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落書き帳


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[70799] 2009 年 7 月 11 日 (土) 19:49:31 hMMasaka さん
 南流山第3組

相変わらずマイペースでいきたいと思います。(hさん)
隠密行動したせいで北陸のお宝をもらい損ねてしまいました。(Mさん)
昨日も飲んでるんで酔っ払ってます。(Mさん)


…と言う事で、プチオフ会恒例の奴でした。失礼しました。
代表書き込み・M

[70798] 2009 年 7 月 11 日 (土) 19:39:04 スナきらちゃん さん
 南流山第2組

今日はいろいろお持ち帰り下さりありがとうございます。(スナさん)
楽しいよ〜(なきさん)
また一人被害者が出ました。(ちゃんさん)

[70797] 2009 年 7 月 11 日 (土) 19:32:28 油白熊 さん
 南流山第1組その2

さっきのは熊さんです。
88さんお待ちしてたのに…(白さん)
恐ろしい事になってます。助けて〜(油さん)

[70796] 2009 年 7 月 11 日 (土) 19:24:39 油白熊 さん
 南流山第1組

皆さんで盛り上がってます。

[70795] 2009 年 7 月 11 日 (土) 18:54:59 山野[山野] さん
 那智勝浦町(住民投票予定日)/安土の合併

(和歌山県)
新宮市との合併賛否を問う住民投票日を来月の2日か9日のどちらかで行う模様です。(詳細は不明)
(滋賀県)
滋賀県議会の総務・政策常任委員会は昨日、廃置分合議案を全会一致で可決し、
これを受け16日の本会議でも可決される見通しとなりました。
また、「急ぐな合併・守ろう安土みんなの会」から提出されていた議決延期を求める請願は不採択となりました。

[70794] 2009 年 7 月 11 日 (土) 18:40:54 EMM さん
 お出かけ中のEMMです。

おかしい…2、3回曲がり角を間違えたら名瀬か南流山に着いてしまいました(爆)

…と言う白々しい前振りはさておいて。
油天神山さんを励ます会、9名参加で絶賛進行中。
いっちゃん幹事の指示でEMMが代表して書き込んでます。

このまま岡山公式オフ会になだれ込みたいなぁ。

[70793] 2009 年 7 月 11 日 (土) 16:10:41【3】 じゃごたろ さん
 都道府県道の認定要件と路線名について

こんにちは、じゃごたろです。
先日の活動で福井県の経験値が+1となり、30位タイから単独30位となりました。今年中には滋賀県も+1になる予定です。

[70548] グリグリ さん
[70593] 千本桜 さん

遅れましたが、以下原則論として私の理解している範囲で回答いたします。

余計な話かもしれませんが、「京都府道・兵庫県道2号宮津養父線」の場合だと「県道○○□□線」という言い方ができないですね。それとも「府県道宮津養父線」という言い方をするのかな。
まずは、前菜のこちらから。お察しのとおり「府県道」と呼ぶようです。ということで東京都と隣県とに跨る路線は「都県道」。一般的な呼称ではないでしょうが、「首都圏整備法」「近畿圏整備法」等の公文書では時折使用されているようです。東京都と京都府・大阪府を結ぶ路線は存在しないので「都府県道」という用例は考える必要はないでしょう。

そして、メインディッシュ。
「○○□□線」の○○や□□の部分の命名規則はあるのでしょうか。
原則「○○」が起点で「□□」が終点です。そうでない路線も多く見られると感じるかもしれませんが、例外はほとんどないと思います。ただしその路線名の「基準」がよくわからないことが、混乱する原因だと思います。

長文ですがまずは最初に道路法第七条「都道府県道の意義及びその路線の認定」を引用すると、
第七条  第三条第三号の都道府県道とは、地方的な幹線道路網を構成し、且つ、左の各号の一に該当する道路で、都道府県知事が当該都道府県の区域内に存する部分につき、その路線を認定したものをいう。
一  市又は人口五千以上の町(以下これらを「主要地」という。)とこれらと密接な関係にある主要地、港湾法第二条第二項 に規定する重要港湾若しくは地方港湾、漁港漁場整備法 (昭和二十五年法律第百三十七号)第五条 に規定する第二種漁港若しくは第三種漁港若しくは飛行場(以下これらを「主要港」という。)、鉄道若しくは軌道の主要な停車場若しくは停留場(以下これらを「主要停車場」という。)又は主要な観光地とを連絡する道路
二  主要港とこれと密接な関係にある主要停車場又は主要な観光地とを連絡する道路
三  主要停車場とこれと密接な関係にある主要な観光地とを連絡する道路
四  二以上の市町村を経由する幹線で、これらの市町村とその沿線地方に密接な関係がある主要地、主要港又は主要停車場とを連絡する道路
五  主要地、主要港、主要停車場又は主要な観光地とこれらと密接な関係にある高速自動車国道、国道又は前各号の一に規定する都道府県道とを連絡する道路
六  前各号に掲げるものを除く外、地方開発のため特に必要な道路

これをそのまま解釈すると、起点・終点になることができるのは「主要地」「主要港」「主要停車場」「主要な観光地」、そして高速自動車国道を連結する「インターチェンジ」となります。第六号はそれが明瞭ではないのですが、これが一番わかりにくい路線認定の要件です。

これら認定要件を基準にして認定した路線の路線名については、建設省道路局長から各都道府県知事へと宛てた「都道府県道の路線認定基準について」という通達の中で言及されています。この通達は以前[70227]で引用した通達とは別のものです。この通達には「路線名のつけ方」というのがあり、
路線名は原則として路線の起点と終点の名称(主要地は市名又は町名、主要港等は港湾名等、主要な観光地は公園名又は観光施設名、その他は村名又は字名)を起終点の順の呼称するものとし、同一名称の路線が別にある場合は起終点の中間に経過地の地名を挿入する。
とあり、これが大原則ということです。これは前述した「主要地」「主要港」「主要停車場」「主要な観光地」「インターチェンジ」が路線名として使用できるものであり、道路法の各号の要件で最初に記載されている方が「起点」、後に記載されている方が「終点」となります。基本的には起点や終点が「主要地」の場合は自治体名が路線名となっています。

また「路線の起終点のとり方」で、
1 主要地を路線の起終点とする場合は、原則として主要地内の国道又は都道府県道の交点を起終点とする。
とあります。国道又は都道府県道との交点は必ずしも中心地域ではなくてかなり郊外に起点・終点があるケースもありますが、第一号の要件で認定された場合は「主要地」の自治体名が路線名となっていることになります。

さて、私が資料を持っている長野県の県道を主に、私の知っている岩手県道のサイト「県道生活@いわて」等を一部参考に、詳細をご説明します。

第一号に該当する路線の一つとして「長野上田線」があります。これは長野市という「主要地」と上田市という「主要地」を結ぶ路線です。主要地どうしを接続する路線の場合どうなるこというと、
1 主要地とこれと密接な関係にある他の主要地とを連絡する路線は、都道府県道のうち、その基幹となるべき路線とし、人口の多い主要地を起点とする。
と通達ではあり、長野市が起点となりこのような路線名となります。また「伊那駒ケ岳線」もこの第一号で認定されおり、伊那市という「主要地」を起点とし、駒ケ岳という「主要な観光地」が終点となっています。「松本塩尻線」や「駒ケ根駒ケ岳公園線」などもこのケースです。「岡谷茅野線」もこの要件での認定ですが、認定当時は人口の多かった岡谷市の方が起点とされています。現在この路線を認定したら「茅野岡谷線」となるのでしょう。

「主要港」や「主要停車場」が終点となる路線は、少なくとも長野県にはありませんでしたし、岩手県にもありません。後述しますが、「主要港」や「主要停車場」に関する路線は第一号ではなく第五号に該当する場合がほとんどのようでして、松本空港に関係する「松本空港塩尻北インター線」「松本空港線」も第一号ではなく第五号で認定されています。

第二号に該当する路線は長野県にはありません。まあ、海なし県ですから。岩手県にもないようです。というか「主要港」と「主要停車場」「主要な観光地」を直接結ぶ路線という要件が結構ハードルが高いように思えます。

第三号に該当する路線も長野県にはありませんが、岩手県には一路線ありました。それが「平泉停車場中尊寺線」です。平泉町内にある「平泉駅」という「主要停車場」と「中尊寺」という「主要な観光地」を結ぶ路線です。地方の鉄道路線が廃止される昨今では、この認定要件というのがかなり特殊なものであるのかもしれません。

第四号に該当する路線は幾つかあり、その一つに「飯島飯田線」があります。これは旧国道153号であり、国道時代は飯田市の方が起点に近い路線でした。この第四号について通達では
5 法第七条第一項第四号に該当する路線は、主要地、主要港又は主要停車場(五において「主要地等」という。)を終点とし、起終点の市町村を含めて最小限三市町村を必要とする。
とあります。飯島町が主要地でなかったからなのでしょうか、この通達によって終点が飯田となっています。現在でもこの路線は飯島町、松川町、高森町、飯田市と三市町村以上を通過しています。他には木曽町内のみを通過する「開田三岳福島線」。認定当時は開田村、三岳村、木曽福島町の三町村を結ぶ路線で、主要地の木曽福島町が終点となっています。この例でもわかるように、平成の大合併を経た今では認定要件を見直す必要があるのかもしれません。

第五号に該当する路線はたくさんあります。「扇沢大町線」もこの一つ。「扇沢」とは「黒部立山アルペンルート」の長野県側の起点である「扇沢駅」のある「主要な観光地」。ここと同市内にある国道148号を接続する路線であり、第五号を満たします。「飯島停車場日曽利線」も「飯島停車場」と同町内で主要地方道伊那生田飯田線を接続する路線ということで該当します。「長野停車場岡田線」という長野駅と国道19号を接続する短い路線もこの要件で認定されています。

なお前述しましたが「主要港」や「主要停車場」に関する県道は、この第五号の要件で認定される場合が多いです。それは、通達の中で第一号に関して
主要地とこれと密接な関係にある主要港、主要停車場又は主要な観光地(2において「主要港等」という。)とを連絡する路線は、主要地を起点とし、原則として主要港等が当該主要地に含まれない場合とする。
とあります。「主要港」や「主要停車場」とはだいたい「主要地」に含まれることが多く、「主要港」等を幹線道路と接続する場合は第一項に該当せず、この第五項に該当することになります。この場合、かなり以前では「富士見停車場富士見線」や「宮ノ越停車場宮ノ越線」のように律儀に起点と終点を路線名としていましたが、これも下記の通達
注1 五号該当の路線のうち、主要港、主要停車場又は主要な観光地を起点とする路線であって起終点が同一市町村内となる場合は「○○港線」、「○○停車場線」、「○○公園線」等の呼称し、起終点が異なる市町村とある場合は必要に応じて終点の村名又は字名を挿入することができる。
注2 高速自動車国道等のインターチェンジに連絡する路線の場合は、インターチェンジの名称により「○○インター線」とすることができる。
により、単純に「○○停車場線」という路線名とすることが標準となりました。この場合起点しか表示されていないのですが、あくまでも原則の省略形とみなすことができると思います。「○○港線」とか、「上高地公園線」のような「主要な観光地」のみの路線名もこれと同じです。

最後に、一番弾力的な運用ができることで、表面的な理解が難しい第六号です。
例えば、岩手県道沖田渋民線の場合、起点が沖田で終点が渋民ですが、渋民を起点にして沖田を終点にしなかったのは何故か。
まさにこの「沖田渋民線」が第六号に該当する路線です。これは先に引用をご紹介した「県道生活@いわて」に第六号の要件で認定されていることが紹介されています。

この第六号について通達ではいろいろと触れているのですが、起点・終点のとりかたについては、
(1) 第3の1に規定する地方開発路線は、主要地、主要港、主要停車場、高速自動車国道、国道又は主要な都道府県道を終点とする。
(2) 第3の2(1)及び(2)に規定する地方開発路線は、原則として交通上の拠点となる地点を終点とする。
(3) 第3の2(3)に規定する地方開発路線は、国道等を終点とする。
(4) 第3の2(4)に規定する地方開発路線は、市町村の中心部を終点とする。
とあります。「沖田渋民線」がどれに当たるかはよくわからないですが、重要な地域・路線のある方が終点であることには違いがありませんから、いずれにしても国道343号の通過する「渋民」が終点であることがこれで理解できると思います。

宮城県道を見ている限りでは法則なしに見えます。
宮城県道について考察はしていませんが、実はこのような一般的にはわかりにくい法則を当てはめてみれば、実は法則どおりだったりするかもしれません。結構第六号の要件で認定されている県道は多いようで、字名などが路線名に使用されている場合は可能性が高いです。残念ながら、宮城県道について私が確認するつもりはありませんので悪しからず。

再度。
もし、始点と終点を使うという規則があるとしたら、始点と終点がまったく同じ二つの路線があった場合(実際にあるのでしょうか)、どう命名するのかなと疑問を感じたものですから。
実際の例はわかりませんが、前述で引用した通達では起点・終点が同一の場合は経過地の地名を挿入することで重複を回避することになっています。ですから起点が「○○」、終点が「□□」ですでの「○○□□線」という路線がある場合は、新規の路線の経由する「△△」という地名を挿入して「○○△△□□線」とすることになっています。しかしこのような例がどれほどあるかは不明です。

しかし現実に「○○△△□□線」といった地名が三つ含まれる路線が、「○○□□線」という路線が存在するために、その重複を回避するために命名された路線名であるとは必ずしも言えません。前述の「伊那生田飯田線」「開田三岳福島線」は三つの地名を含む路線名ですが、「伊那飯田線」「開田福島線」という路線名は現在に至るまで存在しませんでした。しかし「伊那飯田線」というと国道153号を、「開田福島線」というと国道361号が主要な路線であるのがあたりまえであることから、敢えて経過地を含めた路線名としたのであろうと想像でき、それを回避するための路線名ではなかったりかと想像するとができます。



最後に別ネタ。
[70787] 白桃 さん
典型的なAダッシュは二戸市
以前に触れたかもしれませんが、我が母校は春にも選抜されたことがあります(旧制中学の頃ですが)。しかし夏も春も甲子園くんだりまでいくお金はない、というこで春の大会は丁重にご辞退したのでした。

[70792] 2009 年 7 月 11 日 (土) 13:43:13 EMM さん
 ケータイでイカン

[70791]白桃さん

ありゃ、宜野座高校は春夏に複数回出とったですか…20世紀枠の時の印象が強かったもんで。
やはり携帯から書き込もうとすると、なかなか情報が詰めきれないのが如何ともし難く。

[70791] 2009 年 7 月 11 日 (土) 13:25:12 白桃 さん
 恐るべし沖縄の村

[70789]なると金時 さん
[70790]EMM さん
ありがとうございました。読谷村、宜野座村、やっぱり、ありましたね。
ちなみに宜野座は春2回、夏1回出場しております。

[70790] 2009 年 7 月 11 日 (土) 13:05:22 EMM さん
 むっしゅ村村

まだ外出中。昼飯を待ってます。

[70787]白桃さん
春だけ、夏だけでもOK?良いのなら…

つ「宜野座高校」

[70789] 2009 年 7 月 11 日 (土) 11:55:17 なると金時 さん
 栄冠は君に

[70787]白桃さん
ありゃ、順番じゃないのか。
ちなみに、村で甲子園の例でパッと思いつくのは読谷高校です。
選抜で仙台育英ととんでもない死闘を演じてます。

[70788] 2009 年 7 月 11 日 (土) 10:53:05 いっちゃん さん
 お礼と訂正と白桃さん

[70751]ぺとぺとさん
方角名以外で、八幡小を超えるところがないか調べてみましたが、早くも断念しました。
[70770]k-aceさん
八幡小恐るべし。
[70785]今川焼さん
私も少しずつ調べていましたが、やっぱり八幡小の50は越えませんねぇ。
お付き合いいただき、ありがとうございます。たまたま八潮市内に八幡小学校があったのでその多さを知ることができましたが、市内に八幡小が無かったら果たしてこの学校名を発想できたかどうか。恐らくできなかったでしょう。となると、伏兵が潜んでいる可能性は無いとは言い切れないような気もします。

で、[70730]のデータに誤りがありました。
八幡小 50→48 (分校2校をカウント)
中川小 27→26 (上中川小をカウント)
大原小 18→17 (東大原小をカウント)
訂正させていただきます。すいませんでした。

[70783][70787]白桃さん
栃木県ですと
宇都宮、佐野、小山、栃木
A'足利、鹿沼、那須塩原、真岡
日光、大田原、矢板、さくら、那須烏山、下野
二戸ほどではありませんが、足利も夏9度(2校)で春が無いという夏弁慶。


本日、怪しい集団が南流山に現れます。堅気の方々は決して近づかないようお願いいたします。

[70787] 2009 年 7 月 11 日 (土) 10:05:33 白桃 さん
 典型的なAダッシュは二戸市

[70784]なると金時 さん
その市にある甲子園に出た回数(多い順)ですかね。
その市にある甲子園出場経験高校の総出場回数順に並べたわけではないのですが、偶然そうなっていたかもしれません。
完全Aとは、春、夏のいずれも出場経験のある高校が存在する市でした。
それにしても、平成の合併のおかげで甲子園出場経験高校を持つ町村が減りました。
豊見城が村から市になったので、今は甲子園出場経験高校を持つ村はないのかな???
余談ですが、和歌山県の日高中津分校所在地は平成の合併で中津村から日高川町になりましたが、本校の日高高校は御坊市なんですね。

[70786] 2009 年 7 月 11 日 (土) 10:01:12 むっくん さん
 富来

横からですが。

[70779]千本桜 さん
明治22年に町村制下の富来村が発足したわけですが、そのとき何村と何村が合併して富来村が発足したのか。
県令第23号(M22.3.8)によれば、
牛下村、生神村、領家七海村、七海村、地頭町村、領家町村、高山村
の7村が合併して富来村が発足しました。
参照:[69698]拙稿

そして何という名の大字を設置したのかということです。
こちらの方は資料がないので何とも言えません。
ただ、石川県統計書大正3年(編・出版:石川県、T5.3.30)では大正3年末での富来村の字数が7で、その名称は牛下、生神、領家、七海、地頭町、領家町、高山となっています。
市制町村制施行時の県令での旧町村の順番と、後の府県統計書の町村における字の順番は同じことが大半より、

旧村名字名
牛下村牛下
生神村生神
領家七海村領家
七海村七海
地頭町村地頭町
領家町村領家町
高山村高山

という関係ではないかと推測しましたが、[70778]EMMさんの
富来村ができた後に領家七海が七海に合併されたこと
ということからは違う可能性の方が大でしょうか。。。

[70785] 2009 年 7 月 11 日 (土) 09:49:32 今川焼 さん
 いちばん多い小学校名

[70730]いっちゃんさん
[70751]ぺとぺとさん
[70770]k-aceさん
私も少しずつ調べていましたが、やっぱり八幡小の50は越えませんねぇ。こういうのって、いかによくある地名を思いつくかという地理(雑学)の素養が問われますね。
お3方が挙げられたところ以外で20以上あったのは、以下の8つでした。

清水小 32
大野小 31
吉田小 28
太田小 26
和田小 24
川上小 23
大島小 22
加茂小 20

小学校の名称というのは、方角名、瑞祥名、最近流行のひらがな名などを除けば、昭和の大合併以前の旧町村名がつけられているパターンが一番多いと思いますが、そうすると旧町村名で一番多いのが、八幡村や八幡町だったのでしょうか?
「市区町村変遷情報」には、それらのデータはありますよね。「データベース検索」の市区町村変遷情報版があれば簡単に調べられるのですが。

[70784] 2009 年 7 月 11 日 (土) 09:22:46 なると金時 さん
 生存確認を兼ねて

[70783]白桃さん
その市にある甲子園に出た回数(多い順)ですかね。阿南市は新野が出てます。横浜に勝ったのは県民狂喜の番狂わせでした。むしろ吉野川市(鴨島商)のほうがマニアック。

十番勝負ならタイトルの時点で違反ヒントですな。

[70783] 2009 年 7 月 11 日 (土) 08:53:37 白桃 さん
 紫紺と深紅

本日の某イベントに朝からソワソワしている白桃です。
まるで、運動会や遠足に行く日の朝みたい・・・

そこで、いきなりですが、クイズです。
四国にある38市は次にように分類できます。

Aパターン
徳島、三好、鳴門、小松島、阿南、※吉野川、
高松、善通寺、坂出、丸亀、さぬき、東かがわ、観音寺、※三豊
松山、今治、宇和島、西条、四国中央、新居浜、八幡浜、※大洲
高知、須崎、※宿毛、※室戸、※安芸、※四万十

Bパターン
美馬、阿波
東温、西予、伊予
土佐、南国、香美、香南、土佐清水

ヒント
(1)土佐は一応Bパターンにしましたが、へ理屈いうとAかもね・・・
(2)※印は完全なAではなく、Aダルビッシュ、もとい、Aダッシュです
(3)東かがわ市は近年、お情けで完全Aになりました。
(4)うっかり大洲をBにするところでした
(5)阿南がAであることに気がつく方は相当の通です
(6)Aの市の並びに注目!三好とか須崎が前の方に・・・
(7)よく調べていませんが、全市がAとなるのは香川と鳥取ぐらい???

[70782] 2009 年 7 月 11 日 (土) 08:48:31 EMM さん
 荘園時代の富来院、さらに古代の荒木郷

[70779]千本桜さん
今日は出かける用事があり、只今は外から携帯で書き込んでます。

さて、実は前稿を書く前に天保国絵図も見てまして、千本桜さんが目を付けているのが「○○村内××村」と言う所だろう、と言うのは感じていました。
が、そこからどのような想像をしているのかがわからなかったので、一歩踏み込んだ所まで書き込まずに質問の直接の回答だけ書き込みました。
私、今回の事例に付いて千本桜さんは2つの事を見逃している(あるいは見ないようにしている)のではないか、と思っています。
具体的には
「富来と言う地名自体の歴史を追う事」
「○○村内××村と言うのが富来の2例に特異な話か」
と言う事です。
このあたり、私はマクロな視点から入って行く方が良さそうな気がしています。
いきなりミクロな話に目を向けると迷宮に入り込んでしまいそうな?
更に具体的な話は地名辞典と天保国絵図を見ながら書く必要があるので、続きは帰宅後、と言う事で…。

[70781] 2009 年 7 月 11 日 (土) 07:15:12 ピーくん さん
 休止

松野町が13日に合併協議の休止を鬼北町に申し入れるとのこと。
読売新聞

[70780] 2009 年 7 月 11 日 (土) 00:11:01 今川焼 さん
 Re:古墳トンネル

[70769]k-aceさん
舞鶴若狭自動車道にある私市トンネルは、車を運転しているとよくわかりますが、ほかにも結構あるものですね。中国道の有安古墳のトンネルは気がつかなかったなぁ。
朝来市和田山町の国道9号線にある城の山古墳のトンネルができたのが昭和47年で、当時は、その先の池田古墳を跨ぐアーチ橋とともに、古墳保全のためわざわざトンネルや橋を造るということは珍しく、この手の文化財保護工事の嚆矢だったように思います。
それから、最近出来た同じ朝来市内の古墳トンネルをもう一つ。
北近畿豊岡道(国道483号)山東SAの和田山IC寄りにある茶すり山古墳のトンネル。古墳の真下ではないものの古墳の敷地の下を通っています。
地図参考記事

[70779] 2009 年 7 月 11 日 (土) 00:07:13 千本桜 さん
 天保国絵図の冨来

平成17年に志賀町と合併して消滅した富来町には、富来と呼ばれる特定の区域があったのではないか?という思いが頭をよぎります。平成17年まで存在した旧富来町ではなく、昭和29年まで存在した旧旧富来町でもない別種の富来です。もっと古くからの富来です。そこで天保国絵図能登国を開いてみました。そこには福浦村、牛下村、生神村,七海村、冨来村などの村名が記載され、冨来村の隣には冨来村之内領家町が記載されています。江戸期には冨来村があったようです。そして、冨来村には枝郷というか端郷というか正式な呼称はわかりませんが、領家町村という村が存在したらしいのです。天保国絵図の冨来村とは、現在の地頭町のことではないかと仮説を立ててみました。同じように、小室村にも小室村之内高田村というのがあったらしいのです。で、何を知りたいのかというと、明治22年に町村制下の富来村が発足したわけですが、そのとき何村と何村が合併して富来村が発足したのか。そして何という名の大字を設置したのかということです。書いているうちに文章がくどくなっているのに気が付きました。申し訳ありません。これから晩飯食べます。

[70778] 2009 年 7 月 10 日 (金) 20:44:09【2】 EMM さん
 さらに富来関係レス…おもろこもろ

[70774] 千本桜さん
大事な「角川地名大辞典・石川県版」を持ち合わせていません。その辞典を読むことで「富来」へのイメージを一層膨らませることができるはずなのに残念です。EMMさんは「石川県版」をお持ちですよね。そこに、「地頭町と領家町の関係」、「東小室と高田」の関係がどのように記述されているのかご覧になっていただけますか。
えーと、見ては見たのですが…領家町および地頭町の項には相手方の地名は一切出てきません。
東小室と高田の間も同様。
東小室に「東」が付いたのは、同じ郡内に同じ漢字で「おもろ」と「こもろ」と読む村がちょっと離れたところに存在していて、明治時代に郵便制度が始まったことにより「紛らわしい」という声が出てきたため一方に「東」の字を冠した、との記述でした。
「おもろ」が現在の東小室で、「こもろ」のほうは後に堀松村小室を経由して志賀町小室となっています(ココ)。
と言うことで東小室の「東」は高田との関連は無し。
あと、職場の図書室に平凡社の地名辞典があったのでちらっと見てきましたが、「地頭町村と領家町村」「小室村と高田村」がまとめて村高が記されることがあった…と言うような記述があるのみで、これまたそれ以上どうこうということは書いてなかったです。
他に関連してきそうな記述というと、富来村ができる2年前の明治20年に地頭町村が町本江村を合併していること(町本江村は里本江村の飛び地とされるものの、ほとんど人家がなかったらしい)と、七海がもともと七海村(時に地頭七海村)と領家七海村の2つの村で、それぞれ地頭町村と領家町村の出村であったこと、富来村ができた後に領家七海が七海に合併されたこと、ぐらいでしょうか。

千本桜さんがどのような「関係の複雑さ」をご想像なさっているのかが分からないのですが、少なくとも2種の地名辞典を見る限りではそんなようなことを匂わせる記述は無いです。
富来町史でも見てくればまた何か情報があるかもしれませんが…そうなると市立図書館か県立図書館に行ってこないとダメなので、もし「そこまで見てこい」と言うことであればしばらく時間ください。

−−−−−
今朝方暑くて目が覚めたのは、低気圧の接近により高温の強風が吹き荒れていた…要するに急激なフェーン現象のせいだったようで(6時前ぐらいに雨が降り出したら一気に温度が下がった)、出勤したら同様に早く目が覚めてしまい「眠くてしかたがない」と言っている方だらけでした。
かくいう私も眠くて眠くてどうしようもなくなってきました。
今日は、早めに寝ることにしよう…ではオヤスミナサイ。

[70777] 2009 年 7 月 10 日 (金) 18:48:46 ピーくん さん
 新潟県

[70773]EMM さん
レスを頂けるとは思っていなかったので感謝しています。
解りにくい文脈になってしまい申し訳ありません。データ不足もお詫びします。
新潟県民やゆかりのある方配慮の欠いた書き込みをしてしまいました。お詫びします。
率直に申し上げてこけら落としとはいえ、プロ野球ファン(阪神ファン一部広島ファン)がたくさん入るとは思っていなかったので驚いていますと同時にプロ野球ファンとして嬉しく思います。

[70776] 2009 年 7 月 10 日 (金) 18:29:04 ピーくん さん
 熊本市、錦江町

植木町、城南町も僅差での可決でした。迷われた結果だと思います。それだけ苦労された分熊本市になっても活気のある植木、城南地域であって欲しいです。熊本市も発展されるよう願っています。
熊本市の審議結果もお願いします。

[70762]拙稿
錦江町役場に問い合わせたところまだ制定されていないとのことでした。

[70775] 2009 年 7 月 10 日 (金) 15:50:29【2】 山野[山野] さん
 熊本市、政令指定都市へ

[70764]熊虎さん
これで明日、城南町が可決すればもう合併確定といってよいでしょう。
昨日の植木町に続き、城南町でも廃置分合議案が可決されました。熊本日日新聞
結果:賛成8・反対6

あとは13日に、熊本市が議決すれば事実上決定です。

[70774] 2009 年 7 月 10 日 (金) 08:19:12 千本桜 さん
 Re:富来町関係レス

[70771] EMM さん
おはようございます。富来に関する考察。私も参加させて下さい。遠く離れた地域ですので、こまやかな住民感情までは理解できませんが、住所の在り方の基本においては共通するものが多いと思います。天保国絵図、国土地理院地形図、新志賀町設立以前の郵便番号簿、ネット上の地図、ネット上の住所一覧などを見ながら「富来」へのイメージを膨らませているのですが、大事な「角川地名大辞典・石川県版」を持ち合わせていません。その辞典を読むことで「富来」へのイメージを一層膨らませることができるはずなのに残念です。EMMさんは「石川県版」をお持ちですよね。そこに、「地頭町と領家町の関係」、「東小室と高田」の関係がどのように記述されているのかご覧になっていただけますか。急がなくても良いことですから、時間に余裕があるときで結構です。謎めいた書き方をしますが、ちょっと複雑な地頭町と領家町の関係が原因して、七海、生神、牛下が引きづりこまれたのではないかと、私は思っているところです。

[70773] 2009 年 7 月 10 日 (金) 07:23:48 EMM さん
 私はプロ野球ファンではありませんが、新潟県にも縁あるものとして気になっていたので

以下は、かなりの遅れレスです。
そうなった理由は、「気になる点があまりに多いが、一番言いたいポイントがどこなのか読み取りにくく、どうレスをつけたものか悩んでいる間に時間が経ってしまい今に至った…と言うものです。
ただ、その投稿の中で触れられていた「あること」に関しての結果が出たので、それをもとにレスしたいと思います。


[70587] ピーくんさん

HARD OFF ECOスタジアム新潟(新潟県立野球場)での広島阪神戦ですが、7月7日の観客数は29653人、7月8日は27008人だったとのこと。
7月6日に新潟日報のHPを見に行った際は内野席には売り切れのところはあったものの外野席はまだ売り切れておらず、やはり梅雨時期だけに「当日の天気をにらみながら、当日券での入場を考えていた方」が多かったようです。
8日は雨の止み間に試合が行われた格好だったので3000席ほど残った状態ですが、7日は30000席のほとんどが埋まる状態で、おおむね大盛況だったと言って良いでしょう。
そもそも、プロ野球の試合のチケットが2週間前で売り切れている事って、どれだけあるのでしょう?
たとえばオールスターゲームであるとか、優勝がかかる試合であることが想定される時期であるとか言った状況であればあるのかもしれませんが、そうでなければ別に普通の状況なんじゃないんでしょうか?
たとえば5月に坊ちゃんスタジアムで広島−ヤクルト戦が行われていますが、5月9日の観客数は19119人、5月10日は14891人となっています。
十二分に盛況と言える数字だと思いますが、坊ちゃんスタジアムも座席数30000人で、それを考えると決して「売り切れてはいない」訳ですし。
今回の7月7・8日の試合はHARD OFF ECOスタジアム新潟の「こけら落とし」のカードでしたし、主催者は地元の新潟日報社でかなり気合いを入れて営業活動をしているでしょうから、観客数についてはそう言ったことも影響しているでしょうが、「新潟県民が野球に対して渇望していた」と言うことなのかもしれません。
そうなると、プロ野球ファンであれば新潟に対してエールを送るべき場面ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
また、サッカーの「アルビレックス新潟」を引き合いに出されている訳ですが、新潟にはプロ野球チーム「新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ」もあります。
このチーム、プロ野球BCリーグに参加しているチームの中でも集客力はピカイチで、リーグが発足した初年度では参加4チーム中観客動員数トップでした。
こう言ったことからすると、少なくとも新潟は「野球ファンは決して少なくない」と言って良いのではないでしょうか。

あと、前半のプロ野球の話と後半の高校野球の話はちょっと繋がっていないような感じがしました。
新潟と松山を対比するのであれば完全に同じ土俵のデータで比較しないと対比にはなりませんし、そもそも対比が必要な内容とは思えなかったのですが。
スポーツマンシップにのっとれば、ライバルに敬意を表する姿勢が大事だと思うのであります。

[70772] 2009 年 7 月 10 日 (金) 06:11:43【1】 EMM さん
 すいか&農協関係レス

[70763] 熊虎さん

熊本市が日本一のスイカの町に
植木町はすいかだけでなくメロン類やミカンについても有数の産地であり、本当なら農業全般で今後の振興について語るべきなのでしょうが、やはり日本一というインパクトがありますし、あと自分が一番状況が分かるのがすいかの話だったのでそこに特化して語っております。

このまま合併まで至れば、数量的には間違いなく「熊本市が日本一のすいか産地」となります。
ただ、おそらく植木町産のすいかと現在の熊本市産のすいかは「市場での評価が同一では無い」可能性があるので、たとえ農協の線引きの問題がなかったとしても合併後の同一歩調というのは難しいのかな、と思います。
これは農協の合併に際してもある話で、これまで個々の産地がそれぞれ市場の開拓やブランド価値の向上に取り組んできた結果、農協が広域合併しても生産部会の統合は行えず、旧来の生産部会の単位のまま…と言うことは結構多いのです。
それも、ここ近年の「郡市単位の合併」だけでなく、昭和にあった「市町村・地区単位の合併」前の状態で生産部会が残っていると言うことも多々あります。
ただ、それはそれとして市として農業政策は行わなければ行けないでしょうから、良い方向に向かうように検討されていくことを望むものであります。
(政令市となっても農政分野では新たに移管される業務は無いので、県との連携下で、と言うことになりましょうが)

商標の件については「植木町では植木すいかを地域団体商標としたい」「JA鹿本はJAのブランド名である夢大地かもとを冠したものを地域団体商標としたい」というスタンスの違いがあるようです。
ただ、それとは別に「熊本市内在住の個人が植木すいかの文言を含む図案商標を商標登録してしまい、(地域団体商標でなく、通常の商標登録で)それに対してJA鹿本と植木町が連名で異議申し立てをしている」( 特許電子図書館での検索結果からの推定)と言うことが起きているようです。
こう言うのも合併後は熊本市が当事者として引き継ぐのかどうか、気になるところであります。
なお、他の地区のすいかに関する商標登録について調べてみるとまた興味深い結果となったのですが、長くなりそうなんで別の機会に触れてみたいと思ってます。

千葉県民としては、スイカといえば富里市というイメージですが、植木町の方が上とは知りませんでした(熊本県も一大産地というのは知っていましたが)。
やはり近隣の産地のインパクトってのは大きいと思います。
ただ、冬場にすいかを出荷するのは主に熊本か沖縄なので、千葉産のスイカが出荷される5月より前の時期にスーパーなどで注意して見ていれば千葉県でも植木産のスイカにお目にかかれる可能性はあると思います。
(千葉のすいかの出荷期はこちら、熊本のすいかの出荷期はこちらをご参照ください)
ちなみに、全国に広くすいかを出荷している産地、ってのは冬場の熊本や沖縄を除くとそう多くないと思います。
たとえば石川県内では6〜8月はほぼ地物でしめられますし、それより前は熊本、後は長野・山形に続くため、石川県内で千葉県産のすいかを見ることは滅多にありません。
大阪でも主に熊本→鳥取→石川・福井・新潟→長野→山形…と言うリレーだそうです(但し、広域輸送が増えているので千葉産など関東の産地のものもかなり関西に入っている可能性有り)。

郡単位での農協の広域合併が進み、奈良県・香川県・沖縄県では県単一農協になりましたが(香川県は1農協だけ不参加)、この辺は農協広域合併の弊害ともいえますね。
この「弊害」がどこにかかるのかちょっと読み取りにくいのですが…
おおむね、「農協の単位が小さすぎると金融機関としての一定の水準を満たせなくなる可能性がある、大きすぎると農家の方を向かなくなる」という傾向があるようです。
以前に奈良県の農家の方の話を聞く機会があったのですが、「農協が県一本になってから小回りがきかなくなったし、あんまり農家の方を向いていないような感じになった。農協の合併は時代の流れでやむを得ないかもしれないが、せいぜい石川県のような郡市単位ぐらいまでが良いのではないか」というような事を言われました。
ちなみに、仕事上でいくつかの農協とおつきあいさせて頂いた経験がありますし、その他の農協の状況もいろいろと見聞きしていますが、その経験上から行くと「農協の広域合併による弊害」はそのまま「市町村の広域合併による弊害」に対比できうるだろう、と思ってます。
これも別の機会に触れられればなぁ、と思います。

[70771] 2009 年 7 月 10 日 (金) 04:59:11 EMM さん
 富来関係レス

暑くて3時前に目が覚めてしまいました。
そのまま目がさえてしまったので、2度寝の防止で書き込みしてます。

[70753] 千本桜さん

本当は一昨日レスすべきだったですが、どうしても[70759]を植木町の合併関連議案採決の前に投稿してしまいたかったので後回しにしてしまいました。
EMMさんは私が書いた[70733]
美川町は「美川」の地域範囲を忘れないでいて良かったですね。
を誤解されているのですね。と言うよりも説明不足な書き方をしてしまったようなので、もう一度書きます。
お察しの通りで、完全に読み違えをしておりました。
[70743]の一番最後は蛇足でしたね。事実の列挙に止めるべきでした。
[70753]を読んだ上で改めて西海地区の事例を考えてみますが、この際に以下の2つのことを分けて考えた方が良いのかな、と思います。

・なぜ西海地区が「西海○○」という字名としたのか
・「西海○○」となったのが旧西海村ときっちり合致すること

先に後者から行きますと、旧富来町では旧・旧町村の区域がそのまま公民館の地区割り、小学校の校下、農協の支所の管轄区域などとなり生き残った、と言うのがあると思います。
(ただし、小学校については志賀町との合併に先立ち平成16年と17年の2段階で町内の7小学校が1つに統合されている。また、農協の支所についても、富来農協が志賀農協と合併した際に富来農協本店が志賀農協富来支店となり、富来農協の支所はすべて廃止されている。公民館は今でも旧旧町村単位で配置されている)
また、富来に限らず能登方面では祭礼などでの集落内のまとまりはきわめて強固ですので、細かい境界の変更はありますが、集落単位で線引きが行き来したり吸収されたりと言うのはまず考えられません。
そう言ったことから、西海村が富来町に合併された後も西海地区として全く同じ範囲で地区のコミュニティが生き残っている訳です。

問題は前者です。
地区のコミュニティ、と言うことについては旧富来町内の他の地区も同じ事が言えます。
(但し、西増穂・東増穂地区については小学校は増穂小学校だったりと言うように、場面によっては1つの地区となる事がある)
富来地区については「白山市の事例にならって富来の名を残そうとしたのでは?」と推測することができるのですが、西海地区についてはそれは当てはまらない訳で、疑問の解決には繋がりません。
合併に際しての富来町の中での議論がどうだったか分からないのでこれも推測の域を出ないのですが、西海地区は過去に志賀原発の建設に際して最後まで強硬に反対運動を行った(運動の中心は旧・西海漁協)地区で、地区の団結については突出していると言えますから、おそらく合併協議の際にも西海地区のみで何か動きがあったのではないか、と思われるのです。
もっと情報を集めないと何とも言えませんが…

[70770] 2009 年 7 月 9 日 (木) 23:13:46 k-ace さん
 同一校名、海部

連投すみません。

[70730]いっちゃんさん
[70751]ぺとぺとさん
北播磨(三木市、小野市、加東市、加西市、西脇市、多可町)の小中学校で候補になるところはないかと思い、探してみました。
結果は泉小学校(21校)、泉中学校(15校)(和泉小学校、和泉中学校は除く。校数には加西市内のものを含む)が最高でした。八幡小恐るべし。
なお、自由が丘、緑が丘、楠丘、桜丘、旭丘、双葉に関しては完全一致でカウントしたので、[70751]ぺとぺとさんの緑ヶ丘(、緑が丘、緑丘)や桜丘(、桜ヶ丘、桜が丘、桜ケ丘)など泉を上回る可能性があります。

同一高校名といえば、母校の高校野球県大会の結果が気になるだけでなく、愛媛県の北条高校の高校野球県大会の結果も気になるんです。しかし、愛媛県には今治西、西条、済美、新田、松山商、宇和島東など強豪校が多いんですよね。兵庫県も強豪校が多いことには変わりませんので、甲子園に北条高校が出場する可能性は低いのですが(昨年の西兵庫大会はベスト4と惜しかったんですが)。

[70757]山野さん
私は「あま市」で応募しましたが、できれば「海東市」か「海部市」になってほしいです。「西名古屋」や「名西」など、名古屋がらみは避けてほしいです。

[70769] 2009 年 7 月 9 日 (木) 23:13:15 k-ace さん
 古墳トンネル

こんばんは。k-aceです。

古墳の下をトンネルが貫いているところがあります。ここではそんなトンネルを「古墳トンネル」と名づけてみます。で、古墳トンネルがどれくらいあるのか調べてみました。

・私市トンネル、私市円山古墳(綾部市)地図綾部市資料館
舞鶴若狭自動車道にある古墳トンネル。
私が古墳トンネルを知ったトンネルです。小学生のころ、大飯町(現・おおい町)、小浜市に行くのに舞鶴道を利用した際に古墳が見えてきて、その下をトンネルで通過することに衝撃を覚えました。先月の高浜町訪問の際も横の府道を通り、古墳を眺めました。福知山市との市境に近いのですね。

・大代古墳トンネル(鳴門市)地図参考記事
高松自動車道にある古墳トンネル。神戸淡路鳴門自動車道との境である鳴門インターのすぐ西。
今年3月の香川・徳島訪問の際も鳴門インターあたりのバスからトンネルを見ました(トンネルを通ったことはない)。

・天河別神社古墳群のトンネル(鳴門市)地図参考HP
県道にある古墳トンネル。

・有安古墳のトンネル(三木市)地図三木市HP
三木市吉川町の中国自動車道の下り線のみの古墳トンネル。
我が加西市から、こんな近場に古墳トンネルがあったとは今回調べてみるまで知りませんでした(何回か通っているはずなのですが記憶にありませんでした)。西宮山口ジャンクションから山崎インターまではトンネルはないと思っていたので、ビックリしています(東海道本線・山陽本線の京都から上郡まではトンネルがないと思っていたのに、摂津本山〜住吉間の住吉川下のトンネルがトンネルであると知った時以来の衝撃です)。
余談:未だ中国道と舞鶴若狭道が三木市を通っている、また、加東市(旧東条町)から吉川町に入る時「三木市」の看板を見るのに多少の違和感を感じるのですが。三木は三木、吉川は吉川って感じなもので。

・城の山古墳のトンネル(朝来市)地図参考HP
朝来市和田山町の国道9号・和田山バイパスにある古墳トンネル。
ここも数回通ったことがあるはずなのですが、記憶にありませんでした。

・昼神車塚古墳のトンネル(高槻市)地図参考HP
高槻市の府道にある古墳トンネル。

・塚山古墳群のトンネル(宇都宮市)地図参考HP
国道121号・宇都宮外環状線にある古墳トンネル。

・朝田墳墓群のトンネル(山口市)地図参考HP
国道9号・山口バイパスにある古墳トンネル。

・塩津山トンネル、塩津山古墳(安来市)地図参考HP
山陰自動車道(安来道路)にある古墳トンネル。

・塚原古墳群のトンネル(下益城郡城南町)地図参考HP(PDF)
下益城郡城南町(来年には合併で熊本市になる予定)の九州自動車道にある古墳トンネル。

・六呂瀬山古墳のトンネル(坂井市)地図参考HP
坂井市丸岡町の国道364号にある古墳トンネル。

(番外)
・茶臼山トンネル、茶臼山古墳(柳井市)地図参考HP
柳井大畠地区広域農道(未開通)に予定されている古墳トンネル。

・桜山トンネル、長柄桜山古墳群(逗子市、三浦郡葉山町)地図参考HP
逗子市・葉山町境の県道にあるトンネル。古墳トンネルと呼ぶには微妙。

・薬師山トンネル、土口将軍塚古墳(長野市、千曲市)地図参考HP
長野市と千曲市(旧更埴市)の長野自動車道にあるトンネル。土口将軍塚古墳の下を長野道の薬師山トンネルが通っているようだが、これを古墳トンネルと呼ぶべきか否か?

・山王日枝神社の古墳の下のトンネル(千代田区)地図参考HP
山王日枝神社に古墳があった(ある?)ようで、その下を東京メトロ・丸ノ内線が通っているようですが、古墳トンネルとは言えないような。

なお、岡山市、倉敷市、総社市付近にも古墳トンネルがあるのではないか?という情報もありますが、その真偽は不明です。
ただ、これ以外にも古墳トンネルはあると思います(調査漏れがある可能性があります)。トンネル名が不明・間違っているケースもあると思いますがその辺はご容赦を。

[70768] 2009 年 7 月 9 日 (木) 21:24:11【1】 むっくん さん
 葛城

[70765]白桃さんの
「いわまはいまはかさま」(岩間は今は笠間)
に対抗して?、奈良県で。

葛城村→葛上村→御所市

ですから葛城(旧・葛城村)は葛城(葛城市)の区域にはない。

このような事例は他にあるのでしょうか。

[70767] 2009 年 7 月 9 日 (木) 20:05:46【1】 千本桜 さん
 覚えやすい地理雑学辞典

「スーパーシティはニューヨーク、スーパータウンはオーガワラ」

北海道中標津町、奈良県王寺町、沖縄県北谷町などからクレームがつきそうですが・・・。

[70766] 2009 年 7 月 9 日 (木) 19:23:17 白桃 さん
 県庁所在地

今日、「白桃市町村人口研究所所長」としてではなく、仮の姿の1給料泥棒として茨城県庁を訪問いたしました。
♪びっくり仰天有頂天、ころり、といかれちゃう、あ〜あルイジアのママ、市川の真間・・・
とにかく、スゴい!。
その豪華さ、立派さ、はさておき、水戸駅から遠すぎる〜・・・・・・
ここは、ひょとしたら水戸市ではなく、茨城町じゃぁないのか、いやいや、ここは茨城県ではなく、千葉県ではないのか・・・
ま、冷静に考えれば、県庁所在地に県庁の建物はあるハズ。ましてや、茨城県庁が千葉県内にあったらオカシイ。
でも、遠かった温泉。

[70765] 2009 年 7 月 9 日 (木) 19:06:24 白桃 さん
 間違えやすい地理雑学辞典その2

6.茨城の「三岩」町
旧岩井町→岩井市→坂東市
旧岩瀬町→桜川市
旧岩間町→笠間市

ですから、「いわまはいまはかさま」(岩間は今は笠間)なんです。イマワノキヨウシロウ

7.某国家試験お約束の・・・
津和野町は山口県ではなく島根県
足利市は群馬県ではなく栃木県
二本松市は存在するが、三本松市は存在しない

[70764] 2009 年 7 月 9 日 (木) 18:25:09 BANDALGOM[熊虎] さん
 植木町議会・差し替え版

[70763]拙稿

速報はすぐ消されてしまうようなので、差し替え版です。
植木町議会が熊本市との合併議案を可決

これで明日、城南町が可決すればもう合併確定といってよいでしょう。
熊本市が否決することは500%あり得ませんから・・・。

[70763] 2009 年 7 月 9 日 (木) 13:21:10 BANDALGOM[熊虎] さん
 熊本市が日本一のスイカの町に

植木町議会の臨時会で、熊本市との合併関連4議案がを賛成11、反対8で可決されました。

熊本日日新聞は住民投票の時も速報を出していますし、議会が午前中に行われていれば速報が出ているかとも思い、見てみたところ、案の定掲載されていました。

タイトルはEMMさんの[70759]に反応したものにしてみました。

千葉県民としては、スイカといえば富里市というイメージですが、植木町の方が上とは知りませんでした(熊本県も一大産地というのは知っていましたが)。
小さな町が全国トップというわけで、それがなくなってしまうのは残念ですが、うまいこと商標化できないものですかねぇ・・・。
その辺は合併後の熊本市の取り組みも望みたいところです。

植木町を管轄している農協はと言うと…実は鹿本農業協同組合だったりします。
郡単位での農協の広域合併が進み、奈良県・香川県・沖縄県では県単一農協になりましたが(香川県は1農協だけ不参加)、この辺は農協広域合併の弊害ともいえますね。

[70762] 2009 年 7 月 9 日 (木) 05:02:36 ピーくん さん
 キャラクターの行方

新設合併の北海道紋別郡湧別町の町章デザイン募集が開始されました。

上湧別町のイメージキャラクターは、チューピット,リップちゃんが
合併後どうなるのか気になります。

安土町のシンボルキャラクターのあづっちは、合併後どうなるのか気になります。

鹿児島県肝属郡錦江町は、大根占町・田代町合併協議会でイメージキャラクターの制定については,新町において検討する。となっているのですが、その後制定されたのか気になります。

岐阜県羽島郡笠松町のマスコットキャラクターが決定しました。
可愛いです。

[70761] 2009 年 7 月 9 日 (木) 04:25:05 ピーくん さん
 植木町

すいかも気になりますが、マスコットキャラクタータバル君とコマチ姫が熊本市になったらどうなるのか気になります。

[70760] 2009 年 7 月 9 日 (木) 04:04:28 ピーくん さん
 合併情報更新

でるでるさん 更新作業お疲れさまです。移動されてすっきりしました。
驚いたのが徳島県の動きです。知らなかった。また、貴重な情報を有り難うございます。

九月県議会に、合併関連議案が集中しそうですね。
栃木県、千葉県、静岡県、愛知県、愛媛県、熊本県も追加されるように祈っています。

[70759] 2009 年 7 月 9 日 (木) 03:53:05【1】 EMM さん
 すいかの名産地

熊本県植木町での住民投票で「熊本市の合併」が賛成多数となったこと、地元の方が選択した道ですから外野がどうこう言うべきでは無いのでしょうが、ある面においては「非常にもったいない事をしたなぁ」と思えてしまいます。
それは、「日本一の座をタダ(?)で熊本市に進呈してしまう」事になるから。
農業、特に野菜栽培の分野では実は植木町ってのは非常に有名なところなんですね。
なぜ有名なのかというと、「すいかの作付面積・収穫量・出荷量が日本一」であるから。
農林水産省では主要な野菜について市町村別の作付面積・収穫量・出荷量の統計をとっているのですが(全国の出荷量の0.1%以上を占める市町村について統計をとっているとのこと…品目によってはちょっと???となるものもあるのですが…そこは置いといて)、すいかの最も最近の統計は平成18年産野菜生産出荷統計になるので、こちらから数字を拾って「すいかの作付面積」と「すいかの収穫量」の上位30市町村をとりまとめてみました。


順位市町村名作付面積(ha)
1熊本県植木町490
2千葉県富里市436
3山形県尾花沢市407
4神奈川県三浦市381
5熊本県山鹿市365
6千葉県八街市354
7熊本県益城町320
8秋田県横手市315
9新潟県新潟市310
10熊本県熊本市270
11鳥取県北栄町249
12山形県村山市202
13北海道共和町194
14茨城県筑西市181
15山形県大石田町180
16青森県つがる市173
17長野県波田町171
18北海道富良野市167
19愛知県田原市160
20千葉県山武市157
21千葉県芝山町147
22秋田県羽後町138
23愛知県豊橋市130
24熊本県合志市130
25鳥取県倉吉市129
26長崎県島原市116
27新潟県南魚沼市111
28石川県金沢市102
29沖縄県今帰仁村100
30福井県坂井市89

順位市町村名収穫量(t)
1熊本県植木町20200
2山形県尾花沢市18100
3千葉県富里市17200
4熊本県山鹿市15000
5千葉県八街市13800
6鳥取県北栄町13200
7新潟県新潟市12900
8神奈川県三浦市11600
9秋田県横手市10900
10長野県波田町10800
11熊本県熊本市8910
12熊本県益城町8640
13山形県村山市8330
14北海道共和町7410
15茨城県筑西市7270
16山形県大石田町7270
17千葉県山武市6880
18北海道富良野市6660
19千葉県芝山町6470
20鳥取県倉吉市6120
21石川県金沢市5580
22長崎県島原市5450
23青森県つがる市5260
24愛知県田原市5200
25熊本県合志市5200
26愛知県豊橋市4980
27長野県松本市4750
28長野県山形村4270
29新潟県南魚沼市3380
30秋田県羽後町3360

以上のように、栽培面積・収穫量ともに富里市や尾花沢市を押さえて見事トップ。
隣接する山鹿市や熊本市と比較しても圧倒的に上回っています。
データは省略しますが出荷量も前述の通り植木町がトップで、言ってみれば「グランドスラム」状態でしょうか。
熊本県のすいかの主な出荷時期は冬から初夏にかけてなのですが、この時期の熊本県のすいかの中でも出荷量が多い「植木すいか」は市場関係者の間では一大ブランドとして結構名が通っているようです。
(対一般消費者では、どの程度浸透しているのか分かりませんが…時期的に主な用途は贈答用、料理店での消費…と言ったところでしょうし)
さらにはこちらで触れられているように「植木すいか」で地方団体商標をとろう、と言う動きもあるとのことなんですが(地域団体商標とはなんぞや?と言う方はとりあえずこちらをご参照ください)…町としては熊本市との合併に向けて進むと言うことで、地域団体商標の方はどうなるか。
他所の地域団体商標の例を考えれば、「関あじ」「関さば」など「合併後も合併前の名前で売っている」ものは多数あります。
地域団体商標はとってませんけど、鳥取県一のすいかの産地・旧大栄町のすいかは今でも「大栄すいか」の名で売っているし、そう言った諸々を考えると別に熊本市になろうが「植木すいか」と名乗り、さらに団体商標まで取りに行ったとしても何ら問題はない。
…のですが、ちょっとだけ頭の痛いことが。
それは地域団体商標が「どんな団体が取得できるのか」と言うこと。
上記のwikipediaから引用すると、
地域団体商標の登録出願をする出願人は、特別の法律によって設立された法人格を有する組合であり、構成員となる資格を有する者の加入の自由が設立根拠法によって担保されているもの
となっており、農業分野では主として「農業協同組合」がそれにあたるのです。
で、植木町を管轄している農協はと言うと…実は鹿本農業協同組合だったりします。
農協の線引きと市町村合併の組み合わせが一致しなかった事例なんてのはあっちこっちでありますから、そう言う点では変わった事例ではないのですが、なまじ「日本一の産地」と言う看板のもとでの話なのでややこしい。
もしこのまま話が進んだとすると「熊本市内の産地名を関した商標を、JA鹿本がとるという可能性」も出てきますし(但し、植木町の生産者とJA鹿本の地域団体商標のスタンスはかなり違っているようで、市町村合併抜きでもかなり混沌とした状況の模様)、地域団体商標の話を無しにしても「市町村合併が為った場合、植木の農業振興のために熊本市とJA鹿本が連携していかなければならない」訳でして、上手く連携してほしいんですが、どうなりますか。
(合併協議会の資料のどこかで農協の境界変更を働きかけるかもしれないようなことを匂わすような事をちらっと書いてあったような気もするけれど、農協の総代会で了承されないと部分分割は多分無理?そもそも農協法を見てもそういう事態は想定してないっぽいし。でも波乱要因があるとすれば、やっぱり地域団体商標の件あたりポイントになりそう)

ただ、「人はすいかのみにて生きるに非ず」というか、植木町の産業を見ると決して農業がすべてでもない訳で、今回の住民投票で熊本市との合併の票数が多かったのはそう言う事なのかな、と言う見方もできます。
平成の大合併での合併話のでた事案のほとんどは「すべてがバラ色」ではなく、オーバーな言い方をすれば「行くも地獄、とどまるも地獄。どちらに向かえばより傷は小さいか」というような感じであろう、と考えています。
そうなると、どうしても「どこを振興し、どこを切り捨てるか」という事になってくるのでしょうが…せっかくの「日本一」という地位(熊本市と植木町が合併すると、数字の上では富里や尾花沢を突き放してまさにダントツのすいか生産量1位となる)、その希少性を考えると合併話が前進するならするできちんと農業についての方向性も示してほしいと思うのです。
ただ、政令指定都市の制度自体が農業振興とは対極にあるような制度(合併特例法下ではそれほど考慮されていないと思うが、過去の大まかな指定要件の中に第1次産業人口が一定以下であることがあった。政令市になっても、農林水産関係の権限は基本的に都道府県から委譲されない。等々)なので、農業分野に縁のあるものとしては非常に推移が気になる今日この頃なのです。

#本稿、実は6月28日の住民投票の結果を見た直後に書き始めたのですが、なんだかんだで書くのに10日もかかってしまいました。
長くかかってしまった割に、何というか言いたいことが上手くまとまってないような気がするような…
本当はまだ提示したいデータとかあったんですが、そうすると長くなりすぎそうだったので今回は端折ります。

[70758] 2009 年 7 月 8 日 (水) 23:50:32 伊豆之国 さん
 Endless Rain

じめじめと鬱陶しい梅雨空が続く今日この頃。そこで今日は「雨」にまつわる地名について、いくつか思うところを‥

雨降野」(あめふりの、滋賀県豊郷町)‥当地の由来によると、「百済寺の僧都に雨乞いをしたところ、霊験あって、以来ここを雨降野と呼ぶようになった」とか(「旅」'03-7の記事より)。そういえば、以前改築でもめた豊郷小学校はどうなったのでしょうか‥。

雨森」(あめのもり、滋賀県高月町)‥来年の元日から長浜市の一部となるこの地も、やはり雨乞いに由来する地名なのでしょうか。当地出身の江戸中期の儒学者・雨森芳洲の名が知られています。

雨宮」(あめのみや、長野県千曲市)‥「雨宮の渡し」は川中島合戦の戦場ともなった場所で、後になって頼山陽の有名な漢詩「鞭声粛々‥」が詠まれたことでも知られています。「雨宮」という苗字はこの地がルーツとされますが、「あめみや」(「あまみや」とも)と読むことが多く、山梨県に多い苗字で県内11位に入り、甲府盆地東部に特に多く山梨市・旧塩山市・旧石和町などで市町内2位に入っています(「苗字館」より)。塩山出身の実業家・雨宮敬次郎は中央線の前身・甲武鉄道を創立するなど「鉄道王」の異名をとったと言われています。

雨晴」(あまはらし、富山県高岡市)‥平泉へと落ち延びて行く源義経一行が、「安宅関」を越えて越中に入ったとき、この地でにわか雨に遭い、岩陰で雨宿りをしたという伝説に由来するとか。この海岸から見る雪化粧した立山連峰の雄姿は、まさに絶景!(雨晴駅の紹介より)

雨降山」(あふりやま、神奈川県伊勢原市)‥丹沢山系の東端に位置する「大山」の別名。山腹に「雨乞いの神様」として知られる大山阿夫利神社が鎮座し、頂上に奥宮があります。「大山祇命」(オオヤマツミノミコト)を祭神とし、元は愛媛県今治市大三島の「大山祇神社」([68910])や静岡県三島市の三嶋大社と同系と思われます。私は生まれてこのかた「大山街道」(国道246号)とずっと付き合い続け、今の我が家の近くからも山容がよく見えて、親しみ深い山です。

雨垂」(静岡県御前崎市)‥「うたれ」と読むようです。私が確か小学生時代に御前崎に行ったとき、バス停のアナウンスで聞いた地名で、新鮮な響きが今も印象に残っています。「雨に打たれる」ことから来た地名でしょうか。

村雨町」(むらさめちょう、神戸市須磨区)‥この地に流された在原行平が愛した姉妹、松風と村雨の伝説に由来する地名とされています。地図を見ると三丁目から六丁目までしかありません。一丁目と二丁目は鉄道線路の下に消えたのでしょうか?松風町、行平町も隣接して残っています。

雨煙別」(うえんべつ、北海道幌加内町)‥平成7年に廃止されたJR深名線の駅名にもありました。「雨に煙る別れ」とはロマンチックですが、アイヌ語で「悪い川」を意味する「ウェン・ペッ」に当てたものとされています。

雨飾山」(あまかざりやま、新潟県糸魚川市・長野県小谷村)‥これも雨乞いと関係あるのでしょうか。由来が気になる山です。

雨畑」(あまはた、山梨県早川町)‥南アルプスの山深い集落。「雨畑硯」で知られていますが、いまやこの伝統を受け継ぐ職人は一人だけとか。

‥他にもいろいろと「雨」にまつわる地名は数多くあります。本間信治氏著「地名紀行」([70194])に詳しく書かれています。

「雨」はひとまずこのくらいにして‥
[70695]EMMさん
麒麟山
今日のTVの旅番組を見たら、新潟県の「麒麟山温泉」が。そして紹介されていた宿は、私が9年前に泊まった、[67176]で書き込んでいたこの旅館。このHPを見ると、「麒麟山」の由来はビールと同じく、アフリカの首の長い動物ではなくて中国の想像上の動物に由来するとのことです。

[70747]稲生さん
佐久間
と聞くと、「お名前博士」佐久間英氏。その「佐久間」という苗字、ルーツをたどると安房国の佐久間が元となっているようです。幕末の信濃松代の学者・佐久間象山もこの系統に属するとのことです。現在、「佐久間」さんは全国ランクで250位台、発祥地の千葉県と、福島県に多く見られる苗字です。千葉県は数の上で最多で、県ランク34位、南房総から九十九里にかけて幅広く分布しています。県ランク・人口比率では福島県が最高で県ランク19位に入り、田村市・郡を中心に県中央部に多く見られるようです。

ところで、[70714]で書き込んだ「構内踏切」の話の補足。この日は平塚七夕に行く前に、昨年行けなかった寒川神社へお参りして、神官のお祓いを受けてきたのですが、小田急から乗り換えた厚木駅、一昨年の「寒川参り」のときにJRのホームがいつの間にか変わっていて戸惑ったことがあります。以前はJRのホーム(列車交換がない片面式)は改札から構内踏切を渡った反対側にあり、この踏切が「手動式」で、電車が近づくと駅員が「ハンドル」を回して遮断機を下ろすシーンが見られたものでしたが、改修後は駅舎側にあったホームのない引込み線の後に移設され、元のホームは残っているものの、現在は使われなくなり踏切も撤去されていました。

[70757] 2009 年 7 月 8 日 (水) 17:42:05 山野[山野] さん
 今一な物ばかり

[70754]ピーくんさん
市名の決定方法が審議されますが、集計結果を公表されるかが注目になりました。
海部郡3町の新市名の案が出ました→新市名称候補の募集結果
で、結果(上位5位中)
1.西名古屋市
2.名西市
3.海部市
4.海東市
5.あま市
3位4位はまだマシだとして
1位に西名古屋とか北名古屋市と同じセンスの無さで、いっその事、合併辞めたら?

[70756] 2009 年 7 月 8 日 (水) 14:40:59 BANDALGOM[熊虎] さん
 合併申請など

「姶良市」となる姶良・加治木・蒲生3町が7日、鹿児島県知事に合併を申請しました。
9月定例県議会で審議されることになります。

また、「富士川町」となる増穂・鰍沢両町も6日、山梨県知事に合併を申請しました。
こちらも9月定例県議会で審議される予定です。

山梨県議会は6月議会初日の先月24日に中継を聴いたのですが、知事の議案説明の中で言及されておらず、9月県議会での審議になるかと考え、各新聞サイトや山梨県HPの知事のページをたびたびチェックしていました。

このほか、宮古市・川井村も知事への合併申請が済んでおり、9月県議会で審議予定となっています。
久喜市と菖蒲・栗橋・鷲宮3町も7月中に申請予定とのことです。


いよいよ明日からは熊本市の合併関連の審議が始まります。熊本市と城南町は楽観視していますが、明日の植木町がどうなるかです。

それにしても、湖西市・新居町はどうなっているのでしょう・・・。


[70754]ピーくんさん
愛知県豊川市・小坂井町合併協議会は、8月4日に合併協定調印式が開催される予定となりました。
かなりハイスピードで協議が進みましたね。
一宮町、音羽町・御津町との協議実績があり、これに準ずる形で進められてきたためだとは思いますが。

[70755] 2009 年 7 月 8 日 (水) 14:06:09 ryo さん
 川越線

遅くなりましたが、お詫び及び御礼を。

[70702]hmt さん
[70701] ryo さん
「西川越」ではなく「本川越」ですね。西川越駅は存在しません。

発車メロディーの件が西武鉄道本川越に関するものであることは、ご指摘のとおりです。
しかし、「西川越駅」はJR川越線に存在します。ドラマの回想場面に使われている子供時代のサッカー練習は、入間川の河川敷で、背景を走っている短い編成の電車が川越線。右岸には「西川越駅」が、左岸を少し行くと的場駅[69715]です。

西川越駅の存在を…というより、川越線の川越以西が脳内地図からすっぽりと脱落しておりました。
自分の視野の狭さを猛省すると同時に、ご指摘への御礼を申し上げます。

[70754] 2009 年 7 月 8 日 (水) 05:53:28【1】 ピーくん さん
 合併の動き

でるでるさん 更新作業お疲れさまです。千葉県で動きが多数あり貴重な情報でした。ありがとうございます。
愛知県豊川市・小坂井町合併協議会は、8月4日に合併協定調印式が開催される予定となりました。
東愛知新聞

愛知県七宝・美和・甚目寺町合併協議会が、今日開催されますが、予定では新市の事務所位置、議会定数の協議は進展しない予定。市名の決定方法が審議されますが、集計結果を公表されるかが注目になりました。

7月15日の静岡県富士宮市・芝川町・合併協議会と千葉県印西市・印旛村・本埜村合併協議会、栃木県上都賀郡西方町臨時町議会が気になります。
市町村議会で合併関連議案を審議済みや休止中、解散予定を除くと協議中の法定合併協議会も残り少なくなってきました。寂しいですけどそろそろ終わって欲しいし複雑です。

[70753] 2009 年 7 月 8 日 (水) 02:15:45 千本桜 さん
 石川県志賀町西海風無

[70743] EMM さん
ただ、千本桜さん的には特に「富来町○○」→「志賀町西海○○」は「きわめて喜ばしい事例」かも?
いいえ、喜ばしくありません。同じ運命共同体を辿ってきた地域は、同じ住所形式で新自治体に移行して欲しいというのが基本的な考えです。富来町風無地区が明治22年から昭和29年まで属していた村名「西海」を付して志賀町西海風無になるなら、富来町酒見地区も同じく昭和29年までの所属村名「西増穂」を付して志賀町西増穂酒見とするのが良し。富来町酒見地区が何も付さずに志賀町酒見になるなら、富来町風無地区も何も付さずに志賀町風無になるのが良しと考えます。で、「志賀町富来風無」が良いのか、「志賀町西海風無」が良いのか、それとも「志賀町風無」が良いのかはっきりさせてとEMMさんに迫られたら、ふるえながら(?)「志賀町風無」が良いと答えます。なぜなら、住所は自治体名と大字名と小字名と番地があれば、それで機能するからです。風無って下層に「へ」とか「レ」とかの小字がぶらさがっているのでしょう。「へ1番地」だけでは場所が特定できないけれど、頭に風無が付いて「風無へ1番地」だと特定できますね。明治22年から昭和29年までの村名「西海」は無くてもOK。昭和29年から平成17年までの町名「富来」も無くて0Kでしょう。平成の合併では足並みが揃わずに住所の地名階層がばらばらで新自治体に移行する例が目立ちますね。でも、昭和の大合併でも同様例はありました。宮城県南部ですと名取市です。高舘村、愛島村は村名を生かして名取市高舘熊野堂字飛鳥1番地(新自治体名+旧村名+大字名+小字名+番地)。館腰村は村名を生かさず名取市植松字宮島1番地(新自治体名+大字名+小字名+番地)で旧村名は消えました。増田町、閖上町、下増田村も町村名を生かさないで名取市手倉田字箱塚屋敷1番地(新自治体名+大字名+小字名+番地)としましたが、それぞれに町村名と同名の大字がありましたから、増田、閖上、下増田の名称は残りました。
EMMさんは私が書いた[70733]
美川町は「美川」の地域範囲を忘れないでいて良かったですね。
を誤解されているのですね。と言うよりも説明不足な書き方をしてしまったようなので、もう一度書きます。「美川」の地域範囲を忘れないでいて良かった、と書いたのは何故か。美川町は「美川」の領域を知っているから、湊町や長屋町を指して「そこは美川だ」と言わなかった。周辺の大字(町)を侵蝕しなかった。傷つけなかった。相手の存在を無視しなかったからです。もし、「美川」の領域を知らない人が大字をいじると、湊町も長屋町も美川と市街地続きだから、そこも美川だということにしていたかも知れません。「大字大河原」の領域を忘れた大河原町は、周辺の大字大谷、大字金ヶ瀬の区域を指して「そこも大河原だ」と言うのです。合併して自治権を失った大谷、金ヶ瀬は言葉を発することができません。悲鳴を上げるだけです。

[70752] 2009 年 7 月 8 日 (水) 01:06:11 白桃 さん
 へんな深夜バス

道路はもちろん、レールの上も自由に走れる深夜バスがあった、とします。
その深夜バス、京都駅を23時30分、24時、24時30分に出発します。
前の二本は岡山駅止まり、最終は広島駅まで行きますので、別宅のある岡山まで安心して寝ていきたい白桃は最終便には恐ろしくて乗れません。
ところが最近、前の二本のルートが微妙に変更になりました。
以前は
京都駅-(東海道本線)-新大阪駅-(山陽新幹線)-(相生経由)-(赤穂線)-西大寺駅-(赤穂線)-岡山駅
だったのですが、今は
京都駅-(東海道本線)-新大阪駅-(東海道本線)-大阪駅-(阪急-山陽新幹線)-岡山駅-(赤穂線)-西大寺駅
となりました。
少しでも多くの客を乗せるため、梅田に寄るのはまだ許せますが、下車する人がほとんどいない西大寺をなぜ終点にしたのでしょう・・・
おかげで白桃は、西大寺から岡山(天満屋あたり)まで、とぼとぼ歩いて帰ることが多くなりました。

[70751] 2009 年 7 月 7 日 (火) 23:50:00 ぺとぺと さん
 市立と私立ほか

とりとめのないレスで恐縮ですが、私も便乗させてください。

[70748]JOUTOUさん
以前甲子園の放送などでも「イチリツ ギフショウ」などというアナウンスを聴いたことがあったような気がするのですが記憶違いでしょうか???
サッカーや陸上で有名な市立船橋高校は、民放局のテレビ放送においても「イチリツフナバシ」や「イチフナ」で通っていますね。ただ、甲子園での場内アナウンスやNHKのアナウンサーがどうだったかまでは、記憶が定かではありません。ちなみに、元ヤクルトスワローズの池山選手が活躍していた頃の市立尼崎高校は、NHKのテレビ中継においては「シリツ アマガサキ」と呼称されていたように記憶しています。地元(といってもお隣の伊丹市民ですが)では「イチアマ」で通っていたので、何となく違和感を覚えた記憶があります。

[70730]いっちゃん さん
お隣の草加市にもある八幡小の多さが目立ちます。
方角名以外で、八幡小を超えるところがないか調べてみましたが、早くも断念しました。自分の勘所が悪かっただけなのかも知れませんが、ちょっと意外。そのまま放置では甲斐がないので、調査結果の一部を掲載しておきます。学校数は、いっちゃんさんご紹介のサイトでの検索結果を採用しています。この中に、落書き帳の有力メンバーがお二人いらっしゃるような気が…。
<学校名><学校数><備考>
東小学校119校東(あずま)小学校8校を含む
南小学校 95校
西小学校 78校
中央小学校 74校
北小学校 49校
旭小学校 35校
第一小学校 32校
山田小学校 32校
緑ヶ丘小学校 30校緑が丘小学校、緑丘小学校を含む
朝日小学校 28校
池田小学校 26校

[70732]紅葉橋律乃介 さん
いえいえ、とんでもございません。
私の確認不足のために、かえってお手間を取らせて申し訳ありませんでした。懇切丁寧な解説、ありがとうございました。

[70750] 2009 年 7 月 7 日 (火) 21:12:24 Issie さん
 しだい

[70749] むっくん さん
ところが場所が変わり名古屋ですと、前者も後者も「しだい」。そして名古屋で「しだい」と言うと、一般には「市大」、つまり名古屋市立大学を指す事にかつての私は軽い衝撃を覚えたのでした。「しだい」=「私立大学」ではないのかと。。。

横浜市立大学も「しだい:市大」じゃなかったかなぁ。横浜国立大学は「こくだい:国大」。

何か,「よこいち:横市」という呼称があるようで,どうもこちらが“推奨”されているみたいですが,私には「こくいち=国道1号」と同じくらい聞いたことのない呼称です。
「よここく:横国」は,よく耳にするのですけどね。

※私の出身中学校,最近は「ちばふ」というそうです。
私が生徒だったころは,もっぱら「ふちゅう」で,「ちばふ」なんて聞いたことは絶無なんですが。
こうして人が入れ替われば,どんどん呼称も変わってしまうのですね。

[70749] 2009 年 7 月 7 日 (火) 16:18:24 むっくん さん
 市大と私大

[70748]JOUTOUさん
市立と私立
両者を区別しなければならない時は、前者を「いちりつ」後者を「わたくしりつ」と呼びますが、そうでない時は両者とも「しりつ」と呼びます。ちなみに子供の時は高校野球の影響でしょうか、前者を「いちりつ」、後者を「しりつ」と呼んでいました。


JOUTOUさんのお題「市立と私立」から私もさらに脱線。

さて、私のお題「市大と私大」を皆さんは何と読みますでしょうか。
私は前者は「いちだい」と呼び、後者は「しだい」と読みます。

ところが場所が変わり名古屋ですと、前者も後者も「しだい」。そして名古屋で「しだい」と言うと、一般には「市大」、つまり名古屋市立大学を指す事にかつての私は軽い衝撃を覚えたのでした。「しだい」=「私立大学」ではないのかと。。。

[70748] 2009 年 7 月 7 日 (火) 10:39:32 JOUTOU さん
 市立と私立

東京は連日くもり基調のすっきりしない日々が続いておりますが、如何おすごしでしょうか。みなさんこんにちはJOUTOUです。

[70730]いっちゃんさんの同名小学校の話題から甲子園の同名校対決(出場)へと話しが盛り上がってきておりますが、ふと思ったことがあったので少々脱線させていただきます。

実はタイトルの呼び方ですが、みなさんは何と読みますか?わたしは以前から「いちりつ」「わたくしりつ」と呼んでいました。もちろんわたしが“市立の意味”を理解した頃(小学生くらい)に周囲にいた大人たちが混同を避けるためそう呼んでいたのを憶えたのかも知れません。
以前甲子園の放送などでも「イチリツ ギフショウ」などというアナウンスを聴いたことがあったような気がするのですが記憶違いでしょうか???

最近はほとんど耳にすることがなく、わたし自身もあまり上記の区別を意識しなくなりましたが、元々わたしの周囲限定のローカルな表現だったのかなぁ?

[70747] 2009 年 7 月 7 日 (火) 05:19:53 稲生 さん
 同名校レス・佐久間小学校

稲生です、お久しぶりです。

[70730]いっちゃんさんがネタ振りをされた同名校の話題で、思い出すのが佐久間小学校のことです。
昨年の9月に千葉県の南房総を巡る旅をしていたのですが、鋸南町の山間部に佐久間郵便局がありまして、事前の予習で佐久間小学校・佐久間ダムが近くにあることがわかっていましたので、郵便局で貯金する際に、静岡県の佐久間ダムのある浜松市からきましたと話を振ってみたのです。
すると、局員氏が佐久間小学校のOBだったようで、たちまち盛り上がって、小学校の修学旅行で箱根に行ったときのことを懐かしそうに話してくれました。集合時間になって「佐久間小学校の皆さん、バスに集まってください」とアナウンスがあると、なにやら自分たちの学校とは違う小学生も集まり出したとのこと。それが静岡県の佐久間小学校の児童だったようで、偶然同じ日に箱根旅行をしていたためこういう事態になったようでした。どちらも修学旅行ということで、偶然がなした出会いとはいえ、両方の小学生にとっては、強烈な思い出となったことでしょう。(鋸南町の佐久間小学校は統合され、今はなくなってしまったようです。)

[70746] 2009 年 7 月 7 日 (火) 01:58:08 千本桜 さん
 宮城県の商圏

宮城県が平成20年に調査した消費購買動向調査が今年4月に公表され、その報告書「宮城県の商圏」が発売されているので購入してきました。この調査は平成の大合併以前の市区町村を単位にしています。それによりますと、前回調査(平成17年)では商圏を形成していた旧南方、角田、亘理が要件を満たせず脱落。代わって旧中新田商圏が復活し、旧志波姫商圏が新参入してきました。現在、宮城県には15商圏が形成されています。この商圏調査は昭和53年から3年毎に実施されていますが、過去に商圏を形成しながら現在は商圏を喪失している都市を挙げると次のようになります。塩釜、旧築館、旧若柳、涌谷、岩沼、柴田、大和、旧栗駒、旧志津川、旧矢本、旧小牛田、旧鹿島台、旧南方、角田、亘理の15都市です。それでは、今回の調査で形成が確認された商圏を吸引人口の多い順に並べてみます。ただし、これは買回品(衣料品・書籍・家具.家電など)を対象にしたもので、最寄品(食料品・日用雑貨品など)は対象外になっています。
順位商圏名吸引人口商圏人口地元購買率
1位仙台青葉348,569人1,622,690人69.7%
2位仙台泉302,526人1,068,498人78.5%
3位旧石巻218,765人364,819人92.1%
4位仙台太白213,420人672,277人67.1%
5位旧古川157,344人311,906人83.2%
6位名取144,085人662,966人59.1%
7位旧気仙沼89,608人177,039人86.5%
8位利府85,504人397,415人63.3%
9位大河原74,807人188,313人67.8%
10位旧迫72,471人170,763人72.6%
11位多賀城71,394人341,578人53.2%
12位富谷41,108人295,090人40.4%
13位白石17,591人54,012人38.5%
14位旧中新田14,272人47,499人35.3%
15位旧志波姫9,593人69,529人31.6%
県は上記15商圏を次のように分類しています。
超広域型:仙台青葉
広域型:仙台泉、仙台太白、名取、旧石巻、旧古川
地域型:利府、多賀城、富谷、大河原、旧気仙沼、旧迫
地区型:旧志波姫、白石、旧中新田

県の分類を自分なりの発想で分類しなおします。
1・仙台市を区単位に分割するのは馴染めないので仙台市を1つの単位とする。
2・仙台市への依存度が高い市町は商圏中心都市から除外する。仙台市への買回品購買依存率が高いのは富谷町56.6%、名取市38.8%、利府町29.7%、多賀城市23.7%です。富谷、名取、利府、多賀城は仙台商圏の一部とみなして振るい落とします。
3・吸引人口2万人以下の市町は商圏中心都市から除外する。これで、白石市、旧中新田町、旧志波姫町が振るい落とされました。
残ったのは6商圏中心都市です。この6つを分類すれば、(超広域型:仙台市)、(広域型:旧石巻市、旧古川市)、(地域型:旧気仙沼市、大河原町、旧迫町)になります。すっきりしましたね。これが私の頭の中にある現時点での宮城県の商業拠点都市です。

[70745] 2009 年 7 月 7 日 (火) 00:36:17 にまん さん
 「しりつ」は市立ではなく私立

同名校といって、私がすぐに思いつくのが「神港高校」ですね。
一応、市立、私立どちらも甲子園の出場経験があります。
今は私立のほうが「神港学園」を名乗ってますので、厳密には同名ではありませんが、以前は「市神港」「私神港」といってました。

[70744] 2009 年 7 月 7 日 (火) 00:02:40 MasAka さん
 同名校対決

スポーツではないですが、日本テレビ系列の「全国高等学校クイズ選手権」(高校生クイズ)の全国大会出場校で、私の出身校の埼玉県立と、20回で優勝した三重県立の「川越」というのはいかがでしょうか(参考資料)。先に全国大会出場を果たしたのは我が埼玉(第5回)でしたが、全国大会優勝は三重に先を越されてしまいました。

ほかにも「城北」や「福岡」などが同名校として出場しているようです(参考資料の岡山県にある城東はおそらく岡山城東の間違いで徳島県と同名とは言えないでしょう)。なお、参考資料を見る限り、同じ開催回で同じ名称の高校が全国大会に出場したということはないようです。高校野球と同じく、そろそろ同名対決があっても良さそうですけど(個人的には川越対決を期待)。

[70743] 2009 年 7 月 6 日 (月) 23:41:57【2】 EMM さん
 [70742] の補足

[70742] 星野彼方さん
長くなりましたが、旧美川町でも美川○○になったところとならなかったところがあるが、それにはそれなりに意味があります、ということでした。
一応補足しておくと、「鶴来○○町」になったところも、基本的には旧鶴来町のうちの「旧・旧鶴来町」の部分。
但し1か所例外があって、鶴来桑島町は「旧・旧鶴来町」ではないが鶴来が頭にくっつきました。
この町は手取ダムによって集落の多くが水没した旧・白峰村桑島の一部住民が移転することによりできた町で、合併前は「鶴来町桑島町」だったのが合併後は本村とダブっちゃうので例外的に鶴来が冠されたもの。
鶴来桑島町の近くにある深瀬新町もやはり手取ダムで水没した集落の分村だけど、こっちは「新」が付いていたために本村とのダブりが無く「鶴来」は冠されませんでした。
あと、「鶴来や美川がああしたのであれば、松任も旧・旧松任町のところだけ『松任○○町』にしても良かったんじゃないか」という意見もあったらしいと風の便りには聞いておりますが、結局のところ旧松任市内はすべて「松任市○○町」→「白山市○○町」となりました。

他に石川県内で似たような事例が見られるところとしては志賀町があります。
旧富来町のうちで「富来○○」となっているところがあり、そうなっている字名は「旧・旧富来町」だったところのみ。
しかもそれだけでなく、旧西海村だったところが合併に際してすべて「西海○○」になってます。
ただ、「旧旧村町名」が冠された地区は旧富来町の中でもこの2地区のみで、しかも旧志賀町内の字名とのダブりは無いのです。
じゃあ何で富来と西海だけがそうなった(なおかつ、旧富来町の他の地区はそうしなかった)のかは、結局のところよく分かりません。
(合併協議会の議事録が、肝心の回だけリンクし損ね?になってる)
ただ、千本桜さん的には特に「富来町○○」→「志賀町西海○○」は「きわめて喜ばしい事例」かも?


※追記でおまけ。
[70733] 千本桜さん
あれはもう35年以上も前のこと。羽田空港でアンカレジ行きの飛行機を待っていたときのことです。公衆電話に10円玉を入れても戻ってきます。壊れているんだなと諦めて電話するのを止めました。そこに、あの勝呂誉さんがやってきました。
わたし的には、勝呂誉さんと言えば「怪奇大作戦」の三沢京助です…なんて事を書くから年齢不詳になっちゃうんですね。
更に脱線すると、テレビ金沢には塚田誉さんと言うアナウンサーの方がいたりします。

[70742] 2009 年 7 月 6 日 (月) 22:51:22 星野彼方 さん
 白山市美川について

[70733] 千本桜 さん
美川○○、美川今町などの「美川」は、白山市に移行して消滅した美川町の「美川」ではなく、別の意味がこもった「美川」だと思うのです。

それなりにこのあたりの事情を知っているので答えます。その通りです。平成17年に消滅した美川町には美川小学校、蝶屋小学校、湊小学校の3つの小学校がありました。もちろん今も存在していますが、えと、それぞれの校下(学区)は旧本吉町、蝶屋村、湊村の範囲にほぼ一致しています。そして、美川、蝶屋、湊の各地区は対立しているというわけでは決してないのですが、けっこうばらばらで、独立しているというか、地域として意識しているというか、なんというか、微妙な関係でした。また、もうひとつ重要なのが、おかえり祭りの存在で、この祭の対象地域がまんま美川小学校校下になります。

そこに、合併に際して美川地区で、他の自治体と重複する地名が存在し、区別をする必要が生じました。そこで、重複する今町と新町、中町をそれぞれ美川○町とすることになるのですが、そこでいろいろとあって、美川地区全部美川○○町になりました。しかし、蝶屋地区と湊地区は、旧美川町ではあっても美川地区ではないし、重複もしていません。私には蝶屋地区と湊地区で美川がつかないのは自然なことに感じます。

で、もし蝶屋地区で重複する地名が存在したらどうなっただろうか、と考えたのですが、ちょっとわかりません。ただ、蝶屋地区全体で蝶屋○○等になるのではなく、重複するところだけでなんとかするか、旧美川町(平成17年になくなった方)全体で美川町○○にしそうな気がします。美川地区は美川地区でまとまりがあるのですが、蝶屋地区は各字ばらばらでまとまりがないですから。あと蝶屋地区には長屋(ちょうや)町が存在するのも影響しそうです。湊地区は全体でひとつの字なので、重複していてもどうにでもなるでしょう。

長くなりましたが、旧美川町でも美川○○になったところとならなかったところがあるが、それにはそれなりに意味があります、ということでした。

[70741] 2009 年 7 月 6 日 (月) 22:33:41【1】 ペーロケ さん
 同名対決

[70734]ひぃさん
[70740]運び屋Aさん
同じ校名で全国大会(野球に限らず)に出場している高校って他にもあるんでしょうか?
 海星高校VS海星高校は2度対戦しています。この対戦はあまりにも有名なため、落書き帳でも何度も出てきましたが、詳しくは[13939]深夜特急[北大阪急行]さんを参照。

で、もう一つ同名対決として挙げられるのが、大宮VS大宮もあります。といっても、正式には「大宮」vs「宮崎大宮」ですけどね(^^)

(追加)

その後、検索していくと、asahi.comに興味深い記事がありましたので追加します。何かの参考になれば。。。

過去に出場した同名校(1)

過去に出場した同名校(2)

[70740] 2009 年 7 月 6 日 (月) 22:22:57 運び屋A さん
 同名校対決in甲子園

[70734] ひぃ さん
同じ校名で全国大会(野球に限らず)に出場している高校って他にもあるんでしょうか?

高校野球に造詣が深い訳ではありませんが、真っ先に思いついたのがちょうど20年前の夏の甲子園。三重県と長崎県から2つの“海星高校”が出場し、しかも緒戦の2回戦で直接対決。応援の仕方をどうするだので話題になってましたっけ・・・。

[70739] 2009 年 7 月 6 日 (月) 21:20:07 BANDALGOM[熊虎] さん
 火の国

[70716]ピーくんさん、でるでるさん

熊本市と城南町の合併協定調印式が予定通り行われました。
また、植木町は9日に合併関連議案を審議します。3市町の中では最も早いことになります。
熊本日日新聞

植木町で住民投票の結果に対し、合併反対派による反発の動きがみられますが、賛成多数という結果になった以上は、議会でも可決されてほしいものです。

[70738] 2009 年 7 月 6 日 (月) 19:13:08 チャッピー さん
 以後気を付けます

熊虎さん、hmtさん、一緒になってすいませんが以後気を付けます。教えて下さりありがとうございました。そろそろ会員登録をしたいのですが、メールアドレスはどれくらいつかうのですか(メールが自由に使えないもので・・・)。誰か教えてください。

[70737] 2009 年 7 月 6 日 (月) 17:54:20【1】 hmt さん
 市区町村変遷情報に関する検討依頼(合併告示・政令市の区設置条例)

[70722] チャッピー さん
気仙沼と本吉  21年度3月3日に官報告示が行われているのではないでしょうか。確認お願いします。

「21年度」ではなく、平成21年3月3日ですね。
落書き帳では、[68705] はやいち@大内裏 さんの事前報道に続いて、[68744] miki さんが、官報告示を報じています。

チャッピーさんの“確認お願いします”という書き込みの趣旨は、市区町村変遷情報 において、告示が未入力の状態でであることを、担当の でるでるさん に伝えたかったのでしょうか?

そのような趣旨で、2009年になってから行なわれた7件の合併告示の入力状況を確認してみたところ、3月3日告示の 気仙沼市 だけが未入力でした。
3月20日告示の1件【長浜市】、4月16日告示の4件【高崎市清須市糸島市小林市】、6月30日告示の1件【佐世保市】いずれも入力済み。

気仙沼市への編入告示の入力につきご検討ください。>でるでるさん

【追記】
更に2007まで遡って、市区町村変遷情報を眺めたら、合併関係の告示ではないのですが、政令指定に伴なう区の設置を定めた市条例について、検討を要すると思われる点をみつけました。

変遷情報としては、政令公布の日付と共に、区を設置する市条例制定の日付が必要と思われます。

新潟市 については、2006/10/27 政令公布の次に、2006/12/18の市条例「可決」が記されていますが、後者は「制定」という表現の方が適切ではないでしょうか。

浜松市 については、市条例の日付(最後の行)2006/12/15 に疑問があります。
浜松市HP の記載は、
平成18年12月1日、市議会11月定例会において、区割り、区名等を定める「浜松市区及び地域自治区の設置等に関する条例」が議決され、同日公布されました。これにより、行政区の設置(区名)、行政区画(区割り)、区役所の位置が正式に決定しました。(巻末資料を参照)
となっており、区の設置等を定めた浜松市条例制定の日付は、「2006/12/1」が正しいものと思われます。

岡山市 については、岡山市区の設置条例 (2008/12/25制定)の記載が欠けています。

以上、合併告示の件と併せてご検討願います。>でるでるさん

[70736] 2009 年 7 月 6 日 (月) 12:43:24 EMM さん
 同名高校

[70734] ひぃさん
[70735] ガソリンさん

時間がないので取り急ぎ。
同名の高校については過去に落書き帳上で話題になってまして、一連の記事はアーカイブズとしてまとめられています。

全国同名高校一斉調査実施中!

ここに出てくる高校の中から、各種大会に同時に出場したところが無いか調べてみると良いでしょう。
(具体的な調査は、各競技に造詣の深い皆さんにお任せします…)
アーカイブズ中の記事は2003年頃のものなのでもしかしたらすでに無くなってしまっている高校が混ざっているかもしれませんが、過去の各種大会への出場校について調べるのであればそれほど問題ないと思います。
(2003年より後にできた同名高校の組み合わせについては、別途確認が必要ですが)

[70735] 2009 年 7 月 6 日 (月) 10:17:34【1】 ガソリン さん
 レス

おはようございます。ガソリンです。

[70734] ひぃさん
県岐阜商と市岐阜商以外に和歌山にもありました。
それは和歌山商業です。(県和歌山商と市和歌山商)
どちらの2校とも甲子園出場経験有で強豪です。
実際和歌山は野球王国でプロ野球で活躍する人が多いです。
しかし今年になって市和歌山商が普通科を設置したことで校名が市和歌山になりました。
ここで元々県和歌山があるので、今年になって和歌山高校が同名になりましたが
県和歌山は甲子園出場していないので、甲子園出場による同名がなくなったと言えます。

[70734] 2009 年 7 月 6 日 (月) 09:39:23 ひぃ さん
 同名校といえば

[70730]のいっちゃんさんの「同名校」というタイトルを見て
ちょっと趣旨が違うのですが、「岐阜商業高校」を思い浮かべました。

高校野球ファンならご存知の通り、
岐阜県立岐阜商業高校と岐阜市立岐阜商業高校の2校があり、
いずれも甲子園に何度も出場している強豪校。
それぞれ「県岐商」「市岐商」と呼ばれていますね。

同じ校名で全国大会(野球に限らず)に出場している高校って他にもあるんでしょうか?

[70733] 2009 年 7 月 6 日 (月) 02:46:15 千本桜 さん
 七ヶ宿、誉君、白山市、美川町、聖地

[70602] hmt さん
○=漢数字である青森県上北郡六ヶ所村・宮城県刈田郡七ヶ宿町・宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬町の3町村の「ヶ」は、「が」でなく「か」と読むのでした。
七ヶ宿町の正式読みが「しちかしゅく」だと発覚してからかれこれ10年経つでしょうか(まだ6、7年かも)。それまでは町当局も住民も「しちがしゅく」だと思っていたわけです。今でも住民は「しちがしゅく」で通していますが、テレビは「しちかしゅく」と言うようになりました。ところが、これが私の耳には非常に聞きにくいのです。なんか、顎の辺りがむずがゆくなる感じです。地元民にとって「しちかしゅく」は、言いにくいし、聞きにくいし、正式呼称だなんて言われても困ってしまうのですが、よその地方の人には「しちかしゅく」って、すんなり発音できて、すんなり耳に入る音なのでしょうか。

[70615]Issie さん
お忙しいでしょうに、私の疑問に応えて下さいましてありがとうございました。
[70645]Issie さん
同級生に「誉(ほまれ)」君という子がいて
誉君で思い出したことがあります。あれはもう35年以上も前のこと。羽田空港でアンカレジ行きの飛行機を待っていたときのことです。公衆電話に10円玉を入れても戻ってきます。壊れているんだなと諦めて電話するのを止めました。そこに、あの勝呂誉さんがやってきました。誉さんは何も知らず公衆電話に10円玉を入れました。普段なら「その電話、壊れてますよ」と教えてあげるですが、相手は人気俳優さん。声をかけることもできずに、じっと誉さんのすることを見ていました。私は10円玉が3回落ちたところで諦めましたが、誉さんはなかなか諦めません。落ちてくる10円玉を拾っては入れ、拾っては入れ、何回くりかえしたと思いますか?。それは秘密にしておきますが、どうしても電話したかったんでしょうね。電話先は大空真弓さんだったのだろうか・・・。どうやら、登場人物が古すぎたようですね。

[70634] futsunoおじ さん
だれか不敵な人物が偏見を持って三本松・金沢・両毛を三大聖地としたものが発端のようです。ただ近年強烈なインパクトを持つ大河原を加え両毛を外そうという考えもあるようであり、今後の両毛地域メンバーの動向が注目されます。
身に余るお言葉、ありがとうございます。しかし、○河○は地理の聖地に向かない「いかれぽんち」の世界です。不成立でしたが、合併に向けての字名取り扱いを通じて思い知らされました。でも、桜が咲く季節の一週間だけ聖地と思っていただけたら嬉しいです。

[70685] 星野彼方 さん
河内○○(旧鶴来町や旧美川町はこうですね)
[70693] 癒しの白山麓ファン さん
石川県白山市の住所表記を見ると、松任・美川・鶴来では新町、今町など、同地名の場合など含め鶴来新町、美川今町と旧町名が付いていますナ。
松任と鶴来については詳しく見ていないので分かりませんが、美川について思うことをひとつ。美川○○、美川今町などの「美川」は、白山市に移行して消滅した美川町の「美川」ではなく、別の意味がこもった「美川」だと思うのです。もし、白山市美川今町や白山市美川永代町の「美川」が平成17年まで存在した美川町を意味する「美川」なら、その「美川」は当時の美川町全域に付されて然るべきです。しかし、湊町や長屋町には「美川」が付されず白山市湊町、白山市長屋町になっています。これは、美川町には「美川」と認識される区域と「美川」ではないと認識される区域があったからでしょう。1869年、本吉町と湊村が合併して美川町誕生。1871年、美川町(旧本吉町)と湊村に分離。1889年、美川町は単独で町村制下の美川町になり、湊村も単独で町村制下の湊村になりました。1954年、美川町、湊村、蝶屋村が合併して新・美川町発足。以上が美川町の歴史です。白山市に移行するにあたり、1889年当時の美川町域だけに「美川」を付し、湊村域(現・白山市湊町)と蝶屋村域(現・白山市長屋町・手取町など)には「美川」を付さなかったようです。当たりまえと言えばそれまでですが、美川町は「美川」の地域範囲を忘れないでいて良かったですね。それに対し、大河原町は「大河原」の範囲を忘れてしまった。忘れてはならない立場の人たちまで忘れてしまって反省せず、知らなかったことを正当化するために詭弁を使います。大河原町は新しい住民が多い町だから地域の歴史にはこだわらないんですと!。ワオ〜〜〜、おったまげました。

[70732] 2009 年 7 月 6 日 (月) 01:10:53 紅葉橋律乃介 さん
 北都商でしょう

[70728] 7月5日(日)23:19:52【1】 ぺとぺとさん
遠慮なく元記事に追加させていただきました。
 わたしの書き方が、ちょっと悪かったようです。
 道内の公立高校は、「市立函館」(函館市立)・「市立札幌大通」(札幌市立)を除き、道立・市町村立の区別をせずに「北海道○○高等学校」と表記します。
 従って、旭川北都商業高校も、「北海道旭川北都商業高等学校」が正式名称となります(「北海道旭川北都商業高等学校 ホームページ」参照)。

 混乱させてしまって、大変申し訳ありません。


 ちなみに、今年度から募集停止(改めて設置された旭川南高校と再編統合)されていますので、平成23年3月で閉校することになります。

[70731] 2009 年 7 月 6 日 (月) 00:52:23 いっちゃん さん
 南流山

[70706]スナフキんさんが言及されております南流山プチオフ会についてご案内させていただきます。

期日2009年(平成21年)7月11日(土)
時間17:20 JR南流山駅改札口前集合
場所しちりん南流山本店
会費\5,000ポッキリ(予定)
過日、会場の下見に行きました。ウチからクルマで20分かかりませんでした。でも、本番は総所要時間が3倍程度かかるでしょうけどバスとTXを乗り継いで行きます(当たり前か)。

[70730] 2009 年 7 月 5 日 (日) 23:48:45【1】 いっちゃん さん
 同名校

学校の話題が出たので。

先日のこと、テレビを見ていた小学生の娘が急に興奮したので見てみると、娘の通う小学校と同名の小学校が取り上げられていました。娘曰く、自分の学校と同じ名前の学校が出てきたので驚いたとのこと。確かに小学生(落書き帳デビューするような地理好きな子は除く)にとって、社会と言うか世の中って言うのはせいぜい居住地の範囲内ですから、よもや自分の通う学校と同じ名前の学校が他にもあるとは思いもよらなかったのでしょう。
似たような似ていないような話で、池田高校(徳島の)が甲子園で華々しい活躍をしていた頃、全国の「池田高校」から応援メッセージが寄せられたと言う話が取り上げられたりしていました。

さて、ここで本題。

「全国で最も多い学校名は?」

読み方を考慮せずに単なる字面だけでいいと思います。ただし「○○第一小学校」のように「○○」が正式な学校名の一部となっている場合は当然「○○」の部分も含めますので、これを何もつかない「第一小学校」と同じ学校名としてはカウントしません。

で、身近なところで居住地である八潮市内の小中学校について調べてみました。調査に当たってはこちらのサイトを参考にいたしました。なお、学校数には八潮市内のものも含んでいます。
学校名学校数
八條小1
潮止小1
八幡小50
大曽根小4
松之木小1
中川小27
八條北小1
大瀬小3
大原小18
柳之宮小1
八潮中1
大原中11
八條中1
八幡中12
潮止中1
お隣の草加市にもある八幡小の多さが目立ちます。

最も多い学校名を調べようにも、前段として多そうな学校名を思い浮かべなければなりませんので結構面倒な作業です。思いついたところで「中央小学校」(もちろん「○○中央小学校」を除く)を調べてみたら、74校ありました。ただ「中央」のような抽象的なものはあまり面白くないのですが・・・。

ちなみに私の出身校は小中高とも同名校はありませんでした。

[70729] 2009 年 7 月 5 日 (日) 23:37:40【1】 ペーロケ さん
 高校の附属大学

[70726]EMMさん
フォローありがとうございます。システムは理解していましたが、最後の3年生が卒業するのが今年だったか来年だったか、記憶が定かではなかっただけでした(汗)。[70728]ぺとぺとさん、お手数かけ失礼しました。

 しかし、勢いのある高校でしたね。私は実は隣の学部出身なのですが、ここのグラウンドをソフトボール大会で使わせていただくなど、よくお世話になりました。昼休み開始時間が高校の方が約30分遅いものの、学食は席が限られているため、ある時間になると高校生でいっぱいになり、肩身の狭い大学生が追い出されるように退去する光景。どっちが附属なんだか。むしろ高校の附属大学のような感もありましたね(苦笑)。

 しかし、五所川原市が惜しいなあ。。。

[70728] 2009 年 7 月 5 日 (日) 23:19:52【1】 ぺとぺと さん
 愛農ないの〜

[70725] ペーロケ さん
愛大附農は校名が変更になったという情報もありますが、まだでしたっけ??
ご指摘ありがとうございます。おっしゃるとおり、すでにこちらに校名変更していたようです。愛媛大学農学部のHPでは、未だに「附属農業高等学校」となっており、あたかも存在しているように見えるんですよね。紛らわしいなぁ。
<以下訂正文>
と書いていたら、[70726]EMMさんの書き込みが。なるほど、だから愛媛大学農学部のHPには「附属農業高等学校」の名が残っているんですね。フォローありがとうございます。
元記事には、注釈をつけておきます。

[70727] 紅葉橋律乃介 さん
情報提供ありがとうございます。遠慮なく元記事に追加させていただきました。

[70724] 白桃 さん
この中で、3校すべて甲子園出場経験(しかも、春・夏)があるのは、1市だけですね。
書き込みを拝見して、「あれ、帯広市も該当じゃなかったっけ?」と思ったのですが、帯広南商は4回決勝で涙をのんでるんですね。

[70727] 2009 年 7 月 5 日 (日) 23:14:19 紅葉橋律乃介 さん
 水産も難しい

[70723] ぺとぺとさん

 旭川市には、市立の旭川北都商業高校があります(今年度は2・3年生のみ)。
 商業・工業・農業の“揃い踏み”は、案外少ないのですね。

[70726] 2009 年 7 月 5 日 (日) 23:10:35【3】 EMM さん
 合併・改組後も、在校生ある限り旧来の高校は存続している場合多し

[70723] ぺとぺとさん
[70725] ペーロケさん

ちょっとわかりにくかったのですが、こちらを読んだ限りでは「今年度は愛媛大学附属高校の1・2年生と、愛媛大学農学部附属農業高校の3年生が同じ学舎で学んでいる」「今年の3年生が卒業したら附属農業高校は廃校」と言うことではないかと思われます。

七尾農高+七尾工高+七尾商高→七尾東雲高の際にも同様のことがあった…と言うことを拙稿[64050]で触れております。


※追記。
[64050]にて結構な間違いを書いていたのを今更ながらに発見。
こちらも中島高校側が2008年度以降入学生募集停止となっており、実際に廃校となるのは現在の1年生が卒業する2009年3月末ということになります。
ということで、七尾市内の高校が正式に5校になるのは2009年4月です。
なんて事を書いてましたが、その当時の1年生が今年度の3年生な訳で、「石川県立中島高校の廃校は2010年3月末、七尾市内の高校が正式に5校になるのは2010年4月」が正解ですね。
途中で「年」と「年度」がごっちゃになっていたようですが…大変失礼いたしました。

[70725] 2009 年 7 月 5 日 (日) 22:53:26 ペーロケ さん
 士農工商

[70723]ぺとぺとさん
 愛大附農は校名が変更になったという情報もありますが、まだでしたっけ??

[70724] 2009 年 7 月 5 日 (日) 18:44:44 白桃 さん
 士農工商

[70723]ぺとぺと さん
この中で、3校すべて甲子園出場経験(しかも、春・夏)があるのは、1市だけですね。

[70723] 2009 年 7 月 5 日 (日) 17:59:23【3】 ぺとぺと さん
 農・工・商

地元平塚の「七夕まつり」も最終日を迎えましたが、天気もなんとか持ちこたえてくれ、盛況です。伊豆之国さん([70714])とも、どこかですれ違っているかもしれませんね。
さて、平塚市ですが、市内に農業高校と商業高校と工業高校がそれぞれ1校ずつ独立した形で存在しているんですね(かつては工業高校が平塚工業と平塚西工技の2校存在)。
このような市は、都道府県庁所在地以外では全国でも稀有な存在ではなかろうかと思い、さらっと調べてみました。以下がその結果ですが、やはり地域における拠点性の高い市がリストアップされてきていますね。その中でも、以前話題([64044]今川焼さんなど)になった栃木市と島原市の存在が光りますね。また、かつては七尾市も該当していたようです([64046]EMMさん参照)。

なお、作業を単純化するために、現存する公立学校で校名に「農」「工」「商」の字を掲げているところのみをピックアップしています。したがって、福島市、宇都宮市、上越市、大垣市、唐津市等はリストから外れています。

<市><農業高校><工業高校><商業高校>
旭川市北海道旭川農業高等学校 北海道旭川工業高等学校 北海道旭川商業高等学校
北海道旭川北都商業高等学校([70727]
帯広市北海道帯広農業高等学校 北海道帯広工業高等学校 北海道帯広南商業高等学校
盛岡市県立盛岡農業高等学校 県立盛岡工業高等学校 県立盛岡商業高等学校
奥州市県立水沢農業高等学校 県立水沢工業高等学校 県立水沢商業高等学校
秋田市県立金足農業高等学校 県立秋田工業高等学校 市立秋田商業高等学校
いわき市県立磐城農業高等学校 県立平工業高等学校 県立平商業高等学校
水戸市県立水戸農業高等学校 県立水戸工業高等学校 県立水戸商業高等学校
栃木市県立栃木農業高等学校県立栃木工業高等学校県立栃木商業高等学校
前橋市県立勢多農林高等学校 県立前橋工業高等学校 県立前橋商業高等学校
県立前橋東商業高等学校
熊谷市県立熊谷農業高等学校県立熊谷工業高等学校県立熊谷商業高等学校
平塚市県立平塚農業高等学校 県立平塚工科高等学校 県立平塚商業高等学校
長岡市県立長岡農業高等学校 県立長岡工業高等学校 県立長岡商業高等学校
富山市県立中央農業高等学校 県立富山工業高等学校 県立富山商業高等学校
四日市市県立四日市農芸高等学校 県立四日市工業高等学校県立四日市商業高等学校
県立四日市中央工業高等学校
伊賀市県立上野農業高等学校 県立上野工業高等学校 県立上野商業高等学校
堺市府立農芸高等学校 市立工業高等学校市立商業高等学校
松江市松江農林高等学校 県立松江工業高等学校 県立松江商業高等学校
出雲市出雲農林高等学校 県立出雲工業高等学校 県立出雲商業高等学校
岡山市県立高松農業高等学校 県立岡山工業高等学校 県立岡山東商業高等学校
県立東岡山工業高等学校
松山市愛媛大学農学部附属農業高等学校(注) 県立松山工業高等学校 県立松山商業高等学校
高知市県立高知農業高等学校 県立高知工業高等学校 市立高知商業高等学校
県立高知東工業高等学校
佐賀市県立佐賀農業高等学校県立佐賀工業高等学校県立佐賀商業高等学校
島原市県立島原農業高等学校県立島原工業高等学校県立島原商業高等学校
熊本市県立熊本農業高等学校県立熊本工業高等学校県立熊本商業高等学校
宮崎市県立宮崎農業高等学校県立宮崎工業高等学校県立宮崎商業高等学校
都城市県立都城農業高等学校県立都城工業高等学校県立都城商業高等学校

(注)愛媛大学農学部附属農業高等学校は、平成20年4月に「愛媛大学付属高等学校」に改称しており、在校生が卒業する平成22年3月に廃校となる予定。([70725]ペーロケさん、[70726]EMMさん)

[70722] 2009 年 7 月 5 日 (日) 13:37:00 チャッピー さん
 気仙沼と本吉

勘違いかもしれませんが、21年度3月3日に官報告示が行われているのではないでしょうか。確認お願いします。

[70721] 2009 年 7 月 5 日 (日) 12:20:10 N-H さん
 構内踏切に合致した風景

[70719]スナフキん さん
構内踏切の話ですが、あくまでも「周辺景観に合致した存在」という意味であえて「都心至近」と書きました…

となると、私のイメージする「構内踏切に合致した風景」とはちょと違うんです。
それというのも、構内踏切って、私の中ではむしろ下町的なごちゃごちゃした中にありがちなもの、というイメージがあるからです。
田舎になると、構内踏切すらなく、線路が1本にホームが1本しかないイメージがあるわけでして。あるいは地方の少し立派な駅になると、頑丈な跨線橋ががんばっているような感覚があり、構内踏切というのは、それよりもずっと猥雑な街中の風景の一部として刷り込まれています。

そういう意味では、池上や柴又なんて、典型的な構内踏切が似合う街という雰囲気を感じるのですね、私は。

まあ、学生時代にすごした東急の目蒲線、大井町線、池上線沿線のイメージが大きいというだけなんでしょうけれど。

[70720] 2009 年 7 月 5 日 (日) 12:13:34 hmt さん
 茅の輪くぐり と 祇園祭 (2)「茅」は昔の衛生グッズ?
hmt 夏の行事1 氷室・夏越の大祓・祇園祭・博多祇園山笠

祇園祭の小道具に 「ちまき」 があります。
リンク頁では、長刀鉾の次に「油天神山」さん が控えており、お姿を拝見しようと画像をクリックしましたが、間違っていました。正しくは こちらです。

祇園祭の「ちまき」は「茅」(ち = チガヤ)を巻いたもので、巻き方は違いますが、本質的には「茅の輪」と同じものでしょう。
♪柱のきずはおととしの…という歌で、兄さんが食べていた「ちまき」(粽)は、現代では「笹葉巻き」の糯(もちごめ)が普通ですが、昔は「茅巻き」だったのでしょう。祇園祭の「茅巻き」は茅100%なので、食べられません。念のため。

[70715]では省略しましたが、ここで「茅の輪」による疫病除けに関する 蘇民将来伝説 の概要を紹介しておきます。

北海の武塔神が南海への途中で日が暮れ、將來という兄弟に宿を借りようとした。
立派な屋敷を構える弟はこれを断ったのに、貧しい兄の蘇民將來は、粟飯でもてなしてくれた。
後日、8人の王子[49930]と共に再訪した武塔神【牛頭天王】は、嫁に出ていた女子には茅の輪の目印を付けさせた上で疫病をはやらせ、蘇民將來一家以外の人々を全滅させた。
そして曰く、「吾は速須佐雄の神なり。後の世に疾氣あらば、汝、蘇民將來の子孫と云ひて、茅の輪を以ちて、腰に着けたる人は免れなむ」

前記リンク頁には、チガヤから得られる茅根には利尿消炎作用があると記しています。
伝染病に効きそうな殺菌効果?の記載ではありませんが、「茅」には病気を防ぐはたらきがあると信じられ、昔の衛生グッズであったと思われます。

大祓でも、茅を使って疫病をよける手段が利用されました。それが「茅の輪くぐり」です。
「蘇民将来子孫也」という護符が、夏の疫病を逃れる小道具として茅の輪と共に使われる理由も、これで明らかです。
でも、根拠もなしに「蘇民将来子孫」を自称して、疫病神を怒らせることにはならないのかな?

このような次第で、「茅の輪くぐり」の行事をする神社 は、素戔嗚尊やその子孫を祭神とする神社が多いようです。

その筆頭に挙げられるのは 八坂神社 です。
私が子供の頃、♪村の鎮守の神様は、村社・青山神社という正式名称になっていた「お諏訪さま」でした。
ところが、お祭りになると、「お天王さま」とう呼ばれる八坂神社の御神輿が登場しました。この名が牛頭天王から来たものということは、後に知りました。
八坂神社自体は、北西に2km以上離れた青山にあり、訪れることは少なく、「茅の輪くぐり」の存在も知りませんでした。

東京付近にたくさんある氷川神社も素戔嗚尊を祭神とします。「大宮」は、この武蔵一宮に由来する地名です。
近くの大井氷川神社に行ってみましたが、今年は茅の輪を見ることができませんでした。その代わりに、ネットで 川越氷川神社 における茅の輪作りの写真をみつけました。東京・南千住には、素盞雄神社 があります。

それにしても、古代的な大祓の儀式が、意外にも現代の日本で全国的に行なわれているのには驚きました。
…と言っても、歴史を遡ることができる祇園は例外的存在であり、大部分は明治政府による神道振興政策の成果?による近代の習俗ではないかと想像するのですが。

夏の「茅の輪くぐり」と対照的に、正月に行なわれる行事。
岩手県で行なわれる「蘇民祭」も、夏越祓と共通の蘇民将来伝説に基づく祭りです。
2006年には奥州市になった水沢の 黒石寺蘇民祭 が、真冬の裸祭りで有名です。
JR東日本から掲示を拒否されたポスター事件も、世間の話題になりました。

話は変わって、シェイクスピアの喜劇に「夏の夜の夢」というのがあります。
西洋では、夏至祭り(聖ヨハネ祭)の前夜(イブ)に、妖怪が出現して大騒ぎする言い伝えがあります。
ムソルグスキーの「禿山の一夜」も同じ。
東洋の妖怪・牛頭天王が登場する夏越の大祓と通じるところがあるように思われたので、蛇足ながら一筆。

[70719] 2009 年 7 月 5 日 (日) 11:00:02 スナフキん さん
 構内踏切、補足

[70708]N-Hさん
[70714]伊豆之国さん
構内踏切の話ですが、あくまでも「周辺景観に合致した存在」という意味であえて「都心至近」と書きました…「都心に最も近い」でないところがミソですね、もちろん北鎌倉の方が近いと思いますし、他の私鉄も含めると江ノ電あたりはごろごろあったな…との思いもあったのであえて「いちばん」とは書きませんでした。

ただ、川越線はちょっと面白い部分もありまして、例えば現在は直通している八高線より電化は早かったのに、実は構内踏切は逆に長いことジーゼルだった八高線の方が先に消滅してしまっています。記憶が正しければ、現在もジーゼル運転の高麗川より北でさえ、構内踏切は消滅したはず。なのに、それよりも間違いなく都心に近い川越線・的場に残っているのは何なんだろう…結構、不思議です。こういう施設類の整備は、利用者数を如実に反映するはずなのですが、だからと言って的場駅の利用者が極端に少ないというわけでもありません。もちろん武蔵高萩のように何らかの抜本的改築計画があるわけでもなく、改良してまでも存続している理由は謎のままです。

[70718] 2009 年 7 月 5 日 (日) 08:50:23 ピーくん さん
 今週の動き

五所川原市, 北津軽郡 鶴田町の合併ですが、今度は五所川原市から条件が鶴田町に出される事になりました。例えは悪いですがボール投げをしている間に時間切れになるのでは。
今年9月中旬には法定協議会を設置し、10月中旬までに両議会の議決
一関市, 東磐井郡 藤沢町
吾妻郡 中之条町,六合村
長岡市, 北魚沼郡 川口町
山口市, 阿武郡 阿東町
以上の地域もこのようなスケジュールになるのかもしれません。

豊川市・小坂井町合併協議会が7日に開催予定ですが、調印式の日程が判明するかもしれません。協議が順調に進んだ場合、8月3日かその数日後に調印すると思います。8月11日予定の豊川市臨時議会に注目しています。小坂井町議会もその前後では。
参照

七宝・美和・甚目寺町合併協議会が8日に開催予定ですが、市名集計結果が気になります。
市名とともに新市の事務所位置、議会の議員定数と重要な項目が進展するのか気になります。

9月になれば合併もさすがに一段落すると思うのですが、ついつい先走ってしまいます。

[70717] 2009 年 7 月 5 日 (日) 08:15:30【1】 ピーくん さん
 島根県

☆松江市・東出雲町広域行政研究会のページが開設されました。合併すればとりあえず特例市にはなれます。

簸川郡 斐川町の町長選挙と町議会議員補欠選挙(一人)が告示日が二十八日、投票日が八月二日と決まっています。仮に住民投票の実施となって果たして期限内合併に間に合うのでしょうか。
島根日日新聞

広島市に人口が集中しているためか、全体に厳しい地域ですが、この地域に活気が出て欲しいです。

訂正
八月五日→八月二日
参照した記事が間違っているのに確認不足でした。

[70716] 2009 年 7 月 5 日 (日) 07:40:27 ピーくん さん
 熊本市

まずは城南町との合併はほぼ確実かと。
6日に合併協定調印式を行う予定 やっと市長の動きが更新。
10日に城南町議会が臨時議会 [70697]熊虎さん
13日に熊本市議会臨時議会 城南町、植木町合併関連議案審議
熊本日日新聞
植木町議会はいつ採決?調印式は何時?

でるでるさん、熊虎さん、山野さん、有明つばめさん、チャッピーさんほか多数注目されているので結果のフォローはお任せします。

[70715] 2009 年 7 月 4 日 (土) 23:08:34 hmt さん
 茅の輪くぐり と 祇園祭 (1)祇園祭の「鉾」は 昔の避雷針?
hmt 夏の行事1 氷室・夏越の大祓・祇園祭・博多祇園山笠

既に“六日の菖蒲”になった「茅の輪くぐり」に、7月の「祇園祭」をからめて季節行事の話題。

[70668] むっくん さん
本日は6月30日。1年もはや半年を過ぎようとしています。
京都では本日、夏越祓(なごしのはらえ)という、1月から6月までの半年間の罪や穢れを払い、残り半年を無事に過ごせるようにと祈願する神事が、各神社で執り行われました。
[70669] EMM さん
私は6月30日でイメージするのは大祓の茅の輪くぐりですね。
[70689] inakanomozart さん
当地では、「輪くぐりさん」という場合が多いようです。

夏越の大祓・輪くぐりさんという行事には、広島県に転勤した際に、初めて出会いました。
調べてみると、茅の輪くぐりは、釈日本紀が伝える「備後国風土記逸文」の蘇民将来伝説に基づくものとのこと。

茅の輪による疫病よけを蘇民将来に教えた武塔神は、「吾は速須佐能神なり」と名乗り、スサノオの神は、神仏習合により牛頭天王(ごずてんのう)と同一視されます。
牛頭天王は、頭に牛の角が生えたインドの神様で、疫病神なのですが、お釈迦様のいた祇園精舎の守護神になりました。
[59676]でリンクした飯能の竹寺HPには、中国人民有志寄贈によるブロンズ像牛頭天王の写真があります。

さて平安京。わが国最大の都市では、夏になると疫病が流行し、大問題になりました。
御霊会は、非業の死をとげた政争の犠牲者の怨霊を鎮めるために始まりましたが、やがて、人々は疫病神そのものをお祀りしてご機嫌をとり、大暴れしないように願うようになりました。
疫病神の牛頭天王を祀った社が「祇園社」であり、そのお祭りが「祇園御霊会(祇園会)」です。

八坂神社 によれば、貞観11年(869)に疫病が流行したとき、平安京の神泉苑に66本の鉾を立てて祇園の神を祭ったとあります。
先の尖った鉾には神が依り憑くので、祟り神をここに集めて無害化処理します。要するに、昔の避雷針です。

神輿などの巡行は10世紀からで、旧暦の6月に行なわれました。山鉾巡行は中世14世紀。応仁の乱で中絶した 祇園祭 も、1500年には復活。禁門の変での大火「どんどん焼け」(1864)でも多数の山鉾が焼失。

明治になり、それまで混淆状態だった神仏を分離して、国家目的に沿った神道振興政策が採用されました。
仏教系の「天」である牛頭天王を祀った祇園社も、神道系の素戔嗚尊(スサノオ)を祭神とする 八坂神社 に衣替えし、祇園会も祇園祭になりました。

明治10年には、巡行日程が新暦(太陽暦)の7月に移されました。お盆と同類の「月遅れ」行事です。
17日の山鉾巡行だけでなく、7月1日の「吉符入」にはじまり、31日の「疫神社夏越祭」で幕を閉じるまで、1ヶ月にわたり各種の神事・行事がくり広げられます。

ここで、太陽暦7月末日の「疫神社夏越祭」が出てきましたが、これは「月遅れ」ですから、本来は旧暦六月晦日(みそか)だったわけです。
これは、正月からちょうど半年が経過した暦の節目であり、古くから半年の間に積った穢れを祓う夏越祓の神事(延喜式)が行なわれていた日です。

「茅の輪くぐり」の行なわれる6月30日には、旧暦六月晦日を「月遅れ」にせずに、そのまま現代の太陽暦に移した結果だったのです。

[70714] 2009 年 7 月 4 日 (土) 22:52:35 伊豆之国 さん
 もう一つの町田駅

今日もしつこく「鉄ネタ」から。

今日のTV東京の旅番組でやっていた中に、「旧国鉄宮原線・廃線跡と温泉巡り」というのがあり、途中の各駅の跡が今どうなっているのかを確かめる場面がいくつかありました。大分県九重町の久大線恵良駅から、熊本県小国町の肥後小国駅までを結んでいた宮原線は、昭和59年に廃線になったローカル線ですが、恵良駅を出て最初の駅が、「町田」という駅([68684])。番組では現役時代の写真も紹介され、小さな駅舎があった無人駅だったようです。現在では駅舎は撤去されていますが、駅名標は今も残されており、近くを走るバスには「町田駅」という停留所もあり、かつての駅前商店街?も残っていました。沿線には、宝泉寺温泉などいくつかの「秘湯」があり、「秘湯街道」としても知られているようです。この先、県境を越えて熊本県に入ってしばらく行くと、小国町の北里へ。旧北里駅の跡にはホームの屋根を復元した建物?があり、鉄道が通っていた当時のアーチ橋も保存されていました。この地、北里地区は医学者・北里柴三郎の故郷としても知られています。この「北里」という苗字は小国町・南小国町に非常に多い苗字で、両町で町内のベスト5に入っており、小国町の現町長も北里氏です。柴三郎が創設した「北里大学」のキャンパスと病院がある場所は、相模原市北里と命名されています。

[70706]スナフキんさん
的場駅は近年、構内の改良工事が行われましたがそれでもなお、しぶとく構内踏切が残っています
[70708]N-Hさん
私鉄だと、川越線まで遠征せずとも東急の池上駅や京成の柴又駅にはまだ構内踏切がありますので。
京急の川崎大師駅にも最近まで構内踏切が残っていました
東京近郊のJRの駅で構内踏切が残っている駅の代表といえば、やはり北鎌倉でしょうか。駅の構造と周囲の環境から、ここだけは多分ずっと変わらないと思いますが‥。
川崎大師駅は、下りホームと改札口(南側の上りホーム側)を結ぶ地下道があり、構内踏切は三ヶ日、いや三が日など特別の日だけ、地下道の混雑緩和のために臨時に使われ、普段は閉まっていたのではないかと思います。現在は下りホーム側にも改札ができていますが、地下道は現在も使われています。
ところで、JRや大手私鉄などでは、単線で鈍行しか走らないようなローカル線の駅でも、駅舎から反対側のホームへは歩道橋を渡らないと行けない駅が多いのですが、列車本数や利用者の少ない駅では、エレベーターやエスカレーターを設けることも困難で、障害者や老人には非常に使いにくい駅になってしまっています。このような駅では、かえって歩道橋をなくして構内踏切を復活したほうがよほどバリアフリーになると思うのですが(参考)。現に、伊予鉄道の古町駅では地下道を廃止して構内踏切に変わっており、東急池上線の千鳥町駅でも、歩道橋を廃止し、構内踏切ではないのですが、上下線が踏切を挟んでそれぞれ別改札に変わっています(池上線では、久が原駅や御嶽山駅などは以前からこのタイプになっていました)。

「御嶽山」で思い出したのが、「嶽」と「岳」の使い分け。この「御嶽山」駅、最初「御嶽山前」として開業し、昭和4年に現在の「御嶽山」に改称して以来現在まで続いている、ということで、ずっと「嶽」の字体を使い続けていたことになるようです。「岳」と「嶽」は新旧の関係ではなく、両方とも古くから存在していた字体であり、「異体字」の関係であったと考えられるようです。当用(常用)漢字では「嶽」を排除して「岳」に統一した、と見たほうがよいのでしょうか。
[70659]hmtさん
「駒ケ嶽」から「駒ケ岳」に
ここのリンク先を見ると、やはり「嶽」と「岳」はどうも使い分けられているのではないかも知れません。
「御嶽山」駅の隣が「雪が谷大塚」駅ですが、町名は「雪谷(東〜・南〜・〜大塚町)」と「が」は入りません。都立雪谷高校(「甲子園」にも出たことがあります。「御嶽山」が最寄り駅)も同様ですが、その所在地は「久が原」。同じ区なのに見事に不統一‥。

ところで、[70626]ぺとぺとさん
地元平塚では、飾り用の竹の据付など、着々と七夕まつりに向けての準備が進められています。
年に1回のこと、祭りを楽しみたいと思います。
このところ毎年足を運んでいる([65687])私も、明日、今年もまたその平塚七夕を見に行こうと思っています‥。

[70713] 2009 年 7 月 4 日 (土) 16:11:41 山野[山野] さん
 予想通りの結果

[70707]で書きましたが、最上地区いや、山形県の合併はこれで終結です。参照記事:戸沢村、合併を断念へ
結局、山形で合併出来たのは庄内地区3市町(酒田・庄内・鶴岡)だけとなりました。

[70712] 2009 年 7 月 4 日 (土) 12:11:03 山野[山野] さん
 別ネタ(4)・こういう事もあるんですねぇ

地理ネタに全く関係ないので駄目かなコレ。
トホホ…、機関砲撃ったら砲身ぽろり「海保巡視船」、何かと思えば…。
和歌山県白浜町にある巡視船「せっつ」が射撃訓練をしていたところ、砲身が根元から外れ吹っ飛び
そのまま海底へプクプクと沈んで行ったそうな。

グリグリさんへ
唖然とした内容だったので書いてみたものの、不適切と思われるのであれば削除して頂いて結構です。

[70711] 2009 年 7 月 4 日 (土) 09:26:40 BANDALGOM[熊虎] さん
 深夜に採決?

北海道議会が上湧別町・湧別町の廃置分合議案を可決しました。
「休憩」がいつまで続き、採決がいつ行われたのかは不明ですが、今朝議決結果がアップされていました。

でるでるさん、よろしくお願いします。

[70710] 2009 年 7 月 4 日 (土) 08:49:06【1】 むっくん さん
 今後の市区町村変遷情報の記載にあたって(その2)

[70709]の続きです。

(3)市制町村制施行に伴う合併の日付に関連して
明治22〜23年に市制町村制が実施された45府県の内、42府県では市制町村制施行と同時に区町村の廃置分合も行っていますが、そうではないところがあります。

宮城県と千葉県では市制町村制施行の前日のM22.3.31に廃置分合&郡界変更を行っています。そして静岡県では静岡市のみが市制町村制施行当日のM22.4.1に、それ以外の町村はそれより一ヶ月前のM22.3.1に廃置分合&郡界変更を行っています。

市制町村制施行と同日付で全県で廃置分合&郡界変更が行われなかったため、宮城県仙台市と静岡県静岡市では市区町村変遷情報(市制町村制施行時)の記載に困ることになります。

(a)仙台市の場合
宮城県における廃置分合規定は、県令第8号(M22.2.9)、県令第9号(M22.2.9)及び県令第27号(M22.3.31)です。
ここで問題となるのが仙台市です。
1 新設/市制 仙台市 仙台区
と記載できれば何の問題もないのですが、他のところ(名古屋市や福岡市など)との関係上
1 新設/市制 仙台市 仙台区、仙台区○○町、(略)
と記すことになります。以前から仙台区に所属した町の記載は特に問題ないのですが、市制町村制が施行される前日に合併したところ(宮城郡荒巻村の一部、小田原村の一部、南目村の一部、南小泉村の一部)をどのように表記すればよいのか、私には分かりません。

(b)静岡市の場合
静岡県における廃置分合規定は、静岡市に関係するものは県令第18号(M22.2.26)、静岡市以外に関係するものは県令第17号(M22.2.26)及び県令第19号(M22.2.26)です。
このうち、県令第18号に記載されているのは安部郡&有渡郡に所在する静岡124町と、有渡郡川邊村の一部区域ですが、県令第18号での記載内容からすると、有渡郡川邊村の区域はせいぜい数筆程度であり、有渡郡川邊村はM22.3.1の時点でおそらく消滅していると考えるのが自然であると考えられます。
とすると、
1 新設/市制 静岡市 安部郡○○町, (略), □□町, 有渡郡△△町, (略), ××町, 川邊村の一部
とは記載できないでしょう。果たしてどのように記載するのが適当なのかが、私には分かりません。


(4)石川県の市町村の廃置分合の根拠
ここでは以前[68521]拙稿で書いた石川県の市町村の廃置分合の根拠を
誤:県令第23号(M22.3.8)
正:県令第2328号(M22.3.8)
と結論づけた経緯を記します。

まず石川県統計書明治21年(著・出版:石川県、M23.2.15)によりますと、M21.12.31現在の警察区画で、江沼郡大聖寺警察署管轄の町数は60、能美郡小松警察署管轄の町数は31、石川郡松任警察署管轄の町数は23、鳳至郡輪島警察署管轄の町数は4となっています。19コマでは江沼郡役所の所在地が大聖寺八間道、能美郡の所在地が小松小馬出町、石川郡役所の所在地が松任東一番町、鳳至郡の所在地が輪島河合町となっています。

次に石川県統計書明治22年(著・出版:石川県、M24.2.18)によりますと、M22.12.31現在の警察区画で、江沼郡大聖寺警察署管轄の町数は1、能美郡小松警察署管轄の町数は2、石川郡松任警察署管轄の町数は1、鳳至郡輪島警察署管轄の町数は1となっています。177コマでは江沼郡役所の所在地が大聖寺町字八間道、能美郡の所在地が小松町字小馬出町、石川郡役所の所在地が松任町字東一番町、鳳至郡の所在地が輪島町字河合町となっています。

これらを比較すると、石川県の市制町村制施行に伴う廃置分合の根拠規定を県令第23号(M22.3.8)だけであるとすると説明することができません。
県令第23号(M22.3.8)のみならず県令第28号(M22.3.8)も根拠とすることで初めて、明治22年4月1日に成立した「江沼郡大聖寺町」、「能美郡小松町」、「石川郡松任町」、「金沢市」、「鳳至郡輪島町」の1市4町の廃置分合の過程を説明することが出来るようになります。


(5)資料の誤りについて

(a)福井県
福井市の成立に伴う廃置分合規定は県令第18号(M22.2.16)で、[69698]拙稿では福井県現行諸令達(編著:福井県内務部第一課、出版:福井県、M25.5.17)に記載されているものを紹介しています。ここでは福井市を構成することになる町数は87、村数は1となっています。
しかしこれは他の資料と食い違います。例えば内閣が作成した公文類聚には市制町村制施行に伴う市制施行地及び郡界変更の経緯が「市制施行地郡区境界組替ヲ処分ス」(2府42県、東京府は別途まとめている)でまとめられており(注1)、それが国立公文書館にてPDFファイル(15.1MB)として公開されています(前稿[70709]の(2)で紹介済み)。その6コマには福井市を構成することになったのは越前国足羽郡福井86ヶ町、仝國仝郡石場畑方と記載されています。この福井86ヶ町とは地方行政区画便覧(著・出版:内務省地理局、M20.10.)に記載されている町数や新旧対照市町村一覧(編著:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12.)などの記載と一致します。
この食い違いの1町とは「福井江戸中町」で、福井県現行諸令達以外では一切見ることが出来ません。これは「福井江戸上町」「福井江戸下町」があるから誤って「福井江戸中町」も書いたものであろうと推察します。
(注1):あくまでも市制町村制施行に関連しての市制施行地及び郡界変更の経緯のまとめであり、市制町村制施行と同日付ではないことに注意が必要。例えば宮城県や千葉県や静岡市(前稿[70709]参照)、そして栃木県&大分県の郡変更などは同日付ではありません。

(b)大阪府
大阪府の大阪市・堺市以外の郡部の廃置分合規定は府令第17号(M22.2.20)で[69698]拙稿では大阪府郡部町村名(編著・出版:吉田常三郎、M22.5.)を紹介しています。
しかし、この資料には誤りもあり、大阪府統計書(明治22年)(著:大阪府内務部第一課、出版:大阪府、M23.12.25)と比較して使う方がよいものと考えられます。

今後の参考となることを願い、あらかじめ完全な誤りの箇所を抜粋してみました。ただし「坂」or「阪」、「川」or「河」といった漢字表記の揺らぎについては原則記していません。

まずは大阪府郡部町村名(編著・出版:吉田常三郎、M22.5.)の誤りの箇所です。
・成立したのが西成郡手船村となっていますが、正しくは西成郡千船村です。
・東成郡天王寺村を構成する村の一つが東成郡阿武野村となっていますが、正しくは東成郡阿部野村です。
・島下郡車作村は島下郡石川村の一部となったと記載されていますが、正しくは島下郡見山村の一部となりました。
・島下郡玉櫛村を構成する村の一つとして島下郡水尾と記載されていますが、正しくは島下郡水尾村です。
・島下郡鳥飼村を構成する村の一つとして島下郡鳥飼八防と記載されていますが、正しくは島下郡鳥飼八防村です。
・大鳥郡向井村を構成する村の一つとして大鳥郡西万屋新田村と記載されていますが、正しくは大鳥郡西万屋新田です。

次は大阪府統計書(明治22年)(著:大阪府内務部第一課、出版:大阪府、M23.12.25)の誤りの箇所です。
・錦部郡天野村を構成する村の一つとして錦部郡天野村と記載されていますが、正しくは錦部郡天野山です。

(c)和歌山県
和歌山県に市制町村制が施行された時の廃置分合規定は拙稿[69697][69698]で示したとおりですが、正誤表が完全には反映されていません。
当時のオリジナルの県令が、国立公文書館よりPDFファイル(2.7MB)で公開されています。このPDFファイルの最後のコマに正誤表が記載されています。
#なおこのPDFでは、和歌山県の郡界変更を示した県令第14号(M22.2.22付)([69697]で紹介済み)、和歌山県の廃置分合規定である県令第15号(M22.2.22付)([69698]で紹介済み)、和歌山県に市制町村制が施行されることを示す県令第17号(M22.2.22付)([69698]で紹介済み)、それに伴う市役所町村役場位置を示す県令第20号(M22.2.27付)及び県令第15号の正誤表が記載されています。


以上が今後の市区町村変遷情報の記載にプラスとなることがあれば幸いです。

[70709] 2009 年 7 月 4 日 (土) 08:48:54【1】 むっくん さん
 今後の市区町村変遷情報の記載にあたって(その1)

現在、市区町村変遷情報の入力作業は明治の大合併を遡っています。
明治22〜23年に市制町村制が施行された45府県のうち、既に19府県の入力作業が完了しており、現在20府県目の入力作業が行われています。

今後、市区町村変遷情報(市制町村制施行時)を記載するにあたって、判断に苦慮させられるところや資料の食い違いで苦慮することがあります。後の記載時になって初めて、「どのように記載するのが適当なのか」と苦慮することは避けた方が良いと思いますので、先に紹介することにします。


(1)自治体名ではない区域が根拠たる県令に書かれている場合
この事例としては三重県飯高郡松阪町、同郡港村、同郡松江村、阿拝郡上野町、同郡小田村が挙げられます。

(a)飯高郡松阪町、同郡港村、同郡松江村の場合
まず県令第13号(M22.3.1)で飯高郡松阪町において記載されている松阪町作地というのは自治体名ではありません。ではこれは何なのかと言えば、おそらく松阪市街地にありながら松阪の各町の区域に含まれない、いわば附属している農地であると考えられます。
#市街地の各町に附属している農地というのはかつて滋賀県の長浜にもありましたが、こちらの方は明治14年に編入合併で消滅。

しかし自治体名ではなくても、「松阪町作地」の区域はおそらく松阪の市街各町の一部とはなっていないから県令では別途記載されているのでしょう。しかしながら「松阪町作地」を記載しないとすると、廃置分合の前後でその区域が異なるというおかしなことになるため、自治体名でなくても市区町村変遷情報に記載する必要があります。

次に港村においては県令第13号(M22.3.1)では「松阪市街地ノ内 字本町ノ内 反別二反三畝拾八歩、松阪市街地ノ内 字西町ノ内 反別五反八畝五歩」とあります。しかしながら松阪市街地は自治体名ではありませんので、松阪本町の一部,松阪西町の一部と書くのが正当なのであろうと考えられます。
同様に松江村においての「松阪市街地ノ内 字川井町ノ内 反別三反歩」も松阪川井町の一部と書くのが正当なのであろうと考えられます。
参考:地方行政区画便覧(著・出版:内務省地理局、M20.10.)、三重県統計書(明治21年)(編・出版:三重県庁、M22.12.21)

(b)阿拝郡上野町、同郡小田村の場合
県令第13号(M22.3.1)によると上野町では「上野市街地ノ内 字坂居町 同 字寿町 同 字宮ノ腰 同 字幸町 同 字新地ノ内 反別一町六反六畝十七歩五合四夕 同 字新屋敷ノ内 反別三畝四歩六合二夕」とあり、小田村では「上野市街地ノ内 字上之平 同 字西之平 同 字万町ノ内 反別一町三反九畝七歩二合六夕 同 字新屋敷ノ内 反別一町八反二十三歩四合六夕 同 字新地ノ内 反別四反三畝三歩三合一夕」とあります。

この議論を始める前に上野市街地とされた区域はどこなのかを特定する必要があります。
まず、戦国時代に筒井高次が上野に来る以前からあった集落が上野村です。
そして、江戸時代は地子免除の上野城下町と、上野城下町に近接した上野村にある街道筋の町(農人町)が出来ます。上野城下町と農人町は江戸時代においては別のものとして取り扱われていました。
そして明治になって上野市街地と上野村とを分けたとき、上野村にある街道筋の町も上野市街地に含まれることとなり、上野村の範囲は筒井高次が上野に来る以前からの上野村の範囲に限定されることになります。ここで上野市街地は、上野城下町に加えて、近隣の村の村に点在する町の部分(農人町)を飛地として持つことになりました。無論、上野市街地とは、自治体としての名称ではありません。
#ちなみに明治5年の区制の時の資料では上野市街地との文字はなく上野町と記されています。そして、地方行政区画便覧(著・出版:内務省地理局、M20.10.)でも上野市街地との文字はなく上野35町が記載されています。


ところで上野市街地と上野村とを分けるのとほぼ時期を一にした明治3年、上野に大水害が起こりました。
このとき低地に住んでいた人が移住したことで飛地が発生し、この痕跡が県令第13号(M22.3.1)で見て取れます。
さて、県令第13号(M22.3.1)で上野市街地ノ内とされている箇所を見ていきます。
まず「字坂居町」及び「字幸町」とは上野35町の1町である幸坂町の住民が移住したところです。「字坂居町」及び「字幸町」は地籍が「字坂居町」及び「字幸町」ではあるものの、住んでいる人は幸坂町の人々ということになります。
同様に「字寿町」は上野35町の1町である馬苦労町の住民が移住したところ、「字宮ノ腰」は上野35町の1町である万町の字地であったところ、「字新屋敷」「字新地」は上野35町の1町である小田村の住民が移住したところです。

さて市区町村変遷情報で如何に記載するかです。
例えば「上野市街地ノ内 字寿町」というのは、明治3年の洪水で被害にあった「上野馬苦労町」の人々の移住先で、元は上野城の西外堀であったところです。
一般的には江戸時代には、各藩が設定しない限り、城に○○町という名称はありませんでしたので、廃藩置県時には基本的には城の区域は自治体の空白地域となります。それが明治になってから、○○町という名称をつけることで、自治体の空白地域が解消されることになりました。
#城の区域と同様に、城下町の大きな寺の領域も自治体の空白地域でした。

ところが上野の場合は、例えば字寿町と土地に名称を付けたにもかかわらず、住んでいる人が別の馬苦労町の人々であったために、「上野市街地ノ内 字寿町」がおそらく自治体である「上野寿町」となれなかったという事情があります。そして「上野市街地ノ内 字寿町」は上野35町の区域でも周辺の村の区域でもありません。
県令第13号(M22.3.1)で「上野市街地ノ内 字寿町」というようなものをわざわざ記載したというのは、上野市街地には上野35町の区域に含まれず、かつ当然ながら周辺の村にも含まれない区域(e.g.「上野市街地ノ内 字寿町」など)があることの証左とも言えます。

さてこれをどのように記載するのが適当かですが、自治体ではないからといって「上野市街地ノ内 字○○」を記載しないというのは先ほどの「松阪町作地」と同じく不都合な点が出てきますので、採用できません。とはいっても、「上野市街地ノ内 字○○(一部)」という記載はいかがなものかとも思われます。
そこで、この5年後に小田村から城南村が分立した三重県告示第17号(M27.2.13)を参考にして記載するのが良いのではないでしょうか。この県告示第17号では「上野市街地ノ内 字○○」を「元上野町 字○○」と記載しています。

ということは、上野町及び小田村での記載において、「上野市街地ノ内 字○○」とは「上野町(一部)」と記載するのが、一番無難であると考えられます。ただし小田村にある「同 字万町ノ内 反別一町三反九畝七歩二合六夕」というのは先ほどの松阪の事例から考えるに「上野万町(一部)」と記載するのが適切であると考えられます。

参考:地方行政区画便覧(著・出版:内務省地理局、M20.10.)、三重県統計書(明治21年)(編・出版:三重県庁、M22.12.21)、上野市史(編・出版:上野市、1961)


(c)以上の複雑な箇所をまとめますと次のようになります。
飯高郡松阪町では、松阪町作地も記載する。後述の飯高郡港村及び飯高郡松江村との整合性より、松阪本町,松阪西町、松阪川井町、の3町では「の一部」の記載もする。
飯高郡港村では、松阪市街地ノ内 字○○というものは、松阪本町の一部,松阪西町の一部と記載する。
飯高郡松江村では、松阪市街地ノ内 字○○というものは、松阪川井町の一部と記載する。
阿拝郡上野町では、上野市街地ノ内 字○○というものは、上野町の一部と記載する。後述の阿拝郡小田村との整合性より、上野万町では「の一部」の記載もする。
阿拝郡小田村では、上野市街地ノ内 字○○というものは、上野町の一部、上野万町の一部と記載する。


(2)枝郷が根拠たる県令に書かれている場合
江戸時代においては、郷帳に○○村枝郷△△村という形態で記載されているものは、例え枝郷であっても公的には一つの自治体としてみなされていました。
こういった自治体は明治5年の区制施行と同時に(遅くとも明治7年頃までには)各府県で大半がなくなったのですが、唯一三重県においては市制町村制施行時まで残ったところが2箇所(津市、安濃郡新町)ありました。

(a)津市
津市は安濃郡の
津56町、伊予町、的場、津興村、津興村ノ内・船頭町、津興村ノ内・上弁財町、津興村ノ内・柳山、津興村ノ内・阿漕町、津興村ノ内・下弁財町、岩田村、岩田村ノ内・岩田町、岩田村ノ内・宮ノ前、岩田村ノ内・佐伯町、岩田村ノ内・弓屋敷、岩田村ノ内・立合町、岩田村ノ内・西裏、岩田村ノ内・久留島、岩田村ノ内・野崎垣内、岩田村ノ内・元築造、岩田村ノ内・出口、岩田村ノ内・弓ノ町、岩田村ノ内・山中、岩田村ノ内・綿内、八幡町、藤枝町、栄町、下部田村の一部、下部田村ノ内・余慶町、乙部村の一部、塔世村の一部、古河村の一部、藤方村の一部
が合併して成立しました。この中で例えば、「津興村ノ内・船頭町」というのは津興村と別個独立した自治体ではあるが、その町の地籍は津興村にあるということになります。
自治体か否かを重視する市区町村変遷情報では「津興村」とは別個に「津興村ノ内・船頭町」を記載する必要があります。

ではその記載方法です。
単に“船頭町”と記載する、“船頭町”と記載した上で詳細情報に“津興村ノ内”と記載する、単に“津興村ノ内・船頭町”と記載する、という3つの方法が考えられます。とは言え、最後の“津興村ノ内・船頭町”と記載するという以外の選択肢は実はありません。

といいますのも、今後市区町村変遷情報はさらに年度を遡ることになるのでしょう。そして明治14年頃まで記載することになったとします。この時、例えば当時の兵庫県神戸区には、“橘通三丁目”、“坂本村ノ内・橘通三丁目”が隣接して存在しています。この記載を問題なく行うためにはM22.4.1の段階で、“津興村ノ内・船頭町”と記載しておかなければなりません。
#なお、上述の津56町に含まれる鷹匠町、西ノ口出屋敷、西裏、馬場、榎ノ下の各町はかつては地籍が塔世村にある枝郷の自治体でしたが、明治17年の連合戸長役場の管轄資料によればこの当時は既に独立した町となっていました。


(b)安濃郡新町
安濃郡新町は古河村、刑部村、古河村/刑部村ノ内・八町、神納村、南河路村の1町4村が合併して成立しました。


参考:地方行政区画便覧(著・出版:内務省地理局、M20.10.)、県令第12号(M22.3.1)、県令第13号(M22.3.1)、三重県統計書(明治21年)(編・出版:三重県庁、M22.12.21)(248-251コマ)、津市史第4巻(著:梅原三千、西田重嗣、出版:津市役所、1965)27,28,43-45頁、市制施行地郡区境界組替ヲ処分ス(PDF)(編:内閣、M22.6.)


#私は市制町村制施行時に枝郷がからむ事例というのを上述の2例(津市、安濃郡新町)以外には知りません。

次稿に続きます。

[70708] 2009 年 7 月 4 日 (土) 05:36:35 N-H さん
 構内踏切

的場駅について。
[70706]スナフキん さん
「都心至近の構内踏切がある駅」
とのことですが、これはJR限定で、という話でしょうか?
私鉄だと、川越線まで遠征せずとも東急の池上駅や京成の柴又駅にはまだ構内踏切がありますので。
京急の川崎大師駅にも最近まで構内踏切が残っていました。

あれ? この3つの駅、共通点がありますね。

[70707] 2009 年 7 月 4 日 (土) 00:52:19 山野[山野] さん
 最上地区、終わったな

でるでるさんへ
全然、話題にならない地区「新庄市」、戸沢村でアンケート結果が出ました。
-結果-
合併すべき:25.2%(1116人)
合併はやむを得ない:12.7%(565人)
合併すべきでない:51.5%(2283人)
どちらとも言えない:10.1%(447人)
無効0.5%(21人)

今後、合併するかどうかを来週中にも決める見通し。
真室川が離脱し、戸沢もまた離脱するでしょう。新庄市には夕張と同様、財政再建団体に落ちてもらいましょう。
参照記事:山形新聞より。

はい終了。

[70706] 2009 年 7 月 3 日 (金) 23:08:29 スナフキん さん
 西川越と、南流山のこと

いろいろお話が出ていますのでフォローする必要はそれほどないと思いますが、かつて「自分の庭」だった私からも。

メロディが使われているのは、ご指摘の通りです。が、西川越は、その性格からやむを得ずそうなっている鶴見線を除けば、首都圏でも指折りの「都心に近い無人駅」としても知られています。次の的場に至っては、やはり「都心至近の構内踏切がある駅」でもあります。山手線やりんかい線のお古があてがわれ、全電車がぎん色になってもやはり周囲の景観や環境までも劇的に変えることはできませんからね。ちなみに的場駅は近年、構内の改良工事が行われましたがそれでもなお、しぶとく構内踏切が残っています。高麗川方面ゆき電車がやってくると、警報機が鳴り出す仕組み…大概踏切前で足止めされても、発車を待ってくれるのどかさは、ジーゼルが電車になり、さらに電車が近代化されても昔と変わりません。先々週、仙台から帰ってきた母を迎えに行って、ちょっとほっとした瞬間でした。

余談ですが、武蔵高萩にも近年まで構内踏切が残っていましたが、(確か)日高市の都市計画と同時に施工された橋上駅舎化により、(陸軍女影原演習場所在を存在理由とした)皇族専用貴賓室とともに過去のものとなりました。まぁ、もともと「川越線」自体が軍事色のきわめて強い路線でしたからねぇ…弾丸線、鉄砲線なんて言う古老も周囲にいましたっけ。線路の敷き方が極めて直線的なのも、何も土地が十分あった田舎だったから…という理由だけではないようです。

さて、南流山プチオフのお話(参加勧誘?)です。[70657]にていっちゃんさんよりご案内がありましたが、当方よりかなりの量の掘り出し物を持ち込む予定です。参加される方々、恐れ入りますが大きめの袋などをご持参願えますか。えぇ、はっきり申し上げます。激しくレアな地形図が数十枚あります。激しく古い地域資料が相当あります。すべて勤務先でゴミ扱いされていたもので、もし引き取り手がなければ帰り際、重たいしかさばるので南流山駅で処分(苦笑)させていただきます。それがもったいないと思われる方、ぜひ都合をつけてご参加くださいね。

ちなみに、これら資料が「ゴミ」化する要因となった移転ですが、予定の期間内で(現段階でも)終わっておりません(大汗)。よって、今後の片付き次第では(地形図がゴバッとはあり得ませんが)まだいろいろ捻出される可能性があります。さしあたっては、個人的に引き受けた15年分を上回る鉄道雑誌の山に、行き場の不足した自宅で頭を抱えていますが…。

[70705] 2009 年 7 月 3 日 (金) 21:50:19 小松原ラガー さん
 外邦図

小松原ラガーです。
神戸新聞のサイトを眺めていたらこんな記事を見つけました。ちょっと目からうろこです。
旧陸軍参謀本部陸地測量部が第2次大戦敗戦までに、密かに他国で測量したり、敵軍から接収した地図を翻訳したりして作製した地図が存在し、それを外邦図と呼ぶらしいのですが、東北大学から外邦図デジタルアーカイブとして公開されています。(一部は表示が許可されていないものもありますが。)元々の作成された経緯が経緯だけに、終戦時に旧陸軍が処分しようとしていたらしいのですが、処分前に研究者が回収したとのこと。

神戸新聞の記事をそのまま引用しますが、

「外邦図」と称される原図の多くを保管する東北大の関根良平助教は「精密で今でも使える情報が多い。地球環境のため、復活させ、共有の幅を広げたい」と強調した。

とのこと。

ちょっと覗いてみましたが、東アジアだけで7000枚弱。その他、アジアやオセアニアは勿論のこと、アメリカ、アフリカ、ヨーロッパにまで収集の範囲は広がり、合わせて12000枚以上に及んでいます。
余談ですが、北京やシンガポール、ホノルルを見てみましたが、流石にいずれも首都国際空港、チャンギ空港、ホノルル国際空港は見当たりませんでした。(笑)
チャンギはちゃんとCHANGIという地名が読み取れましたが・・・。

#しかし、すごいものが残っていたものです。ほんまに。

あと、このサイトで過去に議論があったのかと思い、「外邦図」で検索しましたが、ヒットしませんでした。再度、「東北大」で再検索し、しげしげと、うそ、サ〜ッと眺めました(笑)が、[61111] で伊豆之国さんが「東北大学の至宝」の中でご覧になった「マテオ・リッチの世界地図」がひょっとしてアーカイブの中の世界地図かとも思いましたが全然違うものでした。よくよく考えてみれば方や17世紀の地図と、もう一方は19、20世紀の地図ですから同じはずがないですよね。失礼しました。

P.S.
同じ神戸新聞で今月の(もう今月のことなんだ!)日食に関してこんな記事も載っていました。鹿児島市のドルフィンポート内に期間限定でオープンだそうです。詳細はこちら。(○○食館という字を見て「食べ物」に関係あるのかと一瞬思った私はいやしい・・・?)

[70704] 2009 年 7 月 3 日 (金) 21:05:41 BANDALGOM[熊虎] さん
 午後4時から休憩中

長野県議会は今日、長野市と信州新町・中条村の廃置分合議案を可決しました。
議会中継も聴いたものの、委員長報告で言及がなかったため、今市分かりにくかったのですが、県議会サイトに早速アップされていました。

一方、北海道議会も今日が最終日ですが、午後3時から本会議となっていたのが、4時過ぎになってようやく始まったかと思いきや、すぐに休憩に入ってしまい、現在も休憩中のままとなっています。

[70703] 2009 年 7 月 3 日 (金) 16:55:27 右左府 さん
 西川越駅の発車メロディー

[70702] hmt さん
「西川越駅」は小さな駅ですから、発車メロディーなど使われていないと思います。
どうやら使われているようです。

JRの発車メロディーをまとめた二つのサイト(発車ベル使用状況oriori-Station館-)を調べてみたところ、川越線・八高線直通区間は全駅に発車メロディーが流れていることになっていました。
中でも、西川越駅で使用されているメロディーは現在他の駅では使用されていない珍しいものだそうで、こちらのページから聴くことができます。(曲名のリンクをクリック→八分音符のマークをクリック)

東京近郊だと、こうした小さな駅でも発車メロディーが流れていて驚かされますね。私の地元秋田県だと、秋田駅以外ではほとんど使われてないですから。(大館駅も使われていたかも……?)


※鉄道にめっぽう疎い私ですが、去年あたりテレビで頻繁に登場していたこの人(注:リンク先YouTubeです)を見てから、発車メロディーに関してはちょっと反応するようになったわけでして……。一応絶対音感持ちなので、この人の真似事もたまにやってます(^^;)

[70702] 2009 年 7 月 3 日 (金) 13:35:30 hmt さん
 「西川越駅」も あります

[70701] ryo さん
「西川越」ではなく「本川越」ですね。西川越駅は存在しません。

発車メロディーの件が西武鉄道本川越に関するものであることは、ご指摘のとおりです。
しかし、「西川越駅」はJR川越線に存在します。ドラマの回想場面に使われている子供時代のサッカー練習は、入間川の河川敷で、背景を走っている短い編成の電車が川越線。右岸には「西川越駅」が、左岸を少し行くと的場駅[69715]です。

あまり鉄分濃厚になるのは気がひけますが、線路名称上の区間は「大宮−高麗川間」となっている川越線。
川越を境に東側は、10両編成の電車が新宿経由新木場まで直通する「埼京線」の一部。
そして西川越駅のある西側は、4両編成のローカル線。八王子への直通も行なわれ、八高線(南)と一体の運行。
つまり、その実体は東西全く別々の路線です。

川越線がこのような状態に様変わりした原因は、1985年南古谷にできた埼京線車両基地でした。
そのまた遠因は、東北新幹線建設に伴ない赤羽−大宮間に併設され、当初「通勤新線」と呼ばれた東北本線の別線です。

それ以前の川越線は、東京近郊において、相模線と共に長い間非電化のまま取り残された路線でした。
30年前に、[58479] 今川焼 さんが試みた 大都市近郊大回り乗車(大森−茅ヶ崎−橋本−八王子−高麗川−大宮−大井町)の時代にも、相模線・八高線・川越線はディーゼルカーでした。

川越線の川越より西側だったと思いますが一面の黄金色に色づいた麦畑に出くわし、「あぁ、これが麦秋というものか」といたく感心したものでした。

私が子供の頃に遊んだ「地理かるた」で記憶に残る札を1枚。
「ム」 麦が第一 関東平野

日清製粉は、ご存知・館林の正田さんが作った会社ですが、かつては川越にも製粉工場がありました。
そのつながりで、今でも研究部門がふじみ野市にあります。

最初の話題に戻って、「西川越駅」は小さな駅ですから、発車メロディーなど使われていないと思います。
…と書いてから気がついたのですが、[37697] くるり さんによると、同じ川越線(西)の武蔵高萩駅でも、発車メロディーが使われているのですね。

[70701] 2009 年 7 月 3 日 (金) 11:42:14 ryo さん
 川越、ついでに所沢

気になったので。

[70681]山野 さん
埼玉の西武線に西川越駅と言うのがあるそうですが少し話題になっているようです。

「西川越」ではなく「本川越」ですね。西川越駅は存在しません。ちなみに西大宮、西浦和、西所沢などは存在します。
蛇足ながら、川越には「川越(JR・東武)」「川越市(東武)」「本川越(西武)」と、それぞれ似て非なる三駅が存在しています。いわゆる「蔵の町」に最も近いのは本川越なのですが、ちょっと紛らわしいものがあります。さらにいえば、新宿から川越へは三種類のルートを使って直通できてしまいます。

「西」つながりで西所沢といえば、昨日の西武×ロッテ戦。試合終了が何と23:42になってしまい、西所沢から先の電車がなく帰れない……などという事態になったようです。

[70700] 2009 年 7 月 3 日 (金) 07:01:06 inakanomozart さん
 失礼いたしました。

[70695] 2009 年 7 月 2 日 (木) 22:21:44 EMM さん
ところで、引用なされている部分は[70687]むっくんさんが書かれたもの(を私が引用した部分)ですよ。
申し訳ございません。
さっそく訂正いたしました。


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