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落書き帳

コモアしおつ及びコモア・ブリッジ

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記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[10154]2003年3月2日
touhemboku
[10158]2003年3月2日
まがみ
[10226]2003年3月2日
Firo
[10239]2003年3月2日
てへへ
[10290]2003年3月3日
BANDALGOM
[49849]2006年3月14日
ぺとぺと
[49859]2006年3月15日
般若堂そんぴん
[49862]2006年3月15日
YASU

[10154] 2003年 3月 2日(日)01:27:31touhemboku さん
外は大雨。
あららららら。
今日はまた凄いペースで書き込みされていますねぇ。
自分色の登録された方、おめでとうございます。
私はまだまだ恐れ多くて自分色の登録は出来ませんが、
いずれその日が来ることを夢見つつ何色にしようか考えております。
一つ質問したいのですが、この間中央道を大月方面に運転していましたら、談合坂SAの手前左側に
山頂から降りてきている大きなパイプのようなものが見えました。
すると、一緒に乗っていた友人が
「あの山の上には超近代的な町がある」と言いました。
するとみんなは「あんな山の上に町なんかあるわけ無いじゃん」と言っていたのですが、
私が地図を広げるとそこには「コモアしおつ」という名が。
地図で見る限りでは国道20号の側から入っていくようです。
確かに中央道から見ると山の上にそんなまちが出来ているなんて分かりません。
どなたかこの「コモアしおつ」行ったことのある方はいらっしゃいますでしょうか?
それかこれについてどのような経緯で出来たのか?人口や町の様子など詳しいかたがいらっしゃいましたら教えてください。
明日から4日間ほど留守にするので帰ってきてからの楽しみにしておきたいと思います。
[10158] 2003年 3月 2日(日)01:48:50まがみ さん
コモアしおつ
[10154]touhemboku さん
私が地図を広げるとそこには「コモアしおつ」という名が。
「コモアしおつ」というニュータウンですね。JR四方津駅から斜行エレベーターで上っていくと、雲の上に浮いたようなところに突如 町が出現するとか(私はまだ行ったことがないですが)
少し調べたところ、
 総面積 約80万平方メートル
 計画総戸数 1610戸
 計画人口 約6000人
 所在地 上野原町コモアしおつ
 開発初年 1991年
宮崎駿監督の映画「千と千尋の神隠し」の冒頭で(このとき異界に迷い込むところから物語が始まるのですが)、一家が引っ越してきた町のモデルではないか、ということで有名になったところです。
[10226] 2003年 3月 2日(日)17:34:51Firo さん
コモアしおつ他
[10154]touhenbokuさん[10158]まがみさん
[10211]実は小学生さん
私は以前仕事関係で何度となくコモアしおつを訪れております。
当初は確かにJR四方津駅からの直通巨大エレベーターを売りにしていたようですが、
実際には、国道20号の四方津駅のちょっと先から折れて行く、スロープ状の約300
mくらいの坂道を車で上がっていく人がほとんどのようでした。(途中にトンネルがあった気
もするのですが、記憶が定かじゃないです。すいません。)
周りが、山村で民家も点在している程度なので、(国道沿いなどには大きなスーパーなどもありますが、)急に何か、近代的な街が現れたみたいな感覚になることは確かにありました。
広さは1つの「町」ぐらいの大きさだと思ってもらっていいと思います。
住宅地自体は、私が住んでいるような地域にある新興住宅地とそう変わらない感じ
だと思うのですが、住所表示(専門用語が分からないのですが、何丁目何番と書いてある
札のことです。)が観光地などで使用されるような案内板のような物で表示されていたり、
戸別ポストは全域でほぼ同じものを使用してたりなど、街としての一体感や、独自性みたいな
ものは結構感じました。
雲の上に浮いたようなところに突如 町が出現するとか
宮崎駿監督の映画「千と千尋の神隠し」の冒頭で(このとき異界に迷い込むところから物語が始まるのですが)、一家が引っ越してきた町のモデルではないか、ということで有名になったところです。
これは、ひょっとするとコモアしおつの北側から見た風景のことを言っているのかなと思います。
というのも、コモアの北側は、ちょうど大きな谷状の地形になっていて、(底のあたりにも民家が
あります。)谷の向こう側に帝京科学大学という大学があるのですが、その裏手の高台から、
コモアを望むと、ちょうど浮き上がった土地の上に、家が密集して建っているように見えて、
ちょっと非現実的な風景に見えなくもないのです。
[10130]YSKさん
しかし、こういったメディアによって、小さい頃からいろいろな情報に触れられるというのは、本当に恵まれていると思いますよね。私が小学生や中学生の自分に、webが今のように身近な存在であったとしたら、きっとものの考え方もかわっていたでしょうから。ほんとうに、うらやましい限りです。
まったくもって同感です。私も常々思っていたことです。
思い越せば、ワープロがはじめて登場した時も、かなり感動ものでした。
時間を持て余していたあの時期にこういったアイテムがあったならって思いますね。
[10239] 2003年 3月 2日(日)22:25:38てへへ さん
コモアしおつ
[10154] touhemboku さん
[10158] まがみ さん
[10211] 実は小学生 さん
[10226] Firo さん
 てへへは1993年に友人と2人でたまたま行ったことがあります。まがみさん情報で1991年(バブル経済最盛期の頃ですね)開発とありますので、街ができて落ち着いてきたころですね。梁川駅でハイキングしてまだ日が高かったので、隣の四方津(しおつって難読ですよね)駅で下車して探検してみることにしたのです。当時すでにこの街があることは知っていました。
 駅から少し離れたところに、かなり傾斜のある斜面に沿ってケーブルカーのようにエレベータが唐突に設置されていました。これがtouhembokuさんの見られた大きなパイプですね。当時は斜行エレベータを知らず、近づくまではてっきりケーブルカーだと思っていたのでそれだけでも感心したことを覚えています。確か5分くらいかかったかと思いますが、ゆっくりと林の中を上がっていくとエレベータの終点でいきなり街が開けてスーパーマーケットがあり、人も大勢行き来していてとてもビックリしたことを覚えています。インターネットで検索すると眺望の写真などもひっかかると思いますが、まさにそのままです。雲の上ではないのですが、ついさっきまでいたJR四方津駅前とは全くの別世界です。街はほとんどが閑静な2階建てくらいの住宅街でした。高層建築がないのできれいな家と青空がとても開放的でマッチしていました。
 地勢としてはエレベータ終点付近が街の南端でそこから北へ広がりをもって全体がやや下り斜面になっていました。住宅用地の空き地も少しありましたがほとんど家が建っており、Firoさん情報のように北側から見ると街全体が浮いているように見えるというのもうなずけます。
 四方津から八王子なら電車で30分くらいだから通勤できるが新宿だとつらいなあとか、あのエレベータでは通勤時はとても乗り切れないぞとか、自分たちもこんな綺麗な住宅街に住んでみたいとか、勝手なことを友人と話しながら歩いたことを思い出します。
 てへへは横浜市緑区に住んでちょうど6年になります。なかなかあのような街には住めずにいます。私が行ってから10年経つので街の様子も少し変わっているかもしれませんが、ご参考に。> 実は小学生 さん
[10290] 2003年 3月 3日(月)16:23:17BANDALGOM[地域研究家] さん
コモアしおつ
[10154]touhembokuさん
[10158]まがみさん
[10211]実は小学生さん
[10226]Firoさん
[10269]地理好きのケンさん

コモアしおつはバブル期、通勤圏が山梨県・福島県まで延びた時代の象徴ですね。
この入居の影響で上野原町の人口は一時2千人増えましたが。

上野原町には一時、大相撲の花籠部屋もありました。
竜ヶ崎市の式秀部屋の記録を抜き「両国から一番遠い相撲部屋」と注目され、次は那須や越後湯沢にも部屋ができるんじゃないか、と言われましたし、山梨県の相撲部屋ということで地元紙・山梨日日新聞も大々的に扱ったものですが、残念ながら(?)96年に両国近くへ移転しました。
親方(元太寿山)も進出当初は「八王子のちょっと先だ」と言っていたのが、「朝早く相撲教習所へ行く新弟子の送り迎えで、冬は道路が凍結して大変だった」と音を上げていましたが。

丘陵団地という点では、西宮名塩ニュータウン(ここも駅とエレベーターかエスカレーターで結ばれていますね)や、広島・瀬野のニュータウン(スカイレールで結ばれた所)と比較してみるのも面白いですね。

ちなみにコモアしおつには、著名な鉄道ジャーナリストが住んでいらっしゃいますね。

以前四方津まで行ってきましたが、木造駅舎にコモアしおつへ行くエスカレーターがミスマッチでした。
猿橋には桂台があり、新交通システムが通っていますし、駅舎の改築されています。
猿橋には、大手デベロッパーによる山梨県での住宅団地開発の先駆けとなった「四季の丘」がありますね。

1981年に分譲していて、その頃私の家でマイホームを探していた頃なので、小学2年の私も「住宅情報」をむさぼり読んでいたものですが、家族で蓼科高原へ行くのに山梨県を通り(この時初めて山梨県の存在を知った)、それで山梨県にも分譲住宅があると知って驚いたものです。
まだまだ地理的なことは分からなかった頃ですが、それでも山の中の、すごく遠いところというイメージがありましたから。

この「四季の丘」を分譲していたのが積水ハウスでしたが(当時からあの♪おおきくふくら~む・・・というCMソングは印象強かったのです)、コモアしおつの開発の中心になったのがまた積水ハウスで、一方桂台の開発の中心になったのはJR東日本ですが、その場所が「四季の丘」と同じ猿橋とあって、何かつながりを感じさせますね。
[49849] 2006年 3月 14日(火)23:53:43【3】ぺとぺと さん
斜行エレベーター
[49847] で、ニジェガロージェッツさんが
今では全国各地の急傾斜地の住宅地には結構あると思います。
とコメントされている斜行エレベーターですが、真っ先に思いついたのが山梨県上野原市の四方津駅です。
駅と山上の住宅地「コモアしおつ」迄をつなぐコモア・ブリッジという高低差約100メートルの斜行エレベーターがあります。

残念ながら「スカイレーター」のようにちず丸Mapionでは、その存在を確認することはできませんでした。
(ウォッちずでは、「点線枠に斜線」で表示されていますが、地図を見ただけでは何を示しているかはわからないですね。)

スピードが遅く、朝は隣接のエスカレーターを歩いている方の方が多いとか・・・。

#文章のつながりを考慮し、表現を一部変更しました。
[49859] 2006年 3月 15日(水)17:30:47般若堂そんぴん さん
コモアブリッジ
[49849]ぺとぺとさん
とコメントされている斜行エレベーターですが、真っ先に思いついたのが山梨県上野原市の四方津駅です。
駅と山上の住宅地「コモアしおつ」迄をつなぐコモア・ブリッジという高低差約100メートルの斜行エレベーターがあります。
おお,懐かしい!
[10154] touhembokuさんが話題になさって以来,[10158] まがみさんを始め数名の方が斜行エレベーターについて書いていらっしゃいますね.
「コモアしおつ案内板」でその全景が見られますね.そこのメニューで
「施設」を選択すると,「コモアしおつ施設」でコモアブリッジの内側が見られます.エスカレータの両側にある青い箱形のものが斜行エレベータでしょうか.
[49862] 2006年 3月 15日(水)23:29:02YASU さん
斜行エレベータ
斜行エレベータの話題の皆様

ナシオンには行ったことはないのですが、コモアしおつには行ったことがあります(もちろん斜行エレベータに乗りに)。ケーブルカーとの違いは覆いがあるかないかなので、非常に興味があります。
3つ隣の猿橋駅近くの「パストラルビュー桂台」には、「桂台BTM」というスロープカー(モノレールのようなエレベータのような乗り物)があります。最近このスロープカーなる乗り物が各地に増殖しており、鉄道の仲間なのかどうか非常に悩ましい存在となっています。ボタンを押すと自動で上下するあたりはエレベータなのですが、動いている姿は小型車両だし。


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