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落書き帳記事集十和田観光電鉄廃線


記事#記事日付
記事タイトル
発言者
[79425]2011年10月4日
消え行く鉄路/目薬 山野
[79427]2011年10月4日
十和田のヒメマス 伊豆之国
[79428]2011年10月5日
カバチェッポ hmt
[79450]2011年10月9日
十和田湖観光 まかいの
[79469]2011年10月10日
Qちゃん & 孤独な踏切 伊豆之国
[79476]2011年10月10日
とうてつ MasAka
[79485]2011年10月11日
アンケート結果(滝沢村)/廃線情報 山野
[79519]2011年10月15日
鉄道が復活する(予定の)市 伊豆之国
[80455]2012年3月29日
JRの「岩泉線」、廃線へ…(?) 山野



[79425] 2011 年 10 月 4 日 (火) 01:28:09 山野[山野] さん
 消え行く鉄路/目薬

(本件)
三沢〜十和田間を結ぶ(産経新聞)十和田観光電鉄が廃線になる模様です。
周辺3市町に財政支援を受けようとするも拒否され、東北新幹線・「七戸十和田駅」が開業し、
利用者が減少、東北大震災で観光客が激減が原因らしいですが。
今年3月に長野電鉄・屋代線の廃止が決まったばかりで、また地方から鉄路が消えて行きます。
岐阜県内ですと、6年前に貨物輸送が終了してしまい、経営赤字に陥ってしまっている「樽見鉄道」。
毎年、危ない危ないと言われながらも何とか持ち応えてます。
今年6月に黒字(2010年度決算)になったそうです。これは8年ぶりだとか。
早くも、2chでは「葬式鉄」と呼ばれる方が沸いてるそうです。
(別件)
福島県では、原発事故や震災等で「県財政調整基金」と「減債基金」が底をつき貯金残高が0になったとの事。福島民報より。

(雑談)
パソコンをやっていると「目」が疲れてきます。疲れ目の時に目薬を差す訳ですが、皆さんはどういう風に、いつも差されますか?
私の場合ですが、目薬を差す時に何故か「必ず横になって仰向き」でないと差せません。普通にやると薬が目に入らずに横に逸れてしまいます。(目の中に異物が入るのが嫌という事もあり目薬が苦手で御座います。)
でもって、これが私1人なら「あんた、おかしいよ」で済む話なんですが、
家の場合は、「親子3代」に渡って目薬を差すのが下手なんです。
祖父(故人)も親父も私も下手で御座います(必ず横になってやらないと、逸れてしまいます。)
何で横にならないと出来ないのかは、自分でも分かりません。(遣り易いですが、傍目から見ると、見っとも無いです。)

[79427] 2011 年 10 月 4 日 (火) 22:00:03 伊豆之国 さん
 十和田のヒメマス

[79425]山野さん
十和田観光電鉄が廃線になる模様
だそうですが、仮にこのまま廃線が決まると、十番勝負の「鉄系問題」でも次のような変動が生じます。

・第29回・問十「孤独な終着駅」で、十和田市が想定解から外れる
・第22回・問二「鉄道と無縁の市(通過もしていない)」で、十和田市が「該当しない市」に入る(市内にある鉄道駅が消滅するが、東北新幹線が通過しているため)
・第21回・問七「鉄道駅が1社1駅のみ」で「該当しない市」に例示されていた三沢市が「該当する市」になる(2社共用になっている市内唯一の駅・三沢駅が、「青い森鉄道」の単独駅になる)

[79428] 2011 年 10 月 5 日 (水) 23:39:18【1】 hmt さん
 カバチェッポ

[79427] 伊豆之国 さん
十和田のヒメマス

1905年に和井内貞行が十和田湖での養殖に成功したヒメマスは ベニザケの陸封型で、日本では北海道のチミケップ湖と阿寒湖とが原産地だそうです。
氷河時代の北海道の河川には、北方から回遊したベニザケが遡上し繁殖していたが、地殻変動による隆起で河川が遮断され、湖に取り残されたベニザケの子孫がヒメマスになったと言われています。

和井内貞行の生涯 によると、明治14年に小坂鉱山寮吏員とあります。[67452]を見ると、 第2次官営になった銀鉱山の時代とわかります。
養魚事業に手を染めたのは明治17年というから、小坂鉱山が藤田組に払い下げられた時代です。初期は鯉の養殖が主体ですが、鉱夫の食料供給とかいう名目を付けた会社公認のサイドビジネスかもしれません。
明治30年、「金本位制」の採用で銀の価格が暴落し、藤田組の鉱山事業の先行きが暗くなった時期[67436]に退社して、養魚事業に専念することになりました。

しかし、鯉養殖は採算性が悪く失敗しました。
十和田湖に放流した魚は大きな湖の中に散在してしまい、密漁を防ぐことが困難です。
そこで、放流水域を覚えていて産卵時に戻ってくるサケ類に目を付けました。
ビワマス養殖の先進地・日光養魚場に長男を派遣するなど、研究を進めました。奥入瀬川の銚子の大滝が魚止めになって魚の遡上を阻んでいることを知り、魚道を掘ってみたが、これも成果に結びつかず。

こんな苦労をしている間に教えてもらったのが、北海道の支笏湖で、数年前から養殖が始まったという回帰性のマスの話でした。
アイヌ語で カバチェッポ と呼ばれたこの魚が、後にヒメマスと名付けられました。
明治27年(1894)に阿寒湖から支笏湖に移植されたというヒメマスは、1996年に千歳市の「市の魚」になっています。
現在の支笏湖では、アイヌ語カバチェッポの短縮形と思われる「チップ」の名で呼ばれているようです。 千歳市のシンボル

和井内貞行は、全財産をはたいて手に入れた3万尾の稚魚を十和田湖に放流。明治36年(1903)のことでした。
この後で日露戦争がありましたが、それも終った放流3年後の明治38年秋、産卵のために放流された湖岸近くに回帰してきた魚群を目にすることができました。長年の苦労が報われた一瞬でした。
「われ幻の魚を見たり」(1950年大映)という映画が知られています。

実は、私が中学生の時の国語教科書に、「カバチェッポ」というタイトルの映画シナリオが収録されていました。
もちろん和井内貞行の事業を題材にした映画ですが、タイトルも違うし、どうも別の作品のようです。

成功に結びついたカバチェッポは、青森水産試験場から入手したものですが、本格的にヒメマス増殖事業を行った和井内鱒孵化場は、十和田湖南西岸の生出(おいで)にありました。現在の 地図 に「和井内」という地名を見ることができます(小坂町)。
和井内家の出身は毛馬内(鹿角市)で、盛岡藩士の子でした。
こんな具合に、秋田県だけでなく、青森県や盛岡藩もからみあった地帯でした。

十和田湖では、1980年頃に移植されたワカサギが 1985年ころから漁獲量急増。ヒメマスが餌の獲得競争に負けて姿を消しつつあるとかいうことも 伝えられています。本当に「幻の魚」にならなければよいのですが。

話題の元になった十和田観光電鉄。
確かに十和田市を走っていますが、十和田湖の観光客は利用しているのでしょうか?

[79450] 2011 年 10 月 9 日 (日) 01:48:36 まかいの さん
 十和田湖観光

ちょっと遅レスですが。

[79428]hmt さん
話題の元になった十和田観光電鉄。
確かに十和田市を走っていますが、十和田湖の観光客は利用しているのでしょうか?

まだ猛暑序盤の7月海の日連休に1泊2日ですが奥入瀬・十和田湖へ避暑に行ってきました。
ルートをあれこれ検討しましたが、十和田観光電鉄ルートはまったく上ってきませんでした。
というよりも、よほど乗車目的でない限り、行程に組み込むのは困難ですね。

廃線になる模様だったのならば、近くを通っていたのだから
十和田市駅だけでも寄り道して見ておけばよかったなぁ。
新幹線が通った時点でこうなる運命だったのかもしれません。

ちなみに、私のとった1泊2日の行程は、
1日目
 はやて→八戸駅レンタカー借受→道の駅奥入瀬→奥入瀬渓流散策→奥入瀬渓流ホテル泊
2日目
 奥入瀬→十和田湖遊覧船乗船→休屋→国道454号&102号→東北青森道→
 青森港&青森ベイブリッジ経由→新青森駅レンタカー返却→はやて→帰宅

旅先での思わぬ収穫は、遊覧船内で十和田湖の詳細が学べたこと。
昨年行われた湖底地形調査のデータが飾ってありました。
これまで十和田湖は田沢湖みたいにズドーンと全域が深いものとばかり思っていましたが、
実はきれいな二重カルデラだったなんて知りませんでした。

この湖底地形調査、戦時中に墜落したと伝えられる旧陸軍機の水没地点付近の湖底に
航空機らしき形状を音響画像で発見したなんておまけつき。
等高線図にきれいに機影が現れている図面も見ることができました。

やはり、旅先での思わぬ発見というのは楽しいですね。

[79469] 2011 年 10 月 10 日 (月) 12:47:00 伊豆之国 さん
 Qちゃん & 孤独な踏切

[79451]まかいのさん
[79453]白桃さん
安孫子???
重箱の隅をつついて申し訳ありません
千葉県や大阪市にある地名は「我孫子」ですが、苗字の「あびこ」さんは「安孫子」と書くのが一般的で、全国に約7千3百人と推定されますが、山形県に多く全国の約半数が集まり、更にそのまた半分近くが寒河江市に密集し、市ランク4位に入ります。近隣市町や山形市内でもある程度見られますが、庄内や米沢・置賜など県内でも他の地域にはほとんど見られません。ちなみに漫画家の「藤子不二雄A」こと安孫子素雄氏は富山県出身ですが、 富山県では1件しか見当たりません。

[79456]山野さん
一度廃止された踏切をもう1度復活となると新設扱いとなり法的に認められない
[79457]出町かつらさん
最近新設された例として、阪急西宮北口駅の南西にある踏切がありますが、これは歩行者専用であること、回送列車が一日数本通過するのみであることなどから特例で認められたものらしいです
「踏切」で思い出したのが、事実上廃線同然になっていて復活の見通しもほとんどないにもかかわらず、なぜか無用となった警報機だけがぽつんと取り残されたように「仁王立ち」している光景が見られる箇所がいくつかあります。

新鵜沼の名鉄〜JR連絡線([76354])
名古屋臨海鉄道汐見線

上の2つの例は、引用した写真・記事を見る限り、レールの一部が撤去されたり柵で閉ざされたりしていて、列車を再び走らせるのはもはや不可能な状態であるにもかかわらず、まだ「戸籍」の上では現役扱いになっているらしく、形の上では「現役」の路線である以上は、踏切も「まだ使われている」ことになっているのではないかと思うのですが‥。

[79425]山野さん
[79427]拙稿
[79428]hmtさん
[79450]まかいのさん
[79454]Issieさん
確かに十和田市を走っていますが、十和田湖の観光客は利用しているのでしょうか
ルートをあれこれ検討しましたが、十和田観光電鉄ルートはまったく上ってきませんでした
どうやらこのまま廃線必至になりそうな十和田観光電鉄ですが、三沢駅を出てすぐの線路沿いにあるのが、かの巨大温泉ホテル。「十鉄」には乗ることはなくても、このホテルに泊まってしばし行き交う電車を眺め、そしてカメラやビデオに収めた経験を持つ人は数多いと思うのですが、そんな光景もあと少しで見納めということになると思うと‥。
ところで、この映像を見ると、出てくる電車は、東急東横線などで活躍していたステンレス車「7000系」。そして、今ではほとんど「聴く」ことができなくなった「鐘の鳴る踏切」([76154][76180]‥この時点ではネット情報を把握できていなかったのですが) も。普段は走っていないのですが、7月に行われた「十鉄電車まつり」で運行されていた旧式車両(緑の車両は東急池上線などを走っていた「3600型」)。果たしてこれらの車両に「安住の地」は見つかるのでしょうか?

[79476] 2011 年 10 月 10 日 (月) 20:32:29 MasAka さん
 とうてつ
白桃 遠回りして帰ろう(通学・通学圏のお話)

十和田観光電鉄の廃止について、かつてご当地に近い場所に住んでいた者として……。

私が落書き帳に初書き込みをした2005年当時は十和田市に隣接する七戸町に住んでいましたが、住んでいた3年間で十和田観光電鉄に乗ったのはたったの1往復だけですね。初めて青森県に住むこととなった2002〜03年の年末年始の帰省で、せっかく青森に来たのだから話のタネに一度は乗っておこうと思ったのが最初で最後です。青森県は基本的に車社会であるため、普段は三沢駅あるいは八戸駅といった大きな駅まで車で乗りつけ、そこからパーク&ライドで特急ないし新幹線に乗るのがいつものパターンでした。

列車ダイヤも三沢駅でJR東北本線(当時)との接続を考慮したものとはとても思えず、よくこれで経営が成り立っているなと思ったものです。会社名・路線名の「観光」とは名ばかりで、運行ダイヤを見る限り、実質的には朝夕の通学輸送が主力です(人から聞いた話では、朝は学生・生徒でかなり混雑するとのこと)。そもそも車両が東急のお古の通勤型で、観光というには風情がなさすぎます。

今年の夏は久々に十和田を訪れましたが、東北新幹線七戸十和田駅発着の路線バスが列車の発着にほぼ合わせたダイヤで運行されているので、わざわざ八戸→青い森鉄道→三沢→十鉄→十和田市と列車を乗り継ぐよりもはるかに利便性が高いと感じました。十和田市方面に向かうバスは十和田市駅(とうてつ駅ビル)も経由しますが、相変わらずの駅の閑散ぶりを見て「この路線も先はあまり長くないのではないか」と思いましたが、その時期はかなり早く訪れそうですね。三沢も十和田も人口数万人規模の小さな自治体であり、それ相互同士は鉄路で結ぶほどの旅客流動はないのかも知れません。

ちなみに十鉄が廃止されると十和田市はその隣接する自治体に市名が入っている駅が2つもある(七戸町の七戸十和田駅、鹿角市の十和田南駅)のに、その市自体には駅が全くないという市になります。

[79454]Issieさん
“正書法”(かなづかい)的には「とおてつ」であるはずですが,「とうてつ」とカナをふるらしい。

十鉄駅ビルのテナントである、みちのく銀行の店舗案内のページを見ると、十鉄駅ビル支店は「とおてつえきびる」と読ませてますね(参考)。十和田観光電鉄公式の読み仮名に合わせず、一般的な常用漢字の読み方に合わせたのは果たして明確な理由があるのかどうかわかりませんけど……。


話は変わって(鉄道関係という括りではありますが)、踏切の新設と言えば、熊本市では鹿児島本線の連続立体交差(高架)化工事(これには今年3月開業した九州新幹線工事も絡んでいますが)に伴い、それまで線路をオーバーパスしていた道路橋を撤去し、その後に地平の迂回路に踏切を新たに設けています。時期限定(事業が完了する平成28年度まで)の特例として認められているようです。

[79485] 2011 年 10 月 11 日 (火) 20:51:44【1】 山野[山野] さん
 アンケート結果(滝沢村)/廃線情報

グリグリさんへ(更新用の関連情報という事で)
滝沢村で現在行われている、住民説明会というのか相談会というのか、
ここで行われた市制に関するアンケート結果が出てます。滝沢村HP
(9月16日現在)
回答数:1058件
内、賛成:68.53%
内、反対:14.41%
どちらでもない:16.07%

話変わって、本日「十和田観光鉄道」の廃線が正式に決まりました。
(参考リンク)
RABニュースレーダ
産経ニュース

[79519] 2011 年 10 月 15 日 (土) 18:27:55 伊豆之国 さん
 鉄道が復活する(予定の)市

一日遅れですが、「鉄道の日」関連のネタから。

長野電鉄屋代線([77584]Issieさん)に続いて十和田観光電鉄([79425]山野さん他)と、地方私鉄の暗いニュースが続いている中で 、ここで一つ明るい話題を。
先月、沖縄都市モノレール(ゆいレール)が現在の終点・首里から、浦添市域への延長計画が動き出したというニュースがあったそうです。完成目標は2019年度ということなので、まだ8年も先の話なのですが、仮に計画通り浦添への延長線が開通すると、沖縄県営鉄道が1945(昭和20年)の戦災により壊滅・廃線となって以来、浦添市には実に74年ぶりに鉄道が復活となります。
鉄道復活までの長いブランク、というと、いつできるのかいまだに見通しが立っていない「長崎新幹線」。計画によると、嬉野市内に駅ができる([76748]k-aceさん)ことになっており、現在の嬉野市域を通っていた「肥前電鉄」([69946])が1931(昭和6)年に廃線になって以来、現時点で既に80年が経過しているので、開業となれば嬉野市が浦添市の「記録」を上回る可能性が高そうですが。

[80455] 2012 年 3 月 29 日 (木) 18:19:59 山野[煮豆] さん
 JRの「岩泉線」、廃線へ…(?)

今月末の最終運行を以って、廃線となる「十和田観光電鉄線」と長野電鉄の「屋代線」。
この2件に引き続いて、約2年前から土砂崩れによって運休中の岩泉線が再開する事無く廃線となる模様です。
(記事の一部を引用)
JR東日本は、岩手県宮古市と岩泉町を結ぶ岩泉線(38.4km)を廃止する方針を固めた。29日、関係者への取材でわかった。
廃線の時期は未定らしいが…。(と、書いた所で今日って未だ3月29日だよね。4月1日まであと3日。時期がなぁ。)



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