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落書き帳


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[68599] 2009 年 2 月 13 日 (金) 02:38:22 EMM さん
 3対3

[68597] にまんさん
[68598] ペーロケさん

・読みに「ょ」の字が有るのと無いの
・読みに濁点が有るのと無いの
・読みが「い」の行から始まるのとそうでないの

…いかん、名前系ばっかりだ。それ以外だと…

・大阪府に接する所とそうじゃない所と
・半島がある所と無い所と

まだ考えられそうですが、眠いのでこんなところで。
と言うか明日も仕事だろう、早く寝ろ、自分(爆)

[68598] 2009 年 2 月 13 日 (金) 01:58:21 ペーロケ さん
 シャキーン

[68597]にまんさん
 私も子供と一緒にたまに見ますが、今日に限って寝坊してしまい、見逃してしまいました。番組は見ていませんが、少なくとも4通りの分け方で3つづつに分けるということですね?

・新幹線が通っている。いない。

・市営地下鉄が走っている、走っていない(「市営」がミソ)

・世界文化遺産がある、ない。

・県と、県じゃない。

・日本海と面する、面しない。


思いつくのはこんな感じでしょうか。

まさか、子供向けの番組で、「マクドナルドのことを『マック』と略すか『マクド』と略すか」のような選択肢はないでしょうが(笑)。

[68597] 2009 年 2 月 12 日 (木) 23:34:57 にまん さん
 分け

朝、子どもに付き合わされて時々見る羽目になる教育テレビの「シャキーン」という番組(対象は小学生?)の中に、「分け」というコーナーがあります。要はいろいろなものが描かれた6つの駒を共通項を考えて3つずつに分けるというものなのですが、

今日そこで出ていたのが、
「北海道」「千葉県」「東京都」「京都府」「兵庫県」「奈良県」
の6つ。

番組では4種類の分け方が出ましたが、ここに来ている皆さんならどのような分け方を思いつかれるのか、、、テレビを見ながらふとそんなことを考えていました。

しかし、テレビの内容を文字で説明するのは難しいですね。
とくに今回の場合、もとの番組がかなりクセのある番組なのでなおさらです。
私の文章力では何が言いたいのか伝わるのかどうか、やや不安です。

[68596] 2009 年 2 月 12 日 (木) 22:28:00 伊豆之国 さん
 Winter Again〜Ver.3

今日の関東地方は春らしい陽気に恵まれましたが、落書き帳に書き込む話題は冬に逆戻りします。

今夜の「ケンミンSHOW」で紹介されていたものに、「福井では水羊羹は冬に食べるお菓子」というのがありました。この「冬の水羊羹」については、私には「苦い(?)」経験があります。福井県に本社がある業者の方から、冬になると勤務先によく「お土産」で「福井の水羊羹」を持って来たことがありました。これが結構美味で、「今度福井に行くことがあったら、ぜひ買ってみたい」と思っていました。私が最近に北陸地方を旅したのは、8年前の夏の日。このときは、「しらやまさん」([67259]拙稿、[67261]EMMさん)にお参りしたり、富山に寄って「反魂丹」の店を見学し、懐かしい「富山の売薬」(我が家にも以前は売りに来ていたのですが‥)を買ったりしたのですが、福井でお目当ての「水羊羹」を買おうとしたものの、どこにも売っていなかったのでがっかり。「これはひょっとして特別にしか作られていない『幻の名品』ではないか」と思っていました。ずっと後になって、その「福井の水羊羹」のことが新聞記事に出ていて、福井地方では水羊羹は冬に食べるものであること、そして冬季限定の商品で、11月から3月までしか生産されないということを知り、「道理で夏に行ってもなかったんだ」ということがわかったのでした。

[68595] 2009 年 2 月 12 日 (木) 20:13:02 淡水魚 さん
 えきまつり

商工会議所のまわしものではないですが、島田駅の竣工記念でトレインフェスタなるイベントが開催されます。駅舎はともかく元のバス停の辺りなんかまだぜんぜん整備途中ですけどね〜。

[68589] YASU さん
地元の浜松城の雪像
中日新聞に載ってました!ソウルの南大門もあると聞いたような…。

[68594] 2009 年 2 月 12 日 (木) 18:23:46 hmt さん
 美濃・越前・飛騨の「大きな野」 (8)郡変更を伴なう合併 [68561] の補足
hmt 両白山地の三県境と大野

[68561]で、明治30年に<美濃国>大野郡内の廃置分合(5村合併)と郡変更とが同時に行なわれたケースを取り上げて次の提案をしました。
1897.04.01 の“大野郡大野村”は、“揖斐郡大野村”に改めた方が実態にかなっている

元の記事を書いた時に類例として挙げたのは地方自治法時代になってからの遠隔地の事例だったのですが、もっと時代も場所も近い事例がありました。

明治23年郡制よりも前になりますが、町村制施行時の郡変更・合併について、同じ岐阜県揖斐川沿いの事例が、最近取り上げられていました。

[66843] 88 さん
池田郡徳山村
暫定的に試行的に「郡変更」を変更種別に加え、合併を伴う場合は「郡変更/新設/村制」(中略)と修正しました。

この事例は、大野郡徳山村など揖斐川最上流部沿い4村が池田郡に変更され、同時に支流沿い3村(こちらは以前から池田郡)との7村合併が行なわれて、池田郡徳山村が成立したもので、[68549]で自分も取り上げた際に、変遷情報 をリンクしていました。
明治22年になると、揖斐川最上流部の徳山村など4村は大野郡から池田郡に変更の上、池田郡徳山村として統合、町村制が実施されました。

[68561]の提案は、既に実行されている明治22年徳山村のケースと同類の、郡変更と新設合併のデータ統合です。
対象になる町村は、[68580]をご覧ください。
揖斐郡関係が(3)〜(5)の合計16村、本巣郡関係が(5)〜(7)の合計6村です。

[68593] 2009 年 2 月 12 日 (木) 15:11:13 hmt さん
 美濃・越前・飛騨の「大きな野」 (7)岐阜県内に2つある大野郡の取り扱い
hmt 両白山地の三県境と大野

大野郡をテーマにしたシリーズ ですが、その内容は、当初の地誌的な話題から、市区町村変遷情報への提言に移ってしまいました。
もう少し続けます。

[68442] 88 さん
岐阜県大野郡には美濃国大野郡と飛騨国大野郡があります。例えば、大野郡西根尾村(現本巣市の一部)は、美濃国大野郡、大野郡高山町(現高山市)は飛騨国大野郡です。

もちろん実質的に別々の郡なのですが、市町村制施行時の情報・岐阜県 では両者が区別されていないので、大野郡73町村の漢字コード順配列(#601〜#673)では、<美濃国>大野郡の62町村と<飛騨国>大野郡の11町村とが入り乱れています。

このような例こそ、地理的名称である旧国名を記載して区別すべきなのかもしれませんが、もし記載するのであれば他県分も一斉に編集作業するべきでしょうし、・・・。

大野郡に国名を記載するとしても、他県分を含めて国名の入った様式に統一する必要はないと思います。

同じ明治30年4月1日施行の法令ですが、 岐阜県下郡廃置及郡界変更法律ではすべての郡が「国」を入れた表記になっていたのに対して、町村の廃置分合を定めた 明治30年岐阜県告示第58号 では、前後の安八郡や池田郡には国名が付けられていないのに、“美濃国大野郡”と書いて、“飛騨国大野郡”(103コマ)と区別しています。

岐阜県内で同名という特別の事情を考慮して、両者を区別する必要のある大野郡だけには「国」を付ける。

このように、表記様式の統一にとらわれず、必要な場合だけ符丁を付けて区別するのは合理的な対処法であると思います。

スケールは小さくなりますが、埼玉県の町村制施行 に際して、北足立郡内で同名という特別の事情のある根岸村・別所村などを区別するために、『浦和領』などの符丁を付けて誤認を防止した例がありました[68339]

明治30年に岐阜県内の大野郡に付けられた国名は、あくまでも所在地を示す目的の「符丁」として使われており、地方行政区画の一部とは考えられません。
『浦和領』別所村の場合は、小さな字の『肩書き』で「符丁」であることを示していました。
同名の郡の区別をする今回も、例えば「岐阜県<美濃国>大野郡」・「岐阜県<飛騨国>大野郡」のように記して、例外的に使われた「符丁」であることを示しておけば良いのではないでしょうか。

ここで、郡の配列について。
市区町村変遷情報の配列の第1順位は日付であり、第2順位は原則として変更種別であるように思われます。
従って、行政区画や自治体の配列が問題になるのは、同一日付に同一種別で、多数のレコードがある場合に限られるでしょう。

近代の郡の配列の基本になるものは、明治11年(1878)に行政区画として復活した郡の配列でしょう。
もっとも、郡区町村編制法にも、新編制による郡を示した明治13年太政官第22号布告別冊[62795]にも、全体の配列表はありません。それを見ることができるのは「郡区町村一覧」[62815]です。

これを見ると、岐阜県美濃国22郡は県庁所在地周辺の3郡(厚見・各務・方県)を筆頭に、美濃南部(羽栗・中島・海西・下石津・多芸・上石津)を西へ進み、北に転じて美濃西部(不破・安八・大野・池田)から、本巣・席田・山県・武儀・郡上・加茂・可児・土岐・恵那と東へ進みます。
飛騨国3郡はその後。これも中心の大野郡が筆頭で、南の益田郡、北の吉城郡という順序。

明治30年(1897)の再編制で岐阜周辺が稲葉郡、南部は羽島郡・海津郡・養老郡に統合され、西部にも揖斐郡が生まれるなどの変化があり、美濃15郡・飛騨3郡になりました。

さて、1968年に自治省が市町村コード導入しました。この時に、(既に自然消滅していた稲葉郡を除く)羽島郡以下の17郡に所属する町村について、明治30年の郡の順番を維持したまま町村コードが付与されました。但し、飛騨3郡は南から北に変更。

市町村コードそのものは、多数の市が存在するために、県内の地域的順番として役に立たない情況になっていますが、明治10年以来の「郡の順番」は、ほぼ維持されて現代に至るわけです。
なお、古代の「郡の順番」例えば『和名抄』の順番は、およそ東山道の経路沿いに、西から東へとなっていました。

前記のように、市町村制施行時の情報では、岐阜県内25郡(大野郡を2と数える)が ほぼ漢字コード順に配列されていますが、1897.04.01の変更種別「新設」(一覧表 #22〜#189の168件)の配列は異なります。

これが、「幕末以降」順[67517] を反映したものか否かは知りませんが、「幕末以降」は この本が作られた当時の市町村コード順を基礎として、これに統合された旧市町村がぶら下がる構成です。郡部よりも前に記されている市部の旧町村があるので、地域順が乱れています。

[68592] 2009 年 2 月 11 日 (水) 21:24:22 伊豆之国 さん
 Spring has come!

暦の上では春になって1週間が経ちましたが、「春は名のみの風の寒さ」(「早春賦」)はまだまだ。今頃の時季にふさわしい季語に「春浅し」というのがあるそうです。春が「浅い」という表現は他の季節にはないそうで(秋なら「深し」というのがありますが)、何か微妙な季節感を表現したのでしょうか。「早春賦」は、信州・安曇野の早春の情景を歌ったものといわれていますが、そういえば「スーパーあずさ5号?」にも「春まだ浅き信濃路」と歌っていたような気が‥。余談ですが、この「スーパーあずさ5号」には今まで何回か乗っています(新宿から乗ったことはなく、いずれも八王子からです)。11年前の今頃、その「春まだ浅き信濃路」で行われていた長野「冬季」五輪の観戦([68471])のときにも、その前日に乗っています。

‥ところで私ですが、「春の香り」を求めて、先の日曜日に小田原市の曽我梅林に行ってきました。曽我梅林には以前にも何回か行っており、一昨年にも足を運んでいるので、ある程度土地勘は掴めているのですが、やはりごった返す観梅客の間を縫って歩くとなると、道を間違えることも何度か。曽我兄弟ゆかりの城前寺・宗我神社などは二年前に見ているのと、これまではいずれも南側(別所・原梅林)しか見ていないので、初めて北側の中河原梅林(こちらのほうが客も少なく静かでした)をも覗いてきましたが、どこから見ても梅の枝越しに望む白雪を被った富士山の姿が見事に映えて、富士山のお膝元まで足を運びながら全くその姿を見ることができなかった昨夏([66626])の「リベンジ」を果たしたような気分に‥
さて、宗我神社の神官の家に生まれ、そしてこの地で一生を終えた作家・尾崎一雄氏が昭和48年に発表した「単線の駅」という随筆があります。この作品の中で、かつて東海道線の一部であった御殿場線が「はかないローカル線に転落」、更に戦時中に複線から単線になったことについて触れた後、昭和35年頃に詠んだという
  梅白し 単線の駅 汽車発す
という句を披露しています。この地に住む人ならではの哀愁がこもっているのが感じられ、屈折した思いなしにはとらえられなかった、ということのようです(原口隆行氏著「鉄道唱歌の旅・東海道線今昔」より)。
この日は結局小田原市街には寄らなかったのですが、関東大震災で甚大な被害を受けた小田原など神奈川県西部では、震災で軒並み瓦屋根が落ちて被害を大きくしたことに懲りて、屋根を軽くするためにトタン屋根の民家が増えたそうです。静岡県出身の建築家・杉山英男氏の著書「木造の家は地震に強いか」([64043])によると、東京と郷里を汽車で往復しているとき、車窓から見たトタン屋根が連続する異様な光景に目を見張ったというそうです(杉山氏はこれを「相州のトタン屋根」と呼んでいます)。こうしたトタン屋根の民家は、地震の記憶が次第に薄れてゆくうちに、元の瓦屋根に戻って行き、現在ではその光景はほとんど失われているようです。東海道線や新幹線で小田原駅を過ぎ、国道1号をまたぐ辺り(この場所)から海側を見ると、国道沿いに建つ立派な造りの商家のトタン屋根が目に留まったのは、その「相州のトタン屋根」の名残なのでしょうが、今はどうなっているのでしょうか‥

「春」の話題に戻りますが、春を待ちわびる気持ちが現れているといえば、兵庫県新温泉町の「春来川」。この地、湯村温泉を舞台にしたTVドラマで映画化もされた「夢千代日記」にも出てきます。私がこの湯村温泉に泊まったのは、10年前。夏だったので、ドラマに出てくるような冬景色は心の中で描くしかなかったのですが、この旅のときに持ってきた「夢千代日記」の映画のパンフレットと見比べながら、思いを馳せたものです。そういえば、このドラマの出だしのシーンに出てくる餘部鉄橋も、新しい鉄橋に役目を譲って、もうすぐ見納めなのですね‥

[68591] 2009 年 2 月 11 日 (水) 21:11:30 山野[山野] さん
 ネット回線が切れ今頃に

(北海道)
由仁・栗山両町との合併賛否を問う住民投票日は3月8日です。
(山形県)
戸沢村に続き真室川町でも住民意識調査を実施するとの事。
(期間:13日〜23日で結果は3月上旬に纏め同月末頃、最終判断を行う予定)
(奈良県)
宇陀市は宇陀郡両村との合併を断念しました。
(宮崎県)
小林市と野尻町は9日県に合併申請を行いました。

でるでるさんへ。上記4件の情報お願いします。

[68590] 2009 年 2 月 11 日 (水) 18:11:16【2】 白桃 さん
 落書き帳香川県人大集会兼白桃生誕37年前夜祭大祝宴会のご報告

本日、標記イベントが行われましたので、ご報告申し上げます。
参加者:約2名(現役バリバリの香川県人と香川県OB)
場所:浦安市内
イベント詳細:
昼前、現役が新浦安駅に到着
OBが出迎え、「おさんぽバス」で浦安市を散策
東西線浦安駅近辺の超豪華レストランにて会食
その後、市内を走るバスに「せがまれて?」乗車
日の出南にて東京湾を視察、超高層ホテル「エミオン」22階から浦安市街を遠望
新浦安駅にあるファミレスにて、浦安市民大衆と接触、解散
(注)上記について一部、事実より過大なる表記や誤記があります。

ついで:[68585]なぞなぞ答え
白桃がホームで滑ってすってんコロリン。「おー痛!」
それを見ていた西田佐知子「お怪我はありませんでした?」

「オケガは」→「おけがわ」→「桶川」市でした。
(注)西田佐知子は、あまり関係ありません。
[68589]YASU さん
の想定解は異なるようですが、そちらのほうが面白そうです。よければ、お伺いしたいものです。

[68589] 2009 年 2 月 11 日 (水) 15:33:08 YASU さん
 つい飯能市、浜松城、ほか

[68585] 白桃 さん
訊かれた方に「無い」と答えると安心してくれる市
つい反応してしまいます(笑)
先日、最近ここと合併した町(現在はこの市の一部)に行ってきました。あと2ヶ月もすると観光客が押し寄せてくるのですが、冬はいたって静かです。ここの温泉にも入ってきましたが、施設の名前は「○○○の湯」でした。

[68552] 淡水魚 さん
DMV
試乗会の応募資格があったのですが応募をすっかり忘れていたので、初日に走っている様子だけでもと見てきました。
最初浜名湖畔で撮影したのですが、ちょうど線路が見えない位置だったので、ただ堤防の上をマイクロバスが走っているだけの構図に・・。

このDMV、JR北海道が開発したのですが、そのつながりで・・。
2月5日から本日まで、さっぽろ雪まつりが開催されていますが、地元の浜松城の雪像があるとのことなので見に行ってきました。6月に開港する静岡空港が新千歳空港と結ばれるため、そのアピールも兼ねているようです。
浜松では雪はめったに降らないので、雪景色(あたりまえか)の浜松城は非常に幻想的でした。浜松副市長である「うなぎ犬」の小雪像もありました。

ここで白桃さんのなぞなぞの市につながります(同じ○○)。

[68588] 2009 年 2 月 11 日 (水) 15:15:31 まっすー さん
 第二弾回答

こんにちは、まっすーです。

[68539]makiさん

またまた参加致します。

栃木県「日光市−真岡市」(これはもうすぐ変わりますね…)
神奈川県「横浜市−横須賀市」(意外と少ない)
香川県「高松市−綾川町」(思ったより多い)

第三弾は
神奈川県「川崎市−(想定1)真鶴町(想定2)箱根町」でしょうか…
先走ってすみません…

[68587] 2009 年 2 月 11 日 (水) 08:37:12【1】 オーナー グリグリ
 障害復旧のお知らせ(事後報告)

ご報告がずいぶん遅れてしまいましたが、下記2件の障害は復旧しております。
皆様にはご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。

変遷情報の障害については原因を特定し対策済みです。今後同様の障害は発生しないと思います。アーカイブズの障害についても原因の特定が確実ではありませんが、可能性のある要因を確認し対策を行いました。様子を見たいと思います。

[68548] 2009 年 2 月 3 日 (火) 06:40:04 88 さん
市区町村変遷情報で、一部表示が重複する等、障害が発生しております([68546]むっくん さん、ありがとうございました) 。
[68578] 2009 年 2 月 9 日 (月) 02:39:23 EMM さん
数日前?から落書き帳アーカイブズの記事が表示されない不具合が再発しているようです。

では、今後ともよろしくお願いいたします。

[68586] 2009 年 2 月 11 日 (水) 07:54:40 なきら さん
 大分

[68585] 白桃さん
すべってころんで大分県
こういうの、やりましたねぇ。山があるのに、とか。
大分県の答えは、私の古里の近くの、同じくらいの市ですね。

[68585] 2009 年 2 月 11 日 (水) 07:19:56 白桃 さん
 すべってころんで大分県

実在する市なんですが、訊かれた方に「無い」と答えると安心してくれる市はどこでしょう?

って、朝からくだらないなぞなぞ。

[68584] 2009 年 2 月 10 日 (火) 08:29:42 とんかち☆ さん
 会社のパソコンより・・・

みなさま、おはようございます。
始業前のひとときに書き込みいたします。

みかちゅうさんの中学入試の問題[68583]ですが、私も受験のときこういう問題といたなぁと懐かしく感じました。
答えは書き込みしませんが、久々に真剣に問題に取り組みました(笑)
確かに、問5と6は簡単に?答えられますが、問7はまったく自信がありません・・・。
答えられなくても別にいいじゃん的な問題のような気がします。
そしてちょっと難しい(笑)

そんなわけで初の会社からの書き込みでした!

[68583] 2009 年 2 月 9 日 (月) 23:48:34 みかちゅう さん
 今年の中学入試より

2月からの首都圏での中学入試も終わり、面白そうな問題を1つ。落書き帳で解けるような問題形式に変更しています。

<開成中・大問3−問5・6>
都道府県を「ある条件」に従って塗りつぶした地図が与えられ、「ある条件」を選択肢から当てさせる問題。

地図A…茨城・千葉・神奈川・滋賀・大阪・和歌山・岡山・香川・徳島・愛媛・山口・大分
地図B…山形・茨城・栃木・群馬・富山・岐阜・福井
地図C…青森・山形・福島・長野・山梨・静岡・奈良・和歌山・鳥取・岡山・広島・愛媛・福岡・佐賀・大分・熊本(他にも怪しい県はあるが、地図が不鮮明ではっきりしない)
地図D…群馬・埼玉・静岡・愛知・三重・広島・福岡

選択肢
ア…農業生産額の中で果実が占める割合が多い(10%以上)
イ…工業生産額の1位が輸送機械
ウ…工業生産額の1位が石油化学工業
エ…1時間以上かけて通勤する人の割合が20%以上
オ…乗用車の1世帯当たり保有率が多い(1.7台以上)
※アのみ2004年、残りは2005年調べ

問5 地図A〜Dを塗りつぶした条件をそれぞれ選択肢から選べ。
問6 地図A・Bについて、選択肢を選んだ根拠を示せ。

<同−問7>
問5と同様、都道府県を「ある条件」に従って塗りつぶした地図が与えられ、「ある条件」を選択肢から当てさせる問題。

地図E…北海道・岩手・宮城・福島・北関東3県・千葉・長野・静岡・愛知・兵庫・岡山・佐賀と長崎を除く九州
地図F…北海道・東北6県・栃木・千葉・新潟・富山・長野・福岡・熊本
地図G…山形・福島・北関東3県・石川を除く中部地方・滋賀
地図H…埼玉・千葉・神奈川・静岡・愛知・京都・大阪・兵庫・奈良・広島
地図I…北海道・岩手・宮城・福島・北関東3県・千葉・埼玉・神奈川・長野・愛知・兵庫・岡山・熊本
地図J…北海道・東北6県・茨城・栃木・千葉・新潟
地図K…東京・神奈川・愛知
地図L…群馬・埼玉・東京・神奈川・富山・石川・福井・岐阜・静岡・愛知・三重・近畿7県・岡山・広島・福岡

選択肢
カ…1965〜70年の人口増加率の平均値が5%以上の地域と、2006〜07年の人口増加率が5%以上の地域
キ…第2次産業で働く人が1968年に30%以上の地域と、2005年に30%以上の地域
ク…牛乳の生産量が1971年に10万トン以上の地域と、2005年に10万トン以上の地域
ケ…米の生産量が1971年に30万トン以上の地域と、2005年に30万トン以上の地域

問7 選択肢カ〜ケに当てはまる地図を、地図E〜Lから選べ。古い方を先に答えること。


問7は自信を持って選ぶのは難しいと思います。はっきりいって「どうでもいい」問題に思えます。その代わり、問5・6は選べないとちょっと辛いかも。

[68582] 2009 年 2 月 9 日 (月) 22:56:46 YT さん
 国勢調査以前の明治・大正期の市町村人口

YTです。

ここ暫くこちらに書き込んでおりませんでしたが、久々の投稿です。最近はずっと江戸時代の都市人口の生データを探し続け、明治初期に2万人以上の人口を有した都市のうち、横浜を除く全ての都市について地方史の記述から人別帳由来の町方人口等を抜き出して、こちらにまとめました。今となってはすべての寺社の過去帳・人別帳を調べることは不可能で、各藩毎に独自に集計された町方人口の記録に頼るしかないわけですが、ここ最近出版された地方史に新たに集計値が増えることはまれであり、これ以上データが増えそうにありません。また大概の城下町は武家人口が不明です。

現在次のステップとして、国勢調査以前の明治・大正期の人口統計について、全国すべての市町村別甲種現住人口をまとめてみようかと思っていますが、明治36年12月31日明治41年12月31日大正2年12月31日大正7年12月31日調の4カ年分については近代デジタルライブラリーで検索することが可能です。

明治31年12月31日分は、速水融監修『国勢調査以前日本人口統計集成』に収録されている日本帝国人口静態統計からまとめることが可能です。

しかしながらそれ以前の統計となると、法令全書に記載されている内務省告示による甲種現住人口に頼ることとなりますが、困ったことにこの数字が日本帝国民籍戸口表等に記載されているものと違います。

例えば明治22年12月31日調の甲種現住人口について、法令全書記載のものと日本帝国人口静態統計の付録記載のもの(明治22年12月31日調の日本帝国民籍戸口表は近代デジタルライブラリーに収録されていないが、速水融監修『国勢調査以前日本人口統計集成』に収録されており、日本帝国人口静態統計の付録に収録されているものと同一)に以下のような違いがあります。

六大都市法令全書戸口表
東京市1,378,1321,389,684
大阪市473,417476,271
京都市279,165279,792
名古屋市157,505162,767
神戸市134,901135,639
横浜市122,143121,985

おそらく法令全書に収録されている内務省告示のものが速報値、戸口表等に収録されているものが確定値だと思われますが、明治17年から明治30年までの甲種現住人口について1万人未満の市町村人口の確定値を調べる術があるのでしょうか?
御存じの方がおりましたら、御教授お願いします。

ところで、落書きアーカイブズの「明治大正期の都市人口とその後の変遷」に記載されている、実際は明治19年の人口が、明治9年の人口として誤って色々なところに紹介されているような気がします。明治8年、明治11年、明治12年、明治13年の4度の『共武政表』や、明治6年1月1日調の『日本地誌提要』、明治17年と明治19年の戸口表などと合わせてまとめ直す必要があると思います。

[68581] 2009 年 2 月 9 日 (月) 21:21:16 小松原ラガー さん
 Re: 六甲道について

小松原ラガーです。

[68574] YSK さん
といった声もあるようで、「六甲道」という地域名称には一定の多義性があるように感じられます。JR六甲道駅から阪急六甲駅にかけての地域との関係とともに、地元における地域の捉えられ方を、どんな些細な印象でもかまいませんので、お知らせくださいますと幸いです。

些細というか、ノイズにしかなりえないかも知りませんがひと言・・・。
確かに

[68402]小松原ラガー
山手幹線(という道路が阪急とJRの間を走っているのですが、)より南側の人間が『六甲』というのはいかん!ちゃんと『六甲道』と言わないと!

と言っているケースを紹介しましたが、いつもいつも日常生活の中でこのように厳格に境目が引かれているわけではありません。駅で言えば、六甲道と言えばJRだし、六甲と言えば阪急ということで、いわゆる「JR」よりも「阪急」のほうがブランドイメージがあるというのは、現地の状況がどうかということとは関係なく、世間でそのように受け取られているケースが多々あります。それゆえ、「阪急六甲派」が「JR六甲派」を小ばかにするということが起こってもよさそうなのですが、日常生活の中では特にそのようなことも目立って激しく行われているわけでもなく、仲良く共存しており、「六甲道」と「六甲」については状況に応じた使い分けが成立しているのではないでしょうか。

【比較的に明確に「六甲道」と「六甲」とをはっきりと意識的に使い分けているケース】
先の書き込みで紹介した例もそうですが、例えば不動産関係ではやはり使い分けされているようです。「六甲道徒歩○分」や「六甲徒歩○分」など、紛らわしいですが明確にJR六甲道が最寄駅なのか、阪急が最寄駅なのか区別しています。中には「JR六甲道徒歩○分」や「阪急六甲徒歩○分」と明確に表記しているケースもありますが、「JR」や「阪急」の文字をやや小さめに書いているケースが多いと思われます。(毎週末の膨大な新聞折込チラシを見ての私個人の感想なので、ビシッと言い切れないところが申し訳ありませんが・・・。^^;)
あとは勿論のことですが、待ち合わせやお店などを特定する場合に明確に六甲道と六甲とを使い分けるケース。ただ、不動産関係も含めてこの場合は「六甲道」と「六甲」とを地域としてではなく、単に駅として呼んでいるのは言うまでもありません。

【「六甲道」、「六甲」をそれほど区別せずに使うケース】
「どこに住んでいるの?」という問に対して「六甲です。」あるいは「六甲道です。」と答えるケースがこれに該当するのではないでしょうか。恐らくYSKさんの質問の答えに多少なりとも近いケースかと思います。会話している方々が元々その辺りの方々で、地元のごくごく狭いエリアを対象とした会話なら該当しませんが、例えば聞いている人が神戸市内でも他の区であったり、あるいは神戸市外の方であったりすれば、その答えには割とごちゃ混ぜにして六甲道と六甲とが使われるのではないでしょうか。(尚、この質問の場合は「灘区です。」という答え方も往々にしてあり得ます。)また、神戸市外の人がこの質問をした時に、「六甲道」と答える人はほぼ間違いなく灘区でもJR六甲道駅周辺もしくは六甲道駅からバスで到達可能な範囲(鶴甲など)に住んでいるケースが多い、すなわち指し示す地域が比較的限定されます。が、「六甲」と答えるケースにおいては、同じく六甲駅周辺もしくは六甲駅からバスで到達可能な範囲(鶴甲だけでなく篠原や青谷などの市バス2系統沿線を含む)を指し示して答えているケースに加えて、広く六甲山の近くの市街地を指しているケースもあり得ます。つまり、西宮の剣谷や芦屋の六麓荘辺りから岡本や御影はおろか、布引の手前、熊内(くもち)の辺りまでを含めて「六甲」と呼ぶケースがあるというか、もっと正確に言うとこれらの地域の方々までもが「六甲です。」と答える場合があります。ケースによっては、六甲山の北側の唐櫃や山の街辺りまで「六甲です。」と答える輩がいるでしょう。

【「六甲」が使われるケースが圧倒的に多いケース】
「六甲クラブ」、「六甲荘」あるいはお店の名前でそのものズバリ「六甲」など、屋号や団体名に使用されるケースでは圧倒的に「六甲」が多く、「六甲道」を使っているケースは少ないと考えられます。例えばJR六甲道駅の南北に商業施設や住宅地がありますが、それぞれ「フォレスタ六甲」、「メイン六甲」、「ウェルブ六甲」と全て六甲です。(これをもって「六甲道」が「六甲」に侵食されている、というのはちょっと言い過ぎとは思いますが・・・)
但し、これとてこのケースに合致しないケースがあります。それは、チェーン店などで「○○○○六甲道店」と、店舗を特定するケースです。コンビニやチェーンの飲食店で言えば「JR六甲道駅前店」とか「六甲道駅前店」など、このケースでは当然のことながら「六甲道」も頻出します。
因みに、三井住友銀行が六甲道、六甲双方の駅近くに支店がありますが、六甲駅近くの支店は「六甲支店」、六甲道駅近くの支店は「灘支店」となっていました。(参考)ついでに、みなと銀行の場合は「六甲道支店」に「阪急六甲出張所」、兵庫信用金庫の場合は明らかにJR六甲道駅のほうが近くても「六甲支店」です。
もう一つついでに、ケンタッキーフライドチキンも双方の駅近傍にありますが、「六甲店」と「JR六甲道店」。

こうやって考えてみると、(「どう考えてんねん!」という突っ込みは無しでお願いします。^^;)
・ケースにもよるが「六甲道」というと割りと限定された地域を指すが、「六甲」のほうは比較的広い地域で使われる場合もある。
・「六甲」はJRの南側も含めて登場するケースがあるが、「六甲道」は阪急より北側ではほとんど登場しない。
となるのでしょうか。やはり「六甲道」は駅及び駅周辺、「六甲」はそれに加えて「天下の六甲山(爆)」が影響を及ぼす地域も含める場合がある、のかな・・・。

なお、以前にもお知らせしていますが、私がたどったルートは主として阪急線の鉄路に沿って、岡本駅か御影駅前を経て六甲駅へと至るというものでしたが、その地域を捉えるにあたり、やはり「六甲道」という地域について整理しておく必要があるように感じています。

「芦屋川〜岡本」とくればやはり「〜御影〜六甲」でしょう。「〜住吉〜六甲道」ではなんとなくしまりがなく感じます。って思うのは私だけでしょうか。^^;
ま、「地域」ということならやはり「六甲」のほうが流れ的にもしっくりくるのではないでしょうか。

以上、分量の割には中身のない文章ですみません。

[68580] 2009 年 2 月 9 日 (月) 18:48:42 hmt さん
 美濃・越前・飛騨の「大きな野」 (6)美濃国大野郡は明治30年廃止され、概ね根尾川を境に2つの郡に
hmt 両白山地の三県境と大野

[68561]でリンクした岐阜県下郡廃置及郡界変更法律
岐阜県美濃国池田郡を廃し其の区域と大野郡を廃し其の区域の区域の一部(揖斐町…【43村列挙】…)とを以て揖斐郡を置く
岐阜県美濃国本巣郡及席田郡を廃し其の区域と方県郡に属せし区域の一部(10村列挙)と大野郡に属せし区域の一部(18村列挙)とを以て本巣郡を置く

市区町村変遷情報の 揖斐郡設置詳細データを見ると、“参加自治体:池田郡,大野郡の一部”となっており、“一部”がどの町村なのかを具体的に示す記載はありません。
池田郡は全域が揖斐郡になったからまだよいのですが、それまで大野郡に属した村、例えば合併で生まれた大野村[68561]や、この時には合併しなかった西根尾村[68442][68549]が、揖斐郡と本巣郡のいずれの郡になったのかという、変遷情報を知ることができません。

一つの対処法は、法律に列挙された44町村を追加記載することでしょう。
しかし、市町村変遷情報は、時系列を遡ってきたという構築の歴史があり、利用者の視点も現在に原点があります。
利用者にとっては、むしろ現在に近い時点からの遡及利用に便利な記載の方がありがたいと思われます。

すなわち、過去の大野郡に属した村々がどうなったかよりも、明治30年4月に新編制された揖斐郡の各町村が、同年3月以前に何郡・何村だったのかを知りたいのです。

具体的には、揖斐郡設置詳細データには、下記文案のように記載して、その関係を説明したらどうでしょうか。
--------------------------------------------------------------
(1)大野郡から単独で揖斐郡になった町村:横蔵村、北方村、揖斐町、清水村、豊木村、
(2)池田郡から単独で揖斐郡になった村:徳山村、春日村
(3)大野郡内の合併を伴なって揖斐郡になった村:長瀬村、谷汲村、大和村、西郡村、鶯村、富秋村、大野村、川合村
(4)池田郡内の合併を伴なって揖斐郡になった村:久瀬村、坂内村、小島村、養基村、宮地村、本郷村、八幡村
(5)池田郡内の村と大野郡の村との合併:池田村
---------------------------------------------------------------

(1)と(2)、つまり明治30年に合併を伴なわずに郡だけが変更された7町村、例えば大野郡揖斐町→揖斐郡揖斐町については、上記のように記載するにより、本来は必要と思われる「郡変更」のレコード( 例:安代町 )を省略することができるでしょう。
(3)〜(5)に列挙した村(合計16村)については、廃置分合に関する個別詳細データが入力済みで、これを参照することにより、合併前の村を知ることができます。個別詳細データの側に“揖斐郡に変更”を追加することは前報[68561]の末尾に記しました。

揖斐郡23町村から逆行して、明治30年以前の95町村(大野郡44町村、池田郡51村)とを関係付ける。
上記のスタイルの資料は、原資料(法律や県告示)の単純な引き写しからでは困難であっても、Excelを使う 88さん の作業手順[67517]ならば、実現は可能であると期待しています。

同様に、(旧)本巣郡(65町村)・席田郡(8村)・方県郡の一部(10村)と大野郡の一部(18村)からなる、(新) 本巣郡設置詳細データ に記載する説明案。
旧101町村を列挙する代りに、新23町村で示しています。

(1)本巣郡のまま単独を維持した町村:文殊村、北方町
(2)大野郡から単独で本巣郡になった村:西根尾村
(3)方県郡から単独で本巣郡になった村:網代村、七郷村
(4)本巣郡内の合併を伴なった村:中根尾村、東根尾村、外山村、山添村、一色村、土貴野村、真桑村、生津村、本田村、穂積村、船木村、牛牧村
(5)大野郡内の合併を伴なって本巣郡になった村:弾正村、川崎村、鷺田村
(6)方県郡内の合併を伴なって本巣郡になった村:西郷村、合渡村、
(7)席田郡全体が合併して1村になり本巣郡になった村:席田村

結局のところ、美濃国大野郡は、概ね根尾川を境に西側が揖斐川上流域の池田郡と共に揖斐郡へ、根尾川東岸を主とする一部が(新しい)本巣郡へと、2つの郡に分割統合されました。
本巣郡に移行した区域のうち、大野郡最南端の平野部が上記(5)です。弾正村は真正町を経て本巣市に、川崎村と鷺田村は巣南町になっています。
上流部では、揖斐川との分水嶺が郡の境界になり[68549]、根尾川西岸の西根尾村が本巣郡になりました。上記(2)。

[68579] 2009 年 2 月 9 日 (月) 18:32:27 maki さん
 いくつかはカブりますよ。

来月に実家の方へ引っ越す、というか戻ります。現在の自宅に引っ越したのはちょうど10年前のことだったなあ。
「引っ越す」といっても同じ練馬区内ですが。

さて、遅れてしまいましたが、

[68540]ヌオさん

鳥取県「鳥取市 ー 南部町」

正解です。また、前回の「人口編」と解答が一致する県もあります。
では、もう少しヒントを。

北海道「北見市 ー 浦臼町」   新潟県「村上市 ー 燕市」


解答は土曜にでも。

[68578] 2009 年 2 月 9 日 (月) 02:39:23 EMM さん
 事務連絡

[68383] オーナー グリグリ様
アーカイブズの表示不正について
(中略)
とりあえずデータは修復しましたので現在は正常に表示できています。原因はやはり不明で、今後も発生する可能性があります。
数日前?から落書き帳アーカイブズの記事が表示されない不具合が再発しているようです。
ご確認方よろしくお願いいたします。

[68577] 2009 年 2 月 9 日 (月) 02:34:20【1】 EMM さん
 「小京都やめます」

これまた遅れレスですいません。

[68545] MasAkaさん
誰かが話題に出すと思いましたが、いまだに話題に上っていないようなので……。
先月19日、歴史まちづくり法に基づく「歴史都市」の第1号として金沢市ほか4市が認定されました。
実は投稿しようと思っていたのですが、忙しかったのと腱鞘炎の影響とでタイミングを外しておりました。
ただ、わたし的には「金沢が歴史都市第1号に選ばれたこと」よりも、それに付随して金沢市が発表した「ある事」の方が非常に目を引いたため、投稿しようとしていた事の本題はそっちの方なんですが。
で、その「ある事」ですが…

1月22日の北國新聞に「「小京都」とお別れ 金沢市、全国会議に脱会届 「歴史都市」で連携へ」と言う記事が載りました。
記事によれば、金沢市はすでに数年前から全国京都会議には会費を納めるのみで、会の活動には参加していなかったようです。
(全国京都会議HPを見ても活動内容がイマイチ分からないのですが)
で、歴史都市に選ばれた事を機に脱会する事を決め、すでに届けを出したとの事。
会の活動に参加する事にメリットを感じられなくなったとも言えましょうが、「小京都」と称される事自体のデメリットもあるんですよね。
以前どこかで聞いた話ですが、「小京都」と称される町に「京都そのもの」を求めて来る方ってのが時々いらっしゃるらしいんですよね。
で、町の造りや町の人たちの言葉・気質がイメージと違う事に幻滅して帰って行く…と言った事があったとか無かったとか。
(そう言う事があったので、金沢生まれでありながらわざわざ京都弁で接客していた旅館の女将さんがいたという噂も…)
まぁこれはあくまで伝え聞いた話ですが、「小京都」と言われる事により連想されるイメージが金沢市の都市開発や観光行政の方向性と合致しなくなった、と言う事でしょう。
むろん、世の人々が「小京都金沢」と言うのを止められる訳ではありません。
金沢市が行政施策上「小京都」という用語を使わなくすると言うだけでなく、「金沢」と「小京都」を切り離せるほどの事をできるか…と言う事を考えていかなければならないのでは無いか、と思うのであります。

#タイトルはこれから思いついたものだったりします。

[68576] 2009 年 2 月 9 日 (月) 01:58:17 白桃 さん
 19世紀後半の名邑(茨城県の巻)
白桃 名邑談義

白桃市町村人口研究所では、19世紀後半の名邑シリーズを刊行?する予定ですが、油天神山さんが、つくば市にお越しになられたのを記念し、予告編として茨城県をとりあげました。
19世紀後半の名邑としましたが、要は明治の大合併前後の頃の名邑を選んでみました。
名邑の選抜とランキングにあたっては、詳しいことは申せませんが、「白桃の独断と偏見」だけによるものではありません。(笑)
なお、市町名は市町村制実施当時のもので、人口は「1889年内務省告示による現住人口」です。


1水戸市25,088---9下館町6,074---17谷田部町4,037
2湊町11,24110水海道町5,17918境町4,030
3土浦町10,61011潮来町4,71319宍戸町3,988
4石岡町10,49812 下妻町4,05120大津町3,572
5結城町10,28313真壁町6,15321小川町3,430
6古河町9,83814磯浜町8,86822取手町3,192
7太田町7,23815平磯町5,82823麻生町3,172
8笠間町6,84616龍ヶ崎町5,241

[68575] 2009 年 2 月 9 日 (月) 00:50:35 いっちゃん さん
 ようこそ

[68572]油天神山さん
とりあえずは熊虎さんを始めご近隣の皆さん、どうぞよろしくお願いします。
ご近隣ではありませんが、北関東出身かつTX沿線居住者としては歓迎の辞を述べないわけにはいきません。(笑
早くも茨城県の経県が居住になっていますね。
ただいま浪人中ですが、次の勤め先が絞られてきまして、札幌勤務が前提のA社(また単身赴任になってしまうぅぅ)、虎ノ門勤務になるものの1年間は契約社員のB社(どなたかとの腐れ縁が復活?)、そしてつくば勤務が予想されるC社です。
C社になった場合、終電が早いTXですので、万が一の際の宿が確保できたということでしょうか。いや、冗談ですよ。

[68486]熊虎さん
ところで、いっちゃんさん、にまんさんもTX沿線のはず。
油天神山さん歓迎TX沿線ミニオフでもやりますかねぇ・・・。
場所はどこでもいいですが、店は「しちりん」希望です。(謎

[68574] 2009 年 2 月 8 日 (日) 23:56:08 YSK さん
 六甲道について

引き続き、皆様にお教えいただきたいことがございます。前回、神戸市東部の山手エリアに関してご質問したところ、多くの皆様のご意見を伺うことができまして、先日何とか阪急芦屋川〜JR摂津本山・阪急岡本までの部分は作品として形にできました。そして、後半部分となる阪急六甲までの部分の作品化にとりかかっているのですが、ここで整理しておきたいのが「六甲道」という地域の存在でした。エリア名称として、そのももずばりの名前を称しているJR六甲道駅周辺で市民権を得ている地域呼称のように思われるのですが、以前、

[68402]小松原ラガーさん
山手幹線(という道路が阪急とJRの間を走っているのですが、)より南側の人間が『六甲』というのはいかん!ちゃんと『六甲道』と言わないと!
といった声もあるようで、「六甲道」という地域名称には一定の多義性があるように感じられます。JR六甲道駅から阪急六甲駅にかけての地域との関係とともに、地元における地域の捉えられ方を、どんな些細な印象でもかまいませんので、お知らせくださいますと幸いです。

なお、以前にもお知らせしていますが、私がたどったルートは主として阪急線の鉄路に沿って、岡本駅か御影駅前を経て六甲駅へと至るというものでしたが、その地域を捉えるにあたり、やはり「六甲道」という地域について整理しておく必要があるように感じています。

[68573] 2009 年 2 月 8 日 (日) 23:37:33 YSK さん
 初詣と恵方巻

本日はたいへんな強風の吹き荒れた当地だったようですが、私はフィールドワークで遠出しておりましたので、それほど強い風にも行き当たらず、ぽかぽかな一日を過ごしておりました。

「恵方巻」についての話題がまとまっていたようでしたが、当地でもコンビニ・スーパー、あちらこちらで大々的にセールが行われており、我が家の近くのイオンモール太田でも、特設コーナーに大小・具材、さまざまな太巻きが売られていました。おいしくいただきました。
[68571]EMMさんのお話を拝見して興味深いなと思ったのですが、私が恵方巻に初めて初めて接したのは大学時代、仙台のセブンイレブンでのことでした。当時はCMなどでも宣伝されておらず、売り場にひっそりと売られていたのを興味本位で買って食べていたのですが、その時期がちょうど
セブンイレブンが恵方巻きを全国展開したのは1998年だそうですが
というお話に符合しています(私の在仙期間は93年〜99年)。まあ、いろいろご意見もあるかもしれませんが、
それを聞いた親父の反応はこう。
「まぁ、そんなんでも元々日本にあったものやったらいいがんないか?」
というご意見に私も一定のシンパシーを感じます。明治期に著名な神社仏閣が国鉄や大手私鉄とタッグを組み、今風の言い方ですと「一大コラボ・観光キャンペーン」を展開して広まったといわれる「初詣」も、「恵方巻」と似たような(「初詣」に似た風習はあったが、現在の形で一般的に行われるようになったのは、この鉄道会社による一大キャンペーンの結果であるというのが通説らしいです)経緯で広まった風習かなと思ったりもしております。

[68572] 2009 年 2 月 8 日 (日) 23:21:24 油天神山 さん
 引っ越し完了

こんばんは。今日から茨城県の住人になった油天神山です。

異動の内示を受けて以来怒濤のような日々でしたが、ともかくも引っ越し荷物をバラし終え、飯を食い風呂にも入ってようやく人心地着きました。

まだネット環境の整備ができておらず、今回はケータイからの書き込みなので、取り急ぎご報告のみとさせて頂きます。
とりあえずは熊虎さんを始めご近隣の皆さん、どうぞよろしくお願いします。

[68571] 2009 年 2 月 8 日 (日) 22:17:19 EMM さん
 えーほーなんけ?(訳:「えーそーなの?」)

手の痛いのはまだ続いていますが、多少好転してきたような、してないような…
タイトルは単なる金沢弁ダジャレ。

[68535] ペーロケさん
が、「恵方巻きをコンビニで買う」という感覚については、実は違和感を感じています。私が高校生だった15年前は、某大手コンビニにほぼ毎日入っていましたが、恵方巻きを売っていた記憶が全くありません。
こちらもやや遅れレスですいません。
wikipediaによると、コンビニではファミリーマートが1983年、セブンイレブンが1989年に取扱始めたようですが、当初は元々風習のあった地域限定の商品だったようです。
セブンイレブンが恵方巻きを全国展開したのは1998年だそうですが(参考)、当時は北東北・北陸・東海(愛知岐阜)山陰・四国などにはセブンイレブンが無かったのでまだ全国に広く名前が知れ渡るような状況ではなかったものと思われます。
他のコンビニチェーンで広く取り扱うようになったのがいつかが分からないのですが、ミツカンのHP内の記事によると2002年から2005年の間に恵方巻きの全国的な知名度が急上昇しているようですから、おおよそこのあたりに大手コンビニチェーンがキャンペーンを張るようになったものと思われます。
自分の身の回りで恵方巻きが目に付くようになったが4〜5年前くらいだったと記憶しますが(最初に見かけたのはローソンだと思ってましたが、ファミマだったのかも)、その記憶とも整合性がとれそうです。
現在では西の方にはないセイコーマートやセーブオンでも取り扱っているようですし、スーパーでもかなり扱うようになっちゃいましたね。
金沢でも、新聞にチラシを入れるようなスーパーは地元資本・県外資本に限らずほとんどのところで恵方巻きセールをやっていたようです。
そして、ローカルニュースでも「さも普通のイベント」のように取り上げる。←現状で私が一番「なんだかなぁ」と思うのはここ。
いや、別に「取り上げるな」とか「反対しろ」とか言う気はありませんよ。でも「元々その風習が無かった」地方では「何で太巻きなの?」と思っている人はかなりいるはずですから、「どういう所以のものなのか」は説明すべきなんではないか、と思います。

ちなみに我が家でも、テレビで恵方巻きのニュースが流れた時に親父から「そう言えば今日スーパー買い物に行ったら、売り場の配置がいつもと変わってて太巻きが山積みにしてあったけど、ありゃなんじゃ?」と聞かれました。
それで、元々は関西の商家などで行われていた風習で、それを関西の海苔業者の組合がキャンペーン化して、さらにコンビニが全国で販売するようになって…と言う風に説明しました。
それを聞いた親父の反応はこう。
「まぁ、そんなんでも元々日本にあったものやったらいいがんないか?」
それを聞いて、「ああ、そう捉えればあれも有り…と思っても良いのかな?」とちょっと思いました。
これで米の消費量が少しでも増えてくれるのならそれはそれで良いかも…でもどう考えても瞬間最大風速だなぁ。

[68570] 2009 年 2 月 8 日 (日) 22:11:02【1】 Issie さん
 信越線

昨日は松本に泊まる用事があったので(松本市内のバス路線系統が大幅に変更されていてビックリ。浅間温泉へ入るバスが激減したんですねぇ),今日は 松本→長野→直江津→長岡→東京 というルートで帰ってきました。

雪,少ないですねぇ。
信越国境で地面全体を雪が覆っているのは 古間〜妙高高原 間だけです。
少し前に話題になったスイッチバックの二本木駅では,化学工場の引き込み線が撤去されていて,もはやスイッチバックである必要性もなくなり,やがては 関山 のように駅を移転してスイッチバックを解消することも予想できなくもないのですが…

何かJR東日本,長野〜直江津間の信越線の経営に全然やる気が感じられません。
「普通列車・妙高号」なる列車,かつての あさま用特急電車 とは言え,今では老朽化が覆い隠せないもの。それが各駅停車でノロノロと走る…。
関山駅の移転・スイッチバック解消は,まだ「国鉄」だった1985年。東京‐北陸方面間の幹線として十分に機能していた上でのことだけど,もうすぐ切り離されることがわかっている今,JRが,あるいは後継会社が二本木駅の改良にどれほどの投資をするのか,疑わしい気もします。

[68566] naru さん
上越線は上越新幹線開通時になぜ経営分離しなかったのか?

そもそも上越新幹線が開業した1982年当時,国鉄が「民営化」されることが実際にあると信じている人はほとんどいなかったことでしょう。新幹線も在来線も当然に国鉄が運行するもの。「経営分離」という発想自体がなかったものと思います。

※あっ,ちゃんと投稿できますね。安心。

[68569] 2009 年 2 月 7 日 (土) 20:51:14 むっくん さん
 霞ヶ浦

境界が画定していない湖の一つである霞ヶ浦の境界が画定する見込みであるようです。
産経新聞によりますと、
11市町村が自治体間の中間を結ぶ「等距離線主義」の境界線で合意した
とのことです。

[68568] 2009 年 2 月 7 日 (土) 17:50:00 山野[山野] さん
 明暗

(栃木県)
栃木地区の名称が決まり「栃木市」となりました。次いで、この間の町長選の結果
推進派の方が当選し近く西方町も協議に合流する予定。
(滋賀県)
湖北地区は徐々に協議破綻へ、一歩近づいた模様で長浜市議会は6日
法定協議会設置議案を先送りし先行き不透明となりました。(他6町は可決済み)

[68567] 2009 年 2 月 7 日 (土) 15:10:03【1】 BANDALGOM[熊虎] さん
 Re:質問です!

[68566]naruさん、はじめまして

(1)岩手県滝沢村は、なぜ人口が5万以上いるのに村なのか?
これについては、ウィキペディアの「滝沢村」の記事に詳しく書かれていますので、参照してください。
また、この落書き帳でも以前話題になっていますので、過去記事検索やアーカイブを参照してください。

(2)上越線は上越新幹線開通時になぜ経営分離しなかったのか?
   また、北陸新幹線が開通したら、なぜ沿線が経営分離されてしまうのか?
上越新幹線もそうですが、東北新幹線も盛岡以南はJRのままで、以北は経営分離されてIGRいわて銀河鉄道になったのは名瀬?と思えることでしょう。

それは、東北新幹線の盛岡以南と上越新幹線がいわゆる「整備新幹線」ではなかったからです。
整備新幹線とは、東北新幹線の盛岡以北、北海道新幹線、北陸新幹線、九州新幹線(鹿児島・長崎ルート)のことですが、東北・上越新幹線が開業した時点で、国鉄は大赤字で首が回らなくなったため、民営化されたJRには在来線の赤字を背負わせないという目的で、整備新幹線については並行在来線を経営分離するということで、当時の政府と自民党が合意したのです。

東北新幹線の盛岡以南と上越新幹線はある意味、運が良かったといえるかもしれません。

しかし、九州新幹線の鹿児島ルートでは、八代−川内間が経営分離されただけで、残りの区間は大部分が新幹線開業後もJRが運営するので、当初の方針は骨抜きというところでしょうか。
北陸新幹線開業後は並行する北陸本線だけでなく、枝線の氷見線や城端線、越美北線なども経営分離される計画ですが、九州と北陸でこうも違うのは、地元政界の意向というしかないでしょう。

[68566] 2009 年 2 月 7 日 (土) 14:39:43 naru さん
 質問です!

はじめまして。naruと申します。
知っている方がいたら答えていただきたいと思います。

(1)岩手県滝沢村は、なぜ人口が5万以上いるのに村なのか?
(2)上越線は上越新幹線開通時になぜ経営分離しなかったのか?
   また、北陸新幹線が開通したら、なぜ沿線が経営分離されてしまうのか?

知っている方、よろしくお願いします。   
   

[68565] 2009 年 2 月 7 日 (土) 13:10:11 k-ace さん
 唐津市と松浦市が架橋隣接へ
hmt 都道府県境

こんにちは、k-aceです。

佐賀県によりますと、一般県道鷹島肥前線「鷹島肥前大橋(たかしまひぜんおおはし)」(橋梁部1251m、うち斜張橋840m)が今年の4月18日(土曜日)に開通します。一般供用開始時刻は現時点では不明ですが。これにより唐津市(旧・肥前町)と松浦市(旧・鷹島町)が架橋隣接となります。
福島(旧・福島町)・鷹島(旧・鷹島町)とも長崎県松浦市の九州本土ではなく、佐賀県の自治体(伊万里市、唐津市)と架橋隣接することになります。
futsunoおじさん担当の「県境の交通路」コレクションの収録対象ですが、開通は今年4月なのでとりあえずご報告までに。

[68564] 2009 年 2 月 7 日 (土) 09:00:20【2】 Issie さん
 「全て」は今のところ常用漢字では音訓表の指定外

[68563] 笠津前浜 さん
「再び」は「た」と「び」を切り離してしまった表記になるんですね。

本来は「まったし」という訓が当てられていた「全」という字(だから「全く:まったく」という表記が可能)で最近よく用いられるようになった「全て:すべて」という表記。「すべて」はもともと「すぶ(口語体では“すべる”)」という動詞の連用形ですから,送り仮名の原則(活用語尾は送るのが基本)に照らし合わせれば「す・べて」となるはずなのですが,こちらは「べ」と「て」が切り離されているのですね。ただし「すべて」に関しては,“本来の漢字表記”であった「凡て」や「総て」の頃(送り仮名の原則など定められていなかった)から「て」だけを送るのが普通だったようです。
なお,「全」という字には本来「すぶ(すべる)」という訓は当てられていません。

みそじ・よそじ(三十路・四十路)

本来,「みそじ(みそぢ)」「よそじ(よそぢ)」は 30,40 という数そのもの,あるいは 30個,40個 という意味でした。だから 36 は「みそぢ・あまり・むっつ」,49 は「よそぢ・あまり・ここのつ」。「-ぢ」というのは 9 までの「-つ」と同じ意味の語尾であったようなのですね。それが現代ではずっと意味が狭まって,おまけに「じ(ぢ)」の部分に「路」という字があてられてしまったために,何だか「〜歳台」というような意味で理解されるようになった。
列島の固有語(和語)による数詞の体系が崩壊してしまって久しく,あちらこちらでまだらな痕跡のように残っている,という状況なのでしょうね。

で,話変わって,

相模原市議会は昨日(2月6日)の本会議で政令市移行の是非を問う住民投票の条例案を否決しました(神奈川新聞相模原市<pdf>)。一方,行政区画等審議会は4日,諮問されていた3行政区の名称について,「A区=緑区」「B区=中央区」「C区=南区」とする答申を行いました(相模原市)。
というわけで,相模原市の政令市移行は次々と既成事実化されていくようですね。2月16日には県議会が始まります。
まあ,住民としてはどうだっていいことですが(本当は,将来の税負担の問題もあって,「どうだっていい」はずはなくて,だから住民投票ぐらいさせてもらってもよかったのに)。

[68563] 2009 年 2 月 7 日 (土) 07:44:49 笠津前浜 さん
 たびたびの旅

ネーミングライツ権を買った企業に「MAZDA Zoom‐Zoom スタジアム広島」とネーミングされ、さらに「マツダスタジアム」が広島市公認の「正式な略称」と決まった広島市民球場が完成間近となり関連のニュースが相次いでいます。近くの駅の自動改札を増やす、カラー舗装を施す、球場を鯉幟の目にみたててなにやら行う、スロープの指定管理者をカープ球団にする等々。内野にも芝がはってあり、写真で見る限り綺麗なものです。鉄道から見えるらしいので、興味があって近くを通る方は、鉄路の南側を見てみてくださいね。

[68561] hmt さん
現代でも通用する独立の言葉として成熟しているのは、「ふたたび」で、その表記も「二度」から「再び」に変化しています。
文書中に「この度(このたび)」とはよく書くのですが、そうか、「二度」は「ふたたび」なのか。「たび」に「度」という字をあてて…あれ、「再び」は「た」と「び」を切り離してしまった表記になるんですね。

[68560] Issie さん
ひとり,ふたり,と数えられても,みたり,よたり(よったり)… は,もはや死語ですね。
そういえば久しく聞かないですね、よったり。話し言葉の中で普通によったりを使っていた人が身近にいましたが、それも昭和五十年代の話です。みたりで思い出すのは讃美歌103番。その歌詞に「そのほししるべにみたりのはかせら」と出てきます。この曲はクリスマスの頃に歌われる機会が多いですね。また、みそじ・よそじ(三十路・四十路)などは、言葉としてまだまだ現役かな〜。

[68562] 2009 年 2 月 7 日 (土) 01:23:03 山野[山野] さん
 静寂

……?話題が無いのか、昨日は1件ですか。
(過去ログ見たら全く書き込みがない日もあったので、まだ、ましな方なのか…それにしても寂しいな何か。)
で、本題。
(山形県)
合併すると非常に歪な形状(ギリギリ接する、特に真室川町)になる予定の新庄市。
この内、戸沢村にて、住民投票条例を請求する為に同村の住民らが署名活動を始めるとの事。
(栃木県)
佐野市と岩舟町は一昨日、新市の市庁舎の設置位置を協議し、現佐野市役所を使用する事を確認した。
但し、期日・名称・方式は継続審議となった。
原因はコレ。
佐野市側の委員から「編入」との意見に対し、岩舟町側の委員からは「対等」との主張が大勢を占め集約できなかった。
(山口県)
一昨日、山口市と阿東町は任意協設置日を4月頃に設置する事に合意した。(早期実現を目指すと言う事で。)
でるでるさん、お願いします。

[68561] 2009 年 2 月 6 日 (金) 23:12:19 hmt さん
 美濃・越前・飛騨の「大きな野」 (5)1897年に誕生したのは 揖斐郡大野村
hmt 両白山地の三県境と大野

いつたび大野郡について。
「みたび、よたび」と「ななたび、やたび」を結ぶ言葉は「いつたび、むたび」だろうというわけで上記のように書いてみました。
しかし、現代語の中では「nたび」は通じにくくなっていますね。
「ごたび」という重箱読み。「いつたび」よりは「5」がイメージしやすくなったとしても、違和感は増します。
要するに、現代では、わざわざ「nたび」という表現を使う必要がない ということでしょう。
現代でも通用する独立の言葉として成熟しているのは、「ふたたび」で、その表記も「二度」から「再び」に変化しています。
“ななたび探して人を疑え”という成句は残っているのかな?
「たびたび」という言葉も通用していますね。

本題の大野郡。
[68491]で、岐阜県揖斐郡大野町に関して、“もとは 大野郡 でした。” と書きましたが、内心では、“もとは 大野郡大野村 でした。”と「大野」を強調して書きたかったのです。

市区町村変遷情報都道府県別一覧 岐阜県 の #89(1897.04.01)には、“大野郡大野村”と記されています。

その根拠を示す 明治30年岐阜県告示第58号 の記載は、次の通りです。
町村制第四条に依り各郡町村中明治30年4月1日より左の通廃置分合す
美濃国大野郡黒野村相羽村下方村六里村及麻生村を合し其の区域を以て大野村を置く

普通に解釈すれば、合併後の大野村の所属も美濃国大野郡となります。

しかし、この告示(1897/3/31)の前年に公布された 岐阜県下郡廃置及郡界変更法律(明治29年法律第86号) (施行は、翌年の明治30年4月1日)によって、既に
岐阜県美濃国池田郡を廃し其の区域と大野郡を廃し其の区域の一部(…黒野村六里村麻生村相羽村下方村…)とを以て揖斐郡を置く
ことが定められています。
岐阜県に属する郡の再編制(正式の用語は「郡廃置及郡界変更」)が行なわれた1897.04.01は、町村の廃置分合日と同日です。

つまり、1897年の合併で生まれた大野村は、告示だけからは大野郡だったように思えたとしても、同日施行の法律により揖斐郡に変ることが約束されており、「大野郡大野村」としての存続期間は実質的にゼロであり、「揖斐郡大野村」として誕生したのでした。

これが、大野町の区域が「大野郡であったのは、実質的には明治30年3月まで」という意味を込めて、あえて4月に成立した大野村の名を削った理由です。

近年の市区町村変遷情報において、このような「町村の廃置分合」と同日に行なわれた「郡の再編制」がある場合の取り扱いを調べてみました。こちらでは廃置分合は「新設」・「編入」などに細分され、郡再編制には「郡設置」という用語が使われています。

最も新しい例は、北海道一覧表 #703です。
種別「(市町村の)新設」、自治体名「新ひだか町」ですが、両者の間の列に新しい郡名「日高郡」が表示されています。
次の行 #704には、静内郡と三石郡とから日高郡になったレコードがあります。「新しい郡の設置」ですが、種別は「郡設置」と記され、市町村の廃置分合の一態様を表す「新設」とは別の用語で区別されています。

北海道一覧表 #687の二海郡八雲町も、同様に新しい郡名「二海郡」が表示されています。
50年遡った昭和大合併時代の三重県安芸郡芸濃町(三重県 の#178)も同様です。

岐阜県に大野村が生まれ、美濃国大野郡が消えた明治30年当時は、地方自治法による現代とは法制度が異なります。
町村の廃置分合は(明治21年)町村制第四条に基づく県告示、郡の再編制は(明治23年)郡制第一条に基づく法律 と 別々の法令によっていた時代であり、公示の文面も現在とは異なっていました。

しかし、実務上「町村の廃置分合」と「郡の再編制」とが連携して実施されたという事情は現代と同じです。
同日に実施された場合、別々に公示されたものであっても、「町村の廃置分合」レコードに「郡の再編制」の結果を反映させた統合データとして市町村変遷情報に入力するのが適切であろうと思います。

要するに、最初に示した一覧表に示されていた 1897.04.01 の “大野郡大野村” は、 “揖斐郡大野村” に改めた方が実態にかなっているのではないかという提案です。
大野村詳細データ には、廃置分合関係に加えて、“同日付で揖斐郡に変更”というような記載を追加することになります。

[68560] 2009 年 2 月 5 日 (木) 21:28:25 Issie さん
 ジョン・ブラウンのおじさんがインディアンの子どもを呼びました

[68558] hmt さん
「四度」=「よたび」に続く「五度」は、「いつたび」で良さそうな気がします。

たぶん,そうだと思うのだけど,やっぱり現に用いるのには無理があるように思います。

ひとり,ふたり,と数えられても,みたり,よたり(よったり)… は,もはや死語ですね。
「一夜」を漢語系の「イチヤ」と読む代わりに和語系で「ひとよ」と読むことは,まだ辛うじてできるけれども,「二夜」はもはや和語系で読むことができません。
逆に,ふつか,みっか,…,とおか,と数えることは今でもできるけど,「一日」を「ひとひ」と読むことは(口語では)普通行われない。
「はつか(二十日)」は“第20日(twentieth day)”と“20日間(twenty days)”の両方の意味で使うことができるけど,「みそか(三十日)」はもっぱら“第30日(thirtieth day)”もしくは“月の最終日”という意味で使われて,“30日間(thirty days)”という意味では使えない。
「五十」は「い」。だから「五十鈴」と書いて「いすず」。「五十日」は「いか」で,ここから「五十」も「いか」と読んで「五十里」は「いかり」,「五十嵐」は「いからし/いがらし」。「五十六」を「いそろく」と読むのは“湯桶読み”で本来はルール違反。和語系数詞で正しく読むならば,「いかあまりむっつ」または「いそぢあまりむっつ」でしょうかね。
「三十一文字:みそひともじ」という読み方も,和語としてはイレギュラー。「三十一」は本来,「みそぢあまりひとつ」と読みました。「五十六年」は「いそとせあまりむとせ」。つまり,和語系数詞では語尾(‐つ,‐そぢ,-とせ…)を桁ごとに繰り返さなければならず,たいへんわずらわしい。漢語系の数詞に取って代わられてしまうわけです。

五木

「五木の子守唄」や「五木ひろし」のような個々の事例の考察はしないでおいて,一般的な話をすれば,「いつき」とは本来,「神に仕える」という意味の「いつく」が語源であると考えられているようです。「斎宮:いつきのみや」や「厳島:いつくしま」は,これと同語源。
「五木」という表記は後から当てはめられたものかもしれませんね。

[68559] 2009 年 2 月 5 日 (木) 20:46:22 Issie さん
 桜川

[68545] MasAka さん
歴史まちづくり法に基づく「歴史都市」

桜川市

…って,どこだったっけ? と,一瞬考えて,
ああ,茨城県の真壁や岩瀬のことかぁ。
対象となるのは 真壁 の町のことですかねぇ。
正直,ずいぶんとマイナーな…,もとい,通好みの町ですね(私,行ったことがない)。

真壁は,平安中期に土着化した坂東平氏の流れをくむ(桓武天皇→…→平高望→平国香→平貞盛→…→大掾氏→…。平将門は貞盛のいとこ,国香の甥,高望の孫。なお,後に都で大繁栄した平清盛も貞盛の子孫)真壁氏 の本拠地で,中世には 真壁城 が築かれるけど,これはお堀と土塁が主体の“中世式城郭”。まだ,「城下町」というものは出現していません。
やがて真壁氏は佐竹氏の傘下に入り,戦国末期になって近世的な城下町の建設に着手するのですが,“関ヶ原の負け組”となった親分の佐竹氏と一緒に秋田に行ってしまいました。
代わって,甲府を支配していた浅野長政が嫡男の幸長に家督を譲り,“隠居料”として真壁ほか5万石を与えられ,彼の死後は三男の長重が継いでいます。これが 真壁藩。その頃までには 城下町 もほぼ完成していたようです。が,長重は元和8(1622)年に加増の上,笠間へ転封となりました。以後,真壁には 笠間藩 の出張所(陣屋)が置かれたけれど,もはや 藩の首都=城下町 としてではなく,地域の商業中心として江戸時代のほとんどを過ごすこととなります。

[68557] hmt さん
「歴史都市」高山の存在の背景には、何よりも天領時代 177年の間、飛騨の経済活動の中核的存在は、高山の町人であったという歴史があります。

という高山のミニチュア版と言えるかもしれませんね。
ただ,高山と違うのは,この後 真壁郡の中心 としての地位は(こちらは廃藩置県まで城下町であった)下館に移ってしまったこと,…かな。

なお,笠間へ移った 笠間浅野家 は長重の次の長直の代の正保2(1645)年,さらに 播磨赤穂 へ転封となります。そして,“あのお話”へ。

[68558] 2009 年 2 月 5 日 (木) 19:43:03 hmt さん
 五木の子守唄

[68553] Issie さん
「四度」までは和語系数詞で「よたび」と読むことが何とかできるけど,「五度」となると現代語では無理でしょうかねぇ。なので,タイトル【注:ごたび】は“重箱読み”。

「ひとつ、ふたつ、みつ、よつ、いつつ、むつ、ななつ、やつ、ここのつ」から語尾の「つ」(個数の意味?)を除けば、「五」=「いつ」ですね。
タイトルのついでに、地名の例を挙げると五日市や五浦海岸[40897]
岡倉天心記念美術館がある茨城県の五浦は、読みが「いづら」と変化しています。

「四度」=「よたび」に続く「五度」は、「いつたび」で良さそうな気がします。

でも、「ふたたびさん」=「再度山」と新しい表記を生み出した「二度」=「ふたたび」は勿論のこと、「みたび」に比べても使う機会は激減でしょうね。

「五」=「いつ」特有の弱点といえば、「一」=「いち」がつまった「いっ」とまぎらわしい可能性。
「五木」と「一木」は共に苗字に使われていますが、一木喜徳郎のように「いちき」なら、「いっき」→「いつき=五木」とまぎれることもありません。

[35021] いっちゃん さん に紹介されている下総台地の数字地名の場合、2・3・6・7・8・10・11・12・13と訓読みが主流の中で、「五香」は音読みです。
「五」=「いつ」の例は、やはり他の数字に比べて少ないのかな?

[68557] 2009 年 2 月 5 日 (木) 18:21:50 hmt さん
 美濃・越前・飛騨の「大きな野」 (4)天領・高山は 飛騨国大野郡
hmt 両白山地の三県境と大野

それぞれが独立に生まれたと思われるが隣接している3つの大野郡[68491]
現在は石川県になっている「白山麓十八ヶ村」(の大部分)にまで拡大していたという越前国大野郡[68519]
郡の名は平野に由来するのに、何故か山間部の2村を話題にしてしまった美濃国大野郡[68549]
これに続いて、飛騨国大野郡の登場です。

飛騨国大野郡の中心であり、郡名の由来とも思われる「大きな野(盆地)」である 高山。

[68545] MasAka さん
先月19日、歴史まちづくり法に基づく「歴史都市」の第1号として金沢市ほか4市が認定されました。
その認定第1号が金沢市、高山市、彦根市、萩市、亀山市の5市というわけです。いずれも西日本の城下町というのが共通点といえるでしょうか。

天正13年(1585)、羽柴秀吉の命を受けて飛騨国を平定した金森長近。それに引き続いて、彼は高山に城と城下町を建設しました。(旧勢力の松倉城も高山)
それは事実なのですが、どうも高山は「城下町」という言葉が他の4市のようには しっくり きません。

城下町時代でさえも、商業経済活動に重点を置いた高山では、武家地を上回る面積を町人町が占めていたと伝えられます。
(多くの城下町では、武家地は町人町の2倍以上であったとされています。)
元禄5年(1692)、金森氏が出羽上山に転封された後の天領時代になると、森林や地下資源を経済基盤とする飛騨にとって、大勢の武士が常駐している必要はなくなりました。

飛騨郡代(1777年までは飛騨代官)をトップとして江戸から出向している武士(高山在番は)は僅か25人。
その倍ほどの地役人を加えても「小さな政府」です。
大名の権威を示す「御城」の存在意義はなくなり、維持管理費用がかかるだけの城郭・武家屋敷は、石垣さえも残さずに破却されました。
政務をとる場所は、町の中にある 高山陣屋 で十分です。

「歴史都市」高山の存在の背景には、何よりも天領時代 177年の間、飛騨の経済活動の中核的存在は、高山の町人であったという歴史があります。
そして、近代の交通路整備から取り残された(文明開化の象徴である鉄道開通は1934年)ことも手伝い、多くの歴史遺産が温存されたという事情もあると思われます。
例えば高山陣屋は、明治になってから短期間存在した高山県の庁舎にも利用され、更に 1969年まで岐阜県の事務所として使用されてきました。

歴史を伝える町・高山の実力の一端を示すのが人口データです。
明治8年の共武政表における 飛騨国大野郡高山町の人口 は1万3081人。これは美濃国の岐阜町1万0800人、大垣町1万0158人よりも大きな数字です。もっとも加納駅などを加えれば、岐阜の方が町の人口は多くなるのですが…

町村制実施の頃の飛騨国大野郡高山町の 現住人口 でも1万5462人であり、岐阜県の中では 岐阜市2万6233人、安八郡大垣町の2万0103人に次ぎます。
岐阜県内では、この3都市が他を大きく引き離しており、その次は郡上郡八幡町を抑えた吉城郡国府村が6734人と、飛騨国が健闘して4位を獲得しています。

白桃さんの領域を侵してはいけないので、ここでやめます。

織田信長時代からの金森長近の所領は、越前国大野郡でした。
でも、もちろん彼が「大野郡」の名を飛騨に持ち込んだわけではありません。
飛騨国大野郡は奈良時代から存在し、平安時代初期の870年に、北部の大野郡と南部の益田郡に分離しました。

[68556] 2009 年 2 月 5 日 (木) 18:09:14【2】 山野[山野] さん
 合併関連情報

増穂町議会は住民投票条例案を「賛成4、反対9」の少数で否決しました。
これについて「増穂町の将来を考える会」は今後、町長の解職請求も視野に検討しているとの事。

所変りまして
[68555]はやいち@大内裏 さん
三好町の市制施行名称等検討委員会は町長に対し、市名「みよし市」を答申
徳島県に既に三好市があるとはいえ、また平仮名ですか。
(住民アンケートでは単独町制を望む声の方が多かったようだが…。)

(追記)
栃木地区合併協議会のHPが本日開設されました。
また、暫定的ですが佐野市・岩舟町合併協議会のHPも開設されています。
*HPにもありますが後々、正式なHPが開設されるかと思われますので、その時までは一先ず上記のリンクを貼り付けて下さい。
でるでるさんへ
HP開設(リンク)と増穂町の件、更新お願いします。

[68555] 2009 年 2 月 5 日 (木) 06:42:06 はやいち@大内裏 さん
 三河三好

[67030]大龍エクスプレスさん そして拙稿[67031]

三好町の市制施行名称等検討委員会は町長に対し、市名「みよし市」を答申しました。

6月町議会に市制移行や名称変更の議案が提案されます。

[68554] 2009 年 2 月 5 日 (木) 00:48:08 作々 さん
 南風〜賛成多数〜

お疲れ様です。

南日本放送( http://www.mbc.co.jp/)のニュースから。
姶良、加治木、蒲生の3町が先月行った合併に関する意向調査の結果、合併賛成が
 姶良町:80.53%、加治木町:82.05%、蒲生町:77.07%
とそれぞれ反対を大きく上まわったようです。
3町は近く臨時会を召集し、法定合併協議会設置の議案を提出するようです。

[68553] 2009 年 2 月 4 日 (水) 22:06:55【1】 Issie さん
 領:ごたび

「四度」までは和語系数詞で「よたび」と読むことが何とかできるけど,「五度」となると現代語では無理でしょうかねぇ。なので,タイトルは“重箱読み”。

もしかしたら,すでに hmt さん が紹介していらっしゃるかもしれませんが…,

今日,お仕事をしていたら,埼玉県の作成した治水事業に関する資料が回覧でまわってきました。そこで,その資料をながめていたら,「三領排水機場」というものが。
川口市の南西端,戸田市との境近くで菖蒲川が荒川に合流する地点にあります。近くには「三領水門」や「三領運動場」というものもあります。
…というより,「紀元二千六百年」のお祝いも兼ねて招致された“1940年の東京オリンピック”のための 戸田漕艇場 と一緒につくられた「水門」が,この3つの中では一番古いのかな。

「三領」というのが,この地点の“ピンポイント”な地名なのか,それともある程度の広がりをもった地名なのか,よくわからないのですが,“3つの領”のうちの2つは 川口村 や 浮間村(現在は荒川の南側で東京都の北区だけど,本来は蛇行する荒川旧水路の北側で埼玉県北足立郡)などが属する「平柳領」と,上・下戸田村 や 横曽根村,新曽村 などが属する「戸田領」でしょうかね。
残る1つは,「浦和領」? 「笹目領」? それとも案外,荒川の反対側で(北)豊島郡の 志村 や 徳丸村 などが属する「峽田領」かしら。

ともかく,少なくとも昭和戦前期,いや,日中戦争に倦んできた太平洋戦争間近の時点で「三領」という地名がまだ“活きていた”ことになるのでしょうね。
ほかにも,「羽生領島中領土地改良区」とか,1956年まで称していた「松伏領村」(現松伏町)とか,単に同名の村を区別するための冠称としてでなく,地域呼称としての「領」が埼玉県ではなぜか生き続けているようでもありますね。

[68552] 2009 年 2 月 4 日 (水) 20:58:05 淡水魚 さん
 DMV

このごろの中日新聞によりますと、天竜浜名湖鉄道でDMVの実証実験があったとのことです。富士の方は進んでいるのでしょうか?一度くらいは乗り心地を味わってみたいところです。

[68551] 2009 年 2 月 4 日 (水) 00:46:41 美濃織部 さん
 ダム湖コレ

[68550] 山野さん
[68549] hmtさん

ダム湖コレクションへの情報、ありがとうございます。
落書き帳はほぼ毎日拝見しておりますが、ダム湖コレクションについては、長らく更新しないままとなっており、申し訳ありません。

今週末にでも、合併の未反映分を含め、更新作業をしたいと思います。

[68550] 2009 年 2 月 3 日 (火) 23:48:41 山野[山野] さん
 訂正願い

美濃織部さんへ
「ダム湖」コレクションにある「奥いび湖」のダムの名称なんですけど、横川ダムではなくて正しくは「横山ダム」なんですけど。
私は神戸町の町民ですが、近いので夏場とかは家族で
揖斐川上流の4ダム(西平・久瀬・横山・徳山)の内、よく行く所ですので間違いないです。

[68549] 2009 年 2 月 3 日 (火) 17:32:30【1】 hmt さん
 美濃・越前・飛騨の「大きな野」 (3)昔は美濃国大野郡:地震断層の西根尾村とダムに消えた徳山村
hmt 両白山地の三県境と大野

[68513] むっくん さん
越前国大野郡と美濃国大野郡との間で一番古くから開けていた峠道は、現在の国道157号の峠でもある温見峠
天保13(1846)年には、越前国大野郡と美濃国大野郡を結ぶ越前街道の本道の地位を這法師峠に譲り渡していた

地図の「蝿帽子峠」という奇妙な文字。いわれがありそうな地名と感じましたが、法師が這い登った険しい峠道でしたか。

大河原村から北に向かう2手の峠道が描かれた 天保美濃国絵図
村々は郡により色分けされていて、東(青色)が本巣郡、真ん中(褐色)が大野郡、南西(桃色)が池田郡。

明治22年の町村制で、峠から南東の大野郡6村は 大野郡西根尾村になりました。根尾川の谷沿い、約6里もある ほぼ一本道の細長い村でした。

その2年後、1891年に岐阜県・愛知県などが大地震に襲われました。M8.0という内陸では最大級の 濃尾地震 です。
それから10年近く後の鉄道唱歌にも、次のように歌われた大災害でした。
♪……地震のはなしまだ消えぬ 岐阜の鵜飼いも見てゆかん

地震の後で、西根尾村の水鳥(みどり)に6mもの崖が新たに現われたことを知った小藤文次郎は、この崖を作った急激な断層運動こそが地震の原因であると考え、1893年に発表しました。論文掲載写真

国指定の特別天然記念物となっている 根尾谷断層 の現状。樽見鉄道の終点一つ手前の水鳥駅近くです。

この大野郡西根尾村は、明治30年(1997)の郡再編制の時に根尾谷の東部と同じ本巣郡になり、明治37年(1904)に根尾村として統合されました。ちょうど100年後の2004年には、根尾川東岸沿いの下流域と共に本巣市が成立。

国絵図に戻ると、山を隔てた西側の揖斐川上流部にも、徳山村など大野郡の村々がありました。しかし、その支流沿いは池田郡です。
大野郡の本体は、根尾川が揖斐川に合流する濃尾平野の一角(大きな野)にあるので[68491]、この郡は2つの川に挟まれた地域ということで、黒い線で示されている境界線が引かれているのでしょう。
しかし徳山村のような上流部になると、大野郡本体との一体性は失われています。

明治22年になると、揖斐川最上流部の徳山村など4村は大野郡から池田郡に変更の上、池田郡徳山村 として統合、町村制が実施されました。
池田郡は、明治30年になると大野郡(本巣郡になる西根尾村を除く)と合併して揖斐郡に再編制され、現在に至ります。

時代は移り、第二次大戦後。揖斐川上流部には、1957年以来電源開発用のダムも検討されましたが、最終的には 1976年に水資源開発公団の事業による多目的ダム建設計画となりました。
巨大なロックフィルダムにより、日本一の貯水量(6.6億m3)を持つ人造湖を作る計画です。よく使われる浜名湖の2倍という容積はウソではないにしても、浅くて広い、しかも淡水でない浜名湖と比較するのが適切と言えるかどうか?

湛水面積13km2は諏訪湖クラスで、徳山村の全集落466戸が水没することになりました。
1983年に移転補償交渉が妥結して、住民は根尾川下流の糸貫町などに移転を開始。
1987年に徳山村の区域は藤橋村に編入されて98年間の歴史を閉じました。2005年揖斐川町。

2008年2月、ダム湖の名前は「徳山湖」になったそうです。>「ダム湖」コレクション の美濃織部さん

[68548] 2009 年 2 月 3 日 (火) 06:40:04 88 さん
 市区町村変遷情報 障害発生中

市区町村変遷情報で、一部表示が重複する等、障害が発生しております([68546]むっくん さん、ありがとうございました) 。グリグリさんに対応を依頼しますので、しばらくお待ちください。

以下業務連絡。
グリグリさんへ。別途メールを送付します。よろしくお願いします。
でるでるさんへ。編集作業を暫時中断してください。

[68547] 2009 年 2 月 3 日 (火) 00:53:49 かすみ さん
 節分祭

こんばんは。
先々週、先週末と温泉旅に出かけていました。
一つは水上の奥、湯の小屋温泉と、小諸。本来の目的は前橋出張だったのですが、それに絡めて決行してしまいました。
もう一つは旅仲間と乳頭温泉郷と瀬美温泉(瀬見温泉ではありません)、田沢湖を訪れたときは快晴で鏡のような湖面に歓声を上げていました。
その後は雪に見舞われ、見ている分にはよかったのですが、雪に慣れていないわたしたちは外を歩くのにも必死で、体力も気力も失ってヘトヘトでした・・・。(苦笑)

今夜、既に太巻きを特設台で売る店をいくつも見かけました。
以前のこの季節にも軽く触れた話題ですが、明日はわが職場近く、北新地の堂島薬師堂一帯で節分お水汲み祭り(←動画が再生し音声が流れますのでクリックする際はご注意下さい)があります。
堂島薬師堂は江戸から明治にかけて、この地に栄えた曽根崎花街や米相場師など、多くの人々の信仰を集めていたそうです。
かつては堂島薬師堂の中に井戸があり湧き出した水を身辺の清めに用いていたことから、5年前にお水汲み祭りと称し、春と福を呼ぶ北新地最大の祭事として地元有志が復活させたのです。奈良薬師寺からの水と堂島薬師堂の水を合わせたものを竹筒に注いでもらい、無病息災、商売繁盛を祈願します。
わたしはもう見慣れていますが、初めて訪れる人はまず驚くでしょうね。だってアバンザ堂島の庭園の片隅に鎮座するお堂は平成11年に完成したミラーボールのごとく輝く超近代型球体の建物なんですから。
さてこれとは別に北新地独特の行事があります。「お化け」といい、ホステスさんや従業員さんたちが姫様や漫画のキャラクターなど様々なコスチュームを身に纏って化けます。ハロウィンと似たような雰囲気です。京都の祇園や浅草にもあるようですね。
その他、芸妓衆と龍(薬師堂に祀られている弁財天の化身)の行列が町内を練り歩いたり、鬼が走り回ったり、とにかく楽しいです。明日は天気が崩れるとの予報なのがちょっと気になりますが。

[68546] 2009 年 2 月 3 日 (火) 00:19:35 むっくん さん
 重複記載

>88さん

市区町村変遷情報の市制町村制施行時・鳥取県の鳥取市、市制町村制施行時・岡山県の岡山市が2回も記載されていますのでお知らせします。

[68545] 2009 年 2 月 3 日 (火) 00:15:40 MasAka さん
 歴史都市&整備新幹線

誰かが話題に出すと思いましたが、いまだに話題に上っていないようなので……。

先月19日、歴史まちづくり法に基づく「歴史都市」の第1号として金沢市ほか4市が認定されました。

参考:歴史まちづくり(国土交通省)

歴史まちづくり法とは
地域における歴史的風致の維持及び向上を図るため、主務大臣による基本方針の策定、市町村が作成する歴史的風致維持向上計画(仮称)の認定制度の創設、当該認定に係る計画に基づく開発行為等についての関係法律の特例措置、都市計画における歴史的風致維持向上地区計画(仮称)の制度の創設等の措置を講ずる
という目的で制定され、要するに市町村が地域に残る歴史的風致を守るための計画を国に提出して認められれば国がその計画をバックアップしますよ、という類のもののようです。その認定第1号が金沢市、高山市、彦根市、萩市、亀山市の5市というわけです。いずれも西日本の城下町というのが共通点といえるでしょうか。

このほか、桜川市、犬山市などが現在申請に向けて準備を進めているようです。桜川市は認定されれば東日本初の歴史都市となります。この2市もやはり先行した5市と同じく城下町として栄えた地域であり、「歴史ある町=城下町」というイメージがあるようです。

ふと思ったのですが、この法律、かつて「美しい国」をキャッチフレーズにした元首相が考えたんですかね……。まぁ、日本が観光立国を目指す上で効果のある制度として今後活用されて欲しいと思います。

#(前置き)以下、ここは鉄系の掲示板でないのであまり深入りしたくはないのですが……。

[68542]にしさん21号さん
とりあえず、(1)についてだけ私の意見を。

同駅には乗務員交代のため全列車が停車する予定です。

この情報の出所はどこでしょうか。公式な発表は全くされてないはずですが。

なお、JR境界駅で乗務員交代をしない例として津軽海峡線があります。境界駅は中小国(正確な分界点は新中小国信号場)ですが、蟹田駅、さらには蟹田を通過する列車は青森駅で乗務員交代をします。仮に通過列車を設定した場合はその前後の停車駅(たとえば長野なり富山なり)で、互いの会社の乗務員の乗務時間がほぼ均等になるように調整するという方法もありますので、ダイヤ設定上の心配はないと思います。

ちなみに国鉄時代に作った新幹線と違い、整備新幹線の沿線では上越市ともなればかなりの規模の都市ですので(整備新幹線の沿線で人口20万人を超える都市の数を数えてみてください)、それなりの停車本数は確保されるのではないかと。

[68544] 2009 年 2 月 2 日 (月) 23:34:17 林檎侍[花笠カセ鳥] さん
 つぶやき

最近、スーパーの冷凍食品コーナーには、国産指向が強くなったためか、製品の工場所在地を表示するようになりました。
「国内の工場で製造 所在地東京都八王子市」などのように。

中には、「宮城県女川市」「群馬県大泉市」などと間違えているのがあったのですが、
「鹿児島県始良町」
の表示には仰天しました。ほかに誰か間違いに気付く人はいるのか(笑)
そういえば他店で「鹿児島県蛤良町」と書いてあるのも見たことがあります。

最近は、この辺でも恵方巻が普通に並ぶようになりました。

[68543] 2009 年 2 月 2 日 (月) 22:03:31【1】 とんかち☆ さん
 恵方巻きについて

明日は節分です。

下の方でも書かれてる方がいらっしゃいますが、関東では恵方巻きを無言で食べると言う習慣はありませんでした。
私が初めてこの習慣を知ったのは、どこかのコンビニでの宣伝だったような気がします。
おそらく、サンクスとサークルKK(でしたっけ?)が元々東海地方の企業だったため、関東に進出する際にその習慣を広めていったのが原因だと私は思います。
だからなんだって話ですが・・・。

他地域の習慣を真似すること自体が間違っているとは思いませんが、何が何でも真似をしなくても・・・と思いつつ、我が家も明日関西の方と同じように恵方巻きを買ってきて食べます(笑)。
ただ、中にはロールケーキを「恵方巻き」と称して売ろうとしてる店もあって(普通のもありますが)それは邪道だと思いますね。
勝手に昔からの習慣を変えるんじゃない!!と突っ込みたいですな。
なんか偉そうですいません。

久々の平日書き込みをさせていただきました。

[68542] 2009 年 2 月 2 日 (月) 21:53:47 にしさん21号 さん
 北陸新幹線開業時の管轄境界駅と経営分離問題について

北陸新幹線の開業時の2つの問題を見つけましたので、ここで議論してください。
(1)北陸新幹線は上越駅(仮称)でJR東日本と西日本に分かれる予定ですが、同駅には乗務員交代のため全列車が停車する予定です。しかし、同駅は現在の脇野田駅(無人駅)で、高田市街よりも南に位置しており、市街地へのアクセスという面については不便な点があります。しかも、他の新幹線では、上越市と同規模の都市を通過するのがほとんどなので、上越駅だけ停車するのは不公平だといった意見が出てきそうで、また実際に停車するとそこで待たされてしまって苦情が続発する可能性があります。
 そこで、メンバー(メンバーでなくても構いません)はどう考えるのか、意見を待っています。

(2)北陸新幹線が開業する際に、北陸本線から分離する路線(大糸線(南小谷〜糸魚川)、高山本線(富山〜猪谷)、城端線、氷見線、七尾線、越美北線)についてですが、このうち大糸線と高山本線の2路線は、途中に管轄境界駅があります。大糸線は南小谷駅で東日本と西日本に(駅自体は東日本側)、高山本線は猪谷駅で西日本と東海(駅自体は西日本)に分かれています。
 しかし、一部のみを第三セクターに経営分離した場合、両路線とも一部のみが廃止される可能性がかなり高くなります。
一部のみの廃線ではたとえ管轄境界駅で分断された運行形態を持っているからといって、路線としての一体感を失ってしまう可能性があります。しかも、該当区間の利用者もそこを乗継目的で乗る人もいますから、例えば大糸線を松本方面から乗って富山駅まで乗りたいという人がいる仮定すると、仮に南小谷〜糸魚川が廃線となった場合、そこを鉄道で行くことができなくなります。また、観光にも大打撃を与えるでしょう。(その区間を鉄道で旅行することは完全に不可能になるので)
 そこで、私は大糸線の該当区間をJR西日本からJR東日本に譲渡し全線を東日本の路線とし、高山本線の該当区間をJR西日本からJR東海に譲渡すれば廃線になる可能性が低くなると思います。
高山本線が全線JR東海となると、JR東海の路線が初めて北陸3県に通ることになります(現在も県境〜猪谷駅までわずかに通っていますが、距離が短すぎるのでここでは無視します)
 この意見に同感の人の意見、また異論を持っている人の意見がほしいです。
 なお、大糸線については、既に全線の経営一体化を望んでいる会があるそうです。詳しくは、以下のホームページに載っています。
 そこのホームページにもありますが、実際に生活の足としてりようしている人がいるのですから、JR西日本ももう少し考えてほしいところだと思います。

(参考ホームページ)
http://wrs.search.yahoo.co.jp/S=2114736003/K=%3D%E5%A4%A7%E7%B3%B8%E7%B7%9A%2A%E7%B5%8C%E5%96%B6%E5%88%86%E9%9B%A2/v=2/SID=w/TID=jp0013_jp0013/l=WS1/R=2/wdm=0/IPC=jp/ln=ja/H=0/;_ylt=A8vY8wme24ZJX4EBp0KDTwx.;_ylu=X3oDMTFjcms0NHY2BGNvbG8DdwRsA1dTMQRwb3MDMgRzZWMDc3IEdnRpZANqcDAwMTNfanAwMDEz/SIG=1237dd3ps/EXP=1233661214/*-http%3A//www.bekkoame.ne.jp/~greenrv/guide202.htm
(大糸線の経営分離問題が載っています)

[68541] 2009 年 2 月 2 日 (月) 21:04:41 KK さん
 恵方巻き

[68535] ペーロケ さん

生まれてからずっと関東在住のKKですが、恵方巻きの習慣を初めて知ったのは、小林信彦氏の小説「唐獅子株式会社」でした。この中に、ヤクザの大親分が家族そろって同じ方向を向き、無言で巻き寿司にかぶりつくのを見て、関東出身のお手伝いさんが笑いをこらえる、という場面があったのです(余談ですが、「唐獅子株式会社、恵方巻き」で検索すると、自分と同じように、この小説で恵方巻きを知ったという人が結構いるようです)。その後、関東でも恵方巻きのCMを見かけるようになり、「バレンタインじゃあるまいし、そう簡単にこんな習慣が広まるわけがなかろう」と思っていましたが、いつの間にか自分の周囲には定着してしまったようで、我が家でも明日の夕食は太巻きとのこと。恵方巻きという習慣が嫌いというのではありませんが、地域的な風習を商売目的で全国に広げようとするのは、大げさに言えば地域文化を壊しているような気がして、どうにも馴染めません。

[68540] 2009 年 2 月 2 日 (月) 20:02:29 ヌオ さん
 かぶる

[68532] makiさん
以下、駄文。

群馬県「みなかみ町 ー 神流町」 …以下次回。

では、前回の1万以上とかぶるところで、
鳥取県「鳥取市 ー 南部町」
でお願いします。

[68539] 2009 年 2 月 2 日 (月) 18:51:27 maki さん
 1万以上 後半

では、[68532]の続きです。

三重県「四日市市(30万7684人) ー 大紀町(1万0198人)」  14市11町

滋賀県「大津市(33万0293人) ー 高月町(1万0126人)」   13市5町

京都府「京都市(146万7313人) ー 大山崎町(1万5225人)」  15市5町

大阪府「大阪市(265万2099人) ー 能勢町(1万2104人)」   33市8町

兵庫県「神戸市(153万3034人) ー 神河町(1万2550人)」   29市12町

奈良県「奈良市(36万6340人) ー 河合町(1万8986人)」    12市9町

和歌山県「和歌山市(37万0959人) ー 日高川町(1万0924人)」 9市10町

鳥取県「鳥取市(19万9054人) ー 南部町(1万1862人)」    4市8町

島根県「松江市(19万4927人) ー 邑南町(1万2235人)」    8市5町

岡山県「岡山市(70万2219人) ー 里庄町(1万0808人)」    15市8町

広島県「広島市(116万6547人) ー 神石高原町(1万0842人)」  14市7町

山口県「下関市(28万4214人) ー 平生町(1万3808人)」    13市3町

徳島県「徳島市(26万5275人) ー 海陽町(1万0847人)」    8市9町

香川県「高松市(41万8315人) ー 琴平町(1万0271人)」    8市8町

愛媛県「松山市(51万5002人) ー 久万高原町(1万0138人)」  11市7町

高知県「高知市(34万4577人) ー 黒潮町(1万2791人)」    11市4町

福岡県「福岡市(143万7718人) ー 立花町(1万1044人)」    28市28町

佐賀県「佐賀市(23万8891人) ー 太良町(1万0122人)」    10市6町

長崎県「長崎市(44万5822人) ー 佐々町(1万3600人)」    13市6町

熊本県「熊本市(67万9013人) ー 多良木町(1万0791人)」   14市17町1村

大分県「大分市(46万8591人) ー 九重町(1万0718人)」    14市3町

宮崎県「宮崎市(36万9427人) ー 高原町(1万0260人)」    9市11町

鹿児島県「鹿児島市(60万4619人) ー 瀬戸内町(1万0120人)  18市10町

沖縄県「那覇市(31万3569人) ー 金武町(1万0849人)」    11市8町3村


来年には99%(?)確実に該当市町村数が変わっていることでしょう。
さて、

[68533]日本人さん
千葉県「市原市 ー 茂原市」

[68536]鳴子こけしさん
沖縄県「竹富町 ー 国頭村」


まだ問題と言っていなかったのですが、その通りです。
ヒントでも出しましょうか。

1 大阪府が1番少ないです(逆に1番多いのはもちろん北海道)。
2 奈良県は「町」が該当しません(市と村は当てはまる)。
3 言うまでもなく東京23区は該当しません。


解答は1週間待ちます。

[68538] 2009 年 2 月 2 日 (月) 17:08:35 でるでる さん
 マル秘情報・・・

こんにちは。でるでるです。

合併情報ファンの皆様、長らくお待たせいたしました!
昨日、久々に(というか、2009年初)平成の合併情報を更新いたしましたので、是非、ご覧下さいませ。
落書き帳への書き込みや、合併情報メール(1/30まで到着分)の情報については、おそらく反映出来たものと思いますが、もし漏れ・誤記等がありましたら、お知らせ下さい。

[68537]熊虎 さん
北海道南幌町の件については驚きました。
(中略)
でるでるさんはどこかでか入手しているのだな、と

まずは、熊虎さん、合併情報の一覧表ありがとうございます。編集・確認作業の際に、大変助かりました。

さて、南幌町の情報ソースの件ですが、実は毎日jp合併住民投票条例案可決に掲載されております。

また、菖蒲町の情報も毎日jp菖蒲町長「再議」の意向住民投票条例案、「再議」で否決を初め埼玉新聞などの情報を参考にしました。

ところで、いま気が付いたのですが、菖蒲町の条例案可決の日付に誤りがありましたので、後ほど修正いたします。正しくは報道どおり(2009/1/13)です。

[68537] 2009 年 2 月 2 日 (月) 15:11:04 BANDALGOM[熊虎] さん
 入手困難情報

でるでるさん、更新作業お疲れ様です。

赤マークがついている所はすべて目を通しましたが、北海道南幌町の件については驚きました。

[68416]山野さんの書き込みでは、特別委員会で住民投票条例案を可決し、臨時町議会で採決予定ということでしたので、本会議の採決情報を見ようとして南幌町HPに行ったところ、「2月3日に第3回臨時会」とあり、ここで審議されるのだろうと思いました。

ところが、『議事日程』には合併のがの字もなく、その下の「南幌町活性化特別委員会」(2月3日)のところに「審議内容 住民投票について」とあったので、[68528]の書き込みに至りました。
山野さんの書き込みにリンクされている情報が既にリンク切れになっているので、どの特別委員会で住民投票条例案が可決されたのかが分かりませんが、同じ内容をまた特別委員会に諮って本会議で審議するのだろうかと・・・。

しかし、更新された合併情報を見ますと、
2009/1/27 南幌町議会が合併の是非を問う住民投票条例案を可決,南幌町長は2008/12月の町長選の結果(合併推進を公約)をもとに住民投票は不要として,町議会への再議(再審議)請求を検討
とあります。
これを見れば、3日の特別委員会で「住民投票について審議」とあるのは、住民投票条例案の「再議」に関することなのだな、ということが分かります。

しかし、毎日新聞北海道版と北海道新聞のサイトを見てみましたが、1月27日に住民投票条例案が可決されていたことや、再議うんぬんに関する情報はなし。
ということは、私や山野さんのように、ネットニュースと自治体HPに頼らざるを得ない余所者には得ることのできない情報を、でるでるさんはどこかでか入手しているのだな、と改めて感心した次第です。

埼玉県菖蒲町の住民投票条例案についても、再議・廃案となっていたことは分からなかったわけですが、これに関しては、でるでるさんの地元ですから、地元情報を簡単に入手できたのだな、と思うところです。


まぁしかし、でるでるさんは地元の合併情報を反映されたわけですが、私の地元である東葛・葛南地区で8市合併論が出てきていたという情報は、毎日新聞に出ていた以上の情報を持ち合わせていません。

松戸市・野田・柏・流山・我孫子・鎌ケ谷6市の「政令指定都市問題研究会」については、06年10月に野田で行われた会議を傍聴しましたし、「東葛飾・葛南地域4市政令指定都市研究会」についても新聞報道で知っていましたが、「松戸市・柏市政令指定都市研究会」は少なくとも読売新聞では出ていませんし、市の広報にすら載りませんでした。

要するに市民の関知しないところで進んでいるわけですが、今度の8市合併論もやはり、市民の関知しないところで進んでいる・・・これはいかがなものかと思えてなりません。

[68536] 2009 年 2 月 2 日 (月) 09:06:36 鳴子こけし さん
 これくらいしかついていけませんが2。

[68532]makiさん
群馬県「みなかみ町 ー 神流町」 …以下次回。
最大解より最小解の方が探しやすいのですが…
沖縄県「竹富町 ー 国頭村」
これが最大解だと思います。

[68535] 2009 年 2 月 2 日 (月) 02:49:29 ペーロケ さん
 恵方巻き

 [68016]EMMさんにレスしなければと思いつつ、遅くなってしまいました。節分なので。。。

 節分では、私の家では毎年恵方巻きを作っていましたので、恵方巻きそのものに対しては違和感も何も感じません。が、「恵方巻きをコンビニで買う」という感覚については、実は違和感を感じています。私が高校生だった15年前は、某大手コンビニにほぼ毎日入っていましたが、恵方巻きを売っていた記憶が全くありません。

 今では、広島のコンビニですら「恵方巻きの予約受付」なんてのをやってます。ただ、どれだけ定着しているかは疑問です。嫁さんには「うちは恵方巻きなんてやったことない。節分なんて豆撒いて終わり」と聞いていましたが、つい先日、EMMさんの記事を見て、「そういや広島もそういう風習が無いのではなかろうか」とふと疑問に思い、会社の人に聞いてみると、やはりみんな知らないようで。さらに「最近『恵方巻き』ってよく聞くけど、どうやって食べるん?」と逆に質問される始末。広島にも恵方巻きの風習が伝わったのはここ数年のことのようです。どうりで、関西では恵方巻きとセットの「いわし」が、広島のスーパーでは全く取り上げられていない訳です。

 なんかコンビニ発の文化の伝来ってちょっと嫌やな〜と思っていたら、かぶりつき系菓子なんてのも登場する始末。商売のためなら、もう何でもアリなんでしょうが、果たしてこんなん食べて福が来るんだろうか?個人的には、恵方巻きはアナゴが入った太巻きじゃないと駄目。手巻き寿司すらNGなんです。そもそも、私の家庭では、「恵方巻きを食べている間は一言も喋っちゃいけない、福が逃げる」なんて教えられたんですけど、そういうしきたり的なものは一切伝わらなく、「恵方巻き」だけが一人歩きしているのが悲しいです。そこまでして恵方巻きは食べたくない。

 ま、見方を変えりゃ、恵方巻き商戦が、「忌まわしいイベント」で鬱になる期間を緩和してくれている訳で、ものは言い様です。。。

[68534] 2009 年 2 月 1 日 (日) 23:16:37 山野[山野] さん
 表示

でるでるさんへ
更新作業お疲れ様です。
それと1つ。糸島市(予定情報)の箇所が変な状態になっています。

[68533] 2009 年 2 月 1 日 (日) 22:44:30 おがちゃん[日本人] さん
 解答

こんばんは。日本人です。もう二月だ・・・
ここ最近、かなりクイズに答えているような気がするのですが・・・

[68532] maki さん
群馬県「みなかみ町 ー 神流町」 …以下次回。
では、再び答えたいと思います。群馬県で答えられないため、最小解で答えたいと思います。
千葉県「市原市 ー 茂原市」
よく考えると前回は最大解と最少解を同時に答えていたなぁ・・・

[68532] 2009 年 2 月 1 日 (日) 21:26:16 maki さん
 1万以上 前半

では、解答の発表です。なお、[68526]まっすーさんの解答2つと、[68527]k-aceさんの解答も正解です。

答え「推計人口が1万人以上の市区町村ペア」*区は東京23区のみを対象とする

データは昨年10月1日現在のものを使用しました。
以下、全都道府県の市区町村ペアと人口を列記します。
「ー」の左側が都道府県内で人口が最大の市区、右側が人口1万人以上を有し、なおかつ最小の町村です。
他、該当する市区町村数も表記します。
*人口の数値は半角ですので注意。

北海道「札幌市(189万8845人) ー 清水町(1万0164人)」    34市27町

青森県「青森市(30万3962人) ー 深浦町(1万0174人)」    10市17町1村

岩手県「盛岡市(29万8697人) ー 軽米町(1万0414人)」    13市11町1村

宮城県「仙台市(103万1163人) ー 川崎町(1万0158人)」   13市19町

秋田県「秋田市(32万7314人) ー 五城目町(1万0966人)」   13市4町

山形県「山形市(25万4888人) ー 最上町(1万0163人)」    13市9町

福島県「いわき市(34万7979人) ー 塙町(1万0065人)」    13市17町1村

茨城県「水戸市(26万4171人) ー 河内町(1万0431人)」    32市9町2村

栃木県「宇都宮市(50万9356人) ー 市貝町(1万2308人)」   14市16町

群馬県「高崎市(34万3197人) ー 嬬恋村(1万0508人)」    12市12町3村

埼玉県「さいたま市(120万0739人) ー 皆野町(1万1100人)」  40市27町

千葉県「千葉市(94万7223人) ー 大多喜町(1万1101人)」   36市10町2村

東京都「世田谷区(86万1606人) ー 日の出町(1万6053人)」  23区26市2町

神奈川県「横浜市(365万1428人) ー 中井町(1万0009人)」  19市12町

新潟県「新潟市(81万2034人) ー 津南町(1万1070人)」    20市4町

富山県「富山市(42万0933人) ー 朝日町(1万4046人)」    10市4町

石川県「金沢市(45万6102人) ー 宝達志水町(1万4741人)」  10市7町

福井県「福井市(26万8173人) ー 美浜町(1万0607人)」     9市6町

山梨県「甲府市(19万8559人) ー 増穂町(1万2785人)」    13市5町

長野県「長野市(37万7169人) ー 松川村(1万0088人)」    19市17町2村

岐阜県「岐阜市(41万1650人) ー 川辺町(1万0735人)」    21市13町

静岡県「浜松市(81万3184人) ー 東伊豆町(1万4572人)」   23市8町

愛知県「名古屋市(224万7752人) ー 幡豆町(1万2468人)」  35市21町  

間違いがありましたらご指摘ください。
三重県〜沖縄県については明日列記します。

では、長文失礼しました。


以下、駄文。

群馬県「みなかみ町 ー 神流町」 …以下次回。

[68531] 2009 年 2 月 1 日 (日) 21:22:51 hiroroじゃけぇ さん
 スーパー「スター」は草津市にあります(笑)

[68507]小松原ラガー さん
自分の思い込みかもしれませんが、香川といえば「マルナカ」なのです。高松の田町にあるマルナカは、伝統的な「○に中」のマーク。創業者は香川県人ではないようですが、香川の台所のイメージは自分だけのものではないはずです。

[68510]蒼の狼 さん
曲の続きをありがとうございます(笑)

児島にも2店舗ありまして、児島店と琴浦店があります。自分が幼少期には、旧「児島店」がありましたが、一時閉鎖。その後数年してから移転、新「児島店」となり現在に至っています。この2店舗は、児島市時代の2つの中心地に存在していまして、「マルナカ」は児島でも存在感はバツグンでした。だから、ちょっと裏切られた感もあるのが本心です。

[68515]白桃 さん
白桃は、高松の三越と岡山の天満屋以外で買い物をしたことがありません。(嘘)
だと思いました。その「気品のある立ち姿」「上品な言葉遣い」「大胆に飲み明かす光景」それら全てが、一般庶民との違いを醸し出しています。岡山や高松の百貨店で、「白桃さん」の名前を出せば、それはもう接客の態度が・・・。

って、「違うかっ」

[68518]geo さん
はぁっ。岡山は通過されている・・・。無念(泣)

綾川のイオンSC
高松ではなく「綾川」というのが通ですね。香川県内はSCが氾濫している状態で、対岸の岡山とは状況を異にしています。やっぱり、SCって便利なのかなぁ。

ちなみに、タイトルのスーパー「スター」は滋賀県草津市にありまして、某大学の学生達はよく利用します。自分も時々利用していましたが、住んでいたのが京都市山科区だった為に、ほとんど記憶はございません。でも、かがやき通り沿いの「スター」は、近くに「パインアメ」の工場があって、匂いがすごかったなぁ。

[68530] 2009 年 2 月 1 日 (日) 19:29:32【1】 山野[山野] さん
 熊虎さん、いつもご苦労様です。

でるでるさんへ
見てるとほとんど、私の記事みたいですね。
そう言えばリンク切れの件を追加しますと(随分前のですけど)
[66401][66407][66398] 山野(当時は揖斐の山)の3つもリンク切れの件ですので確認をお願いします。
(追記)
出雲市と合併を検討している斐川町の最近の動きですが2月9日から住民説明会を行う予定のようです。

[68529] 2009 年 2 月 1 日 (日) 17:57:35 BANDALGOM[熊虎] さん
 未反映情報の整理(西日本、その他)

滋賀県湖北地区([68465]山野さん)
法定協設置議案を臨時会で審議予定

兵庫県相生市・上郡町([68483]山野さん)
1・27 法定協設置案を否決

和歌山県新宮市・那智勝浦町([68500]山野さん)
1・28 合併方式を新設合併とする事で合意

長崎県東彼杵町の住民投票([67625]はやいち@大内裏さん、[68394]山野さん)
1月18日実施、法定協設置へ
賛成:2811票
反対:2189票

長崎県佐世保地区([68500]山野さん)
1・28 合併予定日を2010年3月31日とすることを提案

熊本県益城町([68483]山野さん)
1・26 住民投票条例案を可決、4月中旬頃に実施予定

熊本市・植木町合併協議会HP開設([68019]熊虎)
http://www.city.kumamoto.kumamoto.jp/content/web/asp/kiji_detail.asp?LS=109&ID=6095&pg=1&sort=0

宮崎県清武町([68465]山野さん)
1・23 宮崎市との合併に関する住民投票条例を可決
2・22 投票実施予定(宮崎放送1・29

宮崎県小林市・野尻町([68500]山野さん、[67991][68425]熊虎)
合併協議会HP
http://toweb.city.kobayashi.lg.jp/kn-gappei/
合併方式:野尻町を小林市に編入
合併期日:2010年3月23日
新市の名称:小林市
1・21 合併協定調印式
1・29 2市町議会が廃置分合議案を可決
2・9 知事へ合併申請予定(宮崎県議会会期 2・19〜3・18)

鹿児島県姶良町・加治木町・蒲生町([68361]山野さん)
1月末までに実施予定の住民意向調査の結果次第で法定協設置議案を提案へ
→1・23 調査票発送、月末までに回収、2・3結果公表予定

(その他)
合併予定一覧表にて秩父市・皆野町が二つ表示、福井県高浜町の市町村合併情報リンク切れ([68524]山野さん)
法定合併協議会・都道府県別一覧で合併済みの協議会情報が残存([68525]makiさん)

以下の各地域は、すでに各県知事への合併申請が終了しており、県議会で審議予定です。
群馬県議会 会期2・17〜3・18(高崎市・吉井町)
愛知県議会 会期2・19〜3・25(清須市・春日町)
福岡県議会 会期2・24〜3・26(糸島市)

以上、よろしくお願いします。

[68528] 2009 年 2 月 1 日 (日) 17:47:42 BANDALGOM[熊虎] さん
 未反映情報の整理(東日本)

[68514]でるでるさん、更新作業お疲れ様です。

早速ですが(まだこれからということかもしれませんが)、皆さんからの書き込みによる情報を整理してみましたので、更新よろしくお願いします。

北海道南幌町([68416]山野さん)
1・19 特別委員会で由仁町・栗山町との合併に関する住民投票条例案を可決
リンクされている情報が既にリンク切れになっていますが、南幌町HPによると、2月3日の臨時会終了後に「活性化特別委員会」を開き、住民投票について審議することとなっています。

北海道留寿都村([68524]山野さん)
喜茂別町との合併の賛否を問う住民投票 2・22実施予定

岩手県大槌町([68483][68517]山野さん)
1・26〜30 釜石市との法定協設置を求める署名活動
2・2 署名簿を町選管に提出予定

宮城県気仙沼市・本吉町([67610]はやいち@大内裏さん)
12・15 県議会が廃置分合議案を可決

山形県米沢市・川西町([68517]山野さん)
1・31 法定協設置を求める署名活動を開始

栃木県真岡市・二宮町([67984][68119][68502]熊虎)
12・25 県議会が廃置分合議案を可決
1・30 官報告示

栃木地区1市3町([67646]山野さん、[67990]熊虎)
12・17 法定協設置議案可決、栃木地区合併協議会設置(下野新聞の情報)
12・18 栃木地区合併協議会設置に関する協議書締結(下野新聞の情報)
12・24 栃木地区合併協議会設置を県に届け出(栃木県HP)

栃木県佐野市・岩舟町([67646]山野さん、[67990]熊虎)
12・19 法定協設置議案可決(山野さんの情報)
12・22 佐野市・岩舟町合併協議会設置、協議書締結(下野新聞の情報)
12・26 佐野市・岩舟町合併協議会設置を県に届け出(栃木県HP)

群馬県高崎市・吉井町([68227]はやいち@大内裏さん、[68327]山野さん)
高崎市は1・8、吉井町は1・13に合併関連議案可決

群馬県太田市と大泉町([68500]山野さん)
1・28 任意合併協議会の協議終了、法定協移行を検討へ
(4月の両市町長選以降)

埼玉県春日部市・杉戸町・宮代町([67639]山野さん)
12・18の合併研究会にて、春日部市への編入、名称「春日部市」で合意

埼玉県菖蒲町([67646]山野さん)
12・19 久喜市との合併の是非を問う住民投票条例案を可決

埼玉県鳩ヶ谷市([68517]山野さん)
1・30 川口市に合併協議を申し入れ

千葉県印西市・印旛村・本埜村([68227]はやいち@大内裏さん)
1・9 法定協設置議案可決

千葉県東葛地区の政令市構想([68142]山野さん)
葛南地区を含めた8市合併を検討


相模原市の政令指定都市移行関連([68338][68433][68477]アルバトロスさん、[68340]Issie さん)
12月議会で政令指定を求める意見書可決(12・20)、2月の神奈川県議会で意見書を審議予定

区名意向調査(12・15〜1・14)
投票総数は36,646件
A区: 北区9300 けやき区7500 緑区5900 みどり区5700 西区5300
B区: 中央区10300 さくら区8900 中区8100 桜区4100 ひばり区2300
C区: 南区12500 あじさい区7200 東区5200 ひばり区4700 光区4400

1・26 行政区画等審議会の答申案
A区(旧津久井郡、橋本、大沢) :緑区    
B区(本庁、上溝、大野北、田名) :中央区
C区(大野南、他南部地区) :南区
2月上旬に市長へ答申、市議会で審議予定

(新規情報)
1・30 政令指定都市移行について市民の意思を問う住民投票条例案提出(相模原市議会HP
2・2 採決予定(毎日新聞


長野県波田町([68361]山野さん)
昨年12月実施の住民アンケートの結果、賛成が4ポイント上回り32%が賛成
松本市が合併協議の場を設ける意向を表明

[68527] 2009 年 2 月 1 日 (日) 12:57:50 k-ace さん
 面積と合計特殊出生率と人口と
hmt 「面積調」から探る市区町村の変容

こんにちは、k-aceです。

国土地理院によると、2008年10月1日現在の国土の面積が、埋立などにより1年間で13.58平方km増加し、377943.57平方kmとなりました。増加分の6割以上が長崎県諫早市の諫早湾干拓事業によるものとのこと(8.75平方km)。市区町村別2位は、山口県岩国市の岩国基地沖合移転事業の埋立(1.07平方km)。3位は境界修正による0.56平方km増加の秋田県美郷町でした。
都道府県別の増加面積は、長崎県、山口県、徳島県、福岡県、福井県・鹿児島県の順でした(九州・中四国が上位に多くランクイン)。
県境の境界修正では、山口県(萩市)から島根県(益田市)への0.08平方kmが最大のようです。
また、熊本県南小国町の境界確定による0.04平方kmの増加や島根県隠岐の島町の地形図改測による0.02平方km減少もありました。


厚生労働省の市区町村別にみた合計特殊出生率の上位・下位30位によると、合計特殊出生率が最も高かったのは鹿児島県伊仙町の2.42。2位が鹿児島県天城町(2.18)、3位が鹿児島県徳之島町(2.18)で、上位3位を徳之島の自治体が独占しました。離島を除く最高は岡山県真庭市の2.10(5位)でした。
なお、前回3.14で1位だった沖縄県多良間村は今回は1.94で24位でした。
上位30位のうち、九州沖縄地方が29で、それ以外は岡山県真庭市だけでした。
最も低かったのは、東京都目黒区の0.74。2位は京都府京都市東山区(0.75)、3位は東京都中野区(0.75)でした。町村部で最も低かったのが大阪府豊能町(0.78で下位8位)でした。
下位は大都市やその周辺部の自治体でした。下位30位には、東京23区のうち13区がランクイン。
Yahoo!ニュース(産経新聞)によると
厚労省は「20代女性の出生率の差が市区町村の出生率の高低に反映している」と分析している。
とのこと。


[68481]makiさん
「ある条件」に当てはまる最大と最小の自治体
では、合計特殊出生率上位3位を独占した徳之島のある鹿児島県で解答をば。

鹿児島県「鹿児島市 ー 瀬戸内町」

[68526] 2009 年 2 月 1 日 (日) 00:29:18 まっすー さん
 自分にゆかりの県で…

ご無沙汰しています。まっすーです。

[68481]makiさん
「ある条件」に当てはまる最大と最小の自治体

解答発表前に滑り込み?です。

沖縄県「那覇市−金武町」
長崎県「長崎市−佐々町」

でしょうか?

[68525] 2009 年 1 月 31 日 (土) 22:48:56 maki さん
 合併済み

でるでるさんへ

法定合併協議会 都道府県別一覧において、合併済みの協議会情報が残されていますので、修正をお願いします。

ところで、一時的に詳細データが消えていましたが、[68523]を書いている間に修正されたようですね。

[68524] 2009 年 1 月 31 日 (土) 22:41:57【1】 山野[山野] さん
 でるでるさんへ

合併予定一覧表にて誤りが。秩父市・皆野町が二つ表示されています。
それと、福井県の☆高浜町:市町村合併は既にリンク切れとなっていました。
修正の方お願いします。

追記
喜茂別町との合併の賛否を問う留寿都村の住民投票の日ですが、2月22日となっています。
参照元:新着情報

[68523] 2009 年 1 月 31 日 (土) 22:37:28 maki さん
 答え合わせ

[68494]ニニウノさん
兵庫県「神戸市 ー 神河町」

[68518]geoさん
埼玉県「さいたま市 ー 皆野町」

滋賀県「大津市 ー 高月町」

全部正解です。
解答は明日にでも発表しましょうか。



ところで、トップページにある「市町村分布図」が08年1月15日現在のままとなっていますが…

[68522] 2009 年 1 月 31 日 (土) 22:11:49【1】 オーナー グリグリ
 市区町村変遷情報ページの最新更新日について

[68500] 2009 年 1 月 29 日 (木) 21:02:02【2】 山野 さん
ところで、市区町村の変遷情報のページにて「最新更新日時: 1月28日 23時0分」とあるが
何所を更新されているんで?(合併予定一覧の方を覗いても元旦で止まっているし。)
[68502] 2009 年 1 月 29 日 (木) 21:31:10【1】 熊虎 さん
これは明治以降の変遷履歴を含む、全体の更新日時ではないかと思います。
かくいう私も「最終更新日時」が変わったのを見て、期待して法定協一覧を見ましたし、紛らわしいといえば紛らわしいですが・・・。
[68509] 2009 年 1 月 29 日 (木) 23:28:58 山野 さん
でるでるさんへ、更新情報なんですけども、この「最終更新日時」というのを区別して頂けないでしょうか。
例えるなら
現在のを(全)=「変遷情報・履歴」という形で。
新規の情報は(合)=「合併予定一覧表」という具合で。
「最新更新日時」の表示に関して混乱を与えてしまい申し訳ありませんでした。この表示はデータ管理プログラムが編集作業の日時から自動生成しており、でるでるさんや88さんが指定しているわけではありません。編集作業の日付と表示用ファイルを生成した日付に違いがある場合(編集作業だけ先行して行っているような場合で今回のケース)、表示上の更新データが存在しないにもかかわらず最新更新日が更新されていました。

仕様を見直し、更新履歴の内容と一致するように改善しましたのでよろしくお願いします。なお、時間データは廃止し「最新更新日」としましたのでご了承ください。

[68521] 2009 年 1 月 31 日 (土) 18:56:24 むっくん さん
サイトマップの市区町村変遷情報のところで、
広島県 山口県 高知県 福岡県 佐賀県 熊本県 大分県
へのリンクがされていません。また市区町村変遷情報の更新履歴のリンクにつきましても、2008年02月までのリンクまでしかされていません。
ご指摘ありがとうございました。いずれも修正いたしました。

(以下、業務連絡)

[68514] 2009 年 1 月 30 日 (金) 23:54:32 でるでる さん
グリグリさん、88さんへ(業務連絡)
変遷情報の編集ページにて障害が発生しましたのでお知らせいたします。
熊本県の途中(解散情報)〜沖縄県の情報が飛んでしまったようです。
先ほどより合併情報の編集作業を再開いたしましたが、早速トラブルを発生させてしまいました・・・(涙)
お手数をお掛けし大変申し訳ございませんが、復旧の対応のほど、よろしくお願いいたします。
編集管理プログラムが不完全なために障害が発生したものと思います。こちらこそご迷惑をお掛けして申し訳ありません。先ほどバックアップファイルと編集中のデータについては作業履歴を使って復旧させました。また合わせて表示用ファイルも生成しました。

[68521] 2009 年 1 月 31 日 (土) 18:56:24 むっくん さん
 石川県の市町村の廃置分合の根拠の訂正など

以前の拙稿[62863]市制町村制施行時の府令県令(ver2)で、石川県の市町村の廃置分合の根拠についての記載漏れがありましたので訂正します。

誤:県令第23号(M22.3.8)
正:県令第2328号(M22.3.8)
でした。

県令第28号(M22.3.8)も根拠とすることで初めて、明治22年4月1日に成立した「江沼郡大聖寺町」、「能美郡小松町」、「石川郡松任町」、「金沢市」、「鳳至郡輪島町」の1市4町の廃置分合の過程を説明することが出来るようになります。

[62863]拙稿の表については、[62926]と本書き込みで訂正しました([63907]の最後でリンクを1点追記もしました)が、まだまだ修正箇所が出てきそうです。

---------------
>グリグリさん
業務連絡です。

サイトマップの市区町村変遷情報のところで、
広島県 山口県 高知県 福岡県 佐賀県 熊本県 大分県
へのリンクがされていません。また市区町村変遷情報の更新履歴のリンクにつきましても、2008年02月までのリンクまでしかされていません。
これらのリンクの設定をお願いします。

[68520] 2009 年 1 月 31 日 (土) 18:45:33 むっくん さん
 市区町村変遷情報

>88さん
市区町村変遷情報に誤りと思えるところがありましたので報告します。

◎青森県
3 1897.08.27 町制 上北郡野辺地町 上北郡 野辺地村
1897.08.27町制ではなくて1897.08.29町制ではないでしょうか。根拠は青森県告示第166号(明30.8.29)です。
野辺地町HP内野辺地町110年の歩み(PDF)では1897.8.28町制とありますが。。。


◎山形県
13 1892.03.18 町制 北村山郡楯岡町 北村山郡 楯岡村
1892.03.18町制ではなくて1892.03.15町制ではないでしょうか。根拠は山形県告示第19号(明25.3.15)です。

14 1892.07.08 分立 最上郡角川村 最上郡 古口村の一部
15 1892.07.08 分立 最上郡豊田村 最上郡 豊里村の一部
これらは1892.07.08分立ではなくて、1892.06.18分立ではないでしょうか。根拠は山形県告示第49号(明25.6.18)です。

16 1892.07.08 分立 西置賜郡十王村 西置賜郡 白鷹村の一部
17 1892.07.08 境界変更 西置賜郡添川村 西置賜郡 添川村, 豊川村の一部
これらの分立、境界変更は1892.07.08ではなくて、1892.06.21ではないでしょうか。根拠は山形県告示第50号(明25.6.21)です。


◎千葉県
48 1914.03.01 新設 安房郡館山町 安房郡 館山町, 豊津村
1914.03.01新設ではなくて1914.04.01新設ではないでしょうか。
郡市町村廃置分合表(大正3年1月1日-大正7年12月31日)(編著・出版:内閣統計局、大9.3.31)では大3(1914).4.1新設合併とあります。
また、館山市HP(PDF)4コマでも
大正3年4月 館山町と豊津村合併して館山町となる
とあります。


◎新潟県
11 1890.12.17 改称 中蒲原郡鳥屋野村 中蒲原郡 鳥屋王村
1890.12.17改称ではなくて1891.2.__改称ではないでしょうか。
おそらく1890.12.17改称とした根拠は新潟県令甲第86号(明23.12.__)だと思われます。しかしこの明治23年新潟県令甲第86号は翌年二月の新潟県令甲第17号(明24.2.__)で一度取り消されています。そしてその後改めて新潟県告示第17号(明24.2.__)で改称されています。
ということは、改称の根拠は新潟県告示第17号(明24.2.__)であるものと考えられます。

145 1901.11.01 新設 古志郡下塩谷村 古志郡 五日市村, 川谷村, 吉樫村
は正しくは
145 1901.11.01 新設 古志郡下塩谷村 古志郡 五日「町」村, 川谷村, 吉樫村
ではないでしょうか。
例えば明治31(1898)年末の「日本帝国人口統計」を表す日本帝国人口統計(著・出版:内閣統計局、明34.3.31)では五日町村となっています。


◎石川県
92 1949.06.01 郡変更 石川郡白峯村 能美郡から石川郡に
167 2005.02.01 新設 白山市 松任市, 石川郡 美川町, 鶴来町, 河内村, 吉野谷村, 鳥越村, 尾口村, 白峰村
この二つの事例を比較しますと「白峯村」と「白峰村」となっており、表記が異なります。一体どちらが正しいのでしょうか。
どちらが正しいかではなくて、これも旧字体がらみで、[67802]で88さんが紹介されていることの一例なのかもしれませんが。。。
なお市制町村制が施行された明治22年4月1日では、石川県令第23号(明22.3.8)によりますと「白峯村」となっています。


◎山梨県
2 1892.04.01 分立 南巨摩郡穂積村 南巨摩郡 増穂村の一部
3 1892.04.01 分立 南都留郡長浜村 南都留郡 西湖村の一部
4 1892.04.01 新設 東八代郡黒駒村 東八代郡 下黒駒村, 上黒駒村, 藤野木村
これらの分立&新設合併は1892.04.01ではなくて1892.03.31なのではないでしょうか。根拠は山梨県告示第34号(明25.3.31)です。
ただし、山梨県告示第34号では黒駒村を構成する村として下黒駒村が抜けています。
そこで当時の資料にあたってみました。
明治24(1891)年末の「市町村現住人口」を表した内務省告示第29号(明25.7.15)では上黒駒村, 下黒駒村, 藤ノ木村とあります。明治25(1892)年末の「市町村現住人口」を表した内務省告示第37号(明26.7.27)では黒駒村はありますが下黒駒村はありません。そして明治24年末のこれら3村(下黒駒村, 上黒駒村, 藤ノ木村)の人口合計は2740人であり、明治25年末の黒駒村の人口2823人とあまり変わりはありません。
また郵便区画町村便覧[第6冊]明治25年4月現在巻之1(編著・出版:逓信省通信局、明26.1.27)では明25.4.1現在の町村名の欄で黒駒村大字上黒駒, 同 下黒駒, 同 藤之木とあります。
これらより山梨県告示第34号(明25.3.31)では単に下黒駒村の記載を漏らしただけなのではないかと私は推測しますがいかがでしょうか。


◎長野県
13 1893.06.30 町制 西筑摩郡福島町 西筑摩郡 福島村
1893.06.30町制ではなくて1893.05.27町制ではないでしょうか。根拠は長野県告示第56号(明26.5.27)です。


◎静岡県
2 1891.06.11 町制 賀茂郡熱海町 賀茂郡 熱海村
3 1891.06.11 改称 那賀郡中川村 那賀郡 中ノ郷村
4 1891.06.11 改称 駿東郡深良村 駿東郡 深浪村
5 1891.06.11 改称 志太郡朝比奈村 志太郡 朝夷村
6 1891.06.11 改称 長上郡和田村 長上郡 橋田村
7 1891.06.11 改称 長上郡中郡村 長上郡 万斛村
8 1891.06.11 改称 敷知郡曳馬村 敷知郡 曳馬下村
これらの町制もしくは改称がなされたのは1891.06.11ではなくて1891.06.12ではないでしょうか。根拠は静岡県告示第26号(明24.6.12)です。

10 1891.07.16 改称 敷知郡吉野村 敷知郡 須ノ木沢村
1891.07.16改称ではなくて1891.07.14改称ではないでしょうか。根拠は静岡県告示第35号(明24.7.14)です。

14 1894.06.01 分立 山名郡南御厨村 山名郡 御厨村の一部
1894.06.01分立ではなくて1894.05.31分立ではないでしょうか。根拠は静岡県告示第49号(明27.5.31)です。

25 1896.06.29 町制 磐田郡掛塚町 磐田郡 掛塚村
1896.06.29町制ではなくて1896.06.19町制ではないでしょうか。根拠は静岡県告示第42号(明29.6.19)です。


◎愛知県
9 1890.10.23 分割 北設楽郡上津具村 北設楽郡 津具村の一部
10 1890.10.23 分割 北設楽郡下津具村 北設楽郡 津具村の一部
1890.10.23分割ではなくて1890.10.20分割ではないでしょうか。根拠は愛知県告示第123号(明23.10.20)です。

68 1895.01.25 新設 渥美郡豊橋町 渥美郡 豊橋村, 豊橋町
1895.01.25新設ではなくて1895.02.25新設ではないでしょうか。根拠は愛知県告示第20号(明28.2.25)です。


◎三重県
1897.09.30 境界変更 河芸郡玉垣村 河芸郡 玉垣村, 若松村の一部(大字岸岡)
が抜けているのではないでしょうか。根拠は三重県告示第180号(明30.10.5)です。
#大字岸岡はM22.4.1に三重県令第13号(明22.3.1)により、若松村の一部となった旧・岸岡村の区域にあたります。

◎島根県
1890.02.18? 境界変更 鹿足郡日原村 鹿足郡 日原村, 小川村の一部(大字瀧元)
この境界変更を入れることはないのでしょうか。根拠は島根県告示第23号(明23.2.18)です。
島根県令第21号(明22.3.9)によりますと、島根県に町村制が実施された明22.4.1には、瀧元村の字小直字越原の区域は日原村となり、瀧元村の字小直字越原以外の区域は小川村となりました。
なお1890.02.18?と実施日に?をつけているのは、告示の文言が「改称ス」ではなくて「改称セリ」と過去形で書かれているため、正確な年月日が良く分からないという意味合いです。

5 1891.05.31 改称 鹿足郡畑迫村 鹿足郡 喜時雨村
1891.05.31改称ではなくて1891.05.11改称ではないでしょうか。根拠は島根県告示第45号(明24.5.11)です。

7 1893.07.09 改称 意宇郡来待村 意宇郡 来海村
1893.07.09改称ではなくて1893.07.19改称ではないでしょうか。根拠は島根県県告示第141号(明26.7.19)です。


◎高知県
10 1899.02.20 町制 幡多郡宿毛町 幡多郡 宿毛村
1899.02.20町制ではなくて1898.12.20町制ではないでしょうか。角川日本地名大辞典高知県(著:角川日本地名大辞典編纂委員会、出版:角川書店、1986)1523頁では明治31(1898)年12月20日町制とあります。
明治30(1897)年末の「市町村現住人口」を表した内務省告示第92号(明31.9.13)では明治30年12月31日で宿毛村ですが、明治31(1898)年末の「道府県島郡市町村現住人口」を表した官報(明33.2.1)では明治31年12月31日で宿毛町となっています。
明治31(1898)年末の「日本帝国人口統計」を表した日本帝国人口統計(著・出版:内閣統計局、明34.3.31)でも、明31.12.31には宿毛町となっています。
また町村廃置分合一覧表(明治31年12月31日-明治36年12月31日)(著・出版:内閣統計局、明39.2.8)には香美郡赤岡村の町制施行の記載はあるのに幡多郡宿毛村の町制施行の記載がありません。これは既に幡多郡宿毛村に町制が施行されていたから、とすると上手く説明できます。
宿毛市立宿毛小学校の沿革では
明治32年1月1日 町制施行により宿毛町立宿毛尋常小学校となる
とあり、明治31(1898)年12月20日町制と整合性があります。


◎長崎県
52 1934.10.17 町制 南松浦郡有川町 南松浦郡 有川村
1934.10.17町制ではなくて1932.10.17町制ではないでしょうか。
長崎県勢要覧市町村の合併一覧(PDF)3コマによりますと、1934.10.17町制ではなくて昭7(1932).10.17町制となっています。
新上五島町が出来る前の上五島地域5町合併協議会(PDF)9コマでも、1934.10.17ではなくて昭7(1932).10.17町制と記載しています。


◎鹿児島県
1911.09.30 境界変更 鹿児島市 鹿児島市, 鹿児島郡 伊敷村の一部(大字下伊敷字草牟田)
が抜けていませんでしょうか。大字下伊敷字草牟田とは明治4年に下伊敷村に編入された旧・草牟田村の区域です([67581])。ただ、廃藩置県直前に、旧・草牟田村は下伊敷村に編入されているため、これは市区町村変遷情報の収録の範囲外となるかもしれませんが。。。
参考:鹿児島市例規集、「角川地名大辞典46鹿児島県」(著:角川日本地名大辞典編纂委員会、出版:角川書店、1983)


以上、多数になりましたがよろしくお願いします。

[68519] 2009 年 1 月 31 日 (土) 17:02:07 hmt さん
 美濃・越前・飛騨の「大きな野」 (2)拡大していた越前側の大野郡
hmt 両白山地の三県境と大野

[68512] むっくん さん
1580年ごろ、古来加賀国能見郡に属していた白山直下の16村(瀬戸村、女原村、二口村、五味島村、釜谷村、鴇ヶ谷村、深瀬村、下田原村、島村、牛首村、風嵐村、杖村、小原村、丸山村、須納谷村、新保村)が越前国大野郡に属することになりました。

近世には、越前側の大野郡が、現在は加賀国と認識されている白山西麓の16村に拡大していたというお話、興味深く拝見しました。天保国絵図・越前国を眺めたことはあったのですが、気がついていませんでした。
その範囲を、20万分の1地勢図で確認して、改めてその広大な面積に感嘆!

朝倉氏に代って勢力を増した一向一揆は、天台白山教団と対立して平泉寺を焼討ち。
その一向一揆も、柴田勝家に討伐されました。
白山信仰は依然として無視できない存在でしたが、戦国末期以降は、武家の力関係がこの地でも所属を決めるようになりました。
江戸時代を通じて、外様大名の加賀前田家でなく、親藩の越前松平家が支配する大野郡という状態が続いていたというわけですね。

巨視的には白山信仰により“国を越えて一体となった村々”だったのでしょうが、禅定道(登山ルート)の拠点(馬場)は、ライバル関係にあります。
越前勝山の平泉寺。その越前馬場に属しながら、平泉寺とも利害の衝突がある手取川上流の牛首村・風嵐村(明治以後の白峰村)。加賀馬場(旧・鶴来町に白山本宮の白山寺)とその前進基地の尾添村。それに加えて美濃馬場(旧・白鳥町の長滝寺)からの信者を迎えるのが石徹白村。
どこにお金が落ちるかは地元としては大問題です。

江戸時代を通じて福井藩と加賀藩とを巻き込んだ抗争対立を経て、「白山麓十八ヶ村」は幕府直轄領になりました(1668)。
そして、最有力勢力の平泉寺のある越前側が、事実上の支配権を失うことになったのは明治維新でした。

「白山麓十八ヶ村」は明治4年になって、福井県(足羽県と改称)大野郡所属となります。しかしその直後の明治5年に嘆願書が出され、同年11月に十八ヶ村はすべて石川県の加賀国能美郡所属となりました。【一部省略して引用】

リンクしていただいた資料によると、尾添村・荒谷村が“石川県に属したい”という嘆願書を出したのですね。もともと加賀馬場だった村ですから当然とも言えます。
ここで、2村を切り離して加賀(石川県)に戻すのなら普通の処置ですが、従来からのしがらみと絶縁した明治政府は、18ヶ村の一括処理を検討すべく、足羽県と石川県とに調査を命じました。
そして、足羽県と石川県の対応の違いが、「白山麓十八ヶ村」の帰属に影響した……

この説は、なかなか興味深いものでしたが、それはともかく。
この2村も福井県になっていたということは、越前国大野郡が、16ヶ村に及んでいた江戸時代よりも、更に拡大していたという事実を示しています。
明治4年から5年にかけてのごく短期間ですが、越前側の大野郡を更に拡大させていた2村は、旧・尾口村の東部です。
越前・飛騨両国の大野郡の境界線は、5kmほどプラスした約30 kmになっていた可能性があります。

[68518] 2009 年 1 月 31 日 (土) 15:18:29【2】 geo さん
 四国旅行記+帰郷

 こんにちは。
 学年末テストも終わり,今日から3月10日の卒業式まで「家庭研修」といわれる1ヶ月程度の長期休暇に入りました。

[68391]みかちゅう さん 他
センター試験
 現役でありながら受験していませんが(笑),受験した友人から試験用紙を借りてやってみました。
 結果,「地理A」が70点,「地理B」が80点でした。まぁそこそこといった感じでしょうか。ちなみに8割超えれば「MARCH」レベルに達するそう。通っている高校の地理教師から聞いた話です。

[68481] maki さん
「ある条件」に当てはまる最大と最小の自治体
 ゆかりのある県から。

埼玉県 「さいたま市 − 皆野町」

滋賀県 「大津市 − 高月町」

でしょうか。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 
 
 さて本題。旅行から1ヶ月経ってしまいましたが・・・。
 去年の年末から今年の年始にかけて,僕の大学合格記念(?)で四国方面へ旅行にいってきました。その旅行記をだらだらと綴りたいと思います。(クイズ形式にすると疲れるのでやりません(笑))

 まずは1日目(12月29日)
 
 日付が変わる20分前に埼玉の自宅を出発し(前にも同じようなフレーズが・・・),0時半頃に入間IC(埼玉県)から高速へ流入。ここからいつも通り(?)圏央・中央・名神・中国道をひたすら走行(一昨年末の旅行では中国道の吹田−西宮北で大渋滞にはまりましたが,今回は通過時間が早かった為に渋滞なしでこの区間を通過。)そして山陽道に乗り継ぎ,8時には河内IC(広島県)で高速を流出。R2・東広島呉道・R375・R185などを経由し,9時半頃に着いた先は「大和ミュージアム」。ココの魅力はなんといっても1/10サイズの「大和」で,1/10サイズながらその大きさ・迫力に圧倒,カメラの画面に入りきらない程でした。また様々な遺品や戦闘機などが展示されていて,父親はかなり満足したそう(笑)。また大和ミュージアムの向いにある大型潜水艦をそのまま展示した「てつのくじら館」にも行こうとしたものの,年末年始で残念ながら休み。
 昼食後呉市内を発ち,R487を南下して「音戸の瀬戸公園」に立ち寄った後,県道を北上して阿賀港へ。ここで16時発のフェリーに乗り18時前に松山市の堀江港へ到着し四国上陸。R196などを経由し20分程度で「道後温泉」に到着。本館に入ろうとしましたが混んでいそうだったので,西に300m離れた「椿の湯」で入浴。入浴後カラクリ時計や足湯など温泉周辺を散策,20時過ぎに道後温泉を後にして,途中で夕食をとり22時前にこの日の宿泊地「道の駅みかわ」へ。

 2日目(12月30日)
 
 8時に道の駅を出発,R33を東へ走り10時前には高知市内,そこから20分程度で高知の名所「桂浜」に到着。坂本竜馬像をカメラに収めて浜辺で休憩。晴天で暖かく波も穏やか,本当に気持ちいい陽気でした。11時過ぎに桂浜を出発,R55を進み(昼食で食べた,道の駅大山の生しらす丼はオススメです!),14時半に室戸岬へ到達し岬の先端を散策。しかし先ほどの桂浜とは違い暴風が吹き荒れ,海もしけて肌寒く大変な思いをしました。そして室戸岬灯台を見学後,室戸スカイライン経由で来た道を戻り18時過ぎに再び高知市内。市内のスーパー銭湯で入浴&夕食とし,R32を北上。21時過ぎには宿泊地「道の駅大杉」に到着。

 3日目(12月31日)
 
 7時半に道の駅を出発。R32を北上するほどに雲行きが怪しくなり,大歩危で祖谷方面に道を曲がった途端に雪が降り始めて,最初の目的地である「祖谷のかずら橋」近くの駐車場に着くころには一面銀世界。マイナス4度の寒さの中早足で橋へ向かったものの,橋は積雪のために渡れず。重い足取りで引き返すはめになりました(泣)。
 来た道を10分程度引き返し「平家屋敷民俗資料館」へ。民家内には貴重な資料が展示されている他,囲炉裏での休憩スペースがあり,寒かったこの日は家の方が火を付けてくれたので,暖まりながら休憩できました。拙稿[67786]はそんな中で書き込んだものです(笑)。
 10時前に資料館を出発。R32に戻り北上。小歩危を過ぎた頃には雪も止み,11時に「道の駅たからだの里さいた」に立ち寄り,念願(笑)のさぬきうどんを頂きます。1杯150円はものすごい魅力。さらなる美味いうどんにありつこうと,まんのう町内の某有名うどん店に行こうとしましたが大晦日で休み。それではと綾川町内の某有名うどん店へ向かいましたが,ここも大晦日で休み。仕方なく近くのセルフうどん店でぶっかけうどんとしました。食事後,車を20分程走らせ「こんぴらさん」へ到着。本宮までの785段を,体調が悪いこの日は所々休憩を挟みながら上り,着くころにはヘトヘトに。しかし本宮からは讃岐平野が一望,遠くに瀬戸大橋が見ることもでき,すばらしい景色を堪能することができました。
 15時半に琴平を出発。時間に余裕があったので,綾川のイオンSCで立ち寄り少しばかり日用品など買い物。1時間半ほどして出発,17時に高松市内のスーパー銭湯で入浴&ファミレスで夕食とし,20時半には「道の駅みろく」に到着。ここで年越しすることに。

 4日目(1月1日)
 
 某バラエティ番組(笑)で年越し後一眠りつき,7時半に道の駅を出発。R11・鳴門スカイラインを走り9時前に「鳴門公園」に到着。以前四国を訪れた際に行けなかった,大鳴門橋の橋桁内にある「徳島県立渦の道」へ。展望室は暖かいのだろうと思いきや実際は隙間から冷たい風が吹き抜け,ものすごい寒い思いをしました(汗)。さらに「大鳴門橋架橋記念館エディ」も見学,10時半に出発。5分程の鳴門北ICから高速へ流入し,四国脱出となりました。
 これで四国旅行は終了。

 ここからは滋賀県の田舎へ帰郷となります。神淡鳴道・阪神高速・中国道・名神・京滋BPを走行し,12時に瀬田東ICで流出。R1・R8を北上。野洲市内まで曇り,竜王町から雨が降り出し,近江八幡市に入ってみぞれに変わり,近江八幡市の中心部から完全な雪,という天気の境界をまたぐことになりました。
 湖北地方の田舎へは4時過ぎに到着。今年も田舎は雪の正月となることに。田舎での4日間,初詣に親戚まわりに買い物に・・・と大忙し。ということで湖北エリアのスキー場へ行くという野望は来冬に持ち越し・・・。

 埼玉の自宅へは1月4日の夕方に帰ってきました。まるまる1週間家を空けていたということになります。年賀状がたまって,我が家のポストは大変なことになってました(笑)。

 だいたいこんな感じです。
 なお今回の旅行で愛媛県初宿泊・高知県初上陸+初宿泊を達成し,生涯経県値は5点アップの150点に。

 今回も年末年始の旅行という関係上,閉館の観光施設が多く,プラン立案にはかなり苦労しました。しかしほぼ計画通りに進んだことは良かったかな。今度は九州行きたいなぁ〜(笑)。

[68517] 2009 年 1 月 31 日 (土) 14:48:35 山野[山野] さん
 あー、朝っぱらから風が強い〜

昨日の夜は雨がザンザン降り、今日は雨が降らん代わりに風が強いこと。珍しく天気予報が当たりました。
(家では天気予報の事を「天気阿呆」と呼んでおります。)

さて、本題です。
(岩手県)
釜石市と合併を目指す住民団体が始めた署名活動が終了したという事で近く選管に提出される予定。
(山形県1)
一方、米沢・川西、両市町の住民団体は、法定協設置の為の署名活動を本日から開始するとの事です。
(山形県2)
新庄市・真室川町・戸沢村で構成される新庄最上地域合併協議会にて昨日、合併方式が決まり新設合併となりました。
(埼玉県)
以前から話があったように昨日、鳩ヶ谷市が川口市へ合併協議の申し入れを行いました。
でるでるさん、お願いします。

[68516] 2009 年 1 月 31 日 (土) 12:23:52【1】 白桃 さん
 岡山県には100名邑

以下は左から
都府県名
「市街及ビ市街ノ体裁ヲナシタル名邑」の数(市街名邑及町村二百戸以上戸口表:1988年内務省)
「市街及ビ市街ノ体裁ヲナシタル名邑」のうち現住人口3千人以上の名邑数(人口は1986年)
市町村制施行時の市町数(香川のみ1890年、他は1889年。1889年町制施行の土岐津、竹原を含む)
上記市町のうち現住人口3千人以上
現在の市数(東京特別23区は1市にカウント)

名邑3千上市町3千上現市数名邑3千上市町3千上現市数
青森31136610---滋賀27106613
岩手55 142215 13---京都4610151215
宮城1514201813---大阪3621141033
秋田12 9151313---兵庫7727282729
山形231510913---奈良30610712
福島4819211913---和歌山198449
茨城2413412432---鳥取235554
栃木279262414---島根817998
群馬3511352212---岡山100184415
埼玉5817402940---広島562314914
千葉5314423536---山口30145513
東京2111171227---徳島73338
神奈川3812211419---香川1611668
新潟6137483520---愛媛331213911
富山4119332310---高知763211
石川99161210---福岡2514221728
福井22101099---佐賀1496510
山梨1051113---長崎28236513
長野4616161319---熊本2512282014
岐阜3718271721---大分1212141414
静岡4422322823---宮崎96549
愛知2217241735---鹿児島2781118
三重7918191614---1539607763595738

私にとって今、最大の関心事は、たとえば湯浅(和歌山)のような名邑中の名邑(当時人口9,295人)が何故、市町村制施行と同時に「町」になれなかったのか、ということです。名邑数の地域的アンバランスからも想像できますが、「町」の基準も各県まちまちだったのでしょうけど、それにしてもねえ・・・

余談:今回で駄文を連ねた書き込み2000回だと思います。グリグリさんはじめ皆様、今後ともよろしくお願いいたします。

[68515] 2009 年 1 月 31 日 (土) 00:40:04【1】 白桃 さん
 ドメスティック・クイズ・オブ・ザッツ・ジェオグラフイー他

私、オーナーの触発を受け、というか、うっぷん晴らしに、酔っ払って、家庭内地理雑学クイズを催すことがあります。
もう大分前ですが、
比較的簡単な問1と、センター試験レベルの問2.(山形県とフィンランドに関する設問)を行い、愛西は52点、袋田?滝娘は91点、ジャニーズ系子息は100点でした。(何を参考にしても良いので高得点は当たり前!)
で、その息子がオーストラリア旅行から帰ってきた今日、タヒチに行ったことがある奥様と、
ニュー・カレドニアの経験がある娘(ニュー・カレドコニイア)に、
「3人が経験しているのに、家で海外旅行経験が一番防府なお父さんだけ経験したことがないのは???」
というクイズを出したところ、しばらくあって
奥様「あ、あ〜、南ハンキュウに・・・」
と言い出したら、急に
娘「わかった!。ハンキュウ交通社で行ったことがない!」
私「・・・@#@$@%@&@」

[68501]hiroroじゃけぇ さん
三本松に現在、マルナカがありますが、私が幼少のミギリには存在しておりませんでした。
白桃は、高松の三越と岡山の天満屋以外で買い物をしたことがありません。(嘘)

[68514] 2009 年 1 月 30 日 (金) 23:54:32 でるでる さん
 合併情報から業務連絡

こんばんは。でるでるです。

グリグリさん、88さんへ(業務連絡)

変遷情報の編集ページにて障害が発生しましたのでお知らせいたします。
熊本県の途中(解散情報)〜沖縄県の情報が飛んでしまったようです。

先ほどより合併情報の編集作業を再開いたしましたが、早速トラブルを発生させてしまいました・・・(涙)

お手数をお掛けし大変申し訳ございませんが、復旧の対応のほど、よろしくお願いいたします。

また、88さん、復旧まで編集作業をストップしてください。
ご迷惑をお掛けいたしますが、よろしくお願いいたします。


#自宅からはメールが出来ない状況のため、落書き帳に直接書き込みしました。

[68513] 2009 年 1 月 30 日 (金) 22:21:52 むっくん さん
 越前と美濃の大野郡
hmt 両白山地の三県境と大野

[68491]hmtさん
越前国大野郡と美濃国大野郡との境界線も、能郷白山(両白山地の名の由来)に連なる大分水嶺です。
こちらは古代はいさ知らず、少なくとも近世になると直結する交通路が開けていました。現在は国道157号。
越前国大野郡と美濃国大野郡との間で一番古くから開けていた峠道は、現在の国道157号の峠でもある温見峠(地図)を経由するもので、遅くても鎌倉時代には開けていました。鎌倉時代当時、「いざ鎌倉」というときは、越前国の府中があった武生(現:越前市)からはこの温見峠を越えて、鎌倉に馳せ参じたと言われています。(参考:鎌倉街道
また、温見峠は越前国の平泉寺(加賀の一向宗門徒によって1574年に滅亡させられた)から美濃への布教への通路でもあり、多くの僧侶たちがこの峠を越しました。平泉寺の主唱した白山禅定道を登拝する白山講の時には美濃の信徒が大勢この峠を越しました。(参考:温見峠

さてこのように利用されてきた「温見峠」ですが、この峠を通る道の近代化は昭和になるまで待たなければなりませんでした。昭和に入り幾度かの改修はされましたが、峠まで改修されたのは昭和49(1974)年になってからでした。その後昭和52(1977)年の国道昇格により、車で福井県まで抜けることができるような道となりました。
とは言え、温見峠へ行く途中の道は現在でもまだまだ未整備です。沿道には落ちたら死ぬ!!というそのままずばりの標識もあり、過去記事にもあるように、とある筋では酷道として知られているようです。

ところで話は変わりますが、越前国大野郡と美濃国大野郡との往来に際し、最も利用された峠道は常に温見峠(地図)かというとそうではありません。
天保5(1838)年より大垣藩が黒津・這法師峠の新道を建設し、その峠道が完成した天保13(1846)年には、越前国大野郡と美濃国大野郡を結ぶ越前街道の本道の地位を這法師峠(地図)に譲り渡していたりもしています。
この這法師峠は、尊皇攘夷派の水戸浪士・武田耕雲斉らが冬の這法師峠越えをしたことで一瞬だけ歴史の表舞台?に現れます。(参考:蝿帽子峠
国土交通省岐阜国道事務所HPの「温見峠」(現在はリンク切れ)では
4.2 這法師峠と水戸浪士
 這法師峠で、歴史上最も有名なのは、幕末期、尊皇攘夷派の水戸浪士、武田耕雲斉ら約1000人の通過である。開国により国内が混乱が進む中、尊皇攘夷を訴えるこれらの人々は、京都に赴き、一橋慶喜にその志を訴えようと、この峠を通過したのである。元治元(1864)年12月のことである。
 一行は、幕軍が合渡(岐阜市)と呂久(巣南町)の2か所に、彦根・大垣藩が、揖斐川を前に砲列を敷いて、水戸浪士の通過に備えていたため、厳しい冬の這法師峠越えを選んだ。
 根尾村の人にとっては、1000人もの浪士の通過に恐れおののいて、雨戸を閉め、息を潜める家が多くあった。しかし、野営をする浪士に対して、蒔を持ち寄り、心尽くしの炊き出しをしたので、この素朴で親切な根尾人の接待に心から喜んだという。
 4日から雪が降り出し、這法師峠手前の大河原を出る5日には、1mを越えていた。雪は更に降り続き、這法師峠を越える時には、雪は2mは越えていた。この大雪をかき分け、よじ登りながら峠越えをした。積雪は道を埋め、滑りやすく、谷底に転落し、再び立つことができない人もいたという。途中には、大野藩の兵が、大木を倒して道を遮断し、行軍を防ごうとしており、行軍の厳しさは例えようがないものであった。
 ようやく峠を越え、大野郡黒戸村にたどり着いた時には、民家はことごとく大野藩によって焼き払われており、泊まるべき家が一戸もなく、全軍、橋の下などに野営をした。
 すでに、一行は心身とも疲れ果て、加賀藩に降伏し、敦賀市松原で処刑をされた。
と説明されていました。

[68512] 2009 年 1 月 30 日 (金) 22:21:46 むっくん さん
 越前と飛騨の大野郡
hmt 両白山地の三県境と大野

[68491]hmtさん
現在の地図を見ると、大野市(もと越前国大野郡)と高山市(もと飛騨国大野郡)の境界線は僅かに2kmほどの長さで、しかも2000m近い高峰が連なっています。1958年の石徹白村越県合併[68397]以前の境界線は、もう少し長かったのですが、それにしても越前と飛騨の大野郡は、交通路のない高峰に隔てられていたことに違いありません。
hmtさんの話の本旨からずれますが、越前国大野郡と飛騨国大野郡の境界線の距離について記してみます。
まず、年代によって越前国大野郡と飛騨国大野郡の境界線の距離は以下のような変遷をたどります。

年代越前国大野郡と飛騨国大野郡の境界線の距離
〜1580年ごろ約15km(キョリ測
1580年ごろ〜1872年約25km(キョリ測
1872年〜1958(S33).10.14約15km(キョリ測
1958(S33).10.15〜現在約2.5km(のように見える)

古来、越前国大野郡と飛騨国大野郡の境界線は、三ノ峰の若干南側(地図)(加賀・越前・飛騨3国境で現在も石川県・福井県・岐阜県3県の県境)〜大日ヶ岳(地図)(美濃・越前・飛騨3国境で現在は岐阜県内)でした。

それが1580年ごろ、古来加賀国能見郡に属していた白山直下の16村(瀬戸村、女原村、二口村、五味島村、釜谷村、鴇ヶ谷村、深瀬村、下田原村、島村、牛首村、風嵐村、杖村、小原村、丸山村、須納谷村、新保村)が越前国大野郡に属することになりました(参考:図説福井県史12越前・若狭と周辺地域(1)牛首道)。これにより加賀・越前・飛騨3国の境が従来の箇所よりかなり北の、現在では岐阜県と石川県の県境の山として理解されている白山のやや北側に移動しました。
そのため越前国大野郡と飛騨国大野郡の境界線の距離が約10km延びたことになったのでした。
例えば江戸時代後期の天保国絵図・越前国天保国絵図・加賀国天保国絵図・飛騨国でも、このことは見て取れます。

白山直下の地では、江戸時代の明暦元(1655)年に、白山での杣取りなどの権利をめぐる争論が加賀国能美郡の尾添村と越前国大野郡牛首村・風嵐村で起こり、それが加賀藩と福井藩も巻き込んでの大争論へと発展してしまいました。(参考:谷峠
この時、加賀藩は加賀国能美郡の尾添村・荒谷村の支配を返上し、寛文8(1668)年に江戸幕府の裁定で前述の越前国大野郡16村と加賀国能美郡の2村は幕府領(天領)になりました。以後これら18村は「白山麓十八ヶ村」と国を越えて一体となった村々として人々に認識されるようになりました。

その後「白山麓十八ヶ村」は明治になって、明治3(1870)年12月に本保県、明治4(1871)年11月には福井県(同年12月に足羽県と改称)大野郡所属となります。しかしその直後の明治5年に嘆願書が出され、その時の実地調査によって同年11月に「白山麓十八ヶ村」はすべて石川県の加賀国能美郡所属となりました。(参考:白山信仰の一大拠点−平泉寺(勝山高校HP内)北陸歴史の謎
#「白山麓十八ヶ村」のうち、手取川沿いの村々は明治22(1889)年4月1日に能美郡尾口村&白峯村となり、昭和24(1949)年の石川郡への変更(尾口村白峯村)を経て、現在は白山市になっています。大日川・杖川沿いの村々は明治22(1889)年4月1日に能美郡新丸村となり、現在は小松市になっています。

これが明治5(1872)年の変化で、古来と同じ国郡に戻ったため、越前国大野郡と飛騨国大野郡の境界線の距離もまた以前に戻ったのでした(約10km短縮されました)。

その後、昭和33(1958)年の福井県石徹白村の岐阜県への越県合併に伴い、元・越前国大野郡と元・飛騨国大野郡の境界線の距離は、約2.5kmしかないように見えるようになったのでした。

[68511] 2009 年 1 月 30 日 (金) 14:52:45 でるでる さん
 合併情報

こんにちは。でるでるです。

本日と明日(30、31日)の2日間に、私が担当している平成の合併(変遷)情報の更新作業に取り掛かります。

更新作業が遅れてしまい、申し訳ございません。

何とか今月中(2日間しかないけど・・・)には、最新情報を反映させたいと思います。

2月からは、以前のような頻度での更新を目指しますので、今後とも引き続きよろしくお願いいたします。

取り急ぎ、お知らせまで。

#昨晩、久々に自宅PCの起動に成功(汗)。ようやく合併情報メールの内容を確認出来ました。
(現在、自宅PCから更新作業やメール送信が出来ない状況です→文字入力不可のため・・・)

#まずは、PCを買い替えなきゃ・・・(−−;;;

[68510] 2009 年 1 月 29 日 (木) 23:40:46 蒼の狼 さん
 マルナカ〜 マルナカ〜 なかなっかな〜

[68501] hiroroじゃけぇさん

お呼び頂きありがとうございます。
まさに青天の霹靂ですね。
神戸に来るまではずっと、
マルナカは四国と岡山にしかないと思ってましたから。

香川にいた時はマルナカやパワーシティでよく買いものをしてました。
ほんと身近な存在でしたね。
神戸に本社が置かれるので、
むしろ僕の住んでる所に来てくれたのに、なぜだか淋しいです。

[68509] 2009 年 1 月 29 日 (木) 23:28:58 山野[山野] さん
 非常に紛らわしいので…

[68502]熊虎さん
かくいう私も「最終更新日時」が変わったのを見て、期待して法定協一覧を見ましたし、紛らわしいといえば紛らわしいですが・・・。
あー、やっぱりそう思いますよね。

でるでるさんへ、更新情報なんですけども、この「最終更新日時」というのを区別して頂けないでしょうか。
例えるなら
現在のを(全)=「変遷情報・履歴」という形で。
新規の情報は(合)=「合併予定一覧表」という具合で。

[68508] 2009 年 1 月 29 日 (木) 22:59:00 いっちゃん さん
 同郷対決

[68498]JOUTOUさん
1938年「中京商VS東邦商」、1941年「東邦商VS一宮中」、1948年「京都一商VS京都二商」、1972年「日大桜丘VS日大三」で、同都府県で決勝戦が行われています。
プラスαありがとうございます。今の時代(いや、1972年は最近の範疇ですが)に同一都道府県の高校が決勝で対戦するとなるとかなりハードルは高いでしょうが、それがどこの代表であれ是非見てみたいですね。
で、恐らくJOUTOUさんはこのデータをお持ちだとは思いますが、決勝を含め同郷対決ってどのくらいあったのか調べてみました。

北海道1994年 夏 2回戦北海vs砂川北
東京1972年 春 決勝日大桜丘vs日大三
1977年 夏 2回戦早稲田実vs桜美林
1995年 夏 準々決勝帝京vs創価
愛知1933年 春 準々決勝中京商vs享栄商
1937年 春 準決勝中京商vs東邦商
1938年 春 決勝中京商vs東邦商
1941年 春 決勝東邦商vs一宮中
京都1936年 春 準々決勝平安中vs京都師範
1940年 春 準々決勝京都商vs平安中
1948年 春 決勝京都一商vs京都二商
1953年 春 2回戦伏見vs平安
大阪1961年 春 2回戦浪商vs明星
兵庫1925年 春 準々決勝甲陽中vs第一神港商
1928年 春 準々決勝関西学院中vs甲陽中
1930年 春 準決勝第一神港商vs甲陽中
1931年 春 2回戦第一神港商vs明石中
和歌山1931年 春 2回戦和歌山中vs海草中
1933年 春 2回戦海草中vs海南中
熊本1958年 春 準決勝済々黌vs熊本工
北海道対決は記憶に新しいところですが、意外だったのが熊本対決。そそられますねぇ。大阪対決が一度というのは逆の意味で意外かな?
とは言え、今や同郷対決はある程度勝ち進まないと実現しないように組み合わせ抽選の段階で振り分けられてしまいますから、難しくなってしまいましたね。

[68507] 2009 年 1 月 29 日 (木) 22:37:47 小松原ラガー さん
 マルナカ

小松原ラガーです。

[68501] hiroroじゃけぇ さん
さてさて、香川や岡山にとっては驚きのニュースがありましたね。タイトルの歌詞が印象的なスーパー「マルナカ」の本社が、神戸市に移るとのこと。これは、四国の「マルナカ」と本州の「山陽マルナカ」を統合した上での移転。それぞれの本社がある高松市や岡山市にとっては、寝耳に水のような話です。しかし、なぜ神戸市なのか?本州側の出店、特に関西地区への出店を加速させる為のようですが、岡山市ではなく神戸市にしたことが、どうも地元を軽視しているような印象を受けてしまいます。

移転先の神戸市に住んでおりますが、さほどニュースにもなっていないのですが、さぞや地元の方々の無念、残念さ、心中お察し申し上げます。そういえばうちの近くにも「マルナカ」があったような・・・。で、この移転ですが、仰っておられるように、関西地区へテリトリーを広げるために、かつ、物流の拠点として地の利のよい六甲アイランドに本社を持ってくるということのようです。(個人的には「物流の地の利」というだけなら何も本社まで持ってこなくても、倉庫だけでもよいのでは、などと素人ながらに思っちゃいましたが・・・。)

あと、「マル」つながりで言えば、北海道では丸井今井が民事再生法申請とか。あ〜ぁ。でも、ネット上に出ているこのページで「旧経営陣者の放漫経営」ということばを見かけたときには笑ってしまいましたが・・・。

[68506] 2009 年 1 月 29 日 (木) 22:15:26 Issie さん
 相模原市緑区

[68503] ヌオ さん
町田市が神奈川県の方に突き出してる上

つまり,この“出っ張り”が [68487] でるる述べた「武蔵国多摩(多磨)郡のうちで“領”に含まれずに“郷”や“庄”でまとめられている区域」なのですね。

ところで 相模原市のHP に,26日の 第7回行政区画等審議会の報告 が掲載されています。
当日の会議の議事録はまだ編集中で掲載されていませんが,意向調査の詳しい集計結果が掲載されています(こちら pdfファイル,138KB)。
興味深いのは (3) の「A区における津久井地域と旧相模原市域の居住者別の応募数」。
A区の名前に対する票数が以下のように両地域で対照的な分布になっています。

津久井地域-旧市域
名称件数割合名称件数割合
みどり区96027.0%北区1,38928.3%
北区80822.7%けやき区1,07221.9%
西区69819.6%みどり区95119.4%
緑区68419.2%緑区78516.0%
けやき区40811.5%西区70714.4%
3,558100%4,904100%

「北区」と「西区」の票数分布に旧市域と津久井地域との“地理的な感覚”の違いが読めるような気がするし,津久井の住民では「みどり/緑区」が圧倒的(あわせて 46.2%)というのも分かるような気がします。
…って言っても,全体の票数は決して多いわけではないですからねぇ。
ともかく,最多票の「北区」ではなく「緑区」が選ばれたのは,単に「足したら最多」なだけではなくて,津久井地域への配慮があったのかも,と思わせるものがあります。ま,これが「邪推」かどうかは,会議録が公開されたらわかるかな。

[68505] 2009 年 1 月 29 日 (木) 22:13:35 役チャン さん
 コミュニティバス

[68495] みかちゅう さん

[68496] 淡水魚 さん

貴重なご意見や情報のご提供ありがとうございます。
参考にさせていただきます。

[68504] 2009 年 1 月 29 日 (木) 22:07:56 役チャン さん
 ローカルバス路線の新規開業(徳島県)

またローカルバスの話です。こちらはコミュニティバスではなく路線バスですが、最近ではめずらしいローカルバス路線の新規開業がありました。 

徳島市に隣接する佐那河内村と神山町へは水系が異なることもあり従来は徳島を基点に異なる路線のバスで行かなければならなかったものが、徳島バスの時刻表を調べていたら回遊できることがわかりました。昨年(2008年)10月より佐那河内線の一部が神山町の町役場のある寄井中まで路線延長されたのです。1日で勝浦、上勝、佐那河内、神山町の4町村を回ろうと何通りかのルートを検討し、その中で最も効率が良いと思った方法は、午前中勝浦と上勝に行き、いったん徳島に戻ってから佐那河内へ行き、そこで2時間待って次のバスで神山町に行くことでした。

佐那河内村役場前(バス停名は中辺)から乗ると、運転手が「佐那河内から乗って神山まで行く客は初めてだ」と言い驚いていました。この区間は国道438号線の府能峠を越えるのですが、2007年12月に1,387メートルの新府能トンネルが開通し、その後に路線延長があったようです。バスはまず旧道を走り麓の集落で数名の高校生を降ろし、私以外乗客ゼロになってからバイパス入口へ1キロくらい戻りトンネルに向かいました。運転手の話によると、このトンネルを作るための条件にこの間の路線バスも通すということがあったらしいということでした。

トンネルの開通によって、神山町から徳島に行くには従来からの鮎喰川沿いのルートに比べ、車ならば10分くらい、バスだと従来ルートに比べ5分くらい短縮になったそうです。バスの従来ルート 神山線時刻表 には鮎喰川の左岸、右岸など経由地の異なるものが3つありますが1日に18本あり70分前後要します。それに対して新ルート佐那河内線時刻表は6本ありますが徳島市内に行く人がときとぎ利用する程度だそうで、新規延長区間だけを乗る人は皆無とのことでした。

帰路は鮎喰川沿いの従来ルートにしました。吉野川への合流地点までは順調に来たのですが、そこからは徳島市内に向かっては夕方で雨が降っていたこともありかなりの渋滞に巻き込まれ、1時間半も要してしまいました。

道路交通としては新トンネルの効果はあったのでしょうが、バス路線としてはどうなのでしょうか。バス会社も過去の経緯から一定期間運行するとしてもそのうちに廃止してしまうのではないかなどと思ってしまいます。そうであれば私は幸運な時期に乗った、ということかも知れません。

[68503] 2009 年 1 月 29 日 (木) 21:33:20 ヌオ さん
 ハマ線

[68489] Issieさん
「緑区→町田市」 を2度繰り返す

そういうことになりますね。そこもまた妙・・・
この辺りは、町田市が神奈川県の方に突き出してる上、結構栄えてるからこういう傾向が良く見られますね。東急田園都市線も、神奈川から一度町田市に入ってから再び神奈川に抜けますし、小田急に関しては、柿生〜鶴川間で3回、鶴川〜玉川学園前間で2回、町田〜相模大野間で1回、それぞれ県境を越えますからね。

[68497] アルバトロスさん

確かに相模湖や藤野も緑区なんですね。私は合併前にあの辺に行った事がありますが、まだ開発の手があまり伸びていない、いい所でしたね。そこも緑区になるというと、少し不思議な感覚が生まれると同時に、緑区の広さに驚きます。もっとも、葵区や天竜区には到底叶いませんが・・・

[68502] 2009 年 1 月 29 日 (木) 21:31:10【1】 BANDALGOM[熊虎] さん
 どげんかなった・・・

小林市議会と野尻町議会は今日の両市町議会で合併関連議案を可決しました(宮崎放送)。
2月9日に宮崎県知事への合併申請を行う予定です。

#山野さんとかぶってしまいましたが、あえて残します。

(22:11追加)
真岡市と二宮町の合併が、明日の官報で告示されます。
気仙沼市・本吉町と同時の告示になるかと思いましたが、なぜかバラバラとなりました。

[68500]山野さん
市区町村の変遷情報のページにて「最新更新日時: 1月28日 23時0分」とあるが
何所を更新されているんで?(合併予定一覧の方を覗いても元旦で止まっているし。)
これは明治以降の変遷履歴を含む、全体の更新日時ではないかと思います。
かくいう私も「最終更新日時」が変わったのを見て、期待して法定協一覧を見ましたし、紛らわしいといえば紛らわしいですが・・・。

[68501] 2009 年 1 月 29 日 (木) 21:10:38 hiroroじゃけぇ さん
 ま〜るいマークのショッピング〜

今年初の書き込みが今頃になりました、hiroroじゃけぇです。元日は大晦日からの夜勤を受けて、寝ておりました。って、一の話でしょう(笑)

さてさて、香川や岡山にとっては驚きのニュースがありましたね。タイトルの歌詞が印象的なスーパー「マルナカ」の本社が、神戸市に移るとのこと。これは、四国の「マルナカ」と本州の「山陽マルナカ」を統合した上での移転。それぞれの本社がある高松市や岡山市にとっては、寝耳に水のような話です。しかし、なぜ神戸市なのか?本州側の出店、特に関西地区への出店を加速させる為のようですが、岡山市ではなく神戸市にしたことが、どうも地元を軽視しているような印象を受けてしまいます。京都で生まれた企業は京都から離れないように、他の都市もそのような魅力を維持する力を身につける必要がありそうですね。

白桃 さんや88 さん、蒼の狼 さんはどうお思いでしょうか?「マルナカ」って、すっごい身近ですきん(笑)

[68500] 2009 年 1 月 29 日 (木) 21:02:02【2】 山野[山野] さん
 合併方式/廃置分合可決(小林)

(群馬県)
太田市と大泉町の任意合併協議会は昨日付けで協議が大体終了し法定協の移行を検討へ。
こちらは4月に行われる両市町長選の結果が出次第、再度任意協を開き設置日を決める方針との事。
(和歌山県)
新宮市・那智勝浦町合併協議会は昨日、合併方式を新設合併とする事に合意しました。
(長崎県)
佐世保市は、昨日開かれた協議会にて合併予定日を特例期限最終日の22年3月31日を提案した。参照記事

でるでるさんへ、上記3件の(合併)新着情報と小林市と野尻町が本日
廃置分合案を可決されましたので同時に更新の方お願いします。
参照元:小林市・野尻町合併協議会より。

ところで、市区町村の変遷情報のページにて「最新更新日時: 1月28日 23時0分」とあるが
何所を更新されているんで?(合併予定一覧の方を覗いても元旦で止まっているし。)

話し変わって今までの場合ですと数年前に一度合併して、再合併する場合は編入が多いものの、
「太田市」と「新宮市」の場合は、何故かしら2回とも新設合併なんですよね。(過去にありましたっけ、このパターンって)


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