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Takashiさんの記事が20件見つかりました

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[91538] 2016年 9月 29日(木)07:23:45Takashi さん
後免町
[91537] 白桃さん

後免 1889.04.01 1,826 (1955年) 1959.10.01 南国市 南国市

私が国勢調査人口に興味を持ち始めてから60年、一番驚いたのが、後免の人口が少なかったことです。

[39412] がっくんさん

高知県の昭和25年頃の話ですネ。今手元にある(図書館の)高知年鑑1951によると・・・、

長岡郡後免町(現南国市)・・・人口1796人 面積0.15km2 (昭和23年8月1日現在)

この面積で1955年当時の人口密度を計算してみると12173人/km2と現在の東京23区や大阪市の各区の人口密度に匹敵する値になります。

人口としては確かに少ないのかもしれませんが狭い面積に多くの人が密に生活していたことを考えると村ではなく「町」と呼ぶに十分値するものであったのではないのでしょうか。

……ここまで踏み込んだ書き込みはあってもおかしくはないと思ったのですがなかったのですね。

P.S.

[91536] ニジェガロージェッツさん

前知事のころから都政に関する話が全国ニュースもしくはワイドショーで取り上げられていますけど、これは東京のローカルニュースなのではないかという意味では私も同感です。現在の築地市場を経由して食材を卸しているのは食材の鮮度のことを考えると広くて関東近郊が限度ではないでしょうか。(というかそれぞれの地域に卸売市場がある以上すべて築地を通さなければならないというものではないはずです。)いくら東京が日本の首都でニュースやワイドショーが東京の(キー)局制作であるとはいえ、都政のニュースを全国区でここまで取り扱う必要もないような気がします。(逆に大阪市政や大阪府政のニュースは橋下徹氏が府知事あるいは市長であった頃でも関東ではそこまで聴くことはなかった気がします。)
[91533] 2016年 9月 28日(水)22:36:43Takashi さん
王子神谷駅についてもう少し
まずは北海道日本ハムファイターズの皆さんパリーグ優勝おめでとうございます。

それはさておき

[91524] みかちゅうさん
[91527] Takashi
[91532] みかちゅうさん

・王子神谷駅
「由来は王子と神谷の境界付近に駅があるから」という説がちらほら見つかりましたが、本当なのでしょうか? 南北線の1つ南の駅が王子駅なのに、さらに「王子」をつける駅名を欲しがったのかは疑問。近くにある都営バスの停留所は「北区神谷町」で、これは都電の電停も同じ名称でした。

とりあえず事実関係を整理すると
・王子神谷駅は北区王子五丁目に存在するが、神谷一丁目との境界に近い(関係はありませんが神谷二丁目並びに神谷三丁目の北部はむしろ一つ赤羽岩淵よりの志茂駅の方が近いです)
・最寄り(真上?)のバス停は王子五丁目(北区神谷町の名前を近くのバス停としてあげられていましたがそのバス停はもう一つ赤羽寄りのバス停であると思います。)である
・王子駅は一つ目黒寄りの駅名として存在し、神谷町の名前は既に日比谷線で使われているため、いずれにせよどちらか一方のみを使う場合には何らかの形で同名回避を行う必要がある
というところでしょうか。

また、現在の王子神谷駅付近の国道122号(北本通り)にはかつて隅田川から王子五丁目団地(ここは王子製紙の工場があったところなのですがそれはさておき)付近まで流れていた甚兵衛堀(神谷堀)という水路(現在は埋め立てられ?神谷堀公園となっています)にかかる神谷橋という名の橋がありその名は都電の電停の名称としても使われていました。

で、王子「の」神谷なのか王子「と」神谷なのかなのですが、
・王子五丁目は下十条村→王子村(1889)→王子町(1908)→王子区(1932)→北区(1947)
なのに対し
・神谷一丁目は神谷村→岩淵町(1889)→王子区(1932)→北区(1947)
と東京市編入まで異なる経緯をたどっており、現在でも北区では王子五丁目は王子地区に属しているのに対し、神谷一丁目は赤羽地区に属しているものとみなしています。

ということを考えると王子「と」神谷の方が妥当であるような気がします。個人的には神谷橋もよいと思うのですがこれも紛らわしいので採用には至らなかったのでしょうね。

なお、今回の考察に当たってはこちらのサイトを参考にしました。
[91530] 2016年 9月 28日(水)11:52:46Takashi さん
王子神谷は広域地名が接頭語になっている例ではない?
[91524] みかちゅうさん
[91527] Takashi

王子神谷駅は神谷町駅(日比谷線)、練馬春日町駅は春日駅(大江戸線・三田線)との混同回避でやはり広域地名を接頭語に付ける必要があったのだと思います。

その後王子神谷駅について調べてみたところここでの「王子」は広域地名というわけではないようです。

というのも、王子神谷駅自体が北区の王子五丁目にあり、むしろ所在する王子と近接する神谷の複数の地名を並べて付けたと考えた方が妥当ではないかと思われるのです。

というわけで王子神谷は広域地名が接頭語になっているとはいえないようです。むしろ神谷を付けた理由の方が気になります。
[91528] 2016年 9月 28日(水)09:18:03【2】Takashi さん
上野広小路について
[91524] みかちゅうさん
[91527] Takashi

[91527] Takashiの書き込みを書いた際にはこのあたりの中央通りをかつては下谷広小路と呼んでいたことと関係して広域地名を接頭語に付けたことを申し上げたのですが、その後台東区の旧町名を調べた際に現在の上野広小路駅の近くに上野広小路町があったことがわかりました。

この町名自体は1869年におそらく下谷広小路にちなんで名付けられたものと考えられますが、上野広小路の駅名は上野広小路町にちなんで名付けられたものであると思われます。

で、この駅名の上野は同名回避のために付けたかというと……おそらく町名由来ではないのでしょうか(町名自体が同名回避の可能性はあります)。
[91527] 2016年 9月 28日(水)07:20:52【3】Takashi さん
Re:同名回避のために広域地名を冠した駅・東京の地下鉄編
[91524] みかちゅうさん

 上野広小路(銀座線)
 中野新橋・中野富士見町(丸ノ内線)
 王子神谷(南北線)
 牛込神楽坂・牛込柳町・練馬春日町(大江戸線)
 本所吾妻橋(浅草線)
 板橋本町(三田線)

牛込神楽坂駅はかなり近くにあるが乗換駅の関係にはない神楽坂駅(東西線)との同名回避で広域地名を接頭語に付ける必要があったのだと思います。

王子神谷駅は神谷町駅(日比谷線)、練馬春日町駅は春日駅(大江戸線・三田線)との混同回避でやはり広域地名を接頭語に付ける必要があったのだと思います。

板橋本町駅は渋谷区や中野区の本町もしくは中央区の日本橋本町(まだ他にもあるかもしれません)と誤解されないために、中野富士見町は千代田区の富士見町→富士見や板橋区の富士見町と誤解されないためにそれぞれ広域地名を接頭語に付ける必要があったのだと思います。

牛込柳町駅は新宿区の市谷柳町に由来するものと思われますがなぜ牛込を接頭語に付けたのかというと他に付近に柳町はあるわけではありませんが旧牛込区にあることを強調したかったらしいです。

上野広小路駅は東京都内に他に両国広小路(両国橋西詰・現在の中央区東日本橋周辺)、浅草広小路(現在の台東区雷門通り)があり、このあたりの中央通りをかつては下谷広小路と呼んでいたことと関係して広域地名を接頭語に付けたのだと思います。

本所吾妻橋駅は……吾妻橋の本所側ということで命名されたのでしょうか。(ちょっとこれはわかりませんでした。)

取り急ぎご報告まで。
[91513] 2016年 9月 26日(月)13:18:39Takashi さん
川崎市内陸部の工場群
[91482] ニジェガロージェッツさん

お住いの川崎市についてのご説明もございましたが,小生のような部外者にとって,川崎市の工場地帯のイメージは川崎区のそれにありました。

ここの落書き帳に出入りされている皆様でも川崎市の工業地帯のイメージは川崎区のそれにあることは市民の私でも当然のことと考えております。

実際、川崎区の主に臨港部にいわゆる京浜工業地帯の大工場群が立ち並んでおり、それらのおかげで川崎市の工業生産額の78%を川崎区が絞めています(2014年)。

その一方で川崎市の幸区から高津区にかけての多摩川沿いの平坦地に1930年代から大企業の工場が進出し、そのいくつかは現在撤退したものもありますが、東芝三菱ふそうNEC富士通富士通ゼネラルは今も操業中です。

この結果三菱ふそう、NEC、富士通の工場のある中原区の工業生産額は川崎市全体の12%を占めるようになりこれは川崎区に次ぐ2位の額となっています。

とは言ってもリンク先の地図を見ればおわかりのようにそれぞれの工場が互いに近いところにあるというよりは工場進出後に宅地化された地域の中に大きな工場があるという感じなのであまり工場地帯というイメージは受けないと思います。
[91512] 2016年 9月 26日(月)11:04:23【1】Takashi さん
中部天竜
[91507] hmtさん
[91511] デスクトップ鉄さん

1934年三信鉄道開業時は佐久間駅で、所在する佐久間村からの命名です。なぜ、これを中部天竜に改称したのかも疑問です。

1936年に現在の浜松市天竜区佐久間町佐久間に佐久間水窪口駅→佐久間駅ができることとの兼ね合いで1935年に改称したものであるものとうかがえます。それにしても天竜がなぜ付くようになったのかは未だにわからないのですが。

中部(なかっぺ)村は、1989年3月の市町村制施行時に佐久間村を構成した旧村ですが、25000分の1地形図の 図幅名に使われるくらい著名な地名だったのでしょうか。

この辺りの25000分の1地形図の図幅名として「佐久間」を使用できないのはすぐ北の地域をカバーする25000分の1地形図の図幅名が浜松市天竜区佐久間町佐久間を範囲に含む「佐久間」であることが影響しているものと思われます。中部天竜駅と佐久間駅の間に25000分の1地形図がカバーするエリアの境界線があるのですね。また、中部(なかっぺ)が図幅名に用いられたのはここのエリアを含む25000分の1地形図でもっとも大きな集落の名前を採用したものではないかと思われるのですが、地形図だけでは本当に大きいかどうかはわかりません。
[91503] 2016年 9月 25日(日)17:38:24Takashi さん
西に中国勝山あれば東に……
[91500] 白桃さん

でも、忘れてはならないのが「中国」で、真庭市の中心駅?である「中国勝山駅」ひとつしかありませんが、私、以前[5554]で、
普通なら「美作勝山」となるべきところを「中国勝山」としたのは、「ミマサカカツヤマ」となると同じ美作の主邑、津山と間違うのでは
と書き込みましたが、某インターネット百科事典によると、「美作なんてケチくさいこと言わないで、中国地方の勝山でいこう」と町会議員が言ったかららしいです。

の記事を読んで思い浮かぶのはJR飯田線の「中部天竜駅」です。

……ただ、この中部天竜駅の中部は中部地方に由来するものではなく、駅の対岸にある静岡県浜松市天竜区佐久間町中部に由来するもので、しかもこの読みは「なかべ」と読むそうです。某インターネット百科事典によると開業当初は「なかっぺ」と読んでいたらしいのですが、手元に参考資料がないためその真偽はちょっとわかりませんでした。
[91475] 2016年 9月 22日(木)11:15:03Takashi さん
普通の街ってどんな街?
[91473] ペーロケさん

「普通の街」というのは、無個性な街なのでしょうか。言ってみれば、土地勘がない人に対しても一言で他の街との違いを表せない街。私にとっては、例えば横浜市の内陸の区は区別がつきません。どこも丘陵地に住宅が建っている風景が延々と続くイメージです。そういった所がいい意味でも悪い意味でも、「普通の街」なのかもしれません。

横浜市の内陸の区から川崎市の宮前区・麻生区にかけてはおっしゃるとおりどこも丘陵地に住宅が建っている風景が延々と続くイメージで初めての人には区別がつかないと思います。あと、私個人的には東京都内の西武池袋線・新宿線・JR中央線沿線の各市や埼玉県内の東武東上線沿線の各市も武蔵野台地上に住宅が建っている風景が続く感じでやはり初めての人には区別がつかないかなと思います。

関西や名古屋周辺で同じようなところがあるかどうかは想像がつきませんが、先ほど私が挙げた地域はいずれも東京周辺の住宅地として発展した街であるためどちらかというと特殊な環境に置かれた街とも言えると思います。

私個人の思う普通の街というのは地域の拠点として発展し、その一方で規模はそれほど大きくはないような街(どのくらいでしょうね?人口は5万から10万くらいでしょうか?)が普通の街といえるように思えます。そのような街はたいてい
土地勘がない人に対しても一言で他の街との違いを表せる場合が多いかもしれませんが、こちらの方が日本各地によくある街ってどんな街?という問に対してイメージできる街のような気がするのです。

皆様の意見はどうでしょうか?
[91453] 2016年 9月 20日(火)21:17:13Takashi さん
杖立温泉オフ会記念全国のJR駅三番勝負
じゃ、こっち?
問一 有田(JR九州、佐賀)
問二 勝野(JR九州、福岡)
[91448] 2016年 9月 20日(火)10:13:03Takashi さん
杖立温泉オフ会記念全国のJR駅三番勝負:ブレイク
問一について再度手元の時刻表を見直したところ、「もっと確実なところあったじゃん」的なところが……。
とりあえず正答判定の結果次第で。
[91446] 2016年 9月 20日(火)09:38:15Takashi さん
杖立温泉オフ会記念全国のJR駅三番勝負
これで本当に合っているかな?
問二 名寄(JR北海道、北海道)
[91445] 2016年 9月 20日(火)09:28:53Takashi さん
杖立温泉オフ会記念全国のJR駅三番勝負
ひょっとしてこういうこと?
問一 内子(JR四国、愛媛)
[91444] 2016年 9月 20日(火)09:05:30Takashi さん
杖立温泉オフ会記念全国のJR駅三番勝負
とりあえずすぐわかったものだけ。
問三 中間(JR九州、福岡)
[91402] 2016年 9月 15日(木)21:37:28【2】Takashi さん
人口の増減・横浜市の場合
[91392] Takashi

実は横浜市についてはどうなっているかお話ししようかとも思っていたのですが長くなりましたので別稿として改めたいと思います。

神戸市との比較で同じ港町の横浜市について人口の増減を考えてみたいと思います。

2010年から2015年の間横浜市全体としては増加しています(増加率+1.01%)が、行政区別に分けてみるとある傾向が見られることがわかります。

・中心部の西区と中区は増加している
・中心部より東京の都心に近い各区(鶴見区・神奈川区・港北区・緑区・青葉区・都筑区)もやはり増加している
・中心部より東京の都心から離れた各区(南区・保土ケ谷区・金沢区・港南区・旭区・瀬谷区・栄区・泉区)では減少している(ただし磯子区と戸塚区では増加している)

この傾向と昼夜間人口比率、さらに区に常住している通勤者の内東京23区または横浜市の中心部(西区と中区)を通勤地としている人の割合を表にすると以下のようになります(ちなみに参考としてあげた藤沢市は横浜市よりも東京の都心より離れていますが人口は増加しています)。

区名昼夜間人口比率(%)ABC
鶴見区92.029.23.84.86
神奈川区99.926.710.32.43
西区179.728.73.89
中区166.623.41.59
南区78.718.517.8-0.63
保土ケ谷区84.021.812.9-0.52
磯子区83.818.215.61.85
金沢区93.519.09.0-3.33
港北区94.032.15.74.49
戸塚区87.023.87.20.37
港南区78.419.512.3-2.55
旭区78.817.09.7-1.53
緑区82.620.84.51.57
瀬谷区82.113.57.9-1.80
栄区77.820.09.1-2.11
泉区77.816.68.1-1.07
青葉区77.240.62.31.83
都筑区96.426.74.55.28
(参考)藤沢市93.214.64.33.53
A:区に常住している通勤者の内東京23区を通勤地としている人の割合(%)
B:区に常住している通勤者の内横浜市中心部(西区と中区)を通勤地としている人の割合(%)
C:2010年の国勢調査人口に対する2015年の国勢調査人口の増減比(%)

人口が増加している区はおおむね東京23区を通勤地としている人の割合が高い一方、人口が減少している区はおおむね東京23区を通勤地としている人の割合が低い傾向にあります(ただし18%から22%の範囲では増加している区と減少している区が混在しています)。
一方、横浜市中心部を通勤地としている人の割合と人口の増減にはあまり関係はないように見受けられます(しいていうなら中心部に近い区では横浜市中心部を通勤地としている人の割合が高く、中心部から離れた区では横浜市中心部を通勤地としている人の割合が低いというある意味当然の結果を見いだすことができることでしょうか)。
昼夜間人口比率は……あまり関係ないですね。

東京の都心に近い区では開発もしくは再開発が進み東京で働く人がそこに住むようになって人口が増加する一方、東京の都心から離れた区では最初の開発が一段落しそこに住んでいた人がより生活に便利なところを求めた結果人口が減少しているのではないかと思われます。横浜市の中心部に近いかどうかはあまり関係ないのでしょう。そういう意味では

東京から見ると市内全域が通勤圏と見られる傾向にあるためか中心部から少し離れたところでも全く違う都市圏とはあまり感じられません。存在感がないわけではないのですが、東京のそれが周囲を圧倒してしまっているのでしょう(これについては首都圏の他の政令指定都市にも同じようなことが言えると思います。)。

ということが言えるのかもしれません。

ちなみに神戸市で同じようなことをしてみます。(ちなみに参考としてあげた明石市は神戸市よりも大阪市より離れていますが人口は増加しています)。

区名昼夜間人口比率(%)ABC
東灘区96.418.513.21.58
灘区98.011.920.52.01
兵庫区121.35.421.0-1.22
長田区102.34.715.6-3.61
須磨区86.76.417.5-2.95
垂水区77.86.115.0-0.39
北区81.77.114.1-3.07
中央区219.19.16.98
西区94.74.811.9-1.37
(参考)明石市90.15.19.80.88
A:区に常住している通勤者の内大阪市を通勤地としている人の割合(%)
B:区に常住している通勤者の内神戸市中央区を通勤地としている人の割合(%)
C:2010年の国勢調査人口に対する2015年の国勢調査人口の増減比(%)

人口が増加している区はおおむね大阪市を通勤地としている人の割合が高い一方、人口が減少している区はおおむね大阪市を通勤地としている人の割合が低い傾向にあります。ただし大阪市を通勤地としている人の割合は横浜市内各区における東京23区を通勤地としている人の割合より低いのが特徴的です。
一方、神戸市中央区を通勤地としている人の割合と人口の増減にはあまり関係はないように見受けられます(しいていうなら神戸市中央区に近い区ではを通勤地としている人の割合が高く、神戸市中央区から離れた区では神戸市中央区を通勤地としている人の割合が低いというある意味当然の結果を見いだすことができることでしょうか)。ただし、東灘区以外では神戸市中央区を通勤地としている人の割合が大阪市を通勤地としている人の割合より高い傾向にあることが特徴的でしょうか。
昼夜間人口比率は……あまり関係ないですね。

[91386] ニジェガロージェッツさん

また,大阪から見て通勤圏外と言われる兵庫区や長田区へは,JR線に乗れば三宮から数分(新長田で7分)しかかかりません。しかし,どうも大阪からは全く別の都市圏に感じられるそうで,これも神戸の存在感がそう言わしめているのでしょうか。

興味深いことに神戸市中央区では大阪市を通勤地としている人の割合が9.1%なのにその先の兵庫区や長田区では大阪市を通勤地としている人の割合が5%前後と低くなっています。また兵庫区や長田区では昼夜間人口比率が100%以上で高いという特徴があります。といっても住んでいる区内で働いている人がかなり多いわけでもなくどちらかというと(神戸市中央区と同様)他の市区町村から通勤者を受け入れる一方で他の市区町村に通勤者を送り出しているようです。

どうやら神戸市内に住む人のうちかなりの人は(神戸市中央区を含む)神戸市内で働くことを前提に住むところを決めているようです(実際、神戸市に常住している通勤者の内神戸市内を通勤地としている人の割合は76.0%と横浜市に常住している通勤者の内横浜市内を通勤地としている人の割合である61.0%に比べて高いです)。横浜市内に住む人には東京23区内で働くことを前提に住むところを決めている人がそれなりにいる(実際、横浜市に常住している通勤者の内東京23区を通勤地としている人の割合は24.6%で神戸市に常住している通勤者の内大阪市を通勤地としている人の割合である8.4%に比べて高いです)ことと比べると対照的かもしれません。そのあたりが神戸のもつ存在感につながるのかなとも思います。

うまくまとめようとしたのですが、あまりまとまらなくて申し訳ございません。

なお、今回のデータ作成には[91400]で紹介した昼夜人口見える化ツールを用いたことを追記しておきます。
[91400] 2016年 9月 15日(木)13:55:29【1】Takashi さん
昼夜人口見える化ツール
こんにちは。

都市の存在感を考えるために昼夜間人口比率を求められるツールがあればいいなと探していたのですが、埼玉県のホームページで全国の自治体の昼間人口・夜間人口を調べるためのツールというものが公表されていることがわかりました。

Excel形式のファイルで市区町村を指定することでその市区町村の昼間人口・夜間人口並びに常住している人の通勤通学先や通勤通学している人の常住地がわかるようになっています。(データは2010年の国勢調査のときのものを使用しています。)

なぜ埼玉県がこのようなツールを作成したのかその意図はわかりませんが、市区町村間の人の流れを見るためのツールとして使うと面白いことがわかるのではないかと思います。

【1】使い方についてはこちらをどうぞ。
[91393] 2016年 9月 14日(水)11:42:29【1】Takashi さん
神戸市つながりということでもう一つ。
某公共放送の回し者ではないのですが……。

昨日のBSプレミアムの「世界ふれあい街歩き」で神戸市が取り上げられました。

番組を知らない方に内容を説明しますと、毎回世界各国の都市を一つ取り上げ、その都市の街並みや観光名所などを紹介する番組で、原則、ステディカムで撮影した映像と、アフレコしたナレーションだけで構成され、視聴者にあたかも「自分で街を歩いている感覚」を疑似体験してもらおうという趣向の旅番組になっています。その都市を地図を見ながら実際にぶらぶらと歩き、行き当たりばったりに路地や店や市場などを巡ったり、偶然出会った人達とやりとりするという設定で構成されている番組であり、観光名所の紹介よりも街並み自体やそこに住む人たちのありのままの暮らしぶりを放送することに重点を置くため、観光地らしいところがあまり映っていないこともありますがそれがこの番組の魅力の一つになっております。普段は海外の都市を紹介するのですが年に1度か2度くらい国内の都市がスペシャルで紹介されることがあります。

実際番組内で歩いた場所は三ノ宮駅から神戸港、北野、長田で、それぞれの場所でさまざまな人々に出会いながら旅を進めていきました。

本放送は既に終わったのですが、再放送が9月20日の8:00からと9月26日の24:15からありますので、興味のある方はどうぞ。
[91392] 2016年 9月 14日(水)08:45:50Takashi さん
Re:神戸市の人口減少について
[91386] ニジェガロージェッツさん

私のような部外者からの勝手な推察を読んでくださりありがとうございます。

神戸市の人口減少を考える際に神戸市自体の経済の不況が鍵となっている件には正直気づきませんでした。振り返って私の住んでいる川崎市について工場の数がどうなっているかを考えますと、工業生産額は一時期よりは低下しているもののある一定の水準に達しているのに対し、工場数やそこに従事している人の数は長期的に減少傾向にあることが見受けられます。幸いなことと言っていいのかどうかはわかりませんが、川崎市は東京23区や横浜市に隣接していることもあり、工場の跡地が再開発でマンションや商業施設になり特に工場数の減少が顕著な中原区や高津区ではそれが人口の増加につながっていることがうかがえます。

私にも三宮が住宅地であるという認識はあまりないのですが、住みたい街ランキングで三宮(神戸)が3位に入っているというのはやはり神戸に対してある種のあこがれみたいなものがあることは確かだと思います。2位の梅田(大阪)は最初どこに住むところがあるの?という疑問があったのですが大阪環状線の外に行けば住むところはあるのですね。話はそれますが、関東の9位に東京(駅周辺)が入っているのですが、いったいどこに住むのか私には見当がつきません。

もちろん,市も対策を打ってこなかったわけではなく,例えばポートアイランドに先端医療都市を創設したり,観光業に力を入れたりと,人口流出を食い止める政策を打ってきました。経営が厳しいことを承知でも,反対を押し切り神戸空港開港を断行したのも,震災後の低迷する神戸の復権に対する切ない事情があったことと推察します。県や市といった自治体の力では到底及ばない,日本の産業構造の変化もあり,震災からの復興の過程の中でも,失ったものが多すぎる。新産業の創設も大事なことで大いに派手にやってもらいたいところですが,行政には,現状の産業の保守と育成にも倍旧に力を入れてほしいところです。

新産業の創設が全く無駄なものとは申しませんが、工業とかに比べると人口を増やす要素としては少し弱いかなとは思います。それよりかは現状の産業の保守と育成に力を入れてほしいというご意見には同意いたします。

親元を離れる青年たちが,神戸市内では希望する職に就くのが難しい,魅力ある生活を見出せない,生計を立てるのが厳しい等など,それぞれの理由で神戸を離れていく,これこそが問題であると小生は考えます。

市内では大学などの高等教育機関は充実しており,学生人口はむしろ増えているとのこと。しかし,卒業後に神戸を去ってしまうことが言われていました。

神戸市内の大学を目指して入学する者は増えていても就職などで定着せず首都圏や大阪府に去ってしまう現状はなんとかできないかなと感じました。

かなり悲壮な雑感ばかり書き綴りましたが,このような空気が流れている中でも,現実の神戸市人口は先に述べたように,今のところ社会動態は転出と転入が拮抗しています。海外からの転入も目につきますが,これも神戸市の持つ底力かと感じる次第です。

実は神戸市の人口についてあれこれ考えるきっかけになったのは今回の十番勝負の解答を考える際に神戸市の人口が減っていてしかもその程度が私の想像以上であったことにあるのですが、私自身は神戸市には他の関西の都市にはない存在感があると信じています。神戸市に西日本各地や海外からの転入が多いのも神戸市にそれだけの魅力があるからだと思っています(年代別のデータがないのでわかりませんが、その多くは学生さんかもしれません。)。

また,大阪から見て通勤圏外と言われる兵庫区や長田区へは,JR線に乗れば三宮から数分(新長田で7分)しかかかりません。しかし,どうも大阪からは全く別の都市圏に感じられるそうで,これも神戸の存在感がそう言わしめているのでしょうか。

同じ港町である横浜市の場合、中心部(根岸線横浜駅から石川町駅あたりまでならびにみなとみらい線沿線)にはそれなりの存在感があるのですが、東京から見ると市内全域が通勤圏と見られる傾向にあるためか中心部から少し離れたところでも全く違う都市圏とはあまり感じられません。存在感がないわけではないのですが、東京のそれが周囲を圧倒してしまっているのでしょう(これについては首都圏の他の政令指定都市にも同じようなことが言えると思います。)。

どのように返信すればよいのか迷い時間がかかってしまいましたが、拝読した内容を元に感じたものをまとめさせていただきました。
実は横浜市についてはどうなっているかお話ししようかとも思っていたのですが長くなりましたので別稿として改めたいと思います。
[91349] 2016年 9月 6日(火)23:06:52【1】Takashi さん
Re:塩尻は中央市より中央です
本題の前に

[91338] グリグリさん

沖縄タイムス(タイムズではなくタイムスです)

確かにそうでしたね(HPを見て再度確認しました)。失礼いたしました。

で、本題。

[91328] 白桃さん

おっしゃりたいことをここで言うわけにはいきませんのでここでは言いません(し、ここに出入りするメンバーでしたら言わなくてもわかるでしょう)。

最多と最少はほぼメンバーが固定化されているのに対し、平均と中位はメンバーはほぼばらばらですね。それなのに人口はある一定の幅の中に収まってしまうというのには奇跡みたいなものを感じてしまうのですが、これって単なる偶然なのでしょうか?
[91327] 2016年 9月 4日(日)10:03:30【3】Takashi さん
鉱山跡
[91324] 伊豆之国さん

…今晩の某公共放送の「中洲産業大学教授・森田一義氏」の番組の舞台は、その佐渡市でした。

私もこの番組を見ていたのですがその中で紹介されていたのが佐渡の金山跡です。

私はそこには行ったことはないのですが、夕張(石炭)足尾(銅)土肥(金)の鉱山跡の観光施設に行ったことはあります。どこの施設も鉱山の中の様子を再現する施設だったり鉱山の町の様子を再現する展示だったりが見られ、廃坑好き(?)には面白い展示になっていたと思います。

P.S. 土肥の金山跡の観光施設にも(訪問当時)世界最大の巨大金塊がありそれに触れるようになっていました(当然ですが持ち帰りはできません。)。あと、砂金すくいを体験できる施設があり実際に砂金をすくったのですが、あのときすくった砂金は今はどこに行ったかわかりません……。


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