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落書き帳


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[85199] 2014 年 3 月 20 日 (木) 12:41:30【1】 hmt さん
 伊予・土佐間の鉄道計画(1)前史

[85195] ペーロケ さん
[85196] futsunoおじ さん
四国と縁がない hmtが書いた[85193]ですが、レスをいただき、ありがとうございます。
瓢箪島だけでなく、大槌島[72964]の県境も忘れていました。

[85194] ペーロケ さん
予土線は四国の最低分水嶺にあるんですよね。(中略)分水嶺の窓峠は標高160mくらいでしょうか
松山〜高知間には標高720mの三坂峠があるため、鉄道を敷設しようものならものすごい難工事が予想されます。

なるほど、予土線ルートと国道33号ルートとでは、越さねばならぬ峠の高さが、ずいぶん違いますね。
軽便鉄道トンネル廃線跡 や、「窓峠」を「まどのとう」と読むことなど初めて知りました。
長い予土国境の中で 1本だけ開通した鉄道の予土線。
その立地は、両県の中心部から大きく離れるという弱点を抱えながらも、自然の障壁を避けたものであることを理解しました。

この機会に、伊予・土佐間の鉄道計画について記してみます。
四国における最初の鉄道は 明治21年(1888)に 762mm軌間で開業した伊予鉄道[61378][67080]です。
その翌年には 丸亀−琴平間に讃岐鉄道が開業。
この頃、全国的な鉄道敷設計画が 帝国議会で成立しました[61108]。明治25年法律第4号「鉄道敷設法」です。

鉄道敷設法は、四国線 として、後の土讃線・徳島線・予讃線に相当する3線を記しています。丸亀から琴平までの既設線と、高松までの未成線【明治30年(1897)開業】の存在とを前提として、4県の県庁所在地を結ぶ路線である と理解することができます。
一 香川県下 琴平より 高知県下 高知を経て 須崎に至る鉄道
一 徳島県下 徳島より 前項の線路に接続する鉄道
一 香川県下 多度津より 愛媛県下 今治を経て 松山に至る鉄道

高松−琴平間の讃岐鉄道は、日露戦争中に山陽鉄道に買収され、戦後の明治39年に国有化されました。
鉄道院の「讃岐線」は、鉄道省になった大正9年(1920)には 伊予土居駅(四国中央市)まで開通していますが、延伸はチビチビです。松山に達したのは「讃予線」時代の昭和2年(1927)。その3年後に「予讃線」になります。
予讃線が 終着駅である宇和島まで全通したのは、敗戦僅か2ヶ月前の昭和20年6月でした。

実は、旧鉄道敷設法の改正経過をざっと調べて見たのですが、松山から先の敷設に関する根拠法を発見できていません。
大正11年に全部改正された 鉄道敷設法 の別表にも、松山−八幡浜間の鉄道については、記載がありません。
私鉄簡易路線用の制度である軽便鉄道法を拡大解釈してローカル路線作りの根拠にした「国有鉄道軽便線」。
松山から先の鉄道敷設も、この方法により予算を確保したのかもしれませんが、詳細は不詳です。

国有鉄道軽便線については、会津鉄道・野岩鉄道に関連して[79718]を書き、大正11年の鉄道敷設法改正にも言及しています。
さすがに このやり方には 批判があったようで、大正11年(1922)になると鉄道敷設法が全部改正され、150もの路線が別表に記されました(更に追加あり)。

長くなりそうなので、本題の大正11年改正「鉄道敷設法」別表に入る前の前史段階で(1)を終ります。

[85198] 2014 年 3 月 19 日 (水) 17:25:54 ピーくん さん
 中核市へ一歩

越谷市議会が、3月18日に中核市指定の申出議案を賛成多数で可決しました。賛成24反対6でした。
詳細

[85197] 2014 年 3 月 19 日 (水) 02:01:17 山野 さん
 合併勉強会2件目(水戸)

グリグリさんへ(合併関連情報です)

つくば地区の合併検討論に続きまして、此方も勉強会立ち上げへ→茨城新聞(今月11日付)より。
水戸市長は広域合併実現の為、周辺6市町に声を掛ける予定との事。(内、那珂市長が参加に前向きとの表明あり。)

えーと、この6市町の内訳は…
ひたちなか市+笠間市+那珂市+城里町+大洗町+茨城町…って事かな?

[85196] 2014 年 3 月 18 日 (火) 23:24:30 futsunoおじ さん
 離島の県境距離

[85193] hmt さん
一方、陸上隣接の最短は 石島の 岡山・香川県境(約2km)と思われますが、距離が示されていません。
これに次ぐ短い県境は、これも落書き帳の話題になった渡良瀬遊水地の 栃木・埼玉県境 3.5kmでした。

[85195] ペーロケ さん
愛媛、広島県境にある瓢箪島をお忘れでは?地図上で計測すると約90m程度です。しかし、まさか最長県境と最短県境が両方とも愛媛がらみとは気づきませんでした。

県境の交通路コレクションでの県境距離についてですが、県境のある離島については測定対象外にしてきました。理由ですが距離数字は県境線上の道路や峠などの位置を特定するための指標として導入したもので、海で隔てられた島は扱いにくいためです。それと本土(九州・四国・九州)の海岸を県境の始点として視覚的にも統一したい思いからです。

島だけ県境距離の記載がないというのも変ですから、次回の修正時に詳細欄に島の県境距離を記入したいと考えています。
とりあえず測定したものが以下です。岡山・香川県境は2島で 3,150m程になりますね。

兵庫・岡山   取揚島 46m
岡山・香川   石島(井島) 2,660m  大槌島 490m
広島・山口   甲島 820m
広島・愛媛   鳶小島 0m   瓢箪島 100m
徳島・高知   二子島 30m


県境の交通路コレクションでは色々なデータを詰め込んでいるため分かりにくい点があるかもしれません。ご注文があれば可能な範囲で直したいと思っています。

[85195] 2014 年 3 月 18 日 (火) 12:36:15 ペーロケ さん
 瓢箪島はどこへ行く

[85193]hmtさん
一方、陸上隣接の最短は 石島の 岡山・香川県境(約2km)と思われますが、距離が示されていません。
愛媛、広島県境にある瓢箪島をお忘れでは?地図上で計測すると約90m程度です。しかし、まさか最長県境と最短県境が両方とも愛媛がらみとは気づきませんでした。

[85194] 2014 年 3 月 18 日 (火) 02:40:37 ペーロケ さん
 予土線

[85193]hmtさん
予土の3ルート、興味深く読ませていただきました。予土線は四国の最低分水嶺にあるんですよね。最低分水嶺といえば兵庫県丹波町石生が有名ですが、以前、福岡オフの際、かぱぷうさんが九州の最低分水嶺が大宰府市にあると紹介され、北海道では千歳市付近が最低分水嶺になると話題になりましたが、四国はどこだろうと考えてみました。ま、あまり端ならばいくらでも低いのは見つけられますので、一つの縛りとして、「分水嶺で区切られた2つの領域に両方とも標高1000m以上の山がある」とすると、四国の場合、宇和島市三間町務田付近になるんですよね。これは、予土線と見事に重なります。鬼北地区は四万十川流域ではありますが、宇和島市と非常に繋がりが深い地域です。分水嶺の窓峠は標高160mくらいでしょうか、それでも予讃線の伊予石城〜双岩間あるいは土讃線影野〜土佐久礼間、繁藤〜新改間より低いです。ちなみに、松山〜高知間には標高720mの三坂峠があるため、鉄道を敷設しようものならものすごい難工事が予想されます。その割には大きな町があるわけでもなく、松山〜高知間鉄道の構想はあったかもしれませんが鉄道敷設の具体的な動きは鈍かったですね。かといって、多度津経由は大回りすぎ。松山〜高知間は、現実的にはバスで移動が一般的です。

 私自身、松山から18切符で多度津経由で高知へ行こうとしたことがありました。時刻表も確認せずに、朝9時ごろだったか松山を出発し、まあそのうち着くだろうと思ってたら、昼過ぎにようやく愛媛脱出、阿波池田に着く頃は既に日がだいぶ傾いており、やばい、下手すれば高知に辿り着けないと危機感を感じ、慌てて「くろしお」に乗り換えたこともありました。帰りはそのまま土讃線を南下、予土線へ乗ろうとしたら、窪川で3時間待ちをし、宇和島に着く頃は真っ暗。やむを得ず予讃線は宇和海で松山へ帰宅しました。鉄道が本当に不便なこと。このルートでは、1泊足りなかったかな?

 その三坂峠を越え、国道33号を通っていた松山高知急行線、高速バスと競合していた2001年くらいに、Old Map Roomにて近道じゃなくなった道として紹介されていたこともあります。道のりは国道33号の方が短いものの所要時間は高速バスの方が短い、カーブも少なく乗り心地もいい、となると高速バスに客が流れるのは必然でしょうか。現在はMAKIKYUのページによると愛媛県内完結路線になっている模様です。高知に行かないのに、路線名がそのままというのも凄いですがw。

[85193] 2014 年 3 月 17 日 (月) 19:34:49【1】 hmt さん
 「予土」の3ルート

予土線に登場した「鉄道ホビートレイン」[85143]に便乗して、「予土」について。

言うまでもなく「予土」とは「伊予と土佐」、つまり「愛媛県と高知県」です。
地図を眺めると、東から西へと走る四国山地が 石鎚山から四国カルストへと続き、南の宿毛湾に至るまで長々とした県境が目につきます。

県境の交通路コレクション で調べると、この県境の長さは 249kmもあり、日本一の長さであることを知りました。
参考までに、次点は岩手・秋田県境、3位は島根・広島県境でした。
一方、陸上隣接の最短は 石島の 岡山・香川県境(約2km)と思われますが、距離が示されていません。
これに次ぐ短い県境は、これも落書き帳の話題になった渡良瀬遊水地の 栃木・埼玉県境 3.5kmでした。

この長い予土国境の中で、鉄道線路は 1974年全通の予土線1本だけ。しかも南西部に大きく偏った位置です。
このような状況下で、松山と高知を結ぶ公共交通機関は、国道33号を通る松山高知急行線バスの役目になりました。
この路線は、省営自動車予土線として、1935年に松山市と高知県佐川町を結び、1951年に高知乗り入れを実現。

長い境界線で接していながら、鉄道で結ばれていなかった「予土」2国。
国鉄時代の一時期、この松山−高知間に、多度津経由の大迂回で、無理やり直通のディーゼル列車 「予土号」 を走らせたことがありました。
片運転台のキハ58ですから、もちろん1両だけの「予土号」は単独で走れず、予讃線内、土讃線内それぞれ別の列車に併結してもらうダイヤです。

創刊500号で現在のB5サイズになった「時刻表1967年10月号」を所持していたので、開いてみました。
大迂回の「予土号」は、松山発0620→高知着1144で 所要5h24m。帰路は 6h01m。
国鉄バスの松山高知急行線は 12往復もあり 所要時間 3h35m〜3h47m。勝負にならぬこと、歴然としていました。

1930年代からの歴史がある 省営自動車→国鉄バスの 予土(南北)線、1960年代の DC急行予土号、1974年全線開通時に宇和島線から改称された 予土線。
過去には、「予土」という名前を使いながら、3つの異なるルートで伊予と土佐とを結んだ歴史がありました。

伊予と土佐の2県都を結ぶ直行バス便は、1960年代から「松山高知急行線」を名乗っていました。
つまり、バスの路線名としての 予土北線・予土南線 は、予土線開通より前から使われなくなっていたようです。
そして 21世紀になってからは、4番目のルートである 高知自動車道経由の「なんごくエクスプレス」・「ホエールエクスプレス」になっています。もちろん、ここでも「予土」という言葉は全く使われていないようです。

「予土」という名は、四国西端のローカル線の名として定着してしまったように理解されます。

[85192] 2014 年 3 月 17 日 (月) 17:06:20 白桃 さん
 同一名称市町の人口逆転

広島県府中市より同県府中町の方が人口が多いことは有名な話でありますが、三重県熊野市よりも広島県熊野町が多いと言うことは国民の1%も知らないでしょう。(知っていても何の自慢にもならないし、なんにも徳島線。(^j^)
この二例の人口逆転が生じたのは(国勢調査ベースでいうと)1985年からで、1955年〜2010年の12回の国勢調査人口勝負対戦成績は6勝6敗の五分となっております。
現在継続中の同一名称市町の人口逆転事例はこの二つだけですが、過去にはいくつか見受けられます。それを国勢調査年ごとの市側から見た“対戦成績”になおすと、
47505560657075808590950005
山田市(現:嘉麻市)//山田町(岩手県)
村山市(山形県)/////////村山町(現:武蔵村山市)
鹿島市(佐賀県)/////鹿島町(現:鹿嶋市)
旭市(千葉県)/////////旭町(現:尾張旭市)
石川市(現:うるま市)/石川町(福島県)
/・・・両者とも市ではない年、あるいは、一方が名称変更したことにより同一名称でない年
不・・・1947年国勢調査に相応する記録が沖縄県ではない
国勢調査年の人口ベースで言えば以上であると思われますが、町が同名の市より人口が多かった時期が明らかに存在したのが、三好町(現:みよし市)VS三好市の事例です。(2006年〜2010年)
また、微妙なケースとして関心がそそられるのが富岡町(現:阿南市)VS富岡市の場合。
1958年に橘町と合併し市制施行した富岡町の1955年国調人口が41,343人、富岡市の同年国調人口が41,476人。その後1958年までの人口推移は???
最後になりますが、今後、想定されるのが新宮市と福岡県新宮町の人口逆転。あまり信用できない白桃市町村人口研究所の予測によりますと、2015年国勢調査時点で、新宮市が29,710人、新宮町が29,761人となっております。逆転が起きるかどうかはともかく、新宮市の次回国勢調査での3万人割れの可能性はかなり高く、1933年市制施行という老舗市の凋落はやはり寂しいものがあります。

[85191] 2014 年 3 月 17 日 (月) 10:52:26【1】 NTJ会長 さん
 鉄道ホビートレイン

[85143] ペーロケさん
[85189] ピーくんさん
ぉ〜、見落としてた〜(苦笑)

なんかマニアックな改造だなぁ〜と思ったら、『海洋堂ホビートレイン』なんて前例も有ったんですね。なるほど(笑)

でも、予土線…予土線かぁ。30年以上前に乗り潰しに行ったっけなぁ。
か〜なり懐かしいです。

ちなみに四国は、国鉄全線(JRではない)を、約30時間で踏破しましたっけ(苦笑)


でもネット検索したら、一部報道記事に『0系そっくり電車』なんてのがありました。
…そりゃね、一般の人が「電車」と「気動車」の違いが判らない、だとかは仕方ないですよ。
けどね…マスコミはそのレベルではダメだと思いますねぇ。
そ〜ゆ〜のが、『都市伝説』の原因になりますから。
※ここのメンバーさんに判り易く言うなら、特別区と行政区と選挙区をゴチャまぜにした報道を見たような気分だと思えば通じるかも・・・?

[85190] 2014 年 3 月 16 日 (日) 23:38:34【1】 オーナー グリグリ
 広報紙

都道府県の広報メディアのページに、広報紙と写真サービスのメディアを追加しました。広報紙については、47都道府県すべてのリンクをリストアップしました。写真サービスは、フォトライブラリーなど都道府県の紹介などのリンクをリストアップしています。東京都や大阪府などが凝っています。

[85189] 2014 年 3 月 15 日 (土) 18:52:23【1】 ピーくん さん
 吉土実

[85185]MI さん
1889(明治22) 0401 広島県 賀茂郡 助実村0 土与丸村0 吉行村0 吉土実村

信号機に吉土実があるので知っていました。私は信号機の下についている地名に自然と目がいきますね。

NHKは鉄道にやさしい放送局だと思います。結構生中継とかしてますし、さきほど[85143]ペーロケさんの鉄道ホビートレインが紹介されていました。かわいいですね。

[85188] 2014 年 3 月 15 日 (土) 18:22:22 いろずー さん
 ♪ボオ〜トみるなら津ぅへおいで?

東尋坊の国からこんにちは(ずっとボケ
今垣、しょうもないとこでFんなや…
はい、いろずーです。

[85182]白桃さん
♪初めての街で いつもの酒、最後が♪やっぱり俺はひとりじゃない、ひとりじゃない
となるのですが、エ!ご存じない?
はい、伊藤ゆかりと聞かれても「誰ですか」のモードで
ひらがなでゆかりも「海野ゆかり」しかわかりません(ボートレーサー)…

さて、姫路・伊勢(三重)遠征ですが
経県的に変更なし。
どのようになったか

家を出発し大荷物の中あけぼの撮り納めてから横浜へその後バスで姫路へ
道中目ぇ充血で目薬が不可欠、何度も点した。
姫路到着後、とある所から学校へ。
学校からメシ・おみやを買ってホテルへ。
けれど[某店:http://www.ug-munashi.jp/menu.html]の名物・ハンバーグカツ定食にはガッカリしました…「これってメンチカツ定食じゃん!!」
翌日ホテル→学校→鶴橋で
松阪までは前回[85179]参考の書込通りのルート
鶴橋出たのが15:00過ぎだったので八木に着くまで超汗の中ハルカス見物と
けいはんな線・南大阪線・そして近鉄の盲腸線とも言える?「道明寺線」を完乗。
その後橿原線[85080]に書いた残りを乗車し完乗。
八木で快急乗り換えたらいつの間にか爆睡で記憶ないし
その快急青山町で8分待たされるわ名古屋線でのグモで中川で案内こんがらがるわ松阪着遅れるわ…
そして松阪泊、鶏焼肉食べました。
翌日はお伊勢まいりをしたもののマナーを忘れてしまった…
その後はおかげ横丁を回り鳥羽へ行って手こね寿司を食べて山田線・鳥羽線完乗
松阪に戻り観光しおみや選び津へ移動。
その津ぅでも出費がかさみ…ある意味ダブルパンチでしたorz
最終日は津で用件を片してから
やっぱりというかなんというかボオ〜トに行ってました。
その後は鈴鹿線完乗した所で四日市到着直前雪が降ったのでこの後の予定を早め名古屋へ。
味噌煮込みうどんと某所でアイスを食べて帰りました。

しかし…
手袋がない(実は「綿手袋」が絶対条件なので)ことに気が付いて…今に至ってます


実はもう一つ「天然水調査」をしていました
これをやろうと思ったキッカケは前回の遠征時に奥大山の天然水をもらったことです。
サントリーの天然水は地域によって違うようです。

姫路〜名古屋間・近鉄乗車時に調査した結果は?
2日目
姫路→奥大山
垂水→奥大山
大阪→奥大山
鶴橋→奥大山
生駒→奥大山
天王寺・大阪阿部野橋→奥大山
橿原神宮前→奥大山
大和八木→奥大山
松阪→南アルプス
この時点での境界線は松阪?
3日目
伊勢市→南アルプス
鳥羽→南アルプス
宇治山田→南アルプス
伊勢中川→南アルプス
この時点で境界線は伊勢中川だが確定は明日の近鉄四日市次第となる
津→南アルプス
最終日
白子・桑名は時間がなく伊勢若松はコンビニどころか駅前に何もない…
近鉄四日市→南アルプス
と、いうことで名古屋を待たずして境界線がはっきり見えました。

でも、松阪で「南アルプスキタ――(ホントは顔文字)――!!」なんて大声で言えなかったのは内緒

以上、為にならない遠征記でした。←何?

[85187] 2014 年 3 月 15 日 (土) 13:54:35 かぱぷう さん
 嘉飯山

[85184]伊豆之国さん

私の母のゆかりが飯塚なので「嘉飯山」はよく見聞きしておりました。最近は山田市の部分を省いて「嘉飯」地区ということが多いようですね。
…と、ここで沸き起こった疑問。
「嘉飯山」の嘉は嘉穂郡を指していたのですが、今の「嘉飯」の嘉は嘉穂郡・嘉麻市のどっちなんでしょうか。もともと嘉穂郡という呼び方も嘉麻郡+穂波郡の合成地名ですし嘉穂郡も桂川町がまだ生き残ってますので私は嘉穂なのかな…と思うのですが。
地元民の見解をただしてみようと旧筑穂町育ちで今はなぜか北海道オホーツク管内に住む高校時代の悪友にメールしてみたのですが「嘉飯山でも通じるけん細かいことは気にするな」というゆるい返信が返ってきました(^-^;

[85186] 2014 年 3 月 15 日 (土) 11:20:58 YASU さん
 三文字など

[85176] 白桃 さん
地名ではないのですが、
かつて地元に「伊和富」農協(→現:JAとぴあ浜松)が存在していました。
そこの前を通るたび、子供心に「何の略かな?」と思っていました。
たぶん、伊左地、和地、冨塚 の略かと思います。
学校名(地区名)では、
「神久呂」小中学校:神原・神ヶ谷、大久保、志都呂
「伊佐見」小学校:伊左地、佐浜、大人見・古人見
が該当しそうです。
あとうろ覚えですが、全国紙の地元版の表題に「駿遠豆」版があったような…


[85174] 伊豆之国 さん
鉄としてスルーできない話題ですが、寝台特急「あけぼの」が定期運行を廃止してしまいましたね。朝テレビをつけたらNHKでまさかの生中継(空撮と上野駅到着シーン)をしており、関心の高さに驚きました。私個人としては、地元東海道・山陽線を走っていた「はやぶさ」「富士」が2009年3月に廃止された時点で終わっていました。


蛇足:乗り鉄としては、路線名に関する一連の記述を楽しく読ませていただきました。明らかに上下線が別のルートをたどっている北陸線新疋田−敦賀間や上越線湯檜曽−土樽間は同じ路線区間なのに、途中に駅がある(あった)東海道線大垣−関ヶ原間や函館線(七飯−大沼間)は別線なので、乗車はどうしようかと思案していました。

[85185] 2014 年 3 月 15 日 (土) 11:13:16 MI さん
 三村名結合村

手元の資料から次のようにして抽出してみました。
・3つの村が合併し
・合併後が三文字の村名であり
・そのリストから該当すると思われるものを(目視で)選ぶ

 4つ以上の村がかかわっているものや、村の一部を合併しているものなどは抽出から漏れていますので、見落とし以外にも該当するものはあると考えられます。
 また、半角数字は当方の作業用のものということでご容赦ください。

月日合併前の村合併後
1889(明治22)0301静岡県佐野郡各和村0吉岡村0高田村0和田岡村1
1889(明治22)0301静岡県敷知郡大久保村0志都呂村0神ケ谷村0神久呂村1
1889(明治22)0301静岡県長上郡半田村0内野村0小松村0小野田村1
1889(明治22)0331茨城県久慈郡諸沢村0北富田村0西ノ内村0諸富野村
1889(明治22)0331茨城県新治郡西田中村0山木村0水守村0田水山村1
1889(明治22)0331茨城県岡田郡大輪村0花島村0羽生村0大花羽村1
1889(明治22)0331茨城県猿島郡1生子村0生子新田0菅谷村0生子菅村1
1889(明治22)0331茨城県猿島郡1弓田村0馬立村0幸田村0弓馬田村1
1889(明治22)0331茨城県猿島郡1神田山村0大口村0猫実村0神大実村1
1889(明治22)0401青森県上北郡新館村0大浦村0上野村0浦野館村
1889(明治22)0401青森県上北郡沢田村0奥瀬村0法量村0法奥沢村
1889(明治22)0401青森県下北郡易国間村0下風呂村0蛇浦村0風間浦村
1889(明治22)0401岩手県東磐井郡津谷川村0保呂羽村0大籠村0大津保村
1889(明治22)0401秋田県南秋田郡中津又村0富田村0下山内村0富津内村
1889(明治22)0401山形県南村山郡南舘村0吉原村0沼木村0南沼原村
1889(明治22)0401山形県東村山郡畑谷村0北作村0簗沢村0作谷沢村
1889(明治22)0401山形県東田川郡八色木村0豊栄村0小中島村0八栄島村
1889(明治22)0401福島県信夫郡関谷村0浅川村0金沢村0金谷川村
1889(明治22)0401福島県伊達郡森山村0徳江村0塚野目村0森江野村
1889(明治22)0401福島県安達郡高木村0糠沢村0和田村0和木沢村
1889(明治22)0401福島県石川郡中野村0曲木村0塩沢村0野木沢村
1889(明治22)0401福島県石川郡大栗村0狸森村0雨田村0大森田村
1889(明治22)0401福島県田村郡平沢村0御祭村0七草木村0御木沢村
1889(明治22)0401群馬県碓氷郡岩井村0大谷村0野殿村0岩野谷村
1889(明治22)0401群馬県邑楽郡大高嶋村0下五箇村0飯野村0大箇野村
1889(明治22)0401埼玉県秩父郡寺尾村0蒔田村0田村郷0尾田蒔村
1889(明治22)0401埼玉県賀美郡石神村0忍保村0八町河原村0神保原村1
1889(明治22)0401三重県鈴鹿郡高宮村0津賀村0広瀬村0高津瀬村
1889(明治22)0401三重県鈴鹿郡伊船村0長沢村0深溝村0深伊沢村
1889(明治22)0401和歌山県有田郡田村0栖原村0吉川村0田栖川村
1889(明治22)0401広島県高宮郡狩留家村0上深川村0小河原村0狩小川村1
1889(明治22)0401広島県賀茂郡助実村0土与丸村0吉行村0吉土実村
1889(明治22)0401広島県賀茂郡風早村0大田村0小松原村0早田原村
1889(明治22)0401広島県御調郡泉村0和草村0羽倉村0羽和泉村
1889(明治22)0401広島県深津郡津ノ下村0大門村0野々浜村0大津野村1
1889(明治22)0401山口県玖珂郡生見村0下畑村0阿賀村0賀見畑村
1889(明治22)0401高知県長岡郡国分村0比江村0左右山村0国比佐村
1889(明治22)0401高知県香美郡楠目村0植村0大法寺村0大楠植村
1889(明治22)0401長崎県北高来郡久山村0貝津村0真崎村0真津山村
1889(明治22)0401長崎県北高来郡長里村0井崎村0小川原浦村0小長井村
1889(明治22)0401長崎県南高来郡三之沢村0東空閑村0大野村0大三東村
1889(明治22)0401熊本県山鹿郡城村0小群村0平山村0平小城村1
1889(明治22)0401熊本県合志郡平川村0真木村0古城村0平真城村1
1889(明治22)0401熊本県阿蘇郡狩尾村0跡ケ瀬村0的石村0尾ケ石村
1889(明治22)0401熊本県天草郡河内村0打田村0馬場村0河馬田村
1889(明治22)0401熊本県天草郡城木場村0荒河内村0上野原村0城河原村
1889(明治22)0401大分県北海部郡木佐上村0馬場村0神崎村0神馬木村
1889(明治22)0401大分県南海部郡仁田原村0横川村0赤木村0川原木村
1889(明治22)0401鹿児島県鹿児島郡1武村0田上村0西別府村0西武田村1
1889(明治22)0401鹿児島県鹿児島郡1中村0郡元村0宇宿村0中郡宇村1
1889(明治22)0701山梨県東八代郡大野寺村0竹居村0奈良原村0竹野原村
1889(明治22)0701岐阜県武儀郡曽代村0前野村0安毛村0安曽野村
1889(明治22)0701岐阜県恵那郡小田子村0下村0漆原村0下原田村
1889(明治22)1001愛知県葉栗郡草井村0小杁村0鹿子島村0小草鹿村
1889(明治22)1001愛知県中島郡須ケ谷村0井堀村0儀長村0井長谷村
1889(明治22)1001鳥取県気多郡2小別所村0鷲峯村0河内村0小鷲河村1
1889(明治22)1001徳島県三好郡2馬路村0佐野村0白地村0佐馬地村
1889(明治22)1215愛媛県上浮穴郡露峰村0父野川村0二名村0父二峰村
1889(明治22)1215愛媛県西宇和郡垣生浦0二及浦0周木浦0二木生村
1889(明治22)1215愛媛県北宇和郡吉野村0蕨生村0奥野川村0吉野生村
1890(明治23)0215香川県山田郡2坂元村0上田井村0高野村0坂ノ上村1
1897(明治30)0401岐阜県方県郡粟野村1岩崎村1三田洞村1岩野田村1
1954(昭和29)0331福島県耶麻郡北山村大塩村1檜原村1北塩原村
1955(昭和30)0401新潟県東蒲原郡2両鹿瀬村日出谷村1豊実村鹿実谷村
 東北本線金谷川や高崎線神保原があったり、なかなか興味深いと思います。
以上、ご参考までに。

[85184] 2014 年 3 月 15 日 (土) 11:11:44 伊豆之国 さん
 Re:三文字略語地名

伊東市には大してゆかりはありませんが、ルーツを持つ西伊豆町には大いにゆかりがある私「伊豆之国」でございます。
[85174]のクイズの答あわせは後回しにして…

三文字略語地名
([85177] オーナー グリグリ さん)ですが、他にいくつか思い浮かんだものを…
まず・広範囲地名から。

「奥羽越」 … 幕末の列藩同盟。
「野岩羽」 … 下野・岩代・羽前。明治中期に今市−会津若松−米沢を結ぶ壮大な鉄道敷設構想があったそうです([79718] hmt さん、[72033] 般若堂そんぴん さん)。「野岩」の部分は昭和61年の野岩鉄道(会津鬼怒川線)の開業により、既存の東武鬼怒川線・会津鉄道(当時は国鉄会津線)と繋がりましたが、「岩羽」のほうは会津若松と喜多方の間が磐越西線の一部を構成しているだけで、険しい地形に阻まれて建設は進まず、喜多方から熱塩までの間が「日中線」として開通したものの、利用客は少なく赤字閑散路線に甘んじ、「日中は走らぬ日中線」と揶揄された挙句、国鉄民営化を待たずあっさり廃線になっています。
都道府県名の組み合わせでは、「愛三岐」「山静神」([76489] inakanomozart さん)と言うのも過去ログにありました。

都道府県内のローカル地域区分では、
・青森県「上十三」(上北郡・十和田市・三沢市)、「西北五」(西津軽郡・北津軽郡・五所川原市) … いずれも青森県に行った際、地方新聞の記事や天気予報で目にしたものです。
・福岡県「嘉飯山」(嘉穂郡・飯塚市・旧山田市) … 「炭鉱王」の一族の元宰相の選挙記事で目にしたことがあります。山田市が合併で消えた今、もう使われていないのでしょうか? 「ヤマ」(炭鉱)も「ぼた山」もとっくに姿を消しましたし…。

もっと小さな地域では…
・板橋区「小茂根」 … 昭和40年に「小山」「茂呂」「根の上」の3町の統合で誕生した町名ですが、ルーツは戦時中にできた「小茂根配給組合」に遡ります。当時はまだこの地域も人家はまばらで、3町合わせても40軒ほどで、配給を受けるには当時の町名単位では受け皿が小さすぎたため、合同で配給組合を作ったといいます(朝日新聞社会部編「東京地名考」上巻(昭和61年)より…[83714])

[85183] 2014 年 3 月 15 日 (土) 10:27:25 NTJ会長 さん
 菊?

[28085]白桃 さん
白桃の三本松小学校では学級対抗リレーとは別に地区対抗リレーというのがあり、それは「部落対抗リレー」と呼ばれてました。(よく物議をかもさなかったナ、と今から思えば不思議ですが)
ん〜、あたしの叔父はよく、『オレらぁ部落の出だからよぉ』とか自嘲気味に言ってましたねぇ。
この場合の『部落』は、『農村部』の意味合いでした。

『部落』という語句が『被差別集落』の意味に特化したのは、第二次大戦後のようですね。
元々、東日本では『被差別民問題』自体が薄かったようなので、本来の意味で使用されるのが一般的だったようです。
一方、逆にあたしの妻の出身地(岡山西部)の方では、被差別民に対する忌避の意識が非常に濃かったです。

三本松では『意識が薄かった』のか、『部落という語句と被差別集落が繋がる意識が無かった』のか、何れだったのでしょうねぇ?


[85182]白桃 さん
ここから雑(といっても、本当はここから本題なのですが;汗)
こっちの話題はむづかし〜ので、ノーコメント…

[85182] 2014 年 3 月 15 日 (土) 08:19:53 白桃 さん
 初めての街で

2月1日現在推計人口(北海道のみ1月1日現在)を見ると、3万人以上5万人未満の市町村が246あります。この人口帯?の市町村ですが、驚くことなかれ、なんとすべての都道府県に存在するのです。(別に、驚いた方はいないでしょうけど・・・)
内訳はというと市が182で町村が64ですが、市をもう少し詳しく見てゆくと、2010年国勢調査から人口を伸ばしたのは以下の9市しかありません。
人口増加率%
つくばみらい46,8655.41
高浜45,0522.33
南城40,6042.13
東根47,1941.68
葛城36,3071.25
能美48,9880.63
さくら44,9470.40
石垣47,1080.40
弥富43,3810.25
上記の市でもこれから先、5万人を超える可能性は低いのではないかと思われます。
これぐらいの人口規模ですと市としては勿論少ない部類に入りますが、かつては5万人以上あった以下の34市の中には、その昔は中堅クラス以上であったところも見受けられます。
富里、日置、武雄、大網白里、沼田、倉吉、田川、氷見、赤穂、富士吉田、菊池、伊豆の国、益田、南国、湯沢、鉾田、南あわじ、南島原、館山、新城、真庭、富津、三浦、加西、大洲、北茨城、滝川、府中、熱海、稚内、八幡浜、釜石、大川、綾部(人口順)
市に比べ人口増の町村は熊本県菊陽町(増加率5.97%)をはじめ29もあります。このうち、人口トップは“あの”愛知県東浦町(人口49,902人、増加率0.20%)ですが、市制施行とまでは果たしてどうでしょうか?

話題は変わって、
3つの地域を併せた言い方、オーナーをはじめ沢山いただき有難うございました。ま、私とすれば、「紀尾井」「津田沼」「小美玉」など、その名が自治体名や地名となって完全に定着しているものや、東名阪のような“三大”“御三家”的なものを意図したものではなかったのですが、自分でも「三養基」など微妙なところを出したので仕方ありませんね。(笑)
[85181]NTJ会長 さん
・成台中
・南上和
“超ドマイナー”のお返しとして、3つのアーケード商店街を併せた「中北本」(詳しくは[28085])を進呈いたします。

ここから雑(といっても、本当はここから本題なのですが;汗)
[85177]グリグリさん
彼女のヒット曲といえば、「恋のしずく」「小指の想い出」が先に来ますが、私はこちらが彼女らしい一番の曲だと思っていますし、
私、伊東ゆかりの曲は結構好きなのですが、一番は「♪知らなかったの」です。
くしゃみ三回ルル三錠のコマーシャルが印象的で、自転車通学の行き帰りに、薬局に貼ってあった大きなポスターを欲しい欲しいと思いつつ、一か月逡巡の後に思い切って薬局のおじさんに下さいと言ったら、いいよって言ってくれた時は天にも昇る気持ちでした。一か月経っていたのですっかり色褪せてはいましたが。まぁ、当時としてはませた中学生でした。
オォ!!!懐かしいCM。
オーナーと違ってオクテでした私は、♪ようこそココっへ、クック、クック=81を歌ったアイドルのポスターを二十歳過ぎになって貼っていました。
でも、歌手としてはタイトルに書いた曲を歌ったヒトが好きでした。
出だしが、♪初めての街で いつもの酒・・・、最後が♪やっぱり俺はひとりじゃない、ひとりじゃない
となるのですが、エ!ご存じない?
最後が
♪やっぱり俺は○正宗〜○正宗〜
となったりもします。
明石や、東京、赤坂なんかの曲も歌ったりしてました・・・。

[85181] 2014 年 3 月 14 日 (金) 23:25:24 NTJ会長 さん
 一応、三文字

[85176] 白桃さん
『地名』として存在していた訳ではないですが、超ドマイナーなのを。
 ・成台中
 ・南上和

何れも『旭村(四街道市の前身の半分)』に存在した尋常小学校(をぃ)の学区区分です(笑)
『成台中』は、成山・中台・中野の3地区、『南上和』は、南波佐間・上野・和田の3地区です。

字を纏めた学区区分なので、話題からはかなりズレてはいますが・・・
・・・今は亡き母が、よく言ってた言葉なので、少々の懐かしさが(笑)

[85180] 2014 年 3 月 14 日 (金) 20:44:44 オーナー グリグリ
 三大都市圏

[85178] ペーロケさん
東名阪の東ってどこでしょうか?
へっ?
あぁ、なるほど。
東名阪(ひがしめいはん)と紛らわしいんですね。
東名阪(とうめいはん)の東は、もちろん東京です。

[85179] いろずーさん
摂河泉
せっかせん、初めて見ました。大辞林や大辞泉にも載ってるんですね。

ほとんど聞いたことはありませんが、京浜葉(けいひんよう)という言い方もあるにはあるようです。

[85179] 2014 年 3 月 14 日 (金) 15:58:34 いろずー さん
 けいはんな線・完乗!!

先日の姫路遠征後
鶴橋→生駒→学研奈良登美ケ丘→生駒→鶴橋
あべのハルカス見物後
大阪阿部野橋→道明寺→柏原→道明寺→橿原神宮前→大和八木→松阪と
フリーきっぷ使って半日で移動したいろずーです。

さて、冒頭にあった「けいはんな」なんですが…
[85177]グリグリさん
実はどの字なのか想像つきませんでした。
近鉄の案内や大阪市交もひらがなの「けいはんな」表記なので…

古い記憶をたどってみたものの
けいはんな線の前身は「東大阪線」?
改名は2006.3.27?あぁ記憶が…

他に思いついた三文字
摂河泉←住之江ボートのお盆レースタイトルw

[85178]ペーロケさん
東名阪の東ってどこ?
自分の予想だったらおそらく東名・名阪がくっついた造語ではないでしょうか?
[85174]伊豆之国さん
春は曙
そのあけぼのなんですが、本日ラストランを迎えてしまいました。
うちのオカン曰く「ものすごく不便」とおっしゃいましたが
自分は生まれてから1度もブルトレに乗らぬまま引退という結末を迎えました…
ちなみに自分は姫路遠征当日(厳密には夜行バス乗車日)に大荷物抱えこの目を見てきました。
そんな今日は某国営放送が2元中継してくれるようです。

でも、あぁ上野駅の発メロがどう考えても曲調がマイナーコードで
正直、「怖かった」です。

もっとえェ発メロはなかったのか…(蛍の光や六甲おろしは別として)
遠征についてはまた次回。

[85178] 2014 年 3 月 14 日 (金) 12:49:36 ペーロケ さん
 三文字

[85176]白桃さん
地名とはちょっと違うかもですが、甲武信ヶ岳もありますね。

[85177]グリグリさん
東名阪
東名阪の東ってどこでしょうか?

[85177] 2014 年 3 月 14 日 (金) 12:11:31 オーナー グリグリ
 三文字略語地名

[85176] 白桃さん、とりあえずすぐに思いついたのは、

加越能
三八五
北信越
上信越
東名阪
京阪奈
紀尾井
津田沼
小美玉

津田沼と小美玉は合成地名コレクションに載っていました。

♪あなたの面影だきしめながら
目ざめる朝の私はシアワセよ〜
伊東ゆかりのヒット曲「朝のくちづけ」です。彼女のヒット曲といえば、「恋のしずく」「小指の想い出」が先に来ますが、私はこちらが彼女らしい一番の曲だと思っていますし、今も頻繁に聴いています(iPhoneで)。周りからは古臭いといわれますけどね。最初に出会ったのが中学生の時。くしゃみ三回ルル三錠のコマーシャルが印象的で、自転車通学の行き帰りに、薬局に貼ってあった大きなポスターを欲しい欲しいと思いつつ、一か月逡巡の後に思い切って薬局のおじさんに下さいと言ったら、いいよって言ってくれた時は天にも昇る気持ちでした。一か月経っていたのですっかり色褪せてはいましたが。まぁ、当時としてはませた中学生でした。

[85176] 2014 年 3 月 14 日 (金) 05:55:03 白桃 さん
 早春賦→相駿豆

♪あなたの面影だきしめながら
目ざめる朝の私はシアワセよ〜

どこかで聴いたような曲ですが、いい夢を見た後に目ざめた私は、なんか得した気分です。特に、早春の朝ってのが良いですね。
・・・私は貴方と“谷根千”あたりを何も語ることなく歩いていました。で、突然、「京阪神」とか「甲信越」とか3つの地域を併せた言い方を探し始めるのです・・・
だいぶ前に話題になったような気もするのですが、他に思いつくのは「阪奈和」ぐらい。
3つの郡を併せた「三養基」も該当しますか?
駿河、遠江、三河を併せて「駿遠参」の太守、今川義元って言い方も聞いたことがあります。
それなら、相模、駿河、伊豆を併せた「相駿豆」もあってよさそう。
「三多摩」は三鷹、秋多・・・いや絶対違う。
では、新しいのを作りましょう。
人口激減の南あわじ市と東かがわ市を盛り上げるために鳴門を(人寄せパンダ的に)併せた「阿淡讃」。
「亜炭酸」っていうのがあったような、なかったような・・・

そろそろ夜明けだ。寝なおしましょう・・・

[85175] 2014 年 3 月 13 日 (木) 23:26:53 白桃 さん
 春の嵐は自転車を倒す・・・はちゃめちゃ連想ゲーム

チロリン村とクルミの木→スカンク・ガスパ→八波むと志→脱線トリオ→白桃の脱線話→
[85174]伊豆之国 さん
「春は曙」、と言いますが…
横綱曙は、幕内11回優勝のうち春場所は2回ですので、とりわけ「春」に強かったわけでもありません。
どうも、しょうもない古典的?突っ込み、大変失礼いたしました。
さて、次はクイズ形式で。上記32駅の中で、日本の市名と同じものが11駅ありました。これをグループ分けすると…
【該当する市】 新城市、亀山市、岡山市、松山市、大村市、日南市
【該当しない市】 富岡市、豊田市、東海市、瑞穂市、竹田市
このテの問題、かつて十番勝負でも出題されていたかと思いますが、今更ながら「そうだよな〜」と再認識させられる事柄です。
「町」で言えば、大山町(鳥取県)も【該当しない町】に当てはまるのですかね?

引き続き脱線・・・大好きな長谷川が優勝したのも「春場所」でした。“荒れる春場所”・・・
♪あの夏の日がなかったら・・・春の嵐が吹く前に・・・という「秋止符」という曲、由布、いや、冬はどこへいったのかしら・・・

[85174] 2014 年 3 月 12 日 (水) 20:47:46 伊豆之国 さん
 「春は曙」、と言いますが…

…皆さんご存知の「枕草子」の書き出しですが、それとは正反対に、東北行きの最後の「上野発の夜行列車」、寝台特急「あけぼの」がいよいよラストランの日を迎えますね…。

さて、[85173] 白桃 さん
台湾には日本と同じ駅名が32あるという台湾観光協会の広告。該当駅と同じ姓の方(松山さん、清水さん、岡山さん、豊田さん、桃園さん、竹田さん、田中さん、板橋さんetc.)
恥ずかしながら今頃になってこのページを開き、馬路馬路と見入って気づいたことを…。
まず、同じ自治体にある駅の組み合わせがありました。板橋−大山、豊田−南平、残念ながらどちらも乗り換えなしで行けない(しかも別の自治体を通らないと行けない)組み合わせでした…。

さて、次はクイズ形式で。上記32駅の中で、日本の市名と同じものが11駅ありました。これをグループ分けすると…

【該当する市】新城市、亀山市、岡山市、松山市、大村市、日南市
【該当しない市】富岡市、豊田市、東海市、瑞穂市、竹田市

もうお分かりですね…。(既に文中にヒントがありました)
答え合わせは、ちょうど1ヶ月前に出した[85090] の最後にある「村クイズ」と一緒に、次回行う予定にしています。

[85173] 2014 年 3 月 12 日 (水) 08:16:17 白桃 さん
 春望

杜甫が詠んだ街(城)はまだ良い。「城春草木深」ですから。それに比べ・・・
[85172]グリグリさん
もうあれから三年が経ったのですね。この日になるとマスコミも特集番組などを組みますが、世の中はどんどん被災地の記憶が薄れて行くようです。忘れないようにしなければいけないですね。
被災地の一日も早い復旧・復興が望まれておりますが、昨日の新聞には「復旧は順調ではなく人口流出も非常に激しい」という記事が掲載されておりました。特に、福島県の太平洋沿岸部は“地域社会の復元”が成るのかどうか、とても楽観できる状況ではありませんね。

昨日の新聞には震災関係の特集以外に、個人的に関心がある全一面の広告が二つ。
一つは船岡城址公園から(白石川河畔の桜を見た)の眺望。
もう一つは、台湾には日本と同じ駅名が32あるという台湾観光協会の広告。該当駅と同じ姓の方(松山さん、清水さん、岡山さん、豊田さん、桃園さん、竹田さん、田中さん、板橋さんetc.)は、抽選の結果ですが、台湾の駅めぐりの旅にご招待されるようですよ。

[85172] 2014 年 3 月 11 日 (火) 21:03:10【1】 オーナー グリグリ
 あれから三年

もうあれから三年が経ったのですね。この日になるとマスコミも特集番組などを組みますが、世の中はどんどん被災地の記憶が薄れて行くようです。忘れないようにしなければいけないですね。震災の年と一昨年は南三陸、昨年は石巻、南相馬、飯館に行きましたが、今年は、相馬の松川漁港と松川浦に行ってみようと思っています。震災の一年前に訪れた際には、綺麗な漁船と松川漁港の横の浜で、サーフボードをミニチュアダックスフンドと楽しむ地元の若い女性を眺めていました。漁港もその浜も津波で壊滅しましたし、松川浦は海とつながって地形が変わってしまいました。それをこの目で確かめて来たいと思っています。

[85171] 2014 年 3 月 11 日 (火) 10:30:11 NTJ会長 さん
 ・・・うろ覚えだと、ダメですね ^^;

[85170]デスクトップ鉄 さん
ありゃ?「鉄道要覧」では、「東海道線」でしたか。失礼しました。
そーすると、認可書類上でも「東海道線」って事ですね。
そうなると「東海道本線」は「組織管理上の内部名称」ということになりますね。

総武線は千葉までの電車特定区間でその先銚子方面に行く列車が総武本線と使い分けているようです。
ココは思い切り地元なので…
千葉駅からの各方面と考えた場合、「総武線」と「総武本線」と使い分けないと、旅客への案内上、非常に紛らわしいという問題もありますね。
より正確には・・・
「総武線各駅停車」「八街銚子方面総武本線」といったアナウンスになっています。
コレに加えて両者の区間を直通運転する「総武線快速電車」まであるのでアナウンスはややこしいです。
地元民なあたしなぞは個々の名称を聞いただけで車種まで浮かびますが・・・
初めて来たひとには、かなり判り難そうです。
『だから成田空港へ行くのはドレなんだよ!』とかってなると、更にややこしく・・・

[85170] 2014 年 3 月 10 日 (月) 20:34:39 デスクトップ鉄 さん
 「本」線

[85166] 白桃 さん
旅客駅を持つ市町村が10以上の鉄道路線(表のみ)
漏れはないか探したのですが、一つも見つけられません。惜しかったのは9市町に駅がある筑豊本線。線路は筑前町を通るのだが、駅がない。平成の大合併で本当に少なくなりましたね。

重箱の隅をつつくようですが、表に「本線」と「新幹線」が混在していることが気になりました。[85118] で書いたように、JRの路線名には、鉄道事業許可の対象となっている「事業基本計画」に記載の路線名と、各社が国有鉄道線路名称を引き継いで独自に定めた「線路名称」との2種類があります。前者は新幹線を独自の路線としで記載していますが、「本」線を外しています。後者は、JR四国を除き「本」線を残し、並行在来線がある新幹線は別線扱いで独自の名称をもちません([85138]参照)。したがって正式には、東海道本線と東海道新幹線は両立しないのです。しかし、「鉄」じゃない白桃さんの感覚のほうが一般的で、新潮社版「日本鉄道旅行地図帳」の駅名一覧では、路線名に本線と新幹線を混在させています。

これも「鉄」だから気になるのですが、上述したとおり「事業基本計画」の路線名は「本」を外しているので、[85161] NTJ会長 さんの
「鉄道事業法」とかの「認可区間の名称」が「東海道本線」で、「旅客営業上の商品名」が「東海道線」になるんじゃないかと。
は逆です。国土交通省鉄道局監修の「鉄道要覧」に記載されている「本線」は東上本線など、私鉄だけです。

一般的な意味での「本線」と「線」の使い分けですが、[85151] ぺとぺと さんの
東京〜熱海間(沼津行、伊東行および伊豆急下田行を含む)の中距離列車をピンポイントで指す場合の名称は省略形の「東海道線」で統一する一方で、「サンライズ瀬戸・出雲」などの長距離列車も含めた路線名として使用する場合は正式名称の「東海道本線」としているのではないでしょうか。
というご指摘のとおりだと思います(本線が必ずしも正式名称ではありませんが)。同様に、中央線は高尾までの旧国電区間(電車特定区間)で「あずさ」や高尾以遠の中距離列車が中央本線、総武線は千葉までの電車特定区間でその先銚子方面に行く列車が総武本線と使い分けているようです。東海道の場合、中距離区間まで東海道線となっているのは、電車特定区間内に系統名としての京浜東北線と横須賀線が存在し、これらと対比させているためではないでしょうか。

[85169] 2014 年 3 月 9 日 (日) 09:49:11 オーナー グリグリ
 自治体の広報メディア

前記事に書いた公式ホームページと公式ツイッターの再編成の件、全体の枠組みはほぼ完成していますが、市町村の広報メディアの調査をこれから進めるところです。ざっくりと一通り調査を完了させた上で公開する予定です。現在の公式ホームページ編集長のHiro_as_Fillerさんとも相談しながら進めています。

公式ホームページと公式ツイッターのページは閉鎖し(旧URLは広報メディアのページに誘導するようにします)、「自治体の広報メディア」というページに統合しますが、次の点において従来とは編集対象や方針を変更します。

(1) 北海道の振興局、全国の郡のHP情報は一旦対象外とする。
(2) 市区町村プロフィールの自治体名の公式HPリンクは外す。
(3) データベース検索で公式HPを検索対象から外す。

(1)については、今後、北海道の振興局だけでなく、他の都道府県の地域の情報もまとめて行こうと考えています。落書き帳でも過去に話題になっていますが、都道府県毎に自治体を越えた地域の枠組みがあり、それらの情報を整理したページを新しく作った上で、それらの地域のHPの情報も編集したいと考えています。例えば、次のような都道府県の地域になります。
山形県 新潟県 長野県 兵庫県

(2)(3)については、データベース検索の情報は、今後は、人口、面積などの情報に集約し、年代履歴データを整備して行く予定なので、広報メディアのデータは外した方が、整備し易いとの判断です。その代わり、要望があれば、将来、広報メディアのページに検索機能を追加することは考えてもいいかもしれません。

ご意見などありましたらお願い致します。

[85168] 2014 年 3 月 9 日 (日) 09:27:56 オーナー グリグリ
 高野

[85150] 伊豆之国さん
…そのせんげん台付近の地図をたどってゆくうちに、未登録と見られる「自治体越え地名」がありました。
幸手市上高野/杉戸町高野台(〜東・西・南)・下高野
遅くなりましたが、自治体越えの地名に情報を追加しました。ありがとうございました。

ところで、暫く書き込みしていませんでしたが、[85045]で書いた、市区町村の公式ホームページと公式ツイッターのページを再編成し、自治体の広報メディアのページを作成する作業に没頭しています。

[85167] 2014 年 3 月 9 日 (日) 09:08:33 白桃 さん
 旅客駅を持つ市町村が10以上の鉄道路線(「鉄」じゃない白桃の能書き)

[85166]は何を言いたいのか自分でもよく分からない表ですが・・・
タイトルに書いた路線が51(注)ありました。この数は(市町村合併を考慮して)私が予想したよりも少なかったです。
(注1):東京都23区は1として環状線
(注2):阪急京都本線は10市町あるが、すべての市町が東海道本線に駅を持っているので除外。
(注3):成田線のように支線を含めないと該当しない路線は除外。

51路線のうち、起点と終点の都市の人口が1・2位となっているのが、中央、山陰、日豊、関西、八高、水郡、高崎、羽越、宗谷、高山、上越新幹線、磐越西線の12路線。このうち、八高線と水郡線は路線名もピッたし。贅沢を言えば、倉賀野駅ではなく高崎駅、安積永盛駅ではなく郡山駅になっていたらな・・・。
中間にある市名を路線名にしているのが、飯田線、名鉄名古屋本線、室蘭本線、高山本線ですが、人口トップは名古屋だけ。でも、飯田、高山は文句も出まい。室蘭もやむを得まいと思うが、苫小牧がちと可哀そう。“紙の街”苫小牧が“鉄の街”室蘭の人口を追い抜いたのは1980年の国勢調査。あれから30年以上たっているのに苫小牧線、岩見沢線とはなりそうもない。廃線になっても室蘭本線だろう。

あと、片町駅っていうのはとっくに無くなっていたのですね。知らなんだ・・・。

[85166] 2014 年 3 月 9 日 (日) 08:17:53 白桃 さん
 旅客駅を持つ市町村が10以上の鉄道路線(表のみ)

路線名市町村数---人口一位人口二位人口三位人口最小
東海道本線東京神戸市67東京横浜市大阪市関ケ原町
東北本線東京盛岡市53東京さいたま市仙台市泉崎村
山陽本線神戸市北九州市40神戸市広島市北九州市和木町
中央本線東京名古屋市37東京名古屋市相模原市木祖村
奥羽本線福島市青森市33秋田市青森市福島市鮭川村
紀勢本線亀山市和歌山市31和歌山市津市松阪市太地町
鹿児島本線北九州市鹿児島市31福岡市北九州市熊本市玉東町
山陰本線京都市下関市30京都市下関市松江市阿武町
常磐線東京岩沼市30東京松戸市柏市広野町
日豊本線北九州市鹿児島市29北九州市鹿児島市大分市吉富町
北陸本線米原市上越市27金沢市富山市福井市南越前町
函館本線函館市旭川市24札幌市旭川市函館市黒松内町
東北新幹線東京青森市22東京さいたま市仙台市岩手町
関西本線名古屋市大阪市21大阪市名古屋市奈良市笠置町
山陽新幹線大阪市福岡市19大阪市神戸市福岡市相生市
根室本線滝川市根室市19釧路市帯広市滝川市南富良野町
飯田線豊橋市辰野町18浜松市豊橋市豊川市天龍村
予讃線高松市宇和島市18松山市高松市今治市宇多津町
八高線八王子市高崎市17八王子市高崎市入間市美里町
東海道新幹線東京大阪市16東京横浜市大阪市熱海市
武蔵野線府中市船橋市16さいたま市船橋市川口市吉川市
土讃線多度津町四万十町16高知市三豊市南国市大豊町
東武東上本線東京寄居町15東京川越市新座市滑川町
総武本線東京銚子市14東京千葉市船橋市酒々井町
名鉄名古屋本線豊橋市岐阜市14名古屋市岐阜市一宮市笠松町
信越本線高崎市新潟市14新潟市長野市高崎市信濃町
小田急小田原線東京小田原市13東京川崎市相模原市松田町
東武伊勢崎線東京伊勢崎市13東京越谷市草加市明和町
水郡線水戸市郡山市13郡山市水戸市ひたちなか市矢祭町
近鉄大阪線大阪市松阪市13大阪市東大阪市津市宇陀市
南海本線大阪市和歌山市13大阪市堺市和歌山市田尻町
高崎線さいたま市高崎市12さいたま市高崎市上尾市上里町
羽越本線新潟市秋田市12新潟市秋田市鶴岡市遊佐町
室蘭本線長万部町岩見沢市12苫小牧市室蘭市岩見沢市豊浦町
宗谷本線旭川市稚内市12旭川市稚内市名寄市音威子府村
九州新幹線福岡市鹿児島市12福岡市熊本市鹿児島市水俣市
長崎本線鳥栖市長崎市12長崎市佐賀市諫早市太良町
高山本線岐阜市富山市11富山市岐阜市各務原市七宗町
和歌山線王寺町和歌山市11和歌山市香芝市大和高田市かつらぎ町
阪和線大阪市和歌山市11大阪市堺市和歌山市熊取町
西鉄天神大牟田線福岡市大牟田市11福岡市久留米市大牟田市大木町
福知山線尼崎市福知山市10神戸市西宮市尼崎市篠山市
内房線千葉市鴨川市10千葉市市原市木更津市鋸南町
上越線高崎市長岡市10高崎市前橋市長岡市湯沢町
上越新幹線さいたま市新潟市10さいたま市新潟市高崎市湯沢町
西武池袋線東京飯能市10東京所沢市西東京市日高市
東武日光線宮代町日光市10久喜市栃木市加須市板倉町
磐越西線郡山市新潟市10新潟市郡山市会津若松市湯川村
五能線能代市田舎館村10能代市五所川原市つがる市八峰町
近鉄名古屋線松阪市名古屋市10名古屋市四日市市津市朝日町
片町線木津川市大阪市10大阪市東大阪市枚方市精華町

[85165] 2014 年 3 月 8 日 (土) 23:08:28 hmt さん
 あべのハルカス

[85164] 伊豆之国 さん
日本一の高層ビルとなる「あべのハルカス」のオープン

阪堺電車のダイヤ改正は1日でしたが、「あべのハルカス」の 近鉄百貨店等開店 が 昨日だったのですね。

落書き帳の記事を検索してみたら、意外にも今日の記事が初出。

もっとも「あべの 阿倍野 阿部野」の「OR条件」で調べたら、[84262] ペーロケさんの「阿倍野ハルカス」がありました。
ビル自体は、[82972]hmtが“未開業の阿部野橋ターミナルビルは300m”として言及していました。
また、ビルの一部供用とは言えないかもしれませんが、大阪阿部野橋駅西改札口移設の記事もありました[83390]

横浜ランドマークタワー 296mから 20年以上と、久しぶりのノッポビル更新にしては、話題になり方が少ないように思われます。

ノッポ建造物の話題は、東京スカイツリーに奪われてしまったためでしょうか?

【上町線住吉公園発の】終電が何と朝8時半前後

意外にも賑やかな 住吉公園の時刻表
よく見たら “当停留場から発車”として、朝の5本だけ緑色の四角い枠が付いていました。

[85164] 2014 年 3 月 8 日 (土) 20:47:11 伊豆之国 さん
 終電が朝8時台!大都会の秘境駅「住吉公園」

今月1日、大阪市南部と堺市北部を結ぶ路面電車「阪堺電車」のダイヤ改正が行われ、日本一の高層ビルとなる「あべのハルカス」のオープンに合わせて、新型車両「堺トラム」が天王寺駅前から浜寺公園までの定期運行を開始するなど、上町線と、阪堺線の住吉以南の増発が行われた一方で、利用客の減少傾向が著しくなった阪堺線の恵美須町〜住吉間は日中1時間に3往復に大幅減便され、住吉〜住吉公園間に至っては朝の7・8時台のみの運行となって、住吉公園駅発はわずかに平日5本・土休日4本、終電が何と朝8時半前後という、まさに「大都会の秘境駅(閑散駅)」となってしまいました。(HP)
もっとも、住吉公園駅は南海住吉大社駅に隣接しており(元は同じ南海の駅でしたが)、同じ阪堺の住吉鳥居前駅(路面区間の停留所)も目と鼻の先なので(地図)、利用者にはそれほど不便はないのでしょうし、この区間を廃止せずわざわざ残しているのは、初詣など住吉大社への大勢の参拝客を捌くためとも思えるのですが、阪堺線の恵美須町側では今回の大幅減便で日中は次の電車まで平均20分待ちということになると、近くを南海や地下鉄が通り代替路線には事欠かないとはいえ、このままでは今後の見通しが怪しくなってきます…。

[85163] 2014 年 3 月 6 日 (木) 22:59:25 hmt さん
 酒呑村の酒呑学校

[85160] 白桃さん
特に酒倉村なんか素晴らしい!

町村制施行前の旧村名ですが、愛知県東加茂郡には 酒呑村 なんて村もありましたね。
その村にあった酒呑学校。落書き帳でも話題になりました。記事集

[85162] 2014 年 3 月 6 日 (木) 20:15:58 星野彼方 さん
 東海道本線のこと(?) at 小諸市

たまりにたまった有給休暇を消費しつつ、青春18切符で近いうちに第三セクターになってしまう路線を昨日今日と回って、小諸市に宿泊の星野彼方です。たまたま今晩の宿に無料で使えるパソコンがあったので、書き込みします。

それだけではなんなので、JR西日本エリアでの東海道本線について私の知る限りお伝えします。ただ、記憶が曖昧でどれも断言はできないことを先に言っておきます(だから書き込みをためらっていました。いつもそんなに意識しませんからねぇ)。

路線図や運賃表などでは東海道本線は確かに表示がないと思います。ただ、乗り換えの案内では、あったりなかったりだと思います。たとえば、岡山方面から来ての姫路駅での乗換えでは「山陽本線上り方面新快速長浜行き」のような案内で、JR神戸線とはいいません。米原駅での乗り換えは車掌がJR東海の人になるので、何ですが、「東海道本線下り方面新快速姫路行き」のようになっていたと思います。ぺとぺとさんもおっしゃっていましたが、列車種別に重きをおいた案内になっていると思います。新快速はJR神戸線、JR京都線、琵琶湖線を通して運転されているため、愛称だとちょっと理解しにくいためと思われます。JR神戸線の米原行きなんて言われてもなんじゃそりゃ、ですから。

あと、すくなくとも私の周りでは愛称はほとんど使用されません。山陽本線、東海道本線、です。鉄じゃない人もJR神戸線とは言いません。住んでいるのが播磨だからかもしれませんが。

ちなみに昨晩は新井市…じゃなかった、妙高市に宿泊でした。今日は小諸まで来て、あ、篠ノ井からはしなの鉄道ですが、小海線に乗り換え、野辺山駅からJR最高地点まで歩いて、そのまま勢いで清里駅まで歩いちゃいました。お昼過ぎなのに-4℃で路面はかちこちだし、雪で歩道が完全に埋まっているし、でR141なんかは危なくて正直歩く環境ではなかった。トラックが来るたびひやひやもん。皆さん、やめときましょう。

まとまりがない文章ですが、これで失礼します。

[85161] 2014 年 3 月 6 日 (木) 17:44:44 NTJ会長 さん
 本線と呼ばれない本線とか。。。

国鉄時代の「本線」という呼称には、鉄道管理局の管理単位としての必要性による部分が有ったようです。
管理局や機関区・車掌区などは基本的にいずれかの「本線」の所属となっていたようです。
たとえば、東海道本線系統に所属する機関区の車両は東海道本線系統でのみで使用され(臨時列車を除く)他の系統で使用される場合は、転区が必要だったようです。
但し、所属する線区が一系統のみの場合には「本線」の呼称は付かなかったようなので、「本線と付かない本線級の線区」も存在していました。
その典型が「常磐線」で、並行する「東北本線」とは別の管理単位の「本線級」となっていたようです。
機関区では、「尾久機関区」は常磐線の所属、隣接する「田端機関区」は東北本線の所属で、両者の間での車両や人員の融通は無かったようです。(災害などの緊急時を除いて。)
その辺り、国鉄が典型的な「縦割り組織」だったからのようですね。

で・・・
「東海道本線・東海道線」の使い分けに付いては、「組織の管理的」には「東海道本線」、「旅客へのサービス的」には「東海道線」と呼称される場合が多いようです。
もしくは、「東海道本線の一部を経由する旅客サービスに、東海道線旅客列車がある。」という感じですね。
同様に、「東海道本線・根岸線及び東北本線を経由する旅客サービスに、京浜東北線電車がある。」となるかと。

んー、歯切れ悪いなぁ。
「鉄道事業法」とかの「認可区間の名称」が「東海道本線」で、「旅客営業上の商品名」が「東海道線」になるんじゃないかと。

まぁ、「商品名と名称は異なる」のと同じなんじゃないかと。

[85160] 2014 年 3 月 6 日 (木) 06:55:48【1】 白桃 さん
 「のの」が「なな」を

3月2日から1泊2日で白桃は梅と桜を見てまいりました。まるで花札のよう・・・
梅というのは湯河原の梅林。ここを訪れるのは2度目ですが、園内に設置された屋台で立ち飲みしたのが・・・
[85099]白桃
では「酒」はというと、すぐ思い浮かべるのは山形県酒田(町→)市、千葉県酒々井町。これ以外には、酒門村(茨城)、酒匂(村→)町(神奈川)、酒田村(神奈川)、酒屋村(新潟)、酒生村(福井)、酒倉村(岐阜)、酒津村(鳥取)、酒河村(広島)、酒谷村(宮崎)と、飲み放題。特に酒倉村なんか素晴らしい!(酒河は合成地名のようです。)
本当に「酒匂川」というお酒があったのですね。

桜というのは早咲きで知られる河津の桜。
河津に行く前に3月3日ということもあり、朝、宿をとった稲取温泉で「つるし雛」を見ました。ここの吊るし飾りは酒田市の「傘福」、柳川市の「さげもん」とともに「日本三大吊るし飾り」となっているらしい。(何でも「三大」があるのですね・・・)
河津の桜は初めて見ましたが、それなりになかなかのものでした。平日だと言うのに結構な人出。惜しむらくは、桜より屋台が賑やかだったこと、桜並木に挟まれた河津川が少々汚かったこと。

花といえば、昨日、「伊豆半島縦断!ローカル線春の花&名湯めぐり旅」という7チャンネルお得意の旅番組を見ていると、テロップで流れた伊東市の人口が3万6千何百何十何人になっていました。見間違いでないとすれば、あの人口は熱海と間違えたのか、伊東の日本人女性人口だったのか・・・。それ以前に、旅番組で訪れた土地、それも自治体の人口をいちいち表示する必要があるのか、大いに疑問であります。

いつものように前置きが随分長くなりましたので本題はごく短めに。
石川県から発表された2月1日現在推計人口で、ついに野々市市が七尾市を抜いてしまいました。これで市町人口トップ5はすべて加賀地区となったのでございます。

[85159] 2014 年 3 月 5 日 (水) 18:21:28 hmt さん
 お詫び2件

[85157] デスクトップ鉄 さん
いいえ、[85155]では、平成3年(1991)度版から7(1995)年度版の間に「本線」となったと申し上げたのですが。

読み間違えていました。失礼しました。

[85152] hmt
2007年撮影の写真 だけは貼り直しました。

下記の注意を加えておくべきでした。

表示させるには、地図・空中写真閲覧サービス トップの同意が必要です。
先ず最下行の「同意する」をクリックし、もう一度リンクをクリックしてください。

[85158] 2014 年 3 月 5 日 (水) 03:07:28 ペーロケ さん
 私鉄本線

[85146]hmtさん
瀬戸内さざなみ線は、JR西日本広島支社や その管轄下にある三原地域鉄道部 が定めた愛称ではないようです。
解説ありがとうございます。どうりで周知徹底が中途半端なわけですな。

 ところで、話題となっている「神戸本線」について。新しい呼称なのか、元、西宮市民としては実は個人的に違和感があります。もちろん、阪急にとって最重要な幹線ということは重々承知ですが。hmtさんがリンクされているHP内でも、神戸線と神戸本線が入り乱れていますねw

 私鉄で「本線」と名乗るのは、阪神や京阪、南海など、メインの路線が1本ある会社が名乗るものかと思っていました。近鉄はあれだけ立派な「本線」にふさわしい路線も「名古屋線」「大阪線」と呼び、本線は「田原本線」のみw。そういえば名鉄も網の目のような路線網を持ちながら「名古屋本線」と呼んでいますね。関東の私鉄はどうなんでしょう?京急京成は「本線」と呼ぶようですが、京王は本線じゃなくて「京王線」でしょうか。小田急も小田原本線じゃなく「小田原線」?東武の伊勢崎線系統も「伊勢崎本線」とは呼ばないような。。。もっとも、東武伊勢崎線は東武動物公園駅にてそこから伊勢崎線よりも長い日光線に分かれ、さらに日光線下今市駅でそこから日光よりも長い鬼怒川線へと分岐するため、どれが本線なのやら訳が分からないという状況ですが。

 なんとなく、私鉄各社の「本線」の扱いに違いが出て面白いですね。

[85157] 2014 年 3 月 4 日 (火) 21:52:58 デスクトップ鉄 さん
 阪急3本線

[85156] hmt さん
阪急の場合、これも2段階方式によるグループ内の「本線」でしたが、鉄道要覧では使われなくなったとのこと。
しかし、停車駅のご案内 では、現在も 神戸本線、宝塚本線、京都本線を使っています。
いいえ、[85155]では、平成3年(1991)度版から7(1995)年度版の間に「本線」となったと申し上げたのですが。

[85156] 2014 年 3 月 4 日 (火) 19:41:31 hmt さん
 Re:東上本線

[85155] デスクトップ鉄 さん
この間【1970-1975】に線路名称が変更になったわけですが、なぜでしょうね。

「私鉄要覧」における路線名称変化の情報、ありがとうございます。
変更の理由について推測する術もありませんが、一つ考えたのは、東上本線という呼び方は“国鉄の2段階方式”だということです。つまり、“東海道線グループの中の東海道本線”を真似たわけです。

もしかしたら、現在の東武鉄道 路線概要 に見る「東武本線」と「東武東上線」との2グループ体制への移行が、この頃に鮮明になったために、越生線という配下を従えていることでもあり、「東上本線」を名乗る気になった?
これが、私が無理やりこじつけた推測です。

もちろん、東武鉄道・東上鉄道の合併(1920)以来 現在まで、池袋の東上業務部は半ば独立私鉄のような形で営業を続けており、1970年代頃に実質的変化があったとは思われません。しかし、東武全体を見ると伊香保軌道線と矢板線とが1950年代に、日光軌道線も1968年に廃止され、残る飛地の熊谷線も、廃止されるのは時間の問題でした。

東武の路線概要では、「東武本線」は伊勢崎線以下の 10路線を総称する グループ名 として使われています。
一方【国鉄の2段階方式を真似た】「東上本線」は、東武東上線グループの中の1路線。
「本線」という言葉の使い方不統一に起因した混乱もあるように思われます。

阪急の場合、これも2段階方式によるグループ内の「本線」でしたが、鉄道要覧では使われなくなったとのこと。
しかし、停車駅のご案内 では、現在も 神戸本線、宝塚本線、京都本線を使っています。

言葉遣いを考え、何が正式か?という議論をしてみるのは、それなりに有益な面があると思いますが、現実世界は矛盾に満ちています。

そんなことを思い知らされた一幕でした。

[85155] 2014 年 3 月 4 日 (火) 08:36:23 デスクトップ鉄 さん
 東上本線

[85154] hmt さん
ところで、鉄道要覧[85118]には、池袋−寄居間の路線名は「東上本線」と記されています。(中略)
坂戸から分岐する枝線である越生鉄道を東武鉄道が買収し、「越生線」とした段階で、東上線グループの「本線」を名乗り、免許を得ていたということでしょう。
越生鉄道の買収は1943年7月1日ですが、私の所持する昭和45(1970)年度版の「私鉄要覧」では「東上線」です。昭和50(1975)年度版は「東上本線」となっているので、この間に線路名称が変更になったわけですが、なぜでしょうね。

あと私鉄で「本線」を名乗っているのは、阪急の京都本線、宝塚本線、神戸本線がありますが、これは平成3年(1991)度版から7(1995)年度版の間に、京都線、宝塚線、神戸線からそれぞれ変更されています。

[85154] 2014 年 3 月 3 日 (月) 18:46:20 hmt さん
 JRの路線名(7)東海道本線でなく「東海道線」 付:東上線でなく「東上本線」

[85151] ぺとぺと さん
確かにホームページ上では「東海道本線」優位ですが、東京〜熱海間の沿線各駅の表示板(古いものは除く)や駅アナウンス、車内アナウンス、車内掲示用の路線図、車内の電光掲示板については、見事に「東海道線」で統一されています。

JR東日本の案内について、乗客として現場を観察されたレポートをいただき、ありがとうございます。
私自身も、専らWEBに頼った[85120]の記載には、一抹の不安を抱いており、やはり「東海道線」なのか…というのが実感です。
書き言葉では「東海道本線」、話し言葉では「東海道線」が優勢なのか?とも思いましたが、アナウンスだけでなく、表示板・路線図・電光掲示板も「東海道線」なのですね。

実は[85142]については、JR西日本の現場でも 東海道本線/東海道線 を使っているよというご指摘が出ることを、密かに期待?していました。
[85145]むっくん さんによると、
#愛称により路線名が死語化したのは片町線ぐらいでしょう。
ということなので、東海道本線/東海道線は、西日本でも長距離列車も含めた路線名として使用する場合などに生き延びているものと思います。その一方で 万人に知られている神戸などの地名を明示する案内が意識されている とのことで、中距離・短距離の電車は愛称で案内され、東日本や東海との違いがあるように思われます。

ここで、シリーズ名に使ったJRから離れますが、[85152]「東上線」という路線名。
[85142]では、鉄道で使われる「○○線」の3種類の意味を示しました。

私達が最もよく耳にするのは最初の区分「乗客への案内に使う列車の運行系統」です。
東上線の場合、池袋発の電車(10両編成)は 小川町までしか行きません。その先 寄居までの単線区間は 激減する輸送需要に応じて 4両編成の電車で運行され、運行系統は事実上2つに分離しています。観光地の宣伝を兼ねて、後者には「玉淀線」など別の名を付けるのが適切と思われる現状なのですが、直通していた頃からの名残で、一括して「東上線」と呼ばれています。

ところで、鉄道要覧[85118]には、池袋−寄居間の路線名は「東上本線」と記されています。
東武の路線の中で、唯一「本線」を名乗るのも、いささか違和感がありますが、その理由は察しがつきます。

つまり、上州の渋川[39241](後に高崎)を目指しながら、現実には寄居[56491]までの路線しか作れず、東京と上州を結ぶ目的を果せなかったこの鉄道ですが、1943年に子分ができました。
すなわち、坂戸から分岐する枝線である越生鉄道を東武鉄道が買収し、「越生線」とした段階で、東上線グループの「本線」を名乗り、免許を得ていたということでしょう。

「東上本線」の名は、運行系統にも線路名称にも使われていません。しかし、きっと昔の免許書か何かの公式書類に、このように記されており、書類上では「正式名称」とされているのでしょう。
[85134]冒頭の3番目に記したJRの事業基本計画よりもずっと前からの歴史があり、鉄道要覧 の前身である民鉄要覧、私鉄要覧の時代から使われていたものと推察します。

[85153] 2014 年 3 月 3 日 (月) 18:07:23 淡水魚 さん
 ハシワタシ(お礼)

[85144]  hmt さん
ありがとうございます。かっこいい橋がたくさん出演したのですね。アイバーチェーンの重厚な清洲橋、なんとなくヨーロッパな感じがしたのは、モデルがドイツ美人でしたか。ゲートブリッジのカンチレバートラスは、なぜ中央が支えも無しに浮いているのか、理系でない淡水魚には理解できません。トラス橋もおもしろい!

[85152] 2014 年 3 月 3 日 (月) 16:56:38 hmt さん
 東上線の急行停車駅が「ふじみ野」になるまで
hmt 埼玉県入間郡域

[85150] 伊豆之国 さん
同じ東武でも「せんげん台」と同様に新設の駅をいきなり急行停車駅にした「ふじみ野」の例も、同様なやり方だったように思えます(「ふじみ野」のほうは宅地開発が先行したという点で「せんげん台」とは様相が異なりますが)。>hmt さん。

1993年11月富士見市に開業した東武鉄道東上線の「ふじみ野駅」については、これまでに何度も話題に取り上げました。
最近も[59419]でまとめた発言集「富士見と ふじみ野」が、グリグリさんにより紹介されたばかりです[85136]
しかし、せっかく ご指名をいただいた機会なので、急行停車駅設置についての 私の観測を少し記します。

[46198] hmt
ふじみ野駅開設はこのマンション【アイムふじみ野】事業と事実上一体のものであり、駅の開業時期も、このマンションの第1期に合わせたものでした。
アイムふじみ野第5期の建設着手を報じる 東武鉄道報道資料 を見つけたので、参考までに リンクしておきます。

東武が「ふじみ野」と命名した「いきさつ」は不詳です。
しかし、富士見市と事前協議する過程で、「富士見」の名を付けてほしいという要望を受けたことは、推察できます。
少し変形した表記の「ふじみ野」。これが、1967年の「せんげん台」の手法を踏襲したことは、[85150]により認識しました。

アイムふじみ野事業と新駅開設事業とは一体的に進められており、どちらが先ということはないと思います。
東武鉄道が清水建設と共同で作った シティヴェールふじみ野 は、アイムふじみ野と線路を隔てた東側で、少し後です。写真右上がふじみ野駅。

東上線の遠距離通勤客増加に対応して、志木−川越市間の中間点、池袋起点24〜25km付近に 緩急接続設備を作りたい。
これは東武鉄道が以前から考えていた構想であると思われます。既存駅では、上福岡駅と鶴瀬駅の中間です。
もし、この両駅のいずれかに 十分な敷地の余裕があったならば、もっと早い時期にその駅で拡張工事が行なわれ、急行停車駅が誕生していた可能性も考えられます。
しかし、両駅共に若干の貨物設備跡地があったものの、緩急接続設備を作る余地はありませんでした。

1986年に、上記両駅の中間で、富士見市勝瀬原土地区画整理事業 が動き出しました。
ここで区画整理との同時進行という形を取るならば、東武が付近に所有していた土地を集約して大規模マンションを作り、緩急接続設備を備えた新駅を設置することもできます。

上福岡と鶴瀬が急行停車駅を争い、ふじみ野に漁夫の利を占められたというよりも、既存駅は付近の市街地化が先行し、緩急接続駅を作る用地を取得できなかったというのが実情ではないか。私はこのように推測しました。

[85150]で紹介された「せんげん台」駅の事例も、大袋・武里両駅周辺住民の争いよりも、緩急接続設備を備えた急行停車駅の用地問題という視点が決定打になったと思われます。
武里駅への準急停車運動が実現しなかったのは、大袋駅周辺住民のせいではなく、緩急接続設備を作るための武里駅拡張用地が得られなかったためと考えられます。

地図 を見ると、武里団地は武里駅の南側にあります。してみると、
両駅の中間付近の当時周りに何もなかった越谷・春日部両市境付近に新駅を設置し、こちらを準急停車駅とする
という東武鉄道の方針は、決して「苦肉の策」ではなく、武里団地に近く、緩急接続駅を作る用地の取得も可能という条件を満たす正統的な案であったと理解することができます。

結局のところ、優等列車停車駅問題というよりも、緩急接続駅問題であると理解すれば、「せんげん台」と「ふじみ野」の共通点がわかります。

富士見市に戻ると、鶴瀬西口駅前の都市化は、現実にはずっと後でした。
にもかかわらず、鶴瀬には緩急接続駅が作られなかったので、そのあたりの事情を一応考察します。
緩急接続駅は 不動産開発事業と関連する 中間の新駅 にする。
東武鉄道としては、このような方針を早々と固めていたのかもしれません。
また、鶴瀬駅西口は、区画整理のタイミングも遅すぎ、勝瀬原【ふじみ野】に後れを取っています。

2件の事例を顧みて、東武鉄道にとり より重要と認識された課題は、「どの駅に急行を止めるか」 ではなく、公共交通機関としての 輸送力確保とサービス提供に資する「緩急接続駅をふやす」ことだったのではないか ということです。
このような東武鉄道側の事情に加えて、都市化の進行や、地元が区画整理を行う時期も絡んだ結果、東上線に追加された急行停車駅は、「ふじみ野」に決まったように思われます。

地元のこととて、つい長くなりました。
最後に緩急接続駅の出現で大きな変貌を遂げた ふじみ野駅付近の航空写真を紹介した [81721]をリンクしておきます。
2007年撮影の写真 だけは貼り直しました。1993年11月の ふじみ野駅開業から 14年目で、 ほぼ完成した街の姿になっています。
過去の写真は、1975年(昭和50年)撮影の写真 から始まり、区画整理前の1984年、区画整理中の1989年を収録してあります。

[85151] 2014 年 3 月 2 日 (日) 22:22:25 ぺとぺと さん
 東海道線

[85139]hmtさん
JRの路線名にまつわる一連の記事、楽しく拝読しております。
デスクトップ鉄さんの記事も含め、鉄道院告示や国鉄再建法などにまで踏み込んだ内容は、説得力がありとても勉強になります。

とはいえ、東海道本線を通勤の足として毎日利用している立場からすると、1つだけ違和感を覚えた個所がありました。

最初に[85120]で確認したように、利用者の私達が JRの運行系統案内から得る情報は、「東海道本線」優位です。

確かにホームページ上では「東海道本線」優位ですが、東京〜熱海間の沿線各駅の表示板(古いものは除く)や駅アナウンス、車内アナウンス、車内掲示用の路線図、車内の電光掲示板については、見事に「東海道線」で統一されています。JR東日本は、むしろ省略形である「東海道線」を積極的に使用しているというのが、一利用者としての実感です。

あくまでも個人的な想像で何の根拠もありませんが、東京〜熱海間(沼津行、伊東行および伊豆急下田行を含む)の中距離列車をピンポイントで指す場合の名称は省略形の「東海道線」で統一する一方で、「サンライズ瀬戸・出雲」などの長距離列車も含めた路線名として使用する場合は正式名称の「東海道本線」としているのではないでしょうか。

ちなみに、駅アナウンスや車内アナウンスを注意深く聴いていると、京浜東北線は「各駅停車・大宮行」ですが、東海道線は「普通・小田原行」です。列車種別に関してはこだわって使い分けているようです。

[85150] 2014 年 3 月 2 日 (日) 00:55:10【1】 伊豆之国 さん
 「喧嘩両成敗で作られた(?)」優等列車停車駅 & 自治体越え地名(From彩の国)

「鉄道路線名と運転系統」の話題、まだまだ続く気配ですが、今日はちょっと横道にそれて、「東武スカイツリーライン」、じゃなくて「伊勢崎線」から、私が[85129]で引用した動画のリンクをたどって行くうちに見つけたネタを。
以前、[75333]で埼玉県内の自治体越え地名として、越谷市と春日部市にまたがる「千間」を投稿したのですが、その「せんげん台」駅の開業にまつわる「秘話」が出ている動画がありました。こちらによると、当時隣同士であった「大袋」と「武里」の両駅周辺の住民の激しい争いがあり、大規模団地の最寄り駅となった武里駅への準急停車運動の一方で、大袋駅周辺の住民からは「準急が停まるとかえって駅前商店街が寂れる」という理由から、逆に「準急停車反対」の声が上がるなど、お互いにエスカレートした挙句、東武が「苦肉の策」として、両駅の中間付近の当時周りに何もなかった越谷・春日部両市境付近に新駅を設置し、こちらを準急停車駅とするという「名(迷?)案」を出し、これによって決着をつけた、という話になりました。これが「せんげん台」駅の誕生です。時に昭和42年のことでした。
この、開業当時は本当に周りに何もなかった「せんげん台」駅も、昭和も末期になってようやく「住宅公団」によって団地が開発され、何とか準急停車駅としての面目が立つことになります。私は、十数年前に社用で越谷市を頻繁に訪れたことがあり([60627])、現地の最寄り駅だったせんげん台駅で乗り降りしたこともかなりの回数に上っていたのですが、団地が開発された側とは反対の東口を利用していたこともあり、当時もまだまだ建物もまばらで殺風景な印象でした。
この「せんげん台駅誕生秘話」の動画へのレスとして、両隣の駅の激烈な特急停車駅争奪戦の末、間にあった「信号所上がり」の小駅を新駅同然に大改築して特急停車を集約させるという「荒業」を使った「加賀温泉」駅の例([2188] たけもと さん)が出ていましたが、同じ東武でも「せんげん台」と同様に新設の駅をいきなり急行停車駅にした「ふじみ野」の例も、同様なやり方だったように思えます(「ふじみ野」のほうは宅地開発が先行したという点で「せんげん台」とは様相が異なりますが)。>hmt さん。

…そのせんげん台付近の地図をたどってゆくうちに、未登録と見られる「自治体越え地名」がありました。
幸手市上高野/杉戸町高野台(〜東・西・南)・下高野

[85149] 2014 年 3 月 1 日 (土) 18:34:45 ピーくん さん
 日立市

Hiro_as_Filler さんへ
こちらにて失礼します。
茨城県日立市の公式ホームページが今日移転していました。
日立市

更新よろしくお願いします。

[85148] 2014 年 3 月 1 日 (土) 17:54:17 ピーくん さん
 大津市

Hiro_as_Filler さんへ
こちらにて失礼します。
滋賀県大津市の公式ホームページが今日移転していました。
大津市
lgドメインになっていました。

更新よろしくお願いします

愛称の瀬戸内さざなみ線は、地元に住んでいながら初めて知りました。JTB時刻表を買って仙山線の臨時駅の西仙台ハイランド駅と八ツ森駅の廃止もつい最近知りました。秘境駅の著書で牛山氏が取り上げていた八ツ森駅がなくなって寂しいです。

[85147] 2014 年 3 月 1 日 (土) 15:27:53 ピーくん さん
 特例市

全国特例市市長会のホームページを見つけました。知りませんでした。政令指定都市と中核市、特例市の各ページの下記にそれぞれ市長会のHPをリンクして紹介しても良いのではないかと思います。
詳細

[85146] 2014 年 3 月 1 日 (土) 14:54:12 hmt さん
 JRの路線名(6)瀬戸内さざなみ線

[65143] ペーロケさん
確か呉線の広〜三原間は「瀬戸内さざなみ線」という愛称があったと記憶していますが…

瀬戸内さざなみ線は、JR西日本広島支社や その管轄下にある三原地域鉄道部 が定めた愛称ではないようです。
当事者の説明 にあるように、三原−広間の呉線沿線自治体4市(三原市・竹原市・東広島市・呉市)の担当職員などにより 構成された「瀬戸内さざなみ線利用促進委員会」による、利用促進活動で 使われている呼び名のようです。

JR西日本が 16の愛称線区に含めていないのは、広島支社のせいではなく、JR外の人が勝手につけた呼び名だからでしょう。

[85145] 2014 年 3 月 1 日 (土) 14:04:07【2】 むっくん さん
 JR西日本の路線の愛称、電車の行先の案内方法

[85142]hmt さん
しかし、米原よりも西側では 乗客への案内に「東海道本線」が使われていない としたら、かなりの大問題だと思います。
(中略)
これでは、若い世代は「東海道本線? 知らない。」ということにならないでしょうか?
[85143]ペーロケ さん
鉄な方には大問題と思われるでしょうが、関西地区は路線名が地域の実態を必ずしも反映していないと感じていましたので、一般市民には大した問題とは思いません。
(中略)
ただ、愛称は公募で決められたのでしょうが、京都線、神戸線、宝塚線は阪急とかぶっており、紛らわしいですね。
愛称が定められた当時、一般の人が大阪から京都、神戸、宝塚へ向かうために利用する手段としては、筆頭に阪急、場所によっては阪神と京阪が考えられ、国鉄から民営化されたばかりのJR西日本はあまり選択肢として考えられていませんでした。

その主たる理由としては三つ考えられます。
一つ目としては、大手私鉄の方がJR西日本よりも値段が安く、かつ高頻度で運行が為されていることです。
二つ目としては、JR西日本(国鉄)は長距離移動するための手段でしかないという考えです。
三つ目は行き先が明示的な大手私鉄とは異なり、JR西日本の通勤電車は行き先が非明示的で、どこに向かって走っているのかが多くの人に知られていないということです。

最後の理由とされていることを解消する一環として愛称が定められたのですが、JR京都線、JR神戸線、JR宝塚線に関しては阪急と同じにすることで、一般の人にもどこにむかって通勤電車が走るのかが分かるようになるという効果をもたらしました(おそらく意図的に阪急の路線名と同じにしたものであると思います)。
このことは現在でも相当に意識されており、21世紀に入ってからでも電車の行先案内が改善され、『神戸方面網干行』とか『京都方面長浜行』等として電車の案内がなされています。
#万人に知られている地名は、せいぜい京都、大阪、神戸程度でして、現に私自身も『この電車は姫路に行きますか』と駅員に尋ねている人に出くわしていたりします。
#愛称により路線名が死語化したのは片町線ぐらいでしょう。

[85144] 2014 年 3 月 1 日 (土) 13:06:27 hmt さん
 Re:ハシワタシ(テレビ番組)

[85141] 淡水魚さん
ロケに来たニュースが新聞に載ったため、初めて「ハシワタシ」のことを知りました。

私も初めて知りました。TBS系毎週金曜日夜10時54分からの放送とわかり、昨晩「清洲橋前編」を見ました。
僅か2分間のミニ番組です。

しかし 短いおかげで、昨年4月開始以来放送された 全番組のバックナンバー が WEBに収録されています。
サンプルとして、[80265]で紹介した 東京ゲートブリッジ の 前編 をリンクしておきます。

[85143] 2014 年 3 月 1 日 (土) 12:48:44 ペーロケ さん
 JR西の愛称問題

 四国にもやっと新幹線が開通です。これで新幹線が走っていない、建設区間もない県は、千葉、三重、奈良、和歌山、鳥取、島根、香川、徳島、大分、宮崎、沖縄に減少しました(東日本ずるい。。。)

 というのは大げさでしょうか。新幹線というか、予土線のホビートレインのことです。予想以上に0系で驚きました。

[85142]hmt さん
16線区の愛称 を宣伝する事情は理解できます。
確か呉線の広〜三原間は「瀬戸内さざなみ線」という愛称があったと記憶していますが、ここに触れられていませんね。同じ会社でも國鐵廣嶋支社と揶揄される区間の愛称には格差があるのでしょうかねぇ。。。

しかし、米原よりも西側では 乗客への案内に「東海道本線」が使われていない としたら、かなりの大問題だと思います。
(中略)
これでは、若い世代は「東海道本線? 知らない。」ということにならないでしょうか?
鉄な方には大問題と思われるでしょうが、関西地区は路線名が地域の実態を必ずしも反映していないと感じていましたので、一般市民には大した問題とは思いません。逆に、例えば東海道線を使って関西から東海地方まで行く人、福知山線を使う人で福知山まで行く人は少ないと思います。尼崎の脱線事故の際も、関西以外の地域では「福知山線」と連呼されたため、土地勘がない人はまるで福知山市で事故があったのかと勘違いする人が現れないか、と心配しておりました。

ただ、愛称は公募で決められたのでしょうが、京都線、神戸線、宝塚線は阪急とかぶっており、紛らわしいですね。せめて宝塚線は「三田線」とできないものか。あ、そうしたら今度は都営地下鉄とかぶりますね(笑)。

[85142] 2014 年 2 月 28 日 (金) 17:40:00 hmt さん
 JRの路線名(5)JR西日本は「東海道本線」を使っていない?

JRの路線名 を続けます。
これまでに記してきたことを、JR東日本の 東海道本線/東海道線 について整理すると、次のようになります。

1 乗客への案内に使われる列車の運行系統:東海道本線
 JR東日本が最も普通の意味で使うのは、この「運行系統としての東海道本線」です。
 主としてグリーン車付き長編成中距離電車で運行。乗客は、しばしば「東海道線」と省略形で使います。
 系統内に東京 新橋 品川 川崎 横浜…湯河原 熱海の 21駅があります。

2 国有鉄道から継承したJR独自の線路名称:東海道本線
 言わば「本籍としての東海道本線」です。「運行系統としての東海道本線」が停車しない 有楽町 浜松町 田町 大井町…東戸塚など、別線上にある 西大井 武蔵小杉 新川崎も 東海道本線所属の駅です。事実上は貨物駅であるが 旅客鉄道の駅でもある 東京貨物ターミナル 横浜羽沢も「本籍としての東海道本線」に所属するものの、書類上の所属という感じです。

3 民営化後の事業基本計画に用いた路線名:東海道線
 1881年の政令に示された国鉄の「営業線」に由来し、JR化に伴う免許など役所手続に使われました。
 範囲は、上記2の東海道本線と同じで、横須賀線電車の通る新川崎経由の線や 横浜羽沢経由の貨物線も東海道線です。

それはさておき
現在のJR東日本の管轄は熱海までなので、「東海道本線の駅」に関する [85108]の問いかけに答えるためには、熱海の先を管轄する2社の情報も必要です。

JR東海 会社概要 には、線区別営業キロとして、東海道新幹線 552.6km、在来線 東海道本線 360.1km…が記されており、ここでも「東海道本線」が使われ、在来線の一つです。駅名読み仮名一覧

JR東日本・JR東海の2社は、東海道本線の名で、在来線を案内していました。
しかし、JR西日本のサイトで大阪駅を検索すると、線区:JR京都線 / 大阪環状線 / JR神戸線 / JR宝塚線 とあり、東海道本線も東海道線も使われていません。

では、東海道本線の使用例がないのかというと、例えば おおさか東線 につき“起点 東海道本線 新大阪駅”と記されていました。但しこの使用例は、H24/3月期西日本旅客鉄道有価証券報告書33/57で、旅客宛の案内ではありません。

別サイトの「おでかけネット」になりますが、例えば北陸乗り放題きっぷの 経由 を見ると、東海道本線・湖西線・北陸線などと書いてあります。
実務上 東海道本線の出番が全くない訳ではないようですが、東日本や東海と異なり、限られた例しかありませんでした。

国鉄の分割民営化により、競争の激しい 京阪神地域の鉄道の中で 健闘しているJR西日本。
16線区の愛称 を宣伝する事情は理解できます。
しかし、米原よりも西側では 乗客への案内に「東海道本線」が使われていない としたら、かなりの大問題だと思います。

なお、上記16の「愛称」を説明する「線区」には、「東海道本線」でなく「東海道線」が使われています。また、これに続く「営業線区別キロ程・駅数」の表には“東海道線 米原〜神戸 143.6km、吹田〜尼崎 11.2km”と記されていました。これは、この記事の冒頭に記した東日本の「3 民営化後の事業基本計画に用いた路線名」に相当するもので、西日本でも「東海道線」になっています。

落書き帳の皆さんにとっては、東京−神戸間が「東海道本線」という線区であるという事実は常識です。
しかし、JR西日本管内における現実の姿は、愛称で再編成された線区、つまり 琵琶湖線(京都〜長浜)の大部分・JR京都線・JR神戸線(大阪〜姫路)の一部 という 分断された扱いになっており、「運転系統である東海道本線」としての案内が なされていないように見受けられます。

これでは、若い世代は「東海道本線? 知らない。」ということにならないでしょうか?
少し極端ですが、これが現実だとしたら、[85108]の問いかけが 通じなくなるというだけでは済まない問題です。

実際の電車運行は決して分断されているわけでないのに、乗客への案内では 東海道本線の名が 過去の存在になりつつある。
奇妙な現実を前にして、戸惑いを感じている hmtでした。

[85141] 2014 年 2 月 27 日 (木) 18:36:27 淡水魚 さん
 ハシワタシ(テレビ番組)

みなさまこんばんは。
この番組に大井川の蓬莱橋が出る予定なのです!で、ロケに来たニュースが新聞に載ったため、初めて「ハシワタシ」のことを知りました。両岸をつなぐ橋は、移動・交通というだけでなく、象徴的な意味を持っており、淡水魚は大好きな建築物です。アーチ橋とか斜張橋とか、かっこいい!しかしうっかりしていると、橋桁に大事な釣竿をぶつけて痛い目を見ることもある…。私の生息域ではこの番組を視聴できないのが残念です。

[85140] 2014 年 2 月 27 日 (木) 17:18:40 白桃 さん
 都道府県内市町(村)人口行列

町や村がでしゃばる???ことなく、節度???をわきまえて、整然???と並んでいるのが
秋田県、埼玉県、東京都、富山県、大阪府、島根県、岡山県
の7都府県。
村の無い県では、福井、滋賀、山口、香川、愛媛の5県がお行儀よく???並んでおります。
反対に、「市」をも凌駕する「村」があり、滝沢市誕生前の岩手県を彷彿させるのが茨城県です。
何かと申しますと、その都道府県内で市町村を人口順に並べたときの話です。
「市」より人口の多い「町」、「町」より人口の多い「村」があっても別に構わないのですが、香川県においてだけは、そうならないことを希望します。(~j~)

[85139] 2014 年 2 月 27 日 (木) 15:17:53 hmt さん
 JRの路線名(4)1981年「営業線」由来の路線名

[85138] デスクトップ鉄さん
東北新幹線大宮・盛岡間が開業した1982年6月23日施行の日本国有鉄道線路名称の一部改正(5月19日付国鉄公示第41号)で、次のように記載されました。
東海道線 東海道本線 東京・新横浜・岐阜羽島・新神戸間
【以下引用省略】

1982年の 線路名称一部改正を、出典と共に示していただき、ありがとうございます。
既に開業していた山陽新幹線の一部を含む東京・新神戸間の 新幹線区間 が、「東海道本線」の一部を構成するバイパス線(Wikipediaの表現によれば“無名枝線”)として 線路名称に記載された ということなのですね。
品鶴線などの別線線増が、初めから線路名称に記載されていたことからすれば 当然の扱いと思われますが、東海道新幹線開業後約18年も経過した後の 1982年に「認知」とは驚きです。

[85118] で、線路名称には国鉄が制定し、JRが引き継いだ線路名称のほかに、国鉄再建特別措置法施行令別表第一の路線名 およびこれを引き継いだ 事業基本計画の路線名 があると書きました。

1970年代になると、道路や空港の整備・自動車増加に伴い 旅客・貨物輸送における国鉄の役割は低下し、経営は悪化しました。
日本国有鉄道経営再建促進特別措置法(昭和55年法律111号 略称国鉄再建法) は、赤字ローカル線を抱え行き詰まっていた国鉄経営改善のため、全国一律運賃の見直し、輸送密度の低い線区の廃止・転換などを盛り込んだ国鉄再構築のプランでした。
この法律に基き、幹線と地方交通線とを仕分けする基準を設けたのが 日本国有鉄道経営再建促進特別措置法施行令(昭和56年政令25号)で、その別表第一として「営業線」の五十音順リストが公表されました。

監督行政のサイドから公表された国鉄の「営業線」は、本来の用途である地方交通線の仕分けだけでなく、後の分割民営化に際して、JR各社が免許を申請する際の「事業基本計画」にも使われました[85118]

では、リンク資料により、156番目の営業線である 東海道線の 区間を見ましょう。
東京から川崎、横浜、新垂井及び大阪を経由して神戸まで、
品川から新川崎を経由して鶴見まで
及び 大垣から垂井を経由して関ケ原まで
並びに 東京から新横浜及び岐阜羽島を経由して新神戸まで
並びに 品川から分岐して浜川崎まで、【以下19区間省略】

東海道本線でなく東海道線になっていることなど、従来の 国有鉄道線路名称 と異なる点はありますが、概ね当時の「線路名称」を反映したものであると理解されます。
但し、4行目の新幹線区間については逆で、この別表第一の記載が、翌年の線路名称改正に反映しました[85138]

1行目は 東海道線下り列車の通る典型的な区間です。
2行目は 1929年に貨物線として加わり 現在は横須賀線に使われている品鶴線(通称)です。
3行目は 関ヶ原越えの勾配を10‰に緩和した 新垂井[9459]経由の下り新線(1944) を作るまでは、上り下りの本線でした。
4行目は 1982年に「線路名称」に加えられたという“無名枝線”で、その実態は、もちろん新幹線です。
5行目は 東京貨物ターミナル駅のある貨物線です。

読みやすいように区間毎に改行して示しましたが、この24区間全体が「東海道線」で、1909年の簡単な記載[85134]に比べて 多数の枝線により複雑化していました。引用を省略した19区間の中には、汐留など現在は廃止されている貨物区間もあります。

この政令は、国鉄にとり最後の自主再建プランを実施するためのものでしたが、現実には 1985年7月 国鉄分割民営化に向けた舵が切られ(第二次臨調基本答申)、1986年11月成立の国鉄改革関連8法を受けて、昭和62年(1987)3月20日政令第54号で廃止されています。
国有鉄道線路名称を定めた明治42年以来の鉄道院>鉄道省>運輸通信省>日本国有鉄道の告示・公示も、もちろん廃止。

国有鉄道を前提として定められた路線名の規定が、民営化された現在のJR各社にそのまま適用されないのは当然です。
しかし、前記の政令は自主再建を諦めて廃止される直前に「ひと働き」をしたようです。
[85118] デスクトップ鉄さん
旧国鉄路線を承継したJR各社は、その時点の営業路線を「事業基本計画」として届けることにより免許が与えられました。その営業路線のリストは、1981年3月11日公布の「日本国有鉄道経営再建特別措置法施行令の別表第一」の路線・区間名が使われました。
[85138] デスクトップ鉄さん
1987年のJRの事業基本計画においては、東海道新幹線(東京・新大阪間)、山陽新幹線(新大阪・博多間)、上越新幹線(大宮・新潟間)のように独立路線として表示されました。事業基本計画に基づく「鉄道要覧」では、すべて独立路線として表示されています。

…という次第で、前記の別表第1「営業線」に由来する路線名は、現在でも役所による許可対象【注】に使われ、「鉄道要覧」 の記載も、これに基いてされているわけですね。
【注】1999年改正で鉄道事業法は許可制になり、許可は「路線」及び「鉄道事業の種別」について行なわれます。

昭和56年政令第25号別表第1による「営業線」に由来する路線名につき、長々と記してしまいました。
役所関係の仕事では、こちらが使われ「東海道線」なのでしょう。

しかし、最初に[85120]で確認したように、利用者の私達が JRの運行系統案内から得る情報は、「東海道本線」優位です。
1909年由来の「線路名称」は、下記のように JR各社独自の「線路名称」に継承されています。
東海道本線という案内は、これに基づく取り扱いであると理解します。
[85118] デスクトップ鉄さん
これとは別に、JR各社は国有鉄道線路名称を継承した独自の線路名称をもっていますが、JR四国は線路名称からも本線を外しました。

[85138] 2014 年 2 月 26 日 (水) 20:19:17 デスクトップ鉄 さん
 線路名称における新幹線

[85134] hmt さん
Wikipediaによると、1982年に至り 在来線と同じ値の営業キロで 無名枝線の記載が「線路名称」に加えられたとのことです。
東北新幹線大宮・盛岡間が開業した1982年6月23日施行の日本国有鉄道線路名称の一部改正(5月19日付国鉄公示第41号)で、次のように記載されました。
東海道線東海道本線東京・新横浜・岐阜羽島・新神戸間
山陽線山陽本線新神戸・新岩国・小倉間
東北線東北本線大宮・白石蔵王・古川・盛岡間
鹿児島線鹿児島本線小倉・博多間
また、同年11月15日の上越新幹線開業により
東北線高崎線大宮・高崎間
東北線上越線高崎・上毛高原・長岡間
信越線信越本線長岡・燕三条・新潟間
が追加されました(10月4日付、公示第120号)。

これからわかるように「国有鉄道線路名称」と、これを引き継いだJR各社の線路名称には東海道新幹線、山陽新幹線などの路線名はありません。旅客営業規則等には、「東海道本線(新幹線)」などのように表記されています。JRの現行線路名称で、新幹線が独立路線となっているのは、整備新幹線として建設・開業し、並行在来線が第3セクターに移管された北陸新幹線(高崎・長野間)、東北新幹線(盛岡・新青森間)、九州新幹線(新八代・川内間)です。したがって、九州新幹線などは次のようにややこしくなっています。
博多・新八代間:鹿児島本線(新幹線)
新八代・川内間:九州新幹線
川内:鹿児島中央間:鹿児島本線(新幹線)

[85118] で、線路名称には国鉄が制定し、JRが引き継いだ線路名称のほかに、国鉄再建特別措置法施行令別表第一
の路線名およびこれを引き継いだ事業基本計画の路線名があると書きました。
1981年の別表第一には、1982年の国鉄の線路名称の改定に先立って、例えば「東海道線」の項に
東京から新横浜及び岐阜羽島を経由して新神戸まで
のように、記載されました。これが翌年の国鉄線路名称の改正に反映されましたが、このときまでは東海道(本)線の別線という位置づけでした。ところが、1987年のJRの事業基本計画においては、東海道新幹線(東京・新大阪間)、山陽新幹線(新大阪・博多間)、上越新幹線(大宮・新潟間)のように独立路線として表示されました。事業基本計画に基づく「鉄道要覧」では、すべて独立路線として表示されています。

[85137] 2014 年 2 月 26 日 (水) 19:09:09 ピーくん さん
 中核市を目指す

前市長の急逝に伴う埼玉県川口市長選挙で、初当選した元県議の奥ノ木信夫市長ですが、3月定例議会の施政方針で中核市を目指すと表明したそうです。中核市の要件を満たす市では東京都八王子市に次ぐ人口の規模なので今後の動向が注目されます。
詳細
施政方針のファイルが見れます。

毎日新聞の会員になると見れますが、中核市を目指す関連記事があります。
見出し

越谷市議会にも中核市の指定の申し出議案が上程中、3月18日に審議されるでしょうか
詳細

[85136] 2014 年 2 月 26 日 (水) 08:11:48 オーナー グリグリ
 Re:ふじみ野市

[85126] のこさん
ふじみ野市って駅名由来ですかね?
のこさん、はじめまして。管理人のグリグリです。

取り急ぎですみませんが、お問い合わせの件については、hmtさんがまとめられた記事集「富士見 と ふじみ野」をご参照ください。市域外の駅名由来と言えるかどうかは微妙です。

もしそうだとしたら、他に域外対象物を由来にした市町村名ってありますか?
こちらについては、どうでしょうか。
もっとも「域外対象物」をどうとらえるかによって、該当する事例はいくらでもありそうな気もします。北広島市など。

[85135] 2014 年 2 月 25 日 (火) 20:36:22 淡水魚 さん
 生存報告ほか(静岡空港)

ご無沙汰してます。
まだFDAを全色見ていないな〜と、久しぶりに静岡空港見物に出かけたところ、西側にトラスの骨組みで掩体みたいなヤツを作っているところでした。大韓航空は休止予定。ソウル行きはアシアナが飛んでおり、就航先が減るわけではありませんが、残念です。次の冬季五輪は韓国なので、搭乗率が上がって大韓航空の定期便が復活するよう期待してます。

[85134] 2014 年 2 月 25 日 (火) 19:25:35 hmt さん
 JRの路線名(3)1909年由来の「線路名称」

火付け役の白桃さんも [85131]路線は続くよどこまでも? と呆れている気配ですが、まだ続けます。

ご承知にように、私の関心は自治体人口ではなく、どちらかと言うと地理的話題に関する歴史的背景や、それに伴うトピックスにあります。前回[85128]の京浜東北線など、その典型例であると言えるでしょう。

しかし、地理のフォーラムで話題にするからには、トピックスだけでなく、システムに立ち入った検討もしたいと思っています。

…というわけで、[85120]でこの話題に参加した際に、「駅が所属する路線」と「列車の運行系統」という観点に触れました。
そして、その末尾で触れた 運行系統ルールの不明 に応じ、デスクトップ鉄さんから、下記の教示がありました[85124]
国鉄時代に運行系統名は公式に定められたものではなく、JRになった現在も同じではないかと思います。

これにより、現住所的な性格である 運行系統 については、「鉄道事業者が 運輸業務の状況に応じて 適宜に設定し、利用者に対しては その都度案内する」という流動的な性格のものであり、どれが正しいか という論議には あまり馴染まないようだ という印象を受けました。
具体的には、東京と小田原・熱海方面とを結ぶ中距離電車系統について、私達がJRの案内する「東海道本線」に拘束されず「東海道線」と呼んでも、意味の取り違えを生ずるおそれはなく、一向に差し支えないということです。
なお、昭和25年の電車化後に盛んに使われた「湘南電車」という呼び方もありました。
これは、車両を意味するだけでなく、運行系統としても世間に認識されていたと思います。

一方、本籍的な性格である 路線名。こちらは、もっと明確な根拠に基づき、ある程度は固定的な存在であると考えます。

明治40年(1907)10月、幹線鉄道の国有化が達成されました[61108]
当時の組織は、現業部門が帝国鉄道庁、監督行政が逓信省鉄道局と分かれていましたが、国有化をきっけとして 内閣直属の 鉄道院 に統合されました(1908/12/5)。

その鉄道院が、傘下となった多数の路線を区別するために 明治42年(1909)に制定したのが、鉄道院告示第54号 国有鉄道線路名称 です。
その冒頭には、名称:東海道線 の部の最初に 次のように記載されています。
区間:東海道本線(新橋 神戸間 神奈川 横浜 程ヶ谷間 及 貨物支線)

東海道本線という名の一つの区間として表記されていますが、「新橋 神戸間」は 横浜駅を通らない 平沼経由の直通線であり、この他に、横浜【現在の桜木町】経由の別線がありました。こちらは市街地を通過することができないので、スイッチバックにより トライアングル[49808]を形成していました。

その後の東海道本線については、横浜駅移転(1915,1929)だけでなく 多数の変更があり、線路名称告示の改定は度々行なわれました。
国鉄時代の顕著な変更だけ挙げてみても、東京駅開業による起点の変更(1914)、品川・鶴見間の貨物線開業(1929)、御殿場回りだった経路を丹那トンネルが開通した熱海経由に変更(1934)、東海道新幹線開業(1964)などがあります。

もっとも、最後に挙げた 1964年の東海道新幹線は、東海道本線 東京・新大阪間の「線増」という扱いで、線路名称の告示に 区間やキロ数の追加はなされなかったようです。
Wikipediaによると、1982年に至り 在来線と同じ値の営業キロで 無名枝線の記載が「線路名称」に加えられたとのことです。

路線名の根拠は、長い間この 1909年由来の「線路名称」だけでした。
しかし、1981年に 国鉄を監督する行政サイドから、国鉄の「営業線」の名を列挙した別のリストが公表されました。
長くなるので、以下は別記事とします。

[85133] 2014 年 2 月 24 日 (月) 18:41:50【2】 白桃 さん
 十勝総合振興局上川郡VS釧路総合振興局川上郡

[85131]を書き込んでいるとき思ったのですが、「線路」と「路線」は逆さまになっているけれど、意味がまったく異なってくるわけでもない。動作⇔作動、弟子⇔子弟より似通っているのではないか、少なくとも舞鶴⇔鶴舞よりは。([84236]笑)
そこで思いついたのがこの頁を参考にした人工皮革←なぜかこう変換される。なんでも人口比較にしてしまうのが私の悪いクセ、お許しを。
市同士では日向市(62,225人)⇔向日市(53,572人)が最優秀近似値賞。(と言ってもこのペアしかないが・・・)
町と村の組み合わせになると、長野県川上村(4,756人)⇔北海道上川町(4,308人)が立派?。
でも安心すること無かれ!
十勝総合振興局上川郡(新得町・清水町)は16,081人、かたや釧路総合振興局川上郡(標茶町・弟子屈町)は15,955人。前者に対する後者の比率はなんと99.2%!

注1:人口は2013年10月1日現在推計人口
注2:2014年1月1日現在推計人口にすると、北海道上川町(4,275人)⇔長野県川上村(3,980人)と逆転。これは、川上村で高冷地野菜栽培に携わる中国からの研修生がいなくなるため。

[85132] 2014 年 2 月 24 日 (月) 15:31:06 いろずー さん
 さらば、ボートレース鳴門!!

昨日、ボートレース鳴門が休催宣言しました。
これから2年間は文字通り工事期間でスタンドの解体から津波対策を実施し
生まれ変わる期間でもあります。
個人的には鳴門には行けず天ぷら食べられなかったのが心残りです。
新スタンドに天ぷら屋が復活してくれれば御の字ですが…

さて、本題は違いますけど。
[85131]白桃さん
高崎駅〜横川駅が「信越」本線という名で残っているのも私にとっては不可思議です。「安中線」あるいは「峠の釜めし線」への変更では具合が悪く、「信越」の名で残す必要があったのでしょうけど。
う〜む、自分にとっては不可思議と言ってること自体不可思議やと思うのですが…
地元(特に今の高校生から下の世代)の人にとっては「信越?」な状況かもしれないけれど
自分は「名前を変えても地元の人(特に高齢者)にはやっぱり信越」という感じでしょう。
やはり北陸新幹線(現行は長野)開業の際相当悩んだように見えます。
JRの方針により軽井沢〜安中榛名が碓氷峠の代替になるのは分かっていたので泣く泣く現在の碓氷峠区間を廃止し分断されたため高崎横川間が「信越」本線として辛うじて残ったのです。
ニコニコで「迷列車」
しかしここに再び鉄道走らせようと地元の人がこんなHPを作りました。
こちらも参考にして下さい。

[85130]にまんさん
いつもNAVIの駅検索で、千葉県を選択すると「東京メトロ千代田線」が現れます
確かに千代田線は常磐線と乗り入れしてますからね。
実際千代田線・松戸でこんなサイト
前述の新松戸で検索したらしょっぱなからJR千代田と書かれたサイトもありました…。
いくらなんでもこれはやりすぎかと思われます。
以前唐木田に行った際常磐線のトラブルで「多摩急行 新宿」幕を見たことがあります(非常にレア!!)。

ところでなんですが私がJR東日本のスタンプラリーをやっていた頃
亀有→北千住→三河島と書いてありましたが「亀有の次は綾瀬やろ」
なんで綾瀬だけスタンプないのかな…と感じながら集めていたことを思い出しました。

確かに共同利用駅なのはわかりますが
その駅だけスタンプの対象外というのは正直いかがなものか?

[85131] 2014 年 2 月 24 日 (月) 08:22:17【1】 白桃 さん
 路線は続くよどこまでも?

私は[85116]で路線名としての中央本線が“分断”されていることに関心を持ちましたが、分断路線の“親玉”はなんといっても信越本線ですね。高崎駅〜横川駅が「信越」本線という名で残っているのも私にとっては不可思議です。「安中線」あるいは「峠の釜めし線」への変更では具合が悪く、「信越」の名で残す必要があったのでしょうけど。

[85127]k-ace さん
8.いわゆる“平成の大合併”によって「山陽本線の駅」がある自治体数が減少したのは勿論、21世紀に入ってからは「山陽本線の駅」がある市町村は誕生していない。
→和木町に初めて出来た和木駅は2008年開業
「龍野市」が、「竜野駅」がある揖保川町を合併して出来た「たつの市」も該当すると言えるのではないでしょうか。

[85130] 2014 年 2 月 23 日 (日) 10:45:12 にまん さん
 東武日比谷線とJR千代田線

地元の話題が出てきたので、、

[85129] 伊豆之国 さん
もっとも、日比谷線との相互乗り入れが始まった当時、沿線の草加・越谷・春日部などを「日比谷線沿線」としていた宅地広告も見られたようで、「地下鉄との乗り入れで都心に直結」をうたい文句にした宣伝だったのでしょうか。
さすがに会社が違うので、正式な駅の案内等で使われることはありませんが、日常会話の中などでは、東海道線に対する京浜東北線のように、「各駅停車」を区別するために、日比谷線とか千代田線と言うことは少なくない気がします。

どちらも、複々線で線路が別で、ごくごく一部の電車を除いて地下鉄と直通運転していて、自社の都心側ターミナル方面に行きませんから、地下鉄との一体感が強いものと思われます。そして、自社の都心側ターミナル方面に行かないことを強調するためだと思いますが、車内放送でも、しつこいくらい「日比谷線直通」「千代田線直通」と言っています。

ちなみに、いつもNAVIの駅検索で、千葉県を選択すると「東京メトロ千代田線」が現れます。

[85129] 2014 年 2 月 22 日 (土) 22:56:26 伊豆之国 さん
 「京浜東北線」という路線は存在しない〜正式路線名と運行系統の乖離〜

[85108] 白桃 さんの書き込み以降、(JRの)「路線名と運行系統の違い・矛盾」の話題で賑わっていますが、私も遅ればせながらこの話題の「列車」に乗らせていただきます。
この件に関しては既に多くの方々が述べられておりますので、同様な内容については重複になるので省略しますが、例えば「東海道本線」という場合、一般には「東京駅を起点として、横浜・静岡・名古屋・京都・大阪などの各駅を経由して神戸駅に至るJRの一本の路線」(東京〜熱海はJR東日本、熱海〜米原はJR東海、米原以西はJR西日本の管轄)として理解され、「戸籍上の東海道本線」に含まれている品川〜武蔵小杉〜横浜間の横須賀線・湘南新宿ラインが走る旧貨物線「品鶴線」や、大垣〜美濃赤坂間の支線(時刻表ではこの区間も「東海道本線」となっているが、「(美濃)赤坂線」と通称される)、「横浜新貨物線」などいくつかの無名貨物支線などは含まれず、また京浜地域では「戸籍上の東海道本線」になっている部分の山手線・京浜東北線の区間も、いわゆる「東海道線」には含まれない、という認識をしている人が多いのではないかと思われます。そのために、有楽町とか大森などは正式には「東海道本線」の所属であるわけなのですが、「東海道(本)線有楽町駅」といわれると、違和感を覚える人が多いと思います。→京浜東北線は存在しない?(動画)

「路線名称と現実の運行系統のずれ」は、東海道本線に限らず各地の路線に存在します。例えば「関西本線」は、名古屋から四日市・亀山・奈良・天王寺を経てJR難波駅(旧・湊町)までの一本の路線(亀山を境に東側がJR東海、西側がJR西日本。無名貨物支線は含まず)を指しますが、実際には近代化の遅れと近鉄の圧倒的な輸送力に太刀打ちできなくなったこともあって、この区間を直通する列車はとうの昔に消えており(東海道新幹線開業前にあった東京〜湊町間の夜行急行「大和」が最後?)、現実の運転系統に照らし合わせると、「関西本線」は3路線に分割し、名古屋〜亀山間は紀勢本線に編入、大阪の通勤路線区間に入る加茂〜奈良〜JR難波間は通称として使用されている「大和路線」を正式名称に、そして非電化のまま残されている山越え区間の亀山〜加茂間は「JR伊賀線?」とでも呼ぶのがより適切であるような気がします。山陰本線も、全線を通して走る特急が姿を消して久しく、やはり路線の改良の遅れもあって、例えば出雲地方では伯備線経由で岡山に出て新幹線に乗るルートが一般的になるなど、現在では一本の路線としての機能を失い、運転系統も次第に細分化され、今では現実には「丹波線」「鳥取線」「出雲線」「長門線」…など七つ八つの細切れ路線に分解されしまいそうな気がします。

「JRの路線名称を、現実にあわせて改めてみては」ということは、[84064]で紹介した、昭和47年に出版された「たのしい時刻表」(清水晶氏著)の中で取り上げられていますが、この落書き帳でも記事番号7000番代の頃にかの「伝説の人物」の一連の書き込みがあり、いくつかレスも出ていました。→路線名に物申す
しかし、実際問題としては、ましてや路線名称一つ変えるというだけでも相当な出費を伴う上、正式名称を運行系統にあわせて変更するとなると、利用客や現場の混乱以外に、場合によっては「幹線と地方交通線」の区分変更が出て、「地方交通」に格下げとなって値上げとなる区間も多く出そうです。現状のままでも、この区分ができた「民営化前夜」の時代からももう30年もの歳月が流れており、その後の「鉄離れ」や「少子化による通学生減少」などといった現実に鑑みると、それだけでも「幹線」から「地方交通線」への格下げ必至と思われる路線がかなりありそうで、ましてや「路線名を現状に合わせて改める」となると、例えば前述の関西本線分割となった場合、真ん中の「JR伊賀線?」などは存廃の危機に立たされる恐れもありそうです。先のJR分割民営化の際、路線の存廃の基準を「路線名称単位」としたために、その「路線名称」のために実際の輸送量から見ると当然廃止は必至と見られるような路線が残ったり、逆に実際の運行系路上は他の幹線の一部をなしているのにもかかわらず、その路線内だけの輸送量から廃止対象とされてしまった路線がありました。後者の例としては、第三セクター「伊勢鉄道」に転換された伊勢線が典型的ですが、前者の例としては、近隣の旧産炭地路線の多くが消えたにもかかわらず「函館本線の無名支線」だったためにJRになっても残っていた「上砂川線」や、同様に炭鉱の閉山で空気輸送同然になっていた美祢線の「大嶺支線」といった例がありました。これらの路線は、JRになってからも生きながらえたものの、現実の状況から見ればやはり到底存続は無理な路線であり、結果的にはいずれも廃線という運命になったのは至極当然でしょう。やはり「路線名のいたずら」で残った江差線の末端部も、人口減少による利用者激減に耐え切れず、廃線になることが決まりました([81810],[83173] 山野 さん)。

「現実の運行形態に即した路線名変更」は、もちろんJRに限ったことではなく、私鉄にもあり、実際にいくつか行われてもいます。東急目蒲線の「目黒線」「多摩川線」への分割などは、路線名そのものの変更ですが、東武伊勢崎線の久喜(東武動物公園?)以南の「スカイツリーライン」(私はこの名称にどうにも違和感を禁じ得ず、なじめないのですが)などは、単なる愛称名であり、正式名称は「伊勢崎線」のままであるようです。伊勢崎線の実情から見ると、数年前から久喜・太田で系統分割されており、かつてあった浅草〜伊勢崎間の直通準急も消えた今、現在ではかろうじて特急1往復のみが全線を直通しているだけなので、「伊勢崎線」の名称が実情に既に合わなくなっているのは致し方ないのでしょうか。もっとも、日比谷線との相互乗り入れが始まった当時、沿線の草加・越谷・春日部などを「日比谷線沿線」としていた宅地広告も見られたようで、「地下鉄との乗り入れで都心に直結」をうたい文句にした宣伝だったのでしょうか。

[85128] 2014 年 2 月 22 日 (土) 22:16:30 hmt さん
 JRの路線名(2)京浜東北線

[85124] デスクトップ鉄 さん
各社の公告や通達を記載した「社報」が非公開なので、【JR運行系統についての規程を】調べることができません。
(中略)
国鉄時代に運行系統名は公式に定められたものではなく、JRになった現在も同じではないかと思います。

ありがとうございます。国鉄時代にもJRになってからも、運行系統名には非公式的な要素があるということでしょうか。

典型的な系統名である「京浜東北線」 (中略)と書かれていますが、「京浜東北線」という用語は使われていません。

鉄道省編纂 汽車時間表 昭和9年12月号には、“大宮・東京・桜木町間(東北・京浜線)(電車)”と記されていました。
この表記は、第二次大戦の前後に及ぶ かなり長期間使われたようで、少なくとも 日本国有鉄道監修 時刻表 昭和27年12月号 でも確認することができます。
間に中黒を挟んだ表記は、昭和30年か その少し前の私の記憶にもあるのですが、それは誤乗防止のため茶色の電車のドア上に掲げられていた「京浜・東北」のプレートでした[38388]。上記時刻表から間もない時期なのですが、順番が逆です。記憶違いか?

東海道本線の全線電化完成と同日である 1956(昭和31)年11月19日、田町・田端間の電車線4線化による山手線との分離運転開始。これにより、現在とほぼ同じ形の「京浜東北線」が出来上がりました。

出典は示されていませんが、Wikipediaにも“1956年11月19日から京浜東北線に改められた。”と記されています。

“現在とほぼ同じ形”と書きましたが、根岸線開業(1964)に伴う変更や日中の快速運転(1988)など、その後も運行系統の変更はあるのですね。

京浜東北線に深入りしたついでに、その名が付けられるより前、「京浜間鉄道」に関する過去記事を紹介して置きます。

最初に紹介しておきたいのは、[80215]でリンクした 100年以上の品川海岸 鉄道写真 です。
列車が走っている東海道本線【もちろん貨客兼用】上り線よりも手前にある線路が、明治32年12月25日に開通した市街地用ローカル列車専用線、つまり後の「電車線」の前身です。京浜間列車と山手線からの乗入列車が使っていました。

この写真では まだ複線化用地を残した単線で 架線も写っていませんが、明治42年には 烏森停車場(現在の新橋駅)ができて、山手線は電車運転になります。
そして、京浜間ローカル列車も、頻繁運転の競合路線・京浜電気鉄道出現(1905年末 品川〜神奈川間全通)に対抗し、東京〜横浜(高島町)間で 本格的な高速電車専用線による運転 を開始することになりました。

鉄道院によるこのプロジェクトは、大正3年(1914)12月18日の中央停車場(東京駅)開業式典に合わせて、第一次大戦の凱旋将軍を電車で送り込むという 華々しい演出により完成を祝う予定でした。
この演出自体は無事に行なわれたのですが、その後で 招待者を乗せた電車が横浜までの間で、初期故障で立往生という失態を演じる逸話を残してしまいました[39140]

[85127] 2014 年 2 月 22 日 (土) 21:02:37【2】 k-ace さん
 山陽本線の場合、大山崎町

[85111]白桃さんのを山陽新幹線、山陽本線でやると(但し、支線の和田岬線も含む)

1.「山陽新幹線の駅」がある市はすべて「山陽本線の駅」がある。
→大阪市、福岡市には山陽本線の駅は無い(山陽本線は神戸市の神戸駅から北九州市の門司駅まで)。
2.「山陽本線の駅」がある村がある。
→無い(1971年大畠村が町制施行し大畠町になり消滅。1973年和木村が町制施行して和木町になり消滅のほうが遅いけど、当時和木駅は無し)
3.「山陽新幹線の駅」がある市の中で一番人口が少ないのは山陽小野田市です。
→相生市
4.「山陽本線の駅」がある市の中で一番人口が少ないのは浅口市です。
→大竹市
5.「山陽本線の駅」がある町の中で一番人口が少ないのは里庄町です。
→和木町
6.「山陽本線の駅」がある町の中で一番人口が多いのは播磨町です。
→府中町
7.「山陽本線の駅」が一番多いのは広島市です。
→和田岬線含めて神戸市が10駅で単独。和田岬線除くと岡山市、広島市と同じ9駅。
8.いわゆる“平成の大合併”によって「山陽本線の駅」がある自治体数が減少したのは勿論、21世紀に入ってからは「山陽本線の駅」がある市町村は誕生していない。
→和木町に初めて出来た和木駅は2008年開業
(以下無意味でしょうが、間違いなしで一応対応しておきます)
9.「山陽本線の駅」がある市の中で、十番目に人口が多いのは加古川市です。
10.「山陽本線の駅」がある町の中で、五番目に人口が少ないのは上郡町です。

[85111]白桃さん
6.「東海道本線の駅」がある町の中で一番人口が多いのは函南町です。
いっときは函南でしたが、現在は幸田町です。
これは大山崎町が出てきた人(参考→[50182] 2006年4月1日 たもっちさん、[50202][51173]白桃さん)。いや実際は函南町じゃないと、垂井町、幸田町、湯河原町、二宮町、大磯町あたりかと。幸田町でしたか。

[51221] 2006年5月7日 たもっちさん
大山崎町の人口は、残念ながらこれからもしばらくは微減傾向が続くのでしょうね。巻き返すチャンスがあるとすれば、阪急の新駅設置でしょうが、2010年には間に合わないでしょう。
ところで、新駅が実現するのかは未だ不透明だと思いますが、周辺の住宅地の広告の中には、堂々と「新駅設置予定」等と記載されているものが既に見られます。後で訴えられるようなことにならなければいいのですが。
その新駅である「西山天王山駅」(但し所在地は長岡京市)の開業は昨年2013年12月21日。たもっちさんの記事の7年7か月後のことでした。その西山天王山駅の東口と京都縦貫自動車道の高速長岡京バスストップがエレベーターで直結しています。
参考(PDF)

[85126] 2014 年 2 月 22 日 (土) 16:44:24 のこ さん
 ふじみ野市

ちょいとお尋ねします。
ふじみ野市って駅名由来ですかね?
しかも市域外の。

もしそうだとしたら、他に域外対象物を由来にした市町村名ってありますか?

[85125] 2014 年 2 月 21 日 (金) 23:35:18 オーナー グリグリ
 .nagoya ドメイン先行登録開始

日本初の地名ドメインとして、「.nagoya」名古屋ドメインの先行登録が本日から開始されました。どんなドメインが想定されるでしょう。楽しみです。私は、北名古屋市の公式ホームページのドメインが、「kita.nagoya」になることを期待しています。

[85124] 2014 年 2 月 21 日 (金) 21:49:21【1】 デスクトップ鉄 さん
 運行系統名の位置づけ

[85120] hmt さん
では 運行系統については、どのようなルールがあるのか?
JR各社の社内規程で定められていると思うのですが、私にはこれがわかりません。
JRになってから、各社の公告や通達を記載した「社報」が非公開なので、調べることができません。国鉄時代の運行系統の扱いについて、「日本国有鉄道百年史」などで調べてみました。

典型的な系統名である「京浜東北線」を百年史の索引で探すと、「京浜東北線電車運転」がありました。第9巻p295の「大都市周辺における電車運転の発達」という項目で、上野・神田間の高架線が開業し、
大正14年11月1日には電車運転が営業開始されたが、これより中央線電車は東京止り、山手電車は東京・渋谷・上野・東京と環状運転となり、京浜電車は東京から上野まで延長され、同時に東北本線東京・秋葉原間の複線、秋葉原・上野間の3線が開通した。(中略)東北線の電車は逐次北方に延長され、(昭和)7年9月には大宮まで開通した。
と書かれていますが、「京浜東北線」という用語は使われていません。

1956(昭和31)年11月19日、田町・田端間の線路増設により山手線と京浜東北線の分離運転を開始しました。この記事を探すと、第13巻p853に
山手線は従来、田町・田端間(11.7キロメートル)を京浜東北線と共用していたが戦後の復興に伴って生じた急激な輸送需要に対処するため、昭和24年分離工事に着手した。
と、運行系統名としての、山手線、京浜東北線が登場します。しかしこの線路増設、分離運転に関する国鉄公示はありません。東海道本線と東北本線の線増だけで、線路名称の変更がないからでしょう。同じ11月19日に、日田線(現在の日田彦山線)のルート変更がありましたが、こちらは11月13日付公示407号で、
日豊本線城野・日田線石田間短絡鉄道線の新設に伴い、日田線東小倉・石田間の旅客運輸営業の廃止、日豊本線城野・日田線石田間の旅客運輸営業の開始その他について次のように定める。
と公示されています。一部に当たっただけですが、国鉄時代に運行系統名は公式に定められたものではなく、JRになった現在も同じではないかと思います。

その中で、運行系統名が公式に使われている例が一つあります。旅客営業規則87条の「東京山手線内」です。「山手線内の駅と東京駅から100キロ超200キロ以下の駅との運賃は、東京駅からの営業キロで計算する」という規定ですが、この「山手線内」は線路名称ではなく運行系統の山手線で、山手環状線とその内部の中央線、総武線にある駅をいいます。

「東京山手線内」は、1972年9月1日の旅規改定で「東京電車環状線内」から変更になったものですが、知名度の高い山手線の名前を採用したのでしょう。

[85123] 2014 年 2 月 21 日 (金) 17:09:21 白桃 さん
 鉄道駅数と人口

JRの路線等に関する私の素朴?な疑問に対し、その道のオーソリティやエキスパートの方がご登壇いただき、わかりやすくお教え下さったことに感謝申し上げます。おかげで、大変勉強になりました。
ここで、自分自身の頭を整理するために疑問発生源の書き込み[85108]に戻ってみます。
・文中の「東海道本線の駅」とは、東京駅〜神戸駅の本線上にある文字通り東海道本線の駅のことであり、支線上にある「駅」は含みません。(他路線の「所属駅」であっても本線上にあれば、「東海道本線の駅」とします。)
私の言う「東海道本線の駅」とは、支線(通称=品鶴線)にある新川崎駅は含みません。
それに対して、金山駅は中央本線の所属駅ではありますが、東海道本線上にありますので、「東海道本線の駅」とするのです。
正直申し上げまして、“鉄道路線”毎にその路線上にある駅を持つ市町村の人口比較をしたくて書いた単純な記事が、自分の頭を混乱させるとは思ってもいませんでした。
中でも驚いたのは、名鉄犬山線の起点?は「駅」じゃなくて「枇杷島分岐点」だなんて!!!

あまり深入りすると危険(?)なので、ちょっとだけ別路線に乗り換えて復習。
JRの駅が一つで人口最多の市は、ハイ、所沢市です。
鉄道駅が一つで人口最多の市は、ハイ、平塚市です。
JRの駅が無く、私鉄の駅が一つで人口最多の市は、は〜い、東久留米市・・・
JRの駅が無くて人口最多は豊田市、鉄道駅が無くて人口最多は沖縄市。

[85122] 2014 年 2 月 21 日 (金) 12:32:33 むっくん さん
 市区町村変遷情報(高知県)(続編)

[84199]グリグリさん

以前[84181]拙稿にて
高知県での町村廃置分合を記載した県令第30号(M22.3.4)の実物を参照できないので確たることは言えないのですが、高知県においても、市制町村制施行のM22(1889).4.1に先立つM22(1889).3.31に廃置分合が行われたと考えられるのではないでしょうか。
と書きました。

今回県令第30号(M22.3.4)を見付けました。そこでは確かに
高知県令第三十号 明治廿二年三月四日
本園三月三十一日ヨリ県下各町村ノ内分合名称別紙之通相定ム

(別紙)
土佐郡高知
 追手筋
(後略)
とありました。

高知県においても、市制町村制施行のM22(1889).4.1に先立つM22(1889).3.31に廃置分合が行われたことが明白となりましたので、市区町村変遷情報(市制町村制施行時の情報)(高知県)への反映、そして市区町村変遷情報での説明文
市制町村制施行時の情報には、市制町村制施行直前に行われた、1889年(明治22年)3月1日の静岡県での廃置分合等、並びに、1889年(明治22年)3月31日の宮城県、茨城県、千葉県および神奈川県4県での廃置分合等についても、市制町村制施行と不可分の情報であることから、一覧に加えています(落書き帳記事[78760]参照)。
の更新をよろしくお願いします。

ただし、高知市に限りましては[84184]hmtさんにありますように
静岡市に関する彙報を参照して読めば、前日の合併で形成されたのは「高知市(となるべき)区域」であり、「高知市」そのものではないのでしょう。水戸上市・水戸下市から市制前日に作られた「水戸」のように、「市」を付けずに呼んだ方が間違いないと思います。
として置くのがよいものと考えられます。

#この県令第30号は、掲載されている高知県処務提要(上巻)(編・出版:桧垣直枝、M35.5.__)の序文によりますと、明治34年10月1日までの廃置分合が反映されているとのことです。また、県令第30号の後半部は欠落しています。

[85121] 2014 年 2 月 21 日 (金) 08:40:36 inakanomozart さん
 静岡市は雨でした

[85103] futsunoおじさん
今回降雪のあった太平洋側の多くの都市はこの1週間あまりだけでこの降雪量に達したわけで大雪のすごさが目立ちます。
なお県庁所在地の値で全体を把握できるわけではありませんがひとつのやり方と大目に見てください。
(県庁所在都市のデータがない県は近くの地点のデータを使用しました。データは西日本の各県では県庁所在地のみといった場合が多く、また静岡県・宮崎県・沖縄県ではデータが全くありません。御殿場市などでは大量の降雪があったようですが。)

静岡県は、富士山麓方面の県東部を除き宮崎県などと並んで雪が少ない地域で、特に県中部から西部にかけての平野部ではめったに雪は降りません。
年に数回、短時間降る雪も遠くの南アルプス方面からもたらされる風花(かざはな)であることが多く、積もるような雪ではありませんから、積雪を観測するのは10年に1回あるかないかです。

各地に大雪を降らせた今回の南岸低気圧の接近でも、静岡市内の平野部では雨でした。
(同じ静岡市内でも中心市街地から50キロほど北の山間部、旧井川(いかわ)村などは豪雪地帯に指定されているくらいですから、もちろん大雪で、今回の雪害では集落の孤立などが報道されていました。)

余談ながら、静岡市の中心部にある商店街では富士山の日に当たる2月23日に、富士山麓から雪を運んで子どもたちに喜んでもらおうという計画があるようです。

[85120] 2014 年 2 月 20 日 (木) 23:52:59【2】 hmt さん
 JRの路線名(1)「駅が所属する路線」と「列車の運行系統」

[85111] 白桃さん
いろいろ調べましたら、有楽町駅、田町駅、蒲田駅なんかは「東海道本線の駅」らしいのですが、私はそうではないと思ってました。だって、東海道線各駅停車は、これらの駅には停まることはないのですが・・・

JRの路線名に関するスレッド。この分野では大御所の デスクトップ鉄さん も登場。
この機会に、最も素朴にして かつ的確と思われる 上記の疑問から出発して、私なりに問題点を整理してみます。
JR各社内の取り扱いなど、よくわからない点も多いのですが、皆さんに教えていただき理解を深めたいと思います。

前記の引用文では“東海道本線の駅”と“東海道線各駅停車”とが使われていました。
前者の“東海道本線”は、「駅が所属する路線」を指していました。
後者の“東海道線”は、「列車の運行系統」を指していました。
第1のポイント。駅が所属する路線なのか、列車の運行系統なのか?
第2のポイント。東海道本線なのか、東海道線なのか?

最初に JR東日本のサイト 駅・鉄道/旅行・観光 により、当事者の使い方を調べます。
有楽町駅を検索すると、“所属路線 京浜東北線,山手線”と記され、東海道本線や東海道線に所属するとは記されていません。
また、駅情報検索 を見ると、“路線名 東海道本線 区間 東京〜熱海 駅数 21”とあり、東京 新橋 品川…が列挙されています。

JR東日本の旅客に対する案内では、「東海道本線」となっています。
そして、有楽町駅が これに該当しないことから、列車の運行系統の意味 で使われていると理解できます。

では、東海道線という言葉は使われていないのか?
サイト内を検索すると、“東北縦貫線の整備により、…各方面から東海道線東京・新橋・品川方面への直通運転…”のような 鉄道建設プロジェクト の記事がありました。どちらの意味で使われているのか迷います。
また、東海道線新橋駅改良工事の着手について と題する記事もありました。こちらは、明らかに特定の運行系統に関する記事ではなく、新橋駅が所属する路線を指しているものと理解されます。

もちろん、新橋駅の所属する路線は東海道線グループ内の「東海道本線」なのですが、現実には、これを省略して「東海道線」と呼ぶことが多いようです。
正式名称の「東海道線」は、東海道本線の他にも、山手線以下多くの支線を従えた一大グループを意味するのですが、現実には、この正式な使い方がされる例は稀でしょう。

JR東日本サイトの現状から、運行系統の表記は東海道本線であり、東海道線は 駅の所属路線を示すのに 東海道本線の省略形として使われている 可能性が大きいように思われます。

なお、冒頭の[85111]引用部分“東海道線各駅停車”は、JRに従えば おそらく“東海道本線普通列車”になると思いますが、一般人にとっては、運行系統の場合にも「東海道線」という省略形を使うのは、普通のことです。
また、東海道本線の普通列車は、プラットホームが設けられていない 有楽町など多くの駅を通過しますから、“各駅停車”という言葉を使っていないと思います。

このような現状認識を得た上で、制度がどのようになっているのかを検証します。

鉄道国有化よりも少し後の 鉄道院時代に定められた 国有鉄道線路名称 [80065][85118]
これが国鉄時代に「駅が所属する路線」を示す名称の根拠でした。
ここでは、東海道線の部の中に東海道本線・山手線・…福知山線があるという2段階の呼び方を採用しており、東京〜神戸間の線路名称の正式な呼び方は、「東海道本線」になります。
そして 運行系統の中で、これに合致しているものは、例えば東京〜小田原間の区間列車であっても、これを 東海道本線 と呼ぶことも自然に行なわれます。

一方、東京〜横須賀間の列車は、昔から大船を境に東海道本線と横須賀線とを直通していました。現在の東京側は 品鶴線と通称された旧貨物線を使ったり、総武本線と直通する地下線になっていたりと専用の別線になっていますが、昔は東海道本線の列車と同じ線路を共用していました。それでも運行系統は、独自性のある支線の名を用いた「横須賀線」が使われていました。
最近では、横須賀線逗子発着列車の一部は、山手線(旧貨物線)新宿経由で 宇都宮方面に直通しており、その経路から 湘南新宿ラインと呼ばれる運行系統の 一変種を作っています。

路線名(線路名称)や駅の所属が ある程度固定的なものであるのに対して、運行系統は、その時代の求めに応じて 自在に変化します。
板橋駅に関して「線路名称」赤羽線と「運転系統」埼京線との混乱を生じた折に、次のように書いたことがあるので、古い記事ですが紹介しておきます[38397]
「線路名称」を本籍、「運転系統」を現住所になぞらえると分りやすいでしょう。

[85119]で示された譬えである「資産的」と「営業的」も、同じ趣旨の発言と思います。

では 運行系統については、どのようなルールがあるのか?
JR各社の社内規程で定められていると思うのですが、私にはこれがわかりません。

[85119] 2014 年 2 月 20 日 (木) 19:58:13 NTJ会長 さん
 ややこしくないや。

[85111] 白桃さん。
[85108]を書き込んだ後、いろいろ調べましたら、有楽町駅、田町駅、蒲田駅なんかは「東海道本線の駅」らしいのですが、私はそうではないと思ってました。だって、東海道線各駅停車は、これらの駅には停まることはないのですが・・・詳しい方お教えください。
他の皆さんが詳しい説明をしてますが…逆に概念的な大雑把な説明を。

『路線名』
「道路の名前」みたいなもの。
直通で走るような車がほとんど皆無でも、国道16号線の名前が分割されないのと同様です。

『系統名』
「高速バスの路線名」の親類みたいなもの。
横浜発京都行きの夜行バスは、東名高速の全線は走りませんし、名神なんかも経由しますが、名称は「東名高速夜行バス」で違和感ないですよね?

『中央本線』とか
建設時は、「直通で走らす」予定だったのが、今は必然性が無くなっちゃった〜と、考えて頂ければ。
系統が細分化されても、道の名前の分断はしませんよね。

・・・もっと簡単にします。
『路線名』資産的な単位の名称。
 「白桃ビル」みたいなモノです。
『系統名』営業的な単位の名称。
 「白桃ビル管理会社」と「白桃人口研究所」と「居酒屋しろいもも」は別営業でも、同じ「白桃ビル」に入ってる、みたいなモノです。


〜なーんて具合に説明しないと、鉄分の少ない人には、中々理解して貰えないモノなんですよねぇ(^^;

[85118] 2014 年 2 月 19 日 (水) 20:24:41【1】 デスクトップ鉄 さん
 Re: ややこしや・・・

[85116] 白桃 さん
路線名としての「中央本線」というのは、神田駅〜代々木駅、新宿駅〜(塩尻駅)〜名古屋駅、と分断され、しかも金山駅〜名古屋駅は東海道本線と重複している、ということですか?
なぜ、こんなにややこしいことになっているのでしょうか?
路線名が体系化されたのは、1906-07年に17の主要私鉄を国有化した後、1909年10月13日、鉄道院が「国有鉄道線路名称」として公示したのが始まりです。東海道線の部・東海道本線、横須賀線のように部と線の2段階呼称方式でした。新線開業などの都度改定され、1987年4月の分割民営化まで官報にも国鉄公示として掲載されてきました。

分割民営化によってJRは他の私鉄とともに、鉄道事業法に管轄されることになりました。鉄道事業の免許(その後「許可」に変更)を受けるには、「事業基本計画」を提出することが義務付けられていますが、旧国鉄路線を承継したJR各社は、その時点の営業路線を「事業基本計画」として届けることにより免許が与えられました。その営業路線のリストは、1981年3月11日公布の「日本国有鉄道経営再建特別措置法施行令の別表第一」の路線・区間名が使われました。これは従来の線路名称と次の点で異なっていました。
・部線の2段階呼称でなく、線名の五十音順に並べ、本線も外した。
・東京駅からの距離が短い駅を起点としたため、いくつかの路線で起終点が逆転した。
「鉄道要覧」に記載されているJRの路線・区間は事業基本計画に基づくもの(ただし五十音順でなく、従来の部線順)です。これとは別に、JR各社は国有鉄道線路名称を継承した独自の線路名称をもっていますが、JR四国は線路名称からも本線を外しました。

この事業基本計画で、国鉄時代の二重戸籍区間が解消され、○を付した路線の区間になりました(南四日市・河原田間も、関西本線と伊勢線の二重戸籍だったが、直前3月27日の伊勢線の伊勢鉄道移管により解消)。
苗穂・白石○函館本線千歳線
山形・北山形○奥羽本線左沢線
東京・神田○東北本線中央本線
代々木・新宿○山手線中央本線
南福井(貨)・越前花堂○北陸本線越美北線
天王寺・新今宮○関西本線大阪環状線
佐古・徳島○高徳本線徳島本線

この結果、中央本線は代々木・新宿間で分断されることになったわけです。代々木・新宿間は二重戸籍のまま残してもよかったと思います。その後1989年7月、東海道本線に金山駅が設置され、金山・名古屋間が重複区間になったのですから。

だいぶ前にJRの運送約款である「旅客営業規則」を見たときも、前項を全否定するような「特例」が多くて他の約款とは書きぶりがかなり違っているな、という感想を持ちました。度重なる“継ぎ足し”が原因だと思うのですが、素人の私にとってJRのルールというのは無理やりややこしくしている、としか思えません。
こちらはもっと複雑です。おっしゃる通り、1958年10月全面改定の旅客営業規則に継ぎ足しを重ねていることも理由ですが、遠距離逓減運賃と途中下車原則自由を基本とする日本の旅客運賃制度が世界的にみるとかなり特殊なことによるところが大きいと思います。

[85117] 2014 年 2 月 19 日 (水) 16:39:57 hmt さん
 土地造成により生まれた村(1)熊本県八代郡郡築村

[85102] むっくん さん
…、大潟村、郡築村、 藤田村、…

熊本県八代郡郡築村は 知りませんでした。
変遷情報を見ると、1909年誕生。その後 戦時合併により 一旦は 八代市の一部になった ものの、1950年に 分立し、昭和合併で また 八代市に編入と、なかなか複雑です。

このような変遷履歴を知ると、更に詳しく知りたくなります。
図書館で開いた平凡社『熊本県の地名』。なんと索引に郡築村なし。八代市の中に 記事がありました。
昭和18年に郡築村を併合したが、終戦後の米穀供出の割当をめぐって政治問題に発展し、昭和25年に八代市から離脱して独立。昭和29年に八代市が隣接3村編入後、再び郡築村を合併。

ここで、逗子町[37958]のように 戦時に強制的に合併させられた町村が 戦後に独立を回復するために、臨時に作られた特別措置[80415] を思い出しました。
過去記事を探ると、郡築村も 確かにこの制度を利用して独立できたのでした[80419]

明治42年郡築村になる前の「郡築新地」は 明治37年に完成しました。以下は、角川の『日本地名大辞典』の説明です。埋立と書いてありますが、築造手段は 干拓を含んでいると思われます。

地名は八代郡によって築造された新地であることにちなむ。当時の八代郡民の福祉の増進を図り、郡有財産創出のため 郡独自の築造が行なわれた。明治33年12月埋立工事に着手。途中工事難航による郡会の解散や工事責任者の総辞職もあったが、明治37年2月はじめての潮止め、同年12月竣工。

法律「郡制」を根拠とする「自治体としての郡」により実行された 積極的な経済施策には、改めて驚きました。
余談ですが、1896年創業の郡是製絲(グンゼ)の社名[84107]も、生糸関連産業の振興という“京都府何鹿郡の方針”に由来しています。こちらは 郡制施行(1899)より少し前ですが、民間を含む当時の人々にとり、「郡」という地域共同体が大きな存在であったことを示しています。
形だけを住所表記に残す 現在の「郡」とは、雲泥の差があります。

また郡築村については、、『八代郡誌』を引用して、次のようにも記されていました。
--------------------
明治42年4月 一村を形成し郡築村と命名せり。茲に於て始めて村制を布き…村内の区画を…12区に分ち、各区に区長を設け、私立の学校を廃して公立となす等、自治機関概ね完備せり
--------------------

ここで、戦後の八郎潟干拓工事の進捗状況を、明治末期の郡築干拓と比較してみます。
八郎潟干拓は、面積が郡築の十数倍【注】という規模の違いもありますが、はるかに長期間でした。
【注】
郡築干拓地は、概ね東西2km・南北5kmで 1000ha。八郎潟中央干拓地は、第一期(1972)+第二期(1976)合計で 15666ha。

そして 注目すべきは、大潟村設置の昭和39年10月1日時点での 現地の状況です。

堤内の水を徐々に排水し、比較的水深が浅い八郎潟西部の湖底が姿を現したのは、昭和39年9月でした。
大潟村の設置はその直後ですから、陸地化が始まったばかりの頃です。
陸地化が完成し、入植者を受け入れ、自治機関もある程度整備された後に設置された郡築村とは、村の設置時期に大きな違いがありました。

明治37年陸地化が完成した郡築新地【八代郡事業】→明治42年自治機関整い郡築村発足
昭和39年陸地化開始時での大潟村設置【国営事業】→昭和51年公選村長就任[85087]

未熟児どころか、やっと陸地の一部が水中から顔を出しただけの大潟村。
村は形式的には設置されたものの、この段階で「村制」と呼ぶのは違和感があります。

なお、郡築村の北側には、大正11年(1922)に県営南新地が完成し、昭和3年(1928)に昭和村 として独立しています。
既に「自治体としての郡」は機能を停止しており、干拓事業も県営になっています。

南新地造成海域は千丁村地先であったために、陸地化後は 千丁村の一部になったようです。従って 昭和村は、名目上「千丁村からの分立」という形で処理されています。
しかし 実務的には、千丁村の行政は陸地化後の入植地に及ばず、県営事業として管理されていたものと考えます。

[85116] 2014 年 2 月 19 日 (水) 09:01:56【1】 白桃 さん
 ややこしや・・・

[85115]デスクトップ鉄 さん
東京・神田間や代々木・新宿間などの国鉄時代の重複区間は分割民営化時に解消しましたが、この3例は、その後片方の路線にも駅ができたため、重複区間になったものです。
3箇所の例外を教えていただきありがとうございます。
また、路線名としての「中央本線」というのは、神田駅〜代々木駅、新宿駅〜(塩尻駅)〜名古屋駅、と分断され、しかも金山駅〜名古屋駅は東海道本線と重複している、ということですか?
なぜ、こんなにややこしいことになっているのでしょうか?
だいぶ前にJRの運送約款である「旅客営業規則」を見たときも、前項を全否定するような「特例」が多くて他の約款とは書きぶりがかなり違っているな、という感想を持ちました。度重なる“継ぎ足し”が原因だと思うのですが、素人の私にとってJRのルールというのは無理やりややこしくしている、としか思えません。

[85115] 2014 年 2 月 18 日 (火) 23:41:50 デスクトップ鉄 さん
 路線名

横から失礼します。

[85114]白桃 さん
連続するA駅〜B駅には複数の系統名があっても、路線名は一つしかない、ということでしょうか。
原則はそうですが、3か所例外があります。
金山・名古屋(東海道本線、中央本線)
今宮・新今宮(大阪環状線、関西本線)
小倉・西小倉(鹿児島本線、日豊本線)

東京・神田間や代々木・新宿間などの国鉄時代の重複区間は分割民営化時に解消しましたが、この3例は、その後片方の路線にも駅ができたため、重複区間になったものです。

ぐるり廻るは山手線〜の「山手線」は系統名であって、路線名の「山手線」はぐるり廻ってはいない、ということですね。
そうですね。路線名の山手線は、品川・田端間です。

[85114] 2014 年 2 月 18 日 (火) 21:02:15 白桃 さん
 ぐるり廻らない山手線と私の頭の中

[85112]播磨坂 さん
路線名と系統名
やさしく説明していただきありがとうございます。
最近(でもないか)、頭のマワリが悪くなって、何度か読ませていただくうちにようやく理解できました。
たとえば、連続するA駅〜B駅には複数の系統名があっても、路線名は一つしかない、ということでしょうか。
♪ぐるり廻るは山手線〜の「山手線」は系統名であって、路線名の「山手線」はぐるり廻ってはいない、ということですね。

[85113] 2014 年 2 月 18 日 (火) 20:32:51 いろずー さん
 東海道線・鉄道唱歌から思うこと

[85111]白桃さん
例として鉄道唱歌・東海道編の歌詞を載せました。

「 4. 梅に名を得し大森の すぐれば早も川崎の
大師河原は程ちかし いそげや電気の道すぐに」

歌詞に出てくる大森は京浜東北線の駅ですが
れっきとした東海道線の駅として歌われていますね。

ここからは恒例のWikipedia先生&いろずーの頼りない?補足で。

東海道線:列車線を通る中距離列車。当時は湘南電車と呼ばれてた。なお、いろずー的にそれが現在の113系の事かどうかは定かではない。
横須賀線:逗子・横須賀方面へ向かう列車。1980年に独自のルート運行となりその影響で武蔵小杉も出来た。なお、引退した車両(何系かわからない)のスカ線カラーは不動の人気だった。
遭難新宿ライン:湘南新宿ラインのこと。横須賀線・東海道線&宇都宮線・高崎線方面から新宿・渋谷方面を結ぶ列車。ただししょっちゅうトラブルをおこし場合によっては行き先がわからなくなるので実質首都圏在住厄介者の「遭難顰蹙」ラインである。この前もドカ雪で真っ先にこの路線がウヤ(運休)ってた。
京浜東北線:東京横浜間の電車線で運行される近距離列車。大森などはこの駅になる。 なお、本来根岸線の駅である桜木町を「京浜東北線・桜木町」と表記されることもある…かもしれない。

ここからはJR西日本
東日本と違い時間・区間において使い分けされている。それが仇となる時が…

琵琶湖線:東海道線米原〜京都間の愛称
京都線:東海道線京都〜大阪間の愛称
神戸線:東海道線大阪〜神戸及び山陽本線神戸〜姫路間の愛称
他にも福知山線と言われる路線が宝塚線、JR東西線などがある。

実際「神戸線・加古川」を前述にもあった「京浜東北線・桜木町」みたいに言うケースが日常茶飯事のようです。このケース福知山線脱線事故の際関西マスコミがこぞって「宝塚線」と報道したそうです。
実際自分も垂水で「神戸線から山電乗らなきゃ某駅まで安く行けない…」と何度言った事か。

と、いうことでますます正しい終点を答えられない人が多くなりそうです…。

[85112] 2014 年 2 月 18 日 (火) 08:13:07 播磨坂 さん
 路線名と系統名

おはようございます。
答えられそうなネタなので反応してみます。

[85111]白桃 さん
[85108]を書き込んだ後、いろいろ調べましたら、有楽町駅、田町駅、蒲田駅なんかは「東海道本線の駅」らしいのですが、私はそうではないと思ってました。だって、東海道線各駅停車は、これらの駅には停まることはないのですが・・・詳しい方お教えください。

この辺りの路線名が分かりにくい原因は、東海道線という言葉が2つの意味を持っている点にあります。
結論を先に申しますと、東海道線には「路線名としての東海道本線」と「運転系統名としての東海道線」の2種類があるのです。
たとえば、東京駅から品川駅までの間は在来線の線路が8本並行して走っていますが(4複線)、これらは全て東海道本線(路線名)です。
そして、この4つある複線の各々を、山手線と京浜東北線と横須賀線と東海道線(これらは全て運転系統名)が運行しているというわけです。
従って、この区間にある有楽町駅や田町駅などは、山手線と京浜東北線の電車しか止まりませんが、確かに路線としての東海道本線上にありますから、東海道本線の駅ということになります。

なお、品川駅以南は、線路が4本に減りますが(複々線)、東海道本線(路線名)であることには変わりません。
この区間では、京浜東北線と東海道線(運転系統名)が運行していますが、蒲田駅には京浜東北線の電車しか止まりません。
しかし、同様に、路線としての東海道本線上にあるという点で、あくまで東海道本線の駅ということになります。

京浜東北線は電車線、東海道線は列車線とも呼称されますが、これは前者が横浜までの都市近郊輸送を任としているのに対し、後者が熱海までの都市間輸送を任としているという違いから来ているそうです(昔は電化区間が少なく、電車は都市近郊にしか走っていなかった)。
このような性格の違いから、停車駅にも違いが生じていると考えられます。

似たような例として板橋駅と十条駅があります。
埼京線の駅として知られていますが、池袋駅〜赤羽駅間の路線名は赤羽線でありますから、これら2駅は赤羽線の駅ということになります。
現在、赤羽線の名で運行している系統はありませんし、逆に埼京線という名の路線は存在しませんから、こちらも非常に分かりにくくなっています。


ここまで書いたのでついでに書きたいのですが、それは「東北縦貫線」についてです。
つい最近、「上野東京ライン」なる愛称も決まり報道されましたので、耳にされた方も多いと思います。

現在、上野駅〜東京駅間を結ぶ在来線は4本の線路しかありません(複々線)。元々はあと2本あったのですが、東北新幹線が上野駅から東京駅まで延伸した際に取り払われてしまいました。
この各複線上を山手線と京浜東北線が運行しています。ちなみに路線名は東北本線です。
これの何が問題かと申しますと、上野駅には山手線・京浜東北線の他にも常磐線・高崎線・宇都宮線と3系統も乗り入れているため、上野以南の線路が足りず、上野駅止まりを余儀なくされているという点です。
必然、これら3系統の乗客は上野駅で乗り換えることになり、上野駅・御徒町駅間の乗車率が200%で日本一などという事態もここに原因があります。

そこで出てきたのが、「東北縦貫線」構想です。
これは、上野駅〜東京駅間にかつてあった線路を敷き直すことで、これら3系統の東京駅乗り入れを実現し、更に、東京駅以南は東海道線(運転系統名)に直通しようという試みであります。
完成すれば、北は土浦や黒磯から南は熱海までの長距離運行が実現すると言われています。


以上つらつらと書きましたが、線路の数を数えたり、どの線路にどの系統が走っているかを考えたりするのも楽しいものですね。
私のこれらの知識も、湘南新宿ラインだとか山手貨物線だとか最初はわけがわからず調べた結果得たものであります。

[85111] 2014 年 2 月 18 日 (火) 00:11:30【1】 白桃 さん
 有楽町駅は「東海道本線の駅」?

[85109]いろずー さん
[85110]takashi さん
クイズにするつもりではなかったのですが、せっかくお付き合いいただいたので御礼を兼ねて説明させていただきます。
1.「東海道新幹線の駅」がある市はすべて「東海道本線の駅」がある。
これは大野バンボク氏が強引に造ったという岐阜羽島駅がある羽島市。ここには「東海道本線の駅」はありません。
2.東海道本線の駅」がある村がある。
これはありません。
3.「東海道新幹線の駅」がある市の中で一番人口が少ないのは米原市です。
熱海市が一番少ないのです。
4.「東海道本線の駅」がある市の中で一番人口が少ないのは菊川市です。
これも熱海市。
5.「東海道本線の駅」がある町の中で一番人口が少ないのは真鶴町です。
微差ですが、関ヶ原町。
6.「東海道本線の駅」がある町の中で一番人口が多いのは函南町です。
いっときは函南でしたが、現在は幸田町です。
7.「東海道本線の駅」が一番多いのは神戸市です。
静岡市には10駅あります。
8.いわゆる“平成の大合併”によって旧)清水市、旧)金谷町など「東海道本線の駅」がある自治体数が減少したのは勿論、21世紀に入ってからは「東海道本線の駅」がある市町村は誕生していない。
これは2008年に島本駅が出来た島本町を想定して作った問題でしたが、
8は編入合併で市域が広がった結果東海道本線の駅を含むようになった
と、お答えていただいたtakashi さんが(多分)言われんとする豊川市(御津、小坂井の両町を合併)もそうですね。これは目からウロコでした。
ついでながら、
9.「東海道本線の駅」がある市の中で、十番目に人口が多いのは西宮市です。
尼崎市
10.「東海道本線の駅」がある町の中で、五番目に人口が少ないのは二宮町です。
垂井町
です。
[85108]を書き込んだ後、いろいろ調べましたら、有楽町駅、田町駅、蒲田駅なんかは「東海道本線の駅」らしいのですが、私はそうではないと思ってました。だって、東海道線各駅停車は、これらの駅には停まることはないのですが・・・詳しい方お教えください。

[85110] 2014 年 2 月 17 日 (月) 21:28:40 takashi さん
 東海道本線クイズ

解答をそのまま書くのもあれなので……。(正直調べちゃったので
答えはある程度わかっています。)
1は岐阜県のある駅ですよね?
2は可美村がおそらく最後の村だったのではないかと思います。
3と4はあの温泉地が実は……。
5は合戦場のある町かな?
6はこっちかなと思ったのが正解だったようで。(ちなみに愛知県内です)
7はそうか、あの市か(確かにS区は東側にひろがっていましたからね。)
8は編入合併で市域が広がった結果東海道本線の駅を含むようになった
あの市がありますよね?
9と10はすみません.まじめに数えてないのでお手上げです。

……ちょっとヒントとしては出しすぎたかな?

[85109] 2014 年 2 月 17 日 (月) 15:24:40【1】 いろずー さん
 東海道本線クイズ

[85108] 白桃さん

調べずに解るところだけ

1東海道本線が横浜と岐阜に対し
新幹線の駅は新横浜と岐阜羽島(前者は同じ市だが後者は羽島市)。
2はもうないが正解でしょう。
3掛川と見た。(自信度ゼロ)
4同じく。
5はパス
6は島本町?
7は名古屋市ではないかと予想します。
8はズバリ、菊川市と予想します。(菊川:2005年市制施行)
9.10パス!!

ただ、掛川がそんなに人口少ないのかは定かではないが

[85108] 2014 年 2 月 17 日 (月) 11:13:27【1】 白桃 さん
 東海道本線・新幹線の駅がある自治体に関して

長いタイトルになってしまい申し訳ありません。
鉄道路線別に自治体人口を調べていたら、駅の所在等に関して初めて知ったことがありましたので、私自身の記録という思いも込め、“クイズもどき”にしました。
(※注)
・以下の文中の「駅」はすべて旅客駅を指します。
・文中の「東海道本線の駅」とは、東京駅〜神戸駅の本線上にある文字通り東海道本線の駅のことであり、支線上にある「駅」は含みません。(他路線の「所属駅」であっても本線上にあれば、「東海道本線の駅」とします。)
・人口は2013年10月1日現在推計人口とします。
では、
1.「東海道新幹線の駅」がある市はすべて「東海道本線の駅」がある。
2.「東海道本線の駅」がある村がある。
3.「東海道新幹線の駅」がある市の中で一番人口が少ないのは米原市です。
4.「東海道本線の駅」がある市の中で一番人口が少ないのは菊川市です。
5.「東海道本線の駅」がある町の中で一番人口が少ないのは真鶴町です。
6.「東海道本線の駅」がある町の中で一番人口が多いのは函南町です。
7.「東海道本線の駅」が一番多いのは神戸市です。
8.いわゆる“平成の大合併”によって旧)清水市、旧)金谷町など「東海道本線の駅」がある自治体数が減少したのは勿論、21世紀に入ってからは「東海道本線の駅」がある市町村は誕生していない。
9.「東海道本線の駅」がある市の中で、十番目に人口が多いのは西宮市です。
10.「東海道本線の駅」がある町の中で、五番目に人口が少ないのは二宮町です。

結論から言って上記10の文章はすべて間違いですが、何も見ないで正しい文章に修正できる方はいますかね?
1、2あたりは簡単です。私自身、3〜6あたりは辛うじて修正できるかもしれませんが、7、8となると調べないと出来ません。
9、10は知っていても誰も褒めてくれることはないでしょう。(語呂合わせ的に作った問題です。笑)

[85107] 2014 年 2 月 17 日 (月) 00:18:16 みかちゅう さん
 南関東の子供は雪遊びが楽しみ

今年の大雪は首都圏でも「大人は通勤が大変だね〜」では済まない規模ですが、子供にとっては雪遊びのチャンス。もはや私は雪遊びに興じる年齢ではないので、はやる心を抑えて雪かき用スコップ代わりのちりとりを片手に自宅周りの雪かき作業。足腰が痛くなってしまい、年を取ったことを実感…。
私の子供のころには積雪の翌日には雪遊びに出たものですが、近所で見かけた雪だるまも以前に比べて少ないような気がします。地域に子供が減ったのか、今どきの子供が雪ではしゃがないだけなのか? 

南関東の子供にとっては「雪の翌日に遊べるか?」は大事なわけで、マジメに学校に行くと(当たり前)ろくに遊べず下校時間帯にはほとんど雪が解けているというパターンになりがちです。あまりに面白くないので、担任に「めったにない機会だから授業つぶして雪遊びさせて〜」と交渉したことも。
ちなみに昨年(2013年)の積雪は1月14日(成人の日)。未明からの雨が10時頃に雪に変わって積もりだし、15時過ぎからみぞれに変わり夜には雨になっています。積もったのは祝日ですが、雨に変わった後に降りやんだのは夜中です。雨を含んだ雪は翌朝にはべちゃべちゃで雪遊びには適さず、しぶしぶ登校するというパターン。横浜市南部では日中に雪は解けてしまい、ろくに遊べなかったはずです。
その前に10cm以上積もったのは2006年1月21日(土曜日)でした。観測データでは土曜日の日中に雪が降り続き、日付が変わる前に雪が止んで晴れたことになっていますが、記憶がありません。その前は2001年1月27日(土曜日)で、天気予報はどうせ外れて雨だろうと踏んで普段通りの靴を履いて出かけたところ、坂道に積もりだした雪で滑ってしりもちをついたはず。

ところで、今回の大雪に関してのニュースが少ないのは気のせいでしょうか。土曜日や日曜日は平日に比べてニュース番組の枠が少ないのは確かですが、積雪の規模にしては報道が少ないように感じます。都心の駅前の踏み固められた雪で滑りかけている人や「仕事なのに電車が不通で困っちゃいますねー」とインタビューに答える人のようなありきたりの中継はどうでもいいですが、記録的な大雪となった山梨県内などはどうなっているのでしょう? NHKは地元に放送局もあるし、道路が寸断されていても電話による取材ぐらいはできるはずです。

[85106] 2014 年 2 月 16 日 (日) 22:39:18 オーナー グリグリ
 Re:小笠原村、大潟村、郡築村、 藤田村、南大東村、北大東村

[85102] むっくんさん
私はそもそも現在、小笠原村(東京都)、大潟村(秋田県)の2村、そしてhmtさんのあげられなかった郡築村(熊本県)、藤田村(岡山県)、南大東村(沖縄県)、北大東村(沖縄県)の4村、合計6村が市区町村変遷履歴情報の都道府県別一覧の方に記載されていることが問題であると考えます。
これら6村は新に自治制度が始まったのですから、例えば郡築村(熊本県)は市区町村変遷履歴情報の都道府県別一覧(熊本県)ではなくて市区町村変遷履歴情報の市制町村制施行時(熊本県)へと、藤田村(岡山県)は市区町村変遷履歴情報の都道府県別一覧(岡山県)から市区町村変遷履歴情報の市制町村制施行時(岡山県)へと、そして後の4村(小笠原村、大潟村、南大東村、北大東村)も同様に記載する箇所を変更すべきなのではないでしょうか。
まだ十分咀嚼していないので軽々に答えるべきではありませんが、考え方としてはすっきりするのではないかと思います。ご提示の内容をしっかり理解した上で判断し対応したいと考えます。ありがとうございました。

[85105] 2014 年 2 月 16 日 (日) 22:36:11 オーナー グリグリ
 Re:累積降雪量

[85103] futsunoおじさん
気象庁のデータに累積降雪量一覧がありますが、ここから都道府県庁所在地のデータだけを取り出し多い順にしたものが一番下の表です。これは昨年の11月から昨日2月15日までの累積データですが、今回降雪のあった太平洋側の多くの都市はこの1週間あまりだけでこの降雪量に達したわけで大雪のすごさが目立ちます。
非常に興味深く面白いデータです。

(2)の北陸の平野部は明らかに少雪です。
金沢の実家の兄の証言として、年々降雪量が少なくなっており、雪かきをする機会がめっきり少なくなったとのこと。除雪業者が困っているという笑えない話も聞きました。
(3)は甲府市の異常豪雪が目立ちます。
一昨日からの1mを超える積雪量は脅威的でしたね。
(4)関東平野全域で多量降雪です。
[85078][85083]にも書いた通り、先週の千葉の降雪量にはびっくりでした。ただ、一昨日の降雪は千葉では雨に変わり、むしろそれまでの残雪を解かす効果がありました。今日は一気に雪が無くなりつつあります。

都道府県データランキングでも降雪データを扱ってみたいと思っています。また、降雪量に限らず、データランキングの時間経緯をうまく表現できる作りを考えたいなと思っているところです。

[85104] 2014 年 2 月 16 日 (日) 22:23:19 オーナー グリグリ
 Re:若年首長

[85100] ピーくんさん
茨城県猿島郡境町町長に、元町議の橋本正裕氏(38)はしもと まさひろが平成26年2月9日(日)の選挙で無投票当選されました。昭和50年12月20日生まれです。3月2日の任期満了なので2014年3月3日に就任です。38歳二ヶ月で就任です。
詳細な情報提供をいつもありがとうございます。さっそく、若年で当選した首長の一覧に追加しました。今後ともよろしくお願いいたします。

[85103] 2014 年 2 月 16 日 (日) 22:11:17【1】 futsunoおじ さん
 累積降雪量

気象庁のデータに累積降雪量一覧がありますが、ここから都道府県庁所在地のデータだけを取り出し多い順にしたものが一番下の表です。これは昨年の11月から昨日2月15日までの累積データですが、今回降雪のあった太平洋側の多くの都市はこの1週間あまりだけでこの降雪量に達したわけで大雪のすごさが目立ちます。
なお県庁所在地の値で全体を把握できるわけではありませんがひとつのやり方と大目に見てください。
(県庁所在都市のデータがない県は近くの地点のデータを使用しました。データは西日本の各県では県庁所在地のみといった場合が多く、また静岡県・宮崎県・沖縄県ではデータが全くありません。御殿場市などでは大量の降雪があったようですが。)

降雪パターンとして次の4つを注目してみました。(1)は東北の都市などが入っています。多雪地域で平年より多い降雪地点はここではないようです。(2)の北陸の平野部は明らかに少雪です。(3)は甲府市の異常豪雪が目立ちます。(4)関東平野全域で多量降雪です。短期間なのに多くの地点で新潟市を上回る累積降雪量という珍現象?になっています。

(1) 多雪地域で平年よりやや少ない降雪(70〜100%): 青森市,札幌市,秋田市,山形市,盛岡市,長野市,福島市,
(2) 多雪地域で平年より大幅に少ない降雪(50%未満): 富山市,福井市,金沢市,新潟市
(3) 少雪地域で平年より大幅に多い降雪(150%以上): 甲府市,仙台市
(4) 無雪地域で今回は多量の降雪があった(40cm以上): 前橋市,(熊谷市),千葉市,宇都宮市,東京都,横浜市


都道府県地点累積降雪量(cm)平年比(%)平年値(cm)
青森県青森市44486517
北海道札幌市32979415
秋田県秋田市26395278
山形県山形市23075306
山梨県甲府市158112914
岩手県盛岡市14877193
長野県長野市14779187
富山県富山市13346291
福島県福島市12998132
群馬県前橋市1060
埼玉県(熊谷市)1060
福井県福井市9845220
鳥取県鳥取市8753164
宮城県仙台市7916548
石川県金沢市7735217
島根県松江市7711766
千葉県千葉市570
栃木県宇都宮市560
新潟県新潟市5432167
東京都東京都490
神奈川県横浜市440
滋賀県(彦根市)445187
茨城県水戸市240
奈良県奈良市230
三重県津市180
愛知県名古屋市120
岐阜県岐阜市122744
山口県山口市110
和歌山県和歌山市100
京都府京都市90
岡山県岡山市90
徳島県徳島市70
大阪府大阪市60
香川県高松市60
広島県広島市20
兵庫県神戸市10
佐賀県佐賀市10
愛媛県松山市--0
高知県高知市--0
福岡県福岡市--0
大分県大分市--0
長崎県長崎市--0
熊本県熊本市--0
鹿児島県鹿児島市--0

[85102] 2014 年 2 月 16 日 (日) 15:43:11【7】 むっくん さん
 小笠原村、大潟村、郡築村、 藤田村、南大東村、北大東村

[85087]hmtさん
両者は、地方制度の観点からして、同一視して論じるべき対象ではないでしょう。
確かに姫路市と同一視することは適当ではありませんでした。
hmtさんの考えでは小笠原村(と大潟村)は地方自治法の例外を定めた特別法に基づくために特殊であるとされています。しかしながら特殊であることの本質としては、単に、新に自治制度が始まったからと言えるのではないでしょうか。

私はそもそも現在、小笠原村(東京都)大潟村(秋田県)の2村、そしてhmtさんのあげられなかった郡築村(熊本県)藤田村(岡山県)南大東村(沖縄県)北大東村(沖縄県)の4村、合計6村が市区町村変遷履歴情報の都道府県別一覧の方に記載されていることが問題であると考えます。
これら6村は新に自治制度が始まったのですから、例えば郡築村(熊本県)は市区町村変遷履歴情報の都道府県別一覧(熊本県)ではなくて市区町村変遷履歴情報の市制町村制施行時(熊本県)へと、藤田村(岡山県)は市区町村変遷履歴情報の都道府県別一覧(岡山県)から市区町村変遷履歴情報の市制町村制施行時(岡山県)へと、そして後の4村(小笠原村、大潟村、南大東村、北大東村)も同様に記載する箇所を変更すべきなのではないでしょうか。

記載する箇所がおかしいことが、小笠原村のような特殊な場合において、もっと血の通った変遷情報を、と考えさせる最大の要因であるのでしょう。

訂正
【4】姫路市がらみの書き込みを全面訂正(2/16 16:39)
【5】追記(2/16 16:52)
【6】最初と最後の段落の全面訂正(2/17)
【7】特殊であることの本質を追記(2/17)

[85101] 2014 年 2 月 15 日 (土) 17:14:43【1】 hmt さん
 変遷情報の「変更種別」(10)長崎県西彼杵郡淵村

[85098] グリグリさん
廃止という変更種別(中略)今後の方針に向けての考え方を整理しておきます。

こちらは、たまたま注目した現象面だけを見て、その都度発言しているだけ なのですが、システム全体を見る立場からは、いろいろと 考慮すべき問題があるようですね。よろしくお願いします。

そこで、「廃止」だけでなく、他の変遷種別にもからむ 別の事例を 長崎県市区町村変遷履歴情報 から提供します。ご検討の材料に 加えてください。

3 1898(M31).10.1 編入 長崎市   長崎市, 西彼杵郡 下長崎村, 戸町村の一部, 淵村の一部, 浦上山里村(微), 上長崎村(微)
4 1898(M31).10.1 分立 西彼杵郡 小榊村   西彼杵郡 淵村の一部
5 1898(M31).10.1 編入 西彼杵郡 浦上山里村 西彼杵郡 浦上山里村, 淵村の一部
13 1920(T9).10.1 編入 長崎市   長崎市, 西彼杵郡 上長崎村, 浦上山里村
45 1938(S13).4.1 編入 長崎市   長崎市, 西彼杵郡 小榊村, 土井首村, 小ヶ倉村, 西浦上村

これは、長崎市の 戦前の変遷履歴です。編入された村々の位置を示す 参考資料 を添付しておきます。3/45コマ(p.87)に、市制施行当時の長崎市と、その後の編入で市域になった町村とを示す「行政区画の変遷」図があります。

この資料を元々リンクしていた[79792]からのURLが切れており、WARP[82338]を使って探し出したURLにリンクすることができました。
この[79792]にも記したように、小榊村詳細データ には、「西彼杵郡…淵村を廃する」と明記されています。
昨日までの私は、これをベースにして、淵村の廃止日に 疑う余地はないものと思っていました。

ところが、落書き帳を検索してみたら【注】、2007年に むじながいりさん の疑問に始まる 淵村はいつ消えたのか という議論があり、2009年には むっくんさん による情報提供、88さんの応答があったことを知りました。長崎県淵村関係記事
【注】 「淵村 or 渕村」で 85件。倉淵村などのノイズ多数。

長崎県告示M31-129 に初めて接し、その記載と前記変遷履歴詳細とが、少し異なる表現になっていることに気がつきました。
告示にも“淵村を廃する”とあれば全く問題にはならないのですが、直接には このような表現を見出すことができませんでした。
それにも拘らず、88さんが 変遷情報詳細欄を「淵村を廃する」と 自信を持って修正した根拠。
それは、[72194]の終の方に記された財産処分法第二条に該当すると考えたからでしょう。
確かに「…其一部ヲ独立セシムルモノ」に該当する村は、淵村しかありません。

長崎県告示M31-129は、長崎市への編入部分につき、地番を詳細に記載しています。
私は最初にこれを見た時、編入部分を限定地番で示したからには、その他の地番は淵村として残ったに違いないと考えました。
これが 一件落着になっている 淵村廃止日を、再検討してみたいと考えた動機です。

しかし、告示を詳細に点検した結果、長々と地番を列挙しているのは、97コマ末尾から4行目「浦上山里村馬込郷の内」以下から98コマ上長崎村の一部であることを知りました。
淵村の領域は、ほとんどが郷単位で分村されていました。唯一の分郷は、長崎市編入と小榊村として独立する部分とに分かれる木鉢郷で、地番限定部はなし。
もちろん、これだけでは編入も独立もせずに 淵村として残る部分の不存在 を積極的に証明したことにはなりません。
しかし、少なくとも「限定地番以外は淵村として残るはず」というような否定材料は消えたわけです。

長崎県が 告示の中で「淵村廃止」を 明記しておいてくれたならば、88さんも私も このような手間を掛けることはなかったのに、と愚痴の一つも言いたくなります。
こちらのサイトの変遷情報で「廃止」情報をきちんと記録したい。それは、このような前車の轍を踏まないためです。

長崎県公報目次検索 も実施してみました。
掲載日1890〜1926、キーワード淵村で 結果は 0件。何故か、明治31年の廃置分合は掲載されていませんでした。

比較のため、キーワード浦上山里村を検索すると、70件と大量にヒット。
その最後は、T09/09/29 号外 告示 711 西彼杵郡上長崎村浦上山里村区域【長崎市への】編入でした。
もし淵村編入が 1920年(大正9年)の 長崎市第二次拡張時であったのならば、これと同様の記事があるはずですから、この検索からも 1920年説は否定されます。

「淵村廃止」の確認はこれくらいにして、「小榊村分立」を考察します。
長崎県告示M31-129の4番目の項目
同郡同村【西彼杵郡淵村】の内 小瀬戸郷 神ノ島郷 木鉢郷の内【地名が列挙してあるが、区切がないので、数さえ不明】を以て一村と為し 小榊村と称す

「分ける」という言葉は全く使われていません。
告示の項目順を見ても、長崎市への編入、戸町村内の郷編入、浦上山里村への編入に続く最後の項目であり、淵村の内 長崎市に11郷?、浦上山里村に1郷が編入された 「残り」3郷が一村として独立し、新しい村名を名乗ったものと理解されます。

「…を置く」でなく、「一村と為し …と称す」という表現は 慣用と異なりますが、変更種別としては、「分立」ではなく、「設置」に分類されるものでしょう。
10数郷あった淵村の大部分が編入で失われているので、淵村からの「改称」という形もとっていません。

[79792]では、分立>編入 という順序で 淵村が自然消滅したという解釈を記しました。
長崎県告示を見た結果、告示に即して変遷プロセスを再考し、編入>残存部による小榊村設置【それに伴い淵村廃止】という解釈に改めます。

[85100] 2014 年 2 月 15 日 (土) 16:48:31【3】 ピーくん さん
 若年首長

茨城県猿島郡境町町長に、元町議の橋本正裕氏(38)はしもと まさひろが平成26年2月9日(日)の選挙で無投票当選されました。昭和50年12月20日生まれです。3月2日の任期満了なので2014年3月3日に就任です。38歳二ヶ月で就任です。
詳細
よろしくお願いします。


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