印刷字体の問題であることを論じた
[77399]に続き、複数の字体が使われている背景を探ります。
以下、時系列を追いながら、「蓮田」などの自治体名の表記に影響した 内閣告示、法務省告示、日本工業規格(JIS)、国語審議会答申を列挙します。
(1)1934/10/1 埼玉県南埼玉郡綾瀬村が町制、蓮田町と改称。【当時の活字体は2点しんにゅう】
(2)1946/11/16 内閣告示で
当用漢字表 制定 1850字。
末尾に掲載された官報の画像は、クリックすると1段毎に拡大できます。
当用漢字表の「使用上の注意事項」には、“この表の漢字で漢字で書きあらわせないことばは,別のことばにかえるか,または,かな書きにする。”となっています。これだけだと「大阪」は「大坂」と書き換えられることになりそうですが、「まえがき」の“固有名詞については…別に考えることとした。”に従い、表外字もそのまま使われたようです。
この当用漢字表には、慣用されているものの中から簡易字体 131字が採用され、本体として制定されました。
仙臺・横濱・金澤 などは、この時に「自動的に」簡易字体を使った 仙台・横浜・金沢 に表記が変りました
[74082]。
この 131字中には 逓・遅・辺・随・髄 も登場し、田邊市は「1点しんにゅう」市の第1号「田辺市」になりました。
「蓮」は当用漢字に含まれないので、「2点しんにゅう」の旧字体のまま、“一般社会で使用する漢字”表の外に取り残され、“別に考える”固有名詞として暫定的継続使用の状態でした。
(3)1949/4/28 内閣告示で当用漢字字体表制定。
青空文庫 の末尾に、官報(号外)に掲載された当用漢字字体表の画像があり、クリックで拡大できます。
1946年の当用漢字表は、基本的には字種を指定しただけで、簡易字体以外の当用漢字の字体には触れていませんでした。1949年の字体表で、約 500の当用漢字が 新字体になりました。「しんにゅう」のつく当用漢字 47文字などは、すべて「1点しんにゅう」になり、「尾道」の表記も自動的に変りました。
「廣島」も、この字体表制定で「広島」になりました。
しかし、表外字を使っている「逗子」や「蓮田」は「2点」のまま変化なく、旧字体のままで市になりました(1954,1972)。
(4)1951/5/25
内閣告示 で「人名用漢字別表」92字が指定され、“常用平易な文字”として子の名に使えることになりました。
当用漢字制定の際に“別に考える”とされた固有名詞のうち、人名については戸籍法令と親の要望を両立させるための別表が作られました。その後も何回かの変更で、人名用漢字は大量に増殖しています。(8)も参照。
(5)1978/3/1 JIS C 6226 情報交換用漢字符号系制定。この時に2点しんにゅうの「蓮」がコード化。いわゆる 旧JISです。
コード化されたということは、既に表外漢字も漢字制限で消える運命から実質的に免れた状態になっていたことを示していると思われます。
(6)1981/10/1 内閣告示で常用漢字表 1945字を制定。
当用漢字時代の“漢字の制限”という言葉はなくなり、“漢字使用の目安”になったので、日陰者的な表外字の「蓮」も、ようやく存在根拠を得たような気がします。
(7)1983/9/1 「83JIS」とも呼ばれる第2次JIS規格制定。常用漢字表制定や 24ドットプリンタ検討の時期です。
[77147] 実那川蒼 さん
「蓮」のJIS漢字の字体(パソコン上の字体)は1978年に2点しんにょうで制定されました。(中略)ところが、5年後の1983年に1点しんにょうに変更されました。
上記のような経緯によって、表外字のまま 83JISで「1点しんにゅう」の「蓮」が出現しました。
当用漢字字体表や常用漢字表の流れから、漢字パーツとしての「しんにゅう」が、2点から1点に移行する傾向は明白であり、「蓮」のような表外字についてもこれを先取りした 83JIS の気持ちは理解できます。
1987年日本工業規格に分類記号「X」情報部門が新設され、83JISはJIS X 0208 情報交換用漢字符号に移行しました。その後の改正を経ながら「1点蓮」のまま現在に至っています。
(8)1990/4/1施行の戸籍法施行規則改正で人名漢字別表に「1点しんにゅう」の「蓮」を追加。
1990年に「蓮」が人名用漢字に追加されたときには、JIS漢字の字体を追認する形で1点しんにょうとなり、漢和辞典でも1点しんにょうが新字体、2点しんにょうが旧字体となりました。
この段階で、「1点蓮」はJISと人名とで市民権を得たわけですが、文部行政当局は、広く普及している活字文化に混乱をもたらす可能性のある新字体採用には 慎重な姿勢で、すぐには動きませんでした。
でも、この間にもパソコンの普及は著しく、日本でも文字は“書くもの”から“打つもの”へと変ってきました。
(9)2000/12/8 国語審議会が
表外漢字字体表 1022字を制定。
人名以外での一般の表記に使用する字体についてはその後も不明確でしたが、2000年の表外漢字字体表の制定によってJIS漢字および人名用漢字の1点しんにょうの字体が追認され、公式の字体になりました。
中央省庁整理統合により 2001年から文化審議会国語分科会になっている旧国語審議会の答申は、文化庁HPでは整理中ですが、文部科学省HP内にありました。内閣などの告示にはなっていない内部資料ですが、地方自治体や国民一般が漢字を扱うにあたっての参考として利用されることを意識していると思われます。
この答申にも、情報機器の発達が、常用漢字制定時の予想を超えた表外漢字使用の日常化を招き、表外漢字における標準字体確立の必要性が増大したことが記されていますが、「1点しんにゅう」字体を全面的に公認したわけではありません。
ただ表外漢字字体表の対象漢字選定においては、人名用漢字も常用漢字と同様に対象外となっています。
既に法務省の人名漢字になっていた「1点しんにゅう」の「蓮」は、この段階で 文部科学省にも ほぼ公認?に準じる扱い を受け始めたということでしょうか。
逗子の「逗」は、2000年時点では人名用漢字になっていなかったので、
字体表 の 736に「2点しんにゅう」が印刷標準字体に収録され、備考欄に「3部首」該当であることが示されています。
3部首とは “しんにゅう,しめすへん,しょくへん”のことで、標準は2点しんにゅう、しめすへん等であっても、現に1点しんにゅう、ネへん等の字形を用いている場合には、これを認めることにしたとされるものです。
都祁村の「祁」も、字体表の 169では「しめすへん」が印刷標準として収録され、パソコンで使える「ネへん」の字は3部首許容対象という位置付けです。
なお、「逗」は 2004年に人名漢字になりました。逗子市HPを見ると、当然のように、1点しんにゅうを使っています。
(10)2010/11/30 内閣告示で新しい
「常用漢字表」2136字 制定。
「蓮」と「逗」とが、常用漢字表外であることは変わらず。
尾道・田辺・遠野・四街道・日進・京田辺各市に使われている常用漢字は、当然、すべて「1点しんにゅう」。