もうだいぶ遅くなりましたが、先月18日から2泊3日で関東北部への旅に出かけてきました。今日は
[84064]で約束した、この旅日記を書くことにします。昨年の九州南部への長旅(
[81852])のようにクイズ形式にしようかとも思ったのですが、長引く猛暑からきた疲れがいまだ取れないこともあって、今回はいつも通りのスタイルで書き込むことにしました。
今回は気ままな一人旅ということもあり、初日の18日はややゆっくり目に我が家を出て、渋谷から「湘南新宿ライン」で高崎線へ。いきなり「事故により10分ほど遅れ」とアナウンスがあり、少々焦りましたが、第一のポイントとした熊谷駅に無事に到着します。当初のプランでは、まずここで秩父鉄道に乗り換えて行田に向かい、忍城跡~さきたま古墳群と回る予定にしていたのですが、旧妻沼町に昨年国宝となった「
妻沼聖天」があることを知り、早速駅前でバス乗り場を探すと、その妻沼を経由して太田に向かうバスが待っているではないか。時刻表を見ると、なんと妻沼までは1時間に3~4本、利根川を越えて太田へ行くバスも1時間に1本はある。熊谷と大泉町・太田を結ぶ軍事路線として突貫工事で敷かれたものの、終戦で中断され、結局利根川を渡れぬまま、1両だけのディーゼル車が1時間に1本あるかないかという状態が続き、昭和58年に寂しくその生涯を終えたあの超ローカル線「
東武熊谷線」のイメージが頭にあったので、「あの熊谷線の走っていたルートが、いまやそんなに繁盛していたのか」と大いに驚いたのでした。「妻沼聖天」は本堂に極彩色の装飾が施された彫刻があって、「埼玉の小日光」の異名があり、ボランティアによる丁寧な説明に聞き入りました。そして再びバスで熊谷駅に。「暑さ日本一」の座こそ譲ったものの、やはり暑いことには変わりはなく、この日の最高気温は36℃。デパートの玄関にあった「熱いぜ!熊谷」の立て看板も健在でした。そして秩父鉄道に乗って当初の目的地とした行田市へ。忍城跡にある郷土博物館から、あの「稲荷山の鉄剣」が展示されている「さきたま史跡の博物館」を見ることにしましたが、行田市駅に着いたときには既に午後3時を回り、市街地で道に迷ったこともあって、猛暑の中を早足気味に歩くことになり、「史跡の博物館」にたどり着いたときには入館締め切りの数分前という状況でした。館内をじっくり見た後、夕暮れのさきたま古墳群を散策、稲荷山古墳の頂上にも登ることができ、周りの田園風景を眺めることに。結局、市内循環バスで行田市駅に戻ったときは午後6時を過ぎ、電車の時間が迫っていたためすぐに乗って熊谷駅に。結局この行田市の名物グルメ、埼玉県民「協和」の合言葉にもなっている「甘いほう」のは熊谷駅の売店で何とか買うことができましたが、「甘くないほう」はついにありつけないままになってしまいました。熊谷駅から再び高崎線に乗り、次の籠原駅で降りてネット検索で取ったホテルへ。温泉ではないものの、露天風呂があり、そこから行き交う電車を眺めることができました。
翌日は、高崎経由で桐生に出て、少々歩いて西桐生駅から上毛電鉄に。ちょっとした話題にもなっている、2駅目の「
富士山下」駅で下車、駅のすぐ北側の「ミニ富士山」(
[83652] オーナー グリグリ さん、
[83655] hmt さん)へ。往復10分の「弾丸登山」でしたが、やはり猛暑(この日の前橋の最高気温は37℃)の中、密林のような草木が生い茂る山道の往復は少々こたえました。駅前の踏切にある「
貴重な音」(
[83652],
[83659] いさ さん)も聞こえましたが、どうも既に昨年から片方が故障して鳴らなくなっているらしく、近江鉄道で起きた事故(
[62515])の例もあるので、果たしてこの先いつまでこの音が聞けるのでしょうか…。再び上毛電鉄に乗って、赤城駅で降り、「関東の耶馬溪」の異名を持つ「
高津戸峡」へ。歩いても行ける距離でしたが、駅前にバスもなく、猛暑ということもあってこの旅では唯一のタクシーを使うことに。やはりこの暑さの中では散策する人もまばら…。それから渡良瀬川を望む場所に建つ、昭和12年に建てられた芝居小屋「
ながめ余興場」を見学、そして大間々駅に出てわたらせ渓谷鉄道に乗り、足尾経由で2日目の宿がある奥日光に向かうことになります。車窓に広がる渓谷美に酔いつつ、通洞駅で降りて足尾銅山に。トロッコ電車で坑内に向かうのですが、坑内に入ると一転して寒風が肌を突き刺し、一昨年の会津鉄道で味わったような(
[79328])ものすごい肌寒さを感じることに。奥日光の涼しさに備えて用意してきた長袖を羽織って、肌寒さをしのぐことになったのでした。足尾銅山からは、日光市営のバスで清滝に出て、そこからいろは坂を登り、まず中禅寺湖で下車して華厳の滝を見た後、湯元温泉にある、11年前にもお世話になった「お一人様大歓迎」の宿で一夜を。夕食後に館内でコンサートがあり、美しい旋律にしばし聞き入りました。
翌日は、やはり定番の「二社一寺」参りとなります。こちらも11年ぶり。しかし、今まであった「共通券」が突然廃止されたとの張り紙が拝観券売り場に掲げられていて、大いに腹立つ乗り。でもここまで来たからには見ぬわけには行きません。最初は「今市」土地勘がつかめなかったものの、歩いてゆくうちに建物の位置の記憶も蘇ってくることに。日光の社寺では大規模な修復工事が始まっていて、その工事の段階で、東照宮の五重塔の1階内部や、輪王寺の本堂を覆う仮設の建屋から覗く修復工事の状況など、普段は見られなかった建物の内部やシーンをいろいろ見ることもできました。この時点で既に雨が降り出していて、やがて本降りとなり、「霧降高原」など見たかったところもあったのですがやむなく諦めて早めに切り上げ、最後にテレビで「有料で渡れる」ことを知った「神橋」を渡って、東武日光駅に戻り、特急で戻ることに。途中、3年前のオフ会でも話題になった「
県境錯綜地帯」を通過した辺りでは、既に睡魔が襲っていて、はっきり記憶もないまま、「とうきょうスカイツリー」で下車、上には目もくれず押上駅への通路を抜けて家路へと着いたのでした。
…「クイズ形式ではない」といいつつも、最後にミニクイズ2題。
【問一】 行田市の名物グルメで、「甘い」ものと「甘くない」ものの名前は何でしょうか?
【問二】 文中、タイトル”Day Dream Believer”に最もゆかりのある市はどの市でしょうか? ▲ヒント…犬山市(
[76354])
♯今回の旅で埼玉県が●(訪問)から○(宿泊)となり、生涯経県値は1点増えて
187点に、また「県庁所在地との経県値ギャップ」は、埼玉県の1点が増えて13点/15点(都庁所在地をそれぞれ「23区全体」/「新宿区に限定」とした場合)となりました。また、群馬県で唯一△印だったみどり市(
[60538])が●となり、群馬県全市が●以上となりました。