このところ仕事でトラブルが続きなかなか書き込む機会がありませんでした。
大変遅ればせながらではありますが、白桃さんおかえりなさい。復帰を心待ちにしておりました。
十番勝負、お手柔らかにお願いいたします。
まだ体調が万全ではないとのことですが、どうぞご自愛ください。
[100944] 白桃さん
【秀邑】(【大・昭の名邑】)
個人的には、山北が意外です。
この記事を拝見し、昔お世話になっていた理容店の店主から「祖父が山北出身なんだけど、昔は山越えのための機関車の補機の連結を山北駅でやっていて、お客さんが時間待ちでみんな途中下車するから大変栄えてたらしいんですよ。今では考えられないけど映画館もあったらしいですよ。」という話を聞いたのを思い出しました。
神奈川県公式HPでも「
鉄道のまち山北」として、「箱根越えの基地駅として機関庫が置かれ、一時は総勢700人を超える人が働いていました。」など、往時の繁栄ぶりが紹介されています。
以下は山北町公式HPからの引用です。
明治22年の東海道線の開通で山北駅が開業すると、山北も鉄道の町として大きく変わっていきます。
大正時代になると一層鉄道の町の様相が強くなり、山北駅前には多くの商店が軒を並べ、演芸場や呉服店、馬力屋、薬屋、医院などで大変な賑わいでした。このころの山北駅周辺は、鉄道唱歌や童謡「汽車ポッポ」などに唄われるほか、「線守稲荷」の民話、山北駅名物「鮎寿司弁当」なども生まれました。