[58093] 2007 年 4 月 21 日 (土) 01:53:00 hiroroじゃけぇ さん
常識が常識でなくなる時だってあるんですね
「とある18キッパーのおば様たちのお話」
というタイトルにしております。自分自身、若者達の会話であれば聞き流していたのです。でも、会話をしている方々はおば様たち(自分の年齢では、50代後半から60代半ばまで)であったので、会話の内容に興味がわいたわけです。当然、彼女達は「畳」と供に育ってきた世代のはずで、岡山「い草」の全盛期時に生きている世代。ですから、「い草」については一種の知識として把握しているものという認識が、自分にはあったわけです。
その年齢の方がこの話にはリアリティがあります。と言うのも、自分の母親(60歳台)が、「若いころは、旅行なんかできなかったからね」と良く言っているからです。
この年齢では、若いころほとんど家でだんな様と子供の帰りを待っているばかりで、自分が住んでいる土地から離れた場所のことなんか知らないに違いないと思います。
そしてようやく子供の手が離れて18きっぷで旅しているわけです。四国に向かう人が岡山の観光ガイドは読まないでしょうし。
ここで、
[58083] の
そんなわけで、しょせんこの世はブラックボックス、自分に関係ないことは、まあなんとかうまくやっていけているんだろうから、知らないことは知らないこととしておいておいて、知っていることでなんとかやっていこう、とそう思っていました。
の、「ブラックボックス」について説明が足りなかったと思うのでたたみを例にあげて説明します。
・たたみはお店で買うものです。どのような材料かは知る必要はありません。
・たたみを買う人が知っておくべきことは、どの部屋にたたみを入れるか、何枚必要になるか、
・そして、たたみを買う金をどのようにして用意するか、ということだけです。
・あたかも、「黒い箱」に金を入れ、箱を閉じてしばらくしてまた開けるとたたみになっている、
・そういう「考え方」をブラックボックス的な考え方と呼んでいます。
文明化した世の中はこのようなブラックボックスがたくさん集まったもの、と言えるでしょう。
したがってブラックボックスの対義語は「自給自足」です。
ブラックボックスは「都道府県」についても適用可能です。
おば様の若いころのような、ひとつの都道府県しか知らない人にとって、他の45~46都道府県はまとめてブラックボックスです。
手にするものに他の都道府県で作られたものもあるでしょうが、どこでどのように作られているか、いっさい知る必要はないという考え方なのです。
そんな生活を、ぼくは不幸だとずっと思っていましたが、実はけっこう幸せなのかもしれないと最近思うようになりました。
このサイトの存在意義を否定するような書き込みですみません。