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逗子・葉山駅



記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[97517]2019年2月7日
デスクトップ鉄
[97591]2019年3月24日
伊豆之国
[97594]2019年3月28日
デスクトップ鉄
[97596]2019年3月29日
hmt

[97517] 2019年 2月 7日(木)19:24:03デスクトップ鉄 さん
Re: 高輪ゲートウェイ関連
[97516] なると金時 さん
このデスクトップ鉄さんは、あのデスクトップ鉄さんですよね?
見つかってしまいました。はい、あのデスクトップ鉄です。
取材では[97069]に書いたような話をしたのですが、一部しか記事になっていないので、ブログデスクトップ鉄の雑記帳に釈明記事を書きました。

ところで、京急の新4駅名のうち逗子葉山はひどいと思いませんか。三浦半島の人口減に悩む京急としては、逗子だけでは足りず、葉山のブランド力に頼りたいのかもしれない。しかし市外の自治体名との連称とするのは、逗子市に対して失礼で、高輪ゲートウェイ以上に問題です。しいて葉山の名前を使うなら、(京急)逗子葉山口でしょうか。

ブログのurlが上記のとおり変更になりました。3月8日に開始する第7回全国のJR駅五番勝負の開催場所もここになりますので、ご注意ください。
[97591] 2019年 3月 24日(日)20:20:22伊豆之国 さん
逗子葉山(KQ駅名改称騒動異聞)
[97517] デスクトップ鉄さん
京急の新4駅名のうち逗子葉山はひどいと思いませんか。三浦半島の人口減に悩む京急としては、逗子だけでは足りず、葉山のブランド力に頼りたいのかもしれない。しかし市外の自治体名との連称とするのは、逗子市に対して失礼で、高輪ゲートウェイ以上に問題です
その京急線「新逗子」を「逗子葉山」に変える、と言う話について、地元の反発・困惑など「騒動」の一部始終が、今日の昼のTV番組で放映されていました。
前半では
神奈川・逗子市に住む15歳の女子中学生から番組にメール
京急電鉄が「新逗子駅」を「逗子葉山駅」に変更するということで問題になっているという
駅名は公募され、その対象は沿線に住む小中学生だけだった
地元では賛否両論あり、物議をかもしている
京急電鉄はブランド力のある逗子葉山を合わせることで、定住人口や交流人口の増による地域活性を図るとしている
一番の問題は駅のある場所だという
逗子駅から名付けられた新逗子通り商店街会の会長は、突然の駅名変更に困惑していた
駅名が変わっても商店会名は変えない方針
葉山町には皇室の御用邸がある
といったことと、両市町の住民の意見が紹介され、
後半では
逗子は横須賀市から独立した経緯がある
1941年、太平洋戦争
横須賀市を大軍都にする計画
配給品などの不公平感などから住民の間で独立の機運が高まっていった。
1950年、逗子市(現在)独立
来年7月、独立70周年の記念行事を計画中
葉山町は県内で唯一、一回も合併したことがない
と、両市町の現在に至るまでの経緯が出ていました。
現・逗子市(当時は「町」)が戦時中にいったん「戦時合併」で横須賀市に合併され、戦後5年経って横須賀市からの分立が認められた(市制はその4年後)ことについては、「hmtマガジン」の「戦時合併とその解体」でも、いくつか記事があり([80415],[80416],[80427] さん)、「マガジン」自体の記事ではありませんが、リンクされていたそのhmtさんの[37958]の記事を見ると
戦時中に強制合併させられた横須賀市から苦難の独立
という逗子市が使った表現が紹介され、一方、葉山町が「戦時合併」でも「大・横須賀市」に飲み込まれず、海を除いた三方を横須賀市に取り囲まれながらも単独町制(明治22年の市町村制度施行時は「村」で、大正14年元日に町制施行)を続けたことについて、御用邸の存在など、その理由の推測も書かれていました。
[97594] 2019年 3月 28日(木)21:22:30デスクトップ鉄 さん
逗子葉山
[97591] 伊豆之国 さん
京急線「新逗子」を「逗子葉山」に変える、と言う話について、地元の反発・困惑など「騒動」の一部始終が、今日の昼のTV番組で放映されていました。
TBS「噂の東京マガジン」は見ていませんでしたが、やはり地元でも反発があるのですね。
鉄道ライターとして評価している今尾恵介氏が朝日の2月1日付記事(耕論)駅名もキラキラ?で、キラキラネームではなくまともな改称と話していたので、疑問に感じていました。番組の後半では、土屋武之氏のコメントがあったと記されていますが、同じく評価しているライターの彼が何を語ったかも興味あります。
[97596] 2019年 3月 29日(金)13:53:14hmt さん
揺れた駅名
[97594] デスクトップ鉄 さん
【TBS】番組の後半では、土屋武之氏のコメントがあった…(中略)何を語ったかも興味あります。

私も番組を見ていないのですが、土屋さんが ネーミングの重要性を再認識させた「京急の駅名改称」というページを 先月発表されていたので、参考までにリンクしておきます。

これによると、駅名改称の最大の動機は 大師線の連続立体交差化で廃止された「産業道路踏切」地元からの要請であったようです。
大師線だけでなく 京急線全線の駅名見直し に進んだ事情は、京急創立120周年記念事業との兼ね合いによる、小・中学生からの「わがまち駅名募集」(昨秋)でした。
応募は 1000件以上あり、これを参考には したものの、2020年3月に駅名改称が実現するのは僅かに4駅でした。

小・中学生は 現在の京急線利用者と意識も違い、あまり参考にならなかったのかもしれません。

鉄道会社にとっての駅名。これは 鉄道会社がその役務を提供する主要な場所であり、有形商品の商標に対応する役務標章【サービスマーク】として、本業に使われるのが本来の役目であり、「鉄道会社の財産」でもあります。

とは言え、その近くに住まい、毎日利用している地域住民にとっての鉄道駅名は、「アイデンティティ」でもあるデリケートな存在でもあります。昨今の駅名を巡る動きにより、このことを再確認できたと感じる。

土屋さんは、コメントをこのように結んでいましたが、「逗子葉山駅」への改称については、言及していなかったようなので、更に調べました。

逗子葉山経済新聞から引用。
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 逗子市には、1930(昭和5)年4月1日に開業した湘南電気鉄道が、終着駅として「湘南逗子」を設置。1931(昭和6)年、「湘南逗子」の先約400メートルの位置に「湘南逗子葉山口」駅を新設、既存の「湘南逗子」駅は「湘南逗子沼間口」駅と名称を変更。1942(昭和17)年8月には「湘南逗子沼間口」駅廃止。同年9月1日、「湘南逗子葉山口」駅を再び「湘南逗子」と名称変更、あらためて終着駅になった。

 1948(昭和23)年7月、「湘南逗子葉山口」駅が「逗子海岸」の名称で復活。そのため、今回の駅名変更時に、「逗子海岸」の駅名復活を望む逗子市民の声もあった。1963(昭和38)年11月には、「湘南逗子」駅の名称が「京浜逗子」に。現在の「新逗子」開業は1985(昭和60)年3月2日。「京浜逗子」と「逗子海岸」の両駅が統合された。
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「湘南逗子葉山口」を含めて、呼び名が揺れた過去がある駅のようですね。Wikipediaに空中写真。


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