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落書き帳から選び抜いた珠玉の記事集

ニュータウンの風景

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記事数=20件/更新日:2003年6月6日/編集者:special-week

ニュータウンが造成され始めて50年が経過しようとしている。50年経ってもいまだにニュータウンと呼ばれる区画は、今までに人が住んでいない場所を切り開いたためもあり、地名もまったく異称なものとなっている。高齢化、建て替えなどさまざまな問題を内包するニュータウンは今どうなっているのか?

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記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[2810]2002年8月27日
たけもと
[3787]2002年10月11日
YSK
[5221]2002年11月22日
TN
[6411]2002年12月13日
ケン(地理好き)
[7435]2003年1月7日
深海魚
[8052]2003年1月22日
ケン(地理好き)
[8156]2003年1月24日
ニジェガロージェッツ
[8974]2003年2月9日
ごろごろ
[8989]2003年2月9日
地理好きのケン
[9738]2003年2月24日
まがみ
[9761]2003年2月25日
まがみ
[10158]2003年3月2日
まがみ
[10817]2003年3月9日
白桃
[10829]2003年3月9日
地理好きのケン
[11312]2003年3月16日
special-week
[11316]2003年3月16日
えっす
[11328]2003年3月17日
まがみ
[15955]2003年5月26日
スナフキん
[15982]2003年5月26日
あっちゃん
[16379]2003年6月6日
BANDALGOM

[2810] 2002年 8月 27日(火)22:36:10たけもと さん
Re: 私鉄諸々
[2800]
>それにしても、共に新宿を起点とする複数の大手私鉄の支線が、一駅のみ密着並行区間を
>以って乗入れる多摩市の地勢には、かなり特異な印象を受けます。どういう経緯でかかる
>状況に落ち着いたのでしょうね。

多摩丘陵は東京最後の未開発地として、鉄道延伸計画が昭和の初めから存在していました
が、殆どは構想の域をでないものでした。

しかし昭和30年代に多摩ニュータウン構想が具体化してくると、沿線の輸送手段として
鉄道の建設計画が急速に現実味を帯びてきます。当時は、将来的に沿線人口は30万人に
なると言われており、ニュータウンへの激しい免許争奪戦が展開されましたが、最終的に
両隣(?)の小田急と京王の2社に免許が認可されます。

なぜ1社ではないかと言うと、沿線住民の増加を考慮すると一路線だけでは輸送力不足、
という判断が働いたためです。

しかしながら、ニュータウンへの入居が計画ほど進まない、公団のため自社で不動産開発
をして利益を出すことができない、といった理由で、両社とも計画を大幅に縮小したのは
前述の通りです。

>小田急電鉄でも急行を運転してはいますが、優等列車の
>運転頻度や以西の路線到達先を考えると、京王帝都の優位性は相変わらずか、と感じます。

小田急は本線がすでにパンク状態のため、わざと劣勢にしているという話もあります。

>唐木田は、車両基地への出入りの為に設けられた印象を受けるのですが、延長の予定とか
>あるのでしょうか。

横浜線方面、相模線方面への構想はあります。具体的なルートはなにも決まっていません。
[3787] 2002年 10月 11日(金)13:20:24YSK さん
旧住民、新住民
[3786]
やはり、地元の方のご意見には含蓄がありますね。土浦とつくばとの間には、伝統的中心都市と新興都市という図式だけでなく、つくば市内においても旧住民と新住民とで対立のようなものがあるのですね。興味深く拝見しました。

>土浦市とつくば市のような関係を持つ地域は他にもあると思うのですが,どなたかご教
>示下されば幸いです。
まったく同じというわけではないですが、いくつか類例を紹介します。

宮城県名取市は、数年前仙台市との合併話が持ち上がったのですが、名取市議会が合併協議会の設置を否決したために合併話が頓挫したことがありました。
この時、合併協議会設置を住民発議したのは、仙台都市圏の拡大により名取市内に住むようになった新住民であり、逆に同会設置を否決した市議会の多数派は昔から名取市に居住してきた新住民でした。

また、同一市内ではありますが、千葉県印西市も新住民と旧住民との乖離の図式がはっきりしているような気がします。洪積台地上に開発された千葉ニュータウン(=新住民)と、利根川右岸の木下地区(=旧住民)です。両地域は交通体系も違うし、どうも一体感を感じないような気がします。こちらにしても、私自身が住民というわけではないので断言をすることは避けたいのですが、どなたか実情がお分かりでしたら、お教えください。
[5221] 2002年 11月 22日(金)12:17:58TN さん
Re:毛呂山町
[5168] 2002 年 11 月 21 日 (木) 02:07:39 touhemboku さん

「入間郡」と聞けば、黙って見過ごす訳にもいきませんですね。
>自分がもう王様になったつもりで考えてみてください!
と、仰ってますが、私はあえて女王様になり愛のムチ(無知?)を打ちたいと思っております。
なお、埼玉には、でるでるさんという地域をこよなく愛して止まない御仁がおられるので、そちらのご意見なども大変参考になるでしょう。私はちょっとした事情で板橋区民をやっております。
以下は活性化の方策というよりも個人的な現状認識に近いです。

・地域活性化の件ですが、ご指摘の八高線の電化や都心との直通などは、はっきり言って今までの発想となんら代わり映えしません。ここは思い切って高麗川から高崎まで常時SLを運行させましょう。(その発想も使いふるされた感がいささかありますが、あくまでヒントです)
・都市は明らかに収縮に向かっています。以前雑魚さん[4721],白桃さん[4743]で指摘なさった比企郡小川町の人口減など、またご自身が指摘されている毛呂山町の人口減などは乱暴な言い方をすると首都圏の外縁部の縮みに起因している感じが致します。
・毛呂山ニュータウン(目白台)ですが、立地的には近隣の鳩山ニュータウンや西坂戸団地とほぼ同じ(丘陵の造成)ですが、いかんせん出遅れ、つまり時代を見誤ったということではないでしょうか。そして、機会があれば鳩山NTを一度歩いてみてください。あの街は景観賞を受賞するくらいのいい町並みです。しかし、その鳩山でさえ今後ゴーストタウンにならないとも限らないのですから大変な世の中ですね。
・埼玉医大病院は地域の誇りです。特に「性同一性障害」の治療では日本の最先端です。ですので、毛呂本郷(JR毛呂駅)から東武越生線東毛呂駅の間の市街地を医療関連に特化した街に作り変えられないものでしょうか。
・坂戸駅ですが、構内配線を改良し方向別に乗り換えができるようにすれば便利ですね。今の跨線橋での乗り換えはちょっとしんどいです。本当は、東上線(6両)+越生線(4両)の結合を坂戸で行えば理想なのですが、東武鉄道にその気はないようです。なお、越生線の複線化は1987年8月25日に武州長瀬ー東毛呂1.4Kmで行われてますが、全線複線化は不要不急なので却下致します。
・合併の蓋然性のお話ですが、ご指摘の川越まで含めたものは私の個人的な想いでは、ちょっと広すぎです。ちなみに、埼玉県が試算した最適都市規模は、
人口 20~30万人
面積 70~150平方キロ
となっており、やはりここは手堅くお隣越生町と話し合われてはどうでしょうか。つまり、「市制施行型」の合併です。市街地の連担ぐあいもそうですが、やはり秩父山塊の東縁に位置する共通性を考慮しました。ともに、越生の「梅」を盛り立てましょう。めざせ、紀州の南高梅、という気概が欲しいところです。
しかし、2町だけですと財政基盤に難がありそうですね。ちょっと、でるでるさんにお聞きしてみたい部分ではあります。もしかしたら、坂戸、鶴ヶ島の2市を含めた方が良いのかも知れませんね、越生線繋がりの意味においては。川島町と鳩山町は共に「比企郡」ということもあり、その帰属が難しいですね。実際の生活圏は両郡にまたがっている気が致しますね。

上記を町長さんに再度直談判してみてください。合格間違いなしです。
[6411] 2002年 12月 13日(金)17:37:44ケン(地理好き) さん
6410の続き
人口増加率1位の浦安市と京都府精華町はニュータウン開発によって人口が増加しているそうです。
人口減少率の高い市町村は旧炭鉱都市、離島、山村が多いようです。
人口の増加している市町村で合併が少なく、人口の減少している市町村で合併が多いようです。
[7435] 2003年 1月 7日(火)14:20:14【3】深海魚[雑魚] さん
仙台から利府にかけて
[7423] YSKさん
「クローズアップ仙台」 とは、絶妙の語呂ですね。市電が走っていた頃から何かと縁があった街ですが、
周辺を車で移動する事が増えて来ると、色々な事が見えて来ますね。

なぜか 「榴ヶ岡」 を名乗る高校を近所に擁する泉中央駅 (同様のニュータウンに位置する相模鉄道
緑園都市線の 「いずみ中央」 や、泉北高速鉄道 「和泉中央」 と紛らわしい感じですね。) 周辺には
数年前に初めて赴きましたが、面的な展開はともかく、仙台駅界隈に比する程に発展した印象でした。
単なる郊外住宅地という事でなく、仙台北郊一帯の商業上の一大拠点としての側面も推定されます。
それ故、泉中央駅での構造的制約の有無は判りませんが、富谷町域のニュータウン造成に鑑みるに、
役場同士が近接する大和町、大衡村の境界一帯まで、地下鉄の延伸構想があっても不思議ではなく、
速達性次第では古川まで、というのは欲張り過ぎでしょうか。(笑)

一昨年に仙台東部道路が整備されるまでは、松島方面に赴く場合は、東北道を大和で下りて東北線
愛宕駅付近に出るのが一般的だったかと思います。私の場合は、利府駅における道楽上の見地から、
東北道を泉で下りて、「県民の森」 の南側を岩切方向に東進していました。鶴ヶ丘ニュータウンの丘の
麓一帯は、仙台の街が近い割には田圃が広がるのどかな雰囲気と記憶します。(道路も少々狭隘。)

利府駅は、かつて 「丘越え」 を控えた中間駅の名残りゆえか構内が比較的広く、電気機関車のほか、
以前は電車特急の食堂車なども留置され趣味的に注目されるところです。単なる支線の終点ながら、
仙台志向の宅地造成、大型SCの設置、W杯会場整備に伴う高速道の延伸など郡部としては発展が
著しい典型例ではないかと思います。松島湾にも面したこの町の趨勢は注目されるところですね。

利府支線関連の沿革を以下にまとめて見ましたが、1962年の 「山線」 廃止の段階で、盲腸線ながら
利府が救済されたのは、当時すでに仙台都市圏として某か必然性があった為なのか、気になります。
ちなみに、1944年の宮城電鉄における強制戦時買収は、「ブルー・インパルス」 で有名な航空自衛隊
松島基地の前身である矢本飛行場への物資輸送を考慮した結果だそうですね。地上仕様だった当時、
仙台駅に東北線からの連絡線路らしき地図表示があったのは、その為かな。

1887) 郡山-塩釜 (のちの塩釜港貨物駅で現在は廃止) が開業。
1890) 岩切-一ノ関が利府経由 (山線) で開業。
1925) 宮城電鉄 仙台-西塩釜が開業。
1926) 宮城電鉄 西塩釜-本塩釜が開業。
1927) 宮城電鉄 本塩釜-松島公園 (現松島海岸) が開業。
1928) 宮城電鉄 松島公園-石巻の開業をもって全通。
1944) 宮城電鉄を国鉄仙石線として移管。陸前山王-品井沼で貨物専用の海岸新線が開業。
1956) 海岸新線にて塩釜、新松島 (現松島) の二駅が開業。
1962) 海岸新線の複線化に伴い、「山線」 利府-品井沼を段階的に廃止。
1965) 仙台-盛岡が電化。
1978) 利府支線が電化。

……… と、仙台市北部の話題が、いつの間にか利府町の話題に転化してしまいました。

[7433] YSKさん
>真っ白な浅間山や男体山がきれいに青空に映えてきれいです。
>遠くを望むと、新潟・群馬県境の雪山の列も、はっきりと見えます。
実に羨ましい限り。水戸でも、冬の晴天日なら日光男体山は辛うじて見えますけどね。
[8052] 2003年 1月 22日(水)18:37:01ケン(地理好き) さん
八王子市の現状
八王子市の現状を見ても行政でも財政難であり、商業面では立川市や町田市などに奪われ、市内でも南大沢地区などに郊外型店が進出し、八王子駅周辺の中心市街地は厳しいようです。
八王子市では駅南口や八日町の再開発により中心市街地の活性化を進めようとしています。
市内各駅からは各大学行きのバスも多いです。
八王子市は50万都市でありながらそういう雰囲気がしません。
ほかの多摩地区の市のほうが都会的な感じがします。
八王子市も高尾山や陣馬山や夕焼け小焼けふれあいの里などの観光施設もあります。
現在多摩ニュータウンやみなみ野地区などで開発も進んでいます。
八王子市では毎年夏に八王子まつり、秋にいちょう祭り、冬に駅伝大会が行われています。
八王子市でも他の市を見習うところがあります。
[8156] 2003年 1月 24日(金)23:59:00【1】ニジェガロージェッツ さん
須磨アルプス
[8143]TNさん
それから、神戸市須磨区はニジェガロージェッツ さんも「須磨本区、北須磨」と仰ってましたが、地図上でも山を挟んで全く別の街の風情ですね。私的にはグリーンベルトとしての価値を高く評価したいです。
ところで、須磨区は元々須磨町という1つの町だったようですね。
http://www.city.kobe.jp/cityoffice/33/hensen/(神戸市域の変遷)
【沿革】
神戸市須磨区を南北に分断する六甲山系西端を形成する一連の山々ですが、通称「須磨アルプス」と呼ばれています。
西の一ノ谷海岸から、鉢伏山248m、旗振山253m、鉄拐山237m、高倉山291m、栂ノ尾山274m、横尾山312m、東山253mと続き妙法寺川まで続き、長田区の高取山330mに対峙しています。
総じて低山ながらも山容は急峻で一部は風化で岩山が露出して崖を形成しています。アルプスと呼ばれる所以です。
この山脈の南側一帯が一般に「須磨」と呼ばれる地域です。冬場の北風も須磨アルプスの山容に遮られ、昔から温暖な所と言われてきました。
明治初期にはこの山脈南側に西須磨村、東須磨村、大手村、板宿村、西代村、池田村が存在し、北側には多井畑村、妙法寺村、車村、白川村が存在し、1889(明治22)年一旦この10村が合併し「八部郡(やたべぐん)須磨村」となりましたが、1896年に東隣の林田村が神戸市に編入されるのに合わせ、須磨村東端の池田村が神戸市に入り(このとき同時に八部郡は兎原郡とともに武庫郡に吸収)、残りの9村で1912(明治45)年に須磨町に昇格しましたが、1920(大正9)年には全域が神戸市に編入されました。
神戸市編入後、市街地化は急速に進みましたが、山脈に沿った一帯は海を見下ろす風光明媚な別荘地として関西各地の富豪が豪邸を構えるようになりました。
1945(昭和20)年に東隣の林田区が長田区に改組された際に旧西代村の区域が長田区に組み込まれ、現在の須磨区の区域がほぼ確定しました。
当時の市街地は須磨アルプスの南側に限られ、北側は丘陵地帯の合間に農村集落があるだけの長閑な山村でしたが、1960年代以降は新市街地の造成工事で北側の丘陵地帯の様相は一変します。須磨アルプスを構成する須磨の主峰高倉山も切り崩されポートアイランドに化けてしまいました(須磨の住民の一部は、あの埋立島を「高倉島」と名づけるべきであったと主張)。
須磨区北部の丘陵地帯が本格的に「須磨ニュータウン」として市街化したのは1977(昭和52)年以降のことです。
この年、正確には1977年6月6日、垂水区に属していた名谷団地造成地が新たに須磨区に編入され、区は行政上、本区(西須磨、東須磨、大手、板宿、多井畑)と北須磨(妙法寺、車、白川および名谷団地造成地)に分割されました。

【現状】
須磨アルプスを越える南北道路は西須磨の離宮公園(旧武庫離宮)から高倉台(旧高倉山跡地)をこえて須磨ニュータウンに至る県道65号「神戸加古川姫路線」及び、板宿から妙法寺川沿いに北上する県道22号「神戸三木線」の2本しかありません。このうち県道22号は地形上、片側1車線で幅員も狭く、交差点には右折レーンすら存在しない欠陥道路です。
また、須磨アルプスを越えて西の垂水区に出る道路は自動車専用有料道路「第二神明道路」以外には海沿いの国道2号線と、そのやや山側(北側)を平行して走る県道21号「神戸明石線、通称・旧神明」の2本だけです。
先の震災では須磨区本区以西の神戸旧市街地が壊滅的被害を出したのに対し、須磨アルプス以北、以西の北須磨、垂水区では外見上ほぼ無傷の状況でした。
このため、この須磨アルプスは被災地と被災を免れた地域とを隔てる「ベルリンの壁」的存在でした。この「壁」には先に申しました通り、4本の穴しか開いておりません。壁の「向こう側」の北須磨、垂水、西区および東播各市の住宅地から神戸に向かう、または神戸から出る車の列はこの山脈で遮断され、その渋滞の長さは想像に難くないと存じます。
現在でもその地理的状況には変化が無く、通勤ラッシュの車の列は・・・悲惨です。
もちろん、TNさんお感じのように須磨の「一大グリーンベルト」としての役割は大きく、須磨の宝でもあります。「須磨アルプス」というネーミングも区民の愛着から出た愛称でしょう。須磨の街にあの山容が無ければ味気なく、風情もありません。

【将来】
現在、須磨区には新たに2本の高速道路が建設または計画中です。
1本目は長田区西代から高取山を打貫いて、欠陥道路・県道22号に並行して北上して阪神高速7号「北神戸線」に接続する「阪神高速神戸山手線」で、今春にも開通予定です。しかし500円?う~~ん。
2本目は阪神高速5号「湾岸線」の六甲アイランド以西の延伸で、須磨では海岸を地下トンネルで抜け、第二神明と本四道路が交差するあたりに接続するものです。
須磨区の南北人口比較では、
調査年\人口須磨本区北須磨須磨区全体
1977.10.197,52536,510134,035
1980.10.191,86363,820155,683
1985.10.186,22295,746181,968
1990.10.181,748106,371188,119
1995.10.163,255113,252176,507
2000.10.170,016104,040174,056
2003. 1.171,698102,061173,759
1980年代初期には神戸市の人口増加の大部分を引き受けていた観のある北須磨ですが、震災後は明らかに人の流れが変わっています。震災後の郊外からの人口流出は垂水区、北区でも見受けられます。
北須磨支所創設当初は将来的に人口10万人をメドに北須磨分区も構想としてあったようですが、須磨本区の人口減もあり見送られてきました。更に近年は北須磨そのものからの人口減もあり、将来的にも須磨区の分区計画は有り得ないでしょう。
一方、北区の方は鈴蘭台を中心とした本区(旧八部郡山田村)とそれ以外の北神地区(旧播磨国美嚢郡に属した上淡河村、淡河村以外は全て摂津国有馬郡)に分区する計画が20年来の懸案としてあります。
[8974] 2003年 2月 9日(日)14:31:19ごろごろ さん
千葉県探訪
[8942]YSKさん
広大な大地上には、大規模なニュータウンとそれに付随する商業施設等が開発されています。
千葉ニュータウンは、開発が著しい地域ですね。北総開発鉄道も国道464号も近年になってから新しく作られたものです。道路なども、新しく快適だったのではないでしょうか。

ただ、車が多いのは・・・、やむを得ない話ではありますが・・・
そうですね。成田街道(国道296号線)は船橋市からにかけて交通量が多い道ですから・・・。

[8959][8960]YSKさん
現在では京成線や総武線沿線を中心に住宅地が開発されて、首都圏の住宅都市としての性格を強めつつあるように思われますが、その中においても、城下町としての伝統を随所に感じさせる、歴史のエッセンスいっぱいの、情緒豊かなまちでした。
興味深く拝見させていただきました。住宅地が進んでいますが、これからもこの貴重な文化財を大切にしてほしいですね。千葉県北西部の地域は住宅地化が著しい地域ですが、こういった歴史がある街があると大変貴重ですね。都市化や住宅地化が進む現在でも進む現在でも、何十年もかけてつくった文化を大切にしてほしいと思います。
[8989] 2003年 2月 9日(日)22:03:52地理好きのケン さん
佐倉・木下
グリグリさんは佐倉市に住んでいますね。
佐倉、木下、布佐、臼井は都市化の進む中で古いものが残っていますね。
佐倉はいかにも城下町らしい雰囲気がします。佐倉市でいちばん近代的なのはユーカリが丘地区です。
印西市はニュータウン地区は近代的な雰囲気ですが、木下は河港で栄え、古い町並みが残っています。
佐倉は明治の一時期は印旛県の県庁所在地(予定地)でした。現在は印旛支庁の所在地で、明治時代は印旛郡の郡役所所在地でした。
[9738] 2003年 2月 24日(月)19:05:59まがみ さん
北大阪急行電鉄の話題
[9728]雑魚 さん
ところで江坂には、大阪市交との管轄境界となる必然性があるのでしょうか?
当初、新大阪から千里中央まで、大阪市が建設予定でした。しかし、新大阪から北上すると、東三国と江坂の間で神崎川を越え、大阪市域外へ出てしまうのです(江坂は吹田市)。そこで、色々な問題が生じてしまいました。

まず、この付近をテリトリーとする阪急電鉄(当時は京阪神急行電鉄)の存在がありました。千里ニュータウンのど真ん中を地下鉄が貫通すれば、梅田へも本町へも難波へも直通できるということで、阪急千里線の乗客が減ってしまうのではないか、と阪急側は危惧したわけです。もっとも、はっきり言わせて貰えば、千里線はカーブが多すぎてスピードが遅いですが。

大阪市にしても、市域内にまだまだ交通不便なところがあるにもかかわらず、大阪市から遠く離れた千里ニュータウンへ路線を延ばすことは、市民感情に配慮すると難しい、という事情があったようです。現在でも、此花区・西淀川区・東淀川区には地下鉄が走っておらず、大正区も区の北端をかすっているに過ぎません(此花区や大正区といえば市内でも最も多くの市バス路線が輻輳している区です)。もっとも、最近では、大阪市営地下鉄の利用者の7割は大阪市民ではないという統計結果もありますが。

また、当時は市営地下鉄が市域外を建設する場合、府からの補助金が出ない制度になっていたようで、このことも大阪市が建設したくない理由になったと思われます。千里ニュータウンの開発をしたのは大阪府(と日本住宅公団)でしたので、そこへのアクセス鉄道の建設資金は府が出すべき、という考えもあったのでしょう。

ところで、御堂筋線の東三国~江坂は、大阪市営地下鉄で最も駅間距離が長い区間です(2.0km)。江坂は現在、ビジネス街としてそれなりの発展を遂げています(あちこちに空き地があったりもしますが)。江坂駅自体は島式ホーム1面2線で、左右を新御堂筋(国道423号)に挟まれ、早朝深夜を除くと折り返し列車も無いということで、何の変哲も無い途中駅です。知らなければ、ここで会社が変わるとは思いません。


--------以下は資料編--------

北大阪急行電鉄株式会社
阪急が50%、大阪府が25%、他に関西電力や大阪ガスなどが出資する第三セクター。しかし、大阪市・豊中市・吹田市とも出資していません。電車の車体に(阪急と同じ色の)マルーン色の帯が巻いてあったり、車内が木目調だったりするので、阪急系列の会社だとわかります。

府からの補助金
大阪府土木部交通政策室の「大阪市地下鉄建設費補助金」というもので、1972年から開始されました。大阪市が、市域外に地下鉄を建設する場合に補助金を出すものです。ちなみに大阪市営地下鉄は、吹田市・守口市・門真市・東大阪市・八尾市・堺市に路線を伸ばしています。
[9761] 2003年 2月 25日(火)00:09:37まがみ さん
都営新宿線・本八幡駅
[9742]雑魚 さん
千葉県域に少しかかる都営新宿線の場合は、
本八幡における JRとの接続を第一義に考える意味合いが強いのでしょうか。
本八幡駅は都営地下鉄唯一の千葉県内にある駅ですね。1989年3月19日に開業しました。本八幡の一駅手前の篠崎まではその3年前に開業していましたから、やはり都営なり市営なりの鉄道がその区域外へ路線を延長するのは面倒なようです。かといって、篠崎で折り返すのも中途半端、ということで、JR(および京成)との連絡が見込める本八幡まで一括して開業させるのが得策とみたのでしょう。

この路線は、1972年の都市交通審議会答申「東京10号線」として、橋本~新宿~本八幡~鎌ヶ谷地区~小室~印旛地区に至る路線として位置付けられました。本八幡から小室までは千葉県が鉄道事業免許を保有しており、開業すれば千葉県営鉄道となる予定でした。しかし、千葉ニュータウンへの足としては北総開発鉄道もあり、また、千葉ニュータウンそのものの開発が思うように行かず、結局、建設されませんでした(昨年、公共事業見直しの一環として事業廃止を決定)。

ですから、本来は都営新宿線は本八幡でプッツリ切れてしまうものではなくて、千葉ニュータウンと多摩ニュータウンを結ぶ幹線になるはずでした。そのため、岩本町、瑞江の両駅は地下鉄にもかかわらず追い越しができる構造になっています(実際に追い越し運転をしています)。本八幡の駅も、終端駅らしくなく、延長しそうな雰囲気になっています。

で、結局 建設されないのかと思ったら、新鎌ヶ谷までは第三セクターによって建設する方針だとか(実際に工事をしているわけではありませんが、検討するようです)。北総開発鉄道も、印旛日本医大から成田空港までの延長計画があるようですね。

ところで、[9727]あたりで北大阪急行の運賃が安いという話題が出ましたが、逆に運賃が高いところとして有名なのが北総開発鉄道と東葉高速鉄道。最初は東葉高速の方が高かったのですが、北総が値上げしたので現在は北総のほうが若干高め。
[10158] 2003年 3月 2日(日)01:48:50まがみ さん
コモアしおつ
[10154]touhemboku さん
私が地図を広げるとそこには「コモアしおつ」という名が。
「コモアしおつ」というニュータウンですね。JR四方津駅から斜行エレベーターで上っていくと、雲の上に浮いたようなところに突如 町が出現するとか(私はまだ行ったことがないですが)
少し調べたところ、
 総面積 約80万平方メートル
 計画総戸数 1610戸
 計画人口 約6000人
 所在地 上野原町コモアしおつ
 開発初年 1991年
宮崎駿監督の映画「千と千尋の神隠し」の冒頭で(このとき異界に迷い込むところから物語が始まるのですが)、一家が引っ越してきた町のモデルではないか、ということで有名になったところです。
[10817] 2003年 3月 9日(日)09:09:31白桃 さん
千葉ニュータウンの終焉?
印西市が2月1日現在の推計人口で6万人を割りました。印旛村もここんとこ減少傾向にあります。
ミッキーやドナルドも国勢調査人口に数えられている(小中学生の方、信じてはいけませんよ!)浦安市在住の白桃には他県ごとのようでよくわからないのですが、東京都心部の地価下落に加えて新都市(ニュータウン)での社会インフラ整備の遅れも人口減少原因になっているのでは?
[10829] 2003年 3月 9日(日)10:59:34地理好きのケン さん
千葉ニュータウン
千葉ニュータウンの開発の出遅れなどで、印西市や印旛村の人口が減少していますが、成田高速鉄道が開業すれば空港関係者が居住し、整備も進み、再び人口が増加するかもしれません。
浦安市はますます人口が増加してます。
[11312] 2003年 3月 16日(日)18:45:50special-week さん
ニュータウン
[11310]
えっす様

洛西ニュータウンの人の利用を目的に出来た駅なのですが

ニュータウンを対象にできた駅。そうだったんですか。開業したのはしっていたのですが、不勉強でした。ちなみに隣駅との駅間はどのぐらいあるのでしょう?
 4万人のニュータウンとのことですが、規模としてはそれほど大きいものなんでしょうか。ニュータウンは一気に人口が増えるけど、同じ年代の世帯が入居するため高齢化すると全世帯が高齢者になってしまうという問題が起きています。ニュータウンも考え方によっては問題です。
 もともとニュータウンというのは、高度経済成長時代に持ち家を基礎財産とするような感覚で持ち家ブーム(って言っていいのかどうか)によって開発が始まりました。ニュータウンの登場で、一般家庭でも持ち家が持てるようになったのです。
 しかし諸外国を見ますと持ち家にこだわりがあるのは日本人の特有です。
 どうしてそんなに持ち家にこだわるのか?賃貸ではいかんのか?外国人には不思議のようです。もちろん、日本には日本の事情がありますからそんなことはどうでもいいのですが、京都の風光明媚なまちに無味乾燥なニュータウンが誕生するというのもどうなんだろうかと私は考えてしまいます。ニュータウンの歴史を紐解けば、3世帯で住まなくなった社会背景があるわけですが、ちょっと悲しいですね。おじいちゃん、おばあちゃんの昔話を聞くのもいいものなのですが。そういった光景は今や昔の話になりつつありますね。
[11316] 2003年 3月 16日(日)19:14:55えっす さん
洛西ニュータウン
[11312]special-weekさん
ニュータウンを対象にできた駅
正確には洛西ニュータウンと桂駅南部の人たちみたいです。
予想乗降客数は多分1万数千人だったと思います。
規模としてはそれほど大きいものなんでしょうか
なんとなくニュータウンの人口を少し調査
多摩ニュータウン東京都八王子市ほか約18万人
千里ニュータウン大阪府吹田市ほか約9万人
洛西ニュータウン京都府京都市西京区約4万人
データが確かかは不明ですが。
[11328] 2003年 3月 17日(月)00:37:55【1】まがみ さん
洛西口駅・洛西ニュータウン
[11312]special-week さん
ちなみに隣駅との駅間はどのぐらいあるのでしょう?
洛西口駅は阪急電鉄30年ぶりの新駅ということで、桂~東向日の両駅間に新設されました。
桂~洛西口1.7km
洛西口~東向日1.3km
阪急京都線は、全線にわたってJR東海道線と並行しており、JRの輸送改善に伴ってじりじりと利用客が減少しているという苦しい状況にあるのですが(特に大阪方ではJRの方が安い・早い・本数多いと3拍子揃っており、阪急はかなり厳しい)、京都方の長岡京市・西京区・右京区あたりは、JRまでの距離が比較的離れていることや、洛西ニュータウンの開発などで人口が増えている地域にあり、阪急電鉄としてもこの付近の輸送力強化に努めているようです。事実、2001年のダイヤ改正で、桂駅(西京区)には朝ラッシュ時の一部の電車を除くすべての電車が停車するようになりましたし、長岡天神駅(長岡京市)も特急停車駅に昇格しました。

洛西口駅の開業で、同駅と洛西ニュータウンを結ぶバス路線も充実化されました。京都市交通局のほか、阪急バス、京都交通、ヤサカバスの4社が運行しています。

この洛西ニュータウンですが、京都市内では向島ニュータウン(伏見区)と並ぶ大規模な住宅団地で、右京区大原野、大枝の両地区に、総面積274ヘクタール、計画人口40900人のニュータウンとして1969年から開発されました。1972年から順次完成、入居が始まりました。洛西ニュータウンのある大原野は、もともと竹の産地として有名だったところで、現在は「洛西竹林公園」として一部が残っています。

洛西ニュータウンは、概ね中心付近に集合住宅を、その周辺に一戸建て住宅を配し、バスターミナルなどがある中心部には西京区役所洛西支所、洛西郵便局、洛西高島屋(百貨店)などがあります。洛西ニュータウンは当初、右京区の一部に属していましたが、ニュータウン造成に伴う人口増加を受け、1976年10月1日には西京区として分離しました。

洛西ニュータウン自体の開発はほぼ終了していますが、引き続きその北側に桂坂ニュータウンが造成されています。こちらは1983年から順次開発されていますが、実際に行ってみた感じでは(2001年11月頃)、まだ空き地が目立つなど開発途上にあるといえそうです。

西京区の年少人口比率(15歳未満)は15.7%、生産年齢人口(15~64歳)は70.2%で、ともに市内の11区の中で最も高い構成比を示しています。逆に老年人口(65歳以上)は14.1%と、最も低い値となっています。高齢化率が低いという点にニュータウンの影響力が現れているといえますが、[11312]で指摘されているように、ニュータウンは年齢層の分散が比較的小さいですので、今後は急速に高齢化が進むのではないでしょうか。

※人口データ出所:京都市役所HP、2003年1月1日現在
[15955] 2003年 5月 26日(月)15:16:08スナフキん さん
板倉町のこと
[15943]雑魚さん
自治医科大に進学した友人は、週末によく散策で訪れたそうで、今や地元では憩いの場という雰囲気が強いそうですね。
という雰囲気になった歴史は意外に浅いですね。そもそも、「渡良瀬遊水池」の一部を締め切り堤防で区切って(愛称)「谷中湖」として整備したのも、竣工が手元のデータベースでは1991年4月とあります。

東武日光線の 「快速」 は相当の速達性を伴い、その停車の有無で駅の格付けが何となく見えます。
その中でもひときわ怪しい(?)のが「新大平下」ですが、ここは格付けや利用者数云々よりもむしろ、伝統的に運転上の都合から停車せざるを得なかったという気もしますね。確かつい最近まで、浅草を出た快速が特急に追いかけられ、新栃木まで逃げ切ることができずやむなく新大平下で待ち合わせ、というダイヤがかなり長いこと続いていたと思います。今では日光・鬼怒川への入れ込み客数の減少に伴い、スペーシアも減便されて上記のような現象はほとんどないと思いますが。

大学前というだけで快速停車駅となり得るだけの必然性があるのか、あるいは板倉町に何か拠点性があるのか、はたまた上記遊水地の観光拠点として位置付けられたのか、興味を覚えるところです。
建前上は、群馬県が建設主体となって開発した「板倉ニュータウン」の利便性を確保するための停車、だったと思います。大学も設置されるし、宅地も分譲されるし、駅作って速達列車を止めれば需要は必ずありますよ、みたいな、群馬県から東武鉄道に対して圧力がかけられたであろう事は容易に想像がつきますが(確か駅の設置資金の一部も、県が負担しているはず)、フタを開けてみれば計画の通り順調に利用者が伸びているという状況にはほど遠いようです。「板倉ニュータウン」のホームページというのもあってちょろっと見てみましたが、随所にある写真画像はいずれも空き地が目立つものばかり。宅地の分譲はうまくいっているようにはとても見えません。周辺の景観はともかく、駅の様子などはかなり、手前にある「南栗橋」と印象がだぶりますね。

このホームページ、こちらが気後れして恥ずかしくなるくらいの誇大広告が掲載されていました。「都心から60km圏内好立地、快適アクセス」とあり、同心円が書かれています。確かに距離で言うなら成田・土浦・青梅とくれば近いようにも思えますがしかし、列車本数がデータイム時間当たり3本、うち速達1本では…至便ですかねぇ(苦笑)。車も「館林ICからすぐ」は納得しますけど、「広域幹線道路が整備、高崎へのアクセスも良好」は、ちょっと言い過ぎだよなあ、という気がします。
[15982] 2003年 5月 26日(月)21:20:44あっちゃん さん
団地団地団地団地団地浴フレッシュ!フレッシュ!(CMの改造版です
団地、いいですねぇ~!おほほほほ(壊)
大阪府茨木市と箕面市にまたがる山間部に今「彩都」とかいうニュータウン?らしきものを
つくろうという大プロジェクトが進んでいるそうです。詳しくは→http://www.e3110.com/
千里ニュータウンの方からモノレールも作っちゃうそうです。こりゃすごい・・・。

*レスしなくてすみません!あと昨日もうあまり来れませんとか言っときながら
 来ちゃってすみません!本当にゴメンナサイ。
[16379] 2003年 6月 6日(金)22:57:53BANDALGOM[月の輪熊] さん
内守谷ニュータウン
[16326]雑魚さん
「つくば EXP.」 の開業に伴い、常総線沿線において首都圏の ベッド・タウン化がある程度北上する場合、水海道市や石下町でどの様な事になるのか、以前仕事で同地域を歩いた事がある手前、関心を持つところです。
水海道市は10年ほど前、人口が隣接する守谷町(当時)に追い越され、その後も停滞・微減状態にありますが、市街化区域内の農地の宅地並み課税が実施されていますね。
「3大都市圏」の特定市が対象になっているこの制度は、茨城県ではほかに取手市・龍ヶ崎市・牛久市・守谷市・岩井市が対象になっていますが。

水海道市も守谷市・谷和原村に隣接した内守谷地区は「常総ニュータウン」の開発地区になっていますが、守谷・谷和原(小絹)での入居が進む中で、分譲の情報が全く入ってこないのは、もしかして内守谷地区は住宅地区ではなく工業地区だからではないか、と思っていました。
竜ヶ崎ニュータウンも住宅地区の「北竜台」「龍ヶ岡」と、「つくばの里工業団地」からなっていますし。

しかしその予想は外れ、6年前に一言主神社に行った際、工業団地に隣接したところで大掛かりに宅地造成を行っていたのですが、その後一体どうなっているのかは?です。
国勢調査の結果を見る限り、水海道市の人口増に貢献してもいないようですし。
しかし、これが「つくば EXP.」開業後にはどうなるか、注目していきたいところですね。
石下町については、バブルの時代ならともかく、ここまで通勤圏が拡大することもないのではないかと見ていますが。

この地形的な断絶性ゆえに、国分市や加治木町が、県都とは一線を画した独自の要衝性を持つ事になる訳ですね。
鹿児島市が中核市に指定された当時、鹿児島商工会議所では国分市から串木野市までの市町村を合併して政令指定都市にする構想をぶち上げたようです。
確かにこの地域の人口を足し算すれば政令市になれますが、鹿児島市と姶良町の間の「地形的な断絶性」のため、私は最初から無理な構想ではないかと考えていました。
案の定、その後は全く動きはありませんね。

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