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スナフキんさんの記事が20件見つかりました

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記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[71998]2009年9月19日
スナフキん
[71874]2009年9月5日
スナフキん
[71864]2009年9月4日
スナフキん
[71855]2009年9月4日
スナフキん
[71826]2009年8月31日
スナフキん
[71688]2009年8月16日
スナフキん
[70805]2009年7月11日
スナフキん
[70719]2009年7月5日
スナフキん
[70706]2009年7月3日
スナフキん
[70468]2009年6月12日
スナフキん
[70446]2009年6月10日
スナフキん
[70379]2009年6月4日
スナフキん
[69715]2009年4月27日
スナフキん
[69073]2009年3月31日
スナフキん
[68976]2009年3月22日
スナフキん
[68948]2009年3月21日
スナフキん
[68479]2009年1月27日
スナフキん
[68395]2009年1月19日
スナフキん
[67756]2008年12月28日
スナフキん
[67746]2008年12月28日
スナフキん

[71998] 2009年 9月 19日(土)21:45:37スナフキん さん
いろいろレス
大型連休、出かけないと時間がたっぷりあるのでレスも余計にできますよ…っと。

[71994]Issieさん
「…68年の十勝沖地震で3階部分が倒壊し、2階建てとして使用されてきた」

さらっと書いているけれど,すごい話ですね。
この文言を見て、東京駅復原の話題を思い出したの、多分私だけではないと思います。役所庁舎という実用一点張りの用途構造物ですから、いくら有史に残る地震の爪あと…とは言え、復原を求めたり保存の方向性を探ったり、とはならないのでしょう。まぁ、東京駅の場合はその存在価値が認められ、同じように「3階部分が壊れ、2階建てとして使用されてきた」のを再び3階建てに戻す決断が下ったのですが。

[71995]星野彼方さん
どの雑誌にも室蘭市はまったく掲載されていませんでした。
[71996]Issieさん
室蘭は何とも地味ですかね。
確かに、道内他都市との比較をすると、ひたすら地味だと言えると思います。決してその地位が総合的に見て低いわけではないのですが、観光的要素がとにかく薄いのですよね。観光客相手に出すものに、載せるものが少ないと言うべきなのか…類例を挙げるとするなら、苫小牧や岩見沢あたりが該当するのかもしれません。

その地味な室蘭を、私はあえてある目的を持って訪れたことがあります…「無料の高速道路を通ること」。そう、対岸の輪西から半島へ取り付く白鳥大橋は、本当なら通行料金を取るつもりで作った規格の高い道路。しかし、オトナの事情で無料開放されており、そこを通りたいがためにレンタカーを室蘭ではなくて伊達紋別で借りるひねくれ行為をしたのが懐かしいです。崎守あたりから、確か室蘭市街方向へいわゆる「緑看板」が出現し始めますが、国道から分岐し橋を渡る直前、緑地の看板には明確に「無料で通れる」旨が書かれていたはずです。それが見たくて、そして北日本最長の橋を渡りたくて、わざわざ室蘭に立ち寄ったんですよね。半島側の橋袂には確か、当時まだ1基しかなかった風力発電風車が立っていました。順次拡張する…はずだと記憶しているんですが、その後どうなったでしょうか。橋への取り付け、ダイナミックナループでこれまた走っていて爽快でした。青写真では、この先高架の自動車専用国道・室蘭バイパスへそのまま高架を伸ばして接着…というプランだったはずなのですが、こちらもその後どうなったか…。ちなみに、伊達紋別の駅レンタカーは現在では取り扱いが廃止され、いま同じことを再びやろうとするのは困難になっています。

不明店が多いということはすなわち、それ以降室蘭は素通りしているだけということ。個人的に道南・道央は結構あちこち制覇しているつもりなのですが、逆にこういう総なめに興じると一度行ったことのある場所はどうしても「一度行ったから、まぁいいか」的考えに陥りがち、よくありませんね(汗)。
[71874] 2009年 9月 5日(土)10:37:38スナフキん さん
立地と集中は、面白いテーマですね
コンビニ隣接や集中のお話、なかなか面白いですね。全国的にチェーン展開する店の分布あたりだと結構なボリウムの調べ物になる上、時系列を加えると企業としての出店スタンスや経営戦略(ここまでいくと経済・経営の知識も多少必要になるでしょうが)も垣間見えたりしそうで、十分地理学論文としてテーマ足りうる話題だと思います。皆さんの食いつきもよろしく、結構普遍的に気になる事柄でもあるので、体系立てて研究してくれる学生さんなど出現すると…一躍第一人者になれるかも?!

ちょっと脱線しますが、立地と集中という面において、旅先で知り合いから「飯田線の伊那市駅と伊那北駅の間は、日本で一番居酒屋(ここで言う居酒屋は一杯飲み屋であり、チェーン店とは限りません)が集中している(=密度が高い)エリアだ」と教えられびっくりしたことがあります。確かに、モタモタ走る飯田線に実際乗って車窓を眺めると、電車内からでさえ居酒屋が無数にあるのが見て取れるほど…。

ただ、これって真偽のほどは「?」なんですよね。そもそも「駅と駅の間」の集中度って言いますけど、どこからどこまでを駅間と指すのか、具体的に(面積あたりの密度など)数値が出て日本一を裏付けているのか…そのあたりがいまいちはっきりしませんね。ネットでかかるキーワードを詮索しても、それっぽい情報は出てきません。

また、先ごろ遊びに行った妹一家のある白河市は、ラーメン店の多さに正直あきれました。旦那さんいわく、福島では喜多方に名前負けしてるけど、白河もラーメンの質としてのレベルはかなり高いはずだとか。

そう言えば、餃子も店の集中度は宇都宮が上だけど、消費量は浜松が上、だとかテレビが言っていました。物の見方次第では、日本一はどうにでも解釈できるもの…こうして、各地は知恵を絞って「わが町を日本一」と売り込みたがるのでしょうね。
[71864] 2009年 9月 4日(金)22:39:23スナフキん さん
コンビニの隣接
過去のお話なので証拠はお示しできませんが…

千葉県白子町にも、確かセブンイレブンとローソンの組み合わせで隣接があったはずです。いわゆる白子テニス村のすぐ近くで、大学のテニスサークルがよく合宿で利用するホテルや民宿が密集した地域にありました。4年続けて行っていたので、(手元に証拠こそ残っていませんが)過去の事実には間違いありません。町なのに隣接立地? というのには、(大学生が一時期集中的に利用するという)それなりの特殊な事情があったのです。

が、現在でもそれが綿々と引き継がれているかどうかは、ネットの地図検索サービスからだけでは判定できません。そもそも上記のお話は、私が(ミーハーにも)大学時代テニスサークルに入っていた頃、それこそ10年以上前。隣接立地、とっくに解消している可能性が高いと思います。
[71855] 2009年 9月 4日(金)09:17:08【1】スナフキん さん
3つ以上の角がコンビニの交差点・要町一丁目
[71854]みかちゅうさん
ところで、都心部などで「コンビニが隣り合わせに立地している」「四つ角のうち3つ以上の角がコンビニ」という例はあるのでしょうか。
はい、あります。元勤務先の至近がそうでした(確か、落書き帳上にも過去に書いたことがあるような…)。ここがそうで、Yahoo!地図上「ヤマザキ」とあるのは実際にはデイリーヤマザキ、また図には現れていませんが交番隣の関口ビルにはセブンイレブンが新たに出店しています。これで、4隅のうち3隅がコンビニでフィルしていることになり、かなりレアケースではないかと。加えてそこから100mも離れていない通り沿いにはファミマ、さらにコンビニとみなすかは意見が分かれますがローソン100(旧shop99)も山手通り沿いに立地しており、かなりの競争をしているはずです。

が、いずれの店舗も客足が落ちて閉店寸前にまでは至っていません。やはり信号の封鎖時間が長い幹線道路相互が交差するスポットでは、道路そのものが極小な商圏のバリアとなり得るのかもしれませんね。

※その後、地図URLをより分かりやすいものに変更
[71826] 2009年 8月 31日(月)13:34:18【1】スナフキん さん
落書き帳第六回公式オフ会、アクセスについて
オフに関する書き込みですが、参加検討中の方にもかかわる話題なのであえてメーリングリストではなく、こちらに投稿します。

[71823]でグリグリさんからアナウンスがありましたが…

調べてみると、岡山駅など主要結節点までの交通はともかく、そこから先、宿までのアクセスはかなりハードル高めのようです。現に、紹介いただいている宿のオフィシャルwebがそもそも、アクセス案内について全く公共交通機関で宿泊客が来ることを前提に作られていませんね(大汗)。バス会社名や路線の行先・系統番号・所要時間はおろか、最寄りのバス停名さえ記載がありません…ちょっといかがなものかと。

まとまった数の参加者(≒宿泊者)になるのはすでに分かっているのだとすれば…ある程度「岡山駅」基準でざっくり時間を決めて、送迎依頼を宿に出してみるというのはどうでしょうか? まぁ、落書き帳の面々であれば、それをよしとせずあくまでも公共交通機関で貫徹したいという人も少なからずいるかもしれませんが…。

参考までに、どうも最寄りのバス停は「栢谷口」で、ここを通るバスは岡山運転免許センター発着、土休日は運行回数が乏しくほぼ1時間に1本程度。中鉄バスと岡山電気軌道の共同運行で、岡山駅からは約20分の所要、だそうです。

なお、その岡山駅寄りに国立病院機構岡山医療センターがあり、ここまでのバスは時間当たり2~3本ある一方、小幸田口バス停で苫田温泉方向へのルートからそれてしまいます。さらにその駅寄りには岡山電気軌道の営業所があり、津高団地への路線も加わるのでさらに本数は増えますが、いずれのケースでも温泉最寄りの栢谷口バス停までは2km以上あり、さらにそこから1kmほど宿まで歩くことを考えると、町歩きに抵抗のない人でもちょっとためらうレベル、あまり現実的なアクセスとは言えないようです。

以上、地図屋がざっと、県別マップル及びwebで詮索してみた結果でした。

※投稿後、脱字を訂正。
[71688] 2009年 8月 16日(日)20:45:28スナフキん さん
岡山オフ日程決定、それに伴う今年の経県値など
一連の十番勝負も落ち着いてきたようなので…。

今年の岡山オフ、11月22日で決定(いい夫婦の日だけど…所帯持ちの人たちは大丈夫かな?)とのこと。私自身は前後日程の足や宿の確保に少し不安があったのと、プライベートで何か入りそうな予感があったのとで必ずしも第一候補日程ではありませんが、一応オフ皆勤(7月のプチオフでは、某氏曰く「何かいつもいる気がする…」とも)を貫いてきているので、今年も万難を廃して参加する所存です。当日までまだ期間はありますから、私の懸念もいっちゃんさんがそうされたように、早めにモーションかければ解決しますし。時期的には…日本海側の海の幸が、例年通りならばそーろそろいい感じになってくる頃でしょうか? えぇ、無口になってしまう、アレですね(笑) 周辺の府県は結構「2泊目」を印せていないので(京都・兵庫・和歌山・鳥取・香川はいずれも生涯1泊のみ)、前後日程は迷います。久しぶりにブルジョワな乗り物に乗ってみたい衝動が、今のところは一番強いのですが…予定を煮詰めるまでには至っていません。この思い悩みがまた楽しいんですよね、パッケージツアーに頼らないオーダーメードならではの楽しさです。

今年はBiglobeトラベルとのコラボがありませんが、この夏の移動を含め、皆さんの経県値上積み具合はいかがでしょうか。当方は法事絡みで秋田への往復を果たしていますが、2泊いずれも秋田県内という、昨年に続く能率の悪さで数値は伸び悩んでいます。うち1泊は、自動車であと15分ほど走れば青森県…惜しいっ!という場所(例の、昨オフの意味づけともなった確定県境がすぐ目の前…)だったのですが、自身2度目となる登録文化財宿だったので、モーレツに天気は悪かったものの宿泊そのものには納得しています。宿泊建造物として近代化遺産とのダブル受賞は…そんなに例がなさそうですがどうでしょうね? そう言えば過去には、「文化財風呂」に入ったこと(汗)もありましたっけ。

経県値を上げるため…それだけではありませんが、今週はその往復で利用した東北新幹線からちょっとそれ、山形県に1歩足を踏み入れた先にある一軒宿の秘湯に泊まることにしています。一応自動車での乗り付けが可能なので、秘湯ランク最上位でないことは確か(歩いてしか行けない温泉は、まだいくらでも…)ですが、それでもか細い車道のどん詰まりにあるという点において、重い重い「4」が山形にカウントされることになります。さらに翌日は、一旦県境をまたぎ戻ったあと、もう少しで「会津!」という、これまた(一軒ではありませんが)秘湯へも予約を入れています。こちらの方が旧国道からの距離は短いのでいくらか気楽ですが、どのみち全行程を今まで自分が会得したドライブテクニックを出し切らないといけなくなりそうで、近年にないドキドキを感じています。

去年も秘湯と呼ばれる宿に連泊してふと頭をよぎったのですが、経県値ってダイレクトに数字になる分誰もが楽しめ、誰もが結構熱くなれる概念で面白いんですよね。ただ…惜しまれるのは、やっぱりただの「お遊び」とは言え、数字以上の重み付けがしにくいということなのかなぁと、漠然と思ったりもします。具体例を私ことで挙げて恐縮ですが、最近獲得した生涯宿泊値「4」でも、和歌山市や高知市で獲得した「4」と、わざわざ船で渡って小豆島で獲得した「4」を、何か同列にしたくない心理が働いてしまうんですよ。同様に、連泊であっても宿泊は宿泊なので「4」にしかならないのですが、当然連泊ならば滞在型の行動になるので周辺地域への理解度は桁違いに深くなります…やっぱり、同じ「4」として混ぜてしまいたくないなぁと。これは生涯経県値・各年経県値ともそう感じます。何かいい妙案はありませんかねぇ。だからと言って「住んだ=6」に格上げしてカテゴリを挿入するのは大げさな気がしますし…。小数点以下「.5」をつけるとか?
[70805] 2009年 7月 11日(土)23:49:22スナフキん さん
プチオフ終了…お疲れさまでした
ただいま、スナフキんはEMMさんを「あと2駅ですから!」とお見送りし、帰宅しました。

生ビールだけで通したはずなのに、ヘロヘロです。キーの入力ミスもしまくりですが、参加者の皆さま、お疲れさまでした。そして、勤務先の「ゴミ」を宝物としてお持ち帰り下さり、感謝の念に絶えません。

乗り継いだ先の電車は、こともあろうに途中駅での線路内公衆立ち入りで遅延しましたが、余裕を持って出てきたので恐らくEMMさんも間に合ったことでしょう…。正直、この方が北陸からわざわざいらっしゃるとは思いませんでした。分かっていたならいろいろご用意できたものを…残念でした。そして白桃さん、電車の発車時刻が迫っていたので改札越しに強引に突き放してしまいました、お詫び申し上げます。怒っていらっしゃるのであれば、岡山オフでぜひ一升瓶を私にふりかざして…(また出すか…-_-;;)

岡山での公式オフ会には、今回ほどの物品はお持ちできないかもしれませんが、機会がありましたらぜひお声をおかけください。

本日は楽しいひとときを、ありがとうございましたm(_ _)m
[70719] 2009年 7月 5日(日)11:00:02スナフキん さん
構内踏切、補足
[70708]N-Hさん
[70714]伊豆之国さん
構内踏切の話ですが、あくまでも「周辺景観に合致した存在」という意味であえて「都心至近」と書きました…「都心に最も近い」でないところがミソですね、もちろん北鎌倉の方が近いと思いますし、他の私鉄も含めると江ノ電あたりはごろごろあったな…との思いもあったのであえて「いちばん」とは書きませんでした。

ただ、川越線はちょっと面白い部分もありまして、例えば現在は直通している八高線より電化は早かったのに、実は構内踏切は逆に長いことジーゼルだった八高線の方が先に消滅してしまっています。記憶が正しければ、現在もジーゼル運転の高麗川より北でさえ、構内踏切は消滅したはず。なのに、それよりも間違いなく都心に近い川越線・的場に残っているのは何なんだろう…結構、不思議です。こういう施設類の整備は、利用者数を如実に反映するはずなのですが、だからと言って的場駅の利用者が極端に少ないというわけでもありません。もちろん武蔵高萩のように何らかの抜本的改築計画があるわけでもなく、改良してまでも存続している理由は謎のままです。
[70706] 2009年 7月 3日(金)23:08:29スナフキん さん
西川越と、南流山のこと
いろいろお話が出ていますのでフォローする必要はそれほどないと思いますが、かつて「自分の庭」だった私からも。

メロディが使われているのは、ご指摘の通りです。が、西川越は、その性格からやむを得ずそうなっている鶴見線を除けば、首都圏でも指折りの「都心に近い無人駅」としても知られています。次の的場に至っては、やはり「都心至近の構内踏切がある駅」でもあります。山手線やりんかい線のお古があてがわれ、全電車がぎん色になってもやはり周囲の景観や環境までも劇的に変えることはできませんからね。ちなみに的場駅は近年、構内の改良工事が行われましたがそれでもなお、しぶとく構内踏切が残っています。高麗川方面ゆき電車がやってくると、警報機が鳴り出す仕組み…大概踏切前で足止めされても、発車を待ってくれるのどかさは、ジーゼルが電車になり、さらに電車が近代化されても昔と変わりません。先々週、仙台から帰ってきた母を迎えに行って、ちょっとほっとした瞬間でした。

余談ですが、武蔵高萩にも近年まで構内踏切が残っていましたが、(確か)日高市の都市計画と同時に施工された橋上駅舎化により、(陸軍女影原演習場所在を存在理由とした)皇族専用貴賓室とともに過去のものとなりました。まぁ、もともと「川越線」自体が軍事色のきわめて強い路線でしたからねぇ…弾丸線、鉄砲線なんて言う古老も周囲にいましたっけ。線路の敷き方が極めて直線的なのも、何も土地が十分あった田舎だったから…という理由だけではないようです。

さて、南流山プチオフのお話(参加勧誘?)です。[70657]にていっちゃんさんよりご案内がありましたが、当方よりかなりの量の掘り出し物を持ち込む予定です。参加される方々、恐れ入りますが大きめの袋などをご持参願えますか。えぇ、はっきり申し上げます。激しくレアな地形図が数十枚あります。激しく古い地域資料が相当あります。すべて勤務先でゴミ扱いされていたもので、もし引き取り手がなければ帰り際、重たいしかさばるので南流山駅で処分(苦笑)させていただきます。それがもったいないと思われる方、ぜひ都合をつけてご参加くださいね。

ちなみに、これら資料が「ゴミ」化する要因となった移転ですが、予定の期間内で(現段階でも)終わっておりません(大汗)。よって、今後の片付き次第では(地形図がゴバッとはあり得ませんが)まだいろいろ捻出される可能性があります。さしあたっては、個人的に引き受けた15年分を上回る鉄道雑誌の山に、行き場の不足した自宅で頭を抱えていますが…。
[70468] 2009年 6月 12日(金)18:39:35スナフキん さん
いろいろレス
[70382]hmtさん
フォローありがとうございました。市政にそれほど興味あるわけでもなく、ましてや仕事中だったのでろくに裏も取らずに書き込んでしまい、結果的に誤記だらけのひどい文章になってしまいました、お詫びいたします。

書き込んではみたものの、いまこの地域で興味あるのはゴミの話でも、広域的な連衡の動きでも何でもなくて、もっぱら「富士見川越有料道路の無料開放」だったりします…まぁ、マイカーを持たない自分には直接的受益は何もないのですが、いまはそれなりに通過交通が経由して方々で渋滞の巣を作っている現国道254号(川越街道)の混雑緩和に多少でも寄与すれば、無料化するだけの価値はあるのではないかと勝手に考えています。沿線にららぽーとが建設される話は、どの程度具体化しているのかまだ分かりませんが…。

「ひ生」についても、いくつかのご意見ありがとうございます。私自身、ネット配信におけるこの表記は「必要悪」としてやむを得ないのかなとも思いますが、印刷物はひと手間加えてでも正しい地名を記載する努力が要求されるのではないか…そう思いますし、自分の肝にも命じているところです。最近は仕事上、ネットで配信することを直接の目的とする地図もほとんど作らなくなったので、逆にそういう志しも据えることができるのですけど。

さて、自身のブログに記しているように勤務先が引っ越すことになり、床面積が小さくなるのを理由に地方資料の大量処分が佳境に入っています。その大半はどうも大学教授が引き取る形で丸く収まりそうですが、旧版の地形図などは大の大人でさえ抱えて持てないほどの重さがあり(数えていませんが、数千枚はあるでしょうか)、引き取ってもどうやって保存するのか、他人の手に渡って以降はどうなるか全く分かりません。こんなことをほのめかすとたぶん、メンバーからは「捨てちゃらめぇ~!!」などと悲痛な声が上がりそうだったので今まで書くのを抑えていました(大汗)。昭和の大合併(?)より前の自治体資料や管内図、旧版地形図が惜しげもなく処分されてゆきます…惜しんでなんかいられないんですよね、場所がないもので…。引き取ろうにも、量が膨大すぎて自宅の床が抜けてしまいそうなレベル(大汗)。こうやって処分品から心残りなものをあさっていると、今まで要不要の判断を全部先送りにしてことごとく資料を保存してきたことの功罪を感じるとともに、あぁ、これらの情報もいまや文明の利器で手軽に収集可能なんだもんなぁ…と、アナログ時代の終焉をも感じたりするのです。再来週には回収業者が来て、大学教授行き資料以外はここで全部完全処分される見込みです。南流山プチオフの開催があともう少し早かったら、皆さんに多少でもお配りできたかもしれませんが、惜しかった…。

先ごろの書き込みで忘れていたネタ、思い出しました。昨年オフが開催された鹿角市、今年の夏早くもまた絡むことになりそうです。それも、本来の趣旨であったところの「青森・秋田県境確定・十和田湖」が目的地でして…確定県境、越えることになるのか?! それにしても、2年かけて4度も訪れることになるなんて…昨年1月、大雪の中を訪れた時にどうしてそんなことが想像できましょうか? 2009年経県値稼ぎのため、次宿泊地は秋田県外に出たいのですが。
[70446] 2009年 6月 10日(水)12:54:33スナフキん さん
小千谷市「ひ生」って…
仕事をしていると、たま~にとても気になる事象に突き当たることがあります。が、最近は当たり障りがあっても大丈夫なように、自己責任の範囲でブログにこれを記すことが多くなったので、こちらにいちいち書き込むことはほとんどなくなりましたが…タイトルの件は、さすがに私自身は「いかがなものか」と思ったのでこちらにも書いてしまいます。

参照していた道路地図の、小千谷市にこんな地名が踊っていたのを見てびっくりしてしまいました、ひ生。生は「う」とルビが振ってあり、「ひう」なんだそうですが、驚いたのはそれがいくつもプロットされている点。居住地名は言うに及ばず、国道バイパスインター名・交差点名・バス停に至るまでこの地名が散在しています。

鋭い皆さんならご承知と思いますが、「ひ」の字はパソコンで変換しても出てこない、いわゆる「外字」と呼ばれるものです。拡大図には一部、これを出せる漢字で誤植しているケースもありましたが、くさかんむりに稗を配するもの。

こんなふうになってしまう理由は、何となく分かります。Webで配信するデータと、刷り物のデータを共通化したいから…だと思われます。つまり、地名をゲタはかせて「■生」としてしまうと、このデータをWebへ持っていった場合に正しい文字列でないため、地名検索で引っ掛けることができなくなるなどデジタライズな問題が出てくる可能性があるんですよね。それを一応よみででも登録しておけば、地名の読みでかろうじて検索ヒットする可能性があるので、みっともなくてもひらがなを記載したのでしょう。が…

刷り物で、この代替措置をやる意味は全くありません。上記の通り、理由と思しき事情は全部版元の一方的な都合によるもの。読者がこれを見たら、「?」が飛ぶのは目に見えているのに、それをリリースしてしまっているって、どうなんでしょうね? 印刷物ではデジタライズサーチを勘案する必要はないはずなので、字体を作って刷ることは当然可能なのですが、その手間をはしょってしまっています。私が気にするのはこの版元、最近こういう傾向を特に強めていること。パソコンで表示できない字を、安易にひらがな置き換えしてそのまま刷っているケースが散見されるのです。

世の流れがデジタルに向いているのは認めますけど、だから印刷物・出版物を軽んじていいことにはならないと思うんですよね。しかも出ない字を一方的な都合で勝手にひらがなへ置き換えるなんて、地図に記載されている地域の人には物凄く失礼なこと。ましてや、地図を見る人すべてが「この字は出せないからこうなってるんだ」と認識できるとも限りません。いくら目的が道路地図であるからと言って、地名を正しく記載することにサジを投げ、地名そのものを軽んじる方向に進んでもらいたくないなと言うのが、私の雑感であると同時に、自分ところでこんなことしちゃいかん…他山の石としたいとも、思いました。
[70379] 2009年 6月 4日(木)13:17:35スナフキん さん
混乱するだろう(している)「ふじみ野」
[70371]hmtさん
当該記事、見ましたけど…市長の弁で「問題はない」とありましたが、どの立場からそうおっしゃったんでしょうね? すごく個人的な愚痴を言うのもアレですが、すでに私は住所が「ふじみ野市」になったがために結構な面倒を強いられているクチなので、これ以上乱されても…もうすでにぐちゃぐちゃだからいいか、みたいなあきらめ調になってしまいます(汗)。

自分の住所と、駅名および隣駅名との相関関係ならびに不一致、自宅にいらっしゃるお客さまにきちんと説明しておかないと、最悪相手は隣の駅で下車してしまうんですよね(しかも向こうは急行停車駅なので、余計に…)。実際にすれ違いのトラブルにまで発展していないのがまだ救いですが(そもそもいらっしゃる方々の大半が知識を持っておいでなので)、それでも大丈夫だろうと説明しないでいるのはやはりどうしても不安になります。まぁ、市名の選定もそうですが、そもそも先に住居表示「ふじみ野」を旧大井町が決定してしまったこと自体、勇み足だったんではと今でも思いますね。繰り返しになるので恐縮ですが、今でも自分の住所は本当に「仕方なく書いている」感が強いです。愛着も何もあったものではありません。旅先でどちらから…と問われても上福岡と答えますし、私はそれでいいと思っています。

当初2市2町で進められた合併話、その後も2市1町という形に変わって広域事務組合などの枠組みは消防などで残存していますが、先ごろ届いた市報にはごみ処理に関してこの枠組みから富士見市を抜いた、ふじみ野市・三芳町での連携が告知されていました。広域事務組合とは直接何の関係もない、と言われればそれまでですが、私には結構露骨な「富士見市外し」に映りました。あるいは、清掃業務では別の枠組み・連携関係がすでにあるのでしょうか? いまだ残る不協和音の表れでなければいいのですが…隣同士、本来いがみ合っていてもいいことはありませんからね。

まだレスしたい内容はあったように思うのですが…書き込む習慣そのものが最近は希薄なので、思い出せません。稿を改めようと思います。
[69715] 2009年 4月 27日(月)23:33:32スナフキん さん
高速バスネタなど
[69685]でにまんさんが紹介下さった八潮の乗り継ぎ、昨年末(まだ社会実験の段階で)試し利用してみました。とは言え、マニアの悲しさでどうしてもつくばエクスプレスのワンコイン(!)100円券(秋葉原方向への任意の1駅へのみ有効の券片)を手元に残したくて、八潮→新御徒町は自分のPASMOから差っぴかせてしまったので、乗り継ぎによる割安感は全くなかった(大汗)のですが…。なので、今も手元に「実証実験-水戸ルート」の乗り継ぎ乗車券が残っています。残念ながら発行日の印をバス車内でバッチリ押されているので、再利用はできず完全な無効券ですけど、社会実験当時のいい記念です。

実際、この制度を利用して八潮PAで下車した客は、首都高が当日全く渋滞していないという情報が事前に流されたにもかかわらず、数人いました。しかもそのうち私ともう一人以外は、何と駅を目指さずにどこかへ消えてゆきました…つまり、別払いの100円があまりにも安価なために、これを掛け捨てしてでも、都心まで連れて行かれずに済むこの下車を選択する潜在的な需要はあったようです。もう一人も、駅へ向かったもののワンコインチケットの有効方向とは逆の下りホームに向かってましたし…つまり、社会実験が目指すバスと鉄道との連携による定時移動という本来の趣旨とは異なる使われ方もまた、ありだったわけですね。なかなかトライしてみて面白い観察ができました。

で、このバスはもう一つの面白ルートでもあったのですよ。直後の[69686]でみかちゅうさんが紹介下さっている、パークアンドバスライドの対象路線でもあったのです。しかも、その乗り継ぎ地点が日本初の高速道路本線直付けスマートICである水戸北インターといいます(現在、2箇所目となる白河中央SICが事業中のハズ…)から、バスマニア・道路マニア共々垂涎モノ。水戸-東京線のうち、いわゆる「茨大経由」がこれに該当します。こちらも念入りにチェックしましたが、パーキングはかなりフィルしていました。加えて、バス停まで送迎によってやってきている乗客も多く、かなりまとまった数の乗客をこのSICで吸い込んだのが記憶にくっきり残っています。それより何より、本線直付けSICのけったいさといったら…ETC専用簡易ゲートをくぐって高速道路の築堤に取り付く直前まで、農道(と言うよりも、畦道を少し拡幅して舗装した…程度の脆弱な道路)を流用していたりするので、本当に突然高速走行に突入します。自家用車ではこのように周囲を観察しながらの利用はまず不可能なので(運転に集中しないと、脱輪やゲート激突します…)、バス利用ならではの楽しみでしょうね。

鉄道と高速バス、乗り継ぎしやすい…ですぐに思い出すのは、東名本宿-名鉄名古屋本線・本宿駅…かなぁ。実家の近くに最近でき、今ではほとんどの便が停車するようになった関越自動車道「川越的場」も、すぐ近くにあるのは鉄道駅(JR川越線・的場駅)よりもむしろ西武バスの路線停留所ですから、本宿のすぐ脇ベッタリの立地はかなり強烈です。もっとも、私の乗った(当時)日中走行最長不倒バスは、このバス停になど目もくれずに通過していきましたが…。

社会科の女性教員…そんな話題もありましたが、勤務先に今日、大学で教鞭をとっておいでの女性講師(かつて勤務先でアルバイトをしてもらっていた人)がいらっしゃいました。そう言えば、私が中学時代に教育実習で女性の先生がやってきて、卒業後に本採用となって母校に着任したようでしたが…すぐいなくなってしまったようす。確かに、地理関係の会合・集まりなどへ顔を出すと、圧倒的に男性が多いですね。この傾向が覆ったミーティングはいまだに経験がありません。もっとも、女子大に行けば別でしょうが、その時は私自身が捕まってしまいます(大汗)。

最後に、愚痴。近江鉄道の公式web、この春開業した新駅の読みを堂々と間違っていらっしゃいました…。取引先から指摘され、時刻表のリリースと見比べて資料室長と困惑してしまいました…web、必ずしも自社が直接手をかけて更新しているとは限らないから、こういう事故がたまに起きるんですよね。やっぱりどこか、信用できないなぁ。
[69073] 2009年 3月 31日(火)21:47:31スナフキん さん
身近にあった、不思議な「山」
山の話題が出てきました。
[69064]でN-Hさんからも
そういう使い方をする地方、他の関東地方の方々はいかがでしょうか?
との呼びかけがあり、実家にいた頃のことをふと思い出しました。

大学時代は実家からの通学であり、人文地理学のとある講義にて、身近な字名を調べてみぃ、という課題をやったことがあります。市立図書館でこもり切りになり、旧霞ヶ関村の中にある大字を片っ端から調べ上げて図化した上に、地名調査報告にあった聞き取りなどを元にした由来一覧など、ワープロで保存するほど気合を入れたものです。その後幸いなことに、ワープロ破棄の際に出力からOCR処理を行い、今ではマイPCに大切に由来のテキストが保存されていますが、その中に非常に不思議な小字がありました。

大字笠幡字山伝

さんでん、と読みます。実はこれ、1/2.5万地形図にも古くから記載されている地名でして、私自身課題への取り組み前から知っていた地名ではあったんですが、非常に不可解な地名だなと思っていました。この課題を通して、謎が解けました。保存してある由来テキストには…

『明治三十七年山伝東部開発、明治四十五年水久保・上野前開墾とあり単に「開墾」と呼ばれていた。しかし、明治三十七年に「神明」に霞ヶ関尋常高等小学校が設立され、年々学童数も増えてきてただ「開墾」というだけでは大変不便であるとのことにより、村の長老たち(主に倉ヶ谷戸)の有志が相はかり地名を決めることにした。倉ヶ谷戸より小学校までの間には八丁並木などといわれるように松柏が茂り、山を伝わって行かねばならぬことから「ヤマヅタイ」すなわち「山伝」と名付けた。時に昭和五、六年の頃といわれる。』
(ゴメンナサイ、詳しい出典のメモを当時忘れていたようです)

この文言を見ても一目瞭然なように、「松柏の茂る地」、普通に考えれば「林」や「森」に相当する土地利用部分をあえて「山」と称しています。

鉄な方ならお分かりのように(駅名にありますね)、笠幡は川越市の西端に相当する立地であり、奥武蔵の山々まで決して遠い場所ではありません。いやむしろ、自転車で30~40分も走れば高麗の山里であって、本来の「山」には関東平野の中でも相当近い場所に当たるはず。にもかかわらず、やっぱり森林を「山」と称する習慣があったんですね。

入力していて気がつきましたが、よく見聞きする上記の「里山」の「山」も、こんもり盛り上がったピーク状の土地…そういう意味では必ずしもないですよね。

あ、そのひっくり返しもありますね。特に北東北にはこの逆バージョン、本来は「山」なのに「森」と称するものも…。これだから、自然地名は奥が深いんです。これだから、きちんと拠り所を示さないと自然地名はすぐつつかれて、地図屋にとって鬼門になるんです(大汗)。
[68976] 2009年 3月 22日(日)22:24:58スナフキん さん
朝日新聞の地方版絡みで…
[68961]でIssieさんが
朝日新聞は4月からの紙面改編で,首都圏地域(東京,神奈川,埼玉,千葉,茨城)の第2地域面で週2回,「沿線版」と銘打って「都県境を越え,JRや私鉄の主要幹線沿いで生活圏に密着した記事を掲載」(予告記事より)していくことにした
とのご紹介をしてくださいました。これを見て思い出したこと、勤務先に朝日新聞の知的財産センターから封書が送られてきて、全地方版の発行を今年度限りで取りやめるとの知らせがありました。ご紹介の事象との因果関係はよく分かりませんが、かくして全国紙において、地方版すべてをまとめて発行する制度は一社もなくなってしまう、という事態に。産経新聞が結構最近までやっていたらしいですが、これも取りやめになっています。

勤務先では、資料収集能力が極端に低下するという危機感があり、急きょいくつか主要地方紙(詳細はご勘弁ください)を購読することにしたそうですが、全都道府県に付き合っていられるほど資料代に資金はかけられないので、地域的には情報にかなりムラができる場所が発生しそうで、資料室長が頭を抱えていました。

私はまだ,ネットよりも新聞を信用しているのですが。
同意です。上記地方版の廃止分をネットでのニュース検索で補うことは、実質的には不可能です。情報が集まってくることと、情報を探すこととは受動・能動の差があり作業としては同一視できない次元のもの。しかも、ネット上の記事はしばしば何の断りもなく書き換えられるといった事象を複数回確認しており、刷り物になった新聞より文責が軽いのではないか? などと要らぬ勘繰りをしてしまいます。うーん、だからこそネットの地図よりも信頼できる刷り物を作らねばならないのですが…アップデートのスピードにはかなわないというのが実情であり、認めざるを得ない事実、一長一短があって難しいです。
[68948] 2009年 3月 21日(土)10:01:54【1】スナフキん さん
サイトデザインリニューアル案のこと
私事で恐縮(ブログにはすでに吐き出し済み)ですが2月中旬から約1ヶ月、まったく休みなく働いていて、プライベートでのネットアクセス(メール送受信含む)を一切自主規制していたので、すっかりご無沙汰になってしまいました。[68716]にてグリグリさん自身が書き込み頻度の低下について言及していらっしゃいますが、確かに最近は落書き帳に書くネタもブログで書きなぐって終了にすることが多くて…「他人の庭」という必要以上の遠慮があるわけではないのですが…。

そう言えば、ジェネレーション・ショックってのがwebには少なからずあるようですね。同じ趣味を持つ同世代が集まって、活発に活動できていてもそれはせいぜい数年から10年程度。みな、年を重ねていくうちに社会的責任や立場が変わってゆき、以前ほど活動を活発にできなくなる…というもの。私がパソ通(ナニソレ? な方も多いことでしょう)時代に参加していた鉄道フォーラムなどもその典型で、手段そのものが旧態依然だったこともあり新規参入はインターネット全盛のご時勢、ほとんどないまま活動はジリ貧と言える状況。かつて貸し切り列車を仕立てたり泊りがけ鉄分強化合宿(大汗)を実施したりといった活動がいまや語り草のようになっており、近所の集まりやすい人たちが時期を見つけてオフ会実施…そういうユルユルな集まりに変化しました。当落書き帳はパソ通ほどの息の長さはありませんが、参加世代にはかなりの幅があり、それぞれの立場はあっても湯瀬温泉に20人以上が集結するすごい面々(汗)の集まりなので、そういった心配はほとんどないとは思うのですが。

[68895]にて触れられたデザイン変更の件ですが、見やすい見にくいは多分に主観によるところが大きい上、そもそもホームページ自体、どこで誰が見ても同じに見えるものでもない(ディスプレイの種類・輝度・性能、使用ブラウザの種類、使用OSの違い…究極には見ている場所の明るさとかもブラウズ感覚に影響します)ので、私としては現状でもさほど不都合は感じません。土壁調の背景が、凹凸陰影の関係でどうしても見づらく何とかしたい…ということであるならば、私は提示されたサンプル1がベストかなと思います。2・3あたりですと、自宅(きわめて古いモデルの液晶モニタ)で見る限りほとんど白同然で、グラフィックを入れる意味があまりないような気が…。強いて何か挙げるとすれば、やはりフォントサイズの拡大が検討課題になるかな…といったところでしょうか。ただ、この問題はサイトそのものの体裁を大きく左右するだけでなく、長文投稿の頻度が比較的高い落書き帳にあって、ページの天地サイズがべらぼうに大きくなる危険性と隣り合わせ…**800~900に達したときの、右端スライドバーがどんどんつまみにくくなる(汗)などのしっぺ返しを食らう可能性がありますね。

ブルトレネタ、言いたいことは山ほどありますが多忙の最中に廃止となったためか、結構ドライに接してしまった気がします。私自身の過去の利用に言及するならば、JR全路線をつぶさんとあちこち利用した経験はあるのですが…。「鳥海」がなくなり、あけぼのに名前を分捕られた時は、もう大泣きして大変でした。最終列車の大宮~上野間、ずっとスンスンしてた気が…生まれて初めての一人旅、大トラブルと思い出がいっぱい詰まった列車には感情的にならざるを得ませんでしたね。逆に、消滅に追いやった秋田新幹線にはまだ心の奥底に「怨恨」(汗)が残っていて、生まれ故郷を秋田に持ちながら「こまち」利用はまだ上下含めて4度だけです…もう、開通10年を経過しているんですが。九州への寝台列車がなくなるということ、残念の一言に尽きます。私がどうこうしていたら生き残っていたかもしれない…多分、そんな単純な話ではないでしょう。いまの日本が置かれている社会の状況から必要なくなったとも言えるわけで、そもそも国鉄を分割したから云々の水掛け論になりかねません。寝ている時間をも惜しんで、移動に使わねばならない時代、日本ではほぼ終わったと言えるのかもしれません。夜行バスがこれだけ走っている以上、需要ゼロではないのでしょうが、客車10両以上を仕立てねばならないほどの需要には、もうならないのだろうと思います。

【追記】
文章を練り直していたら、グリグリさんのリニューアルに関する踏み込み記事が出てしまいました…。順序が前後してしまいましたが、当方の意見ということでそのまま残させてください。
[68479] 2009年 1月 27日(火)13:09:05スナフキん さん
自治体コミュニティバスのこと
[68472]役チャンさん
今日はそのバスは手前で折り返した、ということがわかりました。
ここまでひどくはありませんが、私も四国・香川県で同様のコミュニティバスを利用して、あまりの自分の意識との剥離にあ然とした事があります。

昨年11月上旬、ことでんを乗りつぶす際にどうしても一筆書きルートにしたくて、志度→長尾間をさぬき市のコミュニティバスでつなぐ高度な乗り継ぎ技を試してみました。時間があったので、駅前から市役所まで出向き、始発から乗ったのでいろいろ観察できたのですが…

運行は、大川バスに委託されていました。トップドア1枚の、一般に路線用として使われているきわめてオーソドックスなバスで、行先幕も装備されています。が、車内に入ると運賃表示機はもぎ取られ、自動放送用テープ関連機材も全部下ろされた挙げ句、運賃箱は投げ銭方式に改められていてベルトで硬貨が内部へ流れる…その仕掛けすら殺されていました。つまり、完全に一般路線バスへの充当はできない専用車両と化していたのです。予想はしていましたが、案の定発車すると案内類は一切なし。自動放送も当然機材がないので、黙々と走ります。幸い運転士が私に行先を事前に尋ねてくれていたのと、私の下車地がこのバスの車庫だった(バスの転回と時間調整がありました)こと、何よりも私自身が分県地図を持って乗車したことから面倒は起きませんでしたが…このバス、絶対に行き当たりばったりで乗ったら下車時、すっごい困るなと思いました。次の停留所の案内はしないのに、そのくせ「とまりますボタン」は生きているので、これを押さないと止まってくれません。運転士は地図片手の私に開口一番、「終点の大窪寺(八十八番札所の最後、八十八番)までかね」と尋ねてきましたが…いや、遍路じゃないのはリュック一つの超軽装な身なりで分からんかなぁと苦笑してしまいました。

私自身、自治体のコミュニティバスを利用するのはこの時が初めてで、ひょっとしたら全国的にこういう運行形態(激しく不案内)が当たり前なのかな…そんなわけないかと思っていましたが、役チャンさんの書き込みを見ると(あまりいい表現ではないですが)上には上がいるのかと…気をつけないといけませんね。
[68395] 2009年 1月 19日(月)13:34:19スナフキん さん
いろいろレスなど
十番勝負が終わるまで、書き込みを自粛していました。なので、今年初の書き込みです。

箱根駅伝、今年は妹の旦那さん(福島県で陸上経験者)がいての観戦となり、例年にも増して駅伝べったりな三が日になりました。母校は前評判を覆してけちょんけちょんのシード落ちに大撃沈したわけですが、別に悔しさを感じないのは…地元の大学が優勝したからでしょうね、悲しいかな母校を上回る地元びいき(汗)。

ちなみに優勝校の地元は東京ですが、陸上部としての地元は違います。普段練習でのフィールドは実家に程近い場所。何と言っても、陸上長距離のロード選手は私の実家すぐ脇の道路まで頻繁に走り込みしに来ていました(まだ実家にいた頃、かなり昔ですが)。学校周辺の道路は幅員も歩道も十分になく、道幅・歩道とも十分整備され、それでいて適宜アップダウンがあるわがニュータウンの道路は練習にちょうどよかったんでしょうか。出身云々よりも地元びいきになるのは、地理的脳内構造によるものでしょうか? そう言えば大学時代、東都野球に母校の応援に行っても、今岡(現:阪神)にホームラン打たれて負けても「クッソー!」とはならず常に「あーあ」でしたねぇ。陸上部と野球部のフィールドは一緒で、やっぱり地元つながり。

野球では優勝すると駅前商店街をパレードするのが通例でしたが…今回の駅伝優勝は、陰に不祥事を背負っての栄冠なので、そういう盛り上がりはないかもしれません。毎度見に行っていたわけではありませんが、駅伝優勝パレードがあれば実家の鶴ヶ島へ駆けつけたいです…今のところ、大学側としても公式に「やる」リリースは出していないのでこのまま推移するかもしれませんが。

地図サイトのお話ですが…残念ながら、私の口からは何も申し上げられません。なぜなら、全く使わないからです。えぇ、地図屋でありながら、ここ数年地図のポータルサイトを覗きに行ったことは、数えるほどしかありません。周りからも「?!」な反応をされることが多いですが、実際ホントの話です。なぜでしょうねぇ…身の回りに参照先となる紙媒体が、掃いて捨てるほどあるから? 10年ほどの慣れもあって、キーボードをたたいて検索するより冊子に向き合ったほうが調べ物するには(どんなにアナログチックと言われようとも)はるかに早いから? かつて大手地図サイトの経年変化を担当していた頃の(過去の)実態が体に染み付いていて、どこか信用できない…そんな考えが頭の片隅に残っているから? そのあたりに理由があるのかもしれませんが、とにもかくにも私はちっともwebでの地図閲覧はしないですね。たまーにあるのは、ブログパーツとしてペッと貼ってある地図画像を目にしたり…その程度です。裏を返せば、地図サイトを見なくても地図編集という仕事は成り立ちます(大汗)。
[67756] 2008年 12月 28日(日)23:24:10スナフキん さん
今年一年を振り返って…
気がつけば、「もういくつ寝ると、お正月」の時期になってしまいました。かろうじて年内にオフの感想はまとめられたものの、建前上の仕事納めが過ぎても作業が終わらずズルズル休日出勤している情けない年末。今日は何とか年賀状を出し終えられましたが、時期的にはタイムアップに近く、藁にもすがる思いでわざわざ本局へ投函しに行きました…この段になったら小細工しても大して配達日に影響はないかな? あるいは、宛先は全部東日本だから(最西端が相模原市!)ポストに投函しても一緒なのかな? 押し迫って余裕がないと、かえって余計なことを考えたりします。

今年は、第5回オフ参加という先立つものがあったために、生涯未宿泊だった香川県の着色を果たせ、経県値自己最高点到達へリーチをかけることができました。こうなると欲が出てくるもので、2008年経県値も上積みしたくなり、特に秋以降はアグレッシヴに動いて61点にまで数字を伸ばすことができました。前半(1~6月)は仕事の都合で有給がほとんど取れず泊まりのお出かけができない状況だったこと、無駄に(は余計かな?)秋田県鹿角市へ年3度も訪れるなど大ロスをかましたことなどを考えると、後半でよくここまで数字を取り返したなというのが率直な感想です。

欲を出し始めたら限りがなく、当初はあきらめていた民鉄の全路線走破も、東日本くらいは何とか…という方向へ心が動き出し、これも秋から冬にかけての乗りつぶしローラー作戦で関東・甲信越の全制覇にリーチをかけるまでに達しました。前半のおおさか東線新規開業により、完全走破のタイトルを一時返上していたJRも、今年うちにタイトル奪還できました。何と言っても、オフ会参加皆勤賞は守り続けられました(汗)。詰めの甘い点はあるものの、個人的、落書き帳的にはいろいろと達成感のある一年だったと思います。

来年こそはあと4点生涯経県値を上乗せしたい、東日本の鉄道完全制覇にもこぎつけたい…などと様々な欲や目標はフツフツ沸いてくるのですが、どうも前半は今年同様かなり仕事が立て込んで休みが取りにくくなる気配があり、実現はいささか不透明です。幸い、今年は大きな怪我や病気を患うこともなく過ごせたので、来年もこれを継続できればいいかなと。

最後になりましたが、[67519]で問いかけた大晦日・元旦宿泊について年経県値へのカウントの件、いく人かからレスポンスがありました、ありがとうございます。どうにでも解釈できる微妙な線だけに見方は分かれそうですが、皆さんの意見も参考に、最終的には「2009年、栃木県は宿泊」にカウントしようと思います(結局自分に都合のいい解釈ですが)。明日も仕事、その後仲間内での忘年会。火曜日からはその、2009年またぎで話題にした栃木県奥鬼怒温泉郷・八丁の湯(ここ数日でモーレツに積雪したようです…)へ家族13人総出で越年旅行へ出かけます。よって、よほどのことがない限りは本書き込みが落書き帳への2008年最後の書き込みとなろうかと思います。メンバーの皆さま、どうぞよいお年を…。

p.s.元旦は、ネットへのアクセスができないところで迎えます。よって、(オフで勧誘はされましたが)十番勝負への参加は今回もないだろうと思います、ご安心ください>いっちゃんさん(大汗)

p.s.2グリグリさん、オフ会コメントの件了解しました。確かに差し替えをお願いした文章は長いですね。現状での参照リンクの方法でOKです、ご配慮ありがとうございました。
[67746] 2008年 12月 28日(日)15:19:07スナフキん さん
第5回オフ会、雑感
ようやく、オフの感想をまとめられる機会ができました…。

●オフ会まで
詳しくはブログにしたためて繰り返しになるので、「認市度の証明」的におさらい。

浜松町--夜行高速バス-→角館--秋田内陸線-→合川
温泉に乏しい内陸線沿線にあって、内陸ながら強食塩泉という泉質に惹かれ、北秋田市の合川駅で下車。外は雪混じりの強風でしたが、「さざなみ温泉」の泉質特性により体はよく温まります。休憩室利用別払いでも、割高感は全くない値段設定がありがたいです。言わば公衆浴場なので、せっけんもシャンプーも備えはありませんが、お湯のクォリティは間違いなくハイレベルです。

合川--秋田内陸線・奥羽本線-→陣場
この日の宿、青森県境にも程近い大館市の「日景温泉」へ。駅まで来てくれた送迎車、すでに車内に硫黄臭が充満していて驚くやら嬉しいやら。源泉温度がやや温めのせいもあり、とてつもない長湯ができるすばらしい白濁温泉。1泊2日で、2ヶ所の風呂場へ計5回も入ってしまい、体や衣類に送迎車同様硫黄臭が染み付いてしまいます。

陣場--奥羽本線-→碇ヶ関
認市度を多少乱す目的(汗)もあり、県境を越えて平川市となった碇ヶ関温泉へ。午前もまだ早い段階というのに、駅前で早くも白桃さんと鉢合わせする大ハプニングあり。道の駅併設のセンター系公衆浴場、お湯の使い方が丁寧で好感が持てました。自然薯そばにマルメロソフトクリームと地場産品へのこだわり食事。目の前に、好物のサンふじりんごを並べられ、破格の産地特売値札をつけられては黙っていられません。オトコの衝動買い…結果荷物を増やすことになり、オフでは景品を譲る憂き目を見ることになります(大汗)。

碇ヶ関--奥羽本線・花輪線-→湯瀬温泉
普通便を乗り継ぎ、会場へ。花輪線では、十和田南まで他の参加者が乗っていることに気づかないという鈍感ぶりを露呈することに。

●オフ会
ホテル着後、早速自企画のためのアンケート配布を開始。しかしどうにも手際が悪く、先着していた方へのフォローが薄くなったり、回収のタイミングを逸してズルズル持ち時間を失ったり…など、気苦労が多かったです。事前の準備をしっかりしておいたにもかかわらず、宴会までに全員分のアンケート回収を済ませることができず、集計は開始直前にまとめ終えるほどのギリギリっぷり。こういう状況なので、いざやってみてもうまくことが流れません。1位2位の順位付けで著しく人数に差が出てしまうなどは完全に想定外で、一部の方に助け舟を出してもらいながらの情けない進行でありつつも、企画で出した景品は全部、上位当選者に持ち帰っていただけました。大学時代サークルでは司会担当だった過去の経歴は、全然役に立ちませんでした。やっぱり、例年通り古い地図をお配りして終了…が、自分が出す企画には合うのかなと痛感しました。

宴会の延長戦(?)もあり、結局ここの温泉に浸れたのは日付が変わってからでした。しきりにいっちゃんさんが十番勝負への参加を勧誘してきます…いや、私はそこまで頭が柔らかくないですし、地図屋たる妙なプライドがあって「誤答」しちゃいかんみたいなプレッシャーも感じるので、大丈夫ですよ敵は増えませんから(苦笑)とご返事差し上げましたが…そうか、ライバルを作ることで燃え上がるおつもりだったのかもしれませんね?!

翌朝、ワインにビールとペースそっちのけで、企画での出遅れを取り返そうとハイピッチで飲んだつけがいっきにきました…超のつく二日酔い(大汗)。あぁ、朝食にハタハタが出てるのに、みんなに「サルでもできるカンタンハタハタ丸食い講座」開講のチャンス(汗)なのに…自分自身に悲しすぎるくらい全く食欲がありません。秋田県男鹿市出身ならではの、ザル知識披露は失敗に終わりました(号泣)。それでも、宿を出る直前にコーヒーを飲んだりしたおかげで花輪線内では完全復活。ただ、まともに食事をしなかったために大更の手前あたりでもう腹がグーグー鳴り始めます。耐えかね、盛岡で冷麺をお三方(88さん、MasAkaさん)と食し、はやて14号で帰途につきました。どんどん南下するにつれて天気が悪くなるって、何だか旅の終わりとしては寂しかったです。

第5回まで(厳密には非公式の第0回も含め)、皆勤賞を何とか保てました。もうここまでくると、落書き帳オフをどこでやろうがどんなスタイルになろうが、万難排して参加だな…みたいな、自分の予定の中ではもはや優先順位最高ランクになりつつあります。そう…例えグリグリさんに「みんな、変です」と言われようとも(大汗)。って言うかですね、私はあのシーンで分かりましたよ。参加者皆さん、「変です」と言われて気分を害された方が一人もいらっしゃいませんでしたね。皆さん、「変人結構!」「奇人ラッキー!」とお考えなのですね、よーく分かりました(爆)。オフ会は、こういった強者揃いの方々と、よりディープな親交を深められるいい機会だと何度参加しても思います。今回参加できなかった方、事情により参加を断念された方、ぜひ次回はご一緒に、より多くの方々と楽しいひと時を過ごせますように!

※事務連絡
オフ会記録ページには現在、私のコメントとして暫定的に帰宅時の即興書き込みを掲載いただいていますが、できればこちらに差し替えていただけると幸いです。


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