[51410]稲生さん
実は今日の昼間にお返事を書いたのですが、間違ってウインドウを閉じてしまい、投稿寸前の文章が全部パーになってしまいました(泣)。思い出しながらもう一度書きます。ちくしょーめっ!
一日目は、雨の中を滋賀・三重・奈良・京都・大阪の5府県駆け抜け‘局メグ’に挑戦。
拝見しました。藤森にもいらしたんですね。ここの郵便局は、かつての職場の最寄郵便局だったので、よく昼休みにお小遣いをおろしに行ったりしたものです。ただ、どんな局だったかは、あんまり記憶に残っておらず、掲載されている写真を見ても、「こんなんだっけ~」と、ピンと来ない状態でしたが(笑)。ここは前の道が一方通行の狭い道で、駐車場もなかったような気がしますので、少し苦労されたかもしれませんね。お疲れ様です。
さて、本題です。
昨年4.1より北桑田郡京北町が京都市に編入合併されたのですが、右京区に所属となったようですね。この京北町と右京区は 実質的飛び地となっており、北区の小野郷地区を通らないと右京区中心部へ行くことができませんね。ここは小野郷地区との繋がりで北区所轄となる方がよかったのではないかと考えた次第です。
ご尤もな疑問だと思います。
僕の考えを述べる前に地理関係等を整理しておきましょう。(下記は引用ではないけど、敢えて目立たせておきます。)
・昨年4月に京北町が京都市に合併されました。
・元々京北町は京都市と、右京区、北区、左京区の3つの区と接していました。
・旧京北町でひとつの区とするほどの人口はなかったために、どこかの区に編入されることとなり、結果は右京区への編入となりました。
・旧京北町から京都の中心部へのメインルートは国道162号線(周山街道)です。JRバスの路線もあります。
・周山街道は、旧京北町から、一旦、北区の小野郷地区等を入ってから、旧右京区域に入ります。
・小野郷地区と北区の中心部との間を直接結ぶ道は、府道西陣杉坂線ほか、貧弱な道のみで、周山街道利用(=右京区経由)のほうがメインと思われます。
・参考地図もご覧ください。
・国道162号線沿いの小野とその北の大森が小野郷地区です。ここでは、その南東の中川地区(中川、杉坂、真弓)も含めた話としておきます。
・そこから北西の笠トンネルを抜けた先が旧京北町です。逆に南に行くと右京区の中心部へ向かいます。
・地図の中心から南東方面へ向かい、鷹峯へ出る道が西陣杉坂線です。
・地図中の「小野」とその北東の地名を一緒に見ると、数年前に某金融会社のCMでブレイクした女性タレントを思い出してしまいますが、今は忘れてください。
長くなってしまいました。
確かに、稲生さんが仰るとおり、旧京北町から直接右京区の中心部へつながる道は実質皆無で、北区を通る道を通る住民がほとんどです。ただし、その通過する北区の地域にはホンの小さな集落しかありません。かつて、今より林業が盛んだった頃は、ともに北山杉の産地としてそれなりに強いつながりがあったかもしれませんが、今では、ほとんどの住民は、北区の存在をあまり意識することもなく通り過ぎてしまうのではないかと思われます。それに、それぞれの区役所のどちらに行きやすいかと言えば、やはり右京区役所になるでしょう。2年後には、右京区役所が、国道162号線からも程近い
このへんに移転する予定なので、その優位性はますます強くなりそうです(実際には、旧京北町の住民は、京北出張所で大体の用事は済むと思うので、本所に出向く必要はほとんどないと思いますが)。というわけで、北区とくっつくメリットはほとんどないと判断されたのだと思います。いろいろと並べ立てた割には、結局たもっち個人の推測でしかないのですが、いかがでしょうか。
余談ですが、京北町の編入が決まった頃には、僕はまた違った疑問を持っていました。それは、「小野郷・中川地区は、なぜ、右京区じゃなくて北区なんだろう」というものでした。上で見てきたとおり、旧京北町同様、北区よりも右京区とのつながりのほうが強くても不思議ではないと思えたからです。そこで、少し調べてみたところ、これらの地区が上京区に編入(その後北区へ分区)された昭和23年当時は、周山街道も今ほど整備されたおらず、やはり貧弱な道だったようです。かと言って、西陣杉坂線がメインだったかどうかまではわかりませんが、今よりは相対的に重要なつながりを持つルートだったのかもしれません。もちろん、判断材料はそれだけではなかったでしょうが、とにかく、上京区とのつながりのほうが重要視された結果の上京区編入だったのでしょう。
ちなみに、さらに昔に遡ってみると、右京区の中心部と小野郷地区等はともに葛野郡に所属したいましたが、現在の北区はほとんどが愛宕郡でした。つまり、これらの郡界が定められた時代の状況は、おそらくは、周山街道のほうが開けていたのかもしれません。だとすると、小野郷地区にとって、より強いつながりを持つ地域は、(現在でいうところの)右京区→北区→右京区と揺れ動いてきたことになり、もっときちんと調べてみると、興味深い話がいろいろと出てきそうな気がしますが、取り留めのない話になっていきそうなので、とりあえず、このへんで留めておきます。
長々とお付き合いさせてしまい、すみませんでした。
#書き終わってみたら、昼間書いたのと全然違う文章になってしまいました(苦笑)。
それからもうひとつ、伏見区は市内南部にして人口急増の地区、人口28万人を超えているのですが、分区する計画はないのでしょうか?
皆様が既に返信されている通りですが、何度も分区の話が持ち上がっては消えるということを繰り返しているようです。ニジェさんご紹介の
[3419]京都市伏見区民さんの投稿に、
ちなみに伏見区内には区役所本所以外にも深草支所、醍醐支所、神川出張所、淀出張所があり、名目的には1つの区でありながら実態は5つの行政区の寄り合い所帯です。
という文がありますが、そのうち、2つの出張所管内は人口も数万程度で、分区の話が出たことはないと思いますが、深草、醍醐については、分区を前提とした支所の配置だったのではないでしょうか。ただ、その後、思ったほど人口が伸びていないことや、その他の事情があって、実現には至っていません。
ところで、かつては、中京区でも分区の構想がありました。時期はよくわかりませんが、かつて、中京区に朱雀支所(朱雀第一~第八学区を管轄:
参考図あり)というのがあったのですが、上記の深草支所等と同様、いつか人口がある程度増えた時点で分区する予定だったそうです。それがいつしか、高度経済成長が落ち着いて、京都に限らず都心のドーナツ化現象によって、人口の増加が止まり、逆に減少に転じてきたために、支所は統合されてしまい、今の場所に新しい中京区役所が建てられたのだそうです。その前の区役所は東洞院六角下るにあったとのことなのですが、おそらく、現在、
ウイングス京都という、市の関連団体の施設がある場所だと思います。ここだと確かに、朱雀のほうからは不便だったかもしれません。
ところで、こちらの分区が実現していたら、区名はどうなっていたでしょうね。「朱雀区(しゅじゃくく)」でしょうか?恐ろしく言いにくいですね(笑)。
追記:たもっちさん、inakanomozartさんにメールにて予約していた一音地名コレクションの現地取材は、自分の休みと天気との兼ね合いがいい日に実施する予定です。よろしくどうぞ。
いつでも構いませんよ。
一音地名と言えば(ついでに思い出したみたいな言い方ですみません(笑))、
[51414]EMMさんの3箇所につきまして、リンクをはりましたので、ご確認ください。
EMMさん、なかなかよい出来ですね(笑)。たもっち的には、「土洞門」などが気に入りました。パッと見は、この3文字で何かの用語になってそうで、まさか、「土」が地名だとは思われなさそうです。
#「土洞門」で思わず焼肉屋さんを思い出すのはやっぱり関西人だけなんでしょうか。いや、何でもないです。気にしないでください。
[51413]小松原ラガーさん
[51418]桜トンネルさん(投稿がダブってますよ)
ロータリー探索お疲れ様でした。やはり見つかりませんでしたか。となると、あとは、桜トンネルさんだけが頼りです。また適当に確認をしていただければと思います。全く急ぎはしませんので、暇ができたらで結構ですが。
#ラガーさんの投稿に出て来た葺合高校、ここでセンター試験を受けました。
#近所の高校はみんな神戸大学なのに、なぜかウチの高校だけがそこで、
#朝の電車で、ほとんどの受験生が六甲駅で降りてしまったのに、僕らだけ王子公園まで行ったのを思い出しました。