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特集

夏の行事2 お盆と灯籠

hmtマガジン


「夏の行事1」 で、氷室・夏越の大祓・祇園祭・博多祇園山笠などを取り上げましたが、夏の行事はまだまだあります。

最大の行事は「お盆」で、昔は「地獄の釜が開く日」とされ、週休制度のなかった奉公人や、姑にいびられていた嫁さんも開放され、「藪入り」することができました。
もちろん、本当の地獄の苦しみを味わっていると信じられていた死者の霊も開放され、我が家に戻ることが許されました。

「お盆」は盂蘭盆の省略形で、梵語のウラバンナ。本来は 旧暦(太陰太陽暦)の 7月15日ですが、月遅れで8月に行う地方が優勢で、関係記事が多数あります。
新盆と旧盆との分布は、なかなか複雑なようです。おそらく、農作業の都合などを考慮し、小地域毎にどちらかを選んだ結果でしょう。

死者の霊の道しるべになる迎え火、送り火、盆提灯などの習慣。
浄土真宗では、違う考え方をするので、迎え火送り火はないようですが、切籠灯籠はあるのですね。

落書き帳では金沢の墓参用キリコが登場し、更に能登のあばれ祭りに使う巨大なキリコも。
祇園祭との関係もあるようですが、能登のあばれ祭りは、便宜上 こちらの特集に収録しました。

巨大灯籠が出たので、東北のお祭りについての記事も収録しました。


記事数=19件 更新日:2011年7月4日
記事#記事日付
記事タイトル
発言者
[53208]2006年8月9日
バスケット&五山の送り火 むっくん
[53209]2006年8月9日
お盆の時期 inakanomozart
[53222]2006年8月9日
地蔵盆@大阪 faith
[53224]2006年8月10日
お盆 むっくん
[53232]2006年8月10日
お題いろいろ かすみ
[53246]2006年8月10日
お盆こ盆 EMM
[53251]2006年8月10日
金沢ふぉろ〜ふぉろ〜 グリグリ
[53254]2006年8月10日
まとめレスれす EMM
[53280]2006年8月11日
盂蘭盆会 inakanomozart
[53286]2006年8月11日
♪盆、盆、盂蘭盆、盂蘭盆、盆 じゃごたろ
[53292]2006年8月11日
お盆と切籠と合成地名 にまん
[65771]2008年7月16日
盆とお葬式と EMM
[73217]2009年12月6日
♪霧子のタンゴ 白桃
[75428]2010年7月2日
金沢の夏、能登の夏 EMM
[31431]2004年8月5日
山形花笠祭りと東北X大祭り 般若堂そんぴん
[75432]2010年7月2日
お盆と灯籠 hmt
[78694]2011年7月3日
新盆と旧盆 グリグリ
[78696]2011年7月3日
新盆と旧盆の分布は厄介 YASU
[78705]2011年7月3日
牛頭天王様のために暴れて暴れて暴れまくるぜ〜!!! EMM


[53208] 2006 年 8 月 9 日 (水) 17:17:51【1】 むっくん さん
 バスケット&五山の送り火
hmt 夏の行事2 お盆と灯籠

高校野球には縁がないもので([52757])ついついバスケットネタに反応してしまいます。

[53184]右左府 さん
インターハイ、延岡学園に負けちゃいましたねぇ。
その延岡学園も準決勝で敗退しましたね。で件の延岡学園を下した福井県の北陸高校が優勝しました。
第一シードの延岡学園、第三シードの洛南、第五シードの北陸が順当にベスト4まで勝ち残ったことと、混戦の第四ブロックを第二シードの市立船橋が勝ちあがれなかったことは、戦前の予想通りの結構順当な結果だったように思います。個人的には3回戦で第一シードの延岡学園とノーシードながら優勝候補の福岡第一がぶつかったのが残念でしたが・・・。
女子も福岡の中村学園女子と愛知の桜花学園が決勝で戦うというきわめて順当な結果(60対51で桜花学園の勝ち)というものでした。
部員に地元の顔があまり見られないという能代工業バスケ部は果たして“能代のもの”なのかなぁ
今回出場した私の母校の部員にも地元の顔があまり見られなかったです。ただ私立ですし県立の能代工業とは事情は違いますが・・・。

バスケットネタばかりでは何なんで地理分をば。

私の住む京都では祇園祭を先月に無事に終え、8月16日に盂蘭盆会(うらぼんえ)の行事で「五山の送り火」を焚きます。名前の通り五つの山に火が焚かれる送り火とは、実はお盆にお迎えしている「お精霊さん(おしょらいさん)」(先祖の魂のこと)を再び冥途にお送りする仏教行事です。御先祖様方や所縁(ユカリ)の亡き人を偲びつつお送りし、「五山の送り火」の火の勢いが衰え消えるまで手を合わせて心静かに拝み、人々の無病息災を祈ります。
ゆえに「大文字」「妙・法」「船形」「左大文字」「鳥居形」の五山は『送り火』であって決して“大文字焼き”ではありませんのでご注意を。

また、文字は現在では「大文字」「妙・法」「船形」「左大文字」「鳥居形」の5つだけですが、過去には「い」(市原野)「一」(鳴滝)「竿に鈴」(西山)「蛇」(北嵯峨)「長刀」(観音寺村)などの字形もありました(過疎&財政面で消滅)。
ただ大正初期まで点火されていた「竿に鈴」の場所ですら不明(一乗寺?、静原?、西山(松尾山)?と方角も違うし距離も離れている所を推測している)ですし、そもそも「五山の送り火」を誰がなぜ始めたのかということが分かっていなかったりします。総じて「送り火」関連の記録が極めて乏しいことは不思議なことと言えますね。
「い」の山については場所が数年前に発見されましたが、山が低すぎるという理由で再開はされませんでした。個人的には京都市がごみ焼却場を「い」の山(向山)に作ったからなのではないかと思っています。

最後になりましたが点火時間を記しておきます。

「大文字」(東山 如意ヶ獄)午後8時点火
「妙・法」(妙は松ヶ崎西山−万灯籠山、法は松ヶ崎東山−大黒天山)午後8時10分点火
「舟形」(西賀茂 船山)午後8時15分点火
「左大文字」(金閣寺近く 大北山)午後8時15分点火
「鳥居形」(嵯峨 蔓茶羅山)午後8時20分点火

もしも今年「五山の送り火」を観光で京都に来る方がおられるなら、携帯電話片手に「今京都にきている。大文字が燃え出したところや。」等と声高にしゃべったりせずに、京都の者にとっては「お精霊さん(おしょらいさん)」をお送りするための五山の送り火であると言う事だけは 心に留めて見物されてみるのはいかがでしょうか。見物と書くと、「見物するんやのぉて、拝むもんどす(怒)」と言われてしまいますが。


#ちなみに盂蘭盆(うらぼん)を略したものが“お盆”です。

[53209] 2006 年 8 月 9 日 (水) 18:03:23 inakanomozart さん
 お盆の時期
hmt 夏の行事2 お盆と灯籠

[53208]  むっくんさん
私の住む京都では祇園祭を先月に無事に終え、お盆(8/16)に盂蘭盆会(うらぼんえ)の行事で「五山の送り火」を焚きます。
京都市内では、一般家庭でもお盆は月遅れで実施するのが普通なのでしょうか?
私は、都市部では新暦による7月15日、周辺の農村部では月遅れの8月15日、又は旧暦の7月15日にお盆が行われているのだと思っていました。

旧静岡市のお盆は、中心部(駿府城下であった地域+α)では新暦により、周辺の地域では半月遅れの8月1日(「ついたち盆」と言われている。)に行なわれています。
さらに山間部の安倍奥などでは、かつては旧暦、現在は月遅れによるお盆が行われているようです。

半月おくれで実施するというのは、多分農作業の関係でそのような習慣が生まれたのだと思われますが、静岡以外ではあまりないのでしょうか?

[53222] 2006 年 8 月 9 日 (水) 23:57:12【3】 faith さん
 地蔵盆@大阪
hmt 夏の行事2 お盆と灯籠

[53217] たもっち さん
[53218] k-ace さん
[53221] いっちゃん さん
僕は、お盆と言えば、8月しかないものと思っていました。7月にもやるところがあることを知識として得たのはごく最近だと思います。京都に限らず関西全般そうだと思いますが、いかがでしょうか?>関西勢の皆さん。
大阪組ですが、まったくおっしゃる通りです。
「東京ではお盆は7月」(合ってます?)と成人してから聞いてすごく驚きました。
ところで、僕は京都に来て、初めて「地蔵盆」という言葉を聞いたように思いますが、よその方は「地蔵盆」ってご存知ですか?京都では極めて当たり前な習慣のようなのですが・・・。
これも大阪でもやってますよ。ただ、古くからの住民が多く住む地域では年中行事として普通に行われていますが、新住民が多い地域では、行わないところも多いと思います。

※タイトルから etc. を削除(etc. に相当する部分がないので)
※※レス先を修正(追加)

[53206] グリグリさん
お気を遣わせてすみません。

[53224] 2006 年 8 月 10 日 (木) 00:21:55【4】 むっくん さん
 お盆
hmt 夏の行事2 お盆と灯籠

[53209]inakanomozart さん
京都市内では、一般家庭でもお盆は月遅れで実施するのが普通なのでしょうか?
京都市内では一般家庭でも月遅れの8月15日がお盆で、「お精霊さん」(先祖の魂のこと)を翌16日の送り火でお送りするのが普通のようです(宗派によりお盆の行事を始める日は違いますが)。
ちなみに私も[53217]たもっち さん同様に関西全般ではお盆とは8月15日であると認識しています。

ちなみに石川県加賀市では7月15日がお盆(新盆)でした。月遅れの8月15日にもお盆(旧盆)があったようななかったような。

[53217]たもっち さん
[53218]k-ace さん
ところで、僕は京都に来て、初めて「地蔵盆」という言葉を聞いたように思いますが、よその方は「地蔵盆」ってご存知ですか?京都では極めて当たり前な習慣のようなのですが・・・。
大津市では「地蔵盆」の習慣がありました。ただし当然のことながら地蔵尊がある地区で各地区ごとに行われていただけで、ない地区では単に地区ごとの納涼大会?夏祭り?が同一時期に行われていました([53222]faith さんに同じ)。
確か毎年8月24日
地蔵盆とは旧暦7月24日の行事で、寺や地域でまつる地蔵尊の縁日として主に京都を中心に関西地方で行われているようですね。今の暦では、8月24日前後の土曜日曜に行われることが多いようです。

#新盆と旧盆を逆に書いていたので訂正。

[53232] 2006 年 8 月 10 日 (木) 01:58:41 かすみ さん
 お題いろいろ
hmt 夏の行事2 お盆と灯籠

[53099]小松原ラガーさん
先日は郷土愛に燃えるあまりにあのような書き込みをしたのですがなんだか責め口調みたいですみませんでした。

地蔵盆の話。
ウン十年前、工場の跡地に建てられた実家一帯にはもちろん旬の行事など一つもありません。
市内でも全く聞いたことがなかったのですが、京都在住、出身者の多い職場では当たり前のように
会話に登場しています。その話で初めてどんなことをしているのか知った次第です・・・。
ちなみに尼崎市内において、盆踊りは盆に関係なく夏休みの間ほぼ毎日どこかで開催されており、
盆踊り狂の父上は都度出陣しています。(^^;
流れる曲は一般的な炭坑節、河内音頭(踊りは2種類有り)、東京音頭などに留まらず、ドラえもん音頭、
ビューティフルサンデー(フォークダンスではありません)、ど根性節(※)、新尼崎音頭(旧も有り)、
麦わら音頭(伊丹の音頭です)など様々です。
[23169] 紅葉橋律乃介さん
 昔都はるみさんがあちこちで吹き込んだという盆踊りの歌
 の一つです。

[53066]小松原ラガーさん
大阪市内の消えた川と言えば、しょっちゅう通っている、きんつば屋で有名な出入橋を思い浮かべます。
阪神高速の下の道の一部となっていますが欄干や石橋など名残を留めています。
堂島堀川 上記中之島堀川に続く形で阪神高速11号池田線の下をハービス大阪辺りまで
これなんでしょうね。
そう言えばJR北新地駅東側のスペースに蜆川(曽根崎川)の資料が展示されていたように思います。
近松門左衛門の浄瑠璃作品の舞台としてたびたび登場しており、北新地を語る上でも重要な川ですね。
今度よく見てきます。

[53083]かすみ
「兵庫のふるさとかるた」に寄せられた感想や疑問も拝見しています。県内とは言え、深く知らない土地も
有りますのでいろいろと勉強になりますね。

[53217]たもっちさん
たもっちさんの母校に伺ったことがあります。
演劇科の方々と意見交流会をしてそれを番組にするという企画でした。(わたしは放送部でしたので)
わが母校には校歌以外にも「熱風」、「名門」と二つの応援歌がありました。校歌が優し過ぎるという理由で
作られたとか。ちなみに校歌は3番まであり「茅渟」が2回登場します(学校HPにmidi有ります)。

最後に。
渓(渓谷)コレ収録数がついに500件となってしまいました。まだ全国制覇に至っていないというのに。
気長に頑張ろう〜!(汗)

[53246] 2006 年 8 月 10 日 (木) 12:58:34【1】 EMM さん
 お盆こ盆
hmt 夏の行事2 お盆と灯籠

[53209] inakanomozartさん
[53217] たもっちさん
ほかの皆様

1.お盆の時期
石川では、[53224]むっくんさんが触れられているとおり7月のお盆の地区と8月のお盆の地区の両方があります。
金沢市では旧市街が7月・旧郡部が8月とされており、河北郡側はほぼそのようになっているのですが、石川郡側がきっちり分かれているかどうかは分かりません。
少なくとも最初に金沢市に合併した野村のエリアはおおむね7月のお盆だと思われます。
(グリグリさんのところはいかがでしょう?)
それから、金沢では7月のお盆を「新盆」、8月のお盆を「旧盆」と呼んでます。
ちなみに、私は片方の里が旧河北郡、もう片方の里が旧市街と旧野村の境目ぐらいのところでして、7月も8月も墓参りをしています。

2.地蔵盆
私の住んでいる町では地蔵盆やってました。8月のお盆のもうちょっと後だったような記憶があります。
各家々の女性が集まってお参りをして、そのまま地蔵さんの前で持ち寄った料理やお菓子を食べて歓談する…そんな感じだったと思います。
今でも続けられているのかはわかりません。
また、町全体の祭りではなく、私の里のある小字(明治以降の小字ではなく、藩政時代の小字)では行われていたのですが、同じ町内でも今住んでいる小字ではやってないみたいだし、金沢市内の他の町で同様の風習があったかどうかもちょっと分からないです。



追記:
昨晩所用でメールをお送りした皆様方へ。
とんでもない時間にメールを出してますが、先に一度寝て、それからメールを出してますのでご安心ください。


※てにをはの修正など

[53251] 2006 年 8 月 10 日 (木) 15:53:59 オーナー グリグリ
 金沢ふぉろ〜ふぉろ〜
hmt 夏の行事2 お盆と灯籠

[52724] 2006 年 7 月 28 日 (金) 03:04:01【2】 EMM さん
私だけでなく、グリグリさんや星野彼方さんも泣き濡れているに違いありません(悲)。
すっかり忘れていました、というか、故郷を離れて30年以上も経つと、悲しいことなんですが段々興味が薄れて行くんでしょうか。まぁ世代格差も大きくなるばかりですし。輪島、笠間、堂上、小松、あたりまでは執心していましたが(注:市の名前ではありません)、松井あたりはちょっと距離感がありますね。そう言えば、今年の高校生ドラフトの目玉と言われる愛工大名電の堂上直倫内野手は堂上照元投手の息子だったんですね。兄の剛裕内野手が中日にいるのも実は今日まで知りませんでした(昔はドラファンだったのに)。

[53246] 2006 年 8 月 10 日 (木) 12:58:34 EMM さん
(グリグリさんのところはいかがでしょう?)
私は両親共に出身が加賀(小松と動橋)なのでお盆と言えば8月に決まっていました。お墓参りも両方の実家へ泊まり掛けで行くのが恒例だったので、小学生の頃は夏休みの大事な行事でした。新盆とか旧盆という言い方や金沢では7月がお盆だよということはずいぶん後になって知ったものです。多分、金沢南部は新盆(7月)だと思います。とは言え、野田山墓地などは旧盆の時期でも仏花やキリコを売っています。

[53254] 2006 年 8 月 10 日 (木) 20:31:30 EMM さん
 まとめレスれす
hmt 夏の行事2 お盆と灯籠

[53250] オーナー グリグリ様
追加掲載が遅れてすみませんでした。対応しました。>ニジェさん、EMMさん
自動更新にすればよいのですけど...
対応ありがとうございました。
トップページへの地名コレクション担当者の追加については自動更新、ないしは編集長の方で管理できる様な機能があると良いかな、と思う時もありますが、特に急いで必要な機能でもないと考えます。
もし他のコーナーで近しい機能を装備するようなことがあったら、そのついでで…みたいな感じで良いと思います。
ところで、地名コレクションのアクセスランキング設置から6ヶ月経過しましたが、6ヶ月間の集計のページは時期が来ると自動的に現れる…んだと思ってたんですがそうではなかったんですね。
そちらもお手すきの際で構いませんのでよろしくお願い致します。
(いざ設置されてみるとよく覗きに行ってる私)


[53251] オーナー グリグリ様
多分、金沢南部は新盆(7月)だと思います。
野田山や寺町に近い影響なとも思ったりしますが、北部と対照的なのは何でなんでしょう?
ちょっと不思議。
ところで、今年の春に野田山の真下に新しいバイパス(山側環状)が出来ました。(地図
私は野田山あたりは夜しか通ったことがないので実感がないのですが、長坂から大桑に向けて走っていくとカーブを曲がったところで山一面の墓が目に飛び込んでくる形となりなかなかのインパクトだとか。
特に新盆のキリコがいっぱいぶら下がった風景は壮観だったことでしょう。
(その頃は混むのが目に見えてましたからそっちの方は通らないようにしてましたけど)
ただ、最近は墓地の送辞やゴミの分別がなにかとやかましいので、普通のキリコを使わずに小さい板キリコを使ったり、ところによってはキリコを持ってこないよう親戚中で申し合わせたり…と金沢独自の風習とされるお盆のキリコも様変わりしつつあります。


[53175] むっくんさん
レスが前後して申し訳ありません。
個人的都合で柳ヶ崎の件を国土地理院にねじ込む…じゃなくてメールで問い合わせるのは来週以降になりそうです。
結果が出るまでもうしばらくお待ち下さい。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



キリコ関連の余談。
金沢のキリコの様子は[53251]でグリグリさんがリンクしているブログ中に写真が出ていますが、能登でキリコというとこれがまた全然違うものになります。
なんせこんなですから。
このでっかいキリコ(奉燈)が能登半島のあちこちの地区・集落で担がれているのですが、その時期は7月初旬から10月中下旬までと凄く幅があります。
そのため、「能登半島では夏は毎日必ずどこかで祭をやっている」とも言われたりします。

[53280] 2006 年 8 月 11 日 (金) 13:00:00 inakanomozart さん
 盂蘭盆会
hmt 夏の行事2 お盆と灯籠

[53217] 2006 年 8 月 9 日 (水) 23:28:39 たもっちさん
僕は、お盆と言えば、8月しかないものと思っていました。7月にもやるところがあることを知識として得たのはごく最近だと思います。京都に限らず関西全般そうだと思いますが、いかがでしょうか?>関西勢の皆さん。

[53224] 2006 年 8 月 10 日 (木) 00:21:55 むっくんさん
京都市内では一般家庭でも月遅れの8月15日がお盆で、「お精霊さん」(先祖の魂のこと)を翌16日の送り火でお送りするのが普通のようです(宗派によりお盆の行事を始める日は違いますが)。
ちなみに私もたもっちさん同様に関西全般ではお盆とは8月15日であると認識しています。

[53246] 2006 年 8 月 10 日 (木) 12:58:34  EMMさん
金沢市では旧市街が7月・旧郡部が8月とされており、河北郡側はほぼそのようになっているのですが、石川郡側がきっちり分かれているかどうかは分かりません。
それから、金沢では7月のお盆を「新盆」、8月のお盆を「旧盆」と呼んでます。

どうやら、お盆を7月の新暦で行うのは東日本に多く、それも古くから市街地化していた地域にかぎる習慣のようですね。
関西全般でお盆を8月に行っているとは、まったく知りませんでした。
道理で8月15日が近づくと、信心深い人々(?)が我も我もと里帰りするはずですね!
それと、新盆は「しんぼん」と読むのでしょうね。
「にいぼん」では「初盆」のことになってしまいますよね!

[53286] 2006 年 8 月 11 日 (金) 18:46:06 じゃごたろ さん
 ♪盆、盆、盂蘭盆、盂蘭盆、盆
hmt 夏の行事2 お盆と灯籠

こんばんは、じゃごたろです。
暦の上ではもう安芸、いや秋ですが、皆様の住んでいるところは残暑厳しいところもあるのでしょうね。こちらは例年に比べて過ごしやすい気がします。今晩も汗が出るほどの暑さではありませんし、窓を開けたまま寝ていると、少し肌寒く感じる朝です。

[53280] inakanomozart さん
お盆を7月の新暦で行うのは東日本に多く、それも古くから市街地化していた地域にかぎる習慣のようですね。

そうだったんですか。あたしの家は昔から八月で、七月にお墓参りをする話は聞いたことなかったです。市街地化はしてませんが、一応仮にも昔からの奥州道中の宿場があったところですが。

そうそう、ウチはお盆のお墓参りは14〜16日の三日間です。13日は行きません。母親曰く、13日は迎え火で迎える日で、お墓参りは14日からするものだそうです。どうなんでしょうね。

さて、私も明日から九連休。恒例のロング・ロング・ドライブです。いやぁ、それにしてもガソリンが高いですねぇ。私がいつも入れるところはハイオクで158円/リットル。高速道路よりも10円も高いです。数年前は100円そこそこだったのに。。。

[53292] 2006 年 8 月 11 日 (金) 22:28:14 にまん さん
 お盆と切籠と合成地名
hmt 夏の行事2 お盆と灯籠

山口生まれで関西を経て、就職を機に東京に出てきた身としては、お盆は8月なのが当然で、新暦では7月になるということは頭では理解してましたが、東京のスーパーで7月にお盆用品のコーナーを見たときはカルチャーショックでした。
私の周辺では、お盆は当然として、他の行事も月遅れが一般的でした。さすがに最近は少なくなっているようですが、私が小さかった頃(30年以上前)は、4月にひな祭り、6月にこいのぼりというのも珍しくはなかったと思います。

[53251] オーナー グリグリさん
[53254] EMM さん
キリコと聞いてちょっとびっくり。金沢でいうところのキリコの風習はないのですが、うちのいなかの夏祭りで、切籠(きりこ)が使われています。形だけ見ると金沢のキリコと似ているので、もともとは同じものなのかもしれませんが、こっちは七夕飾りとして使用しています。この祭りのメインは由来から見ても幟になるのですが、なにせ古い祭りなので、途中から女の子の無病息災を祈る祭りと七夕祭りが一緒になってしまったのでしょう。金沢のキリコの話を見てからは、お盆の行事も取り込まれているのではないかという気もしてきました。

[53210] いっちゃん さん
他にも住居表示に合成自治体名が後付けで用いられてしまっているところってあるのでしょうか。
すぐお隣の三郷市には三郷市三郷というのがありますね。

[65771] 2008 年 7 月 16 日 (水) 03:22:24 EMM さん
 盆とお葬式と
hmt 夏の行事2 お盆と灯籠

先週半ばに仕事の山がありまして、それまでは何かと忙しくなかなか書き込みに手を着けられませんでした。
次の山は月末に来るんですが、先週後半から今週前半は仕事の谷間でちょっと一服できる…と思っていたら、身内に不幸があり、週末は葬儀でバタバタしていました。
(3日ばかりお休みをもらえたのですが、週末にかかったのと自分の仕事の都合もあり実際に休んだのは半日)
だいたい葬儀ってのはバタバタっと進めることが多いんじゃないかと思いますが、今回は金沢の新盆(厳密には新盆に最も近い週末)にジャストミートしてしまったため、葬儀の日取りがすぐに決められずすったもんだしました。
(新盆の地区のお寺さんは当然忙しい最中のですが、それだけではなく郊外の旧盆の地区のお寺さんも助っ人に大量にかり出されているらしい)
それでも何とか折り合いをつけて日程を決めたら、次は親族や関係先への連絡となるわけですが…
「まずは○○のおじさんのところだ」
「△△さんは?」「○○さんから連絡してもらうようにお願いした」
「××さんところは?」「まだ言ってないけど、連絡しとかんなんやろう」
…と言った感じでまたバタバタする訳です。
そのうちに「あそこにも連絡するかどうか?」というところがいくつも出てくるのですが、親父や叔父叔母が思案して最後にたどり着いた結論は、
「とりあえず今はいいやろう。どうせ明日の朝刊に出るし…」
でした。
自分の年代だとお悔やみ欄ってそんなにじっくり見ませんが、50代より上になると皆さん結構見てるんですね。
だから、もし「うっかり連絡ミス」があったとしても新聞に載りさえすれば目にしてもらえる可能性が結構高いため、ある意味セーフティネットのような役割をはたしていると言えましょう。
逆に、「新聞に訃報が出ないところって、いざというときの連絡ってどうしてるんだろう?一から十まで直接連絡しなければならないとなると、連絡忘れがあった時の対処ってどうするんかねぇ?」と新聞に無料のお悔やみ欄がある地域の者としては思ったりする訳です。

しかし、この「新聞にお悔やみ欄がある/無い」というのがその地域の葬式にまつわる風習の一種だ、と考えればそう言うものなのかも。
地方によって思わぬところのやり方が違っていたりするんですよね。
たとえば、石川ではお通夜が始まってから精進落としまでの間は精進料理しか出てきません。合間に出てくる軽い食事もおにぎり(具は梅干しか昆布)、いなり寿司、海苔巻き(具はキュウリ、かんぴょう、たくあん、太巻きだとそのあたり+紅ショウガ。卵とかは絶対入らない)。
精進落としの際の料理も、すべて精進料理。
(ただし、子供用の料理についてはその限りでない式場もありました)
で、それしか知らない者が、たとえば東京の葬式に出席するとびっくりして帰ってくる訳です。
今から十数年前、東京に住んでいた大伯母が無くなった際に金沢の親族代表として伯父2人と共にうちの親父が東京に出向いて葬儀に参列したのですが、帰ってきてまず話をしたのが「お通夜の後に出てきた食事が、魚ののったにぎり寿司だった」と言うことでした。
葬式の間はひたすら精進料理、と思っている者からすると、ものすごくびっくりすることなんです。
聞いた私も驚いた訳で。
そう言えば、今回の葬式の際にもうちの親父(+東京在住の弟)からその話題が出てました。
参列した親族は私の弟を除いてすべて石川県か富山県在住者だったため、やっぱりびっくりしていた人が多数いました。
でも、「変だ」といった人はいません。「ところによって違うんやねぇ」と言った反応です。
こういった「まつりごとは(むろん、宗教や宗派による違いもありますが)その地域ごとの風習にのっとってとり行われるものですから、その範疇であれば他の地区のものがどうこう言うべきでは無いだろうと思うのです。
新聞のお悔やみ欄についても、風習と言うには新しすぎるかもしれませんが、一種「地域ごとの風習」と言って良いものなんじゃないでしょうか。

……と言うことを葬式の合間合間に考えていたEMMでありました。

−−−−−
一方で、今は新盆な訳でして、EMMも墓参りに行かねばなりません(参考[53246])。
今年は平日は都合が付かなさそうだったのでこの前の週末にでも、と思っていたら葬式が入ってしまいました。
仕方がないので今週末に行く予定。
盆の時期は過ぎているのでキリコは無しで花だけ持っていこうと考えてます。
過去記事にもありますが、キリコってのは元々は「切籠灯籠」のことで、金沢とその周辺地域ではお盆にお墓参りしたらそのお墓に切り籠をつるしてくる風習があります。
(これ、ただぶら下げてくるだけじゃないんですね。必ずつるした人の名前を書かなければいけません。家族で行ったのならば連名で。誰がお参りに来てくれたか分かる訳です。)
このキリコが墓地中にぶら下がっている図というのは、金沢に縁のある者にはごく普通の風景ですが、そうでない方には独特の風景かも。
いや、それよりもむしろスーパーやホームセンターなんかで大量に売られている様子の方が壮観かもしれませんが。
この「お盆の墓参りにキリコ」という風習、能登や加賀の方に行くとありません。
(小松市や能美市では見ませんでした。白山市内のどこかに境目がありそうですが…。北の方の境界線も分かりません。河北郡市のどこか、だと思いますが…)
なぜ石川県でも金沢周辺だけにそう言う風習があるのか、と言うのはよく分かっていないようです。

お盆に関しても、地方によって結構様子が違いますね。(参考
迎え火をしたり、動物をかたどった野菜の飾り物をしたり、精霊流しをしたり…と言うのは金沢ではまず見ません。
これは当地では浄土真宗が主流のためのようですが、他の宗派の方もしていない様な気がします。主流に引きずられた???

#動物をかたどった野菜の飾り物、テレビドラマで時々見かけるのですが、それが何のために飾られているものなのか、と言うのを知ったのはだいぶ後でした。

[73217] 2009 年 12 月 6 日 (日) 21:36:24 白桃 さん
 ♪霧子のタンゴ
hmt 夏の行事2 お盆と灯籠

1泊2日の職場旅行で、金沢、和倉温泉、輪島市にお邪魔してきました。
金沢は数回訪問しているのですが、今回初めて、ひがし茶屋街を見学しました。ただ、散策しただけではなく懐華樓というところに上がらしてもらい、オカミさん?からいろいろと話を聞くことができました。金沢は、行くたびに新しい発見があり、本当にいい町ですね。
その後、越前クラゲが一杯打ち上がっている千里浜渚ドライブウェイを走り、和倉温泉の加賀屋さんへ。ま〜、贅沢な一夜をすごした・・・ハズなんですが、酔っぱらっていてよく覚えておりません。(恥)
今朝は輪島の朝市を見てからキリコ会館へ。立派なキリコがいっぱい、すごいですね。ところで、キリコっていうのは「切籠」って書くのですね。知らなんだ、と言うか、キリコ自体良く知らなかったのです。
[69914]伊豆之国 さん
輪島市の「キリコ会館」だったか、その中に「元横綱輪島のコーナー」があった記憶があります。
確かにありました。写真が何枚かあったのですが、その中の一枚に長谷川が輪島に負けている写真があり、気分を害してしまいました。(笑)
そして、キリコ会館に隣接する輪島塗の工房を見学できるお店(そのお店にキリコ会館が隣接している、と言ったほうが適切だろうか)に貼っていたイラスト「全国交通地図2009」がおもしろかった。地元の方の制作によるもので、白山市とか四国中央市とかちゃんとあるのに、東かがわ市が無い。それは許せますが、なぜか輪島まで鉄道が伸びているのです。
帰りは能登空港からでしたが、空港の横に、能登から初めて甲子園出場を果たした日本航空石川がありましたね。空港の建物より大きい!
今回の旅行で感じたのは、能登半島ってでかいのだな、っていうこと。そして、今更ながらですが、北陸はお天気が変わりやすいってこと。二日間で3回も虹を見ました。

[75428] 2010 年 7 月 2 日 (金) 00:09:17 EMM さん
 金沢の夏、能登の夏
hmt 夏の行事2 お盆と灯籠

さーて、今年も氷室饅頭をかじりながら何か投稿を………と思って落書き帳を開いたら、[75427]hmtさんの
この記事に敬意を払い、hmtマガジンに「季節行事」というテーマを立ち上げ、その第1号特集 「夏の行事」 の冒頭に [42735]を収録しました。
を見てびっくり。なんせ、京都の祇園祭や博多祇園山笠を差し置いて、金沢の氷室饅頭がトップなので。
金沢では7月1日の氷室→7月の新盆→8月の旧盆…と夏の行事が続きますが、能登の夏と言えばあちこちの集落でそれこそ日替わりで毎日のように行われる「キリコ祭り」。
その中でもトップバッターにあたる宇出津のあばれ祭り…今年は7月2〜3日…が夏到来を告げる行事となっています。
この祭り、御輿を川や海に放り込んだり神社の石段から転げ落としたりしながら暴れまくるのが一番の特徴。
(キリコ=奉灯はそこまで暴れない、はず…)
リンクしたサイトの紹介文を読むと、京都の祇園祭と関連のあるお祭りでした。
EMMは「湯涌温泉の氷室開き→7月1日の氷室饅頭」と「7月頭の宇出津のあばれ祭り」のニュースが流れると「石川ももう夏かいね」と感じると言うことであります。

#EMMは以前はあばれ祭りは特にそれほど気にしてなかったんですが、しばらく前に宇出津の方と仕事でご縁があり、その方があばれ祭りの時期は祭りが済むまで仕事の話はそっちのけだったもんで印象が深くなりました。そういえば南加賀方面では「この行事が来ると夏」ってのは何かあったかしら…小松に勤務していた頃はあまり意識することがなかったような…

##氷室饅頭食ったらお茶がほしくなりました…

[31431] 2004 年 8 月 5 日 (木) 21:55:20【1】 般若堂そんぴん さん
 山形花笠祭りと東北X大祭り
hmt 夏の行事2 お盆と灯籠

山形市では「花笠祭り」がはじまったようです(「ようです」という表現に関心の低さが……).この祭り,今年で42回目だそうで,伝統ある祭りとは言い難いのですね(さらに年月を積み重ねれば伝統ある祭りにもなるかも知れませんが……).
この花笠祭り,山形県では「東北三大祭り」「東北四大祭り」の一つ,と言われます.そこで,他の「東北“五大”祭り」を見てみると……

「仙台七夕まつり」は伊達政宗の時代に発するらしいですね(「七夕まつりの歴史).
「弘前ねぷた祭り」の起源である「眠り流し」は藩政初期からでしょうか?(「弘前ねぷたの歴史」).「青森ねぶた祭り」もまた安永年間(1772〜1781)に記録があるそうです(「ねぶたの歴史」
「盛岡さんさ踊り」も現在のようなパレード形式になったのが1978年,とは言え,「さんさ踊り」そのものは1780年頃から伝わる伝統あるもの(「さんさ踊りの歴史」).
「秋田竿灯祭り」(ねぶりながし)のもっとも古い記録は1789年(「秋田竿灯まつり(秋田市竿燈まつり実行委員会公式WEBサイト)」-「歴史」による)

う〜ん,山形新聞社のおかげで盛大な「祭り」(何を祭っているのでしょうか?)にはなったものの,もう少し謙虚になった方が良いのではないかと思います(発祥の地は尾花沢ですし……).

ところで……「弘前ねぷた」の「眠り流し」と「秋田竿灯」の「ねぶりながし」は同義のようですね.とすると,「ねぷた」「ねぶた」は共に「ねむたい(眠い)」から来ている(夜通し踊り続けて「ねぷたい」……),と考えて良いのでしょうか?

【一部表記の不統一を訂正,表現を訂正】

[75432] 2010 年 7 月 2 日 (金) 18:48:52 hmt さん
 お盆と灯籠
hmt 夏の行事2 お盆と灯籠

[75428] EMM さん
金沢では7月1日の氷室→7月の新盆→8月の旧盆…と夏の行事が続きますが、能登の夏と言えばあちこちの集落でそれこそ日替わりで毎日のように行われる「キリコ祭り」。

能登の「キリコ」も「切籠」に由来するものと考えます。
盂蘭盆会には多くの宗派で盆提灯を使いますが、浄土真宗では「切籠灯籠」という 仏具 を使います。

その盂蘭盆会の由来と伝えられるのが、餓鬼道に堕ち 逆さ吊り にされた母の姿を目にして悲嘆にくれた目連の話。
釈迦の助言を受けた目連は、7月15日に、夏安居を終え懺悔に集う僧たちに馳走して、亡き母親を供養しました。
盂蘭盆 = ウラバンナ とは「逆さ吊り」の意味の梵語で、「切籠灯籠」の形がこれを表しているそうです。参考
「キリコ」の「コ」 = 籠は、ひげこ や「はりこ」の「コ」ですね。張籠(はりこ)のことを「ぼて」とも言いますが、これは梵天に由来するらしいと書いてあります。

落書き帳内で「キリコ」を検索すると、金沢の墓参用キリコに関する[38847] EMMさん が初出で、グリグリさん の[53251]もありますが、その直後に、能登にある別の「でっかいキリコ」が登場します。
[53254] EMM さん
能登でキリコというとこれがまた全然違うものになります。

これは、北日本各地にある一群の 巨大祭り灯籠 の仲間ですね。

富山県魚津・たてもん祭り、福野・小矢部の夜高祭り、高岡市・伏木曳山祭り、新潟県直江津の祇園祭り、新潟市七夕祭り、佐渡一宮弥彦神社の灯籠神事、秋田竿燈まつり、能代ねぶ流し、弘前ねぷたまつり、青森ねぶた祭……

リンクしたサイト の紹介文を読むと、京都の祇園祭と関連のあるお祭りでした。

ここには、疫病対策で祇園社から牛頭天王を勧請という由来が記されており、日付も「七日」ではありません。
しかし、青森「ねぶた」など巨大祭り灯籠は、(月遅れ8月の)「七日」に行なわれ、七夕祭りの灯篭流しの変形とされているようです。参考
京都祇園祭の宵山でも山鉾に提灯を飾りますから、祇園祭と全く無関係でもないのでしょうが。

[53292] にまん さん
うちのいなかの夏祭りで、切籠(きりこ)が使われています。(中略)こっちは七夕飾りとして使用しています。
お盆の行事も取り込まれているのではないかという気もしてきました。

下関市長府の 数方庭祭 も 8月7日です。現在の形が整ったのは元禄年間で、従来の矛や薙刀の代りに竹竿幟と切籠を使うようになったとか。

旧暦の七夕は上弦、盂蘭盆会はその月の満月で、1週間の違い。
切籠灯籠が使われる2つのお祭りは無関係ではないように思われますが、よくわかりません。 地蔵盆は更に1週間後の下弦。

[78694] 2011 年 7 月 3 日 (日) 08:14:38 オーナー グリグリ
 新盆と旧盆
hmt 夏の行事2 お盆と灯籠

[78686]で書いた新盆と旧盆の全国分布ですが、Wikiの記事には旧暦のお盆や8月1日の特殊なお盆の例も書かれていますが、7月15日の新盆と8月15日の旧盆については旧盆が多数派のようですね。Webを少し調べてみたのですが、全国分布を整理してある情報には行き着けませんでした。新盆(7月15日)の地域を調べるのが手順かな。

[78696] 2011 年 7 月 3 日 (日) 11:15:41 YASU さん
 新盆と旧盆の分布は厄介
hmt 夏の行事2 お盆と灯籠

[78694] オーナー グリグリ さん
新盆と旧盆の全国分布
[35611]でも少し述べたのですが、磐田市の場合、中泉は新盆、見付を含めた周辺は旧盆なのですが、中泉と見付の一部が一緒になった国府台(市役所所在地)は旧地域の風習を引き継いでいるようです。そのため下手をすると番地単位(笑)の分布図となってしまいそうです。
町内会は別々なので、その町内会ごとの状況を確認する必要があります。

浜松市においても平成合併前の旧浜松市内はすべて新盆ではなく、昭和になってから合併した地域は旧盆です。ただ合併時期に依存するかというとそういうわけでもないようなので、該当する方には毎回確認しております。

[78705] 2011 年 7 月 3 日 (日) 23:51:26【3】 EMM さん
 牛頭天王様のために暴れて暴れて暴れまくるぜ〜!!!
hmt 夏の行事2 お盆と灯籠

さて、[78672]の続き、ようやくまとまりました。。
昨年、拙稿[75428]で「能登半島の夏の始まりを告げる行事」として宇出津のあばれ祭りを紹介しました。
その際に、
リンクしたサイトの紹介文を読むと、京都の祇園祭と関連のあるお祭りでした。
と言う事を書いたところ、[75432]hmtさんより、祭りの内容の違いから関連性はあまり高く無いのではいかと言う旨の投稿がありました。
一部にについては拙稿[75433]で反論しましたが、実はそこで触れていない部分についても調べていまして、その結果「あばれ祭りは祇園祭の重要な部分をきちんと受け継いでいる」と言えそうだ、と言う事が分かりました。
ところが、調べるのに時間がかかってしまった結果、秋風が吹き始める頃になってしまっており、「夏祭り」の投稿としては時期を外してしまいました。
調べた内容の具体的なところは昨年の筑波山オフ会の際にhmtさんに直接お話しさせて頂いているのですが、せっかくなら文章としてまとめたいという気持ちも持っておりまして、どうせ投稿するならあばれ祭りの時期に合わせて投稿したい…と言う事でこの時期まで待っておりました。
ポイント毎にまとめます。
−−−−−
1.疫病対策で祇園社から牛頭天王を勧請したことがあばれ祭りの由来とあるが、八坂神社の祭神との関連性は高くないのでは?
wikipediaなどで京都八坂神社の歴史を紐解いてみると、江戸時代には延暦寺の支配下にあり、牛頭天王やその妻・息子達を祭神(本尊?)とする神仏習合色の強い社であったようです。
牛頭天王はその起源は明確ではないようですが、祇園精舎の守護神とされることから牛頭天王を祀る社が祇園社と呼ばれたようです。京都八坂神社は感神院祇園社。
また、牛頭天王は時代とともに素戔嗚尊と同一視されるようになりましたが、明治時代に神仏分離令が発せられると感神院祇園社の祭神は牛頭天王から素戔嗚尊に置き換えられてしまい、さらに仏教用語である「祇園」の名も忌避され八坂神社と改められ、今に至っています。
(なお、先にリンクしたwikipediaを読むと祇園社の名が先にあったととれる記述もある。また、牛頭天王→素戔嗚尊を祀る神社のうち、愛知の津島神社や東京の素戔嗚神社などは祇園社ではなく天王社と称しており、八坂系とは別系統とされる。さらに、関東に数多くある氷川神社の祭神も素戔嗚尊だが牛頭天王信仰とは関係がない。以上参考まで。)
さて、宇出津に祇園社から牛頭天王が勧請されたのは江戸時代です(参考)。
(桜井源五という人物が勧請したとされていますが、前述のHPによると桜井家が引越十村として宇出津に移ってきた1664年から百姓一揆の責を問われ珠洲郡松波へと移った1756年までの間に3人の桜井源五がおり、実際に勧請したのがどの桜井源五なのかは分かっていないとの事。ただ、いずれにしても江戸時代なのは間違いない)
であればその頃の京都の感神院祇園社の主祭神は牛頭天王であり、「祇園社に関係ある何かにあやかった」とか言うレベルではなく直系の分社であると言う事です。
そして、勧請の際に祇園祭にあやかった祭礼が行われるようになり、それが後のあばれ祭りと言う事になります。
−−−−−
2.祭りが行われる日が7日ではない
これは[75433]で触れていますが、あばれ祭りの開催日は元々7月7〜8日だったものが7月第1金・土曜日に変更されています。
あばれ祭りの場合、「地域の住民がこぞって参加する」「遠方に在住している宇出津出身者が帰省してきて祭りに参加する」「能登の夏祭りの先駆け、天下の奇祭と言う事で観光客も多数訪れる」と開催日をずらす方に働く要因が全てそろっています。

また、これは特にあばれ祭りに関して言われていることではないのですが、能登ではこんな都市伝説が広く語られています。
「ある集落に夏祭りの時期になると毎年何日も会社を休む男がいた。ある年、例年のように祭りの時期に合わせて休みを申請したところ、『以後出社に及ばず』と申し渡されてしまった(つまり、クビになった)」
この「ある集落」がはっきりしていないところが都市伝説っぽい。
これは元々は「それだけ能登の男衆は祭りに熱中する」というような意味合いで語られていたらしいのですが、近年は「景気の低迷の影響で休みが取りづらくなった」「他地区から能登に流入した企業の中に、地域の祭礼にあまり理解を示さないところがあるらしい」等々でこれが洒落にならなくなってきてる…と言う感じに話が変わってきています。
こういう話が出てくるぐらい、平日開催では人手が集まらなくなってしまった地区があるようです。

なお、輪島大祭のように今でも昔ながらの開催日で執り行われている能登の夏祭りもあります。
(輪島大祭は輪島の町場にある4つの神社の大祭が連続して行われるものですが、そのうち海士町の祭りである奥津比め神社(「め」はしらやまさんの「め」の字と同じで、JIS第2水準まででは表示不能)の期間は舳倉島がほぼ空になってしまい、航路も休止になります。もし夏場に舳倉島に行きたいと考えている方がいた場合は要注意)
−−−−−
3.キリコ(奉灯)の出るあばれ祭りは、東北の巨大祭り灯籠と同じく七夕祭りの灯籠流しが変形した祭りなのではないか。
京都の祇園祭のメインイベントと言えるのは宵山です。
しかし、祇園祭のwikipediaの宵山の項を見ると、
祇園祭のハイライト。元々は付け祭りだったが、こちらの方がはるかに大規模になった。
とあります。じゃあ祭礼の一番重要なところはどこか?と言う事でさらに読み進めて行くと、
神幸祭・還幸祭(神輿渡御) [編集]こちらが本来の神社の中心行事。神幸祭は山鉾巡行で浄められた四条寺町にある御旅所へ、八坂神社から中御座神輿(なかござみこし)・東御座神輿(ひがしござみこし)・西御座神輿(にしござみこし)の大神輿3基に召した神々が各氏子町を通って渡る神事。この夜から7日間滞在する。974年(天延2年)に御旅所(現在と所在地は異なる)を朝廷より賜り、行われるようになった。また子供神輿である東若御座神輿も参加する。
とあります。さらに、
神幸祭は朝の雅やかな山鉾巡行とは打って変わって、夕刻より行われる神輿渡御は勇壮豪快で荒々しいのが特徴である。3基の大神輿を総勢1000人以上もの勇猛な男達により担ぎ揉まれて神輿が暴れ狂う様は圧巻である。いわゆる暴れ神輿というものである。
と書かれている。神幸祭だけでなく、還幸祭でもやはり御輿が暴れ回るとのこと。
なぜ御輿が暴れるのか?なのですが、牛頭天王は元々「疫病を引き起こす祟り神」とされており、その牛頭天王を分霊した御輿を暴れ回らせて満足させることにより疫病を引き起こさせないようにした…と言うのが暴れ御輿の由来のようです。
そして、その「牛頭天王を分霊した御輿」の通り道を清めるために奉納されたのが山鉾。

一方、あばれ祭りの方はと言うと、「能登のキリコ祭りの先駆け」と言った風に紹介されることもあるのでどうしてもキリコに目が行きがちです。
しかしながら、こちらもキリコは宇出津の町衆が奉納するもので、実際に祭りの中心となるのはあばれ御輿。
あばれ祭りはきちんと祇園祭の本来の形(「牛頭天王(→素戔嗚尊)を分霊し暴れまくるあばれ御輿」+「あばれ御輿の通り道を清めるための付け祭り」)を踏襲している、と言えます。
−−−−−
おまけ.じゃあなぜ祭りの名前が「祇園祭」じゃないのか?
実は、本稿をどうしても落書き帳に投稿したかった一番のポイント。
宇出津のあばれ祭りが祇園祭を踏襲した祭りだとすれば、なぜ祭礼の名前が「祇園祭」ではないのだろう?
これはhmtさんからの指摘には触れられておらず、いろいろ調べているうちに自分が疑問に思ったことです。
そしてこの疑問の解決法、すぐに思いつきました。
「祇園祭の神事としての一番重要な部分があばれ御輿であることからすると、あばれ祭りが「あばれ祭り」となったのはそのあばれ方に起因しているのではないか?それならば、見比べてみれば良いのではないか?」
今は便利な世の中で、インターネットを探すといろんな祭りのビデオを見ることが可能です。
YouTubeで「祇園祭の神幸祭」と「あばれ祭り」のあばれ御輿の「あばれ方」を見比べてみましょう。

まずは祇園祭の神幸祭のビデオ。(その他、「祇園祭 神幸祭」での検索結果はこちら
確かに山鉾巡行とは趣を異にしますね。勇壮です。

では、あばれ祭りはというと…2の12の22の3(その他、「あばれ祭り」での検索結果はこちら
祇園祭の神幸祭と比べるとあばれ方が尋常じゃない。
御輿を道や壁に叩きつけ、海や川に放り込み、とどめに火の中に放り込んで破壊の限りを尽くす。
このように「御輿がとんでもない暴れ方をする」事から祇園祭ではなくあばれ祭りと呼ばれるようになったものと推測しています。
この暴れ方の凄さは宇出津が漁師町であることの影響もありそうですが、2つの御輿が奉納されることからお互いが暴れ方を競っているうちに「御輿を破壊しまくる祭り」になっちゃったのかなぁ、とも推測します。
実は「あばれ祭りが今の形に固まるまでの経緯」を記した資料や古文書はあまり残っていないようで、ある程度推測を挟まざるを得ないところはありますが、「あばれ御輿が暴れまくる祭りだからあばれ祭り」なのは間違いないでしょう。

あ、もし「来年以降にあばれ祭りを見に行ってみよう」と思っていらっしゃる方がもしいたら気をつけてほしいのですが、特にクライマックスの「カンノジ参り」ではあばれ御輿に近づいてはいけません。
まず間違いなくケガします。
−−−−−
#以下余談。
いろいろ調べているうちに、あばれ祭りよりもさらにトンでもねぇあばれ御輿があるのを見つけました。
あばれ祭りでは御輿の土台は再利用するので、破壊すると言ってもある程度御輿の形は残った状態で神社に戻ってきます。
ところが、長野県上伊那郡宮田村にある津島神社のみやだ祇園祭のあばれ御輿は神社の階段から何度も投げ落とされて完全に破壊されてしまいます。(ビデオ
これは想像を絶するとしか言いようがない。
それから、ちょっと変わった「御輿」が暴れまくるところもありました。
群馬県前橋市の「大胡祇園まつり」では獅子頭が、京都祇園祭の山鉾の一つである南観音山を抱える百足屋町では宵山の夜に観音様がそれぞれ男衆に担がれて暴れまくってます。
(南観音山のあばれ観音についてはこちらもご参照ください)

※ビデオのリンクを増やし、それに合わせて本文も修正




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