青森県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
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漁火の松原 | いさりびのまつばら | 上北郡おいらせ町 | 現存 | |
淀の松原 | よどのまつばら | 八戸市 | 現存(一部被災) | 関連記事[65243] 種差海岸の景勝地で、遊歩道が整備されている。大正時代に地元の青年団により植栽されたものとのこと。 種差海岸として日本の白砂青松100選、遊歩百選に選定されている。 |
岩手県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
高田松原 | たかだまつばら | 陸前高田市 | 被災→再整備(公園) | 江戸時代に地元の豪商と仙台藩により砂州上に松が植栽されたのが始まりで、7万本の松が防潮林だけで無く景勝地として親しまれてきた。長年、陸前高田の町を津波の害から護ってきたが、平成23年に発生した東日本大震災の際に10mを越える大津波によってほぼすべての松がなぎ倒され、松原のあった砂州も大きくえぐられてしまい壊滅状態となった。しかし、松原西側に生えていた1本の松の木が奇跡的に倒れずに耐え、後に「奇跡の一本松」と呼ばれ復興のシンボルとなった。地盤沈下による塩害などにより一本松は枯死したが、伐採後防腐処理を施され、元の場所にほぼ元の姿で復元されている。なお、高田松原の跡地やその周辺は「高田松原津波復興祈念公園」として整備が行われ、再生された砂州に4万本の松が植樹されている。 国指定名勝(東日本大震災被災後も継続)、日本百景、日本の白砂青松100選、日本の渚百選、日本の都市公園百選、日本の歴史公園100選、森林浴の森百選、美しい日本の歴史的風土100選。 |
宮城県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
余景の松原 | よげのまつばら | 東松島市 | 被災→再整備 | 松島に連なる名勝地であることから、仙台藩4代藩主伊達綱村により「余景の松原」と命名された。平成23年に発生した東日本大震災の際に大津波で大きな被害を受けたが、道路沿いなどに津波に耐えた松が残っている。 |
名取の松原 | なとりのまつばら | 名取市 | 被災→再整備 | 参考サイト 平成23年に発生した東日本大震災の際に大津波や火災でで大きな被害を受けた。地元の方により植林が進められているとのこと。 |
秋田県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
風の松原 | かぜのまつばら | 能代市 | 現存 | 日本最大の松林、と言われている(参考記事[44760])。その歴史は藩政時代にまでさかのぼることができるが長らく特定の名称は無く、昭和62年に公募により「風の松原」と命名された。(参考サイト) 日本の白砂青松100選、日本の自然100選、森林浴の森百選(能代海岸の松原として)。 |
夕日の松原 | ゆうひのまつばら | 潟上市~秋田市 | 現存 | 関連記事[36904] 天王町の出戸浜から秋田市飯島にかけて広がる海岸松林。秋田県秋田総合農林事務所(現・秋田県秋田地域振興局農林部)によって愛称の公募が行われ、平成13年に命名された。防砂林としての歴史は藩政時代にさかのぼるようである。 |
山形県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
万里の松原 | ばんりのまつばら | 酒田市 | 現存 | 都市化が進んでおり、残った部分の一部が光が丘公園として整備されている。 万里の松原を含む庄内海岸砂防林が日本の白砂青松100選に選定されている。 |
福島県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
舟戸松原 | ふなとまつばら | 南相馬市 | 被災→再整備 | 鹿島区北海老字釜舟戸付近の海岸に広がる松原。マルシャリンバイの群生地がある事でも知られていた。平成23年に発生した東日本大震災の際に大津波で大きな被害を受け、集落南部の高台に松が残るのみとなったが海岸林の再生が進められている。一角が第69回全国植樹祭の会場となった。 |
茨城県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
童子女の松原 | おとめのまつばら | 神栖市 | 現存(公園)(一部被災) | 愛し合う男女が松の木に変身したと言う常陸国風土記中の伝説が名前の由来。図示した付近は公園として整備されている。(参考サイト) |
中田の松原 | なかだのまつばら | 古河市 | 痕跡→再整備 | 江戸時代、日光街道の中田宿から古河宿の間に一里に渡って松並木が整備されており、これが「中田の松原」と呼ばれていた。幕末の志士・清河八郎が記した「西遊草」という手記の中で中田の松原に触れられている。昭和初期に行われた道路拡張の際に多くの松が切られ、更に戦時中に寝間で掘り返されたため江戸時代からの松は残っていない。現在、旧日光街道の茶屋新田付近に街路樹として松が植えられており、齊藤モータース付近の歩道に中田の松原に関する説明板が設置されている。参考サイト |
埼玉県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
草加松原 | そうかまつばら | 草加市 | 現存 | 札場河岸公園~旭町2丁目南側間の旧日光街道沿いに広がる松並木。国指定名勝「おくのほそ道の風景地」の1つとして指定されている。遊歩百選。 |
千葉県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
磯の松原 | いそのまつばら | 千葉市 | 現存(公園) | この近隣はかつて遠浅の砂浜と松原が広がっていたが、相次ぐ開発と海岸埋立により昭和30年代にほぼ無くなってしまった。昭和56年、千葉市制60周年を記念して「磯の松原造成事業」が計画され、人工砂浜「いなげの浜」に市民の手によって6万本の松が植栽された。(参考サイト1、2)また、かつての海岸松原の名残の松は稲毛公園に残っている。 日本の白砂青松100選。 |
富津岬松原 | ふっつみさきまつばら | 富津市 | 現存 | 富津岬から岩瀬川にかけて見られる松原。富津岬付近は富津公園として整備されているが、富津海水浴場から東は幅が狭くなり、ところによっては他の樹種も混在している。昭和22年から防風林として整備されたもの。富津岬から西に人工島が連なる様子から「関東の天橋立」とも呼ばれる。日本の都市公園百選(富津公園として)。 |
東京都 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
大宮松原 | おおみやまつばら | 大島町 | 現存(公園) | 大島町野増の大宮神社参道入り口付近に広がる松原。松原公園として整備されており、大島節の歌碑が建てられている。参考サイト1、2、3 |
新潟県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
瀬波の松原 | せなみまつばら | 村上市 | 現存 | 付近で江戸時代から盛んに栽培されていた茶を潮風から守るために整備された防風林が由来。このほかに、肴町から瀬波に向かう街道沿いに松並木が整備され松原八丁と呼ばれていたが、平成11年に最後の1本が伐採されている。参考サイト |
越の松原 | こしのまつばら | 佐渡市 | 現存 | 関連記事[33213] |
富山県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
古志の松原 | こしのまつばら | 富山市 | 現存 | 富山市岩瀬~浜黒崎間に連なる松並木。加賀藩主前田利長が北陸道の美観を保ち、かつ積雪時の目印とするために植えたものと伝わる。 日本の白砂青松100選。 |
福井県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
気比の松原 | けひのまつばら | 敦賀市 | 現存 | 一夜にして松原が出現し異賊の侵入を防いだという伝説があり、この伝説から「一夜の松原」と呼ばれることもある。関連記事[58771] 、参考サイト 国指定名勝、日本の白砂青松100選、遊歩百選、日本の自然100選。 |
恋の松原 | こいのまつばら | 三方郡美浜町 | 痕跡 | 宇波西神社東北側から久々子湖沿岸にかけてあったとされる松原。古美の松原(こみのまつばら)とも伝わる。平安時代には既に松原があったようである。悲恋に関する伝説が伝わっており、謡曲「恋松原」として歌われている。現在は案内板に並んで1本の松が生えるのみである。参考サイト1、2 |
青の松原 | あおのまつばら | 大飯郡高浜町 | 現存 | 参考サイト |
静岡県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
千本松原 | せんぼんまつばら | 沼津市 | 現存 | 日本百景、日本の白砂青松100選。 |
細井の松原 | ほそいのまつばら | 静岡市 | 痕跡 | 元々は江戸時代の東海道の松並木として整備されたもの。海岸からほど近いため、防風の狙いもあったものと想像される。太平洋戦争時に松根油の原料として全ての松が切られてしまった。現在、国道1号線辻町交差点付近に「ほそいの松原」の説明板が設置され、その横に平成4年に植えられた松が見られる(ストリートビュー)。 |
三保松原 | みほのまつばら | 静岡市 | 現存 | 天の羽衣伝説で知られる。かつては三保半島全域が松原であったらしい。 世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成遺産、国指定名勝、日本の白砂青松100選、新日本観光地100選、新日本旅行地百選、美しい日本の歴史的風土100選。 |
岐阜県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
千本松原 | せんぼんまつばら | 海津市 | 現存 | 宝暦治水工事の際、薩摩藩士によって植えられた松原。治水神社南端から南に連なる堤防上に連なる。油島千本松原とも。 油島千本松締切堤が国指定史跡に選定。新・日本の街路樹百景、美しい日本の歴史的風土100選。 |
千代の松原 | ちよのまつばら | 飛騨市 | 公園 | 宮川沿いに「千代の松原公園」として整備されている。松のほかに桜も多く植えられている。南側には千代の松原公民館がある。 |
三重県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
二見松原 | ふたみまつばら | 伊勢市 | 現存 | 二見浦に広がる松原。ここ近年マツクイムシの被害が激しい。参考サイト(PDF) |
阿児の松原 | あごのまつばら | 志摩市 | 現存 | 国府白浜に広がる松原。隣接する海水浴場の名前にもなっている。 |
有馬松原 | ありままつばら? | 熊野市 | 現存? | 昭和初期に鉄道省が発行した「日本案内記」の七里御浜の説明文中に有馬松原の記載がある。現在でも熊野市有馬町の海岸には海岸林が残るが、道路側は他の樹種が多く、松は海側に部分的に残るのみではないかと思われる。参考文献 |
市木松原 | いちきまつばら? | 南牟婁郡御浜町 | 現存? | 昭和初期に鉄道省が発行した「日本案内記」の七里御浜の説明文中に市木松原の記載がある。現在でも御浜町下市木の海岸には海岸林が残るが、道路側は他の樹種が多く、松は海側に部分的に残るのみではないかと思われる。参考文献 |
井田の八丁松原 | いだのはっちょうまつばら? | 南牟婁郡紀宝町 | 現存 | 昭和初期に鉄道省が発行した「日本案内記」の七里御浜の説明文中に井田の八丁松原の記載がある。現在でも道の駅紀宝町ウミガメ公園東側海岸に松林が残るが、他の樹種が増えつつあるようである。参考文献 |
滋賀県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
千々の松原 | ちぢのまつばら | 彦根市 | 現存 | かつては三里に渡って松が植えられていたという。 |
京都府 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
日間の松原 | ひまのまつばら | 京丹後市 | 現存 | 関連記事[41964] 久美の浜海岸(海岸コレクション)/丹後砂丘(砂丘コレクション)に広がる松原。松原が広がる砂嘴は天橋立に習い「小天橋」とも呼ばれる。 |
大阪府 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
八丁松原 | はっちょうまつばら? | 高槻市 | 痕跡 | 京口から西国街道に至る街道沿いに植えられた松並木。高槻市松原町の松原公園に八丁松原の石碑があり、付近の歩道に近年植えられた松の木が見られる。参考サイト |
千本松原 | せんぼんまつばら | 貝塚市 | 現存(公園) | 元々この付近には遠浅の砂浜と松林が連なっており、その様子から昭和初期に作られた駅の名が「二色浜」と名付けられた。戦後、米軍に一時接収された浜寺公園の代替地として海水浴場機能を持つ二色の浜公園が整備され、現在に至っている。日本の白砂青松100選(二色の浜公園として)。 |
佐野の松原 | さののまつばら | 泉佐野市 | 痕跡 | 古くから景勝地として知られ、平安期以降の和歌や、新井白石の漢詩にも詠まれている。しかし、宅地化が進んで松林はほとんど失われてしまい、現在は佐野中学校周辺にわずかに残る程度である。 |
黒崎の松原 | くろさきのまつばら | 泉南郡岬町 | 痕跡 | 平安時代、紀貫之が土佐日記の中に書き記した松原。岬町淡輪の黒崎海岸にある舟守神社御旅所近くに土佐日記にちなんだ文学碑が建てられており、周辺にわずかに松が残る。参考サイト |
兵庫県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
昆陽の松原 | こやのまつばら | 伊丹市 | 痕跡(公園) | 奈良時代に行基が造営した昆陽池の周辺に広がっていた松原で、和歌や書物の中にも散見される。池は行基が造営した物の一部のみ残り、周囲が昆陽池公園として整備されているが、植えられている木々のうち松はごく一部でほとんどは他の樹種のため、現在は松原とは言いがたい状態である。公園の中に昆陽の松原が織り込まれた和歌の歌碑が建てられている。参考サイト |
舞子の松原 | まいこのまつばら | 神戸市 | 現存(公園) | かつては日本三大松原の1つに称されるほどの松原で、明治時代には兵庫県立舞子公園として整備された。昭和初期の国道開発を端緒として周囲の都市開発や環境変化の影響で松原の規模は縮小したが、昭和40年代から松原の保全の取り組みが続けられている。参考文献1、2 |
雀の松原 | すずめのまつばら | 神戸市 | 痕跡 | 関連記事[59088] かつて魚崎の浜辺一体に広がっていた松原。仁徳天皇の御名代部を率いた雀部朝臣(ささべのあそん)がこの地に勢力を張っていたことが由来とされる。「源平盛衰記」にも名所として名が出てくる景勝地だったが、都市化が進むとともにほぼ全てが失われ、現在は魚崎西町四丁目3番地にある「魚崎西町ちびっこ広場」の中に名残の松とかつての姿を詠んだ歌碑2つが残るのみである。参考サイト、ストリートビュー |
加古の松原 | かこのまつばら | 加古川市 | 社叢 | 古文書などに見られる、播磨国の海岸にあったとされる松原。浜の宮公園や浜宮天神社に見られる黒松がその名残と言われている。浜宮天神社には菅原道真お手植えと伝えられる「加古の浜松」(2代目)もある。参考サイト |
粟生の松原 | あおのまつばら | 姫路市 | 痕跡→再整備(公園、社叢) | かつて白浜海岸に広がっていた松原の名。「粟生が松原」「恋の松原」「恋の浜」とも。天平宝字年間に当地に遷座した松原八幡神社の由来では松が一晩で粟のように生えたと伝わる。1940年代以降は都市化が進み、松原八幡神社の社叢などに名残を残すのみとなっている。白浜小学校横の広場に粟生の松原の石碑がある。近年、地域の有志が松原を目指して松原八幡神社境内周辺などに松の植栽を行っているとのこと。 |
慶野松原 | けいのまつばら | 南あわじ市 | 現存 | 国指定名勝、日本の白砂青松100選、日本の渚百選、快水浴場百選。 |
和歌山県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
佐野松原 | さのまつばら | 新宮市 | 現存 | バス停名ともなっている。江戸時代に編纂された「紀伊続風土記」に「佐野松原」の記載があるようである(参考サイト)。松原の東側は平成に入ってから埋立地が造成されている。 |
島根県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
津田の松原 | つだのまつばら | 松江市 | 痕跡 | 元は松江開府と共に山陰道沿いに植えられた松並木で、明治期には見事な老松が連なる様から「松江名物 津田の松原」と呼ばれた。松の木は四百数十本を数え、昭和12年には国の名勝天然記念物となったが、第二次世界大戦中から戦後の混乱期にかけて松の木の多くが伐採され、その後も宅地化が進むと共に減少し、平成6年には松江市立津田小学校の校庭に残っていた最後の1本が伐採されている。現在、津田東交差点北側の旧街道沿いにかつての様子を再現した松並木が整備されている。参考サイト1、2、3 |
吹上松原 | ふきあげまつばら | 益田市 | 現存 | 昭和初期に鉄道省が発行した「日本案内記」に吹上松原の記載がある。現在も益田市高津には海岸松林が残っている(西の方は松以外の樹種が増えている?)参考文献 |
屋那の松原 | やなのまつばら | 隠岐郡隠岐の島町 | 現存 | 日本の白砂青松100選。 |
広島県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
長門島松原 | ながとじままつばら | 呉市(倉橋島) | 現存 | 倉橋島はかつて長門島と呼ばれ、万葉集の中の八首で「長門の島の小松原」などと詠まれている。桂濱神社の社叢や桂浜に広がる海岸松原が名残の地とされ、歌碑が建てられている。 |
西松原 | にしまつばら | 廿日市市 | 現存 | 厳島神社の西側に位置する松原。清盛神社の参道でもある。 |
山口県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
阿武の松原 | あぶのまつばら | 萩市 | 現存 | 菊ヶ浜付近の松原のかつての名。古くは和歌の歌枕として詠まれている(ただし、歌枕に詠まれたのは福島県伊達市付近にかつて存在した「阿武の松原(あうのまつばら)」であるとも言われる)。長州藩のお抱え力士であった第6代横綱・阿武松緑之助のしこ名の由来の地でもある。 |
阿武の松原 | おうのまつばら | 萩市 | 現存 | 萩市大井の海岸沿いにある松林。大井付近はかつて北長門を治めた国造阿武君の本拠地であったとされ、その時代から大井の海岸に広がる松原が阿武の松原と呼ばれていたと伝えられる。菊が浜が「あぶのまつばら」なのに対してこちらは「おうのまつばら」。 |
湖浜松原 | こはままつばら? | 長門市 | 現存 | 昭和初期に鉄道省が発行した「日本案内記」の青海島の説明文中に湖濱松原の記載がある。青海湖の砂州に植えられた松林。現在は「波の橋立」の名称が一般的と思われる。参考文献、「橋立・天橋」コレクション |
虹ヶ浜松原 | にじがはままつばら | 光市 | 現存 | 昭和初期に鉄道省が発行した「日本案内記」に虹ヶ浜松原の記載がある。現在、周囲の都市化は進んでいるものの、島田川西方から鳶の子川樋門付近にかけて松林が残っており、一部は公園となっている。参考文献 |
鞠生松原 | まりふまつばら | 防府市 | 社叢 | 関連記事[33521] 元々は海岸にあったが、埋め立てにより海岸線が移動し、現在は内陸部に位置している。室町時代には大内義弘がこの地に足利義満をもてなすための旅館を建てている。また、幕末、薩長の倒幕軍が集結した地でもある。 現在は都市化が進んでおり、厳島神社の社叢など一部を残すのみである。 |
糸根の松原 | いとねのまつばら | 山陽小野田市 | 痕跡→再整備(公園) | かつては沿岸の砂州上に広がる松原であった。現在は糸根公園として整備されている。山陽小野田市指定文化財。 |
白崎の松原 | しらさきのまつばら | 下関市 | 痕跡→再整備(社叢) | 神功皇后の頃よりあったとされる松原。第二次世界大戦中に松原の多くが現在の海上自衛隊小月航空基地の敷地に組み込まれ、その後にマツクイムシの被害でほとんどが失われた模様。白崎神社の社叢も松原の名残のようで、参道入口に白崎の松原の説明板が建っている(GoogleMap登録写真)。参考サイト |
徳島県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
千代の松原 | ちよのまつばら? | 小松島市 | 痕跡→再整備(社叢) | 中田町千代ヶ原にあった松原で、名勝として知られ小松島の地名の由来の1つとされる。かつては松原付近に海岸線があった。比較的近年まで八幡神社の参道が樹齢数百年の松で埋め尽くされていたが、1980年代から松食い虫の被害が出始め、1999年に最後の老木が伐採された。2000年代に入り、松原復活を目指して地元小学生による松の植樹が行われている。参考サイト |
横須の松原 | よこすのまつばら | 小松島市 | 痕跡→再整備 | 小松島市横須町~金磯町の横須海岸沿いに存在した松原。かつては四国十二景の1つに数えられ、小松島の名の由来の1つとされている。現在は海岸沿いにごくわずかな松が残るのみである(金磯町側の方がやや残っている松が多いようである)。近年、地域の住民や小松島高校の学生により松原復元の取り組みが行われている。参考サイト |
大里松原 | おおさとまつばら | 海部郡海陽町 | 現存 | 同名の字名がある。 日本の白砂青松100選。 |
香川県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
白鳥の松原 | しろとりのまつばら | 東かがわ市 | 現存 | 関連記事[35418] 日本武尊伝説が伝えられる白鳥神社の北側に位置することからこの名で呼ばれる。白鳥神社の松原、三里松原とも呼ばれる。 日本の白砂青松100選。 |
津田の松原 | つだのまつばら | さぬき市 | 現存 | 日本の白砂青松100選、日本の渚百選、日本の自然100選。 |
観音寺松原 | かんおんじまつばら | 観音寺市 | 現存 | 「銭形」の周辺。琴弾公園として整備されている。 日本の白砂青松100選、日本の歴史公園100選。 |
高知県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
琴ヶ浜松原 | ことがはままつばら | 安芸郡芸西村 | 現存 | 高知県指定名勝。和食松原とも。琴ヶ浜が日本の白砂青松100選に選定。 |
種崎千本松原 | たねざきせんぼん まつばら | 高知市 | 現存 | 種崎千本公園が日本の白砂青松100選に選定。 |
入野松原 | いりのまつばら | 幡多郡黒潮町 | 現存 | 国指定名勝。入野海岸が日本の渚百選に選定。 |
大岐松原 | おおきまつばら | 土佐清水市 | 現存 | 大岐海岸周辺に見られる松原。 |
福岡県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
三里松原 | さんりまつばら | 遠賀郡岡垣町 | 現存 | 日本の白砂青松100選。 |
さつき松原 | さつきまつばら | 宗像市 | 現存 | 日本の白砂青松100選。 |
花見松原 | はなみまつばら | 福津市~古賀市 | 現存 | |
古賀松原 | こがまつばら | 古賀市 | 現存 | 市街地化が進む。 |
盾の松原 | たてのまつばら | 糟屋郡新宮町 | 現存 | 新宮松原とも。 |
奈多の松原 | なたのまつばら | 福岡市 | 現存 | 海の中道にある松原。 海の中道全体が日本の白砂青松100選、海の中道海浜公園が日本の都市公園百選に選定されている。 |
地蔵松原 | じぞうまつばら | 福岡市 | 公園 | かつては多々良川河口から筥崎宮までの海岸沿い一面に広がっていた。 現在は都市化が進み、地蔵松原公園などにその名残を残すのみである。 |
箱崎松原 | はこざきまつばら | 福岡市 | 社叢、公園 | かつては筥崎宮から御笠川河口までの海岸沿い一面に広がっていた。地蔵松原と併せて「千代の松原」とも呼ばれた。 現在は都市化が進み、千代東公園と筥崎宮の社叢、および九州大学構内の一部にその名残を残すのみである。 |
百道松原 | ももちまつばら | 福岡市 | 痕跡 | かつては百道浜沿い一面に広がっていた。「紅葉松原」とも呼ばれた。 現在は海岸が埋め立てられて都市化が進み、西新・百道の町内に江戸時代からの松がわずかに点在して残っているのみである。 現在、百道松原の復活を目指した市民有志の手によって植えられた松原がシーサイドももち海浜公園に見られる。(参考ページ:NPO法人はかた夢松原の会) |
生の松原 | いきのまつばら | 福岡市 | 現存 | 日本の白砂青松100選。 |
大原松原 | おおばるまつばら? | 福岡市 | 現存 | 今津松原、今津長浜松原とも。 |
幣の松原 | にぎのまつばら | 糸島市 | 現存 | 日本の白砂青松100選。 |
佐賀県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
虹の松原 | にじのまつばら | 唐津市 | 現存 | 虹ノ松原とも。江戸時代は二里の松原と呼ばれていたとのこと。 特別名勝、国指定名勝、日本の白砂青松100選、日本の渚百選、森林浴の森百選、新・日本の街路樹百景、日本の自然100選、美しい日本の歴史的風土100選。 |
相賀の松原 | おうかのまつばら | 唐津市 | 現存 | 関連記事[33521] |
長崎県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
千本松原 | せんぼんまつばら | 長崎市 | 痕跡 | 江戸時代に当地の地頭・福田長兵衛が津波除けに数百本の松を福田地区の海岸に植えたものが千本松原と呼ばれるようになった。明治初期には百数十本の松が見られたが、その後は虫食いなどで本数を減らし、第二次世界大戦末期にはほぼ全滅状態となった。現在、福田小学校付近に戦後に新たに植えられた松並木があり、その傍らに千本松原の案内板が設置されている。参考サイト |
姫の松原 | ひめのまつばら | 北松浦郡小値賀町 | 現存 | 小値賀島内にはあちこちに防風林が整備されているが、その中でも志々伎神社付近は道路の両側に450mほどの松並木が続き、姫の松原の名で景観地として親しまれている。日本の白砂青松100選、新・日本の街路樹百景。 |
鹿児島県 | 所在地 | 現地状況 | 備考 | |
くにの松原 | くにのまつばら | 曽於郡大崎町 | 現存 | 日本の白砂青松100選。 |
隼人松原 | はやとまつばら | 指宿市 | 公園 | 今和泉島津家の別邸跡。隼人松原公園として整備されている。参考サイト |
名残の松原 | なごりのまつばら | 熊毛郡屋久島町 | 現存 | 宮之浦港の入り口にある。宮之浦港を出港する船を見送り名残を惜しんだ場所であったため付けられた名のようである。戦後間もない頃までは現在よりも広大な規模であったらしい。現在は公園として整備されており、屋久島が世界遺産に登録された際に記念碑が建てられている。 |
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