都道府県市区町村 > 落書き帳 >このページの最後へ ▼

落書き帳


← [58700] 〜 [58799] [58600] 〜 [58699] [58500] 〜 [58599] →

[58699] 2007 年 5 月 27 日 (日) 03:40:36【5】 EMM さん
 動かせざる事山の如し

[58667][58691] hiroroじゃけぇさん

一山の重さってどれだけあるんでしょう?
とりあえずモデル的な話で考えてみます。
ウオッちずで早明浦ダムを見ると、真ん中の島は湖面から上に出ているのがだいたい20m、島の南北が100mくらい・東西が50mぐらい…で書かれています。
となれば三角錐で考えた方がよいのですが、面倒くさいので高さ20m・底面の直径75mの円錐と仮定します。
さて、水面より下も同じ調子で続くとなると…ダム湖の水深が書いてないので、島のてっぺんが海抜343m・ダムから流れ出ている吉野川の海抜がだいたい250mと言うところからその差を円錐のだいたいの高さと考えて、高さ約90m・底面の直径約330mの円錐形の塊と仮定できます。
このモデル円錐の容積の計算式は1/3×π×165^2×90となり、おおよそ2565000立方メートルとなります。
土の重量は土質などによって変わりますが、仮に1立方メートルあたり2トンと仮定すると「早明浦ダムの島」一山の重さは推定で500万トン以上ある、と言うことになります。
10トンダンプで50万台分以上の土、「どうやって運ぶか」「どこに運ぶか」「運べたとして、いくらかかる?」というところが問題となるでしょう。

もう一つ問題となるとすれば、「山は単純な土の塊ではない」と言うことでしょうか。
地面は表面から順に土を掘り返していくと、やがて硬い層に行き当たります。
どれくらいの深さにあるか、どれくらいの硬さかはその場所の条件によって変わりますが、上に重いものがあれば当然硬くなります。
たとえば、畑を何回もトラクターで耕していると、「本来の硬い層」と「耕されている層」の間に新たに硬い層が形成されることがあります。(ちなみにこれを耕盤と言います)
重さ数トンのトラクターでさえこれですから、数百万トンの重石でじっくりこっくり押し固められると…そう、山の中心というのは「結構な大きさの硬い岩」と言うことになります。
(おまけに、水没しているとなると更に水の重量が乗っかりますから、更に押し固められている可能性大)
真ん中は多分爆破しないと崩せないでしょう。どれだけ爆薬が必要か…

…と、こう言った風に考えて行くと、
その近くにある、ダム湖内の島?のような部分を取り除けば、
と言うことはそうおいそれとできることではないのであります。
なので、島ができようが何だろうがそのまま水を溜めるんでしょうね。

#ちなみに、先ほどの「モデル円錐」の概算容積は2565000立方メートルですが、そのうち水中にあるのは2535000立方メートルぐらいと言う計算になります。
国土交通省ダム諸量データベースによると、早明浦ダムの平成17年度の有効貯水容量は289000000立方メートルだそうです。
となると島を湖底まで丸々削れたとしても増える容量は0.9%だけと言うことに…これを多いと考えるべきか、少ないと考えるべきか。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

[58693] futsunoおじさん

「堆積土砂の浚渫」は実施されているところはありますが、それで完全再生…と言うような話は聞かないですね。
「使用する機械の処理量と溜まっている土砂の量との兼ね合い(溜まる方が多ければ焼け石に水)」とか「対費用効果」とか「土砂の『捨て場』をどうするか」とかがネックになっているのかもしれません。
ちなみに、
なお溜まった土砂をダムの水門を開けて押し流すシステムもあるようです。 黒四ダムが数年おきに行うようですが、
については、黒部川の話には違いないのですが、黒四ダムではなく出し平ダム宇奈月ダムで実施されています。
これらのダムには全国で初となる「排砂専用のゲート」がダムの下部に設けられており、今後のダム建設に応用可能かを検討するため実験的に(とは言っても定期的に)排砂が行われています。
が、ダムから流れでるのはヘドロを含んだ真っ黒けの土砂で、黒部川での内水面漁業はもちろん、富山湾の沿岸漁業にも影響が出ており、一部の漁民から排砂差し止めを求める訴訟を起こされています。


#前々から思ってるのが「中国の三峡ダムってすぐ埋まりそう」と言うこと…

[58698] 2007 年 5 月 27 日 (日) 03:28:49【1】 k-ace さん
 散漫なレス

こんばんは、k-aceです。
「疎水」コレクション収集開始いたしましたが、まだまだリリースまでには時間がかかりそうです…(ちょびちょび作業を進めるつもりです)。

[58635] hmt さん
毎年5月と10月に「神田川船の会」という催しが募集されており、客船も通ることもわかりました。
あ、客船もあったんですね…(つい、「だけ」と勝手に断定してしまった私…)。すみません。

[58645] たもっち さん
#ちなみに、この「長久保」、年号コレクションに載っていました。
ご紹介ありがとうございます。「長久」と「長久保」、関係ないのは三重三重(見え見え)ですが、読み方違いの部分一致だろうが採用という激広(大甘?)基準でやっているので、「年号」コレクションに「長久保」があるんです。

[58648] hiroroじゃけぇ さん
岡山駅前の噴水
そういえば、噴水の周りでしたっけ。岡山県内の各市町村(ただし平成の大合併前)が書かれているの(間違っていたらすみません)。

[58673] inakanomozart さん
「××市×区××町×丁目」
inakanomozart さんの書き込みなので、静岡市葵区のどこかのような気もするのですが、一瞬とあるところを想像してしまいました(たぶん「とあるところ」のことではないとは思いますけど…)。

[58503] 稚拙 さん
[58506]でも書きましたが、どの教科書に本サイトのURLが載っているのか、詳細教えてください。

[58697] 2007 年 5 月 27 日 (日) 03:19:30【2】 みやこ♂ さん
 ますます充実「三山」コレクション など

う〜む,それにしてもいつから埼玉をサイタマと読むようになったのでしょう。埼玉開拓が明治14年に拓かれたときは,まだサキタマだったのでしょうか。。。本家がサイタマになったあと,那須野が原にポツリと昔の読み方で遺されているとしたならば,とてもロマンチックなことですけれど。

[58695] むっくん さん
「鴈谷三山」「道谷山三山」のご紹介,ありがとうございます。それから「毛勝三山」の異称のご紹介もありがとうございます。早速反映させますので,少々お待ちくださいませ。
実はご参考にされたという「富山県山名録」,わたくし[30998]で記したように所有しております。しかしっ!!ご紹介いただいた三山には,まったく気づいておりませんでした。わたくし,こういうときの良いことばを存じております。曰く「宝の持ち腐れ」。


また,「(仮)雪渓」コレクションですが,[58604] EMM さん に触発されて,手持ちの「山と高原地図」を何部か広げてみました。すごいのがいましたよ,題して「大雪渓」。それと「雪渓」の文字こそ入らないものの,「大雪城」。
[58636] futsunoおじ さん
雪渓コレクションの編集担当は みやこ♂ さんしか適任者はいませんよねっ!
聞こえないフリ。。。(ん?どこかで見たことがあるフレーズだぞ。。。)

[58696] 2007 年 5 月 27 日 (日) 02:32:14 ぺとぺと さん
 4岡&緑が丘

[58655]いっちゃんさん
上記の「北」「田」の4つはありふれた例なのかもしれませんが、どうなんでしょう?
県名入りですが、2つばかり見つけました。
岡山県笠岡市富岡字富岡
茨城県東茨城郡茨城町大字城之内
あとは面白味に欠けますが、「京都府京都市右京区西京極○○町」や「京都府京都市中京区西ノ京○○町」なんてのもありますね。

[58675]油天神山さん
「町名の○○ヶ丘」コレクションのリリースおめでとうございます。
何を隠そうわたくし「緑が丘」の住人ですので、コレクションで最初に取り上げていただいてちょっぴり嬉しかったりして・・・。
ちなみに、地元を走る神奈中バス(湘南神奈交バス)の行先表示は「緑が丘」ではなく「湘南緑が丘」。不動産会社が湘南ブランドにあやかってつけた分譲地の愛称なのですが、バス乗車の際何となく恥ずかしさを感じてしまうのは私だけ?

[58695] 2007 年 5 月 27 日 (日) 02:02:19【3】 むっくん さん
 埼玉&黄砂&「三山」コレクション&「高原」コレクション

[58659]geoさん
[58661]じゃごたろさん
[58662]hmtさん
[58665]みやこ♂さん
フォローありがとうございます。やはり、以前に話題となっていたのですね。もう少し丁寧に記事検索で調べるべきでした。
それにしても今でも、“埼玉”を“さきたま”と読むなんて。。。地名の読みは難しいですね!
#私のようなおっちょこちょいにとっては、アーカイブズの種類は多い方がよいものと思われます。

[58691]hiroroじゃけぇさん
「黄砂」頻発の原因は中国の発展とのこと
遊牧民が先祖から伝えられてきた「草原を耕してはいけない」という言い伝えを破って草原を農地化したために、砂漠化した草原が増えたことも一つの要因ですね。
このことは最近の素敵な宇宙船地球号というテレビ番組でも紹介されていました。
ちびちびと「砂」を輸出してくれてありがとう。
などという軽い話ではなく、韓国では黄毒として恐れられています(汚染物質が付着した黄砂を吸い込むことで気管支炎が多発しています)。近い将来日本でも黄毒として恐れられる日が来るものと思われます。
#ちなみに江戸時代の記録にはピンクの黄砂が見られたとの記録が残っています。また、遠く離れたグリーンランドでも黄砂が見つかっています。


>みやこ♂さん

富山県山名録(桂書房)を読んでいて「三山」コレクションに未収録の三山が掲載されていましたので報告します。いずれも場所は富山県らしいです。

・鴈谷三山(南保富士(なんぼふじ)、二王平峰(におうだいらみね)、鴈谷峰(がんだんみね))(富山県下新川郡朝日町?)
・道谷山三山(前道谷、中道谷、奥道谷)

また、毛勝三山(富山県)は片貝三山、小黒部三山とも言うと記載されていました。

参考:見つけよう感じよう富山の自然バーチャルトレッキング


>今川焼さん

「高原」コレクションに下記のコレクションはいかがでしょうか。
たいら道谷(どうだん)高原(富山県南砺市)

参照:富山県農林水産部森林政策課

[58694] 2007 年 5 月 27 日 (日) 02:02:10【4】 むっくん さん
 地元民レス

[58616]なな さん
生八ツ橋を作り
修学旅行の体験学習としては定番ですが、お嫌いだったとは。。。
[57905]のななさんの書き込みの後に気を利かせて定番の体験学習スポットを紹介すべきでしたか。今回の件で京都を嫌いにならないで下さいね。

次に京都に来られた際には、茶道や京象嵌京七宝など他の体験もされてはいかがでしょうか。『清水坂ガラス館』でのストラップ作りは個人的にお薦めです。

その琵琶湖にそびえたつホテルに泊まってきました。
日本一!ってカンジはしなかったのですが、それなりに大きいですね
おそらく見たのが南湖(琵琶湖の南側)だったのでそのように感じられたのでしょう。北湖(琵琶湖の北側)を見ると日本一であると実感されると思います。
もっとも私が中国の方を招待したとき、琵琶湖のことを「大きい川みたいですね」といわれ、その方が以前住んでおられた長江の下流域での川幅は凄いんだなと思ったとか思わなかったとか。。。

#そのホテルで作られた料理を給食で毎日食べている小学生になりたい、と個人的に思っていたりするのは実は秘密です(笑)。

[58693] 2007 年 5 月 27 日 (日) 01:43:35 futsunoおじ さん
 ダムの話

[58667], [58691] hiroroじゃけぇ さん
いつも、ダムの貯水量が減ると現れる旧・村役場。その近くにある、ダム湖内の島?のような部分を取り除けば、それなりに貯水量が増えるのではと疑問に思っています。なぜ残しているんでしょうね?

 同様に思っているのが、渇水時の湖底の堆積土砂です。その時期に浚渫工事を行えば貯水量が稼げるはずですが、そのような発想は出てこないのでしょうか。(浚渫土砂の持って行き場が、簡単ではないと思いますが。)
 ダムは完成したとたんに土砂の堆積が始まるそうで、国内のダム湖では最大貯水量が公称の半分以下に落ち込んでいるものが、相当数に上るとの話があります(新聞か週刊誌かの記事でした)。 新たなダムを造る費用を、少しでも既存のダム湖のメンテナンスに廻した方が効率が良いと思うのですが、これは素人の考えなのでしょうか。

 なお溜まった土砂をダムの水門を開けて押し流すシステムもあるようです。 黒四ダムが数年おきに行うようですが、その際大量のヘドロが下流の漁場に被害を及ぼす等で問題になっていました(これはテレビ報道でした)。 なぜヘドロになるかというと、上流の森林から流れ着く落ち葉が土砂と共に堆積すると、堆積物の内部では酸欠状態で腐敗が進行せず、どぶ川の堆積物と同じ状態になるという説明だったと記憶してます。


「黄砂」って、なんか喉に入ってくるようで、いつももぞもぞします。

 黄砂には中国の大気汚染物質も含まれて飛んでくるようです。 気をつけてください。
 もうすぐ九州以北でも梅雨入りの季節ですが、雨はほどよく降って欲しいものです。

[58692] 2007 年 5 月 27 日 (日) 01:27:38【1】 EMM さん
 白人小学校&沖縄の地名

[58687] 紅葉橋律乃介さん
ちなみに、「白人」は小学校が現存してます。ちょろっと難しい!?
実は白人小学校は落書き帳上で一度話題に出ています。
その記事は[54226]、書いたのは誰あろう私。

しかし、ケン(地理好き)さんが挙げてくださった沖縄地方のそれは、まったく想像もつきません。これに比べると、なんと北海道の地名が読みやすいか。いや、やっぱり読みづらいのか…。
実は沖縄の地名の読みもある程度法則がありまして、それを頭に置くと「なるほどなぁ」と言うものがほとんどです。
ケン(地理好き)さんのあげられた中で分かりやすいのは、「東」=「あがり」と言うこと。
お日様が上がる方向だから「あがり」。
そして上がったお日様はやがて西に向かい水平線に入っていくから「西」=「いり」。
だから「西表島」は「にしおもてじま」でなくて「いりおもてじま」な訳で。
固有の読みがあるものとしては「城」=「ぐすく」、「門」=「じょう」などがあります。
ほかには
・「あいうえお」は昔のウチナーグチでは「あいういう」
・「む」「ぬ」は母音が無音化して「ん」になる場合がある(特に語尾は顕著。「む」は語の途中だと「う」になる場合もあり)
・「カ行」が「チャ行」に変わる場合がある
・「ハ行」が「バ行」「パ行」に変わる場合がある(ほかの行でもあるようである)
等々あります(沖縄でも地域によって若干変化するようですが)。
これらから考えると、例として上がっている地名はそれぞれ「それらしい」んです。
「保栄茂」は「ほえいも」が訛って「びん」になったと言うのが通説らしいのですが、その途中経過ははっきりしないようです。
しかし、上のことから考えると、「ほえいも」は「ふいぃん」または「ぷいぃん」と読むことになるので、これがさらに縮まって「びん」になったんでは、と考えることができます。
「勢理客」は「ぜりきゃく」→「じいちゃく」→「じっちゃく」といったところでしょうか。
「為」は独特の読み(ひ?)があるのかもしれません。
まぁ、いずれもEMM的には「漢字を見て、読みを聞いて、なるほどと納得した」ものばかりでいきなり見せられると多分読めませんし、法則があるのか無いのか分からないような事例もあるっぽいので、やっぱり難しいことには違いなし。


#名護市から本部町に行くときに県道84号線を通ったのですが、この道の本部町のあたりにはカタカナ名のバス停がいくつかあるんです。
ところが、あとで地図を見てみたら大体の地名は漢字で書いてあるという、北海道の事例と逆のようなことになってます。
次のものはどんな漢字か分かります?

「第1イヤガイ」「第1ウジュン原」「マザキナ」「ヤナジャ」

(漢字表記があるんだか無いんだか分からないバス停もありましたので念のため。本部町の「クカルビ」バス停や今帰仁村の「ウンビ入口」など)

[58691] 2007 年 5 月 27 日 (日) 01:19:03 hiroroじゃけぇ さん
 水源・・・って、気にしたことがない

[58669]N-H さん
水源の一部が「道志村」と答えれる横浜市民はエライ!倉敷市民が「新見市」というのとかなりの違いです。なんてったって、岡山県北は「津山市」と「新見市」しか知られていないですから。大体の南部岡山人は、右が津山、左が新見。その間に蒜山高原という大雑把な地理感覚。そして、偶然にも「新見市」が水源所在地。知らなくてもカンであたっちゃうってことです。生活に欠かせない水源地を知ることも、知識として大切なのかも。

[58674]Issie さん
結局のところ,山1つを取り除く,というのは考えるほど簡単ではない,ということに尽きるのではないかと思います
やっぱり、それに尽きますか。でも、毎年渇水対策で費やす費用と、工業用水が安定しないことでの2次産業の損失を考えてみると、対策を打つのもって思うのですが。ただ、山一個分がどれくらいの水に相当するのかにもよりますね。これ以上ダムが造れないならば、この方法しかないと思うのですが。いっそのこと、関空の埋め立てに使えばよかったのに(笑)

[58677]スナフキん さん
今日の西日本の天気ときたら…これを「黄砂」というのでしょうか? 天気はいいのに、何故か空は白っぽくて、夕陽は妙に黄金色だったりして…。紀伊水道の眺めは、期待していたのに台無しでした(泣)。
「黄砂」って、なんか喉に入ってくるようで、いつももぞもぞします。自分は若干22年生きてきただけですが、こんなに頻繁に「黄砂」を見ていた記憶はありません。しかも、最近は「黄色」というより「白色」がかっているのが多い。さらに、以前より濃い!!「黄砂」は何色であっても「黄砂」だそうですが。さて、「黄砂」頻発の原因は中国の発展とのこと。「黄砂」によって、中国の国土が狭まる代わりに、日本の国土が増える。ってうんなバカなっ(笑)ちびちびと「砂」を輸出してくれてありがとう。でも、今ある陸地に積もっても、標高が上がるだけか。

[58690] 2007 年 5 月 27 日 (日) 01:03:03 牛山牛太郎 さん
 「々」。

みなさま、おばんでございます。

星野彼方さんへ。
偶然カーナビに「新新田西」という地名が映ったので、ひょっとして「新々」の付く地名はあるのかと思い探してみたら、
一件ありましたのでご報告いたします。
新々堀川・・・福岡県中間市中間、です。

宜しくお願いします。

[58689] 2007 年 5 月 27 日 (日) 00:47:51 Issie さん
 米山さんから雲が出た

[58684] hmt さん
相模国の秀峰・大山(おおやま)は、阿夫利(あふり)山=雨降山 とも言い、雨乞いの神様 として有名な存在でした。

以前(1999年夏),こんな写真 をうちのHPのトップページに掲載したことがあります。
相模原市東大沼あたりの住宅地から大山方面を写したのです(確か…)。肝心の大山は住宅に隠れて見えないのですが。
雲の形が面白かったもので。

タイトルは,新潟県柏崎地方の民謡として知られている「三階節」の有名なフレーズですが,唄のとおり,米山も雨乞いの神様 なのですね(仏教系の「お薬師様」ですが,ここは“神仏混交”ということで)。
「ピッカラチャッカラドンガラリン」と音がしてから夕立が来るのは,米山の南西側の頸城平野ではなくて,東側の鯖石平野なんでしょうね。

「三階節」には「お座敷唄」と「野良唄」の2つのバージョンがあるのですが,ここ に収録されている「野良三階節」を聴くと,全国的にはよく知られている「お座敷唄」よりも素朴で古風な感じがして,つまりは,お経を聴いているようで,私はこちらの方が好きです。

[58688] 2007 年 5 月 27 日 (日) 00:18:56 EMM さん
 EMMの地名コレクション編集メモ・第116号

[58675] 油天神山さん
ところで、「その他共通系」に属するコレクションが増えてきましたね(私が増やしてるんですが)。ここらで「町名系」ないしは「町・字系」といった新規カテゴリーを立ててはどうかと思うのですが、いかがでしょうか、EMMさん。
実は半年ほど前から「町名字名系」とかいった感じのカテゴリーを造ろうかな、と画策していました。
では実行に移してこなかったのはなぜかと言うと、ひとえに「3列の長さのバランスの問題」のためなのでした。
しばらく前に一度機会がありましたが、そのときは「町名字名系」を作って移動させなくても「視覚系」を移動させるだけでそれなりにバランスが取れる状態だったのでそっちで済ませてしまいました。
でもまた右の列が伸びてきたので、また検討したいと思ってます。

#私が編集長を拝命したころは大まかに見て地形名2:各種の共通系1ぐらいの比率だったので
3列でそこそこバランスよく並べることができたのですが、ここ最近は共通系の方の伸びが顕著なので「列ごとでの大まかな色分け」が難しくなりつつあります。
前々から「そのうちレイアウトの大幅な変更は必要になってくるだろうな」と言うのは考えてましてなんとなくイメージも描いてましたが、[55842]でグリグリさんが示した「一年の計」の中に
) 地名コレクションの改善
編集体制、編成方針は現状で十分だと考えますが、トップページをより見易く分かり易くそして魅力的にします。
と言うことが挙げられていますから、イメージを整理しておく必要がありますね。

[58687] 2007 年 5 月 26 日 (土) 23:56:26 紅葉橋律乃介 さん
 「はくじん」ではありません

 遅くなってしまいましたが、[58574] の答えです…と、別にわざわざ書かなくても検索すれば出てくるのでしょうが、わたしは上手い検索方法が見つかっていません。

 それはともかく、読み方は様々です。答えを聞いてしまえば<なあんだ>と思うもの(単なる音読み)もあれば、どうしてそう読むのか聞いても分からないものもあります。

 あまり当てにならないヒントとともに、「読み方」を書いてみます。…のあとが適当なヒントでした。


(後志地方)
・発足 「はったり」 …読み方はほんとうです
・梨野舞納 「りやむない」 …やむを得ない
・老古美 「おいこみ」 …締め切り間近

(留萌地方)
・産土 「うぶすな」 …土ではありません

(宗谷地方)
・夕来 「ゆうくる」 …あなたは来ますか?

(十勝地方)
・留真 「るしん」
・旅来 「たびこらい」 …昔の旅?
・長流枝 「おさるし」
・押帯 「おしょっぷ」 …丁寧なお店
・川流布 「かわりゅうふ」
・貴老路 「きろろ」 …リゾート? 歌手?
・鎮錬 「ちんねる」

(釧路地方)
・片無去  「かたむさり」


[58593] 5月21日(月) 09:07:22【1】油天神山さん
ただし「産土(うぶすな)」は(アイヌ語に漢字をむりやり当てはめた可能性は否定し切れませんが)古くからある日本語でして、人や一族の生まれた土地を指します。あるいは「産土神」という言葉の方が一般的かも知れません。これはつまり氏神様のことです(元来は土地の守り神のことで、氏神とは別物だったようですが)。

 ご説明ありがとうございます。実は、由来についてはまったく知りませんでした。
 そう考えると読める人も多い…かも知れませんが、いずれにせよ難読に違いはありません。


[58594] 5月21日(月) 11:04:49 ケン(地理好き)さん
花畔は「ばんなぐろ」、輪厚は「わっつ」と読むみたいです。
沖縄でも勢理客(じっちゃく)、保栄茂(びん)、為又(びいまた)、東江(あがりえ)などがあるみたいです。

 「ばんなぐろ」は変換されますが、「わっつ」は「わあつ」で変換されます。そこで[58585] では
「花畔」は出ますね。「輪厚」はそのままの読みで出てきました。本来の読みではないような…?
 という文章になったのでした。


 上記の“解答”それぞれの地名を見て、読める読めないは別として、北海道で生まれ育ってみると、何となく納得してしまいます。似たような読み(名前)が多いからでしょうか。

 たとえば、「力昼」(りきびる)という地名を知っていると、「濃昼」を「ごきびる」と読むと聞いても納得しますし、「幌」を「ぽろ」だと知っても、それほど<変わった読み方>とは思いません。

 しかし、ケン(地理好き)さんが挙げてくださった沖縄地方のそれは、まったく想像もつきません。これに比べると、なんと北海道の地名が読みやすいか。いや、やっぱり読みづらいのか…。


[58595] 5月21日(月) 13:00:14 第2町人さん
1「ほっそく」ではないだろう、と思う。
2「ほたり」が思い浮かび、なぜそう思ったのか悩む。

 「たり」の時点で「はっ」と気付くべきでしたね(笑)。


[58599] 5月21日(月) 21:06:24 桜トンネルさん
ヒントも、???と意味が分かりません。

 ヒントというのは分かっていて作るものですから、見当がついてないとまったく意味が分からないですね。もっと上手いヒントがあれば….


 ちなみに、「白人」は小学校が現存してます。ちょろっと難しい!?

[58686] 2007 年 5 月 26 日 (土) 23:53:53 EMM さん
 私も「幽霊人口」だった経験あり

[58682] inakanomozartさん
それはともかく、転出届はおおむね2週間前から転出予定で届出ることができます。
一方転入届は、転入後14日以内に届け出ればいいことになっています。
[58681]を書いたあと、「たしかどっちの届も○日以内ってのがあったいな」と言うのをすぐ思い出し、記事訂正で書き足そうとしていたのですが、○日が思い出なくって調べようか…と思った矢先に晩飯の準備で呼ばれたので途中で止まったままになってました。
フォローありがとうございました。

#ふと思ったんですが、住基ネットのシステムが強化されて「転居届もオンラインで相手先の自治体に伝えられる」なんてことになったりする可能性も有るのかな、とか思ったり。
でもそれはそれで何かやだなぁ。

[58685] 2007 年 5 月 26 日 (土) 23:45:19 白桃 さん
 ご参考までに

[58683]小松原ラガー さん
御指摘のように過去記事を捜して見ます。
4月の推計人口がアテにならないのは、エイプリル・フールだから?(笑)
この件に関しては白桃が書き込んだのだけでも[4417][16315][32751][42226]がありますし、中には、ニジェガロージェッツさんの[12405]があります。
[58682]inakanomozart さん
このため公的機関の各種調査などでは、4月1日現在ではなく5月1日現在の人口を記入させるものが大半です。
白桃都市人口研究所は公的機関ではありませんが、5月1日現在の人口を気にかけています。(笑)
ただ、北海道が毎月発表しなくなったので、やっぱり10月1日現在しか無いのかな・・・。

[58684] 2007 年 5 月 26 日 (土) 23:39:23 hmt さん
 Re:横浜市の水源、雨乞いの神様
hmt 横浜2 都市横浜

[58669] N-H さん
横浜市の水道をまかなっている水源のうちどの程度が道志村起源なのかは知りませんが

[34770] hmtでは、“人口が増えた現在では、道志川系統の取水は、全体の10%にもならない状況”と記しました。
これは、横浜の水はどこから で示された全5系統の中に占める「道志川系統」(鮑子取水堰からの取水量)の割合(約9%)です。

参考までに、他の系統は、相模川が津久井湖に入る手前の沼本から取水する相模湖系統が約20%、その先はずっと下流になり、東名高速道路の先・相模大堰から取水する企業団相模川系統の一部が25%、寒川町の馬入川系統が15%で、相模川水系合計で69%(残り 31%は酒匂川水系)となっています。

「道志村起源の水」ということになると、道志川本流の他に、奥相模湖から宮ヶ瀬湖へ流す道志導水路の水、秋山川経由で相模湖へ分ける水もありますから、他の3系統の一部にも含まれる可能性があります。
しかし、
津久井湖(城山ダム)の水は,今や緑色ですからねえ…。([34777] Issie さん)
という状態ですから、下流から取った水の多い水道水の品質は、期待できないのでしょう。

[46257] みかちゅう さん
横浜市では「はまっ子どうし」なるペットボトルの水を100円にて販売しています。

このブランド水は、正真正銘「どうし」村の水源 から取水したもののようです。

[58674] Issie さん
大山の阿夫利神社に雨乞いをしなければ

水道局まかせになっている現代の都市生活は「雨乞い」から遠ざかっていますが、相模国の秀峰・大山(おおやま)は、阿夫利(あふり)山=雨降山 とも言い、雨乞いの神様 として有名な存在でした。大山阿夫利神社由緒

生活に余裕の出た江戸時代になると、江戸から格好の距離にある観光地として、大山詣でが流行しました。落語「大山詣り」 でも、お山の帰りに金沢八景見物という筋立てになっており、信心に名を借りた行楽旅行でした。

落書き帳の記事を振り返ってみると、「上福岡」の人も、「宝暦4(1754)年6月吉日 大山石尊講帳 上福岡村」[19388]という記録を残しています。幕末の外国人遊歩区域[54415]の件にも登場しました。武蔵国南埼玉郡「大相模村」[37519]も、大山寺に関係していました。
国道246の大山街道、東上線の大山駅など、現代の地図にも大山詣で流行の痕跡を残しています。

[58683] 2007 年 5 月 26 日 (土) 23:20:42 小松原ラガー さん
 幽霊国民

小松原ラガーです。

[58681] EMM さん
[58682] inakanomozart さん

早速のコメント有難うございました。やはり一時的に幽霊国民が発生するということが原因のようですね。また、御指摘のように過去記事を捜して見ます。

[58682] 2007 年 5 月 26 日 (土) 22:41:00 inakanomozart さん
 日本人が消える日

[58680] 2007 年 5 月 26 日 (土) 21:52:47   小松原ラガーさん
なぜ3月に減で4月に増なのでしょうか。手続き時期の関係でたまたま3月に「出て行く」手続きだけして、「入ってくる」手続きは4月になってしまっているから?本当でしょうか?(もし、そうなら日本国中で4/1時点の人口が減少し、また5/1で復活するということでしょうか・・・。う〜む、わからない。)
EMMさん御指摘のとおり、以前にも話題になったことがあったような気がします。
それはともかく、転出届はおおむね2週間前から転出予定で届出ることができます。
一方転入届は、転入後14日以内に届け出ればいいことになっています。
たとえ3月31日に転出し、4月1日に新住所地へ転入しても、その日に届け出る人は少ないので、4月1日現在の人口にはカウントされません。
この未届けの人の人口は、全国どこの市町村にもカウントされないため、特に異動が多い4月1日現在の人口は、多くの市町村で人口が減少し、動態調査上では多くの日本人が消えてしまうような形になってしまいます。
このため公的機関の各種調査などでは、4月1日現在ではなく5月1日現在の人口を記入させるものが大半です。

[58681] 2007 年 5 月 26 日 (土) 22:26:45 EMM さん
 全国レベルでの収支勘定を考えてみやう

[58680] 小松原ラガーさん
毎年3月に大幅減、その翌月の4月に大幅アップとなっているのですが、これって何か理由があるのでしょうか。単にサラリーマン・学生の転出・転入・卒業・入学ということなのでしょうか。でも、なぜ3月に減で4月に増なのでしょうか。手続き時期の関係でたまたま3月に「出て行く」手続きだけして、「入ってくる」手続きは4月になってしまっているから?本当でしょうか?(もし、そうなら日本国中で4/1時点の人口が減少し、また5/1で復活するということでしょうか・・・。う〜む、わからない。)
多分過去記事に同じような話題が何回かあるはずです。
私も同じことでハマってます。
要は、「3月に卒業生が別のところに引っ越したあと、4月に新入生が別のところから引っ越してくる」…と言うことですね。
4月1日人事異動の会社や役所も然り。

[58680] 2007 年 5 月 26 日 (土) 21:52:47 小松原ラガー さん
 地元ネタですみません・・・

小松原ラガーです。

神戸市の5/1時点の推計人口が前月比+3,252人の1,530,068人と、恐らく初めて153万人を越えた模様です。本日、自宅に配布された紙媒体の「広報こうべ」で知りましたが、神戸市のサイトも確認しましたが、どうも153万人超は初めての模様です。今年の1月にあと133人までせまったのですが・・・

ただ、ちょっと調べててなぜ?と思うことがあったのですが、神戸市のサイトのこのエクセルの表を見ている限り、震災のあった平成7年は別として毎年3月に大幅減、その翌月の4月に大幅アップとなっているのですが、これって何か理由があるのでしょうか。単にサラリーマン・学生の転出・転入・卒業・入学ということなのでしょうか。でも、なぜ3月に減で4月に増なのでしょうか。手続き時期の関係でたまたま3月に「出て行く」手続きだけして、「入ってくる」手続きは4月になってしまっているから?本当でしょうか?(もし、そうなら日本国中で4/1時点の人口が減少し、また5/1で復活するということでしょうか・・・。う〜む、わからない。)

[58679] 2007 年 5 月 26 日 (土) 21:43:00 にまん さん
 4川、4大、4上

[58655] いっちゃん さん

上記の「北」「田」の4つはありふれた例なのかもしれませんが、どうなんでしょう?

4つぐらいならありそうな気がしますが、実際探すのはつらいですね。
結局、私が見つけられたのは、
県名入りで
神奈川県川崎市川崎区大川町(ほかにも小川町、川中島、江川、新川通)

あと、県名抜きだと、かなり反則技ですが、
山口県大島郡周防大島町大字椋野字大元
京都市上京区新町通上立売上ル上立売町
なんてのを見つけましたが、、、

[58678] 2007 年 5 月 26 日 (土) 21:03:38 佐賀県 さん
 佐賀県へいらっしゃい!

またまたご無沙汰しております。

[58257] 2007 年 5 月 3 日 (木) 00:01:37 星野彼方 さん
明日から去年のGWに佐渡に行ったメンバーで九州北部に行ってきます。もともとはある半島に行く予定だったのですが、とある事情で中止になり、多数決で九州になってしまいました。私は3月にも行ってるだが、という意見は却下されました。ただ、鉄道では行きにくい呼子や平戸をルートに組み込むことには成功したのでよしとしよう。と、いう訳で、佐賀県にも唐津付近だけですが寄ります。
亀レスですみませんが、またまたようこそ佐賀県へいらっしゃいました。
狭い佐賀県ではありますが、佐賀市と唐津市では言葉や文化が異なり、なかなかおもしろいです。
短期間の滞在では感じることは難しいでしょうけれど、皆さんも是非、佐賀県にお越しいただき、佐賀県の地域性を感じてみていただきたいと思います。

[58378] 2007 年 5 月 7 日 (月) 22:48:06 スナフキん さん
生涯経県値、いっき上乗せへの目論見
[58652] 2007 年 5 月 25 日 (金) 08:12:04 スナフキん さん
経県値アップに出かけます
次はぜひ、佐賀県へお越しください。

[58677] 2007 年 5 月 26 日 (土) 20:34:24 スナフキん さん
 旅先からふぉろー

ただ今、和歌山市内です。旅先からできるふぉろーを少しだけ。

[58675]油天神山さん
四国の水不足が多少なりとも緩和されれば良いんですが。
今日午前中、徳島県を通り抜けました。土讃線・徳島線から見た吉野川は(普段を知らないのですが)水量が激減、というふうには見えず、昨日の雨で水位が戻ったかに見えました。が、例えば私が今も覚えているのは鮎喰川。決して中小規模河川でないはずのこの川、吉野川との合流付近で水流が全くありません。異常事態は昨日の雨程度では緩和していないようです。

同じ四国でも、昨日宿泊した高知などはそれほど切迫した状況ではないようです。まぁ、節水するに越したことはないのですが…。むしろ徳島・香川の状況が深刻であるようです。まぁ今回は香川を掠めていないので、状況が分かりませんが。

それにしても、今日の西日本の天気ときたら…これを「黄砂」というのでしょうか? 天気はいいのに、何故か空は白っぽくて、夕陽は妙に黄金色だったりして…。紀伊水道の眺めは、期待していたのに台無しでした(泣)。

[58676] 2007 年 5 月 26 日 (土) 18:20:27 たもっち さん
 不思議な細道・御礼

今日は職場のソフトボール大会がありました。体中ガタガタです(苦笑)。

[58647]牛山牛太郎さん
[58650]みやこ♂さん
[58653]じゃごたろさん
拙稿[58645]への反応ありがとうございました。
なるほど、開拓地の関係ですか。みやこ♂さんご紹介のページによると、「鍋島農場」の面積は約383haとのことですが、キョリ測で今度は面積を測ってみますと、約187haしかなく、ここが「鍋島農場」の場所だとしても、その全部ではなく、一部ということですから、なぜ、敷地のおよそ半分だけを囲わなくてはならなかったのかが謎です。あるいは、段階的に開拓した名残だったりするかもしれませんが。
じゃごたろさんのご指摘も鋭いですね。「久保=窪」というのは考えていませんでした。でも、それを頭に置いてもう一度ウオッちずを見てみましたが、等高線を見る限りでは、特にそういう地形には見えません。少なくとも、件の長円形と「窪」をつなぐ手がかりは見当たらないように思います。
そもそも、[58645]を投稿する前に、最初に頭に浮かんだのは、牛山牛太郎さんも書いておられるような城跡、もっと想像を膨らませて、城郭都市のようなだったりして、なんてことも考えていたのですが、それだったら、今でも内部はもっと家屋が建てこんでいても良さそうなのに、実際にはスカスカすぎますね。
というわけで、いろいろと参考になる情報は頂きましたが、この長円形の正体がずばり何なのか、決め手に欠くという状況ですので、引き続き情報を募りたいと思います。みなさまよろしくお願いします。


ところで、みやこ♂さんに示していただいた飛行場跡もウオッちずで見てみましたところ、その北西の上埼玉一区から下埼玉あたりの、何だか特徴的な家屋の配置がまた気になりました。開拓当初の名残なのでしょうか。北海道っぽいような気もします。

[58675] 2007 年 5 月 26 日 (土) 11:54:57 油天神山 さん
 「町名の○○ヶ丘」コレクションリリースのお知らせ

 こんにちは。昨日の関西はえらい大雨でしたね。私の職場は辛うじて浸水を免れました。四国の水不足が多少なりとも緩和されれば良いんですが。

 さて、先ほど「町名の○○ヶ丘」コレクションをリリースいたしました。
 ただし、今回は「緑ヶ丘」145件のみの収録としており、今後順次追加してゆく予定です。
最終的には1100件程度のコレクションとなる見込みですが、完成まで非公開でゆくのはもったいないというか、私の気力が持たないというか・・・。ですので、こういう形を取りました。
 どうぞ皆様ご笑覧くださいませ。

 思えば私の最初のコレである「町名の○○園」のリリースが先月の26日でしたから、ちょうど一ヶ月で4件の新規コレクションのリリースということになります。フタケタコレクションばかりだからこんなペースで出来るんですが、ちょっとした確変状態ではあります。いつまで続くか分かりませんが・・・。
  
 ところで、「その他共通系」に属するコレクションが増えてきましたね(私が増やしてるんですが)。ここらで「町名系」ないしは「町・字系」といった新規カテゴリーを立ててはどうかと思うのですが、いかがでしょうか、EMMさん。
 うーむ、更に編集長を多忙に追い込もうとしているなあ。考えてみると、第十四回十番勝負終了後から始まったEMM編集長のご多忙は、私が引き金を引いた感もありますね。ご苦労をお掛けしております。m(_ _)m

[58674] 2007 年 5 月 26 日 (土) 11:37:33 Issie さん
 雨乞いの神様

[58649] みかちゅう さん
平成6年の大渇水のときにも多摩川水系は取水制限に踏み切ったものの、多摩川に依存していない神奈川県は生活用水に関しては影響がなかったと記憶しています。

生活用水はともかく,大量に水を使用するところではやはり危機的ではあったようで,
ちょうど私は水泳部の顧問をしていたのですが,県や北相地区の大会ができるかどうか気をもんだものでした。高体連専門部の幹部たちの間では,大山の阿夫利神社に雨乞いをしなければ,などと話されていたようです。
幸い,大会を開くことはできました。

[58667] hiroroじゃけぇ さん
神奈川県の東部は多摩川に依存しているとばかり思っていました。

(前にも同じフレーズを書き込んだ記憶もあるのですが…)
今,寝転がってパソコンのキーボードを叩いている私の右手数十メートルの地下を川崎市の水道が通っています。相模川の相模湖(相模ダム)と津久井湖(城山ダム)の水を水源としているものです。川崎市水道全体では,横浜市と同様,宮ヶ瀬湖や丹沢湖の水も水源としています。
で,確か,この水の一部は東京都にも“お裾分け”していたはずです。

二ヶ領用水のような昔からの農業用水はともかく,多摩川は東京都の川で,神奈川県には利用する権利がないのではないか,などとも思うのですが,どうでしょうね。
もともと,三多摩を奪われるまでは多摩川は神奈川県の川であったのに。

いつも、ダムの貯水量が減ると現れる旧・村役場。その近くにある、ダム湖内の島?のような部分を取り除けば、それなりに貯水量が増えるのではと疑問に思っています。なぜ残しているんでしょうね?

宮ヶ瀬湖の中にもいくつかの“山”が水没しているのですが,
結局のところ,山1つを取り除く,というのは考えるほど簡単ではない,ということに尽きるのではないかと思います。

[58673] 2007 年 5 月 26 日 (土) 10:46:59 inakanomozart さん
 男が多い!

[58660] 2007 年 5 月 25 日 (金) 22:45:47  白桃さん
厚沢部の場合、住基人口が国調人口より149人多いのに対して、月形の場合は逆に国調人口が住基人口より605人も多くなっております。2つの異なる「人口」の性格を考慮したとき、厚沢部は一般型で、月形は特殊型です。月形には「住民登録をしない」人口がいるからです。
今までこのような視点で考えたことがありませんでした。
試みに「××市×区××町×丁目」の05年10月1日の人口を調べてみました。
    世帯数
住民基本台帳178122300135
国勢調査1,4491301,579139
やはり特殊型でした。(人口って何なんだろうって考えさせられました。)

あくまでも基本は「木」であり、月々など短期間の変化は「木」でつかめない(というか、毎月国家的な行事?など出きない)ので、便宜的に「竹」の動き(変化)を利用してる、と言ったほうが良いと思います。
はい、それはそのとおりだと思います。
でも、「便宜的すぎるのでは?」という私のきわめて個人的な思いを、完全に払拭するまでにはいたりませんでした。(笑)

[58672] 2007 年 5 月 26 日 (土) 07:01:46 はやいち@大内裏 さん
 福島

福島市・飯野町は6/5に合併調印式を行い、6/8に両議会で関連議案の議決となります。

[58671] 2007 年 5 月 26 日 (土) 02:30:33 EMM さん
 EMMの地名コレクション編集メモ・第115号

[58657] むっくんさん
所属する都道府県以外の都道府県名を大字,字,町名に持つ市町村
(中略)
青森,岩手,宮城だけでも結構な数があります。47都道府県になるとかなりの数になりそうです。
将来的に市区町村雑学もしくは地名コレクションのネタとなるような気がします。
コレクション案に「旧国名町名」[44423]なんてのも入れてありますので、案としてはこれも有りだと思います。
一番のネックはスマートなネーミングが思いつかないところでしょうか。
都道府県名町名?都道府県名字名?うーん…
数的な面は確認し切れてませんが、小字無しならそこそこの数で収まるような気がします。
福島・石川・福井・長野・山口・福岡あたりがどの程度あるか、で左右されそうですが。

[58670] 2007 年 5 月 26 日 (土) 02:12:16 EMM さん
 ロータリーコレ追っかけ情報提供

>たもっちさん
[58666]牛山牛太郎さんご投稿の香椎周辺のロータリー群のまわりを見ていたら、新たに下記のものを見つけたのでご案内します。

福岡市東区千早2丁目

>牛山牛太郎さん
ここしばらくのロータリー関係の投稿が牛山牛太郎さんの後追いばかりになっちゃってます…どうもすいません。

[58669] 2007 年 5 月 26 日 (土) 02:07:53 N-H さん
 横浜市の水源

[58667] hiroroじゃけぇ さん
「横浜市」との飛び地合併を唱えていた例の自治体も、水源の一つでしたっけ?
はい。横浜市の水道をまかなっている水源のうちどの程度が道志村起源なのかは知りませんが、横浜の水道といえば道志村と条件反射的に返ってくるぐらい、市当局も道志村をアピールしています。
かつて、横浜市水道局主催の「水源を訪ねるツアー」なるものに参加したことがありますが、要するに横浜市と道志村の交流ツアーなんですね。
参加費無料でお弁当もつきました。最近は弁当持参らしいですが。
[23576] あたりも参考にしていただければ。

[58668] 2007 年 5 月 26 日 (土) 01:54:39 N-H さん
 奈良の大仏

[58663] hmt さん
[58667] hiroroじゃけぇ さん
なんと、あの「奈良の大仏」ではありませんか(笑)。
市原市瀬又に10年間居住した私にとっては、地元の話題です。
奈良という地名はよく知っていましたし、そこに大仏があるというのも付近の人間にはよく知られていました。
ただ、どこか本家の東大寺の大仏に比して「笑いを取るためのアイテム」的存在でした。
私自身現物を見たことはありません。

[58667] 2007 年 5 月 26 日 (土) 01:16:56 hiroroじゃけぇ さん
 三大〜ですか?

[58649]みかちゅう さん
いつも、ダムの貯水量が減ると現れる旧・村役場。その近くにある、ダム湖内の島?のような部分を取り除けば、それなりに貯水量が増えるのではと疑問に思っています。なぜ残しているんでしょうね?

渇水が常態化している香川県には、ダムを作るための場所もなければ、河川もナシ。県内唯一の一級河川「土器川」をあてにすることもできず、二級河川の「香東川」も・・・。瀬戸大橋上に給水管を整備するなんてことも考えてもいいのにと思ったり。でも、当の岡山県側の児島地域は高梁川から取水していることもあって、香川に供給するほど余裕はない。岡山三大河川と呼ばれる「高梁川」「旭川」「吉井川」の中でも、「苫田ダム」が完成した「吉井川」水系だけが余裕あり。こんな状態じゃぁ、香川に水も送れません。んじゃぁ、どうすればと悩むばかりです。

神奈川県の東部は多摩川に依存しているとばかり思っていました。どうしても、神奈川県の水源は西に偏っているように思ってしまい、近くは多摩川というのがイメージとしてあったりします。特に、小田急線の多摩川付近がイメージとして強烈です。そういえば、「横浜市」との飛び地合併を唱えていた例の自治体も、水源の一つでしたっけ?

[58663]hmt さん
数週間前の「タモリ倶楽部」で、「三大大仏総選挙」という企画をやっていました。なんでも、以前は「奈良」「鎌倉」「兵庫」の三大大仏があったが、「兵庫大仏」は「上野」の大仏さんと同様に金属回収令によって消滅。そのため空席が生まれたための「総選挙」を行ったわけです。そこで、全国の大仏さんということで「奈良の大仏」も取り上げられていました。

[58664]くは さん
「志布志市志布志町志布志」こちらは、「トリビアの泉SP」で取り上げられていました。「志布志市志布志町志布志志布志市役所志布志支所」で収録されていました。

[58666] 2007 年 5 月 26 日 (土) 01:11:58【2】 牛山牛太郎 さん
 跡。

みなさま、おばんです。

[58650] 2007 年 5 月 25 日 (金) 05:34:40【1】 みやこ♂ さん。
[58665] 2007 年 5 月 26 日 (土) 00:57:09 みやこ♂ さん。
3 旧陸軍飛行場なのでこんな形←航空機が未発達の時代,真四角の飛行場も多かった。
あっ。こういうの大好きです。地図上に示される「何かの跡」にはそそられます。栄枯盛衰。
埼玉飛行場(昭和22年)の航空写真です。真ん中に滑走路が1本ありますね。

【なお現在大田原市になる旧金田村のこのへんには金丸(かねまる)飛行場というのもありました。地図の上の方に東野鉄道の廃線跡も見えてます。】
金丸飛行場(昭和21年)の航空写真です。こちらは、2本ありますね。


たもっちさんへ。
それで、ちょっと「飛行場跡」を探して見ようと調べていたら、ロータリーを見つけてしまいました。
福岡市の香椎周辺に点在しておりました。
福岡市東区千早6丁目
福岡市東区香椎浜4丁目
福岡市東区水谷3丁目

です。お仕事を増やしてしまって、すいません。

#金丸飛行場を追加。

[58665] 2007 年 5 月 26 日 (土) 00:57:09 みやこ♂ さん
 那須野が原の埼玉

[58657]むっくん さん [58659] geo さん
ご推察のとおり,那須塩原市の埼玉は,埼玉県の埼玉に由来します。ただし読み方は「さきたま」。
以下,みやこ♂[26836]より。
チナミに黒磯市の埼玉は「さきたま」と読みますが,埼玉県からの開拓団に由来する命名と聞いたことがあります。
実はコレは,かつて地元のおじちゃんに聞いた話だったのですが,ただいま手元の「角川日本地名大辞典9 栃木県」を引きますと,「さきたま 埼玉〈黒磯市〉」の欄には・・・・・・
明治14年埼玉県の有力者中村・・・(以下名前省略)ら9名が官有原野の貸下げを受けて開いた農場で,(中略)一般には埼玉開墾と呼ばれ,市制町村制施行の際大字名となった。株主が埼玉県人だったために埼玉開墾と呼ばれた。
とあります。う〜ん,しかしこれでは何で「さいたま」でなく「さきたま」なのか,わたくしにはわからないぞ。それとも昔は「さきたま県」と発音していたのだろうか。

それから飛行場について。
同書によれば昭和13年に埼玉開墾の一部が陸軍に買収され,昭和16〜17年頃,できあがったとのことです。
今の感覚では飛行場って幅広のベルト状のものを連想しますが,本来飛行機は横風に弱いものですし,対気速度を確保するために風に正対して飛び立つことが望ましいわけで,そんなわけでどの方角から風が吹いても大丈夫のように,四角く作られたのですね(それをもっと突き詰めた円形の飛行場が,旧ソビエトにあったはずです)。この飛行場,一般には「埼玉飛行場」と呼ばれていました。【なお現在大田原市になる旧金田村のこのへんには金丸(かねまる)飛行場というのもありました。地図の上の方に東野鉄道の廃線跡も見えてます。】
戦争が終わって不要になった埼玉飛行場は,開拓の訓練所になりました(金丸飛行場も開拓地に)。主に外地からの引き揚げ者による就農者はいったんここで訓練したのちに,那須野が原の各地へ散っていき,新たな生活を始めたのです。

[58664] 2007 年 5 月 26 日 (土) 00:54:34 くは さん
 6志

[58655] いっちゃん さん
上記の「北」「田」の4つはありふれた例なのかもしれませんが、どうなんでしょう?
6字の例としてすぐに思いつくものに「志布志市志布志町志布志」がありますが、由来が同じものだと面白味に欠けますかね。

[58663] 2007 年 5 月 25 日 (金) 23:55:59 hmt さん
 市原市にある「奈良の大仏」

[58657] むっくん さん
[58661] じゃごたろ さん
千葉県市原市奈良 には、なんと、「奈良の大仏」 がありましたね。

[58662] 2007 年 5 月 25 日 (金) 23:30:23 hmt さん
 Re:都道府県名と同じ字名

[58657] むっくん さん
[58661] じゃごたろ さん
植民や移民したひとたちのもともとの居住地の地名が字名となったという例が多くあった

私も、渡良瀬遊水地に消えた「谷中村」[43138]に関する記事で、その一例を記したことがあります。地図
移住先は近隣町村だけでなく、遠隔地に及びました。
郵便番号091-0558北海道常呂郡佐呂間町栃木 という地名が、この移住を伝えています。

[58661] 2007 年 5 月 25 日 (金) 22:48:45 じゃごたろ さん
 「都道府県名と同じ字名」リターンズ

こんばんは、じゃごたろです。
本日は終日雨降りでした。週末は好天となる予報ですが、いかがでしょうか。。。

[58657] むっくん さん
所属する都道府県以外の都道府県名を大字,字,町名に持つ市町村

実は似たようなことを以前やったことがあります。
検索に時間がかかりましたが、こちら[21581]にありました。もう三年半も前のことだったんですね。この時には、植民や移民したひとたちのもともとの居住地の地名が字名となったという例が多くあった、ということでした。

[58660] 2007 年 5 月 25 日 (金) 22:45:47 白桃 さん
 月形と厚沢部

以下は2005年国勢調査人口で同規模の道内にある2町の国勢調査人口推移です。
ただし、(2005年)の数字は2005年9月末日の住民基本台帳人口です。

1975年1980年1985年1990年1995年2000年2005年(2005年)
月形町5,9475,4275,8795,5375,3105,1444,7854,180
厚沢部町7,3796,8626,3305,7555,3855,1054,7754,924

厚沢部は順調な?人口減をたどっておりますが、月形は1985年に人口増が見られます。これは1983年に月形刑務所が出来たからだと考えられます。もう1つ注目されるのは2005年における国勢調査人口と住民基本台帳人口の「開き」の「度合い」です。すなわち、厚沢部の場合、住基人口が国調人口より149人多いのに対して、月形の場合は逆に国調人口が住基人口より605人も多くなっております。2つの異なる「人口」の性格を考慮したとき、厚沢部は一般型で、月形は特殊型です。月形には「住民登録をしない」人口がいるからです。(蛇足かもしれませんが、月形の2005年昼間人口はナント5,144人です。)

[58658]inakanomozartさん
こちらこそ、スミマセン。お休みになっているところを起こしてしまいました。
推計人口などは考え方の違う数字を足したり引いたりして出しているのは、木に竹を接ぐような感じでちょいとおかしいようにも思うのですが・・・
このお考え方には同意できません。国勢調査と住民登録のどちらを「実態に近い人口」とみるか、という議論はともかく、推計人口は「国勢調査人口を基礎(基準)」として住民票や外国人登録の異動数を加減しているもので、あくまでも基本は「木」であり、月々など短期間の変化は「木」でつかめない(というか、毎月国家的な行事?など出きない)ので、便宜的に「竹」の動き(変化)を利用してる、と言ったほうが良いと思います。「竹」じゃなくて、「金(属)」の動きを利用しているというのならお話にはなりませんが・・・

[58659] 2007 年 5 月 25 日 (金) 22:14:23 geo さん
 栃木の埼玉

中間考査が今日で終わってやっと開放されました。

[58657]むっくん さん
栃木県那須塩原市“埼玉”
読み方は“さきたま”のようですね。僕は東北道でココを通るたびにカーナビに表示される“埼玉”を見て,なぜ栃木のココに埼玉という地名がついているのだろうと不思議に思っていました。しかも,しっかり市立埼玉小学校あるようで。ちなみに本家の埼玉の由来は,行田市埼玉(さきたま)のさきたま古墳群周辺ですが,まさかココにさきたま古墳群がある訳じゃあ・・・(スミマセン)。
もしかしたら那須野が原開拓の時に“埼玉”周辺を開拓した人が埼玉県人だったのかもしれませんね。まあ,那須塩原市埼玉を知っている埼玉県民はほとんどいないことは確かでしょう。(笑)

[58658] 2007 年 5 月 25 日 (金) 21:21:01 inakanomozart さん
 受刑者の住所

[58656] 2007 年 5 月 25 日 (金) 20:26:14【1】  白桃さん
5.刑務所,少年刑務所又は拘置所に収容されている者のうち,死刑の確定した者及び受刑者並びに少年院又は婦人補導院の在院者は,その刑務所,少年刑務所,拘置所,少年院又は婦人補導院としております。
すみません。静態調査と動態調査の違いが頭の中で明確に整理できていなかったので、一端削除してしまいました。
多分、国勢調査と住民基本台帳では、受刑者の住所地についての考え方が違うのではないかと思われます。
考え方が違うのは是認するとしても、推計人口などは考え方の違う数字を足したり引いたりして出しているのは、木に竹を接ぐような感じでちょいとおかしいようにも思うのですが・・・

[58657] 2007 年 5 月 25 日 (金) 21:02:33【1】 むっくん さん
 所属する都道府県以外の都道府県名を大字,字,町名に持つ市町村

3 旧陸軍飛行場なのでこんな形[58650]みやこ♂ さん)の地図を見ると、その場所の所在地は栃木県那須塩原市“埼玉”で、大字に所属する都道府県以外の都道府県名が含まれています。そこで大字,字,町名に所属する都道府県以外の都道府県名を含むものが他にもあるのかもしれません。
埼玉を含む住所は他にはありませんでした。そこで試しに大字,字,町名として青森,岩手,宮城を含む住所を、Yahoo!地図を使って調べてみました。この手の話題は既出っぽいんだけどなぁ、という不安を抱えつつですが。。。
#既出の際はご勘弁を。

<青森>
徳島県小松島市立江町字青森
大分県宇佐市青森

<岩手>
北海道枝幸郡頓別町岩手
茨城県常陸太田市岩手町
新潟県上越市柿崎区岩手
岐阜県不破郡垂井町岩手
愛知県新城市大海字岩手
愛知県宝飯郡音羽町萩字岩手
徳島県美馬市穴吹町字岩手
徳島県美馬市穴吹町字東岩手

<宮城>
北海道伊達市大滝区宮城町
北海道砂川市宮城の沢
千葉県館山市宮城
東京都足立区宮城
長野県安曇野市穂高有明宮城
岐阜県飛騨市古川町宮城町
沖縄県浦添市宮城
沖縄県うるま市与那城宮城
沖縄県那覇市宮城
沖縄県国頭郡大宜味村宮城
沖縄県国頭郡東村宮城
沖縄県島尻郡南風原町宮城
沖縄県中頭郡北谷町宮城

青森,岩手,宮城だけでも結構な数があります。47都道府県になるとかなりの数になりそうです。
将来的に市区町村雑学もしくは地名コレクションのネタとなるような気がします。

[58656] 2007 年 5 月 25 日 (金) 20:26:14【1】 白桃 さん
 国勢調査の調査の対象

総務省統計局のHPによると
平成17年国勢調査は,調査時において,本邦内に常住している者について行った。ここで「常住している者」とは,当該住居に3か月以上にわたって住んでいるか,又は住むことになっている者をいい,3か月以上にわたって住んでいる住居又は住むことになっている住居のない者は,調査時現在居た場所に「常住している者」とみなした。
 ただし,次の者については,それぞれ次に述べる場所に「常住している者」とみなしてその場所で調査した。
とあり、
2.病院又は療養所に引き続き3か月以上入院し,又は入所している者はその入院先,それ以外の者は3か月以上入院の見込みの有無にかかわらず自宅
5.刑務所,少年刑務所又は拘置所に収容されている者のうち,死刑の確定した者及び受刑者並びに少年院又は婦人補導院の在院者は,その刑務所,少年刑務所,拘置所,少年院又は婦人補導院
としております。(1.は学校、3.船舶、4.は自衛隊に関する事項で省略)

とここまで書き込んで気がついたのですが、私の[58644]に対する某氏のレスが消えておりました。でも、せっかく書いたので残しておきます。(^i^)

[58655] 2007 年 5 月 25 日 (金) 18:24:38 いっちゃん さん
 4北&4田

仕事で顧客データを整理していたら「青森県上北郡東北町上北北」および「秋田県秋田市仁井田新田」という住所を発見。
アーカイブに邇摩郡仁摩町仁万町−同音地名連続の住所−というのはありますし、[36866]BEANさんや[36892]紫魔法師さんの同字連続の記事はありますが、住所における同字の頻出例についての過去記事は見つけることができませんでした。あったかな?

上記の「北」「田」の4つはありふれた例なのかもしれませんが、どうなんでしょう?
できれば秋田の事例のような県名を含めたものは避けたいところですが・・・。

[58653] 2007 年 5 月 25 日 (金) 10:31:30【1】 じゃごたろ さん
 長窪古町

おはようございます、じゃごたろです。

[58645] たもっち さん
[58647] 牛山牛太郎 さん
城跡(舘跡)とか、干拓跡とか・・・。

[58650] みやこ♂ さん
おそらくは,開拓地の「何かの」名残と思われます。

私が最初に思ったのが「久保=窪」、つまりあの楕円状の内部は窪地とか湿地とか、何らかの理由で開墾がされずに残った地域ではないかということです。牛山牛太郎さんご指摘の神社も、土地神でも祀っているのかもしれませんね。。。


現在の長和町の一部となっている長門町のさらに一部はかつて「長久保新町」「長窪古町」と「久保」と「窪」が混在していましたし。

[58652] 2007 年 5 月 25 日 (金) 08:12:04 スナフキん さん
 経県値アップに出かけます

今日、経県値アップの旅に出ます。

動機が不純と判断されたのか、首都圏ではずっと晴れ続きだった今週、今日だけ雨。さすがは雨男です(汗)。せっかく梅雨入り前を狙って窓際・本州側をリクエストしたのに、全部パーになってしまいました。しかも、本日のフライトで着陸予定の四国地方でも結構な雨が予想されています。さて、私の強力な雨男パワーがはたして、渇水状況の打破に少しは寄与するでしょうか? というより、私の搭乗する飛行機、ちゃんと飛ぶのかな…すでに8時台の高松行・広島行は悪天候を理由に条件付きフライト化しています。ひょっとしたら、初のスーパーシート利用に条件付きフライト体験初、も加わったりして(泣)。着陸先が多少ぶれてしまうのはもうどうしようもないですが、胴体着陸だけは勘弁して欲しい(大汗)です…。

いちご電車に乗る時くらいは、天気が上がって欲しいなぁ(ボソ)。

[58651] 2007 年 5 月 25 日 (金) 05:46:10 みやこ♂ さん
 re:3  (祝!落書き帳三山採用記念)

[58638] 牛山牛太郎 さん
毎度ありがとうございます。検索をかけますと,両方とも,かなりヒットしますね。採用させていただきます(ま,検索するまでもないことですが)。
これで東北制覇ですか?
ですね。

[58650] 2007 年 5 月 25 日 (金) 05:34:40【1】 みやこ♂ さん
 不思議な細君・・・いや,道。。。

[58645] たもっち さん
[58647] 牛山牛太郎 さん
かつてその付近に勤務していたことのあるわたくしが反応させていただきます。
今,資料をあたることができないのであくまでも推測ですが,おそらくは,開拓地の「何かの」名残と思われます。今でこそ水田が開かれ住宅が点在するあの辺ですが,江戸期には雑木林や茅場の広がる土地でした。那須野が原は明治の元勲に代表される人々により開拓された土地なのです。なんと言っても那須塩原市役所の建っている場所が「共墾社」。
てなわけで,このページの地図を見ますと,ちょうど鍋島侯爵の開拓地のようにも見えますが。。。(ちなみにその南西には「佐野」があります)。。。

以下,付近への地図リンク
1 ちなみにこの道が,旧奥羽街道←この辺に一里塚があります(復元)
以下【 】内追記,牛山牛太郎 さんへ【「○里塚」コレクション中の,奥羽街道鍋掛一里塚(左)は,復元ものです。県道改修の際,切り通しを深くしたので,移設されたようです(それ以前に,右塚は失われておりました)。しかも切り通しの上の方に移したので,ずいぶん高いところにあります。で,復元されたものではありますが,立派に「市史跡」となっており,標柱も建っております。ちなみに寺子の一里塚は,もとあった場所から旧小学校跡地に移設されたものです。こっちも標柱つきです。】 
2 「鍋」がつくけど,鍋島さんのせいではなく,昔から鍋掛(宿)  
3 旧陸軍飛行場なのでこんな形←航空機が未発達の時代,真四角の飛行場も多かった。
 

[58649] 2007 年 5 月 25 日 (金) 01:20:34 みかちゅう さん
 梅雨前でもう渇水!?

[58648]hiroroじゃけぇさん
取水制限始まる
数年に一度は関東でも取り上げられる水不足問題。中でも大きな河川のない香川県はお隣の吉野川を主な水源としているわけですが、吉野川で水不足になると真っ先にカットされるのが香川用水経由の水です。その際に出てくるのが「早明浦(さめうら)ダム」で、難読地名でもありながら意外と知られているものです。

その一方で横浜市の水がめ(相模・津久井・丹沢・宮ヶ瀬)は例年並みの貯水率を確保しています。平成6年の大渇水のときにも多摩川水系は取水制限に踏み切ったものの、多摩川に依存していない神奈川県は生活用水に関しては影響がなかったと記憶しています。その後に宮ヶ瀬ダムの運用が開始され、水の供給はいっそう安定したと考えられます。その代わり「まだダムが必要なのか」と批判もされていたような気はしますが。

[58648] 2007 年 5 月 25 日 (金) 00:52:59 hiroroじゃけぇ さん
 取水制限始まる

24日、午前9時より香川用水の第一次取水制限が開始されました。25日の雨でも早明浦ダムなどの主要なダムでの貯水率回復は、ほんの少しになるようです。梅雨は例年並みの雨量が予想されていますが、これも不確定であり今後の動向が気になります。このままでは、第二次取水制限、そして給水制限に段階的に進むのは時間の問題となりそうです。特に、7・8月を前に給水が制限されると、夏休み時の昼間のトイレが気になるわけで、衛生面でもよくありません。また、瀬戸内は乾燥した夏であるため、噴水が止まるのも問題です。ヨーロッパで噴水が発達したのは、乾燥した空気に適度な湿気を含ませるためだそうで、昔から噴水の効果は経験によって得られていたようです。岡山でも駅前の噴水が止まってしまいそう。ただ、男同士の待ち合わせは止めましょう。岡山駅前の噴水はカップル達の待ち合わせ場所です(笑)また、山火事も問題となります。広範囲の山火事では、灰が家屋に入ってくることもしばしばで、火事の心配も増えることになります。
給水制限は学校にも影響します。小中学校では給食が提供できなかったり(食器の洗浄ができない)、水道が止まることによってトイレも利用できず、午前中授業となってしまいます。この不足分は2学期以降、または後期以降に回されて学生は大変な思いをします。ホント、雨よ降れと雨乞いしています。

[58647] 2007 年 5 月 25 日 (金) 00:08:01 牛山牛太郎 さん
 怪。

みなさま、おばんでございます。

[58645] 2007 年 5 月 24 日 (木) 21:18:11 たもっち さん。
 不思議な細道

何気なくウオッちずを眺めていて気になる物件を見つけました。
それはこちらの地図の中、縦書きで「長久保」と書いてあるところの周囲の長円形の細道です。何だか意味ありげな線なのです。

これは、ものすご〜く気になりますね。ちなみにyahooおよび、
国土変遷アーカイブ(昭和22年)です。
中心に神社があるのも、なんとなく意味ありげですし。
城跡(舘跡)とか、干拓跡とか・・・。

[58646] 2007 年 5 月 24 日 (木) 23:08:21 油天神山 さん
 ゑひもせす京

[58643]白桃さん
ひらがなの所、何かありませんでしたかね?

「ぜ=瀬」は・・・なくなっちゃったのか。町村まで広げれば「ぜ=是」「ぴ=比」とかあるのになー。
 思いっきり反則技ですが、タイトルのように「ん=京」ってのは・・・だめですよね、「京都」を「んと」と読むわけじゃないですものね。
 ついでですが「邊部」というのが何か妙ですね。「部保」と書こうとなさったんだと推察しますけども。

[58645] 2007 年 5 月 24 日 (木) 21:18:11 たもっち さん
 不思議な細道

何気なくウオッちずを眺めていて気になる物件を見つけました。
それはこちらの地図の中、縦書きで「長久保」と書いてあるところの周囲の長円形の細道です。何だか意味ありげな線なのです。航空写真で見るとこんな感じです。キョリ測で測ってみたところ、一部切れたところも含めると約5.1kmありました。
こいつの正体が何なのか、どなたかご存じないですか?

#ちなみに、この「長久保」、年号コレクションに載っていました。

[58644] 2007 年 5 月 24 日 (木) 21:06:58【1】 白桃 さん
 美祢社会復帰促進センター

次回の国勢調査で美祢市の人口が増えそうです。美東、秋芳町との合併が予定されていることはさて置き、全国で初の「民営」刑務所に入る受刑者は美祢市の人口にカウントされるので、大幅増も期待?できます。
このセンター、なかなか住みやすいとのことで、(不謹慎な言い方ですが)入居希望者が殺到するかもしれません。
かつては、ムエタイ、いや無煙炭の産出で栄えた美祢も、今では地域活性化のために大変なようですね。

[58643] 2007 年 5 月 24 日 (木) 20:07:59【1】 白桃 さん
 市名に読み一音で使われている漢字が作る五十音

阿井宇江尾加紀久気古佐志珠瀬曽田知都手登
名二ぬ寝野羽日富戸穂真見牟女茂矢湯予
良理留れ呂輪を
賀宜郡下五座路洲ぜ須伊千津出渡場備父部保
ぱぴ府ぺぽ

ひらがなの所、何かありませんでしたかね?
北京の「北(ぺ)」は反則かナ

[58646]油天神山さん
ついでですが「邊部」というのが何か妙ですね。「部保」と書こうとなさったんだと推察しますけども。
のご指摘により訂正いたしました。あ〜幡豆香椎!

[58642] 2007 年 5 月 24 日 (木) 19:32:08【1】 hmt さん
 神田川あれこれ(3)神田川東遷

聖橋付近の風景[58575]から出発し、御茶ノ水渓谷を造った切り通し工事[58603]と、局所的な話題を語ってきましたが、ここで視野を広げて、江戸の水系が変遷してきた全体像を見ておきます。

家康入城(1590)頃の江戸 (以下A図)を見ると、中央下部に、「日比谷湊」と「江戸湊」が記され、その間には「江戸前島」と書かれた半島が突き出しています。この江戸前島は、本郷・湯島の台地の続きで、その中心線は、およそ日本橋・京橋・銀座・新橋の中央通になっています。

水系を見ると、先ず東の隅田川ですが、当時は利根川の末流で、現在江東区になっている深川あたりは、沖積作用が進行中。海とも陸ともつかない状態です。
僅か60年前には、東京の近く でも、まだ同じような状態が撮影されています。右寄りの江戸川河口で形成されつつある中州(現・東京ディズニーランド)は、沖の百万坪[25826]と呼ばれていました。

西方の台地から流れてきて、白鳥池・小石川大沼から南へと向きを変えて日比谷湊に流入している川は「平川」。これが本題の神田川の原型ですね。
西の台地の南方には、溜池[33199]があり、ここから流出して日比谷入江の口で海に入る川は汐留川です。湾口の対岸は江戸前島の先端部で、現在の汐留地区。

[12741] KMKZ さんのリンク先(URL変更)神田川のページ(神田川下流の流路の変遷、以下B図)は、地名が入っていないので解かり難い点もありますが、その最初、「手付かずの江戸」 を見ると、やはり中央の北部に本郷の台地、その南に半島状の江戸前島があります。

B図の東側を流れる川は、 A図でははっきり描かれていなかったのですが、谷田川です。北の方にあるのが不忍池。その南に描かれているのは、神田のお玉が池でしょう。
# 神田お玉が池というと、幕末の千葉周作道場が有名ですが、その頃は池はなくなっており、地名のみ残っていました。

この谷田川(藍染川)は、古くは石神井川の下流だったのですが、この川の左岸の武蔵野台地東端は、飛鳥山の北側で幅僅か100m程度の“薄い壁”になっていました。そしてある時、自然の洪水によるものか人為的な開削かは両説があるようですが、石神井川の水は、この部分をショートカットして、北東の入間川(現・隅田川)低地に落ちるようになりました。侵食力を増した川は急流となり、滝野川(35区時代に「滝野川区」がありました)という地名を生むことになりました。
# 滝の音が轟く川なのに、なぜ 音無川 ? 音無鈴鹿さん、ご存知だったら教えてください(笑)。

残された旧河道は、本郷台地と上野台地の間の水を集めるだけの谷田川になりましたが、 B図に示されている旧石神井川河口は港湾として好適で、中世に「江戸湊」が形成されたものと思われます。現在の江戸橋付近。

日比谷入江(中心線は現在の日比谷通り)に西側から流れ込む川は、現在の桜田濠です。
日比谷入江から、平川を北へと遡ると小石川大沼。ここには谷端川が北から合流しています。

B図の2番目 太田道灌の江戸湊開発から家康入城まで では、この平川の流路が、半島の基部を横断する形で江戸前島東側の江戸湊に伸びています。現在の日本橋川のルートです。
この第1回目の“東遷”の時期は、太田道灌説を含めて諸説あります。A図は後の時代(江戸湊から江戸城への物資搬入ルートである「道三堀」が出現)なのに、まだ東遷していません。
平川にせよ道三堀にせよ、江戸開府と同じ慶長8年(1603)には「日本橋」が架けられました。

そして、元和年間に神田山の切り通し[58603]ができると、引き続き平川改修工事が行なわれることになりました(1620)。
三崎橋([58635]の中継所)から水路を開削し、神田山の切り通しとつなげることにより、平川と谷端川(やばたがわ)[41575]を共々に東に流して、両者の合流点付近の氾濫原(かつての小石川大沼)を宅地化するのです。これで現在の千代田区三崎町、神保町、一ツ橋などの土地が市街地になりました。

かくして、「平川」は更に“東遷”して隅田川に注ぐ「神田川」に生まれ変りました。
この時代の神田川は、まだ船の通行ができない放水路であったものの、平川下流部の洪水や江戸湊の埋没を防止し、江戸城北部の外郭線を形成するという意義を持ったものでした。

平川は、三崎橋と堀留橋 との間が埋め立てられ、頭を切られた下流の水路は、江戸城の濠として利用されました。
なお、「堀留」という名にもかかわらず、この区間には現在も首都高速道路下に水路がありますが、これは1903年(明治36年)に復活したものです。

このように、正確に言うと「神田川が東遷した」のではなく、平川が東遷した結果、神田川になったのですが、利根川東遷 をまねた副題を掲げておきました。

[58641] 2007 年 5 月 24 日 (木) 13:12:19 般若堂そんぴん さん
 国の一覧

[58640] 稚拙さん
今世界にはどんな国があるのか、一覧がどこかにウェブサイトになっているんでしょうね。
手っ取り早いところでは,Wikipedia の「国の一覧」,外務省の「各国・地域情勢」があります.また,しっかりした書店では国の一覧が掲載されている本を探すのは難しくありません.
他にも,キーワードの設定によって様々な点に焦点を合わせた一覧を検索出来ると思います.いろいろと試みるのも面白いですよ.

[58640] 2007 年 5 月 24 日 (木) 10:34:26 稚拙 さん
 遅レス6

[52921] 2006 年 8 月 2 日 (水) 05:15:21 ハンブルガー さん
ごあいさつ

十番勝負のメダルだけを狙う怪盗になるつもりが、兄(いっちゃん)がわが身を暴露してしまいましたので[52865]、ご挨拶がわりに私の住んでいる街に関係する地理ネタ(鉄分濃い目)を1つ。
私が住んでいるドイツ北部のハンブルクからは、鉄道で9つの首都へ乗り換えなしで行くことができます。さらに、所要10時間未満で13の首都(乗り換えあり)へ行くことができます。すなわち、ハンブルクは、ヨーロッパ鉄道が集まるトレーダー分岐点です。その証拠にヨーロッパでよく仕事をしているゴルゴ13も立ち寄っています(第1話)。
ただし、他の都市は検証していないので、もっと多くの首都へ行けるところが他にあるかもしれません。

乗り換えなしで行ける首都
首都名 国名 乗車時間
(中略)
プラハ チェコ 6時間55分
(中略)
ブラチスラバ スロバキア 11時間50分
(中略)
リュブリャナ スロヴェニア 17時間08分

ぼくが中学生・高校生のころと比べると国の数はとても増えています。その分だけ地理はむずかしくなっているようですね。

ぼくがスロバキアと聞いて思い出すのは、東欧の鉄道旅行をしていて、チェコのビザは持っていたけどスロバキアのビザは持っていなかったとかで罰金を払わされていた旅行者のルポでした。雑誌名は「旅と鉄道」「鉄道ジャーナル」のいずれかだったような気がしますが忘れてしまいました。

国が増えるとビザがたくさん必要になってたいへんそうです。猿岩石みたいにどうしても飛行機に乗らないといけないというのが納得できるルポでした。

なにしろ、高校の地理・世界史の時間を過ぎると、もう地理なんてほとんど勉強する機会もないですし、ですからぼくはユーゴスラビアがいったいどんな名前の、いくつの国になったのかいまだにわかりません。

ソ連だと、大相撲の力士の出身地くらいなら国名を聞いてそこが旧ソ連だったことはわかるんですが。

足尾の銅山観光に行った時も、「この銅はザイールで採れたのかなあ」などと言っていました。もうザイールという国名でなくなったってことは足尾から帰ってきてからかなりたって、最近知りました。

今世界にはどんな国があるのか、一覧がどこかにウェブサイトになっているんでしょうね。でもどんなキーワードで検索したらいいかわからないですし、それに今のところ必要性がないですから、どうしても中学高校のころの知識で止まってしまう人が多いんでしょうね。

国が増えて一番困るのは、やっぱりサッカーのFIFAワールドカップで予選の試合回数が増えることでしょうね。

[58639] 2007 年 5 月 24 日 (木) 10:14:00 miki さん
 新潟県の市町村看板の絵

[58615]ゆあさん
こちらを見れば一目瞭然です。
http://www.route78.jp/cs/niigata/
<おまけ・ご当地ナンバー>
報告が遅れましたが、下関ナンバーも確認しました。
 

[58638] 2007 年 5 月 24 日 (木) 01:40:59 牛山牛太郎 さん
 3。

つづけて、おばんでがす。

みやこ♂さんへ。
落書き帳三山採用記念(ウソ)に三山を見つけましたので、ご報告します。

弥彦三山・・・国上山・弥彦山・角田山
十和田三山・・・戸来岳・十和利山・十和田山

です。
これで東北制覇ですか?

[58637] 2007 年 5 月 24 日 (木) 00:52:05 牛山牛太郎 さん
 ズレ。

みなさま、おばんです。

[58625] 2007 年 5 月 23 日 (水) 02:46:48【2】 むっくん さん。
粟津(鳥居川)一里塚は、粟津一里塚とした方がいいと思います。
なぜなら一里塚があったとされる場所(現在は関西NECの敷地内とも言われていますが…)は鳥居川村ではなく別保村でしたから。。。
#鳥居川村も別保村も粟津荘を形成する村の一つでした。

石場(大津)一里塚
石場の一里塚の位置は、私が小学生のころに聞いたところによりますと、確か現在牛山牛太郎さんが示されている位置より約50m西のここであったような。。。

情報ありがとうございます、早速修正いたしました。これからも宜しくお願い致します。

次は別件の業務連絡?です。
「海峡」コレクションで、地図のリンク先URLから
&CE.x=○○○&CE.y=○○○
の部分を削除された方がいいのでは、と思いました。実際の位置よりかなり西側の場所を指し示していますから。。。

ありゃりゃ。ほんとだ。
それじゃあ、どうせならということで、マピオンに仕様を変更しました(レイアウトも若干)。
どうもすいません。

[58636] 2007 年 5 月 24 日 (木) 00:25:05【1】 futsunoおじ さん
 雪渓コレクションの編集担当は みやこ♂ さんしか適任者はいませんよねっ!

[58631], [58608] みやこ♂ さん
わたくしてっきり k-ace さん が立候補されるものだとばかり思っておりましたが。。。そうですか,では futsunoおじ さん,行かれますか?それともわたくし,行きますか??それよりしばらくどなたかの立候補を待ちますか???

 → タイトルの通りです。

あのコレクションは今から数週間前に,連日アクセス数ナンバーワンを継続していたんですよ。

 幸いにその頃はアクセスランキングをチェックしてなかったようです。(見ていたら夜も眠れなかったことでしょうから。)
 ただ1ヶ月ランキングにその名残が見えますから、お世辞だけではないのでしょうね。

 1年も更新をサボっているコレクションに対して名瀬なんでしょう??
 教科書に落書き帳のURLが載っているとの話題がありましたが、関係があるのでしょうか?
 それにしても「剣ヶ峰」コレ、2日間(実質1日)で 2336アクセスとは、驚異です。


<追伸> 深夜、1時間余りで急速にアクセス数が伸びているコレクションも多いようです。 細かく見ると、曜日や時間帯によってコレクション毎に傾向が異なる様子も見られますが、全体のアクセス数はこれが正常と言えるのでしょうか?

[58635] 2007 年 5 月 23 日 (水) 22:37:35【2】 hmt さん
 神田川あれこれ(1.1)まだ生きていた神田川舟運

[58629] k-ace さん
今、神田川で見かける船といえば、神田川の中継所から家庭の不燃ごみを載せて中央防波堤を往復する船だけだそうですね。

[58575]では、“(丸ノ内線の)低い橋の架設が神田川の舟運廃止に結びついたものと思われます。”と、50年前に水上輸送路の地位を失ったような書き方をしていましたが、千代田区の不燃ごみは、今でも神田川を運ばれていたのですね。知りませんでした。

更に調べてみたら、毎年5月と10月に「神田川船の会」という催しが募集されており、客船も通ることもわかりました。
丸ノ内線の橋は低いように見えますが、写真 のように、高さの低い船ならばその下を通行できるのでした。

この催しの参加者による 川面からの風景 には、緑いっぱいの御茶ノ水渓谷だけでなく、ごみ輸送の船も撮られていました(下から2枚目)。

積み出し基地(千代田清掃事務所三崎中継所)は、後楽園の対岸 です。秋葉原から先は動力船を変え、隅田川経由で 中央防波堤埋立地にある不燃ごみ処理センター へ運ばれます。

[58634] 2007 年 5 月 23 日 (水) 21:42:34【2】 Issie さん
 プロイセンとドイツ

[58627] 88 さん
M15には憲法調査のためにプロイセン帝国に派遣された伊藤博文

とても細かいことですが,これは「プロイセン“帝”国」ではなく,「プロイセン“王”国」ですね。「ドイツ帝国」の“あくまで一部”の(…といっても,帝国の領域や人口において,他の帝国構成諸邦国に対して,圧倒的な割合を占めていたわけですが)。

明治日本が参考にしたのは「ドイツ帝国」の憲法ではなく,「プロイセン王国」の憲法です。
“連邦国家”である ドイツ帝国 は,プロイセン王国のほかに,バイエルン,ザクセン,ビュルテンブルクの3王国(プロイセンを含めて4王国),バーデン以下の6大公国,中部ドイツに分布する5公国と7侯国,それに リューベック,ハンブルク,ブレーメン の3自由都市から構成されていて,それぞれの連邦構成邦国(ラント)にはそれぞれ固有の“統治権”(「主権」と呼べるのかどうか,専門外の私にはわかりません)がありました。
各邦国の統治システム,つまり“国制”は,「帝国」成立以前から変わることなく,特に19世紀前半の「革命の時代」を経て,それぞれの邦国ごとに多様な国家体制が採用されていました。
プロイセンの“立憲政体”は,そのような多様な中でも特に保守的なものであった,とよく紹介されています。

プロイセン王国の国家体制は中央集権的であったけれど,ドイツ帝国のそれは決して中央集権的ではなかったのです。ただ,プロイセンが圧倒的な発言力を持っていたことは確かでした。

「ドイツ帝国」は,日本に当てはめて言えば,版籍奉還後,廃藩置県直前の「府藩県三治制」に近いイメージなのかもしれません。けれども,版籍奉還後の知藩事は天皇(つまり中央政府)が任命し,明治政府は各藩の統治システムへの度重なる介入で“標準化”を進めていますから,ドイツ帝国のそれよりもずっと中央集権的でした。

要するに,プロイセン=ドイツ ではないというわけです。

※※訂正※※
上で「ドイツ帝国憲法ではない」と書いたのですが,これは不正確でした。
伊藤博文がお手本にしたのは,「ビスマルク憲法」とも呼ばれる「ドイツ帝国憲法」で正解です。限定された帝国議会の権限なども,この憲法が参考になっているとされます。
ただし,各邦国がそれぞれ独自の憲法と政府を持ち,特権の保留が認められる,という点では,やはり中央集権的なものではないのですね。
日本が直接プロイセンの制度を参考にしたのは地方制度の分野で,「郡」の制度や地方議会における財産区分による不平等な選挙制度などがこれに当たります。

この辺り,私自身の理解も不正確だったので,訂正します。

[58633] 2007 年 5 月 23 日 (水) 20:54:25 山野[揖斐の山] さん
 合併方式の決定

昨日行われた第二回目の焼津市・大井川町の合併協の結果、
合併方式は「編入」で、合併期日を「平成20年11月1日」となりました。
http://www.city.yaizu.shizuoka.jp/gappei/index.htm

[58632] 2007 年 5 月 23 日 (水) 20:12:57【1】 桜トンネル さん
 京都高速、地名コレクション関係&江津市

ここで書き込みを逃してしまうと、土曜日まで書き込めない感じがするので今日書きたいことを書いちゃいます。

[58601]小松原ラガーさん

京都の新しい高速道路

これは5月の第2週目くらいに応募をしました。これもまたどんな名称で応募をしたかは、締め切ったあとに書き込もうと思います。

新十条トンネル通りの件のトンネル、どれだけ利用されるのでしょうか。

利用する人は利用すると思います。例えば、山科区役所から伏見稲荷へ行く人は高速を通るのではないでしょうか。でも、そんな短距離にお金を払わなければいけないですし、トンネルが嫌いな方もいらっしゃるので、そういう人は国道か高速道路沿いの道を通ると思います。やっぱり、それほど使う人はいないのかなぁ・・・。一度、通ってみたいという興味はありますが・・・。あと、そちらのことも気になりますが、僕が名称を考えている時に気になったのは、本当にDのインターチェンジから「久世橋線」と「堀川線」がちゃんとつながるのかな、ということです。まぁ、そこらへんはうまく接続するのでしょうが・・・。
あと、名神高速道路の京都南インターチェンジを通るたびに、いつも見ているEのインターチェンジはほとんどがもう完成していました。名神高速道路の上を通るためかものすぐく高い位置に道路が建っていました。Eのインターチェンジの出入り口と本線の合流地点はほぼ名神高速の上にあるので、出入り口の急勾配は半端じゃないものになるのでしょうね・・・。

[58591]牛山牛太郎さん
[58618]油天神山さん

「○里塚コレクション」及び「町名の○○荘コレクション」のリリース、おめでとうございます&お疲れ様でした。

[58609]みやこ♂さん
[58614]般若堂そんぴんさん
[58620]たもっちさん
[58621]牛山牛太郎さん
[58623]k-aceさん

みなさん、お祝いの言葉ありがとうございます。まだちゃんとした「完成」ではないんですけどね・・・。

[58609]みやこ♂さん

何であそこを朱雀っていうのかな。唐沢山城の南に位置するからかなぁ?

理由は調べていませんが、近日中にその理由が掲載されているホームページかなんかを見つけて、リンクにしておきます。あと、みやこ♂さんの記事([58609])も佐野市の朱雀のところに追加させていただきます。でも、「近日中」とかいいながら、一ヶ月も先になったらすみません・・・。

[58614]般若堂そんぴんさん

こうしたブァリエーションを見るのも楽しいですね.

ありがとうございます。もとは「朱雀」を「しゅじゃく」という読み方をしていたんですね。この朱雀のコレクションを集めるまでまったく知りませんでした。今まで「朱雀」は「すざく」と読むと思っていたので・・・。でも、パソコンで「朱雀」を打ち込む時は「じゅじゃく」や「すじゃく」では表示されず、「すざく」と打ち込んだ時だけに「朱雀」が出てきます。やっぱり、「朱雀」を「すじゃく」と呼ぶようになったのは不思議ですが、わけはなまったかなんかの理由でそういうふうになったのでしょうね。ということでこれも、コレクションの説明が気のところに書いておくことにします。

[58620]たもっちさん

縦(朱雀大路沿い)にあることにまったく気付いていませんでした。これもまたおもしろいことを見つけてありがとうございます。これもあとでコレクションの説明に追加しておくことにします。確かに「太秦朱雀町」はこの朱雀大路沿いにありませんね。はて、なぜなのでしょうね。これもまたあとで調べておきます。

[58621]牛山牛太郎さん

私が真っ先に思い浮かべたのが玄武洞です。

洞窟名を入れようか入れまいか悩みました。実は北九州市にも「青龍洞」(確かそんなんだったと思います。)というものがあり、作成中は入れていました。でも、洞窟は少し違うような気がしたので、除外することにしました。ですが、やっぱり入れようと思い、コレクションの説明書きのところに「暇があれば洞窟も追加する予定」と書いておいたというわけです。

話が変わりますが、焼津市と大井川町の合併協議会はどうやら新市名を「焼津市」、新市役所を焼津市役所になり、合併期日は2008年11月1日になったようです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070523-00000050-mailo-l22

訂正【1】:追加を追加しました。

[58631] 2007 年 5 月 23 日 (水) 20:04:44 みやこ♂ さん
 三山コレクションに歴史アリ+雪渓コレクション+すじゃく

[58613] 油天神山 さん
まだご覧になっていない方は是非とも見に行きましょう。油天神山も推薦の、地名コレクション屈指の名コレです。
[58623] k-ace さん
「浦安三山」、「タルシス三山」が収録されている「三山」コレクションは私もイチオシです。
・・・・あまりに身に過ぎた賛辞,わたくし照れてしまいますわ。。。でもこの三山コレクションは,10個を超えるわたくし担当のコレクションの中でも,特に皆さんから頂いた力を結晶させたものであります。そもそもこの企画は[35693]で 今川焼 さん が
むしろ「三山(さんざん)コレクション」として別にまとめた方がおもしろいかもしれません。みやこさんいかがですか?
と,わたくしに振ってくださり(当時はまだ“♂”がついていませんでした),それを受けて futsunoおじ さんが,[35714]
他のH.P.で全国の三山を紹介のリストがありましたので、やりにくいと思いましたが、みやこさん どうでしょう。
と,背中を押してくださり,そして「気まぐれ山歩全国三山巡り」のオーナーさんにメールで照会したところ,すぐに快く転載のご承諾を頂き発足したコレクションです。
その後はもちろん,この落書き帳に訪れる皆々様からたくさんのご推薦を頂き,育てていただきました。先刻ご承知のとおり,三山コレクションは多くの方々の協力を得てここまで来たものなのですね。わたくし,中身をもっと充実させたいと思いつつもなかなかメンテができませんで,編集担当子として,むしろ申し訳なく思っています。


それから [58623] k-ace さん
「雪渓」コレクション、地名コレクション案としての採用、ありがとうございます。
さて、どなたが、「雪渓」コレクションの編集担当者になられるのか楽しみにしておきます。
とのこと。わたくしてっきり k-ace さん が立候補されるものだとばかり思っておりましたが。。。そうですか,では futsunoおじ さん,行かれますか?それともわたくし,行きますか??それよりしばらくどなたかの立候補を待ちますか???


[58614] 般若堂そんぴん さん
本来は「しゅじゃく」なのですね.「四神」ではもちろん「しゅじゃく」.年号も,本来は「しゅじゃく」のようですが,あるいは資料によって異なるかも知れません.
(中略)
コレクション内では他に「すじゃく」という読みがあります.こうしたヴァリエーションを見るのも楽しいですね.
レスいただきましてありがとうございます。そうですか,むしろ「しゅじゃく」が普通とは。わたくし「四神」も「すざく」と読んでおりました。考えてみれば雀は「じゃく」か「じゃん(?)」が普通ですもんね。勉強になりました。そして,あの書き込みのあと,自分で「しゅじゃく」と口に出してみたところ,どうも「すじゃく」とも聞こえる。「なんだよ,しゅじゃくもすじゃくも変わらないじゃん」と思ってしまった今日この頃。タハハ。
(因みに,「朱雀」の正体がラドンである,というのは「玄武」の正体がアンギラスである,というのと同程度に確かとされていましたが,最近では「朱雀」=イリス,「玄武」=ガメラ説も主張されている……わけがありません)
白虎ならぬ「リ虎(リトラ)」の正体がラドンなのは知っておりまする。。。(駄)

[58630] 2007 年 5 月 23 日 (水) 18:28:18 油天神山 さん
 「町名の○○荘」のことなど

[58620]たもっちさん
「中山荘園」については、僕も正確なことはわかりませんが、モダニズムの時代よりもっと昔の荘園に由来すると聞いたことがあるような気がします。

[58624]EMMさん
「町名の○○荘」コレに記載されている石川県河北郡津幡町井上の荘ですが、ここは石川県住宅供給公社が造成した新興団地だったりします。
が、団地名(そのまま町名になりました)は中世に津幡付近に存在した荘園(井上荘)からとったような話を聞いた覚えがあります。

情報提供ありがとうございます。
「中山荘園」の地図リンクを貼るときに、町内に「中山荘園古墳」があることに気付いて「おや?」とは思ったんですよ。阪神間モダニズムな古墳名というのは、あり得ないことではないでしょうが些かしっくり来ませんものね。こういうことはいくら地図とにらめっこしても判らないことなので、本来は中世の荘園関連の資料などに当たるべきところではあるんですよね。やっぱり図書館通いをしないといけません。
 ・・・これって「小倉百人一首」コレのリリース時にも同じことを言ったなあ。でもなかなか時間が取れません・・・(涙)。

「井上の荘」の命名は何やら「古い皮袋に新しい酒を盛る」(逆かな?)の喩えを思い起こさせる話ですね。でもこんな風に新しい町に古い名前をつけるというのは、あちこちで行われているんでしょう。単純に「○○しょう」が古くて「○○そう」が新しいとは言えない訳です。そこそこの傾向は読み取れても、例外も多数存在する、地名の由来は実に複雑であることをお二人のコメントによって改めて思い知らされました。

それから「狼森と笊森、盗森」には丁寧なコメントをいただきまして、ありがとうございました。
「黒坂森」はもう全然森じゃなくなってしまっているのですね・・・ご紹介のHPの写真を見て、ちょっと感傷的になってしまいました。賢治の童話に登場したような山男はもうどこにもいないんだなあ、なんて。

[58629] 2007 年 5 月 23 日 (水) 12:53:45【4】 k-ace さん
 レス四題

こんにちは、k-aceです。
レスし忘れていたものを四つほど。

[58566] じゃごたろ さん
「小鳥谷(こずや)」も、鉄道好きには普通に読めて、岩手県に住んでいても読むことが出来ないかもしれません。。。
この書き込みを見て、備後落合駅からすぐの庄原市西城町「小鳥原」を思い出しました。読み方は「ひととばら」。普通は読めない…。
なお、[58589](私)の「這田」の読みは「ほうだ」です。


[58575] hmt さん
江戸時代から続いた舟運の最後の積荷は都市が出す廃棄物だったのでしょう。御茶ノ水の濠では汚穢舟が働いていました。
今、神田川で見かける船といえば、神田川の中継所から家庭の不燃ごみを載せて中央防波堤を往復する船だけだそうですね。舟運にとってかわったものなのでしょうか?


[58601] 小松原ラガー さん
六つのインターチェンジ(ランプ)と一つのトンネルの名称を募集している模様です。
ということで、私も応募してみました。


[58615] ゆあ さん
新潟県の市町村看板の絵

北海道ではカントリーサインというのですが、それに興味を持ったのです。

Wikipediaによれば、
カントリーサインとは、主に道路沿いなどに設置されている標識の一種である。都道府県市町村の境界となる道路上に設置され、行政地域の名称と共に、県章および市章や各々の町の名物などシンボルを掲げているのが特徴である。
とのことで、別に北海道にあるもの・高速道路にあるものだけをカントリーサインと呼ぶわけではありません。

ということで、カントリーサインと呼ぶのは全国共通ですよ。別に北海道に限ったことではありません。
北海道の場合、北海道テレビ放送の人気番組『水曜どうでしょう』の影響で有名になったこともあるんでしょうけど(あ、これWikipediaからの引用ではありません。私の頭の中には「北海道でカントリーサイン」といえば『水曜どうでしょう』というのが既にありまして)。

(訂正)
【1】・【3】…文を追加。
【2】…誤字を訂正。
【4】…脱字を追加。一部文章の表現を訂正。

[58628] 2007 年 5 月 23 日 (水) 10:00:40【1】 はやいち@大内裏 さん
 議会

6月県議会の日程です
山口6/20-7/6美祢市
鹿児島6/12-7/2南九州市

[58627] 2007 年 5 月 23 日 (水) 05:50:21【1】 88 さん
 市制・町村制について

[58214] 拙稿 「『府藩県一般戸籍ノ法』、大区小区制などについて」、[58394]「郡区町村編制法について」の続きです。
まず、引用ばかりですが、市制・町村制の背景及び趣旨を説明する、いい文章が続出していますので、ご容赦を。

参考文献
(1)「地方自治百年史 第一巻」平成4年3月30日発行、地方自治百年史編集委員会編集、地方自治法施行四十周年・自治制公布百年記念会発行、財団法人地方財務協会
(2)「香川県史 第五巻 通史編 近代I」昭和62年3月30日発行、編集・発行:香川県、四国新聞社

―――――――――――――――――――――――――
★その1 文献(1)より
(二重引用になる「  」は、山縣有朋談「徴兵制度及自治制度確立ノ沿革」(明治憲政経済史論、明治百年叢書 山縣有朋意見書 所収)です。
山縣原文(「  」内)はカタカナをひらがなに引用者(88)が置き換えました。(これだけで私にとっては随分読みやすくなりました。))
 江戸時代の町村の規模は、幕藩体制が下部単位に対して採った要請に基づいて成立していた。一言でいえば、その区域の要件は、年貢を請負ってそれを領主に確保する能力であった。そこでは村費において用排水関係の経費が大きなウエイトを占めていた。・・江戸時代の村は、・・・基本的には、一つの生産共同体であったということがいえよう。
 明治以降になると、町村費の中で、地方村役場関係の経費のウエイトが高まり、その中に地券、戸籍、徴兵等明治国家の形成に伴う政府関係の仕事が増えてくる。特に、学校関係の経費の増大が顕著になる。
 こうなってくると、江戸時代以来の生活・生産共同体的な村の規模では、これに対応が困難になってきた。・・・本格的な地方制度である市制・町村制の施行をひかえ、制度が要求する行政単位としては、従来の町村の規模では、人的能力も負担能力も十分でないと認識されるに至ったのである。
 このように、明治の大合併は、社会経済の発展による生活空間の拡大というような自然発生的な要因に基づくのではなく、明治国家の下部機構を担う行政単位としての能力の創出という行政便宜的な要因に基づくところにその大きな特色がある。
 この矛盾は、明治政府の当局者も認識していた。町村合併の強行には、政府部内にも金子堅太郎のように、将来実体が伴うようになってから自然な形で町村合併をすべきである、という意見を主張するものもいた。制度の創立責任者である山縣有朋自身が、後年、「従来より存在せる町村の区域を濫りに変更す」ることは、「恰かも数家を合併して団欒たる一家を造成するの不自然にして、好結果を奏し得さるが如く・・・数箇町村を併合して一町村と為すとも、其の町村民相協同して能く自治を為すこと極めて難かるへし、是れ寧しろ当然の懸念たり」と述べ、町村合併の強行は、「自然に発達し来りたる天然の部落を併合するものにして、暴断なるか如き観なきにもあらす」と評している。
 しかし、山縣も述べているように、「・・・・・当時全国町村の数七万に余り、小町村に至りては、僅かに三十戸又は四十戸を有するに過ぎす。今之に対して新町村制を適用するとも、其の実効を奏するは、炭火を擁して涼風を求むるの類たるへし。則ち多数の町村は、到底自治体として独立の能力を有せさること、瞭として※日を覩るよりも明かなり」という認識が、「新自治制を実施する為めには、町村の併合を為すの必要已むを得さるものあり」として、「日夜殫思し、終に意を決して百難を排し、新町村制の実施以前に於て、先つ町村併合の処分を断行することとした」のである。
(※は白+「激−さんずい」)
★その2 文献(2)より
これも、カタカナをひらがなに引用者(88)が置き換えました。
「今市制・町村制を設くるは、地方自治及分権の主義を実行するに在り。自治分権の法を施すは即立憲の制に於て国家の基礎を鞏固にする所以のものなり。蓋町村は自然の部落に成立ち、百端の政治悉く町村の事務に係らさるものなし。今や中央政府の制度を整理するに方り、之に先て地方自治の制を立てんとするは目下の急務なり。地方の制度整備せすして独先中央の組織を完備せんことを求むるは、決して順序を得たるものに非ざるなり。故に国家の基礎を鞏固にせんと欲せは、必先町村自治の組織を立てさるを得す。之を喩へは町村は基礎にして国家は猶家屋の如し。基礎鞏固ならす、家屋独能く堅牢なるの理ある可からす。且今憲法を制定せられ、国会を開設せらるヽも僅々一両年を出てさるの秋に方りたれは、益々地方制度の確立は一日も猶予す可からさるを見るなり」(亀卦川浩「明治地方制度成立史」)
★その3 文献(2)より
これも、カタカナをひらがなに引用者(88)が置き換えました。
M21.6.13各地方長官あて内務大臣訓令
町村制を施行するに付ては、町村は各独立して従前の区域を存するを原則となすと雖とも、其独立自治の目的を達するには、各町村に於て相当の資力を有すること又肝要なり。故に町村の区域狭小若くは戸口僅少にして、独立自治に耐ゆるの資力なきものは、之を合併して有力の町村たらしめさるへからす。
★その4 文献(1)より
「自治制定の顛末」大森鐘一述、内務省書記官 大森鐘一の回顧談
「・・・一面より見ると、廃藩置県よりは寧ろ此の二二年の町村合併こそ明治政府の英断といふことができるであろうと思ふ。・・・往昔から自然に存在して居った天然の部落を適宜に分合するといふことは、是れ亦容易ならぬことである。・・・調査の時日が少なく、実施の日が切迫して居って、今日より回想すると、俗にいふ盆と正月が一緒に来たような有様であった。」
―――――――――――――――――――――――――

さて、時系列的に触れます。参考文献は冒頭のとおりです。
年月日事項香川県の例
(25)M21(1888).4.17市制・町村制公布(官報は4.25付け)
(26)M21(1888).12.3第三次香川県設置
(27)M22(1889).4.1市制・町村制施行(35府県)
----26府県(31市)、9県(市なし)
M22(1889).5.1市制・町村制施行(2府県)
----東京府(東京市)、宮崎県(市なし)
M22(1889).6.1市制・町村制施行(1県)
----岡山県(岡山市)
M22(1889).7.1市制・町村制施行(2県)
----山梨県(甲府市)、岐阜県(岐阜市)
M22(1889).10.1市制・町村制施行(3県)
----愛知県(名古屋市)、鳥取県(鳥取市)、徳島県(徳島市)
M22(1889).12.15市制・町村制施行(1県)
----愛媛県(松山市)
M23(1890).2.15市制・町村制施行(1県)香川県市制・町村制施行
----香川県(高松市)

郡区町村編制法の後、戸長役場管轄区域の拡大や戸長官選制などは、官治的統制の強化という色彩の強いものでした。しかし、これは財政面など町村情勢の緊迫化に対する応急処置的な性格を多分にもっているもので、憲法を頂点とする国会体制の整備の中において、永続性をもつ体系的な地方制度がいずれは必要という認識は政府にもありました。
M15には憲法調査のためにプロイセン帝国に派遣された伊藤博文の取調項目の中に「地方制度ノ事」が含まれ、また、内務大書記官村田保による町村法草案(M17.5)、政府雇ルードルフによる町村法草案(M18〜19頃)、内閣雇ドイツ人顧問ロェスレルの意見書(M19.10.23)、内閣雇ドイツ人顧問モッセの意見書(M19.7.22)など、さまざまな検討がなされてきました。M20.1.24付けで政府は「地方制度編纂委員」を任命し、山縣有朋内務大臣が委員長に就任しました。そして何度も案を作成し、修正を重ねた上で、M21.4.17に市制・町村制が公布されました。

市制・町村制を導入した理由は、冒頭の各引用でも触れたように、明治政府の方針としての、国家の基礎の創造というのが主たるものでした。
市制は、M22.4.1より、地方の情況を裁酌し、府県知事の具申によって内務大臣が指定する地に施行することに附則で定められていました。内務大臣は、M22.2.2内務省告示第1号で36箇所を指定したのを初め、同年中に数回に分け計40箇所を市制施行地に指定しました(このあたりの詳細はIssieさんのHPを参照してください)。
町村制は、M22.4.1より、地方の情況を裁酌し、府県知事の具申によって、内務大臣の指揮をもって施行すべきこと、また特別の事情がある地方では、勅令をもってこの上記を中止することがあること、北海道、沖縄県その他勅令をもって指定する島嶼には施行しないことが附則で定められていました。
これらの規定により、市制施行と同時に町村制が施行され、市制施行地を持たない県では町村制のみが順次施行され、M23.2.15の香川県で予定された全土の市制・町村制の施行が終わりました。
(最初の「市制」に関しては、落書き帳創成期(記事番号二桁時代!)にこんな議論もありました。)

「独立自治に耐ゆるの資力なき」町村は、合併によりその資力をつくり出すことが要求され、その規模は「大凡三百戸乃至五百戸を標準」とする基準が示されました。独立自治の目的を達しうる町村は分合を必要とせず、またM17年改正による「現今の戸長所轄区域にして、地形民情に於て故障なきもの」は戸長役場管轄区域のまま町村合併を進めるよう指示されました。
なお、合併された旧町村は新町村の大字となり、その大字の名称のまま現在に至っているものが数多くあるのは、既にご承知のとおりです。

[58626] 2007 年 5 月 23 日 (水) 03:59:40【1】 むっくん さん
 雑多なレス2題

[58601]小松原ラガーさん
京都の新しい高速道路
私にとって新十条通のトンネルが出来て便利になることは、トンネルを出てすぐのところにある桃華林という山科区の中華料理屋に行きやすくなることだけのような気がします。

[58619]Issie さん
堀川駅
地下鉄丸の内駅から愛知県立図書館に行く途中に、堀川駅の跡地をよく見かけましたがすごい辺鄙な場所にあったんだなと感じました。お濠を通っていた時の実質的なターミナルは堀川駅の2駅手前の大津町駅だったと聞き及んでいます。

名鉄は“地下鉄”で 栄(←この地名,本来の「栄町」に比べて大変に不評ですね)へターミナルを移すことになって…
この時の市道久屋大通の地下を通っての栄乗り入れを名古屋市が同意することへの見返りとして、名鉄は名古屋市に対して寄付金の支払い及び豊田新線の一部区間(八事〜赤池:現在の地下鉄鶴舞線の一部)の建設免許の無償譲渡をする羽目になりました。
この時の名古屋市の強気な態度は大正11年の名古屋電鉄市内線の名古屋市への譲渡の再現を見ているかのようです。

私が中学生で CK(NHK名古屋) 制作の「中学生日記」をよく見ていた頃,もちろん「竹下景子」という“生徒”はもう出演しておらず(「戸田恵子」という生徒は出演していたろうか),メインの先生は美術の「風間先生」であったけど,
現在の先生の名前は名古屋市営地下鉄の駅名からつけられています。御器所先生とか。。。
最近「中学生日記」を見て、かなりの部分が名古屋市の守山区や東区で撮影されているな、と感じました。

[58625] 2007 年 5 月 23 日 (水) 02:46:48【2】 むっくん さん
 大津市の一里塚&「海峡」コレクション

[58591]牛山牛太郎 さん
「○里塚」コレクションを先ほどリリースいたしました。
リリースおめでとうございます。さて、気づいたところを2点ばかり。

粟津(鳥居川)一里塚
粟津(鳥居川)一里塚は、粟津一里塚とした方がいいと思います。
なぜなら一里塚があったとされる場所(現在は関西NECの敷地内とも言われていますが…)は鳥居川村ではなく別保村でしたから。。。
#鳥居川村も別保村も粟津荘を形成する村の一つでした。

石場(大津)一里塚
石場の一里塚の位置は、私が小学生のころに聞いたところによりますと、確か現在牛山牛太郎さんが示されている位置より約50m西のここであったような。。。


次は別件の業務連絡?です。
「海峡」コレクションで、地図のリンク先URLから
&CE.x=○○○&CE.y=○○○
の部分を削除された方がいいのでは、と思いました。実際の位置よりかなり西側の場所を指し示していますから。。。


具体的には
根室海峡,奥尻海峡,津軽海峡,兄島海峡,佐渡海峡,明石海峡,紀淡海峡,厳島海峡,大畠海峡,関門海峡,小門海峡,隠岐海峡,小鳴門海峡,堀越海峡,土渕海峡,瀬木戸海峡,来島海峡,豊予海峡,対馬海峡,早崎海峡,元ノ間海峡,長島海峡,甑海峡,種子島海峡,トカラ海峡,大島海峡,慶良間海峡,阿嘉海峡,ワルミ海峡
です。
ただ上記に挙げたものの中で、隠岐海峡は例えば
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=35.47.17.157&lon=133.21.51.805&la=1&sc=9&mode=map&size=s&type=static&pointer=on
に、小鳴門海峡は例えば
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=34.13.56.202&lon=134.35.32.081&la=1&sc=5&mode=map&size=s&type=static&pointer=on
に、堀越海峡は例えば
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=34.13.44.626&lon=134.37.10.320&la=1&sc=4&mode=map&size=s&type=static&pointer=on
に、土渕海峡は例えば
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=34.28.60.091&lon=134.11.4.421&la=1&sc=4&mode=map&size=s&type=static&pointer=on
にした方がよいようですが。

[58624] 2007 年 5 月 23 日 (水) 01:44:15 EMM さん
 人に歴史有り、地名コレクションにも歴史有り

[58617] 油天神山さん

まず盗森、黒坂森の方から。
何となく「以前話題になってなかったっけ?」と思って検索してみましたが、そうではなかったので何と勘違いしたのか思い出してみたところ、こういう事でした。
2年ほど前に岩手に出張に行くことがあり、その前だったかあとだったかに県別地図を見ていたら小岩井農場近隣にいくつか「○森」があるのを見つけ、「森」コレに出てるかな、と思って見てみたら出てないのがある。
で、ウオッちずを見たら盛り上がっている風がないので何となく納得した、と言うものでした。
…と書くと「???」と思われるかもしれませんが、実は私、「森」コレの3代目の編集者なのです。
現在収録されている地名はほとんどが初代編集者であるぺーロケさんがとりまとめたものでしたものでして、盗森、黒坂森は地形から判断してぺーロケさんが採用しなかったんだろうと得心して見てました。
(ただし、出張のあった時期は2代目編集者の地名好きさんにバトンタッチした頃の話であります)
さて、改めて地図を確認してみると、やっぱりピークらしい感じでない。
でももしかしたら超低い丘なのかも、と思い更に調べてみました。
国土情報ウェブマッピングシステム現地の航空写真を見てみると、黒坂森付近は切り開かれて草地のようになっている、盗森付近は森ですけど何やら人の手が入ったふしがあるような、無いような。
それでも「盛り上がった地形」なのかどうかは判別し難いのでまだ何か情報がないか調べてみたら、現地まで行ってきた人たちのサイトを見つけました。
レポートの写真を見ると、黒坂森は開墾されて平?になってしまっています。
一方、盗森は木は伐採されているようですが、そのために逆に地形がはっきり分かる状態で、盛り上がった地形であるようです。
しかしながら、ウオッちずで等高線にそれが反映されていないとなると、高さは平らな面から見て2〜3m程度なのでしょうか。
今回は現地の写真が見つかりましたが、他にも似たようなものが出てきた場合に同様に確認できるかどうか分かりませんし、本コレクションに関してはやっぱりウオッちずでピーク上の地形であることが確認できるものに限定したいとおもいます。
と言うことでご了承下さい。

もう一方の狼森の読みに関して。
「狼」コレで狼森を拾ったのは2005年1月の事でした。
また、「森」コレに狼森が収録されたのは、地名コレクション更新履歴を見ていくと2004年7月の事のようです。
この頃は「おおかみもり」と書かれていたのがいつの間にか「おいのもり」に変更されていた…となると、当然直された後の方が正しい読み、と判断して良いでしょう。
これは後で修正しておきます。
細かいことを言うなら「おおいぬ」→「おいの」と訛り、更に地名になる段階で「おい」になっていった、ということなのでしょうね。
私が「狼」=「おい」と思った理由は、「『の』が助詞的に表現されている地名も多い」「『の』が付かない地名も散見される(主に福島だが、岩手にもそれらしい地名がある)」からなのですが、果たしてどうなんだろう…と思って調べたら、「おいの」は岩手・宮城・神奈川・新潟などの方言として書かれているところがいくつもありました。
説明文もちょっと考えた方が良さそうです。

おまけ。
「町名の○○荘」コレに記載されている石川県河北郡津幡町井上の荘ですが、ここは石川県住宅供給公社が造成した新興団地だったりします。
が、団地名(そのまま町名になりました)は中世に津幡付近に存在した荘園(井上荘)からとったような話を聞いた覚えがあります。

[58623] 2007 年 5 月 23 日 (水) 01:40:48【3】 k-ace さん
 地名コレクションレス

こんばんは、k-aceです。
「○里塚」、「四神」、「町名の○○荘」の各コレクションリリースおめでとうございます。
私もようやく「疎水」コレクションの編集に向けてとりかかり始めたところです。
「疎水」(厳密には「疏水」)にも百選があるんですね。疏水百選(疏水名鑑より)

[58614] 般若堂そんぴん さん
「四神」ではもちろん「しゅじゃく」.年号も,本来は「しゅじゃく」のようですが
朱雀天皇は知っていますが、年号に「朱雀」なんてあったかなと思ったら、私年号(逸年号)にあったんですね(日本の公的年号にはありません)。日本の公的年号しか扱っていない「年号」コレクションには何の影響もありませんが。

[58597] みやこ♂ さん
何と言っても三山コレクションには伝説の「浦安三山」,「タルシス三山」も入れているくらいですから。
[58613] 油天神山 さん
これを収録するときには、「地名コレクションは数々あれど、海外の地名を収録するコレは他にあるまい」と密かにほくそ笑んでいたのですが、・・・上には上があるのですね、海外どころか地球外の三山まで収録した「三山コレクション」が!
 まだご覧になっていない方は是非とも見に行きましょう。油天神山も推薦の、地名コレクション屈指の名コレです。
この書き込みをみて、「年号」コレクションに昭和基地(南極)を追加してみました(収録件数からは除外ですが)。
「浦安三山」、「タルシス三山」が収録されている「三山」コレクションは私もイチオシです。

[58604] EMM さん
[58608] みやこ♂ さん
「雪渓」コレクション、地名コレクション案としての採用、ありがとうございます。
さて、どなたが、「雪渓」コレクションの編集担当者になられるのか楽しみにしておきます。
地名コレクションのページに「雪渓」コレクションの名が載るのはいつの日か…。


#護持、もとい、誤字を訂正(なぜか「ごじ」と打つと「誤字」よりも「護持」が先に出てくるときがある我がパソコン。「護持」なんて打った記憶ないけどなぁ。なお、「護持」は熟語だけでなく、地名にも存在します。姫路市夢前町護持)。

[58622] 2007 年 5 月 23 日 (水) 00:15:39【1】 稲生 さん
 京都大原・鞍馬・京北&トカラのお話

稲生です、こんばんは。

昨年の今ごろの宿題だったのですが、先週の水曜(5/16)に京都府の旧京北町に行ってきました。 (5/16の明細

その時は、京都府京北町の京都市への編入合併後の行政区の所属が、何故、右京区なのか?などと、いろいろお尋ねしたのですが、 (京北町
結局のところ、[51428]にて たもっちさんがおっしゃるとおり、
「小野郷・中川地区は、なぜ、右京区じゃなくて北区なんだろう」
ということに尽きると思いました。
周山街道(国道162号)は立派に整備されていて、旧・京北町の細野簡易局から京都宇多野局までは、45分ほどで到着できました。

[58582]役チャンさん
トカラのレントゲン船にて有人7島に、すべて上陸されたそうで、素晴らしいことです。
[58589]k-aceさんご紹介の「南洋トカラ航路 第一次航」ですが、たまたま見ました。(あっ、もうすぐ再放送が始まる時間ですね。)
このトカラ列島のうちの3つの島にある郵便局めぐりは、コアなメグラーにとっては、魅力あるもののようで、私の知り合いで今年の5/17に訪問した方 (訪問記) と三年前に訪問した方 (訪問記)がいらっしゃいますので、ご紹介いたします。

発言追加:今年の方の訪問記には、役チャンさんと思われる人のことも記載されているみたいです。

[58621] 2007 年 5 月 22 日 (火) 23:49:34 牛山牛太郎 さん
 亀。

みなさま、おばんでございます。

[58599] 2007 年 5 月 21 日 (月) 21:06:24 桜トンネル さん。
四神コレクションリリース、おめでとうございます。
これは当てはまるかわかりませんが、私が真っ先に思い浮かべたのが玄武洞です。
ご参考までにどうぞ。


[58610] 2007 年 5 月 22 日 (火) 06:00:01 inakanomozart さん。
 東海道 府中(駿府)の一里塚

これは、慶長年間に家康が「本通」から「新通」に東海道を付け替えたからです。
つまり、一里塚は旧々東海道にあったということになります。

丸子一里塚 まるこいちりづか
丸子は「まるこ」ではなく「まりこ」です。

情報提供ありがとうございます。
早速修正いたしました。これからも宜しくお願いします。

[58620] 2007 年 5 月 22 日 (火) 23:38:33 たもっち さん
 これれす

ロータリー情報が山積していますが、すみません、もうしばらくお待ちください。今日は他のコレに関するレスです。

[58599]桜トンネルさん
「四神コレクション」を正式リリースしました。
リリースおめでとうございます。
ざっと眺めて目に付いたのは、京都に「朱雀」が多いことです。でも、「朱雀○○町」が下京区というのを見て、「あれ?」と思ってしまいました。「朱雀」と言えば、中京区のイメージがありましたから。拙稿[48954]でもリンクしたこちらの地図を見れば、中京区の西側の実に約半分が「朱雀」学区ですから無理もないかもしれません。ただ、町名として存在しているのは、「壬生朱雀町」だけで、町名としては下京区のほうが大きなエリアを占めているのですね。目からウロコでした。
ところで、これらの「朱雀」の位置をよく見てみると、中京区のと下京区のはおよそ同じ経線に沿って並んでいることがわかります。この線に沿って平安京の中心を「朱雀大路」が貫いていたと言われています。「朱雀大路」はもちろん京の南限の九条大路までで終わるわけですが、この線をさらに南に伸ばしていった先に、実は「横大路朱雀」があるのです。
平安京を囲んだ「四神」のうち、「朱雀」については、今の伏見区、宇治市、久御山町にかけて広がっていた「巨椋池」とする説が最も有力と言われていますが、この「横大路朱雀」こそが、平安京の南を守る「朱雀」だったという説もあります。この説を唱えられた京大の足利教授の本が家にあるはずなので、今ちょっと探したのですが、すぐ見当たりませんでした。その代わりに、足利教授の講演録を見つけました。少し長い文章ですが、上から4分の3辺りのところに「四神相応」の考え方についての説が述べられています。「白虎」についても、従来定説とされてきた山陰道ではなく「木嶋大路」がそうだと説明されていますが、それと合わせて図示してみると、対称性に優れた非常に美しい全体像が見えてきます(上記のページでは図が割愛されているのが非常に悔やまれます。)。僕はこの説を本で読んで以来、平安京の「四神」は足利説が正しいに違いないと信じてしまっていて、山陰道とか巨椋池とか言われても、「違うよ違うよ〜」と思ってしまうのでした。

ところで、ここまでの話に出てこなかった「太秦朱雀町」は、上記の経線からも外れているわけですが、何で「朱雀」なんでしょ・・・?


[58618]油天神山さん
先ほど「町名の○○荘」コレクションをリリースいたしました。どうぞご笑覧下さい。
こちらもリリースおめでとうございます。
宝塚市の「○○荘」が4つ載っていますが、高校時代には、拙稿[58363]で触れた「寿楽荘」のほか、「平井山荘」「星の荘」にも友達が住んでいました。そのほか、西宮市の「名塩山荘」、堺市の「日置荘」にはロータリーがありますし、何となく親しみを覚えるコレクションです(笑)。

 なお、本コレクションには町名の「荘園・荘苑」もおまけで収録しました。「○○園」には入れそこなったものの、これも集めてみると阪神間モダニズムの香りが立ち昇ってきたので、載せると面白かろうと思ったのです。
とのことですが、「中山荘園」については、僕も正確なことはわかりませんが、モダニズムの時代よりもっと昔の荘園に由来すると聞いたことがあるような気がします。でも、検索してみてもそれらしい記事は見当たらず、むしろもっと昔の古墳時代の遺跡に関する記事がたくさん出てきました。確かにあの辺は他にも古墳がたくさん見つかっているところで、歴史を相当遡れることは想像できますが、「荘園」と呼ばれる由来については結局わからずじまいでした。役立たずですみません。



以下は、コレから離れ、余談です。
[58601]小松原ラガーさん
阪神高速道路株式会社が建設しているいわゆる「京都高速」ですが、六つのインターチェンジ(ランプ)と一つのトンネルの名称を募集している模様です。
既に応募しました。ほとんどは選択肢の中から選びましたが、仮称「鴨川西」だけは「その他」とし、「勧進橋」と書きました。

因みに、個人的な意見で申し訳ないですが、私の値ごろ感ではトンネルの両端のIC間のみの利用なら200円から、百歩譲っても300円まででしょう。払っても。
ところが、今のところ、そこだけの利用でも普通車450円の予定だそうです。ただし、油小路線とつながるまでは、ETCでその区間だけ利用した場合(油小路線のみの場合も)、350円になる予定とか。京都市の市会では、引き続き、運賃引き下げを阪神高速に求めていくという答弁がされたりもしていますが、阪神高速側も建設費を45年で返済するという枠組みがあるため、応じてくれるかどうかはわかりません。

(実際、油小路通が国道1号線に並行するように整備されていますが、それでも国道1号線の混雑はそんなに変わっていないのでは。)
これについては、結構緩和されているように思います。といっても、今も昔もそれほど1号線を使わないので、あまりあてにならない感想ですが。

[58619] 2007 年 5 月 22 日 (火) 22:57:04【1】 Issie さん
 中学生日記

[58603] hmt さん
神田山切り通しの効果

かつて,同じような方法で都心に潜入した鉄道がありました。
それは,名古屋の 瀬戸電気鉄道(現・名鉄瀬戸線)。
名古屋城のお濠の底を通り,県庁や市役所,その他の官庁や主要企業のひしめく名古屋のCBD(中枢業務地区)をすり抜けて 堀川駅 までもぐりこんでいました。
途中に,「おたく」な人々(←当時は,このような呼び方はなかった)には有名な ガントレット という施設を挟み込みながら,堀川まで到達し得たのも,お濠があったればこそのことでした。

結局,東方の終点とは違って,お濠を活用することのできなかった 中央線 は,既存の市街地を遠巻きに南に迂回する“鍋弦線”とならざるを得なかったのでした。

けれども,その後の名古屋の都市構造の変化から,堀川のターミナルとしての利便性は低下し,名鉄は“地下鉄”で 栄(←この地名,本来の「栄町」に比べて大変に不評ですね)へターミナルを移すことになって…

私が中学生で CK(NHK名古屋) 制作の「中学生日記」をよく見ていた頃,もちろん「竹下景子」という“生徒”はもう出演しておらず(「戸田恵子」という生徒は出演していたろうか),メインの先生は美術の「風間先生」であったけど,
そのころ,画面に映る“瀬戸電”は,まだ地面を走っていました。
…でも,お濠底の区間は,もう廃止(休止?)されていたんだったかな。

[58618] 2007 年 5 月 22 日 (火) 20:43:44 油天神山 さん
 「町名の○○荘」コレクションリリースのお知らせ&編集覚え書き

連続投稿失礼します。

先ほど「町名の○○荘」コレクションをリリースいたしました。どうぞご笑覧下さい。

 今回、「町名の○○園」に続く町名シリーズをリリースする運びとなりましたが、「○○園」と同じく採用基準が二転三転しました。以下、「編集覚え書き」と言えば聞こえは良いですが、要するに言い訳です。

 初めは「○○園」と採用基準を統一するつもりでいたのです。つまり、「○○荘」は採用するが、「○荘」は外す。ただし○の部分の読みが3音以上のものは「○○荘」のバリエーションと見なして採用する、と。
 ところが、作業を始めて早々に、この基準は成り立たないことが明らかになりました。なぜなら、「○○園」には皆無だった「○○の荘」というパターンがいくつも出てきて、一筋縄では扱えそうになかったからです。「西荘(にしのしょう)」は採用で「西荘(にしじょう)」は不採用というのは、「緑園(みどりえん)」を採用して「緑園(りょくえん)」を不採用にした「○○園」以上に説得力がないように思えました。
 結局「○園」に比べるとずっと数が少ないこともあって「○荘」は全て採用する方向に転じたのですが、「○○園」の説明文にも記した「阪神間モダニズム」の香りを求めるという当初の動機の割には、古代から中世にかけての荘園に由来するような町名が結構多いのも悩みの種ではありました。
 様々に悩んでいるうち、阪神間モダニズム系の町名はでは「荘」を「そう」、荘園系の町名では「しょう」と読む傾向があることに気付きました。そこで「そう」と「しょう」を分けて収録すれば、それぞれの雰囲気が現れてくるのではないか、と閃きました。こうなると作業は非常に楽になりまして、一気に完成の運びとなりました。
 なお、本コレクションには町名の「荘園・荘苑」もおまけで収録しました。「○○園」には入れそこなったものの、これも集めてみると阪神間モダニズムの香りが立ち昇ってきたので、載せると面白かろうと思ったのです。
これに伴い、「○○園」に収録していた「白山市あさひ荘苑」を「○○荘」に移動しましたので、併せてお知らせします。

「町名の○○園」と併せ、お楽しみ頂ければ幸甚です。

[58617] 2007 年 5 月 22 日 (火) 20:11:03 油天神山 さん
 狼森と笊森、盗森

またまた地名コレクションに関連する話題ですが・・・これは編集長宛でなく、「森」コレクションと「狼」コレクション編集担当者としてのEMMさんへの、情報提供のようなそうでないようなお話です。

宮沢賢治の童話に「狼森と笊森、盗森」があります。物語はこんな風に始まります。

 小岩井農場の北に、黒い松の森が四つあります。いちばん南が狼森で、その次が笊森、次は黒坂森、北のはずれは盗森です。
 この森がいつごろどうしてできたのか、どうしてこんな奇体な名前がついたのか、それをいちばんはじめから、すっかり知っているものは、おれ一人だと黒坂森のまんなかの巨きな巌が、ある日、威張ってこのおはなしをわたくしに聞かせました。

 そこで早速地図を見てみると、確かに童話の記述の通り、小岩井農場の北、雫石町と滝沢村の境界に四つの森が並んでいることがわかります。
 このうち「狼森」「笊森」は「森コレクション」に収録済みですが、「黒坂森」「盗森」は収録されていません。
 ただ、ウォッちずで見ても「黒坂森」「盗森」はおよそ山頂らしくない地形なので、EMMさんは意識的に収録対象から外されたのかとも思いましたが・・・。いかがでしょう?
 それと「狼森」ですが、「森コレクション」には読みを「おおいぬもり」としています。私も以前国土地理院の地図で見たときには確かに「おおいぬもり」とルビが振ってあるのを見た覚えがあるのですが、今ウォッちずを見たら「おいのもり」になっていました。宮沢賢治の童話では「狼森」には「オイノもり」と振られていますので、それに合わせたのかも知れませんね。
 ちなみに「盗森」は「ぬすともり」と読みます。「黒坂森」は「くろさかもり」です(そのまんまか・・・)。

なお、「狼森と笊森、盗森」では「狼」にすべて「オイノ」とカタカナでルビが振られています。「オイノが九疋」とか「オイノどの」といった具合です。
「狼コレクション」の説明文には、
東北地方では「狼」と書いて「おい」と読む場合が多いようです。
これは狼の別名である「おおいぬ」が訛ったものと考えられます。
と書かれていて、その通りに違いないのですが、細かいことを言うなら「おおいぬ」→「おいの」と訛り、更に地名になる段階で「おい」になっていった、ということなのでしょうね。

 以上、先刻ご承知の話ばかりかも知れませんが、ご参考になれば幸いです。

[58616] 2007 年 5 月 22 日 (火) 18:53:21 なな さん
 お久しぶりです(*^_^*)

こんにちわ。
長いこと書き込みをしていなかったので、過去の書き込みを見るのが大変でした。(ほとんど見てません。ゴメンナサイ!)
というのも修学旅行であって、念のため(?)日にちをあけていました。

ここからは思い出話になってしまいますが…
一・二日目は京都観光で、三日目はユニバーサルスタジオで遊んでました。
私にとって一番の楽しみは、移動のバスとホテルの部屋と新幹線でした(^_^;)

一日目は嫌いな(好き嫌い多いのが私の短所の一つです<(_ _)>)生八ツ橋を作り…二日目は朝のバイキングで、オレンジジュースを4杯飲み一日中おなかを壊す結果になってしまいました。
腹痛どころか、そのうえホテルに携帯電話(不要物とみなされる)を置いてきてしまったため、先生に見つからないかが気がかりで観光どころではなかったです。
やはり、修学旅行に来ている人が多く、いろんな方言が飛び交っていました(*^^)v

三日目のユニバーサルスタジオは、以前来たことがあります。
新しいジェットコースター(名前忘れました)に乗りました。ジェットコースターは約6年ぶりでしたね。
ジェットコースターの恐ろしさを忘れて乗ったため、本気で泣いてました(恥)
また、「高所恐怖症(ズバリ私)の方はおやめください」のような看板を見つけたのですが、白根山ほど怖いものはないと思い、つい乗ってしまいました。(本当にやめたほうがいいかも…)
あのあとだったので帰りの楽しみだった新幹線は怖かったです。(窓側じゃなくて良かった…)

とんだ三日間だったけど経県値が2県あがりました!
また、ご当地ナンバー金沢も見ることが出来ました。(堺・成田・一宮も見たのですが、拝見済みでした)

また、移動のバスで、バスガイドさんが地名の読み方クイズをしてくれました(嬉)


[58286]小松原ラガーさん
[58290]むっくんさん

ありがとうございます!!
少なくともななさんやななさんの弟さんが生きている間は絶対に「海に抜ける」なんてことはないですね。
ですね。(^_^)
でも、頑張って生きてみます……?

阿蘇山を境に…というのも聞いたことがあります。
なんかそういうのも面白いので、調べていきたいと思います!


その琵琶湖にそびえたつホテルに泊まってきました。
日本一!ってカンジはしなかったのですが、それなりに大きいですね(印旛沼と比べたら…)
16階だったので絶景でした。写真のせれたらのせます。

[58615] 2007 年 5 月 22 日 (火) 17:50:09 ゆあ さん
 新潟県の市町村看板の絵

北海道ではカントリーサインというのですが、それに興味を持ったのです。
さて本題新発田市は、新発田城とあやめで、高速道路では、長岡市は、長岡市のキャラクターと下に市制100周年とかかれたものです

[58614] 2007 年 5 月 22 日 (火) 11:14:16 般若堂そんぴん さん
 朱雀

[58609] みやこ♂さん
わたしら子供の頃は,口が回らなかったためか,「しじゃくちょう」って呼んでましたね。大人になってからは「しゅじゃくちょう」。教科書的には「すざくちょう」なんでしょうが,わたくしはそのように言ったり聞いたりしませんね〜。
本来は「しゅじゃく」なのですね.「四神」ではもちろん「しゅじゃく」.年号も,本来は「しゅじゃく」のようですが,あるいは資料によって異なるかも知れません.
「広辞苑(第四版)」によれば,「(古くシュシャカ・シュシャクとも)」とあります.朱雀野(しゅしゃかの)という地名も掲載されています(現在の下京区朱雀).
コレクション内では他に「すじゃく」という読みがあります.こうしたヴァリエーションを見るのも楽しいですね.

なお,朱雀院,朱雀大路,朱雀門,朱雀天皇,後朱雀天皇などの固有名詞の場合は「すざく」が標準のようです.

「しじゃくちょう」という表記を見て,今は亡き「師匠」を連想しました.

(因みに,「朱雀」の正体がラドンである,というのは「玄武」の正体がアンギラスである,というのと同程度に確かとされていましたが,最近では「朱雀」=イリス,「玄武」=ガメラ説も主張されている……わけがありません)

[58613] 2007 年 5 月 22 日 (火) 08:53:47 油天神山 さん
 地名コレクションなんだかんだ

[58597]みやこ♂さん

ぐっ!そそる・・・何と言っても三山コレクションには伝説の「浦安三山」,「タルシス三山」も入れているくらいですから。何が伝説かわからない新規参入の方は,三山コレクションへGO!

[58555]拙稿で、
ゆめゆめ「番外編に入れようか」などと本気で検討なさいませんように・・・。
と申し上げたのに、もしかして本当に収録しちゃったのかと、慌てて三山コレクションへ飛びましたですよ。入ってなかったのでホッとしております(笑)。

 ところで拙コレクション「小倉百人一首」には中国の地名を収録しています。安倍仲麿の「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」が「もろこしの明州(現在の中国浙江省寧波)の海辺」で詠まれたという「古今集」の注を備考で紹介し、地図のリンクも貼っています。
 これを収録するときには、「地名コレクションは数々あれど、海外の地名を収録するコレは他にあるまい」と密かにほくそ笑んでいたのですが、・・・上には上があるのですね、海外どころか地球外の三山まで収録した「三山コレクション」が!
 まだご覧になっていない方は是非とも見に行きましょう。油天神山も推薦の、地名コレクション屈指の名コレです。
 

[58612] 2007 年 5 月 22 日 (火) 08:45:56 星野彼方 さん
 Marion レス

ここ数日ちょっとネット環境から離れた環境にいたのですが、記事の進みが早くて、追い付くだけで大変。いろいろ反応したいネタがあったり、没になりそうなロータリーを見付けたりしているのですが、とりあえずお礼だけ。

[58551] EMM さん
Mapion のURLを解析していただきありがとうございます。私の方でもある程度把握はしていたのですが、こおようにきちんとまとめていただけると助かります。ありがとうございました。

[58611] 2007 年 5 月 22 日 (火) 06:47:24 白桃 さん
 ぼっけぇ ウメェ ごっつぉ

首都圏だけかもしれませんが、東日本JRの車内広告?(ペーパーラジオ)はここのところ岡山シリーズで、先週まではママカリなど海の幸をとりいれたご馳走や味が紹介されておりました。
ところが、昨日からでしょうか、千屋牛、蒜山おこわ?など陸の宝物の紹介に変わりました。それは宜しいのですが、当然、葡萄や桃も出てきますから、通勤中ずっと自分のハンドルネームが目に入ることになるのです。マ、いいか。

[58610] 2007 年 5 月 22 日 (火) 06:00:01【1】 inakanomozart さん
 東海道 府中(駿府)の一里塚

[58591] 2007 年 5 月 21 日 (月) 01:17:30  牛山牛太郎さん
「○里塚」コレクションを先ほどリリースいたしました。
お疲れさまでございます。

東海道の一里塚中「府中一里塚」の備考欄
「なぜか、東海道から離れた場所にある。」

たしかに駿府の一里塚跡の標識は、旧東海道(江戸時代の東海道)である『新通り(SHIN-TORI)』ではなく、
一丁北側に並行して走る『本通り(HON-TORI)』にあります。
(所在地の町名で言うと「本通八丁目」)
これは、慶長年間に家康が「本通り」から「新通り」に東海道を付け替えたからです。
つまり、駿府の一里塚は現在の東海道(1号線)からすると、旧々東海道にあったということになります。
付け替えた理由としては、西から江戸方面へ行く旅人が安倍川(ABE-KAWA)を超えて駿府城下を進むとき、
「本通」より「新通」の方が、富士山を背景にした光り輝く五層七重の駿府城の天守閣がよく見えたからだと言われています。

こちらのサイトが参考になります。

丸子一里塚 まるこいちりづか
丸子は「まるこ」ではなく「まりこ」と読みます。
かつては「鞠子」又は「麻利子」と表記されていたようです。
(余談ながら、アクセントは女性の名前の「マリコ」と同じです。)

[58609] 2007 年 5 月 22 日 (火) 02:52:56 みやこ♂ さん
 しじゃく

[58599] 桜トンネル さん
「四神」コレクション リリースおめでとうございます。ちょいと拝見したならば,我が佐野市の「朱雀」もしっかり押さえられていて嬉しい限りです(*^_^*)
で,地元ならではの使えない情報を書き込もうと思った次第です。
ええと,「朱雀」は堀米町のうち,です。ですからお手紙なんぞを出そうとしますと「佐野市堀米町○○○番地」となります。字なんですかね。ちゃんと朱雀町町内会というのもありますよ。キンカ堂ができ,道路や住宅地も整備され,最近人口が伸びている町内です。
わたしら子供の頃は,口が回らなかったためか,「しじゃくちょう」って呼んでましたね。大人になってからは「しゅじゃくちょう」。教科書的には「すざくちょう」なんでしょうが,わたくしはそのように言ったり聞いたりしませんね〜。
それにしても,何であそこを朱雀っていうのかな。唐沢山城の南に位置するからかなぁ?
 

[58608] 2007 年 5 月 22 日 (火) 02:27:41 みやこ♂ さん
 地名コレクションれす

[58606] EMM さん
ご提案いただきました,白山の「笠場湿原」「地獄谷」ともにコレクションに追録いたしました。毎度ありがとうございます。湿原はまだまだ出てくると思っていましたが,さすがに地獄谷は,そこそこ底を払ったと思っていましたので,こんなに鮮やかに登場してくるとは望外の喜びです。白山という一級の山岳に,電子地図上で標記されている新人がいるとは思わなかったなぁ〜。地名コレクション道は奥深いですね。

[58607] futsunoおじ さん
ご無沙汰いたしておりました。[58597]の記事を書くにあたって,とにかく触れておきたかったのが,futsunoおじ さんの[33843]でした。名前のある雪渓かどうかの大きなポイントは,そこが登山道になっているかどうか,ですからね。
それから「落ち目になっている某コレクション」などとご謙遜されていますが,あのコレクションは今から数週間前に,連日アクセス数ナンバーワンを継続していたんですよ。

[58584] [58598] k-ace さん
というわけで,無事めでたくEMM編集長さんから
と言うことで、コレクション案として頂いておきます([58604])。
というコメントをいただいたわけですので,「嘘から出たまこと」コレクションではなく (^_^;) 「雪渓」コレクション成立ですね。

[58607] 2007 年 5 月 22 日 (火) 01:08:52 futsunoおじ さん
 せっけい レス

[58597] みやこ♂ さん
もしEMM編集長さんからゴーサインが出たとしたならば,例によって編集担当者の裁量が大きくものを言うコレクションになるのでしょうね。

 「せっけい」でもってコレクションを2つも設計してしまうとは、前代未聞でしょうね。 雪渓は固有名称として認知されているかどうかが問題になりますが、そこは独断で突き進むのみでしょう。 期待しております。
 さて私はですが、新しいコレクションの考えもあるのですが、落ち目になっている某コレクションのテコ入れ策を考えないと ・ ・ 。

[58606] 2007 年 5 月 22 日 (火) 00:44:22 EMM さん
 湿原コレ&地獄谷コレ情報提供

>みやこ♂さん

標記の件ですが、[58604]を書く際の下調べをしているうちに各1件ずつ見つけたのでご案内します。
まず、この辺り笠場湿原と言うのがあるそうです。
「白山に登ろう」に記載されてました。
(上記でリンクした検索結果のサイトの中に「ウエ田湿原」なるものも書かれているところがあったのですが、「白山に登ろう」だと笠場湿原のあたりに「ウエ田」というところがあるように書かれていて、詳細不明です)
それから、大汝峰の北側に地谷と言う谷があるのですが、ここの別名が「地獄谷」だそうです。
「白山に登ろう」では「地谷(地獄谷)」と書かれてますし、「山と高原地図」ではそのものズバリ「地獄谷」になってます。
更に調べていくと、Yahoo!地図でも1/75000にすると「地獄谷」って書かれてました。
それに「山と高原地図」に書かれているなら…と思って見てみたら、ちず丸にもしっかり書かれてる…
(おーい、どっちも検索で出てこんがいね…)

ということで以上2件、ご検討方よろしくお願い致します。

[58604] 2007 年 5 月 21 日 (月) 23:48:20【1】 EMM さん
 EMMの地名コレクション編集メモ・第114号

[58584] k-aceさん
ところで、「雪渓」コレクションというのは、地名コレクションには適当なんでしょうか、EMM さん? (これで「雪渓」コレクションなんてのが出来たら「嘘からでたまこと」になりますね…。もし地名コレクションとして適当ならば、コレクション案行きでお願いしますね、EMM さんm(_)m)
先にロータリーに目が行ってしまった間に(汗)[58597]みやこ♂さんからもコメントがありましたが…
試しにYahoo!地図で"雪渓"で検索してみると出て来るのは5件のみ。
これだけを見ると「少ないかなぁ」と思ってしまいますが、山と高原地図を見ていくと、まだまだいくつも出てくるんですよね。
例えば「43 白山 荒島岳」を見ると、白山の御前峰周辺にヒルバオ雪渓小カンクラ雪渓大カンクラ雪渓万才谷雪渓水屋尻雪渓と5つの雪渓が記載されています。
(北國新聞社発行の「白山に登ろう」という本では大カンクラ雪渓がカンクラ雪渓となっており、小カンクラ雪渓・万才沢雪渓・水屋尻雪渓は記載されてませんでした。)
こういった登山向けの地図やガイドブックを見ると結構な数が拾えそうですし、もしかしたら結構小さい雪渓でも名前がついているものがあるかもしれません。
[58597]みやこ♂さんが
例によって編集担当者の裁量が大きくものを言うコレクションになるのでしょうね。
と書かれていますが、正にその通りになりそうです。
と言うことで、コレクション案として頂いておきます。

[58603] 2007 年 5 月 21 日 (月) 23:18:40 hmt さん
 神田川あれこれ(2)神田山切り通しとその運河化

[58575]hmt
元和年間(1620年頃)に伊達政宗によって工事が行なわれた神田山切り通し工事後も、この湧き水(御茶の水)は残っていたようですが、万治年間(1660年頃)にこの濠を拡張して運河とした際に水没したとされます。

東京都心にある7ヶ所の風致地区(明治神宮、芝、弁慶橋、市ヶ谷、御茶ノ水、上野、関口台)のうち、3ヶ所が神田川沿いですが、その中でも御茶ノ水渓谷は、純然たる人工河川に由来します。

仙台伊達家は、元和年間に政宗が切り通し工事を命じられただけでなく、40年後の万治年間(輝宗の代)には、この切り通しを拡張して隅田川から市ヶ谷に達する大運河に変える工事も命じられました。

将軍家光と碁を囲んでいた伊達政宗の発言“城のうしろから入るぞ”がきっかけになったという話(甲子夜話)の真否はともかくとして、元和年間の工事は、本郷・湯島から続く台地(神田山)に大砲を引き入れて、江戸城を攻撃する拠点になることを防止するという軍事的な意義が第一だったのでしょう。

本郷台地の先端の神田山は、家康江戸入り当時の海から半里ほどの近距離にあり、埋立による下町市街地造成工事の土取り場として慶長年間から切り崩されてきましたが、更に根元にも鍬が入れられ、駿河台として本郷台から分離することになりました。

切り通しは最初は空壕だったようですが、平川の水を東に流して江戸を水害から守る放水路の機能も持ち、防衛・採土・防災と一石三鳥の工事だったと思われます。
そして、万治年間の運河化工事により、隅田川からの水運が通じて内陸部に物資の流通拠点が実現しました。現在でも、JR貨物の本社が飯田橋にあり、汐留に移る前の日本通運本社も秋葉原と、神田川の近くが流通拠点だった姿を伝えています。
伊達家の財政負担による幕府への叛乱防止効果も含めれば一石五鳥。

更に神田山切り通しの効果を付け加えると、[31474] Issie さんは、近代になってからの甲武鉄道(現・中央線)市街線工事を挙げています。
御所トンネルを抜けた四ッ谷駅から先は、自然河川を利用して造られた市ヶ谷濠と、この運河のルートにより、高架線や地下鉄を作らないで容易に万世橋に達することができたのでした。

仙台伊達家の工事による人工の神田川は、伊達堀とか仙台堀とか呼ばれました。
「伊達堀」といえば、大阪の「立売堀(いたちぼり)」は、「伊達堀」の誤読?に由来するそうですね。[29895] 今川焼 さん

1660年に開通した運河は、神田を東西に貫くことから、自然に「神田川」と呼ばれるようになったと思われます。
神田川だけは名付け親がわかります。喜多条忠です
[31454] 白桃 さん ♪誰が名づけた川なのか)という意見もありますが…

外濠の中でも江戸城の防衛にとり特に重要な地点であると認識された神田川の切り通し部分(水道橋・昌平橋間)は、江戸時代を通じて橋を架けることが許されませんでした。
というわけで…
[18611] kentan さん
万世橋から水道橋・飯田橋と経ますが、なぜ御茶ノ水だけ「橋」が付かないだろうか?
に対する[18619] Issie さん の下記回答には、「江戸城の防衛線だから」という意味があったのです。
御茶ノ水に「橋」がつかないのは,もともとここには橋が架かっていなかったからです。
御茶の水橋が架かったのは明治になってから。さらに新しい聖橋は,北側の湯島聖堂と南側のニコライ堂とにちなんで命名された,というのはわりと有名な話です。

聖橋北詰の石碑にもこの由来が記されていますね。湯島聖堂の更に北は神田明神ですから、江戸っ子の「産土神」(うぶすながみ)[58593] 、中国伝来の儒教、西洋からのキリスト教(と言っても東方正教会)の三者が揃い踏みです。

最後は、また聖橋付近の風景[58575]に戻ってきました。

[58602] 2007 年 5 月 21 日 (月) 22:41:14【1】 EMM さん
 他の金沢関係者の皆さんは市内でも南のほうの方ばかりなので

[58599] 桜トンネルさん
下手をするとところで、
まぁ、私が金沢でも北の方の人間だ、と言うのは何度も触れておりますし…卯辰山〜兼六園〜片町〜犀川のラインより北であれば庭みたいなもんです。
もし金沢西インターから降りて迷子になった、っちゅう話だとあれぐらいの情報では場所の特定はできなかった可能性大。

(と言うか、それでももし気になったのであれば、なおさら触れずに流すべきところかと…)

[58601] 2007 年 5 月 21 日 (月) 22:28:13 小松原ラガー さん
 京都の新しい高速道路・・・

小松原ラガーです。

自分的にはまどろっこしくてしっくり来ないタイトルなのですが、阪神高速道路株式会社が建設しているいわゆる「京都高速」ですが、六つのインターチェンジ(ランプ)と一つのトンネルの名称を募集している模様です。詳細はこのページなんですけど、予め幾つか挙げられている候補の中から選択するか、もしくはその他を選んで名称を記載するか、いずれの方法でもOKのようです。(って、よく見ると締め切りは今月末じゃないですか。あんまり時間がないなぁ・・・。)

ただ、同じサイトのこちらのページの地図をクリックして拡大すると、なんじゃこりゃ、仮称とはいえバシバシICの名称が記されているじゃぁありませんか。

しかし、新十条通りの件のトンネル、どれだけ利用されるのでしょうか。いくら伏見区と山科区がトンネルで短縮されるといっても、また、阪神高速が一律料金から距離別料金に変わるといっても、相当ディスカウント的に料金設定しないと敬遠されるのでは? 因みに、個人的な意見で申し訳ないですが、私の値ごろ感ではトンネルの両端のIC間のみの利用なら200円から、百歩譲っても300円まででしょう。払っても。それ以上だと東山区(今熊野)から山科区(大石道)へぬける滑石街道(だったかな?やや自信なし)経由にするか、藤ノ森から勧修寺へぬける道を使うだろうなぁ・・・。

確かに京都市南部の道路交通状況はいつもぐちゃぐちゃですが、本当に京都高速や油小路通の整備で緩和するのか、ちょっと疑問です。特に京都拘束、いや京都高速については枚方・八幡方面の第二京阪からそのまま利用するというケース以外には、ほとんど途中からの利用って見込めないような気が・・・。ちょっとシビアに見すぎなのかもしれませんが・・・。
(実際、油小路通が国道1号線に並行するように整備されていますが、それでも国道1号線の混雑はそんなに変わっていないのでは。)

[58600] 2007 年 5 月 21 日 (月) 22:03:42【1】 KAZ-D さん
 兎レス&岩手

[58481]k-ace さん
[58482]むっくん さん
[58483]小松原ラガー さん
西日本では出回っている、ということはないようですね。
ただ、僕の家族ではお釣りでもらったことは1回しか無く、ATMで出てきたことも無いようです。
比較対象が少ないですが、多少は差があるのかもしれません。

[58482]むっくん さん
二千円札の全枚数の八割は日銀の金庫の中です。残りの大半は銀行の金庫の中で、おそらく世間ではほぼ出回っていないでしょう。
ただ、「沖縄県ではそれなりに出回っている」と約一ヶ月前のテレビのニュース番組では言っていましたが。
http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/kuma/pdf/k_0605b.pdf#search='%E4%BA%8C%E5%8D%83%E5%86%86%E6%9C%AD%20%E7%99%BA%E8%A1%8C%E6%AE%8B%E9%AB%98'
http://www3.boj.or.jp/naha/2000/2sen0605.pdf#search='%E4%BA%8C%E5%8D%83%E5%86%86%E6%9C%AD%20%E7%99%BA%E8%A1%8C%E6%AE%8B%E9%AB%98'
この資料を見ると、金庫で眠っているというどころか、どんどん発行残高が減っているようです。
沖縄県では、守礼門は戦後いち早く復興したため平和を願う象徴として考える人もいるようです。そこで、二千円札流通促進委員会なる組織を中心として二千円札を「平和希求紙幣」として流通を進めています。そのため、県内では流通量は微増となっています。(ただ18年で資料が終わっているので、この後どうなっているのかは気になりますが…)
これくらいの取り組みをしないと普及しないということを表しているのでしょうか。
と、ここまでのレスは早くしておこうと思って準備もしていたのですが機会を逃して、今まで書き込めませんでした。だから亀ではなく兎レスとなってしまいました。


さて、明日から学校行事で3泊4日で岩手に行ってまいります。そして、岩手が未踏→宿泊、宮城が未踏→通過となり、経県値は108点となります。
といっても、観光をする時間はあまりなさそうです…
夏休みに東北・北陸旅行に行く予定があるので、岩手観光はそのときにでもしたいと思っています。

追加。初の100のキリ番です。


← [58700] 〜 [58799] [58600] 〜 [58699] [58500] 〜 [58599] →


都道府県市区町村 > 落書き帳 >このページのトップへ ▲

Copyright(C) 2007 M.Higashide