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深海魚さんの記事が10件見つかりました

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記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[20718]2003年10月7日
深海魚
[20683]2003年10月6日
深海魚
[20679]2003年10月6日
深海魚
[20673]2003年10月6日
深海魚
[20626]2003年10月4日
深海魚
[20624]2003年10月4日
深海魚
[20619]2003年10月4日
深海魚
[20599]2003年10月3日
深海魚
[20597]2003年10月3日
深海魚
[20589]2003年10月3日
深海魚

[20718] 2003年 10月 7日(火)10:27:03【2】深海魚 さん
鵜飼い
路面電車 ネタと言う不純な (笑) 動機で振りました岐阜&羽島 ネタですが、両毛人さんをはじめ Issieさん、かおらいさん、ズッキーさんに反応して頂き、発端者冥利に尽きます。長良川北岸部は比較的早期に岐阜市に編入され、まず竹鼻の地名ありきで始まったと思しき羽島の街は、徳川時代以降は商業街として発展した訳ですね。(「城下町」 という位置付けがどの時代の状況を基準としたものかについては、無頓着なので御勘弁を。)

岐阜羽島駅の設置は、国務大臣や衆院議長を歴任した当時の政界の重鎮・大野伴睦氏の功によるものだそうで (駅前に夫人を伴った像がありますね。) 当初は 「新岐阜」 の名称が取り沙汰されるも、名鉄駅で既に存在した事から、現行名称に落ち着いたそうですね。もっとも、「新岐阜」 の名が通ったら、地元羽島市は穏やかならざる心境だったかも。岐阜県出身の大野氏がどの様に関わったのか不明ですが、国道 293号線の茨城・栃木県境付近の峠も氏に因み 「伴睦峠」 と称します。近年、高架橋を伴う規格で整備され、那須方面に至る一大要路として、個人的には大変重宝しています。

岐阜といえば、「鵜飼い」 「柳ヶ瀬 ブルース」 (「柳ヶ瀬」 と聞くと、「鉄」 な私は、滋賀・福井県境界隈の旧北陸線を連想する深海魚でした。) ですが、鵜飼い会場は件の 「長良○○」 地区に至る長良橋界隈らしいですね。水面に映える篝火の下で鵜匠が 「ホウホウ」 と声をかけ、(鵜飼るみ子さんが行う場合は 「フラウボウ」 と言います/大嘘。) 鮎を浅瀬に追い込んで一斉に獲る クライマックス 「総がらみ」 の壮観振りは、一度見たいものですね。(他に、東京の屋形船や京都・鴨川河畔の桟敷席など、一度味わって見たい 「遊び」 は数知れず。)

同様の イベントは福岡県杷木町の筑後川や愛媛県大洲市の肱川でも行われる様ですが、こうした行事に欠かせない鵜の供給地が、茨城県十王町の、その名もずばり 「鵜の岬」。トーチカ風の 「アジト」 に潜伏する名人が、飛来した鵜を素手で直接捕らえるという大技芸ですが、その足場が最近崖崩れで使えなくなり、鵜の供給が覚束ないとの報道を一瞥しました。その後どうなったのやら。近所には国民宿舎 「鵜の岬」 がありますが、TV番組で取り上げられる程の人気から、日本でも予約の取り難さでは指折りの宿だそうです。(勤務先の親分は数年前に業界団体研修で利用した事が自慢で、羨ましい。) 日立方面から国道六号線を北上すると、鵜の岬付近で一頻り海に近づいた後、西側に広がる田圃の向こうの丘に KDDI パラボラ・アンテナ施設群が見え、間も無く高萩の街に入ります。この辺からいわきにかけて、五浦海岸や小浜海岸など、海を基調とした独特の雰囲気を感じる深海魚でした。

いわき市といえば、「スパリゾート・ハワイアンズ」 や温泉街で知られる湯本 (広域直通の性格上、土浦や常陸多賀ですら通過した往年の青森直通特急 「みちのく」 も、湯本には停車しました。それだけ、行楽需要が高かったという事かな。) は、かつて 「常磐市」 を名乗っていた事の名残か、「常磐○○町」 を名乗る地区が多いですね。(これに対して、旧磐城市では 「小名浜○○」 という地名が主流です。) この 「常磐」 なる名称、常磐線や常磐炭鉱と同様、「常陸+磐城」 の合造名称に由来するとしたら、そうした広域総称が限定的な地名に細かく転化した事になる訳で、興味深いところです。

余談ですが、磯原からいわきまで部分的な特急停車駅が連続する中にあって、内郷だけは相変わらず蚊帳の外ですね。広域合併以前は 「内郷市」 という事で、独立した街もありそうですが。
[20683] 2003年 10月 6日(月)14:06:29【1】深海魚 さん
岐阜市および羽島市の謎
名鉄が赤字を理由に営業撤退を表明した岐阜市の路面電車では、路線継続の世論を喚起する趣旨から、「ばんえい競馬」 よろしく電車二両を人力で数十m牽引して速さを競う 「ひっぱれ路面電車選手権大会」 をここ数年間行なっており、今年は昨日に実施されました。

黒野以遠の末端区間二系統が 2001年に廃止された揖斐線も 「名が体を表さなくなった」 例ですね。道路渋滞の影響から速達性、定時性で不利な側面もあってか、路面電車理由者が減少しているとはいえ、岐阜駅前への直通性が失われると、忠節-黒野の趨勢や如何に、と思えます。通勤・通学で本巣町や根尾村から樽見鉄道利用で岐阜市を志向する場合でも、名鉄との連絡設備らしきものが見当たらない手前、大垣経由を採ると思われます。

岐阜市もまた武漢よろしく、川を挟んだ街が一体的に形成された例ですね。軌道線と鉄道線の境界となる忠節駅の界隈は、戦前の創立で有力進学校としても知られる県立岐阜北高が位置する事から、単なる旧市街外縁部という立地に留まらず、某かの要衝性を感じますが、道路地図を見る限りでは、「長良○○町」 という行政区画が細かくかつ広範に分布し、かつて市電も通じていた国道 256号線 (先頃誕生した山県市への経路ですね。) 沿道が、長良川北岸一帯の中心域だった様に思われます。自治体区分はどうなっていたのかな。

それにしても、長良川流域を含む市街北東部一帯に比較的急峻な丘陵地を擁する岐阜市の地形は独特ですね。岐阜市の衛星都市たる機能も持つであろう関市に至る意味で、県都志向の利用者が多そうな美濃町線 (これも新関以北の廃止で、「名が体を表さない」 例となりました。) すら去就が微妙とされるのは、上芥見付近で平坦地が多少広がるにせよ、宅地の開発度合いがそれ程大きく無さそうな背景も介在しているのでしょうか。「阜」 の字が意味する 「小高い丘」 そのものです。(ちなみに 「阜」 を 「おか」 と読む長野県泰阜村では、田中県知事が最近転入届けを出したそうな。)

一方、濃尾平野となる市街南側で羽島郡に属する町が細かく分布しているのも特徴的ですね。名古屋市の西側一帯同様、農村としての集落形成が古くから進んだという事でしょうか。

その羽島郡を南下する名鉄竹鼻線、なぜ 「羽島線」 ではないのかと思えば、城下町・羽島市の中心部を広域的に網羅する地名なのですね。駅としての 「竹鼻」 は、市代表駅 「羽島市役所前」 に隣接し、地図上は中心街から微妙に外れた感じが窺われ、構内も確か単線構造ですが、以前 「栄町」 を名乗っていたという事は、ここがかつて街を代表する駅だったのかも知れません。うーん、奥が深い。そう言えば、羽島市街にも 「丸の内」 なる行政上の地名がありますね。

2001年に廃止された竹鼻線の末端区間は、木曽川と長良川に挟まれて進退極まった、という感じの大須で終点だったのが特徴的ですね。しかし合流しそうでなお、堤防を挟んで河口まで並行する形を採る上記両河川も、何やら含蓄がありそうで独特の雰囲気です。現行の末端区間である江吉良-新羽島は、新幹線への接続を第一義に 1982年に開通していますが、東京方面から岐阜市を指向する場合は、乗換え前後の運賃通算性や新幹線高速便の停車 パターンから名古屋乗換えが一般的かと思われ、岐阜羽島で新幹線から名鉄に乗り換えるのは、羽島郡内での乗降を除けば近畿歩面からの利用者に限られるのではないか、とすら思われます。(その意味では、大阪発着の 「しなの」 「ひだ」 も案外、岐阜以西の利用者が多いかも知れません。) 一方、高速道 I.C.の近接性から、パーク&ライドの地として有望にも思えますが、現況や如何に?
[20679] 2003年 10月 6日(月)08:54:27深海魚 さん
ガイド・ブック
[20678] ゆうさん
JTBの 「るるぶ」 シリーズの当該地区向けのもので現在入手可能なタイトル一覧です。
JTBが概ね国別に出している海外旅行用の ガイド書よろしく、旅行に関連した基本的な会話の方言訳を巻末に掲載したら、案外と好評を博するかも。時差修正、通関手続、弁えるべき不文律なども併記されていたら不気味ですが。(笑)

(例) 列車の ダイヤが乱れて困っています。どこか宿泊場所はありますか?
(訳) 列車時刻さ、ごじゃっぺになっちまって、いしけぇんだげど、どっか旅館どがあっかな?
[20673] 2003年 10月 6日(月)00:54:28【5】深海魚 さん
行楽日和
今週末、当地は秋らしい快晴に恵まれ、行楽に興じた方も多かった事と存じます。本当は平日の仕事疲れを癒したいのに、天気が良い事を理由に子供から外出をねだられ、完全に復調していない体に鞭打って ハンドルを握り、出先では駐車場の確保にも一苦労と疲労困憊。すっかり日が暮れた帰途は、思い切り遊び呆けた挙句、車内で高いびきをかく子供を横目に、いよいよ疲れた体に鞭打って運転に集中。そして漸く帰宅した処で、奥様が トドメの一言。「やっぱり我が家が一番よね。」 ……… だったら最初から外出する事ぁ無いだろうが! と、心中 ブチ切れた世の御父様方、本当に御疲れ様でした。(笑) かくいう私は、ある浜辺で釣り客に混じり、暫し潮風に吹かれつつ呆けた後、所用で赴いた女房の実家で昼寝して来ました。いやあ、気持ち良かった ……… 我ながら謎の生態ですね。(笑)

[20631] 愛比売命さん
単に広島修道大学の付属かと思っていた広島修道高校が実は物凄い進学校である事実
特定校が受験面で突出しない様、公立高校において長らく総合選抜制度が採用されていた広島県では目立つ存在ですね。嚆矢が 1725年創立の広島藩講学所と、歴史的に見てもかなりの名門です。広島市内の老舗校としては、明治年間創立の広島大学附属高も挙げられます。青年師範附属系の福山校舎と区別する目的と思われますが、国立という設立区分にもかかわらず、戦後一時期 「東千田」 なる ローカルな地名を校名に冠していたのが特徴的です。

全国のテーマパークが不況の中、梅津寺パークはしぶといですなあ。
伊予鉄電車から観覧車が見える所ですね。八月下旬の猛暑の中、海草の異様な臭いが連鎖的に思い出されます。(笑)

さて、新 ハンドルは 「愛比売命/えひめのみこと」 ですか。「命を売って愛を比べる」 とは、「愛と誠」 すら凌駕する世界が垣間見えるのですが (失礼!) ……… 本当の意味は何でしょうか?

[20632] 白桃さん
いやぁ、尊敬いたします。団地の共同清掃でも途中逃亡する白桃と比較して天と地の差です。
農業用水の浚渫作業 (隧道区間の場合は、宛ら 「あゝ無情」 の世界ですね。) に比べたら楽なものですよ。(笑)

[20645] ゆうさん
最近の事情は判りませんとしか言えないのですが、高速化後の今後は注視したいと思ってます。
鉄道網から見ても岡山の街は、ある意味では広島を凌駕する程に、近隣県からの旅客移動需要が集中しそうな印象です。一方、鳥取にとって、畿内への移動を考えると明らかに迂回経路となりますが、単純に都市間の移動需要として見た場合、岡山と鳥取の関係やいかに?

[20659] わたらせGさん
国道 293号 ~ 121号 ~ 120号の ルートも杉並木の風情が楽しめてなかなかいいですよ!
例幣使街道ですね。確かにあの道路は趣がありますが、並木の関係で路側帯が殆ど無い為、運転に少々難儀しますね。日光市街の少し手前、JRと東武に挟まれた国道 120号線では、「鉄」 の血が滾ります! (笑)

[20671] faithさん
私が知っている例としては、他に東濃鉄道の駄知線があります。たしか水害がきっかけで休止、廃線となったはず。
初耳です。東濃鉄道というと私は、1971年の旅客営業廃止後も、78年までは貨物専用鉄道として存続した多治見-笠原の非電化路線を想起します。(駄知線は確か電鉄線でしたっけ。) 笠原には、そうした鉄道が成立する様な背景があったかと思って調べて見たところ、やはり窯業関連で、沿線の工場で産出された耐火煉瓦の輸送に供されていた様ですね。ただし、これは市之倉口という途中駅の話で、末端の笠原駅の用途は、専ら車両留置だった可能性があります。
[20626] 2003年 10月 4日(土)15:45:34【3】深海魚 さん
広島市再編計画?
[20625] utt さん
西から 「観音島」 「舟入島」 「吉島」 「国泰寺島」 「皆実島」 と勝手に名付けて区別しています。

A島「観音島」現・県立広島観音高校旧制・県立広島第二中学系
B島「舟入島」現・市立舟入高校旧制・市立第一高女系
D島「国泰寺島」現・県立広島国泰寺高校旧制・県立広島第一中学系
E島「皆実島」現・県立広島皆実高校旧制・県立広島高女系

旧制中等教育課程おたくの私としては、戦前史を持つ高校名に基く視点から、utt さん初案を支持します。C島は高校自体無さそうなので、「吉島」 あるいは 「中島」 が無難なところでしょうか。(平和記念公園に肖って 「平和島」 と命名した場合、東京都大田区との整合性が微妙ですね。) ぢょしこぉ本位で命名すると、D島は 「安田島」 という案も出て来ますが、余り説得力は無いかな。この論法ですと、仮に己斐地区が島なら 「ノートルダム島」 が出現しそうです。(笑) 申し訳無い事に、長らく ミッション系ぢょしこぉと勘違いしていた校名に肖りまして 「修道島」 ……… これは中々格好良いかも知れません。旧制本位ですと、B島が 「商業島」、E島が 「工業島/附属島」 という事になりそうです。次第に訳が判らなくなって来た為、いい加減、この辺で止めます。(汗)
[20624] 2003年 10月 4日(土)13:50:40深海魚 さん
やんごとなき深海魚
唐突ですが先刻、近所で稲刈りを手伝って参りました。絶好の行楽日和な空の下、涼しい風に流れる汗も清々しく。しかし、やはり冷夏の影響は避け難く、収量は見込み予定を下回りそうです。

[20620] Issieさん
「桐」 と聞いてすぐに連想するのはこれですね。
数多ある家紋の中でも、桐をあしらった文様は比較的 メジャーな部類に属すると思いますが、これらの少なからざる事例が豊臣の系譜と関連を持つのでしょうか。「桐」 で私が連想するのは系列音大でも有名な桐朋学園。「きりとも」 とも呼ばれるこの名称は、桐の葉を校章としたらしい東京高等師範の教育実験協力校だった経緯によるのだとか。

「赤松」 を上高地方面への接続ターミナルとして整備し 「新島々」 と改称していたので,
それ以前は旧島々が接続駅の機能を有していたのでしょうか。新島々から急に梓川の谷が深まる事を考えると、バス接続以外に島々が終点たり得た必然性はあまり感じられません。あるいは安曇村役場への近接性という事だったのかな。

この夏に側を通過したのですが,20年も経過するとさすがにかなり痕跡が消えてしまっています。
並行国道を走る バス車内から一瞥した 「空き地」 の具合から、旧島々駅は新淵橋の袂付近にあったものと思われますが、いかがでしょうか。ところで観光の要素が強い安曇村方面 バス路線は、新島々で松本電鉄と接続するのが一般的ですが、これは松本市街付近の渋滞回避や電鉄線の存続強化に鑑みた措置でしょうか。その為か、JRの夜行列車到着に合わせた未明便の運転体制が今日なお健在なのは豪気ですね。

「おとど (大臣) 」 だったら,それなりに “高貴” なんですけどね。
私はどちらかというと 「好奇」 な生き物ですから。(笑)

[20623] はやいち@大内裏さん
常陸府中市、常府市、茨城市、いばらき市などの系統でいくしかなさそうです
広域的に見て、茨城県南部の中心都市として長らく機能した土浦市の経済圏に含まれる印象が強い石岡界隈で、恰も県を代表するかの如き 「茨城/いばらき」 の名を冠する感覚については、水戸勢としての嫉みも含め (笑) やや腕組み気味。やはり常陸国府たる歴史を前面に出して、「国府市」 などとする感覚の方が単純明瞭かと思うのですが。

積極的な合併を主張する意図はありませんが、水戸市とひたちなか市が統合される様な事になれば、その時こそ 「茨城/いばらき」 の市名を採用して欲しいと感じます。(もっとも、私自身は現行の 「水戸」 という市名が大好きですけどね。)
[20619] 2003年 10月 4日(土)09:43:46【4】深海魚 さん
時代を先取りする深海魚
[20588] スナフキんさん
北海道は今回の地震被害で廃止が早まる話も出てきそうな雰囲気です>ちほく
自然災害が路線廃止の契機になった例としては、南部鉄道 (八戸-五戸)、草軽電鉄 (軽井沢-浅間山麓-草津温泉/何と大技な!)、北陸鉄道金名線 (野町始発の石川線の延長で 「金名」 とは金沢-名古屋の意)、鹿児島交通 (伊集院-加世田-枕崎) などが連想されますが、探せば該当事例は更に見つかるでしょうね。

[20601] まるちゃんさん
第 2大学区 第 9中学区 第 75番小学酒呑学校
こうした名称を聞くと、かなり以前に 「欽ドン/良い子、悪い子、普通の子」 か何かで一瞥した笑い話を思い出します。

教師「君達の中に、飲酒行為に走る者がいるそうだな。嘆かわしい事だ。」
優等生「先生、私はお酒など一滴たりとも飲んだ事はありません。」
一般生「済みません。僕はちょっとだけ飲んだ事があります。」
劣等生「シラフで学校に来られるか!」

[20602] N-Hさん
残念ながら1997年に倉敷市に移転し、学部を増設して 「くらしき作陽大学」 になってしまいましたね。
あ、それは失礼しました。学部構成は存じませんが、確か倉敷と津山に キャンパスが分れていた様に記憶しておりました。音楽教育といえば、都内の有名私立音大の関連校が数年前、富山県に進出しましたが、こちらはどうなっているのかな。

[20603] Issieさん
相変わらずの見事な分析、恐れ入ります。川を挟んで城下町と商業街が相対するのが三次の基本構造だった様ですね。

神社にでも行って,祝詞を教えてもらえばいいのかな。
「かけまくも、かしこみかみの、いざなぎの ………」 という感じですね。私は定めし 「ふかみのおとと」 とでも称するのかな。(木梨憲武さんに 「キャッシュ・バック」 とか突っ込まれそうですね/笑)

先頃、金砂大祭礼を傍観して改めて感じた事ですが、仏像などの形で信仰対象を具象化する仏教に対し、神道においては 「御神体」 は余人の目に触れるべからず、という感じで、こうした感覚の差異が特徴的ですね。(我が家は神仏混合信仰。)

[20606] kenさん
サラリーマンには物を書くなど、無縁と思われている方もいるかもしれませんが、こういう人もいるんですねえ。
先週末放映の TV東京 「ワールド・ビジネス・サテライト」 では、「年収 300万円時代」 を迎えつつある サラリーマン社会で、企業が兼職を認める風潮が興りつつあり、創意工夫次第で 「結構な小遣い稼ぎ」 (または小遣いの域を超えた高収入) に成功した事例がいくつか紹介され、セミナー講師や執筆活動など四つの顔を持つ、大手航空会社技術部門勤務の エリート管理職の方が典型例として登場していました。それにしても今頃になって 「年収 300万円時代」 が漸く取り沙汰されるとは、皆さん遅れてますねぇ。時代に敏感な私は、入社以来、既に先取りしていますよ。(号泣)

[20611] ゆうさん
詳細な データ比較を有難うございます。総括すると、津山経由の利点を相殺する程に、優等列車の経路としての因美線が隘路になっていたという事ですね。津山-鳥取では移動需要は小さいでしょうし。(経路を改めてまで特急を設定するなど、岡山-鳥取の鉄道移動需要は現在でも安定的なのかな。以前利用した 「いなば」 は ガラガラでしたが。)

お忘れですかぁ?
忘れてますねぇ。(済みません、別の鉄道掲示板で一瞥したっけ、程度の曖昧な記憶でした。恐縮至極。)

[20612] utt さん
横河原線も単線なので、高浜線の一部は市駅で折り返し運転をしています。
高浜線も、なぜか末端の一駅区間に限り単線だった様に記憶します。

[20613] 月の輪熊さん
これを機に3セク鉄道の廃止が進む恐れもありますね。
地域の核となる街を沿線に持ち、その経済圏で通勤需要を有効に満たす様な環境でないと、存続は難しいかと思います。

現在の利用者は 「集合住宅に住んでいる2名だけ」 だそうです。
という事は、前運用の新夕張 → 楓は、完全な回送運用という事になりますね。

[20617] はやいち@大内裏さん
同名サミットのひとつ、「美し村 (うましさと) 連邦」 が解散することとなりました。
昨日、地元の美和村での会議を以て解散したと、今朝の地元紙で報じられていました。「大和」 と称する全国の市町村にて構成する 「まほろば連邦」 も、神奈川県大和市や宮城県大和 (たいわ) 町を除き、単独存続が見込めない為、存続協議に入っている旨、併記がありました。
[20599] 2003年 10月 3日(金)16:02:49【2】深海魚 さん
津山
[20591] [20598] スナフキんさん
独りごとの広島界隈鉄ネタに反応下さり、驚いています。
私の場合、こうした切り口の ネタを導入の契機とするのが スタイルなので、どうぞ大目に見てやって下さいまし。

津山線で快速に混じり グリーン車付きの急行が一日一往復存置されているのは、要するに格上げ特急の経路変更に伴う バーター措置なのですね。智頭急行開業当初は津山経由だった岡山-鳥取の優等列車が、後年経路変更と聞いた時は、津山を度外視するとは大胆な事をするものだ、と感じました。

この経路変更は、運賃通算が効かない他社線直通に伴う料金増や、津山での乗降需要を度外視して迄も、岡山と鳥取との都市連絡機能を重視した結果ですね。一部 「砂丘」 が津山-鳥取で大阪発着、姫新線経由急行 「みささ」 を連結した頃に岡山-鳥取の移動で利用したのですが、岡山では満席だった車内も、津山から急に閑散としてしまったのが印象的でした。それだけ津山が要衝だったという事ですね。経路変更前後の所要時間差がどの程度か存じませんが、他社線に跨る迂回経路に伴う所要料金増と津山発着需要の集約性に鑑みて、「いなば」 一往復くらい津山経由で設定しても良い気がします。ところで、快速 「ことぶき」 の命名感覚とはこれ如何に?

津山界隈も、数系統の主要河川が集中する盆地で、駅と中心部が川で隔てられている点から、前出三次市に通じるものを感じます。当初は津山線が建部以南で並行する旭川の上流部と勘違いしていましたが、実際は、故・片上鉄道が並行した吉井川の上流部に当たり、少し意外でした。という事は、久米南町から中央町にかけての分水界では物理的障害が少なく、逆に津山から柵原にかけての吉井川は、渓谷風味で鉄道を通すには地形的に厄介だった、という事でしょうか。

自称音楽家 (&住所不定無職?) としては、人口十万弱都市で音楽大学を擁し、国際総合音楽祭を何度か開催するなど、芸術に対する取り組みには好感します。

来春のダイヤ改正時に廃止する方向で
これまでの利用実績および利用者層はどんな感じだったのでしょうね。完全な空気輸送の日も少なくないのでしょうか。

[20594] NSさん
現時点で廃止が取りざたされているのは 「ふるさと銀河線」 でしょうか。
晩年の蒲原鉄道よろしく、北見都市圏の置戸以東に特化して部分存続、という発想はないのでしょうか。(中途半端かな?)
[20597] 2003年 10月 3日(金)15:12:29【3】深海魚 さん
深海魚の絶対に役に立たない狂養講座
漢字と仮名を交えるという、言語体系上、世界的に見ても珍しい (と思われる) 表記を採る日本語をこよなく愛する者として、次世代に残したい、奥ゆかしき韻律を伴う四字熟語を、解説付きで紹介したいと思います。

「悪事千里」
悪事を働いた報いに、阿蘇・草千里で馬に蹴られる事。転じて、信賞必罰の例え。(嘘)

「一日千秋」
秋田市の千秋公園で一日を過ごす事。転じて、優雅な東北旅行をする事の例え。(大嘘)

「呉越同舟」
広島県呉から新潟県上越まで直行の航路を設定する事。転じて、意外性を追求する事の例え。(激嘘)

「五里霧中」
長野県の戸倉・上山田温泉から仰ぐ五里ヶ峰が趣深く霧に煙る様子。転じて、情緒溢れる優雅な温泉旅行の例え。(超嘘)

こんな感じで、地理的機知の効いた ネタがありましたら、皆様も御提示下さい。呉々も冗談である旨の付記を御忘れなく。
[20589] 2003年 10月 3日(金)10:22:57【1】深海魚 さん
三次
[20570] 両毛人さん
三次町側から十日市町側 (パパ) へ向かう方向の行先標示板は、「← 三次市街地」 とあり、かなり違和感がありました。
三次が発展した背景には、江の川を主軸に河川が集中する地勢が挙げられるでしょう。この内、本流と西城川に挟まれた地形的戦略性を好感し三次町一帯が元々発展し、後に開通した芸備線の駅が用地確保の関係で十日町地区に設置され、元々平坦地の展開度が大きなこちらの方が、後発的に発展した、というところでしょうか。なお三次駅は、「備後十日町」 を名乗っていた時期があるそうですね。

三次市街では、芸備線新見方面と西城川上流方向が全く ソッポを向いた感じですが、これは芸備線が塩町の前後で大きく南側に迂回している為です。先行開通した福塩線に集約した結果かと思えば、開業時期は備後庄原方面が十年以上早く、三次・庄原市境で渓谷気味となる西城川より、平坦地が広がる塩町界隈を経由した方が合理的、との判断でしょうか。なお、福塩線を分かつ塩町は、単に芸備線と福塩線がさらりと分岐しているだけとの印象で、分岐駅特有の要衝めいた雰囲気は感じられず、一方、木次線を分かつ備後落合は、運行業務上の拠点施設を擁しつつ、駅前は山峡一辺倒との印象でした。乗換え需要はあっても、地元利用者の乗降は多くはないでしょうね。

「三次」 の語源が何かは不明ですが、読みの パターンは異なるものの、隣接駅名が 「八次/やつぎ」 である事から考えて一戸、二戸 ……… に通じる様な地名群があるのでしょうか。また 「三次」 というと我が実家方面では 「みつぎ」 と読む姓が連想され、「みよし」 の読みを解する方は殆どいない様に思えます。逆に広島県で 「みつぎ」 と云えば 「御調郡」 ですね。

余談ですが、三次市中心部の南側に、東西 「酒屋町」 なる地名があります。酒好きとしては由来が気になりますね。

[20573] 今川焼さん
「きたぐに」 は湖西線ではなく米原を経由し、北陸道の諸国を北上する急行列車にぴったりの愛称だとも言えそうです。
なるほど、その様な解釈もありですね。それにしても下り便の場合、通勤客への利便性を供する目的とはいえ、夜行列車の末端区間が快速として開放されるというのは、何か違和感を覚えます。日豊線の夜行便が急行 「日南」 だった頃、下り便の宮崎以遠 「開放区間」 で通学途上のぢょしこぉせぇが寝台車に迷い込み、「きゃー、人が寝てる!」 ……… と失礼な一言、そんな試乗記事を鉄道誌で読んだ事があります。(笑)

[20575] faithさん
鉄道線と軌道線で別々の駅名でしたが、2001年に 「広電西広島 (己斐)」 という表記に統一されています。
統一前、広島駅前から宮島口に直行した際は、「己斐」 到着後、少し位置をずらし 「西広島」 に改めて停車していました。

[20576] uttさん
JRよりは伊予鉄の方が松山に出るのに便利がいいそうで、伊予市民の間でも 「市駅」 と言ったら松山市駅を指します。
やはり松山では、伊予鉄駅の方が街の中心に近い感覚なのでしょうね。高浜-横河原は直通運転ですから、市駅乗降の一点集中に終始しない需要動態が推定されますが、郡中線は折返し運転でしたっけ?

[20579] 月の輪熊さん
愛知県内というのは名鉄三河線猿投~西中金、碧南~吉良吉田の両末端区間のことですね。
結局、廃止決定ですか。数年前に乗った事がありますが、「非電」 化で本来撤去するべき架線柱が残る中、レール・バスが走る様子に、寂しいものを感じました。碧南-吉良吉田は平坦地でもあり、決して沿線人口は少なくないと思えますけどね。

北海道は旧夕張線の新夕張~夕張あたりでしょうか。
旧夕張線もそうした話題が取り沙汰される様になったのですね。夕張界隈というと、平日朝に列車が一往復発着するだけの楓駅の趨勢も気になります。(そもそも、朝のみの運行では日常的な利用も覚束ないと思うのですが。)

あるいは札沼線の北海道医療大学~新十津川、または江差線木古内~江差あたりでしょうか。
新十津川村から札幌に向かう場合、札沼線を利用する場合と、バスで石狩川対岸の滝川に出て函館線の特急を利用する場合のどちらが一般的でしょうね。新十津川-石狩沼田が廃止されて久しい今尚、「札沼」 の名が残っていますが、正式な路線区分上、津軽海峡線の一部を構成する江差線で、仮に木古内-江差が廃止されても、「江差線」 の名は残るのかな。(「秋田新幹線」 に供される田沢湖線と同様、これら 「津軽海峡線」 が地方交通線扱いというのも、釈然としないですね。)

新幹線開業に伴う分断措置で事実上、高崎近郊の盲腸線となった群馬県内の信越線など、名が体を表さない例が増えて来ました。路線別収支計算の必要性との折り合いがつくなら、ある程度、新幹線網の整備が進捗したところで、輸送実態に即した区分変更があっても良い様に感じる深海魚でした。(特に、函館、根室、室蘭、奥羽、信越、山陰、鹿児島の各本線。)

[20583] わたらせ Gさん
私の出身校は昌平町 (孔子つながりで昌平坂学問所にちなんでるのかな?) の足利学校ですよ (激嘘)
おお、それは御見それしました。「♪ 足利学校は街の中、あれが生徒の Gさんか (以下略) 」 ……… 失礼しました。(笑)


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