[107043]でアップロードした明治22年(1889年)12月31日調市区町村別人口ですが、
[107191]に示したように、
『戸籍表 明治二十二年 上』
『戸籍表 明治二十二年 下』
という新たな資料が見つかった結果、府県統計書で不足したデータを補う必要もなくなり、また入寄留の陸海軍在営艦者についても
[107199]に示したようにより正確なデータを得ることができました。
加えて、無籍在監人と入寄留の囚人及懲治人についても見直し作業を行ったところ、いくつか間違いが見つかったので訂正します。
まず監獄の所在地と判事被告人、懲治人、囚人、無籍在監人の統計ですが、これらは『日本帝国民籍戸口表』の「各地方在監者有籍者及無籍者人口表」にまとまっています。例えば『明治二十四年十二月三十一日調 日本帝国民籍戸口表』の場合、「
第十二 各地方在監者有籍者及無籍者人口表」が該当します。ただこの表をよく見ればわかるように、監獄の所在地は郡市区レベルまでは表記されているものの、町村レベルの所在地までは示されていません。よって別の文献を使って調べる必要が出てきました。
また、残念ながら明治22年版と明治23年版はオンラインで閲覧できないので、東洋書林出版『国勢調査以前日本人口統計集成 〈3〉 明治22―25年 近代日本歴史統計資料』を利用する必要がありました。しかしながら、
[107043]でも言及したように、本書収録のものは、明治22年の統計に関して「各地方在監有籍者及無籍者人口表」のうち、鹿児島県(一部)・沖縄県・北海道に関する134頁~135頁分が欠落していますので、総務省統計局統計図書館所蔵の『明治二十二年十二月三十一日調 日本帝国民籍戸口表』原本を利用しました。
ここで驚くべき発見がありました。なんと総務省統計局統計図書館所蔵の『明治二十二年十二月三十一日調 日本帝国民籍戸口表』には、先人による鉛筆の書き込みがあり、なんと全ての監獄の町村レベルでの所在地が判明したのです!よってその情報をほぼ完全に信用して作成したのが、
[107043]でアップロードした明治22年(1889年)12月31日調市区町村別人口の表でした。
しかしながら改めて見直したところ、複数の誤りが見つかりました。以下の修正は明治23年度にも関わります。
1.厳原監獄署の位置を、下県郡厳原村から下県郡国分町に訂正
これは完全に私のミスです。先人の書き込みによると「厳原国分町」と書かれていたにも関わらず私の方で下県郡厳原村で集計してしまいましたが、正しくは下県郡厳原国分町=下県郡国分町です(厳原を町村名に入れるかどうかは表記揺れの範疇)。長崎県の監獄署の所在地は、『
明治十九年 長崎県統計書』の段階で既に「下県郡厳原国分町」と記載されており、島原監獄支署と名称を変更した後の『
明治二十四年 明治二十五年 明治二十六年 長崎県統計書』でも、「下県郡厳原国分町」となっています。『
長崎刑務所 刑務一覧表 昭和五年』の方に詳しい経緯が載っていますが、
旧牢屋の建設年代等は詳かならざるも、明治七年前迄は打廻役所と称し、同七年長崎県厳原支庁囚獄局と改め、翌八年厳原監獄署と改称す。位置は明治十余年前迄は長崎県下県郡厳原町大字今屋敷(現在は郵便局)に在りしが、同十四年、現在の厳原町大字国分旧藩主宗家所有の米倉庫内に移転し、明治二十三年十月に至り長崎県厳原監獄支署となし、同三十六年四月監獄官制施行に伴い長崎監獄厳原分監と称し、其後大正十一年十月監獄官制改正に依り長崎刑務所厳原支所と改め、更に昭和四年十二月監獄官制改正の結果、厳原刑務支所と改称し、今日に及べり。
とあり(現代仮名遣いにして濁点や句読点を追加、以降も必要に応じて原文に対して同様の措置をしています)、下県郡国分町で問題ありません。
【追記:なお、明治22年度の町村別戸口表では、欄外に官報掲載の現住人口に相当する数値が記されており、そもそも官報に掲載されていない隠岐、対馬、奄美、トカラ、沖縄県についてもその数字が揃っていました。厳原監獄署は無籍在監人が0人であり、そのため町村別戸口表に書き込まれた官報掲載の現住人口からは、厳原村/国分町の間違いを確認できませんでした。】
2.根室監獄署厚岸分署の位置を、厚岸郡湾月村から厚岸郡床潭村に訂正
監獄の位置を調べ直すきっかけとなった情報です。
まず、村尾元長編纂『
袖珍増訂 北海道通覧 付全道略図』(明治22年11月増補訂正)の、明治22年8月31日調の監獄署の名称と位置において、
署名 | 位置 | 分署名 | 位置 |
札幌監獄署 | 石狩国札幌郡苗穂村 | 増毛分署 | 天塩国増毛郡増毛村 |
根室監獄署 | 根室国根室郡根室村 | 厚岸分署 | 釧路国厚岸郡湾月町 |
というのを見つけました(該当箇所のみを抜粋)。この段階では先人の書き込みとは異なり、増毛分署の位置が増毛郡永寿町ではなくて増毛郡増毛村になっている!という違和感でした。そこで『
現行布令提要』を調べたところ、明治23年12月調の集治監及監獄署現在表において、
監獄名称 | 位置 |
札幌監獄署 | 石狩国札幌郡苗穂村 |
増毛分署 | 天塩国増毛郡永寿町 |
根室監獄署 | 根室国根室郡根室村 |
厚岸分署 | 釧路国厚岸郡床潭村 |
こちらでは、増毛分署の位置は先人の書き込みと同じ増毛郡永寿町になっていましたが、今度は厚岸分署の位置が先人の書き込みの厚岸郡湾月町ではなく、厚岸郡床潭村になっている!
最終的に『
法規分類大全 〔第30〕 警察門 第1 警察総 衙署』の記述から、増毛分署の位置は増毛郡永寿町で正しいが、厚岸分署の方は厚岸郡床潭村の方が正しいと判断しました。
根室県告示 十七年十一月二十二日第五十号
管下黒国厚岸郡厚岸ニ監獄支署ヲ設置シ厚岸監獄支署ト称ス
右告示候事
根室県達 十七年十二月二十日丙第四十一号局県掛署
厚岸監獄支署本月八日ヨリ開庁候条為心得此旨相達候事
札幌県告示 十八年十一月二十六日丁第百五十六号
増毛郡増毛永寿町三丁目ヘ監獄支署ヲ設置シ増毛監獄支署ト名称シ来ル十二月一日ヨリ開署ス
右告示候事
北海道庁根室支庁布達 十九年三月一日甲第四号
根室郡根室弥栄町番外地厚岸郡床潭村字バラサンニ監獄ヲ設置シ根室監獄厚岸監獄ト称ス
右布達ス
北海道庁根室支庁告示 十九年八月十九日第六十四号
当根室監獄ヲ根室国根室村四百五十番地ニ移シ本月二十日ヨリ同所ニ於テ事務取扱ハシム
右告示ス
3.京橋区に大字として石川島という項目を増やし、石川島監獄署の位置を東京市京橋区佃島から東京市京橋区石川島に訂正
これは間違いというほどのことではないのですが・・・明治5年の町名改正で石川島は佃島に吸収されたため、市制施行前の段階では「京橋区石川島」という町村名は無くなっていました。実際、『
東京府人員統計表 明治二十二年十二月末日現在』には京橋区佃島はありますが、京橋区石川島はありません。ところが、『
明治廿二年十一月十五日 新旧対照市町村一覧 いろはわけ新町村索引 附警察区画市町 村役所役場位置 郵便電信局位置』では、石川島という大字名が復活しております。ここら辺結構曖昧なのですが、明治22年以降も京橋区石川島という住所表記が存在する点などから、明治22年の東京市成立時に、石川島監獄署の領域に限って大字名として石川島が復活したと判断しました。参考までに『
全国所得納税者姓名録 : 一名・代議士撰挙の台帖 第1冊(東京府十五区ノ部)』(明治21年)によると、大浦孫兵衛と戸所芳秦なる2名の住所が、「石川島監獄署内」となっており、佃島とは区別されています。
というわけで、松本徳太郎編『
明治宝鑑』(明治25年9月出版)や『
司法省監獄局第三回統計年報』記載の住所との比較により、監獄の所在地の再検討を行いました。その結果、ほかには間違いは見つかりませんでした。以下記述に微妙な点があったものをまとめます。
A.横浜監獄署:『
明治宝鑑』では明治25年の神奈川県監獄署の住所が「横浜市」との記述がありますが、『
神奈川県第二回県治一斑』によると明治20年12月31日現在の横浜監獄の位置は久良岐郡戸部町宮ノ前、『
明治廿七年神奈川県監獄統計表』によると明治27年の神奈川県監獄署の位置は久良岐郡戸太村字戸部六百〇弐番地とあり、監獄署の位置は一貫して横浜市外の久良岐郡戸部町→久良岐郡戸太村です。『
神奈川県警察史 上巻』によると安政2年につくられた戸部牢屋敷(久良岐郡戸部町宮ノ前)が維新後横浜監獄署となり、明治11年横浜監獄本署となり、明治19年再び横浜監獄署となり、明治23年に神奈川県監獄署となり、明治32年に久良岐郡根岸村へ移転となったようです。実際官報掲載の現住人口で、無籍在監人11人が久良岐郡戸太村に足されています。なお、日本帝国民籍戸口表掲載の現住人口の方は算出された現住人口を本籍人口に再び代入して現住人口を算出するという、久良岐郡戸太村の人口を過剰にする酷い計算間違いが実施されています。
B.長崎県監獄署:『
長崎市史 第五巻 地誌編 名勝旧跡部』によると、長崎監獄は明治14年に片淵町一番地に建築されたとありますが、片淵郷の内、明治22年の市制施行時に長崎市に編入されたのは、 『
明治廿二年十一月十五日 新旧対照市町村一覧 いろはわけ新町村索引 附警察区画市町 村役所役場位置 郵便電信局位置』によると、片淵町之内字小角のみで、残りは西彼杵郡上長崎村であり、これだけでは長崎監獄が本当に長崎市内に編入されたかどうか判断できません。幸いなことに、明治22年の『
長崎市及四近之図 The Nagasaki city and environs』が閲覧可能で、この地図の右上の方に「監獄署」が市界の内側に含まれていることが確認できますので、長崎市内で確定です。実際官報掲載の現住人口で、無籍在監人27人が長崎市に足されていますし、日本帝国民籍戸口表掲載の現住人口でも入寄留の囚人及懲治人518人が長崎市に足されています。
C.長岡監獄署:『
明治宝鑑』では明治25年の長岡監獄支署の住所が「古志郡長岡町」との記述がありますが、『
長岡の歴史 第5巻』によると、長岡監獄署が置かれたのは今朝白町です。今朝白町は、町村制施行時に古志郡長岡本町所属となっており、古志郡長岡町は間違いです。実際官報掲載の現住人口で、無籍在監人1人が古志郡長岡本町に足されています。
D.前橋監獄署:『
明治宝鑑』では明治25年の群馬県監獄署の住所が「東群馬郡上川淵村大字紅雲分村」との記述がありますが、『
他の資料』では、明治34年末の段階で「前橋市宗甫分村」とあります。町村制施行の直前である明治21年、『
前橋刑務所, 「前橋刑務所史料の一片 ―大渡橋作業隊を思う―」, 刑政, 106 (5), 60-66 (1995).』によると、明治21年に前橋刑務所が移築された場所は、東群馬郡宗甫分村・仝紅雲分村境界とあります。明治22年の町村制施行で前橋町に編入されたのは、『
群馬県百年史 下巻』などによると東群馬郡紅雲分村の一部、東群馬郡宗甫分村の一部(字柿ノ宮西、柿ノ宮前、長昌寺前、川原甲四七〇番、乙同、乙四八〇番、丙四七二番、川原縁自甲三九五番至三九八番、乙ノ乙三九五版、自乙三九五番至三九七番、甲四〇一番乙同甲四〇二番乙同、乙四〇三番、乙四〇七番、乙ノ乙四〇九番、冷泉院前自三三〇番至三三二番、自三二五番至三二九番、自三一五番至317番、三一〇番、乙三〇九番)とあります。ここで『
前橋市史 第7巻 (資料編 2)』収録の明治41年の地図を見ますと、監獄署のあるところはほぼ大字宗甫分村で、敷地の大部分は字柿ノ宮前、一部が字柿宮西、字冷泉院前、敷地の端の部分が字河原縁にかかっていることが見てとれます。明治41年段階では、上川淵村の一部が追加で編入されていますが、監獄の主たる敷地を形成する字柿ノ宮前、字柿宮西は全て明治22年の段階で前橋町に組み込まれており、東群馬郡上川淵村は間違いです。実際官報掲載の現住人口で、無籍在監人18人が東群馬郡前橋町に足されていますし、日本帝国民籍戸口表掲載の現住人口でも入寄留の囚人及懲治人656人が東群馬郡前橋町に足されています。
E.静岡監獄署:『
明治宝鑑』では明治25年の静岡県監獄署の住所が「静岡市」との記述がありますが、『
明治十二年 静岡県統計概表』では、駿河国安倍郡井ノ宮村、『
袖珍静岡県地誌小成』では、明治25年の段階で駿河国安倍郡南賤機村井ノ宮となっており、静岡監獄署は町村制施行前後で一貫して静岡市外の安倍郡安西井ノ宮村→安倍郡南賤機村です。よって静岡市は間違いです。実際官報掲載の現住人口で、無籍在監人12人が安倍郡南賤機村に足されています。
F.宮城集治監:『
明治宝鑑』では「宮城郡南小泉村」と、仙台市外との記述がありますが、『
日本監獄教誨史 下巻』によると、宮城集治監は伊達政宗が築いた若林城跡(宮城郡南小泉村字行人塚旧古城)に明治11年竣工、明治12年完成とあります。『
第4回 宮城県県治一斑』によると、南小泉村字行人塚は、仙台市発足時に仙台区と共に編入されており、実際、『仙台市史 第3巻 附図』収録の明治末年の
仙台市全図でも、右下の方の宮城監獄(明治36年に宮城集治監から改名)が、仙台市内となっています。よって、宮城郡南小泉村は間違いです。実際官報掲載の現住人口で、仙台監獄署と宮城集治監の無籍在監人合計64人は仙台市に足されています(が、1人人口にズレがあります)。日本帝国民籍戸口表掲載の現住人口でも仙台監獄署と宮城集治監の入寄留の囚人及懲治人の合計1100人が仙台市に足されています。
G.盛岡監獄署:『
明治宝鑑』では明治25年の岩手県監獄署の住所が「盛岡市字狐崎」との記述がありますが、『
岩手郡誌 (岩手県郷土誌叢刊) 』によると、盛岡監獄本署は明治18年に岩手郡下厨川村字狐森、後の岩手郡厨川村大字下厨川字狐森一番地に建設とあります。明治22年の時点で南岩手郡下厨川村は南岩手郡厨川村大字下厨川となっており、よって盛岡市内は間違いで、南岩手郡厨川村が正しいです。実際官報掲載の現住人口で、無籍在監人1人が岩手郡厨川村に足されています。
H.青森監獄署:『
明治宝鑑』では明治25年の青森県県監獄署の住所が「東津軽郡荒川村」との記述がありますが、『
青森市議会史 明治編』によると、青森監獄署が東津軽郡荒川村に移転したのは明治24年6月8日のことです。それ以前は、『
明治十五年 青森県統計書』の段階では青森監獄本署は東津軽郡青森寺町字杉畑であり、明治22年の町村制施行時には東津軽郡青森町大字寺町に所在したことになります。実際官報掲載の現住人口で、無籍在監人1人が東津軽郡青森町に足されていますし、日本帝国民籍戸口表掲載の現住人口でも入寄留の囚人及懲治人317人が東津軽郡青森町に足されています。
I.鰺ヶ沢監獄署:『
明治宝鑑』では明治25年の鰺ヶ沢監獄支署の住所が「西津軽郡鰺ヶ沢町」との記述がありますが、『
青森県治一覧』によると、明治23年の段階で鰺ヶ沢支署の所在地は西津軽郡舞戸村となっています。『
鰺ケ沢町史 第2巻』によると、監獄があったのは西津軽郡舞戸村岩谷の南端の丘の上で、よって、西津軽郡鰺ヶ沢町は間違いであり、西津軽郡舞戸村が正しいです。
J.秋田監獄署:『
司法省監獄局第三回統計年報』によると、明治34年の秋田県監獄署の所在地は秋田市土手長町上丁となっていますが、『
秋田県警察史 上巻』や『
秋田県史 第5巻』にあるように、明治19年秋田市長野町に未決監を新築し、そこを「監獄本署」とし、続いて「秋田監獄」と改名、一方でそれまで秋田市土手長町のは「監獄本署既決監」と呼称したとあります。秋田市長野町の秋田監獄は、歩兵位置七連隊建設用地となったため、明治30年に南秋田郡川尻村に移転し、一方で秋田県秋田市土手長町の既決監は、明治36年以降「長町出張所」と呼ばれるようになったとあります。よって、明治22年当時、秋田市内の長野町に「秋田監獄署」が、土手長町に「秋田監獄署既決監」があったことになり、統計上は一緒になっています。住所としてはとりあえず秋田市長野町の方を優先させます。どっちにせよ秋田市内ですが。
K.西郷監獄署:実は先人による鉛筆の書き込みでは、西郷監獄署の所在地が「西郷町」となっておりましたが、個人的な調査で無意識のうちに「西郷西町」に改訂していました(【追記:明治22年度の町村別戸口表では、欄外に官報掲載の現住人口に相当する数値が記されており、そもそも官報に掲載されていない隠岐、対馬、奄美、トカラ、沖縄県についてもその数字が揃っていました。西郷監獄署は無籍在監人が3人であり、その数字を加えることで西郷西町に関する官報掲載の現住人口が検算できたとこから、過去の自分は最初から西郷監獄署を周吉郡西郷西町で登録していたようです】)。『
明治二十三年(一月三十一日現在) 職員録 (乙)』によると西郷監獄署の所在地は周吉郡西郷西町、『
島根県令規類纂 下』でも、明治26年12月5日時点で隠岐周吉郡西郷西町に監獄支署を置き、西郷監獄支署と称すとあります。『
日本監獄教誨史 下巻』などを読んでも、明治初期に設けられた隠岐懲役場からの移転の情報がなく、ずっと隠岐の監獄は周吉郡西郷西町に設置されていたと思われます。
L.広島監獄署:『
明治宝鑑』では明治25年の広島県監獄署の住所が「広島市水主町」との記述がありますが、『
広島県案内』によると、監獄は明治21年3月に広島市吉島村に移転しています。『
広島市史 第4巻』にその辺の詳しい経緯がまとまっており、水主町には拘置所が存続したようで、明治22年当時の広島監獄署の位置は広島市吉島とするべきと思われます。いずれにせよ広島市内です。
M.垣花監獄署:『
明治宝鑑』では明治25年の沖縄県監獄署の住所が「首里」との記述がありますが、『
沖縄案内 新版』によると、明治12年10月、那覇東村二番地天使館内に警察本著の直轄として沖縄県監獄署が設置されたが、明治13年8月に、那覇東村旧船手蔵に移転し、さらに明治15年、小禄間切儀間村二一八番地(那覇市住吉町二の一番地)に移転、大正15年になって沖縄刑務所として、島尻郡真和志村字古波蔵楚辺原一四二四番地の一に移転という経緯を取っています。よって、「首里」は完全に間違いで、明治22年当時の垣花監獄署は、島尻小禄間切儀間村にありました。
以下、明治22年当時の監獄署の位置と無籍在監人、入寄留の囚人及懲治人の数字をまとめます。
市区町村 | 監獄署名 | 府県庁 | [入]無籍在監人 | [入]囚人及懲治人 |
東京市麹町区永楽町一丁目 | 監獄本部 | 東京府 | 4 | 111 |
東京市京橋区石川島 | 石川島 | 東京府 | 23 | 1,838 |
牛込区市谷谷町 | 市ヶ谷 | 東京府 | 3 | 1,203 |
南葛飾郡南綾瀬村小菅 | 東京集治監 | 東京府 | 69 | 835 |
小笠原島父島大村 | 大村 | 東京府 | 0 | 8 |
京都市上京区主税町 | 京都 | 京都府 | 3 | 1,038 |
紀伊郡伏見町 | 伏見 | 京都府 | 0 | 0 |
船井郡園部村 | 園部 | 京都府 | 0 | 18 |
天田郡福知山町 | 福知山 | 京都府 | 1 | 21 |
与謝郡宮津町島崎 | 宮津 | 京都府 | 4 | 163 |
堺市車之町西二町 | 堺 | 大阪府 | 1 | 497 |
西成郡川崎村字堀留 | 堀川 | 大阪府 | 13 | 3,101 |
三浦郡豊島村深田 | 横須賀 | 神奈川県 | 14 | 427 |
足柄下郡小田原新玉 | 小田原 | 神奈川県 | 0 | 16 |
久良岐郡戸太村戸部 | 横浜 | 神奈川県 | 11 | 752 |
南多摩郡八王子町元横山町 | 八王子 | 神奈川県 | 2 | 38 |
神戸市神戸宇治野町 | 神戸 | 兵庫県 | 1 | 758 |
神戸市兵庫南逆瀬川町 | 兵庫仮留監 | 兵庫県 | 0 | 176 |
多紀郡篠山町北新町 | 篠山 | 兵庫県 | 0 | 97 |
城崎郡豊岡町南本町 | 豊岡 | 兵庫県 | 0 | 116 |
明石郡明石町大明石 | 明石 | 兵庫県 | 0 | 57 |
飾西郡高岡村今宿 | 姫路 | 兵庫県 | 6 | 366 |
楫西郡龍野町日山 | 龍野 | 兵庫県 | 0 | 78 |
津名郡洲本町山下町 | 洲本 | 兵庫県 | 0 | 129 |
長崎市片淵郷小角 | 長崎 | 長崎県 | 27 | 518 |
東彼杵郡大村 | 大村 | 長崎県 | 5 | 71 |
南高来郡島原村旧郭内桜馬場 | 島原 | 長崎県 | 3 | 94 |
北松浦郡平戸村 | 平戸 | 長崎県 | 1 | 44 |
南松浦郡福江村 | 福江 | 長崎県 | 0 | 23 |
石田郡武生水村 | 武生水 | 長崎県 | 0 | 25 |
下県郡厳原国分町 | 厳原 | 長崎県 | 0 | 60 |
新潟市西大畑町 | 新潟 | 新潟県 | 3 | 573 |
北蒲原郡新発田本村 | 新発田 | 新潟県 | 2 | 122 |
古志郡長岡本町今朝白町 | 長岡 | 新潟県 | 1 | 167 |
中頸城郡高城村 | 高田 | 新潟県 | 6 | 152 |
雑太郡相川町 | 相川 | 新潟県 | 0 | 36 |
北足立郡浦和町 | 浦和 | 埼玉県 | 33 | 632 |
入間郡川越町 | 川越 | 埼玉県 | 2 | 157 |
秩父郡大宮町 | 大宮 | 埼玉県 | 1 | 96 |
大里郡熊谷町 | 熊谷 | 埼玉県 | 1 | 73 |
安房郡北条町 | 北条 | 千葉県 | 0 | 25 |
望陀郡木更津町 | 木更津 | 千葉県 | 1 | 69 |
千葉郡千葉町 | 千葉 | 千葉県 | 3 | 683 |
匝瑳郡福岡町 | 福岡 | 千葉県 | 0 | 55 |
水戸市上市北 | 水戸 | 茨城県 | 3 | 566 |
新治郡土浦町 | 土浦 | 茨城県 | 0 | 234 |
真壁郡下妻町 | 下妻 | 茨城県 | 1 | 340 |
東群馬郡前橋町宗甫分 | 前橋 | 群馬県 | 18 | 656 |
西群馬郡高崎町宮本町 | 高崎 | 群馬県 | 2 | 200 |
新田郡太田町太田 | 太田 | 群馬県 | 1 | 36 |
河内郡宇都宮町松峯町 | 宇都宮 | 栃木県 | 5 | 685 |
下都賀郡栃木町 | 栃木 | 栃木県 | 0 | 0 |
添上郡奈良町西笹鉾 | 奈良 | 奈良県 | 2 | 223 |
宇智郡五條町 | 五条 | 奈良県 | 1 | 112 |
阿拝郡上野町 | 上野 | 三重県 | 0 | 96 |
津市佐伯町 | 第一安濃津 | 三重県 | 1 | 508 |
津市丸ノ内 | 第二安濃津 | 三重県 | 0 | 55 |
三重郡四日市町 | 四日市 | 三重県 | 0 | 180 |
度会郡宇治山田町岩淵町 | 山田 | 三重県 | 0 | 290 |
名古屋市竪三ツ蔵町 | 名古屋 | 愛知県 | 9 | 1,359 |
中島郡一宮町 | 一宮 | 愛知県 | 0 | 1 |
額田郡岡崎町梅園 | 岡崎 | 愛知県 | 3 | 273 |
渥美郡豊橋町 | 豊橋 | 愛知県 | 0 | 0 |
佐野郡掛川町 | 掛川 | 静岡県 | 1 | 75 |
敷知郡浜松町 | 浜松 | 静岡県 | 3 | 230 |
駿東郡沼津町三枚橋町 | 沼津 | 静岡県 | 4 | 80 |
安倍郡南賤機村安西井ノ宮 | 静岡 | 静岡県 | 12 | 555 |
賀茂郡下田町 | 下田 | 静岡県 | 0 | 13 |
甲府市橘町 | 甲府 | 山梨県 | 7 | 399 |
南都留郡谷村 | 谷村 | 山梨県 | 0 | 22 |
滋賀郡膳所村 | 膳所 | 滋賀県 | 2 | 810 |
犬上郡彦根町 | 彦根 | 滋賀県 | 1 | 101 |
岐阜市今泉 | 岐阜 | 岐阜県 | 10 | 886 |
安八郡大垣町 | 大垣 | 岐阜県 | 0 | 4 |
可児郡御嵩町 | 御嵩 | 岐阜県 | 0 | 0 |
大野郡(飛騨国)高山町 | 高山 | 岐阜県 | 0 | 28 |
小県郡上田町 | 上田 | 長野県 | 3 | 176 |
下伊那郡飯田町 | 飯田 | 長野県 | 2 | 81 |
東筑摩郡松本町 | 松本 | 長野県 | 1 | 208 |
上水内郡長野町旭町 | 長野 | 長野県 | 7 | 474 |
仙台市行人塚 | 宮城集治監 | 宮城県 | 47 | 560 |
仙台市片平丁 | 仙台 | 宮城県 | 17 | 540 |
柴田郡大河原町 | 大河原 | 宮城県 | 0 | 29 |
志田郡古川町 | 古川 | 宮城県 | 0 | 1 |
牡鹿郡石巻町 | 石巻 | 宮城県 | 0 | 4 |
西白河郡白河町 | 白河 | 福島県 | 8 | 123 |
磐前郡平町 | 平 | 福島県 | 6 | 68 |
宇多郡中村町 | 中村 | 福島県 | 0 | 1 |
信夫郡清水村 | 福島 | 福島県 | 17 | 583 |
北会津郡若松町栄町 | 若松 | 福島県 | 0 | 127 |
南岩手郡厨川村下厨川 | 盛岡 | 岩手県 | 1 | 271 |
西磐井郡一関町 | 磐井 | 岩手県 | 0 | 14 |
東閉伊郡宮古町 | 宮古 | 岩手県 | 1 | 0 |
二戸郡福岡町 | 福岡 | 岩手県 | 0 | 0 |
弘前市馬喰町 | 弘前 | 青森県 | 0 | 12 |
東津軽郡青森町寺町 | 青森 | 青森県 | 1 | 317 |
西津軽郡舞戸村岩谷 | 鰺ヶ沢 | 青森県 | 0 | 9 |
北津軽郡五所川原村鶴野 | 五所川原 | 青森県 | 0 | 10 |
三戸郡八戸町 | 八戸 | 青森県 | 0 | 8 |
山形市香澄町 | 山形 | 山形県 | 0 | 619 |
米沢市清水町 | 米沢 | 山形県 | 0 | 34 |
最上郡新庄町 | 新庄 | 山形県 | 0 | 3 |
西田川郡鶴岡町 | 鶴岡 | 山形県 | 0 | 18 |
飽海郡酒田町 | 酒田 | 山形県 | 0 | 2 |
秋田市長野町 | 秋田 | 秋田県 | 1 | 577 |
仙北郡大曲村 | 大曲 | 秋田県 | 0 | 81 |
遠敷郡雲浜村 | 小浜 | 福井県 | 1 | 128 |
福井市寛永上町 | 福井 | 福井県 | 0 | 338 |
大野郡大野町 | 大野 | 福井県 | 0 | 0 |
敦賀郡敦賀町 | 敦賀 | 福井県 | 0 | 0 |
金沢市尻垂坂通 | 金沢 | 石川県 | 0 | 48 |
能美郡小松町 | 小松 | 石川県 | 4 | 309 |
鹿島郡七尾町 | 七尾 | 石川県 | 0 | 61 |
富山市総曲輪 | 富山 | 富山県 | 2 | 429 |
高岡市坂下町 | 高岡 | 富山県 | 1 | 0 |
下新川郡魚津町 | 魚津 | 富山県 | 0 | 0 |
鳥取市東町 | 鳥取 | 鳥取県 | 2 | 626 |
久米郡倉吉町 | 倉吉 | 鳥取県 | 0 | 0 |
会見郡米子町郭内 | 米子 | 鳥取県 | 2 | 181 |
松江市内中原町 | 松江 | 島根県 | 6 | 515 |
神門郡大津村大石 | 大石 | 島根県 | 0 | 11 |
那賀郡浜田町 | 浜田 | 島根県 | 2 | 198 |
周吉郡西郷西町 | 西郷 | 島根県 | 3 | 185 |
西北条郡津山町 | 津山 | 岡山県 | 9 | 270 |
岡山市二日市町 | 岡山 | 岡山県 | 8 | 761 |
浅口郡玉島村 | 玉島 | 岡山県 | 0 | 196 |
上房郡高梁町 | 高梁 | 岡山県 | 1 | 174 |
御調郡尾道町 | 尾道 | 広島県 | 4 | 325 |
三次郡三次町 | 三次 | 広島県 | 2 | 111 |
広島市吉島 | 広島 | 広島県 | 18 | 1,069 |
玖珂郡横山村 | 岩国 | 山口県 | 0 | 161 |
吉敷郡下宇野令村※ | 山口 | 山口県 | 7 | 528 |
阿武郡萩町 | 萩 | 山口県 | 0 | 3 |
赤間関市関後地 | 赤間関 | 山口県 | 3 | 80 |
和歌山市小松原通一丁目 | 和歌山 | 和歌山県 | 4 | 773 |
西牟婁郡田辺町上屋敷町 | 田辺 | 和歌山県 | 2 | 85 |
美馬郡脇町 | 脇町 | 徳島県 | 0 | 1 |
徳島市出来島町 | 徳島 | 徳島県 | 7 | 1,210 |
香川郡高松内町 | 高松 | 香川県 | 21 | 816 |
那珂郡丸亀御供所町 | 丸亀 | 香川県 | 2 | 208 |
温泉郡雄群村藤原 | 松山 | 愛媛県 | 16 | 762 |
新居郡西条町 | 西条 | 愛媛県 | 0 | 7 |
喜多郡大洲町 | 大洲 | 愛媛県 | 1 | 5 |
北宇和郡宇和島町 | 宇和島 | 愛媛県 | 6 | 197 |
幡多郡中村 | 中村 | 高知県 | 0 | 81 |
高知市西弘小路 | 高知 | 高知県 | 15 | 843 |
福岡市福岡須崎裏町 | 福岡 | 福岡県 | 9 | 631 |
山門郡城内村 | 柳川 | 福岡県 | 4 | 117 |
三池郡大牟田町下里 | 三池集治仮留監 | 福岡県 | 42 | 1,472 |
久留米市篠山町 | 久留米 | 福岡県 | 2 | 203 |
企救郡小倉町八百屋町 | 小倉 | 福岡県 | 3 | 174 |
下毛郡中津町 | 中津 | 大分県 | 0 | 141 |
速見郡杵築町 | 杵築 | 大分県 | 0 | 49 |
大分郡大分町 | 大分 | 大分県 | 10 | 604 |
南海部郡佐伯町 | 佐伯 | 大分県 | 0 | 11 |
直入郡豊岡村 | 竹田 | 大分県 | 1 | 69 |
日田郡豆田町 | 豆田 | 大分県 | 0 | 26 |
東松浦郡唐津町 | 唐津 | 佐賀県 | 0 | 83 |
西松浦郡大坪村 | 伊万里 | 佐賀県 | 0 | 29 |
佐賀市赤松町 | 佐賀 | 佐賀県 | 1 | 421 |
熊本市手取本町 | 熊本 | 熊本県 | 7 | 721 |
八代郡八代町 | 八代 | 熊本県 | 1 | 22 |
球磨郡人吉町 | 人吉 | 熊本県 | 0 | 20 |
天草郡町山口村 | 町山口 | 熊本県 | 1 | 17 |
宮崎郡宮崎町 | 宮崎 | 宮崎県 | 1 | 453 |
北諸県郡都城町 | 都城 | 宮崎県 | 0 | 18 |
東臼杵郡岡富村 | 延岡 | 宮崎県 | 0 | 43 |
熊毛郡北種子村 | 種子島 | 鹿児島県 | 3 | 89 |
大島郡名瀬方金久村 | 大島 | 鹿児島県 | 0 | 50 |
鹿児島市小川町 | 鹿児島 | 鹿児島県 | 4 | 299 |
高城郡水引村 | 水引 | 鹿児島県 | 4 | 84 |
島尻小禄間切儀間村 | 垣花 | 沖縄県 | 1 | 193 |
亀田郡亀田村 | 函館 | 北海道庁 | 7 | 221 |
松前郡福山新荒町 | 福山 | 北海道庁 | 0 | 6 |
檜山郡江差豊部内町 | 江差 | 北海道庁 | 0 | 7 |
寿都郡渡島町 | 寿都 | 北海道庁 | 0 | 7 |
高島郡色内町 | 小樽 | 北海道庁 | 0 | 0 |
札幌郡苗穂村 | 札幌 | 北海道庁 | 8 | 264 |
空知郡市来知村 | 空知 | 北海道庁 | 144 | 2,831 |
樺戸郡月形村 | 樺戸 | 北海道庁 | 116 | 2,249 |
増毛郡永寿町 | 増毛 | 北海道庁 | 0 | 27 |
川上郡熊牛村 | 釧路 | 北海道庁 | 54 | 1,063 |
厚岸郡床潭村 | 厚岸 | 北海道庁 | 0 | 10 |
根室郡根室村 | 根室 | 北海道庁 | 0 | 78 |
総計 | 総計 | 総計 | 1,014 | 53,982 |
結果として、統計局図書館所蔵本の先人の書き込みに間違いがあったのは、隠岐西郷監獄署の所在地(×周吉郡西郷町〇周吉郡西郷西町)と、北海道庁の根室監獄署厚岸分署の所在地(×厚岸郡湾月町〇厚岸郡床潭村)だけでした。【追記:この内西郷監獄署に関しては、町村別戸口表の欄外に記された官報掲載の現住人口相当の数値との比較により、周吉郡西郷西町に監獄署の位置を事前に修正することができましたが、残念ながら北海道と伊豆小笠原に関しては、町村別戸口表の方に官報掲載の現住人口相当の数値が記載されていなかったため、根室監獄署厚岸分署の所在地の間違いに気づきませんでした。また対馬の厳原監獄署に関しては、無籍在監人がゼロであったため、町村別戸口表の欄外に記された官報掲載の現住人口相当の数値に違いが出ませんので、下県郡国分町/下県郡厳原村の間違いを見落としてしまいました。】
なお、総務省統計局統計図書館所蔵の『明治二十二年十二月三十一日調 日本帝国民籍戸口表』「各地方在監者有籍者及無籍者人口表」では、山口監獄署の無籍在監人男を7とする鉛筆による訂正が書き込まれており、無籍在監人の総計も1015人となりますが、現住人口や本籍人口が1人多いとする文献を見つけられなかったので、ここでは訂正しません。
例えば明治22年末の場合、無籍在監人を除く本籍人口40,071,006人に無籍在監人1,014人を足した40,072,020人が、真の明治22年12月31日の本籍人口として、『
日本帝国統計年鑑』などで採用されいますが、1人多い40,072,021人は採用されていません。