都道府県市区町村 > 落書き帳 > 記事検索 >このページの最後へ ▼

落書き帳記事番号検索結果1 件の記事を検索しました。


記事#記事日付
記事タイトル
発言者
[87884]2015年6月4日
若年で当選した首長さん情報(石川県町村長編) EMM



[87884] 2015 年 6 月 4 日 (木) 02:28:21【6】 EMM さん
 若年で当選した首長さん情報(石川県町村長編)

[87882] オーナー グリグリ様

以前、「日本の歴代市長−市制施行百年の歩み−」と言う冊子を元に40歳未満で就任している市長さんを調べて[79681][83743]でお示ししていますが、実はこれと前後して石川県の町村長さんでの該当事例も調べておりました。
調査をメモったノートが長らく行方不明になっていたのですが、[87650][87777][87777]むっくんさんの投稿に触発されてノートを探したところ何とか見つけたので、思い立ったら何とやらで纏めてみます。

ちなみに、事の発端は拙稿[78862]でお示しした石川県での昭和22年4月の統一選挙の際の新聞記事にあった「3人の青年町村長」のプロフィールを調べたい、と言う事でした。
しかし、何を調べて良いか分からない。
何か良い資料が無いかと思い石川県立図書館の「郷土の図書」のコーナーを見ていたら、北國新聞社が出版した「石川県人名鑑」という本が目に入りました。
どの出版年のものを見たかをメモり損ねていましたが、平成1ケタ台の頃のものだったはず。
これにより何人かの該当者の方の情報が拾えたのですが、掲載されている方は出版時に県政財界等で活躍されている方が中心で、昭和20〜40年代に首長をされていた方の情報はこれでは拾えませんでした。
件のお三方の情報は無し。
で、更に図書館の書架を見ていたら、もう少し古い年代のローカルな人名録が数冊置いてあり、その中の「石川県人物辞典(帝都出版新社、昭和42年出版)」という本の中で更に十数名の該当者を確認することができました。
また、任期の確認をするために、関連の市町村史にも当たっています。
以下、確認できた方をご紹介します。

名前読み生年月日自治体名就任日年齢就任日任期
米沢清一1984(S59).5.7没(74歳)能美郡寺井野町(能美市)36〜37歳1947(S22).4.?3
林孫吉郎はやしまごきちろう1907(M40).11.10石川郡舘畑村(白山市)39歳4ヶ月1947(S22).4.6?2?
西外居にしそとい1913(T2).12.16羽咋郡粟ノ保村(羽咋市)33歳3ヶ月1947(S22).4.52
羽咋郡羽咋町(羽咋市)40歳11ヶ月1954(S29).12.72
寺岡幸英1911(M44).2.3羽咋郡越路野村(羽咋市)38歳2〜3ヶ月1949(S24).5.?2
浜田貞之1910(M43).3.12羽咋郡鹿島路町(羽咋市)37歳1947(S22).4.62?
大山玄一1908(M41).6.20羽咋郡上熊野村(志賀町)38歳9ヶ月1947(S22.4.6)2
中村幸教1920(T9).1.9鹿島郡田鶴浜町(七尾市)38歳3ヶ月1958(S33).4.24?
坂下俊雄1908(M41).12.11鳳至郡門前町(輪島市)38歳3ヶ月1947(S22).4.61?
出村菊郎1907(M40).10.22鳳至郡浦上村(輪島市)39歳5ヶ月1947(S22).4.61
北川政信1916(T5).6.24鳳至郡鵠巣村(輪島市)33歳1949(S24).7.311
室谷新次1913(T2).2.6鳳至郡町野町(輪島市)34歳2ヶ月1947(S22).4.62
金七竜太郎きんしちりゅうたろう?1922(T11).1.26珠洲郡内浦町(能登町)39歳3ヶ月1961(S26).5.?5
宮野正平1914(T3).2.15珠洲郡三崎村(珠洲市)33歳1ヶ月1947(S22).4.62

以下補足。
米沢清一さんは生年月日が分かりませんでしたが、お亡くなりになった年と年齢は確認できており、そこから逆算すると該当しています。
林孫吉郎さんは、確認した資料(舘畑村史だったと思います)では就任日が昭和22年1月7日になっていました。
おそらく公選制になる前に村長に就任し、そのまま第1回統一選挙で村長に立候補して当選したのだろうと思われます。
西外居さんの就任日は確認した資料(羽咋市史だったと思います)では昭和22年4月5日になっていました。
第1回統一選挙で当選した方でも就任日にばらつきがあるのか、あるいは誤植なのかは不明。
また、羽咋町長としては2期と言う事になるのですが、1期目は昭和29年12月7日から昭和31年9月29日まで、2期目は昭和31年9月30日から同年10月24日までとえらく半端。
1期目は市町村合併の絡みで半端なのだろうと思うのですが、2期目は何でこういう事になっているのかは未確認です。

調べてみて身にしみた事は、紙ベースの資料を当たったとしても歴代町村長を網羅する事は難しい、という事でした。
特に昭和の大合併で消滅した所は絶望的ですし、中には昭和の大合併後に継続した町村でも町村史に歴代町村長が書かれていないところがあったりして頭を抱えました。
(一方で、昭和の大合併で吸収した旧町村の町村長が網羅されていた輪島市史のような例もありましたが)
そして、昔の町村長の氏名や任期は確認できたとしても、今度は生年月日がなかなか確認できないと来る。
生年月日が確認できなかった人で、多分、まだ該当者はいそうな気はするのですが…閉架図書も当たって見ても良いのかもしれませんが…
(生年月日のほか、以外と資料に出て来ないのは姓名の読み方、だったりします。林孫吉郎さんと西外居さんはたまたま確認した資料に出ていましたが、他の方は全滅状態。金七竜太郎さんは多分こちらの会社に関係ある方だと思うので、そこからの推定です)

−−−−−
おまけ。
上で触れた昭和22年の「3人の青年町村長」が該当町村長の一覧に含まれていないのでありますが…
結局3人中2人は生年月日が確認できず、保留となってしまいました。
じゃあ残りの1人はどうなのか?なのですが…実は「記事では当選したと書かれていたが、実際には落選していた」のでした。
新聞紙面のコピーがどこかに紛れてしまってすぐに確認できないのですが、確か田鶴浜町の中村長敬さんだったと思います。
田鶴浜町史を見ても名前が出て来ず(この時、代わりに中村幸教さんが確認できた)、おかしいなと思ってコピーした新聞を良ーく見てみたら、当選者一覧の方には別の方の名前が書かれていたと言う…票が確定する前に記事を書いちゃったのか、情報の伝達ミスか…今だったら大問題になりそうな案件ですが、当該記事が出た日の翌日以降の新聞を確認していないので、どういう顛末になったのかは不明。
ちなみに、拙稿[79681]で書いた
(この前後の記事中にも誤字程度では済まない誤報が見られたのですが…それについてはまた改めてご紹介します)
の誤報がこの件のことでした。
一度書くタイミングを逸してしまったら、種明かしをとんでもない時期にする事に。
思い立ったらすぐ投稿しておけばこういう事にならないのですが…


※追記。
西外居さんの羽咋町長としての任期が半端な件ですが、羽咋市のwikipediaによると西さんの羽咋町長任期途中に市制施行に向けた新設合併を行っており、合併直後に町長職務執行者を1ヶ月弱務め、その直後の選挙で落選した…と言うことのようです。
この場合、町長としての任期は1期が妥当でしょうか?



都道府県市区町村 > 落書き帳 > 記事検索 >このページのトップへ ▲

検索結果参照用リンクを編集 Copyright(C) 2017 M.Higashide 検索条件を変更