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にまんさんの記事が1件見つかりました

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記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[81174]2012年7月23日
にまん

[81174] 2012年 7月 23日(月)22:30:47にまん さん
十勝川
[81170] Issie さん

いや,もっと単純に,北海道に国郡が設置された1869(明治2)年の段階では十勝平野の内陸まで実測が行われてはいないでしょうから方位の測量も完全ではなく,やっぱりサックリと“十勝川の西と東”ということなのかもしれませんが。

私はサックリ説に一票。
ただ、測量が完全でないといっても、星や太陽を見ればおおまかな東西南北は明らかですから、それが原因ではないと思います。
当時の開拓者の視線を想像するに、陸路はないといっても過言ではないですから、主要な交通路は十勝川であり、本土から来る人々にとって十勝川は河口から「北上」するという感覚が強かったのではないでしょうか。川なので途中方向が変わるのは知っていたとしても感覚的には北から南に流れていると。
例えとして適切かどうかわかりませんが、JR高崎線が東京から北に向かって走っているという感覚で、行田、妻沼を高崎線東、川本、大里を高崎線西とするようなものかと思います。

そんなこんなで、十勝川を中心に考えて、下流域が「中川郡」、中流域が左岸「河東郡」、右岸「河西郡」、上流域が「上川郡」。安易だとは思いますが、既存の地名を使っていないことを考えると十分考えられるのではないでしょうか。


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