[30910]sutekinaおじさん
南牧村の先に住む39人の生活ぶりが気になります。
タイトルで、信州臼田町ながら田口峠を隔てた馬坂・広川原地区の方の気持ちを代弁させていただきました。
「兜岩山の南面にへばり付くようにして、時には360度以上というヘアピン・カーブを作り…」という峠道に隔てられたこの地区は、行政関係を除く日常生活を完全に群馬県側に依存しているものと思われます。(引用文は
[30893]Issieさんとは逆に信州から上州へと田口峠を越えた紀行です。)
この地区の住民の本心としては群馬県への越境合併希望でも、臼田町内の多数決原理の壁が厚く、話題にさえなり得ないのではないでしょうか。長野県や臼田町の領土が減るのは反対などと言わずに、このような地域は群馬県に移管するのが行政の効率化というものだと思うのですが。
地図で見ると長野・群馬県境が地形に対して不自然に曲がっているのがよくわかります。
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=36.9.29.190&el=138.36.45.405&la=1&fi=1&pref=%b7%b2%c7%cf&skey=%b7%a7%c1%d2&sc=5
田口峠の南東側斜面は、たしかに馬坂川→南牧川→鏑川→烏川→利根川と太平洋に続いています。
[30891]烏川碧碧さんが言われるように「それにしても、どうしてこのような境界になっているものか」不思議です。きっと歴史的ないきさつがあるのでしょうが、私も解明できませんでした。
古代には、諏訪・佐久・上州・奥州を結ぶ交通路の通過地点だったようで、坂上田村麻呂が奥州征討の帰路にこの道を通った記録があるとか。
「39人の生活ぶり」で、ふと 気になったのが電力。中部電力の50Hz地域
[28186]を確認してみたら、この地区はありませんね。もしかすると長野県だけど東京電力管内?
分水嶺と県境がずれている有名なケースとして、
[30886]N-Hさんが挙げられた野反湖と尾瀬の場合。
住民がいない尾瀬ヶ原には、信州の孤島になってしまっている39人のような問題はないでしょう。
野反湖もキャンプ場はあるが定住している人はなさそうです。
この「湖」、1956年に発電用のロックフィルダムができてからの名前だそうです。
それ以前の自然の状態で存在した水溜りは「野反池」。
語感としては池の方が人工的ですが、逆ですね。ダムで大きくなったから「池」から「湖」に出世したというわけですか。
【1】補足
[30983]むじながいりさん が紹介して下さったサイト“田口峠と県境(群馬~長野)の不思議”に「電気は群馬県から」とありました。民間企業としては当然の対応でしょう。郵便を峠越えで配達しているお役所仕事と対照的ですね。
学校のことも気になっていたのですが、「就学年齢の子供が一人もいない」とのこと。