 同時に共存した事例を探ってみました。

場所は、窪川から四万十川に沿って下る予土線沿いです。川を下るのに、どんどん海から離れて行く奇妙な地形。土佐大正駅と土佐昭和駅とが隣接しています。2006年 四万十町になっていますが、大正・昭和という旧村名は、幡多郡東上山村・西上山村からの改称で、元からのペア だったことを今回知りました。
少し離れて明治村が2つあり、結局 昭和3年から昭和29年までの間、明治・大正・昭和が 高知県内の4町村に共存していたことになります。

もう一つ、奈良県にも添上郡明治村、南葛城郡大正村、生駒郡昭和村のトリオが 昭和10年から昭和28年まで共存。

平成はありません。

平成という年号が新鮮に響いた時代には、新自治体の誕生が殆どなく、利用される機会がなかったのですね。
そんな中で、自治体ではないが 地図に出ているのが「平成筑豊鉄道」。
国鉄伊田線・糸田線・田川線を引き継ぐ三セク鉄道会社の社名決定日が 1989年1月7日でした。
この日に昭和天皇崩御、新元号「平成」の発表 というわけで、急遽平成を冠した社名に決定したそうです。

もっと最近訪れた時代の節目は、「2001年 = 第3千年紀(第3ミレニアム)の初年」でした。
さすがに「ミレニアム市」は誕生していませんが、太平洋のミレニアム島[71808]を記しておきます。
[71804] k-ace さん によると、掛川市に「22世紀の丘公園」があるそうですが、「21世紀」の付いた地名は どこかに作られているでしょうか?

松戸市の「二十世紀が丘梨元町」[29051]などの地名は、直接に時代を記録したものでなく、梨の品種に基づくものでしょう。
二十世紀梨の原木は、1888年(19世紀)に、梨農家の息子・松戸覚之助[29048]旧大橋村 で 発見。二十世紀が丘梨元町には大橋小学校があるので、まさにこの付近が梨の故郷の旧大橋村と思われます。
「二十世紀」と命名されたのは、20世紀になる直前の 1898年とか。西暦など殆んど使われていなかった頃ですから、極めて目新しい品種名と思われます。

【追記】
1940年は 皇紀(神武天皇紀元)2600年にあたり、大戦直前の時代の神頼み日本は大々的な祝賀気分に包まれました。
それより少し後ですが、1944年紀元節に行なわれた埼玉県北足立郡志木町などの戦時合併[37842]
「紀」の字を使った 「志紀町」 も 「時代を記録した地名」です。

…ということで、変遷情報で「紀」を検索してみましたが、同じ時代の類例はありませんでした。
「紀」を使った自治体は、紀伊国に関係する和歌山県と三重県の他、大阪府の志紀郡、兵庫県の多紀郡の関係で、近畿地方に多いことがわかりました。

[80387] 2012 年 3 月 8 日 (木) 22:44:09 むじながいり さん
 明治村・大正村・昭和村
hmt 明治村・大正村・昭和村

[80386] オーナー グリグリ さん
明治大正昭和の自治体名の変遷は、以前パラパラ地図で作りましたので参考にどうぞ。明治以前の元号も作ろうとずっと思っていたんですけど、調べるのが大変で保留していましたが、この検索機能を使えば気軽にできそうですね。

[80386] 2012 年 3 月 8 日 (木) 21:39:23 オーナー グリグリ
 明治村・大正村・昭和村
hmt 明治村・大正村・昭和村

変遷情報検索を使って、明治、大正、昭和の名称の町村を抽出してみました。平成はありません。
検索条件として、検索対象を自治体名欄だけとし、完全一致条件での抽出結果です。
明治、大正、昭和の年号通りに各々誕生しているのですが、唯一、福島県伊達郡飯野村から分立した明治村は昭和5年に誕生しています(昭和30年に新設合併で飯野町に戻りました)。

○明治村・大正村・昭和村の一覧

このリストには54件のデータがありますが、28,49,52行目の新設・編入合併は同名町村の継続であり、44,47,54行目は村から町への移行です。また、51行目の大分県南海部郡の明治村は昭和村として新設合併しています。これらを整理すると以下の通りとなります。

明治村25村(うち、1村が昭和村に)
大正村8村(うち、1村が大正町に)
昭和村12村(うち、2村が昭和町に)
昭和町3町

検索対象を変更対象自治体名/変更内容欄にまで広げ、都道府県ごとに表示させてみると、上記の変遷が少し分りやすくなります。また、消滅した情報も分るようになります。

○明治村・大正村・昭和村の都道府県別変遷

現在も残っているのは、福島県と群馬県の昭和村と山梨県の昭和町だけです。

ところで、上記の東京都の最初のデータをみると、西多摩郡の明治村がいきなり消滅しています(五日市町として新設合併)。あれっと思って調べると、神奈川県の西多摩郡の明治村の変遷であることが分ります。西多摩郡が神奈川県から東京府に変更になったわけですが、このような変遷もうまく抽出できるのが理想ですね。これは、以前、hmtさんも指摘されていたかと思いますが、詳細情報に郡や都道府県が変更になる町村をすべて列挙するようにし、検索対象とするようにできれば実現できるでしょう。ただし、それにはかなりの作業が必要になりそうです。

明治以前の年号名町村もあるかと思いますが、それらも含めて年号自治体を雑学としてまとめると面白そうですね。

[80385] 2012 年 3 月 8 日 (木) 04:03:50【3】 YT さん
 明治5年石高考 続き

[80384]の石高を比較すると、数値的には(1)〜(4)のグループと、その他に分類できると思います。

(7) 菊地利夫氏の『新田開発』、『続新田開発』の石高は、様々な本に引用されており、慶長・正保・元禄・天保・明治石高の基本となっていますが、菊地氏が元文献としてあげている東京大学史料編纂所所蔵『正保・元禄・天保・明治村高比較表』には空欄が大量に目立ち、これだけで表を作成することは不可能です。よって菊地利夫氏はさまざまな文献から数字を持ってきていることが伺えるのですが、残念ながら他の引用文献をきっちり明記していません。

(6) 東京大学史料編纂所所蔵『正保・元禄・天保・明治村高比較表』は、奄美群島が大隅国の後ろに、「同属島」として収録されており、薩摩から大隅への移管が決定された明治12年以降に作成された表と推測されます。収録されている明治石高は不完全で、一部明らかに『旧高旧領取調帳』からの掲載が載っています。明治5年石高として引用するのには不適切です。

(5) 『旧高旧領取調帳』はそもそも府藩県三治制以前の旧領との対応の調査がメインです。明治12年前後から各府県が調査結果をまとめたらしいですが、石高もそれぞれの府県の調査次第で地租年次はばらばらです。

残りの(1)〜(4)はかなり数字が似ています。

(3) 『明治八年共武政表』は明治5年〜明治7年の数字が混在しており、明治5年石高とは限りませんが、大体(1)、(2)、(4)と似ています。郡別石高が利用できます。

(4) 『地理局雑報』の「大日本石高反別古今比較表」は合計と文献の総数が一致しており、また地理局は租税寮の統計を引き継いでいて色々信用できそうですが、筑後と豊後の数字が混同されているなど、間違いがあります。旧国別石高のみで、郡別石高が利用できません。

(2) 『日本地誌提要』は外部に向けて本として発売されたもので、これらの中では一番公的な数字として引用できそうですが、合計と文献値が一致しません。旧国別石高のみで、郡別石高が記載されていません。

(1) 東京大学史料編纂所所蔵『郡村石高帳』は、租税寮が集めた原本に一番近いもので信頼できそうですが、『日本地誌提要』や『地理局雑報』の石高と一部異なります。郡別石高が利用できますが、一部の郡別石高の記述を欠きます(対馬の石高は「麦高」)。あと菊地利夫氏によると

3.正保郷帳に村数が記載されていない国は15か国もあるが、内務省・地誌課の郡村石高帳の末尾に「村数五万五千百八十村」と記してある。

だそうですが、東京大学史料編纂所所蔵『郡村石高帳』にはそのような記述がありません。菊地利夫氏は別の『郡村石高帳』の写本を参考に石高をまとめたのでしょうか?

なぜ明治5年石高にこだわるかというと、菊地利夫氏による明治初期の町村数(6万8858村)の記述の信頼にも直結するからです。地租改正前の町村数に関しては後日改めてまとめます。

【追記:[80384]では郡別石高の記載のある『続・新田開発』(1986年)の旧国別石高を引用しましたが、一般には『新田開発』(1963年)に掲載されている旧国別石高が、様々な本で引用されています。両者では微妙に明治石高が異なります。

『新田開発』(1963年)では、「(1)正保二年、元禄十年、天保元年の統計は「郡村石高帳」(東大史料編纂所)による。(2)明治六年は宮内省租税寮統計による。」と記述しています。ただし東大史料編纂所の『郡村石高帳』は租税寮蔵本の明治石高の写本で、正保・元禄・天保の石高が掲載されているのは『正保・元禄・天保・明治村高比較表』です。

このように菊地氏の本では石高に関する限り、引用の仕方がいい加減で信用できません。】

[80384] 2012 年 3 月 8 日 (木) 04:03:04【3】 YT さん
 明治5年石高

正保郷帳の村数・石高をまとめる前に、そもそも明治5年の地租改正前の石高として正しい値は何なのか?という問題に直面しましたので以下旧国別に7つの文献の石高をまとめました。合計は単純に足した数字、総計は文献に記載の数字です。

(1) 東京大学史料編纂所所蔵 『郡村石高帳』
「明治六年六月以租税寮蔵本膀写峻功」との記載があり、石高は明治5年の地租であると推測されます。

(2) 元正院地誌課編 『日本地誌提要』 日報社 (1875年)
「戸数人口共ニ戸籍寮明治六年癸酉ノ表簿ニ据リ、田圃租税ハ其前年ノ数ニ係ル」とあり、石高は明治5年の地租であることがわかります。

(3) 陸軍参謀部編 『共武政表』 青史 (1875年)
石高については何をもとにしたか明記されていません。

(4) 「大日本石高反別古今比較表」 『地理局雑報』 (8号) (1878年)
「石高ハ明治五年郡村地租帳」とあり、石高は明治5年の地租であることがわかります。

(5) 木村礎校訂 『旧高旧領取調帳』 近藤出版社 (1969年〜1979年)
旧領毎の旧高を各県にまとめさせたもので、石高は府藩県三治制下の地租もあれば、それ以降のものも混ざっているようです。

(6) 東京大学史料編纂所所蔵 『正保・元禄・天保・明治村高比較表』

(7) 菊地利夫 『続・新田開発―事例編』 古今書院 (1986年)
「この統計の原本は内務省地誌課が正保郷帳・元禄郷帳・天保郷帳と明治六年の郷村石高帳を筆写した記録であり、東京大学史料館に所蔵されているものである。」とあり、一応東京大学史料編纂所所蔵 『正保・元禄・天保・明治村高比較表』をもとにしているはずです。

文献郡村石高帳日本地誌提要共武政表地理局雑報旧高旧領取調帳村高比較表菊地利夫
山城222,368.705170222,368.705170212,368.705630222,368.705170222,222.854730222,265.053730222,265
大和503,686.236760502,686.236760502,686.236760503,686.236760497,405.171330497,404.439530497,404
河内293,118.587200293,118.587200293,145.484200293,118.587200293,308.705200293,308.642200293,208
和泉176,190.776100176,190.776100175,635.166100176,190.776100171,222.653200171,295.214200171,295
摂津416,521.935800416,387.620800416,387.620800416,387.620800416,136.411920416,521
伊賀110,917.966400110,917.966400110,917.966400110,917.966400110,917.966400110,917
伊勢714,376.415000714,376.415000714,376.415000714,376.415000696,928.601200714,376
志摩19,279.20300019,279.20300019,279.20300019,279.20300021,535.23300019,279
尾張764,774.166200764,774.166200764,774.166200764,774.166200764,695.937100764,976.391200764,976
三河472,373.710000472,373.710000472,373.710000472,373.710000472,345.024390472,373.740000472,373
遠江372,546.349010372,546.349010372,546.349010372,486.019010373,182.967650372,878.971100372,878
駿河251,954.164860251,782.795400242,046.455950251,918.964450251,865.541850251,865.541850251,865
甲斐312,185.176850307,584.333490307,584.333490307,584.333490311,502.686690311,502.686690311,502
伊豆84,037.20836083,894.25280083,894.25280083,894.25280084,153.59458082,690.44780082,690
相模289,776.731970289,844.162310289,700.225310289,844.162310290,914.210590290,469.843400290,469
武蔵1,282,000.7709001,282,000.4549301,209,639.0561601,282,000.7709001,273,540.1270101,282,000
安房95,641.42350095,641.42350095,641.42350095,641.42350095,760.30696095,641
上総427,313.770940427,313.770940427,313.770940427,313.770940425,958.033020427,313
下総685,027.998250685,027.998250685,027.998250687,373.860550683,746.122490685,027
常陸921,629.152500921,635.781500921,605.208500912,453.540500921,620.733340921,629
近江857,849.525280857,849.525280857,849.525280857,849.525280858,524.203800857,757.156280857,757
美濃729,654.883650729,654.883650729,654.883650729,654.883650654,657.501060729,831.999650729,831
飛騨57,196.05800057,196.05800057,196.05800057,195.99300057,182.17600057,243.31000057,243
信濃786,950.000980786,411.668380785,717.961980786,411.668380778,219.374100779,462.689600779,462
上野635,851.107340636,116.851340645,883.186840636,116.851340637,017.253830635,766.802340635,766
下野758,648.440710762,851.630820763,103.440620763,103.440620765,997.680318762,523.695690761,523
磐城650,488.882370650,488.882370650,488.882370650,488.882370600,036.141240660,840.157370660,845
岩代760,923.545940760,937.750910760,987.163910760,974.680910745,253.591660750,628.221910750,628
陸前700,649.308000700,649.308000700,649.308000700,649.308000701,507.120000700,368.594000700,360
陸中471,842.912000469,073.737000513,978.982000469,073.737000465,451.122000465,451.122000465,451
陸奥423,000.838000423,100.838000422,259.871000423,100.838000422,139.779000422,139.779000422,139
羽前946,971.305680946,971.304910946,971.305610946,971.305680945,416.861600945,709.286900945,709
羽後568,474.889350568,474.889450568,274.889450568,760.275450560,914.624350568,477.384350568,477
若狭91,767.05810091,767.05810091,767.05810091,767.05810091,767.05810091,767.05810091,767
越前690,243.617750690,249.700400690,243.617750690,243.617750680,924.173550690,243
加賀508,609.127390508,572.547390508,572.547390508,578.372390508,609
能登305,482.643960305,666.036340305,666.036360307,686.221360305,482
越中877,764.107000877,764.107000863,243.885450899,831.939000877,760
越後1,150,567.5234901,150,836.3685801,150,566.1374881,150,836.3285901,150,507.7919501,149,017.3233501,149,017
佐渡135,206.123000135,206.123000135,514.481000135,206.123000132,687.251000135,095.962000135,095
丹波329,465.473860329,465.473860329,440.739460329,465.473460324,465
丹後148,002.130300148,002.130300148,002.130300148,002.130300154,172.669900148,000
但馬148,147.754270148,147.754270148,133.549870148,147.754270148,147
因幡195,632.645000195,632.645000195,632.645000195,632.645000193,334.946000195,632
伯耆251,069.407000251,069.407000251,069.407000251,069.407000245,034.773000251,069
出雲320,709.911000320,709.911000320,709.911000320,709.911000320,709
石見182,136.898500182,136.898500182,136.898500182,136.898500182,136
隠岐12,562.90700012,562.90700012,562.90700012,562.90700012,562
播磨660,557.816260660,557.816250660,557.816260660,557.816260656,119.108400660,557
美作262,333.864000262,333.864000262,333.864000262,333.864000262,156.353000262,333.867000262,333
備前418,964.538000418,964.538000418,964.628000418,964.538000423,190.534000418,964.435000418,960
備中371,355.175800371,355.175800371,355.106800371,355.175800372,534.287400371,441.375800371,441
備後315,876.181550315,876.181550315,876.262550355,704.437100315,511.340650315,511.340550315,511
安芸314,669.487100314,669.487100314,669.487100314,669.487100313,164.685000313,164.685000313,164
周防552,160.215180552,160.215180552,160.216980552,160.215180548,871.447830552,160.215180552,160
長門458,143.489890458,143.489890458,143.489890458,143.489890454,263.019560458,143.489890458,143
紀伊444,283.133350444,283.133350444,283.133350444,283.133350444,047.996710444,165.259450444,165
淡路136,637.981830136,642.763130136,637.981820136,637.981820136,637
阿波310,484.464740310,484.464740310,484.464740310,484.464740306,732.739386316,732.739370306,732
讃岐302,481.216200309,814.753800309,814.753800309,814.753800293,629.620300311,064.753800311,064
伊予443,321.658842475,556.573340443,321.688420443,855.058320434,356.976250442,079.976470442,079
土佐510,572.194700512,698.991000512,698.991000512,698.991000494,091.429000510,572
筑前633,404.635400633,404.635400633,404.635400633,404.635400633,433.649400633,434.649400633,434
筑後536,742.902650536,742.902650536,902.236650459,184.417000536,841.458650536,841.458650536,841
豊前366,948.081380366,948.081380366,948.081380366,948.081380363,350.518280366,948
豊後459,184.417340459,184.417340459,184.417340459,184.417340459,184.461440459,189.417340459,184
肥前685,116.897620685,117.597620669,518.512180685,117.597620680,997.013920691,444.730250691,444
肥後851,237.052910851,237.052910851,237.052910851,237.052910851,219.885650851,237
日向418,142.356650418,142.356650418,142.356650418,142.356650417,393.172000418,142
大隅261,793.742710261,793.742710276,119.478300261,793.742710261,168.372000261,793
薩摩323,483.000000323,483.502510310,627.311860323,483.502510319,146.709000425,833
壱岐32,853.88500032,853.88500032,853.88500032,853.88500035,042.62900035,042.62900035,042
対馬5,818.1160000.0000000.0000000.0000000.000000
琉球94,230.70094094,230.70094094,230.701000123,711
奄美52,793.39202052,793.39202032,828.70000052,793
合計32,335,180.07175232,366,784.81887032,119,461.01075832,296,285.15736029,096,156.38193420,004,826.53639032,439,432
総計32,351,879.64422232,296,285.15736032,439,434

[80383] 2012 年 3 月 6 日 (火) 20:05:28 ゆう さん
 Re:3年ぶり、6年ぶり

[80374]グリグリさん
市りとりのページにあるのはあくまでも一例なので、あくまでも参考データではあります。
はい。例示に出てこない市を取り入れた最長市りとりもあります。最長市りとりが全部で何通りあるかもわかってませが、その中で「最長市りとりを構成するうえで外せない市」というのがあるので、そういった市の登場や退場によって最長記録が変わります。
http://geocities.yahoo.co.jp/dr/view?member=ju_evening
に、どの市の登場・退場が最長に影響を与えたかを記してます。興味のある方はどうぞ。

それから、2006.1.1.以降、最長市りとりは2つの伊達市を2回使うようになってます。

ところで表記編も延びたのかな?
こちらも[40382]以降伸びたり縮んだりしてますが、2007.1.1の本宮市登場以降は58市40(80)通り、2011.11.11の野々市市登場で50(100)通りに増えて現在に至ります。

[80382] 2012 年 3 月 6 日 (火) 16:30:11 hmt さん
 天和駅前に「鷆和駅前」の道路標識

最初に、あて字?の駅名 というページをリンクします。
一番下がJR赤穂線「天和駅」の駅名標で、その上の写真は、左端にホーム上の待合所が写っている駅前道路です。
マウスポインタをこの写真の上に乗せると「鷆和駅前」という道路標識が見えます。

この駅【注】は、同音で表記が異なる駅名と住所名とのリスト[53247] デスクトップ鉄 さん に登場し、[53250] グリグリ さんが
「相老・相生」「分倍・分梅」「天和・鷏和」などはその由来が興味深いです。
とコメントしています。
【注】天和駅は播州赤穂駅と備前福河駅[46914]との間に作られ、1963年5月1日に開業。天和駅近くの三菱電機の工場からは特大貨物(変圧器)輸送があるが、これはJR貨物の西浜駅扱い。

5年以上前の記事で、既に[53255] デスクトップ鉄 さん のレスにより [8491] 実那川蒼さんの記事
また、国鉄の配慮?で、文字が難しいから簡単な字に変更されてしまった例もあります。兵庫県赤穂市にある鷆和(てんわ)という難しい文字の集落に出来た駅は、天和(てんわ)駅になってしまいました。
が紹介されていますが、住所名「赤穂市鷆和」について更にフォローします。

お気づきだったでしょうか?
「天和」との対比の陰になって見落しそうですが、[53247] [53250]は「鷏和」、[8491]は「鷆和」だったのです。

そこで、最初に 住所名の表記 を赤穂市HPを確認したら、「鷏和」と「鷆和」の2通りがありました。
鷏和の事例:市の掲示場の位置赤穂西公民館赤穂西地区体育館
鷆和の事例:地縁者の住宅区域指定大字水道メーターの検針都市計画道路図

「鷏」か「鷆」か?  この使い慣れない漢字の出所を探ったら、 合成地名コレクションの兵庫県 に 次の記載がありました。、
鷆和村(てんわ)  眞木 + 鳥撫   現・赤穂市 「眞」+「鳥」→「鷆」

眞木村と鳥撫(となで)村とから1字ずつ使って合成した文字ということになると、その意味を探る価値はないのですが、参考までに辞書を見ると、「鷆」は「よたか」とか「かすい」とか呼ばれる夜行性の鳥を意味する漢字のようです。
もちろん表外字ですから 昔からの「鷆」が本来で、「鷏」は常用漢字の「真」の字体の影響を受けた異字体なのでしょう。

コレクションの情報は「昭和以前に消滅」だけなので、変遷情報検索により「何時存在した村なのか」を調べました。
「抽出対象として市制町村制施行時前の町村情報も含める」のはもちろんですが、デフォルトになっていない「検索対象:変更対象自治体名/変更内容欄」にチェックを入れるのを忘れないようにします。
念の為 「鷏和 鷆和」と OR検索 を活用してみましたが、検索結果 を見ると、やはり「鷆和村」となっており、町村制により塩屋村となる旧村の1つであったことがわかりました。

この旧村名が 大字名に引き継がれたとすると、「鷆和」が正統的な表記と推定されます。
赤穂市の条例が「鷏和」になっていたのは、PCへの入力作業のせいでしょう。
同じ「鳥部」の「かもめ」を意味する「鴎」の場合には、普通のPC入力では「區鳥」を1文字で入力できないので、事実上の統一が進められ、その結果 「森鴎外」が ほぼ定着しています。
「鷆」「鷏」の場合は、なまじ2種類の字体が使えることが、赤穂市HPの中で混乱を招いています。

冒頭の道路標識に戻ります。
都市計画道路2号も「新田鷆和線」であり、現地で優勢に通用しているのは昔からの「鷆和」であると感じます。
簡単な字を使った“国鉄の配慮?”[8491]は、地元利用者への配慮ではなく、国鉄内部や遠くからの来訪者への配慮と思われます。

[80381] 2012 年 3 月 6 日 (火) 13:13:36 みかちゅう さん
 浜松市の区再編について

[80380]ラクダさん
浜松市が3区になる、という噂をきいたのですが、本当ですか。
「噂をきいた」とのことですが、誰から聞いたのですか? テレビのニュースや新聞、市が発行している広報誌であれば、本当に3区になる動きがあるのかもしれません。そうではなく家族や近所の人が言っていた、では単なる噂に過ぎないかもしれません。

…というように、5年生の書き込みとのことなので大人にとっては当たり前のことを書いてみましたが、浜松市のホームページには行政区再編の工程表というものがあります。工程表によれば24年1月から再編原案検討となっており、27年4月以降に住民投票を行うことになっています。市のホームページでは「3区にする」とは書かれていないし、今の時点では区の統合をするかしないかを含めて不明です。ホームページを見て分かるのは「区の再編を検討している」ということだけです。

ただし、地元であれば議員や政党のチラシなどからもう少し詳しいことが分かることもあります。その場合も「その議員や政党の考えなのか、市で本当に検討されて決まった(決まりそうな)ことなのか」をきちんと判断できないと、人からきいた噂と大して変わらないので簡単に信用するのは危険です。

[80380] 2012 年 3 月 6 日 (火) 00:11:25 ラクダ さん
 初めまして。ラクダです。

初めまして。ラクダと申します。
ぼくは小学5年生の地理だいすき少年です。
これからよろしくお願いします。
ところで、浜松市が3区になる、という噂をきいたのですが、本当ですか。
(僕は、7区でいいと思いますが。)

[80379] 2012 年 3 月 5 日 (月) 23:44:09 淡水魚 さん
 生存報告など

皆様、ご無沙汰しております。

[80354] 煮豆 さん
今から○○年前、静岡の某大学で新入生に配布していた手作りパンフレットに「なごやん」の説明がありました。
 1.スーパーで売っている饅頭
 2.愛知県出身の学生のこと
私がバイトしていたコンビニでも「なごやん」を売っていました。そして某大学では、県内出身者よりお隣の愛知県出身者の方が人数が多いと言われていました。


 

[80378] 2012 年 3 月 4 日 (日) 18:18:30 白桃 さん
 動かざること高萩の如し

[80373] ゆう さん
おかえりなさい。お久しぶりです!

さて、市町村の人口推移にとり付かれてウン十年の私。市町村の面積は合併や埋め立て、測量のやり直しが無い限り変化しませんが、人口は日々刻々と変動していきます。それが面白いのでしょうけど、地方都市の少ない人口と私の少ない貯金は減りだしたら物凄いスピード、を実感した今日、変わらないものは無いのかを探す気になりました。
ありました。市になってから初めて迎えた国勢調査と2010年国勢調査の人口差、ナントたった一人!
茨城県高萩市は1954年11月23日に市制施行、1955年国勢調査が31,016人、2010年国勢調査が31,017人
大幅な変動が無いのは、市制施行以後に合併をしていないということもありますが、それにしてもこれはまさに芸術的!。
もちろん、全く変動していないわけではなく、市制後徐々に減少を続けて1970年には最低の29,548人となりましたが、以後増加に転じ1995年には35,604人と最高を記録しております。
いっそのこと2015年には31,016人となったら嬉しいのですが、残念ながら3万人割れが濃厚となっています。(2012年2月1日現在推計人口30,495人)
なお、より歴史の古い市の記録として和歌山県新宮市(1935年32,055人→2010年31,498人)も個人的に注目しています。

[80377] 2012 年 3 月 4 日 (日) 17:21:05【2】 YT さん
 文献毎の元禄・天保の村数・石高の違いの比較

[80371]の註11と註12が判り難いので、各文献毎の元禄・天保の村数・石高の違いを以下にまとめ直しておきます。

旧国文献元禄村数元禄石高天保村数天保石高備考
山城国葛野郡YT集計・大野瑞男7935,224.1118008135,446.999010
山城国葛野郡村高比較表7035,224.1118008135,446.999010元禄村数誤記
山城国YT集計・大野瑞男459224,257.788160477230,131.760865
山城国村高比較表450224,257.788160477230,131.760865元禄村数誤記
相模国淘綾郡YT集計・村高比較表207,830.425100198,110.611560
相模国淘綾郡大野瑞男207,830.425000198,110.611560元禄石高誤記
武蔵国YT集計・村高比較表2,9511,167,862.9833903,0421,281,431.068820
武蔵国大野瑞男2,9511,167,862.9833903,4121,281,431.068820天保村数誤記
磐城国白河郡YT集計20541,959.0200009343,677.955000元禄石高誤記を仮定
磐城国白河郡大野瑞男・村高比較表20541,959.2000009343,677.955000
陸奥国YT集計4,3651,921,934.8874504,5192,874,239.059880元禄村数誤記を仮定
陸奥国大野瑞男・村高比較表4,3631,921,934.8874504,5192,874,239.059880
安房国YT集計・大野瑞男27293,886.21023028095,736.239070
安房国村高比較表22293,886.21023028095,736.239070元禄村数誤記
下総国YT集計・大野瑞男1,486568,331.1137401,623681,062.631660
下総国村高比較表1,186568,331.1137401,623681,062.631660元禄村数誤記
備中国YT集計・大野瑞男468324,455.623000484363,915.614210
備中国村高比較表486324,455.623000484363,915.614210元禄村数誤記
長門国YT集計・大野瑞男173166,623.645000150404,853.333000
長門国村高比較表123166,623.645000150404,853.333000元禄村数誤記
壱岐国YT集計・大野瑞男5018,072.8060005032,742.921000
壱岐国村高比較表5218,072.8060005032,742.921000元禄村数誤記
対馬国YT集計・大野瑞男1240.0000001400.000000
対馬国村高比較表1240.0000001240.000000天保村数誤記
琉球国YT集計・大野瑞男71123,711.81348071123,711.813480
大隅属島村高比較表1932,828.7000001932,828.700000奄美群島を琉球から分離
琉球村高比較表4690,883.1134804690,883.113480村数誤記
松前嶋YT集計・大野瑞男1280.000000
松前嶋村高比較表集計なし
全国総計YT集計63,22825,910,641.41806063,69030,558,917.841139
全国総計大野瑞男63,22625,786,929.60458063,93230,558,917.841139松前嶋・元禄琉球石高除外
全国総計村高比較表62,83125,910,641.41806063,54030,558,917.841139

この他、東京大学史料編纂所所蔵『正保・元禄・天保・明治村高比較表』には郡別石高の誤記等が多数ありますが、国別石高はほぼ大野瑞男「国絵図・郷帳の国郡石高」と同じです。

元禄の国別石高は、『地方凡例録』『竹橋余筆別集』『第2次農務統計表』等にも掲載されています。

[80376] 2012 年 3 月 4 日 (日) 16:58:04 hmt さん
 東京付近の市外局番

[80373] ゆう さん
番号区画と単位料金区域の関係については、拙稿[17150]もご参考に。

お久しぶりです。私が落書き帳に参入する前の[17150]に、明確な紹介で 両者の区別が示されていたのですね。
総務省が決める市外局番の各区域は「番号区画」と呼ばれます。
この番号区画は地名による名前がつけられていないためもあってか、NTT地域会社が設定するMA(Message Area;単位料金区域)のほうで話されることが多いのですが、厳密には両者は別個のものであり、1対1に対応してもいません。

[80365] hiroroじゃけぇ さん
天気予報もこのように右回りで、広島から始まり岡山で終ります。この順番は今でも不思議なのですが…

時計の針やネジだけでなく、地理の分野でも右回りは普通に使われています。
例えば住居表示における「住居番号」の付与は右回りです[7175]。東京都23区の順番も右回り。
後者は、東京旧市域を含む8区と 昭和初期に郡部から編入された区域(15区)との2層構造の右回りです。

ところが、[80352]で記した電話市外局番の“関東6県右回り”説ですが、これを再検討した結果、どうも誤解していたと思われるので、訂正しておきます。

そもそも、東日本の地方別を“北海道・東北・関東・甲信越”としたのが、間違いの始まりでした。
市外電話の自動即時化は「東京03地域」が中心。その前後にあるのは「01〜02地域」と「04〜05地域」です。

実際、1956年度に開始された 東京とその近郊用の市外局番は、南関東1都3県を対象とするものでした。
1956年度末における「東京03」以外の市外局番([80352]の【追記2】参照)を 番号順に列挙します。
武蔵野三鷹(022)、調布(0229)、立川(025)、青梅(028)、所沢(029)、川崎(04)、日吉(046)、横浜(05)、大船(067)、市川(073)、松戸(0739)、船橋(074)、川口(082)、大宮(0833)、浦和(088)。
つまり、三多摩>川崎>横浜>神奈川県>千葉県>埼玉県という順番でした。
1961年に「4」が追加された全国用市外局番になり、川崎(044)、横浜(045)という現在の形になりました。

全国自動即時化に伴い、1962年度の川越(0492)は従来の埼玉県枠(048)を越えました。
埼玉県は「049枠」が空いていたからよかったものの、千葉県(047)は続番が空いていません。

そこで目を付けられたのが、1961年の「4」追加時に「空き家」で残されていた「043枠」です。
1973年に市原、木更津の両MAを047枠→043枠へと引越しさせ、1976年には千葉MA(0472)の市内局番対策のために、佐倉を0434に分割。

このようなやりくりを重ねた上で、千葉市政令都市移行という大義名分を利用し、電話も市外局番「043」に本格的に移行しました。同時に佐倉の市外局番も3桁化し、千葉MAに編入されたのではないかと思いますが、佐倉と千葉との関係についてはグリグリさんが詳しいでしょう。

「右回り」の件に戻ります。
県庁所在都市MAが前橋027、宇都宮028、水戸029、千葉043、横浜045、浦和048と右回りに並んだのは、千葉が047から引っ越したのが原因でした。
全国市外電話自動即時化時点で考えれば、「01〜02地域」は北から並んで 北海道 青森 秋田 岩手 宮城 山形 福島 新潟 長野 群馬 栃木 茨城県の順。
そして「東京03地域」の次に来る「04地域」は、「三多摩>川崎>横浜>神奈川県>千葉県>埼玉県」という、「左回り」の順番だったのでした。

[80375] 2012 年 3 月 4 日 (日) 15:33:58 オーナー グリグリ
 変遷情報検索を機能強化しました

[80344]で予告していました実験についてですが、ちょっと手こずりましたが、仕様を整理して次の機能強化を行うことで利用方法を分りやすくしました。新しくなった変遷情報検索ページと見比べながらご覧ください。

1. 検索文字の複数指定
検索文字をスペース(全角または半角)で区切って複数指定できるようにしました。単純に複数のキーワードをまとめて検索する機能としても使えますが、例えば、「鹿島 鹿嶋」と指定すれば、島と嶋の揺らぎを含めて検索することができます。以下の例で設定画面と抽出結果をご確認ください。

・「大館 大舘」で検索 検索設定画面 検索結果
・「龍 竜 辰」で検索 検索設定画面 検索結果

2. 揺らぎ文字の設定
「ヶ・ケ・が」と「の・ノ・之・乃・野」について揺らぎ文字として区別しない検索をできるようにしました。各々、「ヶ・ケ」「の・ノ・之・乃」を区別しない場合と「ヶ・ケ・が」「の・ノ・之・乃・野」を区別しない場合を選べるようにしました。また、揺らぎ文字がない場合も含めるか含めないかも選択できるようにしました。こちらも実例でご覧ください。

・「一ノ宮 二ノ宮 三ノ宮 四ノ宮」で検索 検索設定画面 検索結果
・「ヶ崎」で検索 検索設定画面 検索結果

「一ノ宮 二ノ宮 三ノ宮 四ノ宮」の例は、揺らぎ文字がない場合も検索する設定なので「一宮」なども検索されます。「ヶ崎」の例は、揺らぎ文字がない場合は検索しない設定なので「○ヶ崎、○ケ崎」だけを検索します。

[80341] 88さん
1 ノ, の, 之, 野 一ノ宮, 一の宮, 一之宮, 一野宮 一宮 をこれに加えるのは困難か
2 ヶ, ケ, が 関ヶ原, 関ケ原, 関が原 関原 をこれに加えるのは困難か
上記の揺らぎ文字設定で実現しました。
3 島, 嶋
4 曽, 曾
5 館, 舘
6 沢, 澤
7 滝, 瀧
8 竜, 龍
9 篭, 籠
10 条, 條
11 峰, 峯, 嶺
12 弥, 彌
13 岳, 嶽
これらは揺らぎ文字ではなく、検索文字を複数設定することで実用的に同時検索できるようにしました。

以上ですが、一通り確認はしていますが、細かいところの検証までは行っていませんので、皆さんでいろいろ試していただければ幸いです。お気づきの点はご報告いただければ大変助かります。よろしくお願いいたします。

[80374] 2012 年 3 月 4 日 (日) 14:53:31 オーナー グリグリ
 Re:3年ぶり、6年ぶり

[80373] ゆうさん
ご無沙汰してます。[70346]以来、またまた約3年ぶりです。
約6年ぶりに「市りとり」を更新しました。[47148]では
でも300市は無理ですかね。
と書きましたが、やはり、当面300市は難しそうです。
ゆうさん、お久しぶりです。3年ぶりだろうが6年ぶりでしょうが大歓迎です。

パズルとクイズ(市りとり)の更新ありがとうございました。読み編は293市に延びたんですね。前回記録(2008/10/31時点)289市から4市延びていますが、増えた市と消えた市は以下の通りです。

増えた市:伊佐市、河内長野市、境港市、小金井市、長岡市、野々市市
消えた市:高知市、鳴門市

6市増えて2市消えていますが、伊佐市と野々市市はこの間の新しい市です。市りとりのページにあるのはあくまでも一例なので、あくまでも参考データではあります。ところで表記編も延びたのかな?

[80373] 2012 年 3 月 4 日 (日) 11:37:03 ゆう さん
 3年ぶり、6年ぶり

ご無沙汰してます。[70346]以来、またまた約3年ぶりです。
約6年ぶりに「市りとり」を更新しました。[47148]では
でも300市は無理ですかね。
と書きましたが、やはり、当面300市は難しそうです。

[80352]hmtさん
番号区画と単位料金区域の関係については、拙稿[17150]もご参考に。
これを書いてから約9年の間に、総務省が地方公共団体からの要請を受ければ番号区画を変更し、同時に各通信事業者も加入者の電話番号を(NTTの場合は単位料金区域も併せて)変更する一連の流れが出来ています。

[80372] 2012 年 3 月 4 日 (日) 07:07:21【2】 オーナー グリグリ
 記事検索範囲の既定値(デフォルト値)の変更

落書き帳の記事検索(キーワードによる検索)における「検索範囲を限定する」の既定値(デフォルト値)を、これまでの「全記事」から「60000番(2007年7月)以降の記事」に変更しましたので、ご利用の方はご留意ください。記事数が8万を超え(削除記事を除く累計数は79,130件)、記事検索が非常に重くなっており、サーバーの負荷対策の面からも既定値を変更させていただきました。よろしくお願いいたします。なお、記事検索の処理ロジックは原始的なものであり(800ファイルの逐次検索)、効率的な検索ロジックに改善すべきところですが、私の技術レベルや時間制約を考えると、当面はこのような暫定対策で凌ぐしかないかと思っています。

[80371] 2012 年 3 月 4 日 (日) 07:02:40【2】 YT さん
 元禄郷帳(6)

旧国名郡名元禄村数元禄石高天保村数天保石高
西海道総計7,4683,655,547.3287707,5094,114,612.705576
筑前国総計902606,981.420000901651,782.278440
筑前国遠賀郡9649,283.4936009560,146.856380
筑前国宗像郡6450,511.5530006458,264.704240
筑前国鞍手郡7759,025.6328007761,964.898950
筑前国穂波郡6232,635.9836006238,621.534670
筑前国嘉麻郡6840,914.9619006846,702.663060
筑前国上座郡3821,205.7204003825,971.100000
筑前国下座郡4218,933.6750004221,277.952460
筑前国夜須郡5637,481.4808005640,238.912130
筑前国御笠郡5932,535.2020005937,952.316000
筑前国粕屋郡8452,897.8940008465,150.184100
筑前国席田郡98,719.91000099,924.840070
筑前国那珂郡8134,367.2490008143,851.417640
筑前国早良郡5238,698.2690005246,321.317700
筑前国志摩郡5136,096.1980005148,084.341640
筑前国怡土郡6343,674.1969006347,309.239400
筑前国外新田高50,000.000000
筑後国総計709331,497.769000710375,588.897800
筑後国生葉郡5412,675.8370005414,890.817000
筑後国竹野郡8912,397.8120008914,199.382000
筑後国山本郡3012,804.1020003012,910.215000
筑後国御原郡3520,587.4300003522,409.750000
筑後国御井郡7136,780.4660007139,458.100000
筑後国上妻郡10929,616.46200010934,763.278000
筑後国下妻郡3321,518.2260003321,975.513000
筑後国三潴郡14090,223.688000141102,169.008000
筑後国山門郡8657,371.5440008666,010.654000
筑後国三池郡6237,522.2020006246,802.180800
豊前国総計668273,801.848300677368,913.640500
豊前国企球郡9531,981.1970009548,832.533000
豊前国田川郡6339,573.6970006356,879.086000
豊前国京都郡6622,222.7370006634,271.442000
豊前国仲津郡7427,642.3450007440,773.455000
豊前国築城郡3915,556.7090003922,844.107000
豊前国上毛郡7330,113.2460007340,495.081400
豊前国下毛郡8136,688.1127008147,779.353100
豊前国宇佐郡17770,023.80460018677,038.583000
豊後国総計1,516369,546.7916001,473417,514.227150
豊後国国東郡18454,453.07260018379,407.481900
豊後国速見郡12450,314.12500012054,838.713400
豊後国大分郡23061,871.97900022765,466.122300
豊後国海部郡15448,435.83900015456,685.475970
豊後国大野郡39557,769.00200039559,737.313000
豊後国直入郡25435,879.05100025437,304.699000
豊後国玖珠郡6429,333.4970004831,097.550170
豊後国日田郡11131,490.2260009232,976.871410
肥前国総計1,418572,284.1231001,400706,470.723196
肥前国基肄郡229,122.3400002211,992.375000
肥前国養父郡2310,601.4720002313,204.107000
肥前国三根郡4824,335.4600004825,835.460000
肥前国神崎郡10949,335.27100010952,335.271000
肥前国佐嘉郡172102,779.196000172115,290.067000
肥前国小城郡14446,409.68800014452,409.688000
肥前国松浦郡488131,439.361500486189,934.677696
肥前国杵嶋郡11467,436.36100011485,436.361000
肥前国藤津郡7930,750.0840007935,750.084000
肥前国彼杵郡10740,854.0486009152,988.135500
肥前国高来郡11259,220.84100011271,294.497000
肥後国総計1,124563,857.1780001,116611,920.291100
肥後国天草郡12321,768.9760008824,967.232100
肥後国蘆北郡3017,534.5600003019,218.576000
肥後国球麻郡4522,192.3200007241,816.887000
肥後国八代郡6942,881.9270006944,160.986000
肥後国益城郡287123,433.380000287129,228.847000
肥後国宇土郡4925,709.5850004925,996.826000
肥後国飽田郡9451,033.4820009452,333.379000
肥後国詫摩郡2919,088.2360002920,333.164000
肥後国合志郡6034,691.1800006036,672.280000
肥後国山本郡3317,387.1000003317,708.082000
肥後国玉名郡11073,927.90200011079,038.508000
肥後国山鹿郡4433,116.9680004433,316.519000
肥後国菊池郡6726,463.2600006727,233.981000
肥後国阿蘇郡8454,628.3020008459,895.024000
日向国総計398309,954.528170483340,128.861790
日向国諸県郡175127,218.913320175127,277.596520
日向国宮崎郡2936,533.7235202936,592.398520
日向国那珂郡7878,572.9173307890,835.434330
日向国児湯郡4737,582.8990004842,729.890600
日向国臼杵郡6930,046.07500015342,693.541820
大隅国総計230170,833.451000230170,833.451000
大隅国菱刈郡139,986.856000139,986.856000
大隅国桑原郡3221,824.0430003221,824.043000
大隅国始羅郡3926,643.4620003926,643.462000
大隅国囎唹郡6343,884.4800006343,884.480000
大隅国肝属郡3842,015.9880003842,015.988000
大隅国大隅郡3220,192.3130003220,192.313000
大隅国熊毛郡95,205.71900095,205.719000
大隅国馭謨郡41,080.59000041,080.590000
薩摩国総計258315,005.600120258315,005.600120
薩摩国鹿児島郡2730,339.6942002730,339.694200
薩摩国谿山郡615,047.895500615,047.895500
薩摩国給黎郡610,464.207000610,464.207000
薩摩国揖宿郡716,857.056700716,857.056700
薩摩国頴娃郡715,939.384700715,939.384700
薩摩国河辺郡3535,045.7180003535,045.718000
薩摩国阿多郡2023,570.4705002023,570.470500
薩摩国日置郡4851,648.0439004851,648.043900
薩摩国薩摩郡3342,719.1347503342,719.134750
薩摩国伊佐郡5238,401.3624705238,401.362470
薩摩国出水郡723,735.256000723,735.256000
薩摩国高城郡88,445.99140088,445.991400
薩摩国甑嶋郡22,791.38500022,791.385000
壱岐国総計5018,072.8060005032,742.921000
壱岐国壱岐郡2310,049.4710002317,577.855000
壱岐国石田郡278,023.3350002715,165.066000
対馬国総計1240.0000001400.000000
対馬国上県郡570.000000650.000000
対馬国下県郡670.000000750.000000
琉球国総計71123,711.81348071123,711.813480
琉球国沖縄嶋2762,199.0000002762,199.000000
琉球国計羅摩嶋1203.0000001203.000000
琉球国戸無嶋145.100000145.100000
琉球国久米嶋23,677.70000023,677.700000
琉球国粟嶋1727.4000001727.400000
琉球国伊恵嶋13,643.00000013,643.000000
琉球国伊是那嶋1750.2000001750.200000
琉球国恵平屋嶋1541.6000001541.600000
琉球国喜界嶋56,932.40000056,932.400000
琉球国大嶋710,455.500000710,455.500000
琉球国徳之嶋310,009.700000310,009.700000
琉球国永良部嶋34,158.50000034,158.500000
琉球国与論嶋11,272.60000011,272.600000
琉球国宮古嶋612,458.792420612,458.792420
琉球国八重山嶋116,637.321060116,637.321060

五畿八道郡名元禄村数元禄石高天保村数天保石高
北海道総計1280.000000
松前嶋総計1280.000000

全国郡名元禄村数元禄石高元禄永高天保村数天保石高天保永高
全国総計63,22825,910,641.418060永高1369貫801文63,69030,558,917.841139永高1367貫670文

註8) 大野瑞男「国絵図・郷帳の国郡石高」では、元禄の琉球国の内訳が掲載されていないが、東京大学史料編纂所所蔵『正保・元禄・天保・明治村高比較表』で元禄分も内訳が掲載されており、天保郷帳の記載をそのまま採用した。

註9) 東京大学史料編纂所所蔵『正保・元禄・天保・明治村高比較表』では、喜界嶋
大嶋、徳之嶋、永良部嶋、与論嶋が「大隅属島」と区分されており、本表の作成が明治10年以降であることが伺われる。また沖縄嶋、計羅摩嶋、戸無嶋、久米嶋、粟嶋、伊恵嶋、伊是那嶋、恵平屋嶋を全て合わせて「沖縄嶋」と集計している。

註10) 天保の松前嶋村数総数として、枝村を含む和人居住地の村数128を採用した。史籍研究会 『天保郷帳 2: 附元禄郷帳 (内閣文庫所藏史籍叢刊 56)』 では、ほかに蝦夷人居所402箇所(箱館附場所8箇所、東蝦夷128箇所、西蝦夷195箇所、国後島8箇所、択捉島11箇所、奥尻島・利尻島・礼文島3箇所、樺太49箇所)と他の島25の記載があるが、これらは村数として集計されていない。

 松前東西夲村枝村共
一人居村數    百弐拾八箇村
    内四拾四箇村 枝村

 箱舘附場所之内
一蝦夷人居所   八箇所

 東西蝦夷地
一蝦夷人居所   三百弐拾三箇所

一惣嶋数     三拾壱ヶ所
    但嶋々之内蝦夷人居所 七拾壱ヶ所

区分人居数備考
松前東西本村枝村128枝村44を含む
蝦夷人居所402
 箱館附場所8但し蝦夷人居住の名称が記載されていない
 東西蝦夷地323
  東蝦夷128郷帳から集計
  西蝦夷195郷帳から集計
 嶋々之内71惣嶋数は31ヶ所
  クナシリ嶋8郷帳から集計
  ヱトロフ嶋11郷帳から集計
  大嶋1集計上仮定
  リイシリ1蝦夷人居所壱ヶ所有(名称なし)
  レブンシリ1蝦夷人居所壱ヶ所有(名称なし)
  カラフト嶋49郷帳から集計

大嶋(奥尻島)には「蝦夷人居所壱ヶ所有」等の記述がないが、嶋々の中での蝦夷人居所の集計は70となってしまう。そこで奥尻島の項目に記載されるべき「蝦夷人居所壱ヶ所有」の記述が脱落したと仮定した。

註11) 大野瑞男「国絵図・郷帳の国郡石高」では、元禄村数6万3226・元禄石高2578万6929石6斗0升4合5勺8才と記載されているが、上記表の元禄村数6万3228・元禄石高2591万0641石4斗1升8合0勺6才との差はそれぞれ陸奥国の村数合計不一致+2、琉球の元禄石高12万3711石8斗1升3合4勺8才に相当する。また大野瑞男「国絵図・郷帳の国郡石高」では、天保村数6万3932と記載されているが、上記表の元禄村数6万3690との差は誤集計による武蔵国の村数の差−370と松前嶋の村数+128に相当する。


註12) 東京大学史料編纂所所蔵『正保・元禄・天保・明治村高比較表』では、元禄村数6万2831と記載されているが、上記表の元禄村数6万3228との差は琉球の村数の差+6、山城国葛野郡の村数の差+9、安房国村数総計の差+50、下総国村数総計の差+300、備中国村数総計の差−18、長門国村数総計の差+50、壱岐国村数総計の差−2、陸奥国村数合計不一致+2に相当する。また東京大学史料編纂所所蔵『正保・元禄・天保・明治村高比較表』では、天保村数6万3540と記載されているが、上記表の天保村数6万3690との差は琉球の村数の差+6、対馬国総計の差+16、松前嶋+128に相当する。

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 元禄郷帳(5)

旧国名郡名元禄村数元禄石高天保村数天保石高
山陽道総計4,7872,376,120.1260004,8133,211,546.810710
播磨国総計1,800568,517.5790001,796651,964.813500
播磨国明石郡14952,401.44600014757,016.077000
播磨国美嚢郡15540,975.39000015744,146.518300
播磨国加古郡9836,894.6710009950,014.762000
播磨国印南郡11435,819.46200011645,658.439700
播磨国加東郡14750,116.50600015155,819.578100
播磨国加西郡12238,085.77200012339,078.271900
播磨国多可郡12433,887.11100012434,140.639000
播磨国神東郡7922,056.5370007928,484.534090
播磨国神西郡6718,164.5240006922,055.429060
播磨国飾東郡7029,861.1180007139,532.590000
播磨国飾西郡7931,563.4420007740,382.596000
播磨国揖東郡13448,490.09600013055,691.947900
播磨国揖西郡10229,658.70300010133,118.687100
播磨国赤穂郡13238,868.03600012544,078.249600
播磨国佐用郡8823,350.3440008724,187.595400
播磨国宍粟郡14038,324.42100014038,558.898350
美作国総計592259,353.701000628262,099.098000
美作国東南条郡1410,654.0130001410,838.443000
美作国東北条郡3215,120.8030003215,411.158000
美作国西北条郡2310,487.7840002310,765.428000
美作国西々条郡5126,335.8440005126,800.651000
美作国大庭郡4720,351.9650004720,836.769000
美作国真嶋郡9532,943.5410009633,194.017000
美作国久米北条郡3328,777.4800005028,870.413000
美作国久米南条郡5422,774.7880006022,982.121000
美作国勝南郡6824,495.7160007024,654.139000
美作国勝北郡5333,965.4220005734,139.459000
美作国英田郡6413,509.2320006413,659.633000
美作国吉野郡5819,937.1130006419,946.867000
備前国総計646289,224.710000673416,581.854000
備前国御野郡6142,707.1900006352,800.666000
備前国津高郡9338,271.1000009347,395.655000
備前国赤坂郡9437,964.0400009444,132.424000
備前国磐梨郡6421,288.7400006427,217.612000
備前国和気郡8620,978.6500008928,713.035000
備前国邑久郡7145,583.9500007869,534.016000
備前国上道郡9653,001.760000108100,072.824000
備前国児嶋郡8129,429.2800008446,715.622000
備中国総計468324,455.623000484363,915.614210
備中国上房郡2722,005.0272002724,720.902500
備中国阿賀郡3332,531.2213003433,161.099400
備中国哲多郡2922,753.5033002922,804.433100
備中国川上郡5325,523.8657005431,213.727000
備中国小田郡7036,497.7560007137,269.410300
備中国後月郡3717,790.2480003618,003.581000
備中国下道郡1713,826.7709001718,973.970200
備中国賀陽郡7645,007.1756007849,346.670410
備中国都宇郡3928,251.4050004335,682.231200
備中国浅口郡4448,981.2398004954,726.799900
備中国窪屋郡4331,287.4102004638,012.789200
備後国総計494295,678.888000494312,054.932000
備後国御調郡5929,269.1040005937,037.740000
備後国世羅郡4929,571.4250004933,193.055000
備後国三谿郡3818,156.2550003819,245.673000
備後国三上郡1812,836.5620001813,654.330000
備後国奴可郡3917,637.2280003919,792.879000
備後国甲怒郡3215,519.2430003215,574.586000
備後国沼隈郡4326,070.2540004326,425.202000
備後国深津郡3225,564.9170003225,652.294000
備後国安那郡2924,658.9530002924,725.729000
備後国品治郡2111,573.5100002111,709.049000
備後国芦田郡2817,453.3350002817,567.020000
備後国神石郡3822,330.4650003822,344.401000
備後国三次郡4323,093.1750004323,093.175000
備後国恵蘇郡2521,944.4620002522,039.799000
安芸国総計436269,478.310000436310,648.489000
安芸国沼田郡3320,822.3380003328,895.157000
安芸国佐伯郡6334,798.0700006339,797.503000
安芸国豊田郡5651,414.8580005657,797.663000
安芸国山県郡6428,518.6690006430,646.105000
安芸国高宮郡3216,193.7960003217,732.512000
安芸国賀茂郡8849,298.8920008856,010.134000
安芸国安芸郡3825,356.6850003835,841.634000
安芸国高田郡6243,075.0020006243,927.781000
周防国総計178202,787.670000152489,428.677000
周防国大嶋郡2713,195.6150002731,870.020000
周防国都濃郡3334,913.9830002593,332.799000
周防国佐波郡2426,791.0140001883,044.548000
周防国玖珂郡4453,532.78100036103,659.279000
周防国吉敷郡2338,635.3460002098,751.511000
周防国熊毛郡2735,718.9310002678,770.520000
長門国総計173166,623.645000150404,853.333000
長門国豊浦郡6645,082.22900065127,286.534000
長門国大津郡1818,214.1370001542,798.047000
長門国美禰郡1831,921.7450001559,959.307000
長門国厚狭郡3332,306.4630003284,785.952000
長門国阿武郡3738,515.0300002288,817.320000
長門国見嶋郡1584.04100011,206.173000

旧国名郡名元禄村数元禄石高天保村数天保石高
南海道総計4,5251,546,000.6775404,4511,889,261.906450
紀伊国総計1,413397,668.0190001,337440,858.377710
紀伊国伊都郡12734,180.58900014737,534.277570
紀伊国那賀郡22984,008.94900024890,741.177040
紀伊国名草郡15081,695.75300015087,979.907000
紀伊国海部郡6321,081.6780005925,750.744800
紀伊国在田郡14642,574.11600013747,308.213000
紀伊国日高郡18344,910.90200014848,671.176200
紀伊国牟婁郡51589,216.032000448102,872.882100
淡路国総計23770,428.10000025197,164.784000
淡路国津名郡12137,207.90000012252,609.821000
淡路国三原郡11633,220.20000012944,554.963000
阿波国総計455193,862.285000455268,894.329000
阿波国三好郡2815,805.7100002820,489.375000
阿波国美馬郡219,950.6790002112,738.871000
阿波国阿波郡327,873.5560003210,704.226000
阿波国板野郡10134,721.69200010152,738.087000
阿波国麻植郡3614,482.3800003515,642.831000
阿波国名西郡3917,211.9260003923,005.650000
阿波国名東郡5225,404.7870005432,998.102000
阿波国勝浦郡3214,188.6210003330,091.430000
阿波国那賀郡8842,182.9310008755,534.426000
阿波国海部郡2612,040.0030002514,951.331000
讃岐国総計385186,394.041000377291,320.256400
讃岐国大内郡3410,200.0000003414,871.661000
讃岐国寒川郡2513,600.0580002621,522.707000
讃岐国三木郡2011,619.4770002017,203.116000
讃岐国山田郡3018,178.2500003028,372.544000
讃岐国香川郡4721,904.7730004737,302.399000
讃岐国阿野郡3517,759.2590003529,495.136000
讃岐国鵜足郡2716,183.6970002729,038.844000
讃岐国那珂郡4119,460.1360004029,032.730900
讃岐国多度郡2114,676.8100002218,984.071000
讃岐国三野郡2819,043.7610002732,401.830000
讃岐国豊田郡4713,859.7660003922,067.593000
讃岐国小豆嶋97,916.25100098,994.386000
讃岐国塩飽嶋181,250.000000181,250.000000
讃岐国直嶋3741.8030003783.238500
伊予国総計959429,163.258540955460,997.639340
伊予国宇摩郡5121,223.1310005122,572.198800
伊予国新居郡5226,083.8770005233,731.476000
伊予国周布郡3721,342.5850003623,054.416000
伊予国桑村郡2713,434.1320002714,634.317000
伊予国越智郡9538,584.0590009246,221.629000
伊予国野間郡3014,989.2250003016,522.458000
伊予国風早郡8417,635.8560008418,417.696000
伊予国和気郡2214,246.1260002216,198.524000
伊予国久米郡3115,790.2570003117,333.347000
伊予国伊予郡3424,011.8670003426,686.227000
伊予国浮穴郡9935,656.6110009937,769.192000
伊予国喜多郡8333,939.7700008334,720.057000
伊予国宇和郡279130,409.808540279130,409.808540
土佐国総計1,076268,484.9740001,076330,026.520000
土佐国安芸郡11022,181.99900011030,056.362000
土佐国香我美郡14739,610.93000014747,268.056000
土佐国長岡郡14736,549.45200014744,910.837000
土佐国土佐郡10320,784.92000010329,250.880000
土佐国吾川郡6921,750.0490006926,222.405000
土佐国高岡郡22057,328.97600022072,984.692000
土佐国幡多郡28070,278.64800028079,333.288000

[80369] 2012 年 3 月 4 日 (日) 06:26:26 YT さん
 元禄郷帳(4)

旧国名郡名元禄村数元禄石高天保村数天保石高
北陸道総計8,9123,008,193.6391708,9103,622,488.969650
若狭国総計25588,281.52240025591,018.822200
若狭国大飯郡7419,970.7386007420,320.601600
若狭国遠敷郡12243,030.14980012244,219.201600
若狭国三方郡5925,280.6340005926,479.019000
越前国総計1,541684,271.8096001,533689,304.819870
越前国足羽郡16091,963.62800016092,863.626000
越前国吉田郡13979,289.73840013980,804.032000
越前国丹生郡22987,599.48990022987,973.148800
越前国今立郡20185,667.18500020286,200.011000
越前国南条郡9337,203.2910009235,639.510500
越前国坂井郡350185,485.161000349185,521.392000
越前国大野郡28395,534.80930027697,491.640700
越前国敦賀郡8621,528.5070008622,811.458870
加賀国総計770438,281.770000768483,665.848700
加賀国河北郡17877,939.34000017790,700.563000
加賀国石川郡243177,262.010000235183,508.752000
加賀国能美郡215117,348.830000213131,299.724700
加賀国江沼郡13465,731.59000014378,156.809000
能登国総計681239,208.795400666275,369.990210
能登国羽咋郡19081,788.89800019191,031.531500
能登国鹿嶋郡15374,990.11410015085,955.788910
能登国鳳至郡25654,737.48300025064,961.548500
能登国珠洲郡8227,692.3003007533,421.121300
越中国総計1,441611,000.1000001,376808,008.461820
越中国新川郡511197,612.040000486282,103.413820
越中国婦負郡18664,648.00000018084,671.080000
越中国射水郡240138,183.340000220171,283.951000
越中国砺波郡504210,556.720000490269,950.017000
越後国総計3,964816,775.7307704,0511,142,555.535850
越後国頚城郡1,087206,834.8056701,098224,528.938600
越後国苅羽郡19169,986.95900019075,500.337470
越後国魚沼郡58080,827.973000409100,305.259500
越後国古志郡21745,039.04200026869,545.390100
越後国三嶋郡21463,876.69400022477,727.699030
越後国岩船郡24348,501.17900025060,478.961000
越後国蒲原郡1,432301,709.0781001,612534,468.950150
佐渡国総計260130,373.911000261132,565.491000
佐渡国加茂郡10046,656.55400010047,492.368000
佐渡国雑太郡10062,375.91100010063,226.834000
佐渡国羽茂郡6021,341.4460006121,846.289000

旧国名郡名元禄村数元禄石高天保村数天保石高
山陰道総計4,2201,372,238.9974004,2141,499,296.436760
丹波国総計902293,445.547400880324,136.268670
丹波国桑田郡21450,385.34560021556,805.634000
丹波国船井郡20442,313.44100020353,256.533290
丹波国何鹿郡7741,305.5053007142,361.920400
丹波国天田郡10450,106.53480010450,915.453720
丹波国氷上郡17164,169.94570017368,546.206660
丹波国多紀郡13245,164.77500011452,250.520600
丹後国総計392145,821.182000388147,614.804460
丹後国与佐郡9242,056.6520009242,655.397000
丹後国加佐郡13738,302.58100013738,991.085460
丹後国中郡3321,558.6650003321,738.797000
丹後国熊野郡5318,885.7530005318,979.097000
丹後国竹野郡7725,017.5310007325,250.428000
但馬国総計627130,673.235000623144,313.084030
但馬国朝来郡9020,682.9520009020,739.756000
但馬国養父郡10420,916.71000010023,692.594000
但馬国二方郡547,926.735000549,840.706000
但馬国七味郡596,700.000000738,783.642000
但馬国気多郡8017,940.6470007519,959.944400
但馬国城崎郡7920,370.2080007921,660.814630
但馬国美含郡7411,098.3060007211,628.509000
但馬国出石郡8725,037.6770008028,007.118000
因幡国総計535170,728.289000553177,844.624000
因幡国岩井郡4619,554.3760005020,713.069000
因幡国法美郡6018,806.1880006019,123.253000
因幡国八東郡8523,128.5760008823,244.984000
因幡国八上郡5820,010.1600006020,577.499000
因幡国智頭郡9614,380.0560009814,563.432000
因幡国邑美郡3215,491.0280003516,461.596000
因幡国高草郡7835,553.3080008037,823.506000
因幡国気多郡8023,804.5970008225,337.285000
伯耆国総計710194,416.567000754217,990.822280
伯耆国河村郡10222,727.80500010425,312.890000
伯耆国久米郡11137,829.47100011939,064.655000
伯耆国八橋郡10328,625.19400010731,842.697000
伯耆国汗入郡7424,320.8960007427,062.298060
伯耆国会見郡14954,863.12000017361,940.043000
伯耆国日野郡17126,050.08100017732,768.239220
出雲国総計504282,489.739000504302,627.465000
出雲国嶋根郡5123,120.0340005124,783.438000
出雲国秋鹿郡2010,416.2670002011,308.918000
出雲国楯縫郡2313,172.1370002315,835.685000
出雲国出雲郡1922,142.5040001923,437.342000
出雲国神門郡8559,698.3000008567,525.408000
出雲国飯石郡6130,630.3380006131,395.580000
出雲国仁多郡7221,330.5420007221,557.964000
出雲国大原郡5825,871.4800005826,844.848000
出雲国能義郡7743,274.4840007745,638.197000
出雲国意宇郡3832,833.6530003834,300.085000
石見国総計489142,499.235000451172,209.768320
石見国安濃郡3614,175.6010003014,510.167000
石見国邇摩郡5716,157.4680004616,647.348000
石見国邑知郡11333,889.64000010236,781.165600
石見国那賀郡12036,271.34100011648,549.446720
石見国美濃郡10026,962.3380009633,108.396000
石見国鹿足郡6315,042.8470006122,613.245000
隠岐国総計6112,165.2030006112,559.600000
隠岐国海士郡82,419.63300082,465.515000
隠岐国知夫里郡53,159.64400053,204.464000
隠岐国越智郡162,859.831000162,982.675000
隠岐国周吉郡323,726.095000323,906.946000

[80368] 2012 年 3 月 4 日 (日) 06:13:10【1】 YT さん
 元禄郷帳(3)

旧国名郡名元禄村数元禄石高天保村数天保石高
東山道総計14,6246,463,940.15250014,6917,954,049.255308
近江国総計1,516836,829.7207801,516853,095.305590
近江国犬上郡12460,879.83100012461,982.733400
近江国愛知郡11864,319.20860011764,666.171600
近江国神崎郡8347,877.7670008248,303.651000
近江国蒲生郡227136,324.050400228139,585.483400
近江国甲賀郡13775,838.86914013778,128.377110
近江国野洲郡8165,361.0706008166,901.354200
近江国栗太郡11364,573.50700011568,292.251600
近江国滋賀郡8745,314.3672008845,989.544100
近江国高嶋郡15273,468.28560015674,026.516480
近江国伊香郡7136,024.2770007136,248.370800
近江国浅井郡14576,209.87100014276,680.282900
近江国坂田郡17890,638.61624017592,290.569000
美濃国総計1,631645,101.5030001,602699,764.321660
美濃国不破郡4637,893.4100004540,331.586300
美濃国多芸郡6932,369.5390006135,766.985600
美濃国石津郡9126,987.9003009128,571.290300
美濃国安八郡16485,561.57300015293,744.053000
美濃国池田郡6718,577.6270006724,067.901000
美濃国大野郡11949,500.81900011953,522.503190
美濃国本巣郡7234,971.8830007140,176.696800
美濃国席田郡95,579.21400095,755.002900
美濃国方県郡5034,306.7360005035,671.334700
美濃国厚見郡5736,284.5010005841,606.605100
美濃国山県郡5525,614.0580005526,330.754000
美濃国武儀郡14632,485.86400014534,192.459800
美濃国郡上郡16929,933.15010016431,310.303700
美濃国加茂郡12843,500.10060012145,762.914070
美濃国恵那郡7934,307.1500008040,381.050300
美濃国土岐郡5619,625.5410005621,553.070280
美濃国可児郡9632,128.8920009532,578.749260
美濃国各務郡3520,009.5010003720,330.165900
美濃国羽栗郡6521,074.8960006521,773.703460
美濃国中嶋郡3012,694.5360003314,587.327000
美濃国海西郡2811,694.6120002811,749.865000
飛騨国総計41444,469.21900041456,602.309000
飛騨国大野郡13617,166.53500013622,077.814000
飛騨国吉城郡17819,556.99600017824,326.598000
飛騨国益田郡1007,745.68800010010,197.897000
信濃国総計1,697615,818.7375401,615767,788.077600
信濃国佐久郡18677,658.72400018896,780.355100
信濃国諏訪郡14435,019.91490013544,006.476600
信濃国伊那郡298122,687.946940284134,043.131760
信濃国筑摩郡23154,806.43920023382,080.154840
信濃国小県郡12166,143.50600012076,990.992000
信濃国埴科郡3720,780.2140003723,641.649300
信濃国更級郡7845,977.2260007356,610.989700
信濃国安曇郡17938,944.23850018060,123.870900
信濃国水内郡26584,671.523000214108,542.528500
信濃国高井郡15869,129.00500015184,967.928900
上野国総計1,213591,834.4488701,217637,331.633100
上野国邑楽郡8578,956.2270008680,504.195190
上野国新田郡11365,525.33327011467,345.843880
上野国山田郡5836,217.5215006337,049.574050
上野国佐位郡4016,913.5970003621,295.298700
上野国那波郡6027,023.3920005129,853.997170
上野国群馬郡205114,860.111000209120,700.294840
上野国勢多郡17660,519.83100017877,365.379950
上野国利根郡11730,758.97300011730,899.889900
上野国吾妻郡8824,888.8198008825,273.832300
上野国碓氷郡6440,375.8240006841,415.381700
上野国片岡郡34,267.61400034,267.614000
上野国多胡郡2712,289.6998002712,669.119700
上野国緑埜郡4529,136.3595004531,484.950620
上野国甘楽郡13250,101.14600013257,206.261100
下野国総計1,361681,702.8014601,365769,905.027038
下野国河内郡205106,289.230200202110,593.296010
下野国芳賀郡188115,280.724650192133,083.251715
下野国塩谷郡14649,015.09790014455,006.084520
下野国那須郡29997,336.793600298125,398.651200
下野国足利郡4632,149.3305004633,097.686880
下野国簗田郡2814,028.7950002814,158.903933
下野国安蘇郡6462,835.6345006465,725.910510
下野国都賀郡372196,730.720110378223,852.678270
下野国寒川郡138,036.475000138,988.564000
陸奥国総計4,3651,921,934.8874504,5192,874,239.059880
磐城国総計1,326517,082.530950963613,924.675660
磐城国白河郡9341,247.68200010264,170.258000
磐城国石川郡7436,254.8250007648,998.149000
磐城国田村郡15094,130.250350138106,752.851850
磐城国菊多郡9538,245.2356006740,000.479510
磐城国白川郡20541,959.0200009343,677.955000
磐城国磐前郡14949,654.19700010954,816.129300
磐城国磐城郡8430,245.4040004832,041.668000
磐城国楢葉郡9227,425.6540003831,117.724000
磐城国標葉郡7620,224.9040005522,725.790000
磐城国行方郡14447,807.3130009651,141.621000
磐城国宇多郡6927,493.9760004631,918.070000
磐城国宇多郡(1)6022,373.7360003724,898.190000
磐城国宇多郡(2)95,120.24000097,019.880000
磐城国刈田郡3319,991.5600003323,539.230000
磐城国伊具郡3626,534.8100003639,442.940000
磐城国亘理郡2615,867.7000002623,581.810000
岩代国総計1,306641,269.5165001,305755,703.961220
岩代国会津郡28573,389.91800028587,294.666500
岩代国大沼郡15345,658.47620015352,691.176000
岩代国耶麻郡27297,659.420500274122,848.020000
岩代国河沼郡20055,304.00130020074,384.265000
岩代国岩瀬郡7860,430.0485007969,159.628900
岩代国安達郡7371,206.8330007090,795.913030
岩代国安積郡4837,752.9200004754,704.447290
岩代国信夫郡108111,540.283000108114,457.251600
岩代国伊達郡8988,327.6160008989,368.592900
陸前国総計702398,958.830000702697,838.180000
陸前国柴田郡3519,885.6200003530,527.780000
陸前国名取郡6144,514.9400006164,249.900000
陸前国宮城郡7847,578.6300007875,435.820000
陸前国黒川郡4931,311.4100004943,611.090000
陸前国賀美郡3824,779.6500003839,247.460000
陸前国玉造郡2117,723.0700002124,906.980000
陸前国志田郡6429,256.0600006457,195.750000
陸前国遠田郡5831,040.7700005860,747.280000
陸前国栗原郡9281,354.89000092135,970.380000
陸前国登米郡2418,271.0600002440,372.090000
陸前国牡鹿郡605,420.4600006014,927.350000
陸前国桃生郡6519,748.4700006573,441.620000
陸前国本吉郡3315,173.1000003321,682.680000
陸前国気仙郡2412,900.7000002415,522.000000
陸中国総計530228,520.614000537423,134.490000
陸中国磐井郡8659,317.0100008683,017.320000
陸中国胆沢郡3747,582.4500003777,031.250000
陸中国江刺郡4126,627.4000004140,586.650000
陸中国和賀郡4421,885.6600004638,362.692000
陸中国稗貫郡5215,112.2030005242,447.666000
陸中国紫波郡5116,380.0040005147,185.279000
陸中国岩手郡5412,223.4140005535,903.389000
陸中国鹿角郡338,272.3250003318,983.063000
陸中国閉伊郡9113,666.7800009426,725.210000
陸中国九戸郡417,453.3680004212,891.971000
陸奥国総計501136,103.3960001,012383,637.753000
陸奥国二戸郡488,148.3040004813,888.542000
陸奥国三戸郡6718,874.0140006738,575.259000
陸奥国北郡505,983.9280005413,911.722000
陸奥国津軽郡336103,097.150000843317,262.230000
出羽国総計2,4271,126,248.8344002,4431,295,323.521440
羽前国総計1,195733,879.2304001,204804,569.693740
羽前国置賜郡260193,993.534200260216,161.220230
羽前国村山郡422352,513.707200430366,147.135970
羽前国最上郡12851,072.34180012862,387.453800
羽前国田川郡385136,299.647200386159,873.883740
羽後国総計1,232392,369.6040001,239490,753.827700
羽後国飽海郡25462,318.74500026774,428.472400
羽後国秋田郡25364,320.82100028384,719.960000
羽後国川辺郡4816,520.1960005322,083.154000
羽後国雄勝郡8340,891.2450008654,836.706000
羽後国仙北郡16482,030.53300017593,611.794000
羽後国山本郡7020,347.1530007628,453.063000
羽後国平鹿郡9551,195.36000010759,950.292000
羽後国由利郡26554,745.55100019272,670.386300

註5) ※大野瑞男「国絵図・郷帳の国郡石高」では陸奥・出羽の石高は有力大名の知行を元に区切った郷帳毎に集計されているが、判り易いように明治以降の国(磐城・岩代・陸前・陸中・陸後・陸奥・羽前・羽後)で集計した。郷帳別集計は以下の通り。

旧国元禄村数元禄石高天保村数天保石高郡構成
陸奥(1)910272,011.816000912337,218.127500会津,大沼,耶麻,河沼
陸奥(2)516341,022.558850512434,581.248070白河,石川,岩瀬,田村,安達,安積
陸奥(3)905277,935.643600543300,419.556810菊多,白川,磐前,磐城,楢葉,標葉,行方,宇多(1)
277,935.463600(白川郡の石高修正後(註6を参照))
陸奥(4)197199,867.899000197203,825.844500信夫,伊達
陸奥(5)970600,000.000000970992,057.260000刈田,柴田,伊具,宇多(2),亘理,名取,宮城,黒川,賀美,玉造,志田,
遠田,栗原,登米,牡鹿,桃生,本吉,気仙,磐井,胆沢,江刺
陸奥(6)531128,000.000000542288,874.793和賀,稗貫,紫波,岩手,鹿角,閉伊,九戸,二戸,三戸,北
陸奥(7)336103,097.150000843317,262.230000津軽
出羽(1)260193,993.534200260216,161.220230置賜
出羽(2)422352,513.707200430366,147.135970村山
出羽(3)12851,072.34180012862,387.4538最上
出羽(4)639198,618.392200653234,302.256140田川,飽海
出羽(5)978330,050.859000972416,325.355300秋田,川辺,雄勝,仙北,山本,平鹿,由利

註6) 大野瑞男「国絵図・郷帳の国郡石高」によると、
元禄郷帳陸奥の村数は計算によると4,365村と2村多く、石高集計は1,921.935.06745となり0.18多い。郡石高に2升を2斗の誤記があるか。これを除いて計算は全て合う。
該当する郡は磐城国白河郡しかないため、元禄の磐城国白河郡石高を4万1959石2斗から4万1959石2升に修正した。陸奥国村数総数として計算値4365を採用した。

註7) 近世絵図地図資料研究会編『天保郷帳 : 天保五年甲午十二月石高帳』解読篇と史籍研究会 『天保郷帳 1 (内閣文庫所藏史籍叢刊 55)』の比較において、平鹿の村数に関し、集計数と実際に記載されている村の数が一致しないが(記載されている村は109項目で、集計数107よりも2村多い)、集計されている村数の方を採用した。

[80367] 2012 年 3 月 4 日 (日) 05:54:32【2】 YT さん
 元禄郷帳(2)

旧国名郡名元禄村数元禄石高元禄永高天保村数天保石高天保永高
東海道総計15,1305,933,115.744030永高1369貫801文15,3236,652,134.556760永高1367貫670文
伊賀国総計182100,540.002000182110,096.536000
伊賀国阿拝郡6939,413.8900006944,046.739000
伊賀国山田郡2516,499.0200002518,112.130000
伊賀国伊賀郡5027,953.1800005030,216.981000
伊賀国名張郡3816,673.9120003817,720.686000
伊勢国総計1,400621,027.4420001,325716,451.492700
伊勢国桑名郡10447,568.50100016965,115.467000
伊勢国員弁郡10847,388.92200010649,923.482000
伊勢国朝明郡6229,404.5880006433,379.119000
伊勢国三重郡9060,712.5020008967,495.527000
伊勢国鈴鹿郡9252,618.3620008866,770.783500
伊勢国河曲郡4232,393.8170003834,225.721000
伊勢国安芸郡6944,212.9830006147,637.997000
伊勢国安濃郡8558,012.4500008561,058.720000
伊勢国一志郡15890,911.429000131109,890.107000
伊勢国飯高郡11446,486.07700011352,486.684500
伊勢国飯野郡4223,405.2540003925,724.922000
伊勢国多気郡17442,396.07300012948,237.689000
伊勢国渡会郡26045,516.48400021354,505.273700
志摩国総計5620,061.6410005621,470.398000
志摩国答志郡3712,130.1440003712,953.658000
志摩国英虞郡197,931.497000198,516.740000
尾張国総計989521,480.5180001,008545,875.793000
尾張国愛知郡12284,471.46500012289,511.329000
尾張国春日井郡181106,046.728000189111,764.184000
尾張国丹羽郡11759,404.17800011859,541.518000
尾張国葉栗郡4113,768.8430004113,905.615000
尾張国中嶋郡16882,312.97000016782,252.940000
尾張国海東郡13882,837.87800013888,891.311000
尾張国海西郡7525,084.8760009128,835.934000
尾張国知多郡14767,553.58000014271,172.962000
三河国総計1,267383,413.4423001,292466,080.746800
三河国額田郡16243,258.32920016851,914.880350
三河国賀茂郡34764,522.71550034766,953.239700
三河国碧海郡12582,402.09710012996,999.709340
三河国幡豆郡13852,453.90800015170,047.589170
三河国宝飯郡10851,463.86120010857,482.798620
三河国設楽郡22827,055.35200022930,083.289080
三河国八名郡6521,549.0253006526,984.123000
三河国渥美郡9440,708.1540009565,615.117540
遠江国総計1,093328,651.4365801,094369,552.575180
遠江国榛原郡13846,517.58450014150,013.144290
遠江国城東郡11561,029.94341010869,036.653990
遠江国佐野郡9426,770.2773009429,157.595630
遠江国山名郡10137,532.61150010839,931.417220
遠江国周知郡9223,108.9840009425,074.530840
遠江国磐田郡11,042.71700011,042.717000
遠江国豊田郡25350,462.04263025954,455.891990
遠江国長上郡12325,721.61700012030,518.565680
遠江国麁玉郡51,400.94500052,491.601290
遠江国敷知郡12841,215.08624012149,063.076640
遠江国浜名郡21,079.95600021,267.403000
遠江国引佐郡4112,769.6720004117,499.977610
駿河国総計795237,937.407280780250,538.753090
駿河国志太郡12550,538.35333012654,391.493390
駿河国益津郡3211,847.7430003212,136.855300
駿河国有渡郡9836,001.8085509936,856.146150
駿河国安倍郡11719,855.47750012220,866.577730
駿河国庵原郡8121,771.7706008222,100.558100
駿河国富士郡16148,257.39130014851,536.759520
駿河国駿東郡18149,664.86300017152,650.362900
甲斐国総計849253,023.271030769312,159.329490
甲斐国山梨郡14669,707.60929014679,515.564200
甲斐国八代郡17961,374.54804018067,867.079490
甲斐国都留郡18819,681.10000010721,568.381500
甲斐国巨摩郡336102,260.013700336143,208.304300
伊豆国総計28583,791.28235028484,171.293620
伊豆国君沢郡6922,793.0349006922,904.626560
伊豆国田方郡7125,765.3910007125,839.911680
伊豆国加茂郡12830,628.87945012730,811.558880
伊豆国那賀郡174,603.977000174,615.196500
伊豆国伊豆国附諸嶋320.000000
相模国総計679258,216.582020永高1348貫801文671286,719.756890永高1346貫670文
相模国三浦郡7622,627.1120007824,501.660860
相模国鎌倉郡8927,645.145600永高1348貫801文8931,007.243250永高1346貫670文
相模国高座郡11847,128.75610011852,288.371000
相模国愛甲郡4720,596.0997504526,334.314820
相模国大住郡12364,424.02307011865,967.408400
相模国淘綾郡207,830.425100198,110.611560
相模国足柄下郡8425,904.4344008330,854.909000
相模国足柄上郡9530,249.6230009435,304.732800
相模国津久井県2711,810.9630002712,350.505200
武蔵国総計2,9511,167,862.9833903,0421,281,431.068820
武蔵国豊嶋郡11744,150.24939011448,850.729390
武蔵国荏原郡9832,086.0953009433,689.395660
武蔵国橘樹郡12451,944.29694012854,460.972600
武蔵国久良岐郡5316,301.8112505417,121.590960
武蔵国都筑郡7522,964.4051807627,625.565900
武蔵国多摩郡374122,142.995490403139,613.056790
武蔵国新座郡3112,247.0602003714,248.759120
武蔵国入間郡24374,599.885600261100,250.571220
武蔵国高麗郡10525,466.94365010527,485.482440
武蔵国秩父郡8229,952.7200008331,478.139900
武蔵国男衾郡358,022.140440369,311.752230
武蔵国大里郡4321,112.0737004623,648.419700
武蔵国比企郡15656,079.42410015861,348.774280
武蔵国横見郡4219,720.8250004520,553.968300
武蔵国足立郡432134,065.882470445149,435.660590
武蔵国葛飾郡269116,788.092920281119,628.871590
武蔵国埼玉郡421266,408.245100427283,630.873110
武蔵国幡羅郡5938,665.8872005939,623.301560
武蔵国榛沢郡8329,040.9679408132,132.306090
武蔵国那賀郡136,588.735900136,941.410100
武蔵国児玉郡6327,265.6106006327,652.553000
武蔵国賀美郡3312,248.6350203312,698.914290
安房国総計27293,886.21023028095,736.239070
安房国長狭郡6222,868.9406306223,000.026730
安房国朝夷郡6122,388.9636006222,660.437190
安房国平郡7325,931.2420007326,207.544350
安房国安房郡7622,697.0640008323,868.230800
上総国総計1,149391,113.9541101,194425,080.453410
上総国天羽郡7624,450.6449007724,527.427950
上総国周淮郡10624,246.17580010926,757.986980
上総国望陀郡19354,087.64276019459,935.734480
上総国市原郡18352,701.93158018456,273.210810
上総国夷隅郡15665,060.07920016969,222.310260
上総国埴生郡4917,092.2586104718,081.662710
上総国長柄郡12455,546.83180015162,613.545830
上総国山辺郡13046,979.42960013453,043.157920
上総国武射郡13250,948.95986012954,625.416470
下総国総計1,486568,331.1137401,623681,062.631660
下総国葛飾郡30997,626.153950340121,576.637030
下総国猿嶋郡6927,591.6940007445,830.467100
下総国結城郡4224,624.0929005135,082.435100
下総国豊田郡7739,303.3832008039,198.679300
下総国岡田郡2816,876.9078003923,003.471030
下総国相馬郡13455,250.71100014264,621.125530
下総国千葉郡12839,139.33608013743,423.836290
下総国印旛郡22261,568.29933026070,037.223250
下総国埴生郡5924,309.3413006325,750.313620
下総国香取郡286127,106.103850297148,245.912450
下総国匝瑳郡6330,167.9451106937,560.160990
下総国海上郡6924,767.1452207126,732.369970
常陸国総計1,677903,778.458000永高21貫000文1,7231,005,707.489030永高21貫000文
常陸国茨城郡303157,751.588000304175,012.579850
常陸国那珂郡143102,969.278000142116,809.580000
常陸国久慈郡170100,869.871000162108,768.322000
常陸国多賀郡8857,288.2900009263,777.313320
常陸国新治郡179104,103.493000179114,881.835710
常陸国真壁郡218125,341.177000永高21貫000文234133,508.768160永高21貫000文
常陸国筑波郡15871,975.94400017480,624.753980
常陸国信太郡8842,114.4040008944,944.276890
常陸国河内郡11754,092.54000013063,528.781810
常陸国行方郡8943,175.4870008954,223.147070
常陸国鹿嶋郡12444,096.38600012849,628.130240

註1) 史籍研究会 『天保郷帳 1 (内閣文庫所藏史籍叢刊 55)』では天保の伊豆国附諸嶋として17村1湊2郷12嶋(無高)の総計32の地名の記載があるが、伊豆国の集計から除外した。

註2) 大野瑞男「国絵図・郷帳の国郡石高」によると
内閣文庫所蔵「元禄郷帳」の相模国石高集計に誤りがあり、郡別石高を計算集計してこの表の同国石高とした。
とあるが、史籍研究会『天保郷帳 2: 附元禄郷帳 (内閣文庫所藏史籍叢刊 56)』では元禄の相模国石高総計を25万8216石5斗8升2合2勺と記載しており、25万8216石5斗8升2合2才よりも0.00018石多い。

註3) 大野瑞男「国絵図・郷帳の国郡石高」では元禄の相模国淘綾郡の石高を7830石4斗2升5合と集計しているが、これでは相模国の合計が一致しないため誤植(1勺が脱落)と判断した。史籍研究会『天保郷帳 2: 附元禄郷帳 (内閣文庫所藏史籍叢刊 56)』の記載に従い相模国淘綾郡の石高として7830石4斗2升5合1勺に修正した。

註4) 大野瑞男「国絵図・郷帳の国郡石高」では、天保の武蔵国村数を3412と集計しているが、誤読・計算間違いと判断した。史籍研究会 『天保郷帳 1 (内閣文庫所藏史籍叢刊 55)』の記載に従い、天保の武蔵国村数として3042を採用した。

[80366] 2012 年 3 月 4 日 (日) 05:33:21【2】 YT さん
 元禄郷帳(1)

以前、[76916][76917][76918][76919][76920][76921]にて史籍研究会 『天保郷帳 1 (内閣文庫所藏史籍叢刊 55)』 汲古書院 (1981年)、史籍研究会 『天保郷帳 2: 附元禄郷帳 (内閣文庫所藏史籍叢刊 56)』 汲古書院 (1981年)記載の石高と近世絵図地図資料研究会編 『天保郷帳 : 天保五年甲午十二月石高帳 : 解読篇(近世歴史資料集成第7期第1巻第3分冊)』 霞ケ関出版 (2010年)との村数、石高比較をしましたが、その後、むっくんさんの指摘により、[79622][79623]に示すように、史籍研究会本や国立公文書館のデジタルアーカイブに収録される際、『天保郷帳』の原本の一部が欠けたり別のところに挿入されるなどの問題が発生したことが判りました。

一方それ以前の江戸時代の郷帳である、『正保郷帳』や『元禄郷帳』記載の村数・石高については、例えば農商務省農務局 『第2次農務統計表』 (1881年)の石高があります。本落書き帳でも、過去に[59109]でokiさんがまとめてます。

年号西暦町数村数石高基礎資料
正保21645554595545923292668正保国絵図
元禄101695627916279127095466元禄郷帳
天保11829634726347230553440天保郷帳
明治61873697366973632555897郡村石高帳(宮内省租税寮)
明治6187311942688208076231017135府県概表(東京・有隣堂)
明治81975125936825980852日本全国戸籍表(内務省)
明治191986125375871971256地方行政区画総覧(内務省地理局)

(※この数値は、年次も含めて必ずしも正しいとは限りません。私が現時点で把握している数値というにすぎません。また明治になって町が出現するのは、村高がないため幕府の郷帳に記載されていなかった、城下町等を構成する町々が統計に表われてくるからです。江戸期の郷帳では城下町以外の町(新田、宿、浦など含め)も村の中に入っていますが、明治以降の町(これは町だけ)は、新田等を含む村と別扱いです。)

さて、日本史辞典等に収録されている江戸時代の旧国別石高の引用元として、菊地利夫 『新田開発』 至文堂(1963年)が挙げられ、正保2年、元禄10年、天保元年、明治6年の村数、石高が旧国別にまとめられています。『新田開発』記載の村数、石高は以下の通りで

年号西暦村数石高
正保2年1645年24,553,757
元禄10年1697年63,27625,867,392
天保元年1829年63,54030,558,917
明治6年1873年32,008,292

註によると
註(1)正保二年、元禄十年、天保元年の統計は「郡村石高帳」(東大史料編纂所)による。(2)明治六年は宮内省租税寮統計による。

一方、菊地利夫 『新田開発 : 続 事例編』 古今書院(1986年)では、一歩踏み込んで国郡別村数・石高がまとめられています。註によると

1.郷帳の総石高(村数)
 正保郷帳:2334万2672石(2万2399村・記載数のみ)
 元禄郷帳:2594万5712石(5万8796村)
 天保郷帳:3055万6770石(6万2084村)
 明治郷帳:3243万9434石(6万8858村)
2.正保郷帳に記載がない国高は慶長3年(太閤検地)の石高を参考のため総石高の中にしようした。
 上総国 37万8892石
 陸奥国(磐城・岩代・陸前・陸中・陸奥)167万2806石
3.正保郷帳に村数が記載されていない国は15か国もあるが、内務省・地誌課の郡村石高帳の末尾に「村数五万五千百八十村」と記してある。

そこで東京大学史料編纂所で調べたところ、『正保・元禄・天保・明治村高比較表』、『郡村石高帳』(共に手書き写本)という史料があることがわかり、閲覧しましたが・・、その結果どうやら菊地利夫氏は『正保・元禄・天保・明治村高比較表』や『郡村石高帳』だけで表を作成したわけではなく、他の文献を参考にしつつもそれらの出典を明記せず、斗以下の位を切り捨ててしまっていることが判りました。例えば地租改正直前の明治石高と町村数については、明らかに『郡村石高帳』以外の数字を混ぜています。菊地氏がまとめた石高と、東京大学史料編纂所所蔵の『郡村石高帳』、『正保・元禄・天保・明治村高比較表』は微妙に異なり、東京大学史料編纂所所蔵写本には石高や村数・町数に空欄があります。さらに『日本地誌提要』 (1875年)、『明治八年 共武政表』 (1875年)、木村礎校訂 『旧高旧領取調帳』 近藤出版社 (1969〜1979年)に記載されている地租改正前の石高や村数・町数とも全部微妙に異なり、どれを基礎史料にするべきなのか、答えが出ません。

また正保郷帳に関しては、東京大学史料編纂所所蔵『正保・元禄・天保・明治村高比較表』には空欄が多々あります。これに関しては近い将来和泉清司 『近世前期郷村高と領主の国別データ : 正保の郷帳・国絵図の分析を中心に』 岩田書院 (2008年)と菊地利夫 『新田開発 : 続 事例編』、東京大学史料編纂所所蔵『正保・元禄・天保・明治村高比較表』の三点を用いて比較検討しようと思っています。

さて、東京大学史料編纂所所蔵『正保・元禄・天保・明治村高比較表』は元禄村数・石高、天保村数・石高についてはほぼ全て記載しております。表の作成者・作成年は不明ですが、墨の上から何者かによる鉛筆や朱書きによる修正が加えられています。菊地利夫 『新田開発 : 続 事例編』の石高は修正後のものを採用している場合がありますが、この修正はしばしば桁の読み間違い等に起因する計算間違いを堂々としており、最初に写本を作成した人のものがよっぽど信用できます。最後の頁に元禄、天保の総合計がまとまっており

総合計
 元禄
  村 六万弐千八百三拾壱 (横に修正:六万三千弐百七十六)
  高 弐千五百九拾壱万〇六百四拾壱、四壱八〇六 (横に修正:弐千五百八拾七万六千三百九拾弐、八四九弐六)
    永千三百六拾九、八〇壱

 天保
  村 六萬三千五百四拾
  高 三千五拾五万八千九百拾七、八四壱壱三九
    永千三百六拾七、六七

後から再計算をした何者かが修正した数字を書き込んでしまっていますが(元禄村数6万3276は『竹橋余筆別集』巻八「諸国村数書付」の記載を元に修正したと想像されます。なお同じ頁の直後には、江戸時代初期の大藩の人口変遷が記載されていることでも有名な書)、村数はともかくとして、石高の方に関しては修正前の方が原本のものに近いと思われます。

元禄郷帳に関しては大野瑞男 「国絵図・郷帳の国郡石高」 『白山史学』 (23号) 1-50頁 (1984年)という論文の中で国郡別村数・石高をまとめています。以下説明を引用すると:

正保郷帳が残されている国々では郡村別にその石高が判明するが、本稿ではこれを省略し、元禄郷帳高と天保郷帳高を国郡別に末尾に付表として紹介した。前述したように、天保郷帳は内閣文庫に全部残されているので、その石高は容易に知ることができるが、元禄郷帳は内閣文庫に一七カ国分しかなく、全国的にそれを知ることはできない。「六拾余州郡名村数高附記」や国立史料館所蔵「諸国郷帳」には国郡別に高の記載があるが若干の誤りがあり、「地方凡例録」巻之四下「日本国総石之事」は国別の石高が記されるが、これも誤りがある。そこで著者はこれらの史料の国郡別石高を計算等により詳細に検討し、現在一番正しいと思われる数字を付表に記した(28)。

(28) 内閣文庫所蔵「元禄郷帳」の相模国石高集計に誤りがあり、郡別石高を計算集計してこの表の同国石高とした。国立史料館所蔵元禄の「諸国郷帳」は大和を欠くが、郡別石高記載は、河内内交野、摂津兎原、陸奥名取・江刺・津軽、丹後与佐、但馬気多、美作英田、紀伊牟婁の各郡に誤りがあり、備後安那郡の石高記載を欠く。内閣文庫「六拾余州郡名村数高附記」の元禄郡別石高の誤りは、遠江山名・豊田、駿河志太、相模鎌倉・高座・大住・愛甲、武蔵男衾・足立、下総印旛、上野邑楽、出羽村上、丹後与佐・竹野、因幡智頭、伯耆日野、備後御調・沼隈、安芸沼田、豊後日田の各郡、村数の誤りは、山城葛野、河内讃良、相模足柄下、武蔵幡羅、備中国および後月、淡路津名、筑前鞍手、壱岐国の各国郡である。また「竹橋余筆別集」巻八「諸国村数書付」の国別村数は上総・陸奥・出羽・若狭・長門のそれが誤りである。「地方凡例録」の元禄・天保石高合計は天保の末尾九札を省略したのみで正しい。

そこで大野瑞男氏の論文を元に、元禄・天保郷帳記載の国郡別村数・石高をまとめてみました。

旧国名郡名村数元禄石高村数天保石高
畿内総計3,5621,555,484.7526503,6511,615,527.199925
山城国総計459224,257.788160477230,131.760865
山城国葛野郡7935,224.1118008135,446.999010
山城国愛宕郡7427,299.4350108127,333.996955
山城国宇治郡4415,396.5780005115,529.308290
山城国紀伊郡2926,496.6863503427,629.177220
山城国乙訓郡5026,341.7062005226,581.054210
山城国久世郡3926,478.5992004228,551.929260
山城国綴喜郡5230,107.6536005431,554.361100
山城国相楽郡9236,913.0180008237,504.934820
大和国総計1,405500,497.3086801,354501,361.691560
大和国添上郡13060,086.89398011459,131.251960
大和国添下郡6539,176.8090006440,360.993000
大和国平群郡7731,756.9329007632,013.967700
大和国山辺郡14448,825.50900011849,302.054100
大和国宇陀郡11231,442.54300011533,947.189100
大和国式上郡5724,649.1007005624,693.371700
大和国式下郡4027,227.8520004027,183.681000
大和国十市郡7837,392.5696007737,574.865100
大和国広瀬郡3218,580.5910003218,806.474000
大和国葛上郡6228,084.8490006224,562.222000
大和国葛下郡7842,949.9550007842,911.795000
大和国高市郡11141,408.00650011341,740.820900
大和国宇智郡6018,291.0470005918,520.477000
大和国忍海郡195,576.019000195,576.019000
大和国吉野郡34045,048.63100033145,036.510000
河内国総計511276,329.829540545293,786.634500
河内国茨田郡8137,824.1150008138,300.402000
河内国交野郡3922,768.6720003823,678.967800
河内国讃良郡3211,021.2295403415,369.614000
河内国河内郡2615,229.3500002916,077.050000
河内国若江郡5235,482.6420006140,197.137000
河内国高安郡145,705.779000145,983.594000
河内国渋川郡2521,808.4500003123,131.327300
河内国大県郡114,708.446000144,717.102000
河内国志紀郡1913,012.9620002213,516.655300
河内国丹北郡4125,259.5450004323,781.078000
河内国丹南郡4320,103.7160004922,567.589800
河内国八上郡1213,078.6030001213,071.953000
河内国古市郡157,263.449000167,290.764400
河内国安宿部郡42,384.97500052,584.879000
河内国石川郡4824,894.3710004825,167.527000
河内国錦部郡4915,783.5250004818,350.993900
和泉国総計317161,692.126400320172,847.986000
和泉国大鳥郡8346,266.4941008847,880.918200
和泉国泉郡8928,945.3513008931,077.962200
和泉国南郡6933,553.1210006737,289.234600
和泉国日根郡7652,927.1600007656,599.871000
摂津国総計870392,707.699870955417,399.127000
摂津国嶋上郡6132,738.3260006533,358.527600
摂津国嶋下郡9852,680.2942009956,801.122600
摂津国豊嶋郡8830,788.4320009331,754.987800
摂津国能勢郡3612,530.8320003612,663.819000
摂津国有馬郡8944,039.2730009045,863.202400
摂津国八部郡4418,465.6010004519,533.489500
摂津国兎原郡4912,331.6860005113,882.315000
摂津国武庫郡4820,409.8536705023,571.739300
摂津国川辺郡18864,116.69600019366,655.747700
摂津国西成郡8345,785.36400012253,032.160000
摂津国東成郡5735,772.5860006236,632.425000
摂津国住吉郡2923,048.7560004923,649.591100

[80365] 2012 年 3 月 3 日 (土) 22:55:11 hiroroじゃけぇ さん
 右回り

今年初の書き込みとなります。もう、3月だというのに・・・。

[80352]hmt さん
北から南への順序を 自治体コードと類似と書きましたが、違いも目立ちます。先ずは地方別から。
(中略)
次に、地方内での県の配列順を見ます。
実は、番号区画表では県が1箇所にまとまっていない事例が 多数あるのですが、県庁所在地の番号区画コードで見ると、右回りの順に配列されているという特徴があることがわかりました。
一番よくわかるのが中国地方で、広島>山口>島根>鳥取>岡山と右回り。四国も香川>徳島>高知>愛媛と右回り。
関東地方も、東京を例外とすれば、群馬県>栃木>茨城>千葉>神奈川>埼玉と右回り。

東北地方は 北から南に並べて、青森>秋田>岩手>宮城>山形>福島。
東海地方の 愛知>静岡>岐阜>三重という順序は、愛知県が 名古屋電気通信局→NTT名古屋総支社 という地方拠点所在地であるためかと思われます。これは広島県から始まる中国地方、石川県から始まる北陸地方を含めて、西日本について共通する理由かもしれません。
九州は福岡>佐賀>長崎>熊本>大分>宮崎>鹿児島で、自治体コードと同じ順番。

最もわかりにくい順序が近畿地方です。
大阪>和歌山>奈良>京都の後、なぜか北陸地方になって>石川>富山>福井。そして近畿に戻って>滋賀>兵庫。

MHKの天気予報もこのように右回りで、広島から始まり岡山で終ります。この順番は今でも不思議なのですが、やっぱりしっくりくるのはこの順です。人口規模だとチグハグな順になる。かといって広島から左回りだと・・・。いや、特に不都合はない。一体なぜでしょうね。

[80364] 2012 年 3 月 3 日 (土) 14:56:43 白桃 さん
 企業城下町

[80361]にて企業城下町の小売販売額について触れましたが、具体的な数字を挙げていないのでいつものことながら論理性に欠けています。
そこで具体的な数字を示そうというわけですが、その前にどこが企業城下町なのか、が問題になってきます。厳密に列挙するのも難しいと思っていたら、ウィキペディアに企業城下町が出ていましたので、ヒトのナントヤラで相撲をとることにします。
それによりますと、福山、長崎、豊田、久留米、佐世保、太田、鈴鹿、日立、宇部、苫小牧、磐田、ひたちなか、狭山、野田、守口、刈谷、岩国、八代、延岡、門真、大東、大牟田、新居浜、防府、小松、池田、室蘭、四国中央、君津、中津、和光、阿南、鹿嶋、玉野、山陽小野田、田原、鳴門、日南、常滑、諏訪、南足柄、黒部、綾部、矢板、相生、にかほ、水俣、以上47が企業城下町の市となっています。
この47市の1人あたり小売販売額は1.00(百万円)で、全787市のそれが1.08(百万円)ですから、なんとなく理屈はあっていると思います。(と、ごまかす。)
だけど、47市の中には、企業城下町と言えなくもないが、他の性格が強いと思われる市もかなりありますね。事実、佐世保は1.39(百万円)、諏訪は1.37(百万円)と高位になっております。

注)787市には、特別23区と鳩ヶ谷が入っており、野々市、長久手は含まれておりません。特別23区をはずした786市の1人あたり小売販売額は1.04(百万円)となります。

おまけ:何も見ないで2010年国勢調査人口順に全市を並べることはできませんが、新宮市の次が本宮市になっていることだけは知っています。

[80363] 2012 年 3 月 3 日 (土) 13:40:14 オーナー グリグリ
 野々市でショッピング

[80360] EMMさん
これ、野々市市は白桃さん分類のタイプ的には3に近い…のですが、ドでかい施設が1つドーンとあるのではなく、郊外型の大型店舗が個々に立地していって、それが積み重なった結果…だと考えられます。
私の実家は金沢市にありますが、数百メートルで野々市市です。ショッピングはほとんど野々市市(野々市町)にあるスーパーマーケット、ショッピングセンター、電気店、書店、レストラン、その他諸々ですね。金沢市中心部にはショッピング目的ではほとんど出向かないのではないかと思います。

[80362] 2012 年 3 月 3 日 (土) 13:35:16【1】 オーナー グリグリ
 平成24年カレンダー全国市町村マップ

今日、国土地理協会の平成24年カレンダー全国市町村マップが届きました。200円切手を貼った返信用封筒を送れば送ってもらえるサービスです。デザインは今ひとつですが、平成の大合併の新旧市町村界が一瞥できるので便利かなと思います。ただし、十番勝負の隣接系問題の検証にはある程度使えますが、微妙なところは確認が必要な精度です。野々市市まで反映されており、長久手市は長久手町のままです。すでに手に入れている方いますよね。

[80361] 2012 年 3 月 3 日 (土) 03:23:52 白桃 さん
 企業城下町の小売販売額

[80358]都市人口と小売販売額の話の続きです。
[80360]EMM さん
この影響で郊外型の大型店舗は金沢市の外に立地する場合が多く、中でも野々市市には多くの郊外型大型店舗が集中
金沢市が郊外への大規模店舗の出店を規制しているという事情があったのですね。有難うございました。(私はてっきり、2006年の金沢オフ会の帰りに参加者が野々市で大量の買物をしたことが反映された結果だと・・・←うそです。)
[80359]N-H さん
ところで、会社の社員食堂や売店での消費もこういう統計にはいってるんでしょうかね?
商業統計の「利用上の注意」を見ますと、
会社、官公庁、学校、工場などの構内にある別経営の事業所(売店等)・・・も対象
となっております。この「別経営」についてどう読むか、ですが、玉野市や延岡市など、いわゆる「企業城下町」の1人あたりの小売販売額をみるとかなり低くなっています。また、富士フイルムなどの企業が立地する南足柄市は下から数えて15番目という状態です。仮に統計の対象に含まれているとしても、こういった企業城下町においては地元商店街の活性化が期待できず、結果として市全体の小売販売額も低くなるのでは、と考えます。

[80360] 2012 年 3 月 3 日 (土) 00:34:26【1】 EMM さん
 ののししのしのし

[80358] 白桃さん
平成19年には町であったが今は市である石川県のあの市を気にしていなかったのです。で、調べたところ、野々市は武蔵野以上に人口の割に小売販売額が大きいことがわかりました。
これ、野々市市は白桃さん分類のタイプ的には3に近い…のですが、ドでかい施設が1つドーンとあるのではなく、郊外型の大型店舗が個々に立地していって、それが積み重なった結果…だと考えられます。
で、そうなった理由としては、土地にそれなりに空きがあり、なおかつ金沢市南部の新興住宅地から幹線道路沿いに連なるように立地できる…と言うのもあると思います。
(津幡、松任、鶴来は金沢の市街地からはやや間が空いてしまう、内灘は空いた土地が少ない)
しかし、それだけだとある程度上位には来たとしても、全国トップレベルになるためにはまだ何かの要因がいる気がします。
実は、金沢市は郊外への大規模店舗の出店規制をしています。参考(pdfファイル)
この影響で郊外型の大型店舗は金沢市の外に立地する場合が多く、中でも野々市市には多くの郊外型大型店舗が集中しています。
このことが「野々市市が人口の割に小売販売額が大きい」事の大きな要因では無いかと考えられます。
ただ、実際のところどの程度影響があったものなのか、は野々市市の過去20年ぐらいの「人口に対する小売販売額」を見てみる必要があるでしょう。
記憶が確かならば、金沢市の出店規制の取り組みは10年くらい前から始まってたはずなので、その頃に数字に動きがあるようなら多分ビンゴ。

[80359] 2012 年 3 月 2 日 (金) 23:14:09 N-H さん
 ところジョージタウン→武蔵野市

[80358]白桃 さん
「人口の割に小売販売額が最も大きい市」を探しましたところ、ところジョージタウン→武蔵野市がダントツでした。

まあ、そうでしょうね。
私も夜な夜な吉祥寺の小売販売額向上に貢献しておりますので。今晩も先ほど松屋で麻婆豆腐定食を食して490円を落としてきましたし、一昨日は飲み放題プランで5000円消費してきました。
なにせ人口15万人もいない都市なのに、少し前まではデパートが3つもあったのですから。
それでも私が最近バスで通るあたりには畑も広がっているんですよ。

ところで、会社の社員食堂や売店での消費もこういう統計にはいってるんでしょうかね?

[80358] 2012 年 3 月 2 日 (金) 18:44:34 白桃 さん
 人口の割に小売販売額が大きいのは?

市町村人口の次に関心を持っている統計が商業統計なのですが、「経済センサス」が創設されたこともあってか、次回の商業統計調査は平成26年まで待たないといけないようです。ということは、最新の統計は平成19年(2007年)に行われた調査となるので、ヒマにまかせて昨日からコレをいじくっていました。
[64914]にて千本桜さんが宮城県仙南地域の小売販売額のデータを紹介されていますが、ほぼ同じ視点で、「人口の割に小売販売額が最も大きい市」を探しましたところ、ところジョージタウン→武蔵野市がダントツでした。これは予想通りだったのですが、大きな落とし穴に気がつきました。平成19年には町であったが今は市である石川県のあの市を気にしていなかったのです。で、調べたところ、野々市は武蔵野以上に人口の割に小売販売額が大きいことがわかりました。
(注:平成19年の小売販売額を平成19年の推計人口で除すべきなのでしょうが、平成22年の市域に組み替えた小売販売額を平成22年国勢調査人口で除したものなので、統計手法上問題はあるかと思います。)
とにもかくにも、人口の割に小売販売額が大きい所とは、
1.武蔵野、大阪、立川のように大都市圏の中でターミナル駅を持っている
2.新宮、稚内、新庄のように近隣に競合する都市が無く「お山の大将」的なところ
3.御殿場、朝来、本巣のようにアウトレットや大型ショッピングセンターが集積している
(個人的には、昔のアーケード街が好きなのですが・・・)
4.空港のあるところ(成田、泉佐野、小牧、市ではないが中標津)
などでしょうか。
有名な温泉地、観光地を持つ都市については、その傾向がみられるところ(伊東、下田)もありますが、そうとも言えない都市(尾道、萩、熱海)が多いようです。

[80357] 2012 年 3 月 2 日 (金) 18:38:38 hmt さん
 東浦市未遂事件に見る 「国勢調査」と「住民基本台帳データ」との関係

[80342] なると金時 さん
[80345] オーナー グリグリ さん
この毎日新聞の記事についても東浦町の変遷詳細情報に追加しました。こういう情報は公式には残らない可能性がありますので貴重です。

地元の中日新聞サイトを閲覧した結果をお伝えします。
最初に見た記事(2月27日)には、
町幹部らは「国の指示を徹底できず、拡大解釈をしてしまった事務的なミス」と説明。
町長も町ぐるみの関与を否定した上で、「今は国が求める再調査のやりとりをしている段階。」と話していました。

本日閲覧した 3月1日の中日新聞記事 は、町が最終報告書を総務省に提出し、職員が居住実態を十分確認しないまま 住民基本台帳の情報を 調査票に記入していたことを認めた と報じています。

中日新聞記事にも出ていますが、今回の2010年国勢調査から、調査票の記入漏れを補うために、市町村職員が現地調査をした上で、住民基本台帳から名前などを記せる「補記」ができるようになりました。

この制度は、総務省統計局 2010年7月22・23日付通知「審査事務における行政資料の活用について」によるもので、
・調査票の記入不備の補記以外には行政資料の活用を行わないこと
などの留意事項が示されています。

総務省が 今回の国勢調査で、住民基本台帳データを活用する方針を決めた背景には、単身世帯や共働き世帯の増加により、回答内容の問い合わせなどが 難しくなっていること があります。
総務省国勢統計課によると、住基台帳などの活用は、あくまで回答者らに確認できない場合などの「最後の手段」です。
国勢調査の基本は「調査票に氏名がある」こと。住民基本台帳データはあくまでも不完全な調査票を補記する手段。

現住地から出される「調査票」ではあり得ない「空き地に住所」の幽霊人口。
これは、住民基本台帳により「補記」することができない 基本的な誤りです。
「2世帯住宅での親子重複記入」 これこそ住民基本台帳データを活用すれば、すぐに発見できる誤りです。

参考資料
2009/6/8 内閣府第23回統計委員会 議事録 p.7,p.9
2010/9/22 総務省統計局が都道府県に「国勢調査に住民基本台帳から情報の転記を」と指示

中日新聞記事
神谷明彦町長は「事務的なミスと言う表現では軽い、もっと重い誤りがあった。しかし、私の知る限り、組織的な水増しはなかった」と話している。

「組織的な水増し」はなかったとしても、「市になりたい!」という気持ちは あったのでしょう。

[80356] 2012 年 3 月 1 日 (木) 23:23:20 右左府 さん
 昭和4年の花巻町・花巻川口町合併について

本題から逸れるのですが、気になったことが一つ。

[80346]拙稿でも引用しましたが、『花巻市史 近代篇』巻末「花巻市制申請書(付、町村沿革)」にある花巻町の沿革に、
昭和四年四月一〇日花巻川口町に花巻町が合併して町名も花巻町(大字花巻、北万丁目、高木、里川口、南万丁目、下根子、西十二丁目、外台)と改め現在に至つている。
とあります。また、「第一章 行政の変遷/第十節 その後の合併」にも旧花巻町・花巻川口町合併の経緯として
昭和四年一月四日両町会において知事の諮問に対して、花巻町の花巻川口町への編入合併を可とする旨の答申をし、併せて名称を花巻町と変更することが決定された。 (「岩手県町村合併史」による)
と書かれています。

つまりいずれも昭和4年の花巻町・花巻川口町合併について “花巻川口町が旧・花巻町を編入、即日改称し新・花巻町となった” としているのですが、 市区町村変遷情報 及び つかんぼやと ではこれについて “新設合併” とされています。
はて、どちらが正しいのか……?


ちなみに、同書によれば合併時の両町の人口等は以下の通り。(「第一章 行政の変遷/第十節 その後の合併」より)

面積(反)人口戸数
花巻川口町9,9629,8421,914
花巻町7,7464,019742
17,70813,8612,656

[80355] 2012 年 3 月 1 日 (木) 19:47:53 オーナー グリグリ
 市の変遷と変遷情報検索の表示不具合

ご連絡が遅くなりましたが、今週月曜日から火曜日に掛けて、市の変遷と変遷情報検索が正しく表示できない状態になっていました。変遷データファイルのメンテナンス作業中のミスが原因です。度々ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした。水曜日に気付いて修復させましたが、お気づきの点があればご連絡ください。

[80354] 2012 年 3 月 1 日 (木) 00:10:16【1】 山野[煮豆] さん
 郵便受け(ポスト)に…

新聞・郵便物・地区の会報、等が投函されているポストにある「もの」が入っていた。

所は三重県志摩市大王町波切。この地区では夏以外では「これら」を投函するのが正しい使い方なのだとか。
気になる「これら」とは、袋に入った「ナマコ」。他にも「ヒジキ・ワカメ・メカブ」といった海藻も投函されるとか。
志摩での正しいポストの使い方

(追記)
似た話で以前、家のポストの中に、お寺のお便りと一緒に「なごやん」が投函されていた事がありました。
(只、真夏だったんですよね。とはいえ普通に食えましたが)
「なごやん」=全国に売られているのかは不明ですが、岐阜県ではスーパーなどで普通に売られている饅頭です。
(メーカーさんは名古屋にある)

[80353] 2012 年 2 月 29 日 (水) 22:25:18 k-ace さん
 「閏」、埼玉県の「落」

k-aceです。
本日は閏日ということで、「閏」地名を。
福島県二本松市渋川(閏井谷地)-うるいやち
福島県相馬郡新地町大字真弓(閏崎)-うるうざき
埼玉県蓮田市大字閏戸-うるいど
長野県大町市社(閏田)-うるうだ
兵庫県宍粟市一宮町閏賀-うるか
山口県山口市黒川(閏)-うるう
愛媛県伊予市双海町大久保(閏住)-うるずみ

先日埼玉県内で大落古利根川を渡りました(越谷市/松伏町)。
こちらのページによると「落」は農業排水路を意味するようで、埼玉県内には多数の「落」(農業排水路)が存在するようです。もっとも現代では都市河川と変化しているところもあるようですが。

[80350]N-Hさん
市外局番5桁の地域もまだそれなりにあるんですね。

[80352] 2012 年 2 月 29 日 (水) 20:01:29【2】 hmt さん
 市外局番・番号区画 と 都道府県

[80350] N-H さん
市外局番は総務省が管理しております。こちら【市外局番の一覧】をごらんください。

リンクされた総務省の一覧表には、「番号区画」という用語が使われています。
よく聞く「メッセージエリア(MA)」は「単位料金区域」と説明されていますが、料金設定が番号区画により定められているのであれば、 「MA名」は、実質的に代表的な地名を当てはめた「番号区画名」ということになります。このような理解でよろしいでしょうか。

【追記】
この後 MA一覧表 を見て、NTTが設けた MAは、多くの場合に総務省の設定した番号区画をそのまま使っているが、一部地域については、複数の番号区画に亘り 単一の MAとする ケースも存在することを知りました。
例えば 固定電話番号 10桁化の最後のケースとなった箱根[55694]
ここは 番号区画 235、市外局番 0460ですが、番号区画 238、市外局番 0465の小田原と同じ MAになっていました。
藤沢(番号区画 239、市外局番 0466)と鎌倉(番号区画 240、市外局番 0467)も 同じ 藤沢MAでした。
【追記終】

番号区画コード順に表示されている表を見ると、北海道から始まる 北から南への配置で、この点だけに着目すれば、おなじみの 自治体コード と類似しています。しかし、末尾に記された番号区画 661(市外局番 0997)は、鹿児島県奄美大島の瀬戸内町です。
沖縄県はどこにあるのかと心配したら、コード 631(市外局番098)〜635でした。

現在に続く市外局番システムの登場は 1956年6月24日であり、もちろん沖縄復帰前のことです。
【追記2】
“現在に続く”というのは少し不正確な表現であったので、[55694]共々訂正します。
全国自動即時化の実現が少し先のことと考えられていた1956年当時の市外局番は、武蔵野が 022、横浜が05 というように「4」が省略された、いわば東京近郊用市外局番であり、現在の全国用市外局番になったのは 1961年11月5日でした。翌1962年には 長距離自動即時化の第1号が東京〜名古屋間で開通しました。電信電話のあゆみ
【追記2終】

1972年に沖縄が本土復帰を果たすと、日本の市外局番を割り当てる必要が生じました。
# アメリカ施政権下の沖縄でも 1960年代に電話の自動化が進み、ダイヤル市外通話が行なわれていたようです。

沖縄県の市外局番を、鹿児島県の後に無理して入れることも できたのかもしれませんが、現実には 余裕のある 宮崎県と同居して、那覇の市外局番は 0988(桁ずらし後の現在は098)になりました。

北から南への順序を 自治体コードと類似と書きましたが、違いも目立ちます。先ずは地方別から。
東日本の区域は北海道・東北・関東・甲信越の17都道県ですが、新潟県・長野県が関東の前に来ています。
西日本の区域である北陸・東海・近畿・中国・四国・九州・沖縄の順序も、北陸3県が近畿の中に入り込み。

次に、地方内での県の配列順を見ます。
実は、番号区画表では県が1箇所にまとまっていない事例が 多数あるのですが、県庁所在地の番号区画コードで見ると、右回りの順に配列されているという特徴があることがわかりました。
一番よくわかるのが中国地方で、広島>山口>島根>鳥取>岡山と右回り。四国も香川>徳島>高知>愛媛と右回り。
関東地方も、東京を例外とすれば、群馬県>栃木>茨城>千葉>神奈川>埼玉と右回り。

東北地方は 北から南に並べて、青森>秋田>岩手>宮城>山形>福島。
東海地方の 愛知>静岡>岐阜>三重という順序は、愛知県が 名古屋電気通信局→NTT名古屋総支社 という地方拠点所在地であるためかと思われます。これは広島県から始まる中国地方、石川県から始まる北陸地方を含めて、西日本について共通する理由かもしれません。
九州は福岡>佐賀>長崎>熊本>大分>宮崎>鹿児島で、自治体コードと同じ順番。

最もわかりにくい順序が近畿地方です。
大阪>和歌山>奈良>京都の後、なぜか北陸地方になって>石川>富山>福井。そして近畿に戻って>滋賀>兵庫。

以下、ごちゃごちゃと書いていましたが、少し再考した方がよさそうなので、とりあえず削除します。

[80351] 2012 年 2 月 28 日 (火) 22:18:50 Issie さん
 Re:市外局番

[80350] N-H さん
なお、実際に都道府県の境界を越えて同じ市外局番で市内通話でかけられる地域は少数ながら存在します。

たびたび話題になりますが,ウチんところもその例ですね。
細かく見ると都県境・市町村境と一致しない部分がたくさんあるのですが,4ケタ局番の時代から神奈川県相模原市の旧市域と旧城山町・津久井町の区域は東京都町田市と同じ(0427),旧相模湖町・藤野町は八王子市と同じ(0426)。現在はどちらも3ケタ(042)になっているけれども,相模原・町田エリア(042-7)と八王子エリア(042-6)相互は相変わらず市外扱いです。
だから同じ“緑区”でも旧津久井町最西端の青根地区は町田市内と,旧藤野町南西端の牧野(まぎの)地区は八王子市内と“市内通話”扱いになるのに,道志川をはさんで同じ区に属する青根地区と牧野地区の間は“市外通話”扱いになるのですね(厳密には,牧野地区のうち道志川沿いの集落は相模原エリアに属するようです)。
一方,さらに県境を越えた山梨県道志村のうち,最東端の月夜野地区は相模原エリアに属し,つまり県境を2つ越えて町田市内と“市内通話”ができます。つまり,「042-7」は東京・神奈川・山梨の3都県にまたがるのですね。
そして,八王子エリアの旧相模湖町・藤野町は当然ですが,相模原エリア自体も「042」という“神奈川県らしくない”局番が表すように(神奈川県内は横浜市(045)・川崎市(044)以外は「046X」というのが標準です)神奈川支店ではなく東京支店の管内に属するようで。

こうした行政界をはさんだ局番エリアの錯綜はご紹介のページを見ればほかにも多くあるわけで,結局は電話線がどうつながっているか…,そう,そろそろ1年前になるあの計画停電で痛感した電線つながりのエリアの錯綜と通じるものがあるのでしょう。

[80350] 2012 年 2 月 28 日 (火) 13:58:25 N-H さん
 市外局番

[80349]まかいの さん
鴨川と入間は同じ市外局番とはいえ省略してかけることはできませんが、富山と金沢もそうだったかな?
はい、省略できません。
市外局番は総務省が管理しております。こちらをごらんください。
一見同じ市外局番ではあっても、この表の「番号区画」が一致していないと市外局番は省略できませんし、電話料金も市内料金とはなりません。
なお、実際に都道府県の境界を越えて同じ市外局番で市内通話でかけられる地域は少数ながら存在します。
有名なのは兵庫県尼崎市。ここは本当に大阪市と同じエリアになります。
あとは、たとえば静岡県熱海市の一部(少し前に落書き帳でも話題になった湯河原温泉の一部ですね)は小田原市などと同じエリアに属します。ここについてはNTT東西の境界も越境している珍しい地域です。

[80349] 2012 年 2 月 28 日 (火) 13:13:03 まかいの さん
 3市名前が入って結局どこ?

先日、仕事の買い物であるホームセンターに立ち寄ったのですが、店名に思わず飯能。。。

狭山日高インター飯能店   場所はこちら

インターチェンジ名とはいえ、豪華に3市の名前が入っていました。
こうなると実際は何市にあるのか一瞬わからなくなります。
おまけに西に数百メートルで入間市になります。

店名は普通一自治体名や一町名、またその複合などが基本でしょうから、こんな例はめずらしいでしょね。


[80348]白桃 さん
徳島県と高知県は同じ市外局番であることをこの歳になって初めて知りました。
富山と石川も同じなんですね!

私、いまだに鴨川と入間が同じ04というのがなんだかなーと思ってしまいます。(やむをえない事情なのでしょうが)
鴨川と入間は同じ市外局番とはいえ省略してかけることはできませんが、富山と金沢もそうだったかな?

[80348] 2012 年 2 月 28 日 (火) 06:28:24 白桃 さん
 市外局番

三月に四国一周(といっても室戸岬は行けませんが)旅行を予定しており、宿泊先の電話番号を書いたメモを見て驚きました。
鳴門市の宿と高知市の宿の市外局番が同じ088ではありませんか!
徳島県と高知県は同じ市外局番であることをこの歳になって初めて知りました。
富山と石川も同じなんですね!

[80347] 2012 年 2 月 28 日 (火) 05:25:11 YT さん
 岩手県下之町村
白桃 不思議のクニの名邑(マチはラビリンス)

[80346] 右左府 さん

『花巻市史 近代篇』のご紹介有難うございます。

とりあえず、
[80336]で私が書いた、
以上により、明治11年〜明治13年の『共武政表』と明治19年調の『市街名邑及町村二百戸以上戸口表』で「花巻」という名前の下に示される約400戸の輻輳地・市街は、実は町部分(藩政時代の四日町+一日市町)のみではないかと私は考えるに至りました。
は取り消しですね。花巻村と四日町、一日市町が分離していた時代、どうやら花巻村は幕末〜明治維新でも十数戸レベルで、事実上無視できるサイズだったようです。

その代わり『都府名邑戸口表』記載の明治17年1月1日調人口は、花巻401戸1868人+北万丁目49戸302人+里川口896戸3679人+南万丁目112戸589人=1458戸6438人に大体対応することが示唆されます。ということは寛政3年(1791年)の町方4595人が三町に対応するとして、寛政4年(1792年)の町方5406人は、三町+里川口村+花巻村+南万丁目村+北万丁目村ぐらいに対応するのでしょう。

なお、近代デジタルライブラリーの『岩手県下之町村』(1925年)では、最初から花巻川口町扱いになっていました。

本村は元里川口と称せり、町村制実施の際南万丁目村並に高木村の内字(中川原の内瀬川筋嘉平治潤より北上川直径の零度以南限り)を併せ花巻川口町と称す。

[80346] 2012 年 2 月 28 日 (火) 00:42:20 右左府 さん
 里川口・花巻川口
白桃 不思議のクニの名邑(マチはラビリンス)

横から失礼します。

[80334] YT さん、[80332] htmさん ほか
明治22年の町村制で発足した自治体は、『花巻市史』にも「里川口町」と記されていたのでしょうか?

幸いなことに近所の図書館に『花巻市史 近代篇』が所蔵されており、早速確認してきました。


まず、「第一章 行政の変遷/第八節 町村制施行」にて以下のように記されています。(表中の漢数字は算用数字に改めた)

 明治二十二年(一九八九)の町村合併による市町村区域および資力に関する調書である「新町村区域資力調」(岩手県庁所蔵)から、旧町村名、新町村名、面積、人口、個数、合併を要する事由を次に列挙し参考に供したい。(現花巻市分のみを記する)

新町村名旧町村名面積人口戸数合併ヲ要スル事由
(略)
花巻町花巻4041,868401(別記1※)
北万丁目21430249
高木村ノ内53239360
6722,409486
 
里川口町里川口1013,679896(別記2※)
南万丁目211589112
高木村ノ内731
3214,2711,009
(以下略)

【当初は里川口町】説を一応は裏付けますが、あくまで他資料の引用です。(「新町村区域資力調」もやはり県作成の資料?)

同章ではこの後 「里川口町→花巻川口町改称」 については一切触れられず、大正12年の根子村合併・昭和4年の花巻町合併について触れた「第十節 その後の合併」にて
第十節 その後の合併
一、根子村合併
 大正十二年(一九二三)六月一日花巻川口町と根子村が合併し、人口約九千人の花巻川口町が誕生した。合併の事由、経緯の概要は次の通りである。
(略)
 根子村は、花巻川口町に隣接してその南の方にあつた村である。この合併によつて北上川西岸部の地区であつた根子村はなくなつたが、その地域の下根子、西十二丁目、外台は町の大字として残された。
と、突如「花巻川口町」が現れています。


章は変わって、 「第二章 明治期の諸相/第八節 町政の一面」。ここでは歴代町長の施政について記されており、
 第八節 町制の一面
 明治二十二年(1989)の町村制実施によつて、里川口村、南万丁目村、高木村の一部が合併、里川口町と改称された。
 里川口町の初代町長は柏葉富次郎、……(略)
 明治三十五年(一九〇二)病で退職した柏葉のあとに六月から二代目の町長として松川他次郎が就任した。……(略)
と、やはり【当初は里川口町】説に立った記述に始まります。

改称があったと思しき時期の町政に関する記述の中でそれに触れた箇所は見当たりませんが、その後の三代目町長時代に触れた段落にて
 里川口町(明治三十年十月三十日、花巻川口町と改称)の三代目の町長は菊池末治である。……(略)
とあり、[80320] むっくん さんがご覧になった資料と一致する 【明治30年10月30日改称】 がさらっと書かれていました。

本書中で 「里川口町→花巻川口町改称」 を明記した箇所は他に見当たらず、これが唯一の記述と思われます。町村制に触れた箇所でもなく括弧書きだけの記述ではありますが、それなりに意味はあるものではないでしょうか。


……と、以上は【当初は里川口町】説に沿った記述なのですが、一か所これに反する記述を見つけました。
巻末の 「史料/四、花巻市制申請書(付、町村沿革)」 に、昭和29年の花巻市新設の際県に提出された市制申請書とともに合併前の各町村の概要・沿革が書かれています。その中の 花巻町 の項に、
 (略)明治二年盛岡藩に属し、同三年盛岡県同五年岩手県管轄となり現在に至つた。当初は花巻村、里川口村、高木村、北万丁目村、南万丁目村、根子村は夫々一戸町役場の下にあつたが、明治二二年町村制実施に際し、花巻川口町(里川口村、南万丁目村と高木村の一部を合併)花巻町(花巻村、北万丁目村と高木村字小舟渡を合併)根子村となり更に大正一二年郡制廃止とともに同年六月根子村が花巻川口町に編入し、次いで昭和四年四月一〇日花巻川口町に花巻町が合併して町名も花巻町(大字花巻、北万丁目、高木、里川口、南万丁目、下根子、西十二丁目、外台)と改め現在に至つている。
と、【当初から花巻川口町】説が現れているのです。
なお、申請書は原文の引用と思われるのですが、その後に続くこの「町村沿革」が申請書の一部なのか著者が添えたものなのかは不明です。

市史ですらこうした扱いの “里川口・花巻川口問題”、なかなか一筋縄ではいきませんね。

***********************************

(※)引用した表中「合併ヲ要スル事由」を以下に記します。(ひらがなは原文ではカタカナ)

別記1:本村は花巻北万丁目及高木村の内北上川以西字小船渡の一部落を合併す其地勢南は里川口町東は高木村の内飛地字小船渡西は湯口村に境し従来里川口町と共に花巻の総称あれとも延長なる坂路を以両地を隔て随て民情相協はす人民亦分離して一町をなさんことを冀望し資力に於て両町とも不足なきを以て各独立とす

別記2:旧村里川口南万丁目の二村は連軒櫛比して一町をなせり而して高木村の内字中川原は里川口村に接続し瀬川其間を貫通し所謂花巻川岸なるもの此地ナリ故に従来船舶の出入貨物運漕里川口町に関係し交通上尤至便の地なるにより村民の意向と郡戸長聯合会の意見を聴き之を合併す

[80345] 2012 年 2 月 27 日 (月) 22:46:54 オーナー グリグリ
 Re:三豊市役所 & 東浦市未遂事件

[80313] 白桃さん
と、なっておりますが紆余曲折があり、旧・高瀬町役場が正式庁舎に決まったようです。
対応が遅れましたが、三豊市役所の経緯を調査した上、いくつか情報を三豊市の合併詳細情報に追加しましたのでご確認ください。四国新聞社の SHIKOKU NEWS から関連記事を列挙しておきます。日付は記事掲載日です。

・2006/11/17 三豊市長が本庁舎新築について見送る方針表明
・2006/12/09 支所活用の検討も−三豊市本庁舎建設問題
・2006/12/22 三豊市庁舎は現在地に 建設計画は白紙撤回
・2007/03/29 高瀬支所を暫定市役所に−三豊市議会が条例改正
・2007/04/06 三豊市、高瀬支所に本庁機能 議会主導で現実対応
・2007/09/04 市役所?高瀬支所? 三豊市本庁機能移転で混乱
・2007/09/13 高瀬支所を三豊市役所に−三豊市長が施行日明言

[80342] なると金時さん
こんな記事が載ってました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120227-00000003-mai-soci
まあ、水増しは事実なんでしょうねえ。
愛知県東浦町の国勢調査人口が速報値では50,080人だったのが、総務省の調査票の点検により確定値では49,800人となり、市制施行を断念した件です。この毎日新聞の記事についても東浦町の変遷詳細情報に追加しました。こういう情報は公式には残らない可能性がありますので貴重です。変遷情報には、今後はできるだけ詳細な情報を残して行きたいと考えています。新聞記事の全文引用も含めて。過去の情報の発掘も行いたいと考えていますので、皆さんのご協力をよろしくお願いいたします。

[80344] 2012 年 2 月 27 日 (月) 21:11:13【1】 オーナー グリグリ
 Re:変遷情報検索 異体字等の同一視について

[80341] 88さん
なお、以下に挙げるものをすべて対象とすると決定した訳ではありません。対象を広げ過ぎると、多大な負荷を与え、かえって検索の性能に影響を与えることがあり、利用者の便宜に逆行するおそれがあるからです。
「ノ, の, 之, 野」と「ヶ, ケ, が」については、検索文字の中間に位置する使い方に限定されると考えれば(先頭や末尾に指定しないという意味)、一宮も含めて、一ノ宮, 一の宮, 一之宮, 一野宮 を検索することはできるでしょう(※)。検索文字の指定は例えば「一ノ宮」と指定し、「" ","ノ","の","之","野"」を区別しないで検索するイメージです。

 ※専門的になりますが、正規表現で一ノ宮の検索文字は、一(|ノ|の|之|野)宮 となりますね。

一方、「島, 嶋」などは検索文字のどこに来ても良いことになります。週末に実験的に適用してみましょう。

[80343] JOUTOUさん
漢字の揺れを拾うとなると、かなり対応範囲が広くなることは確実と思われます。そこで「かな」による検索を可能にできたらいいのではないでしょうか。
「かな」による検索も行いたいのですが、読みデータが現状では記録できていませんから、残念ながら「かな」による検索はできません。過去の変遷情報の読みについてはデータ化するのはかなり困難ではないでしょうか。読みそのものの揺らぎについては、漢字表記以上にあいまいさがあるため、記録の正確性を追求するのはかなりハードルが高そうです。

[80343] 2012 年 2 月 27 日 (月) 14:02:17 JOUTOU さん
 変遷情報検索

例年であれば三寒四温といった具合にそろそろ寒さも緩み始める時期ですが、今年はシベリアあたりの将軍殿がなかなか北へお帰りにならないようで・・・。特に雪の多い地域のみなさんは大変ご苦労されおられると思いますがくれぐれもご自愛ください。みなさんこんにちはJOUTOUです。

[80316]中島悟さん、[80341]88さん、お二方のご意見にわたしからも一言。
漢字の揺れを拾うとなると、かなり対応範囲が広くなることは確実と思われます。そこで「かな」による検索を可能にできたらいいのではないでしょうか。もちろんかな表記にも揺れが存在することは承知していますが、漢字のバリエーションに比べたらかなり対象を絞れると考えます。

[80342] 2012 年 2 月 27 日 (月) 07:40:39 なると金時 さん
 生存報告

お久しぶりです。
こんな記事が載ってました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120227-00000003-mai-soci
まあ、水増しは事実なんでしょうねえ。

[80341] 2012 年 2 月 26 日 (日) 23:38:31 88 さん
 変遷情報検索 異体字等の同一視について

市区町村変遷情報に関して。

[80268][80316] 中島悟 さん で、多数のご指摘をいただいていますが、中島悟さんもおっしゃるように、今回のご指摘の内容は、大きく分けて次の3つに分けられると考えられます。
(1)明らかに別の字であり、入力時の誤りである
(2)旧字体・新字体等が入力の際に一貫しておらず、入力時の誤りである
(3)当時としても表記の揺れがあったと思われ、文献によって表記に揺れがあり、本当の「漢字」を特定することが困難

(1)は言い訳のしようのないで誤りであり、精査し、順次修正していきます。
(2)は各文献を鵜呑みにしたり、編集作業時にその場しのぎで統一方針が定まっておらず誤ったもので、これも順次修正していきます。
(3)は悩ましく、調査も困難を極めるのですが、そのままではデータベースとしての機能が不十分であるので、判断をして何らかの結論を出し、順次修正していきます。

いずれにせよ、市区町村変遷情報においては、その名のとおりあくまで「変遷」をまとめたものであり、途中でいつの間にか名称が変わっていたり、不連続になってしまうことは許されません。変更するためには、改称手続きや、その他の変更するだけの理由が必要です。

(1)(2)(3)とも、内容により調査・作業にかかる時間は差がありますが、少しずつ既に対応しています。詳細については、まとめてレスします。

――――――――――
変遷情報検索の件。
[80316] 中島悟 さん
誤字はともかく、「ヶ」「ケ」以外も異字体を一括検索できるようにはならないでしょうか?
これは、前述の入力そのものの誤りの件とは別に、変遷情報検索の利用者の便宜を図るための観点で、異体字等を同一視する検索システムのご提言であると考えます。
例えば、「一ノ宮村」と思って検索しても想定したデータを発見できず、実は正式な村名は「一之宮村」であった場合。
本人が気づけば、「一之宮村」で再検索すれば事なきを得るのですが、「ない」「検索の不具合だ」となってしまっては元も子もないです。
こういった事態を避けるためにも、現在の
「ヶ」と「ケ」を区別しない
と同様に、便宜を図ろうとするものです。

[80319] グリグリ さん からもありましたが、以下に、「ヶ」「ケ」と同様の、私なりの案を示します。もし、他に何か対象とした方が良いものがあれば、お教えいただければ幸いです。

なお、以下に挙げるものをすべて対象とすると決定した訳ではありません。対象を広げ過ぎると、多大な負荷を与え、かえって検索の性能に影響を与えることがあり、利用者の便宜に逆行するおそれがあるからです。
グリグリさんから、いくつか試行し、その影響を検証してみようとの話がありましたので、それに先立ち示すものです。
なお、例は、実在するものとは限りません。イメージとして例示するものです。
番号対象備考
1ノ, の, 之, 野一ノ宮, 一の宮, 一之宮, 一野宮一宮 をこれに加えるのは困難か
2ヶ, ケ, が関ヶ原, 関ケ原, 関が原関原 をこれに加えるのは困難か
3島, 嶋
4曽, 曾
5館, 舘
6沢, 澤
7滝, 瀧
8竜, 龍
9篭, 籠
10条, 條
11峰, 峯, 嶺
12弥, 彌
13岳, 嶽
単に旧字体・新字体の差異もあれば、異体字もあります。[74087]拙稿で「旧字体・新字体の表記方法について」として方針を述べています。

[80340] 2012 年 2 月 26 日 (日) 22:18:13【1】 オーナー グリグリ
 リニューアル作業は継続中です

[80312]市区町村変遷情報のリニューアルをご案内しましたが、他のメニューについてもリニューアルを進めています。データベース検索面白データベース検索地名コレクション市区町村雑学パズルとクイズのトップページのレイアウトなどを改善し、全体デザインの統一化を図っています。ただし、各メニューから先のページについてはまだ手がつけられていません。今後、順次改善して行く予定です。何かお気づきの点がありましたらお知らせください。

なお、地名コレクションの編集管理ページへの入口は、地名コレクショントップページの最下段右端に移しましたので、地名コレクションの編集者の皆様はご注意ください。

今回の作業中に、面白データベース検索の過去のデータベースを使っての検索が正しく機能していなかったことが分りました(デグレード)。いつの時点でデグレードしたのか不明ですが、かなり前から機能していなかったと思われます。復活させましたが、ご迷惑をお掛けいたしました。

今後、データベース検索や面白データベース検索の検索結果のレイアウト改善や機能強化、地名コレクションのレイアウト改善など進めて行きたいと考えています。落書き帳自体のリニューアルも必要ですが、こちらは影響範囲が大きく、慎重に進めたいと考えています。

[80339] 2012 年 2 月 26 日 (日) 16:48:48【1】 YT さん
 江戸時代の花巻の人口について
白桃 不思議のクニの名邑(マチはラビリンス)

江戸時代の花巻の人口について[80328]で言及した『花巻市史 近世篇二』(1982年)からの引用を紹介します。

『邦内郷村志』によると、花巻三町の人口は、川口町2685人、四日町702人、一日市543人、合計3930人とあります。この他組同心38戸、竈数71家とありますが、これだけでは武家人口は推定できません。

さて、江戸時代の盛岡藩の藩内の人口構成は、『雑書』という盛岡藩藩内史料に詳しく掲載されているそうです。私はその原本を読んだことがありませんが、高橋梵仙の『日本人口史之研究』(1955年)の方に掲載されている数字を多少加工してwikipediaの江戸時代の日本の人口統計の方にまとめました。「多少加工」というのは高橋梵仙氏の表自体に明らかな項目ズレという誤植があったり、男女合計や小計に不一致があったりするからです。本当は原本や、原本から作成した活字本を閲覧出来れば良いのですが。

上記表では「四町」と町人人口を纏めてしまいましたが、雑書原本の天和三年(1683年)の御領分切支丹によると

盛岡御町
一、壱万弐千三百弐十四人 内 男六千七百四十七人 女五千五百十七人
郡山御町
一、弐千百六十七人 内 男 千百三十壱人 女千三十六人
花巻御町
一、四千六百五十四人 内 男 弐千五百十六人 女弐千百三十八人
三戸御町
一、千四百九十壱人 内 男 八百弐十九人 女六百六十二人

という具合に盛岡藩内の四町の人口が紹介されています。ここで『岩手県史』からの記述を引用すると

天和三年(1683年)には花巻の町人が四千六百五十四人とある。その外花巻侍を百五十戸とし、一戸六人とすると九百人、足軽六十戸として三百六十人、合わせて五千九百十四人、その他を加えると六千人前後あったことが推考されよう。

とのことで、花巻城下に暮らす武家、寺社方人口は1400人程度と推定されています。

一方花巻の人口変遷は、高橋梵仙氏からの引用に従うと(天保5年の数字は『岩手県史』から)

元号西暦町方人口元号西暦町方人口元号西暦町方人口元号西暦町方人口
天和3年1683年4,654元文3年1738年6,364宝暦12年1762年4,987天明4年1784年4,517
貞享元年1684年4,611元文4年1739年6,365宝暦13年1763年4,035天明5年1785年4,565
元禄3年1690年4,842元文5年1740年6,268明和元年1764年4,079天明6年1786年4,548
元禄4年1691年4,821寛保元年1741年6,193明和2年1765年4,091天明7年1787年4,585
元禄6年1693年5,025寛保2年1742年5,881明和4年1767年4,353天明8年1788年4,568
元禄7年1694年5,339寛保3年1743年4,757明和5年1768年4,216寛政元年1789年4,598
元禄8年1695年5,417延享2年1745年4,894明和6年1769年4,126寛政2年1790年4,586
元禄9年1696年4,960延享3年1746年4,890明和7年1770年4,119寛政3年1791年4,595
元禄12年1699年5,188延享4年1747年4,780明和8年1771年4,126寛政4年1792年5,406
元禄13年1700年5,187寛延2年1749年4,592安永元年1772年4,152寛政5年1793年5,422
元禄14年1701年5,278寛延3年1750年4,547安永2年1773年4,138寛政6年1794年5,383
正徳元年1711年5,199宝暦元年1751年4,438安永3年1774年4,637寛政7年1795年5,399
正徳2年1712年5,261宝暦2年1752年4,513安永4年1775年4,539寛政8年1796年5,376
正徳3年1713年5,399宝暦3年1753年4,544安永5年1776年4,541寛政10年1798年5,393
享保3年1718年4,974宝暦5年1755年4,563安永6年1777年4,548享和3年1803年5,431
享保5年1720年5,055宝暦6年1756年4,753安永7年1778年4,523天保5年1835年4,622
享保12年1727年4,866宝暦7年1757年4,453安永8年1779年4,552天保10年1839年5,415
享保18年1733年4,857宝暦8年1758年3,691安永9年1780年4,544天保11年1840年5,401
享保19年1734年4,928宝暦9年1759年3,751天明元年1781年4,550
元文元年1736年4,921宝暦10年1760年3,811天明2年1782年4,561
元文2年1737年4,327宝暦11年1761年3,863天明3年1783年4,569

上の数字は近代以前の日本の都市人口統計にも掲載しましたが、男女別人口と合計が合わないところなどは加工しています。『岩手県史』、『花巻市史』にしても『雑書』に当たって数字をまとめていない(高橋梵仙→岩手県史→花巻市史の順に引用している)し、高橋氏自身、数字は知り合いからの紹介として解説しているので、誤植や計算間違いの真相は判りません。

ただ、『雑書』によると寛政年中の花巻の人口は約5400人で、『邦内郷村志』の4000人とは1400人の差があります。『岩手県史』の解説にある武家、寺社方推定人口約1400人がいい感じに当てはまりますが、そもそも『雑書』では武家、寺社方人口を別にカウントしています。『花巻市史』の方では解説していませんが、『雑書』が現住人口ベースの統計であることが関わっているのかも知れませんし、『邦内郷村志』の方が家持ちの人口しかカウントしていないせいなのかも知れません。でも一番ありえそうなのが、町の範囲が異なるせいでしょう。その差は花巻村と川口村(民戸合計21戸)だけでは説明がつかず、南万丁目村、北万丁目村等、かなり広い範囲も花巻に加算されているのでしょう。

『雑書』の人口に計外推定人口1400人(若干多過ぎる気もしますが)を合算することで、花巻の人口を計算さますと、花巻の人口は17世紀末順調に増え、1695年頃の元禄年中に6800人(町方5417人)に達しましたが、その後は人口減少に転じます。1738年〜1742年の間は人口が1000人程急増していますが、おそらく町の範囲に変更があっただけと思われます。宝暦の大飢饉後に急激に人口が減少し、宝暦8年(1758年)には約4200人(町方3811人)と人口が底となります。宝暦12年(1762年)の突発的なプラス1000人を無視すると、18世紀末には花巻の人口は約6000人(町方約4600人)で安定しますが、寛政4年(1794年)以降、再び人口がプラス1300人となり、三町の外側まで加えた人口となったのでしょう。以降天保5年(1834年)を除き、三町の外側まで加えた地域が花巻人口として登録されています。『日本地詩提要』や『共武政表』の人口4426人は、天保11年(1840年)の人口5401年からマイナス1000人となっていますが、こちらは三町内だけの人口なのでしょう。

なお注意なければならないのは『雑書』の人口は信頼に欠ける点が残っています。『盛岡市史』の編纂に関わっている森嘉兵衛が指摘したように、宝暦の大飢饉以降、どうも盛岡藩は飢饉による人口減少の責を幕府から問われることを恐れ、人口データを集計段階で捏造したのではないかという疑いを持たれています。歴史人口学者の速水融も「近世日本の人口構造と変動」で指摘しているように、宝暦2年(1752年)以降総人口が約35万人で固定されており、しかも安永6年(1777年)から寛政2年(1790年)の間は1年を除いて性比が112.9に固定されており、「ある意味では、性比まで考慮するかなり高度の人口への知識を持った者の仕業とい言わざるを得ない」というわけです。

実は人口の捏造は盛岡藩だけでなく、長州藩も行っています。延享3年(1750年)の人口を幕府に報告する際、藩主の了解のもと郡レベルで配分して6000人の人口水増しを行ったことが『公儀事諸控』に記述されているそうです。長州藩の場合は藩の控えの人口史料と幕府への報告人口とに差がある年が他にもありますが、盛岡藩ほど極端な異常は見られません。

[80338] 2012 年 2 月 26 日 (日) 13:18:08【1】 k-ace さん
 ため池

[80337]白桃さん
ため池の数は兵庫県が日本一(2位の広島の2倍以上)ですが、ため池密度は香川県が日本一のようです。香川県はため池の数では3位。
なぜ大阪にため池が多いのか(大阪府はため池の数4位、ため池密度2位)
瀬戸内海式気候により、兵庫・広島・香川・大阪・山口・岡山の6府県で全国のため池の半数はあるとか。

[80337] 2012 年 2 月 26 日 (日) 12:39:49【1】 白桃 さん
 香川県の日本一

小学生の頃、「香川県は日本で二番目に狭い」と教わっていた面積は、お蔭様?で日本一になりました。
うどんの消費量以外にも、ため池の数も結構多いのではないでしょうか。
また、「日本一低い山がある。」と東かがわ市の一部関係者が豪語しています。

そして、今日数えてみて発見したこと。これは、まぎれもなく全国47都道府県中、堂々の一番であります。

1自治体名(市町村に限る)あたりの使用文字数(「市」・「町」・「村」の字を除く)・・・2.59
(山梨県(2.52)、沖縄県(2.51)が続きます。)
この全国一については、まんのう町と並んで東かがわ市が大いに貢献していることは言うまでもありませんが、観音寺、善通寺、さぬき、多度津、宇多津、小豆島の3文字勢の奮闘と、高松、丸亀、坂出、三豊、三木、綾川、土庄、琴平、直島の健闘のたまものです。(簡単に17市町全てを言える、少ない自治体数も影響してます。~j~)
因みに、全国一少ないのは富山県(2.07)です。

[80336] 2012 年 2 月 26 日 (日) 02:13:57【3】 YT さん
 明治初期の稗貫郡内の市街・町村等の人口変遷、「花巻」も町部のみの可能性
白桃 不思議のクニの名邑(マチはラビリンス)

第2回(明治11年、人口は明治12年1月1日調)と第3回(明治12年、人口は明治13年1月1日調)の『共武政表』における稗貫郡内の輻輳地の人口をチェックしました。

せっかくなので明治6年〜明治22年の稗貫郡内の市街・町村等の人口変遷としてまとめておきます。

『日本地誌提要』 明治6年1月1日調本籍人口
名邑市坊戸数人口
花巻31,0274,426

『明治八年共武政表』 明治6年1月1日調本籍人口
輻輳地(千人以上)戸数人口
川口町1,0274,426
大迫村2191,100

『明治十一年共武政表』 明治12年1月1日調本籍人口
輻輳地(百人以上)戸数人口
下根子120618326292
里川口8313,4481,7731,675
花巻4011,709894815
八幡132707351356
好地161827425402
大迫3591,723922801

『明治十二年共武政表』 明治13年1月1日調本籍人口
輻輳地(百人以上)戸数人口
大迫駅3001,452766686
好地村内石鳥谷113575285290
八幡村47230117120
花巻駅3811,749901848
里川口村8233,4521,7931,659
下根子村321548173

『明治十三年共武政表』 明治14年1月1日調本籍人口
輻輳地(百人以上)戸数人口
大迫3071,483783700
石鳥谷117549278271
八幡51229103126
花巻3891,590806784
里川口8273,3721,7421,630
下根子1201497871

『都府名邑戸口表』 明治17年1月1日調本籍人口・現住人口 (現住人口は出入寄留者のみを考慮し、逃亡失踪者、陸海軍の兵営艦船に在る者、監獄に在る者、外国行きの者の加除は考慮せず)
都府名邑本籍戸数本籍人口現住戸数現住人口
花巻1,4236,1521,4156,048

『地方行政区画便覧』 明治17年1月1日調本籍人口
戸長役場ノ所在地村数戸数口数村名
大迫村41,3087,418大迫村・亀ヶ森村・内川目村・外川目村
関口村87894,460関口村・八重畑村・滝田村・猪鼻村・五大堂村・
東中島村・新堀村・戸塚村
高木村57664,063高木村・東十二丁目村・矢沢村・高松村・幸田村
好地村96163,712好地村・北寺林村・大瀬川村・八幡村・中寺林村・
大興寺村・富沢村・松林寺村・長谷堂村
湯本村115393,031湯本村・二枚橋村・台村・北湯口村・糖塚村・
大畑村・南寺林村・金矢村・小瀬川村・椚目村・
狼沢村
東宮野目村135963,254東宮野目村・下似内村・北飯豊村・葛村・江曽村・
西中島村・黒沼村・小森林村・田力村・庫理村・
柏葉村・上似内村・西宮野目村
里川口村71,6537,472里川口村・南万丁目村・花巻村・北万丁目村・下根子村・
西十二丁目村・外台村
円万寺村119516,386円万寺村・膝立村・鍋倉村・湯口村・西晴山村・
上根子村・中根子村・下シ沢村・鉛村・豊沢村・
太田村

『市街名邑及町村二百戸以上戸口表』 明治19年12月31日調本籍人口・現住人口 (現住人口は出入寄留者のみを考慮し、逃亡失踪者、陸海軍の兵営艦船に在る者、監獄に在る者、外国行きの者の加除は考慮せず)
市街・町村公称町村数本籍戸数本籍人員現住戸数現住人員
大迫11,8133502911,701
川口16343,0356543,180
花巻13881,8294021,868
里川口17663,5277963,707
亀ヶ森村2531,4612441,443
内川目村4182,7533962,723
外川目村2341,5302131,523
新堀村2241,9273241,902
東十二町目村2121,0672121,067
太田村3382,4853382,454

『法令全書』 明治22年12月31日調現住人口 (現住人口は出入寄留者のみを考慮し、逃亡失踪者、陸海軍の兵営艦船に在る者、監獄に在る者、外国行きの者の加除は考慮せず)
町村名現住人口市町村制施行時の合併
花巻町2,507花巻村・北万丁目村・高木村の一部
里川口町4,619里川口村・南万丁目村・高木村の一部
大迫町1,918大迫村
内川目村2,745内川目村
外川目村1,589外川目村
亀ヶ森村1,437亀ヶ森村
八重畑村2,437八重畑村・関口村・滝田村・猪鼻村・五大堂村・東中島村
新堀村2,223新堀村・戸塚村
矢沢村3,804矢沢村・高松村・幸田村・東十二丁目村・高木村の一部
好地村2,760好地村・北寺林村・大瀬川村・大興寺村・松林寺村・富沢村・長谷堂村
八幡村2,134八幡村・中寺林村・南寺林村・江曽村・西中島村・黒沼村・小森林村
湯本村2,965湯本村・北湯口村・大畑村・二枚橋村・台村・金矢村・小瀬川村・椚ノ目村・狼沢村・糖塚村
宮野目村2,759東宮野目村・西宮野目村・葛村・田力村・庫理村・柏葉村・上似内村・下似内村・北飯豊村
根子村1,539下根子村・西十二丁目村・外台村
湯口村4,453湯口村・円万寺村・鍋倉村・膝立村・西晴山村・上根子村・中根子村・鉛村・下シ沢村・豊沢村
太田村2,629太田村

こうやって並べてみると、藩政時代の花巻三町(河口町・四日町・一日市町)・里川口村・花巻村から、里川口村・花巻村への統合は、明治8年末〜明治11年前半頃に行われたと推測されます。また[80328]で、
里川口と花巻の人口は4年後の明治17年1月1日調の『市街名邑及町村二百戸以上戸口表』に比べると共に300人程少なく、つまり明治十年代の里川口・花巻はかなりの人口増加をしていることが明らかです。
などと書いてしまいましたが、明治12年〜明治14年の間は花巻周辺の人口はむしろ減っていたようで、明治10年代前半は人口減少、明治10年代後半は人口増加など、人口の流出・流入が劇的に起こっていたようです。戸数の方(もしかしてこの場合は家数?)は大きな変化はありません。

なお明治17年の『都府名邑戸口表』の花巻の本籍人口1423戸6152人は、明治19年調の『市街名邑及町村二百戸以上戸口表』 の里川口766戸3527人+花巻388戸1829人=1154戸5356人と比べても多すぎます。人口だけなら変動の範囲内ですが、戸数が200戸も違います。

以上により、明治11年〜明治13年の『共武政表』と明治19年調の『市街名邑及町村二百戸以上戸口表』で「花巻」という名前の下に示される約400戸の輻輳地・市街は、実は町部分(藩政時代の四日町+一日市町)のみではないかと私は考えるに至りました。明治19年の川口634戸3035人+花巻388戸1829人=1022戸4864人は、『日本地誌提要』・『共武政表』の明治6年の花巻/川口町の本籍人口1027戸4426人と(特に戸数が)良く対応しています。このことは同時に[80330]の白桃さんの考えが正解に近いことも示唆しますね。

[80335] 2012 年 2 月 25 日 (土) 17:08:05 山野[煮豆] さん
 HNの変遷

先月14日(1月以上前)にHN変更の認可時に
[80104]グリグリさん
変更されたいきさつなどありましたらご紹介ください。
…という問があったものの、返答を忘れてました。

確かに私はメンバー登録して以来、HNを頻繁(約2年毎)に変更してますが、
その理由を率直に言うと「(同じHNを使い続けると)飽きる」です。
(1)岐阜県民(2005年9月14日〜11月26日)
これは、単に「生誕〜現在に至るまでも岐阜県民だから」が理由。(要は仮称です)
(2)揖斐の山(2005年11月27日〜2008年12月31日)
当の神戸町には山は在りませんが、隣接する池田町に「池田山」がありますが、
これは町内何処からでも山の全容が目の前にドーンと佇んでいる為、
一見すると町内に在るかのような存在の為「山」。
だけど池田町は「揖斐」郡にある町なので2つをくっ付けてHNにしたのが理由。
(3)、山野(2009年1月1日〜2012年1月9日)
敬称付けると「何か、もたつくなぁ」と思い変更。
「揖斐の山」+「美濃国平野庄=神戸町」→2文字取って「山野」。
(4)煮豆(2012年1月22日〜)
これと言って理由が無く適当。(適当が為、何時まで持つか)

[80334] 2012 年 2 月 25 日 (土) 16:50:27 YT さん
 花巻川口村、里川口村
白桃 不思議のクニの名邑(マチはラビリンス)

[80332] htmさん

これまでに言及していなかったのですが、実は「里川口町」が 『花巻市史』【近代篇?】においてどのように記載されているか気になっています。

ズバリお尋ねします。
明治22年の町村制で発足した自治体は、『花巻市史』にも「里川口町」と記されていたのでしょうか?

『花巻市史』を調べる気になったのは、その点も兼ねてでしたが、残念ながら自分がアクセスできる図書館に所蔵されていたのは、熊谷章一著『花巻市史』(1962年〜1982年)の内、古代中世篇、近世篇:2、民俗篇、神社篇だけで、近世篇:1と近代篇は所蔵していませんでした。

しかしながら同じ著者熊谷章一による『花巻の歴史』(1958年)と『花巻のあゆみ : 花巻開町三百七十年祭記念』(1962年)の方では、いずれも明治22年の町村制発足の段階で「花巻川口村」が成立したかのように書いており、『花巻の歴史 近代篇』を取り寄せても同じようなことしか書いていないのではないかと予想されます。

一方及川雅義著、及川惇編 の『花巻の歴史 上下巻』(1983年)では、巻末の年表に里川口村の記述がありましたが、大正12年の根子村編入の段階で「里川口村」と記載しており、逆に花巻川口村の存在を無視しています。

戦後刊行された『岩手県史』は既に調べた方がいらっしゃるようですし、調査漏れも限られてしまっているようです。

[80333] 2012 年 2 月 25 日 (土) 14:44:08 hmt さん
 市町村変遷データベース関連 (10)まだ花巻
白桃 不思議のクニの名邑(マチはラビリンス)

[80331] 千本桜 さん
花巻と里川口は明治22年の町村制施行でも合併しませんでした。これも底辺にあるのは花巻と里川口の都市間競争意識でしょう。

今回のスレッドに触発されて、花巻町人による この地方のインフラ整備をテーマとする 深澤論文 に目を通してみました。
これは地方行政の視点ではなく、昭和前期の花巻町・花巻川口町合併の年代も誤認しているのですが、今回の「花巻問題」について参考になる情報もありました(p.217〜218)。
-----------------
花巻は、その時期【近代】の資料の保存が少ない地域である。その理由が役場移転に伴う行政資料の散逸、空襲による中心商店街焼失。
城下町は、開町の順に、城の北側は四日町、南側は川口町、北側で四日町よりも城寄りの町は一日市と名付けられた。
明治に入り、川口町と呼ばれていた地域は里川口村となり、四日町、一日市であった地域は花巻村とされた。
さらに明治22年の町村制では、近隣の村を併合して、花巻川口町と花巻町が誕生した。
-----------------

この論文も、[80322]で引用した辞典と同様に、「町村制当初からの花巻川口町」説を取っています。
そして、町村制で「2つの自治体」ができたことについて、次のように記されていました。

-----------------
当時の資料には、(花巻村は)「従来 里川口とともに花巻の総称あれども 延長なる坂路を以て両地を隔て 随て民情相協わず 人民亦分離して一町をなさんことを翼望し 資力に於て両町とも不足なきを以て各独立とす」とある。
現在でも古老に尋ねると、「昔はあっち町こっち町と呼んで、仲が悪かったもんだ」という答えが返ってくる。
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[80327]で俯瞰図を引用して書いた時は気がつきませんでしたが、坂道により「2つの市街」に分れており、ライバル意識があったのですね。

[80332] 2012 年 2 月 25 日 (土) 13:46:30 hmt さん
 市町村変遷データベース関連 (9)花巻
白桃 不思議のクニの名邑(マチはラビリンス)

個別の問題に深入りしてきましたが、行きがかりで、シリーズのタイトルはそのままで続けます。

[80330] 白桃 さん
そこで思ったのが、黒沢尻村町分の4,427人は、黒沢尻村里分の人口も含んでいるのではないか、ということです。

『市街名邑…』と同じ 明治19年の『地方行政区画便覧』第三表(戸長役場ごとの集計)を見ると、黒沢尻村町分戸長役場管内3村、すなわち黒沢尻村町分・同里分・北鬼柳村の口数が 4862人となっています。
『市街名邑…』に示された両市街地人口は、確かに重複しているようです。

花巻の場合にも、黒沢尻と同様に「市街」人口の重複記載があったという推論ですね。そして、
花巻の場合は(中略)、より曖昧なように思えます。
「川口」と「里川口」は地域としても並存していなかった、つまり、「里川口」の町部が「川口」で…

従って『地方行政区画便覧』第三表では、里川口村戸長役場場管内7村の中に「川口」という村は現れず、「里川口市街」の人口と重複する「川口市街」の人口は、当然に里川口村の人口の一部として集計され、7村合計口数 7472人となっている。
そういうことですね。


[80328] YTさん
『市街名邑及町村二百戸以上戸口表』には北岩手郡川口村の記載があるので、一応は違うと思われます。

あ、その通りでした。凡例 に記されているように、第一表が「市街」、第二表が「市街の体裁を為さざる名邑」(岩手県は掲載なし)、第三表が前2表記載に係る町村を除く「二百戸以上の町村」です。[62817]

第三表に北岩手郡「川口村」があるので、第一表で「市街」とされた「川口町」は、これと重複しない【人口も違う】ことになります。

参考までに『花巻市史 近世篇二』(1982年)を閲覧したところ

これまでに言及していなかったのですが、実は「里川口町」が 『花巻市史』【近代篇?】においてどのように記載されているか気になっています。

ズバリお尋ねします。
明治22年の町村制で発足した自治体は、『花巻市史』にも「里川口町」と記されていたのでしょうか?

『邦内郷村志』という史料に寛政年中(1800年頃)の戸数が掲載されているそうです。リンク先の何巻に書かれているかまでの情報はありませんが、『花巻市史』での引用を引っ張ってくると

盛岡藩内の地誌資料をご紹介いただき、ありがとうございます。
稗貫郡は『巻七』に掲載されています。河口村だけで5コマ(10頁)に及ぶ詳細なもので、
民戸六百四十八軒 二千六百八十五人(男千四百九十一人 女千百九十四人)
と記されている 7-19コマ【河口村から花巻村に移り変わる部分】 をリンクしておきます。
# 男女比だけ見ても、町場であることがわかります。7-17コマには、花巻城の記述があります。
花巻村最終コマ(7-22)に一日市と四日町の人口が記されています。

[80331] 2012 年 2 月 25 日 (土) 12:28:24 千本桜 さん
 謎解きはランチのまえに

[80330] 白桃さん
謎解きはブレックファーストのまえで
花巻の謎解きは御正解のようです。私も黒沢尻の人口を絡めて全く同じことを考えておりました。町分と里分を併せると黒沢尻村の人口は7,965人。あの時代、黒ちゃんが花ちゃん、水ちゃん、一ちゃんより人口が多かったとは考えにくいから、これはおかしいと・・・。それにしても激しく火花を散らす花巻、黒沢尻(北上)、水沢(奥州)、一関の都市間競争は江戸時代から続いていたのでしょう。花ちゃんは名前から受ける印象は優しそうですが、なんのなんの戦士のような町だと私は思っています。花巻と里川口は明治22年の町村制施行でも合併しませんでした。これも底辺にあるのは花巻と里川口の都市間競争意識でしょう。

[80330] 2012 年 2 月 25 日 (土) 10:20:50 白桃 さん
 謎解きはブレックファーストのまえで
白桃 不思議のクニの名邑(マチはラビリンス)

[80324][80325][80326][80328]YT さん
[80327]hmt さん
花巻の「川口」に関する私の疑問に対するお二人の記事、有難うございました。昨日ほぼ一日かけて考えた末、私なりの結論を出しましたので御礼を兼ね、ご報告いたします。
結論から申しますと、「市街名邑及町村二百戸以上戸口表」(以下、戸口表とします)の書き方に問題があるのではないか、ということです。
戸口表の第一表(現住人口)に、次のようになっている箇所があります。
黒沢尻村町分4,427人、黒沢尻村里分3,538人
ところが、法令全書による明治22年末の黒沢尻町の人口は4,760人となっているのです。
黒沢尻町は黒沢尻町分と黒沢尻里分が一緒になって生まれた町ですので、人口から言ってこれでは全然辻褄が合いません。そこで思ったのが、黒沢尻村町分の4,427人は、黒沢尻村里分の人口も含んでいるのではないか、ということです。(なぜ、「町分」の方が「里分」より多いのか、という新たな疑問が生じますが)
「町分」と「里分」は「市街地」として並存していたかどうかは別として、「地域」としては並存していたのでしょう。しかし、戸口表に記載されている人口は、それぞれの地域人口ではないのだ!ということです。
花巻の場合は、黒沢尻より複雑というか、より曖昧なように思えます。
「川口」と「里川口」は地域としても並存していなかった、つまり、「里川口」の町部が「川口」で、この町部が花巻三町のひとつだろう、ということです。
こう考えると、人口推移的にはスッキリします。
「謎」が生じたのは戸口表の書き方のせいだ、というのが私の結論です。

蛇足:正直なところ、「川口」「里川口」「花巻」を花巻三町にあてはめたり、「川口」を石鳥谷大興寺に求めたり、いろいろ邪馬台国探しに奔走しました。~j~)~~
(「謎解きはディナーのあとで」の作者は「後輩」らしい。では、朝食をとりましょう。)

[80328] 2012 年 2 月 24 日 (金) 19:27:20【1】 YT さん
 花巻
白桃 不思議のクニの名邑(マチはラビリンス)

[80327] hmt さん
市街名=町村名 であったとすると、考えられるのは、北岩手郡川口村【現在は岩手町】です。

実のところ、その可能性を念頭に置いていたのですが、『市街名邑及町村二百戸以上戸口表』には北岩手郡川口村(本籍438戸2576人、現住418戸2506人)の記載があるので、一応は違うと思われます。

ちなみに明治17年よりも前のデータを見ると、『日本地誌提要』では明治6年1月1日調の花巻の人口は3市坊1027戸4426人とあり、明治八年『共武政表』では、川口町1027戸4426人、大迫村219戸1100人の記載があります。『日本地誌提要』の3市坊からなる「花巻」と『共武政表』の川口町の人口が一致することから、両者は同じ市街の異なる通称であることが判ります。この時の花巻を構成する三町とは、川口町、一日市町、四日町のことなのか、それとも里川口村+花巻村+αのことなのかは判りません。

明治11年、明治12年の第二回、第三回『共武政表』に何と記載されているのかは、今手元にコピーがないので詳しく書けませんが、明治13年の第四回『共武政表』(人口は明治14年1月1日調)では、
町村戸数人口
大迫3077837001483
石鳥谷117278271549
八幡51103126229
花巻3898067841590
里川口827174216303372
下根子1207871149

とあり、里川口と花巻の人口は4年後の明治17年1月1日調の『市街名邑及町村二百戸以上戸口表』に比べると共に300人程少なく、つまり明治十年代の里川口・花巻はかなりの人口増加をしていることが明らかです。よって人口の比較だけで明治6年の人口4426人の範囲(明治6年の3市坊)を判断するのは困難です。

参考までに『花巻市史 近世篇二』(1982年)を閲覧したところ、『邦内郷村志』という史料に寛政年中(1800年頃)の戸数が掲載されているそうです。リンク先の何巻に書かれているかまでの情報はありませんが、『花巻市史』での引用を引っ張ってくると

○川口村 又云里川口村
 民戸廿四軒 川口村不入市中戸数

○河口町 慶長頃北松斎初而云此坊中
     (中略)
 民戸六百四十八軒 二千六百八十五人(男千四百九十一人 女千百九十四人)
 組同心三十八戸 竈数七十一家 有定法故也

○花巻村
 村民戸七軒 此外入市中

○四日町 城下三町最初之市場也云。 昔名之四屋田屋五群居焉。北秀愛移之後立市町云々。
○一日市町 同処是従河口町後立云。
 民戸百三十九軒。組十九組 竈数十六 男百三十人 女二百十三人 一日市町
 民戸百七十九軒。組廿九 竈二十一 男三百八十九人 女三百十三人 四日町
   右民戸寛政初改

つまり江戸時代の時点では、花巻三町は四日町、河口町、一日市町から構成され、市中として扱われていない郷村としての花巻村、川口村(里川口村)が別にあったとになりますが、後者の戸数は併せて30戸ほどしかありません。あと「民戸」と断っているので、寺社や武家の戸数・人口が加算されていないのでしょう。『地方行政区画便覧』の段階では、おそらく河口町・川口村を併せて里川口村、四日町・一日市町・花巻村を併せて花巻村として扱ったようにみえます。明治一桁代の『日本地誌提要』や『共武政表』の段階では、まだ江戸時代の三町を引き摺り、町外の里川口村と花巻村の人口を除いているように見えます。

なお、『邦内郷村志』では、栃内村73軒、笹間村162軒、横志田村28軒、尻平川村5軒、轟木村105軒、太田村264軒、成田村73軒、十二丁目村73軒、外台村0軒、向下根村76軒、南万丁目村29軒、北万丁目村30軒、下根子村不明、上根子村146軒、西晴山村15軒、円満寺村49軒、膝立村22軒、湯口村115軒、鉛村15軒、下沢村24軒、豊沢川村17軒、鍋倉村71軒、下似内村18軒、上似内村46軒、東宮野目村33軒、庫裡村19軒、柏葉村30軒、田力村23軒、葛村107軒、小瀬川村44軒、椚木目村32軒、猿沢村37軒、金矢村15軒、台村25軒、湯本村65軒、大畑村37軒、二枚橋村3軒、北湯口村75軒、宮野目村49軒、糠塚村33軒、東十二丁目村170軒、高木村155軒、高松村128軒、矢沢村142軒、幸田村35軒となっています。

一軒平均10人程度なので、1800年頃の高木村は約1600人と意外と大きい村となっています。北万丁目村と南万丁目村は併せて600人程度ですが。

[80327] 2012 年 2 月 24 日 (金) 15:07:42 hmt さん
 市町村変遷データベース関連 (8)花巻の「川口」
白桃 不思議のクニの名邑(マチはラビリンス)

[80323] 白桃 さん
明治19年の稗貫郡「川口」は何処へいってしまったのか

最初にご注意。
市街名邑及町村二百戸以上戸口表 第1表類別表 に記された「川口」は、あくまでも「市街名」であり、「公称町村数」という欄が別に作られているように、「町村名」ではありません。

[80326] YT さん
「郡名を誤植し、配置する場所も間違えた」という可能性が一番高いように思えてきました。

市街名=町村名 であったとすると、考えられるのは、北岩手郡川口村【現在は岩手町】です。
内務省告示の 明治22年末人口表 による現住人口は 2629人で花巻町 2507人より多いので、もしかしたら 当時は「市街」と認められる程度に繁栄していたのかもしれません。

川口3,180人、里川口3,707人、花巻1,868人

奥州街道沿いの「花巻三町」という言葉があり、南から川口町・一日市町・四日町を指すようです。
しかし、平凡社の歴史地名大系372頁「川口町」(現 上町など)の説明文
花巻三町の1町で、慶長18年 里川口村内に開かれたという。
などから、町場の名は「川口町」で、村の名は「里川口村」という使い分けであったと思われます。
明治19年の資料に記された「3市街」は、「花巻三町」に対応するものではないようです。

「花巻市博物館だより」に掲載された 1920年の俯瞰図 を見ても、花巻を「3市街」に分ける意味はないように思われます。
2市街に分ける意味もなかったので、1929年に合併したのでしょう。

俯瞰図の左下方に見える豊沢川は 右下方に流れ、北上川との合流点である地形上の「川口」に至ります。

仮に資料記載の「川口」と「里川口」とが、共に花巻地区に存在した市街であったとしても、川に近い南側であると思われます。
従って、町村制施行後には大部分が同じ町【里川口町? or 花巻川口町?】に属したことでしょう。

[80326] 2012 年 2 月 24 日 (金) 11:43:44 YT さん
 訂正:川口は郡名が誤植?

[80323] 白桃さん

すみません。今日になって[80324][80325]の記事を読み返し、川口=湯口村の誤植には矛盾があることに気付きました。

明治19年末の川口(1町村)の本籍人口634戸3035人と太田村の本籍人口338戸2485人の合計972戸5520人を、明治17年始の円万寺外十ヶ村連合村の本籍人口951戸6386人と比較すると、本籍人口はともかくとして戸数が上回ってしまいます。

明治十年代は戸数と、世帯数・家数との混乱があるものの(公式には「戸数」=「世帯数」の筈だが、昭和以降には「世帯」という呼称が確立し、むしろ今では「戸数」=「家数」に戻る?)、戸数/人口比に目立った違いがないので、私が提唱した「川口は湯口村の誤記」の可能性は低いようです。

もっとも川口村は他にもあります。「郡名を誤植し、配置する場所も間違えた」という可能性が一番高いように思えてきました。

[80325] 2012 年 2 月 24 日 (金) 04:12:43 YT さん
 高木村について

[80324]を書いた直後、花巻町、里川口町、矢沢村に分割された「高木村」の存在が気になり、旧高旧領取調帳データベースで稗貫郡の明治石高をチェックしましたが・・・高木村・湯口村双方の石高も余り高くないですね。まあ江戸時代に市街地の中心であったであろう里川口村の石高はもっと低いし、さすがに同一郡内であれば流通の範囲内なので石高自体は都市人口は当然ながら、農村人口の参考にはなりませんが。

石高が高いといえば、北万丁目村、南万丁目村、下根子村、上根子村も気になりますが、このうち北万丁目村、南万丁目村、下根子村(根子村1539人の一部)の人口は3000人以下は確実です(後述参照)。

石高
太田村3,999.164
新堀村3,161.787
花巻村1,713.702
北万丁目村1,565.941
下根子村1,429.763
上根子村1,424.331
鍋倉村1,393.238
南万丁目村1,272.402
矢沢村1,271.705
亀ヶ森村1,266.346
湯本村1,221.582
大瀬川村1,169.290
北湯口村1,168.740
八幡村1,141.654
高松村1,013.878
西十二丁目村1,002.933
東十二丁目村976.638
北寺林村958.070
八重畑村951.716
大興地村945.221
大畑村926.353
円万寺村911.671
南寺林村908.349
膝立村905.660
葛村876.181
五大堂村864.936
高木村829.167
中寺林村815.708
西宮野目村809.998
上似内村765.839
東宮野目村745.846
湯口村725.423
好地村715.087
滝田村663.654
中根子村660.675
関口村660.556
外川目村650.951
内川目村621.291
狼沢村599.962
椚目村575.152
糠塚村565.010
小瀬川村535.894
金矢村485.158
二枚橋村393.148
富沢村378.426
大迫村363.409
猪鼻村363.279
戸塚村363.214
黒沼村343.795
小森林村324.486
東中島村323.686
下似内村318.052
北飯豊村309.761
台村238.657
田力村231.422
柏葉村231.298
里川口村226.530
幸田村226.331
江曾村203.164
庫理村196.509
西晴山村150.133
西中島村142.631
外台村130.342
下シ沢村87.998
長谷堂村84.309
豊沢村74.338
松林寺村62.928
鉛村55.182


明治17年始の本籍人口は高木村+東十二丁目村+矢沢村+高松村+幸田村=4063人
この内東十二丁目村の明治19年末の本籍人口は1067人なので、
高木村+矢沢村+高松村+幸田村≒3000人 (本籍人口ベース)

よって矢沢村、高松村、幸田村の人口がそれぞれ100人レベルでないと
高木村=川口村≒3000人
は成立しないので、高木村=川口村の可能性はきわめて低いと思います。

なお、明治22年末の現住人口と、明治19年末の現住人口からは

花巻町−花巻村=北万丁目村+高木村の一部(I)≒750人 (現住人口ベース)
里川口町−里川口村=南万丁目村+高木村の一部(II)≒900人 (現住人口ベース)
矢沢村−東十二丁目村=矢沢村+高松村+幸田村+高木村の一部(III)≒2650人 (現住人口ベース)

なので、花巻町、里川口町に吸収された高木村の一部(I+II)の合計は約450人 (現住人口ベース)
北万丁目村(1565石)と南万丁目村(1272石)の合計は約1200人 (現住人口ベース)

と見積もれます。

[80324] 2012 年 2 月 24 日 (金) 03:29:14【2】 YT さん
 川口は湯口の誤植の可能性

新年色々と忙しかったのですが、久々に書き込みます。

[80323] 白桃さん

「川口3,180人」はどこへ行ってしまったのでしょうか。川口が、里川口と花巻に「分割編入」されたというのであれば、なんとなく辻褄はあうのですが、そういうことが書かれているものも見あたりません。

これですが、私は「湯口」の誤植を疑います。

『地方行政区画便覧』には里川口村、南万丁目村、花巻村、北万丁目村、下根子村、西十二丁目村、外台村の七村で戸長役場を形成し、1653戸7472人が暮らしたとありますが、ここには川口村の名前はありません。なお『地方行政区画便覧』記載の人口は年次が定まっていませんが、稗貫郡の人口7218戸39796人が明治17年1月1日調の本籍人口と一致することから、七村合計7472人は明治17年1月1日調の人口であることがわかります。

戸長役場ノ所在地村数戸数口数備考
大迫村41,3087,418亀ヶ森村、内川目村、外川目村を含む
関口村87894,460八重畑村、新堀村を含む
高木村57664,063東十二丁目村、矢沢村を含む
好地村96163,712八幡村を含む
湯本村115393,031
東宮野目村135963,254西宮野目村を含む
里川口村71,6537,472花巻村、西十二丁目村を含む
円万寺村119516,386湯口村、太田村を含む
稗貫郡計687,21839,796

ちなみに同じ明治17年1月1日調の人口を記した『都府名邑戸口表』(1884年)によると、花巻の本籍人口は1423戸6152人、現住人口1415戸6048人となっています。

一方、『市街名邑及町村二百戸以上戸口表』記載の稗貫郡の市街・町村の明治19年12月31日調人口を書き出すと

市街・町村名本籍人員本籍戸数現住人員現住戸数
大迫(1村)1,8133501,701291
川口(1村)3,0356343,180654
花巻(1村)1,8293881,868402
里川口(1村)3,5277663,707796
亀ヶ森村1,4612531,443244
内川目村2,7534182,723396
外川目村1,5302341,523213
新堀村1,9272241,902324
東十二町目村1,0672121,067212
太田村2,4853382,454338

現住人口3180人の川口は1村からなる市街地とありますので、明治22年末の市町村制施行時の現住人口も3000人を超えていて当然なのですが、『法令全書』の明治22年末の人口と比較すると、合併後に該当し得る人口3000人以上の町村は里川口町、矢沢村、湯口村しかありません。

町村名現住人口市町村制施行時の合併
花巻町2,507花巻村, 北万丁目村, 高木村の一部
里川口町4,619里川口村, 南万丁目村, 高木村の一部
大迫町1,918大迫村
内川目村2,745内川目村
外川目村1,589外川目村
亀ヶ森村1,437亀ヶ森村
八重畑村2,437八重畑村, 関口村, 滝田村, 猪鼻村, 五大堂村, 東中島村
新堀村2,223新堀村, 戸塚村
矢沢村3,804矢沢村, 高松村, 幸田村, 東十二丁目村, 高木村の一部
好地村2,760稗貫郡 好地村, 北寺林村, 大瀬川村, 大興寺村, 松林寺村, 富沢村, 長谷堂村
八幡村2,134稗貫郡 八幡村, 中寺林村, 南寺林村, 江曽村, 西中島村, 黒沼村, 小森林村
湯本村2,965湯本村, 北湯口村, 大畑村, 二枚橋村, 台村, 金矢村, 小瀬川村, 椚ノ目村, 狼沢村, 糖塚村
宮野目村2,759東宮野目村, 西宮野目村, 葛村, 田力村, 庫理村, 柏葉村, 上似内村, 下似内村, 北飯豊村
根子村1,539下根子村, 西十二丁目村, 外台村
湯口村4,453湯口村, 円万寺村, 鍋倉村, 膝立村, 西晴山村, 上根子村, 中根子村, 鉛村, 下シ沢村, 豊沢村
太田村2,629太田村

里川口町は旧里川口村がメイン、矢沢村は明治19年末の東十二丁目村の人口1067人を減じると3000人未満、なので残るは湯口村ということになります。よって「川口」は「湯口」の誤植と私は判断しましたが、どうでしょうか?

[80323] 2012 年 2 月 23 日 (木) 23:00:40 白桃 さん
 明治19年の稗貫郡「川口」は何処へいってしまったのか
白桃 不思議のクニの名邑(マチはラビリンス)

「里川口町」について、その存在や「花巻川口町」への改称時期について議論されておりますが、私はこれとは別に疑問に思っていることがあります。
内務省総務局「市街名邑及町村二百戸以上戸口表」(明治21年)には、第一表(市街及び市街の体裁をナシタル名邑)に記載されている稗貫郡の「街」は、川口、里川口、花巻及び大迫で、今関係のない大迫を除く各人口(明治19年調)は
川口3,180人、里川口3,707人、花巻1,868人
となっております。
ところが、法令全書によりますと町村制施行直後の明治22年末の人口は、
里川口町4,619人、花巻町2,507人
となっているのです。
「川口3,180人」はどこへ行ってしまったのでしょうか。川口が、里川口と花巻に「分割編入」されたというのであれば、なんとなく辻褄はあうのですが、そういうことが書かれているものも見あたりません。
ややこしい・・・

[80322] 2012 年 2 月 23 日 (木) 19:36:03 hmt さん
 市町村変遷データベース関連 (7)改称日付が問題となっている 「里川口町」の謎
白桃 不思議のクニの名邑(マチはラビリンス)

[80274] むっくん さん
[80285] MIさん
[80320] むっくん さん
まずは岩手県統計書(明治22年)(編・出版:岩手県、M24.11.5)、岩手県史第8巻近代編(著・出版:岩手県、S38.12.10)に記載の県令第12・13・15号にて市制町村制施行時のM22.4.1は里川口町であることを確認しました。

問題の「改称日付探し」は、「里川口町」の存在が前提です。
花巻城の南側に存在した 城下町の一部と その隣接地とが 町村制施行を機に合併してできた町。
それが 最初は「里川口町」という名称であったこと。
それを むっくん さんが 「日付探しの第一歩」として確認したのは、全く正しいことです。

当然のように思われるこの前提に あえて触れた理由は、地名調査の資料として普通に使われている辞典類に、この前提に反する記載があるからです。
すなわち、「花巻川口町」は 明治22年の町村制当初からの名であり、「里川口町」については、“里川口町とも称した”という異称扱いになっています。

角川 日本地名大辞典 岩手県629頁 花巻川口町
明治22年から昭和4年の稗貫郡の自治体名。明治期には里川口町とも称した。里川口村(中略)が合併して成立。
同書911頁 地誌編花巻市 近代行政区画
明治22年 里川口、南万丁目の2か村と高木村中川原が合併して花巻川口町、…
平凡社 日本歴史地名大系 岩手県367頁 花巻市近現代
明治22年の町村制施行に伴って稗貫郡花巻町、花巻川口町、…の2町7村。

そこで[80320]を再確認してみると、原資料である町村制施行時の岩手県令への直接リンクはなく、二次資料である岩手県統計書(1891)と、県令について言及した岩手県史(1963)とを根拠としていることがわかりました。

原資料が掲載されていると思われるのは岩手県報ですが、ネットで閲覧できるのは 平成16年度以降
岩手県立図書館の所蔵も明治31年2月以降 ということで、明治30年の資料閲覧は容易でありません。
但し、岩手県永年保存文書目録 の 275/286(272頁)により、古い県報の存在は確認できるようです。

こんな具合に、原資料へのアクセスが困難ということになると、[80320]のように 二次資料に頼らざるを得ません。
ところが、岩手県の作った資料ならば 信用できるか というと、いい加減な資料もあるのですね。

[74516]でリンクされている岩手県HP市町村地域変遷(エクセルファイル) を開いて 花巻市を見てください。
明治30年と推測されている花巻川口町への改称が掲載されていないのはともかく、“大12.6.1 里川口町に、根子村が編入”とあります。この時点では、もちろん花巻川口町だったはずです。
表の作成者も、さすがに「里川口町」はおかしいと思い、“(花巻川口町)”と書き込んだのかもしれません。
次の行は、昭和4年4月10日の新設合併 ですが、こちらは 日付が脱落。

では、[80320]において「里川口町」が存在したと推測された もう一つの根拠である「各地方町村別現住人員表」(内務省告示)の町村名は信頼できるのか?
内務省は、地方行政の元締めですから信頼できる と言いたいところなのですが、岩手県の「異字体」として通用していた「巌手県」を使っているくらいですから、花巻川口町の「異称」として通用していた「里川口町」を書く可能性もあると思います。

明治31年内務省告示第92号 において、
明治30年中各府県に於て市町村分合改称せし分参考の為め掲ぐ
と記された 巌手県稗貫郡里川口町→花巻川口町(329コマ)は、
これまで通用してきた「異称」を捨て“花巻川口町に統一する”という告知にすぎないかもしれない。

原資料を確認できないまま、「里川口町の謎」に振り回されているうちに、私はこんな推測を抱くようになりました。

ところで、二次資料ではあるが、88さんが繰り返し“信憑性の高そうな郡市町村廃置分合一覧表”と呼んでいる統計局の廃置分合表。4年前に [63806] むっくん さん により紹介されています。

里川口町から花巻川口町への改称の有無に関し この資料が使えれば、これほどの謎にならなかったかもしれません。
この問題は、残念ながら人口統計が内務省から統計局へと移管される少し前の事例だったのでした。

[80321] 2012 年 2 月 22 日 (水) 22:57:05【1】 みかちゅう さん
 横浜市泉区和泉町に住居表示の動き

横浜市泉区和泉町は都市部にありながら広大な住居表示の未実施地域であり、和泉川が戸塚区へ流れ込むこのあたりの1桁地番から、いずみ野駅北東のこのあたりの7900番台までの広大な地域となっています。人口は49000人あまりを抱えており、住居表示地域は丁目単位で人口統計が発表されることを考えると、単一の町としてはかなり多いと言えそうです。

そんな和泉町でついに住居表示が実施される予定になりました(→横浜市市民局のお知らせ)。24年10月をめどに南部の米軍深谷通信所の西側の地域を「下和泉一丁目〜五丁目」に分割する計画です。その後は立場駅およびいずみ中央駅周辺の住居表示が予定されています。和泉町が長後街道を境にした住居表示地域で分断される日も近いのかもしれません。

[80320] 2012 年 2 月 22 日 (水) 18:19:15 むっくん さん
 Re:里川口町から花巻川口町への改称

[80285]MIさん

返信遅れましてすみません。

私が里川口町から花巻川口町への改称の日付を探したのがかなり前のことであり、詳細なところまで記録としては残していませんので確かなことは言えませんが、確認手順は以下の通りだったと記憶しています。

まずは岩手県統計書(明治22年)(編・出版:岩手県、M24.11.5)、岩手県史第8巻近代編(著・出版:岩手県、S38.12.10)に記載の県令第12・13・15号にて市制町村制施行時のM22.4.1は里川口町であることを確認しました。
次に明治30(1897)年中の廃置分合を文末に記した内務省告示第92号(M31.9.13)に里川口町から花巻川口町への改称があることを見つけました。内務省告示第63号(M30.10.16)よりM29.12.31の時点では里川口町であり、内務省告示第92号(M31.9.13)299コマよりM30.12.31の時点では花巻川口町となっており、この間に改称されたことを確認しました。
ここまではMIさんと同じです。

次に岩手県町村合併誌(編・出版:岩手県総務部地方課、1957)を見ましたが、この改称が記載されていせんでした。そこで次善の策として、当時、里川口町に住んでいた人の記したものを探しました。
当時、里川口町に住んでいた著名人として宮澤賢治氏がおり、その全集の中でM30.10.30に改称が行われたとの記載があったと記憶しています。Web上にも同様なことが記載されているHPもありました。

さてこれを市区町村変遷情報にどのように記載するかです。改称が行われた明治30(1897)年はともかく日付の10月30日は確度のある情報とは言い難く、あくまでも参考情報としておいた方がよさそうです。


-------------------------
以下は88さん宛です。
[80274]拙稿で書いた1897(M30).10.30改称ではなくて、日付を外した
1897(M30).__.__ 改称 稗貫郡花巻川口町 稗貫郡 里川口町
の方を市区町村変遷情報(岩手県)に付け加えていただきますようお願いします。

[80319] 2012 年 2 月 21 日 (火) 18:46:43 オーナー グリグリ
 市の変遷の表示 & 異字体検索

[80312] 2012 年 2 月 20 日 (月) 01:00:51
一通り確認作業は行いましたが、問題点やお気づきの点がありましたらご指摘ください。
ある方からメールでご指摘をいただき、変遷情報のリニューアル後、市の変遷の表示が正常に行われないという不具合に気付きました。20日の夜には復旧させましたが、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。変遷情報のDBファイルへのパスが変わったことによるデグレードでした。他にもお気づきの点がありましたらご指摘ください。よろしくお願いいたします。

[80316] 中島悟さん
誤字はともかく、「ヶ」「ケ」以外も異字体を一括検索できるようにはならないでしょうか?
はい、対応可能です。88さんからも同様のリクエストをいただいており、具体的にどの範囲までを対象とするか仕様の詳細を検討中ですので、今しばらくお待ちください。よろしくお願いいたします。

[80318] 2012 年 2 月 21 日 (火) 16:19:04【1】 hmt さん
 市町村変遷データベース関連 (6)秦野問題

[80315] MI さん
それでは[80314]の表に県令9号の読みを補完してみます。

ありがとうございます。町村制施行直前の「分合改称県令」で示された読みが、伊勢原市、秦野市、真鶴町などの 現存自治体の読みに受け継がれていることが確認できました。

ところで、変遷情報検索を試みて 初めて知ったことなのですが、秦野 は、町村制前の村名としては 使われていなかったのですね。

『新編相模国風土記稿』には 「波多野庄」があるが、「近世村」レベルの「秦野/波多野」はなかった模様です。
旧高旧領取調帳データベース で検索しても、旧村名=秦野、波多野のいずれもヒットしませんでした。

読みについては、秦野市HPの中に 「秦野市」の読み方 がありました。
明治22年の「市制・町村制」による合併時も秦野町を始めそれぞれの東西南北秦野村は「はだの」と表記されています。
市役所も、[80315]と同じく県令9号「別冊」の表記に基づく説明をしていました。

もっと前 古代・中世の読み方については、古名「幡多」や この地の地名を名乗った「波多野氏」について、
「はたの」と「はだの」のどちらで発音されていたのかはわかりません。
とされ(同じ秦野市HPの中の 「秦野(はだの)」の由来)、
過去において「はだの」と呼ばれていたことが確実にわかる史料は、江戸時代に入ってからの振り仮名の記載がある「東鏡」や「香雲寺文書」、「新編相模国風土記稿」などです。
と続けています。

【追記】
後で気がついたのですが、「秦野」を名乗る町村の登場が 1889年であること、「はたの」も「はだの」も,どちらも“あり”ということに関しては、落書き帳の初期に [7373]Issieさん の記事がありました。
対比表[80314]を見ると、資料(2)(3)では秦野町は清音であるの対し、接頭語のある村は濁音となっています。
しかし、大秦野駅や大秦野高校[7364]が清音であったので、接頭語の有無だけでもないようです。
資料による癖もあるかもしれませんが、秦野7町村全部と真鶴が清音の資料(7)が、伊勢原・仙石原では濁音になっています。
【追記終】

この「秦野問題」のように、清音濁音の区別は なかなか根が深く、限りがありません。
秦野の場合は 町村制施行時と現在が 濁音で一致している ことでもあり、データベースとしては 「はだの」を本筋とし、途中の資料で見受けられる「はたの」は 変種として処理しておくのが妥当ではないかと思われます。

秦野市が出てきたついでに、[76001] オーナー グリグリさん 行政区域の変遷(グラフ・表・年表・地図)に 情報提供をした 秦野市の成立年表[78793]ですが、新しい成立年表 に更新されていました。

このチャートに「大根村(真田地区を除く)」とあります。昭和30年4月に行なわれた 大根村の秦野市への編入 が 大根村の大部分であることは、「市域の移り変わり」図【注】にも 明らかに示されています。>88さん
【注】(余計な指摘ですが)
秦野市HPの図では “大根村真田 平塚市へ編入”となっていますが、正確には “中郡金目村を経て”の平塚市編入です。

[80317] 2012 年 2 月 21 日 (火) 14:03:46【2】 白桃 さん
 「平成の合併」と市、いろいろ。

篠山市の誕生に始まる「平成の合併」から今日までに生まれた市などについて、いろいろ、といっても自分が特に関心を持つ事項についてまとめてみました。

(1)従来の市(旧市)を含む合併関係
A.新設合併を行って誕生した市・・・さいたま市、熊野市など178市
●うち、名称変更・・・さいたま市、伊佐市など39市
●市庁舎が構成旧自治体の中で最多人口ではない旧自治体に置かれた市
西東京、古河、射水、四国中央、燕、佐渡、嘉麻、以上の7市
●名前は残ったが、市庁舎は最多人口自治体に・・・日光(旧・今市市)、笠間(旧・友部町)

B.編入合併しか行わなかった市・・・京都市、江津市など117市
●うち、名称変更・・・常総市、妙高市の2市

※消滅した市・・・新津、前原など(旧)65市

(2)名実ともに新たに誕生した市
A.新設合併・・・安曇野市、養父市など126市
●うち、市庁舎が構成旧自治体の中で最多人口ではない旧自治体に置かれた市
安曇野、江田島など40市(案外、多い)

B.編入合併、同日市制施行
神栖、田原、那珂、常陸大宮、弥富、潮来の6市(茨城県と愛知県)

C.単独市制施行
栗東、守谷、白井、みよし、豊見城、岩出、富里、野々市、長久手の9市 

[80316] 2012 年 2 月 21 日 (火) 12:54:49【1】 中島悟 さん
 [80268]に追加

[80268]で「全数」と書きましたが、部分変更については確認していなかったので、
改めて調べてみたら、瀧尾村と素鷲村を見落としていました。
(ほかにも3町村で部分変更の表記に差があったので再掲)

(年月日)変更種別自治体名変更対象差異
15施行時95曽野木村
151948.7.1329境界変更黒埼村曽野木村の一部
151957.5.3496編入新潟市曾野木村
17施行時194滝尾村
171893.2.178分立久江村瀧尾村の一部
171955.1.1123新設鹿島町滝尾村
34施行時233木ノ庄村
341950.4.1153境界変更市村木ノ庄村の一部
341954.3.31189編入尾道市木ノ荘村
38施行時5素鵞村
381908.4.126境界変更松山市素鷲村の一部
381926.2.1160編入松山市素鵞村
44施行時87挟間村
441954.10.1138新設挾間村挾間村
441955.4.1169町制挾間町挾間村
441955.7.1174境界変更大分市挟間町(微)
441956.4.1180境界変更大分村挟間町の一部
442005.10.1212新設/市制由布市挾間町


また、町村制施行直前の廃置分合を行った5県について
「廃置分合時」と「施行時」の食い違いも5件ありました。(3段目は参考)

4施行前75新設加美石村
4施行時84村制加美石村賀美石村加, 賀
41954.7.168新設/町制宮崎町加美石村
14施行前47新設小曾木村南小曽木村など曾, 曽
14施行時51村制小曽木村小曽木村
131955.4.1131編入青梅市小曾木村
14施行前210新設下曾我村曽我原村など曾, 曽
14施行時256村制下曾我村下曽我村曾, 曽
141954.12.1128編入小田原市下曾我村
22施行前283新設伊佐美村大人見村など美, 見
22施行時310村制伊佐見村伊佐美村見, 美
221956.9.30207新設湖東村伊佐見村
22施行前67新設菅生村菅沼村など生, 沼
22施行時78村制菅生村菅沼村生, 沼
221912.8.142新設/町制小山町菅沼村

誤字はともかく、「ヶ」「ケ」以外も異字体を一括検索できるようにはならないでしょうか?

[80315] 2012 年 2 月 21 日 (火) 06:54:56 MI さん
 明治22年神奈川県令第9号での読み

[80314] hmt さん
【追記】 MI さん宛
表の第3列(M22県令)は[80299]マナヅル、[80306]ミナミモリ以外は空欄にしてあり、補足していただくことを期待していたのですが、寄村・仙石原村・三田村の3村については、そもそも 1889/3/31の廃置分合が行なわれていないので、資料(1)の対象外でした。町村制施行の県令10号[78873]には ルビ付きの町村リストはない という理解で正しいでしょうか?
また、県令9号付属の廃置分合リストの ルビの対象 は、全町村でしたか、それとも 一部の町村のみでしたか?
 拙稿[78873]で示した通り、県令9号では「分合改稱」した町村が全27ページの「別冊」にまとめられています。しかし県令10号は「横濱ヘ市制」「其他ノ町村ヘ町村制」を施行するというだけで、町村のリストはないのです。
 町村制施行時の一覧表はないものかと公文書館所蔵のマイクロフィルムを繰っていましたら、明治22年3月30日付の神奈川県広報号外に、
○達甲第三十九號
                 郡役所
分合町村役場位置別紙ノ通リ之ヲ定ムヘシ
 但別紙ハ第一部ヨリ送付ス
  明治二十二年三月三十日 神奈川縣知事沖 守固
とあり、その別表として全28ページの「神奈川縣各郡町村名大字役場位置表」がありました。こちらには県令9号に掲載されなかった、つまり単独に町村制を施行された町村も記載されています。しかし残念ながら「読み」は記されていませんでした。

 それでは[80314]の表に県令9号の読みを補完してみます。

町村名の読み 対比表(主として清濁に着目)
郡名町村名M22県令和泉橋鍾美堂M36鍾美堂T2小川読方日本書房文録社S25国調現在
大住伊勢原町イセハラいせは?らイセハライセバライセハラIsebaraイセバラIsehara伊勢原市
大住秦野町ハダノはたのハタノハダノハダノHadanoハタノHadano秦野市
大住東秦野村ヒガシハダノひがしはだ?の…ハダノ…ハダノ…ハダノ…hadanoヒガシハタノHigashihadano秦野市
大住南秦野村ミナミハダノみなみはだの…ハダノ…ハダノ…ハダノ…hadanoミナミハタノMinamihadano秦野市
大住西秦野村ニシハダノにしはだの…ハダノ…ハダノ…ハダノ…hadanoニシハタノNishihadano秦野市
大住北秦野村キタハダノきたはだの…ハダノ…ハタノ…ハダノ…hadanoキタハタノKitahadano秦野市
足柄上上秦野村カミハダノかみはだの…ハダノ…ハタノ…ハダノ…hadanoカミハタノKamihadano秦野市
足柄上寄村やどりきヤドリギヤドリギヤドリギYadorikiヤドリギYadorigi松田町
足柄下眞鶴村マナヅルまなづるマナズルマナヅルマナヅルManazuruマナツルManazuru真鶴町
足柄下国府津村コフヅこくふつコーズコフヅコフヅKo-zuコフツKozu小田原市
足柄下仙石原村せんごくはらセンゴクワラ…バラ…ハラ…baraセンゴクバラSengokubara箱根町
愛甲高峯村タカ子たかみねタカ子タカネタカネTakamineタカネTakamine愛川町
愛甲三田村みたミタサンダサンダSandaサンダ睦合村厚木市
愛甲南毛利村ミナミモリみなみもりミナミモリミナミモリミナミモリMinamimo-riミナミモリNammori厚木市

 なお、hmtさんの表で「中郡」については明治29年に大住郡と淘綾郡が合併して成立したものであり、明治22年時点の郡名に改めました。

[80314] 2012 年 2 月 20 日 (月) 16:10:36【1】 hmt さん
 市町村変遷データベース関連 (5)データベース資料に記された「町村名の読み」

[80304][80306][80309]で、町村名の読みが記されたデータベース資料が何種類か使われました。
折角なので、問題がありそうな「読み」を神奈川県中郡(明治28年度迄は大住郡)〜愛甲郡の範囲内から、読みの清濁などが問題になりそうな町村を拾って、記載状況を対比してみました。

もっとも、肝心の濁点の有無が判別困難のため、誤読のおそれもあることをお断りしておきます。

資料の説明
資料(1)明治22年神奈川県令第9号 別冊「町村分合改稱」【町村制施行直前】[78873]
資料(2)和泉橋警察署編 『新旧対照市町村一覧』  加藤孫次郎 1889【町村制施行】
資料(3)鍾美堂編 『改正新旧対照市町村一覧』 鍾美堂 1903発行【1902/1末現在】
資料(4)鍾美堂編 『改正新旧対照市町村一覧』 鍾美堂 1913発行【1912/10調査】
資料(5)小川琢治著 『市町村大字読方名彙』 成象堂 1925発行【第1回国勢調査後】
資料(6)「市町村名の読み方 及び 市町村面積人口表」 日本書房 1937発行『日本地名大辞典第一巻』掲載[74307]【昭和戦前】
資料(7)文録社編輯部編 『最近検定市町村名鑑 昭和18年版』 1942【大戦中】
資料(8)統計局 昭和25年国勢調査[80309] 1950【昭和大合併より前の最新国勢調査】PDF資料の6/12コマが神奈川県

対比表の説明
文字数を節約するために、読みの一部は「…」で省略。
資料(6)の読みは訓令式ローマ字で、母音の上の長音符号をハイフンで代用。
資料(8)はヘボン式のため、長音が表記されていません。末尾の「-mura」等は省略。

町村名の読み 対比表(主として清濁に着目)
郡名町村名M22県令和泉橋鍾美堂M36鍾美堂T2小川読方日本書房文録社S25国調現在
伊勢原町いせは?らイセハライセバライセハラIsebaraイセバラIsehara伊勢原市
秦野町はたのハタノハダノハダノHadanoハタノHadano秦野市
東秦野村ひがしはだ?の…ハダノ…ハダノ…ハダノ…hadanoヒガシハタノHigashihadano秦野市
南秦野村みなみはだの…ハダノ…ハダノ…ハダノ…hadanoミナミハタノMinamihadano秦野市
西秦野村にしはだの…ハダノ…ハダノ…ハダノ…hadanoニシハタノNishihadano秦野市
北秦野村きたはだの…ハダノ…ハタノ…ハダノ…hadanoキタハタノKitahadano秦野市
足柄上上秦野村かみはだの…ハダノ…ハタノ…ハダノ…hadanoカミハタノKamihadano秦野市
足柄上寄村【追記】やどりきヤドリギヤドリギヤドリギYadorikiヤドリギYadorigi松田町
足柄下眞鶴村マナヅルまなづるマナズルマナヅルマナヅルManazuruマナツルManazuru真鶴町
足柄下国府津村こくふつコーズコフヅコフヅKo-zuコフツKozu小田原市
足柄下仙石原村【追記】せんごくはらセンゴクワラ…バラ…ハラ…baraセンゴクバラSengokubara箱根町
愛甲高峯村たかみねタカ子タカネタカネTakamineタカネTakamine愛川町
愛甲三田村【追記】みたミタサンダサンダSandaサンダ睦合村厚木市
愛甲南毛利村ミナミモリみなみもりミナミモリミナミモリミナミモリMinamimo-riミナミモリNammori厚木市

資料(6)以降では高峰、資料(8)では真鶴というように、字体の変化もあります。

【追記】 MI さん宛
表の第3列(M22県令)は[80299]マナヅル、[80306]ミナミモリ以外は空欄にしてあり、補足していただくことを期待していたのですが、寄村・仙石原村・三田村の3村については、そもそも 1889/3/31の廃置分合が行なわれていないので、資料(1)の対象外でした。町村制施行の県令10号[78873]には ルビ付きの町村リストはない という理解で正しいでしょうか?
また、県令9号付属の廃置分合リストの ルビの対象 は、全町村でしたか、それとも 一部の町村のみでしたか?

[80313] 2012 年 2 月 20 日 (月) 08:21:46 白桃 さん
 三豊市役所

[80312]グリグリさん
市区町村変遷情報を大幅にリニューアルしました。
大変な作業、御苦労さまでした。
リニューアルとは直接関係ないのですが、香川県三豊市の変遷情報(詳細)の最後が
三豊市は合併後に新設予定であった新庁舎建設(旧・香川松下寿電子工業跡地)を白紙撤回,現市役所(旧・豊中町役場)を正式庁舎に変更
と、なっておりますが紆余曲折があり、旧・高瀬町役場が正式庁舎に決まったようです。

[80312] 2012 年 2 月 20 日 (月) 01:00:51 オーナー グリグリ
 市区町村変遷情報をリニューアルしました

市区町村変遷情報を大幅にリニューアルしました。

・全ページのURLを http://upd.uub.jp/ で統一
・市区町村変遷履歴情報 日付順一覧を年号毎に独立ページ化
・その他のページもすべてレイアウトや構成を見やすく改善

など、全体に見直しています。土日の大半を使って作業し、一通り確認作業は行いましたが、問題点やお気づきの点がありましたらご指摘ください。

#何とか週末で作業を区切ることができました。ふぅ〜。。。

[80311] 2012 年 2 月 19 日 (日) 17:29:17【1】 k-ace さん
 NHKの緊急地震速報

[80310]Issieさん
緊急地震速報の入手方法について(気象庁)にあるとおり、NHKは全国すべての地域で放送されます。なので、関東・福島のみならず、全国で同様の放送です。実際NHKでは広島県の緊急地震速報が関東でも流れてました。
民放は今回の例だと、関東と福島ぐらいだと思いますが。

[80310] 2012 年 2 月 19 日 (日) 17:01:11 Issie さん
 新八犬伝

ここではずいぶん初期の頃に話題になったことのある人形劇「新八犬伝」が今日のNHKアーカイブスで放送されていました。
今見ても面白いですね。
放送当時は小学生でしたからただ面白いと思って見ていただけですが,この歳になって見ると実にたくさんのことが盛り込まれていてとても凄い番組であったことがわかります。
何より,“とある事情”で当時見ることができなかった最終回を今,見ることができて感慨無量です。
ただ一つ。関東地域では番組のお終いで緊急地震速報が響き,九ちゃんがまさに「これにて一巻の終わり」と言おうとするその瞬間に地震のニュース画面に変わってしまったことですが…。

さて,番組前半で流された「前半総集編」のエピソードは,だいたい記憶していたのですが,最初に放送された「第1回」の内容は全く覚えていませんでした。
改めて見て,ふと気になる表現が…。
この手の物語の通例として,番組冒頭で物語の舞台の説明が行われるわけですが,最初の舞台である 富山(とみさん) について,「安房国長狭郡(ながさのこおり)富山」と言っていました。
明治後期の郡制施行に際して「安房郡」に統合されるまで,安房国には 平,安房,朝夷,長狭 の4郡がありました。
このうち 平(へい)郡 は旧名「平群(へぐり)郡」で鋸南町保田から館山市北西部にかけての浦賀水道沿い,長狭郡 はほぼ現在の鴨川市から南部の江見地区を除いた区域,朝夷(あさい)郡 は,その江見地区から南房総市白浜にかけての太平洋岸,残りの館山市の大部分+αが 安房郡 です。
で,問題の 富山 は,この区画では完全に 平郡(平群郡) に属するはずで,実際に山の“東側”(内陸側)に「平久里(へぐり)」という地名があります。
にもかかわらず番組冒頭で流れた「長狭郡富山」という表現。本来,「長狭郡」は峠を越えた太平洋斜面の加茂川(鴨川)流域の郡名であって,これは正しくないはずなんですけどね。
これは原作の「南総里見八犬伝」にまでさかのぼる表現なのかどうか。少なくとも曲亭馬琴の時代,富山周辺は間違いなく 平郡 なのですが。
もっとも,このお話(原作),実際のところは時代と人名と地名を借りているだけで,史実的にも地理的にもかなりメチャクチャです。

[80309] 2012 年 2 月 19 日 (日) 15:38:31 hmt さん
 市町村変遷データベース関連 (4)南毛利問題続編

[80306] MI さん
ご覧のとおり「ミナミモリ」とルビが振ってありました。そこで、これ以外に手許で確認できるものとして、近代デジタルライブラリーからめぼしいところを拾ってみたのですが、すべて「ミナミモリ」でした。

ありがとうございます。町村制に先立って行政当局が示した「ミナミモリ」という「読み」は、1955年の南毛利村消滅までの 約66年間、大きな影響力があったものと理解しました。

なお、戦後の資料が挙げられていなかったので、昭和25年国勢調査人口総数 を調べてみたら、「南毛利村 Nammori-mura」となっていました。昭和15年も同様。

…ということで、統計局に使用されている 「なんもうり」村 までを完全に否定するほどの「正式さ」については 依然として疑問が残るのですが、通常のデータベースに使われる「村名の読み」としては、「みなみもり」村が優勢 であったことを改めて認識しました。

次に、「自治体としての(正式の?)読み」とは別に、現在も使われている「地名」としての読み方です。

小学校や中学校だけでなく、南毛利スポーツセンターは「なんもうり」と読むようですね。検索すると南毛利公民館、南毛利保育所などもありますが、こちらの読み方は分かりませんでした。

南毛利スポーツセンターと同様に、南毛利公民館南毛利保育所 のいずれも、URL に「nanmouri」を使っています。
南毛利柔道スポーツ少年団 も同様。

こちらは「なんもうり」優勢ですが、関係者が「なんもうり小学校」などで学んだ人達なら、当然と思われます。
学校の沿革 によると、崇立館→長谷学校が 「南毛利小学校」と改められたのは 明治25年です。
村の学校を作った関係者が 3年前の県令による「ミナミモリ」を知らない筈はない と思われるのですが、「南」を音読みにした学校名になったのは、何故でしょうね?

[80304]で記したように
「学校名の読み」と「村名の読み」とが一致していることは、必ずしも求められていない
だから、「音読みにした方が立派に聞こえる」 というような理由で、「なんもうり」にした のかもしれない。

学校の影響は絶大で、村の呼び名としても、いつしか「なんもうり」が定着し、昭和になれば 国勢調査を担当した役場の吏員も、「なんもうりむら」として 報告するようになった。

…などと推測しています。

[80308] 2012 年 2 月 19 日 (日) 06:22:21【1】 オーナー グリグリ
 Re:真鶴町は「まなづる」町か、「まなつる」町か?

[80298] 88さん
せっかくですので、 [80296] 白桃 さん、[80295][80297] hmt さん、本拙稿も、前述のアーカイブに補う形で追加をご検討いただけますでしょうか?
遅くなりましたが、アーカイブ 真鶴町は「まなづる」町か、「まなつる」町か?に、[80295][80296][80297][80298]の4記事を追加しましたのでご確認ください。

落書き帳アーカイブズは更新作業を凍結しておりますが、皆さんからの個別のリクエストに関しては対応したいと考えます。ただし、新規アーカイブの追加については原則対応しません。既存アーカイブへの記事追加などに限らせてください。よろしくお願いいたします。

[80307] 2012 年 2 月 19 日 (日) 00:05:37 Issie さん
 都の西北ワセダの隣り

[80305] ペーロケ さん
中区・中央区基準って微妙ですね。そのような現象は各地で見受けられます。

今度「区」ができる熊本市の場合はきれいですね。
札幌市の場合も,東区の位置が微妙ですが,まあ納得できる範囲でしょう。
広島市の東区は,お城基準でしょうかねえ。名古屋市の場合もお城基準に見えます。
新潟市の北区の場合は…,
最“東”端の区であることも事実ではあるけれど,やはり最“北”端の区であることは確かなわけで,中央区の東に直に隣接する区を「東区」とした以上,残っているのは「北区」しかなかったんでしょうね。
ほかの区の名前からも想像されるように「豊栄」は何としても避けたかったろうし,新潟市民が新発田の位置を“頭の中で”どちらの方角と捉えているかによりますが,やがて“北”へ伸びる海岸線を思えば,地図上の厳密な緯度の問題ではなくてメンタルな地理感覚の中では「北」と捉えることができるかもしれません。

ちなみに,以前に話題になったように相模原市では合併前の旧市域内の区分が念頭にあって「中央区」「南区」と相成りました。旧市域内での位置関係だけ考えれば,これは至極順当な呼称です。
もう1つの区は「緑区」となったわけですが,いまだにくすぶっているように「北区」にという意見がありました。ところが,この「北区」ならぬ「緑区」は広大な旧津久井郡を丸ごと含むわけで,現在の市の南端はこの緑区。全体としては「西区」がふさわしい位置にあるのですが,一部の意見の通り「北区」であったとしても,中央区中心のメンタル・マップ的にはそれほど変なネーミングではないかもしれません。

結局のところ,私たちはふだん地図を見てそれぞれの地点や区域の位置関係を捉えているわけでないので,頭の中の位置関係は実際の厳密な位置関係とはズレが生じてきて,それがそのまま“地名”として固定化されることがあるということなのかもしれませんね。

[80306] 2012 年 2 月 18 日 (土) 23:15:02 MI さん
 愛甲郡南毛利村の読み

[80304] hmt さん
明治22年神奈川県令第9号 別冊「町村分合改稱」[78873]で 確認していただきたい村があります。
その村の名は、主として戦国時代以降の歴史に登場する毛利家の出身地とされる 愛甲郡南毛利村 です。
 ご要望を戴きましたので、早速確認いたしました。
郡名新町村名舊町村名
ミナミモリ
愛甲郡南毛利村長谷村 温水村 愛名村 愛甲村
恩名村 船子村 戸室村 飯山村飛地
 ご覧のとおり「ミナミモリ」とルビが振ってありました。そこで、これ以外に手許で確認できるものとして、近代デジタルライブラリーからめぼしいところを拾ってみたのですが、すべて「ミナミモリ」でした。

稲波惇太郎編, 『神奈川県改定区画傍訓町村名鑑』, 稲波惇太郎, 1889    「ミナミモリ」
和泉橋警察署編, 『新旧対照市町村一覧』, 加藤孫次郎, 1889          「みなみもり」
梅沢玉吉編, 『神奈川県各市郡改町村名大字役場位置表』, 西田書房, 1891 「みなみもり」
星野文三編, 『大日本市町村名鑑』, 博聞社, 1893                  「ミナミモリ」
鍾美堂編輯部編, 『新旧対照市町村一覧』, 1903                   「ミナミモリ」
鍾美堂編, 『改正新旧対照市町村一覧』, 鍾美堂, 1913               「ミナミモリ」
文録社編輯部編, 『最近検定市町村名鑑 昭和18年版』, 1942          「ミナミモリ」

 そこで、手持ちの資料四冊に当たってみたところ、その内の一冊に「ナンモリ」を見つけることができました。

, 『新旧対照市町村一覧』, 中村鍾美堂, 1902「ミナミモリ」
共盟館編輯所編. 『最近市町村明覧』, 大川屋書店, 1912「ミナミモリ」
大西林五郎編, 『帝国市町村便覧』, 尚栄堂, 1921「みなみもり」
日下伊兵衛, 『改正市町村名大鑑』, 和楽路屋書店, 1928「ナンモリ」

 小学校中学校だけでなく、南毛利スポーツセンターは「なんもうり」と読むようですね。検索すると南毛利公民館、南毛利保育所などもありますが、こちらの読み方は分かりませんでした。

[80305] 2012 年 2 月 18 日 (土) 21:58:54 ペーロケ さん
 今年初

こんばんわ、今年初の書き込みです。
子供は早いもので、もうすぐ小学生。桃鉄で地名を覚えてしまったのがきっかけで、暇さえあればYahoo地図で脳内旅行を楽しんでいます。鉄分濃度も既に親を超えてるかも?ここに出入りするようになるのも時間の問題か?

[80303]Issie さん
中区・中央区基準って微妙ですね。そのような現象は各地で見受けられます。
広島市では、南区は中区から見ると真東にありますし、東区は東というより北北東、むしろ北のイメージの方が強いかも?そして、北に目を向けると、南が付く安佐南区があったりします。岡山市では、中区役所が北区役所よりも北にあるという現象もあったり、福岡市も東区は実際は北部一帯であったりします。新潟市の北区も、本当は「東区」って名乗りたかったんだろうな〜。東区役所の方が北区役所より、緯度的には北にあるし。

[80304] 2012 年 2 月 18 日 (土) 21:26:28 hmt さん
 市町村変遷データベース関連 (3)南毛利問題

[80299] MI さん
昨年夏に日野宿を調査するために神奈川県立公文書館で複写してきたもの

明治22年神奈川県令第9号 別冊「町村分合改稱」[78873]で 確認していただきたい村があります。
その村の名は、主として戦国時代以降の歴史に登場する毛利家の出身地とされる 愛甲郡南毛利村 です。

私は 1946年度から6年間、この地に通学しました。
6年間というのは「中高一貫」であったためですが、それは現代使われている意味での「一貫校」ではありません。
戦後の学制改革に伴って全国に生まれ、1948年度限りで幻のごとく消えた 併設中学校 という制度が適用された 普通の公立学校の2学年に該当しただけのことです。

それはさておき、当時の記憶では、学校の所在地は「なんもうり」村でした。
落書き帳参入後、「市町村名変遷辞典」で「みなみもり」となっていることを知った時は、てっきり誤記だと思いました。
しかし資料を調べてみると、意外にも「みなみもり」が多数であることがわかり、これまで全く疑問を抱いていなかった「村名の読み」についての疑問が生まれました。落書き帳の関係記事

更にその後の調べにより、町村制直後の明治22年和泉橋警察署編 新旧対照市町村一覧 のルビ 「みなみもり」村、大正になってからの鍾美堂編 改正新旧対照市町村一覧 のルビ 「ミナミモリ」村、国勢調査後の 「市町村大字読方名彙」(小川琢治編1923) の 「ミナミモリ」と、資料的には圧倒的に「みなみもり」であることが確認されています。

しかし、厚木の小・中学校 に収録されている 「南毛利小学校」も 「南毛利中学校」も、ページのタイトルに「なんもうり…」と振り仮名が付けられています。
「南毛利郵便局」の「なんもうり」→「みなみもうり」[44059]→愛甲石田駅前郵便局[58485]のように、名称がフラフラしている事例もありますが、学校の呼び名は「なんもうり」と呼ぶ人を再生産し、地名の保存に大いに貢献していると思われます。
もちろん、「学校名の読み」と「村名の読み」とが一致していることは、必ずしも求められていないのですが…

[44065]で私が導いた結論は、「正式の読み方」など 存在しなかったのかもしれない ということでした。
正式に定められていたのは「書き言葉」の「南毛利村」だけであり、大部分の人々は「なんもうり」と読んでいたが、「みなみもり」と読んでいた人もいる。多数、少数で決まる問題ではないから、どちらかが間違っているとは言えない。読み方なんてものは「慣習」であり、通じさえすれば、どっちでもよい。

明治22年の神奈川県令においる南毛利村の「読み」の状況を確認してみても、その「読み」が 自治体名称の不可欠の構成要素であるか 否かについての 決め手にはならないかもしれません。

しかし、「ミナミモリ」のルビが 付いていたのならば、それが正式名の一部であるにせよ、単なるガイドラインであるにせよ、何故に地元がそれを無視して 「なんもうり」と呼び、学校名とすることが続けられていたのか? その理由を探りたくなります。

「ナンモウリ」のルビが 付いていたのならば、多くの資料が 「ミナミモリ」となっていた理由が疑問になります。

ルビが付いていなかったのならば、「正式の読み方」不存在説の補強になるかもしれません。

いずれにせよ、市町村の「読み」について考察する材料になるものと思われるので、よろしくお願いします。

[80303] 2012 年 2 月 18 日 (土) 12:03:26【1】 Issie さん
 西戸部町の「西」,南太田町の「南」

[80294] N-H さん
さきほどの「はまれぽ」記事の最後に答え(?)が書いてありますが、本当ですかね?

この時代に何か謎があったら,これを持ち出せばたちどころに解けた気になってしまう呪文のようなものですが,どうなんでしょうね。
私は眉唾物だと思いますが。

と言って,私も答えは持ち合わせていないので地図を見て“憶測”してみます。
確かに,お互いの接続部分だけを見ると

中区から見て南区は南にはなく、西区は西にはありません

と見えるわけですが,旧中区エリア全体で見ると「西区」「南区」もまあ妥当かなという気もしてきます。
「南区」の方は,より簡単。
旧中区エリアの西南部分が分区されたわけですが,当時は現在の 港南区(1969年に南区から分区) までがその対象でしたから,そうやって見ると,“西”よりもずっと“南”へ伸びています。既に南の臨海部に 磯子区(現・金沢区を含む) があってこれが邪魔ですが,そこには目をつぶって,まあ「南区」と…。

「西区」の方はねぇ…
市役所や県庁のある The Yokohama 地区,つまり中区の中心部から見ると,“北”にあるのはあくまでも「港」ではないか,と。
あるいは“北”と言えば,港をはさんだ臨海部の 鶴見・神奈川両区 の背後を編入した区域に既に「北区」ならぬ「港北区」というオリジナリティあふれる“創作新地名”を与えている。
そこへ,旧西戸部町エリアに「北区」という呼称を与えるのは何となく妙で,むしろ“港の西”にあるのだから「西区」でいいのではないか…。

…そんな感じですかねえ。
もちろん,これは今ある「西区」「南区」の地名からさかのぼって勝手な推測をしているだけで,実際の選考過程とは順序が逆転しているわけですけど。
ところで「港北区」といえば,“ライバルの神戸市”にも「湊西区」「湊東区」という区がありました。こちらは,湊=神戸港 が基準なのではなくて,“忠臣・楠木正成”の物語で当時の国民には一般常識であった(でも,これが強調されるようになったのは「昭和」の狂信的な時期でしょうかね)「湊川」によるものでしょうね。残念なことに,地名としては消滅してしまいました。

ちなみに,タイトルの 西戸部町 と 南太田町 は,それぞれ 西区 と 南区 の主要部分の町名。分区当時以来,多くの新町が分立して今はだいぶ面積を縮小してしまいましたが。
どちらも元の戸部村(町)や太田村が,早く市街地化して 横浜町→横浜区 を経て“オリジナル・横浜市”となった区域内に設けられたり,取り込まれたりした 太田町 や 戸部町 に対して,当時は“郊外”で別に「戸太村→町」を作った後,1901年に横浜市に編入された際に既存の両町と区別するために「西」「南」の接頭辞をつけたものですが,これが「西区」「南区」に符合していますね。
もちろん,それが区名の由来ではないでしょうが,少し面白く感じました。

[80302] 2012 年 2 月 18 日 (土) 08:41:12 88 さん
 地名の成り立ち

[80276][80281] EMM さん

門前町門前の件、[80271]拙稿の投稿前に輪島市門前町門前付近の地図で、各字の境が錯綜していることは確認していました。例えば参道は沿道の家屋敷地と異なり切り取ったように「門前町門前」であることも。
M22.4.1の市制町村制施行前に、「門前村」や「走出村」があったこともあり、そのままの投稿となったわけですが、確かに、おっしゃるように「スジ悪」であったようで、 門前町剱地などを挙げれば、紛れもなく、私の趣旨の主張は全く問題はなかったところです。
正式な住所表示が明白な輪島市門前総合支所(旧門前町役場)の住所の例にこだわり過ぎたのは反省点です。

――――――――――
#以下は特にEMMさんあてに限定したものではありません。念のため。
#異論がある方ももちろん多いとは存じますが、観点の一つとして見ていただければと思います。

私が近世村に主眼を置いているのは確かですが、その理由は、単に近世村であるからではなく、さらに遡ると・・・自然発生的に生まれた「自然地名」につながる、ということを見据えているからです。
私の[80270][80271]では、記事番号を紹介しただけで内容には触れなかったのですが、私のもっと根底の主張は、[61545][61847]で述べています。
[61545]
「地名」を、長い歴史の中でたかだか100年しか存在しない「現在の住民」に、恣意的に決定する権利があるのかどうか、個人的には大いに疑問を持っています。「現在の」住民の感覚で判断するからさまざまな誤解が生じるのではないか、と。
[61847]
人類は地上で集団生活をしなければ種の保存も個体の保存も不可能であった。いつ(季節・時間)、どこ(地名)にいけば、どんな食料が得られ、あるいはどんな危険があるのか、集団生活で周知しあわなければ生きていけなかった。多層、多重の集団社会では『あそこ』『こっち』と言う代名詞だけでは円滑なコミュニケーションは成り立たず、必然的に、場所を特定するための言語=地名を大地の部分に命名して使いこなす必要があった。
(「こんな市名はもういらない!」(楠原佑介著、2003年4月30日初版発行、東京堂出版)の要約)
あとから命名した「人為地名」ではなく、その地に人類が初めてつけた、自然発生的な地名こそが、1000年前でも、現在でも、1000年後でも、どの時代でもたかだか100年しか生活しない、「点」に過ぎない個々の「ヒト」が、「線」となった「人類」として見た場合に、「自然地名」が普遍的に最も歴史性を備えた地名であると考えています。

全体の印象として。すごく大雑把な、個人的な印象かもしれませんが、城下町等により開発された地区よりも、いわゆる農村地区の方が、人類が生活し始めて自然発生的に生まれた「地名」が、現在に至るまで残っているように感じます。

私の居住する「高松」も、500年前に他地域の地名を持ってきて命名された、『新しい』地名です。
元々は讃岐国香東郡篦原(のはら、野原とも)郷です。天正15年(1587年)8月、生駒親正が前領主に代わって讃岐国の領主となり、その翌年天正16年(1588年)から城を築き、それまでの高松左馬之助の居城があった郊外の「高松郷」の名を採って、城下を高松、城は高松城(玉藻城)と呼びました。源平の屋島の合戦以来全国によく知られた高松に、との意識もあったようです。
本来の「高松」は、現在の高松市高松町。山田郡高松郷で、「高松」の由来は各説あります。
・古くからこの地に「大松樹」があった(翁媼夜話)
・当地では中国から渡来した漢民族の居住地には高を用い、格別に松をめでたい木としたものから、高松はこの渡来人の居住地に由来(高松地名考)。
「高松郷」の名は、平安期「和名抄」(和名類聚抄)にも見えます。
この「高松」は、城下の「高松」と区別するために江戸期からは「古高松」と呼ばれました。
#参考資料
・「角川日本地名大辞典 37香川県」(角川書店、「角川日本地名大辞典編集委員会編、昭和60年10月8日平成5年2月25日」)
・「香川県の歴史」(山川出版社、木原博幸・丹羽佑一・田中健二・和田仁著、1997年10月25日第1版第1刷発行)
・「香川県史 第三巻 通史編 近世I」(平成元年2月28日発行、香川県編集・発行)
・「高松城主とその時代」(高松市歴史民俗協会、越智繁杉著、昭和62年3月初版、平成8年10月改訂)
高松城の歴史 (高松市HP内)
現在でこそ「高松市」ですが、「篦原市」「野原市」となっていた可能性も十分ある、その方が、歴史性はある、ということを、私は思い出したように意識することが多々あります。

もちろん、この500年の人類の「歴史」を、他の生物とは異なり、人類特有の文明とともに歩んできた発展の歴史として、ともに歩んできた地名を肯定的に捕らえる考え方もあると思います。
地域要因・個別要因によるのでしょうが、当地付近では、「和名抄」にもある地名が、大字等として多数残存しているように感じます。

[80301] 2012 年 2 月 17 日 (金) 23:47:41 千本桜 さん
 丸亀

88さん
[79657]で仙台区の川内追廻を冠称する町々(川内追廻西町、川内追廻山下町など)が軍用地になり、町が消滅したことを書きました。88さんは既にご存知かもしれませんが、これと同じことが香川県丸亀でも起きていたようですね。角川地名大辞典には丸亀の一番丁, 二番丁, 三番丁, 四番丁, 五番丁は明治7年に軍用地となって町が消滅したと書いてあります。当然、丸亀町成立時(明治23年)には一番丁〜五番丁は存在しなかったはずですが、 市区町村変遷情報 市制町村制施行時の情報 【香川県】では、丸亀町を構成する町のリストに一番町, 二番町, 三番町, 四番町, 五番町の名を載せています。実際のところ、県令などの布令は一番丁(町)〜五番丁(町)の消滅をどのように扱っているのでしょう。また、角川地名辞典では「丁」を用い、市区町村変遷情報では「町」を用いているのも気にかかりますが、丸亀あたりの人は「丁」と「町」の違いを気にしないのでしょうか。

[80300] 2012 年 2 月 17 日 (金) 21:32:17 スカンデルベクの鷲[大龍エクスプレス] さん
 地名コレクション情報提供

星野彼方さん
「瀬戸」コレクションに情報提供します。
大中瀬戸に、伊王島大橋が2011年3月27日に開通した模様ですので、架橋の欄へ伊王島大橋の追加をお願いします。


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