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発言者
[93873]2017年9月25日
若年首長(秋田県)



[93873] 2017 年 9 月 25 日 (月) 00:42:24【1】 N さん
 若年首長(秋田県)

[93731]に引き続き、秋田県の若年首長の情報提供です。
すべて新規です。

河辺郡雄和村・雄和町
工藤 清一郎
1918(T7).7-12生
1956(S31).10?雄和村長就任(37才8ヶ月-38才2ヶ月)
1992(H4)退任(9期)
秋田市HP
秋田魁新報
語り難さから学ぶ−秋田農村における戦争体験−

平鹿郡阿気村・大雄村
高橋 信雄(たかはし のぶお)
1914(T3).?生
1951(S26).?阿気村長就任(36才?ヶ月)
1955(S30).4.1合併により失職(1期?)
1955(S30).?大雄村長就任
1976(S51).?出張先にて急死(6期)
日本掃苔録
秋田県広報ライブラリ

北秋田郡田代町
吉田 光明(よしだ みつあき)
1952(S27).2-1953(S28).2生
1991(H2).2-3.?就任(38才?ヶ月)
2005(H17).6.20合併により失職(4期)
時事通信
秋田県広報ライブラリ

南秋田郡飯田川町
淡路 龍(あわじ たつお)
1927(S2)-1928(S3)生
1961(S36)?就任(33才)
1985(S60)落選(6期)
1989(H1)再任(61才)
1993(H5)退任(1期)
秋田県広報ライブラリ
秋田県広報ライブラリ
秋田県広報ライブラリ
就任日は「通算7期」からの逆算ですが、1962年時点で町長であることは確定しているので、40才未満での就任は間違いないです。

仙北郡横堀村
原 龍一(はら りゅういち)
1915(T4)-1916(T5)生
1947(S22).4.5就任(30-31才)
1955(S30).3.31合併により失職(2期)
秋田県広報ライブラリ
Wiki
生年月日は1987(S62)時点で71才であることからの逆算です。

仙北郡太田村・太田町
鈴木 孝治
1920(T9)-1921(T10)生
1955(S30)太田村長就任(34-35才)
1959(S34)落選?(1期)
1971(S46)太田町長就任(50-51才)
1991退任?(5期?)
大仙市HP
秋田県広報ライブラリ
秋田県広報ライブラリ
生年月日は1987(S62)時点で66才であることからの逆算です。
就退任年は、石崎克平氏が1959(S34)から3選していること、鈴木氏が太田村新設時に村長であったように読める資料があることからの推測です。
最後何年まで務めたかは確定できませんでした。また、1987時点で7選とのことなので、前身の横沢村か長信田村で村長を務めていた可能性があります。

仙北郡長信田村
小松 武文(こまつ たけふみ)
1913(T2).8.19生
1947(S22).4.?就任(33才7ヶ月)
退任日不明
秋田県広報ライブラリ
秋田県広報ライブラリ

北秋田郡森吉町
近藤 富治郎
1920(T9)-1922(T11)生
1960(S35).11.18就任(38-39才)
1968(S43)落選(2期)
1972(S47).11.18再任(50-51才)
1988(S63)退任(4期)
広報もりよし
広報もりよし
広報もりよし
秋田広報ライブラリ
広報もりよしでは38才で就任と書かれていますが、秋田広報ライブラリでは1984.10.20時点で63才になっていて、計算が合いません。どちらにせよ30代ですが。

北秋田郡前田村
庄司 兵蔵
1915(T4).12-1916(T5).12生
1947(S22)就任(30-31才)
1955(S30)退任(2期)
広報もりよし

南秋田郡上井河村
齋藤 正作(さいとう しょうさく)
1913(T2).5-1914(T3).4生
1951(S26).4.23就任(37才?ヶ月)
1955(S30).2.1合併により失職(1期)
Wiki
秋田県広報ライブラリ
生年月日は1967(S42)時点で53才であることからの逆算です。
齋藤正寧元井川町長の父、齋藤多聞井川町長の祖父とのことなので、齋藤家は三代続けて若年首長なんですね。

南秋田郡大潟村
宮田 正馗(みやた せいき)
1938(S13)生
1978(S53).9.5就任(39才?ヶ月)
2000(H12)退任(6期)
Wiki
秋田県広報ライブラリ
大潟村の歴史を語る

雄勝郡羽後町
佐藤 善三(さとう ぜんぞう)
1929(S4)-1930(S5)生
1963(S38).4.30就任(32-33才)
1967(S42)退任(1期)
羽後町HP
秋田県広報ライブラリ
生年月日は1987(S62)時点で57才であることからの逆算です。

<不確定情報>
南秋田郡金足村
三浦 盛典(みうら もりすけ)
1916(T5).1.26生
秋田県広報ライブラリ
金足村長の就任日が戦前か戦後か確定できません。
仮に1947.4就任であれば、31才3ヶ月での就任になります。
ちなみに、このページ
その後、時勢は大きく幾変転して、私は秋田市第十二代市長となったとき、金足村を合併し、奈良家幾代目かの継承人奈良恭三郎氏は秋田市収入役(今は退任)三浦家の長子三浦盛典氏は秋田市商工課長(今は県会議員)として、私の許に働いてくれた。この両家とも、農地改革によって、田地は没収されたが、農地以外の財産の総積は、依然として秋田県における金持であるが、両氏とも相前後して村長であった関係上、人材の徒食を惜しみ、市役所入りをすすめたのであった。
とあります。武塙祐吉氏が秋田市長に就任したのが1951/04/25で、それに相前後して村長であったとのことですので、戦後村長に就任したのならばそれは1947〜1951の間になります。

山本郡響村
畠山 敏雄(はたけやま としお)
1912(M45).6.6生
1951(S26)就任?(38才?)
秋田県広報ライブラリ
秋田県広報ライブラリ
昭和30年の参議院の議事録を読むと、1955.4.30に成田龍三氏が村長に就任し、その前任が畠山氏であったことはわかります。
また、1952.8時点で畠山村長であったこともわかります。これらから、1952.6-1952.8に就任していない限りは、30歳代での就任になります。
成田氏の就任日が4.30なので素直に考えれば、1947-1951が石山長五郎氏、1951-1955が畠山氏、1955-成田氏ではないかな、と。

平鹿郡旭村
鈴木 清(すずき きよし)
1907(M40).4.29生
1947(S22).4.?就任?(39才11ヶ月)
Wiki
秋田県広報ライブラリ
戦後に旭村長に就任したことはわかりますが、日付が確定できません。
1947.4.28以前の就任であれば39才での就任になります。
旭村は1951.4.1に横手町に編入されているので、1期4年務めたとすれば、1947年就任です。



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