都道府県市区町村
落書き帳

トップ > 落書き帳 >

記事検索

>
9件の記事を検索しました




[17223] 2003年 6月 23日(月)11:21:40【2】ken さん
中央防波堤外側埋立地
[17218] ありがたき さん

「13号埋立地」とはフジテレビやパレットタウンのある島の事だと思っていました。
そうです。
13号地:港区台場、品川区東八潮、江東区青海ですね。
14号地:江東区新木場
15号地:江東区若洲

で、江東区青海から第二航路海底トンネルを抜けたところが、「中央防波堤内側埋立地」、さらに「中防大橋(人名由来じゃないですよ)」か「中瀬橋」を渡った先、が「中央防波堤外側埋立地」、ですね。
とりあえず、住所は「江東区青海2丁目地先」、としか表現できないですね。

[9457]でもspecial-weekさんは、13号地が「お台場」という認識でおられるようですが。
そもそも「お台場」とは、何?という点が、不明確で、ありがたきさんと齟齬を生じているように思います。
「お台場」というと、江戸末期に作られた「台場」そのものを指す感じがあるのですが、港区台場、品川区東八潮、江東区青海を合わせた「島」の意で用いられてますでしょうか?

中央防波堤埋立地の住所がなかなか決まらないのは、正式所属が決まっていないからで、
大田区は
http://www.jimin.ota.tokyo.jp/032IPPAN/IPPAN1-1.HTM
http://www.city.ota.tokyo.jp/kucho/kucho140204.htm
と言い。

中央区でも
http://www.city.chuo.tokyo.jp/kugikai/teirei/report/t_1303_morimoto.html
としています。

[9457] special-week さん
飛び地になることを理由に中央・港・品川の3区は手を引きました。
とのことですが、上記、中央区長の(中央防波堤埋立地の帰属については)
十三号埋立地では、都の約束が果たされなかった経緯もあり、本区への帰属を強く主張する。
との発言から、大きな変化があった、ということなんでしょうか。

大田区長も
この土地の帰属をめぐって関係5区(江東区、中央区、港区、品川区、大田区)で協議をしているところです。
と言ってますが。(ちょっと古いので変わってるのかもしれませんが)

13号地の時も随分揉めましたから、しばらく「地先」が続くのでは?。

[17209] Issie さん
「幕張地先埋立地」から通ってきている子どもがいました。
「地先」は、結構、一般的に用いられる方便ですよね。
郵便配達の人が物理的にその地に到達しようとする場合、その経路で住所表記を持った最後の場所の「その先」という感じでしょうか?

ありがたきさん、ここですよね。
http://www.mapion.co.jp/c/here?S=kokosp&F=mapi1306674030623112020
[19023] 2003年 8月 14日(木)18:01:06TN さん
公有水面の埋立・干拓
[18992]Issieさん
「どこの市区町村にも含まれない」というのは“一時的”には珍しいことではなく
そうでした、埋立や干拓の事例はすっかり抜け落ちてました。
過去にも「中防」の内・外が話題になったのでした。(江東区と大田区で帰属問題)

大潟村の存在は、その生い立ちからも興味深いです。
ちなみに、できた当時(昭和39年)の人口は14人(排水機場関係者とその家族)で、村役場は秋田県庁の中にあったそうですね。

http://www.ogata.or.jp/ac/ogatam/ogata6/kantaku1.htm (大潟村のうつりかわり)
小学校社会科副読本 「わたしたちの大潟村」より
[66488] 2008年 8月 29日(金)17:22:08hmt さん
境界線について(2) 東京港付近の河川と港湾
海と陸の境界である海岸線。隅田川河口付近についてのグリグリさんの問いかけに対する 地理的な見方でのレス
これに対して、河川や港を管理する自治体の立場からの境界・区域もあるはずとネットを探しました。

パンフレットPort of Tokyo 2008 によると、東京港は荒川河口から多摩川河口に至る範囲で、港湾区域面積(水域)5292ha、臨港地区面積(陸域)1033haとあります。

東京都入港料条例第二条には次のように記されており、「東京港の港湾区域」は港湾局で縦覧可能と思われます。
“入港料は、東京港(法第三十三条第二項において準用する法第九条第一項の規定により公告された東京港港湾区域をいう。)に入港する船舶から徴収する。”
しかしネットでは見つかりません。

東京港便覧 にはかなり詳細な地図が掲載されているのですが、これを見ても港湾区域の陸側の境界線はわかりません。また、海と陸の境界線も示されていません。

東京都建設局の管理する河川についても、全体像 を知ることはできたのですが、臨海部の詳細は不明でした。
ようやく探し出したのが 隅田川流域河川整備計画 というpdf文書。その24/38頁に隅田川の範囲を明示した記載がありました。
要部のみを抜粋。
隅田川 備考:荒川からの分派点・岩渕水門から東京湾まで
 下流端 左岸:中央区勝どき三丁目地先、右岸:中央区築地五丁目地先
隅田川派川
 下流端 左岸:江東区越中島二丁目地先、右岸:中央区佃三丁目地先

これは意外。「河川」を管理する東京都(建設局)の見方によれば、浜離宮と勝どき五丁目の間は隅田川の下流端よりも先の「東京湾」でした。
同様に隅田川派川は豊洲貯木場の手前で終り、その先二手に分かれる晴海運河(上記文書4/38では春海運河)と豊洲運河は「河川」の対象外のようです。

江東内部河川についても整備計画があり、その対象として旧中川、大横川、大島川西支川、大横川南支川、北十間川、横十間川、仙台堀川、平久川、小名木川、竪川、越中島川と、おおよそ越中島-須崎の線よりも北にある河川が挙げられています。
言い換えればそれよりも南、汐浜運河・豊洲運河など「○○運河」いう名の水路は建設局の「河川」ではなく、「海」を扱う港湾局の管轄区域であることになります。

東京都の基準によれば、臨海部の「○○運河」は海ということになります。
これは普通の地理的感覚とはかなり違いますが、この基準ならば、「海上架橋」は大幅に増えます。
グリグリさんが[57062]で挙げた11橋のうち隅田川(本川)の4橋と隅田川派川の相生橋を除けば、春海橋・朝潮運河の4橋・晴海大橋の6橋は海上の橋。
見落としてしまいそうなのが、明治28年に完成した月島の先、昭和になっての新造成部分とを隔てる通称「新月島川」。これは月島川と違って河川に入っていませんから、新島橋と浜前橋も海上架橋。

江東区内の豊洲橋・朝凪橋・東雲橋から辰巳橋を渡り、北に向かえば七枝橋・八枝橋・汐枝橋・汐浜橋。東の方にも新砂橋・砂潮橋・夢の島大橋。湾岸道路にも曙橋・新辰巳橋と枚挙に暇ありません。
有明には、一部は港区台場に属している13号地との間の「海」があり、mapionも海扱いです。この海には何本かの橋が架けられている他、有明ふ頭橋もあります。芝浦との間のレインボーブリッジを筆頭に海上架橋の宝庫地帯。
そして中央防波堤内側と外側を結ぶ中潮橋と中防大橋も、もちろん海上架橋。

東京湾の西側にも京浜運河や埋立地の間の海に架けられた橋が多数。

ついでに、東京臨海部の運河に関する資料を見ました。
東京都港湾局の「運河ルネッサンス推進方針」という pdf資料 の3頁には、対象となりうる運河等水域が図示されています。
これによると、晴海運河を通る隅田川の分流は、相生橋の下流から晴海ふ頭の手前までが対象。

国土交通省のヒアリングに東京都が使った 東京港のめざす環境づくり というpdf資料の4頁にも東京港の運河を示す図がありました。
これによると築地と月島の間の「隅田川」が含まれ、その分流(晴海運河)は春海橋まで。

このように、同じ東京都の資料でも、それぞれ微妙に相違します。
[67286] 2008年 11月 16日(日)17:26:51【1】hmt さん
国土面積統計の変遷(13) 境界未定・所属未定・帰属未定
2003年の面積データ記事 を見ていたら、「境界未定」・「所属未定」・「帰属未定」と3種類の言葉が使われていることに気がつきました。
国土地理院の「面積調」における用例を参照しながら、これらの用語について考察しておきます。

まず「境界未定」とは、陸地内に引かれるべき自治体境界線(の一部)の位置が、双方の主張の相違などによりこれを確定することができず、従って自治体の 形状も面積も 共に確定し難い状態であると考えます。

しかし、陸水部の 水面の境界 のみが「境界未定」である場合は、「面積調」は例えば次のように記し、実質的には水涯線を境界とみなしているようです。
霞ヶ浦は、水面が境界未定のため、沿接する次の市町村の面積には含まれません。(9市町村を列挙)

これに該当する事例は、然別湖・風蓮湖・十和田湖・八郎潟調整池の一部・霞ヶ浦・北浦・荒川河口部の一部・本栖湖・浜名湖・阿蘇海・児島湖です。(東郷池は合併により境界未定水面でなくなった。)

2006年面積調までは琵琶湖もこの仲間でしたが、水面の境界線が確定した2007年から、沿岸14市町村のうち11市町村の面積から「境界未定」の表記が消え、従来の参考値に水面の面積が加えられた新しい「平成19年面積」が記されています[66635]。守山・野洲・米原の3市は陸上の境界未定が残りました。

十和田湖も2009年面積調の基準時点までには、北岸御鼻部山との間の陸地(国有林)を含めて、「境界確定」[67279]となるでしょう。

陸部の境界線を確定することができない場合、「面積調」では、市町村面積欄に“境界未定”と記し、参考値欄には便宜上の概算数値を記載しています。
これに該当するケースが多数あることは、既に記しました。

島嶼や埋立地の「所属未定」は、「境界未定」とは区別して使われています。
こちらは、形状も面積も水涯線により確定できます。しかし、文字通り、どの市町村に所属するか定められていない地域です。
つまり現状は市町村については「無所属」ということになります。

平成19年面積調で「所属未定」とされているのは、4箇所あります。
1 東京湾の中央防波堤内側埋立地と中央防波堤外側廃棄物処理場。通称 「中防」
2 鳥島・ベヨネース列岩・須美寿島・孀婦岩。勝手に「南方四島」[22460]と命名。
3 名古屋港口埋立地 名古屋港湾事務所 によると、「ポートアイランド」の第3期までの広さは2.57km2に拡大。具体的な使用計画は未定。
4 鹿児島県鷹島(甑島南方)と 更に13kmほど南の 鹿児島県津倉瀬(宇治群島北東方)

[22560] オーナー グリグリさんが帰属未定地として挙げた6箇所(東京都を2とする)のうち、三重県の島嶼と沖縄県の埋立地は、面積調において(所属未定でなく)境界未定と記されているので除いてあります。

[22560]でご質問を受けた際は理解不足で、[22569]は的確な回答でなかったかもしれませんが、現在は「境界未定」は陸地内境界線の不確定、「所属未定」は(境界線に関係しない)島ぐるみの無所属と区別して考えています。

南方四島が「わが国で唯一」であるのは、東京都(八丈支庁)直轄であることが明確に規定されている点でしょう。
東京都組織規程別表四(第三十四条関係)
東京都八丈支庁 (所管区域)八丈町及び青ケ島村の区域並びに鳥島、須美寿島及びベヨネイス列岩
# おやおや。孀婦岩[19728][19806] が無視されて、南方三島になっていますね。

市町村に所属しないで放置されている無人島という点で、南方四島と最も類似した存在は、鹿児島県の鷹島と津倉瀬[22678] でしょう。沖ノ鳥島や尖閣列島のような国境警備の話題にもならず、日本中で最も忘れられた島?

東京港の「中防」は環境事業用地として活用中。北の江東区と結ぶトンネルには都営バス「波01」系統も運行。西の大田区ともトンネルで結ばれています。当面は都の直轄になっているが、将来の所属は決めかねている状態?
名古屋港の「ポートアイランド」も、将来は何かに利用されるでしょうが、現在のところ工事関係者以外は立入禁止。釣り人の侵入はあるようです。

「帰属未定」という言葉は、面積調では使われていません。所属未定とほぼ同じ意味でしょうが、本来はどこかの市区町村に帰属すべきものだが、ペンディングであるというニュアンスが強く感じられます。その典型的な例が東京港の「中防」です。
[68691] 2009年 2月 25日(水)21:53:51【1】hmt さん
「面積調」から探る市区町村の変容 (3)境界確定やら境界画定やら、まぎらわしいが…
国土地理院の 「面積調」 では、都道府県市区町村の境界に関係する変化を4種類に分けています。

[境界確定]
境界争いの結果、調停や裁定(地方自治法9条)により確定した場合と、争いがないが判明でない境界を知事が決定した場合(同9条の2)とがあります。総務省告示の対象。

2008年の事例として、従来は熊本県阿蘇郡小国町、大分県竹田市及び大分県玖珠郡九重町の3者の境界未定地であった区域の一部 0.04km2が、熊本県阿蘇郡南小国町の区域として確定しました[68527]
これに伴ない、境界未定の小国町面積参考値が 0.04km2減少しました。
それ以外では、沖縄県那覇市・南風原町・八重瀬町の間の境界確定がありましたが、面積は単位未満(0.00)です。
境界関係は2つの市町村がペアになっているのが普通ですが、このケースは3市町の間で2箇所が確定したのでしょう。

[境界画定]
境界確定とまぎらわしい言葉ですが、こちらは上記の知事による決定によらず、関係市町村の合意の結果を地形図に表示することで新たな境界を画定したもので、総務省告示の対象外です。2008年の該当なし。

[境界変更]
自治体全体を変更対象とする【編入】に対して、自治体の一部が変更対象となるものです。
その規模はごく軽微なものから、実質的に廃置分合の一環をなす場合まで さまざまですが、市町村に関するものはすべて総務省告示の対象です。
市区町村変遷情報でも、その取り扱いにつき苦慮された結果、主要なものは集録対象となった経緯があります[63303]

2008年を見る限り、市町村間の境界変更件数は意外に少なく、16件(つまり境界8件)でした。いずれも面積単位未満(0.00)の軽微な変更ですが、都県境を越える町田市・相模原市の領地交換[65716]も含まれているようです。
このほかに政令市の行政区の境界変更もあり、広島市では 0.03km2のものがありました。

[境界修正]
実体との相違点が明らかになった地形図上の行政境界を修正したものでしょう。相違の原因が自然的要因であれ、人為的な誤りであれ、地方自治法7条による正式の手続きを経て告示に至ることを必要としない修正であると思われます。
2008年の発表中では、0.56km2が秋田県横手市から仙北郡美郷町に移った境界修正[68527]が最大で、青森県にもこれに近い規模の修正がありました。他は 0.1 km2未満になりますが、全国で多数の境界修正がありました。

境界関係の次に現れる2項目は、新たな区域が市町村に組み込まれる場合です。

[埋立等]
2008年加入の最大面積は、諫早湾干拓の 8.75km2、次いで岩国基地沖合移転の 1.07km2でした[68527]
大部分は小規模なものですが、全国の[埋立等]総件数は 130件[68680]と「面積調」の中で最大数を占める項目です。
しかし、海上に新空港島ができても、既存自治体の面積が変るだけなので、市区町村変遷情報では無視されています。
もちろん、大潟村 のように新たな村が誕生する場合は、【村制】として集録されています。

[未所属地編入]
現在の所属未定地[67286]は、自然の島嶼と埋立地の各2群があります。南方四島と鹿児島県の鷹島津倉瀬、そして東京港の通称「中防」と名古屋港の「ポートアイランド」。これらが市区町村に編入されるあかつきには未所属地編入に該当するのでしょうが、さしあたり該当なし。
過去の実例を探すと、新居浜市例規 に 昭和34年編入例(0.13km2)がありましたが、その下に多数記されている埋立との違いはよくわかりません。何かの事情で所属未定状態になっていた古い埋立地でしょうか?

[地形図改測]
2008年には、久しぶりに地形図改測の事例がありました。
島根県隠岐郡隠岐の島町 0.02km2(2ha)減少が竹島であることは、[68680]で記しました。
[87833] 2015年 5月 19日(火)15:50:15hmt さん
市部・郡部
都道府県データランキング 市部・郡部 の人口・面積が、最近更新されていました。
市部・郡部は、[83145]で発表された最古参 11テーマに入っていたのですね。

今更言うまでもないことですが、「市部・郡部」の区別は市制町村制施行の明治22年(1889)に始まりました。
当初は市の数が少なかっただけでなく、各市の領域は 極めて狭い範囲の市街地に限られていました。
例えば富山市の面積は 僅か 1.91km2でした[79563]。現在は 650倍の 1241.77km2です。
国土の大部分は「郡部」で占められており、「市部」は 狭いながらも 国土の中で特別な地であると認識されていたのでしょう。

「郡部」という言葉が一般に使われていた実例として、名古屋鉄道のサイトから大正元年(1912)の犬山線開通の記事を示しておきます。
名古屋電気鉄道は、名古屋市内線の拡充を進めると共に、最初の郡部線を開通させたことが記されています。
市街地内の交通機関としてスタートした電車が 郊外電車に進化して 市内線にも直通し、頻繁運転の恩恵が郡部に及び始めた。
「郡部線」という言葉は、電化した鉄道により農村地帯だった郡部が近代化してゆく様子を表していたようです。

やがて大正9年(1920)から始まった国勢調査。
国勢調査の集計には、当然のように市部・郡部という区分が使われました。
それから1世紀近くを経過した現在、市部・郡部の区分は本来の意味を失いつつあります[538]
世間使われることがめっきり減った「市部・郡部」ですが、国勢調査を拠り所として生き延びています。

時代は移り、日本全国を 黄色い「市部」で塗りまくった印象のある 平成の大合併
それでも、2010年国勢調査によると、国土面積の約43%は「郡部」だったのでした。但し郡部人口は 9.3%へと激減し、その後も減り続けています。

ここまで、郡部と市部で国土が二分されているような書き方をしました。実は 郡でも市でもない土地 があります。
ご存知、東京都の特別区。これは市部として扱われています。昔は東京市でした。
もう一つは、これも東京都の島嶼部。伊豆国時代から郡のない地域でした。[24190]
現在は大島・三宅・八丈・小笠原の4支庁管内で 郡部扱い。

市部・郡部の集計で もう一つ注意が必要なのが 所属未定地など[67286]の扱いです。
東京都の場合、中防外側4.82km2、中防内側1.96km2、荒川河口部1.12km2、合計7.9km2は、23区の何れにも属していませんが、特別区内です。
つまり、特別区の面積は23区の合計618.8km2に この値を加えた 626.7km2です。
これに26市の面積784.2km2を加えた1410.9km2が東京都の市部面積になります。

市区町村プロフィール東京都に掲載された面積は、国土地理院面積調H26に基づく上記計算と合っています。
しかし、最初に引用した都道府県データランキングの面積は数値が違います。所属境界未定地面積を市部に重複算入?
修正をご検討ください。>グリグリさん
[98525] 2019年 10月 5日(土)17:27:17【2】hmt さん
東京臨海部の陸地化2 (2)東京湾「中央防波堤埋立地」の帰属問題決着へ
2年前の記事ですが、発端は [93551] k-ace さんが 朝日デジタルを引用して 伝えた記事です。
(2017年)6月に大田区と江東区が壮絶バトル 中央防波堤帰属巡り【東京都の】調停へ

これに対して、東京都は江東区に86.2%、大田区に13.8%を帰属させるとする調停案を提示。
しかし 大田区はこれに不満で、調停は打ち切られて裁判になりました。[94347] Takashiさん
松原忠義大田区長の主張:埋立前は区民が ノリの養殖をしていた場所。羽田空港と臨海部を一体として活用したい。

【2】地理院地図により道路を確認。
都心へのアクセス:江東区青海縦貫道と第二航路海底トンネルで結ばれている。
更に有明と結ぶ臨港道路(南北線)も整備中とのこと。 
東側は、2012年に東京港臨海道路の東京ゲートブリッジ開通[80265]で、江東区若洲と結ばれた。
その東京港臨海道路。西側は 大田区城南島との間を臨海トンネルで連絡。2002年開通だが、歩道が併設されておらず、歩行者は通れない。自転車など軽車両は全線不可。

帰属問題のフォロー記事 [95490] hmt
西側の大田区は明らかに劣勢です。何とかして、勢を回復したいという大田区の思いが、調停案を蹴り、裁判に迄持ち込ませた動機なのでしょう。

先日2019/9/20 東京地裁が判決。20.7%を大田区に、79.3%を江東区に帰属させる境界線が示されました。
2019/9/21読売より抜粋
中央防波堤埋立地(中防、約500ha)には住民はおらず、東京五輪…競技場などがある。今回の判決が確定すれば、これらのエリアは全て江東区に帰属する。(中略)
判決は、中防内の施設が区境で分断されないように調整し、競技会場を江東区に、コンテナ関連施設などを大田区に帰属させた。結果的に大田区への帰属部分が増えた。

そして、注目された大田区の対応は「控訴せず」 帰属割合確定へ
【朝日2019/10/4】説明図
東京地裁の判決について、大田区の松原忠義区長は 3日会見を開き、控訴しない方針を明らかにした。
江東区はすでに判決を受け入れることを発表しており、地裁判決の境界が確定する見通し。
都有地で、1970年代から都のゴミの埋立場としている。

報道記事はオリンピック会場が江東区に帰属することを中心に伝えていますが、長期的視野からすると、恒久的な港湾施設が設けられる地域の大田区帰属が、もっと注目されてよいのではないかと思います。

大田区になる中防外側埋立地で実施中の「国際海上コンテナターミナル整備事業」
東京港の整備事業2007年度~2024年度
 世界の標準となる新たな国際海上コンテナターミナル整備(水深16m)や直背後の臨海部物流拠点の形成等を通じて、欧米基幹航路を含めたシームレスな物流網を形成することにより、首都圏全域の産業基盤の強化を図る。
また、外貿貨物の施設能力は既に限界に達しているため、特にアジア・中国からの国際コンテナ貨物等の需要の増加に対応する。スライド3枚
[98765] 2019年 12月 25日(水)14:57:17【1】hmt さん
東京臨海部の陸地化2 (3)中防を有明と結ぶ海底トンネル工事
東京湾中央防波堤埋立地(略称「中防」、約500ha)は、その所属が江東区と大田区との間で争われていましたが、先日決着しました。[98525]
判決は、中防内の施設が区境で分断されないように調整し、競技会場を江東区に、コンテナ関連施設などを大田区に帰属させた。

大田区になる中防外側埋立地で実施中の「国際海上コンテナターミナル整備事業」については、[98525]の末尾に引用したスライドに Y2ターミナルが既に示されています。

中防の基地に陸揚げされたコンテナを 都内に輸送するルートが「東京港臨港道路」です。
中防と周辺とを結ぶ現在の道路事情。青海縦貫道に直結する第二航路海底トンネル の他に、東の東京ゲートブリッジ[80265]・西の城南島へのトンネル[98525]も開通していますが、渋滞を免れません。

その対策が、前報でも言及した 中防を青海の隣の有明と直結する 東京港臨港道路(南北線)の整備ですが、最近 Nスペ「東京リボーン」の 第3集 輸送革命 果てなき欲望との闘い で、そのハイライトとも言える 沈埋函の埋設工事が放送されました。

全長約1kmの海底トンネルの工事期間。10年かかるのを 2016年からオリンピック前の4年間短縮するために採用したのが 沈埋トンネル工法です。長さ 134m、3000tものコンクリート製の函を 航路の海底に沈める計画で、函の数を7個に減らすことができました。

視界30cm 濁った海中に、巨大な函を正確な位置に沈め、接合させる。潜水できるのは1回25分で、1人が2回までなど制限が厳しい水中作業員以外にも、多くの人が知恵と力を合せた作業。

こんなに迄の苦労をして輸送革命を進めなければならない理由は、番組タイトルに示されていた「果てなき欲望」でした。

皆がコンビニで簡単に入手できる鮭のおむすび。
その欲望を満たすために、チリの養殖場で育てられた鮭が、タイで加工された形で海上コンテナに収納され、はるばると 東京港にやってきました。鮭のおむすびは、更に日本全国へと流通してゆきます。
私達の小さな欲望が、世界の人々を動かしています。

東京湾のトンネル工事も そんな世界の動きを支える人々の動きの一部でした。
それをネタに「落書き帳」を書くご隠居も健在で、平和な越年を迎えることができそうです。
[99885] 2020年 6月 5日(金)17:23:53hmt さん
Re:新地名「令和島」
[99880] 鳴子こけし さん
大田区が獲得した埋立地南西部の区域に、去る6月1日、町名として「令和島(れいわじま)」という地名が誕生

大都市・東京から発生するゴミの処理。埋立処理による活用は江戸時代から続けられてきました。
営々として続けられてきたこの手法が、江戸・東京の土地問題に役立ってきたことは、hmtマガジン 東京臨海部の陸地化 で ご紹介してきました。

マガジン・東京臨海部の陸地化の第一部は、江戸時代末期で終っていますが、番外編として収録した 2012年の[80265]には「中央防波堤埋立地」を登場させています。

3本目のルートとして新しい橋ができる「中央防波堤地区」には何があるのか。
産業用施設としては、当面のところ中央防波堤外側埋立地地の 新国際海上コンテナターミナル整備事業 があります。

帰属問題に関して 江東区と大田区との争い[98525]
令和元年になった 2019年、東京地裁の判決を両者が受け入れ、説明図 に示される 104.2haの土地を手に入れた大田区が命名した町名が(東京都大田区)「令和島一丁目・二丁目」でした。
# 大田区には、昭和島一丁目・二丁目もあります。

落書き帳には 登場していなかったので、埋立地の前に、中央防波堤から概略を記しておきます。

…と書いたのですが、お台場の沖に作られた この東京湾防波堤が何時作られたのか? 年代不詳。

現状は、防波堤北側の「中央防波堤内側埋立地」と一体化しており、「中防」と略称されるこの地域は、防波堤そのものよりも、埋立地として認識されています。

最初からこの形で工事が進められたものならば、東京港第2次改定港湾計画(昭和41-50年度)の時代である 1973年に着工し、1986年に終了したと思われます。

昨年末の江東区町名募集の結果、内側埋立地は(東京都江東区)「海の森一丁目~三丁目」と命名されました。

今回、水路南側の大田区「令和島一丁目・二丁目」が決まりましたが、江東区の外側埋立地は、町名未定らしい。

2015年からの第8次改訂版概要を含む東京港の港湾計画は、東京湾の埋立と開発の歴史について に収録。

町名から離れますが、中央防波堤外側地区の 国際海上コンテナターミナルの整備工事


… スポンサーリンク …


都道府県市区町村
落書き帳

Copyright(C) 2020 M.Higashide from 2002.3.10
パソコン表示スマホ表示