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落書き帳記事集半鐘


記事#記事日付
記事タイトル
発言者
[57033]2007年2月25日
半鐘なるもの faith
[57047]2007年2月26日
半鐘はいけないよ、おジャンになるから 油天神山
[57065]2007年2月27日
銅鐸文化圏の関西こそ半鐘の故郷かもしれない hmt
[57075]2007年2月27日
半鐘なるもの2 faith
[57076]2007年2月27日
半鐘発見! YSK
[57079]2007年2月28日
半鐘…と言うか火の見櫓の話 EMM
[57080]2007年2月28日
半鐘なるもの3 faith
[57085]2007年2月28日
半鐘 白桃
[98543]2019年10月19日
真夜中に半鐘の音を聞いて逃げた hmt



[57033] 2007 年 2 月 25 日 (日) 23:01:56 faith さん
 半鐘なるもの

ご無沙汰しております。
最近「半鐘」の盗難のニュースがいくつか報道されていますが、「半鐘」って地方によってはよく見かけるものなのでしょうか。関西ではあまり見ないような気がします。
というか、faith の無知と言われればそれまでですが、今回の事件まで実は「半鐘」という言葉さえ知りませんでした。
報道されている事件も茨城県・栃木県の例ばかりなので、もしかして関東では誰でもが知っているようなものなのか?とも思いましたが、実際はどうなのでしょう。

[57047] 2007 年 2 月 26 日 (月) 15:14:08 油天神山 さん
 半鐘はいけないよ、おジャンになるから

[57033]faithさん
最近「半鐘」の盗難のニュースがいくつか報道されていますが、「半鐘」って地方によってはよく見かけるものなのでしょうか。関西ではあまり見ないような気がします。

 地域性があるようなものではないと思いますね。
「実際に関西で火の見櫓に半鐘が懸かっているのを見たことがあるか?」と聞かれたら私も自信がないです。火の見櫓自体が少なくなっていることもありますし、残っていても使われなくなったら半鐘を撤去してしまうこともあるでしょうし・・・。
 しかし火の見櫓に限定しなければ、大阪でもちょいちょい見かけます。境内に鐘楼を設置できないような小さなお寺の軒先に、よく吊り下がっていたりします。
 
 とは言うものの、確かに私自身、半鐘にはどうしても江戸のイメージが付きまとっています。
 半鐘と聞いて私がまず思い浮かべるのは八百屋お七。お七が火の見櫓に登って半鐘を叩くシーンですね。それと、タイトルに掲げました、落語「火焔太鼓」のサゲ。あとは競輪場のラスト一周半で叩く、いわゆる「ジャン」。
 競輪場は措いといて、八百屋お七も火焔太鼓も江戸の話ですし、(拙稿[57003]につながってきますが)火事が名物と謳われた江戸と半鐘は切っても切れない関係のように思えます。

[57065] 2007 年 2 月 27 日 (火) 18:47:01 hmt さん
 銅鐸文化圏の関西こそ半鐘の故郷かもしれない

[57033] faith さん
「半鐘」の盗難のニュースがいくつか報道されていますが、「半鐘」って地方によってはよく見かけるものなのでしょうか。関西ではあまり見ないような気がします。

「半鐘泥棒」と言えば、「ちび」が「のっぽ」に対して嘲り返す時に使うセリフと心得ていましたが、「光り物」の高騰を背景に、本物の半鐘泥棒が出現するとは…

正直なところ「半鐘の地域性」について考えたことなどありませんでしたが、この落書き帳の中で 京都・有済小学校に残る太鼓望楼 に言及したことを思い出しました[48969]
関西では半鐘でなく太鼓が使われていたのか?

…ということで、東京消防庁の消防雑学事典を調べてみたら、望楼のことあれこれ と題するページの中に
定火消の櫓には大きな太鼓と半鐘が設けられ、常に2人の見張番が監視していましたが、大名火消や町火消の櫓には、見張番を置かず、櫓に板木(ばんぎ)や半鐘が下げられているだけでした。
と書いてありました。
江戸でも火事を知らせる鳴り物は半鐘に限らず、太鼓や板木も使われていたのですね。

さて、関西の半鐘。
京の鐘楼 を見ると、竜安寺半鐘・金福寺半鐘が出ています。小型の梵鐘ですね。
神戸の「青木祭礼だんじり」のようなお祭の鳴り物としての半鐘も存在するようです。
祭祀用具としての半鐘か。なるほど、弥生時代の銅鐸の記憶がよみがえるような気がします。

これもお祭りですが、松山市北条(旧北条市)風早の火事まつり によると、半鐘と太鼓を打ち鳴らしながらのだんじり屋台運行が“火事を連想させる”ことからの異名であると記されています。

半鐘は、学校で授業時間を知らせる合図にも使われていました。pdf広報・東かがわ市
白桃さんご幼少の頃には残っていたかな?

望楼の半鐘が盗まれた話に戻ります。
朝日新聞によると、2月中旬から21日までに下妻市や常総市など茨城県南西部9市で26個盗まれているのが確認され、栃木県でも小山市や野木町などで13個が被害に遭ったとのこと。鍵付きの鎖で盗難防止対策をしている消防署員の写真を見ると、今でも火災発生を人々に知らせるために使われているものと思われます。

現在では、消防自動車が出動する時に鳴らす「サイレン」によって火事を知る場合が多いのではないかと思います。
サイレンは、2枚の多孔円盤の一方を回転させて空気の流れを断続させる楽器ですが、現在は電子回路によるサイレンも使われています。
サイレン(セイレン)は、船乗りを美声で誘惑して難破させる魔女。ホメロスの敍事詩「オデッセイ」で有名ですね。ローレライの岩にも同類が居ました。

半鐘の打ち方は、遠くの火事ならジャーンジャーン(二つ半鐘)、近くなるにつれて、三つ半(ジャーンジャーンジャーン)、四つ半、そして「擦り半鐘」の連打。♪火事だ近いよ スリバンだ(お祭りマンボウ)。
鎮火するとゆっくり2回短くジャン、ジャン。この「おしめり」の合図「おジャン」から「終末を迎える」意味が生まれました。落語「火焔太鼓」のサゲ([57047]油天神山さん)。

あいおい損害保険の前身・大東京火災海上保険は、「半鐘」の社章を使っていました。

[57075] 2007 年 2 月 27 日 (火) 23:32:55 faith さん
 半鐘なるもの2

[57047] 油天神山 さん
地域性があるようなものではないと思いますね。
[57065] hmt さん
京の鐘楼 を見ると、竜安寺半鐘・金福寺半鐘が出ています。小型の梵鐘ですね。
神戸の「青木祭礼だんじり」のようなお祭の鳴り物としての半鐘も存在するようです。
ありがとうございました。関東ではポピュラーであるが、関西では知られていないのか?という私の想定は全く外れていたようですね。
大阪市消防局(消防の活動 消防の歴史 消防器具)というのも見つけました。ただ、まだ多く実用に供せられている地域とそうでない地域はあるのかも知れません。

銅鐸文化圏の関西こそ半鐘の故郷かもしれない
関西の出でありながら、半鐘という言葉さえ知らなかったfaith には
半鐘はいけないよ、おジャンになるから
という高尚なタイトルも理解できませんでした。情けないことです。

話は変わりますが、hmt さんの[57065]からのリンクは、index.html#xxxxx とあるべきところが57000.html#xxxx となっていて、引用発言に跳べないようですが、書き込み環境によってリンクのつき方が違うのでしょうか。(いずれ57000.html となるので問題は解消しそうですが)

[57076] 2007 年 2 月 27 日 (火) 23:42:34 YSK さん
 半鐘発見!

私の居住する地区にも火の見櫓があり、半鐘が吊るされています。使用されているところを見たことはありませんね・・・。

[57075]faithさん
hmtさんの[57065]からのリンクは、index.html#xxxxx とあるべきところが57000.html#xxxx となっていて、引用発言に跳べないようですが、書き込み環境によってリンクのつき方が違うのでしょうか。(いずれ57000.html となるので問題は解消しそうですが)
環境の差によるリンクのつき方の差はありません。特殊事情があった影響です。[57066]グリグリさんの書き込み等からその事情を類推願います。

[57079] 2007 年 2 月 28 日 (水) 00:47:55【2】 EMM さん
 半鐘…と言うか火の見櫓の話

[57033] faithさん
[57047] 油天神山さん
[57065] hmtさん
[57075] faithさん
[57076] YSKさん

金沢市では消防団の分団の車庫の近くに火の見櫓が建っていて、上に半鐘がぶら下がっています。
自分の校下にある火の見櫓(小学校のすぐ近くにあった)以外は、あんまり意識して見ていないので「多分ほかの分団のところにもあったはず」程度の記憶しかなかったりしますが…
ただ、ジャンとなる機会はほとんど(全く?)無いみたいですね。うちの校下の火の見櫓は、分団の人たちが消火に出動したあとのホースの干し場になってます(^^;

さて、半鐘の歴史はhmtさんが詳しく書かれていらっしゃいますが、こと明治以降においては半鐘は消防、特に自治消防組織(集落や地区ごとの消防団)の整備と切っても切れない関係にあるようです。
ウィキペディアの火の見櫓によりますと、昭和初期には全国に火の見櫓が整備されており、自治消防組織の体制が現在でも引き継がれているところでは現在でも火の見櫓が比較的残っているようですが、自治消防組織が自治体の消防本部や消防署に集約されてしまったところでは撤去されてしまったところが多い…と言うことが書かれており、これからすると現存する火の見櫓が多いか少ないかに地域的な差があっても不思議でない、と言えるようです。
faithさんのお住まいの地域は自治消防組織が集約されてしまったところなのかな…と想像していますが、「回りが立て込んできて実用的でなくなり、代替の設備も整備されたので撤去した」地域もあるとのことなのでそっちなのかもしれません。

あと、ところによっては火の見櫓が「集落のランドマーク」となっているところがあるようです。
例えば、以前茨城県に出張に行く際にいばらき路線バス案内所と言うサイトで行き先のバス路線を調べたことがあるのですが、その時にポツポツと「○○火の見下」というバス停が見受けられたんですね。
あと、実際に茨城に行った時に交差点名でも同様のものがあった記憶があります。
石川ではあまりそう言う事例を見かけないので記憶に残っていたのですが、これからすると茨城県では火の見櫓が身近な存在である地区が多い、と言うことになるのではないでしょうか。
そう言えば、盗難被害が多発したのも茨城県でしたっけ…


※てにおはの訂正など

[57080] 2007 年 2 月 28 日 (水) 01:11:31【2】 faith さん
 半鐘なるもの3

[57076] YSK さん
私の居住する地区にも火の見櫓があり、半鐘が吊るされています。

そうですか。火の見櫓も私が住んだことのあるところでは見ないですね。
[57079] EMMさんの、茨城県のバス停に関する報告は実に興味深いですね。確かに私の住んだところでは、消防は消防署の人が行うことになっていて、地域の消防組織などはありませんでした。

少し話は違うのですが、谷内六郎さんの絵で、「お医者さんの赤いランプ」というのがあり、昔は赤い電球が開業医の家には付きものだったことを知ったことがあります。(今も少しは残っているようです。)
数十年前は普通に存在して、今は失われつつある物は多いのでしょうね。

ところで、話はまた飛びますが、奈良市では平城京遷都1300年記念事業ということで、大工事が行われています。特に、JR奈良駅近辺は、鉄道高架化をはじめとする様々な工事が進行中で、ひどく「散らかって」おり、遷都1300年となる2010年までに収拾が付くのか心配になるほどでした。
いつも思うのですが、日本の街って、建物の上方や前方に突き出た大きな看板が多いですよね。あれをなくすだけでも、景観は改善すると思われます。

特殊事情があった影響です。
了解しました。かなりの書き込みを消さなくてはならなかったのですね。ぐりぐりさんの苦労が偲ばれます。

※誤字訂正
※※表現訂正。[57079] EMMさんへの言及を追加。

[57085] 2007 年 2 月 28 日 (水) 02:05:40 白桃 さん
 半鐘

[57065]hmtさん
半鐘は、学校で授業時間を知らせる合図にも使われていました。pdf広報・東かがわ市。
白桃さんご幼少の頃には残っていたかな?
なんと、このいかにも都会チックな古写真、昭和33年の三本松小学校3年生の教室では有馬温泉!
じつは、白桃もう少し若くて当時、三本松小学校1年生(1年い組出席番号1番)でした。
授業が始まるときに鐘が鳴っていたような記憶もありそで、なさそで・・・

faithさんからの問題提起というか、半鐘の地域性に関してましては、私ども20年代生まれの田舎育ち人間にとっては、「どこにでもあるような」景色だと思うのですが・・・。
かと言って、これが半鐘だったいう証拠も無く・・・

[98543] 2019 年 10 月 19 日 (土) 18:14:07【1】 hmt さん
 真夜中に半鐘の音を聞いて逃げた

台風19号で堤防が決壊した千曲川。(私は視聴していなかったのですが、)昨夜の NHKニュースウォッチ9が伝えた体験談を、信州 News Webと、産経に掲載されたハザードマップとを使って紹介します。

最初に、報道とハザードマップとを、マピオンと対照させて得た予備知識。
報道された地域の自治協議会、すなわち千曲川左岸の穂保(ほやす)地区は、下流(北)から赤沼、津野、穂保、大町の4大字です。

「長沼」という総称もあり、【追記】これは 明治合併から昭和合併まで 62年間の村名でした。

長野市大字穂保と大字津野との境界付近の 決壊地点付近には、長野市長沼支所【大字穂保941】があります。北陸新幹線車両基地は、それより北の赤沼。

この地域は、江戸時代から繰り返し水害の被害があった地域で、当時の浸水の水位を示す「水位標」も残され、長沼・赤沼という地名と共に水害の記憶は深く刻まれていました。

市が避難準備の情報も出していなかった 2019/10/12の17時前から、自治会では1人暮らしの高齢者や障害者など支援が必要な住民の避難を呼びかけ。
この後、2019/10/13 深夜0:20頃から水が堤防を越え始め、4時頃に堤防決壊に至ったとのことです。

深夜の午前1時ごろに消防団分団長の指示で、地域内の火の見やぐらに設置されている4つの半鐘が鳴らされました。半鐘を鳴らすことは近年あまりなかったが、見たことのない高さまで水位が上がっていたため、本気で避難をしてもらおうと、とっさの判断で半鐘を鳴らすことにしたとのこと。

津野の消防団員・山田さんは、班長から言われていたそうです。
とにかく5分間、目いっぱい連打して、すぐ逃げてくれ。

赤沼の小滝さんも「半鐘が鳴る状況は普通じゃないと感じて避難した」と語っていました。

参考までに長野県内での水害死者は3人(長野市2名)になったようです。【追記

広く普及している防災無線は、市内全域のような広範囲に知らせるのに威力を発揮するのでしょうが、間延びした口調では緊迫感が伝わりません。
「狼少年」の話のように 「またか」と受け取られるかもしれません。
激しい雨音の中では、内容が聞き取れない虞(おそ)れもあります。

めったに聞かない半鐘の連打。ローテクですが、切迫した災害を確実に予告する手段として威力を発揮したのでした。

12年ぶりに書いた 半鐘の記事でした。



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