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N-Hさんの記事が10件見つかりました

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記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[61464]2007年10月2日
N-H
[61256]2007年9月21日
N-H
[61237]2007年9月20日
N-H
[61135]2007年9月11日
N-H
[61125]2007年9月10日
N-H
[61122]2007年9月10日
N-H
[61098]2007年9月9日
N-H
[61082]2007年9月7日
N-H
[61079]2007年9月7日
N-H
[61064]2007年9月6日
N-H

[61464] 2007年 10月 2日(火)14:38:31N-H さん
続・「ケ」の住民として
[61452] スピカ さん
相鉄線6駅で発売中の「保土ケ谷区区制80周年記念入場券」を3駅で買ってきたのでした。いづれもちゃんと「保土“ケ”谷区」としているのは好感が持てます。
ううむ、そうですか?
私はかつて[48500]で書いたように、区民としてはほとんど「保土ヶ谷」という意識です。
どうも「保土ケ谷」というのはしっくりきません。
確かに区役所のページを見ると保土ケ谷になっていますが、日常目にする近所の表示は圧倒的に保土ヶ谷が多いですね。
[61256] 2007年 9月 21日(金)11:19:16N-H さん
横浜市立図書館
なんだか身近な書き込みが多いなあ。
[61245] スピカ さん
そんなこんなで、中央図書館に到着。休館日って!!
おお~っと、なんと奇遇な。
実は現在中央図書館で借りている重たい本を早く返して次の本を借りたくて、18日に会社をはやく切り上げて寄ろうかな(横浜市立図書館のうち、中央図書館だけは平日は20時30分まで開館しているのです)と思ってふと図書館のウェブを見ると、なんと18日は珍しくも休館日!
すんでのところで気づいて仕事を続け、昨晩仕事帰りに夜遅く戸塚図書館の返却ボックスに投げ込んできたのでした。

なぜ戸塚図書館なのかといいますと、私は通常の通勤経路は京急を利用しておりまして、スピカさんがお書きのように日の出町駅を経由する定期を持っているのですが、現在定期券が切れており、ちょっとめんどくさいけれど最安値の秘密の経路で短期間通勤していまして、その経路上にあって駅から比較的近い戸塚図書館へ返却したというわけです(市立図書館間ではどこへ返却しても可)。

[61255] みかちゅう さん
国の機関であった郵便局が自治体を中途半端に跨ぐことはないと思っていました。
これはだいぶ前から割合柔軟ですね。
横須賀市の場合、市内の集配は横須賀、田浦、久里浜の3つの普通郵便局と特定局の長井郵便局に加えて、市内西部のいわゆる「南葉山」と呼ばれる一帯は、お隣の葉山局が集配を行っています。
こんなところにも横須賀市内でありながら、隣の葉山町の名称を名乗ることに抵抗があまりないのかもしれませんね。
いっそ、葉山町に割譲したらどうかな。
と、ここまで書いて念のため過去ログをあたってみたら、私自身の[15511] がありました。
[61237] 2007年 9月 20日(木)10:14:34N-H さん
湘南富岡
[61192] スピカ さん
金沢小学校の裏に「台東区臨海学園」「台東区臨海学園」や会社の寮らしきものもあるので、手頃な観光地だったようですね。

昭和の終わりころの数年間、磯子区民で京急の富岡駅の利用者でしたが、当時の京浜富岡駅構内に古ぼけた案内地図が貼ってあって、それをみると駅から数百メートル先は海で、そこには「湘南富岡海水浴場」と書いてありました。
私が見た当時とてすでに遠く埋め立てられ、公団住宅と工場が延々と立ち並び、シーサイドラインの建設もすすんでいた頃。いったいいつごろから貼られた地図だったのでしょう。
[61135] 2007年 9月 11日(火)23:24:36N-H さん
簡易局ばかり3局
[61131] 花笠カセ鳥 さん
宮城県大衡村は、現在でも簡易局とATM出張所しかありません。
情報ありがとうございます。
何と、簡易局しかないといっても村内に3局もあるんですね!
[61125] 2007年 9月 10日(月)22:56:39N-H さん
各市町村に1つは郵便局を
[61123] Issie さん
「各市町村に1つは郵便局を残す」という趣旨の発言をしていましたが
そういえばかつては簡易郵便局しかない自治体がありましたが、それではいかんということで、鳥取県の日吉津村に特定局の日吉津郵便局が開局したのは1999年のことでした。
埼玉県の神泉村もたしか簡易局しかなかったのですが、こっちは合併で自動的に解消されたような。
今では確か全部の自治体に特定局以上の郵便局があるのではなかったかな。
きちんと確認していないので間違いかもしれませんが。
[61122] 2007年 9月 10日(月)21:52:20N-H さん
長生郡市合併について
[61121] 揖斐の山 さん
さて一方各町村に逃げられた例の長生地区合併協ですが本日を持って「休止」となりました。
前回は「解散」に今回は「休止」と言う結果となりました。(2度の破綻。しかし仲が悪いなぁこの地区)

茂原市で生まれ中学卒業まで過ごした私の感想ですが、う~ん、どうしてうまくいかないのか、歯軋りしたくなるような気持ちもある一方で、仕方ないかなあとも思います。
もともと地域の結びつきという点ではかなり強引な合併が多いような昨今の合併劇にあって、長生郡市は古くからよくまとまっていた地域であり、自治体の規模としても今の時点では非常に適切、中心となる茂原市街も地理的に長生郡市の中心に位置しており、本来ごく自然にまとまって不思議ではない地区だったのでしょうが……
私が見るに、茂原の求心力が以前より弱まっていることが失敗の遠因になっているような気がします。
[61098] 2007年 9月 9日(日)06:58:29N-H さん
〒マークは地形図に残るか
このところ郵政民営化がらみの書き込みがいくつかありましたが、私が地図がらみで気になっているのは、10月以降発行の地形図から「郵便局マーク」が消えるのではないか、ということです。
かつて、地形図には電話局のマークというのがありましたが、電電公社民営化とともに電話局を示す地図のマークは消え、単なるオフィスビルと見分けがつかなくなってしまいました。
郵便局もこれからは単なる民間一企業のオフィスになってしまうわけで、公的機関が発行する地形図に専用の記号が残る可能性は低いような気がしますが、いかがでしょう?
それとも「銀行マーク」に統合されるのでしょうか?
[61082] 2007年 9月 7日(金)12:44:09N-H さん
本八幡と八幡宿
[61071] 千本桜 さん

すでにお二人の方より反論が出ていますが、いずれも市川市側からの見方でしたので、今度はかつて市原市民だった私から、市原市から見た市川市の八幡についてご説明します。
といっても、結論は
「市川と市原では住民の交流もほとんどないですし、特に厳密な呼び分けはしていないのではないか([61074] 熊虎 さん)」
「“呼び分け”の必要性も感じていないと思います([61076] Issie さん」
といっしょです。
[61074] 熊虎 さん
市原の八幡の人たちは買い物など大体の用事を千葉市で済ませることが多く、市川に用事があるというのはごく稀ではないかと思われます。
まさにその通り。
千葉駅より南の住民にとっては、まずたいていの用事は千葉市内ですませ、そうでなければ都心に出るまでです。
つまり、間にある習志野、船橋、市川の各市の存在はほとんど頭にありません。
まさに鎌倉市民、横須賀市民にとっての川崎の存在のようなものです。
地下鉄東西線開通後に西船橋がやや乗換駅として頭に上るようになりましたが、千葉以南から来ると快速列車は西船橋には停車しません。
同様に都営地下鉄新宿線が開通後、本八幡乗換えで都心に入るルートもできたわけですが、これまたJRは本八幡駅には快速を止める気配もありません。
もっとも私の通っていた高校は千葉市中心部にあって、市川市八幡あたりからも市原市八幡からもそれぞれ生徒が通っていましたけれど、そういうコミュニティでは駅名どおり、「八幡宿」「本八幡」で呼び分けていました。
[61079] 2007年 9月 7日(金)08:50:49N-H さん
あまねく公平なサービス
[61075] みかちゅう さん
特定の不採算地域のサービスを打ち切るということが許されないと読むことはできますが、携帯電話網で代替できれば通信サービスは確保できるということにならないでしょうか。
先にご紹介した法律は、NTT持株会社および東西地域会社のみに適用されるもので、携帯電話会社には適用されません。
さらに、東西会社の業務範囲には携帯電話業務がありません。すなわち、固定電話のみで「あまねく公平なサービスを行うこと」が義務付けられています。
お上の認識としては、携帯電話は電波という不確実なものを媒体にしているので、携帯電話をしてあまねく公平なサービスを実現することはできないということのようです。

まあ、もちろん、法律が改正されてしまえば話は別ですが。
[61064] 2007年 9月 6日(木)10:01:48N-H さん
南海⇔紀勢本線
[61056] YASU さん
[61058] 小松原ラガー さん
おお、そういえば、南海が和歌山市から紀勢線に乗り入れていたことがありましたね。
私もさすがに実体験はありませんが、そういう列車があったことは記憶にあります。
ご指摘ありがとうございました。

あと、長距離鈍行でひとつだけ。以前、上野発の高崎線で1本だけ客車列車の高崎行きが残っておりました。
これが高崎まで行くと、そのまま信越線の長野行きだか直江津行きだけに化けて、さらにまた化けて、結局新潟まで行くという、「隠れた長距離鈍行」でした。調べてみるとやはり昭和50年代後半まで残っていたようです。
上野発の各方面通勤列車では、東北線、高崎線が早々に電車ばかりになっても常磐線だけは結構しぶとくぼろい客車列車が原ノ町とか相馬あたりの福島県の先のほうの行き先を出してドアも開け放したままぎこぎこ走っていたのを覚えています。


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