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伊豆之国さんの記事が5件見つかりました

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記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[87472]2015年4月15日
伊豆之国
[87452]2015年4月5日
伊豆之国
[87432]2015年3月29日
伊豆之国
[87399]2015年3月15日
伊豆之国
[87388]2015年3月14日
伊豆之国

[87472] 2015年 4月 15日(水)23:52:26伊豆之国 さん
治部里の森だより
金沢名物の治部煮、ではなくて「ジブリの森」の三鷹より。

[87467] オーナー グリグリ さん
○三鷹市長
現職の清原慶子市長は立候補せず。元副市長の河村孝氏と元市議の岩田康男氏が立候補を表明。女性市長は存続せず
…のはずだったのですが、後継候補に予定していた男性新人が急病に倒れたため、清原氏が急遽4選に向けて出馬することとなったようです。

三鷹市長選(十九日告示、二十六日投開票)に出馬表明していた新人で前副市長の河村孝氏(61)が、十三日に脳疾患を発症したため出馬を取りやめ、引退表明していた現職の清原慶子氏(63)が十四日、急きょ四選を目指し出馬を決めた(中略)河村氏は集中治療室(ICU)に入院中で十四日は面会できず(中略)選挙直前の急病とあって、代わりの候補となるのは「三期で終わるのが意外だった」(関係者)とみられていた現職の清原氏以外、いなかったといえる
(東京新聞より)ということで、選挙戦は清原氏と、元市議の男性新人との一騎打ちということになりそうです。
選挙結果が出ましたら、「女性市長の一覧表」の更新をお願いいたします。
[87452] 2015年 4月 5日(日)22:33:31伊豆之国 さん
愛発越え
選抜高校野球は、福井県の敦賀気比高校が北陸勢として初めての全国制覇を果たしましたが、
[87447] ペーロケ さん
疋田超え
現在の敦賀市疋田付近と思われる場所に、今から1300年近く前の奈良時代、「愛発(あらち)関」という関所が設けられていました。この「越前国愛発関」は、伊勢国の「鈴鹿」、美濃国の「不破」と共に当時の「三関」の一つに数えられ、畿内から北陸方面へ向かう街道の防御上の重要地点として機能されていました。しかし、平安時代の初めに他の2ヶ所と共に廃止され、その後再び「三関」が復活した際には、「愛発」に代わって、平安京のすぐ近くに「逢坂関」が設けられることになり、「愛発関」はその後復活することなく消えて行きました([14561] まがみ さん)。「鈴鹿関」と「不破関」は、関所がなくなってからもそれぞれ「関(町)」「関ケ原」の地名を残し、また後世には東海道、中山道の重要な通過点として機能していたのに対し、「愛発関」の記憶は時とともに忘却の彼方に去って行き、かつて関所があった場所も今でははっきりわからなくなっているようなのです。明治22年の町村制施行で、疋田など12村の合併によって愛発村が発足するのですが、統合前の村名に「愛発」というのはなく、おそらく江戸後期までには「愛発」の地名は既に消失していたような気がします。その愛発村も、昭和30年に敦賀市に編入されてその名が消え、現在は市内の町名・大字としても残っていないようです。

さて、この「愛発関」にまつわる話として、渡辺久雄氏著「忘れられた日本史」(昭和45年初版、[72732])の中で、「関所と間道」という一節で取り上げられています。この記事では、この「愛発関」が絡んだ奈良時代の大事件「恵美押勝の乱」の顛末と、当時の近江・越前国境を挟む地域の交通路と地形の関係、それに直接「愛発関」とは関係ないものの、やはり近江から越前へと落ち延びて行った源義経と新田義貞の脱走ルートと、後世の「北国街道」との関係などが書かれており、最後の部分では「愛発関はどこにあったのか」という考察と実地踏査のことが書かれていました。
この本によると、奈良時代頃には、畿内と北陸を結ぶ幹線ルートとして、大津からほぼ現在の国道161号線に沿うルートで、旧マキノ町から県境を越え、疋田を経て敦賀に向かう「西近江路」がメインとされ、陸路よりも、むしろ大津から船で琵琶湖を縦断して海津(旧マキノ町)で再び上陸するほうが多用されたこと、「愛発関」を突破して越前に逃れようとした押勝が朝廷軍の防戦にあって退却を余儀なくされ、結局湖上と陸路とを右往左往した末に捕らえられて最期を遂げたことが書かれており、また「義経と義貞の脱走ルート」に関係する部分では、江戸時代の1815(文化12)年に書かれた「越前国名蹟考」という本に記されていた地図に示されていた、当時の主要街道や「裏街道」など、必要な箇所を写した地図が出ており、現在北陸トンネルが貫通している「木の芽峠」越えの道と、戦国時代に柴田勝家によって開かれたと伝えられる北国街道、それ以前に「西近江路」に次ぐ正規の街道として存在したといわれる塩津街道、やはり北国街道前からあったといわれる高時川沿いの大回りルート(現在の滋賀県道285号に相当)などと、さらにこれらの道筋がいずれも断層に沿った構造谷に沿っており、こうした地形を利用して道が開かれたのではないかとの推測も書かれていました。
最後にある「愛発関の位置の推測」では、当時運行されていた、海津方面から県境越えのバスに乗って、近江・越前の境界線上にある、その名も「国境(くにざかい)」という場所でバスを降りて敦賀方面へと、「西近江路」に当たる国道161号線を下って歩いたときの「道中記」が書かれ、「国境から疋田の間までは、両側に山が迫って関所を置くのに適した土地が見当たらず、結局「西近江路」と、現在の国道8号のルートに当たる「塩津街道」、それに後の「北国街道」から「椿坂峠」の手前で分かれて西へ向かう道が落ち合う、現在の「疋田」付近こそが「愛発関」が置かれた場所にふさわしい、と締めくくっています。
現在の疋田地区には、「愛発公民館」が建っています。

…落書き帳の過去記事から「愛発」を検索すると、8件ありました。しかし、そのうち7件までが2003(平成15)年までの古い書き込みであり、しかも「愛発関」そのものや、関所を越える街道について具体的に書かれた記事は見つからないようでした。最新である[85668] (白桃 さん)の書き込みも、「麻雀地名」ネタとして取り上げられているだけでした。

「近江・越前国境を越える交通路」というと、北陸本線のルートと、その変遷について書かれた過去ログのほうは、いくつか見つかりました。福井県の旧越前国内で「嶺北」と「嶺南」とを分ける「木の芽峠越え」の箇所は、昭和37年の北陸トンネル開通により、それまでの山越えルートより距離・勾配ともに大きく緩和されたのですが([61344] hmt さん)、滋賀・福井県境を越える箇所、木之本(駅名は「木ノ本」)~敦賀間のルートも、それと相前後して付け替えられ、昭和41年までに現在の線形が完成しています([49460] Issie さん)。旧ルートである「柳ヶ瀬越え」の区間は、木ノ本から椿坂峠の手前までは北国街道(現在の国道365号線)に沿い、旧余呉町内の「椿坂峠」の手前で北国街道と分かれ、県境を「柳ヶ瀬トンネル」で抜けて敦賀市域に入り、疋田の先で現在のルートに合流していたのですが、急勾配が連続する山岳路線で、当時のSL列車も峠越えの急坂に難渋し、特に「柳ヶ瀬トンネル」はその中も急な上り坂になっていて、列車がしばしば立ち往生し、機関士が「失神」して窒息死するといった事故も起こり、「魔の路線」として名高かったそうです。そのため、早くから路線付け替えの計画もあったようですが、実現したのは戦後になってからで、その経過は[49460]にある通りでした。旧ルートが路線切り替えと同時に廃線となった北陸トンネルの前後と違って、「柳ヶ瀬越え」のほうは旧線もしばらく残されていたのですが、当初は単線で開業した新ルートが、登り坂になっている上り線をループ線による別線複線化の工事により、旧線は複線化の完成前の昭和39年までに全廃となっています。路線跡は国鉄バスの専用道路となり、柳ヶ瀬トンネルもバス道路として使われていたのですが、それも現在では県境越えの区間は廃止され([48920] むっくん さん)、残った部分はそれぞれコミュニティバスが細々と運行されているという状況になっているようです。敦賀から上り線に乗ると、ループ線から見える敦賀湾の水面が、周囲の状況をよく知らない乗客からは、一瞬「もう琵琶湖が見えるのか」と錯覚させるように見えるのは、ちょっとした話題になっていました([84479],[84485] 白桃 さん、[84484] NTJ会長 さん)。

…先日、青函トンネルの中で列車の床下から煙が発生し、乗客全員が近くの「竜飛海底」駅(既に駅としては廃業)まで歩き、そこから隣接する「青函トンネル記念館」の地中ケーブルカーを使って地上に避難した、という事故がありました。これを聞いてとっさに思い出したのが、昭和47年に北陸トンネルの中で起きた列車火災。食堂車から火が出て、多数の死者が出た大惨事でした。この事故がきっかけとなって、食堂車が国鉄~JRから次々と消えて行ったのはよく知られているのですが、ついにJRの定期列車から絶滅してしまった「ブルートレイン」の衰退も、あるいはこの「北陸トンネル事故」がその遠因の一つとなったようにも思えるような気がするのですが…。
[87432] 2015年 3月 29日(日)14:50:18伊豆之国 さん
Wood River & White Town
[87422] hmt さん
どうやら「紀川」から「紀ノ川」になった後、最近では「紀の川」の表記が使われるようになったようです
過去記事検索で「紀ノ川」と「紀の川」の両方を同時に含む記事を検索したところ、全部で8件。意外にも?最も古い記事が、私が[76738]で書き込んだ「妹背山」の話題。書物からの引用記事で、和歌の中では「紀の川」、その解説文などには「紀ノ川」と書かれていたという、半ば偶然性によるものでした。そして、8件のうち5件が「紀の川市にはなくて和歌山市にある紀ノ川駅」の記事で、そのうち私の[85544] など4件が、「第2回ペアシティ七番勝負・問四」の共通項に関する記事でした。「木曽三川・宝暦治水工事」([82282])で引用した、昭和44年初版の「南紀の旅・伊勢志摩」(松本清張・樋口清之両氏著)という新書本には、「紀の川」という項目があり、文中の表記も、「紀の川」に統一されていました。
「○ノ△/○の△」という表記の「揺れ」は、「丸の内」「江ノ島」など相当な数に上り、「きのかわ」のように地元でも表記が混乱している例もかなり多そうです。川崎市の「みぞのくち」のように、駅名の表記がJR「武蔵溝ノ口」、私鉄「溝の口」と異なり、更に地名の正式表記はどちらも入らない「溝口」というように、「三本立て」になっているといった例も見られます。
hmt さんが[87422] でリンクされている「国民学校・初等科地理」のページをめくってみると、「霞浦(かすみがうら)」「関原(せきがはら)」「駒岳(こまがたけ)」というように、「○が△」という地名でも、「ヶ・ケ・が」のいずれも入らない表記に統一されているようです。その当時は、「公式表記」とは違っていても、「国定教科書」ではこのような表現に統一していたのでしょうか。蛇足ですが、宮城県「しおがま」の表記が「塩竈」でも「鹽竈」でもなく「塩釜」になっており、この教科書が発行された昭和18年の時点では既に「塩竈」が公式の統一表記となっていたはずですが(塩竈市HP)、こうした「表記の揺れ」には、そんなご時勢の中でも案外緩やかだったのでしょうか。

ところで、[87388] で出したクイズ
【問】南房総市、白山市、南アルプス市、北杜市、東かがわ市…さて、この各市の共通項は何でしょうか?
ですが、
[87400] 白桃 さん
[87388]伊豆之国さんのクイズのキーワードは■に入る漢字だと感じます。
   自
   ↓
紅→■→金
   ↓
   桃
…まさにその通りです。
[87391] 白桃 さん
郡上市で金メダル
[87397] オーナー グリグリ さん
「沼田市」で銀メダル
いずれもご名答でした!!
この共通項、「縛り」も入れて長々と説明すると本物の十番勝負になってしまうので、後は皆さんで考えていただきましょう。
[87399] 2015年 3月 15日(日)16:47:01伊豆之国 さん
第40回十番勝負を振り返って~牛に引かれて善光寺参り~
もうすっかり忘れられた頃になってしまいましたが、今頃になってようやく十番勝負の感想文を書き込む暇ができました…。スタイルは[86710]と同様に。

問四~祇園精舎の鐘の声~
「鉄」か「道」か、ある一本の「筋」に沿って並んでいる。総社市を山陽新幹線がわずかにかすっていることに気づく。最初に選ぼうとした市が直前に答えられていたので、今年の(3年前も)大河ドラマにもゆかりの、時折適切なアドバイスをいただいている中堅メンバーのお膝元に。

問九~敷島の大和心を人問はば~
4番目の読みが「か」か「が」のどちらか。拾ってみるとちょうど40市だった。昨夏の道中でいろいろとお世話になった、超ブランド牛でも名高い、豪商と国学者ゆかりの、甲子園準優勝校の地元([86335])に。

問十~箱根八里の半次郎~
同音異字の市町村がある。過去問に類題がいくつかあり、NGの市との「境界線」の違いが微妙な「綾」だった。余りにも単純すぎるようなので、何かの別海だったのかとも思ったりした。箱根駅伝の「山登り」で超人的な記録を達成した「三代目・山の神」の出身地が、何と可住地率100%のこの市であることがスポーツ新聞に書いてあった。

…ここまでの3問は、最初の答合わせが出る前に、一気に。

問一~味は椎茸、可愛や苺~
濁音が含まれている市で人口上位。地元の市が入っていたので、これで7度目。

問六~東は宇治の翠巒を~
「○○市」駅がある市。問九からの流れで。その道中の最終目的地、日本国中の神々の総元締めの地。

問八~象潟の雨に西施がねぶの花~
「金」の字が付く駅がある。奥の細道ゆかりの地を。後になってみて、「やはり、これはいつかは出る問題だろう」と…。

問二~牛に引かれて善光寺参り~
問一と同じく濁音を含む市で、こちらは面積の広い順。「そば県」の県都がそんなに広くなっていたとは、今更ながら…。

問三~想い出酒に酔うばかり~
人口が少なく過疎地域にある市が並んでいたので、最初は「過疎地域指定」かと思ったが違っていた。人口密度のランキングを見ると当たっていた。よく見ると濁音が入らない市ばかり。お気に入りの市があまり残ってなく、結局2回目だったが、新潟県の市を答えたのは随分久しぶりのような…。

問七~富士の高嶺に雪は降りける~
共通項がさっぱり浮かばず、「苦しいときの地図頼み」で、お題とこれまで出てきた市を片っ端から当たってみたら、いずれも「『三』の字が付く町村と隣接」というのに気づいた。第37回の問五と同様、「またも『外し』か…」([83509] みかちゅう さん)と唸る。隣県にある該当する市がまだ出ていない。博学を誇る落書き帳の大御所のお膝元を。

…このところの難度UPが目立ってきたことへの「揺り戻し」なのか、皆さん方がおっしゃるように今回は打って変わって平易で素直な問題が多く、解答のペースの速さに引きずられる形にもなって、ここまでノーヒントで9問。今まで2番目の速いペースでしたが、残る問五がどうしてもわからず、第30回に続く2度目のノーヒント完答は成らず…。

問五~来たぞ、我らがウルトラマン~
第一ヒントから、「施行日ではない」。そこで「雑学」から調べて、ようやく「市の誕生日が3月31日」であることが…。「こちらは『時季外し』…」と。「東北支援」で福島県から。
…この市名を書いた瞬間、少年時代の正義のヒーローの主題歌が脳裏から離れなくなって…。

♭今回の選曲は…
問四:第2回「七番勝負」と同様。壇ノ浦の海に消えて行った平家一門を偲んで。
問九:この地で生涯の長い時期を過ごした、本居宣長の代表的な和歌。
問十:この市と直接無関係ですが、箱根駅伝で大記録を樹立した神野選手の快挙を称えて。
問一:今では「幻の名産」になっているであろう、かつての農村時代の特産物を歌いこんだ「町田音頭」の5番の歌詞より。
問六:三重高校の校歌の歌い出しに出てくる、神々しいお伊勢さんの森([86336] いろずー さん)。
問八:往年の景勝地を詠んだ芭蕉の名句。
問二:これは説明の必要はないでしょう。
問三:この地出身で、若くして世を去った演歌歌手の地元だそうですが([68934] Issie さん)、私はさっぱり知らないので、代わりに同じファーストネームの、同じく越後出身の誰でも知っている大物のほうの名曲を。
問七:この市と直接には関係はないのですが、市名の由来でもある富士山を詠んだ萬葉の名歌の、改作されていない「元歌」のほうを。
問五:「ウルトラマン」を初め「特撮・怪獣映画」で名高い円谷英二監督は、この須賀川市出身。…「円谷」さんといえば、東京五輪で銅メダル、次のメキシコを目前にして「もう走れません」と自殺した悲劇のランナー・円谷幸吉選手も同郷でした。

♯前に書いたとおり、今回は難度が大幅Downしたこともあって解答のペースが速く、メダル争いには絡めませんでしたが、半数以上の6問で「入賞」を果たし、まずまずの結果だったと思います。また、今回は静岡県からの解答がありませんでしたが、これは第32回以来8大会ぶりでした。

…さて、今回は「鉄」系2問の考察文を長々と書いているうちに、「戦国十番勝負・市盗り合戦」なる新企画が登場して、今後の戦術に影響してきそうです。今までのペースを守るか、作戦を練り直すか。まだ方針は固まっていません…。

さて、
[87387] オーナー グリグリ さん
北陸新幹線開業記念クイズ
「村」限定バージョンでやってみました。まず、同一県内だけでできる組み合わせから。
(原村、白馬村、王滝村、大鹿村)
(阿智村、朝日村、木島平村)
(平谷村、中川村、小谷村)
(渡嘉敷村、今帰仁村)
あと、
(上北山村、東吉野村、北山村、黒滝村)←3番目が惜しい!!
(嬬恋村、猿払村、喬木村)
(南阿蘇村、水上村、筑北村)
(栄村、生坂村、葛尾村)
(高山村(群馬)、曽爾村、大潟村、昭和村(群馬))
(中島村、明日香村、上野村)
(小菅村、野田村、利島村)
(鶴居村、丹波山村、小笠原村)
(鶴居村、丹波山村、西米良村)
…このパターンだと、どうしても不可能なものがありますね。

それから、
(佐倉市、さくら市、桜区)
は反則でしょうか?

[87388]のクイズの答えは、後ほど。
[87388] 2015年 3月 14日(土)10:21:47伊豆之国 さん
祝!北陸新幹線開業記念・十番勝負異聞
本日、北陸新幹線・長野~金沢間が開業しましたが、これに伴い、「十番勝負」のいくつかの過去問について、想定解に変化が生じたものがあります。

■第37回・問五「『三』の字がつくJR駅がある」→長野市にある信越本線の「三才」駅が「しなの鉄道」に移管されるため、長野市が該当しなくなります。
■第27回・問五「JRの駅が13以上ある」→並行する各在来線の移管により、上越市・糸魚川市・富山市が該当しなくなります。なお、青森市と八戸市は、平成22年12月4日の東北新幹線青森延伸に伴う東北本線八戸以遠の「青い森鉄道」移管により、既に該当しなくなっています(青森市のJR駅は現在12駅なので、「惜しいところで該当しない市」になっています)。震災の被害により、気仙沼線と大船渡線の一部が不通になったままになっている気仙沼市も、第40回の問八や、「五番勝負」第3回の問四でも物議を醸した「代行バス」を「鉄道とはみなさない」と定義すれば、「該当しない市」ということになります。また、宮古市は、昨年3月の岩泉線の廃止後も、市内に14のJR駅が残っていたのですが、やはり震災で運休中の山田線の海側の区間が復旧後は三陸鉄道に移管されることが決まったため([86828] スカンデルベクの鷲 さん、[87385] じゃごたろ さん)、「磯鶏」「津軽石」の両駅がJRから外れ、「該当しない市」になることが決定的になっています。
■第25回・問一「『温泉』の付くJR駅がある」→北陸新幹線「黒部宇奈月温泉」駅の開業により、黒部市が該当する市に加わります。一方、前項の通り東北本線八戸以遠の移管によって「浅虫温泉」駅がJRの駅ではなくなっているため([76969])、青森市は既に該当しなくなっており、想定解の数は出題当時と差し引き同数となっています。
■第21回・問三「『新+市名』駅がある」→北陸新幹線「新高岡」駅の開業により高岡市が該当します。また「黒部宇奈月温泉」駅に隣接して富山地方鉄道本線に「新黒部」駅が既に2月26日に先行開業しているため(「北陸の駅」より)、黒部市も該当する市になっています。一方、その富山地方鉄道市内線にある「新富山」駅(路面電車の停留所)が「富山トヨペット本社前」と改称され(富山地鉄HP関連記事)、富山市は該当しなくなります。このほか、平成23年3月12日の九州新幹線の全通(あの大震災の翌日だったため、全然話題にならなかった…)により、大牟田・鳥栖・玉名の各市が既に該当する市に加わっています。
♯北陸新幹線に「上越妙高」駅ができましたが、この駅名、以前に話題になったことがある「市名+市名=駅名」になっているのですね…(駅の所在地は上越市)。

…ところで、今日はもう一つ別の意味で「特別な日」です。そこで、これにちなんだ「一番勝負」風のクイズを。
【問】南房総市、白山市、南アルプス市、北杜市、東かがわ市…さて、この各市の共通項は何でしょうか?


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