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特集

遠回りして帰ろう(通学・通学圏のお話)

白桃市町村人口研究所


昼間人口を左右するもう一つの要因は通学者の人数です。
通勤圏、通勤人口に関しての話題は、もっぱら大都市圏、地方の中枢都市周辺に偏りがちですが、通学圏、通学人口は規模は小さくとも殆ど全国まんべんなく生じる現象であり、身近な話題でもあります。
通学圏が自治体の昼間人口に及ぼす影響の度合いは、「平成の大合併」が終焉した現在、以前ほどではないかもしれません。すなわち、「昭和の大合併」以前には町村によっては中学校さえなく、「平成の大合併」以前には高校の無い町村も数多くあり、必然的に自治体域を越えた通学人口を発生させたのですが、市町村合併によって状況は激変したかと推測いたします。とはいっても、それは合併の進んだ「地方」での話であり、都市部では様相も違っているようです。
大都市圏では、諸事情により住んでいる自治体に所在する高校、中学に進学しない学生も数多く、また、都心から遠く離れた市に大学や学部が新設されたことによって遠距離通学を余儀なくされた学生の数も無視できません。
近い将来、若年人口の減少による大都市圏での学校の「倒産」、人口激減地域での「統廃合」も考えられます。
そういう事も念頭に置き、この特集の記事を徐々に増やしていこうと考えております。


記事数=9件 更新日:2012年7月21日
記事#記事日付
記事タイトル
発言者
[8026]2003年1月21日
八王子は、学園都市?宗教都市? Firo
[8823]2003年2月6日
23区の興亡盛衰 special-week
[10355]2003年3月4日
通学圏 深海魚
[17547]2003年6月29日
岩見沢市ほか NS
[26838]2004年4月2日
1週間もたってしまったのですが・・・(すみません)、 あっちゃん
[30087]2004年7月4日
某学生さんからの質問から飛躍してしまいますが 白桃
[78739]2011年7月9日
草加、川口、越谷 k-ace
[79476]2011年10月10日
とうてつ MasAka
[80977]2012年6月19日
違和感 JOUTOU


[8026] 2003 年 1 月 21 日 (火) 23:51:50 Firo さん
 八王子は、学園都市?宗教都市?
白桃 遠回りして帰ろう(通学・通学圏のお話)

[7962]issie先生
詳しい解説ありがとうございました。
どうもこのごろ、うろ覚えのままほったらかしてしまうクセがついてしまったようで、
恥かしいかぎりです。
それにしても、相模湖周辺の地名が、京都とかかわりがあるというのは興味深いですね。
確かに、あのあたりの地形は、山深いだけでなく、非常に閉鎖的な感じでもあって、
落人が隠れ住むにはもってこいの感じがしますね。
[7963]YSKさん[7969]白桃さん
この件は、ケン(地理好き)さんにおまかせと思ったのですが、よけいなお世話と思い
つつも少しばかりフォローアップをさせていただきます。
白桃さんが書かれているように、八王子市の昼間人口が多いのは、八王子へ通う大学生数が
多いからとういう可能性が高いですね。
八王子を所在地とする大学は、中央大学、創価大学、帝京大学、拓殖大学、都立大学
東京薬科大学、杏林大学、工学院大学、東京工科大学、多摩美術大学、東京造形大学
日本文化大学、東京純心女子大学、共立女子大学、戸板女子大学、です。
(まぎらわしいのは、最寄駅は八王子市内でありながら、所在地は別の市という大学で、
明星は、日野市、法政の多摩校舎は、微妙ながら町田市相原なのです。)
そして、これらの大学生数のトータルは、2002年度で、11万7千にもなるそうです。
まーすべての学生が毎日真面目に学校に通わないでしょうから(笑)
(いや、こんなことかいたら、クレームがつくかな。)
それでも、相当な数字になるでしょうね。

ところで、八王子というと、学園都市とカテゴライズされますけど、(自分でも以前
少し書いたのですが。)結構宗教都市的な側面もあるかなと思ったりもします。
ご存知の方も多いでしょうが、八王子は創価学会の一大拠点であり、学会系の建造物
が数多く存在します。
また、市の西端の高尾周辺は、かつて、良質の石材が産出したことや、昭和天皇の
お墓である多摩御陵が造営されたことなどもあって、石材店や、公営、私営霊園、墓地
が数多く存在する町でもあります。
毎年、お彼岸のシーズンになると、高尾周辺の国道20号(甲州街道)は、お彼岸渋滞
などと言われ、大変賑わい?ます。(いや、不謹慎な言い方、失礼しました。)

ただ、商業の面では、立川市や町田市にお株をとられたような感じですね。
特に、多摩都市モノレールが開通して以来(これが何度か利用したのですが、運賃が
バカ高い上に、バスより遅いんじゃないかという程スロースピードだったりします。
まー大雨や雪の影響はあまり受けそうにないのでその辺が利点でしょうか。)
中央や帝京あたりの学生にとっては、完全に立川に出る方が便利になったでしょうし、
そういった学生をみこんでか、最近、立川の駅前辺りの発展ぶりはめざましいものがあります。
加えて、八王子は、そごうと周辺商店の問題が勃発して、泣きっ面にハチ状態のようだったり
します。ともあれ、八王子は学生向けで、安く、個性的な店も多く存在してたりします。

[8823] 2003 年 2 月 6 日 (木) 20:52:25 special-week[ヒロオ] さん
 23区の興亡盛衰
白桃 遠回りして帰ろう(通学・通学圏のお話)

 23区の人口動向は現在、都心回帰の影響もあり都心部を中心に増加傾向にあります。ところが、23区で唯一、ここ5年間増加していない区があるのです。それは北区です。
 北区といえば、公共交通機関が発達しており、都心に出るのにもさほど時間を要しないエリアなのですがどうしてか人気がないようです。
 北区の人口減少の主な要因は30〜40年前、団地ブームで乱立した団地群が今まさに老朽化しており、入居者もまた高齢化しているからなのです。

 似たような傾向にあるのが、江東区です。江東区は現在、マンション建設ラッシュのさなかにあります。そのため、江東区の一部区域では人口がおびただしく急増しています。江東区は学校建設の供給が追いつかないこと、建設した学校も20年後には人口減のため壊さなければいけないことからマンション建設を規制しています。
 目の前にあることだけを考えないで、未来を見据えている江東区の政策です。しかし、別に江東区に住んでいるからといって江東区の小中学校に通わせなければいけないわけでもないと思うのは私だけでしょうか?隣接する中央区や江戸川区などと通学圏の相互利用などの協定を締結すれば、それはそれで済むと思うんですが、違うんですかね。
 銀座のど真ん中にある泰明小学校は、居住者の子供が通学しているというよりは他区からの児童を受け入れています。泰明小学校は名門なので、中央区としても廃校にしたくないというのが本音としてあるのではないでしょうか。中央区のように先駆者がいるわけですから江東区もそういうところを見習っていけばいいんじゃないでしょうかね。
 人口減少傾向の北区には、JRの操車場が3つもあり、区内のあちとまちを分断しています。尾久と田端の操車場の間をJRが買い取り、ここをすべて操車場化する。東十条にある操車場は売却する。そうすれば、北区ももう少し発展すると思うんですが、安易な考え方ですかね?実際、尾久と田端の操車場がくっついたら鉄道ファンは怒るかな?

[10355] 2003 年 3 月 4 日 (火) 10:58:25【1】 深海魚[雑魚] さん
 通学圏
白桃 遠回りして帰ろう(通学・通学圏のお話)

暫定的な感じが強いのですが、一応メンバー紹介が纏まりましたので、アップします。いなさんの分も
更新しましたので御査収下さい。

[10351] 太白さん
仙台南学区には、岩沼市のみならず、亘理町・山元町も含まれます。
実際、浜吉田や山下から常磐線で通っている同級生も数人いました。
あの辺りだと、大槻早大工学部教授の母校らしい角田高を連想するのですが、交通体系上、通学は
少々不便かな。数年前、福島県立相馬高から最高学府に合格者を輩出したという事で、ちょっとした
記事が週刊誌に載った事があり、その中で、従前、同地の優秀層は高校の段階で仙台に出る傾向が
少なくなかったが、これからは相馬の時代だ、という関係者談話を一瞥した記憶があります。さすがに
福島県域から仙台市内の公立受験は無理でしょうけれど、あるいは住民票を移しての事か、それとも
東北学院高や仙台育英などの私立勢志向なのか、その辺りが少し気になる雑魚でした。

[17547] 2003 年 6 月 29 日 (日) 22:01:46 NS さん
 岩見沢市ほか
白桃 遠回りして帰ろう(通学・通学圏のお話)

[17534]三丁目さん
岩見沢市(中略)
NSさん、如何ですか?
 御指名に与りまして出てきました(滝汗)。
 南空知某町生まれの私ではありますが、在住時に町外の大都市へ、という時には岩見沢よりも札幌へ出る方が多く、岩見沢は両親の実家があった北空知地区へ行く際に乗り換えの拠点として利用したのが主でしたね(当時我が家には自家用車なし;この記述でどの町か大体バレてしまいますが・・・)。

 さて本題。

帯広市、北見市とともに、岩見沢市は私にはナゾ(略)
岩見沢市になぜ8万もの人口がいるのかわからない(略)
 これらの各都市は、私の第一義的なイメージとしては「農業が基幹産業となっており、地域の一大物流拠点である」というところでしょうか。

 岩見沢市を含め、泥炭地が広く分布する石狩川水系の下流域は、客土により大規模な稲作地域として生まれ変わった訳ですが、その中でも岩見沢は明治30年に空知支庁が置かれて以来、地域の物流拠点として発達してきました。
 その後、石狩川本流やその支流の度重なる氾濫に苦しむ中で、河川改修などの社会基盤整備が進められ、また1983年に岩見沢ICまで道央自動車道が開通したことなどにより、札幌との間に高速バスが多数走るようになってから、岩見沢市自体も「空知の中心」という位置付けから徐々に「札幌への通勤・通学圏」という性格を強めてきたように感じられます。そのような変貌の中で、特に幌向・上幌向地区を中心とした人口増加の結果が現在の8万都市を形成したと言えるでしょう(この両地区は特に1981年8月の大水害で壊滅的な被害を受けたところですが・・・)。ただ、やはり道都・札幌や、空港のある千歳からは距離があるせいか、空知管内では数少ない人口増加自治体である岩見沢の増加率も最近は少し緩やかになってきており、人口では千歳市に抜かれていますね。(空知管内における人口増加率という点では、江別市に接し唯一札幌MA内に属する南幌町が著しい訳ですが・・・)

 また、かつては岩見沢駅東側から旧国鉄バスが発着し、岩見沢駅から少し離れたところに中央バスターミナルがありましたが、現在では中央バス・JR北海道バス全便が発着するバスターミナルが駅西側にでき、利便性は極めて良くなりました。

 市内の高校としては、紅葉橋瑤知朗さんが過去に書いている岩見沢東(旧制岩見沢中)を含め、いくつか伝統校が存在しますが、対外的には、やはり駒大岩見沢が有名でしょうね。野球部が春7回・夏2回の甲子園出場を誇り、全国的にも道内を代表する強豪としてしっかりと認知されていますし、特にセンバツ大会での健闘が光ります(1993年にはベスト4に進出)。

[17538]軒下提灯さん
炭坑が賑わっていた昭和30年当時の空知支庁管内は人口80万強。同時期の山梨県より多かったのですね。
今は(中略)激減しているのは間違いないでしょう。
現在は40万人をも割り込んでいます。やはり、旧産炭地の各市町の落ち込みが大きいですね。

岩見沢市が空知県の県庁所在地だったなら、たぶん今ごろ人口10万〜12万人(ただの推測ですが)の市になっていたと思います。それを思うと岩見沢市の現状が人口8万というのは少な過ぎるように思います。
(中略)
激減する空知地方の人口をもう少し岩見沢市が受け止めてくれたら良かった
 確かにそうですが、実際問題として南に札幌、北に旭川という大きな拠点があるだけに、求心力という点ではその両極にどうしても引き摺られてしまうのは致し方ないところでしょうか(炭坑の閉山後は尚更)。
 実際、「空知支庁管内」という枠組みがあるとはいえ、生活圏としては元々南空知・中空知・北空知の間で大きな違いがありましたし、岩見沢だけに大きな求心力を求めるのは酷かな?とは思いますが・・・

空知地方で減少した人口を受け入れたのは岩見沢じゃなくて札幌なのでしょうね。
 空知に限らず、後志や胆振などにもこの傾向は強くあると言っていいかも知れませんね(もっと言えば、程度の差こそあれ、道内各地でその傾向は見られるように思われます)。
札幌って開花促進剤をばらまかれて大輪の花を咲かせたけど、根や茎がちょっと弱そうな都市
 そのような見方は他ならぬ道内においてもあるのですが、歴史的に道庁が置かれ、国の出先機関や各企業の支店・支社も置かれるなど、中枢管理機能が強化され続けているだけに、道内各地域における産業の不振や経済の疲弊と相まって、道内各地から札幌へ、そして札幌を含めた道内全域から道外の大都市圏(首都圏が多い)へ、という人口流出の動きは当分止まらないでしょうね。

[26838] 2004 年 4 月 2 日 (金) 16:10:25 あっちゃん さん
 1週間もたってしまったのですが・・・(すみません)、
白桃 遠回りして帰ろう(通学・通学圏のお話)

今、春休みの真っ最中です。でももう少しで終わってしまうのが超・惜しいです。

[26658]稲生さん
何度か甲子園で母校の応援をすることが出来ることでしょう。
甲子園に出るのは嬉しいんですけど、僕はあまりスポーツに興味がないんです。
だから甲子園に行っても退屈になってしまうかも・・・。

[26670]カッパーさん
八商(八幡商業)、勝っちゃいました。
おめでとうございます。一回戦を勝ちぬくのはなかなか大変みたいですよね。
NHKの学校紹介の時に、八幡商業は歴史のある学校っていう感じでしたげど、
うちの学校は美術とお茶って感じでちょっと微妙でした。

[26676]淡水魚さん
初めまして。よろしくお願いします。この辺の方なんですね!びっくりしました。
「常葉菊川」の語順なのに、我が家の付近(静岡県中部)では、略称は「菊常(きくとこ)」なんですよね〜。
菊常ですかー!?掛川では思いっきり「常葉」って言います。常葉中高を知らない人が多いので。
ちょっと通学圏とは離れてますし。

[26728]なおさん
あっちゃんさんが通っていたのは隣町の難関一貫中高校だったのですね。
いえ・・・、別に難関じゃありません。馬鹿みたいなのもいっぱいいます(汗
うちの近辺だと・・・、前にも言いました掛川西高校が難関ですね。

[26242]両毛人さん
[5183]によると、あっちゃん[実は小学生]さんのお宅でもスバル車が活躍しているようです。
そ、それがですねぇ、うちのスバル・ヴィヴィオビストロちゃん(!?)が、今8歳なんですけど、
車検に出したら故障しているところがあって、早く修理(20万円!)しないと危険な状態と言われたんです!
騒音がうるさいのがネックですけど、外観がクラシカルで、素敵なんですー!
だから、修理してこれからも大事に乗り続けていこうと思います★
ちなみに・・・、うちはスバリストじゃありません。ヴィヴィオが初のスバル車です。
どちらかといえば、知り合いでレオーネ、インプレッサ、レガシィと乗り継いでいる家があり、
そちらの家のほうがスバリストなんじゃないでしょうか。
うちは、日産スト(!?)でしたけど。
・・・って、車の話になってしまってすみませんでしたー!僕、車も大好きなので。
これからは気をつけます。

[30087] 2004 年 7 月 4 日 (日) 04:37:31【2】 白桃 さん
 某学生さんからの質問から飛躍してしまいますが
白桃 遠回りして帰ろう(通学・通学圏のお話)

[30066]某学生さんからの質問に対して、[30074]夜鳴き寿司屋さんが、調査の手法に関して的を射たアドバイスとヒントを提示されており、[30078]M.K.さん が調査結果の実効性を大きく左右すると思われる本質的な問題について言及されておりますので、
しゃしゃり出る愚挙はさしひかえますが、某学生さんの質問が白桃のライフワークである、各国勢調査年当時の自治体人口集計とあまりにも関わりあってくるものですから、ひとことコメントを
合併している地区同士でもともとかかわりが強く、つまり過去に村だったが隣の町とかかわりが強く事実上現在の市のように機能していて、現在の市としての解釈でよいならば、現在の市町村名称で聞こうと思います。
まさに、この点にあるのですが、具体例(ただし、悪例?)を出します。現在の東かがわ市は1920年当時3町(引田、白鳥本、三本松)7村(相生、小海、白鳥、福栄、五名山のち五名、誉水、丹生)の自治体により構成されておりました。当時人口が一番多かったのは、3町のどれでもなく、丹生村でした。しかし、都市的機能の集積という点からみると、3町と7村との間には歴然とした差がありました。(その頃、白桃生まれてませんが…)そして、自治体相互のかかわりも非常に弱かったのではないかと思います。ただ、東讃唯一の旧制中学があった三本松と他の2町7村の間に通学圏という意味での結びつきがあったかもしれません。やがて戦争後の引揚者やベビーブームで人口、世帯が徐々に増えていき、集落景観においても、誉水村東部〜三本松〜白鳥村西部、引田〜相生村にかけて住宅がやや連続しているかなぁ、という程度の様相が現れてきました。また、バス路線の普及や鉄道の開通により、買い物や娯楽のため「村」から「町」に人が集まるようになり、特に紡績・製薬工場の立地をみた三本松はアタマ差ぐらい抜けてきました。ま、それでも別の町、別の村という意識は強くあり、昭和の大合併直後もしばらくは続いたと思います。その昭和の大合併なんですが、丹生、誉水の2村が合併して大内町が出来ましたけれど、これは名は「町」でも実態は「村」に近く、三本松、引田、白鳥本町と同等に扱うのには抵抗があります。大内町に三本松町が加わり成立した(新)大内町、白鳥本町、引田町の3町鼎立時代が約50年続きましたが、1965年ぐらいには、昭和の大合併以前の自治体意識は薄れてきたように思います。
ちょっと例えが悪いのですが、自治体の合併の多くは親が決めた見合い結婚で、相思相愛型の恋愛結婚なんて、ほんのわずかではないのでしょうか。私が言いたいのはここで、1920年当時の丹生家の人達にとっては三本松家との結びつきも非常に弱かったと考えられるし、大内家という共通の意識もなかっただろうし、ましてや東かがわ家なんて…。だから、「現在の東かがわ市域の1920年当時の人口は32161人、1955年は44662人、2004年6月は36627人、」というのは白桃の好みではありません。1920年三本松町3253人、1955年大内町17334人、2004年6月東かがわ市36627人、という方が、その当時、そこに居た人の声がよく聞こえるような気がしまして…。
#訂正箇所:てにをは他

[78739] 2011 年 7 月 9 日 (土) 19:34:32 k-ace さん
 草加、川口、越谷
白桃 遠回りして帰ろう(通学・通学圏のお話)

k-aceです。
先日、草加市に行ってきました。で、結果的に川口市安行地区も散策してきたのですが、そこでそこで遭遇したのが[75278]mul-saさん紹介の自治体越えの地名:川口市安行北谷/草加市北谷と川口市安行小山/草加市小山(コレクション収録済み)ですが、コレクション未収録の自治体越えの地名がその北に。>グリグリさん
川口市安行原/草加市原町○丁目
mul-saさん紹介の通り境界変更によるものです。
後、未収録の自治体越え地名として、福島県から拙稿[77529]の近くで。
浪江町大字中浜/双葉町大字中浜
(現在は原発事故の影響で行けませんが…。)

で草加市あたりを見てみると、地名ではなく学校名ですが残ってました。地名としては越谷市のみ。草加市立川柳小学校越谷市立川柳小学校。どちらも旧川柳村(1955/8/1草加町編入、1955/11/3草加町→越谷町の境界変更)。
その越谷市立川柳小学校付近の地図を見てみると、南中学校、明正小学校、光陽中学校、川柳小学校と市立の小中学校が近接しています。皆既日食の日(2009年7月22日)の[70909]くるりさんの記事から公立学校の隣接・近接は落書き帳で話題になってましたが、見つけたので。ただ小学校同士、中学校同士ではない点が惜しいのですが。校区を見てみると、南中、明正小は通学区域外? 南中以外は通学区域には越谷レイクタウンも含まれています(といってもこれら4校の開校日は最近ではない)。 越谷市立明正小学校校区地図見てみると不思議な感じしますが、明正小学校の場合、そもそもは蒲生東町のみが校区だったみたいで、住宅地近くの原か空き地に小中学校を集めたってところなんでしょうか?

#結局、八潮市は未踏のまま。後「道の駅川口・あんぎょう」のすぐ近くまで来てたようですが、こちらも未訪問。

[79476] 2011 年 10 月 10 日 (月) 20:32:29 MasAka さん
 とうてつ
白桃 遠回りして帰ろう(通学・通学圏のお話)

十和田観光電鉄の廃止について、かつてご当地に近い場所に住んでいた者として……。

私が落書き帳に初書き込みをした2005年当時は十和田市に隣接する七戸町に住んでいましたが、住んでいた3年間で十和田観光電鉄に乗ったのはたったの1往復だけですね。初めて青森県に住むこととなった2002〜03年の年末年始の帰省で、せっかく青森に来たのだから話のタネに一度は乗っておこうと思ったのが最初で最後です。青森県は基本的に車社会であるため、普段は三沢駅あるいは八戸駅といった大きな駅まで車で乗りつけ、そこからパーク&ライドで特急ないし新幹線に乗るのがいつものパターンでした。

列車ダイヤも三沢駅でJR東北本線(当時)との接続を考慮したものとはとても思えず、よくこれで経営が成り立っているなと思ったものです。会社名・路線名の「観光」とは名ばかりで、運行ダイヤを見る限り、実質的には朝夕の通学輸送が主力です(人から聞いた話では、朝は学生・生徒でかなり混雑するとのこと)。そもそも車両が東急のお古の通勤型で、観光というには風情がなさすぎます。

今年の夏は久々に十和田を訪れましたが、東北新幹線七戸十和田駅発着の路線バスが列車の発着にほぼ合わせたダイヤで運行されているので、わざわざ八戸→青い森鉄道→三沢→十鉄→十和田市と列車を乗り継ぐよりもはるかに利便性が高いと感じました。十和田市方面に向かうバスは十和田市駅(とうてつ駅ビル)も経由しますが、相変わらずの駅の閑散ぶりを見て「この路線も先はあまり長くないのではないか」と思いましたが、その時期はかなり早く訪れそうですね。三沢も十和田も人口数万人規模の小さな自治体であり、それ相互同士は鉄路で結ぶほどの旅客流動はないのかも知れません。

ちなみに十鉄が廃止されると十和田市はその隣接する自治体に市名が入っている駅が2つもある(七戸町の七戸十和田駅、鹿角市の十和田南駅)のに、その市自体には駅が全くないという市になります。

[79454]Issieさん
“正書法”(かなづかい)的には「とおてつ」であるはずですが,「とうてつ」とカナをふるらしい。

十鉄駅ビルのテナントである、みちのく銀行の店舗案内のページを見ると、十鉄駅ビル支店は「とおてつえきびる」と読ませてますね(参考)。十和田観光電鉄公式の読み仮名に合わせず、一般的な常用漢字の読み方に合わせたのは果たして明確な理由があるのかどうかわかりませんけど……。


話は変わって(鉄道関係という括りではありますが)、踏切の新設と言えば、熊本市では鹿児島本線の連続立体交差(高架)化工事(これには今年3月開業した九州新幹線工事も絡んでいますが)に伴い、それまで線路をオーバーパスしていた道路橋を撤去し、その後に地平の迂回路に踏切を新たに設けています。時期限定(事業が完了する平成28年度まで)の特例として認められているようです。

[80977] 2012 年 6 月 19 日 (火) 14:07:18 JOUTOU さん
 違和感
白桃 遠回りして帰ろう(通学・通学圏のお話)

[80976]k-aceさん
白岡町(→白岡市)、大網白里町(→大網白里市)、滝沢村(→滝沢市?)の市制施行の話がちらほら出てきています。いずれも都道府県庁所在地と隣接しています。

滝沢村は除外しますが、白岡町や大網(白里)町が県庁所在地と隣接していたとは・・・!?。高校・大学(ともに所在地は世田谷区内)在学中に友人が彼の地からかなり時間を費やして通学しており、朝がきついとよくぼやいていたことが記憶に残っていたため、わたしの感覚では違和感がありまくりです。

当時(1980年代)に比べれば格段に交通の便も良くなっているのは理解しているつもりなんですけどね。




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