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落書き帳


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[91599] 2016 年 10 月 9 日 (日) 22:37:20 EMM さん
 EMMの地名コレクション編集メモ・第197号 富谷市誕生関連

[91596] オーナー グリグリ様
なお、自治体の広報メディア、地名コレクションについては、 編集長のHiro_as_Fillerさん、EMMさんにお任せしたいと思います。対応は急がなくても構いません。地名コレクションに関しては、いつものように、富谷町の検索結果を編集者の方に提示する形でよいかと思います。
はい、いつものパターンで参ります。
地名コレクションページの「富谷町」での検索結果をお示ししますので、データ修正の際の参考にして下さい。
検索結果

自分の担当コレクションの修正はおいおい行います。

[91598] 2016 年 10 月 9 日 (日) 20:43:51 オーナー グリグリ
 反対語コレクション更新

反対語コレクションに、[91497][91570][91577] 倉田昆布さんからの情報を追加しました。情報提供をありがとうございました。

[91497] 倉田昆布さん
ポンポロ川(北海道宗谷郡猿払村)
(中略)
地理院地図で「ポンポロ」を検索すると数ヶ所出てきます。全て河川名です。
(中略)
ただし、「ポンポロ」とつく地名でも夕張市のポンポロカベツ川は「ポン・ホロカ・ペッ=小さな・後戻りする・川」の意味らしい(参考)ので、反対語地名ではありませんでした。
とりあえず、猿払村のポンポロ川を追加し、ポンポロムイ川、ポンポロナイ川、ポンポロカナヨロ川、ポンポロベツ川については、ポンポロカベツ川とともに保留としましたが、反対語と確認されれば登録します。

[91570] 倉田昆布さん
祖父祖母石 じこばあいし 島 山口県山口市 島嶼名辞典、地図になし
こちらのブログ記事から、この島ではないかと見当をつけました。地理院地図では臼石となっていますが。

やはり、オマケのニタテヨコツナイ川、第二ニタテヨコツナイ川、ゆめタウンについては保留(却下)とします。一方、[91577]の三陸海岸は採用しました。

[91597] 2016 年 10 月 9 日 (日) 14:58:21 倉田昆布 さん
 東アジアという、超広域地名。

油天神山さんへ

最近の新設町名以外で、外来語由来町名コレクションの候補になりそうなものがありましたのでお知らせします。


岐阜県各務原市に、那加東亜町(なかとうあちょう)蘇原興亜町(そはらこうあまち)という町名があります。

「東亜町」については、『角川日本地名大事典 21 岐阜県』によれば、
当時の国情を反映して「大東亜共栄圏」の東亜を町名にしたことによる。
とあります。ということは(予想通りではありますが)、この「亜」は「アジア」の略ということになり、外来語由来町名コレの収録基準に合致するのではないでしょうか……。
「興亜町」のほうは、同書には由来が掲載されていませんでしたが、同じような事情による命名だと思われます。

ちなみに、町名で「東亜」「興亜」がつくのはここだけでしたが、小字レベルだと他にも数ヶ所あるようです。

収録済みの富山市下新日曹町と(漢字表記した外来語の略という意味で)同じタイプの地名だと思いますが、どうでしょうか……?

[91596] 2016 年 10 月 9 日 (日) 14:09:43 オーナー グリグリ
 富谷市誕生(情報更新を行いました)

富谷市が明日誕生することに伴い、1日早いですが、先行して当サイトのデータ更新を行いました。

1. 基本データの更新(連動して更新)
 ランキングデータ
 データベース検索
 都道府県プロフィール 都道府県の基本データ
 市区町村プロフィール 宮城県
 市区町村雑学 他の市区町村の読みを含む市区町村
 市区町村雑学 市区町村名の文字頻度分析
 市区町村雑学 市区町村の文字別ランキング
 市区町村雑学 小学校で習う漢字だけの市区町村
2. 変遷情報の更新(連動して更新)
 市区町村変遷情報 日付順一覧 2016年(平成28年)
 市区町村変遷情報 都道府県準一覧 宮城県
 市区町村変遷情報 詳細情報 富谷市
 市の変遷 宮城県
3. 隣接データの更新(市区町村プロフィール)
 市区町村隣接関係一覧
 政令区を含む市区町村隣接関係一覧
 市区町村隣接分析リスト
4. 都道府県データランキング(個別対応)
 人口・面積・自治体数
 市部・郡部
 自治体規模
5. 市区町村雑学(個別対応)
 市制施行日・市の誕生日・市名誕生日
 休日に市制施行した市
 「まち」と読む町、「ちょう」と読む町

なお、自治体の広報メディア、地名コレクションについては、 編集長のHiro_as_Fillerさん、EMMさんにお任せしたいと思います。対応は急がなくても構いません。地名コレクションに関しては、いつものように、富谷町の検索結果を編集者の方に提示する形でよいかと思います。また、戦国市盗り合戦に関しては、年明け開催予定の第四十四回十番勝負の際に対応することになります。

以上、更新漏れやミス等何かお気づきの点がありましたらお知らせください。よろしくお願いいたします。

[91595] 2016 年 10 月 9 日 (日) 10:25:52 Takashi さん
 Re:利用客5000人以下の駅(関西)

[91589] mizutohさん

南海今宮戎駅南海萩ノ茶屋駅
これらの駅は近くに存在し、なんばから先も通し運賃で移動できる大阪市営地下鉄の大国町駅や花園町駅を利用する人が多いことが影響しているのではないかと思われます。なお、今宮戎駅と萩ノ茶屋駅に南海高野線の各駅停車しか停車しないのは利用客が少ないからではなく高野線の列車が走る東側の2線にしかホームがないためです。(かつては東側の2線を通る南海本線の各駅停車並びに西側の2線を通る高野線の普通列車(今宮戎・萩ノ茶屋通過)も走っていましたが、泉北高速鉄道の開業を控え、高野線の線路容量を確保するために岸ノ里駅(現岸里玉出駅)の高野線と本線の連絡線との合流点上にホームが設けられ、高野線の「普通」を「各駅停車」に一本化したため、1970年11月23日の改正以後走らなくなったそうです。)

近鉄河堀口駅
この駅は近くに天王寺から先も通し運賃で利用できるJR阪和線美章園駅が存在し、近くに天王寺から先も通し運賃で利用できる大阪市営地下鉄田辺駅が存在する、北田辺駅並びに今川駅と同じ程度に利用が少ないと思われます。もちろん大阪阿部野橋に近いというのも影響しているのでしょうが。

[91594] 2016 年 10 月 9 日 (日) 09:07:13 ニジェガロージェッツ さん
 感謝3題

[91513] Takashi さん
川崎市の工業地帯についてのお話,ありがとうございました。
リンクしていただいた中原区の各工場の地図も拝見いたしました。

川崎区の主に臨港部にいわゆる京浜工業地帯の大工場群が立ち並んでおり、それらのおかげで川崎市の工業生産額の78%を川崎区が占めています

やはり,川崎の工業地帯のメインは川崎区でしたか。フォロー有難うございました。
2014(平成26)年の経済産業省工業統計調査(市区町村編)を見ましたが,確かにおっしゃる通りでした。
こちら神戸では,工業地帯のイメージでは,同じく臨港部の兵庫区や灘区のそれにありましたが,この統計によれば,神戸市の工業生産額のうち,トップは内陸の西区(34%),次いで東灘区(23%),兵庫区(20%)の順になっています。
とはいえ,神戸全市で,川崎区の8割程度しかなく,神戸港に隣接する工業地帯の空洞化と言ってよいのか,嘆かわしいところです。


[91538] Takashi さん
築地市場についての情報,ありがとうございました。
豊洲市場への移転問題という都政の話題が,全国の情報番組で,多くの時間を占めて同じことばかり報道される現状については,特にそれが不快だというわけではないのだけれども,その一方で,本来ならば報道されるべき情報が,おそらくこれらについても人員を割いて取材されている筈のものが,お蔵入りになって伝えられることなく葬り去られてしまっているとも類推されます。それは何だか,視聴者として損をしている気分になります。


[91576] 千本桜 さん
萩旅行についてのお話,ありがとうございました。
小生も萩へは,昭和59年に,萩港の沖合45キロにある孤島,見島へ渡った際に立ち寄りました。古い話ですが,昨日のことのようにも思い出され,貴題[91548]を読んですぐに萩のことだと分かりました。
「(A)〜(K)をお答えください」とあったものですから,すぐに回答を投稿しようとしたのですが,書き込みのプレビューを見て,そのままの回答では,せっかくの問題が勿体なく感じられ,わざと分かりにくいように他国語に書き換えたのですが,大変失礼いたしました。
拙回答[91551]では,11問中10問の正解で,(J)で回答した район Хориути は「堀内地区」の露訳で,正解の「堀内鍵曲」に届かずでした。


追記:
ニジェ[91536]では,「連日どのチャンネルを廻しても」と書きましたが,今どき「チャンネルを回す」という表現は死語に近いのかとも思われ,あとで恥ずかしくなりました。
見たい番組があって特定のチャンネルに変えることを「チャンネルを変える」と言い,当てもなくチャンネルを次々に変えることを「チャンネルを回す」と表現して区別できる表現なのですが,歳は取りたくないものです。

かくいう小生らの世代も,子供の頃は「現代っ子」と言われ,社会に出れば「新人類」と呼ばれた世代です。「新人類って,イナズマンかよ!」と言いたくなりますが,ああ,そのツッコミが通じるのもごくわずかか。

[91593] 2016 年 10 月 9 日 (日) 01:56:35【2】 みかちゅう さん
 都会にあって乗降客の少ない駅

[91587]Takashiさん
距離にして1km程度のために乗り換えまでして130円〜の初乗り料金を払う価値があるか、ってことでしょう。歩いてもせいぜい15分だし、鉄道を利用するにしても小駅に止まる各駅停車を待つとやはり同じくらい時間がかかってしまいます。ただ単に150円程度をケチって歩くのではなく、時間的にもあまりメリットが見られません。
その点からみると、他社(多くはJRだろう)に乗り換える都合が見て取れます。乗り換えない人の場合は最初から徒歩または自転車での移動となり、やはりわざわざ鉄道は利用されないと思います。仮にJRも私鉄のように郊外方面の路線に対して初乗り料金が加算されていれば、常磐線の三河島駅・中央線の大久保駅あたりも同様の傾向が出るかもしれません。

さて、特に少ない5000人未満の駅を見てみます。
●東武・堀切駅
都心側のターミナルは中途半端な浅草駅で、その後の地下鉄への乗り換えもやや面倒。それよりは日暮里駅につながる京成の京成関屋駅のほうが便利でしょう。目的地によっては押上駅で地下鉄半蔵門線に乗り入れする東武の方が便利かもしれませんが、押上での都営地下鉄への乗り入れは屋外にこそ出ないもののそこそこ時間もかかります。
●東武・亀戸水神駅
JR亀戸駅まで1km足らずなので、まさに初乗り料金を払う価値がありません。亀戸駅から亀戸水神駅を経てさらに先のあたりは亀戸中央公園なので、「亀戸駅までの途中に亀戸水神駅があるから東武に乗るか」という住民もあまりいそうにありません。
●北総・新柴又駅
柴又駅や小岩駅(いずれも京成)までもせいぜい1km程度ですし、たかだか数百m近いだけの新柴又駅に北総鉄道の初乗り料金200円(鉄道の初乗りとしては高め)を払う気になりません。停車する本数も小岩駅の方がはるかに多く、柴又駅にも負けています。利用者の多くは通勤手当の出るサラリーマンでは? 一見の訪問客ならともかく、日常利用は敬遠してしまいます。
●小田急・南新宿駅
朝の通勤時は混雑する新宿駅を避けて南新宿駅で降りて代々木駅からJRに乗る、というのも悪くはなさそうなのに利用客は少ないですね。郊外からの通勤客が代々木上原駅で急行列車からわざわざ各駅停車に乗り換えるのは面倒だからでしょうか。
●みなとみらい線・新高島駅
乗降人員は3888人(平成27年度)ですので、ここも乗降客の少ない駅に当てはまります。そもそも駅周辺は開発途上で更地が目立つうえ、横浜駅から徒歩圏です。横浜駅で直通する東横線とセットで利用する人がほとんどではないでしょうか。

乗車だけでも5000人を超えていますが、ついでに都心部にあるJR駅の中では利用の少ない越中島駅も見てみましょう。
●JR京葉線・越中島駅
私鉄駅とは違いJRの運賃を通算できるというメリットはありますが、東京駅で京葉線との乗り換えはすごく面倒です。地下鉄東西線の門前仲町駅もさほど遠くはないし、駅前の東京海洋大学の学生が主な利用客でしょうか。


他にも探してみました。
日暮里・舎人ライナー
赤土小学校前4548人
足立小台3449人
舎人公園4140人
シルバーパス利用の高齢者がタダだから利用している(半年ごとに一定額の負担はあるけど)可能性もありますが、高齢者は同じくタダで乗れるバスに流れているかもしれません。

東京モノレール
整備場2081人
新整備場3915人
両駅ともほとんどが空港関連施設の従業員や用務客でしょう。

多摩モノレール(PDFファイル)
松が谷2492人
多摩動物公園2518人
程久保1554人
柴崎体育館4048人
砂川七番4412人
1駅のみの乗車は100円にサービスしていますが、それ以外は距離の割に運賃は高めですし、他の鉄道駅での乗換も全体的に不便な印象。バスの本数も比較的多い地域だし、モノレールに1駅だけ乗るというのはあまりメリットがなさそう。

※書き込み修正(9日2時過ぎ)
つくばエクスプレスの南千住駅は「乗車のみ」で4855人なので削除。JRの越中島駅に関しても書き方を修正。

[91592] 2016 年 10 月 9 日 (日) 01:03:35 ソーナンス さん
 オフ会紀行記

今回3年ぶり3回目のオフ会参加が叶いましたソーナンスです。
折角なのでワタクシも旅の記録を載せてみたいと思います。
かなりの長文になりますが生暖かい目で見て頂ければと思います。


【序章】オフ会開催地・日時決定
今年のオフ会の開催地が四国という可能性が高いという情報を受け、「これは松江以来の参加ができそうだ」と思ってた矢先、アンケートで復興祈願で杖立温泉はどうかという話題が。
自分としては四国でも杖立でも距離的(直線距離でも自家用車を使っての最短距離(架橋通過でもフェリー利用でも))殆ど変らないため、復興支援で県境の温泉地というのはここのオフ会としては最適だと思い、賛成しました。

日時に関しても仕事はカレンダー通りなので、いつでも構わないと書き込み(ただし『別趣味』との兼ね合いがあるとも書きましたが(笑))。
結果的に9月の3連休に決定。えっと、私事で申し訳ないですけど、その日は自分の誕生日なんですよ(笑)


【一日目(9月17日)】周防灘沿岸を走り大分県へ
今回の行程はマイカーを使用し九州周遊ドライブパスを利用しました。
実家のある防府市から高速道路に乗り一路九州へ。途中の佐波川SAで少しだけ『ポケモンGO』をプレイ…するつもりが思いのほかポケモンの出現数が多く予定時間を大幅にオーバー(汗 ヤバいヤバい…まだ出発した市から出てもいないではないか!(汗
さぁ先を急ぎましょう!山陽道から中国道を経由し関門海峡を渡り九州上陸。北九州JCTから東九州道へ。九州へは何度も車で行ってますが東九州道を利用したのはこれが初めてでした。
一区間だけ走り苅田北九州空港ICで下りて、この旅最初の経由地「北九州空港」に到着。

北九州空港に来たと言っても、もちろんここからどこかに飛んでいくわけではありません。
北九州空港は深夜便があるため今後利用する(かもしれない)時の「下見」です。まぁそれは半分冗談で、観光案内やお土産品、食事処など、その地域のことをよく知ることができる施設のある空港を訪問することは結構好きなので。
ちなみに展望デッキには足湯がありました。ただ、ここが一つ目の経由地でまだまだ疲れも無く、時間もそんなにあるわけではないので利用はしませんでしたが。
一通り見回り空港を後にします。ちなみに自分が空港を離れた半刻ほど後にBANDALGOMさんが到着されたようでした。足湯に浸かってたらもしかしたら出会えてたかもしれませんし、小倉くらいまでなら送って行けたかなと思うとこれはちょっと残念でした。

さて先を急ぎましょう。東九州道を下って次の目的地である中津を目指します。
豊前ICで下りる…つもりがうっかり通過してしまい次の上毛スマートICから一般道へ。
このまますぐ山国川を越えれば中津市、つまり大分県ですがまだ入りません。
せっかくなので九州本土で一番小さい自治体である吉富町を横断してから大分県入りしましょう。
国道10号で豊前市に逆戻りし県道113号まで出てから吉富町入り。町役場を訪問(外観を撮影しただけですが)してから山国川を越え大分県入り。町域はわずか10分ほどで通過。町域の小ささを身に染みて体感しました。


大分県一つ目の目的地である中津城に到着。時間もないので中をざっくり見学し、最上階からの景色を急ぎつつそれでも堪能します。
次は徒歩で福沢諭吉旧居と記念館へ移動。まだまだ縁遠い諭吉様とはこれを機にお近づきになりたいものですが果たして…
さて、時刻は13時前。そろそろおなかもすいてきましたのでここでお昼にしましょう。
中津と言えばやはり「唐揚げ」でしょう。しかし「とり天」も捨てがたい…
脳内会議?の結果、両方いただきました。お財布にも体にも優しくないですが、とても美味でしたのでOKですね!(←ダメです)

中津を出発ししばらく走ると目の前に『USA』の文字が!
僕はいつの間にアメリカへ??パスポート持って来てないぞ!! なんて冗談も一人旅ではツッコミもいませんので空しいだけですね。
というわけで「宇佐」市です。宇佐市と言えば宇佐神宮ですね。宇佐神宮の前は何度か通過してるのですがこれまで訪問したことはありませんでしたので、今回訪問できて良かったです。
宇佐神宮ですが、「神宮」の名前の通り厳かな雰囲気で心が洗われました。
しかし思ってた以上に敷地が広く高低差もかなりあったので予定時間を大幅に超えてしまう結果に!

さぁ次の目的地へ移動しましょう。次の目的地は九州最東端の鶴御崎。カーナビの到着予想時刻は18時10分と出ている。日没も近く天気も徐々に悪くなってきています。急いで向かわなければ景色も堪能できません…
車を飛ばし(もちろん法定速度は守ってます)佐伯市へ。
“鶴見半島”の曲がりくねった道をやきもきしながら走り18時前に鶴御崎に見事到着!
しかし突端からの景色は展望台の周りの木が邪魔になり期待してたほどの眺望は得られず。雨も今にも降りそうな空模様でそれ以上に風が強い。もう少し突端感を味わいたかったですがこれ以上は危険と判断し戻ります。

これでこの日の観光はすべて消化。この日の宿泊地の大分市へ向かいます。
しかし来た道をただ戻るだけでは芸が無い。九州周遊ドライブパスの恩恵には預かれないが国道10号を使って大分市へ向かいます。国道10号はこれまでの記憶上通過したかどうか怪しい豊後大野市を通るので認市度アップも兼ねられます。
(余談ですが豊後大野市犬飼は某漫画の主人公の故郷として描かれているので、その漫画が好きな友人に向けての「ネタ」として通過したのもあります)
その後無事大分市内の某カプセルホテルに到着。翌日の大イベントに備えます。


【二日目(9月18日)】『別趣味』の現場からオフ会へ
大分市内の某カプセルホテルで誕生日の朝を迎えたソーナンスです。
この日は大分市内で『別趣味』のライブがあるためまずはその会場へ。
ちなみにこのライブは、オフ会開催日時決定後に大分での開催がアナウンスされたものでした。
自分の誕生日にここのオフ会と『別趣味』のライブが同日にあり、これは両方楽しまなければならないなぁと思いました。まぁおかげで「ひぜんや」さんへの到着がかなりギリギリになってしまうのですがもうそれは仕方ないと割り切るしかありません。
(もっというと万が一台風のせいでオフ会中止になったとしても、『これ』のおかげで大分に来たことが全く無駄にならない。むしろ中止になった方がいろいろとオイシい思いができて良いなぁという考えがよぎったことはここでは絶対に言えませんw)
まぁそんな余談はともかくとして、せっかくのライブです。ここは全力で楽しみましょう!

さて、そんなライブも終わり時刻は16時。急いでひぜんやさんへ向かわなければ!

大分ICから高速に乗り、車を飛ばします。
別府市域に入ったあたりから徐々に霧が出てきました。車窓から見えるはずの別府市内は霧のため全く視認できません。このままでは高速通行止めも有り得る…そうなってしまうと本気で間に合わないぞ…
と思ってたんですが日出JCTを過ぎるころからは霧も晴れ、通行への支障はなくなりました。
後は会場へ向かうのみです。九重ICから一般道へ下り、国道387号を通ります。
ここで小国町へ入り、この旅「一回目の【熊本県入り】」です。
そして17時半にひぜんやさんに無事到着。つまりこの旅「二回目の『大分県入り』」となります。

無事受付を済ませ皆様の待つ客室へ行きます。
急いでいるとはいえ「両国橋」で撮影をしてしまうのはやはり「サガ」でしょうか。これで「二回目の【熊本県入り】」。
その後オーナー以下221号室に居られた方々に挨拶。3回目の参加と言うのを伝えたところ『3回目だとは思えない』というありがたい?お言葉を頂戴いたしました。

そして自分の部屋となった217号室へ。同室となったJOUTOUさん、小松原ラガーさん、スナフキんさんにご挨拶を済ませ大浴場へ。
時間的に宴会が迫っていたこともあり誰もいない大浴場を堪能することができました。

その後宴会会場へ移動。「三度目の『大分県入り』」となります。
宴会はオフ会公式ページをご覧頂きたく思いますのでここでは端折らさせて頂きます。
一次会がお開きになり、「三度目の【熊本県入り】」(と同時に参加メンバーでの記念撮影)の後、二次会へ。
「鉄分含有量」の低い自分にとってデスクトップ鉄さんの「全国のJR駅三番勝負」は考える時間も取れないということもあり全く歯が立たず全く参加することができませんでした。それでも答えを聞けば「あぁ〜」と思う内容でしたが。
そしてオーナーの九州地名BINGOです。
問題の写真を見た瞬間、『キタ━(゜∀゜)━ !!!!!』と思ったのが一問。
そうです。前日に訪れた『鶴御崎』が出題されているではないですか!
解答順が回ってきたので『鶴御崎』と自信満々に解答。しかし誤答判定。
あれっ??と思ってよく見ると【__半島】とあるではないですか!
…正直先端ばかり見ていたのでこの半島の名前まではフォローできてませんでした。というか「鶴御崎半島」とばかり思っていました。
せっかくのチャンス問題だったのに惜しいことをしました。
しかし誤答になってしまっては仕方ありません。次に回ってきたときに「姫島」を回答。ちなみに自分のビンゴカードに“姫”の文字は無かったのですが、自信のあるものがこれしか無かったので。
この正解によりハーゲンダッツのギフト券を無事ゲット。先日美味しく頂きました。ありがとうございました。


【三日目(9月19日)】復興はまだ道半ば これが熊本の現状
「四度目の『大分県入り』」をして朝食の会場へ。ここでhmtさんから帰りの同乗の依頼を受ける。
当初のざっくりとした計画では阿蘇方面に抜けてからという思いはあったが、前日にまだ阿蘇は復旧が進んでいないという話も聞いていたのでこれをキャンセル。
hmtさん曰く降車地はどこでも構わないとのことであったがその後の電車の接続を考えて日田駅が良いと思いそちらへ向かうことに。
その後デスクトップ鉄さん、EMMさんも日田まで同乗されることになります。

そうともなれば準備をしておかなければなりません。「四度目の【熊本県入り】」をして自室へ帰り、この時間を使わなければお土産を買うこともできないと考え「五度目の『大分県入り』」をしてフロントの売店で購入。
すぐさま踵を返し「五度目の【熊本県入り】」して自室で荷造りを済ませ、同室の方々に挨拶を済ませ「六度目の『大分県入り』」をして車の準備を整える。フロントにて合流し一路日田駅へ向かいます。

無事日田駅で3名を送り届け、この後の行程を思案します。
北東方向へ向かい耶馬渓へ向かうか、西進し筑後川沿いに河口まで下って行くのも面白いが、ここはやはり当初の計画通り南下して熊本方面へ抜けましょう。
しかし阿蘇を経由する時間はない。というわけで上津江から菊池市へ抜けるルートを選択し熊本方面へ行くことに。
国道387号に入り兵戸峠を越えて「六度目の【熊本県入り】」を果たし菊池市へ。
菊池市と言えば菊池温泉が有名で温泉街も通過したのですが、例によって?寄ることはありません。

しかし菊池市には別の目的地がありました。数年前に仕事で訪れた場所です。
当時は荒れ放題の空き地だった場所の開発が終わり、立派な公園に生まれ変わっているのをGoogleのストリートビューで確認してましたので、これは行って自分の目で確認しなければ!と思いまして。
実際完成した現場を見てみると、当時暑い中仕事した記憶がよみがえり、頑張った甲斐があったなぁとしみじみ。

さあ、熊本市内へ向かいましょうか。
ほどなく熊本城へ到着。先日の震災の被害の大きさをまざまざと見せつけられました。
数年という単位では正直復興は無理ではないかと感じさせるほどの状態で心が痛みました。
それでも一日も早い復興を願います。


これで今回の行程の目的地を全て消化し、後は帰宅するのみなのですが、物はついで?で寄り道をします。
実はこの日佐賀市で『別趣味』の現場があったのですが当初は全く行くつもりはありませんでした。
しかし周遊パスを利用してるので途中で高速を降りても全く問題が無いことと、ちょっとばかり時間に余裕があったのと、後はまぁノリと勢いですかね(爆
まぁ行ったら行ったで思いがけない良い思いをすることもできたので、これはこれで良かったんですがそれはまた別の話ですね(笑


そんなこんなで(一度実家に寄りつつ)日付が変わる前に無事帰宅することができました。
今回の行程は全部で1087.2kmとなりました。前回の松江オフ時の距離を越え、自分が運転する距離の最長記録を更新。
しかし前回ほどの疲れはありませんでした。この分であればもう少し遠くへの遠征も可能かなと思ってます。
次回のオフ会は岩手県での開催が濃厚ということで正直参加は難しいかなと思ってますが、それでも何とか参加できればなあと思ってます。
もちろん近場であればなおさらです。あ、関西での「番外編」オフがあれば是非とも参加したいと思ってますので。

[91591] 2016 年 10 月 8 日 (土) 18:16:51【1】 山野 さん
 火山灰・降下

4月は地震。今月は阿蘇山噴火(36年振りの爆発らしいね今回のは)。
それにしても、今年の九州地方は立て続けに災難というか天災の年ですね。
松山市でも灰が降ったという記事は見たが、高松市にも灰が降っていた模様

[91590] 2016 年 10 月 8 日 (土) 18:08:13 むっくん さん
 大阪市の場合

[91585]ぺとぺとさん
南海電車高野線(汐見橋線)の各駅は、いずれも少ない乗降者数です。数値は2014年です。
汐見橋駅526人
芦原町駅174人
木津川駅98人
津守駅618人
西天下茶屋駅283人
いずれも大阪市西成区にありながら、1000人はおろか、100人にも満たない駅があります。
汐見橋駅は、大阪市のほぼ中心といっていい立地ですが、それでも1000人を割っています。

[91589] 2016 年 10 月 8 日 (土) 17:12:33 mizutoh さん
 利用客5000人以下の駅(関西)

単純に利用客が5000人以下の駅についてまとめようかと思いましたが、ここは少し別の方法で。
1日当たりの乗降客数が5000人以下で、かつ隣の駅と比較した乗降客数比が1/50以下の3駅についての表です。
駅名路線名乗降客数隣駅駅間距離(km)
今宮戎南海高野線1,336なんば1/1320.9
萩之茶屋南海高野線1,554新今宮1/550.6
河堀口近鉄南大阪線3,192大阪阿部野橋1/501.0
※なんば・新今宮の2駅は南海本線と高野線の合算
これらの駅は、全て1駅隣がターミナル駅であり、また駅間距離も1.0km以下という条件を満たしています。
1kmというと、徒歩でも10分強の距離である上、駅の周辺も都市の中心部に近い事で住居地域というよりむしろ商業地域という面が強くなっているのでしょうか。

[91588] 2016 年 10 月 8 日 (土) 15:31:51 Takashi さん
 乗車人数5000人以下の駅-東京編-

[91585] ぺとペとさん
[91587] Takashi

利用者数が周辺の駅に比べて極端に少ないといえるかどうかは難しいところですが、とりあえず各鉄道会社発表の資料で1日あたり乗車人数(2015年)が5000人以下の駅をリストアップしてみます。

JR東日本
該当なし(最少の越中島(京葉線)が5028人)
つくばエクスプレス
南千住4855
りんかい線
該当なし(最少の東雲が6449人(2014年))

南千住駅の利用者が少ないのは行けるところの多いJRもしくは東京メトロを利用するからではないかと思われます。

[91587] 2016 年 10 月 8 日 (土) 15:08:10【4】 Takashi さん
 乗降客数10000人以下の駅-東京編-

[91585] ぺとペとさん

利用者数が周辺の駅に比べて極端に少ないといえるかどうかは難しいところですが、とりあえず各鉄道会社発表の資料で1日あたり乗降客数(2015年)が10000人以下の駅をリストアップしてみます。

東武
堀切(伊勢崎線)4202
小菅(伊勢崎線)5677
東あずま(亀戸線)7465
亀戸水神(亀戸線)3889
北池袋(東上本線)9489
西武
新桜台(西武有楽町線)8351
京成
新三河島(本線)5468
江戸川(本線)5348
柴又(金町線)9148
北総
新柴又(北総線・2014年)3941
京王
新代田(井の頭線)9589
小田急
南新宿(小田原線)3815
東北沢(小田原線)6506
世田谷代田(小田原線)7886
東急
下神明(大井町線)8165
北千束(大井町線)6966
緑が丘(大井町線)9591
大崎広小路(池上線)7977
蓮沼(池上線)8079
京急
北品川(本線)9264
東京メトロ
西ヶ原(南北線)8105
都営地下鉄
新高島平(三田線)9738
国立競技場(大江戸線)8897

ターミナルに近い駅や支線系の駅、また近くに大きい川があるため利用客が比較的限定されてしまう駅が利用者臭の少なさに影響するものと思われます。

JR東日本、つくばエクスプレス、りんかい線は乗車人数での発表になっていますので一旦稿を改めることにします。

[91586] 2016 年 10 月 8 日 (土) 14:06:06【1】 mizutoh さん
 ゆめが丘

[91585]ぺとペとさん
相鉄いずみ野線ゆめが丘駅は、1日平均の乗降客数ではいずみ野線の終点である湘南台駅の10分の1以下の2000人台という駅です。
ただ、この駅は位置としては横浜市内という事になりますが、単に終着駅である湘南台駅の次駅というだけで、例として挙げられた米野駅のように周辺が市街地中心部の住宅密集地という事でも無く、まだ周辺地域も区画整理事業が進行中であり今後の利用客増加が見込めるため、比較対象としては不適当かとは思いますが...

[91585] 2016 年 10 月 8 日 (土) 13:02:35 ぺとぺと さん
 大都会の小駅

近鉄名古屋線の米野駅ですが、名古屋市中心部の戸建住宅や中低層の集合住宅が立ち並ぶエリアにありながら、年間(平成26年度)の乗車人員は103,002人、1日あたりに換算するとわずか282人しかいないんですね。(平成26年版名古屋市統計年鑑 11.運輸・通信参照)
近鉄公表の乗降人員(平成27年11月10日〔火〕調査)では830人となっており、乗車人員はその半分の415人として名古屋市の統計とは130人ほどの差がありますが、それでも利用者数が周辺駅と比べて極端に少ないことに変わりはありません。ほぼ隣接するあおなみ線のささしまライブ駅も、1日あたり乗車人員が1,000人未満となっています。
京急の神奈川駅も1日あたり乗車人員が2,000人ちょっとの小駅ですが、いずれもターミナル駅まで徒歩圏内にあるが故の事象かと思われます。
東京都内や大阪市内にもこのような利用者数が周辺の駅に比べて極端に少ない駅ってあるのでしょうか。

[91584] 2016 年 10 月 8 日 (土) 11:05:30【1】 オーナー グリグリ
 富谷市誕生記念クイ図五番勝負

明日の夜、9日から10日に日付が変わるタイミング、すなわち、富谷市が誕生するタイミングで、第五回クイ図五番勝負を開始します。深夜零時のスタートになりご不便をおかけしますが、多くの皆さんの参加をお待ちしています。

ところで、現時点でフライングして富谷市役所がすでに表示されている地図がいくつかあります。
Yahoo!地図
MapFan
BIGLOBE地図(Yahoo!地図利用)
So-net地図(Yahoo!地図利用)

三連休前に処理しておきたかったのかなぁ。

久しぶりの変遷情報更新です。雑学や隣接情報などの更新も必要です。(自分へのリマインド)

[91583] 2016 年 10 月 7 日 (金) 23:40:55【2】 オーナー グリグリ
 オフ会紀行(一日目)

[91581]JOUTOUさんの記事に刺激されて、私も忘れないうちにオフ会紀行をしたためましょう。

今回のオフ会は九州ふっこう割を利用し、杖立温泉ひぜんやの宿泊費用をかなりお得に利用することができました。加えて、私自身も宮崎県のふっこう割を利用して前後の宿泊と航空券とレンタカー代をお得に調達できました。使えるものは使わないとね。

オフ会前の私の経県値は宮崎県と鹿児島県が未宿泊県で、鹿児島県は接地までと実質未踏県でした(宮崎県は福岡オフ会の際に高千穂を訪問)。そこで、宮崎県か鹿児島県の宿泊を目論み、ANAの旅作でふっこう割を使ったツアーを物色しました。旅作は、往復航空券に宿泊とレンタカーを自由に組み合わせられることと、宿泊も1泊のみ予約すれば残りの宿泊を自前調達にできる自由度があるので気に入っています。

物色の結果、宮崎空港往復で鹿児島県指宿宿泊のツアーを確保しました。以下、具体的な行程です。こちらのオフ会写真集と一緒にご覧ください。

■一日目:9月17日(土)
羽田7:25の出発時間に合わせて自宅を始発電車で出発。台風の影響は何とか最小限になりそうで一安心。三連休初日とあって、羽田に6時半過ぎに到着しましたがすでにかなり混み合っていました。保安検査場も混雑しており、出発時間に余裕のないお客さんを係の人が声を張り上げて優先レーンに案内していました。無事保安検査を通過し搭乗口の手前でモーニングセットで朝食。機体はA320で予定通り離陸。ほぼ満席。座席は35Kで主翼やや後方の窓側。途中、雲はそれほど多くなく、富士山、紀伊水道、室戸岬、豊後水道など望めました。ほぼ予定通り宮崎空港に9:10に到着。手荷物だけなのですぐにニッポンレンタカー宮崎空港営業所で、熊本ナンバー501わ4146フィットを調達。

実は、オフ会企画の準備に夢中で、前後の行程はフライトと宿以外は何も計画していませんでした。私は、街歩きにはあまり関心が無く、自然景観を堪能する方が好きなので、指宿までは景色の良いところを選んでドライブしようという程度の考えでした。とりあえず、少し前に読んだ雑誌に書いてあった日本一低い峠のドライブコースと紹介されていた日南海岸の堀切峠へ向かうことにしました。すぐに青島の看板が見えてきたので、一度は見ておかなければと立ち寄ることに。美しい砂浜と青島を取り囲む鬼の洗濯板が印象的で、昭和40年代後半の新婚旅行のメッカと呼ばれただけの観光地だなと思いました。写真にも撮りましたが若いカップルも結構見かけました。可愛い赤い三輪車が観光客を乗せて島を一周していましたが、後から調べたら、無料だったんですね。乗るんだった、残念。台風の影響も感じられず、青空にいい感じで雲が浮かび、JOUTOUさんも言われているようにかなり暑かったですが、気持よくゆっくりと青島を一周しました。

その後、青島亜熱帯植物園に立ち寄りましたが、時間があればじっくり鑑賞してみたい植物園でした(植物園やお花畑も好きです)。植物園の無料駐車場に気付き、民間の1日500円駐車場を使わなくてすんだのにとちょっと残念に。国道220号(日南海岸ロードパークとも日南フェニックスロードとも呼ぶようです)は天気もよく快適なドライブコースです。途中、いるか岬など眺めの良いところに立ち寄りながら、次は、都井岬を目指すことにしました。国道220号を南郷まで進み国道448号に乗り換えて海岸線を都井岬までと思っていたら、途中でナビ君が迂回ルートを案内するではありませんか。どうやら、7月の大雨で串間市市木の海岸線2箇所で448号が通行止めになっているようです。ナビ君の言う通りに、220号で串間市街まで行き、そこから448号で都井岬を目指しました。

都井岬の入口料金所で都井御崎牧組合に400円を払いましたが、都井岬一帯を牧場として野生馬と呼ばれる御崎馬を飼育している組合だそうです。粗放な飼い方から風貌や習性あるいは体形や資質が野生状態を思わせることから、都井の野生馬と呼ばれるようになったそうです。野生馬と言えば、青森県尻屋崎の寒立馬を随分昔に見たことがありますが、同じような野性的な放牧状態でしたね。都井岬でも天気は素晴らしく良く、九州で唯一参観可能な都井岬灯台からは日向灘や志布志湾方面の絶景が眺められて、大満足でした。灯台の駐車場には親子を含め数頭の野生馬が普通にうろついており、車を出そうとしたら目の前にも2頭の野生馬が。バックで脱出。

青島でのんびりしていたこともあり、指宿まではまだかなり距離があることにようやく気が付いて、都井岬に心を引かれながら先を急ぐことにしました。448号を串間市街まで戻り、再び220号で鹿児島県志布志市に入りました。志布志市志布志支所(旧志布志町役場)は志布志市志布志町志布志にあるので志布志が3回連続するというのを売りにして支所前に看板もあるとのことで(落書き帳関連記事)、地名好きとして記念撮影のために立ち寄ることにしました。

志布志支所を後にして、後は真っ直ぐ指宿を目指すことにしました。ナビ君の言う通り、曽於弥五郎ICから東九州道に入り、加治木JCTで九州道を南下しました。高速道路に入った頃から雲が少し多くなり、鹿児島市付近では少し雨もぱらつきました。ところで、鹿児島県はほとんど初めての経験で([47131]参照)、志布志市に入って志布志湾、錦江湾を回り込むように走った印象は、「鹿児島って山なんだなぁ」ということでした。シラス台地の特徴なのかどうか分かりませんが、平地が少なく山が海(カルデラ湖が陥没した湾)に迫っているという印象でした。これは実際に行ってみないと実感できないことだなと変に感心した次第。

桜島はやはり雲に隠れて麓の方が確認できるだけでちょっと残念。九州道の終点、鹿児島ICで一般道に降りて、国道225号から国道226号へと指宿に向かいます。谷山を過ぎて、翌日指宿スカイラインから撮影したJX石油基地のスケールに驚きながら南下を続けます。この辺りで一度、かなり激しい雨に遭遇。それもすぐに止みましたが、指宿市街に入ろうとする手前で事件が発生。ナビ君があらぬ方向にガイドするのです。おかしいと思いながらも言う通りにしていたらどんどん山の中に入って行きます。さすがに変だと思い車を停めて目的地を確認し再設定しますが、やはり目的地は山の中。

なんと原因は私の勘違い。旅作で予約したホテルを指宿市街地の海岸線にあるものとばかり思っていました(それらしいホテルもあったため)。実際は、山の中にあるホテルでした(指宿ベイテラスHOTEL&SPA)。ナビ君は間違っていませんでした。それでも、事前にホテルをよく調べていなかったので、少し薄暗くなり始めた山道をくねくねと登って行くので不安は消えませんでした。ところが着いてみると、指宿市街を見下ろす山上にあるとんでもなく立派なホテルでした(旧グリーンピアとのこと)。ホテルの中に生け簀というかプールのような池があり、錦鯉が優雅に泳いでいたり、大勢の若い従業員がアロハでお出迎えと、ビジネスホテルのちょっと上程度を予想していたため、少し焦ってしまいました。ちなみに、指宿市はアロハ宣言しているそうです。案の定ホテルのお客さんは、ファミリーかカップルばかりで、お一人様は私以外には見かけませんでした。

温泉に入り、指宿市街の夜景を見ながら美味しいコース料理を食べて、次の日の予定も決めずに眠りにつきました。ということで、一日目は天候にも恵まれて充実したドライブを楽しみました。(二日目に続く)

[91582] 2016 年 10 月 7 日 (金) 18:48:35【1】 白桃 さん
 那覇工業高校は那覇市にはない

ぺとぺとさんが[70723]で一覧表にされている、農・工・商業高校が揃っている市に関しての続編です。
私は、「農業高等学校」「工業高等学校」「商業高等学校」で終わる高校に限って見ましたので、「農林高校」「工芸高校」「商工高校」などは除外しております。そのため、ぺとぺとさんが挙げられている市から、堺、松江、出雲などが除外されています。また、7年前から統廃合された結果、伊賀などが該当しなくなっています。
それとは別に、[91567]で私が指摘させていただいた盛岡のように、ぺとぺとさんが勘違いされていると思われるのが、
水戸市(水戸農業高校は、那珂市にあります)
高知市(高知農業高校は、南国市にあります)
佐賀市(佐賀農業高校は、白石町にあります)
の3市です。
また、挙げられなかった市以外で該当するのが4市ありました。
農業高校工業高校商業高校
南相馬市相馬農業小高工業小高商業
長野市更級農業長野工業長野商業
半田市半田農業半田工業半田商業
鹿屋市鹿屋農業鹿屋工業串良商業
※南相馬市は、やがて該当しなくなるようです。
と、ここまでエラそうに書きこんでいますが、7年前のぺとぺとさんの一覧表がなければ、私も永久に知りえなかったことなので、ぺとぺとさんには大変感謝申し上げる次第です。
ついでながら、以下に掲げる28の実業高校は名称からイメージする市区町村にはありません。
岩手県立久慈工業、宮城県立加美農業、私立山形電波工業、千葉県立君津商業、都立荒川商業、都立北豊島工業、都立墨田工業、都立農業、都立多摩工業、神奈川県立中央農業、長野県上伊那農業、長野県下伊那農業、岐阜県立岐阜工業、静岡県立沼津商業、滋賀県立湖南農業、京都府立工業、兵庫県立農業、兵庫県立但馬農業、兵庫県立播磨農業、奈良県立奈良情報商業、香川県立三豊工業、高知県立高知東工業、福岡県立福岡農業、福岡県立浮羽工業、福岡県立八女工業、福岡女子商業(公立)、沖縄県立那覇工業、沖縄県立沖縄工業
28すべての所在自治体名を知っている方、果たしているのでしょうか?
因みに、私が前もって知っていた、あるいは想像していた通りだったのは、2つか3つです。
それから、以前、落書き帳で話題になった宮城県立大河原商業高等学校の所在は、大河原町になっていますが、敷地の殆んどは柴田町内にあります(正確には、あるように見えます)。これは、[16013]千本桜さんが仰るように、あの周辺が完全に大河原市街地にもかかわらず、「柴田町船岡」となっていることがそもそもオカシイのです。

[91581] 2016 年 10 月 7 日 (金) 15:38:09 JOUTOU さん
 OFF会紀行(杖立OFF会)

杖立OFF会

みなさんこんにちはJOUTOUです。第13回杖立OFF会から早や1か月が経過しようとしております。忘れないうちに(苦笑)前後の行動を含め、振り返ってみようと思います。

今回で連続12回目の参加となりますが、おそらくメンバー中一番最初に行動を起こしたのはこれが初めてだと思います。6月中旬にほぼ「杖立OFF」が確定してから、これまで未踏だった鹿児島・宮崎を巡ることを決め、フライト・宿泊・レンタカー等、全ての予約を完了させました。すなわち復興割発売前だったため割引の恩恵は受けていませんが・・・。

「羽田空港から鹿児島空港へ」
9月16日(金)。AM6時25分定刻通り羽田空港を飛び立ちに8時20分頃当着「鹿児島県(霧島市)」。記念すべき鹿児島の第一印象は「暑い」。でも東京での「暑い」とは明らかに感覚的に違う「ジリジリ焼ける」って感じでしょうか?。

「鹿児島市街へ」
そんな感じを味わいながらレンタカーに乗り込みひとまず鹿児島市街へ。天気は良かったのですが午前中は雲も多く高速からの桜島はふもとしか見えませんでした。高速を降りると若干渋滞がありましたが9時過ぎには鹿児島市街に入りました。

「鹿児島と言えば・・・PART1」
とは言え、名物・名所には枚挙にいとまが無いのですが、まずわたしが向かったのは「さつまあげ」を求め、なんとなく選んだ有村屋本店へ。昨年同様、直接上司及び自宅に配送。(帰宅後食しましたが、とてもうまかった〜)その後、まずは加世田市街を目指しレンタカーで移動開始。

「加世田市街地〜枕崎へ」
本当は、川内や串木野・市来・伊集院あたりの町並みも見てみたかったのですが、昼食は枕崎と考えていたので時間的に断念しました。小一時間も走ると南さつま市加世田へ

到着。これといった印象はなく想像通りの町並みでした。この時間になると空の雲もほぼなくなり、快晴に近い状況になっていました。朝食が早めだったこともあり、非常におなかが空いていたので、そそくさと加世田を後にして枕崎へ。わたしのイメージする枕崎と言えば「鰹(節)」です。早速、港の食堂で「鰹のたたき上定食」を注文し、たたき・煮物・酢の物等チョットしたフルコースを堪能し、おなかも満たされました。なお、当然のことながらこの旅行でエンゲル係数が高くなるのは覚悟の上なのです。

「鹿児島と言えば・・・PART2」
車は枕崎から指宿方面に向かいます。ほどなく南九州市に入り頴娃の町並みへ。先の加世田や枕崎よりも国道沿いはむしろ郊外型の店が多く展開していたように感じました。そしてついに、とても綺麗な稜線のあの山「開聞岳」とご対面です。わたしはもちろん当地は初なのですが、かの焼酎のCMで見て、鹿児島と言えばの上位にランクインしています。非常に天気にも恵まれとても美しい姿を西側の海岸線・北側の池田湖・東側の長崎鼻から見ることができました。強いて言えば夕暮れ時のを見たかったのですが、明日のこともあるのでそこは妥協しました。

「鹿児島と言えば・・・PART3」
開聞岳を堪能した後は、指宿の温泉街を尻目に再び今日宿泊する鹿児島市街へ。その道中ついにあの鹿児島の象徴とも言える「桜島」を一望することができました。頂上には富士山で見るところのかさ雲が崩れたようなものがかかっていましたが(ひょっとして噴煙?)全体的にきれいに見る事ができました。以降、鹿児島市街地でも、翌日高速上からも雄大な姿を見せてくれていました。

「鹿児島中央駅〜天文館」
一日目のホテルは鹿児島中央駅に程近い場所で、西郷さんの生誕地の碑なんかも近くにありました。チェックインを済ませ駅方面へぶらっと散歩。駅周辺を見回り(主に土産物屋)した後、路面電車に乗ってみたかったので、天文館まで乗る事にしました。金曜の夕方ということもあり、学生さんや通勤客も多く社内は結構混んでました。天文館通りを散策しつつ晩ご飯を物色、結局「黒豚とんかつ(特上)」を食することにしたのですがこれが大失敗。肉が分厚すぎて量が多く、最後の方は味も感じないくらい満腹でした。あと、甘いソースも好みじゃなかった。天文館からは腹ごなしも兼ねて歩いてホテルまで帰りました。わたしにとって初めての鹿児島の街は、とても雰囲気のある魅力的な街で、機会があればもう一度ゆっくりじっくり歩いてみたいと思える街でした。

「志布志へ」
二日目の朝も非常に良い天気!九州自動車道へ入り車窓の右には桜島を眺めながら、東九州自動車道方面へと車を走らせまずは志布志へ。理由は特になく「志布志には立ち寄らなければいけないような感覚」って、落書き帳の皆さんならわかってもらえるんじゃないでしょうか?ただし、この日唯一志布志滞在時だけは結構な雨が降っていたため、車からは降りずに街を流しました。

「いよいよ46番目の地へ」
志布志を出てからは都城へ向かうことにしました。当初は串間経由を考えていたのですが、是非都城の街は見ておきたかったので急遽予定を変更し、太平洋を背に走りました。道中はほぼ山林で特筆すべきものはなかったのですが、三桁ぞろ目の国道(222号都城〜日南線)初体験しました。(厳密に言えば北海道の上川で供用区間39号線の供用333号線を走ったことはありましたが、単独区間は初)そして、経県値未踏で46番目の地「宮崎県(都城市)」へ。都城の街は自分の想像していた以上に、古くから地域の中心を担ってきたような落ち着きのある街といった印象でした。

「本日のメイン」
都城の街を徘徊した後、本日のメインである“彼の地”へ向かうため、さっき来たR222号を逆戻り。過去に落書き帳でも公表しているCARPファンである私が外せない場所とは「日南市油津」そう言わずと知れた50年に渡りCARP春季キャンプを行っているその地なのです。正直なところ旅行当日すでに優勝を決めているなんて想いもしませんでしたが・・・。メイン球場である「天福球場」や駅周辺・商店街を巡りましたが、どこも「優勝あめでとう」の幟や垂れ幕で溢れていました。昼時ではあったのですが街中ではあまり人を見かけなかったものの、昼食に入ったCARPキャンプで選手も良く出入りする有名なラーメン屋さんはお客さんで満席状態でした。とんこつラーメンは美味しかったですが、チャーハンまで頼んだのは量が多すぎでした。その後満腹の腹ごなしも兼ねて飫肥城を見学してきました。このサイトでは過去に話題に上がっていますし、あえて述べるにはおこがましいのですが、日南市は港町である油津から、飫肥城に向けて川沿いに細長い街並みが続いていました。
PS:グリグリさんとわたしは、道中ほぼ逆廻りのルートだったので途中国道220号上ですれ違っていたのでは?と思っていたのですが、グリグリさんが都井岬で馬と戯れていた頃、飫肥城にいたわたしとニアミスするはずがないことに帰宅後気付きました。

「宮崎市街へ」
昨日から結構な距離を走行し、少々お疲れモードに入ってきたことを感じていたため、日南海岸を北上して宿泊地である宮崎の中心街へ。PM3時過ぎくらいにチェックインを済ませ、ちょっと横になったつもりが気付いたら7時。あたりはすでに暗くなっていました。食事をしようを思い外へ出るとなんと雨。ほぼ止む寸前の状態でしたが、通り沿いの水溜りがそれまでの激しさを表していました。とりあえず宮崎では牛を喰らうと決めていたので物色開始。とある「ブランド牛の盛り合わせ」を扱う焼肉屋があったので、その盛り合わせ&最近あまり食べられなくなった「ユッケ」をいただきました。料金もソコソコでしたが量は適量で大変美味しかったです。あとは繁華街をブラブラしてホテルへ。あくまでも個人的な主観ですが、宮崎も大きな都市なのですが、鹿児島と比べると街並みの風情というか歴史というか若干の物足りなさを感じました。

「カーナビ」
三日目のAM8時、台風は確実に近づいており九州各地で大雨を降らせていたようですが、宮崎はまだお日様が覗いていました。ただ、これから天気が悪化するのは避けられそうもないので、目的地を絞って行動することに。知らない土地でもありカーナビ君にルートをお願いして、まずは大分市佐賀関を目指し東九州自動車道を北上開始。しばらく走ると都濃ICで降りろとカーナビ君が申すのです。半信半疑ながらもそれに従って一般道(国道10号)日向までを走り高速道に復帰することに。そして日向ICで確信しました。どうやらカーナビ君は高速道(都濃〜日向間)が繋がっていることをご存じないらしい。そして延岡を過ぎるとまた降りろと指示も聞かない振りしているうちに、県境を越えました。そして三県目「大分県(佐伯市)」へと入るや否やついに雨が降り始めました。
PS:ちなみに今回宮崎県内で未踏だった市は串間市・小林市・えびの市の3市でした。

「関さば・関あじ」
本日の楽しみの一つがこれをいただくこと。雨もかなり強めになってきた11時過ぎ佐賀関に到着。店を探したのですがどこも駐車場がない。そこで国道を大分方面へ戻った通り沿いの店へ入店。メニューを見ると、刺身定食1300円も頭に“関”の名前が付くと2700円とはさすがブランド。もちろんここまでわざわざ足を運んでさしみ定食はありえないので、「関さば刺身&関あじ刺身」定食3300円をオーダー。30分くらいの結構な待ち時間の間、次々に地元の常連さんや九州近県からのお客さんが入店し、いつの間にか空席が埋まっていました。煮物や酢の物の小鉢も多く添えられていて美味しかったです。そういえば過去に酢で締めてない「さばの刺身」を食べたことあったかな?記憶にないなぁ〜。

「日田へ」
当初は湯布院に立ち寄ろうかと思っていたのですが、天候をが悪そうなので直接待ち合わせの日田駅へ向かうことにしました。大分市内は小降りの雨、別府市内に入ると視界30m程の濃霧、由布市に入ると雨は上がり高速上から湯布院の街並みは見る事ができあました。由布岳はさすがに雲に隠れていましたが。ちなみにわたしが日田という地名を初めて知ったのが小学生4年生の頃、以前選抜高校野球に出場していた「日田林工」がきっかけでした。理由は“ヒタリンコウ”って語呂が良かった(笑)。さて、そんなこんなでPM2時40分頃日田駅に到着。かすみさん、hmtさん、デスクトップ鉄さんを乗せて、OFF会の会場「杖立温泉ひぜんや」に向かいました。

「ひぜんや」
日田駅から40分程で「ひぜんや」に到着。ロビーから部屋へ移動する際に四県目「熊本県(小国町)」へ徒歩で(笑)入りました。楽しかったOFF会の内容についてはここでは端折りますが、今年は九州関連クイズ正答なし(いつもの調子が戻っただけで去年一昨年がたまたまだった)もビンゴで景品をいただきました。例年になくOFF会前にまる2日も遊びまわったので少々疲れ気味だったのかも知れません。あとホテルの脇を流れる杖立川の水流の音が結構激しかったのが印象に残っています。

「五・六」
四日目の朝7時に朝食会場へ。参加者ほぼ全員の方がお見えになっていたので挨拶を済ませ、白桃さんと共に福岡空港目指し宿を出ます。ちなみに宿を出たのはAM10時の少し前だったと思いますが、みなさんすでに出立後で我々が最後でした。日田ICから大分道を福岡方面へ走り、五県目の「福岡県(朝倉市)」を通過、そして六県目の「佐賀県(鳥栖市)」へ。フライトまでの時間があるので、高速を降り鳥栖の街を流してみました。街はにぎやかなでしたが、幹線道路から脇の道に入った路地は比較的狭いな?って感じでした。

「天ぷらひらお」
比較的前日のOFF会会食時「明日の昼食」を考えていたら、隣に座っていた菊人形さんから「“空港の近くに”おいしい天ぷら屋がある」との情報をいただきました。GOOGLEで場所を検索するとすぐに出てきたので「カーナビ君に“電話番号”入力」お店へ。ちょっと昼時をずらして行ったのですが、100人近い行列に少々たじろいだものの大変美味しくいただきました。白桃さんごちそうさまでした。そして菊人形さんいい店を紹介いただきありがとうございました。福岡に出向いた折には是非また立ち寄りたいと思います。
ちなみに、菊人形さんが紹介してくれた“空港に近い”は「本店」。我々は入った店は実は「貝塚店」。なぜそうなったか?はG検索で最初に出てきたのが「貝塚店」だったから。菊人形さんが空港から歩いて20分と言っていたので「歩くの速いなぁ」と思ったのですが、店を出るとき「天ぷらひらお」のトラックが止まっていたので違う支店に来たことはうすうす感じてましたが。(笑)

「旅の終り」
その後福岡空港で白桃さんとお別れし、ほぼ予定通り機内へ。メーリングリストで「遅れもなく順調」と送信したとたん、機内アナウンスで「羽田到着便が混み合いこのまま30分程度待機する」とのお知らせ。最後の最後に来て影響を受けることになりました。羽田着は40分程度の遅れ、旅の終りは結構な雨で大分で買った傘が初めて役に立ちました。(苦笑)

グリグリさん・メンバーの皆さん。今回も楽しい時間をありがとうございました。そして来年は岩手を予定していますし、関西地区で日帰りOFF会等も企画しています。是非とも多くのみなさんの参加をお待ちしています。

駄文・長文大変失礼しました。m(_o_)m

[91580] 2016 年 10 月 7 日 (金) 08:58:46 デスクトップ鉄 さん
 伊那と木曽

[91553] ペーロケ さん
「伊那」は、飯田線の前身「伊那電車軌道(伊那電気鉄道)」という鉄道会社名が由来なのではと思われます。
「伊那」が頭につく11駅のうち、伊那小沢は伊那電気鉄道ではなく三信鉄道が1936年に開業した駅です。伊那電気鉄道が社名を冠して開業した他の10駅*にあわせたという見方もできなくはありませんが、やはり地域名を冠したとみるのが妥当だと思います。
*川路も開業時は、伊那川路。ほかに飯島と田切の間に伊那赤坂駅があった。一方伊那上郷、伊那松島は、開業時は伊那を冠していなかったが、国有化以前に改称。伊那市は1954年の市制施行後に伊那町から改称。
興味深いのは、飯田線と中央西線には「信濃」・「信州」を冠した駅がないことです。旧国名を冠するよりも、伊那や木曽という有力な広域地名を冠した方が所在地をイメージしやすいということかもしれません。これは、岩代ではなく、会津を冠した駅についてもいえます。

なお[91494]
会津、伊那、知多、木曽、郡上、碧海
木曽を除くと郡名ですね。南北や上下に分かれているところもありますが。
木曽平沢と木曽福島は開業時は西筑摩郡だったのでこう書きましたが、その後木曽郡になっていますね。

[91579] 2016 年 10 月 7 日 (金) 01:01:57 倉田昆布 さん
 シンプル地図終了

連投失礼します。

Yahoo!地図のシンプル地図が今月17日で終了するそうです。
シンプル地図を表示させると、ページ上部にお知らせが出ます

[91578] 2016 年 10 月 6 日 (木) 23:49:35 倉田昆布 さん
 日本の地名と小惑星

[91577]で小惑星の名前と書きましたが、日本の地名に由来する小惑星も多くありますね。
アーカイブズ「星になった地名たち」にもなっており、当時命名されていた小惑星がリストアップされていますが、その後10年以上が経ち、さらにその数は増えています。

最近の例では、今年4月に命名公表された(120462)Amanohashidate[天橋立]、8月に公表された(12335)Tatsukushi[竜串]があります。

「小惑星に命名された地名」コレクションなんてのもできる、かも……?
と思いましたが、地名コレの趣旨にはちょっと合いませんね……。

[91577] 2016 年 10 月 6 日 (木) 22:08:11【1】 倉田昆布 さん
 天文

[91574] Takashiさん
この郵便局は近くを東経135度の子午線が通っており、その郵便局が存在する町名そのものが天文町といいます。(それを書かなかったのはあえてなのかどうかはわかりませんが。)

反対語コレの説明文に“施設名の場合は都道府県と市区町村名を表示”とあるので、それに合わせただけで深い意味はありません。むしろ、天文好き(※注)の自分には興味深い町名ですよ。
天文関係では岩手県奥州市水沢区天文台通りという地名も。この「天文台(国立天文台水沢VLBI観測所)」は、となりの星ガ丘町にあるわけですが……。
都道123号線は、通称「天文台通り」。国立天文台の本部があります。
それから、鹿児島には(正式な町名ではありませんが)天文館がありますね。

と、ここまで書いてから記事検索したら、[64924] 小松原ラガーさん、[64932] 星野彼方さん、[64940] EMMさんの記事がありました。
明石市天文科学館が天文町にないことにも触れられています。

宇宙関係では、[54299] ezekielさんが“でっかい地名”として、「銀河」や「宇宙」などを含む地名をまとめられています。


※注:天文好きとは言っても、自分が興味あるのは惑星の表面の地名だとか衛星や小惑星の名前といった「名称」に関することばかりで、実際に天体観測をするようなことはないのですが……。


[91573] グリグリさん
オマケは自分でも無理なこじつけなのはわかっているので、スルーしていただいて構いませんよ(笑)。
他には「三陸海岸」で「陸海」というネタもありました……。
いや、ホント済みません……。

[91576] 2016 年 10 月 6 日 (木) 17:29:02 千本桜 さん
 萩

[91551] ニジェガロージェッツ さん
[91554] k_ito さん

[91548] で出題した
ここはどこでしょう
の答は、(A)萩博物館、(B)田中義一総理大臣、(C)菊屋家、(D)菊屋横丁、(E)高杉晋作、(F)江戸屋横丁、(G)木戸孝允、(H)萩西中学校、(I)萩高校、(J)堀内鍵曲、(K)口羽家住宅でした。

1泊旅行することは多々ありますが、今回はめずらしく2泊3日の団体旅行。ただし、広島市内で開催される研修会に参加することが条件です。旅行計画は、見学場所、見学地での滞在時間、道順、宿泊旅館、昼食店、さらにはトイレ休憩の場所から観光ボランティアガイドの設定まで、すべて自分で立案計画しました。旅行計画を業者に頼みたくない理由は、微細な事柄が伝わってこないからです。宴会場の広さは何畳?などの確認は、旅行業者を通さずに旅館と直接交渉した方が早いし、細やかな事まで聞き取れるというのが私の考えです。

今回の旅行の概略は、仙台空港→広島空港→広島市内(平和記念公園・原爆ドーム・研修)→宮島(厳島神社・ナイトツアー・宿泊)→岩国(錦帯橋・吉香公園)→秋芳洞(秋吉台はバスの中から展望)→萩(萩八景遊覧船・堀内地区・萩城城下町地区・宿泊。翌日は松下村塾・松陰神社・東光寺)→下関(火の山公園・唐戸地区)→門司(門司港レトロ地区)→福岡空港→仙台空港でした。

秋芳洞を出発して萩へ到着。まず、萩城跡近くの萩八景遊覧船乗場へ。40名が4艘の船に分乗して水の上から萩を観光。萩八景遊覧船に乗るのは全員が初めてで、みんなキャーキャー言いながら楽しそうでした。でも船から見える景観はいまひとつ迫力不足かな。下船後の観光は、萩は初めてという人のために史跡・萩城城下町(菊屋横丁・高杉晋作誕生地・江戸屋横丁・木戸孝允旧宅など)を現地の観光ガイドさんに案内してもらうように設定。別行動をしたい人のためにはレンタサイクルを紹介。

当然、私はレンタサイクル。萩の中心商店街探訪と、47年前に萩を訪れた時に最も印象に残った平安古(ひあこ)の鍵曲へ行くのが目的でした。ところが、貸し自転車を借りた人たち5名が「千本桜さんの後をついて行きます」と、私の後をついてくるではありませんか。う〜ん、これはまずい。「ここが萩の商店街です」と、ジョイフル田町のアーケード商店街を案内しても、喜んでくれるはずがない。急遽、コースを変更。町人町&中級武士が住んだ史跡・萩城城下町地区と、上級武士が住んだ堀内地区の重要伝統的建造物群保存地区を重点に絞ってサイクリングすることにしました。心残りは、集合時刻が迫って平安古の鍵曲に行けなかったことです。でも、いいじゃないですか。旅は道ずれと言いますから、高齢者の人たちと一緒にサイクリングしたことは想い出に残るでしょう。翌日は40名全員で松下村塾、松陰神社、東光寺を見学。東光寺は良かったですよ。午前中の早い時間だったので逆光が射していました。逆光を浴びて佇む大きな三門や500基もの石灯籠がクラクラするほど幻想的でした。

ここで、こぼれ話を1つ。40名の団体ですから、萩に詳しい人、詳しくない人、いろんな人がいます。同行のおじさんが「萩焼って、かたいの?やわらかいの?」と聞いて来たので大笑い。どうやら「萩焼」とは、前日宮島で食べた「もみじ饅頭」のようなものだと思っていたらしい。それから、やらずじまいに終わったことを1つ。萩の人に「仙台銘菓・萩の月を知ってますか?」と突撃インタビューするつもりでしたが、うっかり忘れていて実行しなかったのが残念。

[91575] 2016 年 10 月 6 日 (木) 13:50:35【1】 般若堂そんぴん さん
 Re

[91573] オーナー グリグリ さん
柏市は旧仮名遣いで,ということで.
(甲府市は現代仮名遣いですので,統一感は損なわれますが)

【追記】
香芝市の方が良かったようですね.

[91574] 2016 年 10 月 6 日 (木) 09:59:22【3】 Takashi さん
 明石子午線郵便局

[91570] 倉田昆布さん

明石子午線郵便局 あかししごせんゆうびんきょく 郵便局 兵庫県明石市

この郵便局は近くを東経135度の子午線が通っており、その郵便局が存在する町名そのものが天文町といいます。(それを書かなかったのはあえてなのかどうかはわかりませんが。)

普通なら明石天文町郵便局となっていてもおかしくはないのでしょうが、あえて子午線の名前を付けることで東経135度の子午線が通っていることをアピールする狙いがあるものと思われます。

ところでこの天文町という町名は近くを東経135度の子午線が通っていることにちなんだ町名だと思われるのですが、やはり戦後に名付けられた町名なのでしょうね。

ちなみに明石市天文科学館は天文町にはありません。(人丸町にあります。)

【2】(追記)
天文町という町名は1972年6月1日の第4次住居表示実施の際に新たに付けられた町名だそうです。(12ページ目参照)

【3】(追記)
明石子午線郵便局は2012年6月11日に旧明石大蔵郵便局が現在地に移転した際に現局名に改称されたのだそうです。

[91573] 2016 年 10 月 6 日 (木) 09:35:36【1】 オーナー グリグリ
 反対語コレ情報ほか

[91570] 倉田昆布さん
[91497](ポンポロ)はイレギュラー過ぎたので、今回は正統派でいきます(笑)。とは言っても、怪しいものも含まれていますが……。
反対語コレクションへの沢山の情報提供嬉しいです。まだまだ出てきますね。はさまコレクションにもあったとは編集者として面目ないです(愛知県のその他多数に埋もれていますが)。[91497] のポンポロも対象外としている訳ではなくて、手が回らないだけです、すみません、今回の件と合わせて追加検討しますのでよろしくお願いします。オマケのタテヨコは参考採用?却下? ゆめタウンは却下? かな。

[91571] k-aceさん
その次のM=松永駅(福山市)の回ですね。生口島は耕三寺訪問してたんで。
そうか、Mでしたか。生口島から鞆の浦じゃ遠いので変だなとは思ったのですが、次の回で松永に行ってましたね。すっかり忘れてました。そう言えば、キンシオのページにABCの旅のリンクが見当たらないですね。

[91535] いろずーさん
経県地:政令指定都市verはまだ作っていないということでよろしいでしょうか?
すっかり忘れていましたが、そのような計画についても語ったことがありましたね([76156])。申し訳ありませんが優先度としては今は随分低くなっており当分は手が付かないと思います。よろしくご理解の程を。

[91552] k-aceさん
「戦」が一文字余計ですね。
遅くなりましたが、ご指摘ありがとうございました。

[91537] 白桃さん
丸亀の市制施行は19世紀、これにはグリグリさんもビックリ。
はて、どういうこと???(最近、記憶喪失気味です)。

最後に、
[91398]
[91358][91372] [91379]は二重構造なんです。
この件、消化不良のままになっているようなので、確認しておきましょう。

[91358]
旭川市 → 行方市 → 館林市 → 羽曳野市 → 豊中市 → 歌志内市
二重構造とは、読みの最初をつなげ、次に、読みの最後をつなげるということです。上記は、「あなたはとう・わたしのかい」(貴方は問う・私の解)となります。ちょっと苦しい。
【おまけ】
広島市 → 町田市 → 流山市 → 蓮田市 → 熊野市 → 常滑市 → 宇都宮市 (笑
「ひまなはくとう・まだまだのめや」(白桃さん、ごめんなさい_o_)

[91372]
飯能市 → 栗原市 → 富谷市 → 浦安市
「はくとう・うらやす」

[91379] 白桃さん
大津市→福江市→海田町→飯舘村
「おふかい・つえたて」

[91401] 般若堂そんぴんさん
【追記・改訂版】
岡谷市→富津市→柏市→伊万里市→甲府市→土佐市→周南市→真岡市
「おふかいことしも・やつわりふさんか」で、意味は分かるんですが.....(隅っこ突ついてすみません)。

メッセージ:大分市 富良野市 釜石市 印西市

[91572] 2016 年 10 月 5 日 (水) 22:22:58 みやこ♂ さん
 御礼。

[91569]オーナーグリグリさん
ご教示いただきどうもありがとうございます。
なるほど〜、そうだったんですね。すっかりスマホのみのROMになってましたので全く気付きませんでした。
ありがとうございました。

当方、相変わらず、しょっちゅうサイトにはお邪魔してましたが、書き込みは2年半ぶり。
やや、こち亀の日暮状態ではありました。失礼いたしました。

[91571] 2016 年 10 月 5 日 (水) 20:47:17 k-ace さん
 松永

[91569]オーナー グリグリさん
ABCの旅のLのつもり(生口島のレモン谷)が、Rになった(表記がRemonだった)回だったかな(記憶違いかもしれませんが)。
その次のM=松永駅(福山市)の回ですね。生口島は耕三寺訪問してたんで。
ちなみにLは越谷市のレイクタウン北交差点でした(大相模調節池を大規模調節池と勘違いした回)。ちなみにこの回は越谷市相模町の大聖寺を訪問していましたが、武蔵国なのに何故相模町・大相模というのか番組内で紹介されていました。同じ内容がこちらの「新編武蔵風土記稿による大聖寺の縁起」の項。
縁起の略に、往古良辨僧正相州大山開闢の時面のあたり、不動の霊容を拝し、其尊像を刻まんとて、先其木の根本をもて一刀三禮し、一像を彫刻し、是を大山根本不動と名付く、大聖寺開山の僧不動坊といへる者、夢の告に任せ、彼像を負出て當所に来りけるが、俄に笈重くなりければ、是こそ有縁の地ならんとて、遂に當山に安置せり、よりて山を真大と號し、地を大相模と稱し、

[91570] 2016 年 10 月 5 日 (水) 18:09:01 倉田昆布 さん
 反対語コレ情報提供

グリグリさんへ

[91497](ポンポロ)はイレギュラー過ぎたので、今回は正統派でいきます(笑)。とは言っても、怪しいものも含まれていますが……。


まずは既にコレクションにある反対語。実は、他のコレクションから拾ってきたものばかりです。
■左右
左右高原そうこうげん高原長野県長野市大字名として登録済
■東西
東西半島とうざいはんとう半島富山県富山市
■南北
南北浦海岸みなみきたうらかいがん海岸宮崎県延岡市
■入出
入出半島いりではんとう半島静岡県湖西市大字名として登録済
■父母
父母ヶ浜海岸ちちぶがはまかいがん海岸香川県三豊市バス停名として登録済
■祖父祖母
祖父祖母石じこばあいし山口県山口市島嶼名辞典、地図になし
■兄弟
従兄弟石いとこいし東京都八丈町島嶼名辞典、地図になし

次に未登録の反対語。微妙な組み合わせもありますが、どうでしょうか。
■広狭
上広狭間かみひろはざま愛知県知多郡東浦町緒川上広狭間
中広狭間なかひろはざま愛知県知多郡東浦町緒川中広狭間
広狭間ひろはざま愛知県知多郡東浦町緒川広狭間
■末本
上末本静岡県袋井市鷲巣上末本
下末本静岡県袋井市鷲巣下末本
清末本町きよすえほんまち大字山口県下関市清末本町
■次前
忠次前ちゅうじまえ福島県いわき市小川町上小川
■差和
差和さしわ青森県三戸郡南部町麦沢差和
■掛割
掛割町かけわりちょう大字愛知県小牧市掛割町
■湯水
湯水沢ゆみずさわ秋田県由利本荘市葛法湯水沢
■子午
子午線前しごせんまえバス停兵庫県豊岡市但東町中山
明石子午線郵便局あかししごせんゆうびんきょく郵便局兵庫県明石市
■乾坤
乾坤院けんこんいん寺社愛知県知多郡東浦町
■氏名
氏名戸字?岡山県新見市土橋
■入切・切入
山入切田やまいりきりだ福島県伊達郡川俣町秋山山入切田
山入切田山やまいりきりだやま福島県伊達郡川俣町秋山山入切田山
橋原踏切入口バス停長野県岡谷市川岸東二丁目
押切入口おしきりいりぐちバス停鳥取県西伯郡伯耆町岸本
戸切入口バス停福岡県遠賀郡岡垣町戸切
草切入口くさきりいりぐちバス停長崎県平戸市田平町小崎免
菜切入口なきりいりぐちバス停長崎県南松浦郡新上五島町奈摩郷

ところで「阿吽」って反対語ですかね。
それぞれの漢字自体の意味は対向してませんし、地図検索しても寺の名前しかなさそうですけど。

それから、「鳳凰」「麒麟」「鴛鴦」「翡翠」のように、ある動物のオスとメスを意味する漢字を組み合わせた言葉(及びそれを含む地名等)がありますが、さすがにこれらは対象外ですね……。


#オマケ
北海道網走市ニタテヨコツナイ川、第二ニタテヨコツナイ川――タテ・ヨコ……。
山口県下関市ゆめタウン――「ゆめ」にyou,meをかけている([63710])なら……。
……失礼しました。

[91569] 2016 年 10 月 5 日 (水) 13:08:42 オーナー グリグリ
 Re:中国地方に遠征しましたよ。

[91565] みやこ♂さん
皆様、たいへんご無沙汰しております、みやこ♂であります。
と言いますか、ほとんどの方は初めまして、なんでしょうね。
お久しぶりのご訪問、ありがとうございます。

最終日には、これまた憧れていた鞆の浦に。すごく楽しかったです。
とてもエネルギッシュな旅だったようでうらやましいです。鞆の浦を最近誰かが絶賛していたなと考えたら、そうそう、キンシオでした。ABCの旅のLのつもり(生口島のレモン谷)が、Rになった(表記がRemonだった)回だったかな(記憶違いかもしれませんが)。私は学生時代に福山(沼隈町)出身の同級生がいて、実家での3日3晩の雀の会合のついでに鞆の浦観光をしましたが、今はあまり記憶に残っていません。再訪したいな。

というわけで経県値が少しアップしたのですが、あれ?いつからか地図が表示されなくなっちゃったですか?
それともスマホの画面に出なくなっただけなのかしら?
はい、申し訳ありません。あの地図は烏川碧碧さんに作成してもらったFLASHコンポーネントで、iPhoneだと表示されないんです。FLASHはセキュリティが脆弱なのでますます使われなくなって行くでしょうね。

どなたか、経県値マップのHTML5コンポーネントを開発してくれないかなぁ。求む、開発ボランティア。

[91568] 2016 年 10 月 5 日 (水) 07:08:59 ぺとぺと さん
 1校減

[91567]白桃 さん
ただ、この中で盛岡市を挙げられておりますが、[26607]でyamadaさんが述べられているように、盛岡農業高校は滝沢市にあります。
お恥ずかしい。当時どうやってピックアップしたのかは忘れましたが、記事中に自ら「さらっと調べて見ました」と書いているので、キチンと検証せずに勢いで書き込んでしまったようです。

さて、拙稿[70723]を書くきっかけになった平農と平商ですが、平成31年度始に統合されることになりました。(参考リーフレット
これでまた実業高校が1つ減ることになります。

[91567] 2016 年 10 月 5 日 (水) 01:36:18 白桃 さん
 7年以上前の記事に・・・

秋季高校野球地方大会の結果を見ていると、農業、商業などを冠する実業高校が少なくなってきたことに改めて気づかされます。では、一つの市内で農業、工業、商業の3つが揃っているのは…いや、待てよ、確か誰かが落書き帳に書き込んでいたな…。やっぱりありました。
[70723]2009 年 7 月 5 日 (日) 17:59:23 ぺとぺと さん
さて、平塚市ですが、市内に農業高校と商業高校と工業高校がそれぞれ1校ずつ独立した形で存在しているんですね(かつては工業高校が平塚工業と平塚西工技の2校存在)。
このような市は、都道府県庁所在地以外では全国でも稀有な存在ではなかろうかと思い、さらっと調べてみました。
ただ、この中で盛岡市を挙げられておりますが、[26607]でyamadaさんが述べられているように、盛岡農業高校は滝沢市にあります。かく言う私も、初めて知ったのですが…(汗)

話変わって
[91553]ペーロケ さん
「伊那」は、飯田線の前身「伊那電車軌道(伊那電気鉄道)」という鉄道会社名が由来なのではと思われます。
これは気が付きませんでした。ご指摘有難うございました。
この話には殆ど関係しないのですが、京王電鉄の「王」はどこを指しているのかを知らないわが娘(勤め先が京王グループに入ったらしい)にビックリした白桃です。

[91566] 2016 年 10 月 5 日 (水) 01:17:06【1】 ニジェガロージェッツ さん
 東灘区から灘区へ歩いてきました

10月2日の日曜日,ペーロケさんとの間で話題を展開している,東灘区と灘区を実際に歩いてきました。
東灘区では,芦屋市に近い地域までは足を延ばしませんでしたが,訪れた魚崎,住吉,御影の住宅街においては,古来からの酒造業により培われた豊かな文化を,広く区内のまちづくりに生かしているような気概が伝わってきます。
一方の灘区においては,確かに西郷地区は酒造地ではあるものの,それ以外の地では酒造とは無縁のように感じられました。
余談ながら,徳井町三丁目に下町の代表施設である銭湯があったので,1時間ドップリと浸かってきました。この銭湯,六甲おとめ塚温泉と言い,この界隈だけではなく,人気の銭湯だったらしく,非常に込み合っていました。灘区と長田区の銭湯件数の対比では6件−14件で長田の圧勝ですので,日ごろ銭湯に通っている長田区民としては,信じられないような混雑振りでした。

[91557]ペーロケさんに於かれましては,ご自身の東灘区、灘区に対するイメージの背景について,率直に述べて下さり,ありがとうございました。西宮市での「酒蔵通り」を前面に出した郷土教育についても,地元の人でなければ知りえない情報であり,勉強になりました。

私は東灘区、灘区共通として、阪神沿線は酒造や製鉄業のまち、JR沿線は住宅密集地、阪急沿線は高級住宅地という都市構造なのかと思い込んでいました。
イメージについてではなく,都市構造を述べるのであれば,大体において,そういった認識で問題はないと存じます。ただ,東灘区の工業地帯での製鉄業は皆無ではないものの,そのウエイトはかなり低く,盛んなのは製粉や製油,製糖といった食料品工業でしょう。
拙稿[91508]では,両区の違うところは,彼の地の住宅地について,その成立の時代と背景,インナーシティ問題の有無ということになるのだろうと述べています。
ですから,
それは違うと教えて頂きました。
というのは,少し的を外して理解しておられます。或いは,小生の文章構成にも問題があったのか,主張が伝わっていません。要は,表面的には似たような都市構造になっているのだけれども,もっと深く地域を見て,その違いと個性を認めましょうよ,ということです。

灘区の住宅地に於いては,その東部は落ち着いた整然とした佇まいで,東灘区のそれに似たところはある一方で,区の西部では下町の魅力が生きた街並みになっています。
そこには,もしかしたら「高級住宅地」と「下町」が,必ずしも対置されるものではないのかもしれない。すなわち,両者の混在をいうのではなく,両者がうまく融合した街並みがあってもよいのではないか。小生には,震災の悲劇を乗り越えて,インナーシティ問題まで克服しつつあると思料する今の灘区の街並みからは,そんな理想を夢見させる気さえします。

一方,インナーシティについては,TNさん[7664]が東京での実例を述べておられるように,「高級住宅地」とは相容れないものです。ただし,その区域は,かなり漠然としたもので,明確な境界線などは引けないものだろうと考えます。

王子公園に停車しない特急に乗ってるわけですから、インナーシティーに入ったのが王子公園過ぎてからなのか、JRに合流する辺りからなのか、という違いを指摘されるとは思いませんでした。
申し訳ございませんが,上記引用部分,何をおっしゃっているのか最初は理解に苦しみました。
どうやら,インナーシティに入る地点の違いを小生が指摘したらしいのですが,それについては拙[91555]を読めば分かることなので,ここでは問いません。また,ペーロケさんが書きニジェが読む,という私信であれば,これでも容認できます。しかし,ここは世界中で閲覧可能な人気の地理掲示板です。閲覧しておられる地理の好きな皆さんでさえ,その多くは神戸について馴染みのない人々です。そんなことは分かっていることですが,本当にそのことを理解しているのであれば,上記引用文のような粗い文章にはならない筈です。

まず,地理的な位置関係の確認から。インナーシティ地域は,都心の近傍に生ずるものですから,ここ灘区では,西にインナーシティ地域,東はそうではない地域ということになります。
そのインナーシティに 入る のですから,乗っておられた特急電車は,東から西へ運行していたことになります。だとすれば,地図を見れば瞭然ですが,「王子公園過ぎてから」という場所は,まさにJR線に合流する辺りになり,上記引用文の意味は不明となります。
そうではなく,王子公園駅の手前,つまりその東方でインナーシティ地域に入るのであれば,意味は理解できます。その場合に「王子公園を過ぎてから」というのであれば,特急電車は西から東へ移動していたことになり,だとすれば,インナーシティより「出る」と表現しなければなりません。
地理についての議論ですから,その位置関係を疎かにすることは閲覧者に間違った情報を与えることにもなりかねません。改善を求めます。

そんなにじっくり、道の1本1本、建物1つ1つの形まで覚えていた訳ではありませんよ
(阪急電車の車窓から)風景を本当によく見ていましたか?という問い[91555]に対する回答としてお書きいただきました。
「よく見ていた」という表現では,「細見していた」とも「頻繁に目にした」とも取れるものですが,ペーロケさんのそれは,おそらく後者であろうと推察します。しかし,いずれにしましても,地理的な事象に無関心な人ならばともかくも,興味があれば車窓から眺める「よく見た」風景からは,そこが高級住宅地であるか下町であるかの推測はついた筈です。
「道の1本1本、建物1つ1つ」との例えは,反論の要件を満たさないばかりか,極論に走り,質問者の意図を逆撫でする,不穏当な表現です。改善を求めます。

現役の神戸市民からみたら「よく知らないのに書き込むなよ」と思われたのでしょうが
思っていません。
ただし,よく知らないのであれば,知ったかぶりをせずに,そのことを明記してほしいとは思っています。最初からご自身の知識の背景として,貴[91557]に書いておられた内容を,それとなく触れられていれば,小生も問題視しませんでした。
ペーロケさんは,西宮のご出身であることを度々公言しておられることから,例えそれが20年以上前のことであっても,「準地元民」であると,落書き帳では看做されていることと推測します。したがって,ペーロケさんの発言は,ある程度地元兵庫県民の見方であると評価されます。そのことは自覚してほしいと願っています。

ここに神戸のことを書き込むのに、ものすごくハードルが上がった気がします。
それは心外です。自由な書き込みは奨励されるべきです。
小生とて,灘区や東灘区については,長田区のよそ者の私見に過ぎず,実際,大したことは書いていません。地元在住の方々から見れば,明らかな間違いがあるかもしれませんので,是非ご指摘願いたいところです。

率直に申し上げて,以前よりペーロケさんの書き込み,特に他人の記事へレスされる場合には,その元記事への理解が不十分,或いは,ずれていると感じることがしばしばありました。ここで過去の事例として これでもか,これでもか, と列挙することは控えますが,国語力というより,注意力とでも申しましょうか,元記事を書いた人が何を述べたいのかを徹底して見極めるという作業よりも,元記事から受ける第一印象や直感に頼り,書いてあること無いことを含めて発信するという印象を持っています。
また,その書き方にも,丁寧さが足りないと感じることがあります。これは,小生のみが感じた偏見になるのかもしれませんし,私ニジェ自身にもそのような粗い部分や,説明がくどく主題が分かりにくいなど,不十分なところがあるのは認めます。

もう,お互い,落書き帳レビューから14年です。ハードルを上げるのであれば,神戸についてではなく,他人の記事への理解力,書く記事の丁寧さのハードルを上げていきましょう。

【1】記事番号を追記

[91565] 2016 年 10 月 4 日 (火) 22:10:53【1】 みやこ♂ さん
 中国地方に遠征しましたよ。

皆様、たいへんご無沙汰しております、みやこ♂であります。
と言いますか、ほとんどの方は初めまして、なんでしょうね。
実はわたくし、先週(ふと気がついたら先々週)の飛石連休期間中に、三泊三日(よく考えたら二泊四日)の強行軍で中国地方を回っておりました。
メインディッシュは伯耆大山の登山。そこに行き着くまで、滋賀県高島市の旧朽木村や、天橋立、餘部鉄橋、鳥取砂丘などを回りました。あ、とちぎナンバーの車で、です。
また下山後は、地図帳で見つけていた島根・山口県境の深谷渓谷に移動、河川争奪の現場を心ゆくまで堪能いたしました。
最終日には、これまた憧れていた鞆の浦に。すごく楽しかったです。
というわけで経県値が少しアップしたのですが、あれ?いつからか地図が表示されなくなっちゃったですか?
それともスマホの画面に出なくなっただけなのかしら?
……ということでした。 ( )内二箇所追記

[91564] 2016 年 10 月 4 日 (火) 22:08:41 オーナー グリグリ
 杖立オフ会の記録ページ

第13回落書き帳公式オフ会(熊本県小国町/大分県日田市)の記録ページに次のページを追加・更新しました。
★新規 九州地名BINGO
★新規 オフ会写真集(公開版)
★新規 オフ会写真集【参加メンバー限定】
★更新 昭和29年地形図
★更新 全国のJR駅三番勝負

また、番外編1の横浜オフ会の記録ページにも次のページを追加しました。
★新規 オフ会写真集(公開版)

参加メンバー限定のページは、これまでオフ会に参加経験のあるメンバーのみ閲覧可能です。
オフ会写真集(公開版)に掲載している写真は、メンバーの顔が大きく写っているような写真は除いています。事前に了解を得ている範囲を超えた写真はないと考えていますが、もし問題があるようならばお知らせください。

落書き帳に杖立オフ会の感想を私はまだ書き込んでいませんね。記録ページの説明文に一応今回の台風顛末などを書いていますが、落書き帳にも改めて書き込みたいと思います。メーリングリストでは提案しているのですが、今後のオフ会の進め方などについても書き込む予定です。オフ会参加の皆様、とくに仕事の合間を縫って二往復された中島悟さん、残念ながら参加が都合によりできず、すいかサイダーを差し入れしたいただいたかぱぷうさん、皆さん本当にありがとうございました。あれからもう二週間以上過ぎましたが、次回も楽しいオフ会にしましょう。

BINGO企画のページやその他のページも含めて、間違いなどありましたらご指摘ください。

[91563] 2016 年 10 月 4 日 (火) 19:09:04 hmt さん
 杖立オフ会(3)佐賀・吉野ヶ里

日田彦山線が分れる夜明から先になると、熊本県で杖立川>大分県で大山川>三隈川と名を変えてきた川も福岡県に入って いよいよ「筑紫次郎」の本名の「筑後川」を名乗ることになり、車窓から少し北に離れます。久留米で乗り換えた後、再会した筑後川を渡ると佐賀県。9月19日は佐賀泊りです。

佐賀では 大浴場のあるホテルを選んで 予約しておきました。浴場で声をかけてきた 70代のオジサンは 運転好きで、全国を走っており、もう少し若い時には 九州から北方領土の見える地までドライブした と自慢していました。私が明日の飛行機で帰ると話したら、やはり「板付」という地名[91561]を口にしていました。

翌20日朝。ホテルのPCで空路の運行状況を確認し、無事に帰路途中であることを落書き帳に書き込み[91442]
外に出ると風は強いが、降雨なし。予定通り 吉野ヶ里歴史公園に向かうことにします。
19日に吉野ヶ里を訪れたスナフキんさんは、運悪く本降りの雨に見舞われたのですね。ML[off:00282]

体力と時間に余裕があれば、広い園内を巡りたいところですが、クニの首長を埋葬したと思われる 北墳丘墓 など限られた対象以外は バス車窓からの遠望だけで済ませ、後は想像の翼に任せることにしました。

おまけ:「ヶ里」地名について

地名コレクションの対象にはならないと思いますが、「ヶ里」地名の変遷情報検索結果です。

1889/4/1市制町村制施行時の旧村【合計17ヶ里村】の内訳:
佐賀県神埼郡神埼村の旧村:神埼郡田道ヶ里【1ヶ里】現・神埼市
佐賀県小城郡三日月村の旧村:小城郡 三ヶ島ヶ里, 長神田ヶ里, 織島ヶ里, 道辺ヶ里, 金田ヶ里, 樋口ヶ里, 久米ヶ里, 石木ヶ里, 甲柳原ヶ里【9ヶ里】現・小城市
佐賀県小城郡牛津村の旧村:小城郡 勝ヶ里, 乙柳ヶ里【2ヶ里】現・小城市
佐賀県小城郡三里村の旧村:小城郡 池上ヶ里, 栗原ヶ里, 船田ヶ里【3ヶ里】現・小城市
佐賀県小城郡晴田村の旧村:小城郡 畑田ヶ里【1ヶ里】現・小城市
佐賀県杵島郡錦江村の旧村:杵島郡 戸ヶ里村【1ヶ村】現・白石町

最後の杵島郡「戸ヶ里村」を例外として、「ヶ里」の後には「村」が付いていません。
旧村の「ヶ里」は地名の一部というよりも、「村」「町」「宿」などと同様に「集落の性格?」を示す接尾語であるように思われます。

村名ではありませんが、白石町・廻里江川(めぐりえがわ)付近の 戸ヶ里の他にも 現役の「戸ヶ里」を見付けました。それは 筑後川の河口近く、佐賀市の早津江川[91405]沿いの 戸ヶ里港で、佐賀県道313号 飯盛(いさがい【難読】)戸ヶ里港線が通じています。

また、神埼警察署の所在地は神埼市神埼町枝ヶ里です。
探せば、まだまだ「ヶ里」地名がありそうです。

[91562] 2016 年 10 月 4 日 (火) 18:56:29 hmt さん
 杖立オフ会(2)ひぜんや・杖立から日田へ

「ひぜんや」の館内案内に、杖立川右岸に立ち並ぶホテルの写真があります。このページの一番下にある立面図と対比すると、写真左中程の玄関のある階が5階で、立面図は山を背にした道路側からの図【川沿いの写真と左右逆】であることがわかります。
写真の最も右側に見える建物が私達の泊った熊本館であり、高いエレベーターとその左の大分館【屋上に機械室】との隙間に、記念撮影をした両国橋があるものと推察します。両国橋の下を流れて杖立川に合流する小川が県境でしょうが、合流点の存在を推察させるものは、護岸の僅かな隙間だけです。地理院地図

この写真を見ると、入口・フロントを含む「ひぜんや」の大部分は大分県側であるように見えるのですが、ホームページに記された住所は、「〒869-2503 熊本県阿蘇郡小国町大字下城4223番地」となっています。この番地で住所検索(mapion、いつもNAVI)して地図上に示される位置に存在するのは、「ひぜんや」の上流側にある和風別館「大自然」でした。温泉街全体としては「熊本県の杖立温泉」で通用しているようであり、このことが住所表記にも反映しているのでしょう。

多忙なお仕事の中からぎりぎりの時間を作って参加された中島悟さんを含め 17人全員が揃い、大分県で宴会。
熊本県宿泊は学生時代の1954年以来62年ぶり【大分県は45年ぶり】。後に公害病で有名になった化学会社のクラブで、水俣湾の魚料理を御馳走になったことなど、近況でない報告をしたようです。

その後、熊本県に移っての二次会。デスクトップ鉄さんからJR駅三番勝負[91443]の賞品【原田勝正著:駅の社会史(中公新書)他】をいただきました。

最初に答えたのが問二の三鷹[91474]であったのは、出題駅・国分寺から出ていた東京競馬場前への支線【砂利鉄道[41599]由来】を思い出し、その近くにあり、戦後の短期間だけ存在した武蔵野競技場前への支線[75152]をすぐに連想した結果です。
もちろん、他の出題駅に関係する広島−宇品間[61378]などの条件も考慮した解答です。
…というわけで、単に鉄道路線に関する知識というよりも、その社会的背景も考察した上での 落書き帳記事に裏付けされた解答 でした。この機会に関連記事をリンクしておきました。
共通項に含まれていた「戦後廃止」とか「盲腸線」とかいう条件は、意識外のままセーフでした。

宿泊した熊本館2階からは、杖立川を間近に見ることができました。と言っても、それを実感したのは翌朝。

大分館6階の朝食の席で、ソーナンスさんに声を掛け、途中までの同乗をお願いしました。
ソーナンスさんは、個人的には阿蘇から熊本市内方面へ抜けて帰ろうかなとも思っておられたようでしたが、結局のところ hmt・デスクトップ鉄・EMMの3人が日田まで送っていただくことになりました。

前日は通過しただけの天領日田の街。町並み保存が行われている 日田市豆田町伝統的建造物群保存地区に行くには、市内循環バス(ひたはしり号)が運賃100円の実験運行中。これを使って駅前から豆田上町通りに出て、北へと歩きました。小雨気味ながら、傘を使うほどでもなし。花月川まで行き、一つ下流の御幸橋から豆田御幸通りを南下。

何気なく 日田醤油の 天領ひな御殿 に入ってみましたが、三千体以上という その量に圧倒されました。
醤油屋さんが無料で公開していた展示物から、天領日田に蓄積された財力と文化を感じた次第です。但し、チラシでは有料300円となっていたので、入場無料は期間限定だったようです。

いずれにせよ、じっくり探せば いろいろな宝を見ることができる街という印象を抱いた日田です。
平成の大修理中の重要文化財 草野家住宅も、公開スケジュールと合えば見たいところでしたが、これはダメ。
バスの時刻に合わせて 天領日田資料館を出て駅に戻ります。久留米行きのDCに乗ると、YASUさんに出会いました。

[91561] 2016 年 10 月 4 日 (火) 18:44:47 hmt さん
 杖立オフ会(1)杖立への道

熊本大分県境の杖立温泉(ひぜんや)。ここが今年のオフ会開催地の有力候補として グリグリさんから提示されたのは 2016/6/6、メーリングリスト[off12:00162]によるものでした。
熊本大分地震被災地支援の目的で、開催地を被災地にしてはどうかという話が出ました。

私としては 杖立温泉は その名を聞いたことがあるという程度で、2県に跨る「ひぜんや」の名も初めて知ったのですが、被災両県の県境にある宿での開催については もちろん大賛成。当選確実を信じて さっそく自分なりに調べた情報も落書き帳に書き込みました。

これが 杖立オフ会事前書き込み の第1号なのですが、正式のアンケート告示[90573]よりも先走った記事になってしまいました。

[90564]
「肥後国と豊後国」に跨るのに 何故か「ひぜんや」。

既に和倉温泉の加賀屋については、[73144]白桃さん:能登にあるのに加賀屋とはこれいかに・・・
[73164]EMMさん:創業者が加賀国の出身
という問答がなされており、その逆の組み合わせである粟津温泉「のとや」旅館にも言及されています。
今回、現地で「ひぜんや」の由来を尋ねていませんが、この疑問は解けているのでしょうか?

落書き帳の過去記事に「ひぜんや」が登場するのは、10年以上前の [47510] 有明つばめ さん が最初でした。
「熊本館」「大分館」…はて、どちらの建物に泊まったかいな…その辺がよく思い出せません。

オフ会開催地としては、「今年はとは言わないですが」と断りながらも、早くも 2009年に 熊虎さん[69927]が提案。

余談ですが、2009年オフ会は 岡山市の政令指定都市移行を記念して苫田温泉・乃利武で開催。
斜行エレベータで7階から3階へ「上がった」り,訳の分からない構造[73356]の温泉大旅館でしたが、MasAkaさん[91459]により その後を知り、再び驚愕。
乃利武の公式サイトを探そうと思ったら、何と2013年に自己破産申請により閉館していたことが判明。嗚呼……)。

2009年オフ会では、有志9人による「岡山県石島・香川県井島 県境踏破」もありました。落書き帳のスターである この「県境の島」も 2011年8月の山火事で被災[79053]。過去のオフ会を振り返ることにより、改めて歳月の経過を実感しました。

そう言えば、岡山オフ会では、落書き帳の歴史に残る名作・グリグリ劇場も誕生しています。

岡山のことはさておき、今年の計画に戻ると、アンケートの結果、圧倒的な支持により杖立に決定。
時期は例年より早い9月18日支持が多数票となり、「ふっこう割」が利用できることになりました。
会場近くの国道通行止めに伴う迂回ルートとか、台風シーズン只中などが心配のタネ。
グリグリさんにとっては 準備や対策に大変だったことと察しますが、こちらは成り行き任せ。

独り暮らしご隠居の身は、日程の自由度が大きいのですが、それでも大まかな計画を立てます。
九州応援の趣旨を込めて、往復共にスターフライヤーの福岡空港便を利用。先ず航空券を確保。
杖立の後、九州のどこかで一泊となると、やはり唯一宿泊していない佐賀県を選択することになります。
体力の衰えを自覚し、欲張らずに旅をすることにしましょう。

福岡から日田・杖立・黒川温泉を結ぶ高速バスは、結局のところ杖立経由の本来のルートで運行することができませんでしたが、片側交互通行ながら、乗用車とローカルバスの通行が可能な状態にまで復旧し、広域農道経由の迂回ルートに頼らないで済むことになったのは 幸いでした。
こちらが「杖立への道」確保に気を揉んでいた割には、当の旅館側は 公共交通機関の運行事情のことなど あまり心配せず、悠然と客を待っていたようですね。

オフ会開催の9月18日。羽田からの飛行は順調。但し窓から見えたのは雲だけでした。
現在では専ら「福岡空港」と呼ばれているようですが、九州とは縁の薄い私でも、1972年に米軍から返還される前には「板付基地」と呼ばれていた飛行場であったことを覚えています。

「板付」の名は、弥生時代を主とする遺跡の存在でも知られていますが、板付遺跡は 飛行場から少し離れた南の方にあるようです。板付基地のあった場所は、1933年に福岡市に編入する前は【席田(むしろだ)郡[91558]>】筑紫郡席田村で、1944年(戦時中)に陸軍が作った「席田飛行場」が前身だそうです。街ネタ 福岡空港
#
厚木も横田も基地から少し離れた「よその地名」[22152]でしたが、板付も同類のようです。

それはさておき、福岡空港からは日田行きの高速バスがほぼ定刻に発車。しかし、間もなく豪雨の洗礼。
いよいよ台風16号の影響と直面することになりましたが、旅程が飛行機でなくバスに移ってからだったのは幸いでした。九州道から大分道とずっと大降り。
杷木で高速道路外に出て停車。ここでデスクトップ鉄さんと同じバスに乗車していたことに気がつきました。

大雨もこの頃になると収まっています。日田から同乗をお願いしてあるスナフキん号は16時頃なので、1時間以上の余裕がある。日田市内を少し見ることができるかと思っていたのですが、鉄さんのアドバイスに従い下車は取りやめ。
通信手段を持たないhmtは知りませんでしたが 鉄道が遅れており、日田駅を先発するJOUTOU号に変更することになり、かすみさん、鉄さんに加えて、3人目の同乗者として杖立に向いました。
報知されていたように工事中の区間もありましたが、それでも「ひぜんや」に早く着き、ゆっくり入浴することができました。
これも、鉄さんに出会い、JOUTOUさんに乗せていただいたおかげと感謝しております。

オフ会の都度、皆さんのクルマに同乗させていただいているhmtですが、JOUTOUさんには会津[79711]、石和[86778]、氷見[89247]、杖立と4回もお世話になりました。ありがとうございます。

[91560] 2016 年 10 月 4 日 (火) 09:53:08 オーナー グリグリ
 Re^2: 札幌ナンバー

[91559] JOUTOUさん
この件については大多数がじゃごたろさんの言われるとおりと思いますが、実は以前北海道を旅行した際(拙稿[44034] [44090]にて記載)のレンタカーも「札幌ナンバー」でした。それがどうした?と思われるかも知れませんが、わたしがレンタカーを借りた場所は釧路空港で、本来ならば「釧路ナンバー」でも良いはずですが、返却が千歳空港乗り捨てだったこともあったのでしょう。

ちなみに、今年のOFF会で鹿児島空港で降りて、福岡空港乗り捨てで帰った際のナンバーは「鹿児島ナンバー」でした。
つい、反応します。

私が今年のオフ会で宮崎空港で借りたレンタカーは「熊本ナンバー」でした(返却も宮崎空港)。一昨年、長崎に旅行した際に福岡空港で借りたレンタカーは「長崎ナンバー」でした(返却は長崎空港)。長崎空港で返却するから長崎ナンバーをあてたと言うことでは必ずしもないと思います。私が利用しているレンタカー会社は大手で営業店が多いので、乗り捨て車をうまく使い回しているのだと思います。

[91559] 2016 年 10 月 4 日 (火) 09:40:01 JOUTOU さん
 Re: 札幌ナンバー

[91556]じゃごたろさん
宗谷岬に行く前後で意外と札幌ナンバーの車を何台も見かけました。こんなに札幌から宗谷岬を目指して人々が来んだなあ、とその時は漠然と思っていたのですが、よくよく考えてみると千歳市が札幌ナンバーの区域なんですね。道外から新千歳空港に来た観光客が、空港近くでレンタカーを借りて、宗谷岬までやってきた人たちなんだと、後になって気がつきました。
この件については大多数がじゃごたろさんの言われるとおりと思いますが、実は以前北海道を旅行した際(拙稿[44034] [44090]にて記載)のレンタカーも「札幌ナンバー」でした。それがどうした?と思われるかも知れませんが、わたしがレンタカーを借りた場所は釧路空港で、本来ならば「釧路ナンバー」でも良いはずですが、返却が千歳空港乗り捨てだったこともあったのでしょう。

ちなみに、今年のOFF会で鹿児島空港で降りて、福岡空港乗り捨てで帰った際のナンバーは「鹿児島ナンバー」でした。

どうでもいい話を思い出したのでもう一つ、わたしが運転免許を取ったのは北海道岩見沢の教習所で、最初のマイカーは「“室”ナンバー(室蘭じゃないよw)」のカローラでした。

[91558] 2016 年 10 月 3 日 (月) 22:18:29 mizutoh さん
 筑紫郡

[91554]k_ito さん
公的な住所表記には残っていなくても、私の感覚では「碧海」は現存する地名です
そうなのですか。やはり馴染みのある地名なのですね。
私の住む春日市一帯での「碧海」にあたる地名と言えばやはり「筑紫」でしょう。「筑紫」に関しては、古事記に記されている歴史ある地名で、今も市名、学校名や西日本鉄道の駅名をはじめとして多くの箇所で現存する地名です。一方、この「筑紫」を郡名という観点から見た場合、1896年の郡制施行前はそれぞれ席田・御笠・那珂の3郡に分かれていたため、郡名としては比較的新しい地名とも取ることができます。
(ただ、その筑紫郡も間もなく消滅することになるのですが…)

自分に身近な地名に当てはめてみて初めて、銀行名と駅名の一部にしか現存しない郡名というものが如何に貴重な存在かがよく実感されました。

因みに、席田郡は1889年の町村制施行時に成立し1896年に郡制施行とともに筑紫郡となりましたが、「成立時から単独町村のみで構成される郡」だったということで、これも珍しいものかと思います。北海道の数郡と離島を除くと奈良県忍海郡・鹿児島県頴娃郡・静岡県麁玉郡・磐田郡など数郡しか見つかりませんでした。

[91557] 2016 年 10 月 3 日 (月) 03:43:03 ペーロケ さん
 Re: Re: 「長田村」と灘区

[91555]ニジェガロージェッツ さん
小生の一連のペーロケさんの書き込みからは,率直に申し上げて,「あまりこの地域のことをよくご存知ではないのかな?」といった印象を受けます。
 すみません。仰るとおり神戸市民のニジェさんに比べたらそれほど詳しくはありません。20年以上前のことを思い出しながら書き込んでいることもあります。現役の神戸市民からみたら「よく知らないのに書き込むなよ」と思われたのでしょうが、ここに神戸のことを書き込むのに、ものすごくハードルが上がった気がします。私は東灘区、灘区共通として、阪神沿線は酒造や製鉄業のまち、JR沿線は住宅密集地、阪急沿線は高級住宅地という都市構造なのかと思い込んでいました。それに対して、[91508]にてそれは違うと教えて頂きました。もちろん私はたまたま阪急沿線を使っていただけであって、ほんの一部しか見ていません。阪急は山のふもとの、言ってみれば街はずれを通っているので、街を代表する景観とは言い難いのかと思っていました。だから、あえて街の中心の、阪神沿線の酒造地帯を挙げたまでです。
 もう一つ白状しますと、私は灘区の酒造地帯は歩いたことがありません。東灘区の魚崎、御影駅付近は歩いたことがありますが、これが灘区の酒造地帯も含めての、地域を代表する景観の一つだと「思い込んで」おりました。さらに言い訳させていただくと、同じ酒造地帯である西宮市で育つと、西宮市民にとっては、蔵が並ぶ「酒蔵通り」付近が西宮市を代表する景観の一つだとさんざん植え付けられていたから、同じように酒造地帯が灘を代表するみたいな発想になったのかもしれません。西宮の酒蔵通りなども、西宮市全体から見ればそんなに広い訳ではないんですけんどね。

「風景をよく見ていた」とお書きですが,本当によく見ていましたか?
 兵庫県から離れて20年以上なのですから、そんなにじっくり、道の1本1本、建物1つ1つの形まで覚えていた訳ではありませんよ(汗)。王子公園に停車しない特急に乗ってるわけですから、インナーシティーに入ったのが王子公園過ぎてからなのか、JRに合流する辺りからなのか、という違いを指摘されるとは思いませんでした。

[91556] 2016 年 10 月 2 日 (日) 23:30:16 じゃごたろ さん
 札幌ナンバー

こんばんは、じゃごたろです。

[91399] グリグリさん
宗谷岬、知床半島などまだまだ未踏の地が数多くあるんです。

今回の北海道へ行くことは昨年から計画していました。そしてその日程を決めたのが今年の二月でした。理由は夏休みが終わった直後が一番いいだろうとうものでしが、宗谷岬に行った日は日曜日の昼間であったこともあり、20〜30人くらいの人たちが入れ替わり記念撮影をしていました。

さてこの宗谷岬に行く前後で意外と札幌ナンバーの車を何台も見かけました。こんなに札幌から宗谷岬を目指して人々が来んだなあ、とその時は漠然と思っていたのですが、よくよく考えてみると千歳市が札幌ナンバーの区域なんですね。道外から新千歳空港に来た観光客が、空港近くでレンタカーを借りて、宗谷岬までやってきた人たちなんだと、後になって気がつきました。

余談ですが、北海道内の信号待ちの列の中で、私の前の車も同じ諏訪ナンバーだった時にはちょっと驚きました。

[91555] 2016 年 10 月 2 日 (日) 04:23:26 ニジェガロージェッツ さん
 Re: 「長田村」と灘区

[91549] ペーロケ さん
長田区についてのご感想,有難うございました。地元民として,率直に感謝申し上げます。

実際問題として今まで通りのケミカルシューズを作ってもコストでは勝負にならない訳で、変革が求められているのも現実
確かにおっしゃる通りで,長田区で作られた靴が全国的なブランドとなるような,付加価値の高い商品にしていかなければならないのでしょうが,一方で,コスト削減を一方的に下請けに押し付けるような,その場しのぎの要求がまかり通っているのも現実です。極端なものでは,「中国(それも奥地)では,この値で仕事をするんやから,お前らもその値段でやれ。でけへんのやったら,よそへ(仕事を)まわすだけや!」的な,無茶な工賃カットを強いるという話まで聞きます。
これでは,これからの世代が続きません。シューズ業界から離れて,他の職業に就いていくのは当たり前のことです。日々の生活から靴が無くならないから,製靴産業が皆無になることはないとはいえ,後継者が続かないのであれば,業界は先細りになっていくのは自明のことです。

表題の件,小生の書き込みでは鉤括弧付きで「長田村」としているのは,実際に実在した過去の地名,村落名の長田村と明確に区別するためのことは[91427]にてご説明した通りです。
知っている人にとって,この「長田村」は業界を一言で言い表せる便利なものですが,一方で自嘲的な側面を持った言葉でもありますので,ケミカルシューズ業界とは関わりのない人は,「長田のゴム屋」も含めて,侮蔑的に捉えられる可能性があるために,控えたほうが良いでしょう。
その点では,小生も落書き帳の書き込みに当たって,この表現を採ったことを反省しなければなりません。

はいはい,もういやいや! 長田のお話はおしまい!

私は東灘区も灘区も阪急神戸線から見下ろした風景をよく見ていたため、どうしても六甲、王子公園といった、東灘区と似たような灘区の風景が印象的です。阪急がJRと合流するあたり(ちょうど灘区から中央区の境界)より、山裾の住宅地から急にインナーシティーに入ったという印象になってしまうため、正直、灘区=インナーシティという印象はありませんでした。だから、私にとっては両区とも高級住宅街といった、似たようなイメージだった訳です。

引用部分が長くなってしまい,申し訳ございません。
「風景をよく見ていた」とお書きですが,本当によく見ていましたか?

ペーロケさんの灘区と東灘区についてのイメージが,阪急神戸線から見たものであるとのお話が出てきましたが,それでは貴[91473]で述べられた「酒造の街」とは,整合性が感じられません。
酒造が盛んな地域は,灘区においては西郷地区,東灘区においては御影から魚崎あたりの,いずれも阪神電鉄線より南側の海沿いの地域であり,山麓を走る阪急神戸線沿線には見られないものです。強いて言えば白鶴美術館という,酒造メーカー由来の文化施設が東灘区住吉山手に存在する程度です。
また,灘区では阪急六甲駅あたりより東は高級住宅街に該当するかもしれませんが,王子公園駅周辺は,水道筋商店街や灘中央市場など,明らかに下町の趣の強い地域です。良い意味で下町であることを前面に出した街のPRも見受けられます。
確かに,阪急電車下り線では,王子公園駅を過ぎたあたりから,急に車窓の景色が変わりますが,これは,それまで地上面を走っていた線路が高架線になるためで,しかも,標高は下がりつつも高架線に変わっていくものですから,そのインパクトが大きいと推測します。

小生の一連のペーロケさんの書き込みからは,率直に申し上げて,「あまりこの地域のことをよくご存知ではないのかな?」といった印象を受けます。灘は酒造地として有名であること,阪急神戸線は高級住宅地として知られていること,これらを一緒にして漠然とイメージしておられるようにも邪推したくなります。

実際,世間的には決して珍しいことではありません。ネットで拝読した伝聞になりますが,東灘区という住宅地に住んでみると,周囲は酒造の工場だらけで,早朝からトラックの出入りが激しく,匂いもするという苦情です。「東灘地域まちづくり文化のツール」より
これなどは,灘地域が酒造の街であることを知らないはずはないのだけれども,高級住宅地であるイメージが強く,深く考えたこともないために,発生したトラブルではないのかなと想像します。

子供の頃は西宮市民であったペーロケさんの東から見た灘区,小生のように西の長田区から見た灘区では,違ったものに見えるのかも知れません。
いずれにしましても,街並みから受ける印象は人それぞれですから,ここでこれ以上議論しても仕方のないことでしょう。小生とて,自分の意見を正しいものとして押し付けたり,流布するつもりは毛頭ございません。

実際,どういう所であるのかは,それぞれのご判断にお任せすることといたしまして,この地域に立ち寄ったことのない方で,街並みにご興味を持たれた方のために,YouTubeで阪急沿線の動画を探してみました。
ペーロケさんの視座に立って,東から西へ走る阪急電車の車窓の風景を集めました。

前面展望:阪急神戸線の車窓だけ 特急 梅田ー神戸三宮
山側車窓:阪急神戸線の車窓
海側車窓:阪急神戸線 海側車窓 特急 梅田ー新開地 9000系

上記各動画,場所と通過時間を参考までに記しておきます。
場所前面展望山側車窓海側車窓
芦屋市/東灘区界19:1818:4719:02
岡本駅(停車)20:2619:5020:15
御影駅(通過)22:5522:1722:35
東灘/灘区界23:2622:4823:04
六甲駅(通過)24:0223:2223:42
王子公園駅(通過)25:0824:2624:50
灘/中央区界25:3524:5225:14

2014年撮影のものですが,JR神戸線の前面展望:新快速姫路行 大阪→姫路では,
芦屋市/東灘区界(15:21),甲南山手駅(15:34),摂津本山駅(16:18),住吉駅(17:06),東灘/灘区界(17:53),六甲道駅(18:21),摩耶駅(未成),灘駅(19:32),灘/中央区界(19:38)

[91554] 2016 年 10 月 2 日 (日) 00:36:11 k_ito さん
 西三河からレス2題

碧海郡の話題には食いつかないわけにはいきません。

[91506] mizutoh さん
ただ、このように消滅したように思われた広域地名を持つ旧碧海郡5市が平成の大合併の際に対等合併・新設市制し「碧海市」を設置するという構想も一部では噂されていたそうですから、ほとんど現存しない地名が地域のつながりに関わっているという見方もできそうです。

[83022]にも書きましたが、公的な住所表記には残っていなくても、私の感覚では「碧海」は現存する地名です([83022]には「碧海信用金庫」という大物を書き忘れました)。私は公的には「豊田市出身・安城市在住」ですが、個人的な勝手なアイデンティティは「碧海郡出身・碧海郡在住」です。

[91509] ぺとぺと さん
[91510] 白桃 さん
それにしても、なぜ1駅だけ改称しなかったのでしょうね。

つまり、「碧海古井」については改称する積極的理由がなかった。

まさにそういうことかと思います。地元の感覚を補足しておくと、この3駅の中で桜井だけは別格です。旧桜井町は今でもまだ安城とは違う隣村という感覚が少しはあり、その桜井町の中心駅ですから。最近は駅も高架になり、駅周辺が綺麗に再開発されて、宅地開発も順調です。ついでに3駅で唯一行き違い可能です(苦笑)。そのような駅に、古めかしくて田舎臭い「碧海」の文字がついているのは嫌だという地元の声が強かったのではないかと想像します。それに対して碧海古井は完全に安城という町の町はずれの駅です。名古屋に出るなら車でJR安城駅まで行った方が便利でしょう。地元も駅名にあまり興味がなかったのではないかと想像します。

[91511] デスクトップ鉄 さん
西尾口駅は、1928年碧電西尾口(仮駅)として社名を冠して開業、その後1933年碧海西尾口に、1944年西尾口に改称されました。

碧海郡域からは遠く離れた西尾口駅が、一時は「碧電」で開業しながらその後「碧海」に改称しているというのは興味深いです。なんでだろう・・・。

#余談1
堀内公園は我々子育て世代にはとてもいい公園で、気に入っています。堀内公園駅は本当に公園の目の前にあり、しかも単式1面1線の小駅であることが幸いしてバリアフリーなので、ベビーカーで電車から公園までそのまま行けるのもポイント高いです。逆に公園からは電車がよく見えるので、電車好きな子供も大満足です。

#余談2
西尾口駅は近くで飲み会があることが多いので、よく使う駅です。名鉄のローカル小駅でよくあるダイヤなのですが、終電を逃したと思っても逆方向の電車にいったん乗ると実は帰れるというダイヤの駅で、それを覚えてからより快適に飲めるようになりました(もちろん不正乗車にはならぬよう要注意)。これは名鉄ではよくあることだと思いますが他社では少ないですよね。なんでなんでしょう。

話は変わって。
[91548] 千本桜 さん
ここはどこでしょう。

メンバーの皆さんの伏字旅行記はたいていgoogle頼みでないと解読できず、いつも勉強になるなぁと思っているのですが、今回ばかりはすぐにピンときました。西日本にはあまり行かない私が、珍しく人生で3泊している町でしたので。

私は仕事で数年に一度修学旅行を引率するのですが、ここらあたりの高校の修学旅行の(一昔前の)定番がこの町なのです。前任校でも現任校でも生徒を連れて行きました。ついでに自分の高校時代も行ったので3泊です。全部違う高校なのですが。

高校生にもサイクリングの自由行動をさせますが、それと比べるとだいぶ狭い範囲を回られたように見受けられます。時間が短かったのが残念でしたね。高校生は昨年の大河の主人公のお兄さんを祀った神社をチェックポイントにでもしてここまでは必ず行かせるのが定番です。放っておくと観光せずに土産物屋に入り浸ってしまうけれど、これだけの距離走らせれば途中の街並みも少しは見るだろうということですね。チェックする側の引率者は、いち早く済ませてしまおうとする生徒よりも早くたどり着かなければいけないわけで、この距離を自転車でかっ飛ばすのは結構大変だった思い出があります。

[91553] 2016 年 10 月 1 日 (土) 23:09:31 ペーロケ さん
 駅名

[91500] 白桃 さん
一番多いのは、やはり「会津」でしょうね。
次が「伊那」、それから「知多」「木曽」「郡上」あたり。
「伊那」は、飯田線の前身「伊那電車軌道(伊那電気鉄道)」という鉄道会社名が由来なのではと思われます。あと、名鉄河和線上で見られる「知多」も、太田川〜河和間を運営していた「知多鉄道」が由来と思われます。ただし、知多鉄道が名鉄に吸収合併された後で名鉄によって引かれた知多新線上の「知多奥田」駅に関しては、鉄道名ではなく地域名としての「知多」と言えますね。

マイナーなところでは板橋区の「志村坂上」「志村三丁目」の「志村」は辛うじてOKか?
それ、入れちゃいますか(笑)。それなら大阪地下鉄「谷町4丁目」、「谷町6丁目」、「谷町9丁目」なんてのも入ってしまいます。
あと、地下鉄はOKだけど路面電車は対象外なんでしょうか。路面電車を入れると、広島電鉄の「舟入町」「舟入本町」「舟入幸町」「舟入川口町」「舟入南町」、土佐電鉄+くろしお鉄道の「御免東町」「御免中町」「御免西町」「御免町」なんてのも入ってしまいます。

[53269]で紹介した、他国の旧国名を冠している駅として名高い「伊賀和志駅」、三江線の廃線とともに姿を消すことになります。その時には気づかなかったのですが、くろしお鉄道の「安芸」駅を忘れていました。そういや東京都心の「信濃町」駅、それも信濃の国まで伸びる中央本線の駅もありましたねぇ。。。

[91552] 2016 年 10 月 1 日 (土) 18:21:01【1】 k-ace さん
 戦戦戦国?

ジブリ以外で初の興行収入100億円を突破した映画「君の名は。」 その舞台の一つである飛騨地方には一つも映画館がないようです。
飛騨地方の中核となる飛騨市と高山市には2016年夏時点で映画館が1つもない。地域内最後の映画館だった「旭座」(高山市)は2014年に閉館した。
(中略)
飛騨から最も近い映画館は、隣県・富山県の「TOHOシネマズファボーレ富山」で、車で1時間半ほどの距離だ。
ちなみにこの映画の主題歌はRADWIMPSの「前前前世」です。

で、本題です。
グリグリさんへ。
NEWS 16/9/28 戦戦国市盗り合戦のトップページをリニューアル
「戦」が一文字余計ですね。

[91551] 2016 年 10 月 1 日 (土) 14:22:57 ニジェガロージェッツ さん
 懐かしい!

[91548] 千本桜 さん
ここはどこでしょう
いやあ,懐かしい!
昭和59年に友人4人と日本海の孤島[57118]にわたる際に,出港地となったこの街で時間があったので,レンタサイクルで廻りました。

以下,回答に代えさせていただきます
A)музей Хаги
B)Гиити Танака
C)дом Кикуя
D)переулок Кикуя
E)Синсаку Такасуги
F)переулок Эдоя
G)Такаёси Кидо
H)средняя школа Хагиниси
I)высшая школа Хаги
J)район Хориути
K)дом Кутиба

[91550] 2016 年 10 月 1 日 (土) 13:46:04【4】 k-ace さん
 JR北海道の廃駅情報

乗車1日平均1人以下、JR北が51駅廃止へ
51駅一覧
函館本線=東山駅、姫川駅、桂川駅(森町)、伊納駅(旭川市)
千歳線=美々駅(千歳市)
札沼線=豊ヶ岡駅(月形町)、鶴沼駅、於札内駅(浦臼町)、南下徳富駅、下徳富駅(新十津川町)
根室本線=島ノ下駅(富良野市)、東鹿越駅(南富良野町)、羽帯駅(清水町)、稲士別駅(幕別町)、上厚内駅(浦幌町)、尺別駅(釧路市)、初田牛駅(根室市)
石北本線=生野駅(遠軽町)
釧網本線=南斜里駅(斜里町)、南弟子屈駅(弟子屈町)、五十石駅(標茶町)、細岡駅(釧路町)
宗谷本線=北比布駅(比布町)、塩狩駅(和寒町)、北剣淵駅(剣淵町)、日進駅、北星駅(名寄市)、南美深駅、紋穂内駅、豊清水駅(美深町)、天塩川温泉駅、筬島駅(音威子府村)、歌内駅(中川町)、糠南駅、雄信内駅、安牛駅、南幌延駅、上幌延駅、下沼駅(幌延町)
日高本線(2015年以降の土砂災害による長期運休区間)=鵜苫駅、西様似駅(様似町)
留萌本線=北一已駅(深川市)、真布駅(沼田町)、峠下駅、幌糠駅、藤山駅(留萌市)
留萌本線(12月5日廃止区間)=礼受駅(留萌市)、阿分駅、舎熊駅、朱文別駅、箸別駅(増毛町)

ただ、1人以上の北豊津駅や蕨岱駅(長万部町)[90557]が含まれておらず、留萌本線廃止区間は1人以上で挙げられていない瀬越駅、信砂駅、増毛駅含め路線廃止で、「乗車1日平均1人以下」は必要とは思いますが、タイトルの51駅はあまり意味の無い数字のような気が。

本日、石北本線が全線で運転再開しましたが、根室本線の富良野駅〜芽室駅間、石勝線のトマム駅〜新得駅間は依然不通です。東鹿越駅は富良野駅〜東鹿越駅間が10月中にも復旧予定ですが、来年にも廃止? その先は復旧に時間がかかりそうなんだけど。

[91549] 2016 年 10 月 1 日 (土) 13:22:38 ペーロケ さん
 長田村と、灘区

[91508]ニジェガロージェッツ さん
地上1階のメインストリートでさえ,各商店の経営難からシャッター街になろうとしているさまで,特に2階部分には人通りはなく,当初より分譲は埋まらず,今では非常に厳しい状況になっています。
 長田の街の、復興途上の姿を見せて頂いたため、「その後」があまりにも酷い状況ということを聞くと、とても寂しい状況ですね。建物は新しいのに人がいない、「明るい廃墟」として話題になった「ピエリ守山」や、客がほとんど居ないのに現在も営業中の「マリーナホップ」を連想してしまいますが、これらは立地が駅から離れたアクセス不良な土地に商業地を作った結果ゴーストタウンになったものです。(マリーナホップもオープン当初は南観音まで渋滞するくらい人気だったんですけどねぇ。。。)長田の街は交通の便はいいのですが、商業地は既に三宮、元町があるので、長田にも作るとなると店舗過剰状態だったのでしょうか。神戸市はおそらく商業地にしたかったのでしょうか。しかし、行政が思うように商業地としての需要がなく、元々の地場産業であるケミカルシューズも衰退して、それこそ無個性な街、もっと酷くなるとゴーストタウンになってしまうのではと心配しております。「再開発=商業ビル」に固執する街は、「劣化東京」を作り出すだけであると行政は気づいて欲しいものです。
 とは言っても、実際問題として今まで通りのケミカルシューズを作ってもコストでは勝負にならない訳で、変革が求められているのも現実ですね。あるのは「長田村の職人さん」の技術のみ。しかし、その技術力こそ、何か別のものを生み出す力があるのではと思います。

灘区と東灘区の違いを一言で表すと,インナーシティ(灘区)と,そうでない街(東灘区)です。
私は東灘区も灘区も阪急神戸線から見下ろした風景をよく見ていたため、どうしても六甲、王子公園といった、東灘区と似たような灘区の風景が印象的です。阪急がJRと合流するあたり(ちょうど灘区から中央区の境界)より、山裾の住宅地から急にインナーシティーに入ったという印象になってしまうため、正直、灘区=インナーシティという印象はありませんでした。だから、私にとっては両区とも高級住宅街といった、似たようなイメージだった訳です。JR沿線、阪神沿線だったら、違った風景が見れたのかもしれません。しかし、改めてニジェさんの書き込みを聞いて、具体的な数字も提示されるなどして、神戸市街地がだんだん東へ拡張するにあたって、灘区の方が先に都市化された地域なんだろうなということが想像できますね。神戸市民ならではの視点ありがとうございます。

[51500]桜トンネル さんによると、5町村の神戸市編入と東灘区設置の際は、裕福な住吉村をめぐって色々な駆け引きがあったようですね。

[91548] 2016 年 10 月 1 日 (土) 12:07:10 千本桜 さん
 ここはどこでしょう

ここはどこでしょう。
先月、まちじゅうに観光スポットがごろごろ転がっているような、とある町(行政上は市ですが)へ行って来ました。いつものとおり、研修と言う名の団体旅行です。仮に、団体名をシルバー旅行会としておきます。一行は下船したあとバスで移動しますが、私は自転車で自由行動をとることにしました。すると、私も私もと、5名のおじさま、おばさまが後をついてくるではありませんか。最高齢は77歳のおばさま。私としては予想外の展開になりましたが、いいじゃないですか。高齢者6名、♪青い山脈でも歌いながら、二度と来れないかもしれない町をサイクリングするぞ〜〜〜、ついてこい!!
さて、私はどこへ行ったのでしょう。(A)〜(K)をお答えください。

船着場の近くで貸自転車をゲット。さあ、城下町の面影が残る町並みを走りまわるぞ! だが、自由時間はたったの1時間だけ。まず、本町筋を西に向かって走行。道幅5mほどの狭い道だが、江戸時代には2倍の道幅があり、殿様が参勤交代の際には必ずこの道を通ったのだとか。このあたりは上級武士の屋敷街で重要伝統的建造物群保存地区になっている。白壁の塀が続く町並みを6人のおじさん・おばさんが青年のように走り抜けます。
船着場から800メートル走って(A)○博物館に到着したが、時間がないので入館せずに外観だけ見物。敷地内には(B)○○○○総理大臣の銅像がある。博物館前の外堀を渡れば、そこは町人&中級武士の居住区。呉服町という町名から町人町らしさが伝わってくる。なまこ壁が目を引く豪商(C)○屋家の角を右折して(D)○屋横丁へ進入すると、いましたいました。案の定、シルバー旅行会御一行様が幕末の志士(E)○○○作の誕生地でたむろしていました。でも、自転車部隊は先へ急ぎます。お先に失礼!
(F)○○屋横丁は和服姿が似合いそうな静かな街路だ。その街路に面した(G)○○孝○の旧宅前を通って、再び上級武士の屋敷街へUターン。あれ、ぽつりと雨が。空模様と集合時間を気にしながら、230メートルも続く長い白壁の塀や、(H)○西中学校と(I)○高校の間にのびる白壁の道をびゅんびゅん走る。77歳のおばさんも75歳のおじさんもピッタリついてくる。だが、この町には47年前に来ただけで今回が2度目。道に迷わず案内するのは内心はらはら。
次に敵の進入を防ぐための鍵型街路へ行きます! 上級武士の屋敷街にあるこの鍵型街路は、所在地名を冠して(J)○内○○と呼ばれている。おお、江戸時代へタイムスリップしたような景観だ。さらに、○内○○の100メートル先には上級武士の(K)○○家住宅がある。立派な御屋敷で主屋と表門が国の重要文化財になっているが、中に入らず外観だけ観賞。ほかにも見たい所はまだまだあるが、集合時刻が迫っている。もう、髪の毛は薄くなり禿げになっているが、後ろ髪を引かれる思いでバスが待つ駐車場へ向かった。

[91547] 2016 年 9 月 30 日 (金) 18:05:06【1】 白桃 さん
 大野城、10万突破

先の戦にて当家が、かぱぷう家に明け渡してしまった大野城が十万人を突破したとの事。別に悔しいわけではござらぬが、下表をご覧じろ。
かぱぷう家は筑前、筑後、豊前に存する28の都邑のうち博多福岡、文字ケ関小倉はじめ16を有しているのは、言わずもがな。しかも、人口と都会度の順位において、ともに上位十都邑のうち八都邑を有しているのでござる。加えて、五年前の国勢調査からの増減を見るに、領有16のうち6都邑が人口を増やしており、この3割7分5厘という高率は全盛期の一朗でも及びもつかぬものなり。
かたや、その他の大名家は3割3分3厘と一見高率なれど、昨今勢いが良いのはKK家が有する福津のみ。桜家の大宰府も先々どうなるか天神様もわからぬであろう。当家の柳河もそうであるが、鷲家の大牟田、鉄家のみやま、などはお先真っ暗でござる。
庄内酒田ではないが、「かぱぷう様には及びもないが、せめてなりたや黒田の殿様に」でござる。
かくなる上は、 当家の戦略としてどうするかだが、ソーナンスネェ、筑後柳河を放棄しても良い。こっそり周防に狙いを定め、宗南主家と謀り周防二分の計といくか…

領主領国人口増減人口順位都会度順位
かぱぷう福岡市11
北九州市×22
久留米市33
飯塚市×45
春日市68
筑紫野市76
大野城市87
糸島市×1017
行橋市1212
八女市×1415
小郡市×1619
直方市×189
朝倉市×1916
筑後市×2020
田川市×2113
うきは市×2628
スカンデルベクの鷲大牟田市×54
デスクトップ鉄みやま市×2426
ヌオ中間市×2222
牛山牛太郎宗像市914
桜トンネル太宰府市1111
白桃柳川市×1310
k-ace宮若市×2727
KK福津市1523
yamada嘉麻市×2325
いっちゃん大川市×2521
古賀市1718
おがちゃん豊前市×2824
※人口増減で、○は2010年確定値〜2015年速報値が増加、×は減少した市です。
文中、敬称略しました。

[91546] 2016 年 9 月 30 日 (金) 17:47:38【1】 ピーくん さん
 寺家産業団地

東広島市の西条町寺家の一部が10月31日から寺家産業団地という町名になるそうです。気になる方は東広島市のホームページから広報10月号26ページを取りこんでみてください。企業様お待ちしてます。
クイ図はリンクが手間なので辞退します。

[91545] 2016 年 9 月 30 日 (金) 14:52:39 白桃 さん
 2015年国勢調査確定値発表

は、10月26日14時30分です。
そのときには、DID人口もわかります。(東かがわ市にDID復活なるか!…→100%ありえないようです。)

[91544] 2016 年 9 月 30 日 (金) 14:02:39 白桃 さん
 推計人口速報

本日発表になった千葉県市区町村推計人口(2016年9月1日現在:2015年国勢調査速報値基準)では、
市川市:485,735人
松戸市:485,589人
となっており、市川市が松戸市を追い抜き、県下市町村人口第3位の座に返り咲きました。
1975年国勢調査で、市川を抜き3位に上昇した松戸ですが、ここ数年は人口が伸び悩み、2015年速報値では5年前から1,219人の減少となっています。
松戸市の人口減少について、2011年東日本大震災によって放射線の数値が高くなったことを大きな要因と考える方もいるようです。私はこれを否定はしませんが、確証があるわけではなく、また、他の要因も考えられるのではないでしょうか。当落書き帳には松戸にゆかりのある方もいらっしゃいますので、ご見解をお伺いできれば幸いです。
いずれにしろ、このままの状況で2020年国勢調査まで推移するとなれば、45年ぶりに順位が再逆転することになりますが、市川、松戸ともに人口変動が激しいところなので、そのアタリはなんとも言えませんナ。

[91543] 2016 年 9 月 30 日 (金) 00:45:18【2】 山野 さん
 三江線廃止(時期変更)/其の他色々

特に用が在る訳でもないが、訂正記事がありますので。

(本題)
[91307]にて、
三江線の廃止時期は来年の9月末になる模様です。
と、此方の記事では書いたのだが、訂正です。
(廃止予定日)2018年4月1日。
えー、変更理由は「地元自治体側」から以下の様に提案があった為。
代替交通手段となるバス路線の計画策定に1年半程度が必要
(追記)本日付で国への廃止届が出されました

(序で)
以前[90711]で、コレどうなるんかなって事書いた事があったが、
庁舎廃止・解体後、此の駅の名称の方どうするんでしょうね。
[91534]k-aceさん
富山県の万葉線の射水市新湊庁舎前駅が10月11日に西新湊駅に変更
取り合えず「新湊」は残ると。それにしても随分と短くなりましたね。

(もう1点)
[91534]k-aceさん
美々駅廃止検討
最近、youtubeで「interurban6304 インターアーバン6304」という方の駅訪問動画で此の駅を知ったんですが、
此処も廃止検討ですか。そう言えばこの方利用者が少ないって呟いてましたっけ。
(リンク先:この方の動画一覧、本人の呟きが収録されてるんで、どんな駅なのか分りやすい)

(追記:15時57分頃)
(1)三江線関連の情報を1点追加。
(2)リンク修正。

(終わり)

[91542] 2016 年 9 月 29 日 (木) 23:06:27【1】 k-ace さん
 佐貫

[91540]デスクトップ鉄さん
今になって、市内に市名を冠した駅がないといって、牛久駅を「龍ケ崎市」駅に改称しようとしています。(「市駅」命名のルールを逸脱した暴挙です。改称するなら、最近流行の市名を冠した「龍ケ崎牛久」あたりでしょう。)
牛久駅ではなく佐貫駅ですね。牛久駅だと龍ケ崎市内ではなく隣の牛久市になってしまいます。
ちなみに消費税増税延期で改称は先送りになっています。

(追記)
[91541]Takashiさんとほぼ同じタイミングでの指摘になってしまいましたが、Takashiさんは改称延期については触れられていませんので、このままにしておきます。

[91541] 2016 年 9 月 29 日 (木) 23:05:40 Takashi さん
 龍ヶ崎市駅

[91540] デスクトップ鉄さん

今になって、市内に市名を冠した駅がないといって、牛久駅を「龍ケ崎市」駅に改称しようとしています。(「市駅」命名のルールを逸脱した暴挙です。改称するなら、最近流行の市名を冠した「龍ケ崎牛久」あたりでしょう。)

すみませんが、それはおそらく龍ケ崎市内にある佐貫駅のことをおっしゃっているのではないのでしょうか?
参照:JR常磐線佐貫駅改称

さすがに市外の駅であり牛久市の中心駅でもある牛久駅を改称させるのは牛久市が納得しないと思います。

おそらく単なる記憶違いだとは思いますが事情を知らない方のために念のためお知らせしておきます。

[91540] 2016 年 9 月 29 日 (木) 21:45:36【1】 デスクトップ鉄 さん
 Re: 天龍→天竜

[91531]の国鉄公示に加えて、交通公社の時刻表復刻版で、中部天竜駅の表記を調べてみました。
索引地図本文
1940/10-42/11
1944/12-49/09
1950/10
1952/05-56/12
1961/10-
索引地図と本文の表記が異なっていた期間があります。索引地図は、龍→竜→龍→竜と変化しました。「竜」は戦前の1944年から索引地図に使われており、1950年以降本文は一貫して「竜」です。1954年の当用漢字補正や、1963年ごろの国鉄公示の表記変更よりかなり早いです。
横浜の「濱」と「浜」、金沢の「澤」と「沢」も調べましたが、索引地図・本文ともに、1950年までは旧字体、1952年以降は新字体と明確に分かれています。おそらく、同時期に一斉変更したものと思われます。

駅名よりも自治体名のほうが公的な度合いが強いはずですが、当用漢字使用の規制は駅名よりも緩やかです。現時点で「竜」は北海道雨竜町、北竜町、滋賀県竜王町、「龍」は龍ケ崎市、長野県天龍村、鹿児島県龍郷町が使用しており、3対3です。
とくに龍ケ崎市は、1954年3月20日、龍ケ崎町が6村を編入して市制施行しましたが、国語審議会が3月15日「龍」を削り「竜」を追加した5日後にもかかわらず、町時代の「龍」を踏襲しました。一方、関東鉄道竜ヶ崎線(当時は鹿島参宮鉄道)の龍ヶ崎駅は竜ヶ崎に改称しました。今になって、市内に市名を冠した駅がないといって、佐貫駅を「龍ケ崎市」駅に改称しようとしています。(「市駅」命名のルールを逸脱した暴挙です。改称するなら、最近流行の市名を冠した「龍ケ崎佐貫」あたりでしょう。)
雨竜、北竜は1915年4月1日の村制施行時には、雨龍村、北龍村だったと思いますが、 市区町村変遷情報ではその時点から「竜」になっています。旧字体から新字体への変更は、地方自治法第3条第3項の規定による名称変更にあたらず、初めから新字体で表記するというルールのようです(国鉄駅名の字体変更も駅名改称の公示はなく、「停車場変遷大事典」は開業時から新字体で表記しています)。蓮田市が条例を制定し、2点しんにゅうから1点しんにゅうに変更したのと比べると、若干違和感があります。

なお、駅名についても、東武の松原団地が獨協大学前に改称されるように、常用漢字使用の規制は緩くなってきたようです。

[91541] Takashiさん
[91542] kーaceさん
失礼しました。訂正しました。

[91539] 2016 年 9 月 29 日 (木) 19:42:57 みかちゅう さん
 「王子の神谷」でも「王子と神谷」でもどっちでもいい

築地市場の移転問題は東京のローカルニュースだろ、っていう意見には同意。

[91533]Takashiさん
[91535]いろずーさん
確かに王子神谷駅は王子五丁目の北本通りの地下にあり、神谷にはかかっていません。王子駅と志茂駅のほぼ中間に位置し、西側が公有地の王子五丁目団地のために出入口を作りやすいといった理由からこの場所が選ばれたと思われます。
で、駅名はそのまま「王子五丁目」でもよかったのでしょうが、北側の「神谷」地区にとっては地下を1km程度も線路が通過するのに「神谷」がつく駅がないのは面白くない。王子五丁目の交差点にある3番出口から100mも行けば神谷一丁目なのだから、「神谷」を含んだ駅名にしてくれてもいいだろう、というのはある意味自然な流れです。ただし、すでに日比谷線に神谷町駅があるので紛らわしい駅名は避けたい。じゃあ都電→都営バスの流れをくむ「北区神谷町」駅? 駅名に「北区」だといま一つだから王子地区の神谷ということで「王子神谷」にしよう。駅が存在する王子(五丁目)の顔も立てることができるし、どこからも文句が来ないいい案だ・・・といったところかも。
結局、「王子”と”神谷」とも取れるし「王子”の”神谷」とも取れる名案だったのですね。

[91538] 2016 年 9 月 29 日 (木) 07:23:45 Takashi さん
 後免町

[91537] 白桃さん

後免 1889.04.01 1,826 (1955年) 1959.10.01 南国市 南国市

私が国勢調査人口に興味を持ち始めてから60年、一番驚いたのが、後免の人口が少なかったことです。

[39412] がっくんさん

高知県の昭和25年頃の話ですネ。今手元にある(図書館の)高知年鑑1951によると・・・、

長岡郡後免町(現南国市)・・・人口1796人 面積0.15km2 (昭和23年8月1日現在)

この面積で1955年当時の人口密度を計算してみると12173人/km2と現在の東京23区や大阪市の各区の人口密度に匹敵する値になります。

人口としては確かに少ないのかもしれませんが狭い面積に多くの人が密に生活していたことを考えると村ではなく「町」と呼ぶに十分値するものであったのではないのでしょうか。

……ここまで踏み込んだ書き込みはあってもおかしくはないと思ったのですがなかったのですね。

P.S.

[91536] ニジェガロージェッツさん

前知事のころから都政に関する話が全国ニュースもしくはワイドショーで取り上げられていますけど、これは東京のローカルニュースなのではないかという意味では私も同感です。現在の築地市場を経由して食材を卸しているのは食材の鮮度のことを考えると広くて関東近郊が限度ではないでしょうか。(というかそれぞれの地域に卸売市場がある以上すべて築地を通さなければならないというものではないはずです。)いくら東京が日本の首都でニュースやワイドショーが東京の(キー)局制作であるとはいえ、都政のニュースを全国区でここまで取り扱う必要もないような気がします。(逆に大阪市政や大阪府政のニュースは橋下徹氏が府知事あるいは市長であった頃でも関東ではそこまで聴くことはなかった気がします。)

[91537] 2016 年 9 月 29 日 (木) 01:45:04【1】 白桃 さん
 あの町この町

[91529]の後半部分はノンフィクションとは言え、お恥ずかしい限りです。また、ニジェガロージェッツさんからのお叱りを厳粛に受け止めたいと考えています。
ところで、無意識で当て込んだの地名ですが、「市名」ではなく「町名」で考えると、以下の通り、結構クセのあるというか、私にとって興味津々のところが出てきます。(町名にないのは、「八女」と「津」)
※最高人口は国勢調査で記録した人口
町名町制施行日最高人口(最高年)消滅日消滅後の名称現在
土岐1926.04.016,439(1950年)1951.04.01瑞浪土岐町瑞浪市
益田(一次)1889.04.015,525(1935年)1941.02.11石見町益田市
益田(二次)1943.07.1522,059(1950年)1952.08.01益田市益田市
名瀬1922.10.0122,885 (1935年)1946.07.01名瀬市奄美市
伊那1897.10.1523,273 (1950年)1954.04.01伊那市伊那市
真田1958.10.0112,447 (1960年)2006.03.06上田市上田市
那賀(和歌山)1955.07.0112,190(1955年)2005.11.07紀の川市紀の川市
那賀(徳島)2005.03.0110,695 (2005年) 那賀町
妙寺1910.09.017,051(1955年)1958.07.01かつらぎ町かつらぎ町
伊都1955.03.0111,163(1955年)1958.07.01かつらぎ町かつらぎ町
高松(石川)1922.08.0111,961(1985年)2004.03.01かほく市かほく市
高松(岡山)1915.11.1011,518(1970年)1971.01.08岡山市岡山市
丸亀1890.02.151899.04.01丸亀市丸亀市
和気1901.02.0615,362(2010年)和気町
鳴門1940.04.015,424(1940年)1947.03.15鳴南市鳴門市
須磨1912.04.011920.04.01神戸市神戸市
多摩1964.04.0130,370(1970年)1971.11.01多摩市多摩市
1902.09.011902.10.01呉市呉市
日比1906.04.0113,637 (1935年)1940.08.03玉野市玉野市
別府(兵庫)1928.11.056,243(1950年)1951.10.01加古川市加古川市
別府(大分)1893.04.1128,647(1920年)1924.04.01別府市別府市
海部1955.03.315,026(1955年)2006.03.31海陽町海陽町
志摩(三重)1954.12.0118,176(1965年)2004.10.01志摩市志摩市
志摩(福岡)1965.04.0117,599(1995年)2010.01.01糸島市糸島市
後免1889.04.011,826(1955年)1959.10.01南国市南国市
土岐町は、今の土岐市ではありません。
益田町(一次)は合併した高津町、吉田町より人口が少なかったのです。
名瀬町は、三方村を分離する前の名瀬村当時、1920年国勢調査人口は25,816人でした。
伊那町の町制施行は三本松町誕生の約4か月前のことでした。
真田町は文字通り、真田家発祥の地です。
和歌山県那賀町の前身は名手町です。
妙寺町と伊都町が出てきたのは偶然ですかね?
岡山県高松町は「備中高松城水攻め」で有名ですが、最上稲荷の門前(鳥居前)町でもあります。
丸亀の市制施行は19世紀、これにはグリグリさんもビックリ。
和気駅があるところは、旧和気町ではなく、旧本荘町です。
現在の鳴門市の中心は、旧)鳴門町ではなく旧)撫養町です。
そう言えば、♪多摩には頭を名手名手してね〜って、奥村チヨさんが歌ってました。
呉に町制時代があったかどうか、かつて落書き帳でも話題になりました。
玉野市は日比の中心「玉」と宇野の「野」の合成です。
兵庫県別府町は鮎川哲也氏の「黒いトランク」に出てきます。
大分県の別府が町として国勢調査に出てくるのは1920年の一回だけです。
海部町の前身は鞆奥町です。
現在の志摩市の中心は旧)志摩町の和具ではなく、旧)阿児町の鵜方でしょうね。
私が国勢調査人口に興味を持ち始めてから60年、一番驚いたのが、後免の人口が少なかったことです。

[91536] 2016 年 9 月 29 日 (木) 01:42:07【1】 ニジェガロージェッツ さん
 龍と竜

いつも神戸のことばかり書いてしまっているので,ちょっとした閑話を2つ

東京都江東区の豊洲市場についての報道,その移転と汚染問題,施工法の是非についてはともかくも,移転が問題となっている東京都中央区築地市場についての日本地理での位置づけはどうなのでしょう。
築地市場を経由して,全国的に食材を卸しているのであれば,全国に及ぼす問題となるのでしょうが,「都民の台所」であるというのであれば,東京のローカルニュースではないのかと,ついつい疑問を感じてしまいます。
こちら関西でも連日どのチャンネルを廻しても,この報道で持ち切りですが,小生などには「豊洲」と言えば, ♪あられはやっぱり,とよす♪ のCMで有名な「とよすあられ」がまず頭に浮かびます。「とよすあられ」は明治時代からの大阪の米菓メーカーで,その創業者が「豊洲さん」であったことに由来し,つまり,昭和12年に東京市深川区の埋め立て地に起立した町名「豊洲」とは無関係で,変な風評被害に遭わなければと心配です。
実際の風評被害といえば,江東区豊洲のマンションにも汚染の風評が立っているとか。困ったものです。

----------------
さて,表題のお話しに変えて,地名や駅名で用いられている,「龍」と「竜」の字体と,その変更について話題になっていましたが,その技術的なことにつきましては,皆様のご説明通りのことと確信いたしており,異議を挟むものではございません。
漢字や国語については専門でもなく,小生には苦手な分野になるのですが,「龍」の新字体は「竜」である,というのは理解できますが,その逆について,「竜」の旧字体は「龍」である,とは必ずしも言えないとの認識を持っています。
すなわち,両字は元々別の字として存在し,「龍」の字は,空を飛ぶ大蛇のような架空の動物であり,一方の「竜」の字は,ずんぐりとした胴体を持って空を飛ぶ動物のようにイメージします。更に言えば,「東洋的で縁起の良い龍」と,「西洋的で邪悪なドラゴンの竜」といった感想です。どちらも「リュウ」「たつ」と読むことから混同された結果,今では区別されなくなったものと思料していました。

地名をはじめ人名や企業名では,佳名が理想とされますから,旧字体に分類されてしまった「龍」が今でも好んで用いられているのは,こういったイメージがどこかに残っているのかとも想像します。
逆に,実在した恐竜を「恐龍」と書くのは,あまりお目に掛かれないのですが,「舊字體の時代」には,どう書いていたのでしょうか?

追記
[91529] 白桃 さん
後半部分は地理雑学に関係ないので、せめてものお詫びに地名をフンダンに入れときました。
真面目に地名を記事検索する際には邪魔ですから,面白いのですが程々にしていただければ幸いでございます。

訂正【1】
誤:♪とよすのあられ〜 おせんべい → 正:♪あられはやっぱり,とよす♪
お恥ずかしい限りです。重大な過ちを犯してしましました。脳内で亀田製菓とごっちゃになっていたようです。
謹んで,お詫び申し上げます。また,間違いではないものの「東京府深川区」を「東京市深川区」に改めました。

[91535] 2016 年 9 月 28 日 (水) 23:24:09 いろずー さん
 先越された王子神谷の話と大倉くん

実は今、隣にスマホを置いて王子神谷ストラップつけている側、王子神谷の話をされ焦っているいろずーです…
[91524] みかちゅうさん
[91527] Takashiさん
[91532] みかちゅうさん
[91533] Takashiさん
この3か月間、王子神谷近辺歩いていたいろずーが断言します。
・王子神谷駅の真ん前にあるバス停は王子五丁目で正解だが、一部系統は通らないので注意!
・すべてが王子にあるため神谷は名ばかり。実際、神谷一丁目までは少し歩く。
・実際に王子神谷駅に近い町名は王子4・5丁目・東十条3丁目・豊島8丁目。
・利用としては2割程足立区民(実際中学時代、ホントの志望校はココが最寄りだった)。
あと、神谷という地名は、蟹谷から訛って来てる説が有力されるのですが…。
今回、こちらのサイトから拝借します。

先日、大倉忠義求め新潟へ行ってきました。
朱鷺メッセの展望台から見る景色は圧巻で
曇り空で時々晴れ間も見えたのか五頭連峰から佐渡島まで目に焼き付けてきました。
(さすがに上越方面は見えなかったが。)
行きも帰りもバスだったので帰りはじっくり景色を見れた。
何度も新潟にはお世話になっているウチだが長岡以北に縁なく、このおかげかわかりませんが
現時点で政令指定都市の空白が熊本だけになりました。

そこでですが
オーナー様
経県地:政令指定都市verはまだ作っていないということでよろしいでしょうか?

[91534] 2016 年 9 月 28 日 (水) 22:47:34【2】 k-ace さん
 美々駅廃止検討と万葉線

北海道日本ハムファイターズ、4年ぶり7回目の優勝おめでとうございます。本日完封で優勝投手となった大谷翔平選手は今年6月に北海道訪問した際([90676])によく見ました。これとかこれとか(北海道新幹線の関係で)。
さてその際訪問した美々駅(千歳市)の廃止を検討しているようです([90676]では触れていませんが、苫小牧市に宿泊した際、朝一で苫小牧駅から美々駅に向かいました)。
JR千歳線の美々駅 廃止が浮上、1日の利用者0〜1人。ただ美々駅、交通系ICカードも使用できる駅で私も乗下車時PASMOを使用しましたが、駅の周りには何もなく、ICカードリーダーも一日何回タッチされているのやらといった状態でした。

富山県の万葉線の射水市新湊庁舎前駅が10月11日に西新湊駅に変更になるようです。万葉線駅名変更のご案内(PDF)。新庁舎が出来て新湊庁舎が廃止になるため駅名変更とのこと。
4度目の改称で昔の名前に…万葉線の新湊庁舎前駅が「西新湊」に
高岡駅(富山県高岡市)〜越ノ潟(射水市)間12.9kmの高岡軌道線・新湊港線を運営する万葉線は10月11日、新湊港線の射水市新湊庁舎前駅を「西新湊」に改称する。
射水市新湊庁舎前駅は1933年、中学校前駅として開業。戦後の1949年に西新湊駅に改称されたが、1985年には新湊市役所前駅に改称された。2005年には射水郡の全町村と新湊市が合併して射水市に。新湊市役所は射水市の新湊庁舎となったことから、新湊市役所前駅も現在の射水市新湊庁舎前駅に改称された。
同駅の改称はこれで4度目になり、1949〜1985年の駅名に戻る。今回は射水市の新庁舎が大島中央公園の近くに完成し、新湊庁舎が廃止されることから、改称されることになった。

[91533] 2016 年 9 月 28 日 (水) 22:36:43 Takashi さん
 王子神谷駅についてもう少し

まずは北海道日本ハムファイターズの皆さんパリーグ優勝おめでとうございます。

それはさておき

[91524] みかちゅうさん
[91527] Takashi
[91532] みかちゅうさん

・王子神谷駅
「由来は王子と神谷の境界付近に駅があるから」という説がちらほら見つかりましたが、本当なのでしょうか? 南北線の1つ南の駅が王子駅なのに、さらに「王子」をつける駅名を欲しがったのかは疑問。近くにある都営バスの停留所は「北区神谷町」で、これは都電の電停も同じ名称でした。

とりあえず事実関係を整理すると
・王子神谷駅は北区王子五丁目に存在するが、神谷一丁目との境界に近い(関係はありませんが神谷二丁目並びに神谷三丁目の北部はむしろ一つ赤羽岩淵よりの志茂駅の方が近いです)
・最寄り(真上?)のバス停は王子五丁目(北区神谷町の名前を近くのバス停としてあげられていましたがそのバス停はもう一つ赤羽寄りのバス停であると思います。)である
・王子駅は一つ目黒寄りの駅名として存在し、神谷町の名前は既に日比谷線で使われているため、いずれにせよどちらか一方のみを使う場合には何らかの形で同名回避を行う必要がある
というところでしょうか。

また、現在の王子神谷駅付近の国道122号(北本通り)にはかつて隅田川から王子五丁目団地(ここは王子製紙の工場があったところなのですがそれはさておき)付近まで流れていた甚兵衛堀(神谷堀)という水路(現在は埋め立てられ?神谷堀公園となっています)にかかる神谷橋という名の橋がありその名は都電の電停の名称としても使われていました。

で、王子「の」神谷なのか王子「と」神谷なのかなのですが、
・王子五丁目は下十条村→王子村(1889)→王子町(1908)→王子区(1932)→北区(1947)
なのに対し
・神谷一丁目は神谷村→岩淵町(1889)→王子区(1932)→北区(1947)
と東京市編入まで異なる経緯をたどっており、現在でも北区では王子五丁目は王子地区に属しているのに対し、神谷一丁目は赤羽地区に属しているものとみなしています。

ということを考えると王子「と」神谷の方が妥当であるような気がします。個人的には神谷橋もよいと思うのですがこれも紛らわしいので採用には至らなかったのでしょうね。

なお、今回の考察に当たってはこちらのサイトを参考にしました。

[91532] 2016 年 9 月 28 日 (水) 16:30:40 みかちゅう さん
 地下鉄の駅名あれこれ

[91527][91528][91530]Takashiさん

地下鉄駅名に関する考察、ありがとうございます。

・上野広小路駅
「広小路」と呼ばれる道路は都心部に複数あるための区別という説に納得です。大崎広小路駅(東急池上線)もありますし。
・中野富士見町駅・板橋本町駅
23区内に複数ある富士見町や本町と紛らわしいから区別された、という説であっているのでしょう。
・中野新橋駅・練馬春日町駅
どちらも類似する名称の地下鉄駅が別にある(新橋・春日)ためですね。春日駅はすっかり忘れていました・・・。
・王子神谷駅
「由来は王子と神谷の境界付近に駅があるから」という説がちらほら見つかりましたが、本当なのでしょうか? 南北線の1つ南の駅が王子駅なのに、さらに「王子」をつける駅名を欲しがったのかは疑問。近くにある都営バスの停留所は「北区神谷町」で、これは都電の電停も同じ名称でした。2つ先の赤羽岩淵駅は「赤羽”の”岩淵」ではなく、2つの地名を並べた「赤羽”と”岩淵」と解してOKでしょう。
・牛込神楽坂駅
建設時の仮称は「新神楽坂駅」だったそうですが、東西線の神楽坂駅も(旧)牛込区にあるので、まったく離れた場所と区別するためではありません。どうせ区別するための駅名なら旧区名である「牛込」をつけるよう、地域住民が要望したのでしょうか。
・牛込柳町駅
町名や交差点名は「市谷柳町」で、仮称は「柳町駅」だったそうですが、昔あった都電の電停「牛込柳町」が採用されたらしいです。地下鉄駅としては大部分が原町の地下にあります。
・本所吾妻橋駅
都電時代も「本所吾妻橋」だったそうですが、他に「吾妻橋」や「東(あずま)橋」といった電停があったという情報は見つからず。同名区別のため「(旧)本所区にある吾妻橋」と命名したと解するのは無理がありそうで、「吾妻橋の本所側」といった意味合いかもしれません。

比較的開業が新しい南北線や大江戸線の駅名は、命名の経緯が(少なくとも建前としては)明らかになっていても良さそうですが、そういった情報は見当たらず。当時の新聞や地下鉄の広報誌などには載っていたのかなぁ。

[91531] 2016 年 9 月 28 日 (水) 13:45:37 デスクトップ鉄 さん
 天龍→天竜

[91515] hmt さん
さて、天龍→天竜については、『時刻表名探偵』(石野哲 1979)p.240-【字体の話】にあるように、昭和29年(1954年)の当用漢字補正資料に基いて国鉄が字体を変更した結果であると思われます。
[91511]で紹介した「停車場変遷大事典」にも同様の記載があります(I巻、p50)。昭和29(1954)年3月15日国語審議会が勧告した当用漢字補正案の28字削除の中に「龍」が、28字追加の中に「竜」が入っており、
※この時点で龍の字を含んでいた国鉄の駅名は、竜の字に改められた模様。
と書かれています。

しかしこれ以降も「天龍」は国鉄公示に使われています。
昭和30(1955)年11月8日日本国有鉄道公示第375号
飯田線佐久間・大嵐間の線路付替に伴い、次の通り、停車場の廃止及び新設を行い、同線豊橋・辰野間の営業キロ程を改正する。
に、中部天龍駅と天龍峡駅のキロ程が記載されています。
昭和33(1958)年11月7日日本国有鉄道公示第400号
昭和33年11月8日がら西天龍線中部天龍−中部駅口−佐久間ダム間において、次の各号によつて一般乗合旅客自動車運送事業を開始する。但し、運行期日は、中部地方自動車事務所長が定める。
その後も1962年まで、東海道本線天龍川駅や国鉄バス天龍線など国鉄公示は「龍」を使っています。国鉄公示に「天竜」と記載されたのは、昭和38(1963)年4月3日日本国有鉄道公示第175号
昭和38年4月5日から東天竜線門原・天春橋間において、次の各号によつて一般乗合旅客自動車運送事業を開始する。
が最初ではないかと思います。
なお、国鉄公示は官報に掲載されましたが、この時代の官報は国会図書館のデジタルコレクションに未収載です。

[91530] 2016 年 9 月 28 日 (水) 11:52:46 Takashi さん
 王子神谷は広域地名が接頭語になっている例ではない?

[91524] みかちゅうさん
[91527] Takashi

王子神谷駅は神谷町駅(日比谷線)、練馬春日町駅は春日駅(大江戸線・三田線)との混同回避でやはり広域地名を接頭語に付ける必要があったのだと思います。

その後王子神谷駅について調べてみたところここでの「王子」は広域地名というわけではないようです。

というのも、王子神谷駅自体が北区の王子五丁目にあり、むしろ所在する王子と近接する神谷の複数の地名を並べて付けたと考えた方が妥当ではないかと思われるのです。

というわけで王子神谷は広域地名が接頭語になっているとはいえないようです。むしろ神谷を付けた理由の方が気になります。

[91529] 2016 年 9 月 28 日 (水) 09:18:47【1】 白桃 さん
 続々「都会度」のもっともらしい見直し&白桃のヒミツ

[90718]白桃
2.「平成の大合併」で人口大幅水増し合併の市に対する減点(「都市としての経歴」ポイントを減点)
(1)市域の2000年国勢調査人口に対し、2010年国勢調査人口が2倍以上・・・1.0点減点
(2)市域の2000年国勢調査人口に対し、2010年国勢調査人口が1.5倍以上・・・0.5点減点
上記は既に市制施行していた市に対する減点政策ですが、そうなると「平成の大合併」以降に誕生した市にも「お仕置き」をしないと片手落ちというものです。といっても、「平成の大合併」以降に誕生した市は「都市としての経歴」ポイントをもともと低くしているので、すべての市に減点を行うのはあまりにも可哀想です。
そこで、
「1999年4月1日以降に誕生した市の2010年国勢調査人口を、合併にかかわった旧)町村数※(1999年3月31日時点)で割ったとき、1万人未満の市」に減点を行うことにしました。
その中で
9千人台:0.5減点(常陸大宮、北秋田、にかほ、淡路、登米、阿蘇、八幡平、香美、三豊、阿波、京丹後、
仙北、山県、南城)
8千人台:0.7減点(国東、田村、美馬、朝来、西予、伊豆、宇陀、高島、本巣、南丹)
7千人台:0.9減点(下呂、壱岐、つがる、上天草、栗原)
6千人台:1.1減点(南房総、西海、南島原、郡上、養父、飛騨、魚沼、雲仙、江田島、香南、南砺、雲南)
5千人台:1.3減点(美作、安芸高田、真庭、豊後大野、対馬、北杜)
4千人台:1.5減点(三好)
※例えば、米原市は3町によって市制施行した後に1町を編入していますが、その場合の旧)町村数は4となります。
なぜ「1万人未満」にしたかと言うと、これには深〜いワケがありまして、別の機会に述べることにします。

さて、[91525]「白桃&千本桜の置賜めぐり」で写っている人物はすべて千本桜さんです。と言ってもオフ会に参加したことがある方にはバレバレですので、ウソは八女土岐益田。
名瀬、千本桜さんが写って伊那いかというと、白桃は事情があってシャッターを押すことが苦手なのです。真田(あの信繁と血が津那賀っているかどうか知りません)という妙寺の伊都このウチが高松の丸亀町でカメラ店だったこともあり、カメラを小学生から手にしていたのですが、お酒を呑むようになってから、どういう和気か指が震えるようになり、写真をとると必ずブレるのです。社会人に鳴門と指のふるえはま須磨すヒドくなり、パソコンを初めて習ったときに、先生に「ダブルクリックをしてください。」と言われてやると、トリプルクリックになって叱られたり。旅行会社在籍時には多摩に添乗すると、お客から「添乗員さん、写真撮って呉ませんか。」と言われるのが非常に怖かった。お客さんからでは無いのですが、日比谷公園でア別府から「撮ってください。」と言われたときに、緊張の海部り左にあったシャッターを押して志摩いました。ということは、自分が写っている???。お二人さん、後免は南国市。
(後半部分は地理雑学に関係ないので、せめてものお詫びに地名をフンダンに入れときました。)

[91528] 2016 年 9 月 28 日 (水) 09:18:03【2】 Takashi さん
 上野広小路について

[91524] みかちゅうさん
[91527] Takashi

[91527] Takashiの書き込みを書いた際にはこのあたりの中央通りをかつては下谷広小路と呼んでいたことと関係して広域地名を接頭語に付けたことを申し上げたのですが、その後台東区の旧町名を調べた際に現在の上野広小路駅の近くに上野広小路町があったことがわかりました。

この町名自体は1869年におそらく下谷広小路にちなんで名付けられたものと考えられますが、上野広小路の駅名は上野広小路町にちなんで名付けられたものであると思われます。

で、この駅名の上野は同名回避のために付けたかというと……おそらく町名由来ではないのでしょうか(町名自体が同名回避の可能性はあります)。

[91527] 2016 年 9 月 28 日 (水) 07:20:52【3】 Takashi さん
 Re:同名回避のために広域地名を冠した駅・東京の地下鉄編

[91524] みかちゅうさん

 上野広小路(銀座線)
 中野新橋・中野富士見町(丸ノ内線)
 王子神谷(南北線)
 牛込神楽坂・牛込柳町・練馬春日町(大江戸線)
 本所吾妻橋(浅草線)
 板橋本町(三田線)

牛込神楽坂駅はかなり近くにあるが乗換駅の関係にはない神楽坂駅(東西線)との同名回避で広域地名を接頭語に付ける必要があったのだと思います。

王子神谷駅は神谷町駅(日比谷線)、練馬春日町駅は春日駅(大江戸線・三田線)との混同回避でやはり広域地名を接頭語に付ける必要があったのだと思います。

板橋本町駅は渋谷区や中野区の本町もしくは中央区の日本橋本町(まだ他にもあるかもしれません)と誤解されないために、中野富士見町は千代田区の富士見町→富士見や板橋区の富士見町と誤解されないためにそれぞれ広域地名を接頭語に付ける必要があったのだと思います。

牛込柳町駅は新宿区の市谷柳町に由来するものと思われますがなぜ牛込を接頭語に付けたのかというと他に付近に柳町はあるわけではありませんが旧牛込区にあることを強調したかったらしいです。

上野広小路駅は東京都内に他に両国広小路(両国橋西詰・現在の中央区東日本橋周辺)、浅草広小路(現在の台東区雷門通り)があり、このあたりの中央通りをかつては下谷広小路と呼んでいたことと関係して広域地名を接頭語に付けたのだと思います。

本所吾妻橋駅は……吾妻橋の本所側ということで命名されたのでしょうか。(ちょっとこれはわかりませんでした。)

取り急ぎご報告まで。

[91526] 2016 年 9 月 28 日 (水) 06:27:42 千本桜 さん
 土地地理流し

[91522] 白桃さん
箱根は地理のハンジロー
お見事です。お返しに春日八郎の土地地理流しをプレゼントします。かなり渋いので、酒で割って薄めると良いでしょう。

[91525] 2016 年 9 月 28 日 (水) 06:24:48 千本桜 さん
 みちのくひとり旅

[91505] 伊豆之国 さん
みちのくひとり旅をされたのですね。「みちのくひとり旅」と書けば、どこか哀愁が漂う旅のイメージですが、 伊豆之国さんには、想い出に残る良い旅をされたことと推察申し上げます。

40年ほど昔、その白石市にある「小原温泉」に一泊し
温泉場の盛衰も激しいですね。宮城県では秋保温泉の一人勝ちでしょう。蔵王山麓の小原温泉、青根温泉などはすっかり寂れてしまいました。今年の春、一部分だけですが、白桃さんを案内して小原温泉の渓谷をハイキングしました。よろしかったら白桃&千本桜の置賜めぐりをご覧ください。

「温麺(うーめん)」
「うーめん」は短いから食べやすいですね。短い「うーめん」に馴れた人が他所の地方へ嫁に行き、「うどん」は長過ぎるので半分に折って茹でたら、こんなの「うどん」じゃないと怒られたとか。なんで「うどん」って、あんなに長いのでしょう。

白石は仙南の中心都市から脱落
全国的に見れば、仙南地域(宮城県南部)の中心都市は白石というのが定説でしょう。でも仙南地域で生活していると、それは違うことに気がつきます。ちょっと大きな買物は大河原へ。年金の相談も大河原へ。運転免許の申請も大河原へ。狂犬病の予防注射も大河原へ。そのつど白石市民は大河原町へ出向いているのが実情で、市と町の関係が逆転しています。ところが、大河原は仙南地域を背負って立つ中心都市としての気構えが希薄な町で、大河原の名を前面に出すことに臆病なのです。明治時代より今日まで、宮城県における国県の出先機関は、仙台>石巻=古川(現在は大崎市)>大河原の順で設置されてきました。国県は宮城県で4番目の拠点に大河原を選んでいる訳です。しかし、笛吹けども踊らず。大河原は自らを無名の小さな町だと思い込み、白石の陰に隠れて満足しています。
2年前、老人会の旅行で福島市の土湯温泉へ一泊した時のことです。山形県から来たと言う旅行客とエレベーターの中で一緒になりました。山形県人に「どこから来たの」と聞かれた老人会の「おんつぁん」は、少し考えて「白石の近く・・・ムニャムニャ」と答えました。ムニャムニャな答に山形県人は釈然としないようす。それを感じ取った老人会の「おんつぁん」は「ウ〜ン」と考え込んだ末に、ふっきれたように爽やかな顔で「白石です」と答えたのです。何でやねん!
「大河原です」と答えれば良いものを、それができない町民が多いのです。

やがて町境を越えて柴田町に入っても桜並木はなお続き
船岡城址公園に立寄りながら大河原駅から船岡駅まで歩かれたようですが、ずいぶん疲れたでしょう。夏の一目千本桜も風情がありますが、秋の一目千本桜も見ごたえがあります。でも、やっぱり花が咲く春が最高です。機会がございましたら、ぜひ春にもおいでください。東北線の線路で分断されていた一目千本桜と船岡城址公園が「しばた千桜橋」で行き来できるようになりました。宮城県の2大桜名所が1つに結ばれてパワーアップ。柴田町では「しばた千桜橋」の建設をめぐって「要る」「要らない」の論争がありましたが、大河原町にも波紋が及びました。大河原の「のほほん派町民」は、「しばた千桜橋」ができると花見客が増えて大河原にも人が流れて来るだろうと楽観しています。一方「あせり派町民」は、「しばた千桜橋」ができると大河原に花見客が来なくなると、気をもんでいます。どちらに転ぶか見ものです。
地域間競争を煽るのは良くないと言う人もいますが、大河原VS柴田(船岡)の場合は煽って良いのです。なぜなら、この2つの町は抜きつ抜かれつシーソーゲームをしながら力を養ってきたのですから、今後もどーぞという感じです。「屋形船運行」で打って出た大河原に対し「しばた千桜橋」で対抗する柴田町。今度は大河原が新たな策を練る番ですぞ。分かっているのかな? のほほん大河原!

[91524] 2016 年 9 月 27 日 (火) 22:16:35 みかちゅう さん
 同名回避のために広域地名を冠した駅

郡名などの駅名の接頭語ですが、湘南モノレールの「湘南町屋」・「湘南深沢」・「湘南江の島」の3駅は同名回避のために地域名称である「湘南」が冠せられていると考えられるのでしょうか。町屋駅は京成にもある(荒川区)ための同名回避、江の島駅は近隣にある江ノ電や小田急の駅と区別するために「湘南モノレールの江の島駅→湘南江の島駅」ということなのでしょう。では深沢駅はというと、開業の昭和45年3月時点に存在したのは越後交通長岡線だけのようで、同名回避のための名称というには疑問が残ります。宅地開発のためのイメージアップをもくろんで「湘南」を冠したというわけでもなさそうだし、なぜなのでしょうか。

あと、東京の地下鉄の駅で
 上野広小路(銀座線)
 中野新橋・中野富士見町(丸ノ内線)
 王子神谷(南北線)
 牛込神楽坂・牛込柳町・練馬春日町(大江戸線)
 本所吾妻橋(浅草線)
 板橋本町(三田線)
は、「広域地名が接頭語になっている例」なのでしょうか。中野新橋駅以外は必ずしも同名回避のために必要だったとも思えないし、清澄白河駅のように駅名でもめないために複数の地名を並べて付ける折衷案でもないので気になります。

<おまけ>
バスの停留所で旧国名や郡名が付けられている場合、たいていは国鉄バス→JRバス各社の路線があったところです。連絡運輸を行うために全国規模で停留所の同名回避をしなければならなかったためなのですが、旧国名では間に合わないのか「芳賀」や「那須」(いずれも栃木県)のように郡名を採用しているところもあります。もっとも、JRバスの路線縮小で民間事業者代替→さらに自治体バス化という流れで停留所は残っていても改称されてしまい、旧国名や郡名の付いた停留所は減少傾向にはあります。

[91523] 2016 年 9 月 27 日 (火) 18:49:18【3】 オーナー グリグリ
 日本の石

[91504] futsunoおじさん
日本鉱物科学会は24日、「日本の石」に翡翠(ひすい)を選定したとのことです。これは同学会が一般社団法人化したことを受けた記念事業で、最終候補5種類から総会に出席した会員による審査・投票によるものです。 (日経新聞,読売新聞)
情報をありがとうございます。都道府県の石が選定された同じ年に、学会は別ですが、奇しくも日本の石が選定されたのですね。都道府県の石に日本の石が選定されたことを説明文に追加しました。ちなみに、最終候補5種類とは、花崗岩(茨城県、岡山県、広島県、高知県の県の石)、輝安鉱(広島県の県の石)、自然金(新潟県、鹿児島県の県の石)、水晶(山梨県、長崎県の県の石)、ひすい(新潟県の県の石)の5種類です。

[91522] 2016 年 9 月 27 日 (火) 09:40:39 白桃 さん
 箱根は地理のハンジロー

[91521]ぺとぺと さん
身近なところで箱根板橋と箱根湯本がありますが、グレーゾーンでしょうか。
[91520]を書き込むときに一瞬迷ったのですが、やはり箱根登山鉄道の「箱根」の容疑が濃いですね。宇部新川、宇部岬の「宇部」も旧宇部鉄道の「宇部」ではないかと疑っています。
私が山田西町を疑っているのは別の理由からです。山田の町の中の「西町」ではなく、山田西町で一個の固有名詞的存在になっているのかと思ったからですが、どうもそこまでいってないようです。けれど、「西山田」駅でも良かったような名称ですし、千里中央の「千里」を、さてどうするかとややこしい問題が発生しそうだったからです。
はっきりしない文章になって申し訳ございません。
私は、「池田」や「山田」と聞いてもピンときませんが、接頭語のついた「阿波池田」「土佐山田」と聞くと、しっくりして落ち着きます。私にとって「阿波池田」なんかは完全に四字熟語名称?です。

[91521] 2016 年 9 月 27 日 (火) 07:11:43 ぺとぺと さん
 駅名にまつわるエトセトラ

[91510]白桃さん
碧海古井駅に関する素朴な疑問に答えて下さりありがとうございます。
当時の名鉄のプレスリリースその他の情報から、私も同様の結論に至りました。

[91520]白桃さん
駅名「接頭語」
身近なところで箱根板橋と箱根湯本がありますが、グレーゾーンでしょうか。

[91520] 2016 年 9 月 27 日 (火) 05:38:19 白桃 さん
 駅名「接頭語」

[91516] 伊豆之国 さん
何か「大物」が抜けているようですね…それは「津軽」。
おぉうぅ、抜けてましたね。
「安曇」「魚沼」「佐久」
上記三つに比べると、ひとつしか例がなく心細い感じがするのですが、「頸城」大野駅(糸魚川市)も入れても良いのでは。
市名、区名が接頭になっている代表として、
「市川大野」「市川塩浜」「市川真間」「市川ぱぱ?」、「中野新橋」「中野坂上」「中野富士見町」がありますね。
山梨県市川三郷町の「市川大門」「市川本町」の「市川」になると接頭語に該当するかどうか怪しいのですが、中野市の「中野松川」の「中野」は接頭語ではないでしょうか。
マイナーなところでは板橋区の「志村坂上」「志村三丁目」の「志村」は辛うじてOKか?、香美市の「山田西町」の「山田」になるとグレーを通り越して真っ黒け?

[91519] 2016 年 9 月 27 日 (火) 00:01:15 海ダイ さん
 第四十三回十番勝負の感想

クイ図の開催も発表されたので、早めに「夏休みの宿題」を片付けておきたいと思います。
第四十三回十番勝負の感想です。

今までの十番勝負では、なるべく愛知県の市から回答を選ぶようにしてきました。しかし前回は愛知県からたった3市しか答えられず、愛知県から選ぶのは意外と難しいということに気づき、今回は未答の市がある県を減らす方針に変更しました。

問二:五泉市
他の市の名前が含まれていることには気がつきましたが、55市もあるとは思いませんでした。鹿児島→児島は意外。

問四:上田市×→唐津市
お題の5市で検索をかけたところ斜張橋コレが引っかかったのですが、該当しない市との線引きが分からず。
「90年代に架橋されている」という強引な解釈で上田市と答えてみましたが不正解で、答えにたどり着くまでには時間かかりました。

問一:瀬戸内市
回答が四国に固まっていたので地図を見ていたら気づきました。
訪問歴のある島を選びたかったのですがどれもすでに回答されていたので、近く(牛窓)までは行ったことがある瀬戸内市を選択。

(ここで第1ヒント)

問七:駒ヶ根市
完全にヒント頼りです。
駒ヶ根市は、第1回の十番勝負から存在する市の中で解答回数がもっとも少ない市だったので選択しました。
問七と問Gで問題市が3市も一致していたのがすごく引っかかり、ここで初心者コースとの関連性に気がつきました。

問五:加東市
問Eのヒントが「かなり減少」だったのでこちらも人口の増減だと気づくのは容易でした。
問題市が関東・中部・関西に固まっていたので最初は地理的なものかと思いましたが、全く関係なかったですね。

問六:角田市
これもヒント頼りだったような気がします。
未回答県で一万石だった角田市を選択。

問八:瀬戸市
問Hからの連想で人口密度ばかり見ていて遠回り。
まさか地元瀬戸市が該当するとは思いませんでした。もっとも、自分も減少した2800人(対2005年)の一人なので文句は言えませんが。

問三:浦添市
このページの存在は知っていましたが、人口密度は載っていない気がしていたので共通項になるとは思いませんでした。
沖縄県の市が3市もあったので、沖縄県から選択。

問九:和歌山市
第1ヒントの「せっすいしたきりんよ」が頭から離れず…
なぜか競輪場のある市が連続していたので、自分も競輪場がある和歌山市を選択。

問十:苫小牧市
ヒントから市盗り関連だと思ったのですが、全然違いましたね。
未回答県から見つけることができず、北海道から回答。問三で沖縄以外にしておけばよかった。

十番勝負開始前、初心者コース・クイ図・ペアシティを含めても未回答の府県は23ありましたが、今回で6県まで減らすことができました。
クイ図では5回しか回答できないので、全県回答を達成するのは次回の十番勝負以降になりそうです。

最後になりますが、グリグリさん、今回も楽しい企画をありがとうございました。

[91518] 2016 年 9 月 26 日 (月) 23:19:37【1】 N さん
 あ段のみの駅

[91516] 伊豆之国さん
次に、デスクトップ鉄さんの「オフ会クイズ」(想定解:[91466]) ですが、その問三
読みがすべてア段の駅
JR以外ではいくつあるのか、調べてみようとしたのですが、全部調べ尽くすのにはよほど根気が要りそうなので、まず東京近辺だけでも、と…。「読み」は共通項が見えやすいよう、ローマ字で示しました。
調べてみました。
No駅名会社所在地
1平成筑豊鉄道田川郡赤村
2赤坂富士急行都留市
3赤坂福岡市交通局福岡市
4赤坂上毛電気鉄道前橋市
5赤坂東京地下鉄港区
6東武鉄道足利市
7朝霞東武鉄道朝霞市
8浅香山南海電気鉄道堺市
9朝熊近畿日本鉄道伊勢市
10穴川近畿日本鉄道志摩市
11穴川千葉都市モノレール千葉市
12尼ヶ坂名古屋鉄道名古屋市
13あまや会津鉄道会津若松市
14綾川高松琴平電気鉄道綾歌郡綾川町
15荒畑名古屋市交通局名古屋市
16新屋上毛電気鉄道前橋市
17阿波座大阪市交通局大阪市
18加太南海電気鉄道和歌山市
19形原名古屋鉄道蒲郡市
20神奈川京浜急行電鉄横浜市
21金沢IRいしかわ鉄道金沢市JRも有
22金田平成筑豊鉄道田川郡福智町
23金谷大井川鐵道島田市
24金屋名古屋ガイドウェイバス名古屋市
25金山名古屋鉄道/名古屋市交通局名古屋市JRも有
26金山福岡市交通局福岡市
27鎌ヶ谷東武鉄道鎌ケ谷市
28蒲田東京急行電鉄大田区
29鎌田伊予鉄道松山市
30蒲田東京急行電鉄大田区JRも有
31釜谷道南いさりび鉄道上磯郡木古内町
32竈山和歌山電鐵和歌山市
33栢山小田急電鉄小田原市
34辛皮京都丹後鉄道宮津市
35川奈伊豆急行伊東市
36川名名古屋市交通局名古屋市
37川間東武鉄道野田市
38川俣東武鉄道邑楽郡明和町
39河山錦川鉄道岩国市
40瓦ヶ浜京阪電気鉄道大津市
41河原田伊勢鉄道四日市市JRも有
42佐々松浦鉄道北松浦郡佐々町
43篠原愛知環状鉄道豊田市
44笹原田真岡鐵道芳賀郡市貝町
45笹谷福島交通福島市
46座間小田急電鉄座間市
47佐屋名古屋鉄道愛西市
48狭山南海電気鉄道大阪狭山市
49沢中山富山地方鉄道中新川郡立山町
50沢間大井川鐵道榛原郡川根本町
51高坂東武鉄道東松山市
52高田甘木鉄道朝倉郡筑前町
53高田横浜市交通局横浜市
54高田高松琴平電気鉄道高松市
55高田えちごトキめき鉄道上越市
56高畑名古屋市交通局名古屋市
57高浜一畑電車出雲市
58高浜伊予鉄道松山市
59多田東武鉄道佐野市
60多田能勢電鉄川西市
61多々良東武鉄道館林市
62多田羅真岡鐵道芳賀郡市貝町
63田奈東京急行電鉄横浜市
64田中しなの鉄道東御市
65棚方松浦鉄道佐世保市
66多奈川南海電気鉄道泉南郡岬町
67田原北条鉄道加西市
68多磨西武鉄道府中市(東京)
69玉川大阪市交通局大阪市
70多摩川東京急行電鉄大田区
71多屋名古屋鉄道常滑市
72中川横浜市交通局横浜市
73中河原京王電鉄府中市(東京)
74中川原近畿日本鉄道四日市市
75中田横浜市交通局横浜市
76長田神戸電鉄神戸市
77長田近畿日本鉄道東大阪市
78永田秩父鉄道深谷市
79長田大阪市交通局東大阪市
80長原東京急行電鉄大田区
81長原大阪市交通局大阪市
82長屋富山地方鉄道黒部市
83中山とさでん交通吾川郡いの町
84中山横浜市交通局横浜市JRも有
85七和三岐鉄道桑名市
86菜畑近畿日本鉄道生駒市
87成岩名古屋鉄道半田市
88名和名古屋鉄道東海市
89博多福岡市交通局福岡市JRも有
90飯山満東葉高速鉄道船橋市
91羽間高松琴平電気鉄道仲多度郡まんのう町
92狭間京王電鉄八王子市
93葉多神戸電鉄小野市
94波田アルピコ交通松本市
95幡ヶ谷京王電鉄渋谷区
96畑田高松琴平電気鉄道綾歌郡綾川町
97端間西日本鉄道小郡市
98花山神戸電鉄神戸市
99花輪わたらせ渓谷鐵道みどり市
100羽場名古屋鉄道各務原市
101浜田山京王電鉄杉並区
102高松琴平電気鉄道高松市
103名古屋市交通局名古屋市
104原田天竜浜名湖鉄道掛川市
105馬田西日本鉄道朝倉市
106八家山陽電気鉄道姫路市
107八坂長良川鉄道郡上市
108八坂西武鉄道東村山市
109矢田近畿日本鉄道大阪市
110矢田名古屋鉄道名古屋市
111梁川阿武隈急行伊達市(福島)
112柳川岡山電気軌道岡山市
113山田長良川鉄道郡上市
114山田大阪高速鉄道/阪急電鉄吹田市
115山田京王電鉄八王子市
116山田川近畿日本鉄道相楽郡精華町
117山名上信電鉄高崎市
118八幡名古屋鉄道豊川市
119若桜若桜鉄道八頭郡若桜町
120若葉東武鉄道坂戸市
121和歌山和歌山電鐵和歌山市JRも有
122和田河原伊豆箱根鉄道南足柄市

微妙だと思うのが「高茶屋(Takachaya)」(JR紀勢本線・三重県)
このパターン、想定解を洗い出すときに探したはずなのですが、見落としていました。
私鉄では以下の3駅が該当します。
No駅名会社所在地
1茶屋ヶ坂名古屋市交通局名古屋市
2茶山叡山電鉄京都市
3茶山福岡市交通局福岡市

ところで、
和田河原 Wadagawara 伊豆箱根鉄道大雄山線 神奈川県南足柄市
は「わだがはら」ですよね。

[91517] 2016 年 9 月 26 日 (月) 22:32:12 中島悟 さん
 オフ会とか、「ヶ」とか

御無沙汰しております。と言ってもオフ会には行ってるんですけどね。
皆様が九州にいらっしゃるというのに私が行かないわけにはいかないという変な責任感から、
18日も19日も休みが取れない中での強行参加で、豪雨の中出発してぎりぎり一次会前に到着。
クイズはもう諦めていましたが、まさかのお題ALL九州で俄然有利。思いがけず入賞。
そして朝食の途中での帰宅となりました。オーナーには色々御心配御迷惑すみませんでした。

帰りは慌てていたので、スナフキんさんからもらった地図を忘れてしまいました。
熊五郎さんにも、「GOM」が「KUMA」かなとか聞きそびれました。
EMMさんとは、技が長すぎるとかそんな話する間もありませんでした。
某四国のおじさま約一名様、アナタハン事件勃発かと思いました。
かぱぷうさん、今回酒が飲めなかったのですいかサイダーは有り難かったです。



[91483]mizutohさん
言われて改めて見返すと、確かに役場は吉野「ヶ」里町役場、駅は吉野「ケ」里公園駅と掲げてありました。
ではそれが正式なのかというと、
道路標識では吉野「ヶ」里公園駅になってたり、役場は概ね正しいが吉野「ケ」里町役場もたまにあったり。
で、役場に問い合わせてみると「え?大きい方じゃないの?」オイオイ・・・
ちゃんと調べてもらったところ、戸籍などには吉野「ヶ」里町となっているので小さい方が正しいのだが、
町としてはこの違いは、書体の違いやデザインの違い程度の認識しかないとのことでした。

[91516] 2016 年 9 月 26 日 (月) 20:09:20 伊豆之国 さん
 駅名関係レス諸々

[91500] 白桃さん
[91506] mizutohさん
[91511] デスクトップ鉄さん
旧国名以外が駅名の接頭に用いられる例は?
会津、伊那、知多、木曽、郡上、碧海
何か「大物」が抜けているようですね…それは「津軽」。
「津軽」を冠する駅は、JRに5駅(津軽新城・津軽浜名・津軽二股・津軽宮田・津軽湯の沢…この春までは「津軽今別」も仲間だったのですが<現・奥津軽いまべつ>)、私鉄の津軽鉄道に3駅(津軽五所川原・津軽飯詰・津軽中里)、弘南鉄道に2駅(津軽大沢・津軽尾上)、計10駅あり、旧国名以外の地名では「会津」につぐ大所帯になっています。
このほかで、旧国名・県名以外の地名(郡・市区町村名、旧地名、その他広域地名等)を冠する駅には、郡名に基づくものとしては、複数の駅がある「安曇」「魚沼」「佐久」と言ったところがありますが、それ以外では90年も昔に消えた旧村名をいまだに冠し続けている「千歳烏山」「千歳船橋」([90451])などは、稀有な例と言えるのでしょうか。

次に、デスクトップ鉄さんの「オフ会クイズ」(想定解:[91466]) ですが、その問三
読みがすべてア段の駅
JR以外ではいくつあるのか、調べてみようとしたのですが、全部調べ尽くすのにはよほど根気が要りそうなので、まず東京近辺だけでも、と…。「読み」は共通項が見えやすいよう、ローマ字で示しました。

駅名読み路線所在地
多摩川Tamagawa東急東横線東京都大田区
田奈Tana東急田園都市線横浜市青葉区
長原Nagahara東急池上線東京都大田区
座間Zama小田急小田原線神奈川県座間市
栢山Kayama同上神奈川県小田原市
幡ヶ谷Hatagaya京王本線東京都渋谷区
中河原Nakagawara同上東京都府中市
山田Yamada京王高尾線東京都八王子市
浜田山Hamadayama京王井の頭線東京都杉並区
神奈川Kanagawa京急本線横浜市神奈川区
八坂Yasaka西武多摩湖線東京都東村山市
多磨Tama西武多摩川線東京都府中市
朝霞Asaka東武東上線埼玉県朝霞市
若葉Wakaba同上埼玉県坂戸市
高坂Takasaka同上埼玉県東松山市
多々良Tatara東武伊勢崎線群馬県館林市
Agata同上栃木県足利市
鎌ケ谷Kamagaya東武野田線千葉県鎌ケ谷市
赤坂Akasaka東京メトロ千代田線東京都港区
上毛電鉄群馬県前橋市
富士急山梨県都留市
中川Nakagawa横浜市地下鉄ブルーライン横浜市都筑区
中田Nakada同上横浜市泉区
高田Takata横浜市地下鉄グリーンライン横浜市都筑区
和田河原Wadagawara伊豆箱根鉄道大雄山線神奈川県南足柄市
穴川Anagawa千葉都市モノレール千葉市稲毛区
永田Nagata秩父鉄道埼玉県深谷市
山名Yamana上信電鉄群馬県高崎市
花輪Hanawaわたらせ渓谷鉄道群馬県みどり市
多田羅Tatara真岡鉄道栃木県市貝町
笹原田Sasaharada同上同上
川奈Kawana伊豆急静岡県伊東市
…ざっとここまで調べ上げましたが、まだあるかも知れません…。

「八田」とか「神田」がNGだとすれば、「っ」とか「ん」とかはそれだけで1音に発音されるから、と理解できるのですが、微妙だと思うのが「高茶屋(Takachaya)」(JR紀勢本線・三重県)。拗音(小文字の「ゃ・ゅ・ょ」)を含む場合、前のカナと一緒に1音に発音されるので、「た・か・ちゃ・や」と4音ということになり、ローマ字で書くとわかるように母音は全て”a”。こういう場合の扱いはどうなるのでしょうか?

それから、問一のほうですが、
大河原 JR東日本 宮城
松島 JR東日本 宮城
失礼ながら、今までどちらも「〜ちょう」だと思い込んでいました…。宮城の松島町は「ちょう」で、熊本県にあった松島町(現・上天草市)は「まち」だと覚えていました…。迂闊ながら今ここで宮城のほうも「まち」だと知ったのでした。宮城県の「町」の読みに「まち」「ちょう」が混在していることは以前から知ってはいたのですが、震災報道で「南三陸チョウ」「女川チョウ」が連日のように報道されていたので、それで宮城県は圧倒的に「チョウ」だと染み付いていたのでした…。先日投宿した蔵王町(まち…こちらも「ちょう」だと思い込んでいた)の遠刈田温泉のリゾートホテル([91505])、パンフレットにあった住所の英語表記を見ると"Zao-cho"となっていました。地元でも「ざおうちょう」だと思っている人もいるのでしょうか?

[91515] 2016 年 9 月 26 日 (月) 18:52:19 hmt さん
 謎の駅名・中部天竜(続続編)

[91511] デスクトップ鉄 さん
「大事典」によると、「なかっぺ」から「ちゅうぶ」への改称は、三信鉄道買収時(1943/08/01)となっています(鉄道省告示204号)。
(中略)
#鉄道省告示204号は、国会図書館のデジタルアーカイブで読めます。
官報(昭和18年7月26日)のコマ番号3からの記事で、買収した飯田線の営業開始の告示です。中部天龍にちゆうぶてんりうとフリガナを振っています。ここでまた新たな疑問が。「大事典」も中部天竜としていますが、天龍が天竜に変わったのはいつなのか。

昭和18年7月26日鉄道省告示第204号により、私鉄買収【飯田線関係4社、千歳線関係1社】と昭和18年8月1日からの運輸営業開始が告示され、飯田線の中部天龍(ちゅうぶてんりゅう)駅が 4/15コマに記載されていることを確認しました。

これにて、[43937]で記した 三信鉄道の中部天龍(なかっぺてんりゅう)→鉄道省線の中部天龍(ちゅうぶてんりゅう)という変化を 公式文書で確認することができました。感謝。

さて、天龍→天竜については、『時刻表名探偵』(石野哲 1979)p.240-【字体の話】にあるように、昭和29年(1954年)の当用漢字補正資料に基いて国鉄が字体を変更した結果であると思われます。
少し長文ですが、石野さんの本を そのまま引用しておきます。
------------------
「條」は「条」の旧字体である。四条畷駅と五条駅の開業したのは戦前だから、鉄道公報は当然「條」で出ている。戦後の昭和21年11月16日「当用漢字表」が告示されたが、これが新字体となるのは24年4月28日の「当用漢字字体表」の告示によってで、国鉄の駅名も、当用漢字にある漢字は、自動的に新字体に読み替えられた(公報を出し直してはいない)。四條畷、五條も、四条畷、五条となった。さて市名の方だが、五條市の市制は昭和32年、四條畷市は45年で、新字体以後のことである。従って、意識的に「條」の字で市名を決めたことになる。中條、東條という苗字もあるから、「條」と「条」を別字と意識する気持ちもわからないではない。
戦後の開業なのに、意識的に旧字体を使っているのは山陰本線餘部(あまるべ)(餘は余の旧字体)。同じ兵庫県の姫新線余部駅と区別するためで、例外中の例外である。(余部=昭和5年、餘部=昭和34年)。
「竜」は当用漢字ではないが、当用漢字補正資料(昭和29年3月15日)で、将来当用漢字に追加すべきものとされた字=通称「補正漢字」(告示までいかなかったので法律上の効力はない)の一つ。これによれば、「竜」の旧字体が「龍」となっている。国鉄ではこれにならい、戦前に開業した、天龍川、中部天龍、天龍峡、龍王、龍野、本龍野、龍田、肥前龍王、潜龍、龍田口、龍ケ水は、すべて龍の字を竜に読み替えた。戦後開業の「竜」のつく駅は三つあるが、これは鉄道公報を尊重して、龍岡城、龍ケ森、九頭竜湖と使い分ける。結局、「竜」12対「龍」2。
------------------

前述のように、1934年三信鉄道開業時は佐久間駅で、所在する佐久間村からの命名です。なぜ、これを中部天竜に改称したのかも疑問です。中部(なかっぺ)村は、1989年3月の市町村制施行時に佐久間村を構成した旧村ですが、25000分の1地形図の 図幅名に使われるくらい著名な地名だったのでしょうか。

確かに、三信鉄道の駅が最初にできた地名は静岡県磐田郡佐久間村半場であり、初代佐久間駅は村名に基づくものだったでしょう。
しかし、鉄道は近々延伸され、第2の駅を佐久間にも作ることを考えると「佐久間」の駅名に固執することは賢明でない。
改称するとなると旧村名の「半場」か? 地形図を見ると 天竜川右岸の半場は大部分が山地で、平地は限られている。
駅のある半場の対岸・天竜川曲流部にある中部(なかっぺ)も広い平地とは言えないが、佐久間・浦川と結ぶ街道が通っており、拠点性がある。そんなことから駅名に選ばれたのではないでしょうか。

このようにして、1935年5月には早々と中部天龍駅への改称が実現。でも1936年11月の延伸時に佐久間に作られたのは佐久間水窪口停留場という名でした。これが1941年2月に貨物も扱う一般駅に昇格後、2代目佐久間駅を名乗るようになったのは、1941年11月でした。

混乱した過去記事整理の意味も含め、この駅と隣駅に関係する変化を年表に記し、まとめとします。

1934/11/11 三信鉄道延伸開業:三信三輪【現・東栄】- 佐久間【現・中部天竜】間 (11.1km)
1935/05/24 改称:【初代】佐久間→中部天龍(なかっぺてんりゅう)
1936/11/10 延伸開業:中部天竜-天龍山室【1955廃止】間(7.2km)
  この時佐久間村佐久間に佐久間水窪口停留場開業
1937/08/20 大嵐-小和田間 (3.1km) を最後に三信鉄道全通。私鉄4社により豊橋-辰野間全通。
1941/11/15 改称:佐久間水窪口→【現】佐久間
1943/08/01 伊那電気鉄道・三信鉄道・鳳来寺鉄道・豊川鉄道を買収国有化。鉄道省飯田線
  4/15コマ:中部天龍ちゅうぶてんりゅう、佐久間さくま
1949/04/28 当用漢字字体表【該当する文字は、これに基づく新字体に変更】
1953/04/16 電源開発【Jパワー】佐久間発電所着工
1954/03/15 当用漢字補正資料に基づく新字体への変更:中部天龍→中部天竜
1955/11/11 佐久間ダムで水没する 旧線・佐久間-天龍山室-大嵐間 (13.3km) を廃止
  東側の水窪谷を遡り大原トンネルで戻る新線・佐久間-水窪-大嵐間 (17.3km) が開業
1956/04/23 佐久間発電所運用開始
1991/04/21 東海旅客鉄道が佐久間レールパーク開館
2009/11/01 佐久間レールパーク閉館

[91514] 2016 年 9 月 26 日 (月) 13:41:56【1】 山野 さん
 姉妹都市提携の解消

文字数は無駄に多いが、中身は大した事の無い内容ばかりの「山野」です。

(本題)
篠山市はギリシャのとある地区と、姉妹都市提携してたそうだが12年前から音信普通の為提携休止を検討中だとか。
他にも。相模原市の場合、7月末提携していたというカナダのある都市の市長から提携解消の通告が来たとか。
まぁ、此処で書く様な内容でもありませんが。

(序で)
さて、来月10日「富谷市」が発足します。告示済みの此処は置いといて、
そろそろ国勢調査の確定値が出る時期だと思うんだが、もう1つの単独市制候補の結果はどうだろうか。
速報値では「5万29人」という何とも微妙な数字だったN町。
前回の国調時の速報値で「5万80人」という、これまた何とも怪しい数値が出て来た町があったが、
その後の再調査で「水増し」が発覚し、帳消しになったH町(確定値:4万9800人余)がありました。
今回の速報値では「4万9200人余」。
さて、此の微妙な数値のN町の是非は、どちらになるだろうか。

出だしの文句、やっぱ気持ち悪いので削除。

[91513] 2016 年 9 月 26 日 (月) 13:18:39 Takashi さん
 川崎市内陸部の工場群

[91482] ニジェガロージェッツさん

お住いの川崎市についてのご説明もございましたが,小生のような部外者にとって,川崎市の工場地帯のイメージは川崎区のそれにありました。

ここの落書き帳に出入りされている皆様でも川崎市の工業地帯のイメージは川崎区のそれにあることは市民の私でも当然のことと考えております。

実際、川崎区の主に臨港部にいわゆる京浜工業地帯の大工場群が立ち並んでおり、それらのおかげで川崎市の工業生産額の78%を川崎区が絞めています(2014年)。

その一方で川崎市の幸区から高津区にかけての多摩川沿いの平坦地に1930年代から大企業の工場が進出し、そのいくつかは現在撤退したものもありますが、東芝三菱ふそうNEC富士通富士通ゼネラルは今も操業中です。

この結果三菱ふそう、NEC、富士通の工場のある中原区の工業生産額は川崎市全体の12%を占めるようになりこれは川崎区に次ぐ2位の額となっています。

とは言ってもリンク先の地図を見ればおわかりのようにそれぞれの工場が互いに近いところにあるというよりは工場進出後に宅地化された地域の中に大きな工場があるという感じなのであまり工場地帯というイメージは受けないと思います。

[91512] 2016 年 9 月 26 日 (月) 11:04:23【1】 Takashi さん
 中部天竜

[91507] hmtさん
[91511] デスクトップ鉄さん

1934年三信鉄道開業時は佐久間駅で、所在する佐久間村からの命名です。なぜ、これを中部天竜に改称したのかも疑問です。

1936年に現在の浜松市天竜区佐久間町佐久間に佐久間水窪口駅→佐久間駅ができることとの兼ね合いで1935年に改称したものであるものとうかがえます。それにしても天竜がなぜ付くようになったのかは未だにわからないのですが。

中部(なかっぺ)村は、1989年3月の市町村制施行時に佐久間村を構成した旧村ですが、25000分の1地形図の 図幅名に使われるくらい著名な地名だったのでしょうか。

この辺りの25000分の1地形図の図幅名として「佐久間」を使用できないのはすぐ北の地域をカバーする25000分の1地形図の図幅名が浜松市天竜区佐久間町佐久間を範囲に含む「佐久間」であることが影響しているものと思われます。中部天竜駅と佐久間駅の間に25000分の1地形図がカバーするエリアの境界線があるのですね。また、中部(なかっぺ)が図幅名に用いられたのはここのエリアを含む25000分の1地形図でもっとも大きな集落の名前を採用したものではないかと思われるのですが、地形図だけでは本当に大きいかどうかはわかりません。

[91511] 2016 年 9 月 26 日 (月) 09:42:52【2】 デスクトップ鉄 さん
 中部天竜他

[91503] Takashi さん
[91507] hmt さん
Wikipediaの記事は、「停車場変遷大事典」(JTB、1998)に準拠しています。
訓読みの「なかっぺ…」から音読みの「ちゅうぶ…」に改称した時期について、[43937]では戦時買収に伴うものと記しましたが、Wikipediaによると 1942年【買収の前年】届出とあり、出典も記されていました。
「大事典」によると、「なかっぺ」から「ちゅうぶ」への改称は、三信鉄道買収時(1943/08/01)となっています(鉄道省告示204号)。Wikipediaの記事は、その正誤表である梁山泊会所告示(5)に、「S17(1942).03.24届出。<典拠:三信鉄道営業報告書>」とあるのを引用して、
1942年(昭和17年)3月24日 - 中部天竜駅(ちゅうぶてんりゅうえき)への改称を届出[2]
としていますが、これは、佐久間から中部天竜への改称(1935/05/24)を届け出た日です。「なかっぺ」から「ちゅうぶ」への改称日は、買収時の1943/08/01が正当で、「日本鉄道旅行地図帳7号東海」(新潮社、2008)の改称日もこの日になっています。鉄道省が「中部」の読みを知らずに、「ちゅうぶ」とした可能性もあります。
前述のように、1934年三信鉄道開業時は佐久間駅で、所在する佐久間村からの命名です。なぜ、これを中部天竜に改称したのかも疑問です。中部(なかっぺ)村は、1989年3月の市町村制施行時に佐久間村を構成した旧村ですが、25000分の1地形図の 図幅名に使われるくらい著名な地名だったのでしょうか。

#鉄道省告示204号は、国会図書館のデジタルアーカイブで読めます。
官報(昭和18年7月26日)のコマ番号3からの記事で、買収した飯田線の営業開始の告示です。中部天龍にちゆうぶてんりうとフリガナを振っています。ここでまた新たな疑問が。「大事典」も中部天竜としていますが、天龍が天竜に変わったのはいつなのか。

[91500] 白桃 さん
[91506] mizutoh さん
会津、伊那、知多、木曽、郡上、碧海
木曽を除くと郡名ですね。南北や上下に分かれているところもありますが。
ただこの場合、旧郡名の「碧海」が冠された駅名という捉え方とは別に、以前名鉄西尾線を保有していた「碧海電気鉄道」の会社名を接頭語に使用したという考え方も可能です。
西尾口駅は、1928年碧電西尾口(仮駅)として社名を冠して開業、その後1933年碧海西尾口に、1944年西尾口に改称されました。碧海古井、碧海堀内、碧海桜井は1926年の開業時から「碧海」でした。したがって、「碧海」は会社名ではなく、郡名と思われます。

[91510] 2016 年 9 月 26 日 (月) 09:37:44 白桃 さん
 Re:碧海古井

[91509]ぺとぺと さん
それにしても、なぜ1駅だけ改称しなかったのでしょうね。所在自治体も同じなのに。2駅を改称した理由よりもそちらの方が気になります。
あのあたりはよく知らない土地にもかかわらず、横合いから口を出してすみません。
最初は同名回避からではないかと単純に考えていましたが、美濃加茂市の「古井駅」は「こび」と読むのですね。(初めて知りました。)
それに、変更になった「桜井駅」は奈良県桜井市にも、大阪府箕面市にもあるので、同名回避というのは理由になりません。
結局、南桜井駅ができたときに、「碧海桜井」をいっそのこと「桜井」で良いのじゃないか、ついでに「碧海堀内」を安城市が造った公園に敬意を表し「堀内公園」にしたのではないでしょうか。
つまり、「碧海古井」については改称する積極的理由がなかった。
まさか、安城町が成立したときに加わった「古井村」より、安城市成立後にが編入した「桜井町」を重んじた訳ではないでしょう。

[91509] 2016 年 9 月 26 日 (月) 07:18:05 ぺとぺと さん
 碧海古井

[91506]mizutohさん
実際、同路線にかつて存在した「碧海」の付く2駅も2008年に改称されています。
全て改称されたのだと勘違いしていましたが、1駅だけ残っていたのですね。それにしても、なぜ1駅だけ改称しなかったのでしょうね。所在自治体も同じなのに。2駅を改称した理由よりもそちらの方が気になります。

[91508] 2016 年 9 月 26 日 (月) 03:21:26【1】 ニジェガロージェッツ さん
 神戸市についての書き込みを続けます

I. 長田区について

[91496] ペーロケ さん
その頃はちょうど新長田駅前の再開発ビルが建設中で、周囲も焼野原から復興に向けて加速していた頃と記憶しています。すべて元通りにはならないけど、街が発展する、いい方向へ向けて進んでいる、と、当時の私の目にはそう感じていました。しかし、見た目には綺麗な建物が建ち、街が発展しているように見える一方で、ケミカルシューズ業界がそれほどまでに元気がない状態のままとはショックです。


当時,でるでるさん,両毛人さんと共に,新長田駅前から大丸新長田店(平成25年1月閉店,同年9月,東急プラザ新長田開店)に入り,新長田一番街から大正筋商店街へ向った記憶があります。いずれも,当時神戸市が進めていた新長田駅南地区震災復興再開発事業のエリア内です。皆さんと一緒に歩いた平成15年9月当時では,新長田一番街では再開発着手前(平成19年頃完成),大正筋では再開発ビルが完成間近(平成15年11月頃完成)で,まだ復興途上の夢のあった時代でした。
神戸市の計画では,新長田駅から大正筋の南端までの7〜800メートルほどの空間に,10棟以上の再開発ビルをつなげ,地下,地上,2階の三層構造での商店街の建設で,その通りのものが完成しました。しかし,そもそも人口の減少している長田区において,商店街においても人通りはまばらで,地上1階のメインストリートでさえ,各商店の経営難からシャッター街になろうとしているさまで,特に2階部分には人通りはなく,当初より分譲は埋まらず,今では非常に厳しい状況になっています。市では対策として,売れなかった店舗を格安の家賃での賃貸に切り替えたため,不動産価格の暴落が起こり,既に分譲で購入した商店にとっては,本来ならば最終手段として店舗を売却することも出来たものが,それも無理となって困窮している状況と言われています。これを,学者は「復興災害」と呼んでいます。

なお,ペーロケさんに新長田でお会いしたあの日に,皆さんには「長田村」と揶揄される,長田区のディープな部分をご案内していません。
この新長田駅南再開発事業区域からは,ケミカルシューズ業界は完全にシャットアウトされました。事業区域内の若松町3,4丁目一帯は,昔からケミカルシューズの卸売問屋が集積していた地域で,「長田村」[91427]のコアとなる部分を形成していましたが,震災では一様に焼け野原となり,再開発を機に神戸市はこれを潰した格好です。これも長田のシューズ業界凋落の大きな原因となったと言われています。

II. 灘区について

東灘区と灘区の違いを一言で表す、となるとなかなか難しいです
灘区と東灘区の違いを一言で表すと,インナーシティ(灘区)と,そうでない街(東灘区)です。
灘区の区域は,昭和4年に神戸市に編入されたのですが,その翌年の昭和5年国勢調査では区人口85,909人だったのが,神戸市が人口100万人を突破した昭和14年(後述します)には16万人になっています。つまり,街並みのベースとしては,戦前期に市街地化が完了した地域であり,数次にわたる神戸大空襲による市街の破壊を経た直後の,昭和20年11月1日の人口調査でさえも70,636人の人口が記録され,昭和45年国勢調査の170,730人が最盛期人口となりました。
その後は震災に至るまで人口は減り続け,その推移は,程度の差こそあれ,インナーシティ問題がより深刻であった長田区のそれ(拙稿[7736])に似ています。

一方,東灘区においては,昭和50年代に人口増加の停滞を経験したものの,大幅な減少はありません。平成になってからは六甲アイランド完成による人口増加がありますが,それを差し引いても,震災による減少以外では微増傾向が続いています。

このように,人口推移を見れば,両区の性質が全く異なっていることが窺えます。これは数値化されたその街の履歴ですから,その違いは街並みに表れます。灘区が東灘区よりも古い市街地であることから,今でも庶民的な雰囲気の残る街並みが感じられます。
また,神戸市全体の発展から見た場合,灘区は「中央5区」,すなわち,戦前の神戸市域を形成した,現在の須磨区,長田区,兵庫区,中央区,灘区の一つであり,神戸市街と一体となっての発展した経緯から,昔の葺合区(現在の中央区東部)の延長にある街の印象が濃いと感じます。実際,震災前は葺合区脇浜海岸通に川崎製鉄阪神製造所と神戸製鋼所脇浜工場が,その東隣の灘区日出町に神戸製鋼所岩屋工場と続き,西郷の酒造地を挟んで,東には神戸製鋼所神戸製鉄所がある,鉄鋼の街の印象があります。

東灘区は戦前期には神戸市外で,酒造業も栄えた裕福な土地柄で,特に住吉村は関西財界のお歴々が居を構える「お金持ちの村」として有名でした。神戸市編入は昭和25年のことですが,街並みのベースには戦前の裕福な時代ものがあり,今でも高級住宅街として認識されています。

ですから,小生には,ペーロケさんのように灘区と東灘区を同じようなイメージにはどうしても持てないでいます。確かに,海岸沿いには工業地帯で,共に酒造地がある。住宅地には南から阪神,JR,阪急が並行して走り,阪急線の北側には灘区に神戸大学を筆頭に学生街が,東灘区に甲南大学を筆頭に,などと,表面的には似ているのかもしれません。

震災後は,灘区は復興の過程でインナーシティ問題を克服しつつあると推測され,人口は復興後も増え続けており,今では昭和57年頃の人口にまで戻っています。最盛期の17万人まではさすがに無理でしょうが,場合によっては14万人を超えるところまで回復すると思料します。
以下,両区の人口データを提示します。比較の参考までに長田区の人口も添えておきます。
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調査日灘区人口東灘区人口うち六甲Is.備考長田区人口
1930.10.185,90960,102昭和5年国勢調査181,015(林田区)
1935.10.1128,18670,240昭和10年国勢調査216,213(林田区)
1940.10.1155,49887,191昭和15年国勢調査229,356(林田区)
1945.11.170,63655,349人口調査112,992
1950.10.1114,40183,937昭和25年国勢調査167,109
1955.10.1138,214108,464昭和30年国勢調査189,806
1960.10.1155,694134,342昭和35年国勢調査202,266
1965.10.1168,973155,898昭和40年国勢調査214,325
1970.10.1170,730171,109昭和45年国勢調査210,066
1975.10.1157,892183,836昭和50年国勢調査185,971
1980.10.1142,312183,284昭和55年国勢調査163,949
1985.10.1133,746184,738昭和60年国勢調査148,590
1990.10.1129,578190,3545,136平成2年国勢調査136,884
1995.1.1124,538191,716震災95.1.17直前の推計人口129,978
1995.10.197,470157,59914,200平成7年国勢調査96,807
2000.10.1120,505191,30414,833平成12年国勢調査105,467
2005.10.1128,050206,03717,711平成17年国勢調査103,791
2010.10.1133,451210,40818,837平成22年国勢調査101,624
2015.10.1136,130213,727平成27年国勢調査速報値97,952
2016.9.1136,627214,190推計人口97,271
【註】東灘区人口は,1945年までのものは武庫郡御影町,住吉村,魚崎町,本山村,本庄村の,1950年のものは東灘区と武庫郡本山村,本庄村のそれぞれ合計値。六甲アイランド人口は町丁別人口より算出できるものは提示した。埋め立て途上の1985年の人口は不明だが世帯数1の記述あり。
また,灘区と東灘区(および兵庫区)との境界は,昭和47年6月1日の「六甲山移管」により,山域で灘区が拡大する形で変更があった。
戦前の長田区人口は林田区のもので代用した。ただし林田区と長田区ではその区域が大幅に異なる[75507]
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ところで,余談ですが,震災後に新都心「HAT神戸」として生まれ変わった,製鉄所の跡地である中央区脇浜海岸通から灘区日出町にかけて,脇浜海岸通は町名をそのままに1,2丁目に分割したものの,日出町は摩耶海岸通と改称したうえで1,2丁目に分割されています。
なんで町名変更したんでしょう?「日出町」のほうが画数も圧倒的に少なく,悪い名前でもなかったろうに。

追記1:
「神戸市が人口100万人を突破したのは昭和14年?」

国勢調査では,神戸市人口が100万人を超えたのは,昭和35年調査で初めて達成したことですが,神戸市では,それを昭和14年であると言っています。(近代神戸略年表)
これは,神戸市の推計人口によるもので,昭和14年10月1日のものを下表に提示しておきます。
市区昭和14年10月推計人口昭和15年10月国調人口面積km2
神戸市【8区】1,006,100967,23483.06
林田区242,200229,35610.60
灘区160,000155,49819.48
兵庫区152,100149,3634.00
葺合区129,400123,8467.56
須磨区109,600113,21224.74
神戸区92,70079,8507.68
湊東区67,80062,3822.04
湊区52,80053,7276.96

現在の「中央5区」に相当する,狭い旧市域のみでの100万人です。しかも面積の4割ほどは山域です。
昭和15年国調人口では,100万人を割りましたが,その後,昭和16年4月に明石郡垂水町(昭和15年国調人口23,140人,面積31.99km2)を須磨区に編入し,同年の10月推計の神戸市人口は1,003,200人(面積115.05km2)となり,再び100万人を突破しました。しかし,昭和17,18年の推計人口は公表されず,昭和19年2月22日人口調査では,918,032人に減少しています[75507]

次に再び人口100万人の回復が記録されたのは,昭和31年10月1日の推計人口になります。昭和30年国調人口と合わせて,次に提示しておきます。
市区昭和30年10月国調人口昭和31年10月推計人口面積km2
神戸市【8区】981,3181,003,807492.42
兵庫区213,427217,985223.31
長田区189,806192,5088.60
灘区138,214141,00518.43
東灘区108,464112,15028.21
垂水区95,22597,341170.80
生田区81,54083,1098.20
須磨区80,08382,67025.38
葺合区74,55977,0399.49
【註】神戸市および兵庫区の昭和30年国調人口,面積には,昭和30年10月15日編入の有馬郡長尾村(同人口2,013人,面積13.07km2)を含む。現市域と比べると,北区淡河町は美嚢郡淡河村,上淡河村で市外である。


追記2:
ペーロケさんへ

お忙しい中,拙稿へのレス恐縮です。拙[91491]では,ペーロケさんのご質問の真意がわからず,特に後半ではきつい表現になってしまいました。
小生へのレスなど全く急ぎませんから,どうぞ,お時間のある折に,お考えが纏まってから,ご寄稿いただければ幸いでございます。
拙稿[91386][91427]にしても,投稿まで2週間以上の時間をかけて書いています。

記事訂正【1】昭和30年,昭和31年の神戸市各区人口表,および昭和16年以降の説明文を追加記載

[91507] 2016 年 9 月 25 日 (日) 23:54:30 hmt さん
 謎の駅名・中部天竜(続編)

[91503] Takashiさん
駅名の接頭語ではないのですが、飯田線「中部天竜駅」の「中部」が登場したので、フォローしておきます。
タイトルに続編と書いたのは、2005年の過去記事[43937]を踏まえたものだからです。

[91503]に記されているように、「中部」は駅の対岸にある地名です。
地名としての読み方は、現在では「なかべ」が普通に通用しているようですが、元々は[43384]で示されている「なかっぺ」が現地での正式の読み方であったようで、25000分の1地形図の 図幅名は 「なかっぺ」となっています。

開業当初は「なかっぺ」と読んでいたらしいのですが、

Wikipediaにあるように、1934年に三信鉄道が開業したした当初は、【初代の】佐久間駅で、翌年に中部天竜駅(なかっぺてんりゅうえき)に改称したようです。
訓読みの「なかっぺ…」から音読みの「ちゅうぶ…」に改称した時期について、[43937]では戦時買収に伴うものと記しましたが、Wikipediaによると 1942年【買収の前年】届出とあり、出典も記されていました。

タイトルは、落書き帳にも度々登場している『時刻表名探偵』(石野哲 1979)p.218から借りたものです。
この本には、逆順のように思われる 中部【地名】天竜【修飾語】の語順の謎が示されていますが、名探偵も「…謎は残る」と結んでいます。

[91506] 2016 年 9 月 25 日 (日) 23:49:08 mizutoh さん
 駅名の接頭語と旧碧海郡

[91493]こちらこそまだ未熟者ですが、同じ福岡の者としてよろしくお願いします。

[91500]白桃さんの記事を読み、接頭語が用いられた駅名が気になり調べたところ、名古屋鉄道西尾線に「碧海古井駅」(愛知県安城市)があるのを発見しました。碧海と言えば、安城・刈谷・高浜・知立・碧南の5市を含む広域地名で、旧郡名でもあるものとして知られています。全国でも、旧国名、現存する自治体名などが接頭語となる例は数多見受けられますが、名自治体名や自治体内の地名にも現存しない旧郡名が接頭語として用いられる例はかなり珍しいのではないかと思います。実際、同路線にかつて存在した「碧海」の付く2駅も2008年に改称されています。
ただこの場合、旧郡名の「碧海」が冠された駅名という捉え方とは別に、以前名鉄西尾線を保有していた「碧海電気鉄道」の会社名を接頭語に使用したという考え方も可能です。

ただ、このように消滅したように思われた広域地名を持つ旧碧海郡5市が平成の大合併の際に対等合併・新設市制し「碧海市」を設置するという構想も一部では噂されていたそうですから、ほとんど現存しない地名が地域のつながりに関わっているという見方もできそうです。

[91505] 2016 年 9 月 25 日 (日) 23:46:08 伊豆之国 さん
 "Supertown"歩き & 「(にわか)領地」訪問はお預け(天気予報に振り回されたみちのく独り旅)

去る21日より2泊3日で、宮城・岩手両県の旅。今回はその道中記を。
今回の道中、夏休み中に本業の多忙(八王子市の物件([91416])もその一つなのですが)で取れなかった休暇をこの時期になってようやく取れたことによるものでした。けれども折からの台風の接近を初め、とにかく天気予報がころころ変わり、直前になって宿と泊まる日だけは決めてきてネットから予約は取り、訪れる場所は既に決めていたものの、スケジュールははっきり言って出発当日の朝まで「ほとんど白紙状態」だったのでした。
初日は、ともかく「晴れ間は出る、雨の確率は低い」と言うことで、「町歩き」を。東京駅から新幹線で、福島駅で降りて在来線に乗り換え、白石駅で下車。40年ほど昔、その白石市にある「小原温泉」に一泊し、「蔵王のお釜」を見たり、遠刈田温泉にあるこけし工房を見学したりした記憶が残っているのですが([90481])、 そのとき素通りした、伊達家重臣・片倉家の城下町、白石の市街地の町歩きから。(「にわか領主」である)掛川城と同様、木造で平成7年に天守閣が再建された白石城(白石市HPより)、市内で唯一残ったと言う武家屋敷豪商の屋敷を回り、名物の「温麺(うーめん)」(私は小原温泉に泊まったときよりも前、子供のころから知っていたのですが、実際に味わったのは40何年ぶり…)をご馳走。でも、駅前通から中心市街の印象はというと、人影もまばらで店じまいして久しいような商店も目立ち、やはり千本桜さんが危惧されていた通り([90177])
白石は仙南の中心都市から脱落
と言うのも案外当たっているような感じも見受けられ、新幹線の駅が白石駅に併設されなかったこと、その新幹線駅「白石蔵王駅」も町外れの田んぼの中にあって利用客数も伸びず、1日の乗降客数は1000人にも満たず「閑散駅」の地位に甘んじたままになっているようです。
ところで、この白石城主として、戦国末期より明治に至るまでこの地を治めてきた片倉氏。伊達政宗の幼少時代から後見人として仕えてきた初代・片倉小十郎景綱の子、二代目小十郎重長は、優れた武勇で名を轟かせ、「大坂夏の陣」ではあの真田信繁(幸村)と激闘を繰り広げ、「鬼小十郎」と恐れられた武将でした。その信繁が死を前にして、重長を「敵ながら大した者だ」と褒め、自らの子女をその重長に託し、そのとき預かった阿梅は、後に重長の後妻となっています(白石市HPより)。私が白石駅で降りて町のほうに出たとき、「『真田丸』ゆかりの町」の幟が立っていたのを見て、「何でやねん?」と怪訝に思ったのですが、白石城のすぐ下にあった「探訪ミュージアム」を見てきてその関係を知ったのでした。
白石駅からは再び「鈍行」で大河原駅で降り、いよいよ千本桜さんの地元、”Supertown”大河原の市街地に出ます。駅前の印象では、白石のそれよりも栄えている印象で、白石川に架かる橋を渡って旧街道沿いの中心街へ。豪壮な商家もあり、「町」としては結構栄えているな、という印象を受けましたが、明らかに店じまいしたような感じの商店も多く、千本桜さんがおっしゃる通り([90177])、人口こそ微増しているものの、繁栄に「陰り」が見えているような雰囲気にも思えたのでした。それから繁昌院にお参りした後、白石川を再び渡って、この町のシンボルでもある土手の桜並木へ。曇り勝ちの天気で、遠くに見えるはずの蔵王連峰は雲の彼方でしたが、桜の葉が青々と茂り、薄暗い土手の道を延々と歩いて行くのも、心地よい気候とあいまって、それはそれでまた風情があるものだな、と思ったのでした。やがて町境を越えて柴田町に入っても桜並木はなお続き、右手からは東北本線の線路も並行。今も結構な本数が走っている長い編成の貨物列車と、2〜4両の短いローカル鈍行列車との対比に、今の東北本線の地位と役割が見えてきたのでした。今年の春にできたばかりの陸橋「しばた千桜橋」を渡って東北線と県道を越え、新幹線がなかった頃にはいつも気になっていた風景であった、「伊達騒動」を基にした小説「樅の木は残った」で名高い船岡城址へ。足元を見ると、真っ赤な彼岸花が今まさに花盛り…。曇り空で方角もよくわからず、ともかく坂道を下りて平地に出ると、「しばたの郷土館」があったので、資料館の中を見学。市街の中心部、船岡駅の方角と思しきほうへ向かって歩き、やが県道が見えてそちらに出て、駅に向かって歩くことに。交差点を左折したところが駅なのですが、この船岡駅の駅舎、「第一印象」では「昔の役所か、学校か、武道場か?」と言ったように見えて、これが「駅」だとは一瞬信じられないような戸惑いを抱いたのでした…。船岡駅周辺の印象も、柴田町自体が槻木との「中心が2つある町」であるせいなのか、大河原よりは少し小さい、むしろ仙台のベッドタウンの色彩が強い、と言った感じに見受けました。
船岡駅から東北線で白石駅に戻り、バスで遠刈田温泉のリゾートホテルに。夜遅くに露天風呂に入ると、外は雨…。雨は翌朝起きたときも降り続いていましたが、直行バスで仙台に戻ったころにはすっかり上がっていて、仙台駅からは市内の観光地巡りのバスで青葉城址へ。伊達政宗の銅像の前で、「(戦国市盗り合戦の)初代青葉城主の座を目指しての挑戦([91287])」を「宣言」したのでした(笑)…。既にお昼を過ぎたので、名物の「牛タン」定食で空腹を満たすことに。先のバスが片道の環状ルートで、仙台駅に戻るまでに行きの倍の時間がかかるため、待っていたタクシーに乗り、仙台駅からは仙石線で、これまで何度も訪れているとは言え、やはり「定番」の松島を目指したのですが、既に雨が降り出し、松島海岸駅に着いた頃には本降りになっていたため、湾内一周の観光船で再び松島海岸に戻ることに(塩竈行きの船もあったのですが、30分後の出航で、しかもこの天気では近くの名所巡りも億劫で…)。本塩釜で降りての鹽竈神社への「(にわか)領地獲得御礼」参りも、「この雨の中、しかも前日からの長い歩きで足がガタガタでは…」と、この時点でほぼ断念(翌日に回すことも決して不可能ではなかったのですが、どう見ても日が暮れてからになりそうなので)。仙台駅に戻り、新幹線で2日目の宿泊地・花巻へ、と言うことにしたのですが、荷物を預けていた仙台駅の構内の広さに道に迷い、次に北上・新花巻に停まる列車まで1時間待ち。この間に宿に「予定より遅れる」旨の電話を入れ、地下の売店で「どうしても買っておきたかった」名物「九重」([60404])を買い、北上駅で「鈍行」に乗り換えて花巻駅へ。この時間帯にバスがないので、タクシーで花巻温泉へ。この豪華な高級ホテルの和室が、直前のネット予約で1万円を切る値段で、しかも一泊2食付で泊まれるとは、「価格破壊もここまで進んだとは…」と驚いたものでした。ホテルでは隣接する同一グループの宿と合わせて温泉の「梯子」、館内には昔の風景も展示され、この地を走っていた「軽便電車」(HP,[73249])の写真も…。ちなみにこのホテル、同じグループの経営する3軒のホテルが渡り廊下でつながっていて、実質的には1軒の巨大ホテル。しかし、渡り廊下でつながっている各棟は、傾斜地に建っていることもあって、渡り廊下でつながる同じレベルの階が、それぞれ「1階」「2階」「3階」と異なっていて、ちょうど私がこの旅に出る直前に話題になった「建物の階数の数え方論争」を思い出していたのでした。
ところで、花巻と言えば、その花巻東高校出、「二刀流」の日本ハム・大谷選手。でも、楽天に入れなかったことで、「もし楽天に入っていれば、田中マー君がメジャー入りしてからこんなに弱くなるようなことはなかったのでは…」と複雑に思っている東北人も多いのでは、と妙なことも思ったりしたのでした…。
翌朝、起きてみたら外は雨でしたが、9時過ぎに宿を出た頃には上がり、時折晴れ間も出て汗ばむ陽気。送迎バスで新花巻駅に出て、宮澤賢治記念館を見学。地図を見て新花巻駅の近くにあることを知り、歩いても行けなくはない距離でしたが、駅前は閑散としていて本当に何もないような殺風景、どの方向へ歩いたらよいのかよくわからないので、駅前で待っていたタクシーを使うことに。「雨ニモ負ケズ」や童話の世界で子供の頃から親しんでいた賢治でしたが、文人としてだけではなく、鉱物、農業、天文、音楽など、幅広い分野の知識を豊富に備えた「マルチ人間」だったと言うことを、今更ながらその多芸多才ぶりに感心したのでした。
新花巻駅に戻り、新幹線とは対照的な狭いホーム1本だけの釜石線乗り場から「鈍行乗り継ぎ」で平泉へ。過去2度訪れているのですが、今回は実に30年ぶり、もちろん世界遺産になってからは初めて。毛越寺はその当時の印象がすっかり抜け、中尊寺にしても、金色堂まで続く長く薄暗い参道のイメージぐらいしか残っていなくなっていて、実際に歩いてようやく当時の記憶が蘇ってきた、と言う感じだったのでした。  
本堂を過ぎ、拝観券の売り場まで来て、財布を見ると…残り1千円を切っている!金色堂だけは何とか見られる金額なのですめが、宝物殿・秘仏拝観と共通券が買えない…。ここまできたのに万事休すか…」と慨嘆…身軽で歩くために、平泉駅のコインロッカーに重いバッグを預けていたのですが、その中に万札が入っていたのでした…。でもすぐに振り返って横を見ると、信用金庫のATMがあり、郵貯カードも使える!これぞまさに「地獄で仏」。郵貯カードを持ってきていたので、必要金額を引き出し、無事共通券を買って、大震災以来5年ぶりに公開された秘仏→宝物殿→金色堂の順に拝観を済ませ、土産物屋が軒を並べる、バス停のある麓に戻ってみると、既に雨が本降りに。参道を歩いているうちは鬱蒼と茂る並木が雨除けになっていて、雨天になっていたのを感じさせなかったのでした。
予定外のタクシー利用が続いたことなどもあって、平泉駅から鈍行乗り継ぎで、帰りの新幹線は仙台駅からと決めることに。ここまで昼食抜きできたこともあり、最初の乗り継ぎ駅・一ノ関駅で、既に冷え切っていた売れ残り?の駅弁。一ノ関駅からは小牛田行きとまたも細切れ、しかも悪評高い「701系」の長椅子式車両。でも空腹に耐え切れず、昨年の東海道中([88822])と同様、弁当を頬張るのを強行。小牛田駅で仙台方面へと乗り継ぐのですが、仙台行きの電車が出発する直前、忘れ物に気づき、さっき乗ってきた電車が折り返して一ノ関行きになる電車に大急ぎで戻ると、その忘れ物が無事すぐに見つかり、結局次の電車に乗り換えて仙台駅に。新幹線に乗り換えて東京駅に着き、新宿で小田急に乗り換え…。嗚呼、帰り道は遠刈田、いや遠かった…。

♯書き込みの途中で誤操作したため、いったん削除した上で改めて書き込みし直しました。

[91504] 2016 年 9 月 25 日 (日) 20:03:30 futsunoおじ さん
 ひすいを「日本の石」に選定

日本鉱物科学会は24日、「日本の石」に翡翠(ひすい)を選定したとのことです。これは同学会が一般社団法人化したことを受けた記念事業で、最終候補5種類から総会に出席した会員による審査・投票によるものです。 (日経新聞読売新聞

なお5月の日本地質学会選定「県の石」では、ひすいは「ひすい輝石岩」として新潟県の石として選定されています。 (都道府県の石

[91503] 2016 年 9 月 25 日 (日) 17:38:24 Takashi さん
 西に中国勝山あれば東に……

[91500] 白桃さん

でも、忘れてはならないのが「中国」で、真庭市の中心駅?である「中国勝山駅」ひとつしかありませんが、私、以前[5554]で、
普通なら「美作勝山」となるべきところを「中国勝山」としたのは、「ミマサカカツヤマ」となると同じ美作の主邑、津山と間違うのでは
と書き込みましたが、某インターネット百科事典によると、「美作なんてケチくさいこと言わないで、中国地方の勝山でいこう」と町会議員が言ったかららしいです。

の記事を読んで思い浮かぶのはJR飯田線の「中部天竜駅」です。

……ただ、この中部天竜駅の中部は中部地方に由来するものではなく、駅の対岸にある静岡県浜松市天竜区佐久間町中部に由来するもので、しかもこの読みは「なかべ」と読むそうです。某インターネット百科事典によると開業当初は「なかっぺ」と読んでいたらしいのですが、手元に参考資料がないためその真偽はちょっとわかりませんでした。

[91502] 2016 年 9 月 25 日 (日) 12:31:13 オーナー グリグリ
 第五回クイ図五番勝負(開催予告)

富谷町が10月10日に市制施行することを記念して、第五回クイ図五番勝負を10月10日午前0時に開始することとします。富谷市誕生に合わせて深夜の開催となりますが、多くの皆さんのご参加をお待ちしています。

[91501] 2016 年 9 月 25 日 (日) 11:03:47【2】 オーナー グリグリ
 1日の記事数ランキング

[91492] 白桃さん
昨日は、祝日、しかも全国的に雨模様であったせいか、20件をカル〜く超える記事投稿がありました。
そこで、オーナーはじめ皆様にお伺いしますが、落書き帳史上、最多記録は何年何月何日か、お判りになったら教えてください。
[91495] ニジェガロージェッツさん
2007年4月1日の174件では。記事番号[57501][57675]まで。57604は缺番
[91500] 白桃さん
四月バカと十番勝負開始日が重なったのですね。それにしても多いです。

落書き帳には記事数の推移という分析メニューがあることはご存知だと思いますが、見栄えやレイアウトを少し改善しました。上記の最多記録を含め、この機会に書き込み数が100件以上の年月日を洗い出し、要因(イベント)や記事番号を一覧にしてみました。まず、年月日順です。

年月日記事数イベント記事番号
2003年2月28日(金)111記事番号10000番達成[9939]-[10049]
2003年3月2日(日)101[10147]-[10247]
2003年3月9日(日)100[10778]-[10878]
2003年4月13日(日)111[12993]-[13104]
2003年4月23日(水)113[13759]-[13874]
2005年5月5日(祝)128第七回十番勝負(0時開始)[40638]-[40767]
2005年7月23日(土)136第八回十番勝負(前日22時開始)[43240]-[43376]
2006年7月16日(日)118第十二回十番勝負(8時開始)[52185]-[52303]
2006年10月29日(日)134第十三回十番勝負(6時開始)[54628]-[54761]
2007年4月1日(日)174エイプリルフール&第十五回十番勝負(12時開始)[57501]-[57675]
2007年7月16日(月)147第十六回十番勝負(10時開始)[59781]-[59927]
2007年10月7日(日)109第十七回十番勝負(20時開始)[61537]-[61645]
2008年4月5日(土)148第十九回十番勝負(9時開始)[64219]-[64366]
2008年8月17日(日)107第二十回十番勝負(7時開始)[66062]-[66168]
2009年1月1日(祝)104第二十一回十番勝負(0時開始)[67817]-[67920]
2009年7月26日(日)100第二十三回十番勝負(前日22時開始)[70979]-[71078]
2009年11月28日(土)106第二十五回十番勝負(9時26分開始)[72971]-[73076]
2010年4月3日(土)115第二十七回十番勝負(7時開始)[74549]-[74663]
2011年1月1日(祝)123第三十回十番勝負(0時開始)[77154]-[77276]

やはり十番勝負イベントがほとんどですが、2003年の3月と4月は月の記事数が2000件を超えている月です(月別推移を参照)。ついでに記事数の多い順に並べ替えてみました。

順位年月日記事数イベント記事番号
12007年4月1日(日)174エイプリルフール&第十五回十番勝負(12時開始)[57501]-[57675]
22008年4月5日(土)148第十九回十番勝負(9時開始)[64219]-[64366]
32007年7月16日(月)147第十六回十番勝負(10時開始)[59781]-[59927]
42005年7月23日(土)136第八回十番勝負(前日22時開始)[43240]-[43376]
52006年10月29日(日)134第十三回十番勝負(6時開始)[54628]-[54761]
62005年5月5日(祝)128第七回十番勝負(0時開始)[40638]-[40767]
72011年1月1日(祝)123第三十回十番勝負(0時開始)[77154]-[77276]
82006年7月16日(日)118第十二回十番勝負(8時開始)[52185]-[52303]
92010年4月3日(土)115第二十七回十番勝負(7時開始)[74549]-[74663]
102003年4月23日(水)113[13759]-[13874]
112003年2月28日(金)111記事番号10000達成[9939]-[10049]
2003年4月13日(日)111[12993]-[13104]
132007年10月7日(日)109第十七回十番勝負(20時開始)[61537]-[61645]
142008年8月17日(日)107第二十回十番勝負(7時開始)[66062]-[66168]
152009年11月28日(土)106第二十五回十番勝負(9時26分開始)[72971]-[73076]
162009年1月1日(祝)104第二十一回十番勝負(0時開始)[67817]-[67920]
172003年3月2日(日)101[10147]-[10247]
182003年3月9日(日)100[10778]-[10878]
2009年7月26日(日)100第二十三回十番勝負(前日22時開始)[70979]-[71078]

最近の十番勝負では100件を越えることはなくなりましたが、難易度が高くなっていることもあるのかもしれません。書き込み件数はひとつの目安としていますが、数が多ければよいと言うことでもないでしょう。白桃さんが最多書き込みに興味を持たれたように、最近は書き込みがそこそこ活性化しているようにも感じています。今後ともよろしくお願いいたします。

[91500] 2016 年 9 月 25 日 (日) 03:03:55【1】 白桃 さん
 旧国名以外が駅名の接頭に用いられる例は?

杖立オフ会以降、デスクトップ鉄さんのHPにハマって夜も眠ることができません。(~j~)
特に、「旧国名が接頭語に用いられる駅名」に関するデータと解説は「凄い」の一言に尽きます。で、今夜はデスクトップ鉄さんの向こうを張るつもりは毛頭ありませんが、タイトルにある駅について触れてみようと思います。
旧国名以外と言っても、「上州」「信州」など旧国名の派生語、あるいは「群馬」などの県名、北海道の旧支庁名、「伊豆急」「西武」の電鉄会社名も除外しましょう。

ちょっと中休み…
「伊豆」が接頭語につく駅の数は???、と聞かれたら答えは簡単。伊豆きゅう(九)です。

本題に戻って、一番多いのは、やはり「会津」でしょうね。
次が「伊那」、それから「知多」「木曽」「郡上」あたり。
でも、忘れてはならないのが「中国」で、真庭市の中心駅?である「中国勝山駅」ひとつしかありませんが、私、以前[5554]で、
普通なら「美作勝山」となるべきところを「中国勝山」としたのは、「ミマサカカツヤマ」となると同じ美作の主邑、津山と間違うのでは
と書き込みましたが、某インターネット百科事典によると、「美作なんてケチくさいこと言わないで、中国地方の勝山でいこう」と町会議員が言ったかららしいです。そんじゃ、私も対抗して、「東かがわ市駅」にするぐらいなら「四国三本松駅」に改称するよう市長に直訴しよう。(※三本松駅に改称の動きがあるわけではありません。)

[91495] ニジェガロージェッツ さん
2007年4月1日の174件では。記事番号[57501][57675]まで。57604は缺番
早速お知らせいただき、どうもありがとうございます。四月バカと十番勝負開始日が重なったのですね。それにしても多いです。


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