>88さん
市区町村変遷情報(市制町村制施行時)熊本県に誤りと思えるところがありましたので報告します。
本論に入る前に資料の紹介です。
(1)
熊本県令第9号(M22.3.4)(現行熊本県令達類纂上巻明治26年7月刊(編著:熊本県知事官房、出版:熊本県、M26.11.18)に記載)
#市制町村制施行時の郡変更を記載。
(2)
熊本県令第10号(M22.3.4)(現行熊本県令達類纂上巻明治26年7月刊(編著:熊本県知事官房、出版:熊本県、M26.11.18)に記載)
#明治22年4月1日に行われた町村分合の根拠。
(3)
新旧対照市町村一覧(編著:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12.)
#市制町村制施行時の廃置分合そのまま。
(4)
大日本市町村名鑑(編著:星野文三、出版:博聞社、M26.11.9)
#市制町村制施行時の廃置分合に、明治24年2月ごろまでの廃置分合も反映させたもの。
(5)
大日本全国各府県市町村新旧対照一覧(編著・出版:中村芳松、M28.3.5)
#市制町村制施行時の廃置分合に、明治26年末ごろまでの廃置分合も反映させたもの。
(6)
地方行政区画便覧(著・出版:内務省地理局、M20.10)
#明治19年1月現在の町村名を記載。
(7)
熊本県郡区便覧(編著:水島貫之、出版:活版舎、M12.12.)
#明治12年現在の町村名を記載。
(1)から(5)は総てにおいて参照し、(6)(7)は適宜参照しました。
以下、本文中での参照資料としては各資料が一致しているものについては、原則として簡略化して(2)のみを記載しました。
なお、「陳」と「陣」の違い、「坂」と「阪」の違いという表記の揺らぎの類は原則として省きました。ただし明治22年当時の資料が一致しているものや(6)(7)でも一致しているものは例外的に記載しました。
それでは紹介です。
28 村制 葦北郡吉尾村 葦北郡 吉尾村
は
28 新設/村制 葦北郡吉尾村 葦北郡 大岩村, 黒岩村, 上原村, 海路村, 吉尾村, 箙瀬村
ではないでしょうか。
参考:
熊本県令第10号(M22.3.4)
38 村制 葦北郡百済来村 葦北郡 百済来村
は
38 新設/村制 葦北郡百済来村 葦北郡 小川内村, 久多良木村, 田上村, 鶴喰村, 川岳村
ではないでしょうか。
参考:
熊本県令第10号(M22.3.4)
60 新設/町制 下益城郡小川町 下益城郡 小川町, 西小川村, 南小川村, 東小川村
は
60 新設/町制 下益城郡小川町 下益城郡 小川町, 西「北」小川村, 南小川村, 東小川村
ではないでしょうか。
参考:
熊本県令第10号(M22.3.4)
71 新設/村制 下益城郡豊田村 下益城郡 塚原村, 鰐瀬村, 沈目村, 陣内村, 藤山村, 阿高村
は
71 新設/村制 下益城郡豊田村 下益城郡 塚原村, 鰐瀬村, 沈目村, 「東阿高村」, 陣内村, 藤山村, 阿高村
ではないでしょうか。
参考:
熊本県令第10号(M22.3.4)
72 新設/村制 下益城郡豊福村 下益城郡 豊福村, 内田村, 「中間村」, 「西仲間村」, 竹崎村, 西下郷村
は
72 新設/村制 下益城郡豊福村 下益城郡 豊福村, 内田村, 「両仲間村」, 竹崎村, 西下郷村
ではないでしょうか。
まず、
熊本県令第10号(M22.3.4)では「中間村」, 「西仲間村」ではなくて「西仲間村」のみとなっています。
しかし
新旧対照市町村一覧(編著:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12)、
大日本市町村名鑑(編著:星野文三、出版:博聞社、M26.11.9)、
大日本全国各府県市町村新旧対照一覧(編著・出版:中村芳松、M28.3.5)では「中間村」, 「西仲間村」ではなくて「両仲間村」のみとなっています。
さてどちらが正しいかですが、
地方行政区画便覧(著・出版:内務省地理局、M20.10)より明治19年1月現在では「両仲間村」、「中間村」の両方がありますが、「中間村」は一つしかなく、これは#73豊野村の一部となった「中間村」ではないかと推測できます。
以上より「中間村」, 「西仲間村」ではなくて、私は「両仲間村」であると推測するのですがいかがでしょうか。
84 新設/村制 菊池郡迫間村 菊池郡 豊間村, 西迫間村, 市野瀬村, 重味村
は
84 新設/村制 菊池郡迫間村 菊池郡 豊間村, 西迫間村, 市野瀬村, 「大平村」, 重味村
ではないでしょうか。
参考:
熊本県令第10号(M22.3.4)
138 新設/村制 玉名郡大野村 玉名郡 中土村, 下前原村, 中土村, 大野下村
は
138 新設/村制 玉名郡大野村 玉名郡 「野口」村, 下前原村, 中土村, 大野下村
ではないでしょうか。
参考:
熊本県令第10号(M22.3.4)
145 新設/村制 玉名郡八嘉村 玉名郡 寺田村, 大倉村, 向津留村, 中阪門田村, 南阪門田村, 北阪門田村, 青野村, 田崎村
は
145 新設/村制 玉名郡八嘉村 玉名郡 寺田村, 大倉村, 向津留村, 中「坂」門田村, 南「坂」門田村, 北「坂」門田村, 青野村, 田崎村
ではないでしょうか。
まず
熊本県令第10号(M22.3.4)では、現在記載されているように中阪門田村, 南阪門田村, 北阪門田村となっています。
しかし、
新旧対照市町村一覧(編著:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12)、
大日本市町村名鑑(編著:星野文三、出版:博聞社、M26.11.9)、
大日本全国各府県市町村新旧対照一覧(編著・出版:中村芳松、M28.3.5)では中「坂」門田村, 南「坂」門田村, 北「坂」門田村となっています。
過去に遡りますと、旧高旧領取調帳データベースでも中「坂」門田村, 南「坂」門田村, 北「坂」門田村となっており、
熊本県郡区便覧(編著:水島貫之、出版:活版舎、M12.12.)では中「坂」門田村, 南「坂」門田村, 北「坂」門田村であり、
地方行政区画便覧(著・出版:内務省地理局、M20.10)より明治19年1月現在でも中「坂」門田村, 南「坂」門田村, 北「坂」門田村となっています。
現在、玉名市中坂門田、玉名市南坂門田、玉名市北坂門田です。
これは以前88さんが
[56275][66349]で書かれたことと関連するのですが、単なる表記の揺らぎの一つではないでしょうか。
「坂」という文字は「首が転げ落ちて(刎ねられ)土にかえる」という不吉な意味合いを持つため武家階級では嫌われ、全国至るところで「坂」の代わりに「阪」という文字が積極的に使用されました。期間としては幕末から昭和初期にかけてで、そのピークは明治10年代後半から明治20年代前半にかけてです。
ここ熊本県玉名郡八嘉村もその一例に過ぎないのではないでしょうか。
私は中「坂」門田村, 南「坂」門田村, 北「坂」門田村とした方が良いと考えますがいかがでしょうか。
169 新設/村制 合志郡北合志村 合志郡 新明村, 井坂村, 小原村, 麓村
は
169 新設/村制 合志郡北合志村 合志郡 新明村, 「伊」坂村, 小原村, 麓村
ではないでしょうか。
参考:
熊本県令第10号(M22.3.4)
また、
熊本県郡区便覧(編著:水島貫之、出版:活版舎、M12.12.)より明治12年現在や、
地方行政区画便覧(著・出版:内務省地理局、M20.10)より明治19年1月現在でも「伊」坂村となっています。
178 新設/村制 山鹿郡千田村 山鹿郡 千田村, 持松村
は
178 新設/村制 山鹿郡千田村 山鹿郡 千田村, 持松村, 広村
ではないでしょうか。
参考:
熊本県令第10号(M22.3.4)
189 新設/村制 山本郡吉松村 山本郡 豊田村, 大井村, 今藤村, 平井村, 船島村, 伊知坊村
は
189 新設/村制 山本郡吉松村 山本郡 豊田村, 大井村, 「亀甲村」, 今藤村, 平井村, 船島村, 伊知坊村
ではないでしょうか。
参考:
熊本県令第10号(M22.3.4)
190 新設/村制 山本郡桜井村 山本郡 舞尾村, 滴水村, 「下滴水村」, 平野村, 荻迫村, 投刀塚村, 鐙田村
は
190 新設/村制 山本郡桜井村 山本郡 舞尾村, 滴水村, 平野村, 荻迫村, 投刀塚村, 鐙田村
ではないでしょうか。
参考:
熊本県令第10号(M22.3.4)
220 新設/村制 上益城郡白糸村 上益城郡 白石村, 津留村, 目丸村, 菅村, 新小村, 犬飼村, 長原村, 田吉村
は
220 新設/村制 上益城郡白糸村 上益城郡 白「藤」村, 津留村, 目丸村, 菅村, 新小村, 犬飼村, 長原村, 田吉村
ではないでしょうか。
参考:
熊本県令第10号(M22.3.4)
234 新設/村制 託麻郡元三村 託麻郡 元三村, 飽田郡 野田村
は
234 郡変更/新設/村制 託麻郡元三村 託麻郡 元三村, 飽田郡 野田村
ではないでしょうか。
参考:
熊本県令第9号(M22.3.4)、
熊本県令第10号(M22.3.4)
237 新設/村制 託麻郡春竹村 託麻郡 春竹村, 八王子村
は
237 新設/村制 託麻郡春竹村 託麻郡 春竹村, 八王「寺」村
ではないでしょうか。
熊本県令第10号(M22.3.4)、
新旧対照市町村一覧(編著:和泉橋警察署、出版:加藤孫次郎、M22.12)では八王「寺」村となっています。
また、
熊本県郡区便覧(編著:水島貫之、出版:活版舎、M12.12.)より明治12年現在や、
地方行政区画便覧(著・出版:内務省地理局、M20.10)より明治19年1月現在でも八王「寺」村となっています。現在は熊本市八王寺町です。
後に出版された
大日本市町村名鑑(編著:星野文三、出版:博聞社、M26.11.9)や
大日本全国各府県市町村新旧対照一覧(編著・出版:中村芳松、M28.3.5)では八王子村となっていますが。。。。
(おまけ)
#66 中郡村のところにあるスペースを削除した方が見映えが良くなるのではないでしょうか。