都道府県市区町村
落書き帳

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記事番号記事日付記事タイトル・発言者
[19933]2003年9月16日
ken
[20429]2003年9月30日
ken
[20432]2003年9月30日
YSK
[20434]2003年9月30日
はやいち@大内裏
[20438]2003年9月30日
ken
[20439]2003年9月30日
般若堂そんぴん
[20445]2003年9月30日
ペーロケ
[20446]2003年9月30日
YSK
[20447]2003年9月30日
だいてん
[20449]2003年9月30日
NS
[20456]2003年9月30日
TN
[20470]2003年9月30日
YSK
[20496]2003年10月1日
BANDALGOM
[20520]2003年10月2日
中島悟
[20566]2003年10月2日
ゆう
[20567]2003年10月2日
YSK
[20572]2003年10月3日
般若堂そんぴん
[20574]2003年10月3日
はやいち@大内裏
[20584]2003年10月3日
YSK
[20702]2003年10月6日
ken
[20795]2003年10月9日
BANDALGOM
[23632]2004年1月11日
BANDALGOM
[40217]2005年4月23日
88
[43853]2005年8月3日
般若堂そんぴん
[43871]2005年8月4日
般若堂そんぴん
[44568]2005年8月31日
Issie
[44571]2005年8月31日
般若堂そんぴん
[44752]2005年9月7日
matsu

[19933] 2003年 9月 16日(火)12:03:14【2】ken さん
図書のご紹介
開幕以来、ほとんど優勝争いというものがなかった今シーズンのセリーグですが、優勝は優勝。
うらやましい光景でありました。
おめでとうございます。

タイガースは前回1985年の優勝時に、日本シリーズも制し、日本一になっていますし、1998年の大洋ホエールズも日本一になっているのですが、わがDragonsは、私がファンになるきっかけだった1974年の優勝時も、金やんロッテに負け、今を遡ること半世紀、1954年、杉下茂翁がエースナンバー20番を背負い、三原西鉄を下して以来、日本一になっていないので、リーグ優勝はともかく、日本一になられると、非常にうらやましさが倍化します。
私は体験していないので。
1954年といったら「もはや戦後ではない」の年ですからね。

近鉄は???

前振り長すぎました。

今尾恵介氏関連の著作の宣伝が過ぎると、偏重しますので、今回は別の参考書籍を・・・
ご存知の方も多いと思いますが、
楠原 佑介 (著) 「こんな市名はもういらない!―歴史的・伝統的地名保存マニュアル」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4490204973/qid=1063679819/sr=1-1/ref=sr_1_2_1/249-7703207-8257931

見出しからして、だいたい傾向が想像つくと思いますが。ご興味ある方、是非どうぞ。
2003年5月発刊で、過去ログにも見当りませんでしたので、はじめてのご紹介と思います。
[20429] 2003年 9月 30日(火)00:05:01ken さん
re:路面電車&お奨め図書
[20419] 両毛人 さん
kenさんが列挙してもしょうがないとおっしゃっていらっしゃいましたが、
いや、あまり、路面電車ネタそのものが深まっても、どうかな、と躊躇しただけです。
鉄道と軌道の区分は「厳密には、厳密」ですし。

上記文献は「路面電車」について、多面的に理解できる興味深い一冊です。かなりお奨めです。
今尾氏は、最近も外国に路面電車の取材に行ってましたね。何に載るのか、その時には聞いたのですが、失念してしまいました。

お奨め図書といえば、私が[19933] で紹介した
楠原 佑介 (著) 「こんな市名はもういらない!―歴史的・伝統的地名保存マニュアル」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4490204973/qid=1063679819/sr=1-1/ref=sr_1_2_1/249-7703207-8257931
ですが、紹介しておいて、自分も実は今、読んでるんですが、この方は、本当に地名保存の超極右派ですね。
南アルプスは言うに及ばず、南陽などの「~陽」も中国語由来の命名感覚であるとして否定、印西、栗東、をはじめ、東村などを含む、全ての方角が入った地名を全否定。
例え郡名であろうと、郡名自体が合成名である場合や、郡の一字プラス方角字地名は否定。
国衙、郡衙が所在した場所に比定できない場所が、国名もしくは国名の一字、郡名を使用することも「僭称」。
「和名抄」に載っていない地名は全部NGという勢いで、考古学的な厳格さ。
合成、瑞祥は当然NGですので、「蒲郡」(蒲形村+西郡村)、「稲沢」(稲葉+小沢)、「行橋」(行事村+大橋村他)も悪例として、紹介されてます。
古地名の復活も対象とする地名が「何処から何処まで」使われたのかの検証が必要である。由緒ある古代郷名だからと、闇雲に他地の古称を頂戴してしまえば、それは「盗用」になる。いや、現在と将来にわたって住民や国民全体にあらぬ誤解を与えることになり、例の考古学界の旧石器捏造事件に匹敵する「歴史詐称の大罪」になろう。 <一部省略引用>
地名に関しては、どちらかと言えば保守的な私も、さすがに、「そこまで言わんでも」という感じですが、まあ、極右論として、こういう考えもあるのか、という意味では、独善的なところはありますが、「おもしろい」本ではあります。
[20432] 2003年 9月 30日(火)00:16:18YSK[両毛人] さん
質問
[20429]kenさん
某掲示板への書き込み、ありがとうございました。

いや、あまり、路面電車ネタそのものが深まっても、どうかな、と躊躇しただけです。
すみません、私もちょっと配慮のない書き方をしてしまいました・・・。

ところで、ご紹介の文献ですが、「上、中、下」とか「口と入」とか「奥」とか、こういった位置を示す言葉で区分する地名についても、悪例としていますか?
[20434] 2003年 9月 30日(火)00:26:33はやいち@大内裏 さん
読後感想文
[20429] ken さん

お奨め図書といえば、私が[19933] で紹介した
楠原 佑介 (著) 「こんな市名はもういらない!―歴史的・伝統的地名保存マニュアル」

読みましたが、楠原氏には同意できるところも少なからずありましたよ。

たとえば新自治体名で揉めたとき、
その土地に無関係な抽象名をつけるくらいなら、連称で解決すべし、とか。

氏は、日本の地方自治関係者は連称が嫌いで
それよりは郡名を僭称したり、頭文字を合成したりする傾向にあることを指摘なされてました。

頭文字を合成した場合、経緯を知らない人にとっては
その合成名が伝統地名と勘違いされるようになります。

[16311]拙稿
この地域の場合は真鶴湯河原市か、湯河原真鶴市というように連名にするのが一番だと思います。

私もその賛同者で、
たとえば角館田沢湖地区は「北都市」なんていう抽象地名に「逃げ」てはならないと思っています。
ちなみに、できれば角館のほうを先にして欲しいです。

さいたま市の公募時に私が応募した案は「浦和大宮市」でした。
「浦野宮」という案もかなり多かったようですが、
地名が背負う歴史が崩れてしまうではないか!と独り憤慨していました。
[20438] 2003年 9月 30日(火)01:25:48ken さん
re:質問
[20432] 両毛人 さん
「上、中、下」とか「口と入」とか「奥」とか、こういった位置を示す言葉で区分する地名についても、悪例としていますか?
この例に「前、後」も含まれると思いますが、
楠原氏は「和名抄」には、東西南北を使った郡名は東生郡、西成郡の2例のみである、とし、古来「東西南北」は地名としては使われる習慣はなく、上下、前後、で表されていたとしてますから、肯定なんでしょうね。
「上下」、「前後」を使え、とは言ってませんが、「東西南北」を使うな。とは言ってますので。
「口」については、土岐市、瑞浪市に関して、本来、土岐は瑞浪市が名乗るべきであり、現土岐市は「土岐口村」であった。土岐口とは、すなわち、土岐へ入る入口の意であり、その場所自体が「土岐」ではないことを示している、という言及がありますので、「口」は肯定でしょう。

要は、「東西南北」は、地図が出来て、自分の要る位置を地図上で相対化して、初めて発想できる考え方である、としていますから、ある場所へ至る経路を東西南北に関係無く、道順に追って行く「上、下」、「前、中、後」、「口」の発想は、その反意としては肯定論なのだと思います。
[20439] 2003年 9月 30日(火)01:37:04【1】般若堂そんぴん さん
会津はやはり福島と
[20415]ぴょんさん,以前も[5378]に記しましたが,会津を福島(伊達地方)や米沢(置賜地方)とは異なる「道」に含めることにはかなりの抵抗を感じます.阿賀野川水系を重く見たのだと思いますが,歴史・文化・言語を考慮すれば,会津・伊達・置賜,あるいは少なくとも会津・伊達のつながりは無視できません.
その文脈で[20405]KNさんの
福越(ふくえつ)道
も素直に頷(うなづ)けないのですが,福島県には脱・東北の意識もあるらしいですね.

[20435]uttさん
例えば、南東北道を「般若道」など。。。(笑)
宗教絡みということで[20429]kenさん御紹介の楠原佑介氏に叱られそうですね(笑).

【付記】
[5378]において
昆虫学者の黒沢良彦先生は会津出身でいらっしゃいますが,米沢興譲館に学ばれたと聞いております(なぜ?).
と記しましたが,黒澤良彦先生は北海道の御出身で,御父君のお仕事の関係で幼少期に米沢に転居していらっしゃった,という話を最近ある昆虫研究者から聞きました.
どちらが正しいのか,現在のところ分かりません.
[20445] 2003年 9月 30日(火)02:14:26【1】ペーロケ[utt] さん
地名創造は駄目??
[20429]kenさん
この方は、本当に地名保存の超極右派ですね。
 本当にスゴイ人ですね。この人がOKと思える地名は、どんな地名なのか気になります(北海道は松前以外、全滅か?)。例えば「愛媛」という名称は、古事記に出てくる国造の神様が由来で、廃藩置県以前は、その地の民衆に馴染んだ地名とはとても言えないでしょう。なぜなら、「えひめ」という地名なんて松前町の伊予神社の中しか存在しないのだから。そういった意味では、新たな地名創造になりますが、きっと駄目なんだろうなあ。。。
 個人的には、新たな創造地名だろうが合成地名だろうが、センスがあればいいと思うのです。過去は過去で興味深いかもしれませんが、あまり過去にこだわりすぎるのもどうかと。住民は今生きている訳だし、なんなら、松前+勝山の合成地名である「松山市」を「熱田津市」に変えますか??なんて無理な注文!!
[20446] 2003年 9月 30日(火)02:28:46【1】YSK[両毛人] さん
Re:地名創造は駄目??
[20445]uttさん
本当にスゴイ人ですね。この人がOKと思える地名は、どんな地名なのか気になります
おそらく、自治体名に限れば、すべて駄目ということになりますよね。自治体の範囲にマッチした地名は皆無でしょうから・・・。

まず、方角や合成、瑞祥地名などを採用した自治体名は、すべて駄目。

それ以外の地名を使っている場合でも、例えば、

太田市にしても、「太田」は金山南ろくの宿場町のことですから、それよりも広い範囲を含む、ましてや新田郡以外に山田郡や邑楽郡の一部を含む範囲を「太田」にしてしまうなんて、駄目でしょうし・・・

郡上市(予定)にしても、「郡上郡」と範域と一致しているかもしれないけど、きっとそもそもの「郡上」の地名の起こった場所は、郡上郡の範囲からすれば狭い地域であった場合、やはり不適格。

ましてや、広大な仙台市なんて、宮城郡下の愛子はいざ知らず、旧名取郡の秋保や長町まで含んじゃって、まったくもって「仙台」に一致しない、しかも「仙台」は「千代」の佳字なので、この点でもNGなんでしょうか。

いっそのこと、自治体名は地名と考えず、自治体の名前であると割り切り、自治体内の、真の意味での地名のほうを大切にしていった方がいいのではないか、とも思える今日この頃です。
[20447] 2003年 9月 30日(火)05:03:38だいてん さん
楠原氏の本、雑感
[20429]kenさんの書き込み以来、地名に関する書き込みが多くなってきましたね。最近パズルばかりやってましたが、触発されて久しぶりに地理的な書き込みをしてみましょ。

楠原氏の本、本当は読んで感想を書くべきなのでしょうが、ここはみなさんの書き込みにあった内容について反応します。
例え郡名であろうと、郡名自体が合成名である場合や、郡の一字プラス方角字地名は否定。
国衙、郡衙が所在した場所に比定できない場所が、国名もしくは国名の一字、郡名を使用することも「僭称」。
「和名抄」に載っていない地名は全部NG
合成、瑞祥は当然NG
となると、本当に
[20445]uttさん
この人がOKと思える地名は、どんな地名なのか気になります
といった感じです。
三重県の香良洲町や、北海道の奥尻町なんかは、自然の地形がそのまま自治体になってますから、もしかしたら楠原氏のお眼鏡にもかなうかも知れませんが、どちらにしろ、大半の自治体名がアウトですね。また、合併の際、1つの自治体名を存続させた場合は、本来の地名の範囲を越えることになりますからすべてダメですね。

しかし私は、地名が指す範囲など、時代によって変わり得るものだし、ある時間においても、人々は地名の明確な境界を認識してはいないのではないかと思っています。現在ではどの土地も、必ずいずれかの自治体に属していて、かつ、同時に2つの市町村に属する土地はありませんが、時代をさかのぼれば、ある土地がAという地名で呼ばれ、同時にBという地名でも呼ばれていたなどということは普通にあったでしょうし、逆に誰も住まない草原地帯には地名がないということもあったでしょう。結局、「本来の地名の範囲」なるものを特定することは、不可能であると感じます。

また、[20434]はやいち@大内裏さんの書き込みにあった
新自治体名で揉めたとき、
その土地に無関係な抽象名をつけるくらいなら、連称で解決すべし
という楠原氏の主張も、私は賛同しかねます。
確かに、その土地の地名の歴史を守ることを重視すれば、連称にするのが一番でしょう。しかし、地名は土地の歴史を表すものであると同時に、他の土地と区別するために実際に使われるものであることを見逃してはなりません。連称により長くなった地名を実際に口に出し、紙に書くことは、かなり面倒なはずです。現在の自治体に、6文字以上や9音以上の自治体が存在しない(妙高高原町は9文字ですが8音です)のは偶然ではないと思います。また、大湊田名部市が結果として失敗に終わったという歴史的事実がこのことを証明していると思います。頭文字の合成は、安易なようですが、地名が長くなることによる煩雑さを回避しつつ、地名の歴史もどこかに残しておきたいというジレンマの中で生み出された知恵なのだと思います。

余談ですが、続・都道府県十番勝負の問一(解答は「読みが8文字以上の市町村がある」。グリグリさん[19511]参照)の答えがわかったときに、あることに気づきました。それは、「読みが8文字以上の市町村は、すべて4字以下である」ということです。5字の自治体は現在ひたちなか市、南アルプス市、天城湯ヶ島町の3つがあるのですが、読みはそれぞれ5文字、7文字、7文字です。11月誕生予定の富士河口湖町も7文字なんですよね。「書くのが面倒な分、発音するときはできるだけ短く」という潜在的な何かがあるのか、それとも偶然なのか分かりませんが。5字である上に読みも8文字である大湊田名部市が改称した一因はこんなところにあるのかな、と考えてみたりしました。
[20449] 2003年 9月 30日(火)08:00:36NS さん
楠原本の雑感
[20429][20438]kenさん
[20434]はやいち@大内裏さん
[20445]uttさん
[20432][20446]両毛人さん
[20447]だいてんさん

楠原氏の本に関する書き込みは非常に興味深いですね。私も読んでいないので、ここでの書き込みから見た雑感を。

[20438]
「東西南北」は、地図が出来て、自分の要る位置を地図上で相対化して、初めて発想できる考え方、としていますから、ある場所へ至る経路を東西南北に関係無く、道順に追って行く「上、下」、「前、中、後」、「口」の発想は、その反意としては肯定論
大昔のような、道なりの感覚しか持てなかった時代と違い、測量・空撮技術も高度に進化した現代においては、むしろ「地図の存在を前提としない」位置の発想ということ自体が非現実的でしょうね。

結局、
[20447]
地名が指す範囲など、時代によって変わり得る…結局、「本来の地名の範囲」なるものを特定することは、不可能
(中略)
頭文字の合成は、安易なようですが、地名が長くなることによる煩雑さを回避しつつ、地名の歴史もどこかに残しておきたいというジレンマの中で生み出された知恵
というところに集約されるでしょうか。
ただ、昨今の市町村合併の流れの中で誕生している新自治体名を見ると、
[20446]
自治体名は地名と考えず、自治体の名前であると割り切り…
という極論を考えたくなるのもある種の必然なのでしょうか・・・。

いずれにせよ、楠原氏や地名研究所関係者等による主張は、今や大半の人々の感覚に合わず、現実的な解決策とはとてもなり得ない、というところでしょうね。
[20456] 2003年 9月 30日(火)11:42:17【1】TN さん
自治体の名
[20446]両毛人 さん

いっそのこと、自治体名は地名と考えず、自治体の名前であると割り切り、自治体内の、真の意味での地名のほうを大切にしていった方がいいのではないか、とも思える今日この頃です。

亀山市との合併で「関町」という名称も無くなるそうで、町長さんがこんな事を言っております。
自治体として関町の名が消えるが、字名で残したい。そもそもこの地域、郷土自体が消えるわけでない

何か考えさせられますね。ただ、そのように割り切れる人もいればそうでない人もいるわけで、これがなかなか難しいところだと感じます。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030930-00000005-cnc-l24

[20370]両毛人 さん
薮塚本町の町長は、桐生さんという名前なのですね。
ややこしや~
[20470] 2003年 9月 30日(火)21:33:18YSK[両毛人] さん
地名レス
[20438]kenさん
「上、下」、「前、中、後」、「口」の発想は、その反意としては肯定論なのだと思います。
ご回答ありがとうございます。地名に関する議論については置いておくといたしまして、地名の響きとしては、上や下、前や後、口や入などの語感は好きですね。

隠岐の「島前」、「島後」は、例えば、「西隠岐島」「東隠岐島」といった表現よりもどこか趣があることばのような気がします。

[20456]TNさん
(三重県関町の)町長さんがこんな事を言っております。
自治体として関町の名が消えるが、字名で残したい。そもそもこの地域、郷土自体が消えるわけでない
考えさせられますね。しかし、私はこの町長さんは真に町の今後について真摯に考えていらっしゃるかたのように思いました。私も、太田市合併後は、旧市街地に「太田」のつく町名をぜひ復活させて欲しいと思いますね。

関町は、「関の山」という言葉の語源となった山車のある町なのだそうです。ぜひ、関の名を残して欲しいですね。
[20496] 2003年 10月 1日(水)12:30:40BANDALGOM[月の輪熊] さん
これからは気にせず
でるでるさんへ

公募情報について先ほどメールを送りましたが、揖斐ふれあい町村合併協議会も公募が始まっているようです。
http://www.ibi-gappei.jp/img/meisyou.pdf

[20429]他 kenさん
この方は、本当に地名保存の超極右派ですね。
[20432]他 両毛人さん
[20434]はやいち@大内裏さん
[20445]uttさん
[20447]だいてんさん
[20449]NSさん
[20456]TNさん

楠原氏らの主張について、私はひらがな名称や抽象名称の乱発に関する部分にはうなずけるものがありましたが(このような名称が不可避な場合は別として)、ここでの書き込みを見る限り、正直ここまでダメと言われるとちょっと、引いてしまうものがありますね。

彼らの主張を一々気にしていたら、「あれもダメ、これもダメ」になってしまいますし、これからは批判されそうな名前でもどんどん応募していきます。

香南・芸西合併協議会の新市名は「土佐香南市」「南香市」「香芸市」の3点、また西彼中部三町合併協議会の新市名は「静波市」「内海市」「内浦市」の3点で応募しました。
前者は象徴的な山・川などが見当たらないので位置をイメージしたもの、後者は海をイメージしたものにしました。
まあこれも、特に「南香市」や「静波市」など、楠原氏らにモロに批判されそうな名前ですね。

また十日町広域圏合併任意協議会の新市名も、中魚沼郡と東頸城郡にまたがるので難しいところですが、魚沼コシヒカリにちなんで「越光市」を考えています。
「魚沼市」の市名決定の際、魚沼コシヒカリが「魚沼市」で生産されたものと思われる、という危惧があったようですが、「魚沼」が北魚沼郡に取られたなら、こっちは「コシヒカリ」を取って、と考えたものです。
これも楠原氏らには絶対批判されると思いますが、もうこれからは気にせず、ということで。
[20520] 2003年 10月 2日(木)00:01:40中島悟 さん
「こんな市名はもういらない!」を読もう
[20429]kenさん
読みました。
おもしろい。すごく笑えました。
4年前「買ってはいけない」を笑いをこらえて立ち読みしてたのを思い出しました。
こういうのを読むと、愚問とは知りつつも筆メに「本気か?」と尋ねたくなります。
筆メの言わんとしていることはつまり、柾汕ネ降の新造地名はすべて抹消せよということでしょうか。合成地名だって100年たてば立派に定着していると思うのですが...
合併したら連称にしろとありますが、あまり長くなっても
[20447]だいてんさんが指摘しているようになかなか定着しないでしょう。
(佐賀県にも浜崎村+玉島村>浜崎玉島町>浜玉町という例があります)
京都の左京区右京区もダメだそうな。よそにない京都らしいネーミングなのに。
神戸の東灘区を上灘区にってこれはかえって誤解を与えそう。
福岡の中央区を福崎区というのは賛嶋qは皆無でしょうねえ。
ま、とにかく
一読の価値あり。我々がさいたま市や東かがわ市に対して抱いている違和感の極論にまで達したものを見ることができます。ここに集う面々なら何十ケ所もツッコミを入れることができるでしょう。
あ、でも買わずに立ち読みでね、買ったら応援しているみたいだし。
[20566] 2003年 10月 2日(木)23:38:25【1】ゆう さん
連称の試み
[20553]白桃さん
旧国名がついた市に備前市がありますが、備前町と三石町が合併して市になったので、これもアウトです。備前町は片上や伊部や香登など多数の町が合併してできた町なので、この自治体の経歴はややこしい。中心はもちろん片上ですが。
備前市の沿革をご紹介いただいたのを見て、つまらないことを考えてしまいました。


はやいち@大内裏さんがで[20434]ご紹介の楠原佑介氏の主張は
新自治体名で揉めたとき、その土地に無関係な抽象名をつけるくらいなら、連称で解決すべし

片上町・伊部町の合併時、新町名で揉めたのかどうかは知らないのですが、備前町は「その土地に無関係な抽象名」ではないものの、氏のいうところの「僭称」です。連称にしていれば、片上伊部町。そして今ごろは備前市ではなく

「片上伊部伊里香登鶴山三石市」

これで氏のお眼鏡に適う地名だけを過不足なく並べられたかどうかは検証の必要がありましょう。
[20567] 2003年 10月 2日(木)23:49:36【1】YSK[両毛人] さん
Re:連称の試み
[20566]ゆうさん
そうしますと、我が太田市は、

太田九合沢野韮川鳥之郷休泊強戸矢場川宝泉毛里田市

ですね。

私が太田市民でありながら、地名「太田」にあまり大きい思い入れがないこと、分かっていただけますか?
[20572] 2003年 10月 3日(金)00:29:10【1】般若堂そんぴん さん
「つくばエクスプ」レス
[20097]special-weekさん
首都圏新都市鉄道のウェブ・サイト
http://www.mir.co.jp/
では駅名は仮称のままですね.

9月20日の「YOMIURI ON-Line」(Google におけるキャッシュ)
http://www.google.co.jp/search?q=cache:nPpAM1CnvbgJ:www.yomiuri.co.jp/e-japan/ibaraki/news001.htm+%E9%A6%96%E9%83%BD%E5%9C%8F%E6%96%B0%E9%83%BD%E5%B8%82%E9%89%84%E9%81%93+%E4%B8%87%E5%8D%9A%E8%A8%98%E5%BF%B5%E5%85%AC%E5%9C%92&hl=ja&lr=lang_ja&ie=UTF-8&inlang=ja
によれば
元浅草→新御徒町
新浅草→浅草
流山運動公園→流山セントラルパーク
流山新市街地→流山おおたかの森
柏北部中央→柏の葉キャンパス
柏北部→柏たなか
伊奈谷和原→みらい平
萱丸→みどりの
島名→万博記念公園
葛城→研究学園
となっています.

「つくばエクスプレス - Wikipedia」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%81%B0%E3%82%A8%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%B9#%E5%BB%BA%E8%A8%AD%E3%81%AE%E7%B5%8C%E7%B7%AF
では「新浅草」はそのままです.

「新浅草」が「浅草」になるとすれば,国際通りの下に設置されるとのことですから営団銀座線・都営浅草線・東武伊勢崎線のいずれの浅草駅ともかなり離れています.
同名の駅同士が離れているというのは関西や札幌市では珍しくもないようですが,どうも落ち着きません(そわそわ).

【おまけ】
楠原佑介氏風に現在の米沢市の名称を変更するとなると,どこまで遡ればよいか分かりませんが,とりあえず1950年代に行われた合併に基づけば「米沢上長井塩井万世広幡六郷三沢窪田山上上郷南原市」でしょうか.実際には,編入された村も何度かの合併を経ているので,さらに長くしなければならないでしょうね.まるで寿限無です.
[20574] 2003年 10月 3日(金)00:40:26はやいち@大内裏 さん
図書館で借りました
[20572]般若堂そんぴん さん
[20567]両毛人 さん
[20566]ゆう さん

私は楠原氏の広報でも何でもありませんが(笑)、
氏は第一に、中心部の地名を継承することを主張していますので、
楠原式命名法では、米沢なら米沢市、太田なら太田市、片上町・伊部町のうちの大きいほうを継承
ということになります。
[20584] 2003年 10月 3日(金)07:58:17【1】YSK[両毛人] さん
自治体名は地名なのでしょうか、再論
[20574]はやいち@大内裏さん
中心部の地名を継承することを主張していますので、
楠原式命名法では、米沢なら米沢市、太田なら太田市
太田市制施行時(1948.5.3)であれば、太田町は中心街だったのでしょうが、現在の「太田」は商店街の体を成していながらも、市全体を考えるとその相対的な地位はかなり低下しています。仮に現在まで太田町ほかの旧自治体が残っていたとして、現太田市の範囲で合併しよう、となったときに果たして「太田」が自治体名となるか、ちょっと疑問ですね。

また、楠原氏が自治体名=地名という図式に何の考察も加えずに、論を展開していることにはかなりの違和感を感じます。

もちろん、自治体名は地名をもとに作られている場合が多いですし、自治体名が地名的に用いられることはごく普通のことですから、説明は要らないのかもしれません。

しかしながら、広域的な合併が進むにつれて、その自治体の範域内のピンポイントな地名を用いて自治体名をすることに関しての住民の思いは複雑なものがあるでしょうし、ゆうさんのおっしゃるように自治体名だけが地名ではありません。

また、本当に地名を大切にしようとするなら、ピンポイントな地名を広域な範域の名前の代名詞として使う自治体名の命名にこだわるよりは、自治体名は地方公共団体の名前と認識して、過度に「地名である」ことへの認識を改め、町名などとして多く展開する「本来の地名」についての理解を深めることのほうがより重要で、現実的であろうと思います。
[20702] 2003年 10月 6日(月)22:28:45ken さん
平南海市の「平田町」の由来って
[20690] 両毛人 さん
85名の薩摩義士がまつられている「治水神社」があるそうです。

http://homepage1.nifty.com/fuufuyuuyuu/sub5/4tisuiginsya.htm

「宝暦治水」の工事責任者の薩摩藩家老の平田靱負正輔を祭神とした治水神社。
とありますが、「お千代保稲荷」のある平田町って、この「宝暦治水」の工事遅延の責任を取って、工事現場で自刃した薩摩藩家老の平田靱負の名を顕彰して名付けられたものなんですよね。

ま、その平田の名も、「ひらなみ」になろうとしているわけで・・・
家老の名も「ヒラ並み」に、という皮肉なことですが。

例の楠原佑介氏は、人名地名も良くないとして、この平田町も悪例としてあげていますが、楠原理論に立てば、南濃町も方角+旧国で悪地名、海津町も、そもそも郡名が合成で悪地名の上に、広域名称僭称で、悪地名。
この3つの悪名を三段重ねに合成した平南海は、最悪地名で、さらにそれを平仮名「ひらなみ」市にしようというのだから、さしずめ「楠原」理論によれば、極悪非道地名ということになるんでしょうね。
ちなみに、幸いなことに、楠原氏の「こんな市名はもういらない」書中では、人名地名の悪例として、平田町が挙げられているだけで、「ひらなみ」市については言及かありませんので、追求を免れてますが。
ちなみに楠原理論では、「主たる邑があれば、常に主邑の名を用うべし」ですから、平田町は「今尾」とすべきだった、と書いてますので、その伝で行けば、ひらなみ市の場合は、郡域と一致する場合は郡名が良い、とはしているものの、その郡名が合成なので、おそらく気に食わず、海津市ではなく「高須市」を推すのだろうと、推察されます。

ついでに、同書の「新市名べからず集」では、東海市、東海村、東洋町、西海町などとともに、南国市も批判されているわけですが、その中で、
「南国土佐を後にして」の歌は、市名決定の前だったか後か記憶が曖昧だが、
と、調べれば、30秒ほどで解ることを、「記憶が曖昧」で、片付けていて、ずいぶん乱暴だなあ、と、感情的に書き飛ばしている感が随所にあります。
ちなみに、私が30秒で調べた範囲では、ペギー葉山による「南国土佐を後にして」のヒットは、1959年のことで、レコードの発売年月日までは、わかりませんでしたが、歌のヒットを受けて、この歌を主題歌にして作られた映画「南国土佐を後にして」が1959年8月に製作。
南国市の市制施行が、1959.10.1ですから、まあ、楠原氏が、「記憶が曖昧」で済ませてしまってくれたのは、「南国市」にとっては、幸いだったかも知れませんね。
前後関係を承知していたら、更に酷評されていたことは必定でしょうから(苦笑)。
楠原氏は「後免」市とすべきだった、としてます。
[20795] 2003年 10月 9日(木)12:12:06【1】BANDALGOM[月の輪熊] さん
南九州市・東大住市
姶良中央地区合併協議会の新市名として、すでに応募していた「霧島市」に加え、また大隅中央法定合併協議会の新市名として、すでに応募していた「高隈市」など4点に加え、新たに「南九州市」と書いて応募しました。

「南九州市」はかつて曽於郡南部4町で青年会議所が構想をぶち上げ、また6年前には隼人町長と加治木町長(当時)が共同で国分市・姶良郡全町の合併構想としてぶち上げてもいるわけですが、私も楠原氏らの批判はもう気にしない、と決めたので、姶良中央地区と大隅中央地区の新市名に追加で応募したものです。

姶良中央地区の場合は南九州に位置することに加え、鹿児島空港を擁する交通の要衝、国分隼人テクノポリスを擁する産業の拠点でもあるということを応募理由に書きましたが、一方大隅中央地区も拠点性では劣るものの、10万都市になりますし、海上自衛隊や鹿屋体育大などの存在を考えても「南九州市」を名乗るにふさわしいと考えました。

そのほかの鹿児島県内で新設合併協議中の地域は、曽於郡南部4町は志布志港にテクノスーパーライナー(TSL)の誘致を目指しているものの、人口規模の面で「南九州市」を名乗るのはどうか、というのがありますし、他の地域は拠点性という面においてふさわしくないと考えています。

公募中の曽於北部合併協議会ですが、ここも人口規模・拠点性から考えて「南九州市」は候補から外し、肝属東部合併協議会の新市名としても書いたものですが「東大住市」で応募しました。
もともと既存町名禁止で「大隅」が使えませんが、大隅地域における応募スタンス(字面が良くない「隅」を「住」に変え、多くの人に住んでほしいという願いを込める)を通したものです。

末吉町・大隅町から志布志湾へと流れている菱田川(母の生家のすぐ裏を流れている)を使うことも考えたのですが、末吉町の北部と財部町が大淀川水系になるので使えず、郡名の「曽於」も南部4町がある上に、元々の「噌唹郡」が姶良郡の一部を含むという歴史的関係を考えたら使えず、「東大住」「新大住」と自然豊かなイメージを出した「東大澄」「新大澄」を考えましたが、1人1点限りなので「東大住」に落ち着いたものです。

あと大隅地域の公募未実施は曽於南部合併協議会を残すのみとなりましたが、ここで「菱田(川)市」を考えてみたものの、志布志町は菱田川水系でない(安楽川水系)ので使えませんね。
公募実施の際に既存町名が使えたとしても、有明・大崎両町にも志布志町に匹敵する人口規模があるので「志布志市」は使いづらいですし、難しいところです。

と、ここまで書いたところで曽於南部合併協議会のHPを見たところ、
「平成15年11月10日から平成16年1月7日の期間新市名称を募集」
とありました。
http://cgi15.synapse.ne.jp/~sonanbu/cgi-bin/item/cgi/index.cgi?type=detail&number=8
全国公募か住民限定かはまだ分かりませんが。
でるでるさん、更新よろしくお願いします。
[23632] 2004年 1月 11日(日)02:42:28BANDALGOM[月の輪熊] さん
雨ずら~
[23595]ゆうさん
私の住む市も3周年を迎え市名にもそれなりの愛着は生まれています。
[23607]みかちゅうさん
西東京市については「どちらかといえば北東京市だろう」などといった議論があったため、住民に人気があるとは感じられなかったのです。
西東京市の市名については例の楠原佑介氏らの批判が報道されましたし、「愛着がわかない」「住民に人気があるとは感じられない」と感じられたのも、報道の影響はあるでしょうね。
しかし、どんなに批判される市町村名がつけられても、住民の間に愛着が生まれさえすれば、それでいいといえますね。


[23586]花の東京都民さん
日本には「三大都市圏」というものがありますがその基準は何でしょうか?
札幌圏・仙台圏・静岡圏・瀬戸内圏・北九州圏も大都市圏では?
[23603]なおさん
やはり他の都市人口100万人以上の市にくらべ、郡を抜かすほど
この3都市の規模が大きいからでしょう。
東京・大阪は江戸時代からなので言うことはないのですが、
20世紀後半、名古屋も都市圏人口が500万人を突破したからだと推測されます。
※東京・大阪はメガロポリスとも言われることがある
「政令指定都市」という制度がもともとは横浜、名古屋、京都、大阪、神戸の「五大市」が対象で、人口要件「50万人以上」も指定時の神戸市の人口が100万人に満たなかったことによるものでしたが、首都東京に加えこの「五大市」が属する都市圏を「三大都市圏」と呼ぶようになったものと推察します。

これに対して戦後急成長を遂げた札幌、仙台、広島、福岡を俗に「札仙広福」と呼んで比較対象にしますね。

なおさんの言及されている「メガロポリス」ですが、これは東京から名古屋、京阪神にかけて大都市が連なった一帯を指すもので、静岡や浜松もこの中に含まれます。


[23596]稲生さん
遠州人なら「アメダラ」
山梨県、長野県南部の人なら「アメズラ」ですか(笑)。
静岡県も「~ずら」圏と認識していましたが、某巨大掲示板では『「~だら」のお年寄りバージョン「~ずら」』と書かれていましたね。
これに対して『山梨県では高校生も「~ずら」と言っている』とレスがついていますが、山梨県、長野県南部に関してはその通りですね。
また「~だら」は三河でも使いますね。


[23598]まるちゃんさん
下関といえばフグが有名ですが、実はアンコウの水揚げ日本一でもあるのです。
アンコウといえば、茨城県の平潟や大洗などが知られていますが、下関では、フグに並ぶ名物にしたいと考えているようです。でも、現在のところ、山口県ではアンコウを食べる習慣はあまりないですね。
私もアンコウといえば茨城県というイメージがありましたが、山口県でアンコウを食べる習慣があまりないというところからすると、遠州産フグが「下関ブランド」に化けるのと同様、下関で水揚げされたアンコウが茨城に輸送されているのかもしれませんね。
ほかにも三輪そうめんが島原半島で生産されているとか、茨城県産そばが「信州そば」に化けているという話もよく聞くところですが。
[40217] 2005年 4月 23日(土)23:29:0488 さん
合成地名について
ここのところ、多忙その他で、ROMになっておりました。自分色を前に足踏みしております。本日、久々にたっぷり過去ログを読むことができ、10000番台にやっと到達しました。過去ログ(及びアーカイブス)を読み進めると、私が触れたかった話題に関しても、皆さんがさまざまな意見を出していらっしゃいます。そうした議論を、私も再びしたいです。

自治体の合併等に際し、新たな名前をつける場合に、いくつかあると思います。( )内は、便宜上、説明として付記しました。
自治体を代表する中心的な集落・都市の名前を使用する(代表地名)。
その地方を総括するような地域名を使用する(地域地名)。
元来は広範囲を総称する地名であるが、その一部分の地域に対して使用する(広域地名)。
従前の自治体等の頭文字等を組み合わせて使用する(合成地名(部分合成))。
従前の自治体等の名称を並べて使用する(合成地名(連称))。
新たに、感覚的に美しいと思われる名前を使用する(瑞祥地名)。
既存の地名等に、東西南北等を付加して区別して使用する(抽象地名)。

まず今回は、「合成地名」についてです。
正直、私はこの「合成地名」、どうも違和感をぬぐえません。ひとつは、日本語で省略して表現する特性です。日本語は、漢字をうまく使う文化だと感じていますが(最近「来○」の話題も多くありました)、日本語の場合、漢字で2文字、音で4音にして略すことが好まれ、多いようです(原点に定かな記憶はありませんが、各所の言語学に関する文献に見た記憶があります)。過去レスにも、
[8395] 黒髪 さん ほか 電力会社の略称
[8492] 愛比売命 さん ほか 大学の略称
[3342] 両毛人[YSK] さん ほか 高校の略称
などで、略し方の例が紹介されています。
例えば、「○×町」と「△□町」が合併し(○、×、△、□はそれぞれ漢字一文字)、あらたに「○△市」になったとします。この場合、「○△市」が定着した後は、「来○」と呼ばれることが多いでしょう。「来△」は、実態としては少数です。どうしても一文字目をとることが多く、だからこそ、合成地名の時には順序が議論になると思います。その結果、旧「△□町」の住民からすれば、「違う町であるように感じる『来○』」に違和感があるのではないでしょうか。さらにいうと、「△□町」が、昭和の大合併時に「△▲村」と「□■村」の合成地名であったなら、旧「□■村」の住民からすればいかがでしょうか。合成地名には、このような現象があると思います。

「来○」ではありませんが、私の地元香川県の合成地名の例をいくつか紹介します(ついに居住地をばらしてしまいました)。合成地名の実態(地名が各所に波及する例)を、皆様はどうお感じになるでしょうか。

例その1
香川県内には郡が7つあります(さぬき市・東かがわ市の誕生に伴い既に消滅した大川郡を便宜上含む)。
現在の郡名明治の大合併前の郡名
小豆郡
大川郡大内郡・寒川郡
木田郡三木郡・山田郡
香川郡
綾歌郡阿野(あや)郡・鵜足(うた)郡
仲多度郡那珂(なか)郡・多度郡
三豊郡三野郡・豊田郡
合成地名のオンパレードです。この合成後の郡名そのもの、またはそれを利用した町名も多いです。
大川郡大川町(現さぬき市の一部)、綾歌郡綾歌町(現丸亀市の一部)
綾歌郡綾南(りょうなん)町、綾歌郡綾上(あやかみ)町、仲多度郡仲南(ちゅうなん)町
ただし、綾郡、仲郡の表記は古来から一部併用されていた例もあるようですが(「香川県歴史地名大辞典」(角川書店))。

例その2
現東かがわ市三本松に、かの有名な「香川県立三本松高等学校」があります。前身は、「香川県立大川中学校(旧制)」です。上記大川郡発足は明治23年、大川中学校となったのは明治36年(明治33年に高松中学校大川分校として発足)、同窓会は「大中三高会」です。やはり「大」で略します。三本松は、旧寒川郡ではなく旧大内郡で、東かがわ市発足前は大内町内でしたから、まだましですが(大内町が「広域地名」であることはまた改めて)。

例3
「香川県立笠田高等学校」があります。現住所は三豊郡豊中町笠田竹田です。「笠高」と略します。豊中町は、発足しました。笠田村は明治23年の明治の大合併時に、笠岡村と竹田村が合併し、「笠田村笠岡」「笠田村竹田」となりましたが、昭和30年の昭和の大合併で笠田村、本山村ほかが合併して(豊中村を経て)豊中町が誕生した時には「豊中町笠岡」「豊中町竹田」ではなく、「笠田」を残し「豊中町笠田笠岡」「豊中町笠田竹田」ました。つまり「竹田」にあるにもかかわらず「笠高」なのです。前身を経て「笠田高等学校」の名称になったのは、笠田村当時の昭和24年です。

例4
上記三豊郡豊中町を含む三豊郡7町は、来年1月合併しますが(拙稿[38524])、ほぼ、旧「三野郡」です。旧「豊田郡」部分はわずかにもかかわらず、新市名は「三豊市」です。ちなみに、このことを指摘すると、とある人は「『西かがわ市』よりはいいだろう」とコメントしましたが。

例5
やはり上記豊中町。町名の由来は「三豊郡の中央」だからだそうです(上記角川書店地名辞典より)。「三野郡」の中央の「三中町」なら、まだわかりますが。

例6
新観音寺市となる観音寺市と1市2町(上記拙稿[38524])と上記三豊郡7町は、西讃地方、三豊地区とも呼ばれますが、「三豊・観音寺地区」と呼ばれることもあります。この場合、やはり「三観地区」と略されます。「豊」は割愛されてしまいます。

[19933] でken さんが紹介されている「こんな市名はもういらない!」を、注文していたのが本日届き、ぱらぱらとめくっていますが、この本の議論は極論かもしれませんが、私には趣旨はよくわかります。自治体名は当該住民が決める、という趣旨は非常にごもっともなのですが、今の住民が、将来にも残るであろう自治体名を、「合併時の配慮」「一時的な流行」では決めて欲しくない、というのは感傷(干渉)でしょうか。せっかくですから、「明治や昭和の大合併で誕生した100年や40年の歴史」の名称ではなく、「律令・平安時代からの1000年を越える古来からの歴史」のある名称を尊重して欲しい、と思います。
ただ、合併が進む実態を考えると、
[20446] [20468] 両毛人 さん [20449]NSさん ほか
が書かれているように、「自治体名と地名は別」と割り切る考えが、不本意ではありますが、やむをえないのでしょうか。ここでいう狭義の「地名」が、前述の古来からの大字・小字や郷と思います。

出尽くされた議論なのかもしれませんが、皆様のご意見をいただければ幸いです。
長文で失礼しました。
[43853] 2005年 8月 3日(水)22:32:43般若堂そんぴん さん
遅ればせながら……
[19933]kenさん,[20429]kenさんが御紹介なさった楠原佑介氏の「こんな市名はもういらない!―歴史的・伝統的地名保存マニュアル」を市立図書館で見つけました.確かに極論ですが,面白いですね!
(この本に関しては,[20434]はやいち@大内裏さん,[20520]中島悟さん,[20702]kenさん,[40217]88さんの記事もあります)

今日も暑かった! 夕食の間中,額や腕をはじめ,全身滝の如き汗でした.皆様も熱中症になどならぬよう御自愛下さい(あ,落書き帳に熱中するのは止めようがありませんね……).
[43871] 2005年 8月 4日(木)21:16:07般若堂そんぴん さん
[43853]への追記
楠原氏の「理論」に関しては,次のような批判・コメントがありますね.
[20438]kenさん
[20439]般若堂そんぴん
[20447]だいてんさん
[20449]NSさん
[20496]熊虎[月の輪熊]さん
[20566]ゆうさん
[20572]般若堂そんぴん
[20574]はやいち@大内裏さん
[20584]YSK[両毛人]さん
[20795]熊虎[月の輪熊]さん
[23632]熊虎[月の輪熊]さん

また,楠原佑介氏の「こんな市名はもういらない!―歴史的・伝統的地名保存マニュアル」には,黒磯市を黒磯町(85ページ),瑞浪土岐町を瑞浪土岐市(86ページ,87ページ)などのエラーがあります.やはり,全面的に信用するわけにはいかない本ですね.
[44568] 2005年 8月 31日(水)01:23:02Issie さん
「赤穂」は合成地名
[44564] 千本桜 さん
駒ヶ根市は赤須市より赤穂市が妥当ではないでしょうか。兵庫県赤穂市と同名になりますが、それでも赤須より赤穂を採用したい。

ご存知かもしれませんが,「赤穂(あかほ)」は「赤須」と「上穂(うわぶ)」の“合成地名”です。
「筑摩県伊那郡」に属していた1875年に 赤須村 と 上穂村 とが合併して「赤穂村」となりました。1889年の町村制施行に際して東隣の 下平村 と合併して「新・赤穂村」となったときに大字名として継承されたのが合併後の地名である「赤穂」でした。
だから,ここでの考え方に則れば,市役所は 赤須 側に位置するので「赤須市」というのが適当であるのだと思われます。
けれども,もともと「赤須」と「上穂」とは一続きの市街地を形成してきましたから,これを切り離すのは実際のところは無意味であるように思います。
であるなら,両者の融合した合成地名である「赤穂」の方がよりふさわしいのかもしれません。
(当地は「あかほ」ですから,播州の赤穂[あこー]とは一応“別名”となりますね。もっとも,播州の方でも「あかお」「あかほ」という読みが行われることがないわけではないのですが。)

[43903] BEAN さん
相模原市 → 上溝市

1954年の「相模原市」発足,さらには前身の「高座郡相模原町」の発足した1941年以来,1960年代あたりまで確かに 上溝 は相模原市の中心市街地でありました(一応…)。
でも,この都市にとっては「上溝市」という呼称の方が「不適切」であると思います。

過去に何度か話題になっているように,「相模原町(市)」は1930年代末からの「軍都構想」の下で結構強引な政府・軍部の指導によって“作り上げられた町”でした(だから,戦後に 座間 が離脱する)。そして,「軍都相模原」は台地の周縁に位置する上溝(上溝町)・橋本(相原村)・淵野辺(大野村)など既存の集落から離れたところに全くの“新市街地”を建設するものとして計画されました。
結局,事業がいくらも進まないうちに戦局の悪化・敗戦によって「軍都」に“なりそこね”,結果として 上溝 の中心市街地としての寿命が引き延ばされました。けれども現在の相模原市(北部)の市街地は,まさしくこのときに計画された“新市街地”の上に計画よりも数十年遅れて実現したものです。
気持ちとしては,旧市街地の 上溝 とは別のものと思いたいものがあります。

楠原佑介氏の「こんな市名はもういらない!―歴史的・伝統的地名保存マニュアル」

私はこの本を読んでいないのでこの人がどのような主張をしているのかわからないのですが,

中心集落名を市名にすれば

というのを実際にやってみようとすると,思ったよりもかなり難しい作業になりそうな気がします。たとえば,中心集落の「もともとの地名」を求めて“明治の大合併”以前までさかのぼっていくのは,現在ある都市の成立の経緯やその後の変化というものを無視してしまっているようにも思うのです。
[44571] 2005年 8月 31日(水)12:26:31般若堂そんぴん さん
合成地名([43853][43871]で述べなかったこと)
[44568]Issieさんの書込を読んで楠原佑介氏の「こんな市名はもういらない!―歴史的・伝統的地名保存マニュアルについての感想を想い出しました)

楠原氏は複数の地名の部分を合成した地名を強く非難し,合併に際しては地名の部分合成ではなく,「大湊田名部」式の合成が世界のスタンダードだとしておられますが,漢字文化を持つ国・地域では稀なことではありませんね.中国の大都市,武漢も合成地名ですし,かつては大連も旅大という合成地名で呼ばれていました.
合成地名もまた「合併という歴史的事実」の表現です.その合成地名がそれなりに品のあるものであれば生き残っていくのではないでしょうか.

などと考えるのでした.
[44752] 2005年 9月 7日(水)13:13:34matsu さん
調布
[44733]般若堂そんぴん さん
ご指摘ありがとうございます。えーと、「調布」提案者の私から一言。とはいえ私も詳しいことは何もわかっておらず、ただ対象になるのかな、くらいのことで提案したので、その点ご迷惑をおかけしたのであればまずはお詫びいたします。
私は、楠原佑介氏の「こんな市名はもういらない!―歴史的・伝統的地名保存マニュアル」という本を未だ読んでいないので内容に関しては何も申し上げられません。
「調布」は明治の町村制施行時に8村が合併し「調布町」(現在の調布市)、4村が合併し「調布村」→「東調布町」→「田園調布」となったようなので、明治期以降の地名かもしれませんね。そうすると確かに直接関係は無いのかもしれません。それ以前に、「調布」の地名を使用していたのかはすみません、私にはわかりません。
ただ、多摩川の上流、現在の青梅市は、「青梅町」と「調布村」「霞村」が合併して出来たようですので、多摩川沿いに「調布」という呼称が分布していた可能性もあるのかもしれません。また、調布市内には現在も「布田」「染地」など、何か関係のありそうな地名も残っています(全て未検証)。(全て私の推測ですが)とすれば、直接由来とはいえないでしょうが、間接的には由来していると思うのですがいかがでしょうか。後は、「直接・間接」「厳密」などをどう判断するのかになると思いますので、その辺りに関しては私の答えは控えたいと思います。
「厳密」に言えば、私も提案の際に拙項[44032]
租税として納める麻布自体をいっているようでもあり、それに従事していた場所・または人を指していたために地名となったようでもあり、職業由来と言えるようないえないような・・・。
と触れましたが、職業由来といえるのかどうかが、いまだに自分自身でも疑問に感じております。(なら提案するな、って話ですよね、すみません)

(推測ばかりなので、話にならないですね、申し訳ありません・・・)

笠津前浜さんには、ご迷惑をおかけしております、今後は、十分確認・検証の上、提案をしていきたいと思います。

ではまた。


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