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落書き帳から選び抜いた珠玉の記事集

北九州市についてのメッセージ集

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記事数=17件/更新日:2005年5月13日/編集者:YSK

小倉、八幡、門司、戸畑、若松の5つの都市が合体して誕生した「北九州市」。旧六大都市(東京を除く)以外の都市で最初に政令指定都市へと移行し、福岡市とともに、福岡県内の「ツートップ」として地域をリードしてきました。5つのまちの個性が溢れるこの街についてのメッセージを集めました。

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記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[3926]2002年10月16日
TN
[5039]2002年11月18日
YSK
[5045]2002年11月19日
深海魚
[7598]2003年1月11日
日和
[7688]2003年1月14日
ケン(地理好き)
[7751]2003年1月16日
日和
[13026]2003年4月13日
日和
[15601]2003年5月20日
三丁目
[20388]2003年9月29日
深海魚
[20393]2003年9月29日
ぴょん
[20999]2003年10月13日
ニジェガロージェッツ
[21037]2003年10月14日
ぴょん
[21342]2003年10月21日
まるちゃん
[21346]2003年10月21日
ぴょん
[27210]2004年4月12日
BerryBlossom
[37366]2005年2月1日
白桃
[41106]2005年5月13日
かぱぷう

[3926] 2002年 10月 16日(水)16:23:14TN さん
北九州市
[3921]雑魚さん
どうもありがとうございます。

[3922]ユタロさん
北九州市に関する私見を述べますと、決して影の薄い大都市ではない、ということが言えそうです。当市の成り立ち等は他にも詳しい方がおられると思いますので、それらについては割愛させていただきますが、今や山口県下関市なども包含しつつ、県都福岡市へ連なる響灘、玄界灘に沿う地域は東京、大阪、名古屋に続く第四番目の大都市圏になるべく奮闘しているように見受けられますよ。たしかに、経済構造の転換による重厚長大産業の斜陽化からなのか人口は減少基調になっているようですが、お隣苅田町との境界の沖合い5キロの周防灘上には2005年開港をめざして新北九州空港の建設が真っ盛りですし、JR筑豊本線・篠栗線は「福北ゆたか線」の愛称のもと電化されました。
最も、これらが必ずしも明るい話題なのかといえば、新福岡空港の建設に固執する福岡市の動きや、電化開業の結果、飯塚あたりからの通勤流動などが以前にも増して福岡市に向くなど「大福岡市」の様相を呈している、などの理由から一概には断言できないでしょう。
これは、私が以前立てた仮説を基に実地踏査したことなのですが、100万都市の中枢地区は半径500メートルにだいだい収まる、というもので 100万人あたりに直径1キロの円が1つ といったものです。人口に比例して若干飛び出したりしますが、例えば横浜ですと横浜駅周辺・みなとみらい・関内伊勢崎町の3つで300万人、その他戸塚、新横浜、港北NT、日吉、上大岡、たまプラーザ、青葉台などの副都心を端数とする。などと調べてみたものの、うまく論文にはまとまりませんでした。ですが、小倉駅南口周辺は「そごう」撤退後は地元百貨店玉屋が入居するなど依然として200万都市圏の中枢ですし、私の拙い直径1キロ説(?)をとれば100万都市としては十分耐え得ると考えたのですが・・・。北口の港湾再開発が好影響を与えるかの推移を見守っていく必要もあると思います。「そごう」といえば、副都心の黒崎からも撤退したでしょうか・・・。
それはさておき、北九州国定公園のカルスト台地・平尾台や門司港駅近辺のノスタルジックな雰囲気、小倉城、都市モノレールは、少なくともさいたま市から見ればかなり羨ましい要素ですね。

追記:東京湾岸のマンション建設ラッシュによって人口は急増しているものの、急激な児童増加に学校建設が追いつかず、マンション建設を事実上制限している東京都江東区の例もあります。人口増も良し悪しということでしょうか。
[5039] 2002年 11月 18日(月)23:17:56【1】YSK さん
YSK流北九州市観光コース
[5022]hiroさん
私が、福岡の大学に栄転された大学の講師に案内されて北九州市に行ったのは1997年3月。その時のコースをベースに、私なりに北九州市を楽しむコースを考えてみました。あくまで参考程度にご覧下さい。

(1)まずは、JR門司港駅周辺のレトロな赤レンガ建物群の景観を楽しみます。門司港駅の駅舎そのものがなかなかいい味を出している建物です。再現された昔懐かしい建物の景観や、貿易港として栄えた港湾都市門司の風情を十分に堪能する。なお、私は行ったことが無いのですが、和布刈(めかり)公園からの関門海峡の眺めは絶景とのことです。訪れてみてはいかがでしょう。

(2)次に、小倉の市街地の街歩きを楽しむ。小倉城などのスポットを散策します。市街地の中央を流れる紫川にかかる橋は個性的な、自然をモチーフにしたものだそうです。いろいろと回ってみるのもいいかもしれませんね。

(3)そして、八幡へ移動。スペースワールドへ行くのもいいですが、ここは日本最初の官営製鉄所が作られた町としての歴史なども味わってみたいものですよね。そんな方へお奨めのスポットは、高炉台(こうろだい)公園です。ここからの洞海湾や周囲の工業地域の眺めはなかなかと思います。また、周辺の住宅地は製鉄所関連の高級住宅地だったそうで、丘陵地に住宅地が広がり、工業地域の臨海部を望む景観は、まさに北九州工業地帯を代表する景観といえるのではないでしょうか。

(4)さらに、戸畑へ向かって丘陵を下りましょう。程ない場所に北九州市立美術館があります。ここで、アートな気分に浸るのもいいでしょう。更に、JR戸畑駅方面に向かうと、西日本工業倶楽部の敷地内に、明治期に迎賓館として使われた洋館と日本館-旧松本家住宅-があるようなので、立ち寄ってみるのも良いでしょう(私は行ったことがありません)。ただ、いつも開放しているようではないようなので、見たいなという人は確認を取っておく必要があるようです。

(5)戸畑駅に着いたら、若戸渡船で若松へ渡りましょう。洞海湾をまたぐ若戸大橋を通るバス便もあるようですが、せっかくですので、洞海湾の風を感じるためにも、渡船利用をお奨めします(けっこうな頻度で往復しています)。若松には、洞海湾展望のスポット高塔山(たかとうやま)公園もありますので、余力があれば行ってみるのもよさそうですね。付近の若松市民会館内には若松出身の芥川賞作家火野葦平の資料館があるようなので、こちらをチェックしてみるのもいいかもしれません。

(6)そして、JR若松駅から、筑豊線に乗ってみましょう。JR折尾駅では、鹿児島線が上を行く構造を見ることができます。これは、[3954] の中で書きましたとおり、筑豊地域からの石炭輸送の利便を図った結果の構造で、北九州工業地帯のかつての地域性の一端を示すものです。
この際ですので、折尾駅で鹿児島線に乗り換えたりせず、そのまま筑豊地域の景観を車窓から眺めてみるのはいかがでしょう。ぼた山などを見ることができます。
最後に、篠栗線を利用すれば、博多に出ることができます。ここで、1日を終えて、次の福岡市内観光に備えましょう。
[5045] 2002年 11月 19日(火)00:48:49深海魚[雑魚] さん
無法松も一笑
YSKさんが [5039] で北九州市内の歩き方について提言されていましたが、私の流儀ですと

門司区門司港駅からめかり公園の海側を回り込んで田野浦海岸に至る貨物線を辿る。
小倉北区小倉駅東側の配線が錯綜する鹿児島線をロケハンする。
小倉南区モノレールに乗る。
戸畑区新日鉄の戸畑・八幡両工場を結ぶ鉱滓鉄道や、牧山海岸の貨物線を見物。
若松区若戸大橋上から超望遠で、牧山付近の鹿児島線や川代の埠頭貨物線を狙う。
八幡東区皿倉山頂から超望遠で、スペースワールド付近の鹿児島線列車を狙う。
八幡西区折尾駅をロケハンする。

いやぁ、さすがは 「鉄」 の街 ………… 意味が違うか。

[5038] 夜鳴き寿司屋さん
>2回とも中瓶ビールを4,5本以上開けても平気な態度をしていたので、変人扱いでした。
それも凄いですね。私の場合、ビールだけだとジョッキ二杯が精々で、後は痞えてしまいます。
今までにビールのみで酔い潰れたのは一度きり。上司の顔が利く某ビール工場に見学に行き、
工場関係者から、限定生産の逸品を色々と御馳走になり、同行の同僚も全て、死屍累々状態。
帰宅に要した時間は通常の三倍ほど。かなり以前の逸話です。
[7598] 2003年 1月 11日(土)22:03:09日和[松戸] さん
そーいや・・・
[7587]startさん
>八幡西区と八幡東区の人口には約18万人の差があります。

確かに・・・。面積を見てみても、八幡西区に片寄りがちですよね。
そんでもって小倉北区、小倉南区を見ると、今度はこの二区の面積ははたまた全然違う・・・。
なんなんでしょね?これ。
と、いうか、戸畑区64,801人で八幡西区が260,716人という値を見ると北九州も京都に負けないくらいばらつきがありましたね。
昔私が考えた、「北九州市の市名と区名を変えたらいいんじゃないかな~。」というのも含めて、区の線を引き直す、北九州大改造計画(なんじゃそりゃ)を実施したら、北九州イメージアップに繋がって人口上昇!にならないかな・・・。
北九州よ~~100万を切らないでおくれ~~。。。

[7586]YSKさん
>宮城・秋保の両総合支所の人口合わせても7万人に満たない人口

この「秋保」とは仙台市のどの辺りのことをさしているんですか?無知×100の私は今までの仙台の経過を全く知らなくて・・・。(;;)前から統計を見る時に気になっていたんですが・・・。

仙台市は東北の中心としてぐんぐん成長してきているみたいですね。
区名も沢山の方々が絶賛するように、素敵な名前揃いですし。
これからの仙台市、かなり注目です!!
[7688] 2003年 1月 14日(火)18:22:30ケン(地理好き) さん
北九州市八幡
北九州市のことですが、八幡は企業城下町として栄えましたが、黒崎は古くから宿場町として栄え、現在は北九州市の副都心として発展しています。
八幡西区の人口増が目立っているのは筑豊電鉄の沿線である永犬丸、香月、楠橋地区などです。
[7751] 2003年 1月 16日(木)01:51:42日和[松戸] さん
妄想&単純北九州百万人維持計画(?)
[7669]たけもとさん

>数年前までは人口が減少していても、世帯数は増えていました。しかしこの2,3年
>世帯数まで減少に転じました。
>100万人を維持するのは多分無理です。南無~。

どよ~ん・・・。悲しき北九州。。。

とゆう訳で、勝手に私の中で北九州市域拡大を思い浮かべてみてました・・・。

といっても、かなり単純に、
遠賀郡芦屋町を若松区に編入させ、水巻町と中間市を八幡西区に編入させたのち、八幡西区を分区するという方法・・・。
なんとなくこの辺一体の市町の人口密度が似通っているので、違和感?は少ないかなぁ~~と。
この三市町を編入すれば、当分は100万維持できると思うので。

でも北九州は合併の話は全然出てないみたいですね。
ふぅ~~。


あとそういえば、何かのニュースでこのままの割合で少子化が続くと、日本の人口は21世紀末には今の3分の1になってしまうと言っていました。3分の1って言ったら4000万人・・・。
しかも、3000年を過ぎたら日本民族は全滅してしまうらしいです。
これってかなり深刻なのでは!?
[13026] 2003年 4月 13日(日)10:41:57日和[松戸] さん
セーフッッ
本年度、4月1日の北九州市の推計人口で、いつぞや私が

「4月1日の推計人口で北九州は一時的にでも100万人を切ってしまうかもしれない」

みたいなことを言ったんですが、(なんか記事検索機能が私使えなくなってしまったので・・・はっきりしなくてすみません)なんと

1,001,397人

で、セーフでございました。

なんか、こだわりすぎかな。
でも、なんとなくほっとしました。来年の4月までは一安心・・・。
[15601] 2003年 5月 20日(火)19:53:10【2】三丁目 さん
北九州市よりも金沢市の方が?
先日、北陸経済特集をしていた新聞記事の中で、「日銀金沢支店長に聞く」というコーナーがあり、その中で現支店長の経歴が簡単に紹介されていました。本店課長~北九州支店長~本店参事役~金沢支店長、でした。記事では、もうちょっと詳しい経歴が紹介されていましたが、これを見る限りでは、ご栄転されているようでして、えっ?北九州市より金沢市の方が日銀にとって格が上なの?と一瞬思いましたが、

[14440]TKS-Hさん
小樽支店の廃止は北九州支店の廃止と抱き合わせで表明されたのですが、小樽支店のほうが廃止まで進んだのに対し、北九州支店のほうは事実上沙汰やみの状況になった、この違いがどこにあるのかはちょっとわかりません。
を覚えていましたから、納得しました。一般事業会社の人事異動でのご栄転ルートは、たしかに、その都市の経済規模に見合った事業所があることが多いとは思いますが、その会社にとって、その都市がどれだけ大事か(あるいは管轄地域)ということも反映していることを考慮すると、日銀の支店長の人事異動=「支店の格」は、(経済規模的に)比較的ニュートラルな判断で行われているのではないか、と私は思っています。

そういう点で、日銀支店長の人事異動ウォッチャーも、面白いのではないかと思ったのですが、私自身が日銀に勤めているわけではありませんから(苦笑)、全体を見るのは困難なのです。また、何かの機会で目にとまり、面白そうだったら、ご紹介したいと思いました。
ちなみに、経歴を見ると2年に1度異動されているようですから、ちょうど、今年でまる2年の任期を迎えるため、金沢支店長の次はどちらへ異動されるのかなぁと、勝手に興味を持ってしまいました。
[20388] 2003年 9月 29日(月)10:35:16【2】深海魚 さん
北九州の事
[20380] 両毛人さん
市電の定義については、法律上とか、路線の形態とか、いろいろあるでしょうが、
……… との御指摘から、一般鉄道と市電規格では免許区分が違っていた事を思い出しました。これが微妙に作用したのが福岡県の筑豊電鉄です。北九州市八幡西区黒崎と直方を結ぶこの路線は、かつて門司港と折尾を結んでいた西鉄北九州市内線の事実上の支線として機能しており、西鉄が独自の運行区間を全廃した後も、黒崎駅前から熊西までの僅かな輻輳区間 (約 1km) は、道路併用区間の有無に伴う西鉄と筑豊電鉄の免許区分の相違ゆえ、一定期間、運賃通算が効かない西鉄管轄で残っていたと記憶します。

そうなると、私の判断基準に従えば、専用軌道を低床車が走る筑豊電鉄は、どちらつかずの存在ですね。同電鉄の沿線は総じて住宅地との印象ですが、並行する筑豊線が電化、高速化、博多・小倉への直通性強化を打出し、電鉄の位置付けも微妙な感じかも知れません。街中で高架区間が唐突に途切れる終点・筑豊直方駅の構造は、かつて博多方面への延伸を意図した産物だそうですね。経路としては、現在の新幹線に並行する感じなのでしょうけれど、犬鳴山界隈では路盤確保に難儀しそうですね。

ここまで考察して、前々からの疑問がふと想起。北九州市の中心地区が新幹線駅を擁する小倉地区である事に対し疑問の余地は無いと思われますが、市街が東西に展開する同市西部の拠点地区とは、黒崎と折尾の何れでしょうか。筑豊電鉄の起点となる黒崎は、数年前の曖昧な記憶によれぱ、駅前に一定の商業集積性がある様に感じられ、JR特急も黒崎停車が基本でした。これは鹿児島線から筑豊線への直通列車を巡る折尾駅の構造ゆえでしたが、同駅が整備された現在、むしろ折尾の方が要衝性は高そうに感じます。(寝台特急 「あかつき」 は相変わらず黒崎のみの停車ですが。)

十八番の旧制中学の陣容を見ると、尋常中学時代の創立と、小倉高校より開学が十年先行している東筑高校 (進学性は素より、仰木監督を輩出するなど野球強豪校としても有名ですね。) は折尾に立地、某かの必然性がある様にも感じます。なお、NHK 「その時、歴史が動いた」 の資料参照先として併設資料館が紹介された、小笠原藩校の流れを汲む豊津高校 (行橋市ではなく、郡部の豊津町という立地が ミソですね。) では旧制中学だった 19世紀末期に小倉、香春に分校を設置、これらが後年独立していますが、20世紀早々に開学した現小倉高校の前身と関係があるかどうかは不明です。

……… 嗚呼、毎度の事ながら、今回も深海魚流の話題展開になってしまった ………
[20393] 2003年 9月 29日(月)12:16:51【1】ぴょん さん
Re:北九州の事
[20388]深海魚さん
市街が東西に展開する同市西部の拠点地区とは、黒崎と折尾の何れでしょうか
はい。黒崎でしょうねやっぱり。私は黒崎で生まれ、折尾にて育ち(厳密には若松区最西部)ましたが、まず商業集積が違います。そごうが撤退したとはいえ、まず黒埼には井筒屋があります。いまだに折尾にはデパートはありません。ただ、黒崎は最近斜陽に感じます。小倉・博多、あるいは宗像や本城あたりの郊外店に客足を奪われたのでしょうか?あと、付近の工場群に活気が無いからでしょうか?....。
折尾は古くは(筑豊地域が炭鉱で賑わっていたとき)交通の要衝としてにぎやかだったようです。閉山後は寂れましたが、S50頃から産業医大誘致を契機に本城・本城西・折尾東・光貞・高須・浅川・青葉台といった中・大規模宅地開発を進め、郊外型文教地区の様相になりました。同じ八幡西区なんですが、イメージは別の区な感じです。永犬丸・則松あたりから折尾、北の本城・浅川、若松区の高須・青葉台、水巻町北部、芦屋町は距離は遠くてもバスの関係上主に折尾駅を利用します。特に私の住んでいた若松区南西部は若松には区役所に用事でもない限りほとんど行かないですよ。(折尾か黒崎、でかい買い物は小倉・博多)。
余談ですが、黒崎は主に南の馬場山・小嶺・木屋瀬方面や南東の帆柱方面に赤い西鉄バスが、折尾は主に北側の各住宅地に向けて青い北九州市営バスが出ており、折尾~黒崎間、本城・本城西団地は両方が並存してます。ちなみに平行区間は申し合わせにより同料金です。北九州市営バスですが、かつては若松市営バスだったこともあり、若松区、折尾地区、折尾~黒崎間、水巻北部・芦屋町以外はほとんど走りません。また、西鉄は若松区はほとんど走りません。
そういえば黒崎は高校がほんとに少ないですね。

あ、もうひとつ。折尾駅の筑豊線(福北ゆたか線)の鹿児島本線乗り入れホーム(6.7番線)は、ご存知かもしれませんが、鷹見口といって折尾駅から200mほど離れており、折尾から(まで)の乗降客はいますが、乗換えとして使う人は少ないです。(一度改札出てまた改札通るの面倒ですし)やはり乗り入れでの乗換駅は事実上黒崎駅ですよ。
[20999] 2003年 10月 13日(月)16:18:47ニジェガロージェッツ さん
僅かの期間に存在した非政令市・北九州市
[20984]ゆう さん
5市合併による北九州市成立後で政令市移行までの僅かな期間の「区」について
調べたところ、下記のように町名を変更したようです。
5市合併前--- ○○市【△△町】
5市合併後--- 北九州市【○○区△△町】
政令指定後--- 北九州市○○区【△△町】

1年以上前のレスにご教示頂きまして、感激と感謝です。
なるほど、まず地名として区を設け、それを政令市移行に合わせて行政区とした、ということでしたか。参考になりました。
[21037] 2003年 10月 14日(火)14:11:29【3】ぴょん さん
筑豊の経済圏、御三家四天王(南関東・山梨編)
目を引く色がたくさん出現しましたね。たくさんなので省略しますが、皆さん自分色登録おめでとうございます。

[21029]深海魚さん
北九州市の経済圏との境界はどの辺りでしょうか。筑豊電鉄の存在から、直方市は北九州寄りかな、とは感じます。
合併協の枠組みもほぼこれに倣ってますが、筑豊はまず直方・鞍手郡の直鞍地区、飯塚・嘉穂郡・山田の嘉飯山地区、田川市郡の田川地区、遠賀郡と中間に分けられます。
中間に関しては遠賀川の川西と川東で意識差に開きが大きく、西は鞍手、東は北九州との一体性が強いです。遠賀郡は(町民が折尾を使うせいか)芦屋・水巻両町がより北九州との一体意識が強いです。私の親戚筋など多く住むこの地域、かなり複雑な経済圏だと思いますので表にしてみました。
※絶対正しいともいいきれませんが大体こんな感じです。

市町村(郡)ちょっとした買い物大きい買い物1日かけてショッピング
遠賀・水巻・芦屋・鞍手・中間(西)折尾黒崎小倉・博多
岡垣折尾・宗像黒崎小倉・博多
中間(東)黒崎黒崎小倉・博多
直方直方黒崎小倉・博多
宮田・若宮直方・宗像博多博多
赤池・方城・金田直方黒崎小倉・博多
小竹・頴田・糸田飯塚・直方飯塚・黒崎博多・小倉
頴田以外の嘉飯山飯塚飯塚・博多博多
田川・大任・川崎田川飯塚小倉
香春田川小倉・飯塚小倉
田川行橋小倉
添田田川日田小倉

大まかには遠賀郡-鞍手郡東部-田川地区までが広義の北九州圏といえそうです。

[20997]深海魚さん
福岡は出てしまっていて異論は無いので。無謀な?南関東・山梨に挑戦してみましょう。
東京---立川・八王子・府中---青梅    やっぱり町田かも..
神奈川---横浜・川崎・小田原---厚木   60万都市相模原が.....
千葉---千葉・船橋・成田---銚子     う..うぅ..苦しい..
埼玉---さいたま・熊谷・川越---秩父   所沢とか越谷・岩槻も捨てがたいし..
山梨---甲府・大月・富士吉田---なし

きっと異論がおありと思いますが..とりあえずこんな感じで。
[21342] 2003年 10月 21日(火)19:59:10【2】まるちゃん さん
北九州市商圏
[21275] ぴょんさん
「宇部は最近北九州(小倉)を飛び越えて博多」
[21322] 三丁目さん
まるちゃんさん個人の傾向かな
確かに私個人の傾向ですが,
私の周囲でも,「小倉まで行くのなら,もう天神までの行くのも手間はそんなに変わらないので,やっぱり福岡!」という意見も根強いですね.

H12年と,ちょっと古いけど,北九州市の商圏調査結果報告がありましたので,少しご紹介を..
http://www.city.kitakyushu.jp/~k1206050/syouken/hyoushi.html
これを見ると,北九州市の商圏動向では,宗像市や添田町などの市町村の商圏ランクのダウンが見られ,商圏範囲は若干縮小しているようですね.

北九州市の有効商圏人口 図表3
http://www.city.kitakyushu.jp/~k1206050/syouken/zu3.html
を見ますと,
H12年の「出向率」(1年間に1回以上北九州市に行ったことがある割合を示すとのことらしいですが..)が宇部市で35.8%,下関市でさえも,69.4%と思った以上に低い値が示されており,「えー本当に?」という気もしてしまいますね.

でも,この統計時にはなかった,今年の4月に小倉城の真ん前に開店した大型商業施設・リバーウォークがまずまずの出足のようですし,さらに来年2月に小倉駅前のそごう跡に伊勢丹が開店すると,北九州の商圏も回復するかもしれませんね.
ちなみに,リバーウォークの駐車場の車両ナンバー調べでは,北九州(49%)など福岡県内のほかに,山口(17%),大分(6%)など隣県からの来客も好調らしいです.(私も一度だけですが,貢献しました)

【2】の変更内容はリンク先を分かりやすいように少し訂正しました.
[21346] 2003年 10月 21日(火)21:52:28ぴょん さん
Re:北九州市商圏
[21342]まるちゃんさん

興味深く拝見しました。
H12というと、小倉・黒崎両そごう閉店の年ですので、これを反映してるかどうかはわかりませんが、最近の黒崎の斜陽振りを見事に表したデータですね。

北九州市としての商圏について、いくつか挙げてみると、
若宮・玄海(今は宗像市北部)が1次商圏から圏外になってます。遠賀・宗像地区の動向を見ますと、博多に流れたわけでもない(博多も31.7→17.0)のでこれは赤間(宗像市)周辺で郊外型大型店舗が出店ラッシュをかけたことが理由のようです。
一方で、筑豊・川筋の2つの中心都市である直方・飯塚両市が年々北九州への出向率を上げているのも興味深いですね。やはりこの両市の地域の中心としての機能が相対的に低下しているということがいえそうです。
私にも謎なのが香春町の1次→3次という変化をはじめとした田川市郡。ここは元来日田彦山線で小倉地区へ近いことから、小倉商圏だったはずですが、理由が見つかりません。博多などへも流れてないところを見ると、田川がやや充実したのか?高齢化や不況で遠くへ購買しなくなったのか?といったところでしょうか。
あと、山口県域は確かに思っていたより低いですね。

拙稿[21037]で挙げた私の感覚による商圏と比較してみると、黒崎の商圏について、私の感覚は一昔前のものだったことがわかりました。小竹や頴田・赤池・方城・金田・糸田はかつては黒崎商圏(一部小倉も)だったものの今は狭義では飯塚・直方、でも黒崎・小倉・博多の商圏には入らない(あるいははいってもギリギリ)地域になったようです。これも「遠くまでは行かない」志向が強くなったあらわれなのですかねぇ。

でも北九州市もどうせ調査するならもう少しサンプル数増やせばいいのに...なんて思いました。
でもこんなものなのかな?
[27210] 2004年 4月 12日(月)15:48:17BerryBlossom さん
えっ!?まさか…
連続書き込み失礼いたします。
先ほどの書き込みを終え、ニュースサイトに行ってみるとひとつネタを見つけたもので…。

北九州市はついに推計人口でも100万人の大台を割ってしまいましたね。なんだか残念な感じがします。

記事によると
北九州市は12日、4月1日現在の推計人口が1963年2月に旧小倉市など5市が合併して北九州市が誕生して以来初めて100万人を割る99万8187人になったと発表した。
推計人口は、国勢調査結果に登録外国人を含む各月の出生、死亡、転出入を加減したもの。
同市によると、79年12月の106万9117人をピークに、市の産業の中心となる製造業の減員や少子化の影響で年々減少。2002年3月末には外国人を含まない住民基本台帳人口が100万人を割っていた。
とのこと。

中間市との合併が実現すれば再び100万人は回復するでしょうが、政令市としてもうちょっと元気になってほしいものですね。
[37366] 2005年 2月 1日(火)23:23:32白桃 さん
ついに
北九州市、ついに100万人を割る。
1月1日現在推計人口で999,835人となったようです。前にも100万を切ったことはありますが、それは4月の地方主要都市が一時的に減少を見せるとき。今後、北九州市の巻き返しはあるのでしょうか?
[41106] 2005年 5月 13日(金)01:18:34かぱぷう さん
北九州市100万人割れ
十番勝負以外では初めて書き込みをさせていただきます。

5月12日付朝日新聞西部本社版に“北九州市は、5月1日現在の推計人口が997,578人であると発表した”との記事が掲載されていました。
記事には、転入届が集中する4月に人口100万人を回復できなかったことで、「大台割れ」が当分続きそうだとあります。
毎年この時期は、市内の大学・短大に市の職員が出向いて転入届を受理する臨時窓口を開設するなど、100万人を維持する努力を地道に続けていましたが、今年は実らなかったようです。
私(北九州市出身、福岡市に転居するも現在は仕事の関係で北九州市民です)としては残念な気もしますが、時間の問題だっただけに「よくぞここまで100万人持ったな」というのが正直なところです。
ちなみに、毎年8月開催の市民の祭り“わっしょい百万夏祭り”は、人口が百万を割っても名称はそのままだそうです。蛇足ながら…

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