白川静「字統」より
「島・嶋」…もと海鳥の住む岩島をいう字。その大なるものを島といい、小なるものを嶼という。
[26206]では「島」を認定するにあたって考慮に入れる要素として、人手の関与や越えるべき水面を取り上げました。今回は島の大きさです。
「島」は「大陸」や「本土」に対する相対的概念で、その大きさの上限はほぼ明らかです。
世界的にはオーストラリアとグリーンランドとの間、国内では四国と択捉島の間に上限が引かれています。目的によっては沖縄本島と佐渡島との間で区別することもあるようです。
カナダ北端のエルズミア島。これは面積については本州と同じくらいの大きな島ですが住民は極めて少なく、離島扱いでしょうね。
問題は下限です。二見の夫婦岩は「島」なのか?
夫婦岩は島であろうとなかろうと観光的価値に変りがないでしょうが、「島」であるか否かで経済的価値が大きく変るのが沖ノ鳥島です。
日本政府は「沖ノ鳥島は島である」として、領海12海里および排他的経済水域 EEZ=exclusive economic zone 200海里を主張しています。沖ノ鳥島の存在は、日本の国土面積を上回る40万km2のEEZを我が国にもたらしています。
[26206]で引用した「国連海洋法条約」の島の定義は、1958年の領海条約の定義を踏襲したものですが、これが人工島を排除したわけは、海洋の経済的利用に関係するためでした。この条約は121条第1項の「自然に形成された陸地」の他にも第60条第8項で「人工島、施設及び構築物は、島の地位を有しない」と駄目押しをする念の入れようです。
しかし、この定義に大きさの規定は直接にはありません。だから「高潮時においても水面上にあれば、どんな小さな岩でも島である」ということになり、「水面上」を維持するために300億円を投じた護岸工事も行なわれました。
ところがこの条約の121条第3項には「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない」という規定があり、鳥が止まれても人が住めないような岩は(基線=低潮線から12海里の領海はOKでも)200海里のEEZ はダメとされているようです
沖ノ鳥島の排他的経済水域について1999年の国会質問での政府答弁がありますが、何となく苦しい感じです。
http://homepage3.nifty.com/boumurou/island/sp01/law.html 参照。
では、この「島」の実態は? というわけで写真を探したら……
ありました!
http://vldb.gsi.go.jp/cgi/tr_table.pl?410 東露岩にある「一等三角点」(北露岩には三等三角点がある)。でも三角測量をするには3つの三角点が必要なのではないかな?
それはともかく、一番下の写真、コンクリートで固められた岩の小さいこと。まさに鳥が止まるのがやっと という大きさでした。これを「島」であると主張する日本政府の勇気に感服!
ところで、最初の位置図にあるように2つの露岩は東西に並んでいるのに東露岩と北露岩。なぜ?
実は西側に北露岩と南露岩があったのです。南露岩はキノコ状の岩が波浪で倒壊した状態で発見され、1937~1938年頃に波浪に流されて消失したようです。
このような事例もあるので、現在は辛うじて水面上を維持している2つの岩も危ない…というわけで実施されたのが1989年に完成した護岸工事でした。
http://www.takagigumi.jp/step17.html によると、略最高高潮面からの高さ僅かに16cmと6cmだったキノコ状の岩の周囲を消波ブロックと特殊なコンクリートで固めたとあります。一等三角点のある東露岩には、更にチタン製のフタをかぶせるという過保護ぶりです。
ほんの小さな岩ですが、200海里を確保しようと努力すると金食い虫になります。護岸の維持は本来自治体の仕事ですが、東京都にとってもその負担は大変というわけで、改正海岸法を受けた政令(1999/6/18)により、国の費用全額負担で直轄管理をすることになったそうです。
http://www.thr.mlit.go.jp/bumon/b00037/k00290/river-hp/kasen/forefront/sea/0008.html
「国の直轄管理」と言われると、この“現代の天領”と自治体の小笠原村や東京都との関係がどうなったのか気になりますが、東京都に代わって国(建設省、現 国土交通省)が海岸の管理をするという意味で、東京都小笠原村沖ノ鳥島であることに変更はないようです。
沖ノ鳥島にあるのは護岸工事を施された2つの岩だけでしょうか?
いやいや
http://homepage2.nifty.com/shot/okinotori.htm には、なんと3階建ての建物のある人工地盤が写っています。ここは重要な気象観測基地(無人)で、2003年2月までは ネットでリアルタイム気象観測データが公開されていました。
海岸保全に加えてこのような利用を含む実効支配の実績は、先に問題になった条約121条第3項の「経済的生活の維持」を裏付けるものとして役に立つのかもしれません。
海面上の岩のことばかり気にしていると沖ノ鳥島は小さな存在のように思われますが、海面下の実態は 深海からそびえ立つ雄大な海山です。
1996年の調査により、最終間氷期に形成された12万5000年前の珊瑚礁が、最終氷期に下降した海面レベルまで浸蝕され、更に7500年の温暖期に海中に沈んで、上にできた新しい珊瑚礁が現在の海面近くにほぼ平らな頂上を形成していることがわかりました。
海面上の小さな岩は、富士山の白雪や笠雲のような珊瑚礁で上部を覆われた古い巨大な山体の頂が、海上に突き出たものなのでした。
日本最南端の沖ノ鳥島のことを書いているうちに、幻の日本最東端の島 (サンズイのない)「中ノ鳥島」の存在(実は不存在)を知りました。
興味のある方は
http://homepage3.nifty.com/boumurou/island/01/ganges.html をどうぞ。