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千本桜さんの記事が30件見つかりました

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記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[101411]2021年2月21日
千本桜
[101391]2021年2月9日
千本桜
[101350]2021年1月26日
千本桜
[101332]2021年1月22日
千本桜
[100873]2020年12月6日
千本桜
[100866]2020年12月2日
千本桜
[100855]2020年11月24日
千本桜
[100101]2020年8月14日
千本桜
[100066]2020年8月6日
千本桜
[100053]2020年8月1日
千本桜
[100032]2020年7月26日
千本桜
[100029]2020年7月25日
千本桜
[100021]2020年7月24日
千本桜
[100002]2020年7月19日
千本桜
[99991]2020年7月17日
千本桜
[99788]2020年5月18日
千本桜
[99403]2020年4月29日
千本桜
[99277]2020年3月20日
千本桜
[99184]2020年2月17日
千本桜
[99181]2020年2月16日
千本桜
[99087]2020年1月17日
千本桜
[98772]2019年12月29日
千本桜
[98567]2019年11月10日
千本桜
[98558]2019年11月6日
千本桜
[98554]2019年11月6日
千本桜
[98514]2019年9月25日
千本桜
[98512]2019年9月23日
千本桜
[98511]2019年9月23日
千本桜
[98498]2019年9月20日
千本桜
[97672]2019年5月2日
千本桜

[101411] 2021年 2月 21日(日)20:07:09千本桜 さん
「本山町街」ってなに? 「日光市街」ってどこ?
[101408] 駿河の民 さん
私は本山町に訪れたことがありますが、嶺北の中心地となっており、大きな高校や病院があったことが記憶に残っています。

私は昔々、大豊町の国道32号を自転車で走ったことはありますが、本山町には行ったことがありません。そこで、ストリートビューで模擬ドライブしてみました。出発点は大豊町高須の国道32号と439号の交差点付近。道路案内板は、直進32号「高松・三好市」、左折439号「本山」と標示しています。左折して439号を本山へ向かいます。

やがて大豊町域を過ぎて本山町域に進入。439号は本山の市街地を迂回するバイパスですが、バイパスと旧道の分岐点に、右折439号「田井」、直進「本山町街」の道路案内板がありました。直進すると本山の市街地(町場・街並み)に到達するのは理解できるのですが、「本山町街」という標記に違和感を感じました。「本山市街」と表示するのが正しいと思うのですが、皆さんは「本山町街」の標記をどのように思われますか。「町街」って、なに?

高知県の案内板は、町村部に「市街」を用いないのかなと思い、いの町を調べてみました。すると、国道33号枝川ICの所に、直進「松山・佐川」、左折「四万十市」、右折「いの町市街」の案内板がありました。町であっても「市街」と標記してあります。しかし「いの町市街」の「町」は不要でしょう。「いの市街」で良いだろうに、と思いました。個人的感覚が許されるなら「伊野市街」にしたいところです。

次に富山県南砺市を観察します。南砺市には福光・井波・福岡・城端の市街地があります。国道304号を北進し、福光駅前の交差点に近づいてきました。案内板には、直進「金沢・砺波」、右折「福光駅」、左折「福光市街」と書いてありますが、「南砺市街」とは書いていません。次に、福野を目指して県道20号を走ります。福野の町場入口に近づくと、左折「高岡・砺波」、直進「福野市街」の案内板がありました。あぁ良かった。「南砺市街」なんて書いてあったら頭にくるところだった。ついでに井波も観察しましたが、やはり「井波市街」と書いてあります。市街地名を標示するときは、市町村名にとらわれなくても良いというのが、私の考えです。

ついでに、日光市の国道119号をJR日光駅に向かって西へ走ります。すると、121号との交差点を過ぎたところに、直進「日光の社寺11km・日光市街3km」の案内板が。日光駅は10km先なのに、「日光市街3km」は変ですね。もう、おわかりの方もいるでしょうが、「日光市街」とは今市の市街を指しているのです。すると、日光駅前から神橋にかけて広がる旧日光市の市街地は日光市街地ではないことになります。私の感覚では、旧今市市の市街地は「今市市街」と書き、旧日光市の市街地を「日光市街」と書いて欲しかったと思います。
[101391] 2021年 2月 9日(火)17:47:22千本桜 さん
伊予石城駅
[101384] ekinenpyou さん
武蔵大和駅のように旧国名が複数連続する鉄道駅をお答えください

旧国名の定義次第ですが、奈良時代に短期間だけ存在した石城国がOKなら、伊予石城駅も該当しますね。
[101350] 2021年 1月 26日(火)19:45:24千本桜 さん
びびらずに定説を覆す
[101339] オーナー グリグリさん
家向き俗説、拝読しました。徹底した検証が説得力があり、たいへん興味深く読ませていただきました。ありがとうございます。
お読みいただきまして、こちらこそありがとうございました。城下町や東海道・中山道の宿場町と違って、金ヶ瀬宿の場合は資料や痕跡があまり残っておらず、少し苦労しました。定説を覆すのですから、ぬかりがあってはならないと、20数年かけて調査しました。(笑
[101332] 2021年 1月 22日(金)22:29:30千本桜 さん
金ヶ瀬宿の「家向き俗説」
金ヶ瀬(かながせ)は奥州街道に発達した宿場町で、本町と新町から成る。本町は白石の片倉家、新町は仙台の伊達家の領地である。町の長さは、およそ1,100メートル。途切れのない一連の町並みだが、町の中央を境に家向きが一変する不思議な町だ。この町には、誰もが信じて疑わない俗説がある。本町と新町は互いに反目し、背中合わせに家を建てたと言うのだ。本町は片倉様の白石城へ、新町は伊達様の仙台城へ向かって玄関・縁側を配置したと言うのだから面白い。この俗説は、大河原町史や角川日本地名大辞典にも史実として記述され、今では動かぬ定説となっている。だが、その真相はいかに!
 定説を覆すのは難しい。下手をすると変人扱いされかねない。しかし、定説といえども間違いは間違い、嘘は嘘である。金ヶ瀬宿の「家向き俗説」に関する調査レポートを作成しましたが、図版を多用しているため落書き帳に書き込めませんので、ここに貼らせて頂きます。 金ヶ瀬宿の「家向き俗説」
 たとえ権威のある地誌でも、間違いはあるということです。

白桃さん、快復を祈ってますよ。
[100873] 2020年 12月 6日(日)07:52:58千本桜 さん
古川と北上
[100867] 白桃さん
神風※「そうですね。玄人好みの好取組です。地力では古川だと思うのですが、北上は付け人の江釣子の力も借りており、全く予想できません。」

付け人ですか〜 言い得て妙!
江釣子が北上に一途な付け人だとすると、古川の付け人たる三本木は時々隠れて仙台へ浮気する、そんな感じでしょうか。鹿島台などは古川と別部屋だと思っている節があるから、大崎部屋をまとめるのは大変でしょう。
古川と北上は優劣付け難い成長都市で、独自の都市圏を形成しながら市街地を拡大してきましたが、微妙な違いを感じます。古川が下位の力士と対戦して勝ち星を増やしてきたのに対し、北上は花巻や水沢といった上位力士と戦って現在の地位を勝ち取った。そこに北上のダイナミックさを感じます。いずれにしても2020年国勢調査の発表が待ち遠しいですね。
[100866] 2020年 12月 2日(水)06:42:29千本桜 さん
「平成の大合併」なかりせば。古川VS北上を希望
[100865] 白桃さん

「平成の大合併」なかりせば。
東北地方における2つの成長都市、旧古川市と旧北上市の推移を対比したいので、ご協力お願いします。
1・旧古川市VS旧北上市
2・「旧古川と旧三本木を併せた古川」VS「旧北上と旧江釣子を併せた北上」
3・現大崎市VS現北上市
以上、3種類を[100865]の書き込みと同じパターンでお願いします。
[100855] 2020年 11月 24日(火)06:22:17千本桜 さん
Re:消えゆく「商業高校」
[100854] 白桃さん
アレ、もう一つ何処だっけ???(笑)

ソレ、スーパータウン大河原のことでしょう。
県立高校が2校ある少し珍しい町ですが、令和5年度には大河原商業高校と柴田農林高校が統合するので1校になる予定です。
新高校名を募集しているとは聞いていませんが、募集するとなれば皆さん、「千本桜高等学校」で1票投じてくださいますようお願いします。
[100101] 2020年 8月 14日(金)17:04:43千本桜 さん
花巻は総合都市
[100078] 白桃さん
花巻を「温泉都市」というのもヘンですね。では、花巻を何の街と呼べば良いのでしょうか?

昭和時代に育まれたイメージですが、花巻はコンパクトな市街地(DID)に商業機能がぎゅっと詰まった濃密な商業都市のイメージがあります。中心街の上町・吹張町・鍛治町はアーケード街でデパートが2店あり、黒沢尻(現在の北上市)からも集客していました。さらに工業も盛んで交通の要衝、そして地域文化の発信基地でもありましたから、複合都市または多機能都市と呼ぶべきでしょうか。以上は私の主観ですが、客観的にはどのように評価されていたか。昭和60年発行の角川日本地名大辞典岩手県には「県央の中核総合都市」と書いてあります。なるほど「総合都市」か。大正・昭和の花巻を的確に言い表わしていると思います。

角川地名大辞典は、中・南部の内陸都市を次のように評価しています。南から順に、一関市は「県南の雄都」、水沢市は「県下第一の穀倉地帯」、北上市は「内陸部の工業都市」、花巻市は「県央の中核総合都市」です。水沢市だけ異なる目線で書かれていますが、他と合わせるなら「県南最大の商業都市」と書くのが良いのでは?

東北本線に沿って一列に並ぶ一関・水沢・北上・花巻の団子4兄弟は、私にとって昔も今もパワースポットです。この4都市を思うと力が湧いてくるのです。仙台や盛岡に呑み込まれまいとする自立心。そして一関は両磐の、水沢は胆江の、北上は和賀の、花巻は稗貫の中心都市としての強い自負心がある。地域に深く根を張った姿は地方小都市の鑑のような存在です。

性格も規模も似通った団子4兄弟。力関係が微妙に揺れながらも均衡を保ってきましたが、この均衡を破ったのが北上です。昭和の頃は一関・水沢・花巻の下位に置かれた北上が大躍進。今では中・南部の最大都市に成長し、その煽りで花巻の影が薄くなりました。昭和40年代と現在の都市の大きさを見比べてみましょう。自治体やDIDの大きさではありません。概ね市街地に相当する区域に集積した都市産業から弾き出した都市の大きさです。こういうのは細かい数値を出しても意味が無いので、大まかに出します。

昭和40年代の都市の大きさ/最大都市水沢を100とした場合、花巻95、一関90、北上60
現在の都市の大きさ/最大都市北上を100とした場合、水沢69、一関66、花巻65

一関・水沢・花巻は常に優劣つけがたい同規模都市ですが、北上が大変貌を遂げました。大正・昭和の頃は一関・水沢・花巻が親分で北上が子分。しかし今では北上が親分で一関・水沢・花巻が子分になってしまいました。都市に感情は無いけれど、そこに思いを寄せる人には感情があります。花巻に思いを寄せる人には無念の思いがあるのではないでしょうか。
[100066] 2020年 8月 6日(木)06:40:58千本桜 さん
Re:案外健闘している温泉地に関する問題
[100065] 白桃さん
D市は、案外盲点かもしれません。東海地方の市で、市域には4つの温泉街があります。その4つは、もともと別の町にありました。
確かに盲点だと思います。あの大県では最大の温泉場なのでしょうが、私の住んでる地方ではかなり知名度が低いです。ひらがなで書くと濁音が2つあるので語感がゴツいですね。
[100053] 2020年 8月 1日(土)22:10:05千本桜 さん
メッシュ統計で遊ぶ 〜金融・保険業の集積〜
地域メッシュ統計を用いて、宮城県南部の中心・拠点となる都市を探ってみました。
基礎となるデータは、平成28年経済センサスから抽出した金融業・保険業の従業者数です。金融業・保険業に的をしぼったのは、都市の中心性・拠点性は金融業・保険業の集積に端的に現れるのではないかと考えるからです。
対象地域は、仙台市以南の全市町です。自治体人口の多い順に並べると、名取市(79,141人)、岩沼市(44,378人)、柴田町(38,728人)、亘理町(32,884人)、白石市(32,863人)、角田市(28,154人)、大河原町(23,683人)、丸森町(12,481人)、山元町(11,757人)、蔵王町(11,449人)、村田町(10,601人)、川崎町(8,478人)、七ヶ宿町(1,254人)になります(令和2年7月1日推計人口)。この地域には335,851人が住んでいますが、風格のある中心都市がないのが特徴です。

集計は次の手順で行いました。
1・宮城県南部の地図に3次メッシュ(1kmメッシュ)を掛けます。
2・平成28年経済センサスを基に、個々の3次メッシュに金融業・保険業の従業者数を記入します。
3・辺が接していることを条件に、従業者数1人以上のメッシュを連結し、金融業・保険業集積地域を画定します。
4・金融業・保険業集積地域を都市とします。
5・各都市に従事する従業者数を算出します。
6・各都市に名称を付します。
6・各都市の中心地点にマークを付します。中心地点の特定は各種要素を基に判断しました。

上記集計の結果、宮城県南部で金融業・保険業の従業者数が最も多いのは大河原で、名取・岩沼・白石・角田と続くのが解りました。ただし、この大河原には柴田町船岡の市街地も含まれています。大河原市街の端と船岡市街の端は至近距離にあるため、同じメッシュに覆われます。しかし、人家の無い丘陵で隔てられた2つの市街地を1つにまとめて良いものか、引っ掛かります。そこで、参考までに大河原と船岡に分割してみました。その結果、大河原299人、船岡108人となりました。
また、辺は接していないが角だけ接したメッシュも取り込んで集計すると、船岡、名取、岩沼の数値が少し増えます。これを「緩めの集計」としてカッコ書きで記載しました。

都市名金融保険従業者数緩めの集計中心地点摘要
大河原407人(416人)ここ大河原町の中心市街地
※大河原299人(299人)ここ大河原町の中心市街地
※船岡108人(117人)ここ柴田町の中心市街地
名取400人(429人)ここ名取市の中心市街地
岩沼298人(302人)ここ岩沼市の中心市街地
白石243人(243人)ここ白石市の中心市街地
角田202人(202人)ここ角田市の中心市街地
亘理83人(83人)ここ亘理町の中心市街地
永野41人(41人)ここ蔵王町の中心市街地
村田26人(26人)ここ村田町の中心市街地
丸森23人(23人)ここ丸森町の中心市街地
川崎21人(21人)ここ川崎町の中心市街地
山下20人(20人)ここ山元町の中心市街地
槻木18人(18人)ここ柴田町の副次市街地

1kmメッシュの性格上、船岡市街を巻き込んでトップに立った大河原ですが、明治初期の警察署設置を振り返れば、これも納得できる結果なのです。明治初期、宮城県は仙台、古川、石巻、大河原に警察署を設置しました。その時の大河原署は、今回取り上げた宮城県南部の全域を管轄していました。
[100032] 2020年 7月 26日(日)20:12:24千本桜 さん
日本の大都市トップテン
[100031] mg さん
解説ありがとうございました。
中心地の推定方法には書き込みたいこともあるのですが急遽予定を変更し、mgさん作成の2015年連担DIDと私が作成した1970年連担DIDを見比べながら、45年の時の流れと都市の盛衰に思いを馳せたいと思います。題して、日本の大都市トップテン。
mgさんの(西神戸)と(川越)は外しました。なぜ外したかはお分かりですよね。お察しください(笑)。また、mgさんの「阪神」は「大阪」と表記させてください。その上で2015年と1970年を見比べると、順位の変動はあるものの、1位から10位までの顔ぶれは同じです。

都市名2015年連担DID人口1970年連担DID人口連担DID人口増加数連担DID人口増加率
東京29,185,222人15,787,678人13,397,544人84.86%
大阪10,566,568人8,904,319人1,662,249人18.67%
名古屋3,402,687人1,893,961人1,508,726人79.66%
福岡1,994,305人771,654人1,222,651人158.45%
札幌1,970,696人802,751人1,167,945人145.49%
京都1,811,936人1,194,984人616,952人51.63%
広島1,087,579人623,983人463,596人74.30%
仙台1,066,096人448,135人617,961人137.90%
北九州833,027人857,409人-24,382人-2.84%
熊本656,931人346,885人310,046人89.38%

東京の膨張が凄いですね。大阪との規模は開く一方です。広域中枢都市の福岡、札幌、仙台の増加率は驚異的ですが、広島が少し疲れたのかな? 人口減の北九州には何と声をかけたらいいのやら言葉が見つかりません。10位の熊本は地味ながら底力を発揮しています。我こそは熊本のライバルと思っているであろう那覇、静岡、新潟、鹿児島、金沢、浜松、岡山の皆さん、トップテン入を目指して頑張りましょう。
[100029] 2020年 7月 25日(土)21:54:18千本桜 さん
推定中心地の位置
[100023]ekinenpyou さん
教えて頂きまして、エクセルへの変換と左揃え・右揃えができました。ありがとうございました。エクセルは使い慣れていないので勉強のためと思い、ソートしたりセルの幅を広げてみたり、あれこれ試しているうちに、今度は文字が変な書体に変わってしまい、慌てています。元の書体に戻す方法が解らず悪戦苦闘中ですが、いろいろ操作していくうちに覚えるでしょう。
ところで、[100021]
「推定中心地」という項目がありますが、これは当該DIDを覆うメッシュの中で最も小売販売額の多い4次メッシュを指し、その4次メッシュの中央部に自動的?にポイントマークが付されているようにお見受けしましたが、このような受け止め方でよろしいですか。
と書きましたが、あれは完全に私の思い違いでした。四次メッシュのデータを持ち合わせていないので何とも言えないのですが、どうも四次メッシュの交点にポイントマークが付されているようです。白石、角田、大河原、柴田などもekinenpyouさんご指摘の成田2と同じく、交点にマークが付されているようです。やはり詳細はmgさんの解説待ちですね。mgさん、お忙しいでしょうが宜しくお願いいたします。
[100021] 2020年 7月 24日(金)21:38:34千本桜 さん
Re:連担 DID 別統計
[100013] mg さん
連担 DID 別統計を拝見させて頂きました。多くの時間を費やされたことと思います。「苦しくもあり楽しくもあり」そのような時間を過ごされたのではないでしょうか。ありがとうございました。まだ全部に目を通した訳ではありませんが、表組を見て思ったことで、一つお願いがあります。DID名や推定中心地名の文字を左寄せに、人口や中心地規模の数字を右寄せにして頂けないでしょうか。その方が見やすくなり、mg さんが苦労して作った統計表が生きてくると思います。それから、「推定中心地」という項目がありますが、これは当該DIDを覆うメッシュの中で最も小売販売額の多い4次メッシュを指し、その4次メッシュの中央部に自動的?にポイントマークが付されているようにお見受けしましたが、このような受け止め方でよろしいですか。
[100002] 2020年 7月 19日(日)22:46:53【1】千本桜 さん
グリグリさん10万番達成おめでとうございます。およびRe:都市を表す統計
[100000] グリグリさん
100000達成おめでとうございます。素晴らしいサイトを運営していただき、心より感謝申し上げます。私が初めて書き込まさせていただいてから17年が経ちますが、その間にずいぶん勉強させて頂きました。このサイトがなかったら、知らないまま一生を終えていただろうと思えることがたくさんあります。今後とも勉強させて頂きたいので、グリグリさんが健康で活躍されることを心よりお祈りしております。


[99990] mg さん
mgさんは、すでに相当な域に達しておられると感じました。私としては、ただただ賛同するのみです。今では「都市を表す統計」がいろいろ公表されて便利になりましたが、昭和30年代ごろは市町村単位の常住人口ぐらいしか目にすることができませんでした。それで、5年に一度の国勢調査が終わると、地元新聞紙に県内市町村の人口集計結果が掲載されるのですが、それが楽しみで切り抜いて保管したりしたものでした。市町村の人口増減がどのように推移するのか気になって、次回の国勢調査結果を見るまでは「死んでなるものか」と、子供心に思ったものです。
私にとって「都市を表す統計」への関心は、次のように移り変わりました。

第一段階:市町村を単位とする統計。
昔はこれしかなかったので仕方がありません。しかし、格となる集落(町場)を複数かかえる自治体や、面積の異なる自治体を一緒くたにして、その人口の多寡で「都市の大きさ」をイメージすることにフラストレーションを感じていました。

第二段階:DIDを単位とする統計。
市町村単位の統計にフラストレーションを感じていた私は、ある時、古びた町役場の片隅で「昭和35年国勢調査結果報告書DID人口集中地区人口」を見つけたのです。高校生の時でしたが、「何て素晴らしい統計なんだ!」と、衝撃が走りました。しかし、それなりに都市的であるはずの角田市にはDIDがなく、角田よりも都市的とは思えない名取市閖上地区にDIDがあることや、栗原郡北部の中心を担う栗駒町岩ヶ崎にはDIDがなく、岩ヶ崎の都市機能に依存する鴬沢町細倉地区にDIDがあることに違和感を感じました。

第三段階:DIDと事業所統計をリンクさせた統計。
あれは昭和49年のことです。仙台の官報販売所で総理府統計局発行「昭和47年事業所統計調査報告 別巻 人口集中地区 国勢統計区編」に出くわしたのです。それには個々のDIDごとに産業別の事業所数や従業者数が記載してあります。これを基にデータを加工すれば自分の知りたい「都市の大きさ」に辿り着けると感じ、昇天しそうな感激を憶えたものです。水原弘♪「君こそわが命……あなたをほんとはさがしてた〜君こそ命 君こそ命 わが命」。そんな感じで今も私の宝物です。

第四段階:メッシュ統計。
三十数年前、縁あって地形図にグリッド(メッシュ)を引く仕事をしたことがあります。メッシュ統計図の走りの頃ですが、メッシュ統計の出現は、これまた昇天ものの感激でした。「市町村」という「地理的に矛盾を孕んだ地域区分」から解き放された思いがしたのです。と言う訳で現在、私の興味の的はメッシュ統計です。

いろいろ書き込みましたが、ここで気分転換。メッシュ統計を用いて、フィクションの世界で遊びましょう。
題して、「市」に殴り込みを掛ける「町」 〜大河原町&中標津町〜

まず、平成27年国勢調査時に人口2万3千〜4千人を数えた市に登場してもらいます。人口23,035の美唄市から24,805人の上野原市までの10市です。彼らは「市」だから「町」よりも都市的でイメージが良いはずだと思っています。養父市は大河原町のことを関宮町や大屋町のような山間の田舎だと思っています。主産業は、こけし製造。町には信号機が1つだけ。話す言葉はズーズー弁。「町」と言う接尾辞にまどわされ、マイナスイメージを膨らませているようです。大河原が但馬の中心地・豊岡のような大都会であることを知る由もありません。また、江田島市は中標津町を原野の中の一軒家だと思っています。産業は牛の放牧だけ。話す言葉はロシア語。スーパーの「ゆめタウン江田島」や「ダイソー」が自慢の江田島は、中標津をコンビニもない田舎だと思っています。やはり、「町」と言う接尾辞にまどわされ、マイナスイメージを膨らませているようです。中標津が根室を凌ぐ大都会に成長したことを知る由もありません。でも、養父市や江田島市に罪はありません。国土を市部と郡部に色分けし、「市」になるとイメージがアップするなどどホラを吹き、暗に郡部にマイナスイメージを植え付けてきた国の罪です。

それでは、平成27年国勢調査時に人口2万3千〜4千人を数えた市に大河原・中標津両町を加え、人口順に縦一列に並べます。
行政人口:平成27年国勢調査、 DID人口:平成27年国勢調査、 年間小売販売額:平成26年商業統計メッシュデータ
※年間小売販売額は、販売額1億円以上の3次メッシュを小売集積メッシュと定め、辺が接していることを条件に小売集積メッシュを繋ぎ合わせて算出しました。

自治体名行政人口DID人口小売販売額
上野原市24,805人7,974人1,027,234万円
御坊市24,801人6,224人3,505,329万円
飛騨市24,695人5,400人942,757万円
村山市24,684人7,275人1,694,253万円
江津市24,468人-1,569,254万円
江田島市24,339人-533,281万円
養父市24,288人-1,255,646万円
勝山市24,125人9,936人1,414,846万円
大河原町23,798人16,263人7,098,824万円
中標津町23,774人9,663人5,564,309万円
紋別市23,109人15,822人2,440,407万円
美唄市23,035人10,663人1,659,662万円

「市じゃないのに、何で大河原町と中標津町をリストアップしたんだ」と、勝山市や紋別市がクレームをつけてきましたが、大河原町&中標津町は動じません。行政上は「町」であっても、小さな「市」よりも都市的であることを知っているからです。行政人口はほぼ同じですが、DID人口で大河原町&中標津町が頭角を現します。大河原町DIDは並みいる「市」のDIDをなぎ倒してトップに立ちます。中標津町DIDも紋別市、美唄市、勝山市を除く「市」のDIDをなぎ倒します。DIDを形成しない江津市、江田島市、養父市は、この状況に顔面蒼白。早々とリングから立ち去ってしまいました。

さらに、大河原小売集積ゾーン&中標津小売集積ゾーンの都市力は年間小売販売額で爆発します。大河原小売集積ゾーンは710億円、中標津町小売集積ゾーンは556億円。広域行政圏の中心都市を自負する御坊市、紋別市は「町」に負けてなるものかと必死に防衛するも、力およばず判定負け。他の「市」は言うまでもなくノックアウトされ、ロッカールームの端っこで泣いています。今まで「市」は「町」よりも都市的でイメージが良いと言われてきたが、それは幻だったのか。おお神よ、脆弱な「市」を救いたまえ。遠くからアリスの♪「チャンピオン」が聞こえてきます。

※大河原小売集積ゾーンは互角の力を持つ大河原町と柴田町に跨がっています。両町の市街地はメガネの形をしていて、ブリッジの部分で町並みが途切れます。なので、別々の都市に見えるのですが、メッシュ統計のように少し巨視的に捉えると1個の都市地域にまとめられてしまう。メガネの形をした大河原小売集積ゾーンをブリッジの所で分断し、ブリッジ部を柴田分に含めた上で大河原分と柴田分に分割すると、大河原分357億円、柴田分353億円で拮抗する。しかし、大河原と柴田には性格の違いがあります。柴田は食品スーパーなどの最寄品が充実し、大河原は家電などの買回品が充実している。当然、買回品の店舗が多く集まる大河原の方が広域商圏を形成することになります。
結局、DIDにしてもメッシュ統計にしても、地図や各種資料と照らし合わせながら使用することが肝要なのでしょう。

誤字を1文字訂正しました
[99991] 2020年 7月 17日(金)06:41:34千本桜 さん
都市の大きさ
[99990] mg さん
都市の規模や特定の地点の都会度を表す統計というのは何なのでしょうか?

はじめまして、千本桜です。
mgさんの目の向けどころが私と非常に似ているので嬉しくなり、思わず書き込んでしまいました。ただ、これからすぐに出かけるので、また後で書くことにします。DIDや商業統計については白桃さんも関心を持っておられるので、mgさんの仲間が増えて行くといいですね。
[99788] 2020年 5月 18日(月)20:34:18千本桜 さん
Re:名邑三世代.その22(新潟県・中編)
[99786] 白桃さん
これを見て、アソコが入ってない、どうして?と思われる方がいれば私は嬉しいのです。

荒い海を六日も漕いで
[99403] 2020年 4月 29日(水)07:55:00千本桜 さん
一目千本桜
年ごとに知名度が高まっている白石川堤一目千本桜ですが、今年はコロナウイルス蔓延防止のため、大河原・柴田両町は桜まつりを中止し、駐車場を閉鎖しました。4月8日頃に満開となりましたが、今はもう葉桜です。本来なら心浮き立つ春ですが、今年は重苦しい気持ちです。ゴールデンウィークですが外出を控えられ、ネットでお花見を楽しみましょう。風雪に耐え抜いた老木たちが、残雪の蔵王を背景に、圧倒的なボリューム感をもって咲き誇る一目千本桜の写真を大量にアップしました。今年撮影したものです。一目千本桜写真集2020
[99277] 2020年 3月 20日(金)08:14:32千本桜 さん
なぞなぞにはなぞなぞで
[99276] 白桃さん

どこの町長さんでっしゃろ?

かわいそうに、その町の町長は4度も叩かれているらしい。
[99184] 2020年 2月 17日(月)06:41:52千本桜 さん
ベッドタウンならぬペットタウン
私がまだシワもなく、髪の毛もフサフサ(実際はバリカンの坊主頭)していた小学生のころ、ベッドタウンや衛星都市と聞いて、真っ先に思い浮かべるのは春日井市でした。ところで、沖縄県の北谷町。あれはベッドタウンなのでしょうか。行ったこともなく、知り合いもいない町ですが、イメージとしては新型のベッドタウンで、言うなれば「ペットタウン」のような気がしてなりません。bedベッドじゃなくてpetペットです。なぜペットタウンと感じるのか、書けば長くなるので止めておきますが、従来型のベッドタウンでは括りきれないような、そんなイメージでとらえています。
[99181] 2020年 2月 16日(日)21:49:50千本桜 さん
Re:広域都市圏主都市への通勤通学者数最多自治体と通勤通学度最大自治体
[99180] 白桃さん
よく考えれば意外なことではないのだけれど、一瞬意外に感じたのは、大阪市への通勤通学度最大自治体が王寺町だったことです。都市としては不名誉かも。王寺町のことは詳しく知りませんが、市に至らない町なのに、駅周辺の景観はかなり都市的で、その点ではスーパータウンの仲間だと思います。しかし、なぜか商業販売額や製造品出荷額が少ないですね。白桃さんは王寺町の中心性や拠点性をどのように評価なさいますか。
[99087] 2020年 1月 17日(金)21:40:06千本桜 さん
Re:大ムコウ(合併ウォッチャー)を唸らせる市は?
[99084] 白桃さん
宮崎県の、あの市と見間違えそうな……
町村制施行時に町になったということは、郡の中心町だったのでしょうが、そういうイメージが湧かないのは、大都市に近すぎるせいでしょうか。拠点性を感じませんね。その町を歩いたことはないけど。
[98772] 2019年 12月 29日(日)07:26:20千本桜 さん
大河原市
[98771] 白桃さん
宮城県推計人口(令和元年12月1日現在)についてでは、11月中に一番増加したのは【大河原市】になっています。訂正されないうちに、写真にでもとっておきますか…。

県内1位の人口増加はスーパータウン。これは昨夜、宮城県推計人口をチェックしていて気がつきました。しかも、ミス入力とは言え「大河原市」に昇格させていただいて非常に嬉しい! さらに、令和2年1月号「広報おおがわら」に掲載された町長の新年あいさつは「小さな町でも大きな役割を果たすスーパータウンとして、今後とも期待に応えてまいる所存です」というもので、これまた非常にに嬉しい! 「小さな町でも大きな役割を果たすスーパータウン」って、どこかで聞いたことがあるような文句だけど、千本桜の想いを町長が代弁してくれているんだね。たぶん当初は胡散臭いと思われていたであろう「スーパータウン」ですが、徐々に世間に認められつつあるようです。事実、市が2つあるのに、行政の中心も大河原町、商業の中心も大河原町、最高路線価も大河原町。このような地域に住んでいると、自治体を市と町に区別することが意味をなさなくなってしまうのです。
 
[98567] 2019年 11月 10日(日)09:57:56千本桜 さん
クイズここはどこでしょうの解答
[98555] 白桃さん
[98559] 伊豆之国さん
[98560] 稚拙さん
[98561] 駿河の民さん
クイズにおつきあいいただきましてありがとうございました。

[98554] クイズここはどこでしょうの解答です。
A焼津、B駿河湾、C静岡市、D富士山、E伊豆半島、F牧ノ原台地、G藤枝市、H焼津小泉八雲記念館

先月末、港町A市を急ぎ足で見てきました。ここはどこでしょう、A~Hに該当する名称を答えてください。

ここは港町A焼津市の町外れ。親不知を思わせる断崖の上に建つホテルのラウンジ。窓の外には雄大なB駿河湾が広がる。左端に県都C静岡市の市街地が少しだけ顔を出し、背後には10月末なのに既に冠雪したD富士山が浮かんでいる。右手に向かって長く横たわるのは、歌謡曲や映画の舞台となったE伊豆半島だ。

このホテルの従業員は良く教育されていて感じがいい。女性従業員(ベテラン風のお姐さん)にホテルの規模や施設を質問したところ、作業の手を休めて熱心に応えてくれた。このようなことを質問する客は滅多にいないはずなのに、「待ってました」とばかりに自信溢れる接客だった。ベテラン風のお姐さん、「ついてらっしゃい!」と言って説明しながら歩き出す。「はい、はい」とついて行く私。ロビー、ラウンジ、ビュッフェ、その他のパブリック施設を案内され、ホテル西側のテラスに立ち寄った。

西側のテラスからはA焼津市の市街地が見渡せる。見かけの街の大きさは、木更津より小さく館山より大きく感じた。「背後に見えるあの丘陵はお茶の栽培で有名なF牧ノ原台地ですよ」と解説してくれるお姐さん、まるで地理のティーチャーみたい。この日は訳あって、高層階の広々とした特別な部屋へ宿泊。オーシャンビュー、テレビが2台、明らかにゴージャスでワンクラス上のおもてなしである。夕食は和食会席特選料理。お造りは、本まぐろ、鉢まぐろ、真鯛に鰹叩き。港町ならではの活きのよさで美味しかった。

翌日、A焼津駅の南口まで送ってもらい、ここで同行者とさよなら。ここから先は、ひとり旅の町歩き。駅前通りのアーケード商店街を見て「嘘だろ…」と拍子抜けする。A焼津市の中心商店街なのに人の姿がない。そのうち現れるだろうと観察していたが3、4人現れてすぐ消えた。あゝ このけだるさは何だ。駅前の観光案内所に駆け込む。「A焼津市の町歩きをしたいので教えてください。見たいのはこの町を代表する商店街とこの町のヘソです」と告げると、案内所の職員さん、私の希望を的確に察知したようで、地図に記しをしてくれたくれた。

観光案内所で自転車を借り、もらった地図を頼りに駅前通り商店街を港方向へ走る。やっぱり人がいない。次に南へ折れて、昔の中心商店街だった昭和通りへ進入。アーケードを取り払い、道路をカラー舗装して景観整備をしているが、やっぱり人がいない。買い物客は県都C静岡市へ流出しているのか、それとも至近距離で隣接する同規模都市のG藤枝市に喰われているのか、気になるところである。未確認だが、A焼津市とG藤枝市を結ぶ県道沿いに張り付いた郊外型店舗へ流れている可能性が高いと感じるのだが、どうだろう。

商店街めぐりのあとは、案内所で教えてもらったH小泉八雲記念館へ。明治の文学者H小泉八雲の名を冠した記念館である。入館料は無料。記帳して拝観する。H小泉八雲が書いた怖い怪談は子供のころに知ったが、その人となりを知ったのは今回が初めてである。A焼津市とH小泉八雲の関わりも初めて知った。ヨーロッパで生まれて日本で死ぬ。H小泉八雲の波瀾万丈を知るにつれ、気持ちが重く沈んできた。あの時代に、いくつもの国を放浪した人生。理解するのは難しい。気がつけば午後2時を回っている。遅い昼食の海鮮丼を喰ってA焼津市をあとにした。
[98558] 2019年 11月 6日(水)19:59:04千本桜 さん
クイズここはどこでしょうのヒント
[98554] 千本桜
クイズここはどこでしょうのヒントです。
A市は、太平洋に面していて日本有数の漁港を抱えています。
A市は、県都C市に隣接していますが地形的に丘陵で分断されています。
F台地には、空港があります。
H記念館は、中国地方のとある県の県庁所在市にもあります。
[98554] 2019年 11月 6日(水)02:03:48千本桜 さん
クイズここはどこでしょう
先月末、港町A市を急ぎ足で見てきました。ここはどこでしょう、A~Hに該当する名称を答えてください。

ここは港町A市の町外れ。親不知を思わせる断崖の上に建つホテルのラウンジ。窓の外には雄大なB湾が広がる。左端に県都C市の市街地が少しだけ顔を出し、背後には10月末なのに既に冠雪したD山が浮かんでいる。右手に向かって長く横たわるのは、歌謡曲や映画の舞台となったE半島だ。

このホテルの従業員は良く教育されていて感じがいい。女性従業員(ベテラン風のお姐さん)にホテルの規模や施設を質問したところ、作業の手を休めて熱心に応えてくれた。このようなことを質問する客は滅多にいないはずなのに、「待ってました」とばかりに自信溢れる接客だった。ベテラン風のお姐さん、「ついてらっしゃい!」と言って説明しながら歩き出す。「はい、はい」とついて行く私。ロビー、ラウンジ、ビュッフェ、その他のパブリック施設を案内され、ホテル西側のテラスに立ち寄った。

西側のテラスからはA市の市街地が見渡せる。見かけの街の大きさは、木更津より小さく館山より大きく感じた。「背後に見えるあの丘陵は◯◯の栽培で有名なF台地ですよ」と解説してくれるお姐さん、まるで地理のティーチャーみたい。この日は訳あって、高層階の広々とした特別な部屋へ宿泊。オーシャンビュー、テレビが2台、明らかにゴージャスでワンクラス上のおもてなしである。夕食は和食会席特選料理。お造りは、本まぐろ、鉢まぐろ、真鯛に鰹叩き。港町ならではの活きのよさで美味しかった。

翌日、A駅の南口まで送ってもらい、ここで同行者とさよなら。ここから先は、ひとり旅の町歩き。駅前通りのアーケード商店街を見て「嘘だろ…」と拍子抜けする。A市の中心商店街なのに人の姿がない。そのうち現れるだろうと観察していたが3、4人現れてすぐ消えた。あゝ このけだるさは何だ。駅前の観光案内所に駆け込む。「A市の町歩きをしたいので教えてください。見たいのはこの町を代表する商店街とこの町のヘソです」と告げると、案内所の職員さん、私の希望を的確に察知したようで、地図に記しをしてくれたくれた。

観光案内所で自転車を借り、もらった地図を頼りに駅前通り商店街を港方向へ走る。やっぱり人がいない。次に南へ折れて、昔の中心商店街だった昭和通りへ進入。アーケードを取り払い、道路をカラー舗装して景観整備をしているが、やっぱり人がいない。買い物客は県都C市へ流出しているのか、それとも至近距離で隣接する同規模都市のG市に喰われているのか、気になるところである。未確認だが、A市とG市を結ぶ県道沿いに張り付いた郊外型店舗へ流れている可能性が高いと感じるのだが、どうだろう。

商店街めぐりのあとは、案内所で教えてもらったH記念館へ。明治の文学者Hの名を冠した記念館である。入館料は無料。記帳して拝観する。Hが書いた怖い怪談は子供のころに知ったが、その人となりを知ったのは今回が初めてである。A市とHの関わりも初めて知った。ヨーロッパで生まれて日本で死ぬ。Hの波瀾万丈を知るにつれ、気持ちが重く沈んできた。あの時代に、いくつもの国を放浪した人生。理解するのは難しい。気がつけば午後2時を回っている。遅い昼食の海鮮丼を喰ってA市をあとにした。
[98514] 2019年 9月 25日(水)11:44:34【1】千本桜 さん
Re:佐渡の中心はどこ?
[98513] シノレパシクソさん
今年の11月2日に「佐渡警察署」が真野に新設されるとのこと
情報ありがとうございます。佐渡旅行は旧両津市からタクシーで旧新穂村、旧畑野町、旧真野町を経由して旧小木町へ向かいました。途中、畑野を過ぎた当たりで田圃の中に新しい建物が見え、「警察署」の文字がちらっと読めたような気がしたのですが、こんな所に警察署があるはずもなく、今のは「まぼろし?」と思っているうち、一瞬にして通り過ぎてしまったのです。あれは、やはり新警察署だったのですね。新佐渡警察署の場所はここですが、「なぜ、こんな所に警察署が?」と思うような場所です。土地が簡単に入手できたこともあるのでしょうが、旧市町村間の綱引きがあったのかもしれません。できれば、市役所や消防本部とアクセスしやすい場所に建てて欲しかったと、よそ者ですが思います。

佐渡の中心はどこ?
佐渡市の人口重心は旧金井町の領域にありますが、旧佐和田町、旧真野町、旧畑野町、旧新穂村の境界付近の水田地帯の中です。人口が増加していた時代なら、そのあたりに新市街地を造成できたのでしょうが、人口減少の激しい佐渡市で、それは無理でしょう。やはり、佐渡市の機能的な中心は佐和田・金井ラインかなと思います。

現在は島全体が佐渡市になりましたが、ここに至るまでには、合併したら自町に市役所を設置するよう佐和田町が求め、合併が流れた経緯があるそうな…。そりゃ、そうですよね。佐和田に市役所を置かれたら、両津が黙っていないでしょう。合併しても、旧市町村間の住民感情は消えるはずもなく、難しい問題ですね。
[98512] 2019年 9月 23日(月)20:25:26【1】千本桜 さん
クイズにご回答いただきありがとうございます
[98500] シノレパシクソ さん
遠回りしつつも半日かけて解けました
青春時代の貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました。
A市17,394某漫画の主人公
「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の「両津勘吉」ですね。
B町3,858矢作
おぎやはぎですか~。思わず目尻が下がり、口元が緩んでしまいました。ご名答です。
C町7,278北陸の県庁所在地を合わせた感じ
これはちょっと残念。これだと、連想するのは♪「他人の関係」の金井克子さんになります。
D町10,343九州・近畿・東北の県名で書ける
長野県の市名(佐久)、町名(長和)、村名(宮田)から1字ずつ貰って書くこともできます。
E町9,669五十音順では相当早い
現在、あいうえお順で一番早い市は相生市、遅い市は蕨市、一番早い町村は愛川町、遅い町村は輪之内町でしょうか。

[98502] 伊豆之国 さん
A市…この市名と同じ苗字の漫画の主人公が居るのは、その昔「下総国葛飾郡亀無村」と呼ばれていたところ。
亀無村では縁起が良くないから亀有村に変更したそうですが、地名って結構いいかげん。
C町…この町には江戸時代に建立された、重要文化財の五重塔があります。
妙宣寺の五重塔ですね。ほかにも真野御陵など史跡が多い町ですが、今回は町の中央付近にある尾畑酒造だけ見学。
E町…天気予報でこの地方の代表地点は、現在もA市ではなくてこのE町。
そういうこともあり、相川の知名度は高いですね。佐渡で最初に憶えたのが両津市、二番目が相川町でした。佐和田町はその後。

[98504] とりぴー さん
C町:西の国にいる某アスリートの方が、こんな名前の方と入籍されていたかと
柴崎岳選手と入籍した真野恵里菜さんですね。どうして、あんな可愛い恵里菜ちゃんが、なぜなんだ!
D町:濁らないんですね
そうなんです。ところが、現地の人が「だ」と濁るので、私も旅行中は「さわだ」で通しました。
E町:同じ読みの町が関東の県に現存していますよね
そこは、キンキンの愛川欽也さんを思い起こさせる町ですね。ケロンパ元気でいるのかな。

[98505] デスクトップ鉄 さん
「この町(E町)は、地域の玄関口A市と商業の中心地D町を抑えて、広域行政の中心地となっているのだ」
が気になっています。江戸時代はともかく、現在も広域行政の中心地なのでしょうか。
管轄エリアとその拠点について考えるのは面白い。宮城県仙南地域は大河原町への一極集中型ですが、新潟県佐渡地域は相川、佐和田、両津さらには金井も参入して多極分散型です。その中から1つ選ぶとすると、法務局と税務署および県の地域振興局が置かれた相川が、かろうじて広域行政のセンターを保守しているように思えるのですが、不安定な立場にあるのは確かです。公共施設は、管内各地から平等にアクセスできることが重要ですから、西に偏りすぎた相川は広域行政センターとしては不適切であるのも確かです。たぶん、佐渡の役所は次第に金井・佐和田エリアに集約され、相川から消えて行くのでしょう。文章の問題ですが、現在の相川を「広域行政の中心地」と表現したのは、ちょっと不適切だったようです。例えば「相川は現在も広域行政センターの一翼を担っている」と表現した方が適切だったようですね。訂正します。下に、主な広域公共機関とその所在地を書き出します。
国:新潟地方検察庁 佐渡支部 佐和田
国:新潟地方法務局 佐渡支局 相川
国:関東信越国税局 佐渡税務署 相川
国:新潟労働局 公共職業安定所 両津
国:新潟労働局 佐渡労働基準監督署 両津
国:自衛隊新潟地方協力本部 佐渡駐在員事務所 金井
国:地裁佐渡支部 家裁佐渡支部 佐渡簡易裁判所 佐和田
県:佐渡西警察署 相川
県:佐渡東警察署 両津
県:佐渡地域振興局 相川
県:佐渡地域振興局 企画振興部 相川
県:佐渡地域振興局 県税部 相川
県:佐渡地域振興局 健康福祉環境部 相川
県:佐渡地域振興局 農林水産振興部 農政庁舎 金井
県:佐渡地域振興局 農林水産振興部 農地庁舎 新穂
県:佐渡地域振興局 農林水産振興部 水産庁舎 両津
県:佐渡地域振興局 地域整備部 相川
県:佐渡地域振興局 地域整備部 港湾空港庁舎 両津
市:佐渡市役所 金井
市:佐渡市消防本部 中央消防署 佐和田
市:佐渡市消防本部 両津消防署 両津
市:佐渡市消防本部 相川消防署 相川
市:佐渡市消防本部 南佐渡消防署 羽茂

[98508] 白桃 さん
千本桜さんの「とある地域」の衰退ぶりは、他地域と比較すると良く分かります。
人口推移を表組にしていただき、ありがとうございます。表組にすると、確かに分かりやすいですね。今回の佐渡旅行で知ったのは、両津も相川も人口激減で空き家が多いはずなのに、建物を壊さないことです。更地にすると税金が上がるため壊さないのだとか。大河原では建物を壊して駐車場にしたり更地にするので、中心街が歯抜け状態でみっともない町並みになっています。古い建物を壊すのが良いか悪いか分かりませんが、旅行者の勝手な目からすると、歯抜け状態の町並みより、古くなった建物でもいいから軒が連なっている町並みの方が良い。両津や相川の建物密度の濃い昭和レトロ満載の町並みは良かったですよ。それから、おせっかいかもしれませんが、機会があったら宿根来へどうぞ。観光客のいない時期、時間を狙って行けば非日常の世界へ入り込めます。

[98509] YASU さん
この地域、私の好物が存在せず(某有名観光地内にはその構造物が存在しているかも?)
YASUさんの好物は鉄?だったでしょうか。佐渡金山に向かう途中の道路の右側にトロッコ?の走った跡があり、トンネルなどもありました。
A市:私が小学生の頃愛読してましたが、最近まで連載が続いてました
私が小学生の頃愛読したのは「赤胴鈴之助」とか「鉄人28号」だったような…
B町:ひらがなで書くと中央線の駅名の一部
窪んでいる所ですね。
C町:東京の某市と元姉妹都市
真野町に国分寺跡があるから、国分寺市と姉妹都市でしょう。
D町:正式名は濁らないようですが…
ところが、タクシー運転手は「さわだ」と濁っていました。たぶん、地元では「た」と「だ」を気にしていない? 小生、ほんの少し佐和田には自信があったのです。佐和田の市街地は昔の河原田町であることを知っていました。そこで、タクシー運転手に河原田の現状を聞こうと思い「かわらだは…」と投げかけました。すると「かわはらだは…」と返って来ました。何十年もの間「かわらだ」だと思っていたものが「かわはらだ」だったと知り、自信はもろくも崩れたのであります。地名の読みって難しい。
E町:七瀬
相川七瀬さんですね。「七」」といえば、相川町には七浦海岸という風景の良い海岸線があります。そのなかの春日崎という所に、宿泊したホテル大佐渡があります。
[98511] 2019年 9月 23日(月)19:31:21千本桜 さん
クイズ「ここはどこでしょう」の解答
[98498] 千本桜
クイズここはどこでしょうの解答です。
A市=両津市、B町=小木町、C町=真野町、D町=佐和田町、E町=相川町でした。

両津市は佐渡の玄関口にして唯一の市である。平成27年の人口はおよそ1万3千人。昭和35年の約2万9千に比べて半分以下に減少しているのだ。かつてはDIDを形成していたが今は消滅している。人口の推移からするとボロボロの衰退都市だが、そこは「腐っても鯛」。中心街の景観に限れば、スーパータウン大河原より都会的に見える。長さ600mに及ぶアーケード商店街があり、その西側に並行する街路は飲食店街になっている。だが、両津市には大河原町にあるようなロードサイド店が建ち並ぶエリアはなく、新たな宅地開発もされていないようである。郊外に向かって拡大して行く活力が感じられないのだ。

両津市をあとにして佐渡の最南端、小木町へ。航路で新潟港と結ばれた両津港が表玄関なら、直江津港と結ばれた小木港は裏玄関かな。小木の町場から2kmほど南の風光明媚な矢島経島でグラグラ揺れるタライ舟に乗ったり、迷路のような路地に高密度で家屋が軒を寄せ合う宿根来の集落を見て回ったりした。宿根来のミステリアスで圧迫感のある景観はたまらなく魅力的。もっとじっくり時間をかけて見学したかった。だが、私はこの集落には住めないだろう。見た目の印象だが、古い因習の縛りが強そうで、苦しくなるような気がする。

小木町の次は真野湾に面した真野町へ。日本酒「真野鶴」の尾畑酒造を見学。ある年齢層のオジさんたちには、真野響子さんや真野あずささんを連想させる町だが、彼女たちと真野町は関係がなさそうである。また、真野御陵の名で知られる順徳天皇火葬塚など史跡の多い町でもあるが、御陵は四十数年前に見ているので今回はパス。

次は佐和田町である。佐和田町は古くから佐渡の商業中心地だったが、近年ますますその様相を深めている。ヤマダ電機、ケーズデンキ、モスバーガー、ミスド、紳士服の青山など一通り揃っている。日曜日には佐渡の各地から買い物客がやってくる。両津市民も買物のために佐和田町にやってくる。市から町へ買い物客が流れる現象は、宮城県の仙南地域と似ている。市と町の役割が逆転しているのだ。市制町村制など糞食らえである。

佐和田町から相川町に到着。海沿いのホテルにチェックイン。ホテルの名はホテル大佐渡。一応、佐渡ではラグジュアリーなハイクラスホテルである。窓辺にもたれて沈む夕日を眺めたあとはディナー。見つめ合う二人の瞳…といきたいのだが、窓ガラスに映っているのは自分の顔。少しもロマンチックじゃない。相川町は佐渡金山で知られた観光の町であるが、寂れ方が尋常じゃない。昭和35年の人口は1万9千人。それが今ではたった6千人ぐらい。それなのに、佐渡の玄関口「両津市」と商業の中心地「佐和田町」を抑えて、佐渡広域行政のセンターとなっているのだ。

翌朝5時半、まだ薄暗さが残るなか、レンタサイクルで朝食前の観光に出発。右は山、左は海で、わずかな平地に古ぼけた町並みが細長く伸びている。だが、埋め立て地に造成されたとおぼしき市街地を見て驚いた。税務署や法務局が入居する国の合同庁舎、県の地域振興局、警察署などのビルが建ち並んでいるではないか。限られた範囲の一角ではあるが、この景観はまさにシティである。人口6千人ほどの小さな町で、しかも地域の中央ではなく西に偏りすぎた辺境の町に、国の税務署や県の振興局が置かれているのは不思議である。でも、歴史を知れば納得できる。金山で栄えた相川町はかつて、人口5万とも10万とも云われた華やかな時代があったのだ。
[98498] 2019年 9月 20日(金)06:28:35千本桜 さん
クイズここはどこでしょう
急ぎ足で「とある地域」へ1泊2日の旅をしてきました。この地域は、平成の大合併で全市町村が合併し、現在は◯◯市になっています。そこでクイズです。下記の文に登場するA~Eを、合併前の旧市町名でお答えください。

A市はこの地域の玄関口にして唯一の市である。人口は知っているが哀しすぎて書けない。昭和35年に比べて半分以下に減少しているのだ。かつてはDIDを形成していたが今は消滅している。人口の推移からするとボロボロの衰退都市だが、そこは「腐っても鯛」。商店街にはアーケードがあり、西側に並行する街路には飲食店が張り付いている。中心街の景観に限れば、スーパータウン大河原より都会的に見える。だが、この市には、大河原にあるようなロードサイド店の建ち並ぶショッピングゾーンがないに等しい。郊外に向かって拡大して行く活力が感じられないのだ。

A市をあとに、この地域最南端のB町へ。A市が表玄関なら、B町は裏玄関かな。グラグラ揺れる舟に乗ったり、迷路のような路地に高密度で家屋が軒を寄せ合う不思議な集落を見て回ったりした。この集落のミステリアスで圧迫感のある景観はたまらなく魅力的。だが、私はこの集落には住めないだろう。見た目の印象だが、古い因習に縛られて苦しくなるような気がする。

B町の次はC町で酒蔵見学。ある年齢層のオジさんたちには「響子さん」や「あずささん」を連想させる町だが、昔の天皇の火葬塚があるので有名。火葬塚は四十数年前に見ているので今回はパス。

次はD町である。D町は古くからこの地域の商業中心地だったが、近年ますますその様相を深めている。ヤマダ電機、ケーズデンキ、モスバーガー、ミスド、紳士服の青山など一通り揃っている。日曜日には地域の各地から買い物客がやってくる。A市の市民も、このD町で買物をする。市から町へ買い物客が流れる現象は、宮城県の仙南地域と似ている。市と町の役割が逆転しているのだ。市制町村制など糞食らえである。

D町からE町へ向い、海沿いのホテルにチェックイン。一応、この地域ではラグジュアリーなハイクラスホテルである。窓辺にもたれて沈む夕日を眺めたあとはディナー。見つめ合う二人の瞳…といきたいのだが、窓ガラスに映っているのは自分の顔。少しもロマンチックじゃない。このE町は観光の町であるが、寂れ方が尋常じゃない。昭和35年の人口は1万9千人。それが今ではたった6千人ぐらい。でも、この町は、地域の玄関口A市と商業の中心地D町を抑えて、広域行政の中心地となっているのだ。

翌朝5時半、まだ薄暗さが残るなか、レンタサイクルで朝食前の観光に出発。右は山、左は海で、わずかな平地に古ぼけた町並みが細長く伸びている。だが、埋め立て地に造成されたとおぼしき市街地を見て驚いた。税務署や法務局が入居する国の合同庁舎、県の地域振興局、警察署などのビルが建ち並んでいるではないか。限られた範囲の一角ではあるが、この景観はまさにシティである。人口6千人ほどの小さな町で、しかも地域の中央ではなく西に偏りすぎた辺境の町に、国の税務署や県の振興局が置かれているのは不思議である。でも、歴史を知れば納得できる。このE町はかって、人口5万とも10万とも云われた華やかな時代があったのだ。
[97672] 2019年 5月 2日(木)14:11:27千本桜 さん
紫郡丘陵&小郡三国丘
[97667] 白桃さん

蛇足:♪教~えて欲しいの涙のワケを、は、由紀さんではなく、黛ジュンの「夕月」(1968年)の出だしです。
なぜ黛ジュンの曲がレコード大賞になったのか、それこそ、♪教~えて欲しいの、受賞のワケを~ 
想像力を働かせて勝手に推測するお遊びです。フィクションなので軽く流してください。1967年、黛ジュンは♪「恋のハレルヤ」のヒットでアイドル歌手に躍り出た。波に乗るジュンちゃん、勢い余って女王・美空ひばりに戦いを挑んだのだ。女王が発売するはずの♪「真赤な太陽」を、ジュンちゃんも発売すべくレコードプレスまでやってしまった。これが女王の逆鱗に触れ、ジュンちゃんの♪「真赤な太陽」は発売できずに、もみ消された。当時31歳の女王がミニスカートで歌うより、20歳のジュンちゃんがミニスカートで歌う♪「真赤な太陽」を聞きたいという声も多かったが、お蔵入りとなった。楽屋の片隅で一人泣くジュンちゃん。付けまつげは剥がれ落ち、アイシャドウで黒くなった涙が頬を伝う。まるでホラー顔のジュンちゃん。だが、波に乗った勢いは、どうにも止まらない。リンダにだって止められない。翌年、♪「天使の誘惑」と♪「夕月」が立て続けに大ヒット。ポップスなのに、演歌みたいにコロコロとコブシが入る不思議なビブラートで審査員を麻痺させ、レコード大賞を勝ち取ったのだ。しかし、それでもなお♪「真赤な太陽」がもみ消された悔しさは消えない。そして翌年、止めときゃいいのに女王を挑発するかのように♪「不思議な太陽」を発売。なんですか、このイントロ。♪「真赤な太陽」を彷彿させるじゃありませんか。そうだ、ジュンちゃんは♪「ハチのムサシ」になったのだ。ハチのムサシは向こう見ず、真赤に燃えてるお日様に試合をいどんで負けたのさ。その年、♪「雲にのりたい」を歌いながら空の彼方へ吸い込まれ、黛ジュンは私の視界から消えていったのです。

適当に名付けた【紫郡丘陵】は、こちらになります。
地図を拡大すればお判りいただけると思いますが、1.のエリアです。もっとも、国土地理院のDIDを表す地図は、必ずしも正確ではないことから断定するワケにはいきませんが、少なくとも小郡市の(三国が丘)は入りません。当該地域(三国が丘)に対しては、【小郡三国丘】というDID名を付けております。
私だったら「紫郡丘陵」は「筑紫・三国西部」、【小郡三国丘】は「三国」と命名します。


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