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落書き帳

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記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[78572]2011年6月17日
hmt
[71913]2009年9月10日
Issie
[67172]2008年11月1日
hmt
[67163]2008年10月30日
千本桜
[67155]2008年10月29日
futsunoおじ
[67150]2008年10月28日
hmt
[42945]2005年7月10日
hmt
[18697]2003年7月29日
千本桜

[78572] 2011年 6月 17日(金)19:08:49hmt さん
川の源流
[78569] Issie さん
これはマズくて「たべないほうが ましでした」。

これは、絵本作者の偏見に基づく記述ではないかと想像します。同じ節足動物の「えび」や「かに」と同等の美味とまでは期待せずとも、 昆虫 は昔からの人類の食料でした。現代の日本でも、「いなご」や「蜂の子」は食べられています。

それはさておき
天竜川。河口から源流までさかのぼる,と言っていましたから,諏訪湖よりも上の八ヶ岳か霧ヶ峰まで行くのかと思ったら,諏訪湖出口の釜口水門まで。

「天竜川」の意味が、その水系に属する河川【普通の用法】だけでなく、水系としての意味 (日本河川協会の 河川図)もあるためでしょうか。
「天竜川水系の源流」についての文献は得られませんでしたが、地図で 諏訪湖に流入する最大河川・上川を遡ると、蓼科山の東の 滝の湯川 あたりが源流ではないかと思われます。

[67664]で写真をリンクした(現在は切れています)「淀川の源」の石碑は、近江若狭国境(北国街道栃ノ木峠)付近にあり、もちろん「淀川水系の源流」(高時川)を意味していました。

日本の内陸湖で 琵琶湖に次ぐものは 猪苗代湖でしょうが、猪苗代湖への流入河川を探っても 阿賀川(大川)の本流には 長さで及ばず、その大川も 本流より長い支流の 只見川に負けます[67150]

本川流路の途中に自然湖がある例として 斐伊川水系 があります。この水系では、天竜川・淀川・阿賀野川など 他の多くの水系と異なり、河口部の 境水道や大橋川 を名乗っていません。宍道湖より上流側の 河川名を名乗っているので、斐伊川源流で問題ありません。

…というわけで、湖がらみで 源流が問題になりそうな河川は、天竜川と淀川くらいのものか。

古代文明を育んだ世界最長のナイル川の源流探しは、昔から行なわれました。
エチオピア高原からの青ナイルの源流は タナ湖でしたが、白ナイルの源流は、19世紀中頃まで不明のままでした。
有名なリヴィングストンの探検の目的にも、ヴィクトリア湖のナイル川源流説確認がありました。
けれども、ヴィクトリア湖にも流入河川がありますから、これで決着 というわけにはゆかず、21世紀の現在も、真のナイル川源流探しは 続けられているようです。
[71913] 2009年 9月 10日(木)17:53:25Issie さん
南会津
[71912] hmt さん
南会津の行政中心は田島でしょうが、同じ南会津郡内といっても、只見地方から大川上流の田島に出るのは若松よりも大変そうです。

これはむしろ,途中に峠越えがあるにしても 若松 よりは 田島 の方が便利であるように思います。
ずいぶん以前に,田島から只見方面へ車で抜けたことがあるのですが,田島町(南会津町)の位置する阿賀川(大川)水系の谷から駒止峠を越えて只見川水系の 伊南(いな)川 の谷(結局は阿賀川も只見川も“阿賀野川水系”なのですが)に入ったら,意外に谷幅が開けていた印象が強く残っています。只見線が通る只見川の渓谷よりも,こちらの方がゆったりした感じがある。
たとえ峠があっても,車ではなく人や牛馬の足で歩いていた時代,只見川の狭い谷底の道を行くよりは,こちらの方が通りやすかったのではないかと思います。
とすれば,只見→伊南→田島→若松 というルートになるわけで,まずは小中心地(中中心地?)である田島に出る,という方が順当な流れになるのかもしれません。

その傍証となるかどうか,
かつての“広大な会津郡”が後に分割されて,会津盆地北部の 耶麻郡,西北部の 河沼郡,西南部の 大沼郡 がそれぞれ分立するわけですが,会津盆地から遠い只見地方は 会津郡 に留まりました。それが明治の新郡編成で南北に分割されて「南会津郡」所属となるわけです。
会津若松を出発した只見線(旧会津線)はまず,会津盆地西部を若松と結ぶように盆地の西南縁をなぞってから,盆地西側の山地を避けるように大きく北に迂回して 会津坂下(河沼郡の中心) を経由してから只見川の渓谷に入ります。鉄道ほど極端ではないにしろ,国道252号線もまた,只見川渓谷から会津盆地に出た 会津坂下 は 若松 よりも北にあり,やはりやや大きく北に迂回していることがわかります。
そう見ると,やはり只見地方からは田島を経由して若松に出る方が「近い」ルートであるように感じます(絶対的な距離とは別の,“感覚としての距離”において)。

只見地方が,同じ只見川渓谷の 大沼郡 ではなく,“山向こう”の阿賀川(大川)渓谷の (南)会津郡 に属しているのは,そのようなつながりが背景にあるのではないか,と思っています。
[67172] 2008年 11月 1日(土)14:32:23hmt さん
重要伝統的建造物群保存地区
[67163] 千本桜 さん
土産品を売る商店街と化した大内宿はいかがでしたか?。

大内宿が重要伝統的建造物群保存地区に選定された 1981年から27年。
紹介写真 とは異なり、観光客があふれている状態には驚きました。
大川沿いの断崖に浸食でできた柱状の奇岩が連なる「塔のへつり」(天然記念物)は紅葉の季節。ここも観光地化で様変わり。
鶴ヶ城、飯盛山観光はせずに、“朝湯が大好き”を楽しんだのは、中央分水嶺を東に越えた先の磐梯熱海温泉でした。

翌日再び阿賀野川流域に戻り、只見川を合わせた“豊かな水量を実感”[67150]した阿賀野川ラインの観光船に「阿賀の里」で乗船。全域が「阿賀町」になった[67155](futsunoおじさん)東蒲原郡は福島県だった時代もあり、阿賀川から阿賀野川に移行する「阿賀の川」地域のように思われました。

余談ですが、この阿賀町の北東端は「登山道の幅だけ福島県」[24072](みやこ♂さん)の 飯豊山 です。

燕では迷走国道[67161]の手前で昼食休憩。関越道で帰還というコースでした。

本題の重要伝統的建造物群保存地区は、1976年9月から2008年6月までに 83件が選定 されています。この中には、城下町・門前町・茶屋町・鉱山町などの産業関連・商家町・港町・宿場町・農山村集落などがありますが、宿場町を拾い上げると次の7宿です。
まず木曽の妻籠宿。これは1976年最初の指定地の一つ(角館、妻籠宿、白川郷、それに京都と萩が各2)。
1978年に中山道の奈良井。会津の大内宿は3番目でした。
その後、東海道の関宿、北国街道の海野宿。身延山参詣の講中宿として栄えた赤沢。若狭街道の熊川宿。

宿場町を離れて、近年選定された重要伝統的建造物群保存地区を見ます。
2007年12月pdf に但馬の城下町・出石が選定され、また1987年に選定されていた石見の大森銀山が町並みだけから周辺の山地に拡大されました。後者は、世界遺産登録とも関係あるのでしょう。
2008年6月pdf には、金沢の茶屋町である主計町、若狭の商家町茶屋町である小浜西組、平戸的山大島の港町の3ヶ所が選定。
落書き帳をにぎわせた 金沢市主計町の記事 は、[62442] 88さん のまとめがあり、その後にもちょっとだけ登場[65886]

以上の「伝統的建造物群」とは、文化財保護法第2条にいう文化財の6つのカテゴリーの一つです。
他の5つは、有形文化財・無形文化財・民俗文化財・記念物・文化的景観。

おまけ:文化的景観
上記の「文化的景観」は、2005年から新しく導入されたもので、重要文化的景観は「近江八幡の水郷」など 9件が選定 されています。
世界遺産の分野では、「文化的景観」は1992年から導入されました。50件のリスト は2004年のものなので、現在はもっと増えているでしょう。
[67163] 2008年 10月 30日(木)08:31:33千本桜 さん
会津大内宿
[67150]hmt さん
本流(阿賀川)と支流(只見川)の関係が理解できました。ありがとうございました。hmtさんの旅行ルートを想像してみました。東北自動車道の白河ICから甲子道路を通って下郷に抜け、塔の弗、大内宿、鶴ヶ城、飯盛山を観光されたのではないでしょうか。お泊りは芦ノ牧温泉か東山温泉のような気がします。土産品を売る商店街と化した大内宿はいかがでしたか?。私は、まだ観光客が入り込まない無名時分の大内集落を見たことがあるのですが、あまりの変貌ぶりに驚いてしまいました。がっかりもしましたが、他に産業のない山間集落の生きる道かと、変に納得したりもしました。
[67155] 2008年 10月 29日(水)02:30:04futsunoおじ さん
小さな本流に合流する大きな支流 (阿賀野川&信濃川)
[67150] hmt さん
古い話題を持ち出したのは、とある団体旅行で、先週この大河・阿賀野川の豊かな水量を実感したからです。

只見川と阿賀野川の関係は私も関心がありますので、話に割り込みます。

阿賀野川は国内2位の水量(年平均流量:401.55m3/s〔立方メートル・毎秒〕)を有する大河であり、ひとつの河口から流出する水量では国内トップの河川となります。 (これは1位の信濃川(同、503.15m3/s)が大河津分水路から多量の水を日本海に放出していることによるもので、さらに関屋分水路の開通後は信濃川本流河口から海へ流れ出る水量はせいぜい全体の20%程度と推測しています。)

210kmで日本国内 10位とされている長さは、「阿賀野川水系」 の本川延長、つまり「本川」として指定された一級河川阿賀野川 83km(新潟県)と、その上流福島県にある一級河川阿賀川 127kmとの合計です。

新潟県内では先の大合併で北蒲原郡4町村は合併して「阿賀野市」となりましたが、古くは会津藩であった東蒲原郡4町村は合併後の新町名を「阿賀町」としました。

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信濃川は長野県内では千曲川と呼ばれますが、これに長野市内で合流する「犀川」も要注意河川です。合流地点までの流域面積を地図上で眺めると、千曲川よりも犀川に分があるように見えますし、冬季の降雪量を考えれば流水量は犀川の圧勝になると思います。長さは千曲川の方があるように見えますが、なにしろ両方とも激しく曲がりくねっていますので何ともいえない印象です。なお、犀川の源流は北アルプスの「槍ヶ岳」を源とする梓川ということになっており、千曲川源流の「甲武信岳」と比べても見劣りしません。

[66799] hmt さん
水力発電用の送水管も県境を越えています。一般水力で日本第2位の年間発電電力量という 東京電力信濃川水力発電所 は、西大滝の取水堰から信越国境を越えてきた千曲川の水で動いています。

飯山市内で東京電力の発電用に吸い取られて、これが十日町市に入る手前で戻されているのですが、間もなく今度はJR東日本の発電用に吸い取られ、十日町市を流れる様子は“小川”であるとのことです。信濃川は川口町で魚野川を合流しますが、ここでも“小川”状態の本流に大流量の支流が流れ込む様子が見られることになります。JR東日本から水が戻されるのは魚野川と合流後の小千谷市に入ってからということですので、関越道の越後川口SAから望める信濃川の流れというのは大半が魚野川の水ということになります。
[67150] 2008年 10月 28日(火)22:35:59【1】hmt さん
阿賀野川・阿賀川(大川)、そして只見川
5年も前になりますが、本流より長い(又は流域面積が大きい)支流、いわば 川の本流と支流との逆転 に関する一連の記事がありました。

要点を記すと、[18691]太白さんの問いかけに対して、[18697]千本桜さんが“20年来の気がかり”として、代表的な例である阿賀野川と只見川との関係を示されました。
更に、長さや流域面積以外の判定基準の存在について、流量([18701] 般若堂そんぴんさん)と川底の高低([18703] EMMさん)とが提示されました。
太白さんは、これら自然的要因のいずれにも当てはまらないケースの存在についても言及されました[18957]
いずれにせよ、確かに謎ですね。

古い話題を持ち出したのは、とある団体旅行で、先週この大河・阿賀野川の豊かな水量を実感したからです。
約50年前に訪れた只見川については、今回は片門発電所付近を車窓から一瞥しただけでした。

最初に数値などにより阿賀野川の広がりを確認しておきます。
210kmで日本国内 10位とされている長さは、「阿賀野川水系」 の本川延長、つまり「本川」として指定された一級河川阿賀野川 83km(新潟県)と、その上流福島県にある一級河川阿賀川 127kmとの合計です。

阿賀川(大川)の源流は、奥会津・栃木県境の荒海山を水源とする荒海川です。この部分も常識的には「阿賀野川の本流」なのでしょうが、本川指定がないので、河川管理上の「本川」の長さ 210kmには含まれていないはずです。

阿賀川の支流の只見川は、流路延長145.2kmとなっています。三津合の合流点から河口までは 110km以上あると思われるので、こちらの長さは 250~260kmあるでしょう。
只見川の源流部には群馬県境にもなっている尾瀬沼があり、ヨッピ川も群馬県側。県境といえば、奥只見湖も主として新潟県です。
つまり阿賀野川水系の上流部は、福島県だけでなく、一部は群馬県と新潟県の領域に及んでいます。

流域面積 7710km2は日本で8番目。そのうち 阿賀川の山科地点から上流の集水面積 は 2742 km2、只見川の片門地点から上流は 2765 km2でどちらの流れもあまり変りません。なお、基準点はいずれも合流点から数km上流です。
しかし年間の総流量は、阿賀川 37億m3に対して只見川 70億m3と2倍近く違います。豪雪地を流域とする只見川の雪解け水が阿賀野川の豊富な水量を支えていることを裏づけています。

これまでの比較では、流域面積で甲乙つけ難く、長さと水量で只見川の圧勝。
これを逆転して、阿賀川(大川)が本川と指定された理由は何か? そこで、河川勾配を検討してみます。
[18703] EMM さん
川の本流と支流を決定する要因は、長さでも太さでも水量でも流域面積でもなく、川底の高低だったような覚えがあるのですが。

阿賀野川水系の断面図 をざっと眺めると、150kmあたりで只見川に阿賀川が合流しているようにも見えます。

しかし、合流点はもっと先の110km付近でしょう。大川ダムから駆け下り会津盆地を通り過ぎた阿賀川は、狭窄部に入ってから、階段状のダム湖で高度を下げてきた只見川と合流します。断面図を詳細に眺めると、130km前後で会津盆地を通る阿賀川は、山間を通る只見川よりも低くなっているようです。

つまり、少し強引かもしれませんが、合流点の少し上手に着目すれば、盆地を流れてきた阿賀川(大川)に、山地を流れてきた只見川が合流するという構図です。
匙加減でどうにでもなるような基準ですが、これが地元の実感に合うようにも思われます。

また、流域面積でなく流域人口ならば、比較するまでもなく会津盆地を擁する阿賀川(大川)が、山地を流れる只見川に圧勝。

千本桜さん。20年来の気がかり、いや5年経ったから25年来となった気がかりに対する答になっているでしょうか?

上記の断面図を見ると、阿賀野川河口から尾瀬沼までは260km以上あります。
300km以上の信濃川と利根川とは別格として、石狩川に次ぐ日本第4位の長さ?

ついでに、阿賀野川水系が日本第1位のものとして、水力発電所数 122があります。
1914~1926年に建設された猪苗代第一~第四発電所は当時最大級の発電所で、東京への長距離送電の成功は、わが国の電力事業を一段と発展させました。
戦後は只見川の電源開発が行なわれ、巨大ダムの田子倉発電所と奥只見発電所(1959-60)が有名です。
参考までに、利根川水系の水力発電所は 98、木曽川水系 77、富士川水系 71。
[42945] 2005年 7月 10日(日)15:23:09hmt さん
尾瀬も「北陸」?
[42935] 美濃織部 さん   場所によって名前が変わる川
阿賀野川(新潟県)/阿賀川(福島県) 阿賀川河川事務所

阿賀川河川事務所(福島県内を管轄)のページを開いたら、国土交通省北陸地方整備局の名が目に入りました。
鬼怒川から峠を越えた先に「北陸」とは、ちょっと驚き。

そこで、新潟市にある北陸地方整備局のマップを見たら、北陸信越5県の他に福島県の面積の40%を占める会津地方(阿賀川流域)、山形県の一部(荒川流域)、岐阜県の一部(神通川流域)に及ぶ広大な「北陸」が広がっていました。

新潟県が「北陸」に入るか否かについては、アーカイブズ北陸地方とは、どの範囲か?で論議されていますが、国土交通省の見解では、新潟県に流れ込む川の流域はすべて「北陸」という感じです。このように、目一杯広げた解釈もあるのですね。
ということは只見川上流の尾瀬も含まれるわけで、河川管理上の「北陸地方」は群馬県の一部に及んでいるのでしょうか?
(尾瀬のほかに、信濃川水系の野反湖[5119]もあります。)

焼島潟の記事[42835]を書いた時に参照した明治20年頃の地勢図では、河口まで「阿賀川」になっていました。
その後、地元での呼び方を尊重して、新潟県に入ってからの公式名称を「阿賀野川」に改めたのでしょう。

「公式名称」というのは、公的機関が河川を管理するための名前([42940]ゆうさん)ですが、この川の場合、河川事務所が2つあることが、「阿賀川」と「阿賀野川」の両方を公式名称として残すことに役立ったものと思われます。
両者の境界は福島県と新潟県の県境であると思われるのですが、流域図では、阿賀野川が福島県側に食い込んでいます。

新潟県内を管轄する阿賀野川河川事務所のページを見たら、[42835]で書いた信濃川への合流(1633)後の正徳絵図と分離(1731)後の宝暦絵図を含む河道の変遷図がありました。参考までにリンクしておきます。

阿賀野川・阿賀川の上流は「大川」と呼んだ筈だと、ウオッちずで確認してみました。大川ダム上流の田島までずっと「阿賀川(大川)」となっており、公式には「阿賀川」であるものの、事実上は「大川」が使われていることを考慮した折衷表記と思われます。
[18697] 2003年 7月 29日(火)20:56:28千本桜[軒下提灯] さん
阿賀野川
[18691]太白さん
日本国内で、本流より支流の方が長い(または、流域面積が大きい)川の例はあるのでしょうか。もし例外があれば、どうしてそうなったのでしょうか。

実は、このことに関して以前から気になっていた川があるのです。阿賀野川です。阿賀野川の本流は田島町から流れてくる阿賀川(大川)です。でも、どう見ても支流の只見川の方が長いですよね。大川は只見川より短いのに、どうして本流なのか? この答えは解りません。私自身がそれを知りたいと思いつつ20年経ってしまいました。どなたか教えて下さい。

ところで太白さんは、太白区(長町、中田、西多賀、生出、秋保)を仙南地方の一部だと思いますか? 太白さんが普段なにげなく感じている答えを聞かせて戴けたら幸いです。


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