2003/10/26の住民投票で合併による新市名誕生に「ノー」の結論を出された「ふじみ野」ですが、
10th anniversary 東武鉄道東上本線 ふじみ野駅 開業 1993年11月15日
を記念して、地名の誕生を探ってみました。
「ふじみ野」は駅名先行の新地名で、地元に住む私も、駅開設前にこの地名を聞いた覚えはありません。今回私が調べた範囲では、富士見市議会会議録(1986年3月)の中に「…将来的にふじみ野駅が開設され…」とあるのが文献初出です。前年の1985年会議録には「富士見市に三つ目の駅」と駅名が記されておらず、更に前年の1984年には「今後できる桔梗ヶ原ですか、仮称の…」という発言がありました。
この「桔梗ヶ原」は1972/9/21東武鉄道から大井町長宛「桔梗ヶ原駅(仮称)開設について(回答)」に見える駅名ですが、単線時代最後の1951年から1954年にかけて、現在の駅より約400m池袋寄りの大井町苗間(現在リズムタワーのある場所)に存在した「ききょうが原信号場」の名を引き継いだものと思われます。
この地は富士見市としては辺境であり、駅開設に熱心だったのは大井町です。大井町は1952年に駅誘致を開始したようですが、駅位置について二転三転の結果、1982年に富士見市勝瀬の現在地とする東武の意向が示され、反対したが押しきられました。大井町議会史本編の35頁にもわたる駅誘致の記事は、駅は実現したものの町内でなかったという複雑な心境をうかがわせます。
東武が「ふじみ野」という新しい名前を作った理由は不明ですが、
[19019] で愛比売命さんが引用されたように“おしゃれな表記”を好んだのかもしれませんね。富士見市にはおしゃれの感覚がなかったので、駅開設の前提として行なわれている土地区画整理事業の組合名に用いられた地名は「勝瀬原」です。大井町は“おしゃれな表記”が好きだったようで、ふじみ野に対抗して苗間の一部を「うれし野」と通称し、1998/11/1から住居表示地名に採用しました。今年になってとうとう「ふじみ野」を乗っ取り、亀久保の一部に住居表示「ふじみ野一町目~四町目」を実施すると発表したので、“揉める大(井)捜査線”TNさん
[19024] の話題になりました。この件、予定通り2003/11/22から実施されるので、「都道府県市区町村」レベルからは下になりますが、「ふじみ野」が晴れて?行政地名の仲間入りをします。
と、ここまで書いて郵便番号検索をしてみたら、早くも356-0050大井町ふじみ野が掲載されていました。それだけでなく 259-1211平塚市ふじみ野があることまで発見。
ついでに「ふじみ野」の語源になったと思われる富士見は、1956年昭和大合併による村新設に際して命名されました。町制1964年、市制1972年。由来について、富士見市史は「村内のどこからでもはるか西方に富士山をのぞむことができるところから命名されたものである。」と記しています。珍奇な合成地名よりましだったとあきらめるにしても、富士山が「どこからでも」見える土地柄だけに、周辺の他地名と区別する識別性能が極めて弱い地名であると思います。
また郵便番号検索ですが、「富士見」で検索すると埼玉県は10件+富士見市、東京都9件、神奈川県10件、静岡県12件という調子です。意外だったのは山梨県で僅かに3件。富士が見えるのはあたりまえで地名にはならないというなら、これも見識です。その他北海道から長崎・大分までありますが、もちろん別の富士でしょう。
明治以来の歴史のある長野県や群馬県の富士見村(長野は1955年に町)には、「周辺では見えない富士が、この村では見える」というメッセージが込められているように感じられます。事実該当町村以外は長野2件、群馬1件にすぎず、隣の上福岡市や川越市(2件)を含めて富士見だらけの埼玉県とは大違いです。もっと良い村名はなかったのかな。
その点「ふじみ野」の方が、識別性が少しは向上していることを評価したいと思います。かな+漢字のおかげですか。