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落書き帳から選び抜いた珠玉の記事集

日本は「にほん」か、「にっぽん」か?

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記事数=15件/更新日:2005年11月10日/編集者:YSK

私たち日本人にとっての素朴な疑問の1つが、「日本」が「にほん」なのか、それとも「にっぽん」なのか、という問題ではないでしょうか。どちらも正しいというのが結論なのですが、そのあたりを扱ったメッセージを集めました。

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記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[1810]2002年6月10日
深海魚
[1813]2002年6月10日
Issie
[19096]2003年8月18日
般若堂そんぴん
[19097]2003年8月18日
Issie
[19207]2003年8月23日
般若堂そんぴん
[21525]2003年10月28日
般若堂そんぴん
[21527]2003年10月28日
Issie
[21541]2003年10月29日
般若堂そんぴん
[21542]2003年10月29日
N-H
[24262]2004年1月29日
じゃごたろ
[24268]2004年1月29日
キュッキュ
[24279]2004年1月30日
じゃごたろ
[24293]2004年1月30日
Issie
[41057]2005年5月11日
足利人@伊勢原市民
[45978]2005年10月22日
inakanomozart

[1810] 2002年 6月 10日(月)08:26:22深海魚[雑魚] さん
にっぽん
>「合衆国」とは「多くの国が集まった国」の事を指します。「連邦」と同じ意味です。
その意味では「合州国」と同義の様ですね。漢字の解釈は奥が深い・・・・・。

>それが日本語に翻訳されるわけだけど,当然いろいろな試行錯誤が行われている
地理の分野ではないけれど、水素と酸素の概念が本来の意味と逆転して居るとの話を
聞いた事があります。訳出時の問題ではないのかも知れませんが。

で、昨夜は日本が大金星。私も自室でTV見つつの祝杯で、吟醸酒一瓶空けました。
(21時台は優雅に「N響アワー」見て居た癖に。)最近になって漸く知ったのですが、
日本チームの鳥をあしらったロゴマークは「三本足の烏」だそうですね。と云う事は
熊野三山や出羽三山で見る八咫烏(やたがらす)の事かな。どの様な経緯から日本の
ユニフォームに採用されたのか興味が在ります。

サポーターの大連呼「ニッポン!!」、此れが「日本」の正しい発音と聞いて居ますが、
「日本政府」「日本国憲法」「日本料理」「日本列島」「JR東日本」等の場合には
「にほん」と発音する事が多い様ですね。何か法則の様なものが在るのかな。
[1813] 2002年 6月 10日(月)19:08:43Issie さん
にほん
>グリグリさんへ
フォローありがとうございます。
「トップページ」→「地理のページ」→「地理データ集」→「市町村の変遷」
という形でリンクを張っておきました。

>サポーターの大連呼「ニッポン!!」、此れが「日本」の正しい発音と聞いて居ますが

「にっぽん」を「正しい」ということにしたのは,確かベルリンオリンピック(1936年)か,“幻の”東京オリンピック(1940年)だったように記憶しています。
「日本」という国の名前が成立するのは律令制確立に向かう7世紀後半の天武・持統朝のことだと考えられていますが(「天皇」が成立するのもこの頃。だから聖徳太子の叔母さんを「推古天皇」と呼ぶのは後の時代からさかのぼってのこと。叔母さんが生きているときは「天皇」ではなかった),当時の日本語には“つまる音”(小さい“っ”)はありません。「ほ」の発音も今とは違って「ふぉ」(← fo と唇をかまないこと)や「ぽ」のような音だったらしい。
だから“正しい”発音は「にぽむ」→「にふぉむ」のようなものっだようです。
それが「にほん」になったり「にっぽん」になったりしたのです。
どっちでもいいんですね。

私は「日本」単独の場合には「にっぽん」,「日本語」や「日本人」,「西日本」などのように前後に何かの要素がつくときには「にほん」と読むことにしています。

>水素と酸素の概念が本来の意味と逆転して居るとの

「水素」は hydrogen,「酸素」は oxygen の訳語ですが,hydro- は「水」,oxy- は「鋭いもの→酸」という意味なので,少なくとも日本語のせいではないですね。

>八咫烏(やたがらす)の事

そう,そう。そのものズバリの「八咫烏」なのだそうです。
戦前の協会設立当時から採用されているそうです(少なくとも戦後すぐに,このような「神がかり」なマークを選ぶセンスはなかったでしょうね)。
熊野の烏,という話だったと思いますが,何で烏?
[19096] 2003年 8月 18日(月)08:50:39般若堂そんぴん さん
学名に見る「日本」
[19082]で「にっぽん」の語感について書きましたが,「にっぽん」を支持なさる方々には不愉快だったかも知れないと反省しております.

動植物の学名に見られる「日本」について所持する数冊の図鑑から調べてみました.
生物種の学名は属名・種形容語(種小名)から成り立っています.種形容語に見られる「日本」はおおよそ次のようです.(男性形/女性形/中性形)
japonensis / japoniensis / japonense
japonicus / japocina / japonicum
nipponensis / nipponensis / nipponense
nipponicola(男性名詞または女性名詞)
niponicus / niponica / niponicum
nipponicus / nipponica / nipponicum
ラテン語の Japonia に基づくものの他は「にっぽん」系がほとんどです.「にほん」系は今までのところ見たことがありません.
属名でも Japonolirion(オゼソウ属),Nipponolejeunea(ケシゲリゴケ属,亜高山などの樹幹に生える苔),Nipponia(朱鷺.種小名を含めて Nipponia nippon という学名であることは有名),Niponius(ホソエンマムシ属,甲虫)など,Japonia または「にっぽん」系ですね.

日本と名の付く属名をもつ生物のうち,日本産でないものがあります.何れも,かつて大日本帝国が植民地として統治し,現在は日本領でない地域産のものです.
Nipponosaurus:樺太産.ハドロサウルス科(カモノハシ竜類)に含まれる恐竜.
Japanobotrychium:台湾~南アジア産の植物.古い図鑑では日本に2種あることになっていますが,現在それらは別属扱いです.「Japono」ではなく「Japano」であるところが異色です.
[19097] 2003年 8月 18日(月)09:42:08Issie さん
にほん
[19096] 般若堂そんぴん さん

慣れてる人には何とも感じないことですが,慣れてない人には「にほん:niho~(最後は鼻母音)」と発音するのは大変難しいのかもしれませんね。
「紀元2600年」に絡めて(幻の)東京五輪と万博を照準に据えたころ,「にっぽん:Nippon 」に統一しようとした理由の1つに,欧米人にも発音しやすい,というのがあったような気もします。

明治後期に流行した「オッペケペー節」では「にっぽん」と読んでいるようですね。こちらの方が威勢がいいからかしら。

かつての「日本社会党」は「にっぽん」,「日本共産党」は「にほん」だけど,何かポリシーでもあったのか,それとも何となくそうなったのか。
「日本(にほん)新党」は?
[19207] 2003年 8月 23日(土)01:06:51般若堂そんぴん さん
続・学名に見る「日本」
仕事で調べものをしていたら[19096]に抜けていた次の例がみつかりました.
niphonicus / niphonica / niphonicum
nipponus / nippona / nipponum
前者は古典ラテン語の発音では「ニポニクス」ですが,「ニフォニクス」として命名されたようにも思えます.「にっぽん」→「にふぉん」→「にほん」と発音が移り変わる中での「にふぉん」系でしょうか.
[21525] 2003年 10月 28日(火)00:10:08般若堂そんぴん さん
「日本」シリーズ
日本シリーズが終わりましたね.久しぶりのパ・リーグの勝利を喜びつつ,妙な気分です.(月の輪熊さん,残念でしたね……と言いつつ,つい笑いがこみ上げる私……)
かつては「にほんシリーズ」と発音された「日本シリーズ」ですが,現在は「ニッポンシリーズ」と発音されるのですね.ローマ字/英語表記も「Nippon Series」でした.
最近よく見られる「にほん」→「にっぽん」という変化は社会の保守化・右傾化との相関関係があるようにも思えます.

そのうち「日本酒(にほんしゅ)」が「ニッポン酒」に,「日本刀(にほんとう)」が「ニッポン刀」に,「日本舞踊(にほんぶよう)」が「ニッポン舞踊」に,「日本髪(にほんがみ)」が「ニッポン髪」になってしまうかも知れません.「日本選手権(にほんせんしゅけん)」も「ニッポン選手権」の方が一般的になっていそうです.
あ,「ポン酒(ポンシュ)」「ポン刀(ポントウ)」という省略表現がありますから,「ニッポン酒」「ニッポン刀」は既に認知されているのかも知れませんね.
[21527] 2003年 10月 28日(火)00:26:21Issie さん
にっぽん刀
[21525] 般若堂そんぴん さん

第7戦までやったおかげで一番喜んだのは「東京12チャンネル」かもしれませんね。
全国ネットが弱いとは言え,最も開催確率の低い第7戦が割り当てられると言うのが,何をか言わん。
ダイエーよりも,まずは12チャンネルに「おめでとう」。

「ニッポン酒」「ニッポン刀」は既に認知されているのかも知れませんね.

多分に韻文の中での限定的用法ではありますが,朝鮮半島を巡って日清間の対立が激化していた1892年に発表された軍歌(…とも,唱歌とも言える)「元寇」(詞・曲:永井建子)にはすでに

「いでや進みて忠義に 鍛えし我がかいな ここぞ国のため 日本刀(にっぽんとう)を試し見ん」(現代かなづかいで表記)

という用例があります。

最近よく見られる「にほん」→「にっぽん」という変化は社会の保守化・右傾化との相関関係があるようにも思えます.

ここらあたりはどうだか。
[21541] 2003年 10月 29日(水)00:22:33般若堂そんぴん さん
にっぽん刀,など
[21527]Issieさん
第7戦までやったおかげで一番喜んだのは「東京12チャンネル」かもしれませんね。
おかげでその瞬間を見ることが出来ませんでした(涙).
1892年に発表された軍歌(…とも,唱歌とも言える)
その頃から「にっぽん刀」の用例があったのですね.御教示ありがとうございます.

なお[21525]に関して補足しておきます.
私は個人的に「にっぽん」よりも「にほん」を好みますが,「にっぽん」を否定しているわけではありません.例えば,大阪の日本橋は「にっぽんばし」でなければなりませんし,日本ハムファイターズは「にっぽんはむ」でなければなりません.「にほんはむファイターズ」と呼んだアナウンサーがいましたが,愉快ではありませんでした.
ただ,それまで「にほん」だったものを「にっぽん」に変えてしまう風潮には抵抗があります.

【おまけ・回文】
「本日の日本」
[21542] 2003年 10月 29日(水)06:26:27N-H さん
にっぽんとにほん
[21525]般若堂そんぴんさん
最近よく見られる「にほん」→「にっぽん」という変化は社会の保守化・右傾化との相関関係があるようにも思えます.

[21527]Issieさん
ここらあたりはどうだか。

わたしも必ずしも右傾化と相関があるとは思いません。
今はなき「日本社会党」は「にっぽんしゃかいとう」でして、「日本共産党」が「にほんきょうさんとう」です。
一方「日本新党」は「にほんしんとう」。
これをもってしても政党名の読み方から政党の右翼度、左翼度を測ることができないことがわかります。
そりゃ共産党よりは社会党のほうが右よりなのかもしれませんが……
[24262] 2004年 1月 29日(木)20:26:36【3】じゃごたろ さん
「にほん」と「にっぽん」考
こんばんは、じゃごたろです。

TGRSさんはじめ「いちう」「いっちゅう」の考察に触発されたわけではありませんが、以前話題にあった「にほん」と「にっぽん」に関して、つらつらと考察したことを発言させていただきます。

まず「日本」は、音読みでそのまま読めば「にちほん」となります。この「ち」が促音便化し、さらにそれに引きずられて「ほ」が半濁音化すると「にっぽん」となります。これは、「一本」が「いちほん→いっぽん」、「八本」が「はちほん→はっぽん」と音便によって読みが変わるのと全く同様です。
さらに言えば、「やはり→やっぱり」も促音便化の例として挙げることができ、「にほん→にっぽん」となったとも考えることが可能です。

では、「にちほん」「にほん」「にっぽん」の関係はというと、単純に「にちほん→にほん→にっぽん」もしくは「にちほん→にっぽん→にほん」と読みが変化していったものだとは思っていません。

私は日本語に詳しいわけではありませんが、「ぽ」という音は比較的新しい音で、昔の日本語にあった音ではないと考えます。そして実際に「日本」は、「ふぉ」に近い曖昧な音で発音されていたのではないかと思っています。

さてここで、以前の般若堂そんぴんさんの書き込み[19207]にある
前者は古典ラテン語の発音では「ニポニクス」ですが,「ニフォニクス」として命名されたようにも思えます.「にっぽん」→「にふぉん」→「にほん」と発音が移り変わる中での「にふぉん」系でしょうか.
です。

私はこの音の変化の過程については不同意ですが、昔の日本語の「日本」の読みに「にふぉん」に近い読み方があったという点については同意します。それが近代の五十音で発音する際に、「ふぉ」という曖昧な音が変化し、その変化が「っぽ」化と「ほ」化に二分していったのではないでしょうか。つまり、

「にちほん」→「に(っ)ふぉん」→「にほん/にっぽん」

となったということです。もしかしたら「本」の読みそのものが最初から「ふぉん」に近かったとも考えられるでしょう。

これで何が言いたいかと言われると、何もないのですが、「にほん」と「にっぽん」はどちらが正しいということでもなく、どちらが後か先かということもなく、並列に存在するもの仕方がないのでしょう、ということですね。

以上、勝手な考察ですが、いかがでしょうか?
[24268] 2004年 1月 29日(木)23:29:46【1】キュッキュ さん
「日本」
[24262]じゃごたろさん
この話題については,いつか書こうと思っていたのですが,時宜を逸していたところ,じゃごたろさんの書き込みがあったので,私の考えを述べさせていただきます。

結論からいうと,もともとは「にっぽん」と発音していたのではないかと思います。しかし,我が国を「日本」と呼ぶようになった頃,これを仮名で「にっぽん」と書き表すことができなかったのです。つまり,促音「っ」,半濁音「ぽ」,撥音「ん」は,当時仮名として存在しなかったのです。あえてこれを表記しようとすれば,「にほ」と書くしかなかったのではないでしょうか。やがて「ん」の表記が生まれ,「にほん」という書き方が発生します。「にっぽん」という発音と「にほん」という表記が並立し,「にほん」という読み方も生まれました。
また,現代日本語の「は行」(ha.hi.hu.he.ho)は,古くは(pa.pi.pu.pe.po)と発音していたといわれています。「はは(母)}は「パパ」だったそうです。

現代日本語では,いずれの読み方も存在し,通用しているので,どちらが正しいということはいえませんね。
[24279] 2004年 1月 30日(金)10:06:41【1】じゃごたろ さん
「ひのもと」
おはようございます、じゃごたろです。

[24268] キュッキュさん
[24272] Issieさん
「妄想族」の私とは違い、卓説を拝見させていただきました。とはいえ、実のところIssieさんの説はまだ完全に理解してはいないのですが・・・・

さらについでと言ってはなんですが、「日本」の読みはこれまで「にほん」「にっぽん」の二つ存在するという前提での話でしたが、もう一つの読みとして黒田節の一節にも読まれている「ひのもと」という読みも存在します。これは、この国を「日本」と命名した感覚に最も近い読みであると感じています。

「ひ」とはすなはち太陽のことであり、ひいては、太陽神・天照大神の子孫である(とされている)天皇を指し示す語であると推量されます。また「もと」と読む語は「本」の他に、「元・基・素・許」などがあり、「ひのもと」を表記すると「日の本」「日の元」「日の基」「日の素」「日の許」となりますが、それぞれが国体を暗示的に示す字面の様に思えてなりません。

「日本」とはつまり、「天皇の統治する国」を意味する国名と解釈して良いと思ってます。


[余談]
「いちう」「いっちゅう」の読みに関しても、昔は「いっつう・いっとぅう」などの中間的な発音であったのが二分化していったものではないかとも考えてもいます。
[24293] 2004年 1月 30日(金)21:40:24Issie さん
もう一つの「日の本」
[24279] じゃごたろ さん
「日本」とはつまり、「天皇の統治する国」を意味する国名と解釈して良いと思ってます。

通常,「ひのもと」とは「黒田節」での「日本一:ひのもといち」の用法に見られるように「イコール日本」と理解されています。
しかし,実は中世後期にはこれと全く別の用法で「ひのもと」という呼称が使われたことがあります。むしろ,「日本の外」というニュアンスを込めて。

それは鎌倉時代から戦国期にかけて,津軽十三湊を拠点に秋田から現在の北海道・渡島半島南部にかけての地域を支配下に置いた安藤(安東)氏が称した「日の本将軍」というもの。

安藤氏は,平安中期の「前九年の役」で滅ぼされた「俘囚(ヤマトに服属したエミシ)の長」安倍氏の後裔を称するように,「日本人」よりは「エミシ」ないし「エゾ」(この2つは微妙に意味が違う)の系譜を強く意識する一族でした。その点で頼朝の「奥州征伐」後に奥州藤原氏の故地に移住し,甲斐南部荘を“名字の地”として,つまりは“鎌倉武士”としての系譜を誇る南部氏と大きく異なります。

鎌倉時代末期,その安藤氏内部で抗争が起こります。これは当時の鎌倉幕府執権・北条高時の側近であった長崎氏と深いかかわりのある事件で,幕府滅亡の第一歩にもなったのですが,室町時代になってこの事件を記録した史料の中で,安藤氏の支配していた「蝦夷(えぞ)が千島」すなわち現在の北海道について,この島には「日の本」「唐子(からこ)」「渡(わたり)党」の3つのグループの人々が住んでいる,と記されています。
このうち「渡党」とは,字のとおりに,本州から津軽海峡を“渡って”この島の南端部に移住した人々を指すと考えられています。
問題は「日の本」と「唐子」で,この2グループは姿かたちが違って言葉も通ず文化も違う,つまりは“外国”に連なる人々と解釈されていることです。これについて,「唐子」とは唐(=中国大陸)や「カラフト(樺太)」に通じる呼称で,日本海側の道北・樺太方面の住民を指すと考えられています。一方の「日の本」は,太平洋側の道東・千島方面の住民を指すと考えられています。
当時の地理感覚では「陸奥外の浜」すなわち青森湾の海岸で日本はおしまい,とされていましたから,ここでいう「日の本」は完全に日本の外です。
こうしたことを踏まえて,安藤氏は「エゾを支配する者」として「日の本将軍」を称した,と考えられています。

(ここから後は以前の書き込みでも触れたことですが,)
15世紀に入り,本州最北部の支配と,それと密接なかかわりを持つ北方先住民との交易をめぐる安藤氏と南部氏の抗争は激しさを増しました。そして結局は,安藤氏が津軽から追い出される形となって,渡島半島南端部に本拠地を移します(この結果,津軽は南部氏の支配するところとなりますが,戦国末期に支族の大浦氏が「津軽氏」を名乗って南部氏から“独立”し,それが豊臣・徳川両政権から認められることとなります)。
後に安東氏(←名字の表記が変わった)は渡島から再び本州に移転し,出羽最北部の檜山(能代地方)に本拠地を移しました。さらに一族で秋田湊(土崎)に本拠を置く系統に統合され,「秋田氏」を名乗って“関ヶ原”を迎えました。戦後の大名配置換えで常陸宍戸に移り,さらに奥州田村の三春藩主として廃藩置県を迎えます。
安藤氏が去った後の「蝦夷が島」で勢力を広げたのは蠣崎氏改め松前氏で,その支配権が豊臣・徳川両政権に認められることで,いわゆる「松前藩」が成立します。

この頃までに「日の本」という呼称は消滅していました。
かわって定着したのが,松前氏の支配体制を背景とするもの。
すなわち松前氏は渡島半島南部を日本人,すなわち「和人」の直接支配地とし,その結果この区域は「和人地」あるいは「松前地」と呼ばれることになりました。
残りの広大な地域は先住民アイヌ,すなわち「蝦夷:エゾ」の“縄張り”とし,この区域を「蝦夷地」と呼ぶようになるわけです。
つまりこの用法に従えば,「蝦夷地」は“イコール北海道”ではないということになるのです。
[41057] 2005年 5月 11日(水)21:21:26足利人@伊勢原市民 さん
「ニホン」と「ニッポン」
話し言葉、「ニホン」が「ニッポン」に圧勝 国立国語研(asahi.com)
http://www.asahi.com/culture/update/0511/017.html?t1

たしかに自分も話し言葉だと「ニホン」の方を多く使ってますね。
ただ、政府機関・企業などだと、「ニッポン」の方が多いような気がします。

ちなみに、参考までにですが、Google、Yahoo!の検索では「ニッポン」「にっぽん」が圧倒的です。
 ※単位(件)
「ニッポン」検索→964,000(Google)、6,350,000(Yahoo!)
「にっぽん」検索→334,000 (Google)、846,000(Yahoo!)
「ニホン」検索→276,000(Google)、261,000(Yahoo!)
「にほん」検索→142,000(Google)、128,000(Yahoo!)
[45978] 2005年 10月 22日(土)11:52:31inakanomozart さん
Nippondaira
[45940] 2005年 10月 21日(金) 21:52:52  紫魔法師さん
【その5】静岡ローカルのCMに「日本平ホテル」があるのですが、東名のPAなどの読み方の「にほんだいら」ではなく「にっぽんだいら」と読んでいたこと。そういえば、静岡駅の南口(新幹線側)駅前に「私が今までに見たこともない漢字」が入った看板があるホテルがあったっけ。どんな字だったか、もう忘れてしまったので検索できませんでした(笑)。
[45947] 2005年 10月 21日(金) 23:55:44  稲生さん
【その5】については、inakanomozartさんの方が、詳しいかと思いますのでお譲りいたします

しばらく隠遁していようかと思っていたのですが、稲生さんに連れ込まれてしまいました。(笑)
それはともかく、地名としての「日本平」は「ニホンダイラ」でいいと思われます。
一方ホテルの方は、その昔は静岡市用宗にあった竹田企業(四半世紀以上も前のことなので、字の方は自信がありません。)という会社で持っていました。
その当時の正式名称は、たしか「竹田企業日本平観光ホテル」で「日本平」を「ニッポンダイラ」と読ませていました。
その後、本体の会社が経営不振でホテルの経営者が変わってからも「ニッポンダイラ」の読みは承継されて現在に至っています。
このホテルを除いては、ことごとく「ニホンダイラ」なのに、なぜ「ニッポンダイラ」にこだわるのかは私も知りません。

静岡駅南口から数百メートルの範囲には、小田急系の大きなホテルが1つ、ビジネスホテルが10軒ほど、その他特殊用途のホテル(?)が1軒(もっとあるのかも知れませんが、縁がないので詳しくありません。)あります。
しかし、ほとんどカタカナ名で、むずかしい漢字のホテルはなかったような気がします。
もしかしたら静岡駅より、むしろ東静岡駅に近い駿河区曲金六丁目にある「ホテル時之栖」のことでしょうか?
「時之栖」でしたら「トキノスミカ」と読み、沼津市に本社のある食肉加工の米久グループの一員です。「米久」ではなじみがない方でも「御殿場高原ビール」や「おむすびの天神屋」と同じグループと言えば分かる方もいらっしゃるかも知れません。(天神屋は、もともと静岡市の会社ながら経営不振で米久の傘下に入った。)

ちょっと話がそれますが、静岡市の「井川」は静岡以外の方は、みな「イガワ」と読んでいるのかなぁと、テレビで井川投手の名が出るたびに思います。

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