[111085]じょせふさん
小倉も「豊前香春」を考えましたが、もっと小倉城に近い旧地名がほしいな、ということで棚上げ。旧郡名の「企救」じゃ完全に門司だろ!、って感覚です。
[111091]じょせふさん
すみません、企救は門司のイメージってありましたが、小倉南区の地名で完全に小倉のイメージですね。地元民じゃないんで土地勘なくてすみません。
私、門司で生まれて小学2年生まで門司で育ち、大人になってからも約3年門司で暮らした準地元民です。じょせふさん、自信を持ってください(笑)。企救は門司の物です。だって、企救半島は門司区がすっぽり収まる半島、小倉の領域ではありません。
…出典:私の主観です。意見には個人差があります。
万葉集で門司区大里地区~小倉北区の関門海峡側の海岸が“企救の長浜” “企救の高浜”と詠まれたのが企救の由来のようです。「旧企救郡は門司市・小倉市だった」「郡名が先で半島名は後発」など、門司だけのものではなく門司・小倉の共有財産であるという裏付けがいくらでも出てくるのですが、小倉には渡したくないなぁ…という門司っ子のエゴと言うことでご容赦ください。
ただ、じょせふさんがおっしゃる小倉南区の地名としての企救は、企救郡企救村→企救町か、北九州モノレールの企救丘駅周辺の町名ことと思いますが、由緒ある企救の名前を一介の村同士が合併するときに村名にしただけ(1907年に城野村と東紫村が合併して企救村発足)のこと、ましてや企救丘(町名)なんて1983年から、企救丘(駅名)は1985年からのものなので、これをソースに企救を小倉南区の地名というイメージをもって欲しくはないです。
そもそも、小倉の駅名候補を書こうと思ったのですが、脇道にそれてしまいました(^_^;)
私なら「豊前魚町」「豊前京町」のいずれかにします。魚町は小倉駅に程近い繁華街、京町は現小倉駅の所在地です。いずれも市制施行時からの町名です。知名度でいえば魚町が勝るかな。
#つまりは、「豊前企救」が一番しっくりくるんでしょうけど(笑)