もう少しまとまってから投稿しようと思いましたが、
[97510]で白桃さんが「連合人口集中地区」について投稿されたので、改めて表題の件について問題点等を投稿します。
昭和35年の国勢調査で人口集中地区が設置された際、当初同一政令都市(東京都特別区部を含む)で連担していても、区が異なれば異なる人口集中地区が設定されていました。しかしながら昭和45年の国勢調査で編纂された
『わが国の人口集中地区』では、「連合人口集中地区」が新たに設置されました。その際、過去の人口集中地区の数についても、
連合人口集中地区は、1人口集中地区として数えた。
との修正が加わり、東京都・神奈川県・愛知県・京都府・大阪府・兵庫県・福岡県の昭和35年と昭和40年度の人口集中地区数に変更が遡って加えられました。というわけで昭和35年版の
『わが国の人口集中地区』、昭和40年度版の
『わが国の人口集中地区』と、昭和45年度版以降の『わが国の人口集中地区』を比較すれば、過去の連合人口集中地区を構成する区の数が分かります。
都道府県 | S35(S35/S40版) | S35(S40/S45版) | S35(差) | S35(S55-H27版) | S40(S40版) | S35(差) | S40(S45-H27版) | S40(差) |
全国 | 970 | 888 | 82 | 891 | 79 | 1086 | 1002 | 84 |
東京都 | 49 | 24 | 25 | 24 | 25 | 56 | 33 | 23 |
神奈川県 | 44 | 36 | 8 | 36 | 8 | 52 | 43 | 9 |
愛知県 | 57 | 46 | 11 | 46 | 11 | 69 | 56 | 13 |
京都府 | 21 | 13 | 8 | 13 | 8 | 26 | 18 | 8 |
大阪府 | 63 | 42 | 21 | 42 | 21 | 82 | 61 | 21 |
兵庫県 | 40 | 34 | 6 | 34 | 6 | 42 | 36 | 6 |
福岡県 | 51 | 48 | 3 | 51 | 0 | 46 | 42 | 4 |
実のところ、昭和45年以降に再集計された、昭和35年と昭和40年の連合人口集中地区を構成する区の情報は、「わが国/我が国の人口集中地区」シリーズに記載されておりません。しかしながら、上の人口集中地区数の情報と、昭和35年、昭和40年の人口集中地区の地図を比べることにより、以下のように昭和35年、昭和40年の連合人口集中地区の構成が判明します。
昭和35年の連合人口集中地区
DIDs | 人口 (人) | 面積 (km2) | 人口密度 (人/km2) | 構成DIDs数 | 構成DIDs |
特別区部連合 | 8,108,157 | 466.6 | 17,377.1 | 26 | 千代田区,中央区,港区,新宿区,文京区,台東区,墨田区,江東区,品川区,目黒区,大田区,世田谷区,渋谷区,中野区,杉並区,豊島区,北区,荒川区,板橋区,練馬区,足立区I,足立区II,足立区III,足立区IV,葛飾区,江戸川区 |
横浜市連合 | 1,015,010 | 87.6 | 11,586.9 | 9 | 鶴見区,神奈川区,西区,中区,南区,保土ケ谷区I,磯子区,金沢区II,港北区I |
名古屋市連合 | 1,446,705 | 128.7 | 11,240.9 | 12 | 千種区,東区,北区,西区,中村区I,中区,昭和区,瑞穂区,熱田区,中川区I,港区,南区 |
京都市連合 | 1,137,515 | 78.3 | 14,527.7 | 9 | 北区,上京区,左京区,中京区,東山区I,下京区,南区,右京区,伏見区I |
大阪市連合 | 2,973,635 | 186.5 | 15,944.4 | 22 | 北区,都島区,福島区,此花区,東区,西区,港区,大正区,天王寺区,南区,浪速区,大淀区,西淀川区,東淀川区,東成区,生野区,旭区,城東区,阿倍野区,住吉区,東住吉区,西成区 |
神戸市連合 | 944,397 | 50.5 | 18,700.9 | 7 | 東灘区,灘区,葺合区,生田区,兵庫区,長田区,須磨区 |
(北九州市連合) | 696,134 | 66.8 | 10,421.2 | 4 | 八幡市I,戸畑市,小倉市,門司市 |
昭和40年の連合人口集中地区
DIDs | 人口 (人) | 面積 (km2) | 人口密度 (人/km2) | 構成DIDs数 | 構成DIDs |
特別区部連合 | 8,762,034 | 507.7 | 17,258.3 | 24 | 千代田区,中央区,港区,新宿区,文京区,台東区,墨田区,江東区,品川区,目黒区,大田区,世田谷区,渋谷区,中野区,杉並区,豊島区,北区,荒川区,板橋区,練馬区,足立区I,足立区II,葛飾区,江戸川区,(境界未定地域) |
横浜市連合 | 1,341,258 | 117.5 | 11,415.0 | 10 | 鶴見区,神奈川区,西区,中区,南区,保土ケ谷区,磯子区,金沢区,港北区I,戸塚区IV |
名古屋市連合 | 1,650,018 | 146.2 | 11,286.0 | 14 | 千種区I,東区,北区I,北区II,西区,中村区,中区,昭和区,瑞穂区,熱田区,中川区I,港区,南区,守山区 |
京都市連合 | 1,157,399 | 77.2 | 14,992.2 | 9 | 北区,上京区,左京区,中京区,東山区I,下京区,南区I,右京区I,伏見区I |
大阪市連合 | 3,089,450 | 191.2 | 16,158.2 | 22 | 北区,都島区,福島区,此花区,東区,西区,港区,大正区,天王寺区,南区,浪速区,大淀区,西淀川区,東淀川区,東成区,生野区,旭区,城東区I,阿倍野区,住吉区,東住吉区I,西成区 |
神戸市連合 | 992,087 | 54.5 | 18,203.4 | 7 | 東灘区,灘区,葺合区,生田区,兵庫区I,長田区,須磨区 |
北九州市連合 | 867,887 | 95.6 | 9,078.3 | 5 | 門司区,小倉区,若松区,八幡市I,戸畑区 |
さて、上で問題となるのが昭和35年の「北九州市連合人口集中地区」です。昭和45年版の『わが国の人口集中地区』で過去に遡って人口集中地区が設置された際、北九州市に関しては、昭和35年の人口集中地区が設置された市町村数の項目に
昭和38年に北九州市となった若松市,八幡市,戸畑市,小倉市及び門司市はまとめて1市として数えた。
という脚注が入り、更に福岡県の人口集中地区数も51から48へと、3つ減っています。よって北九州市成立前にも関わらず、北九州市連合集中地区が過去に遡って設置され、集計されたことになります。具体的に当時の地図を見ると、八幡市I,戸畑市,小倉市,門司市の4地区が連担しており、若松市は分離していることから、八幡市I,戸畑市,小倉市,門司市の4地区に北九州市連合人口集中地区が設置されたことになるかと思います。ところが昭和55年度版の
『我が国の人口集中地区』以降では、上の脚注が消え、さらに福岡県の昭和35年の人口集中地区数が、再び51に戻っています。以上をまとめると
(1) 昭和35年の国勢調査時には、八幡市I,戸畑市,小倉市,門司市の人口集中地区は連担していた。
(2) 昭和45年の国勢調査時に「連合集中地区」という概念が導入された際、昭和35年の八幡市I,戸畑市,小倉市,門司市の人口集中地区に関し、「北九州市連合人口集中地区」という集計がなされた。
(3) 昭和55年の国勢調査時になって、北九州市成立以前にまで「北九州市連合人口集中地区」を設置するのは変だという話になったのか、昭和35年の「北九州市連合人口集中地区」はなかったことになった。
こういう流れがあったと思われます。よって現在において過去の連合人口集中地区を議論する場合、昭和35年の連合人口集中地区は、特別区部・横浜市・名古屋市・京都市・大阪市・神戸市のいわゆる六大都市にのみ、後から設置され、昭和40年の連合人口集中地区は北九州市を含めた七大都市に、後から設置されたとする解釈が正しいと思われます。
さて、昭和45年度から導入された『連合人口集中地区』ですが、昭和45年、昭和50年度版では連合人口集中地区を構成する区の人口集中地区にはアスタリスク(*)がつけられたものの、連合人口集中地区としての人口、面積の集計がなされておらず、連合人口集中地区としての集計がなされたのは昭和55年度版の『我が国の人口集中地区』からです。念のため昭和45年度、昭和50年度版の連合人口集中地区の集計を行ったところ、昭和50年の横浜市連合人口集中地区におかしな点を見出しました。
昭和45年の連合人口集中地区
DIDs | 人口 (人) | 面積 (km2) | 人口密度 (人/km2) | 構成DIDs数 | 構成DIDs |
特別区部連合 | 8,793,123 | 549.3 | 16,007.9 | 23 | 千代田区,中央区,港区,新宿区,文京区,台東区,墨田区,江東区,品川区,目黒区,大田区,世田谷区,渋谷区,中野区,杉並区,豊島区,北区,荒川区,板橋区,練馬区,足立区,葛飾区,江戸川区,(境界未定地域) |
横浜市連合 | 1,809,305 | 192.0 | 9,423.5 | 13 | 鶴見区,神奈川区,西区,中区,南区,保土ケ谷区,磯子区,金沢区,港北区I,戸塚区I,港南区,旭区,瀬谷区 |
名古屋市連合 | 1,771,396 | 182.9 | 9,685.1 | 18 | 千種区I,東区,北区,西区,中村区,中区,昭和区I,昭和区IV,瑞穂区,熱田区,中川区I,中川区II,港区I,港区II,港区III,南区,守山区,緑区I |
京都市連合 | 1,194,984 | 90.0 | 13,277.6 | 9 | 北区,上京区,左京区,中京区,東山区I,下京区,南区I,右京区,伏見区I |
大阪市連合 | 2,969,242 | 202.9 | 14,634.0 | 22 | 北区,都島区,福島区,此花区,東区,西区,港区,大正区,天王寺区,南区,浪速区,大淀区,西淀川区,東淀川区,東成区,生野区,旭区,城東区I,阿倍野区,住吉区,東住吉区,西成区 |
神戸市連合 | 972,765 | 61.0 | 15,947.0 | 7 | 東灘区,灘区,葺合区,生田区,兵庫区I,長田区,須磨区 |
北九州市連合 | 857,409 | 110.1 | 7,787.5 | 5 | 門司区,小倉区I,若松区,八幡市I,戸畑区 |
昭和50年の連合人口集中地区
DIDs | 人口 (人) | 面積 (km2) | 人口密度 (人/km2) | 構成DIDs数 | 構成DIDs |
札幌市連合 | 966,057 | 112.1 | 8,617.8 | 8 | 中央区,北区I,東区I,白石区I,豊平区I,豊平区II,南区I.西区I |
特別区部連合 | 8,643,033 | 576.9 | 14,981.9 | 23 | 千代田区,中央区,港区,新宿区,文京区,台東区,墨田区,江東区,品川区,目黒区,大田区,世田谷区,渋谷区,中野区,杉並区,豊島区,北区,荒川区,板橋区,練馬区,足立区,葛飾区,江戸川区,(境界未定地域) |
横浜市連合(修正前) | 2,106,371 | 227.0 | 9,279.2 | 14 | 鶴見区,神奈川区I,西区,中区,南区,保土ケ谷区I,保土ケ谷区II,磯子区,金沢区,港北区I,戸塚区I,港南区,旭区,緑区V |
横浜市連合(修正後) | 2,195,811 | 239.5 | 9,168.3 | 15 | 鶴見区,神奈川区I,西区,中区,南区,保土ケ谷区I,保土ケ谷区II,磯子区,金沢区,港北区I,戸塚区I,港南区,旭区,緑区V,瀬谷区 |
川崎市連合 | 947,293 | 102.8 | 9,214.9 | 5 | 川崎区,幸区,中原区,高津区I,多摩区I |
名古屋市連合 | 1,903,057 | 221.0 | 8,611.1 | 21 | 千種区,東区,北区I,北区II,西区,中村区,中区,昭和区,瑞穂区,熱田区,中川区I,港区I,港区II,南区,守山区I,守山区II,緑区,名東区I,名東区II,天白区I,天白区III |
京都市連合 | 1,194,276 | 100.6 | 11,871.5 | 10 | 北区,上京区,左京区,中京区,東山区II,下京区,南区I,南区II,右京区,伏見区I |
大阪市連合 | 2,778,268 | 206.2 | 13,473.7 | 26 | 北区,都島区,福島区,此花区,東区,西区,港区,大正区,天王寺区,南区,浪速区,大淀区,西淀川区,東淀川区,東成区,生野区,旭区,城東区,阿倍野区,住吉区,東住吉区,西成区,淀川区,鶴見区,住之江区,平野区 |
神戸市連合 | 908,743 | 67.6 | 13,442.9 | 7 | 東灘区,灘区,葺合区,生田区,兵庫区,長田区,須磨区I |
北九州市連合 | 880,031 | 127.7 | 6,891.4 | 7 | 門司区,若松区,戸畑区,小倉北区,小倉南区I,八幡東区,八幡西区 |
福岡市連合 | 852,862 | 104.0 | 8,200.6 | 5 | 東区,博多区,中央区,南区,西区I |
上の表は基本的に*印のついた人口集中地区のみを合算して算出した値なのですが、これを人口集中地区の地図と比較すると、昭和50年の横浜市におかしな点がありました。
昭和50年(1975年)の横浜市瀬谷区周辺の人口集中地区地図(背景の地図は現在のもので、上に昭和50年の人口数中地区のShapeFileを張り付けたもの)を
こちらにアップロードしましたが、昭和50年の横浜市瀬谷区の人口集中地区はどうみても隣接する旭区の人口集中地区と連担しているにも関わらず、『我が国の人口集中地区』の表では連合人口集中地区に含まれていません(アスタリスク(*)の表記がない)。瀬谷区は昭和45年の段階でがっつり長い接線を通じて旭区と連担しており(さらに前の昭和40年の戸塚区第4人口集中地区~保土ケ谷区の時代から連担している)、これが別個の人口集中地区されることが変なのです。
また昭和50年の神奈川県の人口集中地区の数の集計は52とあるのに対し、連合集中地区を構成する人口集中郁を全部別個の人口集中地区として数えた場合、その合計は70となります。川崎市連合人口集中地区を構成する人口集中地区が5、横浜市連合人口集中地区を構成する人口集中地区が14とすると、連合人口集中地区を1個として数えた場合の神奈川県人口集中地区の数は70-4-13=53となり、合計が合いません。この52という数字は平成27年度版の『我が国の人口集中地区』でも取り消されずに採用されている数字です。
以上から、昭和50年度版の
『我が国の人口集中地区』において、「正誤表」からは記載が漏れてしまったものの、昭和50年の横浜市連合人口集中地区は実際には横浜市瀬谷区人口集中地区を含むものとして集計するのが正しく、瀬谷区の項目から誤ってアスタリスク(*)が欠落してしまったと判断しました。
なお、昭和35年~昭和45年の連合人口集中地区に関しては、wikipediaの
「人口集中地区」の項目で誰かが(私ではありません)集計した結果が載っております。ここに記載の数値はほぼ私の集計と同じで、昭和35年の北九州市連合人口集中地区は設置しない点も同じですが、昭和55年の横浜市連合人口集中地区の方は瀬谷区を除いた数値を採用しています。
【リンク等を修正】