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千葉市と習志野市の境界変更(昭和29年8月28日 総理府告示第712号)



記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[16469]2003年6月8日
Issie
[68783]2009年3月8日
Issie
[100198]2020年8月27日
勿来丸

[16469] 2003年 6月 8日(日)17:56:57【1】Issie さん
飛び地の生成
現在,うちのHPの「市一覧表」の部分改装を企画中で,そのための資料確認をしている最中なのですが,別件で習志野市の成立に関連する告示が目についたので筆写してきました。
で,この告示には面白い“但し書き”がついていました。
こんな告示です。
(漢数字は算用数字に改めました。また,行頭の字下げも省略してあります。)

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昭和29年総理府告示第683号
   市町の境界変更
地方自治法第7条第1項の規定により,昭和29年8月1日から,千葉県千葉郡津田沼町と千葉市の境界を次のとおり変更する旨,千葉県知事から届出があつた。
   昭和29年7月31日 内閣総理大臣 吉田 茂

千葉郡津田沼町に編入する区域
千葉市大字実籾,愛宕,安生津,長作,天戸,馬加の内字屋敷台,蟹ケ沢,新田台,鳥ケ崎,起天堀,前田,前畑,外畑,内畑,吹上,台畑,米ノ内及び小谷津2430

但し,右区域を千葉市から津田沼町に編入する場合において,右区域外の住民が右区域内に所有する小作地を除き,右区域内の住民が右区域外に所有する小作地を加える。
---------------------------------------------------------------------------------

これは「習志野市」の発足に当たって,この直前(7月6日)に一度千葉市に編入された旧幕張町の北部を「津田沼町」に編入する,というものです。
この後,同日付で「津田沼町」を「習志野町」と改称し(告示684号),「習志野町」が「習志野市」となりました(告示第685号)。
…というわけで,「習志野市」の発足は1954(昭和29)年8月1日,ということになります。
(さらに,8月28日には習志野市に編入されたはずの「天戸」と「長作」の大部分が千葉市へ「帰って」います。---告示第712号)

そういえば,習志野市内の各世帯に配布されていた市の広報に掲載されていた1970年代前半の都市計画図には千葉市との境界付近に“穴”があったり,千葉市側の花見川にかなり近いところに飛び地があったりして,不思議に思ったことがあったのでした。
もちろん,今でもそうですが,旧津田沼町の鷺沼地区と旧幕張町との境界はすっきりとした直線です。
問題は,旧幕張町を分割した区域にあるのですね。
中でも1つの“大字”を構成していた「馬加(まくわり/まくはり)」を分割したあたり。
千葉市に残った側は,その後表記を変更して「幕張町」となり,津田沼町改め習志野市に入った側は住居表示によって「花咲」「屋敷」となっています。
このあたりに,特に“穴”や飛び地が多く分布していました。
1970年代を通じて両市で飛び地の交換を繰り返して,現在では飛び地は解消しています。

文中の「小作地」という語の用法,現在の私たちが理解している用法とは若干違うような気がするのですが,土地の所有関係が「飛び地」を生んだ,という例になるのでしょうね。
[68783] 2009年 3月 8日(日)12:39:10【1】Issie さん
温故知新(飛地の生成)
[68767] hmt さん
田畑の地主により、行政区域が分かれる

以前,[16469] でこんな総理府告示を紹介したことがあります。再掲しますね。

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昭和29年総理府告示第683号
   市町の境界変更
地方自治法第7条第1項の規定により,昭和29年8月1日から,千葉県千葉郡津田沼町と千葉市の境界を次のとおり変更する旨,千葉県知事から届出があつた。
   昭和29年7月31日 内閣総理大臣 吉田 茂

千葉郡津田沼町に編入する区域
千葉市大字実籾,愛宕,安生津,長作,天戸,馬加の内字屋敷台,蟹ケ沢,新田台,鳥ケ崎,起天堀,前田,前畑,外畑,内畑,吹上,台畑,米ノ内及び小谷津2430

但し,右区域を千葉市から津田沼町に編入する場合において,右区域外の住民が右区域内に所有する小作地を除き,右区域内の住民が右区域外に所有する小作地を加える。
---------------------------------------------------------------------------------

そこでの話をもう一度繰り返すと,
これはつまり,千葉県の 津田沼町 が千葉市(旧幕張町)の一部を編入して 習志野市 になる手続きの第一段階。
 1:この告示(第683号)により,津田沼町が千葉市の一部を編入し,
 2:次に 告示第684号 により,津田沼町が「習志野町」と改称し,
 3:次の 告示第685号により,千葉郡習志野町を「習志野市」とする処分が行われ(ここまで1954(昭和29)年8月1日に施行),
 4:最後に同年8月28日施行の 告示第712号 により,千葉市から編入した 長作・天戸 を再び千葉市に“返還”する,
…という手順で 習志野市 が発足したのでした。
その最初の告示の「但し書き」部分が,この話題に関連して少し気になる部分なのですね。

この「小作地」に関する但し書きがなくとも,特に元は1つの大字であった(さらに「近世村」までさかのぼれる)「大字馬加(まくわり/まくはり)」を“力技”で分割した 千葉市幕張町 と 習志野市花咲町および屋敷町 の間には,相互に多くの飛び地が発生していました(告示の中にある「小谷津2430」というのも,そうした飛び地の1つかもしれませんね)。1970年代末までには両市の間で“領地交換”が何度も行われて,現在では飛び地は解消しているようです(少なくとも,普通目にする地図の上では)。
[100198] 2020年 8月 27日(木)14:34:12勿来丸 さん
千葉市境界変更
千葉県の市区町村変遷情報を眺めていたら、気になることがあったので書き込みます。

詳細
変更年月日都道府県変更種別郡名等自治体名変更対象自治体名/変更内容
1954(S29).9.1千葉県境界変更千葉市千葉市, 習志野市の一部
習志野市大字天戸及び長作(一部を除く)を千葉市境界変更する

これに関して、千葉市の例規集を見ると、

市の境界変更
昭和29年8月28日
総理府告示第712号
地方自治法第7条第1項の規定により、千葉県千葉市習志野市の境界を次のとおり変更する旨、千葉県知事から届出があった。
千葉市に編入する区域
習志野市大字天戸及び長作(字国有富1403、1404、1428、1454ノ1、1454ノ2、1469、1472、1473ノ1、1473ノ2、1473ノ3、1474ノ1、1475、1476ノ2、1477ノ1、1479ノ2、1482ノ2、1494ノ2、1499ノ1、1499ノ2、1499ノ6、1503ノ2、1503ノ4、1503ノ5、1503ノ6、1503ノ7、1503ノ8、1503ノ9、1503ノ10、1503ノ11、同字享保1510ノ1、1510ノ2、1516ノ2、1523ノ1、1523ノ2、1524ノ1、1537ノ1、1544ノ3、1544ノ4、1544ノ5、1545ノ2、1546、1548ノ2、1548ノ3、1583ノ1、1583ノ3を除く)
右編入により、同市の住民の所有する小作地であってその住民の属する市の区域外にあることとなるものは、その住民の属する市の区域とする。

とあります。つまり、上記の千葉市による境界変更は「1954年9月1日」ではなく「1954年8月28日」が正しい日付ではないかということです。千葉県の年鑑でも同様の記述を確認しています。
落書き帳の方の変遷情報がどこのデータを参照に作られたのか分かりませんが、一応報告として。


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